全98件 (98件中 1-50件目)
私は、論文を書くとき、それが一つのお話になるように心がけています。フランスの哲学の本のような、解説しているもの(科学関係の解説でも)では、内容が、とかく、いろいろな考えや結果の羅列になりがちです。私は、論文を書くからには、解説であっても、用いる研究結果を、自分の考えや意見をまとめる(言わば、一つのお話にまとめる)ために使いたいです。今回の論文も、非常に長いですが、一つのお話になる予定です。
2006年02月28日
コメント(0)
昨日も今日も真冬の気温です。ここは埼玉。今日は家で仕事です。3日前はかなり温かく、春を感じていたのに。三寒四温の寒なのでしょう。でも、春は確実に近づいています。今朝は、窓の外(と言ってもお隣の庭ですが)には、小鳥が沢山来ていました。今日は、鶯、シジュウカラ、コゲラ、ジョウビタキ(これは2日前でした)、・・・・・・・。ムクドリが来て、その後、全部いなくなってしまいました。もう、桜も、ユスラ梅も、つぼみが膨らんでいます。蓬も、野蒜も出始めています。春が近づいているのは疑いありません。しかし、天気は、その日その日でかなり変わります。どちらも自然の流れです。人間の世界にも、このように、自然の流れというのがあると思います。また。三寒四温のような変動もあると思います。これから、どうなっていくかは、人間には分からないことが多いのです。この分からなさについて知ろうとするのが、確率・統計なのです。と言うか、分からなさについて、理解しようとするのを助けてくれるのです。
2006年02月28日
コメント(0)
論文のことです。話の全体の流れは一応決めてあるのです。しかし、各部分(章)についてはまだです。特に、第3章「問題解決と確率・統計」は、説明が一番難しいところです。私の体験から考えると、相当よく考えて、いろいろな問題に応用してみないと、「確率」の考え方を理解するのは難しいのです。教科書のような説明では、なかなか理解できません。なるべく、例を沢山使い、話題をいろいろ変えて、いろいろな角度から、少しくどいくらい説明する必要があると思います。短い話題に区切って、少しずつ説明するのもいいかもしれません。問答形式、日記形式など、いろいろ工夫し、どこか一ヶ所でも、興味や疑問を持って、確率について自分で考えようという気持ちになっていただきたいです。自分で考えてもらうことが大事だと思います。たださっと読んで、大体分かったと思い込まれるのでは駄目です。ここが分からないとか、ここの説明がおかしいとか、指摘していただきたいです。そして、私がそれに答えるような形式が理想的です。
2006年02月28日
コメント(0)
今朝の東京新聞朝刊で、松本道弘氏が今回のメール真偽問題について、国会討論のとき、まず「哲学を持て」と言っていました。たまたま、昨日、訳の分からない哲学の本を読んでいたので、どういう意味かと、改めて、考えてみました。結局、日常、自分が生きていくとき、いろいろな問題にぶつかったときの「考え方」(対象は違っても考え方は同じ)とでも言えるのかな、と考えました。でも、今回の民主党の永田議員や前原代表の言動を見ると、「哲学」(私が思う)以前の問題のような気がします。「哲学」も人によって違うので、彼等の哲学に沿った行動なのでしょうか。でも、嘘をついたのです。初めは、ちょっとした(いや、本人たちは自民党をやっつけるために有力な情報だと思い込んでしまって?)ハッタリだけだったのに、反撃されたら、確証があると言い張ってしまったのです。あの言い方では、はっきりした証拠があるのかと思いました。国会では、2人とも、言葉だけでは、鋭く、上手に追及していました。しかし、話し方がうまいだけでは駄目なのです。証拠がないのです。彼らは、2人とも、おっちょこちょいで、嘘つき(始終かどうかは分かりませんが)です。今日、午後と夕方に、2人は、別々に、記者会見しました。二人ともちゃんと謝罪しませんでした。永田議員は自分から武部幹事長の息子さんに謝罪しませんでした。まだ、証明はできないけれど、メールの内容が正しいのではないかというようなことを言っていました。前原代表は、もっとひどく、1回永田議員とテレビ出演のとき、ちょっと話を聞いただけで、確証があると言っていたのです。自分が嘘をついたことについてのお詫びはありませんでした。哲学にも、いろいろな哲学があるようです。それなら、私も、私の論文の題を 「私の問題解決の哲学」にしてみようか、とちょっと思ってしまいました。
2006年02月28日
コメント(0)
アンコウの肝です。蒸したものをポン酢(柚子)と山葵のダシにつけて食べました。んめえ!この間のうどん(捏ねたものの残りの半分)にもう1回挑戦しました。ゆで時間を少し長くしましたが、やはり粉の臭いがほんのちょっとしていました。でも、夕べは、天ぷらと一緒に食べ、美味しかったです。つづく
2006年02月28日
コメント(0)
「まんずやっでみれ!んでねば、やるぎもでできこねえ!」だと思います。どんなに難しい、不可能だと思うようなことでも、やり始めてみましょう。いろいろ試し、苦労しているうちに、できるかもしれないと思うようになってくるのです。始めなければ、なにもできません。つづく
2006年02月27日
コメント(0)
「しました」というより「よく分かりませんでした」というべきです。東京への往復の間、この本に目を通していました。クリスチャン・デカンという人が書いた本の日本語訳(訳廣瀬浩司)で、講談社現代新書の一つ(1995発行)です。よく読んだわけではありませんが、混沌とした印象しか残りませんでした。一ヶ所だけ、確率・統計に関係した記述に気づきました。「現代の科学や知は、その活動のただなかで、偶然・不確定性・非決定性・衝動・美的なものなどに遭遇している」とあります。私に言わせれば、まだ分かっていないことが多いということです。これは、科学以外、芸術でも、政治でも、愛でも、そうだと思います。これだけ何を言っているのか分からない本も珍しいです。作者の頭が良すぎるのか、翻訳の影響か、よく。分かりません
