《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

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2011年01月06日
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カテゴリ: 幸せ読書日記
 エーリッヒ・フロム(1900~1980)は、フロイトの心理学にマックス・ウェーバーとマルクスを融合して社会心理学を生み出した。

『自由からの逃走』『人間における自由』『正気の社会』など、社会学のベーシックな著書は多数読まれ続けている。

『愛するということ』が出版されたのは1956年、僕の生まれ年である。

とともに、今の僕の年齢で書かれたのではと、実感として通じる。

テーマが"愛"なので、他の著書よりも読みやすいが、それでも難しい。

何回か読んでいるが、そのつど発見があるのはそれだけ咀嚼できていないということなのか。

{ }内は僕のコメント。

                  第一章 愛は技術か

愛は技術だろうか。技術だとしたら、知識と努力が必要だ。

それとも、愛は一つの快感であり、それを経験するかどうかは運の問題で、運がよければそこに「落ちる」ようなものだろうか。

この小さな本は、愛は技術であるという前者の前提のうえに立っている。

しかし、今日の人びとの大半は、後者のほうを信じているにちがいない。

{本書の原題は「The Art of Loving 愛の技術」。

しかし、恋愛のノウハウ本ではない。

人を愛すると言う行為には、知識と経験が必要であると説く。

本能のなすがままに放って置けるものではない。}

まず第一に、たいていの人は愛の問題を、「愛する」という問題、愛する能力の問題としてではなく、「愛される」という問題として捉えている。

つまり、人びとにとって重要なのは、どうすれば愛されるか、どうすれば愛される人間になれるか、ということなのだ。

{白馬の王子を待つ乙女は、"愛される=幸せになる"と考えている。

愛されることが重要であり、愛される機会に巡り合って後、相手を愛するようになる。

愛されるために、自分を磨き、美しさを競う。}

愛には学ぶべきことなど何一つない、という考え方の底にある第二の原則は、愛の問題とはすなわち対象の問題であって能力の問題ではない、という思いこみである。

愛することは簡単だが、愛するにふさわしい相手、あるいは愛されるにふさわしい相手を見つけることはむずかしい―人びとはそんなふうに考えている。

{ 結婚は"縁"である、と思っているのは西洋人も同じだ。

フランス王妃マリー・アントワネットはオーストリアのお姫様だった。

縁により巡り合った相手と結婚をし、うまくいけば"愛"が生まれるという、“運”任せの手順になってしまう。

一方、恋愛結婚をしたはずなのに、愛の消滅した夫婦の数も多い。}

ふつう恋心を抱けるような相手は、自分自身と交換することが可能な範囲の「商品」に限られる。

私は「お買い得品」を探す。

相手は、社会的価値という観点から望ましいものでなければならないし、同時にその相手は、私の長所や可能性を、表にあらわれた部分も隠された部分もひっくるめて見極めたうえで、私をほしがっていなければならない。

{ あえて意識してなくても、恋愛相手は自分のランクに照らし合わせて選別している。

『ある愛の歌』のようなことは、物語の中でしか起こらない。

身分階級がきっちり分かれた社会においては、愛する相手はその枠を超えられない。

日本はその垣根が低いが、それでも生活環境の著しく違う相手は、はじめから除外している。}

愛について学ぶべきことは何もない、という思いこみを生む第三の誤りは、恋に「落ちる」という最初の体験と、愛している、あるいはもっとうまく表現すれば、愛の中に「とどまっている」という持続的な状態とを、混同していることである。

