ポルト(Porto)の街にあるエンリケ航海王子(Henry the Navigator)を称える像 自前の写真ですが、天気が悪いのと、古い写真なので解像度か低いのです。 バックはフェレイラ・ボルヘス・マーケット(Mercado Ferreira Borges) 左にボルサ宮殿(Palácio da Bolsa)がある。
下はウィキメディアから借りた同じ像の角度違い。 周囲を少しカットしました Autor: Manuel de Sousa エンリケ王子はこのポルトの近くで生まれたらしい。 1894年に、彫刻家トマスコスタによって、エンリケ王子の記念碑としてパリで鋳造され1900年に設置。
下もウィキメディアから借りて少しバックをカットしました Photographer: Bob Smith
実は コロンブスの初めての大航海の出陣式をこのセビーリャ大聖堂でおこなっている。
でもここから船でグアダルキビール川(Guadalquivir)を下ったわけではなく、その河口の街でもない。 実際の船の出航は8月3日、リオ・ティント川河口のパロス(Palos)港なのである。 それはコロンブスは1490年から2年間、パロスの港に近いラ・ラビダ修道院(Monasterio de La Rábida)に客人として滞在していた縁があったからだと思われる。
ところで、コロンブスを押したラ・ラビダ修道院(Monasterio de La Rábida)はフランチェスコ会に属していた。だからスペインでは 多くのフランチェスコ会の宣教師が新大陸の布教の為に海を渡った。
14世紀後半第8代ムハンマド5世(Muhammad V )(1339年~1391年)の治世下で、ナスル朝はその時最盛期を迎えている。 ムハンマド5世は、ライオンの中庭とメクサールの宮殿、またはクアルトドラドでアルハンブラ宮殿を完成させている。
ライオンのパティオ
コマレス宮 アラヤネスのパティオ
メスアール宮のパティオ
丘の下からのアルハンブラ宮殿
アルハンブラ宮からの眺望
アルベルザナ・ウォールレーン(Carril de Muralla Alberzana)
アルバイシン(Albaicin)の丘に敷かれた城壁をピンクでラインしました。
14世紀、ナスル(Nazarí)朝のスルタンユースフ1世(Sultan Yusuf I)の命令により建築されたアルバイシン(Albayazcin)のナスル朝の壁の北壁 壁の頭頂にあるのはサンミゲルアルト(San Miguel Alto)教会 アルハンブラからの撮影なので向こう側がキリスト教圏かな? 強固な城壁で鉄壁な守備をしていた? 陥落したのはナスル朝内部の内紛にキリスト教軍は乗じたからのよう。
絵のタイトルは グラナダの降伏(rendición de granada)Francisco Pradilla y Ortiz (1848年~1921年)