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結果未生が人生で死んでみなければ分からないどんな死にざまかを描いて歩むがどう死んだかは死ぬまで分からない自分が何ものかさえ望む結果は托身しかない願いの方向に歩むしかなく努力を積み重ねるしかない代償を求めず求めても得られない苦の中で自分との葛藤の末に恩恵と共に与えられた結果に気が付けば感謝なしには得られるものは無く報恩と共に与えられる未生のものが生なのだろう人が何をして果てるかは、死んでみなければ分からず、どういう人生を歩んできたかは,残ったものに語り継がれてゆくものだろう。肉体の有るときは、かたより、こだわり、とらわれに悩まされ、死んで霊に成れば覚醒している。霊・魂は諭せばわかる状態にあるが、生きているときにはそれが解らず、手探りの歩みをするしかない。自分と現実の関係に学び、結果未生なのが人生で、死んでみなければ分からないだろう。願う死にざまを描いていても、どう歩んだかは死んでみるまで分からない。自分が何ものかさえ、望む結果は托身有るのみで、願いの方向に歩むしかなく、努力を積み重ねてゆくしなかいだろう。代償を求めることをせずに、求めても得られない苦の中で、自分との葛藤の末に、思い出せばたくさんの恩恵に救われた自分がいて、その足跡は恩恵に満ちた結果だと気が付くのだろう。感謝なしに得られるもの無く、報恩と共に与えられる結果は未生のものだろう。恩着せず、押し付けず、代償を求めずに足るを知ること、分相応を自覚することだろう。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろく 2016年12月31日 琢
2016年12月31日
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アイデアは六根を使うことから便利なものを発見する何もしなければ何も起こらず気が付いたことをやってみることこの世に未だないイメージから試作することで何かが生まれる多くの文明の始まりはそこからで行き詰まりのときほど人はアイデアを出すどんなものにも突破口が有り考え方一つで道が観えてくる人の歓びの中に自分の歓びが有る自分がどう人の役に立てるかだろう多くの発明が99%の努力と1%の閃きだと言う。努力無くして得られるもの無く、確率だけで言えば1%の閃きを捨ててしまうだろう。賢い銀行は80%以上の確率が無ければ融資しない。すべての発明や創作は貧しく、不便や苦しみから生まれたものが多く、人は追い詰められたときに良い考えが出てくるもので、豊かで安全なところに入れば危機感が無く、想像力が減退して安易に蓄積を増やそうとする。アイデアは六根【眼、耳、鼻、舌、身、意】を使うことから便利なものを考え出すもので、何もしなければ何も起こらず、気が付いたことをやってみること、実践に移して体験することから更なる知恵が湧き出してくる。この世に未だないもののイメージから試作してみることで何かが生まれる。挑戦する勇気をもたなければ何も生まれず、多くの発明はそこから始まって大きな文明に成ってゆく。人はゆき詰まるほど、苦しめば苦しむほど打開策を考え、良いアイデアも生まれてくるのだろう。どんなものにも突破口が有り、考え方一つで先が拓けてくる。人の歓びの中に自分の歓びが有る場合が多く、自分が人の役に立って喜んでくれた時の嬉しさが自分の歓びになっている。この世に生まれた意味は、無駄なものは一つも無く、何かの役に立っていると言うことで、自分がどう人の役に立てるかだろう。 2016年12月30日 琢
2016年12月30日
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どの世、どの時代、どの地、どの事態にも通じる在り方一条件だけでは悟れない域に達してもその先が有る変化の中での一過性の通過点自然の摂理、因縁果報今自分はその一点に生きている焦らず、慌てず、一所懸命に今を明るく機嫌良く生きること人の歓びの中に自分の歓びを求めて托身して生きる一匹のありんこのように与えられた命の限り有のままに生きることこの円環的思考はあの世に行っても同じようにやっているという。同道巡りの結論が無い現象界で、転生のたびに違う条件制約の中で人は生きている。全く違う常識のもの同士の共生の中で、どう生きるかを探求しながら、汚されても汚れない生き方を、多くの後悔に学びながら生を連ねている。どの世、どの時代、どの地、どの事態にも通じる生き方、在り方を求めながら、一条件下だけでは悟れない領域を求めて、たとえ域に達してもその変化の先が有ることを知るのだろう。一過性の通過点だと、絶対のない道を歩んでいる。身の周りの現象から、自然の摂理を受け入れて、因縁果報から、因の転換、縁へ恩恵の感謝と敬意と共に報恩に向かいたいと願うことを、ただ実践して後悔を残さないように歩んでいる。今自分はその一点に生きていること。焦らず、慌てず、一生懸命に、今を明るく機嫌良く生きることの大切さを思えるようになっている。人の歓びの中に自分の歓びを求めて、無私、利他の誠心で托身して生きること。一匹のありんこのように、与えられた命の限り、有のままの自分で生きること。それしかないように今は思っている。 2016年12月29日 琢
2016年12月29日
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髪形、服装を変えれば気分が変わる場の在り方も変わり発想が変わるいつも違う視点に立つのも自分を変えるきっかけになる相手の立場に立てば相手の心を察し自分がどう見てきたか相手にどう見られていたかは全く別の視点で観ることで同じ位置で語ることもできる意地を張らず素直になれば受け入れて本心で語ることが出来る許容範囲を広くとること始めから距離を感じる人がいるのは、自分の心が偏っている場合が多く、嫌な思いをした相手に似ているとか、あまり好きなタイプじゃない人とか、警戒心がはたらいているときなど、自分を閉ざしている場合が多い。集団に入って馴染もうと思えば、自分の垣根を外すこと、柔らかい表情、和顔愛語で接することで、相手の警戒心を取り除く努力も必要だろう。時には、髪形や服装を変えてみれば気分が変わり、場の在り方も変わってくる。発想の転換をすること、いつもと違う視点に立って観ることも、工夫することで自分を変えるきっかけができる。主観でなく客観で観てみること。相手の立場に立って観ることで、相手の心の内を察することが出来る。自分がどう見てきたか、どう見られているかは、全く別の視点で観ることで、ある程度の洞察ができて、同じ位置で語ることが出来るようになる。意地を張らず素直になれば、相手を正面で受け止めることが出来て、本心で語り合うことが出来るようになる。赦す心、許容範囲を広くとることで、自分の居場所が観えてくる。 2016年12月28日 琢
