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人と人はつながっている何かを共通点として学校、社会、サークルの縁で出会い、出来事、事態に遭遇して上を目指しながらその段階での交友ができる調和した交友は時を隔てても変わることなく良心に従った対応をしていればその人の人脈に成っていて顔が広いということは可能性が高いということで良き因縁側での交友は多くの恩恵をもたらして身を助け、安心の元に成っている人の心はいつも不安定で、強い信念の裏付けが有っても迷ってしまう。選択の積み重ねで生きているようなもので、ちょっとでも大きな分岐点での選択には迷いが付きものになっている。知識、智慧のなさを嘆くこともしばしばでさらに上を目指す必要性に迫られている。人と人はつながっているもので、何かを共通点として、学校、社会、サークルの縁で羅網【天がかぶせた一本の糸で編まれた大きな網】での網の目の一つとしてつながっていることに気が付いてゆく。世の中狭いものだと思うようになれば、すべてのものを粗末に扱うことが出来なくなる。出会い、出来事、事態に遭遇して上を目指しながら、夢や希望に向けた段階での交友ができる。心を整えて調和した交友は、時を隔てても変わることなく、永遠の友と言えるような交友もできる。良心に従った義と仁をわきまえた対応をしていれば、その交友は消えることなく広がりが出てくるもので、その人の人脈と言えるものに成っている。顔が広いということは可能性が高いということで、良き因縁側での交友は多くの恩恵をもたらして、感謝と共に身を助け、心の安定の元に成っている。分相応に背伸びをせず、有りのままの自分で無私、利他の誠心で、今を明るく機嫌良く生きることが一番だろう。 2016年11月30日 琢
2016年11月30日
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地震、台風、噴火の災害大国黄金の国ジパング海に囲まれた小さな国土も領海域を入れれば世界で6番目災害に強い国でもやさしく、人が良く親切で品格のある人々金の出土は世界の半分以上火山帯と金の生成に大きな関係が有る苦を超える力、歪まない心あらゆる対応に品の有る魂危機感と想像力、多様性が未然に被害を小さくする更に今まで以上の金の埋蔵が有るという神仏の恩恵も多いまだまだ無限のエネルギーが秘められている井の中の蛙大海を知らずと言われた小さな島国も、封鎖をといて世界に出れば一躍経済大国になってしまう国。一致団結すればものすごい力をもっている国。地震、台風、噴火による災害大国でも黄金の国ジパングと言われていた。開国以来金の大半が世界に流出したという。海に囲まれた小さな国土も、領海域を入れれば世界で6番目の面積だという。災害大国と雖も、やさしくて人が良く親切で品格のある国民性。何で海洋開発をしなかったのかと思う。金の出土はこれまでの世界の半分以上だという。火山帯と金の生成には大きな関係が有ると言われている。まだ今まで以上の埋蔵が有るという。この日本の国には苦を超える力に優れ、歪まない心が有って、あらゆる対応に品が有る魂の遺伝が有るのだろう。危機感と想像力察する心・洞察力、多様性が未然に被害を小さくしている。東京オリンピックでは、景観と文化の美しさとそういう心でのおもてなしを世界に知らしめてほしいと願っている。神仏の恩恵の多い国。まだまだ無限のエネルギーが秘められている国。それが日いずる国、旧約聖書でも予言している救世主ミカエルが下りてくる東の果ての国なのかも知れない。 2016年11月29日 琢
2016年11月29日
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収穫が多いほど一年は永く感じ収穫が少なくなるほど一年が短くなる歳と共に深いものを求め魂が磨かれるほど輝きを増してゆく体は歳と共に衰えてゆくもの苦に学ぶこと多く超えるたびに奥深くなってゆく心の奥に有る魂には前世からの願いが有って自覚してその願いを果たす途上では迷いはなく悔いの無い不動の自分になっている忘却、喪失、無知から始める人生だが、この忍土では一から学び、得た知識を実践することから体験を積み重ねて自分にしか使えない智慧を身に付けてゆく。始めはすべてが新鮮で、好奇心に目を輝かせながら何でも触ってみながらどんなものかを知ってゆく。この遍行から作意、触、受、想、思で得た収穫が、別境では欲界のもの、勝解、念、定、慧の順に心・魂に浸み込んでゆく。幼い頃の一年は永かったが、歳と共に短くなってゆくのも無知を解消しながら智慧を身に付けて、魂の中の意識に潜在する今生の使命を思い出してゆく。歓びの中から勇気と気力を備え、苦から学びながら自分を整えて調和させてゆく。その途上で自分の本心からの願いに気が付いて自覚できれば、その使命を果たそうとミッションワークに就くことになる。それを果たす道に迷いはなく、悔いの無い不動の自分に成っている。魂はあらゆるところに転生するたびに、それぞれの常識を超えて全貌の確認をしているのかも知れない。 2016年11月27日 琢
2016年11月27日
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落ち着くこと感情の高ぶりを抑えて冷静になることとらわれを解除して末路を想ってみること何処で踏みとどまるかは経験の差が出るが丹田に重心を感じるようにして興奮を抑えること後の祭りにならないようにその場で止観も必要なときが有る一瞬の出会い、事態で人生が変わる短気を起こさないこと瞬時の判断力を培っておくこと法を犯すときもそうで後悔先に立たずあんなことしなければよかったと何度も思った経験があるだろう。思い出すたびに苦い思い出もたくさんあるだろう。やっちゃった過去は戻らず、過去に学んで自分に戒めておくこと、改めておくこと、浄化しておくこと、二度と同じ過ちをしないように自分に良く言い聞かせておくことが、自己の向上につながってゆく。感情の動きが止められず、高ぶってしまった感情をどう抑えるか、冷静になれるか、とらわれを解除するかが分岐点になる。末路を想って、転依、即時にチャンネルを変えるか、気分転換できるか、発想を変えてみることから、どこで踏みとどまれるかには経験の差が出るところだろう。肝を据えること、丹田・へそした三寸に重心を感じるようにして動揺しないように心掛けること。後の祭りにならないように自分を戒めておくこと。一期一会、一瞬の出会いや事態で人生が変わることも有る。短気を起こさないこと。瞬時の判断力を培っておくこと。法を犯すときもそうで、後悔先に立たずだろう。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろくこれが般若心経 空のこころなり 2016年11月26日 琢