2006年02月27日
コメント(0)
仕事です。また、昨日、母に電話したら、前の晩に、家の中で転んでしまったというので、その様子も見てきます。そんなにひどくないと言うのですが、前回は手首を折って、長い間大変だったので、ちょっと心配です。(朝)ちょっと前に帰宅しました。(17時)母は、昨日明け方に起きたときに、よろけて転び、右手首を打って、膝もぶつけたらしいです。腕を回すと痛いと言っていますが、折れてはいないようです。ちょっと様子を見て、痛みがひどくなるなら、病院へ行こうと思います。
2006年02月27日
コメント(0)
いや、「論文をまとめる」のも「私の問題解決」の研究の一部であると言った方が正確でしょう。論文を書きながら、問題解決について、いろいろ考えているのです。そして、相談に乗るときに、考えた結果の応用もしています。このようなことで、論文は、初め思っていたより、範囲が著しく広がり、言いたいことも大きく変わっています。論文の題は、「私の問題解決の考え方」です。最初は、私が会社で経験した理工学的研究を振り返ってみると、対象は違っても、研究するに当たっての考え方には共通性があった、ということを書こうと思いました。ところが、論文を書き始めてみると、私が出会った、研究以外の問題でも、似たような考え方で対応していたことに気づきました。私が受ける相談でも、この考え方が使える場合も出てきました。ということで、今は、私の半生(以上)を反省して、自分がどのように問題解決を行ってきたかを整理、解析して、論文にまとめることにしました。そして、論文をまとめるのも、問題の一つですし、また、問題解決の研究でもあるのです。
2006年02月27日
コメント(0)
千葉の「五人娘」という純米酒を飲みました。おつまみは、フキ味噌(生のフキノトウを使った)とゴーダチーズでした。おちょこ2杯で、かなりいい気持ちになりました。んめえ!ここのところ、女房が料理に燃えています。新しい鍋セット(高価らしい)を買ったのです。今、マーボ豆腐に挑戦しています。どんな味になるのでしょうか。これも、んめえ!どれも高価なものではありません(安いかただ)が、幸せを感じさせる味でした。感謝、感謝!
2006年02月26日
コメント(0)
今朝、NHKテレビで、あるところでは、ミカンを栽培し、出荷するまでに、5回検査すると言っていました。そうするからこそ、いつも美味しいと言えるミカンを消費者に届けられるのだそうです。これはプロの仕事ですね。それに比べて、民主党はどうなっているのでしょうか。永田議員は病院なんかに入っている場合じゃない。前原代表もしゃんとせえ。
2006年02月26日
コメント(0)
なんと読むのか分かりませんが、ジュディー・オングさんが「大人の休日」3月号に書いていました。これは、「仕事の中に楽しみもある」ということです。全く同感です。世の中、楽で楽しいことばかりでも駄目だと思います。緊張感も欲しいですね。
2006年02月26日
コメント(0)
これは2才の孫のナオ君が私に言ったことです。その後、この「 」の中に、豚だの、ライオンだの、狼だの、いろいろな動物の名前を入れて、叫ぶのでした!この子は、何か言われると、すぐに、「じゃあ、・・・・・・・・・は?」というように聞いてくるのです。「・・・・・・」のところにいろいろな言葉が入ってくるのです。この子と付き合うのは結構大変ですが、このようなやり合いをしながら、「考える」とは、簡単に言えば、いろいろな可能性を思い付くことだと思ったのでした。これができ、可能性の中に正解が入っていれば、後は、それを選択できるかどうかです。そして、これを可能にするのが「チェック機能」だ!大変だ、など言いながら、私も、かなり楽しく、この子と一緒に、いろいろな可能性を考えていました。こういう、一見つまらない、簡単なことの積み重ねが問題解決につながっていくのではないでしょうか。新しい情報に接したとき、 「ああそうですか」などと言って、聞き流さないで、「ここが分かりません」、「なぜこんなことを言うのでしょうか」、「では、どうなんでしょう」、「ここはどういう意味でしょう」、「そうでなかったら、どうなるのでしょう」、「こうしたら、どうなるのでしょう」、など、いろいろ考えてみると、全く、関係ないと思ったところから、問題解決のヒントが得られたりするのです。確率・統計を使うのは、こういうことができる確率を高めるためです。「まんずやってみれ!」、「いろいろな可能性を考えよう。」これが問題解決への第1歩です。
2006年02月26日
コメント(0)
このうどんは、長女と孫達と一緒に食べました。とても喜んで、「美味しい、美味しい」と食べてくれました。確かに歯ごたえも良く、味もかなり良かったけれど、これは、ある意味では、失敗だったのです。実は、女房が小麦粉と水を混ぜて捏ねたのですが、相当柔らかかったのです。そして、用事があるとか言って、出かけてしまったのです。それを私が引き継いだのですが、粉を足しては、また捏ねる作業を何回も重ねて、やっと良さそうな固さにして、一晩寝かせておいたのです。ほぼ1日寝かせておいたので大丈夫だと思って、伸してうどんを作ったのですが、ゆでてみると、ほんの少し粉の味(生のような)が残っていたのです。煮込みうどんにすればいいかもしれません。しかし、分かりません。今回のようなやり方はなるべくしない方が良さそうです。
2006年02月26日
コメント(0)
かつて私は手打ち蕎麦ばかりを作っていました。しかし、最近はうどんがなんだか美味しく感じられるようになってしまいました。今日は、豚肉、しめじとネギ入りの温かい汁に麺をつけて食べました。
