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阪急の伊丹駅は、大正9年(1920年)7月16日に伊丹線の開業と同時に営業を始めました。その後、昭和43年(1968年)11月9日に場所を移転し、営業距離が0.2キロ増えました。平成7年(1995年)1月17日、伊丹駅は阪神・淡路大震災で倒壊してしまいました。3月11日、新伊丹駅から500メートルの所に仮の伊丹駅が造られて営業を再開、伊丹駅が現在の姿になったのが平成10年(1998年)11月21日。復旧まで4年近くを要しました。ホームへのスロープ部分現在の伊丹駅は、5階建ての駅ビルの3階にあります。新しくできた駅だけに、バリアフリーもしっかりできています。上の写真の右手が改札口。そこからホームまでスロープになっていて段差がありません。改札口(内側)改札口(外側)地上出口付近改札口のある3階からエスカレータで地上の正面出口に向かいました。階段とエスカレータ駅ビル入口
2009年06月30日
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阪急伊丹駅の1号線にいた「先客」は、3000系の回送でした。3000系この編成も、行先表示幕の無い原型の顔をしています。「回送」のサボを出しています。調べてみたら、伊丹線に配属されている5編成のうち、行先表示幕を使っているのは、先日ご紹介した1編成のみのようです。行先表示板は、伊丹線や箕面線ではまだまだ健在のようです。3000系と3100系はモーターやギア比が異なるものの、見た目にはほとんど同じです。ギア比が低い3100系はもともと宝塚線仕様だったのですが、今では宝塚線では運用されていません。3000系カメラを左に振ると、西の方には六甲の山並みが見えました。西宮から芦屋付近だと思われます。遠くに六甲の山並み
2009年06月29日
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阪急伊丹線の新伊丹駅を出て、さらに北へと進みます。新伊丹~伊丹駅間ずっと直線ですが、左へカーブしているのが見えてきました。その手前で線路が上り坂になっているのが分かります。新伊丹~伊丹駅間上りながら、左へと曲がっていきます。伊丹駅の手前クロスの渡り線と、駅舎の一部が見えてきました。伊丹駅1面2線のホームです。1番線には先客がいるようです。2番線ホームに入ります。(阪急の場合、正しくは2号線というそうです)伊丹駅2号線伊丹駅2号線伊丹駅に到着です。駅名標
2009年06月28日
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阪急の稲野駅を出た電車は、次の新伊丹駅を目指します。稲野~新伊丹駅間線路を敷設したときは、ほんとうになにも無かったのでしょうか、真っ直ぐに地上を走っています。新伊丹駅新伊丹駅に到着する直前です。Wikipediaを今日、もう一度確認したところ、「駅の南側(塚口方)に渡り線がある」と書かれています。阪神・淡路大震災で伊丹駅が崩壊したとき、新伊丹駅折り返しのために設けられたものです。しかしこの日、私の見た限りでは渡り線はありませんでした。撤去されたのかもしれません。新伊丹駅(北方向)新伊丹駅(南方向)この駅もシンプルな造り。相対式2面2線の構造で、地上施設のみ。双方のホームを結ぶ階段も構内踏切もありません。以前は構内踏切があったそうですが、撤去されました。それぞれのホームの北側に独立した改札口があります。駅名標ホームに立つ駅名標新伊丹駅が営業を始めたのは1935年(昭和10年)3月1日です。3100系
2009年06月27日
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伊丹線が開業したのは1920年(大正9年)7月16日です。開業当初は途中に駅はありませんでしたが、翌年の5月には稲野駅ができました。まずは、阪急・伊丹線に乗って最初の駅、稲野駅のホームに降り立ちました。駅名標ホームに立つ駅名標駅ホーム(南向き)稲野駅のホームは2面2線。それぞれのホームに独立して改札口があります。シンプルな造りです。駅ホーム(北向き)稲野~新伊丹駅間稲野駅を出てすぐ、新幹線の高架をくぐります。真っ直ぐに、地上を走っていきます。
2009年06月26日
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引き続き、阪急塚口駅の伊丹線ホームです。次の列車がやってきました。3100系3159おや、同じ3100系なのに、顔が違いますね。行先表示幕がなく、懐かしい行先表示板(サボ)がかかっています。こちらが原形の3100系のようです。昨日の3100系は、顔の整形を受けたようで。3100系31092071形(稲野駅)この編成は、3159+3610+2079+3109の4両編成です。2071形2079は2021系とよばれた系列の付随車で、2021系が消滅した現在、3000系・3100系の付随車として編成に挿入されています。2021系は、2000系(第1回ローレル賞受賞)の流れをくむ系統で、昇圧のために600ボルトと1500ボルトの両方に対応するために製造されました。(2071形は付随車なので関係ないですけど)なんで2021系なのかと思ったら、600ボルト対応の2000系を21両ずつ(電動車2000~2020、付随車2050~2070)製造したから。そのまま続き番号にしたんですね。
2009年06月25日
