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娘は三十路だが、もしかして結婚しないかも?ドングリ家の家系は途絶えるかもしれないな~・・・・と諦めかけていたところ、入籍・結婚の話が持ち上がったのです。 芸術系の専門学校を出たあと、美容室のメーキャップ係りという、私から言わせばチャラチャラした仕事に就き・・・すぐ辞めると思っていたが今でも続いていて、これからも続けそうである。給料はどのくらいか知らないが、とにかく拘束時間が長くて、帰宅する時間は、午前様である。 こんな割の合わない仕事を三十路の独身女性が続ける理由が、よく分からなかったのだが…もしかして、一人で生きていく覚悟を決めて働いていたのか?(父子で話すことはないので、その理由は父親でも分からないのである)とにかく、娘は私と同じB型で難しい性格である。・・・もらってくれる男性が見つかっただけでも、御の字なんだろうね♪そのご相手であるが、5歳年下の美容師である。腕のたつ美容師とのこと。職場結婚なんだろうが、年下というのは…もしかして娘が捕まえたのかも?(でかしたぜ♪)先日は両家の顔合わせ食事会ということで、豆腐料理専門店(梅ノ花)で会食したのです。ま~こんな機会でもない限り、豆腐料理専門店に入ることもないだろうけど・・・・メインデッシュは卓上の鍋で加熱しながら、豆乳から豆腐をつくるという料理で、まぁ趣きがあって、いいんじゃないの♪梅の花 神戸元町店よりこの実質婚の来し方、行く末であるが・・・・・娘から入籍希望の表明あり(既に男性の単身マンションで同棲しているもよう)・10/14お相手が来宅し、初対面で夕食・10/21娘の荷物引越し・10/28両家族の食事会、結婚式の打診調整(この日に入籍したもよう)・両家家族だけのささやかな結婚式を2月~3月頃に挙式予定つらつらこの経緯をながめると、世間一般の形態とやや違っているけど・・・実質本位の自然な手順ではないかと、思えてくるんですよ♪たとえ、両家族だけの結婚式でも、華燭の典やでぇ。娘が片づいて、一安心・・・早く孫の顔を見たいものだ。
2013.10.31
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・蔵書の苦しみ ・街場の憂国論さっそく、図書館に借り出し予約するのもいいかもね。********************************************************************************蔵書の苦しみより<読書家は゛いい意味゛の言葉じゃない:青木るえか>苦しみったってオマエ、糖尿とか結核とか痔とかの苦しみじゃないだろう。いや痔だって、辛いもの食べ過ぎとか自分の放埒な生活による報いの場合があるわけだが、蔵書の苦しみって、好きで買い散らかした結果以外の何ものでもない。ケーキの食い過ぎでデブになるのと同じぐらいみっともないことなのに、コトが本となると、何か文化の香りが漂い、困った困ったと言いながら自慢げというか……と、私はずーっと、蔵書の多さを得々と嘆く人のことを批判してきたのであった。 岡崎武志といえば書評家だし、またぞろその手の自慢本か、と思ったが、この本はちょっと色合いが違う。蔵書の有名人、蔵書で困ってる人、蔵書の始末の仕方、なぜ蔵書が膨大になってしまうのか、などが書かれている。蔵書のために家を建てた人も登場し、ふだんなら私の怨嗟の的になる人だが、壁いちめんにびっしり収まってる本の写真を見てもうらやましさは芽生えない。たぶん、この家を建てた人も、書いた岡崎さんも、本のことでしみじみ困ってるからだろう。 それにしたって、生きていくにも困るような金銭状況だったら本など買わないわけで、いい気な悩みである。それに世の中には「本は読まない」人はいっぱいいて、蔵書の悩みと言われたって意味もわからないだろう。そこでよくある悲劇が「妻が夫のマンガコレクションをゴミに出した」とかいう話であり、これにもそういう話はちらっと出てくる。こういうのは「実は売ればすごい高値がついて妻は後で地団駄」というオチがつきものだが、私も本が好きでよく買うけれど他人の本は捨ててしまおうといつも思ったりしているので、妻の味方なのである。 読書家、という言葉が「いい意味」で使われるのは間違いである。断酒道場ならぬ断書道場みたいなものだって出来てしかるべきだ。本が売れないと嘆く声があるが、本なんかなくても別にいいじゃん、となげやりな気持ちになる、ちょっと不思議な本であった。 ◇『蔵書の苦しみ』岡崎武志著、光文社、2013年刊 <「BOOK」データベース>より多すぎる本は知的生産の妨げ。自分の血肉と化した500冊があればいい。机のまわりに積んだ本こそ活きる。-2万冊超の本に苦しみ続けている著者が、格闘の果てに至った蔵書の理想とは?【目次】蔵書が家を破壊する/蔵書は健全で賢明でなければならない/蔵書買い取りのウラ側/本棚が書斎を堕落させる/本棚のない蔵書生活/谷沢永一の蔵書/蔵書が燃えた人々/蔵書のために家を建てました/トランクルームは役にたつか?/理想は五百冊/男は集める生き物/「自炊」は蔵書問題を解決sるか?/図書館があれば蔵書はいらない?/蔵書処分の最終手段<読む前の大使寸評>最近は図書館の本をよく読んでいるが、大使の蔵書といっても、ささやかな物量である。だから、当面の原則として、蔵書は捨てずに抱え込んでいるのです。貧乏性の大使は、本棚のスペースを意識して買い込む本の物量を制限しているんでしょうね。一方で、蔵書のために家を建てた人もいるそうだが、そういう身分になってみたいものだ(アハハ)・・・ということで『蔵書の苦しみ』というこの本は、今後の対応として気になるのです。rakuten蔵書の苦しみ街場の憂国論より<内田樹人気を考える:永江朗> 書店観察が好きなぼくにとって、晶文社の本はひとつの指標だった。晶文社の本がどう置かれているかで、書店の性格がわかる。しかしこのところ晶文社の元気がなかった。冬眠とまではいわないが、昼寝している感じ。それが最近、目を覚ました。「犀の教室」なんていう、晶文社らしいシリーズも始まった。 第1弾、鷲田清一『パラレルな知性』とともに刊行されたのが内田樹『街場の憂国論』だ。他の多くのウチダ本と同じく、著者がブログはじめあちこちに書いた文章を編集者が集めて1冊にした。内田センセ、国を憂えておられるのである。 内田樹はなぜ人気があるのか。その理由は、まえがきに書いてある。いや、「だからオレは人気がある」とは書いてないけど。 内田はあるときから「他の人があまり言わないこと」だけを書くようになったという。その理由のひとつは仕事を減らすため。原稿を読んだデスク(編集部の現場監督)が拒絶するような原稿を書けば仕事が減るだろうと考えた。ところが意に反して原稿は好意的に受け止められ、センセますます商売繁盛。 どうしてそんなことが? 「他の人があまり言わないこと」を書くと、意外にもリーダー・フレンドリーになるのでは、と内田は推測している。聞いたこともないような意見を伝えるためには、ちゃんとわかりやすく説明しなければならない。しかも最後まで聞いてもらうためには、そのための工夫も必要だ。 対極にあるのがネットの匿名発言だ。誰でも言いそうなことを(下品な言葉遣いで)書き飛ばしているのだけど、凡庸なので発言者は誰とでも交換可能だ。 本書の中に、情報の格差について述べている部分がある。情報リテラシーとは、情報についての情報を把握できること。持っている情報と持っていない情報について判断できること。ないものについて思いを巡らせることだ。 ◇『街場の憂国論』 内田樹著、晶文社、2013年刊 <「BOOK」データベース>より行き過ぎた市場原理主義、国民を過酷な競争に駆り立てるグローバル化の波、排外的なナショナリストたちの跋扈、改憲派の危険な動き…未曾有の国難に対し、わたしたちはどう処すべきなのか?日本が直面する危機に、誰も言えなかった天下の暴論でお答えします。真に日本の未来を憂うウチダ先生が説く、国を揺るがす危機への備え方。【目次】第1章 脱グローバル宣言、あるいは国民国家擁護のために(壊れゆく国民国家/自民党改憲案に伏流するもの ほか)/第2章 贈与経済への回帰(市場からの撤収/経済成長の終わりと贈与経済の始まり ほか)/第3章 国を守るということ(領土問題は終わらない/沖縄の基地問題はどうして解決しないのか? ほか)/第4章 国難の諸相(日本のメディアの病/暴言と知性について ほか)/第5章 次世代にパスを送る(教育の奇跡/大学統廃合がもたらすもの ほか)<読む前の大使寸評>ブログ内田樹の研究室で述べられる内田先生の論説は、目を通していちいち納得する大使であるが・・・このところ先生が世に出す本が多いので、おっつかない有様である。評者の永江朗がさんが「内田樹人気を考える」という切り口で、この本をとりあげているが・・・・大使としても内田先生の人気の秘密が知りたいわけです。rakuten街場の憂国論***************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から(目録)
2013.10.30
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<図書館大好き44改>今回借りた6冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「対談集」でしょうか。2週間の借り出し期間内で曲がりなりにも(飛び飛びに)読破したので、その結果を追記しました。<市立図書館>・エッジエフェクト・福岡伸一対談集・それぞれの韓国そして朝鮮・姜尚中対談集・中国人民解放軍の実力・グーグルマップ完全活用術・売れる作家の全技術<大学図書館>・安藤忠雄 建築を語るなお、「売れる作家の全技術」は前回からの借り出し延長です。図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【エッジエフェクト・福岡伸一対談集】福岡伸一著、朝日新聞出版、2010年刊<内容紹介>よりベストセラー『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)の著者による初対談集。桐野夏生、柄谷行人、梅原猛、森村泰昌、鈴木光司、小泉今日子など、各界の第一人者との対談を通じて、気鋭の生物学者が想像する、生物としての人間の将来の姿とは? ・欠落したオスと、自己完結するメス(桐野夏生)・科学の限界(柄谷行人)・生命現象における「美」(森村泰昌)・生命とは、流れているもの(小泉今日子)・細胞の破壊と再構築(鈴木光司)・科学と哲学の融合(梅原猛)<読む前の大使寸評>福岡伸一さんと対談する人たちの顔ぶれを見ると・・・思わず「エッジが利いてるで♪」と思った次第です。内田先生が福岡さんの述べる文章を絶賛していたが、それは即ち理系の感性を褒めていたんでしょうね。rakutenエッジエフェクト・福岡伸一対談集福岡伸一さんの対談集byドングリ【それぞれの韓国そして朝鮮・姜尚中対談集】姜尚中著、角川学芸出版、2007年刊<「BOOK」データベース>より姜尚中が民族を越えた多様な「共生」のあり方を探る。【対談者】・筑紫哲也さん・雅ーmiyaviさん・澤地久枝さん・浜美枝さん・梁英姫さん・リービ英雄さん・磯崎新さん・中井信介さん・井筒和幸さん・黒田福美さん<読む前の大使寸評>先日、NHKで観た「是枝監督と姜尚中さんの対談」が良かったので、姜尚中対談集と銘打った、この本を借りたのです。rakutenそれぞれの韓国そして朝鮮・姜尚中対談集姜尚中さんの対談集byドングリ【中国人民解放軍の実力】塩沢英一著、筑摩書房、2012年刊<「BOOK」データベース>より中国の軍事力に対する警戒感が高まっている。空母の建造、対艦弾道ミサイルや次世代ステルス戦闘機の開発…など、経済成長を背景に、軍備も膨張し続けている。領土・領海への野心も小さくない。けれど、その実力は未知数である。他国に比べて情報が少ないため、専門家でも評価が極端に異なるのだ。パワーを得た彼らが暴発することはないのか。そもそもどんな思想のもと、彼らは何を目指しているか。特派員として現地を取材し、数々のスクープを上げたジャーナリストが、不透明な中国軍の裏側をえぐる。軍幹部の証言や、独自入手した資料で浮かび上がった、人民解放軍の実像とは。<読む前の大使寸評>尖閣問題でチキンレースのように威嚇カードを切ってくる中国であるが・・・この時期、人民解放軍の実力を押さえておくことは、対中リテラシーとして必須のものだと思うのです。rakuten中国人民解放軍の実力中国の威嚇に対してbyドングリ【グーグルマップ完全活用術】深川岳志著、アスキー・メディアワークス、2011年刊<「BOOK」データベース>より序章 無料で使える世界地図グーグルマップ/第1章 地図操作の基本を理解する グーグルマップの使い方/第2章 ストリートビューを使いこなせ!地図と写真で現地をくわしく調べる/第3章 仕事に趣味に大活用 「マイマップ」を世界に発信/第4章 経費精算もラクラク!ビジネスに役立つ地図検索のワザ/第5章 グーグルマップを強化 無料ソフト&ラボでもっと使いやすく/第6章 iPhoneやAndroidで持ち歩く世界地図 スマートフォンでグーグルマップを使う<大使寸評>詳細な住所がわからない 4×4の家(安藤忠雄の作品)をストリートビューで探し当てて、その写真をブログにUPしたのだが・・・その機能にはまったので、この本を借りたのです。以下、個人的に活用したい機能です。・マウスのホイールで拡大、縮小・左側パネルを非表示として地図を広くする・地図をドラッグ(マウスで上下左右)する・人型アイコンをドラッグするとストリートビューに切り替わる。・ストリートビューでバーチャル散歩を楽しむ。・マイマップを作成し、保存する。・グーグルマップには乗換案内・時間・料金機能もある。・徒歩ルートを検索・保存できる。・ドライブルートを検索・保存できる。・ドライブルートをブログにコピペできる。・スマホでグーグルマップを使う。rakutenグーグルマップ完全活用術【売れる作家の全技術】大沢在昌著、角川書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より200以上ある文学新人賞から毎日多くの作家が誕生しているが、数年後に残るのはわずか数パーセントにすぎない。30年以上にわたりトップを走り続ける著者が、作家になるために必要な技術と生き方のすべてを惜しげもなく公開する小説講座の決定版。<大使寸評>作家デビューを企てるというほど、アホやないけど・・・・この本で説かれている作家の作り方が興味深いわけです。だけど、この本を読むと小説がより面白くなるかと言えば…微妙ですね。rakuten売れる作家の全技術売れる作家の全技術byドングリ【安藤忠雄 建築を語る】安藤忠雄著、 東京大学出版会、1999年刊<「BOOK」データベース>より東京大学大学院における講義の集成。若い世代へ贈る熱いメッセージ、比類なき建築論。【目次】序 発想するちから/第1講 インターナショナリズムとリージョナリズム/第2講 建築に夢をみた/第3講 抽象化と場所性のあいだで/第4講 命ある建築をめざして/第5講 プロセスのなかで思考する<読む前の大使寸評>わりとしつこく安藤忠雄をフォローしているが・・・安藤さんが大阪出身で関西を愛しているところが、関西人としてええで♪となるのかも。wikipedia安藤忠雄を見ると、建築設計事務所でのアルバイト経験と独学で建築士試験に合格したらしいけど…このあたりが、すごいでぇ♪rakuten安藤忠雄 建築を語る安藤忠雄 建築を語るbyドングリ*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き43図書館大好き(目録)
2013.10.29
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<売れる作家の全技術>作家デビューを企てるというほど、アホやないけど・・・・この『売れる作家の全技術』という本で説かれている作家の作り方が興味深いわけです。まず、心構えあたりから紹介します。(大使、鼻息が荒いです)<直木賞ぐらいでおたおたするな>よりp267~269 ここまでの話でもおわかりだと思いますが、直木賞までたどり着ける人間は一握りしかいません。直木賞まで行ければ作家としては万々歳ですが、そこが頂点ではないと知るのもいいことだと思います。だって、直木賞で終わりだったらつまらないでしょう。私が直木賞をもらったのは37歳のときです。そのあとの人生に目標がなかったらやっていけない。まだ先がある、目標にする賞があると思えば頑張れる。別に、賞を目標にすること、賞をもらいたいと思うことと、賞を取るために小説を書くことは、まったく別のことですから。 特に直木賞は、何度も候補になり何度も落とされると、「こうすれば選考委員に認めてもらえるんじゃないか」と傾向と対策を考え始める。そんなことをしても小説は決してよくならないのに。もっと怖いのは、直木賞を取ることにエネルギーを使い果たして燃え尽き症候群になってしまうことです。今度は時代物でどうだ、人情小説でっどうだ、ミステリーでどうだといろいろやって、ようやく取れたときには書くことが何もなくなってしまう。自分が本来書くべきもの、書きたいものが何だったのかわからなくなってしまうんですね。 最近は少なくなりましたが、20年ぐらい前まではそういう作家がけっこういました。これなどは直木賞の功罪の「罪」のほうでしょうね。勝手に候補にされてものすごく騒がれて、選考委員からもいろいろ言われて結局落とされたりすれば、誰だって頭にきますよ。受賞すればしたで、テレビのニュースに出る、新聞がインタビューに来る、もう大変です。だから、「候補を受けない」という作家もいます。何度か候補になって大変な思いをして、もう嫌だと思う気持ちもわかりますが、私は候補を受ければいいと思うし、取ることを目標にすればいいと思う。東野圭吾さんは賞という賞に落ちまくった人で、直木賞も5回落ちて6回目に取りましたが、選考委員が「お前の名前を見たくない」というまで候補にしてくれなくてかまわない、どれだけ落とされても負けないという態度で臨んでいました。(中略) 文学賞を取っていなくても立派な作家、いい作家はたくさんいます。でも、文学賞によって成り立っている作家のヒエラルキーというものも確実にある。特に、今は昔のような文壇的、政治的なものは減ってきていますから、いい仕事をしていれば、ずぶの新人でも、デビュー2,3年の人でも、すぐに直木賞の候補になったりします。つまり、それだけみんなが作家の仕事そのものを見ている、いいものを書けば答えが出る時代だということですから、逆に、いつまでも文学賞の候補にならないとしたら、自分の作品には何かが足りないんだということに、作家は気づかなければいけません。 今の皆さんにとっては、はるか遠い話に思えることでしょう。でも、デビュー後もいい仕事を続けていれば、必ずこういうものが見えてくるときがきます。私は、吉川英治文学新人賞が作家としての一つの大きなジャンピングボードになると思っています。この賞を取ったあたりで、「この人、そろそろ来るな」とリーチがかかる。「この作家、押さえておいたほうがいいな。直木賞作家がウチから出せるかもしれないぞ」と編集者が考えるようになり、出版社の扱いもどんどんよくなっていきます。「うちの仕事で直木賞を取りましょう」と編集者は言うかもしれません。「そんな言葉に騙されるな」(笑)と言いたいところですが、編集者にとっても賞を取るような作品を出すことはトロフィーになる、いい仕事をしたという証明になるんですね。だから、才能ある作家と一緒にいい作品を作り上げて文学賞までつなげたい、そういう気持ちを持つことは編集者として当然だと思います。そう思ってくれる編集者は、皆さんに命を預けている人でもあるから、そこは頑張らなければいけません。 とはいえ、直木賞をクリアしてもまだその先がある。「直木賞に落ちたぐらいでガタガタ言うな」であり「直木賞を取ったぐらいで威張るんじゃねえ」ということですね。いずれにしても、納得したらそこで終わりです。悔しがることも喜ぶことも大事だけれど、まだ先があるという思いを持って書き続けることが大切です。精神論はこれくらいにして、次は実技偏の一部を紹介します。<三つのハードルを克服しろ>よりp27~28 今回のテーマは「一人称の書き方」です。皆さんにはすでに「一人称で書く」という課題作(400字詰め原稿用紙換算30枚)を提出していただいているので、各作品の講評をしながら講義を行いますが、まず、なぜこの課題にしたかをお話ししておきます。 一人称で描く目的の一つは、視点の乱れをなくすということです。日本では神の視点は受け入れられないし、特に新人賞では損をします。視点の乱れは絶対マイナスですから、一人称で書くことでこの問題を克服する訓練をしてほしいんです。 二つ目は、一人称にすると、情報が一点からしか入ってこなくなるわけで、これは物語を動かす上でかなりの足枷になります。書き手がつい「と言いつつ、実はこうでした」というように書いてしまったらそれだけでアウトです。つまり、限定された視点の中でどこまで読者に情報を提供し、物語を形作れるか、その難しさをぜひ体感してほしいということ。 三つ目は、視点人物、つまり語り手である「私」や「僕」や「俺」の個性をどれだけ読者に伝えられるか。三人称ではないから、主人公のことを「彼(彼女)はこうだった」とは言えないわけで、ではどういう方法で主人公のキャラクターを立たせていくか。例えば、「私」という語り手に対してある女性が、「これまで何人の女を泣かせてきたの?」と言えば、この「私」はモテそうなやつだなと読者は思うし、別の男に、「おまえが悪いやつとは知っていたけど、こんなにひどいとは思わなかった」と言わせれば、相当悪い人なんだという印象を読者に与えられます。つまり、会話でキャラクターを立たせていくという手法です。 一人称で書くためには、この三つのハードルをクリアしなければなりません。かなり難しいはずです。実際に書いてみて、「あれ、一人称だとうまく伝えられないぞ」と気づく人も多いと思いますし、そこで、一人称にもかかわらず視点の乱れが起こり、つい「〇〇は真っ赤になって怒った」でなければいけないのに。「一人称一視点で書く」ことによって、自分の能力がどの視点かわかりますから、そこから次のカリキュラムへの一歩を踏み出せるはずなんです。<キャラクターには登場する理由がある>よりp55~56 小説にはさまざまな人物が登場します。ミステリーを例にとると、主役、ヒロイン、敵役という三つのキャラクターが物語の主軸となります。主役が女性ならば相方はヒーローでも構いませんし、敵役、つまり悪役が複数になるケースもあるでしょう。 小説を書くとき、私がもっとも頭を使うのは、実は主役のキャラクターではなくて、ヒロインと敵役の造形です。どんな魅力的なヒロインを出すか、どんな印象深い悪役を登場させるかということに一番知恵を絞る。悪役も、ただ「悪い奴だ。非情で残酷だ」と書けば悪さにつながるわけではありません。悲しい悪役もいれば、悪をしたくないのに立場として悪をせざるをえない人間だっている。つまり、彼らがその物語に登場する理由というものが必ずあるんですね。小説には、この「理由」がとても重要なことなのです。主役にもヒロインにも敵役にもその物語に登場する理由がある。メインの三役だあけではなく、ドラマで言えば「通行人A」や「客B」など、名前すらつかないキャラクターであっても、必ずその場面にいる理由があるわけです。 皆さんが小説の主人公だとします。あなたは今電車に乗っている。同じ車輌に乗り合わせた人を見てみましょう。中年の男性サラリーマンや女子高生、あるいはお年寄りもいるかもしれない。小説では、この場面に登場する人間には必ずそこにいる理由があるということをふまえて、登場人物を配置しなければなりません。例えば、この電車の中である事件が起こったとします。乗り合わせた人たちは目撃者になります。目撃者の中に女子高生がいた場合、事件が起こったのが午前11時だとすると、平日のこの時間に高校生が電車に乗っているのはおかしい。なぜ彼女はそこにいたのか。「試験のため学校が早く終わった」あるいは「体調が悪くて遅れて登校するところ」など、そこには必ず理由がある。理由があるからこそ、その人物はこの場面に登場するのです。この理由は、必ずしも物語の中に出てくる必要はないのですが、作者にはちゃんとその理由がわかっていなければいけません。 こんな感じで即戦力となるような実技編が続いていて、興味はつきませんが・・・本気で作家を目指す人にお奨めの本であります。なんか、ここまで読んでくると・・・作家を目指すことがかなり無謀なことであると、わかってきますね(笑)【売れる作家の全技術】大沢在昌著、角川書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より 200以上ある文学新人賞から毎日多くの作家が誕生しているが、数年後に残るのはわずか数パーセントにすぎない。30年以上にわたりトップを走り続ける著者が、作家になるために必要な技術と生き方のすべてを惜しげもなく公開する小説講座の決定版。<大使寸評>作家デビューを企てるというほど、アホやないけど・・・・この本で説かれている作家の作り方が興味深いわけです。だけど、この本を読むと小説がより面白くなるかと言えば…微妙ですね。rakuten売れる作家の全技術
2013.10.28
