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高速路線バスの取扱は順調に増えており、そのつど運用のご説明のため各事業者の予約センターにお邪魔する。ある事業者では「マニア」の質問攻めに辟易しているらしく、私がバス好きだとわかると「まさか成定さん、電話で私をいじめたことなどないでしょうね」と冗談が飛んできた。私が高速バスの現場にいた頃には迷惑というほど愛好家の対処に苦労した記憶もないので、まあ、バス趣味の最近の急激な拡がりの結果なのかもしれない。さて予約センターの皆さんとのお話で最初に苦労するのが、その事業者の高速バスを私たちのサイトで取扱う目的が「販路拡大」であることをご理解いただくことだ。逆に、では彼らは最初、何が目的だと捉えているのか? 答えは「サービス改善」のようだ。もちろんそれは間違いではない。高速路線バスのウェブ予約エンジンは基幹システムと直結しておりバッチ等のため深夜時間帯は予約受付を停止するケースが多く、それが24時間可能になるのでたしかにサービス改善だ。また、事業者の自社予約エンジンの構築は、業務用システムの開発を本業とする基幹システムのベンダーがそのまま担っている例も多く、ウェブ上での予約動線はお世辞にもユーザー向けとは言えない。各サイトに慣れている人には気にならないかもしれない(※)が、初めてウェブ予約を行なう乗客にとってストレスはいかほどか。自分たちが100点満点という気はないが、まあ、餅は餅屋である。※かなり余談で本筋から離れるが、「慣れ」とは恐ろしいなあという話。サイト上で高速路線バスに寄せられた「お客さまの声」をチェックしていると、いいコメントも多い一方、意外と「乗り場がわかりづらい」という声が多い。私としては、「○○駅○番バス停」と明記でき現場にも停留所のポールが立つ高速路線バスは、高速ツアーバスに比べ安心してご案内できると考えていたのだが、バス停番号を伝えられるより「○○ビル前」とランドマークを指定される方がわかりやすい乗客もいるということだ。あと「車両ドア付近に座席表が掲出されていなくて不便」という声まであった。「乗合出身」の私としては、高速ツアーバス各社が座席表を車内に掲出するのは未だ違和感があるのだが…。そのあたり、バス屋の論理で決め付けることないようにしないと、と、あらためて実感。どっちが上という話ではなく、過去の経験や個人の性格などにより乗客の捉え方は様々、なのだろう。話は戻って、高速路線バス事業者にとって私たちのサイトに席を入れる目的は言うまでもなく「サービス改善」以上に「販路拡大」である。むしろ、従来からのリピータが電話予約や自社予約エンジン(「発車オーライネット」など)から私たちのサイトに転移すれば、事業者は手数料持ち出しになってしまう。私たちの役割は、あくまでも「これまでその事業者の高速バスの存在を知らなかった潜在的乗客」を高速バスへ導くことであり、「各社の高速バス(高速ツアーバスを含む)を比較検討した上で、自分に合った高速バスを選び出して予約したい」という乗客候補を、最適なバスに誘導することである。各事業者が既に出会っている(目の前にいる)乗客の外側に、もっともっと数多くの「未だ出会えていない乗客候補(潜在需要)」があることを、各事業者は強く認識すべきである。例えば首都圏~宮城県では、高速路線バスと高速ツアーバス合計の輸送人員は過去5年で約5倍まで成長している。もちろん様々な条件が重なり高速ツアーバスの草刈場となった区間であり全国どこでも5倍になるとは言わないが、少なくとも、高速バスのさらなる成長可能性を十分に示している。そのような先例があるにもかかわらず、「パイの大きさは不変」という感覚から抜け出せないのはもったいない。パイ大きさそのものを変えるという気持ちがなければ、外部環境の変化(高速道路料金の低下、鉄道の商品力向上、高速ツアーバス参入など)により事業が縮小することはあっても拡大することはないだろう。今後、高速路線バスに関する制約は緩和の方向へ導かれる可能性がある。公益性が高い平場の路線バスと同じレギュレーションで、収益事業である高速バスを縛るのはナンセンスであり、諸先進国でも別々の制度のもと運営されているのだ。仮に運賃や続行便設定時の傭車に関する制約がぐっと緩和され、レベニューマネジメント(RM)概念に基づいたダイナミックプライシング(変動価格制)が導入されたりなどすれば、実はキーになるのは予約センターである。RMは、先進的なIT技術があれば実現するという簡単なものではない。