2006年02月25日
コメント(0)
「私の問題解決の考え方」第2章「問題解決の基本的な考え方」では、問題解決の要因を「頭の要因」と「心の要因」と分けていました。しかし、第3章の「問題解決と確率・統計」の内容を考えているうちに、上の分類では十分ではないと思いました。第2章では「考える」ということに頭が行っていたので、理性や理屈の面(頭の要因)と、やる気と元気のような、感性や感情の面(心(気)の要因)とに分けたのでした。問題解決の手順を考えているうちに、頭だけ使っても問題は解決しないことを思い出しました。当たり前なことですが。むしろ、体をまず動かす方が大事で、そうしながら頭を使うのが効果的だと思いました。ですから、問題解決の要因としては、体の要因と心の要因に分けて、「体の要因」の中に上記の「頭の要因」も含めることにしました。しかし、第2章に書いたことはそのままにしておきます。この論文では、私の考えが変わっていくのも、問題解決の過程ですので、これも、論文で示したいのです。これからも、私の考えが変わっていく可能性が十分あります。最後のところで、私の到達した結論を述べますが、まだ、研究中で、論文執筆中でもあるので、気が変わったり、自分の間違いを見つけたりすることがあるでしょう。読者の皆さんのご意見の影響も受けるでしょう。ご質問でも、ご意見でも大歓迎です。討論大好きです。つづく
2006年02月25日
コメント(0)
ここのところ、勉強家になってしまったのです。最近、教養のある人が友達になってくれようで、本を読むようになって来ました。そして、夕べ見たのが、「フランス現代哲学の最前線」という本でした。私は、哲学のことはちっとも分かりません。私が今やっていること(問題解決について考えている)は哲学の一部かもしれません。問題解決のことを勉強していると、哲学者とか、宗教学者の名前が出てきます。私もこの本をちょっと読んでみましょう。私は、いい加減に読むのがかなりうまいのです。飛ばし読みをし、参考になりそうなところだけをよく読むのです。
2006年02月25日
コメント(0)
これまで、問題解決の例に、会社での、製品開発の問題を使ってしまいました。でも、一般の方々のことを考えると、ちょっとまずかったかもしれません。しかし、これは、私が無理にそうしたのです。「私は主婦だし、そんなことと関係ないから分からない!」などと言っていただきたくないのです。分からないことに出会ったからと言って、最初から諦めないでください。分からないときは質問するのです。自分で考えてみるのです。自分の問題に当てはめてみるのです。今度の問題も、ちょっと考えてみると、主婦の問題とも考えられるのです。「材料」は食材です。肉、野菜、魚、調味料などです。「工程」は準備や調理です。そして、「製品」ができあがった料理です。「チェック機能」というのは、途中の大事なところの味見で、その結果でいろいろ味を調えることです。これがうまく行っていれば、美味しい料理ができるということになります。第2章「問題解決の基本的な考え方」でこのような例を示したと思いますが、「考え方」というのは、あらゆる種類の問題に応用できるのです。他の問題に出会ったときにも、この考え方を使うことができます。
2006年02月24日
コメント(0)
政治の世界ではおかしなことが平気でまかり通るのは知っていましたが、今回はあきれてしまいました。それも、私が、問題解決のための「証拠」のことを考えていたときでした。私が、何の証拠もなしに、私の評価法を使い続けていたら(証拠が大事! ・・・・・・・・「ベイズ・ネットワーク」による問題解決支援(6)」 参照)、いくら時間とお金があっても、この製品化は成功しなかったでしょう。これ(民主党のこと)も「自然の流れ」なのですね。信じられないようなことが起きることも沢山あるのですね。頭のいい人が馬鹿なことをする可能性も、馬鹿な人が頭のいいことをする可能性もあります。でも、これらの可能性は、人数が増えるとともに激減するはずなのです。私は、政治家は一般の人達より頭がいいのではないかと思っています。ですから、このようなことになる確率は小さいと思うのですが。民主党の他の人達はどうなっているのでしょうか。鳩山幹事長は証拠の重要性ぐらいよく知っていると思いますが。政治家にも、悪いことをする人も多いと思っていますが、悪者なら、このような馬鹿はしないような気がします。
2006年02月24日
コメント(0)
夕べはカレーでした。しかし、古いリンゴが1個あったのを軽い気持ちで入れてしまったのでした。そうしたら、馬鹿に甘ったるくなってしまいました。そこで、いつもはほとんど入れない塩(藻塩)をまず入れました。それから、カラムマサラ、肉桂(シナモン)とバジル(乾燥)を様子を見ながら加えてました。(先程、ここいらまで書いた日記がどこへやら消えてしまったので、一先ず、ここで登録しておきましょう。)そして、最後に、挽きたての黒胡椒を入れました。このカレーに、ピメント(パプリカ?)入りの、酸っぱいオリーブを添えて食べました。(ご飯は古代米入りの少し固く炊いたものでした。よくかむとますます美味しくなりました。)これがまた「んめえ!」で、女房と2人でお代わりをしてしまいました、と言いたいところなのですが、私は食べ過ぎはしないと去年秋に決めたので、汁と野菜だけを少し食べて終わりにしました。今回はちょっと苦労しましたが、結果はこれまでで最高かもしれません。大満足でした。このように、いろいろ工夫して(全く我流ですが)、できたものの味を楽しむのは、私の仕事(問題解決について考える)にも役に立っています。
2006年02月24日
コメント(0)