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中国のレアアース統制に中華の特質が見えるのではないかということで、フォローしています。このたび、この件に関してWTOの中間報告が出され、中国完敗の動きが見えるので・・・朗報として紹介します(笑)♪脱ネオジム、脱中国に関して、日本企業の研究部門、製造部門の腰を据えた対抗策が実を結びつつあるが・・・WTOでクロ裁定が出るなら画竜点睛とでもいう慶事になりますね。焼結磁石の最大エネルギ積と保磁力の関係・レアアース関連ニュース6********************************************************************<中国のレアアース統制7>目次・レアアース関連ニュース5・日中経済摩擦のまとめ********************************************************************<中国のレアアース統制6>目次・レアアース関連ニュース4・中華の謀略には、実力で押し返すしかない********************************************************************<中国のレアアース統制5 >目次・レアアース関連ニュース3・資源保護関連ニュース・急変するレアアース市場********************************************************************<中国のレアアース統制4>目次・レアアース関連ニュース2・資源戦略について・海底資源争奪戦で中国を甘く見てはあかんで!・レアメタル専門商社社長より********************************************************************<中国のレアアース統制3>目次・レアアース関連ニュース1・原発とレアアース・チャイナフリーの正念場・脱・レアメタルのお勉強********************************************************************<中国のレアアース統制2>目次・WTOがやっと認めた・海底のレアアース争奪戦・しつこくテクノ・ナショナリズム・中華の「やらずぶったくり」・電気自動車の覇権争い・中国製電気自動車ってどんなかな?********************************************************************<中国のレアアース統制1>目次・チャイナフリーを目指すのがベスト・中国のレアアース輸出停止・チャイナフリーの物作り・環境を収奪する中国の経済成長・レアアースとシェールガス・中国のレアアース囲い込みに対して、どうすればいいの?レアメタル・レアアース/Yahoo!レアアース問題/サーチナレアアース関連/ロイター内モンゴル自治区/サーチナ・トピック中国ビジネス/BPnet希少金属代替材料開発プロジェクト「NeoMag通信」バックナンバー中国のレアメタルに関する貿易・投資制限的な措置について(2008年1月)中国のレアメタルに関する貿易・投資制限的な措置について<レアアース関連ニュース6>中国は2001年のWTO加盟後も国際ルールを守る姿勢に欠け、貿易紛争が絶えない。自国は自由貿易の恩恵によって高い経済成長を続けながら、国際ルールを顧みない独善的対応が国際的にも批判されてきた・・・・・世界はレアアースの輸出制限という露骨な暴挙に驚き、中国リスクをヘッジする覚悟を固めたたが・・・・・このところ日本の着実な対抗策が実現しつつあります。ということで、レアアース関連ニュースを集めています。10/26<レアアース>WTOは中国敗訴の判断へ、日本閣僚はにんまり笑顔で有利をアピールより 2013年10月25日、網易は記事「日本メディア:レアアース訴訟でWTOは中国敗訴の判断へ」を掲載した。 25日、日本メディア各社は、世界貿易機関(WTO)が日米欧の訴えを認め、中国のレアアース輸出規制が規約違反との中間報告案をまとめたと報じた。茂木敏充経産相は25日朝の閣議後の記者会見でWTOの中間報告書が配布されたことを認めた。内容は極秘のため明かせないが、「表情をご覧いただければと思います」とコメント。日本に有利な内容であることを示唆した。 2012年6月、日米欧は中国のレアアース、モリブデン、タングステンの輸出規制がWTOルールに違反しているとして提訴した。紛争処理小委員会で審理されてきたが、このたび中間報告書がまとめられた。さらに関係国からの聴取を経た上で12月にも最終報告が発表される見通しだ。(翻訳・編集/KT)10/26中国の輸出規制「完全に失敗」…希土類需要急減:読売新聞 より 世界貿易機関(WTO)の紛争処理小委員会が、中国のレアアース(希土類)輸出規制に反対する日米欧の主張を大筋で認める中間報告を出したことが分かった。 レアアースを戦略資源と位置づける中国の手法は曲がり角に来ている。 日本など各国は、レアアースの使用量を減らす技術や代替品の開発を進めている。新金属協会によると、日本でのレアアースの需要は、2007年の約3万2000トンから12年には約1万4000トンまで減少。価格はピークだった11年の10分の1近くまで下落した。 10年9月、沖縄県尖閣諸島付近の領海に侵入した中国人船員の逮捕で日中関係が緊迫した際、中国産レアアースの日本への輸出が事実上止まって大きな影響が出たが、今や輸出国としての中国の地位は低下している。 中国は10年にレアアースの輸出枠を大幅に減らしているが、12年の輸出量は枠の4割前後にとどまったとみられる。今回の中間報告で、輸出規制が「クロ」判定される公算が大きくなり、「中国の戦略は完全に失敗した」(外交筋)との見方が強まっている。10/21ジスプロシウム不要の磁石合金 昭和電工、中国の地下水汚染対策に一役より 昭和電工が、レアアース(希土類)の一種であるジスプロシウムを使わないモーター用の磁石合金を開発した。ジスプロフリーの磁石は、ハードディスク駆動装置(HDD)用など一部で採用されているが、需要規模がさらに大きい産業用ロボットなどの一般産業用に応用範囲を広げるもので、画期的な開発といえる。来春から量産化される予定で、需給緩和による価格低下が見込めるほか、ジスプロの約9割を中国産が占めるなか、原料調達リスクを緩和する上でも威力を発揮しそうだ。 磁石合金は通常、鉄やレアアースのネオジムから作られるが、耐熱性確保のために微量のジスプロを添加している。磁石は温度が上がるほど磁力が失われやすいためだ。添加量は用途によって差があり、HDD用では重量ベースで約1%。しかし、より耐熱性が求められる一般産業用は約4%で、ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)用は6%超と高い。 ジスプロの価格は今年8月時点で1キロ当たり645ドルと、ネオジムの93ドルに比べてもかなり高価だ。このため磁石合金の開発では、耐熱性を維持しながらその使用量を減らすことが最重要課題となっている。開発現場では、別の希土類であるテルビウムを使う手法などが模索されているが、より希少でかえってコストがかさむなど問題を抱える。 こうした中、昭和電工はそれらと異なるアプローチを追求。磁石合金に特殊な熱処理を施して、結晶構造を変えることで耐熱性を確保する技術を編み出した。傍目には分からないが、通常の磁石は磁性のある結晶が密集してできており、それらの周囲を磁性のない膜のようなものが覆っている。これに対して、昭和電工が開発した磁石は、両者の間を磁性のある「第2の膜」が挟まれている。河村伸彦・電子機能材事業部長は「2つの磁性のある部分が隣り合っていると、ふつうは磁力が落ちるが、なぜかそうならなかった」と語る。 同社によると、ジスプロの世界需要は2013年の見通しで約750トン。うちHDD用は約50トンだが、一般産業用は約300トンとはるかに多い。これだけの量が不要になる上、HV・EV用でも使用割合を減らせるため、コスト削減効果は極めて大きい。実際、今回の磁石合金は原料コストが約3割減るという。今後は引き続きメカニズムの究明にあたる一方、来春をめどに秩父事業所(埼玉県秩父市)で量産を開始、HV・EV用でも大幅削減を目指す方針だ。
2013.10.27
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最近、カラオケに行っていないので、カラオケ禁断症状が出そうな大使である(笑)一人カラオケという手もあるようだが、なんかなぁ?・・・ということで、you tubeで久々にカラオケ持ち歌を巡ってみました。寺尾聰 - Re-Cool ルビーの指環時の流れに身をまかせ李成愛 カスマプゲ思いで迷子 チョー・ヨンピルサチコ ニックニューサ「思案橋ブルース」中井昭・高橋勝 とコロラティーノ長崎ブルース 青江三奈青江三奈メドレー1村下孝蔵 踊り子1960年代の音楽シーンにも書いた如く・・・・とにかくオールディーズにしか反応しない大使でおま♪ときどき、you tube巡りして、更新しないと・・・ま~アカウント停止で死屍累々・・・見るも無残な有様ですね(笑)と言いつつも、またオールディーズを見つけたのだ。知りたくないの・コニーフランシス 翻訳 甘く切ない歌声を情熱の花内気なジョニー/ジョニー・ソマーズカレンダー・ガール/ニール・セダカJohn Denver-Take Me Home, Country RoadsToi Qui Regarde La Mer (papillon theme) / Nicole Grisoni
2013.10.26
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毎度のことではあるが・・・・中国報道官の発言に、イラッとしますね。最新の発言を紹介します。10/22「断固対応」と反発 日本政府の無人機撃墜方針に中国より 領空侵犯した無人機が警告に従わない場合に撃墜を含めた強制措置を取る方針を日本政府が固めたことについて、中国外務省の華春瑩報道官は22日の記者会見で、「外来勢力によるいかなる挑発行為のエスカレートにも断固として対応する」と述べ、強く反発した。 華氏は「日本は外部の脅威を誇張して、人為的に地域の緊張や対立を生み出し、それを口実に軍備増強を進めている」と非難。尖閣諸島(沖縄県石垣市)の中国領有権を主張し、「中国政府は国家の領土主権を守る決意と能力がある」と訴えた。(共同)チキンレースの論法なんだろうが、論理が逆転しているじゃないか!このような中国の威嚇に対して、いちいち反応していると気分が良くないので…もっと冷静な論調を探してみました。朝日デジタルから、わりと心強い論調を紹介します。10/11安保の底流、中国は脅威かより 日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)が終わり、安倍政権は安全保障の論議を本格化させる。底流にある「中国脅威論」は見る角度によって大きく異なる。防衛、経済の最前線で感じたリアルな中国とは。何が実像で、虚像なのか。<経済成長の幻影に惑うな:津上俊哉> 約1年前、日本が尖閣諸島を国有化したのを機に、中国各地で反日暴動が起きました。何十年も地元経済に貢献してきた工場が焼き打ちされ、百貨店なども壊されました。それまでは、経済の深い結びつきが安全を保障していると楽観していましたが、そうした信頼は崩れ去りました。 偶発的にせよ、もし領土・領海問題で武力衝突が起きたら、一気に反日の風が吹く。私は日系企業に、万一に備えた脱出ルートを確保するように助言しています。「従業員本人と家族には、航空券を持たせておいてください。いつでも使えるオープンチケット、それも外国航空会社の日本行き以外の便で」と。そうでないと飛ばなくなる恐れがあるからです。<世界一は不可能> ただ、3月に発足した習近平体制が最重視するのは、権力基盤の確立と経済政策のかじ取りです。日本では「国民向けの人気取りのために、中国が領土紛争で強い行動に出る恐れ」がささやかれます。しかし、国民は暮らしが良くなることを願っているのに社会は不安だらけのもろい国です。うかつに拳を振り上げれば、国内が大混乱になる恐れがある。そんな危険は容易に冒せないでしょう。 ただでさえ、中国経済は瀬戸際にある。飛行機にたとえるなら、機長と副機長は乗客には平静を装っているが、実際は失速警告ブザーが鳴っているようなものです。 中国の成長予想は誇張されてきました。国内総生産(GDP)で世界2位の中国は近い将来に首位の米国を抜く勢い、と世界中が見てきました。その幻想が、特に東アジアの安全保障をかき乱したのだと思います。いわば影絵のスクリーンに映る大きさを見て、おびえるようなもの。日本も「中国はどこまで強大化するのか」と脅威に感じ、対抗しようとしてきたと言わざるをえません。 でも、その仮定は誤っていませんか? 私には、中国がその倍のGDPを誇る米国を抜く日が来るとは思えません。 中国は2008年のリーマン・ショックを乗り切るために4兆元(約60兆円)もの景気刺激策を打ちました。しかし投資頼みが習い性になり、いま深刻な後遺症に襲われています。過大投資で負債が膨張したのに、収益性は低いので、元本償還を借り換えでしのぐ例が急増しています。だから、まるで多重債務者のように高金利のシャドーバンキング(影の銀行)を利用しているのが現状です。<停滞に向かって> 習体制は、成長率が少し下がっても経済成長が持続可能になるよう試みています。ただ、投資を前年並みに抑えるだけでも成長率はがくんと落ちるのでブレーキをかけるのは簡単でない。 中国の今年の成長率目標は7.5%。ところが本当の成長率はすでに5%前後まで下がっていると見たほうがいい。高成長を支えた要因の多くもすでに峠を越したか、越えようとしています。 特に、少子化が不安材料です。一人っ子政策だけが背景ではありません。教育費や住宅事情などを考えると、子どもを2人も3人も持つ経済的な余裕がないのです。10年後には確実に、成長の足かせになるはず。私は、中国経済は減速というよりも停滞に向かっていると見ています。 リーマン・ショックに打ちのめされた欧米や日本を横目に、劇的に回復を果たした中国では「我々の時代が来た」という心理バブルが起きたと思います。アヘン戦争後、列強に侵略された歴史があるからこそ、気持ちがはじけた。それからですよ、領土・領海問題を「核心的利益」と位置づけ、対外姿勢が強硬になったのは。 第一線のビジネスマンやエコノミストは、すでに中国の変調に気づいている。しかし、政治や安全保障に携わる人たちは経済から遠い分、まだ「中国の成長は続く」という仮定に沿って動いている。経済という下部構造から政治・安全保障という上部構造へ実像が伝わるまでには「時差」があるようです。中国も日本も「中国高成長」の幻想から醒(さ)めて、現実に向き合うべきです。軍事的緊張を高めている経済的余裕はどちらにもない。ことを構えれば、両者とも敗者になるだけです。(聞き手・磯村健太郎)津上俊哉:コンサルティング会社「津上工作室」代表 57年生まれ。04年まで経済産業省に勤務し、在中国日本大使館参事官、北東アジア課長を歴任。著書に「岐路に立つ中国」「中国台頭の終焉」など。更に・・・図書館で「中国人民解放軍の実力」と言う本を借りたので、この本から「脅威」のあたりを紹介します。<脅威で抑止>よりp170~172 中国政府は日本の政治家の口から中国脅威論が出ると、強く批判する。最近では2011年4月、北澤俊美防衛相が中国海軍の拡大を懸念し、米韓との連携強化が必要との認識を示したことに中国国防省の報道官が「中国軍事脅威を吹聴している」と反発した。2005年12月に民主党の前原誠司代表が「中国の軍事力は現実的脅威」と発言した際には、直後の訪中で、中国側は要人会見までキャンセルして冷遇した。「脅威」という言葉を口にすることも許さないような威圧感だ。 しかし人民解放軍の基礎理論には「威ショウによる攻撃抑止」がある。威ショウは、相手が恐れることで、日本語では「脅威」に近い。相手に畏怖を抱かせることによって、自分に対する攻撃を防ぐ。これは中国の核兵器理論でよく使われるが、武装力全般に当てはまる。抑止論の基本でもある。報復が怖いぞ、と恐怖を与えて相手に行動を思いとどまらせる戦術だ。 中国軍の退役少将で、軍事戦略の専門家、除光裕は、中国の核戦略の基本は「威ショウあって威脅なしだ」と語っている。ここで使っている中国語の「威脅」は一般に「脅威」と日本語に訳されるが、意味は積極的に相手を脅かすこと「脅迫、威嚇」に近い。中国の核兵器は本物で相手に「威ショウ」は感じさせるけれど、中国から積極的に脅かしたりはしない。非核保有国には使わないとしているので、脅迫はしていないというわけだ。要するに外国が「恐れる」ことの必要性は認めている。 日本と中国は漢字を使っているから、双方が「脅威」を同じ概念と思っているが、意味は微妙に違う。日本人は中国が積極的に脅かしてこなくても、存在を脅威と表現する。ここに誤解がある。少なくとも中国に対して「中国の軍事力は威ショウだ」と言えば反論できないだろう。 ある国家の軍事力は一般的にはその能力と意図で評価される。しかし、中国の場合、その能力が公表されていないし、公表している意図にこれまで見てきたように疑念が生じる。具体的な戦力、核弾頭数はもちろん、戦車や戦闘機、ミサイルなどの数は一切公表されていない。人間は分からないことには不安や恐怖を覚えるだろう。 中国は抑止力の効果を高めるために不透明さを必要としている。だから不透明性は意図的なものといえる。中国軍事科学院の羅援は「透明性は軍事機密の保持とは対立する。われわれの軍事力はまだ遅れており、秘密も国の安全を守る手段だ。強い国とは違う」と私に語っている。実力を分からせないことが抑止力になるとの認識を明確にしている。だから日本が「中国は怖い」と感じる時、抑止の効果が出ているということであり、中国側の思惑通りになっていると言える。「威ショウ」は確かに軍事行動を抑止するだろう。ただ、われわれに違和感があるのは「威ショウ」のためにはうそやデマも正当化されることだ。『ショウ戦』(2003年)は戦略ミサイル部隊の「威ショウ戦術」について次のように書いている。「虚実を結合させ…敵の判断力を失わせる、真偽の判別を困難にさせる。…秘密保持とリークを結合させ、威力を誇示し、こちらの具体的状況を分からなくさせる」「さまざまなメディアを利用して核兵器を使うと威嚇して心理的な恐怖感を植え付ける」などとしている。「防御的」とはいえ、こうした戦術を目の当たりにすれば、相手が「脅威」と受け止めるのは避けられないだろう。中国側もそれをある程度期待しているのだ。(ショウはリッシン偏に耳が三つの漢字)<非先制攻撃>よりp63~66 米英仏中露の核保有5大国のうち、核の先制不使用を宣言しているのは中国だけだ。中国はそれを売りにしている。日本政府も中国の先制不使用政策を高く評価し、2009年、岡田克也画外相が米国も中国に倣って宣言するよう求めたこともある。中国は先制不使用をほかの国にも宣言するよう求めている。 しかし核戦略理論の分野では、先制不使用(no-first-use)と非先制攻撃(no-first-strike)という言葉を別の概念として使い分けている。(以下、文字数制限により省略、全文はフリーページ参照)【中国人民解放軍の実力】塩沢英一著、筑摩書房、2012年刊<「BOOK」データベース>より中国の軍事力に対する警戒感が高まっている。空母の建造、対艦弾道ミサイルや次世代ステルス戦闘機の開発…など、経済成長を背景に、軍備も膨張し続けている。領土・領海への野心も小さくない。けれど、その実力は未知数である。他国に比べて情報が少ないため、専門家でも評価が極端に異なるのだ。パワーを得た彼らが暴発することはないのか。そもそもどんな思想のもと、彼らは何を目指しているか。特派員として現地を取材し、数々のスクープを上げたジャーナリストが、不透明な中国軍の裏側をえぐる。軍幹部の証言や、独自入手した資料で浮かび上がった、人民解放軍の実像とは。<読む前の大使寸評>尖閣問題でチキンレースのように威嚇カードを切ってくる中国であるが・・・この時期、人民解放軍の実力を押さえておくことは、対中リテラシーとして必須のものだと思うのです。rakuten中国人民解放軍の実力
2013.10.25
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わりとしつこく安藤忠雄をフォローしているが・・・独学で建築の世界に飛び込んでいったガッツが素晴らしいが、本来持っていた才能が花開いたのでしょうね。また、安藤さんが大阪出身で関西を愛しているところが、関西人としてええでぇ♪図書館で「安藤忠雄 建築を語る」という本を借りたので、紹介します。【安藤忠雄 建築を語る】安藤忠雄著、 東京大学出版会、1999年刊<「BOOK」データベース>より東京大学大学院における講義の集成。若い世代へ贈る熱いメッセージ、比類なき建築論。【目次】序 発想するちから/第1講 インターナショナリズムとリージョナリズム/第2講 建築に夢をみた/第3講 抽象化と場所性のあいだで/第4講 命ある建築をめざして/第5講 プロセスのなかで思考する<読む前の大使寸評>わりとしつこく安藤忠雄をフォローしているが・・・安藤さんが大阪出身で関西を愛しているところが、関西人としてええで♪となるのかも。wikipedia安藤忠雄を見ると、建築設計事務所でのアルバイト経験と独学で建築士試験に合格したらしいけど…このあたりが、すごいでぇ♪rakuten安藤忠雄 建築を語る安藤さんは、「1960年代が日本という国の頂点だった」と語っています。1960年代といえば、大使が勉学に勤しんでいた頃であり・・・若者が自分の可能性を信じられる時代でしたね(今では信じられないかもしれないが)インターネットなど無いし、情報検索など牧歌的だったのが良かったのかも(笑)もっとも、大使の場合、能天気に60's(オールディズ)を聴いて浮かれていただけかもしれないが(笑)<発想するちから>よりp8~11 1960年代は世界が、そして何より日本という国が最も生命力があった時代です。明治以来、西欧の列強にいかにして追いつくかと国を挙げて疾走してきて、第二次世界大戦でいったん灰燼に帰した。そこから立ち直り、史上類をみないほどの経済発展を遂げていった時でした。そして併行するように世界のなかでの日本の地位が向上していきます。それを支えた要素としては、日本人の勤勉さと忍耐力、教育水準の高さ、そして安価であった労働力、石油資源の活用などが挙げられるでしょう。しかし安保条約の改定によって戦後日本の世界のなかでの位置を決定づけたアメリカは、1965年から本格的にヴェトナムへ軍事介入を始め、泥沼にはまり込んでいきます。この間、日本は全く苦しまなかった。それどころか、ヴェトナム特需と呼ばれたように経済はより一層潤いました。その分今、日本が苦しんでいるといえるかもしれません。 ヴェトナム戦争の激化、そして「近代という理想」が結果的にもたらした公害、抑圧、差別といったものへの不満から、1960年代末には近代の価値観、既成の価値観全体に対する異議申し立てが噴出します。「現実」が、人類の限りない発展を信仰する楽天的な技術至上主義の前にたちはだかったのです。日本においても、初めて人びとは「社会」を意識し、「近代化」という巨大な波に対する反発が生まれてきました。日大闘争や東大闘争に代表される学生運動が全国各地で激化していったのです。一人一人が「社会を変革しよう」と立ち上がったこの時、確かに日本人のなかに、「個人」が芽生えたように思います。 1960年代とは、近代という理想をひたすら目指した社会が経済的な意味において頂点を極めると同時に、初めてその「理想」に疑問がもたれ、その巨大な力に人びとが抗った20世紀の大きな節目だったのです。(中略) 関西で生まれ育った私は、10代後半の頃から大阪近辺や、京都の角屋、飛雲閣、待庵などの茶室、高山あたりの古い民家などをよく見てまわっていました。日本古建築について、それほど知識を持ち合わせていた訳ではありませんでしたが、感覚的に趣味性に傾き過ぎた数奇屋よりも、自然の素材感を生かし装飾を排除した書院造の力強さ、美しさに惹かれました。初めて一人で日本一周した時に訪れた四国や高山の伝統的な地方の民家にもそのような抑制の美学とでもいったものを感じ、あらためて風土のなかで育まれる真の意味での普遍性に心打たれました。(中略) 1965年、ヨーロッパへ船で渡りました。不安で一杯の旅立ちでしたが「西洋建築を自分の目で見たい」、そして何より「コルビュジェに会いたい」という思いが抑えきれなくなっていたのです。とにかくオールディーズにしか反応しないのです。安藤さんは、中国建築に幻滅し、韓国建築を評価しているが…わりと中国嫌いのところが、ええなぁ♪<中国、韓国、そして日本>よりp44~45 中国の代表的建築といえば北京にある紫禁城や天檀でしょう。この建物は左右対称になっていて、理性的ともいえますが、非人間的で圧倒的に巨大な力を感じさせるという意味では、むしろ権力的という感じが強い建物です。全体はしっかりできあがっていますが、部分はひどくおざなりです。平面図で見るのとは違い、現実の建築を目にすると、自分以外は建築ではないといわんばかりで、何かうんざりしないでもない。韓国建築 韓国の建築は中国のそれとは少し違っています。ソウルの中心部に宗廟という建築があります。これは中国の建築でもないし、日本の建築とも違う。中国に最も抵抗した形の建築ということができるのではないか。建国の建築も基本的には左右対称の建築なのですが、部分的にその相称性を崩した「破格の美学」があるのです。宗廟も、全体としてみると相称的なのに、たとえば列柱の形が全部違う。前庭にピンコロ石のような四角い石が並んでいますが、これも大きさや形、色まで全部違う。歴史的に見れば朝鮮は長く中国に抑圧されてきましたから、全体としては中国的要素を取り入れても、部分では抵抗を示しているのでしょう。建築だけでなく韓国の文化には「抗う」という姿勢が強く感じられない。 韓国では特にアンバランスもしくは不均質というある種の美が「破格」という言葉で表せられますが、この美学には今もって大変興味を惹かれています。先日見たコールハースの建築でもこの「破格」が表現されていました。30本ほどは柱が並んでいるなかで、円柱に混じって時どき角柱があり、なぜかと訊いたら、彼はこう答えました。「自分でもわからないけど、その方がリズミカルでいいんじゃないかな。日本人はすぐに全てを揃えてしまう。確かに表面的には美しいけれども、生命感がないし、本当の心が伝わってこない」 こんな視点から日本の建築を見ると、全く違ったものです。同じ東アジアに位置していても、厳しい自然のなかを生きてきた中国や韓国と違い、日本の気候風土は穏やかで、冬でも関西では零下になることなどありません。気候風土は生活様式に関わり、建築にも強く影響を与えます。 住まいの色にしても、素材への感覚にしても、気候風土や民族性が異なれば全く違います。日本では、神社や仏閣などで強烈な赤や緑色が使われることもありますが、それらは特殊な例とされ、住宅などの日常生活に深く関わる建物はたいていは自然の色に近いものが使われてきました。土や木や菅に、着色するにしても草木の汁から取った彩度の低い色を施した、自然の色の素材でつくられていました。数奇屋建築などでは基調はベージュで、一点に鮮やかな色があったりします。色の範囲を限定したなかで個性を競っている訳です。 自然の色を建築に取り入れるということは、自然とともに生きるという考え方が反映されているのであり、それにより自然の変化をより敏感に感じることができます。環境にまで執着する安藤さんのスケールの大きさが、ええな~♪大使も見にいったことのある淡路夢舞台の開発を見てみましょう。<環境をつくり、建築をつくる>よりp246~248 淡路島の一角に、35万坪の大きな空地がありました。これは関西新国際空港の埋め立て用の土を採った跡で、ちょうどゴルフ場一つ分の広さに相当します。1988年に土地の所有者が私を訪ね、ここをゴルフ場にしたいのでクラブハウスを設計してほしいと依頼されました。そこでまず敷地を見に行きましたが、なぜこれほど無計画に山を切り削るのかとあらためて憤慨しました。淡路夢舞台 いろいろな経緯の後、1989年に兵庫県知事が、ここを国営公園にしようと発案されました。そこで私も知事や兵庫県の人たちとともに考えてここに国際会議場、ホテル、植物園、園芸学校などをつくることになりました。淡路島は気候が温暖で、もともと花の産地ですから、花の研究をする人たちが集まるような町にしようと決まったのです。そして同時に、35万坪の荒廃した敷地全域にまず植林することになりました。一般には建築をつくり完成してから木を植える訳ですが、ここでは逆転して先に高さ10cmほどの苗木を植えておく。5年経過した後に建築の工事を始めると、森のなかに建築がでえきるのではないか、そう提案したところ、それは世界にも例がなくていいということで兵庫県知事も承認してくださいました。 カナダのヴァンクーバーにあるブッチャート・ガーデンを知事も私たちも手本と考えました。そこはもとは石灰岩を採った跡でした。事業主のブッチャートは利益の1%をこの採取場を緑化するために使おうと考えました。今から約100年前のことです。10年後には、荒れた採取場跡は美しい公園になり、現在では世界でも有数の花の公園になっています。ブッチャート・ガーデンは面積5万坪くらいです。私たちは7倍の35万坪の花の公園をつくろうと考えました。 苗木を植え始めたのは1992年から1993年頃でした。その時は、これで本当に森になるのかなと不安でした。ここは岩盤で、植樹にはあまり向いていなかった。けれども知恵は世界中にありまして、イランの緑化事業は世界で最も進んでいると聞き、そこの研究資料も手に入れて、どのようにしたらうまく緑化できるか検討したりもしました。 植えて1年も経つと、高さ約30cmになりました。2年半で1mくらい、樹種にもよりますが、木は1年に約1m成長しますから、現在ではもう4-5mくらいの樹高になっています。まだ「森のなか」とはいえませんけれども、今成長していく樹木を追いかけて、ここに野外劇場をつくっています。ここは「夢舞台」という名が付けられて2000年のオープンを目指しているのですが、完成後10年くらいたつ時にはかなり立派な森になるだろうと思っています。建築はすべからく自然と共生する住宅であってほしいと思う大使にとって好きな建築家を挙げると・・・・・フンデルトヴァッサーにしろ、ブルーノ・タウトにしろ、安藤にしろ、共通項は「自然」なんですね。安藤忠雄の世界byドングリ