{ ビビビッと一目ぼれした瞬間は、奇跡的な出会いをした感動がある。

しかし、一瞬の感動は長くは続かない。

頂点から発した恋愛は、徐々に失望と倦怠へと向かっていくものである。}

愛することほど易しいものはない、というこの考え方は、それに反する証拠が山とあるにもかかわらず、いまもなお愛についての一般的な考え方となっている。

これほど大きな希望と期待とともに始まりながら、決まって失敗に終わる活動や事業など、愛のほかには見当たらない。

{ 愛は懲りない。

失恋によって、ひどい痛手を負っても、また繰り返す。

"DNAの指令"だからしょうがない。}

愛することをやめてしまうことはできない以上、愛の失敗を克服する適切な方法は一つしかない。

失敗の原因を調べ、そこからすすんで愛の意味を学ぶことである。

そのための第一歩は、生きることが技術であるのと同じく、 愛は技術である と知ることである。

{ 何を相手に求めているのか、あるいは求められているのか。

対価によって生まれる"愛"は、"愛"に見える"ご都合"であるかもしれない。

"継続する愛"には別の理由がある。}

技術を習得する過程は、便宜的に二つの部分に分けることができる。

一つは理論に精通すること、いま一つはその習練に励むことである。

{ 知識と実践は物事を身につける両輪である。

"愛"の学校がない以上、自力で学ぶしかない。}

しかし、理論学習と習練のほかに、どんな技術をマスターする際にも必要な第三の要素がある。

それは、その技術を習得することが自分にとって究極の関心事にならなければならない、ということである。

{ 本気で学びたいのであれば、真剣に取り組まなくてはならない。

なぜ学ばなければならないかについては疑問を挟む余地はない。

それが自身の"幸せ"につながるからである。}

                  第二章 愛の理論

愛に関するどんな理論も、人間の理論から、つまり人間の実存についての理論から始めなければならない。

動物にも、愛―というより愛に相当するようなもの―が見られるが、動物の愛情は本能的なものである。

そうした本能的なものは、人間にもわずかながら残っているが、人間が動物と本質的にちがうのは、人間が動物界から、すなわち本能的な適応の世界から抜け出し、自然を超越したということである。

{  人と動物は違うのだということ。

人間の愛は、人間としての理性に基づいたルールによって進行する。

そうでない場合(動物的本能のみで迫った場合)、「ケダモノ!」とののしられる。}

人間は理性を授けられている。

人間は 自分自身を知っている生命 である。

人間は自分を、仲間を、自分の過去を、そして未来の可能性を意識している。

そう、人間はたえず意識している。

{ 未来を意識することは重要である。

自分の未来と、相手の未来を意識し、未来からの声に耳を傾けることが人間には必要だ。}

愛は能動的な活動であり、受動的な感情ではない。

そのなかに「落ちる」ものではく、「みずから踏みこむ」ものである。

愛の能動的な性格を、わかりやすい言い方で表現すれば、愛は何よりも与えることであり、もらうことではない、と言うことができよう。

{ 「愛は惜しみなく与う」 by トルストイ。

愛は与えれば与えるほど、心の泉より沸き出でる。

見返りを求める愛は、"商売"である。

"犠牲"を強いられる愛は、"忍耐"を試されているだけだ。

本来の愛を与えると言う行為は、もっと高度なものである。}

与えるということは、他人をも与える者にすることであり、たがいに相手の中に芽ばえさせたものから得る喜びを分かちあうのである。

与えるという行為のなかで何かが生まれ、与えた者も与えられた者も、たがいのために生まれた生命に感謝するのだ。

―愛とは愛を生む力であり、愛せないと言うことは愛を生むことができないということである。

{ ここで論じている"与える"ものは、物品ではない。

自分の精神、感情、知識、人生、生命・・・自分を形成している人間性すべてのことだ。

自分の心を満たしているものを、相手に与え、さらに相手の心から多くを与えられる。

そうやって、おたがいに成長できてこそ、本当の"愛"が生まれる。}

私は、愛する人が、私のためにではなく、その人自身のために、その人なりのやり方で、成長していってほしいと願う。

誰かを愛するとき、私はその人と一体感を味わうが、あくまでありのままのその人と一体化するのであって、その人を、私の自由になるような一個の対象にするわけではない。

{ 尊敬し、成長を願える相手でなければ"愛"を継続することはできない。

恋人を愛玩物のようにあつかう者に、本当の愛を実践することはできない。}

配慮、責任、尊敬、知はたがいに依存しあっている。

この一連の態度は、成熟した人間にみられるものである。

成熟した人間とは、自分の力を生産的に発達させる人、自分でそのために働いたもの以外は欲しがらない人、全知全能というナルシズム的な夢を捨てた人、純粋に生理的に活動からのみ得られる内的な力に裏打ちされた謙虚さを身につけた人のことである。

{  性的リビドーで愛を求める者は、動物の範疇にいる。

本能のままに異性を追うものは、性的欲望が満たされた時に愛は消失する。

過ちが繰り返されるのは、この部分の錯覚があるからである。

成熟した人間は未来を見なければならない。

未来へ向けて"継続した愛"を実践できるように、自分を高めていく必要がある。

そのために知識を身につけ、経験を積んで、精神を成長させなければならない。}

本著のまだ4分の1ほどだが、以下はまた次の機会に・・・ふう、疲れた。






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最終更新日  2011年01月06日 18時00分24秒コメント(0) | コメントを書く
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