2016年11月26日
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内を見つめるときは人は人、自分は自分関わるときは責任を分担する共に明るい未来に向けて喜びを分かち合う自覚決して責任逃れをせず自分を調和させ、整えてゆけば迷い、妄想、錯覚、幻覚は未生のものと動揺することなく過去の現実にヒントを得て結果未生のカオスに対応すること準備を怠らず納得の現実と向き合うことその心構えが先を拓くことになる年を経るにつれて体は衰退に向かうものだが、心・魂はますます輝きを増してゆくものだという。サムエル・ウルマンの「青春」の詩には、青春は年齢を言うのではなくと有る。好奇心は大人になれば無くなってしまうものでなく、解らないものを知りたいという興味は歳に関係なく、触れてみたくなる衝動は年齢には関係がないように思う。やってみたいと思うこと、それをやることを遍行と言って、体験してみなければ分からないことに挑戦する心は誰にでも有って、未体験でも興味のあることにとらわれてゆくのが生きている人間だろう。この世に共生していれば、共生のためのルールが有るが、その範囲内で摩擦を起こさずにみんなが笑顔で共生するには、自分の内側を整えて調和させておくことだろう。自分が関与したことの責任逃れはできず、人の人生を変えてしまうことも多い。良いことも悪いことも共に責任を分かち合う心が必要で、良い時だけ自分の手柄、良くない結果には知らん顔では通らないのがこの忍土の世だろう。迷い、妄想、錯覚、幻覚はとらわれからくるもので、未だ現実に起こっていないことを思い悩むことなく、冷静な心で過去の現実にヒントを得ながら、結果未生のカオスに適切な対応をすること、その心の準備が大切だろう。洞察力と自分の本心に嘘をつかないこと。自分の心が、魂が納得の現実と向き合うこと、その心構えが先を拓くことになる。 2016年11月25日 琢
2016年11月25日
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障碍や試練の問題を与えられたとき進化のための必然の呼びかけととらえる一見ピンチと思うこともチャンスに変えて正面で受け止めてことに当たることランクアップへの挑戦と取り組めば超えるための目標が見えてくるそれまでの準備が適切であったかこれからどこをどう修正するか至らないところが浮上してくるが放棄せず、諦めずに飽くなき努力を重ねれば今までにできなかったことが出来るようになる天はいつも自分にそう言う試練を与えるものだ気力がそれを超えさせる天はその人に、やること為すことのすべてを失敗せしめ、思い通りにさせないものだ。人は強靭な精神力を培うために、次から次へと多くの障碍や試練を必然的に仕組まれているもので、夢や希望が有れば、なにくそという気力で真正面で立ち向かってゆく気力を整えることの大切さを孟子は言っている。ピンチをチャンスに変えてしまう強靭な精神力が必要で、気力さえ整えれば、それまでにどうしてもできなかったことが出来るようになるもので、天はそういうことを仕組んでいると思うことが大切なことだろう。問題を与えられたときに、それは自分の進化のために仕組まれた呼びかけととらえることが、前向きになることが大切だということだろう。自分のランクを上げるための挑戦と前向きになれば、超えるための課題や目標が見えてくる。それまでの準備が適切であったか、これからどこをどう修正すれば良いかが見えてくる。それでも至らないところが浮上してくるが、決して投げ出さず、諦めないこと。飽くなき努力を積み重ねることから、試練や障碍を越えるたびに真念が自信に変わり、確信に至るときに成就の確率が高くなっているのだろう。 2016年11月24日 琢
2016年11月24日
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苦を滅するには心の荷を軽くするための見切り、割り切りが必要だがその滅し方で先が変わる悔いの無いように広い視野で懐を深くして適切な方法を選択すること関わりを断ち切らないようにただ消せば良いのでなく理に叶った自分らしい滅し方で円く治まる方法を選ぶその場しのぎでなく他の信頼を裏切らないようにカオスへの対応には慎重であることそこに一貫性をもたせることあれもこれも、問題山積に成れば、自分の未熟を正すことなく、投げ出したくなったり、願ってきたことを諦めようとしたり、放置してさらに荷を重くしたりで、苦が複合してどうにもならないようになってしまう。四諦は、苦、集、滅、道の苦の消去法を言うもので、四苦八苦に出遭う苦と自分がつくり出す苦を、自分を修正浄化しながら摩擦を少なくして自分の願いの方向に、迷わずに一本の白い道を見つけ出す、自分の本心からの使命を自覚するための方法、目的に向かわせる方法を説いている。苦を滅するには心の荷を軽くするための、見切り、割り切りが必要だが、その滅し方で先が変わって来てしまう。悔いの無いように、広い視野で懐を広くして、適切な方法を選択すること。関わりを断ち切らないように、ただ消せば良いというものでなく、理に叶った自分らしい、自分と人の歓びにつながる滅し方で、すべてが円く治まる方法を選ぶことが自分の使命と自覚できる道になる。その場しのぎでなく、他の期待、信頼を裏切らないこと。カオスへの対応に慎重であること、そこに一貫性をもたせることが、自分の願いの成就につながって来るのだろう。末路を見定めて、良い方向に導くための滅を描くことだろう。 2016年11月23日 琢
2016年11月23日