2016年12月28日
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生活や行動にはリズムが有り理想を追う組み立てにもペースに乗っているときはいいがリズムが狂えばバラバラになる何を信じれば良いのかさえ分からなくなる心と体と現実にもバイオリズムが有る明運のとき、暗運のときペースを崩さなければ迷いが少なく不信、妄想、錯覚が内から崩れる原因になる強い自分でいられなくなる外的要因もあるどんな事態にも動揺しない自分この世で一番怖いものは自分克己して内面から崩壊しないように自分を整えておく過去の歩みの中には多くの出会いや出来事、事態が有ったが、その経験の上に今の自分が有る。すべての縁には一期一会の大切さで接してきたつもりでも、交友した人の全部が残ることが無く、消えていった人もかなり多い。自分の至らなさ故と改めてきた自分に未熟という言葉がのしかかっていた。今になって思えば自分から崩れていった人も多く、そうならないような良き縁に成れなかった反省も多い。生活や行動にはリズムが有り、理想を追う組み立てにも未熟さを感じ、浅はかな自分がそこにいたように思う。リズムが狂えばバラバラになって、何を信じれば良いのかさえも分からなくなってしまう小さな自分がいた。心と体と現実にもバイオリズムが有って、調子がいいときと悪いときが有って、自分のペースを崩されるときも有った。そこに有るのは迷いと葛藤の連続で、不信、妄想、錯覚が内から崩れ去ってしまう原因になることが多い。外からも強い自分でいられなくなることが迫って来て、それが試練とも気が付かずに逃げようとしていた頃も有った。どんな事態にも動揺しない自己形成の必要性を思った。感じたことは、追い詰められたとき、それは自分を責めているときが多く、この世で一番怖いものは自分だろうと感じて「克己」をテーマにして耐え忍んだことも有った。人は内面から崩壊するもので、そうならないように自分を整えておくことの大切さを痛感している。子供の試練もそうだが、ただ見ている方もつらいもので、自分で超えなければならないときが大人の自分にも来るんだと忍土の厳しさを思ったものだった。 2016年12月27日 琢
2016年12月27日
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自分を守ろうとすれば唯物的、刹那的、利己的になる自戒して至る心境は通過点として意識に刻まれまだまだ奥深いものを知るようになる菩提心が有れば他と分かち合いをして自分の愚かさを知れば他と響働をすることで和と絆を深めて自分一人ではできないことが出来るようになる果報側に立てば身勝手になり因縁側に立てば良き縁に成ろうとする長い歳月にはその差が現れる自分だけ守ろうとせず自分だけ助かろうとしないことこの地上では多くの生物と意味のある共生をしていて、その恩恵で生きているのが人間だろう。一人では生きてゆけず、他の助けが無ければ何もできず、身勝手なことをすれば孤立してしまう。この世の厳しさを経験することで忍土の自覚ができ、自分の無力を知るほど未熟さと愚かさを自覚するが、気が付かないところで多くの恩恵に恵まれていることを自覚すれば、感謝の念とそれに報いようとする心が生まれてくる。自分を守ろうとするほど唯物的、刹那的、利己的になって秩序を乱すことを知れば、自戒して自然の摂理に従うようになることで、ある一定の心境に至る。それも単なる通過点と思えば、まだまだ奥深いものを知ることになる。変化の流れの中では、これで良いというものは無く、弱い人間だと思えば菩提心と共に他と分かち合いをするようになる。他と響働することで和と絆を深めることから、自分一人ではできなかったこともできるようになる。果報側に立てば身勝手になってその果報を自分のものと勘違いをし、因縁側に立てば良き縁に成ろうと友情の有り難さを知る。永い歳月にはその差が歴然として現れてしまう。戒めるべきは、自己顕示欲、自我我欲、自己保存で、それが業・カルマに成って苦を多くしてしまう。 2016年12月26日 琢
2016年12月26日
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季節の変わり目は気温の変化が激しく風邪をひく人が多い大病の不安を感じる人も多いが体の調整の呼びかけにもなっている不安材料を消しておくことただ消すだけでなく原因を正して先に備えること気のゆるみや甘えを戒めて自分の本心からの願いを貫くことどんな結果もそのバロメーターでその原因を究明して正しておくことぶれることなく放棄することなく今を明るく機嫌良く生きることその歩みに悔いは残らない自分の未熟ゆえの不満がつのることが多いが、人のせいにして放置することなく、望まぬ結果は必然のもので、自分の愚かさの自覚ができれば、神仏がその至らないことを現象で示してくれていると素直に受け止めて、その原因を見つけて修正浄化しておくこと。人が思い撮りにならないのは人がいけないのではなく、自分がその人の真相を見抜けていないだけのことだと、自分の心眼が開くように神仏に祈るのが良いという。病は気からというが、病気の遠因は全部心の有り方からで、その心を修正するように病気という現象で示してくれていると思うこと。すべての変化、現象に対応できる自分に成れるように祈ることが大切だろう。現象は心を変える呼びかけで、不安材料が有れば消しておくことだが、ただ消せばいいというものでなく、信念の歩ませる途上での道に沿うようなすべてに円満な消し方をしておくことだろう。目的に向かうための準備をしていると自覚しておくこと。気のゆるみや甘えを戒めて、本心からの願いを貫くことが一貫性をもたせることになる。どんな結果が起きようと、それを教えようと示してくれるのがこの忍土の現象界だと自覚しておくことだろう。コツコツとその積み重ねをすること、なおかつ、今を明るく機嫌良く生きることが大切なことだろう。そういう歩みに悔いは残らないだろう。 2016年12月25日 琢