陣頭指揮を執るレベニューマネジャー(高速バスの場合、予約センターの責任者か副責任者が兼務することになろう)のもと、主に予約センター、そしてバスターミナルや乗務員まで一人ひとりのスタッフが自覚を持って業務を行なってこそ、RMが実現する。そのためにも、今から予約センターの機能を強化しないといかない。顔の見えるバスターミナルに比べ声でしか乗客とつながらない予約センターは事業者の中でも地味な職場と見られがちだが、本来は予約センターこそ、マーケティングにたずさわる経営部門と安定したサービスや運行にこだわる現場とをつなぐ、高速バス事業の「扇の要」なのである。逆に言えば、レギュレーションの変化とともに事業者自身がより筋肉質に変われればさえ、高速バスにはまだまだ成長余地があるということだ。今の時点からその種まきをするのが私の役割だと勝手に自分を任じている。まずは在庫投入など手間をかけてでも私たちのサイトで座席を販売することが自らの路線の乗車率の向上につながるという小さな成功体験こそ、その第一歩だと信じている。運用だけを担っていた現場が、日々の在庫の出し入れを通じて乗客数の、そして売上と利益の増加に自ら貢献していると実感することこそ、その第一歩だと信じている。やがては在庫に限らず多くのパラメータ(変数)を予約センターが握ることになるだろう。地方側事業者が、予約センターのスキルがより高度な大都市側事業者と組むことを求め共同運行先を乗り換える……(現実には他の要素がいろいろからむけど)数年先にそんなニュースが流れるとき、営業所の一番奥の窓のないセンターで働く一人ひとりのスタッフに、光が当たることになる。
2010.11.29
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うまく時間が取れたので一人で九州の天草へ。目的は、九州の高速バスの多くに既に乗車したなか、「高速バス」ではないゆえ未乗だった「快速あまくさ号」と、九州産交ツーリズムが企画実施し産交バスが運行する「天草ぐるっと周遊バス・天草キリシタン物語コース」(詳細は九州産交グループのサイト参照)の乗車である。まず仕事的な話から進めると、この「ぐるっと周遊バス」、ビジネススキームという点でなかなか興味深い。今日、旅行業界では「着地型ツアー」への関心が急速に高まっている。従来の、マーケット(つまり旅行者の居住地。「発地」)に近い主に大都市の旅行会社がガイドブック片手に企画する「発地型ツアー」は、市場環境の変化によって人気が低下するであろうと言われている。旅行会社に企画してもらわずとも消費者自らがウェブなどで事前に得られる情報量が圧倒的に増加しているからだ。代わりに、地元の旅行会社が、地元の人しか語り得ない地元の魅力をツアーとして組むことで、遠方からの観光客を呼び込めるというのである。当然、課題の一つは販路である。地方の会社が魅力的なコースを組んでも、東京や大阪で認知を広げることができない。もう一つの課題が安定的な催行である。着地型ツアーの原型といえるのが「定期観光バス」であるが、毎日安定して運行しようとすればどうしても「無難」な内容になる。博物館や古刹など地域の名所を漫然と網羅的に回るしかなく、結局はそれが飽きを生んで、東京(はとバス)、京都、奈良以外の定期観光バスの現状はご存知の通りだ。九州産交グループはその二つの課題に挑戦した。半日程度の現地ツアーを数多く造成し、それをJTBなど大手旅行会社の販路に乗せた(実はそれは簡単なことではない)。また募集型企画旅行形式とした上で行政やJR九州などとの共同企画とし催行そのものへの同社のリスクを最小化した、結果、天草地区だけをとっても「キリシタン」「イルカウォッチング」などテーマ性のある半日コースが4つも設定されている。しかも1乗車500円(資料館入場料等は別)。催行リスクを無くしたことで多様な商品設定が可能になり、それがテーマ性を持つ「とんがった」企画を導いたのだ。行政にも旅行会社にも路線バス事業者にも深い知識と人脈を持つコーディネーター役と、熊本の観光開発に責任感を持つ新しい経営陣、細部にまで徹底したこだわりを忘れぬ企画担当者の熱意が、新しいビジネスモデルを生み出そうとしている。この「キリシタン物語」コースは、普段は路線バスに使用される「リエッセ」(小型バス)にボランティアガイドが乗り込む。ガイドのTさんは、県外でサラリーマン生活を勤め上げ定年で地元に戻ったので「地域貢献を」とボランティアに志願したそうだ。たしかに、愛する地元について調べ上げたTさんから生で聞くガイド(というよりレクチャー)は迫力がある。小さな漁村に立つ天主堂の、ステンドグラス一つまで薀蓄が満載だ。