2013.10.24
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昨晩のNHK「歌謡コンサート/荒木とよひさ名曲集」という番組を見たが・・・テレサ・テンの曲がバンバンかかるだろうと満を持して拝聴したが、惜しいことにエンレイさんが歌った「時の流れに身をまかせ」1曲だけだった。でも、荒木とよひさ作詞の曲はどれもなかなか良かった…と負け惜しむ大使であった。・想いで迷子・哀しみ本線日本海・恋唄綴り・つぐない・時の流れに身をまかせetc.エンレイさんの歌う日本語もテレサを彷彿とする美しさがあったが・・・やっぱ、テレサが操る日本語唱法にかなう者はいないと思うのである。ここで、図書館で借りた「歌謡曲」という本から、テレサ・テンのあたりを紹介します。「歌謡曲」高護著、岩波新書、2011年刊より 70年代初頭にアイドル歌謡が台頭するのとほぼ同時に、アダルト・オリエンテッド・ポップスともいうべき大人向けのポップス系歌謡曲が川口真や筒美京平を推進力に誕生した。(中略) テレサ・テンは本名トウ麗君。香港でスカウトされて74年3月に「今夜かしら明日かしら」(山上路夫・筒美京平)でデビューしたが不発で、第二弾が「空港」(山上路夫・猪俣公章)だった。その後も「雪化粧」、「ふるさとはどこですか」といったヒットでポップス系演歌の中堅として期待されていた。 80年代を迎えた演歌シーンにおいて、60年代に確立された純粋演歌の流れを汲む多くの歌手はカラオケ・ファンを含む熱心な聴衆を対象に保守本流の楽曲作りを重ねていた。都はるみは「大阪しぐれ」、「浪速恋しぐれ」といった伝統的な作品でミリオン級ヒットを放ち、五木ひろしは83年に「細雪」、「長良川艶歌」と大ヒットを連発。細川たかし「矢切の渡し」、大川栄作「さざんかの宿」、日野美歌、佳山明生競作の「氷雨」といったミリオン・セラーをはじめ、森昌子、石川さゆり、川中美幸、小林幸子、瀬川瑛子等の女性陣も充実していた。 また一方でアダルト・オリエンテッド・ポップスの流れに位置する作品は、80年代に入って欧陽フィフィ「ラブ・イズ・オーバー」、森進一「冬のリヴィエラ」、上田正樹「悲しい色やね」、高橋真利子「桃色吐息」といった作品で健在だった。岩崎宏美「聖母たちのララバイ」も同じ潮流に位置する作品である。 テレサ・テンはこれら二つの要素を兼ねた逸材だったが、78年に一度離日して82~84年は活動の拠点を香港に移していた。84年に再来日しての第一作「つぐない」が大ヒット、続く「愛人」も連続ヒットした後を受けた第三弾が「時の流れに身をまかせ」である。作詞作曲編曲は三作とも荒木とよひさ・三木たかし・川口真のトリオ。これらは伝統的な演歌とアダルト・オリエンテッド・ポップスの融合されたAOR歌謡ともいうべき演歌の新たな潮流を形成する作品だった。 冒頭から16符の連符を繋いでいるが、これは「舟歌」でも触れた手法で「時の流れに身をまかせ」も倍テンポで解釈して実際のBPMの半分で聴かせている。黛ジュンの実兄である作曲家の三木たかしは、67年に泉アキ「恋はハートで」で作曲家デビュー、69年の森山良子「禁じられた恋」を皮切りに70年代はあべ静江「みずいろの手紙」、西川峰子「あなたにあげる」、西城秀樹「君よ抱かれて熱くなれ」、石川さゆり「津軽海峡・冬景色」とポップス、演歌を横断してヒットを放った。 「時の流れに身をまかせ」の構成はA7-1/2小節B12-1/2小節の二ハーフ。“時の流れに~”から始まるサビの部分で、後半の“だからお願い~”へと連なるドラマチックな展開は聴きどころである。とくに“だからお願い、そばに置いてね”のコード進行A7→Dm→DmM7/C#→Dm6/Bは楽器編成はオーソドックスだが、シティ・ポップス顔負けの新鮮かつ深みのある響きで、川口真の真髄ともいうべき洗練されたサウンドである。川口真はいずみたくのオールスタッフ・プロで活動を開始。63年の坂本九「見上げてごらん夜の星を」が編曲家としてのスタートで、作曲家としての初ヒットは69年の広田三枝子「人形の家」。編曲家でありながら作曲家として多くのヒットを放った唯一無二の散在である。 テレサ・テンの歌唱はコブシもヴィブラートもレガートもない清涼感に満ちたナチュラルなスタイルである。中国語は日本語に比べて言語音程がやや高く、裏声と実声が違和感なく自然に繋がるのは、それらが関係していると考えられる。倍音の響きがなめらかで美しい。テレサ・テンbyドングリエンレイ公式サイト
2013.10.23
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今ではいろんな雑誌でコラムを書いている福岡伸一さんであるが、『生物と無生物のあいだ』を出したときは、かなり注目されましたね。それまでは、理系の人に感性までからめて文章を書く人がいなかったので、福岡さんの文章が注目されたのでしょう。もちろん文章だけがいいというのではないわけで・・・・アンサング・ヒーローを讃えるというような、福岡さんのスタンスこそ注目されてしかるべきでしょうね。まあ、アングロサクソンがカネでノーベル経済学賞をかっさらうのとは対極をなすスタンスなんですが。(おっと、いつもの愚痴になったがな)図書館で「エッジエフェクト・福岡伸一対談集」と言う本を借りたので、紹介します。【エッジエフェクト・福岡伸一対談集】福岡伸一著、朝日新聞出版、2010年刊<内容紹介>よりベストセラー『生物と無生物のあいだ』の著者による初対談集。桐野夏生、柄谷行人、梅原猛、森村泰昌、鈴木光司、小泉今日子など、各界の第一人者との対談を通じて、気鋭の生物学者が想像する、生物としての人間の将来の姿とは? ・欠落したオスと、自己完結するメス(桐野夏生)・科学の限界(柄谷行人)・生命現象における「美」(森村泰昌)・生命とは、流れているもの(小泉今日子)・細胞の破壊と再構築(鈴木光司)・科学と哲学の融合(梅原猛)<読む前の大使寸評>福岡伸一さんと対談する人たちの顔ぶれを見ると・・・思わず「エッジが利いてるで♪」と思った次第です。内田先生が福岡さんの述べる文章を絶賛していたが、それは即ち理系の感性を褒めていたんでしょうね。rakutenエッジエフェクト・福岡伸一対談集この本で、梅原猛さんとの対談の一部を、紹介します。福岡さんは解毒剤としての縄文文化を提唱しているが、ええでぇ♪<縄文へ帰れ>よりp172~174福岡:先生が戯曲『ギルガメッシュ』で書かれたように、森を破壊することは現代の環境問題への警鐘だとも受けとれますし、あるいは、先ほどの草木国土悉皆成仏という考え方が現代の環境思想の基盤となるべきものなのに、私たち日本人は必ずしもそのようには考えてはいません。縄文時代に育まれ、アイヌ人へ、弥生人へ受け継がれていった自然観は、いつ分断され、現在のように変質してしまったとお考えでしょうか?梅原:近代思想を輸入し、受け入れた明治以降からでしょうね。明治政府が行った廃仏毀釈と神仏分離は、近代化にとっては必要な政策だったのかもしれませんが、あれによって、日本の伝統は徹底的に崩壊させられました。縄文の頃からある世界観を捨て、近代西洋の世界観を採用したことは、大きな間違いだったと思います。自然崇拝に代わって天皇崇拝、国家崇拝を日本のイデオロギーに据えたのです。ところが、その天皇崇拝、国家崇拝も昭和20年の敗戦によって否定されてしまいます。そして、現在は全く無宗教の状態にあります。 ですから、私たち日本人は今、縄文文化や弥生文化に通じるような世界観、和歌にもなり、能にもなり、俳句にもなった、太陽を中心とする自然崇拝の世界観へ帰らなければならないと思いますね。中世に熊野詣でが大流行したように、縄文文化を再度、見直す必要があるでしょう。それは、日本人だけに求められていることではなく、人類全体が人間中心の世界観を捨て、古代エジプトの世界観や縄文人の世界観のように、人間を自然の中で考え、自然を崇拝する世界観に帰らない限りは、現在の環境破壊という危険な運命を逃れられないと思いますね。福岡:明治以降の近代主義というものにどっぷりと浸かってしまっている私たちは、ある種の解毒剤として、縄文をときどき思い出さなければいけませんね。縄文的なものは、日本人の古層の中にちゃんと残っているわけですから、ただ、平安時代に、みんなが熊野詣でを行って正気を取り戻したような、そうした気運が高まるということは、この時代においてありえるのでしょうか?梅原:難しいことではあります。けれども、こんなに異常気象がつづいていると、近代文明が崩壊しつつあることは誰の眼にも明らかでしょう?さっきも話したように、エジプトには太陽神や水の神が存在しますが、西洋文明の根底にあるとされているのはそのエジプトの思想ではなく、ギリシャとイスラエルの思想です。ギリシャ哲学はイオニアの自然哲学に始まるといわれます。タレスは万物の根源は水であると考え、ヘラクレイトスは万物の根源は火であると考え、アナクサゴラスは空気であると考えたように、さまざまな自然を原理として哲学が論じられてはきましたが、太陽の神は存在しないのです。アポロは太陽神とされていますが、ギリシャでは予言の神として存在しています。そういうふうに、自然の神、太陽の神を忘れてしまった哲学が西洋文明の根底には流れているわけです。 ギリシャやイスラエルは農耕民族でなかったことも関係しているでしょう。歴史的に、自然から疎外された宗教や哲学を近代ヨーロッパは受け継いで、ますます人間中心的哲学を文明の原理としたのですが、その結果、自然というのは機械的な法則で動くものだと思い込んでしまったのです。自然法則を発見すれば、自然を奴隷のように支配できるはずだ、と。そうした考えは、短期的には豊かな物質文明をつくり上げることができるかもしれませんが、長期的には、人間を滅ぼすものになるのではないかと思います。おお♪草木国土悉皆成仏という言葉には、聞き覚えがあるのです。過去の日記から、福岡先生の「動的平衡」を再読してみます。福岡先生の「動的平衡」を再読より虻に双鶏図
2013.10.22
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泳ぎ続けないと死んでしまうマグロは別格として・・・・走り続けることを、苦にもしないララムリという民族がいたんですね。びっくり♪17日のNHK番組「地球イチバン、世界一走り続ける民」を見たが、カルチャーショックを受けたのです。NHK「世界一走り続ける民」より世界でイチバン走り続ける民と呼ばれ、100キロメートルを超えるウルトラマラソンの世界レースで圧倒的な強さを見せてきた“走る民”ララムリの走る力と独特の文化に迫る。メキシコの大渓谷の奥地に隠れ住み、400年にわたり、一晩じゅう走り続けるという謎のしきたりを守り続けてきた。そこから生まれた脅威の持久力、さらに走り続けることに込められた先人達のメッセージとは? 【旅人】魔裟斗【語り】木村文乃晴走雨読の大使から見ても、「ララムリの常識は、世界の非常識」という感じで、世界は広いで♪と思った次第です。「走るために生まれた」というタイトルの本が最近本屋に並んでいたが・・・まさにララムリのために、作られたようなタイトルですね♪番組を見ながらツイッターでメモしてみました。●NHK「世界一走り続ける民」を見ている、なう。100kの山道を走るものだが、スタート時は皆、K3分でダッシュするので、外国人ランナーは度肝をぬかれるわけです。●ララムリの子供たちが松の木で作ったボールを蹴りながら14時間も走るんだって。男女とも、普段着にサンダルというスタイルで夜通し走るララヒッパリという競技です。ま~すごいわ♪●人はなぜ走るのか?それを知りたければ、誰かと一緒に走ればよい。(ララムリの言葉より)他の部族やスペイン侵入などから逃れて奥地に隠れ住んだララムリなので、生き残るために走るという必然性もあったのかもしれないが・・・・走って競う楽しさを、知っていたのでしょうね♪マラソンではエチオピア、ケニアの選手も強いが、ララムリがマラソンに本気で取り組んだら、ぶっちぎりなんてこともあるかも(笑)♪
2013.10.21
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図書館で「それぞれの韓国そして朝鮮・姜尚中対談集」と言う本を借りたので、紹介します。【それぞれの韓国そして朝鮮・姜尚中対談集】姜尚中著、角川学芸出版、2007年刊<「BOOK」データベース>より姜尚中が民族を越えた多様な「共生」のあり方を探る。【対談者】・筑紫哲也さん・雅ーmiyaviさん・澤地久枝さん・浜美枝さん・梁英姫さん・リービ英雄さん・磯崎新さん・中井信介さん・井筒和幸さん・黒田福美さん<読む前の大使寸評>先日、NHKで観た「是枝監督と姜尚中さんの対談」が良かったので、姜尚中対談集と銘打った、この本を借りたのです。rakutenそれぞれの韓国そして朝鮮・姜尚中対談集リービ英雄さんとの対談では、日本語、英語、中国語、韓国語が話題にあがり…まさに言葉の力が語られています。<在日文学が広く読まれるためには言葉の力が必要だ>より<新宿が僕の原点>p131~132姜:最初は翻訳の仕事をかなりの間していらしたんですね。リービ:作家になりたかったのだけれど、最初は翻訳の仕事をしていました。いろいろ手がけたんですけれど、万葉集が一番で、エズラ・パウンド(詩人)が若い人へのアドバイスとして、「自分に内容がないときは、とにかく翻訳をしなさい。自分の内容が書けないときは、人の内容を書けばよい」といっています。自分の内容を書くまで、20年ぐらいは、人の内容を書いていて、それはよかったかなって、自分では思っているんですけれどね。 翻訳をやっているということは、人の手伝いをしている感じで、それは二流、二級ということで、コンプレックスを持っていたんですね。創作が一流、一級だということです。でも創作をしばらくすると、翻訳をしていたことがよかったし、今となってみると、僕の言葉になりますけれど、「創作はある種の翻訳である」と思うようになったんです。文学の国際化という言葉があるんですが、異言語にさらされながら書くということだったら、どうしても翻訳が創作の一つのモデルにならざるを得ない、と僕は思っている。姜:小説を書いているときは、日本語で考えていますか。リービ:何語で書いているかは意識していないけれど、今は日本語ですね。英語なんかでは考えない。<テーマは越境>p152~154リービ:僕の中には、アメリカ、日本、中国が、三本の柱になっています。そこで、この1年何をやっていたかというと、中国でした。ずっと中国に行っている。そして、苦しいことというと、日本に戻ってきて、大学で英語を教えなくてはいけないこと。英語なんてすぐに出てこないわけ。実際英語を使いはじめると、それなりに一流の英語だとは思うけれど、使いたくない。だから授業が始まると、「すいません、これは英語の授業だけれど、頭の中は北京語ですから」なんて言う。学生にはいやな顔をされてしまいますね。やっとネイティブの授業だと思ったら、北京語がどうのこうのと言われるわけですから。 僕は、やはり言葉の問題にこだわり続けている。中国では、ひじょうに簡単な北京語の世界、日常会話プラスαの語学力。この1年半で8回中国に行き、1回だけ台湾に行った。中国では河南省ばかりに行っていました。そこで得たことを短編の旅行記にして「群像」に発表しています。内陸の農民の話を聞くたびに、中国人は何でも話をしてくれる。どこまで書けるかというぐらい。だけど決してインテリと喋ることはない。今中国は六四(天安門事件)以後、都市と農村の格差が出てきたわけで、今の関心は、こういったことを今後どのくらい小説にできるかということですね。姜:まだ誰も手がけていない未開拓の世界ですね。フロントに立っているわけですね。リービ:フロントにいるのかもしれないけれど、小説になるかどうかはわかりません。言葉というのは一つの発見なんですね。英語でも、日本語でも言えないことを、北京語で言えちゃうことがある。あるいは言えたという記憶があると、それが気になるんですね。(中略)姜:リービさんの中では、言葉の行き来の中で、軋みあったり、場合によってはハーモニーを描いたり…。リービ:ぶつかったり。姜:今、自分がどの世界にいるのか、そのときになってみないとわからない?リービ:わからなくなっちゃうんです。書き出すと何が出てくるか、自分でもわからない。なにやらはびこるような感覚で出てくるんだけれど、それがうまく文章にならないときもあるし、どうしていいのかわからないときもあるんだけれど、実際使わないこともいっぱいある。要するにゴミボックスに入ってしまう。悲しいけれど、これが限界。 小説をなぜ書き続けようとするのか、それは僕の今のテーマが、かっこよく言うと、「越境」だからです。実際は、日本は「奥の細道」の国でしょう。僕も旅の文学を書いてみたい。ただ観光案内にならないように心がけながら。1人で出かけることによって、異言語の中にいて、戻ってきてこちらの言語で書くというのは、手法としてはおもしろいと思っています。姜:僕も同じ「越境」というタイトルで、在日の戦後史みたいなもの、在日の家族を書いているところです。リービ:えっ、ほんと!それはおもしろい。お互い成功させましょう。アメリカンニューシネマに育てられたような井筒監督が、最近のアメリカ映画は知性がないと、切り捨てています。…我が意を得たりの感があるのです♪<アメリカンニューシネマが起爆剤に>よりp218~223姜:高校のときから、映画監督になりたいと思いはじめたということですか。井筒:僕は奈良高校に入ったんです。親が教師になれということで、その道に進むのなら、奈良高校がいいということだったんです。でも、結局映画ばかり観ていて、ちょうどその頃、アメリカのニューシネマ、アメリカの新しい文化が入ってきたんです。姜:「イージー・ライダー」とか。井筒:そうです。「真夜中のカーボーイ」などですね。映画というのは、これだって思ったんです。加山雄三がエレキギターをチャラチャラン鳴らしているものじゃないんだと、映像というものは。こう意気込んで、オートバイで行くんだけれど、南部の閉鎖主義の中で殺されてしまう。その殺されてしまうところがかっこいいんだと、あれこそ映画なんだと。殺されたいんだ我々はって、当時はね。こういう感覚をいまだに大事にしたいって思っています。僕の場合、アメリカのニューシネマが起爆剤になっているんです。姜:助監督からスタートされているわけですか。井筒:そんな時期全然なかったですね。「イージー・ライダー」や「真夜中のカーボーイ」を観てしまったんですから、監督も助監督もないだろう。造反有理、すぐに撮れるだろうって、そう大胆にも思ってしまったんです。17,8歳だったわけですが、子どもでも、日本映画のつまらなさとかメッセージのなさというものを感じとっていました。庶民のたわいない話ばかりやっていたわけです。 ですから、そういういわゆる、業界に身を投じようなんていう気は、さらさらなかったですね。やるんだったら、自分たちでつくろうと思ったわけです。まさに「パッチギ!」の主人公のように、歌を歌いたいから歌うんだみたいなところがあったんです。今の若い子たちと感覚的には近いものがあると思います。今の子たちも、ダンスをやりたいからダンスする。たとえば高円寺の駅裏でダンスの練習をしているわけでしょう。要するにやりたいことをやる、それを最初に始めた世代なのかもしれません。 その頃影響を受けたのが、劇作家の寺山修司さんで、「書を捨てて街に出よう」とアジられた。街を歩いていれば、何かにあたるよというわけで、何かイデオロギーを超えたおかしさ、そういうものに出くわした世代でした。姜:井筒さんの映画を観ていると、形式にとらわれていないなということを感じてしまうのは、そのせいですか。井筒:たしかにないですね。基本も何も習っていないからです。姜:日本の場合、どこまでが素晴らしいのか、よくわからないのですが、様式美というのがありますね。小津安二郎監督の作品などがそうですが、たとえば「東京物語」とか、僕はいいなと感じてしまうのですが。井筒:ハハハ。僕、「東京物語」には意義あり!なんです。「東京物語」に出てくるお母さん、お父さんは、非常に感じのいい、いたわりあう老夫婦でしょう。それなのに、あの二人から、あんなつっけんどんな子どもたちが生まれるというのが、理解できないんです。それを「東京という都会」のせいにしているような気がするんです。尾道の善人な老夫婦がタライ回しにされる、あんな子たちに育てたわけでもないのに、ということは、東京はモンスターシティなのかということでしょう。僕はそういうふうに感じてしまったんです。姜:いつ頃観られたんですか。井筒:いつ頃だろう。高校を出た頃ですか。京都の京一会館という、名画ばかり上映している映画館があって、そこで観たんです。どうもいやな、図式的だなって。(中略)姜:今活字がパワーを失っているし、活字離れも進んでいる。映像で表現できる人たちというのは、大変な面もあるのでしょうが、幸せな人たちじゃないかなって思っているのですが。井筒:そうでもないですよ。映像というのはバカにされがちなんです。享楽物であり、時間潰しであるとね。ことにアメリカが一番バカにしていると思います。映画として最初にスタートした国にもかかわらず。アメリカ映画の現状を見れば、それは明らかでしょう。 そのアメリカだって、70年代の後半まで、たとえばアメリカ内部のこと、テキサスはこんなところだとか、こんな人たちがいるとか、ジョージアは今こんなことがあって、白人と黒人の対立が根深く続いている、悲劇もある、でも頑張って生きているんですよという映像が撮られていたんです。こういう自分たちの文化や風土、人を見てくださいというのが映画だと思うんです。 しかし80年代に入り、83年からでしたか、ブロックバスター映画が公開され、商業主義、拝金主義が出てきて、こういった映画はなくなってしまいました。アメリカは、文化を売るんじゃなくて、要はコカコーラの世界、戯画化された文明を映像化しているだけなんです。悪い人間が来たら、何十人でも撃ち殺すでしょう。誰かが必ず復讐に立ち上がるでしょう。そんなどうでもいいことを、押し付けていくんです。 そして、得体の知れないリベンジ大会。自分の中に飲み込んで、反省し、そして消化させていく、落ち着く、落ち着こうとする、こういった本来あるべき過程がまったくない成り行きのリベンジの仕方です。知性のかけらもない映画ばっかり。姜:今のアメリカ映画は、人種問題などないがごときでしょう。たしかに有色人種が主人公になっている映画は多いけれど、それでは人種問題は、70年代に解決されたのかというと、そうではないわけでしょう。井筒:でもそういう映画でないと、2億何千万人の暇潰しとしか映画をとらえていない国民性にはアピールできない、土曜の夜に観に来ない、ということのようなんです。たまにあっても、俺はいったい誰だろうみたいな自分探しだけのもの。姜:そういえば、最近アメリカ映画って観なくなりましたね。井筒:そうでしょう。
2013.10.21
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・アメリカはアートをどのように支援してきたか ・世界史のなかの中国―文革・琉球・チベットさっそく、図書館に借り出し予約するのもいいかもね。********************************************************************************アメリカはアートをどのように支援してきたかより<間接助成で芸術活動支える:渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)> 芸術支援のために庶民の税金は投じられるべきか。右派は民間の自助を、左派は福祉の拡充を求める立場からともに懐疑的だ。 「人はパンのみにて生くるにあらず」「戦闘機一機の値段と比べれば文化は安上がりだ」「文化は国や地域の威信を高める」とは芸術愛好家や批評家の決まり文句だが、審美的価値は経済的価値の前では決め手を欠きがち。 本書はその両者を和解させようとする試みである。特定の芸術や組織を対象としない間接的助成(優遇税制や大学を通した助成など)を通して、価値論争に振り回されることなく創造的で幅広い芸術活動を支援する米国の事例が多面的に考察されている。 かたや日本。経済的価値しか顧みない「事業仕分け」の光景に驚愕した海外の芸術関係者は少なくない。 東京五輪開催を控え、世界を魅了するような画期的な文化政策は打ち出せるか。 そのための頭の体操としても有益な一冊だ。 ◇『アメリカはアートをどのように支援してきたか 』タイラー・コーエン著、ミネルヴァ書房、2013年刊 <「BOOK」データベース>より経済学と美学との対立。アートへの公的な財政支援は必要か否か、多彩な事例とさまざまな論点から迫る。【目次】第1章 対立するふたつの視点(美学と経済学/共約可能性の問題 ほか)/第2章 間接的な助成ーアメリカのシステムの特質(寄付と税制/アメリカの財団法人 ほか)/第3章 直接的な助成ーそれらは保守的すぎるのか(直接的な財政支援の進化/ニューディール政策 ほか)/第4章 著作権と分散化したインセンティブの未来(著作権は本当に消滅しつつあるのだろうか/象徴・シンボルへの愛 ほか)/第5章 美しく、かつリベラルな未来に向けて(助成金について、どの主張が検討に値するのか/分散化論にはどのような美学的主張があるのか、あるいは芸術とは何か ほか)<読む前の大使寸評>日本のお役所が、最近になってクールジャパンを唱える前に、アメリカはアートを美学と経済学というふたつの視点で助成してきたようだが…その戦略性には、日本の官僚が敵うものではないという気がします。(大使、そんな負け犬根性が良くないのでは?)最近は百家争鳴のようなクールジャパンについてクールジャパンあれこれにまとめています。rakutenアメリカはアートをどのように支援してきたか世界史のなかの中国―文革・琉球・チベットより<「普遍」と「特殊」、二つの観点交差:柄谷行人(哲学者) > 著者は私が最も信頼する現代中国の思想家である。魯迅研究者として出発した著者は、天安門事件で弾圧された後、より広い領域に踏み入った。しかし、ある意味で、彼はより魯迅的な道を歩んでいるようにみえる。すなわち、一方で世界的な知的状況に通暁すると同時に、他方でつねに、中国という特殊な文脈の下に考えようとしてきたのである。それが彼を独自の存在にしている。 本書にも、その二つの観点がある。一つは普遍的に世界的状況を考え、中国をその中において見ることである。現在の世界に支配的な傾向は、著者の言葉でいうと、「脱政治化」である。これは、つぎのようにいうとわかりやすいだろう。たとえば、1990年以後、「資本主義」のかわりに、もっぱら「市場経済」という言葉が使われるようになった。それは資本の蓄積が資本と賃労働という階級関係にもとづくことを無視し、また、資本主義経済が自然的・永続的であるかのように考えることである。 このような脱政治化が日本や先進資本主義国でおこったが、実は、中国でも同じであった。「社会主義的市場経済」の名の下に、資本主義経済(新自由主義)が急激に進行し、各地で深刻な階級対立が生じたのである。ところが、それはナショナリズム、エスニック・アイデンティティー、あるいは人権問題などの「政治」にすり替えられた。それらは政治的に見えるが、脱政治的なのだ。 本書におけるもう一つの観点は、中国における特殊な問題から普遍的な認識を引き出すことである。現在の中国の民族問題を理解するためには、清朝によって拡大された冊封体制(朝貢関係)を考える必要がある。近代西洋に始まる主権国家の観点から見ると、朝貢関係は支配・従属関係でしかない。しかし、朝貢は実際には交易であり、帝国は他国の政治や文化にはまったく干渉しない。朝貢関係は交易や平和を保障する国際的システムなのである。そのようなシステムが「帝国」だとすれば、相手を主権国家として認めた上で、資本主義的経済に巻き込んで文化的にも同化してしまうのが「帝国主義」である。西洋列強は、「帝国」の下にある諸国家を、従属状態から解放するという口実の下に支配したのである。 この朝貢関係というシステムについての理解は、現在のチベットの問題を歴史的に理解するために不可欠である。のみならず、それは周辺諸国をふくむ東アジアの政治的構造を理解するためにも必要である。たとえば、現在の沖縄の基地問題にしても、清と日本の両方に朝貢していた琉球王国が、近代的原理に立つ日本国家によって滅ぼされ領有化されたという経緯を知らずして論じることはできない。むろん、著者は清朝の政治システムを称賛しているのではない。ただ、朝貢関係や儒教の伝統に、複数の「システムを跨いだ社会」の原理を構築するためのヒントを見ようとしているのである。 ◇『世界史のなかの中国―文革・琉球・チベット』汪暉著、青土社、2011年刊 <「BOOK」データベース>より中国という国家を歴史からとらえなおし、世界のなかにおける中国とは何かを問う。現代中国を代表する思想家が、「文革・琉球・チベット」という三つのテーマを通して、日中関係を根源的に考える。中国からみた世界、歴史からみた中国。 <読む前の大使寸評>本来、朝貢関係は交易や平和を保障する国際的システムであったはずであるが・・・昨今の中華の下手な外交を見るにつけ、どこで、どう間違ったのだろうと思うのです。たぶん、欧米列強の酷い仕打ちに中華のシステムが壊れて、後発の日本が止めを刺したのかもしれないですね。rakuten世界史のなかの中国―文革・琉球・チベット***************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から(目録)