2016年12月25日
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結果未生のことに怯えるとき最悪の末路を未然に防ごうとするそのために自分を変える妄想、錯覚も現実のものでなく不安から心を乱さないように有らぬ行動を慎み自己の改善をすることで人は深化してゆく想像力が身を救う感情に左右されないように心の鎮静を心掛け理性を強くしておくことで余計な苦を防止できる若気の至りは一度のこと何度も許してはもらえない大人になれば外の風当たりが強く成る一方で、子供の頃のように甘えてはいられない。親は子の衝立というが、外の強い風を和らげる防波堤のようなものだが、早くに親を失った子や離婚して片親の子が多くなるほど苦の体験が多く、致命的な欠陥を心に抱いて自暴自棄になる子も多くなっている。苦の経験が多いほど結果未生のことを恐れ、最悪の末路を未然に防ごうとするが保護してくれるものがいなければ、自分を変える自助努力が必要になる。妄想や錯覚は現実のものでないことは分かっているつもりでも不安を拭い去ることが出来ない。風当たりの体験が多い人ほど臆病になっても当然のことだが、生活の知恵は他の人よりは多くもっているだろう。在らぬ行動を慎み、自己の改善をすることは、普通の人にとっても自分のためになることで、どんな基盤で育とうと、それ相応の深化を求められている。想像力が身を救うもので、臆病というのではなく何ごとにも敏感である方が次の備えができている場合が多い。自分の感情に左右されることなく、いつでも心の鎮静ができるような心がけをして、理性を強くしておくことで余計な苦を防止することが出来る。すべて自分を責めるのでなく戒めをもっておくこと。落ち込んだ時は恩恵を思い出して良いこと探しをしてみるのもいいだろう。ラッキーも実力の内だろう。 2016年12月24日 琢
2016年12月24日
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願いに向かう挑戦勇気と気力と共にあらゆる分野に共通して流れるものおもいやり、きくばり、いたわり和を結ぶこと人それぞれのちょっとした幸せ観その恩恵で心に感謝が湧けばそれぞれがそれなりの報恩に向かえる愛が人を包み一貫性をもたせる交友から何かに響働すれば深い絆が結ばれるその縁と共に『念ずれば花開く』本心からの願いが歩む道をゆたかにする歳をとるということは、時と共に体も変化してゆき、病は気からというが、心の有り方の影響から体のどこかが変わって来てしまう。自分の場合、過去にはコバルト照射でカラオケができなくなり、開腹手術依頼瞬発力は有っても持続力が無くなって、歩行困難から検査の結果冠動脈狭窄症が発見されて、ステントを入れて膨らます手術をし、血管を広くして昨日退院してきた。2日間ブログを休んでしまった。毎日が托身のようなもので、その心が無ければ不安、迷いの連続しかなく、同じ時を過ごすなら明るく機嫌良く生きることを思えば、まだ起きていない結果に怯えることなく、ただ信じて歩むのみだろう。右足の狭窄は1月に処置することで、四諦の苦、集、滅、道のように、苦になることを一つ一つ消してゆくこと、成り行き主義のようにただ消すのではなく、自分が歩もうとする道には必須の心で一貫したカオスへの対応をすることだろう。おもいやり、きくばり、いたわりの大切さ、そのすべてが和の中に有る。三つの自覚、忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚が有れば、救われたことに人への感謝と共に報恩に向かうことが出来る。その差し向ける心には愛が満ちて人を包み込んでいる。和の有る心で響働すれば深い絆が結ばれて一人ではできなかったこともできるようになる。すべて本心から湧き出してくる心に素直な願いが充実すれば、人の歩む道をゆたかにしてくれる。 2016年12月23日 琢
2016年12月23日
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見せてやるから見てもらう側にそれから観る側にそれも相手の立場に立って観ること信用から信頼へ自分本位から委ねる側に人の心の綾を読み場の空気を読む怒るにも誉めるにも怒り方、誉め方が有る人の記憶に良い印象を残す名前と付帯事項を忘れないこと時期、状況、事態をもとに適切な対応を心掛けること赦す心で懐を広くして広い視野に一貫性をもたせること人の動きを見れば何をやろうとしているのかが全く分からず、何を考えているのか疑問に思うことが多い。じっと見ていればだんだんその目的が観えてくるように思うが、聴いてみなければ想像に過ぎず、主観的に見ていれば誤解することも多い。親は子に背中で教えると言うが、子も親の背中を見て育つ。その背中はどうあるべきか、自分の信念と共に観られても良い背中かどうかを正すことも必要だろう。見せてやるから観て戴く側に、それから観る側に、それも相手の立場に立って観ること。信用から信頼へ。自分本位から委ねる側に、自分への信頼は人が決めるもので、自分はただ背中を観て戴くだけだろう。人の心の綾を読み、場の空気を読み、怒るにも誉めるにも、怒り方や誉め方が有る。人の記憶に良い印象を残しておくことの大切さ、そのために自分を正しておくこと、何事も準備が大切だろう。相手の名前と付帯事項を忘れず、時期、状況、事態をもとに適切な対応を心掛けること。身の周りに迫ってくるもののすべてをカオスと思えば、視野を広げて赦す心で懐を広くして、バラバラの対応でなく、一貫性のある対応を心掛けておくことが大切だろう。 2016年12月20日 琢
2016年12月20日
