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老子の教えで、小ざかしいことをするより、何もしない方がいいということらしいです。何もしないで、自然に任せろということでしょうか。子供の教育などでは、本当かもしれません。私が見るところ、子供は学校へ行くと、馬鹿になって行くように感じられます。
2006年03月31日
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というメールが届きました。このホームページのアクセス数のことです。この次は10万回になったら知らせてもらえるそうです。皆様ありがとうございました。ここまで続けられたのは読者の皆様のお陰です。さらに、お陰さまで、最近は、毎日、何か日記に書くクセが付きました。それにより、ゆっくりですが、私の研究と論文「私の問題解決の考え方」が少しずつ進んでいます。今後もどうぞよろしくお願いいたします。つづく
2006年03月31日
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新聞やテレビを見ていると、世の中には悪人が沢山いるような気になります。昨日、ナオ君の幸せそうな顔を見ながら、「いや、いい人の方がずっと多い!」と思いました。私が付き合ってきた人達のことを振り返ってみると、いい人がほとんどです。少しずるかったり、嘘をついたり、自分勝手な人も、私を含めて、ほんのちょっとはいましたが。
2006年03月31日
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2才の孫のナオ君と一緒にお風呂に入りました。この子とは初めてだと思いますが、自分から入りたいと言い出したのです。そして、入ったら、「温かいねえ。」と、本当に幸せそうに言いました。この子も「いい言葉」を言える子です。うれしい、楽しい、美味しい、ありがとう、気持ちいいね、など自然に言える子です。お風呂の中で、2人で数を数えたり、いろいろお話をしたりして、上機嫌で、先に出て行きました。
2006年03月30日
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でも寒い!娘と孫達が来ているので、一緒に狭山市内の公園へ行きました。普通の日なのに、かなり大勢の人達が来ていて、お弁当を広げていました。しかし、落ち着いて楽しむのには、ちょっと寒いので、私達は、散歩だけで、帰ってきました。今、平均して3分咲きぐらいでしょうか。とてもきれいでした。午後になったら、また風が強くなってしまいました。丁度いいときに散歩ができました。
2006年03月30日
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母の問題を考えていたら、確率・統計のことを思い出しました。何かが真実である、何かが起きると私達が認識する、受け入れる、考える、思う、信じる度合いが「確率」なのです。私達が生きている世界も、私達の頭の中で描いている「世界」なのです。確率の定義に、ベイズの定理というのがあります。これを言葉で言うと、次のようになります。 何かが起きるかどうかを考えるとき、それがどのくらい起こりやすいかという考えを普通持っているものです(予備知識と言ってもいいです)。なにも分からないということもあります。この確率を事前確率というのです。そして、その何かが起きるかどうかによって、この確率がどのように変わるかを表すのがこの定理なのです。つまり、その現象の起こりやすさに対する考え方が新しい証拠によって変わっていくことを示すものです。これは当然のことで、誰でもある程度自然に行っていることなのですが、世の中には、そういう風に受け取り方を変えられないことがしばしばあるのです。母の場合、何かをやらなければならないという考えが頭の中にしっかりと埋め込まれてしまっているのです。ですから、やると気持ちが悪くなるという現象(証拠)が起きても、やらなければいけないという意志(事前確率)はなかなか変えられないのです。
2006年03月30日
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「病は気から」と言います。母の場合、その通りのような気がします。心配と不安のあまり、めまいになったり、血圧が上がったりするらしいのです。病気に効かない小麦粉だって、お医者さんが病気に効くと言って飲ませると、効いてしまうことがあるのです。問題解決でも、私は、 体(頭)の要因と 心(気)の要因に分けましたが、実際には、両者を分けることはできないようです。
2006年03月29日
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今、聴きながら仕事をしています。とても気に入りました。リストとショパンの曲が入っています(7年前の演奏)。ときどき仕事を止めて、聴きほれてしまいました。