2013.10.20
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今日は雨模様ということだが、橋本関雪特別展が20日で終わるので見に行こう♪・・・斯様に大使は、ポジティブシンキングである(暇なだけじゃん―笑)兵庫県立美術館に橋本関雪特別展のポスターが見えるが・・・その上のカエルはどういう意味があるのか?あまり趣味がよくないようですね。お目当ての木蘭(左半分)です。木蘭のアップです。なんで、木蘭(ムーラン)かと言えば、以前、ディズニーのアニメ「ムーラン」を見て気になっていたからです。東洋を舞台にした、ディズニーにしては稀な作品だったではないでしょうか。その他、動物の絵なんか多くあったけど・・・ふくろうです。ウィキペディアの木蘭を見てみましょう。木蘭より老病の父に代わり、娘の木蘭が男装して従軍。異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリー。日本軍の占領下にあった上海の華聯が製作した映画『木蘭従軍』(1939年)は、プロデューサーの張善?たちの異民族(即ち日本)への抵抗の意思を暗喩した作品とされるが、彼らの屈辱と苦衷の日々を察していた日本側責任者の川喜多長政はこれに異議を唱えなかったとされる。およそ半世紀たった1998年、ディズニー映画『ムーラン』が作られ日本や中国でも公開された。
2013.10.19
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「悪の法則」公開まであと1ヶ月!豪華キャスト共演、極上の心理サスペンスを見逃すな!とのことで…ネット巡りをしていたら、偶然にリドリー・スコット監督の次回作を見つけたのです。…おお♪これは大使として見過ごせないのです。なにしろ、リドリー・スコットの作品は『プロメテウス』のときも、1年前くらい前から個人的予告編を作って待機した大使である。…ということで、この作品の個人的予告編を作ってみました。(入れ込みが過ぎて、肩すかしをくらうおそれも有るが)【悪の法則】リドリー・スコット監督、2013年制作、2013.11.15公開予定<Movie Walker作品情報>より『プロメテウス』の鬼才リドリー・スコット監督による心理サスペンス。テキサスを舞台に、危険な裏ビジネスに手を染めてしまった弁護士と周囲のセレブリティたちがたどる運命が描かれる。キャメロン・ディアス、ブラッド・ピット、ハビエル・バルデムら豪華キャストが集結し、従来のイメージと異なる役に挑んでいるのも興味深い。<観る前の大使寸評>リドリー・スコット監督は「テルマ&ルイーズ(1991)」制作で、何でもできることを証明してみせたが・・・今度は心理サスペンスですか♪ 期待できるかも。Movie Walker悪の法則『プロメテウス』の個人的予告編には、やや肩すかしを食らった感があったのだが、これを並べてみます。(映画『プロメテウス』予告編より)【プロメテウス】リドリー・スコット監督、2012年米制作<goo映画解説>より地球上の古代遺跡で人類の起源に関わる重大なヒントを発見した科学者チーム。その謎を解き明かすため、宇宙船プロメテウス号に乗って未知の惑星を訪れる。めくるめく神秘と衝撃に彩られた探査航海の果てに、人類が決して触れてはならない、地球上のあらゆる歴史や文明の概念さえも覆す、驚愕の真実を発見する。<大使寸評>「エイリアン」と人類の起源を解き明かすSF映画「プロメテウス」予告ムービー公開に宇宙船の映像が出ていました。宇宙船のディテールが鮮明に表れているが、これもまた恐い。goo映画【プロメテウス】ハリソン・フォードが『ブレードランナー』続編に出演交渉中というニュースがあるけど、『ブレードランナー』続編が計画されているようですね。
2013.10.19
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<図書館大好き44>今回借りた6冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「対談集」でしょうか。<市立図書館>・エッジエフェクト・福岡伸一対談集・それぞれの韓国そして朝鮮・姜尚中対談集・中国人民解放軍の実力・グーグルマップ完全活用術・売れる作家の全技術<大学図書館>・安藤忠雄 建築を語るなお、「売れる作家の全技術」は前回からの借り出し延長です。図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【エッジエフェクト・福岡伸一対談集】福岡伸一著、朝日新聞出版、2010年刊<内容紹介>よりベストセラー『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)の著者による初対談集。桐野夏生、柄谷行人、梅原猛、森村泰昌、鈴木光司、小泉今日子など、各界の第一人者との対談を通じて、気鋭の生物学者が想像する、生物としての人間の将来の姿とは? ・欠落したオスと、自己完結するメス(桐野夏生)・科学の限界(柄谷行人)・生命現象における「美」(森村泰昌)・生命とは、流れているもの(小泉今日子)・細胞の破壊と再構築(鈴木光司)・科学と哲学の融合(梅原猛)<読む前の大使寸評>福岡伸一さんと対談する人たちの顔ぶれを見ると・・・思わず「エッジが利いてるで♪」と思った次第です。内田先生が福岡さんの述べる文章を絶賛していたが、それは即ち理系の感性を褒めていたんでしょうね。rakutenエッジエフェクト・福岡伸一対談集福岡伸一さんの対談集byドングリ【それぞれの韓国そして朝鮮・姜尚中対談集】姜尚中著、角川学芸出版、2007年刊<「BOOK」データベース>より姜尚中が民族を越えた多様な「共生」のあり方を探る。【対談者】・筑紫哲也さん・雅ーmiyaviさん・澤地久枝さん・浜美枝さん・梁英姫さん・リービ英雄さん・磯崎新さん・中井信介さん・井筒和幸さん・黒田福美さん<読む前の大使寸評>先日、NHKで観た「是枝監督と姜尚中さんの対談」が良かったので、姜尚中対談集と銘打った、この本を借りたのです。rakutenそれぞれの韓国そして朝鮮・姜尚中対談集姜尚中さんの対談集byドングリ【中国人民解放軍の実力】塩沢英一著、筑摩書房、2012年刊<「BOOK」データベース>より中国の軍事力に対する警戒感が高まっている。空母の建造、対艦弾道ミサイルや次世代ステルス戦闘機の開発…など、経済成長を背景に、軍備も膨張し続けている。領土・領海への野心も小さくない。けれど、その実力は未知数である。他国に比べて情報が少ないため、専門家でも評価が極端に異なるのだ。パワーを得た彼らが暴発することはないのか。そもそもどんな思想のもと、彼らは何を目指しているか。特派員として現地を取材し、数々のスクープを上げたジャーナリストが、不透明な中国軍の裏側をえぐる。軍幹部の証言や、独自入手した資料で浮かび上がった、人民解放軍の実像とは。<読む前の大使寸評>尖閣問題でチキンレースのように威嚇カードを切ってくる中国であるが・・・この時期、人民解放軍の実力を押さえておくことは、対中リテラシーとして必須のものだと思うのです。rakuten中国人民解放軍の実力【グーグルマップ完全活用術】深川岳志著、アスキー・メディアワークス、2011年刊<「BOOK」データベース>より序章 無料で使える世界地図グーグルマップ/第1章 地図操作の基本を理解する グーグルマップの使い方/第2章 ストリートビューを使いこなせ!地図と写真で現地をくわしく調べる/第3章 仕事に趣味に大活用 「マイマップ」を世界に発信/第4章 経費精算もラクラク!ビジネスに役立つ地図検索のワザ/第5章 グーグルマップを強化 無料ソフト&ラボでもっと使いやすく/第6章 iPhoneやAndroidで持ち歩く世界地図 スマートフォンでグーグルマップを使う<読む前の大使寸評>詳細な住所がわからない 4×4の家(安藤忠雄の作品)をストリートビューで探し当てて、その写真をブログにUPしたのだが・・・その機能にはまったので、この本を借りたのです。rakutenグーグルマップ完全活用術【売れる作家の全技術】大沢在昌著、角川書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より200以上ある文学新人賞から毎日多くの作家が誕生しているが、数年後に残るのはわずか数パーセントにすぎない。30年以上にわたりトップを走り続ける著者が、作家になるために必要な技術と生き方のすべてを惜しげもなく公開する小説講座の決定版。<大使寸評>作家デビューを企てるというほど、アホやないけど・・・・この本で説かれている作家の作り方が興味深いわけです。だけど、この本を読むと小説がより面白くなるかと言えば…微妙ですね。rakuten売れる作家の全技術【安藤忠雄 建築を語る】安藤忠雄著、 東京大学出版会、1999年刊<「BOOK」データベース>より東京大学大学院における講義の集成。若い世代へ贈る熱いメッセージ、比類なき建築論。【目次】序 発想するちから/第1講 インターナショナリズムとリージョナリズム/第2講 建築に夢をみた/第3講 抽象化と場所性のあいだで/第4講 命ある建築をめざして/第5講 プロセスのなかで思考する<読む前の大使寸評>わりとしつこく安藤忠雄をフォローしているが・・・安藤さんが大阪出身で関西を愛しているところが、関西人としてええで♪となるのかも。wikipedia安藤忠雄を見ると、建築設計事務所でのアルバイト経験と独学で建築士試験に合格したらしいけど…このあたりが、すごいでぇ♪rakuten安藤忠雄 建築を語る安藤忠雄 建築を語るbyドングリ*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き43図書館大好き(目録)
2013.10.18
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大学図書館で観たDVD映画のその後です。・歩いても 歩いても (10月17日観賞)・戦争のはらわた (9月11日観賞)****************************************************************************【歩いても 歩いても】是枝裕和監督、2007年制作、2013.10.17観賞<Movie Walker作品情報>より「誰も知らない」の是枝裕和監督が描く、家族ドラマ。長男の15周忌で実家に集まった次男一家や両親の姿を静かにとらえ、温かだが時に厄介な家族の関係を見つめていく。<大使寸評>最近観た「そして父になる」の原点みたいな感じの作品でもあり、山田監督の「東京家族」にも似た作品でした。昨今はそれだけ、家族をテーマにする作品が求められているんだろうか?これらの3作品の中でも、この作品がもっとも起伏がないというか日常的な物語だと思うが・・・・それが、かえって身にしみるわけです。「フィクションをドキュメンタリーのように撮るのだというのが僕の演出上のコンセプト」と監督がおっしゃっています。とにかく、観終わったあと優しい気持ちが湧いたのですが・・・ウェットな演出はしないという監督の手法が良かったのかも。役者では、樹木希林とYOUがこれまでの作品とだぶって出ていたけど、是枝ワールドの一員なんでしょうね。Movie Walker歩いても 歩いても【戦争のはらわた】サム・ペキンパー監督、1976年英、西独制作、2013.9.11観賞<Movie Walker解説>よりロシア戦線でくりひろげられる名誉欲に憑かれた男のもうひとつの戦争を描く。製作はボルフ・C・ハルトビヒ、監督は「キラー・エリート」のサム・ペキンパー、原作はウイリー・ヘンリック、脚本はジュリアス・J・エプスタイン、撮影はジョン・コキロン、音楽はアーネスト・ゴールドが各々担当。出演はジェームズ・コバーン、マクシミリアン・シェル、ジェームズ・メイソンなど。<大使寸評>敗走する独軍の中で、貴族出身の上官と叩き上げの主人公との対立を描いているが・・・名誉とは何か?と考えさせられるわけです。やや戦争映画オタクの気味がある大使は、「戦争映画」を観てきたを取りまとめているが、その中からペキンパー評を、引用します。【ペキンパー映画が受ける最大の理由は、彼がアウトローや一匹狼、そして時代遅れの人間に限りない哀惜を注いでいたからである。なにしろ彼自身が、ハリウッドのドン・キホーテの一人だったのだ。この『戦争のはらわた』も、彼が毒舌のためにハリウッドのお偉方に干され、仕方なく西独と英国の資本でつくった映画だった。当然映画の主人公も筋金入りの反骨漢だ】movie walker戦争のはらわたところで、以前のgoo映画サイトがMovie Walkerに変わりましたね。そのため、過去の記録(その1~8)については、Movie Walkerに乗り換える必用があるが、暇をみて書き換えるものとします。<今後の予定>・許されざる者・アカルイミライ・ポテチ・イル・ポスティーノ・揺れる・こうのとり、たちずさんで****************************************************************************言及した「東京家族」について、「 是枝監督アンソロジー」より紹介します。【東京家族】山田洋次監督、2012年制作<作品情報>小津安二郎監督の不朽の名作『東京物語』をモチーフに、山田洋次監督が現代の家族像を描くヒューマン・ドラマ。子供たちに会うために東京へやってきた老夫婦の姿を通して、家族の絆を映し出す。老夫婦に橋爪功と吉行和子、長男を西村雅彦、次男を妻夫木聡が演じるなど、新旧実力派たちが多数顔をあわせた。<大使寸評>最後のクレジット画面で、監督は山田洋次となっていたが、うかつにも山田監督の作品であることを失念したままで観た映画でした。(何しろ2本立て1000円なので、飛び込みで観にいったりするもんで―笑)この作品は小津安二郎監督へのオマージュとのことであるが・・・小津監督風に現代の『東京物語』を描いて見事な結果をだしていると思ったのです。こんな自然体の演技は、実は入念に計画されて演技しているはずではないか?・・・・監督の厳しい注文があって、役者がきっちりと応えたのでしょうね。どの役者もうまかったが、大使の一押しは吉行和子かな♪Movie.Walker東京家族東京家族予告編大学図書館でDVD観賞(その9) 大学図書館でDVD観賞(その8)
2013.10.17
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大使は株をやっていないが、リタイアした後も業界の動向が気になるわけです。昨今では肩で風切るサムスン、ハイアールであるが・・・・おのれ!今にみておれ!!中国、韓国と対峙する上で、彼我の実力を正しく掴んでおきたいという気持ちもあるんでしょうね。図書館で「業界地図が一目でわかる本(2014年版)」と言う本を借りたので、紹介します。【業界地図が一目でわかる本(2014年版)】インタービジョン21著、三笠書房、2013年刊<「BOOK」データベース>より日本経済の転換期!知っておきたい重要トピックスが満載!これから何が始まるか?どう変わるか?最新の売上高と営業利益がわかる!<大使寸評>リタイアしたいま、この本の知識が儲けにつながるわけではないが・・・日本企業の勢力地図から、海外との提携までが一望できて、興味深いのです。rakuten業界地図が一目でわかる本(2014年版)この本のから、気になる業界を紹介します。・アベノミクスの成長戦略で注目される業種p270・造船・重機・プラントp238・海外資源開発p184・ガスp190・原子力発電p192・水ビジネスp202・紙・パルプp262・パソコンp226・電子部品p256・SNSp56・ポータルサイトp60・電子書籍p76・ディスカウント店・100円ショップp128<アベノミクスの成長戦略で注目される業種>よりp270 自動車や精密機器など、2012年度決算が増益に転じた企業が目だっている。ただし多くは円安による為替差益が理由で、商品の売上げが大きく伸びたわけではない。円安による価格競争力を武器に今後の業績をどう伸ばすかが注目されるが、これら日本のお家芸的分野以外にも、アベノミクスが掲げる「成長戦略」に関連した業種に注目があつまっている。 その一つがインフラ産業だ。新興国での原発や火力発電所の建設など、インフラ輸出に政府は積極的で、重機、プラント、商社などの飛躍が期待される。燃料産出国に対しては原油や液化天然ガスの価格引き下げにつなげる狙いもある。「クールジャパン戦略」で日本食の海外展開も注目されている。牛丼、定食、ラーメンなど、すでに進出しているチェーン以外にも、海外で成功するメニューはまだまだありそうだ。 国内では、笹子トンネルの天井板落下事故を受けて、橋梁やトンネルの改修、また防災関連の公共事業が進められるため、ゼネコンやセメントなどに追い風だ。 ただ企業が内部留保として利益を溜め込む傾向が続いており、労働者の賃金が上がるかは未知数。財政赤字改善のためにも是非、昇給を進めて欲しいものだ。<造船・重機・プラント>p238<IHIとJFEの子会社2社が合併、生き残りをかける> プラント大手3社の受注は、世界的な液化天然ガス(LNG)プラントの需要拡大を受けて好調。東洋エンジニアリングは独大手化学メーカーBASFと、アジア太平洋地域でのプラント開発で提携した。 造船業界は中国・韓国との競合で苦境に陥っており、2014年には新たに造る船がなくなってしまう「2014年問題」も懸念されている。2013年1月には、IHIとJFEの子会社2社が合併するなど、生き残りをかけた業界再編も進められている。 期待されているのは、太陽光発電と蓄電池を組み合わせたハイブリッド船など、環境負荷の低い「エコシップ」分野。また、海洋資源の掘削などに使われる海洋開発船や洋上プラントの需要も世界的に堅調であり、日本勢のシェア拡大が有望視されている。<海外資源開発>p184<スイスのグレンコアとエクストラータが合併、世界最大級企業に> 世界の鉱物資源をめぐる採掘・精製・流通の権益は、BHPビリトン、リオ・ティント、ヴァーレをはじめとする「資源メジャー」と呼ばれる大手企業がおさえている。最大のBHPビリトンは2012年、ともに鉄鉱石大手だったBHPとビリトンの合併で生まれた企業。鉄鉱石の寡占化が進み、価格に大きな影響を及ぼした。2013年5月には、スイスの商品取引大手グレンコア・インターナショナルが資源大手エクストラータとの合併を完了した。商品取引では世界最大、資源メジャーとしては世界4位の企業が誕生した。銅やニッケル、発電用石炭などで大きなシェアを占め、資源の寡占化がさらに拍車がかかることになる。 自前の資源の少ない日本では総合商社が海外で鉱山などの権益獲得に投資し、資源を確保している。<ガス>p190<発電需要の増加。シェールガスも追い風に>(全文は、フリーページ参照)<原子力発電>p192<東芝、日立、三菱重工が海外で積極的に受注活動を展開> (全文は、フリーページ参照)<水ビジネス>p202<住友商事など、積極的なM&Aで世界市場に参入> (全文は、フリーページ参照)<紙・パルプ>p262<日本製紙がブラジル・アムセル社を完全子会社化> (全文は、フリーページ参照)<パソコン>p226<ウィンドウズ8は不発。タブレットとの競合で低迷が続く> 調査会社IDC Japanの発表によると、2012年の国内パソコン出荷台数は1558万台。2011年にNECとレノボが国内パソコン事業を統合したNECレノボがシェア首位を独走している。「ウィンドウズ8」発売の効果が期待されたものの市場は盛り上がらず、マイナス成長となった。低価格のタブレット端末が相次いで発売されたことでパソコンの割高感が際立ち、個人向け需要を奪われたことが市場低迷を招いたとされる。 2013年も7インチタブレット端末との競合は激化すると見られている。パソコンからタブレット端末・スマートフォンへの移行が進んでいるのは日本だけではなく、2012年の世界市場でもパソコン出荷台数は前年を割り込んでいる。<電子部品>p256<パソコン、テレビの不調をアムスンとアップルが救う>(全文は、フリーページ参照)<SNS>p56<人気急上昇のLINEが注力する新サービス「O2O」とは> (全文は、フリーページ参照)<ポータルサイト>p60<業界トップのヤフーが検索サービスでLINEと提携> (全文は、フリーページ参照)<電子書籍>p76<アマゾン、アップル、楽天の参入でいよいよ本格普及へ> 日本における電子書籍配信の仕組み作りは、印刷会社と通信キャリアが組んだ「ブックリスタ」や「トウ・ディファクト」が先行してきた。毎年のように「電子書籍元年」と言われながら今ひとつ盛り上がりを欠いてたが、2012年7月、楽天がサービスをスタート。同年10月にはアマゾンが日本でのサービスを始め、翌13年3月には、アップルも電子書籍ストアの日本語版をオープンした。 価格決定権などの懸案もあり、今なお電子化されていない書籍は数多い。とはいえ、漫画やライトノベルなど、若者向けのコンテンツを皮切りに、いよいよ本格普及の段階に入ったと言えそうだ。音楽並にネット配信が普及するまでには、乱立したサービスの再編・淘汰が起こる可能性もある。<ディスカウント店・100円ショップ>p128<スーパー・コンビニのPBがライバル。+αの付加価値を模索> デフレ下の勝ち組、100円ショップは商業施設の集客の目玉として誘致されるケースも多く、出店数は順調に増えている。その圧倒的な販売力はメーカーにとっても魅力的。大手メーカーも積極的に100円ショップ向け商品を開発するようになっている。 とはいえ、コンビニやスーパーがPB(プライベートブランド)を強化したり、流通大手が低価格店を出店する動きも目立つ。100円ショップは「安い」だけでは差別化できなくなりつつある。 プラスαの魅力として、大手が力を入れるのは、女性客の満足度を意識した品揃えと、おしゃれで、ゆったりとした店舗作りだ。また、大創産業は、配送の効率化と欠品によるロスを防ぐため、2012年から物流体制を大幅に強化している。
2013.10.16