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歓迎かそうでないかは表情と態度で判るどんな場でも和顔愛語どういう待遇でも感情をあらわにしないこと人の集まりは自分の修業の場売り言葉に買い言葉を慎むこと すべて善意で対応し自己顕示を慎み我欲を出さないこと構えることなく自然体で疎まれるにも原因が有ると心を調和させて整えること無私、利他の誠心であることそれが臨場の心得だろうどんな場に臨もうが、いつも自戒しておくことが必要で、大人になっても治らないのが業・カルマだろう。隠しても塗り替えたつもりでもすぐに現れてしまうもので、厄介で摩擦や孤立の元に成るものだが、人には赦す心が有って、ある程度までは自分にも有ることだと理解を示してくれるが、その厄介なものも笑いやユーモアに変えることが出来れば、場を和やかにする材料として使えるだろう。場をよく読むことは重要なことで、自分が歓迎されているかどうかは表情や態度で判るもので、それは合わせ鏡のように向こうにも映ってしまうから、どんな場でも和顔愛語が必須のことだろう。どういう待遇を受けようと感情をあらわに出さないことの心掛けが必要だろう。人の集まりは修行の場だと言い聞かせ、売り言葉に買い言葉や意地を張ることなく、ただ素直に、すべてを善意で対応すべきだろう。構えることなく自然体で、たとえ疎まれることが有っても、そこに自分の原因が有るものと、常に心の調和を図って整えておく必要が有るだろう。無私、利他の誠心で対応すること。それが臨場での心得だろう。自分と現実、現象の関わりを理解しておくことが、素直になる、自分を正すための元に成っている。心はすべて現れてしまうものだろう。 2016年12月19日 琢
2016年12月19日
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他のために生きるとき表情は柔和で優しいが自分だけのために生きるとき表情は険しく自己正当化して言い訳や釈明が多くなる悔いや迷い、葛藤、疑問に悩み身を捨てて無私になれば克己ができる他のための奉仕や救済には満足、充実感が湧いてくる布施は代償を求めず徳積みになる感謝、報恩と理解と信頼が心を安定させてくれる人の歓び我が歓び、人の苦しみ我が苦しみと口で言っていても、実際は自分のことばかりで自己満足の世界に入れば、いつも不安ばかりで心が落ち着くところがない。他のために生きるときは、その表情は柔和で優しいが、自分だけのために生きるときは険しい表情になっている。他の理解を得るために、自己正当化しながら言い訳や釈明ばかりで、言わなくていいことまで言いながら自分の正しさばかりを言うようになる。そういう時は悔いや迷い、葛藤、疑問に悩み、自分の居場所さえ見つけられなくなってしまう。身を捨てて無私、利他に成ることが出来れば、托身ができるようになって克己ができるようになる。他のための奉仕や救済には満足感や充実感さえ湧き出してきて、それが勇気や気力を呼び起こして前向きにさせてくれる。布施は与えっぱなしのもので代償を求めるものでなく、他の幸せのみを願っていれば、徳を積むことが出来て、その恩恵の深さに感謝の念が湧き出してくる。感謝、報恩と理解と信頼が有れば、心を安定させてくれる。絶望は人生の終わりではなく、それまでに背負ってきた荷を下ろして、新たな光に向いて這い上がるときだろう。自分は大した人間じゃない、最も低い人間だと思えば、迫害でも相手にされているだけで感謝できるようになるだろう。 2016年12月18日 琢
2016年12月18日
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人の好みや向き不向きは生い立ち育ちの影響が有るが前世よりの継承が入っている魂の願いはその中に有るが歩みの中でその潜在的なものを探しその自覚に至れば迷いや葛藤が少なくなってくる仕事や交友の中に一貫して流れているもの他の歓びの中に自分の歓びが有ったこと無私、利他の誠心が有る根底に流れるものは愛、菩提心好きこそものの上手なれで掘り進めることが他のためになっているそれが自分の生き甲斐なのだろう手ごたえを感じるとき、そこが自分の居場所だと感じる。違和感があるときは居心地が悪く迷いも多い。誰でも自分が納得できることに命を張ってみたいと思っている。自分が役に立つことで喜ばれ、感謝と敬意の状態に出遭えば、もっと何かしてあげたくなるのも人情だろう。人の好みや向き不向きは、生い立ちや育ちの影響が有るが、前世からの継承も潜在している。魂の願いはその中に有るが、歩みの途上でその潜在的なものを探し、その自覚ができるようになれば、迷いが少なくなってくるのは、自分の歩むべき道で何を為すかが使命だと思えるようになるからだろう。仕事や交友の中に一貫して流れているものをよく考えてみれば、他の歓びの中に自分の歓びが有ったことだろう。無私、利他の誠心で事に当たれば、その根底に流れているものは愛、菩提心だろう。好きこそものの上手なれと言うが、好きなことをすると嬉しくなるもので、それを誰かが歓んでくれれば、もっと嬉しく成って先の先を掘り進めたくなってしまうのは人情だろう。他人が歓ぶときには感謝してほめてくれる。それが嬉しくて自分の歓びになっている。人の生き甲斐はそういう時に感じるのだろう。 2016年12月17日 琢
2016年12月17日
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今やっていることは可能性を広げるためのことそのための布石になること今体験すること試練や障碍を越えることは自分の欠陥を修正して先を拓く智慧になること心はロマンと共に明るく前向きに常に望みを失わず転んでも立ち上がり諦めない不屈の精神力を培うこと強く生きるための準備忍辱は自信を得るための信念の確認成就はその先に有る今自分がやっていることは無意味に思えても、些細なことに見えても、いつかどこかで役に立つことの積み重ねになると自分を信じること。自分の可能性を広げるためのこと。そのための布石になるもので、何から何まで次への準備と言える。今体験することや試練や障碍を越えることで、自分の欠陥、弱点、良くない癖を修正することになる。業・カルマは誰にも有るもので摩擦の元に成るものだが、有るものは有るものとして自覚した上でユーモアに変えることが面白い部分になるだろう。先を拓く智慧を得るために、心はロマンと共に明るく前向きに、常に望みを失わず、高望みせず、分相応をわきまえて、転んでも立ち上がり、掲げた目標に確実に向かうこと。諦めない不屈の精神力を培って、強く生きるための準備を今やっているという自覚をもつこと。忍辱は重ねるほど最も低い自分としての素直な心に成れば、感謝さえ湧き出してくるだろう。過信することなく錯覚せずに、背伸びせず、自分の愚かさを自覚して、いつも謙虚な自分に成れば、信念が確信に近付いてゆくだろう。成就も単なる通過点と思えば、必ず次の指針が観えてくるだろう。 2016年12月16日 琢