2006年03月29日
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これも問題解決なのです。ですから、いやがらないで、むしろ積極的に問題に立ち向かいましょう。そんなことを言っても、私はちょっと疲れています。私は東京(空気と雑踏)がきらいで、しかも、母の調子の悪いのが心の問題であると思われ、すっきりとした解決策が考えられなくて、もどかしい感じがしているからです。ただ、ありがたいのは、母のために、私が、対外的な問題を処理するとき、出会う人達がとても親切なことなのです。ケアマネジャーさん、看護師さん、お医者さん、銀行の応対者、アメリカ大使館の人、世田谷区のふれあいサービスの人,坊さんや坊さんの奥さんなど皆気持ち良く応対してくれます。母の問題に戻りましょう。人間は、子供のとき、何かを覚えるのが大変でも、大人になると、いろいろな問題の解決がかなり自動的に行えるようになるのです(クセみたいに)。自動的でなくても、自分で考えて、判断(ここまで頭)、行動(体)できるのです。しかし、年を取ると、今までできたことが次第にできなくなります。一つには、頭がボケて、何をやっていいか分からなくなることです。一方で、頭はボケてはいないけれど、体がついていけないこともあります。母は、どうも後者の場合に入るようで、今まで、1人で処理できたことができなくなり、さらに、それらを全部憶えていてできないので、非常な不安、混乱とストレスになってしまうのでしょう。さらに、今の季節は自律神経を不安定にするらしく、自分でもどうしていいか分からなくなり、めまいが起きたり、血圧が上がったりするようなのです。私は、なるべく母の不安になるようなことを取り除こうとするのですが、私より母の方が先に、よく気がつくのです。また、いろいろな細かいことをよく憶えているのです。家の中でやることも、やり方が決まっているのです。このように固定観念から離れられないというのも老化の一種です。ですから、私が手伝っても、気に入らないことだらけです。母が少しボケていれば、少しずつ私に頼るようになって、精神的な、心の問題はあまり起こらないでしょう。私もボケて行っているのですから、互いに、今ほど悩むことはないでしょう。この例でも分かるように、問題解決の要因は互いに密接な関係があって、切り離して考えるのは難しいのです。頭脳として考えること、体を動かして実行することと精神的な面が互いに協力し合って(邪魔をすることもあります)、問題が解決されていくのでしょう。これらの要因が互いに均衡した状態になっていれば、人間は安定な状態にいるのでしょうが、この均衡が崩れると(特に高齢者では)、変化に対応できなくなってしまうのでしょうか。
2006年03月29日
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小泉首相の会見のことで、ちょっと言いましたが、相手の立場に立って考えるというのはとても難しいことです。私は長い間会社にはいましたが、研究部門であったということと、私の研究の内容から、どちらかというと、人を相手にするより、物を相手にすることの方が多かったのです。ですから、実験や書き物をしているときなど、1日ほとんどしゃべらないというときもありました。こういうとき、突然、誰かが相談にも来ると、舌が回らなかったり、自分が言いたいことをうまく表現できなかったりするのでした。こういうときに限って、助言を求められると、いや、求められなくても、相手の気持ち(苦しみなど)を無視したような、きついことを言ってしまうのでした。
2006年03月29日
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ダシに漬けておいたマグロ、アヴォカド(これは漬けない)に、私の特製の山わさび(秋田の)漬けをたっぷり乗せました。白髪ネギをちょっと添えました。ご飯は、宮城のお米、多分ヒトメボレ、の炊き立てのものでした。本当に美味しかったです。食べ過ぎてしまいそうになりました。んめえ!今(春)しかない味と香りだと思います。山ワサビの香りと辛さが本当に良かったです。(山わさびの花も、葉も、茎も、根も入っています。)
2006年03月28日