ここで検討した例で、初めの私のチェック機能(評価法)では、製品を作る工程をチェックすることはできませでした。これが分かったのは、製品の良否ははっきり判定できたこと(証拠)と、自分がやったことをまとめた記録(これが私の評価法の証拠)があったからです。これらの結果を、確率・統計の考え方を使って、分類、整理しました。その結果、「製品の良否」と「私の記録」の、2つの「証拠」から、私の評価法では不足、ということが明らかになったのです。「私の記録」の方は、チェック機能としては、いい加減で、駄目でした。(私がかなり適当に分類した結果なので、当てにならないのは、当然と言えば当然なのですが、会社などでは、このような「評価法」がチェック機能として採用され続けてしまうこともあるのです。そうすると、折角の「評価」も無駄骨で、工程の改良もなかなか進まないのです。)でも、ここで分かったのは、私の評価法が良くないということだけではありませんでした。ベイズ・ネットワークを使って考えることにより、材料より、製作工程の方に問題がありそうなことが分かったのです。これがとても大事なことで、これからは、まず、「不良」の中身を徹底的に解析しました。そして、もっとも問題の大きい工程KXを見つけることができたのです。さらに、不良の原因となる現象を追う中で、やっていることの良否を検査する手段も分かってきたのでした。(このとき、良い評価法にはつながらなかったのですが、良い製品を作りたいという気持ちで工程を観察した経験がこの段階での検討に大変役に立ったのです。)今度見つけた検査手段は、製品の良否との対応付けがあること(大事な証拠)が分かりました。つまり、最後まで製品を作らなくても、不良品になるかどうかが予測できるようになったのです。そうなると、実験の回数も増やすことができ、不良の原因(もっとも大事な証拠)を突き止めることができたのです。それによって、不良を減らす対策も立てられました(良否の判定から対策までを含めて「チェック機能」と私は呼んでいます)。
2006年02月24日
コメント(0)
製品を作る過程で、一番問題となる部分(製品の主たる不良を引き起こしている)でやったことの良し悪しを判定できる検査法です。そして、ここで「良い」と判定されれば、製品も良品になる可能性が一番高くなるのです。また、この検査で「悪い」と判定された場合には、なぜ悪いのかを解析し、対策を立てられなければなりません。「私の問題解決の考え方」では、以上を総合して、「チェック機能」と私は呼んでいます。
2006年02月23日
コメント(0)
私は多分見ないでしょう。間違って目が覚めてしまったとき以外は。私は結構規則正しく寝たり起きたりしています。会社にいたときも、休みでも、勤務日でも、大体同じ時間に起きていましたし、今も、ほぼ同じです。ですから、私は紅白歌合戦を全部見た覚えがありません。夜はなるべくぐっすり寝るようにしていますが、まれには、夜中に目が覚めてしまうことがあります。こういうときには、研究のことを考えたり、本を開いたりします。秋田にいたときは、テレビをつけました。そのとき、面白かったのですが、衛星放送をつけると、私の勉強になるような番組をやっていることが多かったのです。2,3回、外国のいい映画を見たことがあります。また、研究の参考になるような番組にも出会えました。
2006年02月23日
コメント(0)
ちょっと遅くなってしまいましたが、遅いお昼を家で食べました。外で食べないで、家で食べた方が美味しいことが多いのです。フキノトウかけ、グリーンピース入りチーズトースト(挽きたて黒胡椒と藻塩もかけました)、レタスとグリーンピースのサラダ、とミルクティーでした。食後はリンゴでした。ミルクティーは、濃く入れた紅茶に牛乳を足しただけですが、外で飲むものより美味しかったです。幸せな気分になりました。ただ、フキノトウはやはり秋田です。
2006年02月23日
コメント(0)
ベイズ・ネットワーク(ベイズの定理)を使って考えるときには、自然の流れに従って考えてもいいし、自然の流れの逆の方向に沿って考えてもいいのです。原因から結果でも、結果から原因を考えてもいいのです。一方、実際に起きている、様々な現象は、一方向にしか進まないのです。時間とともに状態が変わって行きますが、時間を戻すことはできないのです。しかし、考えてみたら、私達は、頭の中では、ごく自然に、時間を先に進めたり、戻したりして、いろいろ考えています。つまり、このことも、ベイズの定理が人間の頭の使い方に「合っている」ことを示していると思います。
2006年02月23日
コメント(0)
これまでの解析より、現状を次のように把握しました。1.材料より、工程のどこかに製品の良否を決める要因がある。2.今の工程の良し悪しの判断の方法では不足である。3.工程には沢山の作業があり、どこに問題があるのかまだ分からない。4.工程が全部終わるには長い時間がかかるので、製品ができないと、工程の良し悪しが分からないのは大変不便である。まだ解決ではありませんが、かなりの進歩です。これらのことから、やるべきことがはっきりしてきました。不良品を調べて、その内容を解析し、どの工程が関係しているかを調べるのです。大変な作業でしたが、不良品を調べると、多くのものは、どうも工程KXがうまく行っていないからだと考えられました。この工程が終わった時点での半製品の分析結果と、製品の良否の判定結果を比べると、良い対応があることも分かりました。検討の結果、チェック機能をCで表して、P(CY|KY)=0.95P(CY|KW)=0.01になりました。これは、工程KXが良しKYならば、チェックの結果も良し(CY)であり、もし、この工程が悪ければ(KW)、チェック結果でも駄目ということです。即ち、この分析をチェック機能として使えるということになります。図1のベイズ・ネットワークにこのチェック機能Cを付け加えると、図2のようになります。 工程KXで (チェックC)______ ↑ ↓(材料Z) →(工程K) → (製品S)図2 新しい流れ図(改良されたベイズ・ネットワーク)ここで大事なことは、チェックの結果と製品の良否との間に相関があることです。