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気が急いているときは注意力が散漫で焦りやすくじっくりものを考えられない正常な判断が欠乏しているときで思わぬつまずきをしやすくなっている慌てずに一呼吸置く方が良い視野が一方的になり周りに気配りができず一を捨てるかすべてを捨てるか立ち止まって考える必要が有る結果に学ぶことが多く未然の防御に気が回らない多くの失敗の元に成っている人の歩みの途上には戒めておくことが多いちょっと考えてみれば解かることを考えもしないで、思い付きの行動をしてしまって窮地に陥り、誰かに助けを求めることが多い。そういう時に恩恵が有るが、自分が助かることばかりで感謝すらできない人も多い。要注意なのは気が急いているときで、せっかちになっていて単細胞的なことをしている場合が多い。注意力が散漫になっていて、焦りやすく、じっくり考える余裕がない。正常な判断力が欠乏しているときで、思わぬつまずきをする場合が多い。ちょっとまてをかけるべき時が有るもので、慌てずに一呼吸置く方が良い場合が多い。視野が一方的になりやすく、周りに気配りができていない、場を読めていない場合が多い。多くの選択肢を思えば、一を捨てるか全部を捨てるかの大きな決断にさえ気が付かないことも有る。とどまって考える必要が有る。結果に学ぶことが多く、今は今、まだ変えられる、過去なってしまえば変えようがない。未然の防御が出来なくて苦労した過去を思えば、今立ち止まる時間は無駄にはならないだろう。多くの失敗の原因になっていることは歩みの途上にはたくさんあるもので、悔いを残さないための戒めはたくさんあるだろう。 2016年11月22日 琢
2016年11月22日
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たるんでいるとは弦が弛んでいて音が出ない状態機能を果たせない状態で風邪をひきやすく張りのない状態頭のはたらきが鈍く気が付くのが遅くチャンスを逃しやすい一期一会を大切にできず瞬時の何かを見逃して大失敗の前兆になる危機感が無く相手の立場に立てず自分だけの興味に走りやすい常に自戒して油断しないことが自分を守ることになる自助努力は前だけでなく後ろにも注意を払い、六方を敬い、相手を理解して受け入れることも大切なことで、素直で謙虚に自己の改善に努めることが自分を守ることになる。隙が無いこと、一直線に前に向かうだけでなく、前後左右上下に柔軟に気を配ること、恩恵に感謝すること、人を粗末に扱わないことが大切なことだろう。たるんでいれば、弦が弛んでいて音が出ない楽器のように、機能を果たせない状態で、風邪をひきやすく、張りのない状態で、障碍や試練を超えられない状態になっている。頭のはたらきが鈍く、気が付くのが遅い。チャンスをみすみす逃してしまい、一期一会を大切にできていないで瞬時の大事なことを見逃して、大失敗の原因をつくることになってしまう。危機感が無く、相手の期待に応えられず、自分だけの興味に走りやすく、人のことより自分だけの都合を優先してひんしゅくを買い、失脚して孤立することになる。気を緩めることなくいつもこういう戒めをもっておくことが大切なことだろう。 2016年11月21日 琢
2016年11月21日
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人間には自己顕示欲、自我我欲、自己保存がある怒り、怨み、憎しみが同族の殺し合い、殺戮の戦争を引き起こすその恐怖や苦しみは体験したものにしか分からず歴史はその繰り返しをしているささやかな幸せを求めのどかな田園を求めているが人類の願う平和は遠い世界差別、劣等感のコンプレックスが良心を忘れさせてしまう良心に従い、我欲を通さなければ貧困の中でもそれなりの楽しさが有るどんな状態に陥っても自分に与えられた試練と受け止めて自分を調和させて整えれば摩擦は少なくなる裕福な国の子供たちの笑顔より、貧困で家計の手伝いのために地雷で大けがをした子供たちが遊んでいるときの笑顔の方が本当の子供の笑顔だと感じる。歴史を観れば戦争の繰り返しで、動物は同族を殺さないのに、何で人間だけがそれを繰り返しているのかと思う。20世紀の時代の三毒は、唯物主義、刹那主義、利己主義だという。何かを置き忘れて来てしまったような今の21世紀。見えるものしか信じず、それを求めてきた世界。その原因は人間の脳が新皮質脳で、それには自己顕示欲、自我我欲、自己保存が有るからだという。怒り、怨み、憎しみが、同族の殺し合い、殺戮の戦争を起こしてしまう。その恐怖や苦しみは体験したものにしか分からず、歴史はその繰り返しをしている。ささやかな幸せを求め、のどかな田園を求めているが、人類の願う平和は程遠い世界。差別、劣等感のコンプレックスが良心を忘れさせてしまうからかも知れない。良心に従い、今心を原点に戻して、我欲を通さなければ、貧困の中でもそれなりの楽しさが有ることに気が付くだろう。どんな状態に陥っても、自分に与えられた試練、その条件制約を自分に与えられた縁と受け止めて、自分を調和させて整えてゆけば、摩擦はもっと少なくなってゆくだろう。 2016年11月20日 琢
2016年11月20日
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自分が正しいと錯覚していれば至らなさへの不満や怒り他に迷惑をかけていることの自覚が無く迫害と思うことが多い怨み、憎しみの悪意の有るものと善意と好意の有るものその区別がつかず自分に向けられた嫌がらせと受けてしまう自分の誤解から始まる歪みが多く素直に受け止めて自己検証をしてみれば相手の側で観る中道の心正法に照らして自分を整えれば迫害は少なくなってゆくいつも自分を被害者意識の中に置いて、自分本位の身勝手な望みをかなえようとしていれば、この忍土の世では通用するものが無く、全部人のせいにして自分を改めることが出来なくなってしまう。相手の真意を観ようとしなければ、自分のことばかりで他に信頼されることが無くなってしまう。自分が正しいと錯覚していれば、至らなさへの他の不満や怒りや迷惑をかけていることの自覚が無く、思い通りにならない障碍や試練を迫害と思ってしまう。怨み、憎しみの悪意の有るものと善意と好意の有るものの区別がつかず、自分に向けられた嫌がらせと感じてしまう。自分の誤解から始まる歪みが多くなってしまう。素直に謙虚に受け止めることが出来るようになれば、自己検証してみれば解かって来ることが多い。相手の側で観る中道の心を培い、正法に照らして自分を整えて調和することが出来れば、迫害は少なくなってゆくだろう。生い立ちや育ちから影響を受けた基盤の違いは、これが正しいというものは無く、そこに有る常識の違いも、何が正しいかの基準は無いだろう。何度も転生してくるのはその確認でもあるのだろう。 2016年11月19日 琢
2016年11月19日