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これが今日の結論です。今日は、私の母のことで、母を交えて、ケマネジャーさんと看護師さんと会って、いろいろ話しました。その結果、区のふれあいサービスというのを利用して、1週間にもう1回(今2回)母の様子を見てくれる人を増やしたら、ということになりました。そのとき、看護師さんがいいことを言いました。「人間って、年とともに、少しずつボケていく方がいいのよね。」これは、私もそう思っていたことです。私の母は、年の割にはボケていず、いろいろことをよく気がつきすぎて、不安になったり、頭が混乱してしまったりするのです。そして、自分の体力ではできないようなことまで、やらなければいけないと思ってしまうのです。その結果、お医者さんや看護師さんの世話になったり、私が行ったりすることになるのです。もう少しだらしなくなって、小さいことを気にしなくなれば、多分おかしくならないのです。今日だって、私が母のところに着いたら、着物を着替えて、きちっとした格好で待っていたのです。私はびっくりして、「寝ていた方がいいよ。」と言ってしまいました。しかし、母は起きていないとちゃんと話ができないと言って聞かないのです。結局、寝ないで話をしたのですが、2人が帰った後、かなり疲れてしまったようでした。疲れたとは言いながら、昼食は、ゆっくりと、かなりよく食べ、それからやっと寝ました。さっき電話したら、案の定、疲れが出たようなので、早く薬を飲んで安静にするように言いました。そうするとは言っていましたが、そうしないで、母がいつもやってきたこと(日課)をやっているかもしれません。私の言うことはなかなか聞かないのです。
2006年03月28日
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昨日、小泉首相の記者会見を見て、聞きました。靖国参拝について、自分の考えをはっきりと言っていました。自分の心で、国のために亡くなった人々を敬う気持ちで参拝するのだと。そして、なぜ、これが理解してもらえないかとも言っていました。でも、戦争は自分の国だけでやるものではないのです。片方が勝つということは、もう一方は負けるということです。片方が自分の国のために相手の国民を殺すということは、相手から見れば、攻め込まれて、殺されることです。相手の国民の心のことも考えて、あのようなことを言ったのでしょうか。相手に対する思いやりです。私の叔父2人も中国で亡くなっています。だからと言って、靖国神社へ行ったことはありません。お墓参りだけです。靖国神社は明治になって作ったものだと思います。軍国主義の象徴のように感じられます。日本古来の神社ではありません。私は、神社へ行くなら、平安時代からあるといわれている、近所の梅宮神社へ行きます。
2006年03月28日
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第3章「問題解決と確率・統計」人生は問題解決世の中は分からないことだらけ・・・・・しかし、恐れることはない!確率は「分からなさの度合い」とも言える確率は主観的いろいろな可能性を抜けがないように考える何がどのくらい分からないか?(目標とやるべきこと)分からないことの重要性の順位付け新しい証拠により確率は常に変化する原因⇔結果(両方向の推定可能)経験、予備知識の重要性確率は条件付確率の定義を正確に鵜呑みは駄目自分で考えて、判断正直につづく
2006年03月27日
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「私の問題解決の考え方」をまとめるとき、まず(第4章まで)、「物を見る」という立場で説明するつもりでした。問題解決の要因としては、研究なら、材料そのものとか、製品を作る技術とか、できた製品の性能などを主として考えようと思いました。問題の技術的、論理的、科学的、実験(実践)的、客観的な面(体(頭)の要因)です。第2章では、自分の経験から得た「基本的な考え方」について、第3章では、その理論付けとも言える「確率・統計」について、そして、第4章で、私の経験の具体例を説明しようと思っていました。しかし、体(頭)の要因だけでは駄目で、人間の精神的、心理的、主観的、感情的、情緒的、直感的などの面も無視できないのです。この点については、第5章以降で書こうと思っていました。正直なところ、書き始めた段階では、どう書いていいか分からないので、後回しにしてしまったのです。第2章までは、表面的には、技術的なことで一応まとめたのですが、「心の要因」の重要性を無視できないと感じ、若干それに触れたのでした。第3章を書きながら、この感はますます強くなりました。というのは、確率の定義「何かが真実であると、何かが起きるということを認められる、受け入れられる、考えられる、信じられる度合い」には、上記の人間的要素(精神的、心理的、主観的、感情的、情緒的、直感的などの面)が入ってきてしまうからです。しかし、それをどのように言葉や数で表すかということになると難しいのです。しかし、確率の定義に当たっての、私の考え方について、第3章で示したいと考えています。確率・統計は、数学の一部で、客観性のあるべきものとされてきました。しかし、確率の意味を考えると、主観的な要素が含まれてしまいます。次のようなことが影響を持つと考えます。(例えば、問題解決の成功の確率を考えるとき)価値観、やる気、集中力、根気、元気、勇気、気合、根性、継続力、楽しさ、うれしさ、面白さ、感性、感情、感動、前向き、楽観的、自信、信念、執念、気力、精神力、度胸、行動力、着手力(まずやってみれ)、好奇心、熱中度、夢中度、開き直りなど。成功の確率を考えるとき 「可能性」の種類と筋道 それぞれの可能性の重要性(大小) 各可能性と最終目標の到達すべき状態の把握 それぞれの状態(現状)の判定(良悪の) 解決の予想(どこまでできるか) 目標達成の判定等を考えなければなりません。そして、考えるのは人間なのです。上の述べたような人間的要素が含まれるのは避けられません。