このチェックができるようになると、開発がとてもやりやすくなります。工程KXまで進めて、ここでチェックすれば、製品の良否が分かるのです。製品を完成させなくても分かるということです。ですから、この工程を徹底的に調べて、不良の原因を明らかにすれば、製品の不良率を下げるための対策の検討もできるのです。(材料Z) →(KXまでの工程) →(チェックC) ↓ ↑ ↓ (不良原因の解析と対策)_| 図3 実質的な検討(チェック機能) この図で示す手順と内容を「チェック機能」と呼ぶことにします。以上説明したように、このチェック機能が見つかったことによって、この製品の開発が予想よりずい分早く完成したのでした。但し、この最後の部分は、確率・統計のおかげではなく、人間が、諦めずに、辛抱強く、自分達の頭と体を使って、判断、実験したからなのです。ベイズ・ネットワークを「まんずやってみれ!」方式(論文「私の問題解決の考え方」第2章「問題解決の基本的な考え方」参照)と組み合わせて使うことにより、問題解決を効果的に行うことができます。以下、ベイズ・ネットワークを考えることの利点をあげます。1.図に表すのは、私の思考を助けてくれます。特に、いろいろな要因の間のつながりや解決の道筋を認識させてくれます。2.全て、目標達成という見方で考えさせてくれます。3.実験や調査を行うときに、やるべきことや重要な点を気づかせてくれます。4.いろいろな可能性に気づくのを助けてくれます。5.抜けがないように、自分で試し、考えて、判断、行動する助けになります。6.問題を総合的に見るのを助けてくれます。7.材料から製品の流れでも、製品から材料の逆の流れを考えてもよい。確率・統計をいくら勉強しても、この問題解決については直接何も教えてくれません。しかし、この問題について、私が自分で考えるのを助けてくれるのです。つづく
2006年02月22日
コメント(0)
女房が小さいフキノトウを3個お隣の庭からいただいてきました。それらをみじん切りにして、味噌と混ぜました。ご飯と一緒に食べたら、その苦さ、香りに感動しました。
2006年02月22日
コメント(0)
ベイズ・ネットワークというのは、このような、分からないことが多い開発の問題などより、各種要因が明らかな問題の解決に適しています。例えば、世の中で既に広く使われている製品の故障を見つけて、対策を考えるような問題です。ここで私が説明しようとしている場合は、製品について、まだよく分からない、開発段階での問題解決についてです。やり方が決まっているわけではなく、私が思いついたやり方ですので、もっと良い方法があるかもしれません。しかし、私自身が考えたものです。私には、このことが意味があると思います。やり方を含めて、いろいろと苦労することによって、問題をより深く理解でき、もっとも大事な、問題の原因と対策に役立てられるからです。具体的にやったのは、唯一確かな結果(製品の良否)から始めて、それを決める原因につながる証拠(実際は徴候?;工程や材料の「良し悪し」)を考えたのでした。30,000個の製品を作りました。その時点では、良品が21,000個、不良品が9,000個できました。これは確かな情報です。これでは、製品化はまだ無理です。まず、21,000個の良品について、製品を作る工程Kと、使った材料Zの良し悪し(どちらも、試作と結果を見た私の判断)により、分類しました。「良し悪し」の判断というのは、良い製品を作る作るために良いか悪いかということで、この時点では、私の判断の仕方が正しいかどうかは不明です。良品SYの分類の内訳は以下の通りです(それぞれの場合、確率を表すときに使うために、記号が付いています)。工程K 材料Z 製品数良KY 良ZY 14,000良KY 悪ZW 1,000悪KW 良ZY 5,000悪KW 悪ZW 1,000 計 21,000 一方、不良品SW9,000個の分類の内訳は次の通りでした。工程K 材料Z 製品数良KY 良ZY 4,667良KY 悪ZW 333悪KW 良ZY 3,333悪KW 悪ZW 667 計 9,000 これらの分類結果から各種条件確率が求められます。例えば、良品SWである場合、使った工程が良いKY確率は P(KY|SY)=(14,000+1,000)/21,000=5/7になります。このように、各種確率を求めると、次のようになります。P(KY|SY)=5/7, P(KW|SY)=1-P(KY|SY)=2/7 P(KY|SW)=5/9, P(KW|SW)=4/9P(ZY|KY)=14/15 P(ZY|KW)=5/6P(ZY)=0.7, P(KY)=2/3, P(ZY)=0.9 これらの結果を見ましょう。1.最後の P(ZY)=0.7, P(KY)=2/3, P(ZY)=0.9だけを見れば、良品率と、工程及び材料の良さとの間に、大ざっぱな対応があるように思われます。しかし、もう少し細かく見る必要があります。2.条件確率を見ると、私が望む関係にはなっていないのです。P(KY|SY)=5/7, P(KY|SW)=5/9この結果は、良品なら、工程も良いのですが、不良品でも、工程が「良い」と判断されていることが多いのです。このときには、工程も悪いと判断されるべきなのです。つまり、工程の良し悪しの判断がまだ良いとは言えないのです。3.工程と材料の条件確率を次に見てみましょう。P(ZY|KY)=14/15 P(ZY|KW)=5/6で、一般的には、これらの確率は、良品、不良品で違う値になるはずなのですが、同じになってしまいました。つまり、良品でも、不良品でも、工程と材料の関係が変わらないということになります。製品の良否と工程の方とは関係があるので、良品率と材料との相関がないということになります。実際に、材料は、類似製品でも既に使っているもので、実績のあるものなのです。このことから、今回は、材料は、今のままで良いということにしました。ということは、「工程の良し悪しが製品の良否を決めていると考えられる」ことになります。 つづく