資料館では、たまたま時間があいていた館長さん自らが展示を説明してくれた。1日数往復しか路線バスがない小集落の天主堂や資料館を公共交通で回るのは不可能だし、レンタカーでは書面にある以上の知識は得られない。今の私の業務とは直接は関係ないが、着地型ツアーの魅力を広く消費者に伝え、また簡単に予約できる環境を整備することにもまた、ウェブはお手伝いできるだろうと感じた。さて昨年、長崎県のキリシタン地域(平戸、外海)を回った際にも感じたが、キリシタンの話に触れると、人生とは何なのかいつも深く考えさせられるのだ。例えば「おらしょ」と呼ばれる「潜伏キリシタン」や「カクレキリシタン」の祈り。ポルトガル語で祈りを意味する「オラシオン」が転化したと言われるその名が象徴するように、長い潜伏期間の間に本来のカトリックの祈りから大きく変化してしまっている。いや、ビデオやテープで聞く「おらしょ」はむしろ極めて日本的で、前提条件なしで聞けば仏教の「お経」だと誰もが答えるに違いない。それも僧侶による読経ではなく、庶民が日々口にする「ご詠歌」のようだ。「おらしょ」を唱える一人ひとりにはその意味さえわからないものになっていたかも知れない。正当なキリスト教からは大きく離れてしまっていたはずだ。一方、迫害に怯え屋根裏部屋に隠れながらも「おらしょ」を唱えることが、貧しく単調な人々の生活の中で何らかの支えになっていたなら、ラテン語による神学よりもよほど価値があっただろう。さらに明治以降、キリスト教解禁を受け西欧からこの地に移り住み、人生をかけて天主堂を建て学校や孤児院を作り産業を興し、この地で亡くなった宣教師の人生。自分は、ガルニエ神父やド・ロ神父のような高邁な生き方はできないが、それでも自分なりに周囲から必要とされる人生を責任を持って歩んでいかないといけない。突然世俗の話に戻り恐縮だが、今の会社に転職し当面は高速ツアーバスを成長させながら高速路線バスの取扱を目指すと決めた際、それでもまだ、自分が大切に感じる高速路線バスへの裏切りではという懸念がないわけではなかった。しかしまもなく5年を迎えるに当たり、多くの方にご理解をいただき、意欲ある路線バス事業者のたくさんの皆様が私の話をよく聞いてくださるようになった。もう迷いなく、既存も新興も、「路線」も「ツアー」も関係なく、バスという産業なかんずく高速バス事業を成長に導く宣教師でいようとあらためて感じた。平戸や外海もそうだがここ天草でも、紺碧の海と燦燦と降り注ぐ太陽、晩白柚(ばんぺいゆ)など柑橘類の実がなるこの風土は、どことはなしにカトリックの故地である南欧を思わせる。キリシタン禁制前、カトリックが一気にこの地に根付き激しい迫害にも耐えられたのは、もちろん地理的に見て西欧から最も近く南蛮船が入港しやすい、あるいは日本の中では西端に位置し迫害の嵐が届きづらかったという物理的な側面とともに、この気候風土も後押ししたのだろうと実感する。一方、東シナ海から吹き上がる風は地中海のそれとは違い湿り気を帯び、この海のすぐ先にウェットな活気溢れる中国そしてアジア各国が広がっていることを想起させる。500年も前、地球の裏側から文化を運んだ人々。今、急成長を遂げる隣国たち。時間や空間の無限の広がりとそれに比して自らの小ささとを、海を見下ろす天主堂で実感しながら、これからの自分の人生について焦点を合わせられた気がした。
2010.11.21
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出張などで羽田空港に向かう際、近くの駅から空港連絡バスに乗る。厳密に言うとその路線は、駅から徒歩5分ほどのホテルの玄関前が始発であり私の家はホテルの方が近いから、ホテル前から乗車する。その時点ではガラガラだが、すぐに駅前ロータリーのバス停に着きそこではかなりの乗客が列を作って待っている。その路線、片道運賃が820円。出張客や旅行者らはみな1000円札を手に入線を待っているので、運賃箱にそれを投入し「ジー(お札を飲み込む音)、チャリンチャリンチャリン」と釣銭180円が出るまで一人ひとりの乗車扱いにかなりの時間がかかり、朝の混雑時間帯などいつも5分ほど遅れて発車となる。空港連絡バスに乗る以上はバッファを見込むから発車が5分遅れたくらいで飛行機に乗り遅れたことはないが、車内から見下ろしていていつも気になるのは列の後ろの方に並んでいる乗客のイライラ感ないしは不安感である。朝の羽田行きなど乗客のほとんどは地元(首都圏)在住者でPASMO/SUICAの保有率も高いと思われるから、乗務員が一言、車外マイクで「PASMO/SUICA使えます」と言えばなあ、と思うが、まだそのような案内を聞いたことがない。