2006年03月27日
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夕べ、テレビでワサビが体に良いということをやっていたそうです。私もそう思います。特に、新鮮な山ワサビを食べた後の気持ち良さは違います。今朝も、実は、卵かけご飯に、自分で作った山わさび(秋田の)漬けを混ぜたものでした。また、山ワサビの香りと味にうっとりしてしまったのでした。食後は、カスピ海ヨーグルト(煮たリンゴ入り)とミルク紅茶でした。私はすっかり気分が良くなり、仕事中です。でも、私の好きな山菜をいろいろ思い出してしまいます。サシボ、バッケ、ウルイ、ワラビ、ミズ、アイコ、シドケ、ヒロッコ、コシアブラ、ゴンギョウ、コゴミ、シオデ、タラ、山ニンジン、ノカンゾウ、アマウリ、・・・・・・・今だったら、どんどん思い出しました。ちっとも言えないときもあるのですが。
2006年03月27日
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いつ完成するか分からない、私の論文「私の問題解決の考え方」の第3章「問題解決と確率・統計」のことです。これまでの日記に、言いたいと思うことは、ほぼ全部書いてきているはずです。今、その後半をまとめています。それから、章のまとめを書きます。私はここで何を言いたいのか?何を言わねばならないのか?これまで、書いてきたことや、いただいた皆様のご意見から何を学んできたのか?などのことを考えています。
2006年03月27日
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世の中の多くの問題には、物に関する(物質的な)要因より、心の(人間的な)要因の方が多いかもしれません。つづく
2006年03月26日
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私には分かりません。私が読む多くの本には「できる」と書いてありますが。私には「自信がある」ということは稀です。でも、全く駄目だと思ったこともありません。できるかもしれないぐらいでしょうか。難しい問題を解決しなければならないときの私の心の中はどのようになっているのでしょうか。必死にはなっています。つづく
2006年03月26日
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先週は気分が良くなかったのです。今日は丸1日家にいて、昼に、また骨付き鳥カレーを作りました。今回もかなりうまくできて、それを食べたら、気分が結構良くなってしまいました。食物って不思議ですね。沈んでいた心を明るくしてくれるのです。ああ、そう言えば、母にはまだ希望があります。まだ食べることに興味があるのです。そして、かなり食べられるのです。つづく
2006年03月26日
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先週は心配しながらの東京への往復でちょっと疲れました。天気もあまり良くなく、腰も少し痛いです。でも、母が私に気持ち悪いと電話してくるときは、相当気持ちが悪いのです。ですから、私は、できる限り、行きます。お医者さん、ヘルパーさん、ケアマネジャーさんや看護師といろいろ話して、母の最もうまく行くように仕向けようとしています。母は、私の言うことより、こういう人達の言うことの方を良く聞くのです。しかし、一番の問題は、母の性格のような気がします。どうしていいか分からない心配事がかさなってくると、頭の中が混乱して、気持ちが悪くなるようです。私はなにしろこうしろとなるべく言いたくないのですが、最近は、また、つい言ってしまうことが多くなりました。つまらない心配は回りの人にさせろ、自分の頭のフラフラを治すことだけ(安静にする)を考えろというのですが、駄目です。母は先へ先へと、いろいろな心配、やるべきことを考えてしまい、やることを一つ一つ片付けて行きたいと言い張るのです。しかし、まだ諦めていません。手を変え、品を変えて、いろいろなやり方を試していくつもりです。様子を見ながらです。一方、今の仕事にもかなり打ち込んでいて、こちらもおろそかにしていません。母の問題も、問題解決の例の一つとぢて考えていますし、相談を受けている問題についても、問題解決一般のことも常に考えています。今回も、母のところへ行くときは、母についていろいろな可能性を考えながら行きます。母のところにいる間と帰りは、母以外のことについて勉強したり、考えたりしています。また、先週は、かなり参考になる本(昨日紹介しました)を2冊読みました。それで、反省していることが2つあります。一つは、感謝の気持ちが足りないこと。もう一つは、人(心)より、まず、物の方を見てしまうことです。つづく