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有頂天に酔いしれていたいそこに甘んじていたいその時に進化向上は止まっている厳しい道を超えるとき人は深化向上する競争社会では勝つことに意義を感じるがその過程に意義がある結果にその原因を見い出し修正浄化するがその途上で学ぶことが多く勝利は単なる通過点の一つでそれが自信になるが酔うことで過信して錯覚する場合が多く勝手兜の緒を締める次の準備に入ることが大切だろう酔心悦に入る。願いが叶ったとき、努力が実ったとき、欲しいものを手に入れたとき、その時はうれしく満足感に充たされている。その歓びが有るから頑張れる。四苦八苦ばかりで苦が多いときに、時々得る歓びが有るから、次の意欲も増してそのための準備に入る。六道は地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の状態で、天は神仏の領域ではなく、荒んだ世界の中で自分の願いが叶ったときに人は有頂天になってしまう。そこに酔いしれていたい、甘んじていたいという心が勝ってしまう状態にとどまっていることを言う。その時に進化向上は無く、厳しい道を超えるときに人は深化向上するもので、常に感謝、反省、敬意を念頭に謙虚に進むこと、勝って兜の緒を締めること、次の準備に入ること、願う果報を得てもそこに止まらず、単なる通過点と素直に思う心で、気を引き締めて次の準備に入ることだろう。勝つことに満足は有るが、その過程に意義が有るもので、恩恵がはたらいたから勝つことが出来たと感謝すること。ただ勝つこと、負けるときもあること、その結果に原因を見い出して自己の修正浄化をしておくこと。その途上に学ぶことが多く、通過点の一点にとどまることなく、過信や錯覚を起こさずにいつも謙虚である心掛けが必要だろう。 2016年11月18日 琢
2016年11月18日
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順調に行く人、障碍だらけの人苦は全員が出遭うもの何故か自分が関わる組織は入ったときから悪いものが噴出してくる何処に行っても引き締めが始まる何で自分のゆくところばかりがとしかし救いも有ったように思う今ではそういう道をゆくものだと苦境を縁と思うようになった和を大切にしてきたが消えてゆく友も多かった神経症も途上のものだったそのための戒めが怒らず 怨まず 憎まずだったすべて善意で明るさを失わなかった楽観的で阿呆な男だから助かってきた幼い頃は、この世に一人くらい苦の無い人生が有っても良いだろうと思うことが有ったが、出帆してみればすべてその逆の道だった。孟子の言葉に、天はその人に、何をしても失敗せしめ、すべて思い通りに行かないように仕向けるものだ、そうして強靭な精神力を身に付けさせ、それまでにどうしてもできなかったことをできるようにさせるものだ、を見つけたとき、全く同じだと思った。自分が関与する組織は入ったときから悪いものが噴出してきて引き締めが始まり、楽をできる要素が全くないところばかりだった。自分の無力、気力の空回り、良い会社に見えていても中は火の車で、入ったばかりで何が何だか分からない状態ばかりだったような道を歩んできた。神仏はどこかにいるのかも知れないと思えたのは、いつもどこかに救いが仕組まれていたような気がするからだろう。その積み重ねから、今では、そういうものすべてをひっくるめて与えられたのが自分の人生なのだろうと思う。苦境を縁として甘えは許されず、そういう状態を縁として何を学んで、どこをどう修正浄化するかを問われているのだと思う。うつ病も途上には有った。いつも心掛けてきたのが、怒らず、怨まず、憎まずの三つの戒めだった。すべて善意で明るさを失わないように心掛け、楽観的で阿呆な男で良かったと思うことが有る。 2016年11月17日 琢
2016年11月17日
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何かに挑戦すればいろんな引き出しを開ける協力や紹介の依頼や手伝い終わったときが大切で感謝、挨拶、報告で関わりを保つこと引き出しを締める終戦処理の大切さそれをいい加減にすれば相手にされなくなる人生は苦というが自分でその種を蒔いている場合が多い問題の先送りや省略が心の荷を重くする消去法はその問題を適切に滅することで背負った荷を下ろせば心が軽くなるそれが四諦で道が開けてくるただ滅するだけで良いのでなくその滅し方で自分の心が整ってくる何でもやりっぱなし、後は野となれ山となれでは他の協力が得られなくなって成就が程遠いものに成ってしまう。自分一人の無力さ、愚かさを自覚できれば、他の協力や他との響働が不可欠だと気が付くだろう。何かに挑戦しようとすれば、いろんな引き出しを開けて果たそうとする。協力や紹介の依頼やお手伝いをお願いすることになるが、終わったときが大切で、感謝、挨拶、報告を怠らずに関わりを保っておくこと。引き出しを締める終戦処理を怠れば、次から相手にしてくれなくなってしまう。自分の都合の良い時だけ頼みに来て、後はほったらかし、感謝の言葉すらないと、相手を怒らせてしまう。人生は苦だと言うが、自分でその種を蒔いている場合が多く、果報側のことばかりで身勝手なことをされたときの相手の気持ちを考えることが無ければ、そこで起きる現象は自業自得ということになる。問題の先送りや省略が心の荷を重くしている。消去法はその山積みの問題を適切に滅することで背負った荷を下ろせば心が軽くなって来るもの。それが四諦【苦諦、集諦、滅諦、道諦】で道が開けてくるのだが、ただ滅すれば良いのでなく、どういう滅し方をすれば自分の願いが叶うようになるかが重要なことだろう。滅し方次第で自分の心が調和されて整ってくるのだろう。 2016年11月16日 琢
2016年11月16日