もちろん事業者には言い分があって<バスの側面(ドア横)に「PASMO/SUICA使えます」とロゴマーク入りで表示しているよ>ということだろうが、一般の乗客がどこまで認識しているか。極端な例えだが、仕事や趣味でバスにたずさわっている皆さんは、今朝自宅を出てから会社に着くまでに見かけた「バス」についてはおおむね事業者名も車種も記憶しているだろうが、では「トラック」についてはどこまで記憶があるだろうか。自宅の前でヤマト運輸を見かけ、交差点を曲がったところでローソンの配送車とすれ違ったことを覚えているか。駅の近くではゴミ収集車を見たが、その収集車は市民ゴミではなく駅前スーパーの業務ゴミの収集だから市の資源局ではなく民間の清掃会社のクルマだったが、ではその会社名を覚えているか。一般の乗客がバスについてどこまで各種表示を意識して見ているかと問われればそのレベルだと考えるべきである。個別の事業者のマイク使用が足りないと非難するつもりではなく、私は単に、列の後ろの方でイライラする乗客を見て「なんとかしたい」と感じているだけだ。あるいは、後ろの人に気を遣いながら申し訳なさそうに1000円札を運賃箱に挿入している乗客を見て「なんとかしたい」と感じているだけだ。もちろん事業者が窓口や自動券売機を設置すれば解決するとは言え、それ以前にPASMOが使えることを伝えるだけで乗客は1000円札を財布に戻しPASMOでピッとしてくれるなら、その分一人ひとりの乗車扱いが短くなりそれぞれの乗客とその後ろに並ぶ乗客、車内で発車を待つ乗客のストレスが減るなら、私が代わりに窓を開けて車内から「PASMO使えますよ」と大声で言ってあげたいくらいだ。「接客」をするというのはそういうことだ。<バスの側面に表示している><バス停に書いてある>では、それが伝わっていない以上、接客ができているとは言えないし、それ以上に、イライラする乗客に対し「なんとかしたい」と感じなければいい接客ができるはずがない。最近「ホスピタリティ」という横文字が使われることが増えたが、要するに「おもてなし」の気持ち。友人が自宅に来るといえば掃除もし、その友人の顔を思い浮かべながら彼が好きな酒とつまみを用意するだろう。一人ひとりの乗客に対しそれと同じ事をできるかどうかこそ、その「ホスピタリティ」なのである。その意味では、高速路線バスも高速ツアーバスも、平場の路線バスも、まぎれもないB to C(一般消費者向け事業)である割にはホスピタリティという点で心もとない。最終的には、現場を預かる一人ひとりの乗務員が、一人ひとりの乗客に対し、上記「友人を自宅に招くつもりで」接することこそゴールである。私も、高速バスターミナルでのバイト時代に接客に目覚め(その頃の思い出話は「中央高速バス~ふたつの路線~」、「秋田行きのお客様」の項を参照)、それを機にホスピタリティ産業に進んだ身。詳しくは書けないが、今後いろいろな立場からバスという産業のホスピタリティ強化のお手伝いにもまた、たずさわっていきたい。今のところ、年齢的に「マニュアル言葉」に慣れた層が多い高速ツアーバスのセンディングのアルバイトたちが最も無難にこなしているというのは言い過ぎか。それくらい厳しい状況だと認識するしかない。さて話は変わるが、最近、高速ツアーバスという事業モデルそのものへの賛否がまた言われ始めた。乗合バス事業とは何か、を問うような事象がいくつか起こったことがきっかけだろう。それぞれのご発言者のお気持ちはその立場を考えればよくよく理解できる。しかし、従来の、本来は公益性が大きい「乗合バス」のレギュレーションに「高速バス」を再び押し込めてしまうことだけは避けねばならない。それは、他でもない既存事業者の高速バスの未来をも狭めてしまうことになる。乗合許可で高速バス事業を行なうメリットデメリットと、募集型企画旅行で高速バス事業(といって悪ければ都市間移動を提供する事業)を行なうメリットデメリットを冷静に出し合い、高速バス全体が成長できる新制度やそれに答える事業モデルを作り上げなければならない。一方、逆に「平場」の路線バス事業については、その公益性ゆえ、継続的な運行を担保する仕組みが肝要だ。少なくとも現在高速ツアーバス事業を行なっている企画実施会社たちは、同一県内など短距離の生活路線に「ツアー」業態で参入する意思は全くないだろう。それはいつも書いているように、短距離になればなるほど「ツアー」業態が不利になるからであり、生活路線についてはマーケティングによって爆発的な(東京~大阪などで起きたような)市場拡大を実現するだけの潜在需要が見込めないからである。まずは関係者が同じテーブルにつくことこそ、いま求められているはずだ。相互の無理解がバス産業の成長の芽を摘むことだけは、なんとしても避けなければならない。