2006年03月26日
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今回の母のことで考えてしまいました。体の調子が悪いときには放っておけばいいようなことをいろいろ心配して、気持ちが悪く(死ぬと思うほど?)なっているようなのです。体は弱っているのに、頭では、何かをやらなくてはならないという気持ちが強いのです。しかし、できないのです。長年やってきたことがクセになってしまって止められないのです、やらなければならないと思い込んでいるのです。仕方ないことは考えないことです。心配していることの80%はどうでもいいことなのだそうです。そんなことを言う私も、かなり心配してしまうのです。母から気持ちが悪いという電話がかかってくると、急いで母のところへ行くのですが、行く途中、私が着くまで大丈夫だろうかとか、入院になったらどうしようとか、なんだかんだと考えてしまうのです。結局、思ったほど、悪くはなかったようなのですが、先週はちょっと疲れました。つづく
2006年03月26日
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「正心」(せいしん)とは、心の正しい使い方だそうです。やるべきことは、1.物事は全て「前向き」に2.感謝の心3.愚痴は駄目の三つです。私も賛成で、守りたいですが、2番が難しそうです。さらに、「調息法」という呼吸の仕方があります。これを行いながら念じると、いろいろなことが実現するそうです。下腹部(丹田)を意識した呼吸法で、効果があるかもしれません。私も最近似たようなものを始めていました。詳細は、塩谷信男、藤原肇:「想念力の驚異」、東明社、(1996)。にあります。
2006年03月25日
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ついに、秋田の生山ワサビも、バッケ(フキノトウ)も全部食べてしまいました。何回お刺身を楽しめたのでしょう。バッケもいろいろな形で楽しみました。ああ、まだ、山わさび漬けはいくらか残っています(辛味も香りも十分ありますよ。)。今日は、山形のアマネギ?(短いネギ)を刻み麹なんばんマヨネーズで。これがまたうまい!川越の芥子菜も負けていません。いろいろな場所の春を楽しんでいます。岡山のカキもあった!埼玉のノカンゾウも、野蒜も!皆、我が家で工夫して食べました。どれも外ではなかなかない味でした。んめえ! まいう! やべー!
2006年03月25日
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「かわいい赤ちゃんはは、天真爛漫で、何事にも興味を寄せ、直ぐに手を出してくる。もともとは、あのように明るくて積極的な特質を持っているのだなと痛感させられる。ところが、大人に近づくに従って、生来の積極性が失われていくのが、私達普通の人間の成長の姿である。」(要約)と田中真澄:「積極的に生きる」、PHP文庫、(1995)。に書いてあります。その通りだと思います。
2006年03月25日
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昨日、昼頃、母から、気持ちが悪いと電話がかかってきたのです。看護婦さんにも電話したけれど、来てくれないというのです。そして、お医者さんに電話して、指示通り今寝ていると言うのです。びっくりした私は、仕事を皆放り出して、母のところへ行きました。ところが、着いたら、母は座って、ヘルパーさんに、かなりてきぱきと、仕事の指示をしているではありませんか。私はあきれて、大声で、なんで寝てないんだ、と怒鳴ってしまいました。さらに、指示が終わったら、昼に相談したお医者さんに電話をしておいてくれ、と私に言うのです。私は、また、かっと来て、まだあなたの状態も分からないのに、どうして電話しなければならないのか、と言って電話しませんでした。その後、私が持って行ったサンドイッチを食べてから、やっと横になったのでした。その後も、来ていた通知について先方に質問の電話などしていると、必要な書類を捜しに行ったり(私が頼まないのに)して、思ったほど調子が悪くないようなのでした。それから、私は机で自分の仕事を少ししたところで、ヘルパーさんの仕事が終わりました。帰りがけに、薬のことなどについて、母はヘルパーさんと結構いろいろ話をしたのでした。母が、これでは大丈夫らしいなと判断した私は、お医者さんに電話をして状況を話すと、お医者さんも、脳溢血とか、そういう心配より、不安から来るものではないかと言われて、薬に、不安を和らげるものを多くするようにしたとのことでした。念のため、一晩泊まって、さっき家に帰ってきました。