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是枝監督の作品は「誰も知らない」と「空気人形」しか観ていないのだが、NHK番組で姜尚中さんとのスイッチインタビューを見て、その人柄に惹かれたわけです。…で、カンヌ受賞作の「そして父になる」が当地でも公開中なので、期待を込めて是枝監督アンソロジーを作ってみました。・是枝監督と姜尚中さんの対談・そして父になる(2013年)・誰も知らない(2004年)・空気人形(2009年)・歩いても 歩いても(2007年)<是枝監督と姜尚中さんの対談>12日のNHKのインタビュー番組で、姜尚中さんと是枝監督の対談が見られたが、良かった♪姜さんと是枝監督は初対面だったようだが・・・まさに、スイッチインタビュー「達人達」のコンセプトが良く表れた、なかなかの取合せだったと思うのです。SWITCHインタビュー 達人達(たち)「是枝裕和×姜尚中」より福山雅治主演のカンヌ受賞作「そして父になる」の監督・是枝裕和と、小説「心」で息子の死と向き合った姜尚中。父とは?家族とは?故郷とは?二人ならではの心揺さぶる対話「そして父になる」は、6歳になる息子が、産院でとり違えられた他人の子だと知った2つの家族の物語。是枝裕和はその苦悩や葛藤を通して「家族」の意味を痛切に問いかける。姜尚中は4年前、息子を26歳で亡くし、その深い悲しみの中で小説「心」を書き上げた。なぜ小説だったのか、書くことで息子の死とどう向き合ったのか、「父」としての率直な言葉があふれ出す。人は喪失とどう向き合うか。何を支えに生きるのか。魂の対話。この番組を観ながらメモしてみました。この後、さらに追記、整理しますが・・・・工事中ということで、ご容赦ください。*****************************************************************<父親は不安定な存在>姜さんは息子さんを失ったあと「心」という小説を描いた。日本の社会には、喪失感が蔓延していることに気づいたが・・・喪失を受け入れた上で、何かを変えられるんじゃないかと思っているそうです。姜:つまり、父親は子供が何を考えているか知らない。姜:是枝さんは家族をライフワークとしているのではないか。是枝:母親の死後、「歩いても歩いても」で母親を描いた。姜:家族を描くとき、センチメンタリズムに陥らないようにすべきではないか。是枝:そのとおり、ウェットにならないように努めた。是枝:家族を描くのに小津より、成瀬に影響を受けた。姜:パトリ(郷土)に対する愛で、ポジティブになれるのではないか。ここで生きようと思った場所が故郷になる。今のナショナリズムは故郷不在で観念的である。是枝監督は「心」を読んで、かつて水俣問題で自殺した官僚をドキュメンタリで描いたが、まったく同じではないかと語った。取材とは何か?…取材対象と共感できなければ、取材できないではないかと思ったそうです。是枝監督は子役にはシナリオを渡してないそうだが、このあたりがドキュメンタリーを撮ってきた監督の手法なんだろう。尾野真知子は是枝監督の手法に戸惑いながら、役作りに悩んだと語っていたが・・・このように、監督と俳優の共同作業として物語が作られていくわけですね。福山雅治は自分から是枝監督にオファーしてきたそうだが・・・監督の人柄に惹かれたものがあったのではないでしょうか。自分でデジタル編集する監督は少ないんだそうだが・・・監督は撮影途中で編集しながら、翌日以降のシナリオに手を加えるそうで、30回ほどシナリオを変えたことなど、制作裏話がありました。是枝監督は映画はキャスティングで8割決まると言っていたが・・・目に見えないものに対する監察とか人物に対する洞察が深いんでしょうね。この番組を通じて、お二人とも、一緒にいることで、共感できたそうです。斯様に・・・この対談は、まさにマッチメーキングの妙を見る思いがしたものです。<そして父になる>当地で公開中の「そして父になる」を見る前に期待を込めて紹介します。【そして父になる】是枝裕和監督 2013年制作<Movie Walker作品情報>より6年間愛情を注ぎ、育ててきたわが子が、もし他人の子だったら? 突然、過酷な現実にさらされた2組の夫婦の姿を映し出すヒューマンドラマ。『誰も知らない』の是枝裕和監督が、福山雅治を主演に迎えた深遠なドラマは、第66回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されるや、審査員賞に輝いた。<観る前の大使寸評>ドキュメンタリーを意識した監督が、ライフワークのように描くテーマ、家族とはどんなかな?・・・近日中に観に行く予定です。Movie Walkerそして父になるそして父になる・公式サイト<15日観賞後の感想>追記父親は仕事の好きなエリート社員だが、子供取替えという不幸な事件で、一転して家族と向き合う破目に。怒りから喪失感、そして受入れから希望の芽がほの見えてきます。なにやら、大震災とオーバーラップしていると言えなくもないわけですね。それにしても、テーマがテーマだけに、観客はほとんどがおばちゃんであり、男性客はチラホラでした。男前の福山雅治が良かったのかな?2005年12月の日記から「誰も知らない」を紹介します。<誰も知らない>正月休みなので、見逃した旧作をレンタルビデオで観たしだいです。羽田に向かうモノレールに変わり果てた妹を詰めたスーツケースを乗せて運ぶ明(柳楽優弥)と紗希という冒頭のシーンは・・・・・飛行機を見せるという妹との約束を、その死後に果たすためでした。 闇に隠れて空港のフェンスのきわに妹を葬る彼らは、それが死体遺棄罪とか?なんらかの罪になることが分かっている。だが、おとな社会からなんの恩恵を受けずに暮らした彼らは、おとなの規範から少し外れても許されるのでは?・・・・・この映画を終わりちかくまで観た我々には、この異常な行為が罪ではないことが理解できる。ある朝 母は消えていて、代わりに20万円の現金と明に宛てたメモが残されていた。母親が出て行ったあと、しばらくして電気と水道が止められてしまいます。公園の水道からバケツで水を運んだり、コンビニの裏で店員から期限切れ食品を貰ったり・・・・少ない金で暮らす彼ら4人の子供の生活は少しづつ苦しくなってゆきます。妹が無邪気に絵を描く紙は、よく見ると供給停止のちらしのウラというシーンがさりげないけど怖いです。生活費の無心に、別れた二人の父親を訪ねてタクシー会社、パチンコ店と巡るが、その父親からははした金しか貰えません。社会や類縁にさえも頼れないとわかっていて、何とか自分の力で暮らそうとする明には・・・・・絶望にも負けない強さと、優しさがあふれています。この歳で誰にも頼れないということを経験的に知っていることが、何とも悲しいですね。明にははっきり説明できないが、おとな社会に対する憤りもどこかに宿っているんでしょう。異常なストーリーをドキュメンタリーの様に淡々と描くこの映画からは、如何様にも感想、批評が生まれるだろう。この映画は弱者に対する冷たい仕打ちを声高に表現しないが・・・・・社会のゆがみを、深い底から糾弾しているのかも知れないですね。この映画に似た映画と言えば、私の場合は「禁じられた遊び」になるのかな?それとも、ラストが似てなくもない「真夜中のカウボーイ」かも?子供たちの演技が外国人にも感動を与え、柳楽優弥が主演男優賞を得たということは・・・アンデルセンの童話のように、この映画には人種を問わずに人に語りかけるものが有るんでしょうね。公式HP是枝 裕和プロフィール是枝監督がこう言っています。僕はフィクションというジャンルであっても、映画では極力、心理描写を避けるようにしています。それが現段階でどれほど成功しているか、心許ないところですが、フィクションをドキュメンタリーのように撮るのだというのが僕の演出上のコンセプトでした。それが人の行為を描くという映画の独自性を自分なりに模索していくための、はじめの一歩だと考えたからです。<空気人形>大学図書館に視聴覚ブースがあり、そこで新旧名画が見られることがわかったので・・・・立て続けに4作見たのです。これで、レンタルビデオ屋で借りる必要はなくなったわけだ。【空気人形】 是枝裕和監督、2009年制作、H24.1.7観賞<Movie Walker作品情報>より「自虐の詩」の業田良家の短編コミックを是枝裕和監督が映画化した、せつないラブ・ストーリー。韓国の人気女優ペ・ドゥナが心を持ってしまった人形という難しい役どころに挑戦。<大使寸評>スキャンダラスな題材を詩情溢れる映画にしたのは、監督、キャストの力なんでしょうね。板尾創路さんはお笑い芸人とばかり思っていたけど、いけてるやん♪Movie Walker空気人形映画『空気人形』是枝裕和監督独占インタビュー<歩いても 歩いても>この映画をまだ観ていないのだが、観る前の予告ということで観賞フォームを作っておきます。【歩いても 歩いても】工事中是枝裕和監督、2007年制作<Movie Walker作品情報>より「誰も知らない」の是枝裕和監督が描く、家族ドラマ。長男の15周忌で実家に集まった次男一家や両親の姿を静かにとらえ、温かだが時に厄介な家族の関係を見つめていく。<大使寸評>17日にDVDを観たけど、観想はここに入れています。Movie Walker歩いても 歩いても
2013.10.15
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12日のNHKのインタビュー番組で、姜尚中さんと是枝監督の対談が見られたが、良かった♪姜さんと是枝監督は初対面だったようだが・・・まさに、スイッチインタビュー「達人達」のコンセプトが良く表れた、なかなかの取合せだったと思うのです。SWITCHインタビュー 達人達(たち)「是枝裕和×姜尚中」より福山雅治主演のカンヌ受賞作「そして父になる」の監督・是枝裕和と、小説「心」で息子の死と向き合った姜尚中。父とは?家族とは?故郷とは?二人ならではの心揺さぶる対話「そして父になる」は、6歳になる息子が、産院でとり違えられた他人の子だと知った2つの家族の物語。是枝裕和はその苦悩や葛藤を通して「家族」の意味を痛切に問いかける。姜尚中は4年前、息子を26歳で亡くし、その深い悲しみの中で小説「心」を書き上げた。なぜ小説だったのか、書くことで息子の死とどう向き合ったのか、「父」としての率直な言葉があふれ出す。人は喪失とどう向き合うか。何を支えに生きるのか。魂の対話。この番組を観ながらメモしてみました。この後、さらに追記、整理しますが・・・・工事中ということで、ご容赦ください。*****************************************************************<父親は不安定な存在>姜さんは息子さんを失ったあと「心」という小説を描いた。日本の社会には、喪失感が蔓延していることに気づいたが・・・喪失を受け入れた上で、何かを変えられるんじゃないかと思っているそうです。姜:つまり、父親は子供が何を考えているか知らない。姜:是枝さんは家族をライフワークとしているのではないか。是枝:母親の死後、「歩いても歩いても」で母親を描いた。姜:家族を描くとき、センチメンタリズムに陥らないようにすべきではないか。是枝:そのとおり、ウェットにならないように努めた。是枝:家族を描くのに小津より、成瀬に影響を受けた。姜:パトリ(郷土)に対する愛で、ポジティブになれるのではないか。ここで生きようと思った場所が故郷になる。今のナショナリズムは故郷不在で観念的である。是枝監督は「心」を読んで、かつて水俣問題で自殺した官僚をドキュメンタリで描いたが、まったく同じではないかと語った。取材とは何か?…取材対象と共感できなければ、取材できないではないかと思ったそうです。是枝監督は子役にはシナリオを渡してないそうだが、このあたりがドキュメンタリーを撮ってきた監督の手法なんだろう。尾野真知子は是枝監督の手法に戸惑いながら、役作りに悩んだと語っていたが・・・このように、監督と俳優の共同作業として物語が作られていくわけですね。福山雅治は自分から是枝監督にオファーしてきたそうだが・・・監督の人柄に惹かれたものがあったのではないでしょうか。自分でデジタル編集する監督は少ないんだそうだが・・・監督は撮影途中で編集しながら、翌日以降のシナリオに手を加えるそうで、30回ほどシナリオを変えたことなど、制作裏話がありました。是枝監督は映画はキャスティングで8割決まると言っていたが・・・目に見えないものに対する監察とか人物に対する洞察が深いんでしょうね。この番組を通じて、お二人とも、一緒にいることで、共感できたそうです。斯様に・・・この対談は、まさにマッチメーキングの妙を見る思いがしたものです。
2013.10.14
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堅物のようでいて、意外と男女の機微をご存知の兼好法師なんですね。そのあたりにについて、田辺聖子さんの本を紐解いてみます。久米の仙人(絵本 徒然草より)<徒然草>よりp113~115 次の一節は、『徒然草』の中でもよく知られています。 <よろずにいみじくとも、色好まざらん男は、いとさうざうしく、玉の盃のそこなき心地ぞすべき>「すべての条件を満たしている男でも、色好みでなければ、玉の盃の底がないようなものだ」 この場合の色好みは現在の好色とか肉欲的なものではなく、恋の情緒を愛するということだと思います。そういう感性が男にはあらまほしいというのです。 そういいながらも、別のところでは、こんなことを書いています。 <妻(め)というものこそ、男の持つまじきものなれ。「いつも独り住みにて」など聞くこそ、心にくけれ、「誰がしが婿に成りぬ」とも、また、「如何なる女を取り据えて、相住む」など聞きつれば、無下に心劣りせらるるわざなり>「1人で住んでいる男こそ素晴らしいものだ。どこそこの家の婿になったとか、妻をめとったなどと聞くと、馬鹿にしたくなる」 しかも、こうまで言うのです。 <ことなる事なき女をよしと思い定めてこそ添ひゐたらめと、いやしくも推し測られ、よき女ならば、らうたくしてぞ、あが仏と守りゐたらむ>「結婚した女がどうということのない女だったら、あんな女を大事にしてと思うだろうし、美人だったりすると、仏様のように大事にしているのだろうと思ってしまう」 これは世捨て人の眼ではなく、まったく男性の視点ですね。さらに続きます。 <家の内を行い治めたる女、いと口惜し。子など出で来て、かしづき愛したる、心憂し。男なくなりて後、尼になりて年寄りたるありさま、亡き跡まであさまし>「家の中をきちんとおさめる女もつまらない。子供ができたりすると、夫婦で可愛がっているのだろうと思うと、目も当てられない。男が死んで後、尼になっていつまでも生き残っているのも見苦しい」 言いたい放題とはこのことです。挙げ句の果てに、こんなひどいことを言います。 <いかなる女なりとも、明け暮れ添ひ見んには、いと心づきなく、憎かりなん。女のためも、半空にこそならめ。よそながら時々通ひ住まんこそ、年月経ても絶えぬ仲らひともならめ>「どんな女でも明け暮れ見ていたら、つまらなくなる。女にとっても中途半端だろう。時々通って泊まるというのが、仲が長続きするだろう」 そうはいっても、男はやはり女が気になるのです。 <手足・はだへなどのきよらに、肥え、あぶらづきたらんは、外の色ならねば、さもあらんかし> 現在のスリムな女性がブームなのとは全く異なります。女の人は手足や肌が清らかで、ふっくらしていて、肌がつやつやしているのがいいというのです。そういうのは真の美しさなのだから、久米の仙人が物洗う女の脛の白さを見て、神通力を失ったのもうなずけるというのです。 <女のなき世なりせば、衣文も冠も、いかにもあれ、ひきつくろふ人も侍らじ>「女がいるからこそ、男は衣文をつくるのだ。女のいない世の中だったら、男は何を着たって気になんかしない」 何者にも成りえなかったと謙遜する法師であるが…意外に持てて、浮いた話があったりして♪だけど、かなり辛辣で歯に衣着せぬところが、いかにも兼好法師ですね。<方丈記>よりp38~42『方丈記』は文章が本当に素晴らしく、私たちの世代だと、冒頭を暗唱させられたものです。<ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし、世中にある人と住かと、又かくのごとし> 人の身は有為転変、流れ移っていきます。家や神社や仏閣も同じです。立派な建物を建てても、時が移ると、いつしか荒れ果てていきます。鴨長明はまず無常観を述べることから筆を始めています。 鴨長明は、12世紀から13世紀にかけて生きた人です。生まれたのは1155年です。翌年には保元の乱が起き、さらに3年後に平治の乱が勃発します。まさに動乱のさなかに生まれたわけです。 鴨氏は代々賀茂神社の神官をつとめ、鴨長明の父・長継は京都下鴨神社の神官です。しかも、正禰宜惣官というトップの地位についていました。経済的にも恵まれていた長継の息子ですから、長明はまさに御曹司です。二条天皇の中宮から特別のはからいを得て、7歳の時に従五位下という位を授けられます。和歌が巧みで、音楽家としての才能があり、琵琶は得意でした。和歌の師匠は、歌林苑というグループを主宰していた源俊恵です。前途は洋々としていたはずでした。 ところが、18,9歳のときに、父に死別します。後ろ盾を失った長明は、正禰宜惣官の地位を一族の中で有力な鴨裕兼に奪われます。30歳のときには自分が相続するはずだった父方の祖母の家から追い出されてしまいます。「長年住んで、想い出なども多かったけれど」と、長明は記しています。長明は芸術家ではあったものの、世俗の知恵というものは薄かったのでしょう。 祖母の家を出た長明は加茂川の河原のそばに小さな庵を結びます。雪が降ったり、風が吹いたりすると、倒壊しそうで、川の氾濫も懸念されるような粗末なところでした。(中略) 『方丈記』は、4百字詰め原稿用紙で20数枚、非常に短いものです。現代の私たちが注釈なしで読んでも、充分理解できます。歯切れがとてもよく、これはやはり男の文章だという印象を受けます。 長明の生きた時代は、平氏が全盛期から次第に没落し、鎌倉に政権が移行していく時期にあたります。けれども、長明は兵乱のことを書き記していません。長明が綴ったのは、さまざまな「世の不思議」です。安元の大火、治承の辻風、元暦の大地震、当時、天災が次々に起きたのです。 それは修羅の巷には違いありませんが、私のように大空襲も大地震も経験した者には、長明の簡潔で力強い記述には普遍性があると感じられます。 それでは『方丈記』の文章を実際に味わうことにしましょう。<去(いんじ)安元3年4月28日とかよ。風はげしく吹きて静かならざりし夜、戌の時ばかり、都の東南(たつみ)より火いできて西北(いぬい)に至る。果てには朱雀門、大極殿、大学寮、民部省などまで移りて、一夜のうちに塵灰となりにき、火元は、樋口富ノ小路とかや、舞人を宿せる仮屋よりいできたりけるとなん。吹き迷ふ風に、とかく移りゆくほどに、扇を広げたるがごとく末広になりぬ。遠き家は煙にむせび、近き辺りはひたすら焔を地に吹きつけたり。空には灰を吹き立てたれば、火の光に映じてあまねく紅なる中に、風に堪へず吹き切られたる焔、飛ぶが如くして一二町を越えつつ移りゆく。其の中の人うつし心あらむや。或いは煙にむせびて倒れ伏し、或いは焔にまぐれてたちまちに死ぬ。或いは身ひとつからうしてのがるるも、資財を取り出づるに及ばず。七珍万宝さながら灰燼となりにき、その費えいくそばくぞ> とても迫真力のある情景描写です。この緊迫感はただ事ではありません。好奇心旺盛な長明が実際に現場を見に行ったのは間違いないでしょう。長明がこれを眼にしたのは、まだ若い23歳の時ですが齢60を目前にした時でさえ、その光景が心の中に強くインプットされていたのです。【田辺聖子の古典まんだら(下)】田辺聖子著、新潮社、2011年刊<「BOOK」データベース>より『平家物語』『方丈記』から江戸文学まで、楽しい初級講座。【目次】死ぬときはいっしょだぞ-平家物語/この世の地獄を見た-方丈記/田舎はなんてすごいんだ-宇治拾遺物語/噂になってしまった-百人一首/院、どうしてなの?-とはずがたり/物をくれる友がいちばん-徒然草/金が敵の…-西鶴と近松/Uターンして第二の人生-芭蕉・蕪村・一茶/女房はやはりありがたい-古川柳/なんとか浮き名を流したい-江戸の戯作と狂歌<大使寸評>ベイシックな古典について、田辺聖子さんが楽しく、丁寧に語っています。rakuten田辺聖子の古典まんだら(下)このエントリーもつれづれなるままに「徒然草」に収めておきます。
2013.10.13
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匿名ブログなので、ドングリ国の所在地を特定できないように書いてきたが・・・神戸市内であることは、これまでの日記でばれるわけです。で、この際、さらにばらすわけだけど・・・神戸の下町ともいえる長田区、兵庫区、須磨区の見どころを紹介します。長田区、兵庫区、須磨区といえば、ほぼ国内でんがな♪・ほっともっとフィールド神戸・湊山温泉・鉄人28号・パルシネマ・寿司屋の激戦区・懐旧の新開地・大正筋の再々開発・神戸百景・東山商店街(工事中)・須磨寺(予定)・都市開発(予定)(「神戸百景」を追記したので、追補3としました)*****************************************************************<ほっともっとフィールド神戸>ほっともっとフィールド神戸?・・・こんなに名前がころころ変わったら地元の民でも覚えられへんで。元のグリーンスタジアム神戸やないけ!イチローがいて「がんばろー神戸」を合言葉で日本一になったが・・・あれはホントの事やったんやろか?大使が見比べたわけではないけど、たぶん日本で一番きれいな球場やでぇ♪今日は暑さしのぎを兼ねて、高校野球の地方予選を観戦してきました。*****************************************************************<湊山温泉>銭湯方式の営業なんだけど、清盛ゆかりというからには歴史は古いようです。湊山温泉よりその昔、平清盛も湯治した温泉といわれており、800年以上もこんこんと涌き続けている。営業時間/AM7:00~PM10:30(定休日 / 毎週水曜日)※最終受付はPM10:00まで入浴料金/大人 630円久々の湊山温泉*****************************************************************<鉄人28号>神戸マラソンのルートにもなっていて認知度は今では全国クラスであるが・・・大使は鉄人28号の据付中から注目していたのです。鉄人28号の設置場所の公園が通勤ルートに近いので、地下鉄を途中下車して公園に寄ったのですが・・・分割された手足の部分がシートにつつまれて、バラバラに置いてあるだけでした。すぐ見に行く、物見高い大使であるが・・・・阪神大震災の被災場所に、神戸ゆかりの鉄人28号を据えるという構想がグーですね♪とにかく、漫画連載中から親しんだ団塊にも、いま現役の子供にとっても元気が出るではないか。(神戸ゆかりの鉄人28号を据えるより)*****************************************************************<パルシネマ>久々にくだんの2本立て館「パルシネマ」に繰り出したが・・・・今回の出し物は「キリマンジャロの雪」と「星の旅人たち」であり、館主の設けたテーマは「旅」なんでしょう。サンデー毎日の大使にとって、2本立て館のラインナップとシルバー料金1000円が魅力的である。月に1回くらいの頻度でこの映画館に通っているのだが、いつもながら館主のセンスにはウンとうなづくのです。この館主が幕間には、挨拶と見どころなどを話してくれて、なかなかいい雰囲気をかもしています。パルシネマ上映スケジュール*****************************************************************<寿司屋の激戦区>長田駅を出てすぐにテイクアウト兼用の寿司屋(えびす)があるが、ここが大使のお気に入りの店である。さらに歩くと、くら寿司とスシローが、隣り合わせに張り合っているが・・・ここは格安寿司屋の激戦区なんだろうか?とにかく神戸市内で、くら寿司とスシローが隣り合わせになっているところは、ここしかないはずである。格安の寿司屋が競合しているドングリ国であるが・・・神戸の下町なればこそなのかも♪ここで、個人的な問題が生じるのです。大使の外食は極力ビールを所望するのだが、店によってビールの値段がまちまちなので・・・以下の格安寿司屋では、どの組合せにするか迷うわけです(笑)・えびす1:海鮮丼セット500円、中ジョッキ300円・えびす2:寿司8巻セット650円、中ジョッキ300円・くら寿司:4皿と赤だし610円、中ジョッキ500円・三宮サスケ:六甲セット710円、グラスビール250円結局、その日の気分とふところ具合で決まるわけですが。魚河岸のすしえびす 長田神社店*****************************************************************<懐旧の新開地>かつては、神戸の繁華街といえば新開地だったそうだが、そんな昔のことは知りません。だけど、まだ映画館の聚楽館が現役の頃はぎりぎりで覚えているのです。『人間の条件』全編一括上映のとき、弁当持ちで見に行ったのが、この映画館に入った最後でした。昨今の大使の国内行幸コースといえば・・・・新開地~湊川公園~東山商店街~湊山温泉というちょっとレトロなコースになるわけです。このコースは大震災の被害は比較的軽微だったが・・・新開地はわりと様変わりして、昔の街並みを留めてはいないのです。昔の新開地は聚楽館と花街がメインであったが、今では場外券売り場がメインであり、上品とはいいがたいが・・・大使にとっては懐旧の街という趣があるわけです。一方、東山商店街は固定客が付いているようで、昔の賑わいを保っています♪新開地ツアーを見て、穴場を探さなあかんな。wikipedia新開地*****************************************************************<大正筋の再々開発>大震災から19年目にあたり、新長田で“再々開発”の動きが芽生えています。27日は神戸市長選挙が予定されているが・・・一世を風びした神戸市株式会社を見直すという争点も必要ではないでしょうか。<大正筋の再々開発>箱物の復興は素早かったが、行政の強い権限で元あったコミュニティは壊れた。開かずのシャッターが増えた今、必用なコンセプトは、神戸市押し付けではなく、縮小を前提とした街づくりとのこと。不動産価値の下落するなか、再開発地区の管理会社は第3セクターの「新長田まちづくり会社」であったが、商店主たちが排除を要求し、市もやっと同調したようです。東北復興のモデルとなるべく頑張ると・・・・地道な再々開発が始まったようです。ところで・・・大震災から9年後に、今の場所に復活した七福(うどん、寿司店)であるが・・・今度、ぼっかけうどんセットを食べに行こう♪ぼっかけうどんセットよりとにかく、ドングリ国では、ぼっかけ焼きソバとか、ぼっかけうどんを知らないと、話にならないわけです。新長田まちづくり(株)とは、神戸市の天下り会社なんだけど、新長田まちづくり(株)HPを見て、不明朗会計を見抜くことは難しいわけですね。また批判するばかりでなく新長田濃厚コテコテにゅうすなどで、応援することも必用なのかも。(12日追記)早速、七福にぼっかけうどんセットを食べに行ったのです。味はいいけど、お値段は950円と大使にはやや割高でした。*****************************************************************<神戸百景>駅の通過ゲート付近に無料のパンフレットがふんだんに置いてあるが…地域振興とか、商店のコマーシャルなんでしょうね。その中に「月刊KOBEグー」という気の利いたやつがあって、大使は気にかけているわけです。連載している『神戸百景』を歩くというシリーズが、ええでぇ♪ちなみに今月号(10月号)の画像です。*****************************************************************<東山商店街>工事中皆さんお奨めの商店街があると思うけど、神戸で筆頭の商店街といえば、東山商店街となるのではないでしょうか。(異論はあるかと思うが、まあ妥当なところか)穴場:・立ち食い串かつ ・魚屋が安い
2013.10.12
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大震災から19年目にあたり、新長田で“再々開発”の動きが芽生えています。27日は神戸市長選挙が予定されているが・・・一世を風びした神戸市株式会社を見直すという争点も必要ではないでしょうか。<大正筋の再々開発>箱物の復興は素早かったが、行政の強い権限で元あったコミュニティは壊れた。開かずのシャッターが増えた今、必用なコンセプトは、神戸市押し付けではなく、縮小を前提とした街づくりとのこと。不動産価値の下落するなか、再開発地区の管理会社は第3セクターの「新長田まちづくり会社」であったが、商店主たちが排除を要求し、市もやっと同調したようです。東北復興とモデルとなるべく頑張ると・・・・地道で息の長い再々開発が始まったようです。ところで・・・大震災から9年後に、今の場所に復活した七福(うどん、寿司店)であるが・・・今度、ぼっかけうどんセットを食べに行こう♪ぼっかけうどんセットよりとにかく、ドングリ国では、ぼっかけ焼きソバとか、ぼっかけうどんを知らないと、話にならないわけです。新長田まちづくり(株)とは、神戸市の天下り会社なんだけど、新長田まちづくり(株)HPを見て、不明朗会計を見抜くことは難しいわけですね。また批判するばかりでなく新長田濃厚コテコテにゅうすなどで、応援することも必用なのかも。(12日追記)早速、七福にぼっかけうどんセットを食べに行ったのです。味はいいけど、お値段は950円と大使にはやや割高でした。
2013.10.11