2010.11.16
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10日付けの「日本経済新聞」朝刊、「文化」面に、趣味が高じてバス会社を設立なさった、東村山市の「銀河鉄道」の山本社長さんの手記がかなり大きく掲載されている。この「文化」面にはこれまでから何度もバス趣味について紹介されている。かくいう私自身、仕事でご紹介いただく以外にも、かなり以前だが「日経MJ(日経流通新聞)」で非常に大きく(それも4色カラーで)掲載された記事『巡る巡るバスマニアの日々 乗車に撮影 西へ東へ 「小さな発見」探求』に主役?として登場したことがある。熱海ビーチラインで海をバックに貸切バスの走行シーンを撮影している私の写真と、たまたま来た貸切バスが国際興業観光バスの先代セレガ(要するに旧「国観」車)という比較的珍しいタイプだったことに興奮している私のコメントを掲載いただいたのだ(同記事では『バスラマ』和田編集長のコメントや他のマニア?の面々も紹介されている)。「にっけい」というとお堅いイメージがあるのか敬遠している方もいらっしゃるが、いやいや、なかなか面白いのでぜひ日経には毎日目を通すべきである。さて同日の同紙1面には、いま話題の「TPP(環太平洋経済連携協定)」に関する連載が掲載されていた。『TPP 日本の選択(下) 攻める農業に転換を 開放テコに経営者育成』。このようなニュースを見るたびに感じるのは、以前、『日本の農業は成長産業に変えられる』の項で書いたように、「農業」の話を聞くとまるでそのまま「バス」にも当てはめられるような、身につまされるような思いを感じてぎくりとするのだ。今回の記事では、例えば、農業界の趨勢に反してTPP参加に賛成する石川県のある農家は以下のようにコメントしている。<「参加しなくても日本の農業は10年もたない。自ら変われないのなら、貿易自由化を利用するしかない」>。また「生産」と「販売」の関係性も変わっていく。<イトーヨーカ堂は千葉や茨城県などで農場を展開しているが、実際に農作業をしているのは地元の有力な農業者。「生産はプロに任せる。こちらは販売が専門だ」という戦略だ>。農業界では(そこはバスと違って。逆に言うと、バスという産業のなんと特殊なことか!)もともと、生産と販売は別々の主体が行なってきた。ごくごく一部の例外を除き、生産者である農家が消費者に直接販売することはなく、農協などの流通網を通して八百屋さんお米屋さんが消費者に販売をしてきた。その中であえてイトーヨーカ堂の事例が紹介されているのだから、「安全・安心」なのか「エコロジー」なのかあるいは特別おいしいのか、何らかの特別な取り組みが行なわれているのだろう。話はそれるが、昨日書いたように、垂直分業による協業というのはお互いの専門性を持ち寄ってより高度な結果を出すのに非常に有効だが、そのためにもお互いにもたれあってしまう可能性を徹底的に排除し、お互いを高め合うことができる関係性を「仕組み」として構築することが肝要だ。そして、<「経営者を育成する以外に手がない」>という、上記『日本の農業は成長産業に変えられる』著者でもある大泉氏のコメント。『現場の深掘り、経営の広読み』の項で書いたように、ホテルのみならず、バスのみならず、我が国では「プロの現場」には出会うが「プロの経営者」に出会うことは少ない。きっと農業も同じなのだろう。「現場」を守る一人ひとりの中では「安全で安心して食べられるコメや野菜を」という思いは嘘ではないだろう。作業工程の一つひとつにまで強いこだわりを持って今日も多くの農家が農作業にいそしんでいるだろう。しかしそれら現場のこだわりを、消費者ニーズの変化や経済環境の変化をにらみながら、高い競争力と収益性を持った「強い日本農業」へ脱皮する方向へ導く「経営力」が不足しているということだろう。農業にたずさわる一人ひとりは、「安全・安心の農産物」「食糧自給率の維持・向上」に強い思いと誇りをお持ちで、それが「農業保護」の政策を要求する錦の御旗になっている。しかし本記事は以下のように指摘している。<農水省はコメなど主要19品目ですべての国と関税を撤廃すれば毎年4.1兆円の生産額が減り、自給率は40%から14%に下がると試算した。こうした極端な数字をはじいて農業を守ろうとする姿勢に国民は納得するだろうか>。従来のやり方で「農業を守る」ことが本当にこの国の農業を守ることなのか、国民は疑問を持ち始めているといいたいのだろう。