2006年03月25日
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夜中に再認識しました。ここのところ、母のことを心配して、こうすべきだとか、非難がましいことを書いてしまいました。しかし、母が私のことをいろいろ心配してくれた度合いとは比べ物にならないと思いました。小学校の頃、私は、体も弱いし、登校拒否のような状態にもなっており、母を相当悩ませました。引越しも多く、行った学校の数は6つにもなりました。病気やズルで休みが多い私を責めたりせず、病院に連れて行ったりして、苦労が多かったと思います。学校へ行くのがいやだと私が言ったときに、行くことを強要されていたら、私はどうなっていたか分かりません。そういうことは一度もありませんでした。母に感謝していることは沢山ありますが、このことに私は一番感謝しています。
2006年03月24日
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母は、昨日に引き続き、今日も往診(これは定期的なもの)で、さらに、薬の検討の結果、若干内容を変えていただきました。さらに、来週の手術は延期ということになりました。その結果、母は安心したらしく、体調がいくらか良いようです。今回のめまいは、元はと言えば、母が、自分の体力でできる以上のことをやろうとしたからです。性格が几帳面すぎて、できないことまでやろうとしたり、心配しなくてもいいことまで心配してしまって、めまいになり、血圧が上がってしまうのだと思います(今までも)。また、年を取ると非常に頑固になってしまい、やることや考え方を変えられないのです。そして、他の人のやり方が自分のやり方と違うと、ひどく気になるようです。ヘルパーさんについても、いろいろ不満を私に(ヘルパーさんには言えないようです)言っています。さらに、他人には、ひどく気を遣うのです。お医者さんの往診のときでも、いろいろ準備したり、着替えたりしています。
2006年03月23日
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昨日は雨で気分が悪く、少し寒気がしていたのですが、お昼に、女房と一緒に、私の好きなうどん屋さんへ行ったら、ちょっと持ち直しました。手打ちうどんのかけ、温泉卵とかき揚げで体が温かくなりました。
2006年03月23日
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秋田経由の青森のものです。これがまた熱いご飯とよく合うのです!
2006年03月23日
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これは、アメリカの昔の流行歌の題だと思います。これを日本語にした?ものが日本のある小説の題になっています。「あなたにここにいて欲しい」です。日本語力の弱い私が言うのはおこがましいのですが、もう少し他の言い方があるのではないかと思いました。英語では、あなたがここに来ることはもうないのに、あるいは、いるなんていうことは不可能なのに、ここにいてくれたらなあ(願いが叶わないのは確か)、というような意味になると思います(最初のI(私)が省略されています)。そこまで考えたところで、私が日本語の文法をよく知らないし、文法にあまり気を遣っていないことに気づきました。論文を書くとき、日本語の勉強がもっと必要です。
2006年03月22日
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今日は、図書館で、珍しく、確率・統計のまとめに熱中していました。しかし、これは続けられない運命にあったのでした。女房から電話で、母が気持ちが悪いと言っているということです。お医者さんも来てくれると言うので、私は、急遽、東京へ。母のところへ2時間後に着いたら、もうお医者さんは帰られたとのことで、結局、診察では、特におかしいところは見つからないということでした。この前の診察のとき、この先生には事情を私が説明しておいたので、今回は、新しい薬を出して下さいました。これでよい方へ向かえばいいのですが。母は、めまいでとても不安になり、どうしていいか分からなくなって、お医者さんと私のところへ電話したのでした。往診で気が楽になったのか、思ったよりは元気になっていました。
2006年03月22日
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今、テレビ東京の「いい旅夢気分」という番組で、日本の春を見せています。いろいろ美味しいものが沢山出ています。贅沢なものも多いです。でも、我が家でこの間から食べている、秋田のバッケ(フキノトウ)、山ワサビや白菜などが一番だと思います。本当に堪能しています。夕べも、中トロを山ワサビで食べました。春巻きの上にも山ワサビ、ご飯の上には山ワサビ漬けでした。うっとり!