2016年12月16日
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人それぞれに特徴がある興味の有るもの好奇心の湧くものできそうに思えるもの無理だと思うものが違う自分の可能性を知るには全部試してみること好きなものと苦手なものの分別失敗の原因を知って正すことから自分の傾向を知っておくことそのうえで好きなものを掘り進める飽くなき努力の先に奇跡の開花が待っている一見信じられないこともやってできないことはないと知るその先が有ることも知るこれで良いというものは無く、変化している間は、動いている間は予見できないことが多く、洞察する力が必要だが、学ぶこと、学んだことは使ってみること、やってみて重ねた失敗を克服して得たものが多いほど、どんなことにも動じなくなっている自分を知るのだろう。人それぞれに特徴が有って、得意分野も違う。興味の有るもの、好奇心の湧くもの、できそうに思えるもの、無理だと思うものに違いが有ること、生い立ち育ちの基盤で常識が違うことを受け止めることで見識が広くなる。自分の可能性を知るには気になることの全部に挑戦してみることから、好きなものと苦手なものの分別をして自分の傾向を知っておくことが、先の道を拓くポイントになる。失敗の原因を知り、正しておくこと。その上で自分の好む方向に掘り進むこと、飽くなき努力の先に奇跡の開花が待っているもので、その歓喜の恩恵に感謝することが大切だろう。一見信じられないこともやってできないことが無いことを知ること、できた、成就したと思うのも、単なる通過点で、どんなものも奥深いもの宇宙のように広いもので、必ずその先が有って、全貌を観るには至らないだろう。錯覚せずにいつも謙虚であることを知ること、ただ素直であることが求める道の心得だろう。 2016年12月15日 琢
2016年12月15日
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失敗が有るからできるようになる辱をかくから耐え忍びそういう体験が多いほど自分を修正浄化できて障碍や試練を超えられて未熟を埋めることが出来るその経験が転ばぬ先の杖に成り他の良き縁に成れる失敗無しに成就するもの無く怠惰には栄光が無い悔いを少なくするには感謝、反省、敬意で調和して自分を整えること変化と共に自分を変えてゆくこと失敗は成功の基というが、失敗を恐れて何もしなければ何も得るものが無く,傷つくことが無くても悔いだけがいっぱい残ってしまう。背伸びして賢いふりをしても、自分の愚かさを知ることになる。失敗が有るからうまくできるようになる、恥をかくから耐え忍ぶことが出来て強靭な精神力を培うことが出来る。そういう体験が多いほど、自分を修正浄化できて、障碍や試練を超えることが出来れば未熟を埋めることが出来る。その経験が転ばぬ先の杖に成って、他の良き縁になることが出来る。失敗無しに成就するもの無く、怠惰に栄光は無い。勇気や気力はやってみる意欲から、自信が確信に変わるまで、何にでも挑戦してみること、そこから得難い経験を積むことが出来る。悔いを少なくするには、恩恵への感謝、未熟の反省、仏性への敬意で自分を調和させ、自分を整えてゆくこと。そうすれば変化への対応も的確なものに成るだろう。 2016年12月14日 琢
2016年12月14日
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ネクタイの色、柄、幅が変わるように流行は常に変化してゆく人気のタイプも変化して円環的に回っている多様化が求められ強力なポイントの脚光が集まる個性の大切さベストワンからオンリーワンへ希少価値、付加価値が求められ偏見でもこだわりをもてる時代感動や歓びの瞬間を楽しむ時代見栄体裁は二の次になり信念のもち方も多様化している悔いや執着は義務感に無く自由な発想を良しとしている今は何でも有りの時代と言おうか、生い立ちや育ちの基盤からの常識にも変化が見られるようになってきている。条件や制約にも変化が有って、昔ダメだったことも通用する場合も多くなっている。多様化、国際化が求められる時代に成ったのだろう。ネクタイの色、柄、幅が変わってゆくように、流行にも変化が起きている。人気のタイプも変化していて、円環的に回っている。歓びや感動などの強力なインパクトを求められ、個々の個性に大切さを認めるようになり、ベストワンを求めるよりオンリーワンを求めるようになってきている。希少価値や付加価値が求められ、偏見がこだわりとして許されるような時代、感動や歓びの瞬間を楽しむ時代で見栄や体裁は二の次に成って来ている。信念のもち方も多様化し、型にはまらないことが要求されているような気もする。いつの世もそうだが、今これからの時代には特に赦す心が必要に成って来ているのだろう。義務感の変化も有って、悔いや執着も多様化してきている。快感を原則としていて歯止めが利かなくなっているようにも思え、昔ならとんでもない発想でさえ良しとされるような感じがしている。水面に浮いてくる元気のない魚が目についたようなものなのだろうか。そういう事件も多くなって来ている。 2016年12月13日 琢
2016年12月13日