あるいは従来のやり方で「農業を守る」ことが、実は他の多くの国民にとって何らかの犠牲を強いていることに国民が気づき始めているといいたいのだろう。ただでさえ人口(すなわち消費のパイ全体)が減少するなか、(農業の場合は)海外の効率的な農業による低価格の輸入品との戦いが本格化し、(バスの場合は)モータリゼーションの進展によるバスの役割の低下が止まらない。食糧自給率向上や公共交通ネットワークの維持など一つひとつの目標の意義を否定するつもりは一切ないが、それを旗印に「守ってくれ」と叫ぶだけでは、既に国民の理解を得られないのも事実である。その現実を早く受け入れ、本記事のタイトルにあるとおり<攻める農業に転換を>図らないといけない。いや厳密に言うと、業界団体が「守ってくれ」と叫ぶこと自体は、それが彼らの役割である以上、問題ではない。しかし、農業に、バスにたずさわる末端の一人ひとりまでもが「守ってくれ、と叫んでさえいれば守ってくれるはず」と安心し変化への意思を失ってしまうことが問題なのだ。もう一度、冒頭で引用した石川県の農家の方のコメントを引用して本日の項を終わりにしたい。<(TPPに)参加しなくても日本の農業は10年もたない。自ら変われないなら、貿易自由化を利用するしかない>
2010.11.12
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事業者往訪の際にある大手私鉄の電車に乗ったら、その会社のグループ会社が運行する高速バスの車内吊りポスターが掲出されていた。最近は広告営業も厳しいだろうが、それでもその私鉄の中吊りというと、週刊誌など外部クライアントに販売すればかなりの金額になる価値ある媒体だから、何度も繰り返しているが既存の路線バス事業者は実は販売力という側面でも大きなポテンシャルを持っているなとあらためて再認識した。同時に、感じたことが二つ。仮に私が、駅前で小さなお店を開いたとする。例えばクリーニング店とか居酒屋とか。遠方から客を集めるほど特別な店でもないし広告宣伝の資金も限られている。まあ、その辺でビラ撒きでもするか。では誰を対象にどのように撒くのがいいだろう。近所の家庭へのポスティング? 駅前でのティッシュ配り? 仮にクリーニング店ならポスティングが有効だろう。見込み客は店の近所の住人たちだからだ。居酒屋なら、周辺住民もターゲットに違いないが、会社帰りのサラリーマンにも立ち寄って欲しいから、朝の8時ごろや夕方以降の駅前で通勤客を相手に、チラシとか割引券を配るのがいいかも知れない。決して、クリーニング店が駅前でチラシ配りを、また居酒屋がポスティングをしてならないわけでもない。もし私の友人がポスティング業者で<お前の居酒屋のチラシだったら無料で配ってやるよ。代わりにビールくらいサービスしてくれよな>ということだったら喜んでポスティングしてもらうだろう。上記の「クリーニング→ポスティング。居酒屋→駅前配布」は、使えるコストが限られている以上、少しでも効率のいい使い方をするべきだ、というだけの例え話だ。となると、地方のある県において、地域全体に路線網を持つ路線バス事業者が車内吊りポスターで「○○県発の高速バス」を告知するのは効率的だ。見込み客のほとんどに、しかもその県から運行されている高速バス全てをまとめて告知できる。しかし首都圏の大手私鉄が高速バスの告知をしても、自社グループが走る「東京発○県行き」の告知しかできないばかりか、首都圏から○県に行く人は同社の鉄道沿線にだけ住んでいるわけでもない。親会社の鉄道車内で高速バスの告知をしてもらえるのは大変ありがたい話だが、それだけでは限界がある。友人が居酒屋のチラシを特別料金でポスティングしたとしても、やはり駅前でのチラシ配りも手を抜いてはいけないのだ。もっともこれが都市間ではなく、郊外の駅から羽田や成田空港行き、東京ディズニーリゾートやプレミアムアウトレット行きなどなら、ターゲットはぴたりと会うので車内吊りは最高の告知手法ということになる。次にその広告を見て感じたのは、広告の内容が「○○グループの高速バスはコンビニ発券が便利です」という内容だった点。もちろん、予約や発券の便利さを訴求することで高速バスの需要喚起を図ることそのものは間違いではない。しかし各事業者は、そのようにポスターやチラシで(媒体料はグループ特別価格だとしても)コストをかけてコンビニ発券やウェブ発券の告知を図りつつ、コンビニやウェブ発券サイトに対しても発券手数料を支払っているのだ。