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阪急の伊丹線で使われている車両は、4両編成の3000系と3100系です。3100系31013100系3650+3600パンタグラフが搭載されているのが3600(電動車)、その前の車両が3650(付随車)です。阪急の車両は、第1編成は1番からではなく0番から始まるそうです。3100系3150この編成の行先表示幕は「塚口-伊丹」となっていました。いわゆるローカル線仕様の両端駅名表示ですね。3100系がカーブを曲がって伊丹駅に向けて出ていきました。このカーブはR60(半径60メートル)で、阪急で最もきつい曲線だそうです。側面表示(新伊丹駅にて)側面の表示も同様です。
2009年06月24日
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先日、所用で新神戸まで行きました。少し時間的に余裕があったので、阪急電鉄の伊丹線に立ち寄ってきました。何回かに分けて、そのときの様子をご紹介いたします。起点は塚口駅。神戸本線だけ見ると2面2線の相対式ホームになっています。その北側に伊丹線のホームがあります。両方合わせて、2面3線です。北側の大阪方面のホームに北改札口、南側の神戸方面のホームに南改札口があり、両方のホームは改札内の2か所の地下通路で結ばれています。ホーム間の地下通路神戸方面のホームからの乗り換えは地下道を通ることになります。伊丹線ホーム左側が伊丹線のホームです。右側が大阪方面。神戸寄り(西側)のほうがホームの幅が広くなっています。伊丹線ホーム大阪方面上の2枚は、大阪方面に向かって撮った写真です。正面が神戸本線の線路。左にそれるように安全側線が設置されています。伊丹線の列車は伊丹線内だけを往復しており、神戸線への直通運転はありません。駅名標と案内標伊丹線は、塚口駅から伊丹駅までの3.1キロメートル、全線複線です。途中、稲野駅と新伊丹駅があります。全列車が各駅に停車します。昼間は10分間隔で運転されています。
2009年06月23日
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こどもの国駅の北側に、「こどもの国」があります。「こどもの国」「こどもの国」は、1965年のこどもの日(5月5日)に開園しました。1959年(昭和34年)、天皇皇后両陛下(当時は皇太子殿下と皇太子妃殿下)のご成婚を記念してつくられました。次世代を担うこどもの健全育成のための施設で、児童福祉法に基づく児童厚生施設です。ご成婚に対し全国からお祝い金が寄せられ、お二人が「子どものための施設に」と希望されたのがきっかけとなり、それを基金にして、国費、民間企業・団体・個人の協力で整備されました。ここには、旧日本軍の弾薬製造貯蔵施設(田奈弾薬庫)があった場所で、戦後は米軍に接収されていましたが、1961年に返還されました。いまでも園内のあちらこちらに、弾薬庫の跡がそのまま残っていて、一部は倉庫などに使われているそうです。駅前から続く遊歩道こどもの国駅を出てすぐ、「こどもの国 入口だよ」という横断幕。ちょっとした並木道のようになっていて、こどもの国の入口へと続きます。ここは、旧弾薬庫へと続く線路の跡だということです。こどもの国線は、もとはといえば、弾薬を運ぶための貨物線でした。恩田駅寄りにも弾薬庫に向かう分岐があったとか。軍事施設跡に、次世代を担うこどもの健全育成のための施設。その対比を思いつつ、世界平和を念じずにはいられませんでした。駐車場こどもの国駅は、正面駐車場に隣接しています。このガランとした駐車場を見ると想像しづらいですが、ここがいっぱいになる日があるんですね。さて、次の列車がやってきました。とはいっても、さきほどの第3編成が戻ってきただけですが。別の編成に乗る楽しみがありませんね。さて、そろそろ発車時刻です。ここまでご覧いただき、ありがとうございました。明日からまた、関西の話題に戻ります。引き続き、ごひいきに。
2009年06月22日
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こどもの国線でも、PASMOやSUICAのICカードを使えます。田園都市線の長津田駅の改札を出たところ、こどもの国線への乗り換え通路に券売機があり、こどもの国線の切符を買うことができます。しかし、この券売機はPASMOやSUICAには対応していません。しかもこどもの国線のホームには改札機はありません。こどもの国駅・出口PASMOやSUICAを利用する場合、入場記録のない状態でこどもの国駅に到着することになります。「入場記録のないICカードでは出られない」という固定概念に捕らわれていた私は、精算機もICカードに対応していないため、現金で精算機の切符を買って(切符を持っていないのですから「精算ではない」)、駅を出ました。考えてみたら、こどもの国線は単一運賃(150円)なのですから、そのまま改札機を通れば運賃を引き落としてくれたのでしょうね。そう、「精算ではない」に気付くべきでしたね。しかし、ICカードの使い方についてはどこにも書いていませんでした。ちょっと不親切かも。駅舎外観入口の駅名には、東急電鉄と横浜高速鉄道の両方の名前が入っています。実際には横浜高速鉄道の所有になっています。無人駅で、長津田駅からの遠隔操作で対応してくれます。終端部駅ホームこどもの国の駐車場側からの写真です。駅ホームは5両編成に対応しています。
2009年06月21日