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知らないことが多く別世界の人に学ぶ風土の違い常識の違いその溝をどう埋めるか何が正しいかでなくどれだけ包容できるかどの地にも有る苦をどう解り合えるか唯物的なものには限りが有るが見えないものには限りが無く極めてもその先が有る共生はどの常識も受納すること人智を尽くして人智を超える時代の先を見据えることそれが魂に刻まれてゆく奥には奥が有ること、その確認が今生の歩みで、常識の違いをどう受け止めて、どう理解して、そこで自分の自覚できた使命を、役割をどう果たしたかが意識に刻み込まれてゆく。魂には転生で刻み込まれた意識が潜在していて、忘却、喪失、無知で生まれて、生い立ち育ちの基盤の条件制約の中で、それをどう確認してゆくか、役をどう果たしてゆくか、それが生きた証になって残されてゆく。知らないことが多く、別世界の人々に学びながら、風土の違い、常識の違いなど基盤の違いをどう埋めるか、何が正しいかでなく、どれだけ包容できるか、どの地でもある苦をどう解り合えるか、何を縁として成長するかが問われているのかも知れない。唯物的なもの、目に見えるものには限りが有るが、目に見えないものに限りは無く、宇宙の無限の広さのように、極めたとしてもその先が有るし、時と共に変化している世界の中でこれだという絶対的なものはない。共生はどの常識をも受納することで、人智を尽くして人智を超えることに満足が得られるのだろう。時代の先を見越して次の世に備えること、常に準備段階なのが与えられた人生なのだろう。魂に刻み込まれた意識は消えることが無く、霊魂不滅の法則と共にいつもその中に潜在している。 2016年12月12日 琢
2016年12月12日
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変わることは難しいが歳と共に衰えを感じても良いことを想い湧き出す希望を諦めず好奇心は衰えていないどうすればもっと良くなるか暗いことを想わず知らないことに目を輝かせて更に上を目指す体は歳と共に衰えても魂は輝きを増す過去も失敗に心を曇らさずそこに向上の糧を見つけてたとえ達したとしても単なる通過点と慢心せず常にその先を拓く智慧を求めている自分が成りたいと思う人間は、淡々として、さらりさらりと、何が起きようと不動でいられる人間だが、皮肉なことに今の自分はその逆の人間のような気がいつもしている。こうあるべし、そうありたいと思っていても、ちょっとしたことにつまずいて、迷い葛藤の多い日を重ねることが多い。そんな自分を変えたいと思うが、変えたつもりでもちっとも変っていない自分がいて、歳と共に衰えを感じても良いことを想い、すべて善意で湧き出す望みを諦めず、好奇心旺盛な人間でありたいと思っている。どうすればもっと良く成れるか。暗いことを想わず、知らないことに目を輝かせて,さらに上を目指してゆきたい。体は衰えが来ていても、魂は歳と共に輝きを増していたい。過去の失敗に心を曇らさず、そこに向上の糧を見つけて、常に変化の流れに遅れない人間でいたいと思う。たとえ願うこと、その領域に達したとしても、謙虚さを失わず、その境地は単なる通過点と慢心することなく、常にその先の智慧を求める人間でありたいと願っている。順風も逆境も与えられた仕組みで、すべての縁の恩恵に感謝して素直に報恩に向かえる自分でありたいと思う。 2016年12月11日 琢
2016年12月11日
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余白を生きるものとして有ってはならない細胞を増殖させた自分救われて生かされている今カオスへの対応に悔いを残さないこと本心からの歓びが他の歓びの中に有ることそのための自分にできることささやかな小さな幸せそのために与えられた余生見えないもののために生きること今を明るく機嫌良く生きること人生に与えられた余白には感謝と報恩のためのもの次の世で果たしたいことを意識に刻んでおくさらりさらりとして何でもあまり大仰にとらえることなく、大上段に意識したり自己顕示したりせずに、人知れずそっと、黙々と自分のやるべきことをする人間になりたいと思っている。専門家と比べれば全く未熟な自分でも中道でありたいと思うこと、いろんな常識の違いを受け入れて赦す心が有ること、何が正しいかより、どうすれば人間らしいか、良心に従って共生する人間であること、約束を守って裏切らないこと、そういうことにぶれがない自分に成りたいと思っている。余白を生きるものとして、今までの失敗や超えた試練にかんがみて、救われて生かされている今、本心からの歓びが他の歓びの中に有ることを自覚しておくこと。そのために自分にできること、ほんの小さな幸せや心の満足、そのために与えられた余生を観えないもののために生きること、今を明るく機嫌良く生きることなのだろう。魂に刻んでおくべきこと。感謝と報恩のためのもの。次の世で果たしたいこと、今生でできなかったことを意識の奥に刻んでおきたいと思う。今悟ったと思うような錯覚をせずに、ただ素直に、さらりさらりと自覚したことをすること、一匹のありんことして。 2016年12月9日 琢
2016年12月09日
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「余白」には心にとどめておきたいもの忘れたくないもの気が付いたこと人生の余白生命の余白夢や希望を追った後のもの終活のようなもの結果未生のもの別の使命、本当の使命まだ残されている役が何か本心だけのもの執着を残さないためのものカオスの対応に悔いを残さず信念と魂の記憶次の宿題を刻んでおきたい終活は最後の仕上げのようなもの、立つ鳥跡を濁さずも、やり残しのものも、本心からの願いをやっておくことも、人生の総仕上げのような意味がある。本やノートの余白に書き込むこと、最後のページに書き込むこと、念じこんでおきたいもの、注釈を付けて分かりやすくするものなど「余白」には心にとどめておきたいもの、忘れたくないもの、気が付いたこと、特筆すべきもの、彷徨わずに確かな状態、反省と本心からの願いなどを人生の余白に刻んでおくことはいいことだろう。生命の余白にも、どれだけ生きたかよりのどう生きたかを、悔いが執着にならないように確かめておきたいことを刻むのもいいだろう。夢や希望を追いかけた後のもの、結果未生のもの、探し続けてきた自分の使命、別の使命、本当の使命、まだ残っている役がどんなものか、何故生かされているかなど、本心だけのものを、執着を残さないためのものを、総括して思ってみる時が有ってもいいだろう。カオスの対応を適切に、悔いを残さないように、信念と魂に、意識の中に刻んでおくべきこと、次の転生への宿題のようなものも書き込んでおきたいと思う。できれば余生を与生として活私奉公できればと願っている。 2016年12月8日 琢
2016年12月08日