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感情は動いて自然なもの凡人であろうと覚者であろうと六根が健在であるほど内側の動きは生きている証拠視界を狭くして半眼にしても動くものは動く外への対応を示すものだが経験を積むほど一貫した心構えができるもので理性的で適切な対応をする大人になるほど心を現わさなくなるもので能面のような無表情も対応の内で心を見せないのは弱さを示すもの有るものは有るもので有るがままで良いのだろう大人になることは迂闊に自分の心を見せないことだと思っている人が多いが、愚かさの自覚のないものが自分の心をコントロールすれば正直なところが観えず、全然面白くない人間だと思われてしまう場合が多い。楽しいとき、嬉しいとき、苦しいとき、悲しいときはそれぞれの心になっているはずが、表情に出さないことを美徳とすれば、その心が観えず、何を考えているのかも観えずに、人を失望させたり、誤解されたりする場合が多い。感情は動いて自然なもので、凡人であろうと、覚者であろうと六根が健在であるほど外からの情報に敏感なのが普通だろう。内側が動くのは生きている証拠で、視界を狭くする半眼にしても、動くものは動く。外への反応は出て当然だが、経験を積むほどに一貫した心構えができるもので、理性的で適切な対応ができるようになる。大人になるほど心を現わさなくなるもので、能面のような無表情も対応の内と自分の心を見せないのは弱さを示すものだろう。空は自己顕示をしないこと、我欲を出さないことの状態を言うが、自然な心や感情の動きは表に出て当たり前で、有るものは有るもの、有るがまま、有りのままで良いのだろう。 2016年11月15日 琢
2016年11月15日
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興味あることはやってみること実践して体験すればどういうものかが分かる単なる知識だけでは智慧に成らず体幹に入って初めて使うことが出来る他の悲苦を解るのも自分の体験が元で分からないことはいっぱい有るすべてに共通するものだが体験したこと以外は想像するしかなく察するには高い教養が必要になる体幹に入ったものは自然に使えるもので自分では特別なものとは感じない智慧は先を拓き、自他の救いになるものだろう人には好奇心が有るが、心はそれに誘発されて興味あることを知りたくなり、知れば自分でやってみたくなる。何かに駆り立てられてやろうとする、じっとしていられないのが人間だろう。やってみなければ分からないことばかりで、やればどんなものかが分かり、好きだと思うことはもっと掘り進めたくなる。作意、触、受、想、思が遍行で、別境では、欲、勝解、念、定、慧で、単なる知識が智慧になる過程のことで、転識得智・てんじきとくちと言っている。単なる知識も使って身に付ければ体幹に入って応用が利くようになり、自然体でいれば、瞬間に使うことが出来るようになる。どんなものも練習、準備をすること、その積み重ねから身に付いたものに成って体幹に入ってゆく。人はすぐに忘却してゆくもので、何度か使えば残っているものでも、身に付いたもの以外は時と共に劣化して忘却してしまうようになっている。体験したこと以外は想像するしかなく、思いやり、気くばりの菩提心が有れば我がことのように察することだが、察するには高い教養が必要になって来る。短歌や俳句は短い言葉で表すものだが、その情景、背景、心情を読み取るには、広く、深い知恵が必要になってくるものだろう。 2016年11月14日 琢
2016年11月14日
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嫌な予感は過去の経験からの場合が多く疑問、不信からの妄想も有る迷い、錯覚、不安は現象ではなく現象が起きる前に修正対処ができていれば不安は解消する弱点がある場合に不安が多く事前に克服しておくことすべてに準備が必要で万全のつもりでも確信が持てないときは愚かさの自覚と謙虚な心が必要で感謝、反省、敬意を忘れないこと妄想に振り回されないこと直感的な恐れ、必要以上の恐怖感、警戒心が何処からくるのかを思えば、過去に痛い目に遭った経験からの場合が多い。デカルトの言う「方法的懐疑」は人間ならみんな持っていて、一応疑ってみてそれが解明されれば歩を進める、石橋を叩いて渡るところが有るのは身を守るには当然のことだろう。無知から始める人生には、与えられた好奇心がどんなものにも興味を示し、知識を広めてゆくことから始めるのが常道になっている。嫌な予感がするときが有るが、過去の経験からの場合が多く、疑問、不信からの妄想もある。迷い、錯覚、不安は現象ではなく、危惧する心、警戒心からで、現象が起きる前に対処できていれば、そういう不安は解消する。弱点がある場合に不安が多く、事前に克服しておくことが大切だろう。すべてに準備が必要で、万全のつもりでも確信が持てないときも有り、自分の愚かさの自覚や謙虚で素直な心がことを大きくしないためには必要な心構えだろう。感謝、反省、敬意を忘れないことが重要なことで、まだ起きていない妄想や錯覚などの想像に振り回されないことだろう。 2016年11月13日 琢
2016年11月13日
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生い立ち、育ちで常識が違う何を基準に判断するか自分の信念に間違いはないか迷い、葛藤するとき新たな気付きがある過去にとらわれていないか既成概念に固執していないか他のせいにして反省を怠っていないかカオスの対応に油断が無かったか苦には必ず原因が有る出る杭は打たれるもの慢心、誤解、錯覚が無いか自己検証すれば修正箇所が見つかる怠惰に栄光は無い人のせいにして逃げるたびにずるい人間になってしまう。改めるべきところは改めておくことの大切さ。人は三つの「ち」、血筋、育った地の風土、時代の知の影響が有り、その生い立ちや育ちがその人の基盤になっている。どれが正しいかは無く、どの基盤の常識が良いかというものも無い。それぞれには理想は有るが、その基盤の条件制約の中で、これしかなかったという歩みをしている。経験を積んで知恵がつくほど一皮むけた自分に変わってゆく。殻を破れない要因には、信念の間違い、過去のとらわれ、既成概念への固執、責任転嫁が有って、どんなことにも原因と結果の法則がはたらいている。四苦八苦【生老病死、愛別離苦、求不得苦、怨憎会苦、五蘊盛苦】は誰にも仕組まれている苦で、そこから逃れることは無く、三つの自覚【忍土、愚かさ、恩恵】の上で受け止めて向上してゆくしかないだろう。カオスへの対応に油断が無かったか、苦には必ず原因が有る。慢心、誤解、錯覚が無かったか、自己検証を怠らないこと。そこで気が付く原因を修正浄化しておくことが大切で、怠惰に栄光なしということが言えるだろう。人の世は 必然の道 天の道 歩むべき道 辿るべくして 2016年11月12日 琢
2016年11月12日