ちなみに私たちのサイトは、ウェブ上で需要喚起から発券まで一貫して代行するのだから、他のウェブ発券サイトやコンビニとは明確に立ち位置が違う。私がご提案に伺うと「ウチもインターネット発券をやってるよ。コンビにもやってるし」と言われることがあるが、意味合いが全く違う旨、ご理解いただきたい。私たちがいただく手数料も、だから、認知向上から予約、発券、クレジットやコンビニの決済にかかるコストまで全て含んだ額となる。他の予約・発券サイトの率と比べられ(というか、「業界の常識」と照らし合わせ)「なんとかならない?」と言われることもあるが、新規利用者の開拓にトータルでかかるコストで判断していただくしかない(もっとも、私が本ブログで高い高いと言い過ぎたのか、先日、初対面の事業者に現行の手数料率をお伝えしたら「その数字ならほっとしました」とおっしゃってくださったが)。一方、私たちで販売させてもらう座席数は、繁閑に応じてしかもリアルタイムに事業者側でコントロールしていただいている。満席確実と判断した便はわざわざ余計な手数料を持ち出す必要はないからだ。私たちとしては、正直に言うと、例えば鉄道の車内吊りポスターで事業者自身が「高速バスの乗車券はコンビニで、○○サイトで」と宣伝してくれ、さらに各事業者のサイトからリンクで誘導してもらい予約と発券だけを請け負ってその手数料率なら、そして繁忙日も対象座席数を制限がかからない立ち位置なら、私たちの手数料率より低くても「おいしいなあ」というのが本音ではある。だが本来の立ち位置が他のサイトと違う以上、私たちとしては、事業者からいただく手数料以上のコストを新規需要の開拓に投下することもできないことを憂慮すべきだし、なにより、事業者のサイトからリンクで送客されたり繁忙日も無制限に座席を取扱いできたりすれば、私たちはどうしてもそれに甘え新規需要の開拓に手を抜くだろう。お互いに高いハードル(私たちとしては、手数料率がネックとなって路線バス事業者との契約が進まない、あるいは今後も繁忙日に座席を提供してもらえないリスク。事業者にとっては、手数料負担と、それを最小限に抑えながらも売上を最大限にするための細かな座席コントロール)をかかげることでこそ、お互いにもたれ合う関係ではなく、お互いを高め合う関係になれると信じている。事業者自身が、手間とコストを従来よりかけ、新しい需要を自ら能動的に掘り起こしに行くことこそ、それによる成功体験を経営者も担当者も一人ひとりが感じることこそ、バス産業再浮揚の、小さくとも意義のあるきっかけになると信じている。板ばさみになる担当者の皆様には心苦しいが、生みの苦しみを避けて通るわけにはいかない。生みの苦しみを味わいたくないと考えていれば、そもそも私は何も今の会社に転職し、針の筵のようになりながら既存事業者に提案を続けるような生き方は選ばなかっただろう。この手数料率の問題は何かの象徴のように感じるだけに、簡単に妥協しないよう自らを律しながら、時間をかけてでも各事業者のご理解をいただくしかないのだ。それこそが、その事業者や業界の将来に必ずプラスになると信じているから。
2010.11.11
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「分かる」こととは「分ける」ことである。例えば、私はよく<高速バス市場の「本丸」である短・中距離の多頻度昼行路線には高速ツアーバスの進出は難しい>とあちこちでお話しているが、なぜそうなのかを理解するには、この事象をいくつかの側面に分けて考える必要がある。第一に、市場環境である。ホワイトスペース(誰も開拓していない、潜在需要の大きい市場)として残っていた大都市間(首都圏~京阪神など)では、高速ツアーバスはウェブマーケティングを積極的に活用することでホワイトスペースの掘り起こしに成功したが、地方部、特に短・中距離路線では高速路線バスの習慣的利用が定着しており転移は難しい(※なお、「ウェブマーケティングによる需要掘り起こし」と「(電話予約から)ウェブ予約への転換」は明確に意義が異なる点、留意いただきたい)。第二に、高速ツアーバスという業態そのものの限界がある。短距離になればなるほど、また多頻度になればなるほど習慣的利用が増え当日発券の(要するに「気軽に飛び乗る」)ニーズが増えるが、事前決済や旅行条件書の手交を必須とする高速ツアーバス業態は不利である。第三に、事業者の規模。この種の路線ではフリークエンシーこそ重要であるが、中小の旅行会社および貸切専業者には一気に何往復もの運行は投資が困難である。つまり、この種の路線で高速ツアーバスが成長しない理由だけを見ても、「市場」「商品(業態)」「企業(事業者)」それぞれの分野に分けて考えることができるのだ。