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長津田駅からこどもの国駅まで、3.4キロメートルの旅です。長津田~恩田間長津田駅を出てすぐ、右に大きくカーブしたあと、しばらく直線が続きます。恩田駅の手前に、東急の長津田車両工場があります。東急の車両がここに回送されて検査されます。デキ3020形(黒)「デキ3021」(デキ3020形)(黒いほう)と「ED30 1」(ED30形)(緑色のほう)です。入れ替え専用で、すでに除籍されているそうです。今年になって後継機が登場し、上の2両はどちらも使われていないそうです。こどもの国駅こどもの国駅に到着です。所要時間7分です。途中の恩田駅は行き違いのできる1面2線の島式ホーム、終点のこどもの国駅は、1面1線のホームです。こどもの国駅に到着駅名標長津田方向すぐに折り返しとなります。
2009年06月20日
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こどもの国線・長津田駅のホームです。こどもの国線ホーム(7番線)上の写真、左側はこどもの国線の7番線、右側は二子玉川・渋谷方面行き田園都市線の6番線です。渋谷側でつながっています。こどもの国線の恩田駅近くに東急の車両工場があり、東急の車両がこどもの国線を通って工場に出入りしています。Y000系横浜高速鉄道が保有するY000系です。2両編成で運転され、3本(6両)が配備されています。東急・目黒線で使われている3000系がベースとなっており、ワンマン運転に対応しています。Y000系(第3編成)前照灯・尾灯は、ケースは角型ですが、中身は丸型です。このあたり、東急3000系と異なっています。出発前運転士が乗りこみ、こどもの国駅に向けて発車直前です。前方には第1編成がお休み中。土日のダイヤは終日20分間隔ですので、途中の恩田駅で行き違いする必要もなく、1編成でこと足りています。途中で車両を交換するのか、それとも平日用に待機しているのか。気になるところです。
2009年06月19日
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東急・田園都市線に乗って、長津田駅までやってきました。 東急・長津田駅長津田駅までやってきた目的は、こどもの国線。出口(こどもの国線へ)「こどもの国線のりば」と書いてある方向へ進むと改札機があります。中間改札かと思ったのですが、そうではなく、いったん外に出ることになります。のりばに向かう階段こどもの国線は、3.4キロメートル。第三セクター・横浜高速鉄道が第三種鉄道事業者として車両・施設を保有しており、東京急行電鉄が第二種鉄道事業者として列車を運行しています。東急とは別運賃で、全区間150円です。もともと「社会福祉法人こどもの国協会」が「こどもの国」への交通機関として施設を保有していたのですが、通勤路線化するにあたり、法人の目的と合わなくなるため、2000年に横浜高速鉄道に移されました。そういうことで、東京急行電鉄・こどもの国線というイメージが強いですが、横浜高速鉄道・こどもの国線と呼ばれることもあります。こどもの国線のホームにて上の写真の左手の方に西口の出口があります。というより、改札口がありませんから、そのまま外に出てしまうといった感じです。こどもの国方面から来て長津田駅で降りる人は、ここで自主的にきっぷを回収箱に入れることになっています。こどもの国線は均一料金ですから、精算する必要もないということですね。駅名標「ながつた」と書かれた駅名の左側にあるロゴは、横浜高速鉄道のものですね。7番線ホームは7番線。JR(1、2番線)、東急(3~6番線)となっており、通し番号が付けられています。
2009年06月18日
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東急・大井町線の終点、二子玉川駅に着きました。駅名標二子玉川駅は、田園都市線と接続しています。上の駅名標は大井町線側です。ホーム駅は島式ホームで2面4線。内側の2線は大井町線用です。外側の田園都市線が10両編成で、ホーム長も10両に対応していますから、ホームがすごく長く感じます。大井町方面から到着した電車はほとんどが二子玉川行きですので、2番線は降車専用といってもいい状況。しかし来月(2009年7月)11日に予定されている大井町線延伸により、2番線は溝の口行きの電車が発着することになるはずです。多摩川二子玉川駅を出るとすぐに多摩川です。多摩川を渡ると神奈川県。線路はすでに複々線になっていて、溝の口駅へと続いています。今度は田園都市線に乗って、次の目的地を目指しました。
2009年06月17日
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今年の「ブルーリボン賞」に小田急電鉄の60000形、「ローレル賞」に豊橋鉄道のT1000形と京阪電気鉄道の3000系が選ばれました。2006年の50000形に続き、小田急のロマンスカーがブルーリボン賞を受賞。強いですね。豊橋鉄道のLRV(Light Rail Vehicle=新型路面電車)がローレル賞を受賞。2006年の広島電鉄5100形(ローレル賞)、2007年の富山ライトレール0600形(ブルーリボン賞)に続き、LRVが受賞しました。LRVが活躍することはたいへんうれしいことです。そして我が京阪の3000系、ローレル賞受賞、おめでとう。祝 ローレル賞!弧を描いたデザイン。黄色い種別灯(通過識別灯)や赤い尾灯は、想像以上に存在感があります。京阪3000系の車内2+1列の座席にも、ぜいたくさがあります。東急6000系大井町線を走っている東急6000系も候補に入っていたのですが、残念でした。斬新なデザインなんですけど、少しウケを狙ったきらいがある?