2006年03月22日
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この頃、日本語の文を書こうとしていて、つくづくそう思います。「 私の問題解決の考え方(4)」への追加のため、日記を読んでいたら、「摘発」と書くべきところに「挑発」と書いていました。「挑発」ではないというのを私は知っているはずなのに、どうしてこうなるのでしょうか。簡単に言えば、語彙(ごい)が少ない(貧弱だ)ということでしょうか。文法だって負けていません。考えてみたら、現代日本語の文法を勉強した覚えが全くないのです。
2006年03月22日
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大したもんだ!野球で日本が世界一になりました。もう駄目だと思っても、諦めてはいけないということを示す良い例です。私は、野球にあまり興味がなかったので、どうでもいいことだと思っていました。でも、日本優勝の確率について、ちょっと考えてみました。最初、なんとなく、技術のあるプロの選手でも、にわか作りのチームでの優勝は難しいと思いました。(確率で、0.4くらい?)さらに、韓国に2回も、そして、アメリカにも負けたときは、確率で0.01ぐらいだと思いました(まだゼロだとは思いませんでした)。そうしたら、アメリカがメキシコに負けてしまったのです!これは意外でしたが、これも自然の流れなのです。日本が制御できないことですが、こういうことがあるのです。このことで、私の確率は、急に0.5になってしまいました。まだ、韓国とキューバに勝たなければならないので、大変なのですが、韓国に2回負けているということと、アメリカの審判にズルをされていることで、確率が高くなったのです。ただ、キューバは本当に強そうなので、勝つのは相当難しいと思いました。決勝戦で、9回に追加点を入れたときに、やっと勝てるかな(確率0.9)と思いました。そして、最後のアウトを取ったときに、確率は1になったのでした。このように、確率は、状況によってどんどん変わっていくのです。以上の確率は、私が直感的に感じた、相当主観的なものです。ですから、野球に詳しい人達のものとは違うと思います。でも、大事なことは、新しい証拠が出たら、確率は変わるということです。お役所など、一度計画を立てると、新しい事態が発生しても、それを無視してしまうのです。そして、要らない道路やダムや施設などができしまうのです。また、最初の計画だって、いい加減なものが多いと思います。本当に国民のことを思って、いろいろな可能性を考え、将来の予測をしているのでしょうか。そのときの思いつきだけで、体裁だけの計画では、税金の無駄遣いになるだけです。
2006年03月22日
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まだ第3章の完成ではありませんが、文を追加しました。本章では、問題解決に関連した、確率・統計の基本的な考え方を説明するとともに、第2章の基本的な考え方についての、確率・統計からの説明もしています。
2006年03月21日
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やっと、ぴったりの味にできました!バッケ(フキノトウ)のみじん切りを、マヨネーズと刻み麹なんばんとで和えて、チーズを乗せて焼きました。ピメント・オリーブを添えて食べました。飲み物は、温かいウーロン茶でした。とても結構な昼食でした。
2006年03月21日
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これは、今日の東京新聞に投書した人(丸山さん)の娘さんの言葉です。朝食後、大声でこれを言ってから出勤だそうです。丸山さんの奥さんの幼稚園で先生として働いているのだそうです。すばらしい!
2006年03月21日
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この間も紹介した、あの卵かけご飯と山ワサビ漬け、そして、刺身を山ワサビで食べました。女房と一緒に、「この味、この味。」と言い合ったのでした。美味しいもので思い出したのですが、昨日、母のところへ行ったとき、途中、新宿で、美味しい桜餅とおはぎを少し持っていきました。母は大喜びで、夜までに全部食べてしまったそうです。気持ちが悪くはなるのですが、まだ、食べるものは結構美味しいと言っています。
2006年03月21日
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昨日様子を見に行ったばかりなのですが、夕べ、フラフラし、顔がほてって、血圧が220になったとのことです。看護師さんに連絡をとり、薬を飲んで、今は一応落ち着いているようですが、ちょっと心配です。直ぐに行こうかと一瞬思ったのですが、これから、聞きたいラジオの番組があるなど言っているので、それほど緊急ではないかと思い、様子を見ることにしました。気持ちが悪くなった原因の一つは、昨日、私が、私の家に来ないかとか、いろいろなことを言ったからかもしれません。私の家は全館暖房ではなく、母が今いるところから比べると、大変な違いなのです。母は田舎で生まれたのに、今は、冬でも寒くないマンションで、住み慣れた東京にいたいのです。私のところへ来ると、自分が慣れた病院からも遠くなってしまうのです。
2006年03月21日
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これまで、問題解決について考えてきましたが、第2章の「基本的な考え方」でも、第3章の「問題解決と確率・統計」においても、どちらでも、表面上は技術的、論理的な見方(体(頭)の要因と私が呼んでいる)からまとめたものです。しかし、実際には、心(気)の要因もとても大事なのです。つまり、人間の精神的、心理的、感情的な面です。
2006年03月20日