2006年02月22日
コメント(0)
先週作ったカレーの最後の残りを昨日食べました。その味の良かったこと、辛さが減るどころか、増して、香りも良かったです。今週もまた作ろうかなと思いました。牛筋で作ったらどうでしょうか。ところで、昨日書こうかなと思ったことを忘れてしまいました。何か美味しいものについて書きたかったのですが。つづく
2006年02月21日
コメント(0)
今日、東京の母のところへ行ってきました。ちょっと教えてくれと言うので、何?と聞いたら、もう税金の申告を書いていて、去年との違いを聞かれました。母が申告しても、払う税金はゼロなのですが、大したものです。87才で、1人で暮らしています。お金の管理も、できるかぎり、自分でやってもらうようにしています。必要なときは手伝いますが。昼食にお寿司を持って行ったら、美味しいと言って、かなりよく食べました。去年秋には、「体が弱ってしまって、お正月まで持つかどうか分からない。」とか言っていましたが、今のところ、まだ大丈夫のようです。確定申告については、私はまだ始めてもいないのです。いつもぎりぎりですが。つづく
2006年02月21日
コメント(0)
昨日の図1のようなものを作ることは、問題解決のために、何をどのようにやるかを考えるのを助けてくれます。今日はこれから東京です。電車の中でいろいろ考える予定です。(7時)図1では、材料から製品までの流れを考えました。しかし、今回の場合、各種確率の値が分からないのです。はっきりしているのは、製品が良品である確率だけです。ですから、図1とは逆の流れ(製品 →工程 →材料)を考えた方が考えやすいと思いました。しかし、製品を作るときに、どういう材料を使ったとか、どういう工程を行ったとか、気づいたことをできるだけ細かく記録しておいて、製品が良品や不良品になる結果を見て、どういう材料が良さそうだとか、どういう作り方が良さそうだとかを判断しました。そして、材料と工程の良し悪しを決めました。つづく
2006年02月21日
コメント(0)
確率・統計をいくらよく勉強しても、それだけでは、問題の解決はできません。この間、「ベイズの定理」の説明で、結果から原因を推定しようとしたり、また、逆の流れ(原因 →結果)についても検討しました。ここでは、非常に簡略化した、実際の問題解決の例として、ある製品を作るときの不良を減らすことについて考えてみましょう。そして、このとき、チェック機能を見つけることの重要性を説明しましょう。まず、その製品に使ういろいろな材料があり、それらを使い、いろいろな工程を経て、製品ができるのです。これを図にすると、図1のようになります。(材料) → (工程) → (製品) Z K S P(Z) P(K|Z) P(S|K) P(S)図1 製品ができるまでの流れ(とても簡単なベイズ・ネットワーク図) それぞれの要素(カッコ内)が関係付けられているのです。良い製品ができる(目標)確率P(S)を、材料が良いという確率P(Z)、材料が決まったとき工程がうまく行く確率P(K|Z)、工程が決まったと良品になる確率P(S{K) などで表すのです。ここで、本当は、材料も、工程も沢山あり、もっと複雑につながっています。ネットワークとは、ネットというのは網のことで、ある問題を解決するために必要なすべての作業の相互関係を図式化したものです。そうすると、網目状になるのが普通です。今回、この製品を作るべく、試作を重ねたのですが、不良率が30%もあることが分かりました(これが解決すべき問題です)。しかし、この製品は、いろいろな材料を使い、多くの工程を経て、製品となっているので、どこが悪いのかがなかなか分からなかったのです。製品ができ上がれば、良品か不良品を検査できるのですが、途中では、やっていることの良否が分かりませんでした。
2006年02月20日
コメント(0)
本当の現実と、人間の頭の中で認識している「現実」とは違うと思います。また、人間がそうあるべきだと思う現実も違うものです。自分達の幸せや便利さのことだけを考えて何かをやっても、少し長い目で、広いところを見ると、良くないことかもしれないのです。しかし、これも「自然の流れ」なのです。自然の流れとして、地球は破滅の方向へ進んでいるのかもしれないし、まだ結構生き延びられるのかもしれません。どうなるのかは決まっているような気がします。人間がやることも含めてです。しかし、私達にはそれが分からないのです。 レイチェル・カーソンの「沈黙の春」(Rachel Carson: Silent Spring)という本を思い出しました。
2006年02月20日
コメント(0)
これは、今日の私の運勢です(東京新聞)。ここのところ美味しいものを食べているので、また書こうと思ったのですが、どうしましょうか。やはり止めました。
2006年02月20日
コメント(0)
茨城県で去年6月から殺された鶏のことです。このことが「自然の流れ」である(可能性が最も高い展開)かどうかを考えているのです。初め、これは確率の問題であるので、一番確率の高い状態から少しずれることもあるのかな、と思いました。例えば、コインを10回投げて表が5回出る確率が最も高いのですが、4回とか6回出る場合もかなりあるのです。でも、この問題は、コインの表が出る回数が1,2回違う問題ではないと思います。私は、無差別に皆殺してしまうというのにはどうも納得できません。価値観が全く違う話、と言った方がいいのかもしれません。いや、私の方がおかしいのかもしれません(ちょっと前は行政の考え方が良くないと思っていたのですが)。人間を守るためには、鳥を殺すが一番いい方法だということでしょうか。この世の中、人間が良ければ、何をやってもいいというのが自然の流れなのでしょうか。ここまで考えたら、日本とアメリカの狂牛病対策の違いのことを思い出してしまいました。日本は全頭検査、アメリカはごく一部だけで、日本へ輸出するのは生後20ヶ月以下?のものだけ、危険部位は除くのだそうです。アメリカでは鶏の場合どうしているのでしょうか。日本で、鳥インフルエンザでなく、牛インフルエンザだったらどうするのでしょうか。また、昔は、奴隷とか、農民は、人間なのに、ひどい扱いを受けていたのです。
