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電脳秘宝館 ーマイコン展ー
少年たちが手作りをした、手元にあった未来
現代の秘宝「マイコン」にせまる「電脳秘宝館・マイコン展」を開催

第1章「萌芽 - ⾃作する時代のはじまり」(1975~78年)
第2章「爆発 - ホビーパソコン⽂化の誕⽣」(1979~83年)
第3章「洗練 - 8ビットの表現⼒が拓いた世界」(1983~86年)
第4章「境界 - 16ビット化と昭和の終焉」(1986~89年)

1970年代末、「マイコン」は日本の家庭に突如現れ、当時の少年たちの机の上に〈宇宙〉を広げました。
昭和の中頃に日本人が使い始めたコンピューターは、1台が1億円以上する巨大で複雑怪奇でデリケートな機械でしたが、1970年代に変化が起こります。箱や回路などの部品を自分たちで組み立てプログラムを組み上げる「マイコン」が家庭に入り込み、当時のマニアックな少年たちの発明や工夫を生みだしたのです。
BASIC言語で世界を作り、カセットテープで時間を保存し、キーボードを叩く音が未来へのパスワードでした。マイコンとは単なる電子機器ではなく、「自作」と「探求」と「遊び」の結晶――いわば“異界と交信する装置”であったのです。
本展では、「パソコン」の前に確かに存在した「マイコン」の時代を、荒俣宏監修のもと、マイコン博物館の協力を得て、遠藤諭氏の解説とともに紹介。昭和時代の少年たちが夢見た「未来」にタイムスリップします。





千葉大学生の頃、これと同じような機械でコンピューターの言語を習った。
紙テープのパンチャー・リーダーだったのですよね。
発売年が1963年。私が1962年生まれだから、
大学では20年も同じ機械?を使用してたのかな。
インベーダーゲーム体験ゾーン。
喫茶店のテーブルになったりしてましたよねw
やってみようかとも思ったけど、あまりやったことなくて、やっても下手だったから止めた。

ミュージックキーボード。シンセサイザーの走り?

MS-DOS 味の素の情報システム部の新入社員だった時、富士通からIBMに変わり、
使用しましたね。変わったばかりだったので、自分もよく分からないのに、
支店に出張して、入力などの指導員?で行ったりしてましたw

一太郎。小学校の臨時教員だった頃、
一太郎からWordに切り替わり、紙の書類を見て、Wordに入力し直したりしてましたねw
富士通オアシス。これからIBMに変わったのです。
夫は、練馬区役所勤務でしたが、これを使用してたそう。

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