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アレックス・カーさんがインタビューで「歴史解決は難しい、回避のバイパスを改善の突破口に」と説いているので、紹介します。アレックス・カーさんへのインタビュー <対立打開、東洋の知恵>(10/10デジタル朝日から転記しました…無料で見せるのが木鐸というものでは?)日中戦争、日韓併合、従軍慰安婦……。歴史認識をめぐる政治家の発言が、中国や韓国から批判され、日本国内からは相手国への反発の声が上がる。この「負の循環」は終わりが見えない。対立を超える道はないのか。日本の伝統的な美術や、アジアの文化に詳しいアレックス・カーさんに打開の知恵を尋ねた。日中戦争、日韓併合、従軍慰安婦……。歴史認識をめぐる政治家の発言が、中国や韓国から批判され、日本国内からは相手国への反発の声が上がる。この「負の循環」は終わりが見えない。対立を超える道はないのか。日本の伝統的な美術や、アジアの文化に詳しいアレックス・カーさんに打開の知恵を尋ねた。Q:歴史に関する政治家の発言が、外交問題に発展するケースが後を絶ちません。A:歴史を直に見ない、歴史を編集したがるのは、ある意味、アジア全体の問題です。中国は膨大な死者が出た文化大革命をめぐる矛盾が、複雑な問題として残っている。タイも戦前から戦後にかけてあったファシスト系の軍事政権の過去を、いまだ処理できていない。この問題は日本だけの問題ではありません。 Q:しかし、日本の政治家の歴史認識は政治問題化します。A:政府が『戦争を起こしたことは申し訳なかった』と言っても、すぐに政治家が『違う、日本は正しかった』と発言するから、中国や韓国から見れば、日本はまったく歴史を認めていない、ということになってしまう。実は反省している人々はたくさんいるのに。尖閣諸島をめぐって日本側から『歴史』を言い出すと、笑いものにされます。歴史を直に受け入れなければ、歴史を語る立場にはない。この点を踏まえないことが、日本の政治家の甘い部分だと思います。 Q:同じ敗戦国のドイツでは周辺国と同種の問題は起きていません。A:ドイツは戦争の過ちを法律上も、学校教育の場でも、様々な博物館でも示しています。ドイツを恨む国はありません。日本には原爆ドームなど戦争で被害を受けたことを示す記念館はありますが、海外での加害を示す記念館はありますか。さらに、日本では日清戦争に始まり、韓国併合、第2次大戦といった近代の歴史に関して教育の場で『空白』箇所が多く、歴史をぼかしたり、政治家が軽率な発言をしたりしたツケが回っているのです。 Q:日本人は加害を直視せよ、ということですか。 A:私は、その機会はもう逸した、通り越してしまったと思っています。若者は教育を受けていない。政治は経済問題にばかり力を入れている。現実、日本の中ではその論争はすでに終わっていると思います。 Q:それでは、中国や韓国との和解も難しくなりませんか。 A:歴史については難しいでしょう。ただ、今の時代は、お互いの経済関係が複雑になり、損益でつながっている。いろいろ論争があってもそういう問題を避けて通る『バイパス』で、上手に解決していくことができると思っています。 政府レベルでは尖閣問題もあるけど、日本企業と中国企業の間では緊密な関係ができている。そのバイパスを太くしていけば、歴史をめぐる問題はゼロにはならないものの、ウエートは軽くなる。 Q:それでも、中国では尖閣問題をめぐる反日デモで日系企業や商店に投石や放火が相次ぐなど、政治が経済に大きく影響します。A:そう、確かに中国は大変です。『慎重に』というしかない。でも、バイパスにも2通りある。中国と経済や文化面でもっと緊密な関係を持つのが一つ。もう一つは、中国ばかりに依存しないで、東南アジアやアフリカなどにも進出すること。中国一辺倒では危ういでしょう。 Q:知恵が必要なのですね。 A:アジアには本音と建前という知恵が昔からある。お互いのメンツを守りながら解決を探ることはできるはずです。本音と建前を使い分けていくことで、突破口がきっと見つかると思う。中国もそう考えているでしょうね。歴史や領土の問題については表では譲らないことにしながら、裏ではお互いに譲り合っている。楽観的かもしれないが、そうなるのではないかと思っています。米国ではそんな妥協ができないから、今、(予算を巡って)政府と議会が大変なことになっている。 ■ ■ Q:日本と近隣国との間には、靖国神社の問題があります。鎮魂の祈りの対象か、侵略戦争の象徴か、と見方も大きく分かれます。A:先日、米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官が千鳥ケ淵戦没者墓苑に行きました。少しずつ、(戦没者慰霊の場としての)重心が、千鳥ケ淵に移っていくと思います。靖国神社の問題は、正面からぶつかっても、無理があります。しかし、これにも『バイパス』は考えられます。外交の世界で始まり、日本国内でも公的に千鳥ケ淵へ少しずつシフトしていく。これが前向きな方向の一つだと思います。 Q:カーさんは京都・亀岡の天満宮で暮らし、神道とのつながりも深いですね。その立場から靖国神社をどう見ますか。 A:私は靖国神社が嫌いではないし、参拝したこともあります。日本国民のほぼ全員が賛同した戦争で、全員に責任がある。A級戦犯がまつられていること自体も私は問題視していません。戦没者のための祈りの場は、神社の中にあっても、おかしくないと思います。欧米では教会の中にあるケースもありますね。しかし、靖国神社は、あの戦争を肯定するかのような遊就館という施設を造り、政治的な道を選びました。とても残念です。そういう選択をしなければ、もっと美しい靖国があった。神道の尊い面、深い面が今の時代に発揮されればよいのに、と思います。伊勢神宮も明治神宮も何も言わない。沈黙の中に神々しい空気が宿っています。これが本来の姿です。 Q:首相の参拝が、政治的な道を助長してしまったのでしょうか。 A:そうですね。もし、(靖国神社が)沈黙を保ったのなら、総理大臣が行っても誰が行ってもいいし、個人の思いに委ねればいいと思いますよ。でも、現状では、天皇陛下も行っていませんね。 ■ ■ Q:日本の天皇制については、どう考えていますか。 A:私は日本は天皇制を残して良かったと思っています。進駐軍と狂信的な和平反対派との軍事衝突を避けることができたし、日本の歴史を考えても、戦争に負けたからといって、天皇制を廃止するわけにはいかなかったでしょう。 ただ、天皇を江戸城から京都御所に戻す、つまり、政治の場から文化的活動の舞台に戻せば、もっと良かっただろうと思います。天皇が京都御所に住むことになれば、京都もプライドを持っただろうし、つまらない開発で街をお粗末にはしなかったことでしょう。平安時代以降の日本の歴史を振り返ると、9割以上の期間、天皇は政治に関わっていません。修学院離宮や桂離宮といった建築や、公家から庶民に広がった和歌など、文化面の影響力ははかり知れない。『ソフトパワー』の意味で、日本の皇室は重要なのです。 ■ ■ Q:歴史を直視しない姿勢は、現実を直視しないことにもつながります。東京電力福島第一原発事故の対応の問題とも関連する問題に思えますが、いかがですか。 A:原発をめぐっては電力会社や官僚、研究者、メディアを含めた、強固なシステムがありました。この『ムラ』の上に座ってあぐらをかいた。そんな安逸が、日本の悪の根源だと思います。原発事故の際も、日本は情報を出そうとしなかった。情報を開示すれば、反対派からも賛成派からも議論を招いて、政治の場でもホットな問題になったでしょう。そういう事態を避けたがる。今の米国はその真逆で、オバマ大統領は楽じゃない。でも大変さから生まれる健全なものもある。 Q:厳しさを避けたがる日本に希望はあるのでしょうか。 A:国はどうにもならないから、ローカルなところで何ができるか、私は考えています。地域再生の関係で私が関わっている、ある小さな市では、市長が先進的な考えを持って取り組んでいます。国の支援や補助はあるかもしれないけど、国がどうしてくれるか、というのを待ってはいません。自分たちのやるべきことを進めていく。それで、インターネットを通じて人がわっと集まってくる。これも『バイパス』です。中央省庁や政治家がどう動くか、見なくていいし、待たなくてもいい。自分たちで態勢を組んで進むことで、意外と成功はできると思っています。 * Alex Kerr 52年米国生まれ。64~66年に横浜市の米海軍基地で生活、73年から徳島・祖谷で古民家再生に取り組む。著書に「犬と鬼」など。 <取材を終えて> 相手との溝ばかり気にしていると、頭がカッカして、本来の知恵が出てこない。急がば回れ、損して得取れ。解決困難な問題は避けて、実質的な前進を目指す「バイパス論」を説くカーさんの話に、己の短慮を気づかされた。 日中国交正常化の折、当時の周恩来中国首相が「小異を残して大同につく」と呼びかけたのは、こうした知恵の表れだったのだろう。日韓両国の間で領有権について争いが続く「竹島」をめぐり、国交正常化交渉の際に韓国代表だった金鍾泌氏が「爆破してしまおう」といったのも、脳髄を振り絞った結果だろう。 我々の世代も、彼ら道を開いた先達たちに匹敵する知恵が、今こそ求められている。(聞き手:駒野剛)
2013.10.10
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今年のノーベル文学賞受賞者発表(10日予定)が迫ってきたが・・・・受賞祝いのコメントを作って待機している内田先生は別格として、大使としても期待を込めて待機しているのです。今年のノーベル文学賞受賞者はスウェーデンの10日午後1時(日本時間同8時)に発表されると伝えられており、英国の大手ブックメーカー(賭け屋)の予想では村上氏が「一番人気」なんだそうです。えらいこっちゃ!発売初日に買った『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が相変わらず積読状態にあるが・・・・釣った魚に餌は要らない(たとえが良くない?)ということで、ほったらかしにしていたが、受賞前に読んでおかないと話にならないわけです。ということで、ただいま集中的に読んでおります(笑)【色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年】村上春樹著、文藝春秋、2013年刊<「BOOK」データ>よりいニュースと悪いニュースがある。多崎つくるにとって駅をつくることは、心を世界につなぎとめておくための営みだった。あるポイントまでは…。 <読む前の大使寸評>発売初日に内容も確かめずに単行本の小説を買ったことは、我が読書生活では初めてのことであるが・・・・ミーハーだったかなとの自覚はあるわけです(汗)Amazon色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年読書中の感想を以下のとおり、したためます。 主人公(つくる)以外の4人の友人の名前が、赤、青、白、黒にちなんでいるが・・・これって、伊坂幸太郎の小説でも見かけたなぁ。マージャンでいう東南西北(トンナンシャーペー)にちなんだ人物が出てくるやつ。( 伊坂幸太郎の「砂漠」 )ノーベル賞圏内の作家が、こんな軽い乗りでいいんだろうか?(…大使、読み方が堅いようです)4人の友人から突然絶交されたつくるが、16年後にその理由を問いただすために会いに行くという物語が、小説の構成として面白いのである♪タイトルに巡礼という言葉を使ったように、村上はこの物語に宗教的、哲学的な意味あいを示唆しているのかも知れないなあ。「週間金曜日」が村上春樹を取り上げていたが、斎藤環さんが対談するので、社会の病理という側面もあるのかも?*************************************************************「そのためには僕はあの四人ともう一度会って、話をする必用がある。君が言いたいのはそういうこと?」 彼女は肯いた。「あなたはナイーブな傷つきやすい少年としてではなく、1人の自立したプロフェッショナルとして、過去と正面から向き合わなくてはいけない。自分が見たいものを見るのではなく、見なくてはならないものを見るのよ。そうしないとあなたはその重い荷物を抱えたまま、これから先の人生を送ることになる。だから四人のお友だちの名前を私に教えて。その人たちが今どこで何をしているか、まず私がざっと調べてみる」ひとつのメロディーが繰り返し流れていた。それがリストの『ル・マル・デュ・ペイ 』の主題であることに思い当ったのは、あとになってからだった。巡礼の年。【週間金曜日9/6号】週刊誌、金曜日、2013年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>佐藤優×斎藤環対談「村上春樹を論じることのできる人が減っている」が載っていたので借りたのです。ところで、今年のノーベル賞発表シーズンが近くなったが・・・・そろそろ積読状態になっている「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んでおく必要があるなぁ(汗)amazon週間金曜日9/6号*************************************************************<追記>ノーベル文学賞は、残念ながら今年も受賞ならずでしたね。でも、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を10日の夕刻前に読破したので、個人的にはこれも良かったのではないか♪と思うのです。それから、来年以降も楽しみが続くというのが、大方の村上ファンの思いではないでしょうか。この本には灰田という色彩を持つ友人が登場します。灰田の理学的発想はグレーという色彩(隠喩)を表わしているのだが、工学的発想しか持ちえない田崎は透明というか、平凡なんですね。このあたりが、読者の共感を得るのではないか?大使は何者にもなり得なかった一介のエンジニアであるが…「田崎は自分に似ている」とつい思ってしまい、この小説に没入するわけですね。灰田と田崎は夢想の世界では、ホモセクシュアルでつながる部分があり・・・かなり危ないところもあるが、これも一興なんでしょうね(アハハ)ちょっと脇道にそれるのだが・・・この本では田崎と灰田の共通の趣味がスイミングになっていて、著者はスイミングの醍醐味に触れています。このあたりが、トライアスリートでもある著者の面目が現れているが・・・・元トライアスリートでもある大使が、著者の本に惹かれる理由なのかもしれないのです。
2013.10.09
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大阪の天神橋筋商店街といえば、長さが日本一の商店街として知られているが…久々に鶴橋に行ったついでに、天神橋筋商店街の中心部を歩いてきたのです。といっても、地下鉄南森町からJR天満までという、情けないほどの短距離なんですが(汗)、秋にしては異常なほど暑かったので、けっこう疲れました。この商店街は、食べ物が安いし、古書店も多いし、上方落語が好きな人には、天満天神繁昌亭も有るし、暇人がぶらぶらと歩くには絶好の商店街といえるでしょうね♪ちなみに、天満天神繁昌亭の昼間の部のシルバー料金は2000円でした。(次の機会に寄らしてもらいま♪)天満天神繁昌亭それから・・・昨日のブログで古書店「青空書房」を紹介したように、大使は古書店に興味があるわけです。古書店にもいろんな棲み分けがあるわけで、好みの店を探すのも、楽しいですね♪で、今回寄った店でゲットしたのは・・・持ってけ泥棒!のような価格(1冊100円)の次の2冊です。・TVピープル(ハードカバー)・文芸春秋3月号(特集:芥川賞発表、司馬遼太郎が見たアジア)**********************************************************************【TVピープル】村上春樹著、文芸春秋、1990年刊<「BOOK」データベース>より得体の知れないものがせまる恐怖、生の不可解さ、そして、奇妙な欠落感…。生と死、現実と非現実のあいだ…。小説の領域をひろげつづけてきた作家の新しい到達点。【目次】TVピープル/飛行機ーあるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか/我らの時代のフォークロアー高度資本主義前史/加納クレタ/ゾンビ/眠り<大使寸評>ハードカバーのこの本を古書店で100円で入手したがお買い得であった♪rakutenTVピープル【文芸春秋3月号】雑誌、文芸春秋、2013年刊【目次】より特集:司馬遼太郎が見たアジア・儒教への厳しい目:宮城谷昌光・大国と小国と:山折哲雄・孤立主義、国家主義への嫌悪:ドナルド・キーン・韓国 盧泰愚大統領との邂逅:姜 在彦・台湾に感じたやすらぎ:李 登輝・アジアの熱気を愛して:福田みどり○日中衝突の原点・司馬遼太郎/貝塚茂樹:中国人の精神構造・日本、中国、韓国 歴史の風景:司馬遼太郎・司馬さんの炯眼、日本はアジアなのか:松本健一/関川夏央/片山杜秀<大使寸評>司馬遼太郎特集が圧巻であるが・・・中国人の精神構造など、知りたいのである。bunshun文芸春秋3月号
2013.10.08
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図書館で「資本主義以後の世界」という本を借りたが、中谷巌さんの論説を読んで、感情的な反中、反米を正そうではないかと思ったわけです。(その2)では、主に日本の「失われた20年」とは何だったのかということで、読み進めます。<「主権国家体制」と「朝貢システム」>よりp37~40 そもそも「主権国家」という概念が生まれたのは1648年に締結されたウェストファリア条約がきっかけである。それまでのヨーロッパではプロテスタント勢力とカトリック勢力が争っていて、それが最高潮に達したのがあの悲惨な30年戦争(1618~48年)であった。西ヨーロッパを舞台にして凄絶な殺し合いが行われ、当時のドイツの人口は3分の1に減ってしまったという。そこで、さすがのヨーロッパ人も「宗教や外交を戦争に持ち込むのはやめよう」という合意がまとまり、ここに初めて主権国家という考え方が生まれたのである。 一般的には、これは立派なシステムだという認識があるようだが、私に言わせれば主権国家という概念はかなりインチキくさい。なぜなら、「大きな国も小さな国もそれぞれ主権を持っているから対等だ」という考え方は、たとえば戦争ないし経済競争の結果、一方の国が負けても「お互い、対等なんだからしようがないではないか」という言い訳に使われてきたからである。「対等」の思想には「用意、ドン」で競争を始めたら、負ける国が出ても、それは「自己責任」であって仕方がないという冷たさが秘められているのである。 主権国家の思想に対比されるのが中国の朝貢システムだ。 (以下、文字数制限により省略、全文はフリーページ参照)<本格化する「途上国の逆襲」>よりp91~92 注目すべきは、第二次世界大戦が終わった時点で植民地支配の時代が終わったということである。植民地帝国主義の時代が終わったという点に関して言えば、日本が先の戦争で西洋列強からアジアの国々を解放したという事実が非常に重要だ。イギリスからビルマ、マレーシア、シンガポールを、オランダからインドネシアを、フランスからベトナムを、またアメリカからはフィリピンを・・・といったぐあいに、東南アジアの諸国を日本はいったん開放している。旧宗主国の多くはいったん開放された植民地を、戦争終結を機に再び元に戻そうと試みたが、さすがに当時の国際世論を考えるとそれを実現することは難しかった。また、世界の覇権国にのし上がったアメリカが基本的に植民地主義的なスタンスを取らなかったという点も重要である。いずれにしても、アジアの国々が植民地支配から脱却し、独立に向かって歩み始めた意義は非常に大きかった。 なぜなら、それまでに西洋が非西洋をフロンティアとして開拓しながら発展してきた資本主義世界の様相が大きく変質するからである。1945年以降、民族自決の原則に従って、途上国が次々と独立していったために、欧米はそれまで維持していたさまざまな権益を手放さざるをえなくなった。その意味で、西洋主導の資本主義において「1945年」という年は非常に大きなターニング・ポイントとなった年なのである。 別の言い方をすると、西洋諸国がそれまでの資本主義発展に不可欠であった原材料の支配権を途上国の独立、民族自決の動きの中で失うきっかけになったのが1945年だということである。石油、石炭、鉄鉱石、綿花、コーヒー…なんであれ、原材料を安い値段で仕入れ、それを使って製品化した商品を世界中に高い値段で売りさばく。この輸出価格と輸入価格の巨大な差こそ、西洋資本主義を潤す大きな利潤となったのである。その余剰が大きいかぎり資本主義的な再生産はどんどん進み、成長も加速されるというのが、戦前までの基本的な構造だった。 終戦を機に先進国による資源支配の構造は大きく転換していく。「途上国の逆襲」が始まったのである。<決定的となった「交換条件」の悪化>よりp93~94 西洋がもたらした植民地という頸木を脱し、独立を果たした途上国が急激に伸びてきたなかで、いちばん大きな「事件」となったのは、1960年に誕生したOPEC(石油輸出国機構)の成立であろう。 1959年2月、中東をはじめとする石油の産出量や価格を支配していた国際石油資本(メジャー)が、産油国の了承なしに一方的に原油公示価格の引き下げを発表した。これに強い不満を抱いた産油国は、国際石油資本に対して価格改定の事前通告を要求するが受け入れられなかった。1960年8月に国際石油資本が再び価格の引き下げを行うと、石油産出国はそれに反発し、同年9月、イラクの呼びかけに応じて、中東を中心とした産油国が集まり、OPECを設立した。これは、それまで長らく欧米メジャーに支配蹂躙されていた産油国がメジャーの影響力を排除すべく立ち上がった歴史的事件であった。 中東は石油の埋蔵量が多く、それを狙って最初に進出してきたのはフランスとイギリスであった。第一次世界大戦中、「カトリック教徒の住民保護」という名目で、まずフランスがシリアを占領した。しかしアラブの太守としては、なんとかしてシリアの独立を目指したい。そこで、イギリスに独立を援助してくれるように頼み込んだとき、カイロ駐在高等弁務官ヘンリー・マクマホンである。彼は「アラブ側がイギリスの対戦国であるドイツやトルコへの攻撃に協力してくれるなら、戦後シリアの独立を認めよう」と約束した。太守は王子の一人を独立後のシリア国王にする予定で参戦したが、さて、戦争が終わるとイギリスは約束を守らない。マクマホンが誓約を結んだのはイスラム教徒を戦争に参加させるためだったのだ。(中略) このような経緯を経て、中東の石油はエクソン・モービル、ロイヤル・ダッチ・シェル、ブリティッシュ・ペトロリアムなどの欧米の8大メジャー(国際石油資本)によって支配されてきた。これらはオランダやイギリス、アメリカなど旧宗主国国籍の会社ばかりであり、彼らはタダ同然の値段で中東の石油を産出しては、自分たちの都合のいい分量を都合のいい価格で手に入れ、それを売りさばいたり、それを原料にして工業製品化したりしてきた。ここでも「西洋による非西洋諸国の収奪」という新大陸発見以来の構造は生きていたことになる。 そうした体制が資本主義の推進力になってきたのであったが、中東諸国にすればそんなことはもう耐えられない。そこで彼らは1960年にOPECを結成したのである。まさに途上国の逆襲であった。<日本がこの「失われた20年」で本当に失ったもの>よりp124~126 バブル崩壊から今日までの20年を日本人は自嘲的に「失われた20年」と呼ぶ。改革論者に言わせれば、日本政府が十分な構造改革を迅速に実行しなかったためにこのような長い時間を無駄にしたのだという。もっと完全に構造改革をやり、日本における取引がことごとく市場原理に基づくものに変わっていたなら「失われた20年」は回避できたというのである。 現在の私はその意見にはとうてい賛成できない。逆に、日本経済の強みが損なわれるような、日本社会に根づいていた「相互信頼をベースにした長期経済的取引関係」が突き崩され、それが日本社会の分断、企業組織の分断、求心力の低下を引き起こした。その結果、日本経済の競争力が大きく低下させられてしまった。そう考えるからである。 実際、日本がいちばん競争力という点で強かったのは、本格的な構造改革が始まる前の1980年前後だった。あらゆる経済的規制を撤廃し、市場原理に任せさえすれば日本経済は活性化するという、ありえない絵空事を主張し続けることはもうやめにしてほしいと思う。むしろ重要なのは、日本をどのような国にしたいのか、そのために市場をどのように活用すべきか、といった観点から、「国が市場をうまく使いこなす」という発想を持つことである。 できるだけ「小さな政府」にして、国が市場に口出しできないようにすべきであるという「小さな政府論」はアメリカのレトリックであり、実際のところ、アメリカがそれを実行している気配は全くない。むしろ、アメリカという国は、国家戦略を明確に持ち、それを実行するための道具(ツール)として、「小さな政府」を打ち出しているに過ぎない。彼らにとっては、市場はあくまで目的を達成するための「仕掛け」なのであって、市場にすべてを任せれば経済が活性化して思うような結果が得られるというような発想をもともとないと考えるべきなのである。 そもそもアメリカ政府による日本政府に対する構造改革要求の中味はなにかといえば、「長期的な信頼関係をベースにした取引関係はやめよ」ということにほかならない。アメリカが金融立国を決意した段階から、長期的な信頼関係をベースにした日本の経済社会体制から、短期市場での取引を主体にした経済社会体制への転換を画策する。これがアメリカの戦略だった。ソ連が崩壊したため、東西冷戦の橋頭堡としての日本に配慮する必要もなくなったアメリカは、日本の競争力の源泉として重要な役割を果たしていた「系列取引」も「株式の相互持合い」も、「メインバンク・システム」も「政府と産業界の緊密な関係」も、さらには日本の「完全雇用文化」も、みな切り崩してしまうべしと考えたのである。 (以下、文字数制限により省略、全文はフリーページ参照)【資本主義以後の世界】中谷巌著、徳間書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より壊に向かう世界経済、500年に一度の大変動に我々は何をなすべきか?ユーロ危機、財政破綻、貧困の蔓延、原発事故…「西洋からアジアへ」。迫り来る大転換に向けて日本の進むべき道を示す。<大使寸評>アメリカを熟知している中谷さんの反グローバリズム、反TPPであるだけに説得力がありますね。それから「三方よし」という経済規範を生んだ日本の特殊性を、騙し騙されの中華と対比して説いているが…これはもう、文明の衝突なんでしょう。rakuten資本主義以後の世界『資本主義以後の世界』その1以前読んだ中谷さんの本です。「資本主義はなぜ自壊したのか」1「資本主義はなぜ自壊したのか」2
2013.10.07