2006年02月20日
コメント(0)
これは長山洋子さんが大事にしている言葉だそうです。私も賛成です。問題解決に成功するためには、元気で、明るく、感謝の気持ちを持って。「まんずやっでみれ!んでねば、やるぎもででこねえ!」元気と勇気とやる気です。前向きに。目標に向かって、倦まず、怠らずに。
2006年02月19日
コメント(0)
☆目的をはっきりさせる。 ・何をやりたいのか? ・何を知りたいのか?☆人間には分からないことがあるのが当たり前 ・分かると思うのは自分の頭の中だけ?☆分からないことを認めて、「分からなさ」を知るのが大事 ・何が、どのくらい分からないのか? →「確率」を考える。☆確率とは? ・何かが起きる、何かが真実であると受け入れられる、考えられる、認められる、思われる、信じられる度合いを0から1の間の数で表したもの ・裏返せば、分からなさの度合い ・目的を達成させるための、いろいろな可能性(確率)を考える。☆ベイズの定理(Bayes' theorem) ・予備知識 →事前確率 ・確率には条件が付く →条件確率 ・新しい証拠により確率が変わる。 ・原因⇔結果 の予想あるいは推定 ・ベイズ・ネットワーク →問題解決の筋道と成功確率の計算 (大事なことのみを考える(Ockham's razor)。)☆エントロピー最大の法則・・・・・・自然の流れ(運命) ・全て、最も確率(可能性)が高い方向へ進む傾向がある。☆まんずやってみれ! →問題解決の筋道と確率を探る。 ・やりながら考える。 →経験、体験、苦労 ・やりたいことをはっきりさせる。 ・やるべきことと計画の具体化 ・いろいろな可能性を探す。 ・各種問題点の洗い出し ・それぞれの重要性の見極め ・チェック機能 良悪の判定法と、悪いところをの改善策を探す。 ・解決の筋道(論理的思考) つづく
2006年02月19日
コメント(0)
この間、女房が黒豆入りの混ぜ寿司を作りました。そうしたら、お赤飯のようなピンク色(紫がかった?)になりました!これにはびっくりしました。そう言えば、この間、秋田のお赤飯用の小豆は見たところ黒で、ご飯を炊いたたら、濃い紫色になっていました。勉強になりました。つづく
2006年02月19日
コメント(0)
ここのところ、この日記で、確率・統計のことをいろいろと考えてきました。この間、説明したベイズの定理というのは、18世紀のイギリスの牧師であるベイズ(Thomas Bayes)が見つけたものです。彼は、神がいることを証明しようとしているうちに、この式(定理)を見つけたらしいのです。(アミール・D・アクゼル:偶然の確率、アーティストハウス、(2005)。)この式は、ある原因Gがあったとき、その結果Kが起きる確率P(K|G)と、逆の、ある結果Kがあるとき、その原因がGである確率P(G|K)、との関係を示すものです。ということは、神がいたら、こういうことが起きるとまず考えて、それらのことが起きていることから、神が存在する確率を計算しようとしたのでしょうか。私には、神の存在はそう簡単に説明できないと思います。結局は信念の問題だと思います、確率を信念の度合いと取れば、確率を考えるのはいいと思います。しかし、他人全てを納得させるのは難しいそうです。つづく
2006年02月19日
コメント(0)
昨年6月から、茨城県では、鳥インフルエンザの対策で、250万羽ぐらいの鶏が人間によって殺されてしまったのです(18日東京新聞朝刊)。そう言う私も、鶏肉や、豚肉や、牛肉を食べています。魚も、穀物も、野菜も、果物も食べています。生き物を食べて生きているのです。でも、「自然の流れ」で250万羽の命が絶たれなければならないのでしょうか。今、考え込んでいます。つづく
2006年02月18日
コメント(0)
「バッケ」というのは、秋田弁でフキノトウのことです。朝、昨日?、テレビで、六本木でも、フキノトウが見られたところを写していました。それに刺激されて、さっき、近所を一回りしてきました。今日は晴れで、割と気持ちが良かったのですが、まだ梅が少し咲き始めたところで、ちょっと寒かったです。しかし、春は確実に近づいていて、オオイヌノフグリやホトケノザが咲いていました。そして、とても小さい、泥だらけのバッケも見つけてしまいました(私はバッケを見つける名人なのです)。泥をぬぐって、一番外側の葉(と呼んでいいのかどう分かりませんが)を剥くと、確かにバッケの香りがしました。本当なら、まだ、地面の中に埋まっているはずのものがちょっと頭を出してしまったようです。それ以上採らず(もう一つ見つけたのですが)、家に持って帰り、チャーハンの上に、バターとバッケのみじん切り、一番上にチーズを乗せて、こんがりと焼きました。黒胡椒と藻塩(笹川流れの)を振りかけて食べました。それに、菜花(なばな)をさっとゆでたものとマヨネーズを添えました。飲み物はウーロン茶でした。春の香りがほのかに感じられる、とても結構な昼食になりました。夜は、アサリの味噌汁に、我が家で水栽培したセリの若芽を散らしたら、これでも、春の香りを楽しめました。今日は、なんだか、春が来たような気分になりました。
2006年02月18日
コメント(0)
これも中村紘子さんの言葉です。これ、正に、チェック機能です。これがなければ、身を刻むほど練習しても駄目です。