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本当の愛はすべての幸せを願う独占欲を超越して自然の摂理に溶け込んでいる赦す心が深く、許容が広い代償を求めず無駄や失敗の意味を包容しすべての歓びのためにはたらいている差別なく恩恵を施し明るい微笑みを与えているかたよらず こだわらず とらわれずひろく ひろく もっとひろく神仏の愛のように大慈大悲の心で人の菩提心を引き出している自然の摂理に学び、無知から学んで広い知識を得ながら好奇心の赴くことをしようとするのが人間で、初めはもらう幸せの恩恵を受け、できるようになる幸せを得れば、次には人にしてあげる幸せを自分の歓びと感じるようになる。そこに流れているのが愛で、親、家族、友人、知人、仲間、同志との絆には広い愛が流れている。仏教でいう発菩提心は、そういう心を育んで修菩薩行に励むことだろう。本当の愛はすべての幸せを願う心で、独占欲を超越して、自然の摂理に溶け込んでいるものだろう。赦す心が深く、許容が広いもので、代償を求めずに与えっぱなしのものだろう。何かをしようとして重ねる無駄や失敗の意味を包容し、すべての歓びのためにはたらき続けているもので、差別なく恩恵を施し、明るい微笑みを与えているのが愛だろう。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろく神仏の愛のように、大慈大悲の心で菩提心を引き出して、そこに自分の生まれてきた使命を自覚すること、それが魂に潜在する願いを果たさせてくれる力になるものだろう。すべての人が求め続けているものは、すでに自分の魂の中に有るものだろう。 2016年11月11日 琢
2016年11月11日
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ウサギと亀で言えば速いものと遅いもののたとえ男女にも言える精子も同じ傾向が有る家督の継承は男男児は育ちにくく、女児は育ちやすい一族で言えば、男児が多いのは隆盛型女児が多いのは衰退型生真面目で仕事熱心な男に男児が多く温厚でやさしい男に女児が多い男女の交わりでは男の絶頂と女の絶頂に時間差がある男女の産み分けにも共通するところが有る女児が多いのには飲酒と女道楽にも関係が有る人間的ゆとりにも関係が有る自分の心を人に伝えることは簡単なようで難しく、思うように伝えられないときには比喩、何かのたとえ話の方が伝わりやすい。海、山、川や動植物に例えることが多く、表現力と観察力には関係が有る。男女の数が同じくらいなのは自然の摂理にも関係が有る。ウサギと亀に例えることも多く、早いものと遅いもの、男と女にも言える。精子にも同じ傾向が有る。歴史的には、家督の継承は男が多い。男児は育ちにくく、女児は育てやすい。一族で言えば、男児が多いのは隆盛型で、女児が多いのは衰退型と言える。傾向で観れば、生真面目で仕事熱心な男には男児が生まれやすく、温厚でやさしい男には女児が生まれやすい。男女の交わりでは、男の絶頂と、女の絶頂には時間差がある。男女の産み分けでは共通する部分が多い。女児が多い男を観れば、お酒のみが多く、女道楽やプレイボーイの男が多い。一族の周期を観れば、初代はがむしゃらで機関車のごとく走り、バイタリテイの有るものが多く、二代目以降は名誉欲が旺盛になり、七代目くらいになると芸術、美術品の収集に財産をつぎ込んで破綻してしまうことが多い。回転力と平和は反対の傾向が有り、人間のゆとり心にも関係が有る。 2016年11月10日 琢
2016年11月10日
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危ない会社は行ってみれば分かる活気が無く、トイレが汚れている組織の強みはみんなが一丸となっていることやる意志がみなぎっていれば一人の穴をみんなで埋め動的平衡のバランスがとれている風通しが悪ければ一人の暗病反がみんなに伝染してしまいには全体が腐ってゆく一人一人がその役を果たし素直で謙虚で有れば歩き方まで変わって来るみんなの自覚が会社を強くするそれぞれの企業はその専門分野を掘り進めてゆくが、そこに従事しているのは人間で、人は生きるために、家族を養うために仕事をしてその対価を戴いて、自分の将来設計を立てながら、それなりの仕事に就いている。それが自分の使命と同じものであれば迷うことが少ないが、使命と生業の違いに気が付いていない人が多い。仕事と使命が全く違うということは無く、成績を上げた喜びと人間としての自分の本当の歓びとは違うもので、職場の中でもその使命を果たしながら従事することが出来る。自分が誰かの役に立って喜んでくれれば、嬉しい自分がいて、それが自分の歓びになっている。使命の自覚はそのへんに有るのだろう。それが充実していれば、人は生き生きとして働くことが出来る。伸びる会社にはそういう状態が各セクションごとに充たされている。危ない会社は行ってみれば分かるもので、社員に覇気が無く、心の動揺が歩き方や掃除の仕方にまで影響している。整理整頓やちょっとした花の飾りつけにも表れている。風通しが悪くなれば、一人の暗病反がみんなに伝染して、終いには会社全体が腐ってしまう。一人一人がその役を果たし、素直で、謙虚で有れば、歩き方まで変わって来るのが人間だろう。みんなの自覚が会社を強くし、その中に自分の使命も果たす満足感と歓びが有るのだろう。 2016年11月9日 琢
2016年11月09日
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旧交を温める昔の思い出を語り合うこと縁のつなぎ直しは信頼と共に本心で語り邪気の無い恩恵のつながりができる仕事としてでなく人間としてその触れ合いが心を豊かにする利害に関係なく大人同士の関わりで恩着せや押し付けの無い因縁側でのそういう触れ合いが人の懐を深くしてくれる互いに赦せる心で敬意と共に和を結ぶ心に抵抗を感じることが有れば、それが解けるまでは親しみを感じずに和を結ぶこともできない。食べ物に好き嫌いが有れば、人にも好き嫌いがあると言うが、食わず嫌いも結構あるもので、話してみれば思ったほどの人でなかったり、思わず良い部分を見つけ出したり、味わってみて好きになる場合が多い。人は観た目で選択してしまうことが多いが、話してみれば親しみを感じる人が多い。人の好意を粗末に扱わず、大切に交友を重ねていれば、時が経っても依然同様の状態にすぐに戻れる場合が多い。旧交を温めるという言葉が有るが、思い出すことの大切さ、過去に縁があった人との再会は懐かしく、過去に戻ったような気にさせてくれる。昔の思い出を語り合い、縁のつなぎ直しをすることも大切なことで、信頼と共に、本心での語り合いができて、仕事とかに関係なく人間としての触れ合いが人の心を豊かにしてくれる。利害に関係なく大人としての関わりで、恩着せや押し付けをしない因縁側での善意の触れ合いが、人の懐を深くしてくれる。和には赦す心が必須のもので、受け止め合うこと、感謝を忘れず、報恩の心で敬意と共に接すれば、さらに深い和が生まれてくるだろう。時のブランクが有ってもすぐに昔に戻れる交友が、その人の人脈で、都合優先や身勝手な交友を重ねていれば、そういう人脈はできないだろう。 2016年11月8日 琢