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・ほんじつ休ませて戴きます・忘却のしかた、記憶のしかたさっそく、図書館に借り出し予約するのもいいかもね。********************************************************************************ほんじつ休ませて戴きますより<[文]谷本束> 著者は大阪の古書店「青空書房」を営む。九十歳でいまだ現役の店主が、読書する素晴らしさと自身の人生、亡き妻への想いを語る。 店の名物が休みの日に貼りだす「ほんじつ休ませて戴きます」のポスター。全部手書きで、洒脱なイラストとウイットに富んだひとことがつく。これが楽しい。「失望の壁一枚向うに希望が住んでます」「青春とはたくさんの本を読みたおすパッションだ!」。 十三歳から働き始め、戦後の日本に絶望。どん底から救ってくれたのはマティスの絵だった。結婚三日目、奥さんに「甲斐性なしやな」と言われちゃった話など、つらいこともうれしいことも味のある大阪言葉がみんな包んで、人生の豊かさ、面白さに変えてしまう。 忙しくて話す暇もないからと、ある時から毎日妻に書き続けた手紙には掛け値なしの感謝と愛情があふれる。気取りも気負いもない平易な言葉が、心にじんじんとしみこむ。 人はたいてい、思いをうまく言葉にできない。自分の心をそのまま言い表してくれる言葉に出会うと人は泣いてしまうのだ、ということを本書を読んで知った。 ◇『ほんじつ休ませて戴きます』さかもとけんいち著、主婦の友社、2013年刊 <「BOOK」データベース>より生命とは何やねん、今ここにあることや。90歳、古書店「青空書房」店主が綴る、いとしきものへの生命のメッセージ。【著者情報】大正12年(1923年)大阪市北区生まれ。昭和18年(1943年)、近畿大学専門学校法学部入学。同年、学徒動員で大阪22部隊歩兵通信中隊に入営。昭和20年、茨城県鉾田より復員。昭和21年、大阪焼跡闇市に「青空書房」創業。昭和22年、北区黒崎町に開店。昭和25年、和美さんと結婚。現在も同店の現役店主。大阪古書業界の古老であり、有名作家とも交流がある。定休日に貼り出す手描きのポスターや妻に宛てた手紙の、味わい深い文章とイラストがテレビ・新聞に取り上げられ、大評判に<読む前の大使寸評>以前のニュースで、このポスターを見て思わず笑ったものである。日常の機微をほっこりと綴っているし、お客をキャッチするというポスターの使命も押さえているわけで…ええで♪店主のブログ青空書房の青空から最新のポスターです♪rakutenほんじつ休ませて戴きます忘却のしかた、記憶のしかたより<日本学者として日、米、世界見直す:柄谷行人(哲学者)> 本書は、著者の主要な仕事のエッセンスを、自身による解題を付して、年代順に配列したものである。「ダワー入門」と呼んでもよい本だ。内容的にいえば、マッカーシズムの時期に自殺に追い込まれたカナダの日本学者E・H・ノーマンについての論考から始まり、イラク戦争に際して米国当局が、かつて“成功”した日本占領の体験をモデルにしようとしたことに対する痛烈な批判にいたる。 著者の『敗北を抱きしめて』は、占領下の日本社会について包括的に書かれた最良の書である。この本は米国でピュリツァー賞を受けたが、イラク戦争で日本占領経験を引き合いに出した当局がこれを読んだはずがない。著者の考えでは、イラクは日本と似ていない。むしろ、国連に反して単独で中東に攻め入った米国こそ、満州事変から十五年戦争の泥沼に入っていった日本に似ている。一方、この本は日本でよく読まれたと聞いているが、近年の状況を見ると、広範に読まれたとはとうてい思えない。政治家や官僚がこれを読んでいないことは、確実である。 日本人は戦時の侵略と残虐行為をみとめることができずにいる、という見方が米国でも広がっている。しかし、著者は、米国で原爆投下に関する展示が中止されたとき、それに抗議し、アメリカ人が日本人の「歴史的忘却」を非難する資格はない、という。米国が原爆投下に関して、それを残虐行為としてみとめたことは一度もない。さらに、日本で戦争責任の問題があいまいにされるようになった原因は、そもそも、政治的な理由から、天皇の責任を不問に付した米国の占領政策にある。最も責任のある者が責任を免除されたのだから、責任という語は空疎となるほかない。 著者は、日本人が戦争に対して強い被害者意識をもつが、加害者としての意識をもたないという心理を分析している。しかし、これも戦後一貫してそうであったかのように考えるなら、自他ともに誤解を与えるだろう。著者の指摘によれば、1994年の調査で、質問された日本人の80%が、政府は「日本が侵略、植民地化した国々の人に、十分な償いをしていない」という意見に同意した。以来、支配層は、このような世論を変えるように操作してきたのである。特に、2012年以後にその策動が強まった。 本書では、日本を見ることが直ちに米国を、そして世界を見直すことになる。このような日本学者は数少ない。その中の一人、ノーマンについての論考を冒頭においた本書は、著者自身が歴史家としてそのような姿勢を貫徹してきたことを、見事に示している。 ◇『忘却のしかた、記憶のしかた』ジョン・W・ダワー著、岩波書店、2013年刊 <「BOOK」データベース>より冷戦の終焉、戦後50年という節目において、またイラクやアフガニスタンでの新しい戦争が進行するなかで、日本とアメリカは、アジア太平洋戦争の記憶をどう呼びおこし、何を忘却してきたのかー。ポスターや着物に描かれた戦争宣伝や修辞、ヒロシマ・ナガサキの語られかた、戦後体制のなかで変容する「平和と民主主義」、E.H.ノーマンの再評価など…。過去をひもとき、いまと対置することで「政治化」された歴史に多様性を取りもどす、ダワーの研究のエッセンスが凝縮された、最新の論集。1993年以降に発表したエッセイ・評論に、著者自身による書き下ろしの解題をつける。<読む前の大使寸評>歴史認識に関して中韓から難癖のように非難を受けている今、『忘却のしかた、記憶のしかた』というタイトルは、正に時宜を得ています。著者は「アメリカ人が日本人の「歴史的忘却」を非難する資格はない」とまで言うが・・・日米の過去の「政治化」された歴史を歴史家として見直しているようですね。rakuten忘却のしかた、記憶のしかたジョン・ダワーさんへのインタビューを読めば、やはり、ダワーさんは日本の味方なんでしょうね。***************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から(目録)
2013.10.06
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今回借りた7冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「アート」でしょうか。<大学図書館>・世界の食糧ムダ捨て事情・横尾忠則(別冊太陽)<市立図書館>・資本主義以後の世界・業界地図が一目でわかる本(2014年版)・田辺聖子の古典まんだら(下)・売れる作家の全技術・週間金曜日9/6号なお、「田辺聖子の古典まんだら」と「売れる作家の全技術」は前回からの借り出し延長です。図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【世界の食糧ムダ捨て事情】トリストラム・スチュアート著、NHK出版、2010年刊<「BOOK」データベース>より食べ物を買っておきながら、結局食べきれずに捨てる。誰しも経験のあるこの行為、じつは途上国の飢餓と結びついている。でも具体的にどうつながっているのか?それを解き明かすのが本書のテーマだ。スーパーのゴミ箱のなかから拾い集めた食材だけで数年間生活し、食料大量廃棄を目の当たりにしたジャーナリストがついに発奮。消費者、生産者、小売業者、そして国家が無理なく実現できるムダ捨て削減策は何かを探っていく。<大使寸評>著者はロンドン生まれのジャーナリストで、現在、イギリスで豚、鶏、ミツバチを飼育しているそうです。「もったいない」という考え方をノーベル賞を受賞したマータイさんが評価したが・・・ついにイギリス人にまで広まったのか♪と、感慨を覚えるのです。だが、著者の次のような切り口は、なかなか日本人ジャーナリストからは聞かれないのです。「日本人の高級食品、とびきり新鮮な食品への偏愛は、途方もない水準の廃棄物を招くことになる」rakuten世界の食糧ムダ捨て事情世界の食糧ムダ捨て事情byドングリ【横尾忠則(別冊太陽)】別冊太陽編集部著、平凡社、2013年刊<「BOOK」データベース>より新しい本なので、データなし<大使寸評>5歳のときの絵から今年4月の公開制作の絵まで網羅している。友達でもある寂聴さんの寄稿も有ったりで・・・たぶん、横尾忠則に関する最強のムック本である。rakuten横尾忠則(別冊太陽)【資本主義以後の世界】中谷巌著、徳間書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より壊に向かう世界経済、500年に一度の大変動に我々は何をなすべきか?ユーロ危機、財政破綻、貧困の蔓延、原発事故…「西洋からアジアへ」。迫り来る大転換に向けて日本の進むべき道を示す。<大使寸評>アメリカを熟知している中谷さんの反グローバリズム、反TPPであるだけに説得力がありますね。それから「三方よし」という経済規範を生んだ日本の特殊性を、騙し騙されの中華と対比して説いているが…これはもう、文明の衝突なんでしょう。rakuten資本主義以後の世界『資本主義以後の世界』【業界地図が一目でわかる本(2014年版)】インタービジョン21著、三笠書房、2013年刊<「BOOK」データベース>より日本経済の転換期!知っておきたい重要トピックスが満載!これから何が始まるか?どう変わるか?最新の売上高と営業利益がわかる!<大使寸評>リタイアしたいま、この本の知識が儲けにつながるわけではないが・・・日本企業の勢力地図から、海外との提携までが一望できて、興味深いのです。rakuten業界地図が一目でわかる本(2014年版)この本のコラムの一部を紹介します。<アベノミクスの成長戦略で注目される業種>よりp270 自動車や精密機器など、2012年度決算が増益に転じた企業が目だっている。ただし多くは円安による為替差益が理由で、商品の売上げが大きく伸びたわけではない。円安による価格競争力を武器に今後の業績をどう伸ばすかが注目されるが、これら日本のお家芸的分野以外にも、アベノミクスが掲げる「成長戦略」に関連した業種に注目があつまっている。 その一つがインフラ産業だ。新興国での原発や火力発電所の建設など、インフラ輸出に政府は積極的で、重機、プラント、商社などの飛躍が期待される。燃料産出国に対しては原油や液化天然ガスの価格引き下げにつなげる狙いもある。「クールジャパン戦略」で日本食の海外展開も注目されている。牛丼、定食、ラーメンなど、すでに進出しているチェーン以外にも、海外で成功するメニューはまだまだありそうだ。 国内では、笹子トンネルの天井板落下事故を受けて、橋梁やトンネルの改修、また防災関連の公共事業が進められるため、ゼネコンやセメントなどに追い風だ。 ただ企業が内部留保として利益を溜め込む傾向が続いており、労働者の賃金が上がるかは未知数。財政赤字改善のためにも是非、昇給を進めて欲しいものだ。【田辺聖子の古典まんだら(下)】田辺聖子著、新潮社、2011年刊<「BOOK」データベース>より『平家物語』『方丈記』から江戸文学まで、楽しい初級講座。【目次】死ぬときはいっしょだぞ-平家物語/この世の地獄を見た-方丈記/田舎はなんてすごいんだ-宇治拾遺物語/噂になってしまった-百人一首/院、どうしてなの?-とはずがたり/物をくれる友がいちばん-徒然草/金が敵の…-西鶴と近松/Uターンして第二の人生-芭蕉・蕪村・一茶/女房はやはりありがたい-古川柳/なんとか浮き名を流したい-江戸の戯作と狂歌<大使寸評>ベイシックな古典について、田辺聖子さんが楽しく、丁寧に語っています。rakuten田辺聖子の古典まんだら(下)【売れる作家の全技術】大沢在昌著、角川書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より200以上ある文学新人賞から毎日多くの作家が誕生しているが、数年後に残るのはわずか数パーセントにすぎない。30年以上にわたりトップを走り続ける著者が、作家になるために必要な技術と生き方のすべてを惜しげもなく公開する小説講座の決定版。<大使寸評>作家デビューを企てるというほど、アホやないけど・・・・この本で説かれている作家の作り方が興味深いわけです。だけど、この本を読むと小説がより面白くなるかと言えば…微妙ですね。rakuten売れる作家の全技術【週間金曜日9/6号】週刊誌、金曜日、2013年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>佐藤優×斎藤環対談「村上春樹を論じることのできる人が減っている」が載っていたので借りたのです。ところで、今年のノーベル賞発表シーズンが近くなったが・・・・そろそろ積読状態になっている「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んでおく必要があるなぁ(汗)amazon週間金曜日9/6号*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き42図書館大好き(目録)
2013.10.05
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4日のツイッターで、木材利用ポイントについて、次のような気になるツイートがありました。<オルタナ編集長@setsumori>【林野庁の「木材利用ポイント制度」。予算410億円のうち、電通が140億円を事務局経費として持っていくらしい。普通の感覚より、二ケタ多くないか。どういうカラクリか。http://www.nagaseki.jp/article/1474568.html…】ムム 電通と林野庁の関係は、どうなっているのだ? 林地残材、バイオマスについてフォローしている大使としては、聞き捨てできないわけですね。ところで、木材利用ポイントって何?住宅建材メーカーのサイトから木材利用ポイント制度を見てみましょう。林野庁 平成24年度補正予算 木材利用ポイント制度を新設より<木材利用ポイント制度、導入の背景>国産材の適切な利用を促すことは、森林の適正な整備・保全、地球温暖化防止および循環型社会の形成につながります。また、国は「森林・林業基本計画」において2020年の木材自給率50%を掲げており、その実現のためには、年々増加している森林資源について、住宅分野などでの利用を拡大していくことが重要となります。こうしたことを背景に、林野庁では関係者による地域材の需要拡大の取り組みを促進し、第一次産業をはじめとした地域産業、ひいては経済全体への波及効果を期待する取り組みとして、木材利用ポイント制度の導入を決めました。なお、同制度の事業開始は、4月1日を目途に実施することが予定されています。<事前認定された事業者が付与対象>木材利用ポイント制度は、地域材を一定以上活用した新築住宅、内装木質化、木製品などを対象に木材利用ポイントを付与し、地域の農林水産物と交換などを行う取り組みです。付与されるポイントの詳細は未定ですが、新築住宅については30万ポイント程度の付与が検討されています。木材利用ポイントの付与については、都道府県ごとに設置される協議会などの認定機関に対して事前に申請し、認定・登録を受けた木材・木製品製造業者、施工業者などの事業者を対象とする予定です。また、ポイントの付与対象となる地域材は、1.都道府県などが実施する認証制度などによって認証された材2.FSC、PFFC、SGECなどの認証機関によって認証された材3.「木材・木材製品の合法性、持続可能性のためのガイドライン」にもとづいて証明された材(合法木材)が対象となる予定です。なお、制度の詳しい内容については、近々、林野庁のホームページに掲載される予定です。森林ジャーナリスト:田中淳夫さんも、この制度に疑問をはさんでいます。8/29木材利用ポイントって何? 国産材の救世主か、それとも……より 前回、木づかい運動に触れたが、木材利用ポイントについて知っている人が意外と少ないことに気づいた。そこで、この制度を紹介するとともに、その裏と表を考えてみよう。 木材利用ポイント制度は、林野庁が基本的に国産材の利用を促進するために始めた事業で、今年度に410億円を計上している。条件を満たした木造住宅の新築や、内装・外装などに木質系の素材を使うこと、さらに木製品の購入に対し、木の量に応じて木材利用ポイントを付与し、定められた金品やサービスと交換できる。 ポイントを申請できるのは、この事業の登録業者でなければならないが、今年4月1日以降に着工もしくは請負契約すると、最大60万ポイント(60万円相当)が与えられる。 さあ、これで林業家や国産材を扱っている業者は手放しで喜べるだろうか。 残念ながら、そう簡単ではない。これが即国産材の需要を増やすと思えないからだ。仮に増えても別の問題もある。 まず、これまで国産材を使ってきた建築家や工務店が申請しても、国産材の新たな需要を増やすことにはならない。また山主と結んで産直住宅を建てていたビルダーも、合法証明などを取っていないことが多い。 輸入材で住宅を建設してきた工務店などが、ポイント目当てに国産材に切り換えればよいが、供給に不安のある国産材を扱うだろうか。大工も材質が違うと加工法も変わるから、いきなり国産材に変えられると喜ばない。 疑問符がつくような制度に410億円もの予算をつけるんだったら、もっと良い施策が考えられないもんか?なんか、国産材の需要につながりそうにないんだけど・・・・林野庁って金勘定ばっかりで、山主や森林を愛しているんだろうか?(毎度のことになりますが)
2013.10.04
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コンビニやスーパーでは、期限切れの食料品を惜しげもなく捨てているが…「もったいない」のである。この矛盾に体当たりでかかわってきたイギリス人ジャーナリストがいるんですね。日本では馴染みのない言葉だが、フリーガニズムという運動があるんだって。しばしばマスコミを賑わすフーリガンではなくて、こちらは環境保護論者たちのいたって平和な抗議行動の一環として、ゴミとして捨てられた食物を回収して食べる運動だそうである。けっこう根性があり、ある意味、過激とさえ思われる運動ではある。フリーガニズムを実践したきたスチュアート氏の「世界の食糧ムダ捨て事情」という本を図書館で借りたので紹介します。<希望の島―日本、台湾、韓国>よりp278~284「モッタイナイ?」わたしはジンゴの義理の娘に訊ねた。「それは何ですか?」家族は互いに見合わせて、深いため息をついた。それから各自が日本文化におけるこの概念について、諸説を述べ始めた。“もったいない”は翻訳不能で、浪費と乱費の戒め、質素と倹約の勧めを意味し、靴下の繕いから茶碗に残った米の最後の一粒を食べることまで、さまざまな場面に使われる。「学校で、わたしたちは」ユリコが言う。「食事を食べ残すのは、お百姓さんに対して罰当りなことで、そんなことをすると、“もったいないお化け”が捕まえに来ると、教えられるんです」 わたしはユリコの家族に、日本に来たのは“もったいない”を調査するためだと打ち明け、どんな話でも聞けるとうれしいと言った。すると、ジンゴは即座に日本の暮らしについて、自分の子供時代からどんなにそれが変わってきたかを長々と話し始めた。 戦後、日本は茶碗一杯のご飯と海藻がせいぜいという極度の食糧難を経験して、食べ物を故意に無駄にすることはけっしてなかった。ジンゴによると、状況が変わったのは、1964年の東京オリンピック以降で、1980年代には日本経済はバブル期に入っていた。にわかに羽振りがよくなった日本人は、その富を享受し誇示する対象として、とりわけグルメ食品を選んだ。多くの人はこの高度成長を日本文化のルネッサンスと見たが、それはまた、日本人に今までの伝統に反する行動様式をもたらした。「今日び」ジンゴはいら立った様子で手を振った。「子供たちは何でも持っていて、無駄使いしてばかりだ」(中略) しかし、カワサキ家の味が日本文化を代表しているなら、同国の1億2700万人強の都市化した人口がどのようにして新鮮さ、量、バラエティにおいてこんなすばらしい水準を産業規模で維持し得るのか。山と海のどちらからも近く、先祖から受け継いだ食物栽培の経験によって異なる世代が結びついているカワサキ家では、自然に無駄が防がれる。しかし、裕福な都市で、こんな珍味が新鮮さを失われることも無駄にされることもなく、大量に入手できるなどということがあるのだろうか。 答えはノーだ。日本人の高級食品、とびきり新鮮な食品への偏愛は、途方もない水準の廃棄物を招くことになる。 2005年の調査では、毎年日本が出す食品廃棄物は、金額にしておよそ11兆円で、国民ひとり当り8万7300円分を捨てていることになる。量的に見ると、国民ひとり当り年間151キログラムとなり、イギリスの平均である223キログラムよりずっと少ないが、違いは実際の廃棄物の量の違いだけでなく、データの計算方法も大きく関係する。 毎年、日本は1900万トンの食品関係の廃棄物(政府はそのうち食べられるものはあ600万トンとしている)を出している。このうち、1130万トンが食品産業から出る廃棄物、残りが家庭ゴミで、これらの数字に農業および漁業の廃棄物は含まれていない。日本はどうやら、農業および漁業が生み出すのと同じだけの食物を無駄にしているらしい。農林水産省によると、これは日本で消費される全食糧の四分の一に当るという。けれども、もし日本のゴミ箱に捨てられた食品を無駄にせずにすませれば、1億6千万人に食物を与えることができる。(中略) 日本の食糧供給は平均ひとり1日当り2548キロカロリーで、世界平均の2808キロカロリーより少なく、彼らの平均に満たない身長を考慮しても、アメリカの3900キロカロリーをはるかに下回る。 ところが、日本人はお腹を空っぽに保ってはいてもゴミ袋は満杯にしている。皮肉にも、彼らのグルメ志向が大量の廃棄物を出すことにつながっているのだ。日本の人口密集都市は他の先進国並の贅沢には欠けるかもしれないが、こうした困難の代わりに、日本人は比類なきまでに美食の楽しみを極めてきた。高品質の食を示すものは、人々の家庭にも都会の通りにも、日本中どこにでも見られる。東京は世界のどの都市より多いミシュランの星獲得レストランがある。それを証明するかのように、日本人は収入を食べ物につぎ込むことについての特別の言葉を生み出した。“食い倒れ”がそれだ。 日本人が何でも生で食べるのを好む習慣が物流管理上多くの問題をもたらし、廃棄物を生むことになる。スシ、刺身、タタキ、生卵など、日本人が生活様式の中心と見なす自慢料理の数々はすべて、海や農場から消費者に最短の時間で届けることのできる超スピード食品供給チェーンがあってこそ可能だ。日本の暮らしはこの緊急性で回っている。p287~288 廃棄物の出所で、他を圧倒しているのは、伝統的日本の美食習慣を蝕んできている部門だ。日本文化にすっかり定着したコンビニエンスストアは、数知れない調理済み“弁当”をびっくりするほどの量捨てている。日本の調理済み食品は概して、欧米のしょっぱくてまずい電子レンジ食品よりはるかに味がよい。問題は2,3日しか持たない場合が多いことだ。好き嫌いにかかわらず、ヨーロッパの電子レンジ食品は、製造の段階で殺菌・保存料漬けにされ真空パックされているので、事実上何年も持つわけで、表示にある2週間の貯蔵寿命などお笑いぐさだ。おぞましいことに思えるかもしれないが、この方法なら廃棄率を減らすことはできる。実際、日本国内で生み出される1900万トンの食品廃棄物のうち、600万トンをコンビニとスーパーが出しているのである。p295~299 アグリガイアやアルフォといった資本集中型のスーパー工場を見学後、わたしは相模原市にある小田急フードエコロジーセンターを訪れて、うれしくなった。東京から1時間半ほどのところにある工場を監督するのは、高橋功一という活力にあふれた人物で、ここでは健全な考え方がすべてを支配していた。どこを見ても、経済的利益と環境保護的利益が理想的に調和していた。(以降は、フリーページ参照) 面子を重視するのが、中韓の食事作法であるが・・・スチュアート氏はそれに抵抗があるようです。(というか嫌っているようです)その点、ウイグル人や日本人のような辺境の民のほうが食物に対する態度が謙虚ですね(それだけ、貧しかったせいもあるが)<食物は食べるためにある>よりp226~227 中央アジアのイスラム教徒として、ウイグル人は、自分たちの国を治めている中国漢民族とは根本的に違うと思っており、地区によっては、植民地支配者と見なす彼らに対し、深く根ざす敵意が見られる。文化の衝突は食物に対する態度にとくに顕著だ。中国流のもてなしは、食卓に客が食べ切れないほどの食べ物を並べることで成り立っている。中国のレストランでえは、食事のあと、テーブルにほとんど手を付けられていない皿が山積みになる。中国料理店の客の81%(と言われる)が料理を残す。ウイグル人は、それとは対照的に、食物を無駄にするのは、ハラム(宗教上のタブー)と考える。動物を屠るときは、どの部分も利用される。新疆の朝市をぶらつくと、内臓専門の肉屋がトレーラー一杯の牛や山羊や羊の心臓、肺、腎臓、足、頭を売っているのを見ることができる。わたしが訪ねたカシュガルから30キロメートルほどの家畜市では、屋台丸々ひとつが茹でた牛のひづめに充てられていて、お腹を空かせた農民や町の人々が列を作っていた。動物のすべての部分を利用する知恵はウイグルの文化的遺産なのだ。 この倹約精神は屠場から台所まで行き渡っている。誰もが自分が食べられる以上の料理を取ることがないよう、どのレストランもメインディッシュを三つのサイズ―フルサイズ、ハーフサイズ、四分の一サイズ―に分けているので、誰もうっかり必要以上を注文することはあり得ない。もしも家庭で余りが出たら、近所におすそ分けするか、通りの貧しい人たちの元に持っていく。皿の料理を残すのは、主人を、料理人を、農民を、そして、アラーを侮辱する行為なのだ。 この対照的なグループ(漢民族とウイグル人)で食物の無駄に対する態度がこれほどまでに違う理由は知られていない。おそらく、中国宮廷の贅沢さと階級制度が、もてなしの概念の中心として、これ見よがしの消費を奨励する結果になったのかもしれない。一方、ウイグル人が、コーランの戒め「度を越してはならない。なぜなら、アラーは食物を無駄にする者を愛されないからだ」の影響をある程度受けているのは間違いない。これらの文化的態度は、自然環境が決定してきたとも言えるだろう。チュルク語系の人々は長く不毛地帯に居住してきて、土地が生み出す作物を一口たりとも無駄にしないことを学んだ。これに対し、比較的裕福な中国人は、アジア東部の肥沃な河川の流域に住んでおり、チュルク語系民族のような食糧不足はない。または、逆に、近年の悲惨な飢饉の歴史が倹約に対する文化的反動を煽っているのかもしれない。この際立った違いの決定的原因が何であれ、はっきりしているのは、社会が無駄にする食物の量は文化的態度によって決まるということだ。【世界の食糧ムダ捨て事情】トリストラム・スチュアート著、NHK出版、2010年刊<「BOOK」データベース>より食べ物を買っておきながら、結局食べきれずに捨てる。誰しも経験のあるこの行為、じつは途上国の飢餓と結びついている。でも具体的にどうつながっているのか?それを解き明かすのが本書のテーマだ。スーパーのゴミ箱のなかから拾い集めた食材だけで数年間生活し、食料大量廃棄を目の当たりにしたジャーナリストがついに発奮。消費者、生産者、小売業者、そして国家が無理なく実現できるムダ捨て削減策は何かを探っていく。<大使寸評>著者はロンドン生まれのジャーナリストで、現在、イギリスで豚、鶏、ミツバチを飼育しているそうです。「もったいない」という考え方をノーベル賞を受賞したマータイさんが評価したが・・・ついにイギリス人にまで広まったのか♪と、感慨を覚えるのです。だが、著者の次のような切り口は、なかなか日本人ジャーナリストからは聞かれないのです。「日本人の高級食品、とびきり新鮮な食品への偏愛は、途方もない水準の廃棄物を招くことになる」rakuten世界の食糧ムダ捨て事情
2013.10.04