<ツアーバスは安いから伸びたんだ>という感覚的な分析、<ツアーバスは自由度が高くて不公平>という漠然とした被害者意識、<金儲け主義でバス屋の流儀が通用しない新参者>という蔑視を伴う恐怖感からは何も生まれない。なぜ、そうなのか。一つひとつ冷静に「切り分けて」考える必要がある。実際、多頻度昼行路線への新規参入が成功している例として JRバス関東の新宿~佐久線が挙げられるが、上記3つの条件のうち2つ(「乗合」業態であることと、「多頻度」であること)をクリアしている。逆に言えば、何らかの形で3つのうち2つの課題をクリアすれば、他の路線でも新規参入が成功しうる可能性を示している。この「分ける」こと、かっこうよく言えば「因数分解」する手法は、高速バス業界全体の将来を考えるに当たっても有効だと思う。もう一度、これまで漠然と「高速バス事業」と捉えられてきたものを因数分解してみると、3つの要素に分けられるはずだ。まずは「運行」という要素である。車庫や車両などの設備を保有、乗務員や運行管理者などを雇用し教育して安全・安定輸送を行なうという要素である。第二に、「計画・企画」という要素。需要を見極め路線を設計し(高速路線バスであれば各種申請を行ない)、時刻や価格(運賃または料金)を決定する。第三は「販売」。これにはブランドの育成も、チラシやポスター、ウェブなどのプロモーションも含まれる。従来、この3要素は路線バス事業者が一貫して担当してきた。いい意味でも悪い意味でも高速バス同士の競争が無かったころからの流れである。今、高速ツアーバスという業態の登場がそれを変えつつある。運行-企画-販売という垂直分業モデルが(課題は数多いにしても)一つの成功を示したのだ。ただ、これからも長く続くであろう我が国の高速バスの歴史の中で、誕生して10年、急成長を始めてわずか5年の高速ツアーバスのモデルなど、それがゴールだとはとうてい思えない。先を見ようとする一部の会社たち(老舗の路線バス事業者も、高速ツアーバス企画実施会社も)は、従来の「一気通貫」モデルの長所短所と、高速ツアーバス型「3業態垂直分業」モデルのそれとを比較し、高速バスの新しい事業モデルの構築へ向け模索を続けている。彼らが強く意識しているのは、環境の変化である。高速バス同士の競争は(方法論に議論はあるとしても)既に始まった。そして、高速バスにはまだ潜在需要があり成長余地が十分残っていることが、この数年、証明された。それにより、高速バス経営の3要素(「運行」「計画・企画」「販売」)のうち後者2要素の重要度が一気に増したのだ。これまで「運行」に関して徹底した専門性が求められていたのと同様、「計画・企画」「販売」においても高い専門性が求められる時代になった。実際には法令の縛りもあり、彼らと出し合っているアイデア全てがすぐに実現するわけではない。しかし既存事業者が高速路線バスの販路拡大のため私たちのサイトを活用し始めたり、彼らが自社ブランドで高速ツアーバス事業に参入したりウィラー・トラベルやオリオンツアーらと提携したりという動きがその第一歩であることは間違いない。少なくとも、しばらく前の閉鎖的な雰囲気は消え始めている。これからも一歩ずつながら着実に進展があると思うので期待していて欲しい。私としては、業界内の色々な立場の皆さんと(時にはお酒を飲みながら)新しい事業モデルについて模索し議論するのは本当に楽しい時間だ。そのような議論の中で、一つだけ、私がこだわっている点がある。それは、それぞれのプレイヤーが「安住」しない仕組みを作ることである。例えば「販売」に関して、「全国のあらゆる高速バスを取扱う」ことは私たちのサイトのゴールではあるが、「高速バスはある特定のサイトでしか予約できない」などという状況は望まない。競争が無くなった瞬間、成長が止まるからだ。「運行」サイドもそうだ。<お客様が何人乗ろうが、それは「企画」側の問題で「運行」会社には関係ない>と現場の乗務員がタカをくくるようなモデルでは、いいサービスができるはずがない。高速バス事業にたずさわる各プレイヤーが、それぞれの強みを持ち合ってより強い高速バス事業を育てる仕組みを作っていくのだ。もちろん、あらゆるプレイヤーの中で、従来から「三要素」全てを担ってきた唯一の存在である既存の高速路線バス事業者こそが、その中心的役割を果たせることだけは言うまでもない。ただし、環境に合わせて常に変化を模索し、試行錯誤を続けることができればさえ。
2010.11.05
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