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人の和は明るさ、朗らかさ、人の良さ、親切さ、やさしさその中に有る愛と品格で結ばれている風習の違いに関わらず国の政治に関わらず良心に従う人間としてはその共通点でつながることが可能で一人の人間としては良い人ばかり国の政策が抑制条件になって相容れない状態になる国益のための縛りが人々の心を歪めてしまう本心で自由に交友できれば互いの良いところを参考に良き縁に成れて明るく、機嫌良く、爽やかな道を歩める国の境目が命の境目に成ってはいけない。一人の人間として安定した幸せを求めているのはみんな、どの国の人々も同じだろう。長年の紛争は国境の違い、国の政策の違い、宗教の違いから対立して起きた問題が多く、出遭ってみれば、一人の人間としては良い人ばかりだろう。人の和は、明るさ、朗らかさ、人の良さ、親切さ、やさしさ、その中に有る愛と友情、品格によって結ばれている。風土の違い、国の政策の違い、宗教の違いに関わらず、その共通点でつながっている。人間としては良い人ばかりで、その笑顔を見れば慈悲慈愛にあふれ、人の情けを思わせる行動をとる場合が多い。宗教や国の政策、相反する国益の違いが抑制条件になって人々の生活を圧迫し、相容れない状態になっている。指導者の縛りが人々の心を歪め、その命令による殺戮が怨み、憎しみの大きな怒りの原因をつくっている。もし、本心で自由に交流できることが出来れば、互いの良いところを参考に、良き縁として、明るく機嫌良く、爽やかな生き方ができるだろう。赦して受け止めて許容範囲を広くとることが出来れば、和はもっと広がりを見せるだろう。 2016年12月7日 琢
2016年12月07日
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人の心境は常に変化している経験と共に広くなり深い領域に底は無く無限に広がっている悟ったものは通過点で更にその先が有る覚者ほど未熟を覚え達したと思うことはない奥の深さを知るほど懐が深く赦す心をもっている受け止めること、認めることで人の心は開いてゆき本心で語り始める人の常識は生い立ちによる基盤の違いと共に全く違うものも多く、どれが正しいということもない。魂に名前は無く転生するたびにその常識の違いを刻みながらそれぞれの進化と共に輝きを増してゆくのだろう。自然の摂理、生まれたところで共生してゆく智慧を身に付けてゆく。どの生き方が正しいかというものは無く、どれだけ生きたかよりのどう生きたかが問題で、魂の願いをどう果たそうとしたか、次は何をすべきかは魂の意識の中に刻み込まれてゆく。人の心境は常に変化してゆくもので、経験と共に広く、深くなり、深い領域に底は無く、無限に広がっているものの中でどの領域にも有る共通点を覚ってゆくのだろう。悟ったものは通過点で、さらにその先が有る。覚者ほど己の未熟を自覚して達したと思うことが無いのだろう。奥の深さを知るほど懐が深く、常識の違いや無数の心境を赦す心をもつようになる。どんなものをも受け止めること、赦して認めることから人の心は開いてゆき、本心で語ることから信頼が生まれ、絆を深く結ぶようになる。心眼はそうして開かれてゆくのだろう。 2016年12月6日 琢
2016年12月06日
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正論を言うにはあらゆる知識を必要としその知識は自慢の種にはなるが分かっていない自分に嘘はつけないああ言えばこう言う矛盾を消せず都合の悪い自分に腹を立てる知識は使わなければ忘却するもの体験して身に付いたものは体感に入って智慧になっている智慧はどこでも応用できるものどんな場面でも臨機応変な対応ができるどれをどう覚ったかで迷いが少なく不動でいられるこの世に無いものは無く、有るものは無くならない生きてゆく上で参考になるものはいくらでも有って、無知ゆえに失敗したこと、損をしたこと、恥をかいたことはいくらでも有る。外に学ぶもののみならず内を観て自分を知っておくことも、自分が何をするべきかの選択には必要になってくる。自然の摂理に学ぶことが多く、そこに共存しているものに無駄なものは無く、因を転換し、縁になるものはいくらでも有って、そこに学ぶ自分の心次第で進化の度合いが決まってくる。理想を描いてそこに自分を近付けること。すべて自分との闘いで、人をやっつけるための正論は場を硬直させ、整っていない自分を露出するだけで、形だけを見る人が多く、敵を増やす材料をつくっているようなものだろう。一期一会、人事を尽くして天命を待つ、克己、浩然の気、すべて自分の中味の問題で、人のことを言う前に自分を整えておくのが本筋だろう。無知から始めて多くの知識を得ても、実践して体験したものだけが身に付いて体幹に入り、先を拓くための智慧になっている。智慧はどこにでも応用の効くもので、どんな場面でも臨機応変に対応できるものだろう。どうれをどう覚ったかが大切なことで、自覚したものが有れば、迷いが少なく少しは不動の自分になれるだろう。この世に無いものは無く、有るものは無くならないだろう。 2016年12月5日 琢
2016年12月05日
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真理を知ったとしても正論の空しさも知る自ら実践しなければ単なる知識でしかなく体験したもの以外の共有ができない苦の種類はたくさん有って体験した苦だけがその本当の痛みを分かち合える人の苦しみ我が苦しみ口で言うのは簡単だが口先だけでは白々しいものでその痛みを識ることで人間に幅と奥行きができるそれを超えたことが確信になる体験に基く自覚に説得力が出るそれが他の役に立つときが来るよく本を読む人は知識や表現力が豊富になるが、ただ引用するだけでは、美味しい料理の作り方を知っていても、自分でつくってみなければその味の出し方が分からないようなものだろう。人それぞれ自分の持ち味が有って、人の味見では自分の味が出ないだろう。真理は知ることから始まるが、そのままで正論で使ったとしても全く説得力が出ないだろう。自らが実践して体験したものでなければただの空論だけに終わってしまう。単なる知識も使って体験しながら身に付いたものにしなければ智慧にはなっていない・「転識得智」。この忍土の世は苦だというが、苦にも無数の種類が有って、自分が体験した苦以外は単なる知識に過ぎないことをわきまえておく必要が有る。その本当の痛みを分かち合えるのは自分がそれを体験したものだけだろう。人の苦しみ我が苦しみ、人の悲しみ我が悲しみとよく唱えさせられる場が有るが、自分は本当にそれが解っていなければただ空しいだけで、口で言うのは簡単だが、答えだけが分かっていても、その本当の痛みを知らなければ白々しく受け止める人も多いだろう。多くの試練を超えてその本当の痛みを知ることでその人の幅と奥行きが出るのだろう。それを超えたことが確信に成り、体験に基ずく自覚に説得力が出る。それが他の救いになるときが来るのだろう。 2016年12月4日 琢