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あまりよく気がつくのも考えものです。私の母は87才ですが、頭は相当しっかりしています。しかし、普段と違う事態に出会ったりすると、いろいろなことを心配しすぎてしまって、頭がフラフラになり、混乱して、手足の力も落ち、不安な気持ちで一杯になってしまうのです。こういうとき、しばしば血圧も高くなります。もう少し、物事を忘れてくれ、心配しないでいてくれたら、こういうことにはならないと思うのです。性格が几帳面なので、小さいことまで、心配せずにいられないのです。しかし、やるべきことは思いついても、体や頭がそれらを実行できないのです。そして、このようなことが重なると、自信がなくなってしまうようで、今は鬱状態です。もう先が長くないなど言っています。しかし、健康診断では、体としては、年の割りに健康であると判定されたし、めまいは高齢者によくあり、命に別条はないということで、お医者さんがまだあまり真剣に取り上げてくれないのです。薬を飲んで横になっていると納まってくるのですが、私は、転んで入院などということになるのが心配なのです。高齢者のめまいには精神状態が絡んでいることがかなり多いらしく、母の場合も、あまりきちんとした性格が禍になっているのです。そうかと言って、もっとだらしなくなれと言っても、言うことを聞いてくれないのです。相当頑固なのです。ということで、今は、こうしたらどうだろうと言うだけで、後は見守っているだけです。話は変わりますが、研究でも同じようなことがあります。少しボケたというか、少し大ざっぱな方がいいのです。あまり細かいことに注意してしまうと、大事なことが分からなくなってしまうのです。但し、どれが大事かという見極めと、大事でないものを切り捨てる勇気が必要ですが。
2006年03月20日
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「心(気)の要因」です。今、私は、問題解決に関連し、このことについて、いろいろと考えています。この要因が大事であることは、野球でも同じのようです。日本が負けた原因についても、勝った原因についても、皆、闘争心、執念、精神、開き直り、とかいろいろな人に言われています。
2006年03月20日
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良い言葉が言えます。ありがとう、うれしい、よかった、美味しい、きれい、面白い、楽しい、気持ちが良い、やった!などです。なんでも楽しめます。よく食べます。また、「チョウシヨシコちゃん!」と呼ぶと「はい!」と答えます。とても前向きです。レッツゴー!土手へ行こう!など。
2006年03月19日
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綾戸智絵さんが「オーラの泉ー三輪明宏、江原啓之」とかいう番組に出演していたのを見ました。この2人の人達は、人の過去や未来が見えるらしいです。綾戸智絵さんは、彼女の渡米、音楽、結婚、息子さん、苦労、子育て、息子さんとの関係などをどのように受け止めたらいいのかについて、そして、これからは、息子さんにすまないと遠慮するのではなく、素直に、息子さんとの生活を楽しめばいいのだと言われていました。彼女の明るい応対がとても気持ち良く、私も一緒に、うれしくなりました。
2006年03月19日
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山わさび漬け、バッケ味噌マヨネーズ(バッケ大量、味噌ちょっとの)と、秋田の「白菜」を生で柚子ポン酢和え(サラダ)でした。他に、バッケの天ぷらもありました。それから、岡山のカキのバター焼きにバッケ味噌マヨネーズを乗せたら、この世にはない味になりました!びっくりと感動でした!娘が、運良く、アーちゃん(3才)を連れて来ていて、大喜びでした。娘は全部に感激。アーちゃんは白菜をお代わりして食べていました(味が分かる)。バッケ味噌マヨネーズはそのままでも美味しいし、ご飯に乗せても美味しいです。
2006年03月19日
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ここのところ、毎日、問題解決と確率・統計のことを考えています。電車の中でも、夜中でも、このことについて考えているようです。
2006年03月18日
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「酒のつまみレシピ集」さんからいただいたトラックバックにありました。ありがとうございました。やはり、体に良いのでしょう。また、三宅島でも、生のフキのフキ味噌を食べるとのことです。私も、ここのところ、バッケ(フキノトウ)や山ワサビを沢山食べて、調子が良くなってきました。
2006年03月18日
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夕べは、岡山の、殻付きの生ガキをいただいてしまいました。生で食べられるとのことでしたが、用心して(最近生ガキは相当心配らしいのです)、女房と一つずつだけ生でいただきました。美味しい!残りは、直ちに殻から出して、バター焼きにしました。これが最高の味でした。私達はどうしてこんなに運がいいのでしょうか?ここのところ、毎日、美味しいものを食べています。
2006年03月18日
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防衛施設庁は普天間飛行場の地質調査費の契約は8億円余りだったのに、約28億円になっているそうです。施設庁の幹部は払わないと言っているそうですが・・・・・・・一方、北海道で、牛乳1000トンが捨てられてしまうそうです。需要が今少ないのだそうです。世界には、飢えている人達が沢山いるのに。
2006年03月17日
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