2016年11月08日
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歳と共に体調の戻りが遅くさしたる疾患が無くても関節の痛みが有る年々体にきしみが生じて日々の移ろいが早くなる昨日の今日は変わりはないが年代ごとにどこかで変化しているその体と付き合うこと若い頃とは全く違うもので口に出して言う必要はなく自分の意識を変えるしかない不老長寿の薬は無く分相応の生き方をすること日々感謝して今を明るく機嫌良く生きること病気は直せるが体の衰えは、元通りにとはゆかないのが、この世の諸行無常だろう。無理をすれば回復が遅く、心や魂は歳と共に輝きを増すと言うが、意識とは裏腹に、体がついてきてくれなくなってしまう。生きているという実感から、生かされているという意識が強く成って来る。多くの恩恵に感謝するようになり、報恩を心掛けるが体がついて来ず、対象の相手も減って来て、何かの形で後進に恩返しをするしかなく、菩提心・愛・慈悲慈愛の心がさらに必要になってくる。元気は元気でも、歳と共に体の戻りが遅く、さしたる疾患が無くても、毎朝関節の痛みを感じるようになる。体にきしみが出てくるのだろう。日々の移ろいが早くなり、昨日の今日に変わりがなくても、年代ごとにどこかで変化しているのだろう。生老病死の自然の摂理は分かっているが、常に「浩然の気」【宇宙大自然と一体化する心境】を求めながら、自分を調和させ、整えて、その体と付き合って生きること。口に出して言う必要はなく、自分の意識をそっと変えてゆくこと。不老長寿の薬は無く、見えないところで自己管理を怠らず、分相応の生き方をすることが大切だろう。今を明るく機嫌良く生きることに専念すること。 2016年11月7日 琢
2016年11月07日
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相手を変えることはできず自分を変えることはできる語り合えば目標との共通点を見い出せ他の目標になることは可能日々の精進と飽くなき努力の積み重ねは他のお手本になる身を正し、調和させ、整えること感情的にならず、都合優先をしないこと押し付けや恩着せをしないこと堂々と我が道を歩むこと自分を変えれば周りも変わって来る人は目標に向けて自分を変えたいと思っているこの世は思い通りにならないよ世、何をやっても失敗はつきもので、そのたびに恥ずかしい思いや苦痛を味わうことになっている。かと言って、何もしなければ何も起こらず、自己嫌悪に陥ってしまう。どんなことにも準備が必要で、初めからうまくゆくものなど一つも無いのがこの忍土の世だろう。その準備段階で最も可能なことが自分を変えることで、人を変えることなど無理なこと、夢や希望に向けて、実現可能な準備をすること。そのために自分の修正浄化をしておくこと。原因と結果の法則から、難しくしている原因を正しておくこと、他との語り合いの場を増やし、聴くこと、謙虚に素直になること。相手を受け入れて本心で語り合えば互いの理想が見えてくる。日々の精進と飽くなき努力の積み重ねは、他のお手本になるもので、ああいう人に成りたいと思われるような自分に成ること。身を正し、調和させ、整えること。感情を抑制し、自分の都合優先をしないこと。押し付けや恩着せをしないこと。へつらうことなく堂々と我が道を歩むこと。自分を変えれば周りも変わって来る。投げ出さず、諦めないことが重要なことだろう。 2016年11月6日 琢
2016年11月06日
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甘えは人をダメにするものごとを軽く、浅く見て自分を超えようとせず目標を見失っている場合が多い自分を鍛えようとせず拗ねて同情を得るのは相手に甘えているからで発想を転換して自分が変わらなければ落伍して他を失望させてしまう忍土の世では場の雰囲気を読み先を見通すこと、末路にならないように克己することでしか自分の願いは叶わないこの世で一番怖いものは何か。それは自分自身だろう。自分を生かすも殺すも自分自身で、絶望は背負っていた荷を下ろすときだが、新たな光を求めて這い上がり、発想を変えて新たな自分に変わるときと言えるが、人は一度死んだ気にならなければ、すべて托身して自分を変えることが出来ないだろう。甘えは人をダメにするもので、物事を軽く、浅く見て自分を超えようとしない。目標を失っている場合が多く、自分を鍛えることをしない。拗ねて同情を得ようとするのは、相手に甘えているからで、発想の転換・転依して、自分が変わらなければ、悲劇のヒーローに浸っていては、落伍するのが落ちだろう。忍土の世では、自分の本心からの歓びのために、場の雰囲気を読み、先を見通しながら末路に至らないように自分の甘えを捨てて、克己することでしか、迷いのない安定した、一貫性のある歩みから滅に向かうことでしか、自分の願いは叶わないのだろう。忘己利他、無私にならなければ、その境地に至ることはできないだろう。滅とは、四諦の苦集滅道のことだが、苦をただ消すのではなく、消した後も自分の願う状態になっていること、そこに持ってゆくのが道で、当面の目標を立てるということだろう。 2016年11月5日 琢
2016年11月05日