2016年12月04日
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求める可能性が高く成れば前向きに成れて明るく楽しくなる否定的、批判的では得られないもの仕事や交友での収穫が見込めるとき嬉しさが心を浮き立たせる痛い目に遭おうと、恥ずかし思いをしようとも可能性を求めていれば落ち込むことはない投げ出さず、諦めさえしなければ夢や希望の灯が消えることが無い何度も立ち上がる勇気が有れば気力を失うことはない気力が失せるとき人は老いてしまう望みは捨てないこと人には自意識過剰なところが有って、自分が思うほど人は観ていないもの、自分が良く思われたい人はそれほど期待していない、それよりも本当の自分でいて欲しいと願っている。それが師であり、友であり、仲間たちだろう。人には夢や希望は絶対に必要だが、タイミングも有って、じっと見定めることも大切なことで、ダメなときほど焦らずに耐え忍ぶことがその後の歩みを強いものにする。求める可能性が高くなれば、目を輝かせて前向きに成り、明るく楽しくなってくる。どんなことも否定的、批判的では得られない。仕事や交友での収穫が見込めるとき、嬉しさがこみあげてくる。痛い目に遭おうと恥ずかしい思いをしようと、可能性を求めてさえいれば落ち込むことは無いだろう。投げ出さず、諦めさえしなければ、夢や希望の灯が消えることはない。何度でも立ち上がる勇気が有れば、気力を失うことが無く、強い意志が有ればどんな試練をも超えるときが来る。気力が失せるとき、絶望感に覆われて、重すぎた荷を下ろさなければ自信を失って老人のようになってしまう。望みは捨てないこと。過信や錯覚をせずにありのままの自分でいること。笑顔で歩を進めていることが大切なことだろう。 2016年12月3日 琢
2016年12月03日
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行をして理を覚る相を観て用を使う遍行から別境へ作意、触、受、想、思から欲界、勝解、念、定、慧へ始めは型から入り原因と結果の法則、因縁果報を知る文明は理に叶ったものとして理論を知って実践から体験する体験したことが身に付けば応用の効く智慧になる行に一貫性をもたせ自分の生き方を選択するそこで得る歓びから使命感を得て果たそうとする道を自覚する自分が何ものか、何をやればよいのか、天職が有るのか、そういう疑問を抱えながら一番適している道をゆこうとする。分岐点ではいつも迷いながら、厳しい現実に出遭うたびにこれで良いのか、もっと良い方法が無かったか、自分のどこがいけなかったかを想いながら、好奇心、興味のあることをやってゆく。手探りの道を夢や希望の方向に向きながら歩んでいる。行をして理を覚り、相・すがたを観て用・そのはたらきを使う。そのための遍行を重ね、やる気を出して、やってみれば、その結果どんなものかが分かったような気がしてくる。一方で、それが我欲か、正しく理解して受け止めたか、心に深く刻印して体感に入れば智慧として使えるようになる。転識得智は実践あるのみで、そこから体験と共に、物事の原因と結果の法則を知り、因縁果報の自覚ができるようになる。文明は理に叶ったもの、目に見えるもの。理論を知って実践、体験から身に付ければ、応用の効く智慧を得ることが出来て先が拓けてくる。その行に一貫性をもたせ、自分の生き方の選択をする。その途上で得る歓びから自分の使命感を得て、それを果たそうとする道の自覚ができる。その魂願はすでに自分の中に有ったことに気付くことが出来る。 2016年12月2日 琢
2016年12月02日
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不徳の致すところと自分に自信がもてず至らないところを指摘され愚かさを自覚するたびに過去の絶望を思い出し自暴自棄と闘っているいつも克己ができず疑問が解消しない自覚することも常識的なもので一匹の取るに足らないありんこと言い聞かせ功名心を抑えながら黙々と歩むことただ素直になれるように感情の抑制に努めるがこれが自分に与えられたものと前世の怠惰を戒めるしかない自分ではかなり努力してきたつもりでも、以前の自分とは何も変わっていない、あれだけどツボにはまって何度も這い上がって来たのに、まだ気が付かない自分を責めている自分がいる。増えている持戒、相当修正したつもりでも、阿呆な部分はちっとも変っていない。不徳の致すところと自分に自信がもてず、至らないところを指摘されたり、同じ問題を興したり、背伸びしないように心掛けていても自責の念が覆いかぶさってくる。愚かさを自覚するたびに過去の絶望を思い出し、自暴自棄と闘っている。あのときにテーマにしていた「克己」も未だ超えられていない。円環的思考でいつも残る疑問の解消もできていない。いろんなところに転生するのもその基盤になる常識の違いの確認と全貌が見えてくるようにと、今生で接する常識の違いを受け入れること、赦す心をもつこと。自分は大した人間じゃないと言い聞かせ、とるに足らない一匹のありんこと思うようにしていても、にょきにょきと出てくる功名心を抑えながら黙々と歩んでいる。ただ素直になれるように感情の抑制に努めているが、これが自分に与えられた条件だと、前世の怠惰を戒めて、今を明るく機嫌良く生きるしかないだろう。 2016年12月1日 師走 琢
2016年12月01日
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