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中国、一人っ子違反2700億円 利権の温床になどというニュースに接すると、悲しむべきか、喜ぶべきか悩むのが、大使のような低レベルの反中論者なんでしょうね。図書館で「資本主義以後の世界」という本を借りたが、中谷巌さんの論説を読んで、そんな感情的な反中、反米を正そうではないかと思ったわけです。この本から、中華帝国とか、日本人の国民性あたりを紹介します。<歴代の中華帝国は膨張・収縮を繰り返してきた>よりp164~165 野蛮な国は相手にしないという誇り高い中華意識もまた強く存在していたのである。もっとも当時の隋には、とても日本に攻め入ることができるような状況にはならなかったという現実もあったようだ。とくに、強国・高句麗との対立が続いており、日本に兵力を割くことは不可能だったのである。 眼を現代中国に戻してみよう。中国は軍事力を拡大してきた。その目的は何なのか。これは中国指導者層にもはっきり答えられない問いである。西洋・日本に蹂躙されたアヘン戦争以来の歴史から来るトラウマが相当強いことはすでに述べた。しかし、中国共産党にとって最も重要なことは、中国経済が8%程度の成長を実現していくことであって、それが実現できないと共産党の存立基盤は危うくなると信じられている。8%程度の成長を実現していくために、中国にとって最も重要なのは、国際協調であり、中国製品が世界に輸出でき、必要な資源を輸入できるという自由貿易体制である。中国が軍事力を拡大し、世界に敵対するような行動に出るならば、中国は世界で孤立し、中国経済はたちまち窮地に陥ることだろう。そのことをよく知っていたのが、改革開放路線を推進したトウ小平であった。そして、トウ小平の思惑どおり、中国は国際協調を目指すことによって世界に受け入れられ、経済大国の地位を築いたと言える。 もちろん、中国の軍事的な存在感を強調しようという勢力は存在する。しかし、そのことによって、中国が世界、とくにアメリカと対立するということは百害あって一利なしである。そのことは中国共産党の指導者が熟知しているはずである。 日本はどうすればよいのか。「親米・反中」イデオロギーで突っ走るのは百害あって一利なしである。中国との関係改善に絶えず心を砕く。もちろん、それはへりくだることなどではない。中国人も「日本なんか」と虚勢を張っているが、日本の穏やかな文化、安心・安全な社会、高度な技術、礼儀正しい立ち居振る舞いなど、高度な文化力には一目置いているフシがある。中国といたずらに敵対するのではなく、中国が国際社会で大人の振る舞いができるように、日本はさまざまなチャンネルを通じて仕向けていく。このような地道な努力こそが求められているのだと思う。2012年時点の中谷さんは次のように説いているが、利に敏い中国人は既に投機に走っているようです(笑)<投機的な資本流入を拒む中国の経済政策>よりp179~181 しっかりと確認しておかなければならないのは、資本とりわけグローバル資本に対して、中国政府がどのような態度をとってきたかという点である。 アメリカは従前から人民元の切り上げ、為替自由化、資本取引の自由化を中国政府に要求し続けてきたが、安全保障の観点からアメリカの言うことを聞かざるをえない立場の日本とは違い、中国政府は言を左右しつつ、それには基本的に応じなかった。人民元はたしかに少しずつ切り上げられてきたが、日本のように大幅な為替調整を受け入れるようなことはしなかったし、人民元の国際的な取引についいても厳密に管理する姿勢を崩していない。 アメリカ政府も人民元の自由化については、日本に対する場合のように強硬な態度を取り続けるわけにはいかない。なぜなら、中国が米国債を大量に保有しているからである。いずれにしても、中国は常に、「資本が国境の壁を軽々と飛び越えて自由に行き来できるような体制」を正義と考えるグローバル資本主義に対して明確に距離を置いてきたのである。 そもそも、欧米を中心に「グローバルで自由な金融市場をつくろう」というアイデアが出たとき、中国共産党は「いや、西洋にはしたたかな魂胆があるはずだ」として、中国の国益(輸出促進)を優先した。アヘン戦争以来、西洋列強や日本に蹂躙された歴史的トラウマは依然として中国支配層には強く、商品貿易の自由化を促進するWTOには参加したものの、資本自由化にはあくまでも消極的であった。リーマン・ショックが起こると、中国共産党の「経済を不安定化させる資本自由化には慎重でなければならない」という確信はさらに強まったと思われる。したがって、いまや、共産党幹部の間には、「人民元の自由化、外国資本の流出入を自由化しないという共産党の従来の政策は正しかった」という思いが強いのだ。実際、第1章で述べたバルト3国のケースを思い起こすまでもなく、世界的に資本移動を自由化していた国々では、リーマン・ショックによるダメージは巨大なものであった。それはレバレッジの利いた金融取引が膨大な不良債権を生み、金融機関の経営を圧迫し、金融の機能不全を生み、さらには大恐慌の危険さえ生み出すというきわめて深刻な影響を世界経済に与えている。(中略) 実際、現在世界で進行中の金融危機に対して、世界が頼りにしているのは、グローバル資本主義に強く抵抗し、資本自由化に慎重な中国なのである。このことをわれわれは忘れるべきではないだろう。<資本主義の精神とはあまりにも異質だった日本人の美意識>よりp205~207 日本史の特徴を一言で言えば、抜群の社会的安定性にあった、ということに尽きるだろう。平安時代の350年、江戸時代の260年にわたる平和が国民性に与えた影響はきわめて大きいだろう。人と人のつながり、燐近所との付き合い、長期にわたる信頼関係構築の重要性など、民族間、国家間の戦争に明け暮れていた諸外国とは著しく異なる文化をつくってきたのが日本という国であった。 征服したり征服されたりする社会では、たとえば中国人のように「今日のうちに稼げるものは目いっぱい稼いでおこう」という瞬時決着型の発想が生まれる。あるいは「人を見たら盗人と思え」「騙されるくらいなら騙す人間になれ」「人の裏をかけ」「隙があれば逃すな」といった思考が常識になるだろう。ところが平和が続き、安定的な人間関係が状態となっていた日本人は「たとえ今日は損をしても、5年先、10年先には戻ってくる」「騙すより騙されるくらいがよい」「後ろから人を切りつけるような卑怯なまねは絶対にいけない」といって、目先の利益より長期的な人間関係のほうを大事にする。 現代でも、ビジネス・スクールの戦略論などを見ると、「ニッチな場所はどこか」「そのとき自分はどのポジションを占めたらよいか」といった具合に、どうやって相手の隙を突くかということが主たるテーマとなっているが、日本人にはそういう発想がきわめて希薄だ。むしろ、近江商人の「三方よし」の理念が賞賛されてきた。つまり、商取引というのは当事者である売り手と買い手の幸福だけではなく、取引が行われる場である社会全体のことも考慮に入れなければならないと考える。売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」でなければならないという思想である。 そうした発想はもちろん必要である。現代の企業活動でも、自然環境や社会インフラを利用しなければなにもできないわけだから、経営精神の基本に社会的な“恩返し”の思いは欠かせない。しかし「三方よし」の価値観や相手を裏切らないといった美意識は、前章で見たような資本主義発展の精神とはかなり異質である。 そんな日本人が、幕末になって、力でもって相手を打ち負かし相手の富を奪うことをモットーとする「力と闘争の文明観」を持った欧米列強と直接対決することになったとき、当時の日本人は心底「こんな連中と付き合うのは実にかなわん」と思ったに相違ない。 しかし、西洋列強の虎視眈々とした姿勢を目の当りにして、幕末の志士、維新の志士たちは、日本という国家の独立を守るために、それまでの長期的信頼を重視した「和を以って貴しとする文明観」から少なくとも部分的には「力と闘争の文明観」に転換せざるをえなかった。さもなければ、他のアジア・アフリカ諸国のように植民地化されることは必至の情勢だった。中国のような大国ですら、アヘン戦争を経て簡単に列強に食い荒らされえたりしたのである。もはや悠長なことは言っていられない。中谷さんは自由貿易の弊害を説いているが、昨今はわりと普遍的な論調となってきたようですね♪<TPPでは、日本は救えない>よりp339~341 2011年秋、野田首相は日本がTPP(環太平洋経済連携協定)の協議に参加することを表明した。TPP参加に賛成する人たちの意見を聞いていると、現代社会が大きな歴史的転換期に直面していることに全く気がついていないか、無関心であることを痛感させられる。「日本は貿易立国だから、自由貿易こそ日本経済の活性化の決め手になる」「日本がこれに参加しないと乗り遅れ、世界から孤立する」「わずか1、2%の農業のために、日本の農業を犠牲にするのは愚かである」といった内容がほとんどである。 まず、自由貿易についてだが、本書で詳しく見てきたように、自由貿易が真に公正なかたちで実行されたのは歴史的に見てそれほど多くはなかった。イギリスの奴隷貿易や東インド会社から清王朝へのアヘンの密輸、アメリカのプランテーション経営によって産出された綿花などの原材料の大英帝国への廉価販売、先進国による石油など資源・原材料の供給支配など、多くは帝国主義的な権力・軍事力の行使による半ば強制的な貿易こそ、貿易の中味の大半を占めていた。(以下、文字数制限により省略、全文はフリーページ参照)【資本主義以後の世界】中谷巌著、徳間書店、2012年刊<「BOOK」データベース>より壊に向かう世界経済、500年に一度の大変動に我々は何をなすべきか?ユーロ危機、財政破綻、貧困の蔓延、原発事故…「西洋からアジアへ」。迫り来る大転換に向けて日本の進むべき道を示す。<大使寸評>アメリカを熟知している中谷さんの反グローバリズム、反TPPであるだけに説得力がありますね。それから「三方よし」という経済規範を生んだ日本の特殊性を、騙し騙されの中華と対比して説いているが…これはもう、文明の衝突なんでしょう。rakuten資本主義以後の世界以前読んだ中谷さんの本です。「資本主義はなぜ自壊したのか」1「資本主義はなぜ自壊したのか」2
2013.10.03
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ニューズウィーク2012年6/13号ではクール・ジャパンのお寒い現実が報じられていました。最近は百家争鳴のようなクールジャパンについて集めてみました。・官主導のクールジャパン・クールジャパンのいかがわしさ・村上隆さんへのインタビュー<官主導のクールジャパン>中華のソフトパワーに対抗する意味でも、クールジャパン戦略が必用だとは思うわけです。だけど、官主導のクールジャパンと聞けば・・・役人のためのクールジャパンではないかと疑心暗鬼になるわけですね。(大使の思い過ごしか?)次のようにクールジャパン戦略が説かれているので、眉に唾して読んでみます。9/28「日流」番組、輸出へ一丸 NHK・民放、促進機構設立 クールジャパンと連動より 人気ドラマやアニメ番組などを海外に売り込もうと、NHKや民放キー局、広告会社や権利者団体がタッグを組む。政府の「クールジャパン戦略」とも連動し、匠(たくみ)の技やファッション、観光にも波及させる。 放送コンテンツ海外展開促進機構(BEAJ)をつくり、27日発表した。番組選びやイベントの開催にとどまらず、政府の途上国援助(ODA)を生かし、輸出先の放送局の人材研修などを組み合わせ、売り込みのモデルづくりを進める。放送事業を監督、後押しする総務省は2014年度予算の概算要求で、モデル事業の経費13億円を盛った。 まずは、ASEAN(東南アジア諸国連合)の国に狙いを定め、放送枠の確保・維持につなげる。 特徴は、クールジャパンとの連動だ。音楽、ファッション、化粧、食といったソフト分野では、日本から進出した百貨店やショッピングモールなどと組んで売り込む。料亭や和菓子、B級グルメ、J-POPや漫画、アニメなど柔軟な組み合わせでの物産展やイベントも検討。精密機器などの産業分野では、日本への視察団やものづくり拠点の誘致なども視野に入れる。 また、ドラマなどの番組と組み合わせ、旅行博で舞台となっている地域をPRして観光客誘致に結びつける。政府のビジットジャパン戦略との連携役も担う。 促進機構には大手広告会社や商社、音楽、芸能関係の権利者団体も参加する。 日本の放送コンテンツはNHKの連続テレビ小説「おしん」を筆頭に、1980~90年代にはアジアなどに輸出が進んだ。ただ、近年は韓流ドラマや、台湾や中国、香港などの「華流」が勢いを増している。再び日本の放送コンテンツへの注目度を高め、官民が力をあわせて産業競争力の強化にもつなげたい考えだ。 促進機構には大手広告会社や商社、音楽、芸能関係の権利者団体も参加するそうだが…気になるのは、コンテンツにかかわっている職人やアーティストの権利なんだけど。<クールジャパンのいかがわしさ>村上隆は、クールジャパンという言葉ができた頃から、一切無関係だと公言していたが(笑)・・・たぶん、そのいかがわしさを感じていたからでしょう。ビジネスジャーナルがクールジャパン法、官民ファンドのいかがわしさ、悪賢さについてアラームをあげています。9/05クールジャパン、新たな税金バラまきの懸念?省庁ごとに類似事業乱立、税金使途不明瞭化より 6月12日に通称クールジャパン法(株式会社海外需要開拓支援機構法)が可決成立した。 海外進出を考えている事業体に対し出資の面から支援する株式会社、いわゆる官民ファンドを設立するというものだ。2013年度で500億円の税金を投入し、民間企業からも出資を募る。経産省職員はこう説明する。「海外展開を支援する政策としてクールジャパン戦略推進事業がありますが、それは補助事業です。機構は補助ではなく、企業への出資を行います。そうすることにより、本格的に海外に出ようとする企業の後押しをしますし、機構からのお金が呼び水となり、民間企業や金融機関の資金がついてくる循環も生まれると思います。投資案件に対する判断は機構の専門家が行い、政府は関与しません。投資である以上、リターンは必要となりますが」 機構の設立は今年の秋だ。政府が総株式の2分の1以上を保有し、収益性・波及効果の観点から選ばれたビジネスに対して出資を行うとしている。海外での商業施設の展開など事業期間が中長期にわたる事業でも、ビジネスモデルが立ち上がるまで持続的に支援するため、存続期間はおおむね20年だ。 一方、クールジャパン戦略推進事業の助成金の上限は1事業につき5000万円。今年度の予算は4.6億円で13件が採択された。採択は有識者が順位を決め、政府が足切りをするのだという。また、助成金は事業の半分までと決まっている。言い換えれば半分は企業が負担しなければならないため、企業側も「本気度が違う」という。 順位づけを政府が決めないのは、成長産業や事業を判断する目利き能力が政府にはないからだという。そのために、政府は資金を出しつつも口出ししない民間の株式会社として機構を設立したのだ。●官民ファンドの盲点 ところで、官民ファンドとしてクールジャパン事業に出資する民間企業は、この機構が初めてではない。09年に2660億円の政府出資と140億円の民間出資によって設立された株式会社産業革新機構がある。この機構は市場開拓型の革新事業に出資するという目的で、これまで42の案件に投資している。クールジャパン事業では、昨年に民間企業であるANEW(2月事業開始。産業革新機構の100%出資による新会社)、出版デジタル機構(4月設立。産業革新機構が150億円を上限に出資)、グロザス(5月設立。産業革新機構が12億円を上限に出資)の3社に出資している。 中でもグロザス、ANEWの事業内容については両社HPを見てもよくわからなかったため取材依頼をしたところ、グロザスからは「まだ説明できる事業になっていない」という理由で断られた。しかし産業革新機構の株の95%は財務大臣を株主とした政府が持っている。つまりは国民のお金を使っているということだ。その資金から12億円を投じて設立された企業であれば、民間であっても税金による事業だが、それが1年たっても報告できる事業になっていないという。また、ANEWからは「時間がとれない」という理由で取材を断られた。 さらに産業革新機構にも取材依頼したところ、「記者クラブ加盟社のみの取材に応じます。加盟社以外の取材には答えられません」と断られた。その後、「個別の取材に対しては、個別に判断して対応する」と姿勢を軟化させたが、上記のグロザスやANEWを含めこうした一連の対応から、官民ファンドによる税金の使途はブラックボックス化し、チェックが難しいという実態がうかがえる。 官民ファンドの問題はここにある。政府や独立行政法人などであれば説明責任が求められるが、官民ファンドとなると説明責任の対象が国民ではなく政府となる。政府と官民ファンドが癒着した場合、透明性の確保が難しくなるのだ。極論すれば「民間会社だから答える義務はありません」と言い放てる自由が官民ファンドにはあるといえる。クールジャパンも、その方便として使われる可能性は否定できない。●乱立する類似事業に巨額予算 そもそもクールジャパンとは何か? 稲田朋美クールジャパン戦略担当大臣は、「各府省縦割りでやっていた政策に横串を入れて、オールジャパンで日本を再生する。クールジャパン戦略はそのための社会運動であり、経済政策や外交政策的な側面もあるものとして捉えています」と説明するが、この運動にいくらの予算がかかっているだろうか。平成24年度の補正予算ではクールジャパン関連予算として、843億円が計上された。内訳には経産省、総務省、国交省、法務省、外務省、農水省などの予算が入っている。 クールジャパン戦略とは、ひと言で言えば「ジャパンブランドによる外貨獲得戦略」だ。日本のいいものを海外に展開し、買ってもらう。日本の良さを海外に知ってもらい、観光客を誘致する。農水省であれば食料品の輸出になるし、経産省であれは産業の海外進出支援、総務省であれば電波事業、国交省(観光庁)であれば観光客誘致、法務省であれば入国審査、外務省であれば国際交流ということになる。財務省の模倣品・海賊版拡散防止拠出金、文科省の文化芸術の海外発信拠点形成事業などもあり、クールジャパンが各省の予算獲得の言い訳になっている。 例えば外務省が補正予算でクールジャパン関連予算として要求した「21世紀東アジア青少年大交流計画の拡充によるアジア大洋州地域及び北米地域との青少年交流」(150億円)と似たものが、「アジア大洋州地域及び北米地域との青少年交流(72億4800万円)」として復興予算に計上され、問題視された。 前者は「日本経済の再生に向けて、我が国に対する潜在的な関心を増進させ、訪日外国人の増加を図るとともに、クールジャパンを含めた我が国の強みや魅力等の日本ブランド、日本的な『価値』への国際理解を増進させる」となっている。一方、後者は「アジア大洋州地域及び北米地域との青少年交流事業を積極的に展開することにより、我が国の強みや魅力、すなわち日本ブランドを発信し、日本的な『価値』への国際的理解を増進する」とある。新しく有望な業界が出現したら、どの役所が縄張りに取り込むか?…日本の縦割り行政の仕組みからすれば、役所にとって死活的に重要なことなんだろう。ということで、その新しい業界に寄ってたかって、篭絡あるいは規制してダメにするのが、日本のお役所の習い性なんですね。獲得した予算を、補助金と新設した天下り組織で山分けにする日本的慣行では立ち行かないことがわかっているのに…まだやるか。劣化も極まってきているようです。<村上隆さんへのインタビュー>朝日新聞から村上隆さんへのインタビュー<世界でトップを取る>を紹介します。「クール・ジャパンは、うそ、流言です」と村上さんは言うが…そこまで言うか(笑)Q:2月のカタールでの個展に向け、東日本大震災後の日本をテーマに、全長100mの「五百羅漢図」を製作中だそうですね。(以下、文字数制限により省略、全文はフリーページ参照)政府や役人が絡んでくると、業界を育てるよりは、業界におんぶする傾向が強いけど・・・・美術界にいきる村上さんも、その傾向を強く批判しています。(省益、利権でうごく習性は絶ち難いようですね)それから未整備の著作権、美大の教育、学生の質、箱物美術館、アート市場等に対して、当り散らしのように批判しています。(概ね、お説ごもっともですね)
2013.10.02
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・里山資本主義・カッパ・ブックスの時代********************************************************************************里山資本主義より<お金に依存しないで水や食料を手に入れる:長薗安浩> 3年前にベストセラーとなった『デフレの正体』の著者、藻谷浩介と、NHK広島取材班がチームを組んで提唱する「里山資本主義」とは、〈お金の循環がすべてを決するという前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方〉である。 東日本大震災で私たちが思い知らされたのは、いくら手もとに金があっても、いざ自分たちを取りまく巨大なシステムが破綻すれば、食料も電気も届かない現実だった。生活の基盤を外から買ってきて暮らす日々の脆弱さに、私たちは強烈な不安をおぼえた。それは、金さえあれば何でも手に入り、金銭に換算しにくい自然や人間関係は後回しという社会の限界の明示であり、実はずいぶん前から多くの日本人が抱いていた不安を実感に変える出来事だった。 藻谷たちが唱える里山資本主義は、〈お金が乏しくなっても水と食料と燃料が手に入り続ける仕組み、いわば安心安全のネットワークを、あらかじめ用意しておこうという実践〉でもある。その事例として紹介されている岡山県真庭市などがとても示唆に富んでいるのは、そこが中国山地にある点だ。 日本が高度経済成長をとげるとともに衰退した林業。国土の66%を森林が占めながら、山林地域は間伐の予算にさえ苦労している。そんな山林をかかえる真庭市ではじまった変革に藻谷たちは学び、マイナスをプラスに変える里山資本主義の可能性を説く。森や人間関係といったお金では買えない資産に最新のテクノロジーを加えて活用すれば、マネー資本主義だけに頼らない、〈安心で安全で底堅い未来が出現する〉と。 負の遺産のような山林に囲まれた町からはじまった新しい資本主義の実践は、草の根ネットワークを通じて少しずつ広がっているらしい。50年後はこちらの方がメインになるのではと、私はかなり本気で期待している。 ◇『里山資本主義』藻谷浩介×日本放送協会著、角川書店、2013年刊 <「BOOK」データベース>より課題先進国を救うモデル。その最先端は“里山”にあった!!危機を超え未来を生む、すり潰されない生き方を提言!!<大使寸評>現在、読書中の本なんですが(積読中というべきか)、「里山資本主義」による実践は、脱原発、脱官僚支配の切り札にさえ、なりうるのではないか。ただいま、読書が滞っているので、これを機に再開をはかる予定です(汗)rakuten里山資本主義里山資本主義2byドングリカッパ・ブックスの時代より<熱い本作りの場、暗転の軌跡描く:内澤旬子(文筆家・イラストレーター) > 1970年代、小学生のときにはじめて手にした大人向けの本といえば、カッパ・ブックスだ。『頭の体操』『ウンコによる健康診断』など、居間に転がっていたのを夢中になって読んだ。子どもにも分かる文と構成で書かれていた。 この「大衆向け教養路線の新書」が作られた背景には、知識人向けブランドとして既に確固とした地位を築いていた岩波新書への対抗心があったのだという。 本書は敗戦の年に創業した光文社の軌跡を、54年に創刊したカッパ・ブックスを中心に据えて描くノンフィクション。 高度経済成長期、本そのものが、良く売れた時代のなかでも、カッパ・ブックスはダントツの売り上げを誇っていた。子どもだった私でも知っているベストセラータイトルが沢山ある。 前半はそんな黄金期。ベストセラー、ミリオンセラーと、それをたたき出した伝説の編集者たちが魅力的に描かれる。才能、個性、いやなにより絶対にいい本を作るという熱くて強い信念がみなぎり、熱血漫画を読むような心地よさだ。 けれども出版「社」というものは、本を作って売ればそれでよしというわけにはいかないようなのだ。後半の暗転ぶりが強烈だ。同じ業界にいる者として小耳に挟んでいた横領事件など噂の数々が、生々しい実名と数字入りで容赦なく書き進められる。 カッパ・ブックスを作ったカリスマ社長神吉晴夫への反動が、激しい労働争議となり、優秀な人材が流出し、さらに時代の変化とともに社内のドル箱は、カッパ・ブックスから「JJ」など女性ファッション誌へ移行。 ファッション誌出身の並河良が社長になり、凋落気味であったノンフィクションの部署に厳しい鉈(なた)を振るう。「週刊宝石」をつぶし、デザイン性の高い週刊誌や新書を創刊させる。週刊誌は失敗して20億の赤字となる一方、光文社新書は売り上げを伸ばし、カッパ・ブックス編集部は廃部となる。 著者は最後のカッパ・ブックス編集部員で、2010年の大規模リストラ敢行時に退社している。 一時代を築いたシリーズの寿命だったのだと思う。けれども著者からすれば、会社組織ならではのいざこざで、あれほど熱かった本作りの場がいつのまにか冷えきり、挽回の機会が必要以上に奪われてしまったという悔しさが、大いに滲む。リストラ後、光文社の経営は雑誌広告収入などにより好転したという。 会社が最後に守るべきものは何か。社名か、従業員か。「わからない」と並河元社長はつぶやく。社が作ってきた「本」という製品は、守るべき対象には入らないのか。聞いてみたくなった。 ◇『カッパ・ブックスの時代』新海均著、河出書房新社、2013年刊 <内容紹介>より 前代未聞のベストセラー10か条とは!? 戦後最大の出版プロデューサー神吉晴夫とその右腕たちの奮闘から見る新しい出版文化史。知の大衆化を進めたベストセラー編集部の全貌が明らかに! <読む前の大使寸評> 昨今では毎日、フォローしきれないほど新書が出版されるので、大使も「いっちょう新書でも書いてみるか」と勘違いをおこしたりするが・・・出版界は、それほど凄まじいサバイバル状態なんでしょう。出版社の営業ウラ話とか、新シリーズのコンセプトとか興味は尽きないが…内澤旬子の目にかなった本なので、面白い本かもね。rakutenカッパ・ブックスの時代***************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から(目録)バイオマスが気になるので、木質バイオマス発電の最新情報もあわせて、紹介します。9/13注目高まる木質バイオマス発電、相次ぐ企業参入の背景~安定供給、地方の雇用拡大期待もより 木質バイオマス発電とは、建設廃材などを燃料として発電する方式。これまでは採算などで難点があり、普及してこなかった。しかし、2012年7月に始まった再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度を機に、導入が相次いでいる。 ポイントは間伐材など未利用材が使えるようになったことだ。これまで森林の保全目的で伐採されていた間伐材は、運搬にも費用がかかることで、放置されるケースが多かった。固定価格買い取り制度では、燃料が未利用材の場合、1kWh当たり32円という価格が設定された。これで採算にメドが立ったという。ちなみに、リサイクル材は同13円、一般木材が同24円となっている。リサイクル材は建設の廃材などで、従来木質バイオマス発電を行うのは、廃棄物処理業者などに限定されていた経緯がある。 林野庁によると、年間に発生する未利用材は2000万立方メートルで、建設発生木材(廃材)約1000万立方メートルや残材約850万立方メートルに比べて多い。残材とは、製材工場などから出る端材などである。建設廃材や残材がほぼすべて再利用されているのに対し、未利用間伐材はほとんどが未利用のままだったのである。 未利用材が高めの価格設定となったことで、お金をかけて間伐材を発電所まで運んでも採算が合うようになってきている。日本では林業の衰退が深刻だが、雇用を生み出す効果もある。また、森林のある地域にとっては、雇用による住民の増加、消費拡大、税収の確保なども期待できる。発電業者としても、同じ再生可能エネルギーである太陽光や風力発電が天候に左右されるのに比べ、安定的な電力供給が可能になる。一石二鳥ならぬ、一石三鳥、四鳥の効果が期待できるのである。●さまざまな業界から参入相次ぐ 未利用材を使った木質バイオマス発電所で現在稼働しているのは福島県会津若松市の施設1 カ所のみだが、王子製紙が2015年にかけて3カ所の稼働を見込み、住友林業や中越パルプ、日本製紙なども15年には稼働する見通しにある。木を材料とするため、広大な森林を保有する紙パルプ業界が積極的。住友林業も森林経営で知られる。 このほか、今年8月には昭和シェル石油が、14年5月の着工、15年12月の稼働を目指して木質バイオマスを燃料とする火力発電所の建設を発表した。場所は神奈川県にある、同社の旧京浜製油所の工場跡地。発電量は一般家庭約8万3000世帯に相当する、約30万MWhの予定だ。 木質バイオマス発電を設計から施工まで一貫して行うのが、ボイラー大手のタクマ。また、環境ベンチャーのファーストエスコは早くから木質バイオマス発電に参入し、今後はコンサルティングも行っていく方針である。 課題は、木質バイオマス発電が一段と普及した場合の、未利用材など燃料の安定調達だ。水分を多く含んでいる未利用材は、燃焼効率を上げるために乾燥している廃材などと混合する必要があり、きめ細やかな調達が不可欠となる。調達できなければ、発電所の運営に直接支障が出る。また、樹木の種類で運搬費用にばらつきがあり、コストが増減する点にも注意が必要だ。
2013.10.01
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