2006年02月18日
コメント(0)
これはピアニストの中村紘子さんの言葉です。今朝、テレビをつけたときに聞きました。コンサートでちゃんと弾くためには、このぐらいしないとだめなのだそうです。また、私の精進の足りなさを思い出させられました。もっと本気になって論文をまとめなければいけないのですが、どうしても、いい加減で、遊び半分になってしまうのです。まあ、これはお金のためにやっているのではないので、いいか!こんな具合です。これでは、本当に役に立つ、いい論文は書けませんね。
2006年02月18日
コメント(0)
友達の娘さんの赤ちゃん出産のうれしいニュース。第3章に何を書くかが少しずつ分かってきたこと。第3章というのは、論文「私の問題解決の考え方」の第3章「問題解決と確率・統計」のことです。何を書くかを考えているうちに、確率・統計のことをまた勉強でき、人間の生き方について、いろいろ考えることができました。
2006年02月18日
コメント(0)
少し咲いてきました。でも、夕方、とても寒いです。北西の風が冷たい。本冬一番を争うくらい寒く感じました。日は長くなりましたが。つい2日前はほとんど20℃になるほどだったのに。
2006年02月17日
コメント(0)
運命がどのようにして決まっているのか分かりません。 全知全能の神様かな? 宇宙ができたときの最初の状態でもうその後どうなるかは必然的に決まっていた?(物理現象として) それなら、最初の状態はどう決まったのか? ????でも、今の私の知識の度合い、私がやろうと思うこと、やるべきこと、実際にやることには、運命の決まり方は直接関係ないと思います。しかし、運命がある(自然の流れがある)というのは確かだと思います。神様や他のものを信じているわけではありませんが、とにかく、最善を尽くし、倦まず、怠らずに、自分の仕事を進めていけば、それが自分の運命(即ち、自然の流れ)になっていくと考えています。
2006年02月17日
コメント(0)
今回は馬鹿に辛いのです。今朝もう一度温めたら、ものすごく辛いのです。挽きたての胡椒かな、生姜の量が多かったのかな、なんだか分かりませんが、辛いのは確かです。でも、美味しいので、朝から、つい、食べ過ぎのようです。カレーに入れるもの、分量など、毎回違います。必ず入れるのは、骨付き鶏肉(手羽元)、イタリヤ製トマト缶、ココナッツミルクとタイカレーの素です。
2006年02月17日
コメント(0)
昨日、偉そうなことを言ってしまいましたが、尊敬する先輩や先人達の言うことを聞かない部分も多いのです。簡単に言うと、「信念」がないのでしょうか。信仰心がない、神様がいるかどうか分からない信じるものがない自信がない(でも失敗するとも思わないのですが)本当の苦労を経験していない考えが発散しやすいまだまだ沢山ありますが、考えるのが面倒くさくなってきました。
2006年02月17日
コメント(0)
自分がやりたいことが「自然の流れ」になれば(運命であれば)理想的なのですが、・・・・・・・この世の中、人間の身勝手(傲慢)な考えで、自分達の「便利さ」のために自然を変えようとしているのです。その結果、便利になることはあっても、弊害も多いのです。次のようなことを常に認識していることが大事だと思います。なるべく自然にまかせる自然が最も安定自然を大事にする自然を侮らないなるべく人工物を使ったり、作らないしかし、これは、何もしないで運命に身を任せよ、ということではありません。目標を大きく持って、毎日、倦まず、怠らず、目標に向けて、最善の努力を続けていけば、自分のやっていることが自然の流れになる可能性があると思います。縁を大事にしよう進んで苦労しよう努力しよう感謝しよう元気に生きよう楽しもう好奇心を持とう分からないことが沢山あるのを認めよう分からないときは聞こう正直で、素直になろうやりたいことをはっきりさせようまんず、やって見れ自分で経験し、考えて、判断、行動しようまだ、うまく表現できませんが。
2006年02月16日
コメント(0)
研究も、美味しいものを作るのも同じです。最近、私の作る蕎麦掻きの評判がいいのです。女房の友達がほめてくれます。と言っても、これを料理の先生から教わっていませんし、料理の本も見ていません。分量も量ったことがありません。作り方を、原料とプロセス(作り方)に分けて、解析してみましょう。まず、よい蕎麦粉と水です。2,3日前まで、石碾きの北海道産の最高級の蕎麦粉でした。水は浄水器を通したもの。(普通の粉でも、それなりの味になります。)次に、プロセスです。1.粉と水とよく混ぜる(粉の塊は厳禁)。2.水を多めにする(水っぽいけれど、糸を引くようになったところ)。3.中から弱火で、箸でかき混ぜながら加熱する。4.火が通って、ぷくぷく(ちょっとふわふわ)になったところを、辛い大根おろしと醤油で熱々を食べる。私が一番気をつける(チェック機能)のは、よく混ざったかどうかの確認(これは手打ち蕎麦のとき最も大事なことだと思います)と、水の入れ加減です。水と蕎麦粉の分量を決めてしまうと、かえってよくないような気がします。チェックの結果が気に入らないときは、もっと混ぜたり、水を足したりします。このやり方は、研究で、私が使う手法と同じです。研究でも、チェック機能が一番大事です。やっていることの良否の判定と、問題解決策の検討です。勿論、いろいろ試して、どこで、どのようなチェック機能を使うかを決める必要があり、これが問題解決の鍵になります。なお、プロは、蕎麦粉に熱湯をそそいで、かき混ぜて作ってしまうようです。私にはそれができないので、上記のような方法になりました。今までは、我が家だけで美味しいと言って、私の蕎麦掻きを楽しんでいたのですが、他の人にも喜んでもらえて、なんだか、うれしくなりました。つづく
2006年02月16日
コメント(0)
全98件 (98件中 1-50件目)