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病気には遠い原因が有ってすぐに出る症状にはストレスの原因が多く微妙な箇所が多い怒り、怨み、憎しみの長い積み重ねは弱いところに出てくる病は気からというが細胞や血流に作用して体力の衰えと共に発症する各臓器に負担がかかればその機能は低下して不能の状態になり細胞にも影響を与える心を全く違うものに集中させれば徐々に正常化してゆく人間の細胞は60兆有って常に細胞分裂して、体はつくりかえられている。爪や髪は40日くらい、体全体は約2年でつくりかえられている。心の遠因で別の細胞を増殖させてしまえば、正しい細胞が侵されて死に至る場合が多い。すぐに出る症状にはストレスの原因が多く、微妙な箇所が多い。怒り、怨み、憎しみの長い積み重ねは、弱いところに出てくるもので、病は気からというが、細胞や血流に作用して、体力の衰えと共に発症する場合が多い。各臓器に負担がかかれば、その機能は低下して、別の細胞を増殖させてしまうことも多い。不治の病と雖も、たとえ医者が余命を告げたとしても、それまでの自分とは全く違う正しい心で日々明るく暮らしてゆけば、がん細胞と言えども消えてしまうことも多い。人は自分で自分をダメにしてしまうもので、とらわれからそれをやってしまうことが多い。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろくこれが般若心経 空 のこころなり有るものは有るもので無くなりはしない。それを顕示させず、そっと普通の邪魔にならない置物のように、消そうとしたり、隠そうとせずに、有のままの状態「空」の状態が自然なことだろう。 2016年11月4日 琢
2016年11月04日
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後悔先に立たずだが先に生かすことはできる不備による失敗も先の智慧にしてただ素直に対応すれば自然に沿って生きれるのが人間で我を捨てて意地を張らず無私、利他の誠心で他の歓びの助けになればそれが自分の歓びで恩恵には感謝と報恩を忘れずものを求めず、本心の歓びを求めてカオスには一貫した対応をすれば信頼に足る自分に成れて心の安定を得られるやってしまった過去は戻らず、変えることが出来ないが、過去に学ぶ材料はたくさんある。準備無しにうまくゆくものは無いが、失敗はうまくゆくための準備とも言える。失敗という結果には、原因と結果の法則が有って、必ず失敗するにはそれなりの必然の原因が有ったことに気が付くことが大切で、ただ無駄な時を過ごしたなどと思うようでは、その原因の修正浄化は難しくなってしまう。後悔には多くの失敗が有って、終わった過去を取り消すことはできないが、その反省から先に生かす智慧が育まれる。不備による失敗を先の智慧にして、ただ素直に対応すれば、自然に沿って生きられるのが人間で、我を捨てて意地を張らず、無私、利他の誠心で他のための何かの役に立つことをする。他の歓びの助けになることが、自分の歓びになることで、どう役に立つかが自分の使命の自覚なのだろう。恩恵には感謝と報恩を忘れず、ものを求めず、本心の歓びを求めて歩むことしか無いだろう。カオスには一貫した対応に努めれば、信頼に足る自分に成れて、そこに迷いが少なく、安定した歩みができるようになっている。悟らんと 重ねた無駄も 気が付けば あれも我が道 これも我が道 2016年11月3日 琢
2016年11月03日
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宇宙も大地も人間も周期的軌道修正を要する変化するものの常で自然災害も病気も好転反応の一つ前進するためのもの嘆くより次の備えをする自然の摂理は理に叶ったもの因縁果報、原因と結果の法則もすべて必然のことで今在るものは無くならず起きるべくして起きているその受け止めが迷いを少なくする自分の原因を正し、変えるべきものを変える自然現象には智慧で備える備えあれば憂いなしというが、準備無しに整うものなしで、形あるものは変化する諸行無常のこの世では、山や川や海でさえ、歴史の変化と共に、時間を取り除けば無になってゆくものだろう。今在る山の向こうは見えないが、時と共に老年期から崩れ去ってゆくことを思えば、必ずその向こうが見えるときが来る。今生きて在るものは、宇宙も大地も人間も、周期的調整を必要としている。変化するものの常で、自然災害も病気も、出るものは良いことで、好転反応の一つととらえることが出来る。前進するためのもので、嘆くより次に備えておくべき現象だろう。自然の摂理は理に叶ったもので、因縁果報、原因と結果の法則も、すべて必然のことで、今在るものは無くならず、起きるべくして起きているものだろう。その受け止めが迷いを少なくし、前向きにとらえれば、自己修正への呼びかけ、前兆だと思って次への備えをきっちりやっておくべき時が来たと思うことが出来る。その受け止めが迷いを少なくするもので、自分の原因を修正浄化して、変えるべきものを変えることが大切な心掛けだろう。自然現象には智慧で備えることしか無いだろう。 2016年11月2日 琢
2016年11月02日
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自分に言い聞かせることはもっと柔軟に成れ意地を張るな素直になれ頭を使えゆとりをもて自分の愚かさを思えばもっと遊び心が必要で楽しく、明るくなれる生き方を求め義務と思わず内から積極的な心で事に挑むこと他の意見に耳を傾けること受け止めること改善することユーモアを失わないことが必要だろういつも思うことだが、自分に足らないところはゆとりの心だろう。何でかを思えば、自分に自信がもてないからだろう。幼いことから遊びばかりで成績が悪く、誉められたことが無かった。受験のときにはそのコンプレックスが大きな失敗をしてしまう。社会に出ても何をやっても失敗ばかりで、財や名声を得ることなどとんでもないことだった。何一つ成し遂げたものは無く、どうすれば成就するかもわからないまま現在に至っている。自分に課していることは、もっと柔軟になれ、意地を張るな、素直になれ、頭を使え、ゆとりをもて、などだが、自分の愚かさを思えば、もっと遊び心が必要なのかも知れない。楽しく、明るくなれる生き方を求めて、義務と思わず、内から積極的な心で、嬉しくなることに挑むこと、他の役に立って喜んでもらうこと、そこに自分の歓びが有るからだろう。そのためには他の意見に耳を傾けること、受け止めること、感謝して反省することから、自分を改めること、その途上ではユーモアを失わないことが、自分を生かすための課題だろう。今を明るく機嫌良く生きるために。 2016年11月1日 琢
2016年11月01日
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