2009年06月16日
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東急・大井町線の旅、自由が丘駅の次は九品仏(くほんぶつ)駅です。 駅名標「九品仏」は難読地名ですね。知らないと読めません。「九品仏」は、駅の北にある浄真寺(じょうしんじ)のことです。ここの境内に阿弥陀堂が3つあり、それぞれに3体、合計9体の阿弥陀如来像が安置されていることから、このお寺の通称となっています。またこの周辺を指す地名でもあります。ところで、「九品」ってなんだろうと思って調べてみると、もともと中国で物や人の性質を分類するときに使われたものだということです。大きく3つに分け、それぞれをさらに3つに分ける。「上品」「下品」というのも、ここに語源があるようです。仏教でいう「九品」とは、人の性格や生きざまの違いと言えばいいのでしょうか。信仰の篤い者から極悪人まで9つのパターンがあり、それぞれ迎え入れられる極楽浄土が違うということだそうです。極楽浄土から迎えに来るのが阿弥陀如来で、浄真寺の阿弥陀如来像はそれぞれに対応して9体あるということです。ホーム島式ホームで1面2線です。少し狭く感じます。はみ出た車両九品仏駅もホーム長が短く、4両分しかありません。二子玉川側の1両がホームからはみ出した状態で停車します。車掌専用ホーム大井町行きの列車は、一番後ろがはみ出しますので、戸越公園駅と同じく、車掌専用ホームが踏切の向こう側に設置されています。旗の台駅ホームの表示駅についていきなり「ドアは開きません」と言われても困りますよね。戸越公園駅や九品仏駅ではみ出す車両については、手前の各駅のホームの乗車口に、上の写真のような表示があります。
2009年06月15日
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東急・自由が丘駅の大井町線のホームを出ると、そこはいきなり自由が丘(あたりまえだけど)。南口20年ぶりに駅前に立ったのですが、南口の改札を抜けた時に感じた「空気」というか「空間」というか、20年前と同じ感覚がすぐによみがえってきました。南口南口周辺高架の東横線が見えています。ここは「マリ・クレール通り」というそうです。マリクレール祭りちょうど、この日(5月30日)から3日間、「マリクレール祭り」が催されていました。あいにくの雨模様でしたが、大勢の人で賑わっていました。気になるのは屋台に並ぶおいしそうな食べ物。いい匂いをたくさんいただきました(笑)。このマリクレール祭り、自由が丘オフィシャルガイドウェブ(下記参照)によると、「自由が丘駅南口のマリクレール通りを中心に開かれる国際派イベント。女性シャンソン歌手が名曲を歌い上げ、沿道には色とりどりのテントが並びます。」ということだそうです。時間があったらもっと楽しみたかったなあ。。。(参照) http://www.jiyugaoka.or.jp/index.html通常は屋外ステージなのですが、この日は雨が降ったため、近くのスタジオで行われたそうです。中央口こちらは中央口。写っているのは東横線の9000系です。人通りが多く、信号のない横断歩道をひっきりなしに歩行者が通るので、ロータリーに出入りする車はなかなか進めません。駅前再開発といった声もあるようですが、そうすると人の流れがさえぎられるかも。個人的には、車のほうにご遠慮いただいて、歩きやすい街にしてほしいと思うのですが。
2009年06月14日
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東急の自由が丘駅にやってきました。駅名標通りすがりの関西人にはその良さはなかなか実感できませんけど、自由が丘は「住みたい街」の上位にいつも入りますよね。8500系(左)と8590系大井町線の各駅停車2本が並びました。大井町線ホーム大井町線は相対式ホームの2面2線。東横線ホームを見上げる上を見上げれば、東横線が高架でクロスしています。東横線は島式ホームの2面4線構造です。乗り換え階段大井町線は地上ホームで、高架にある東横線への乗り換え用の階段があります。右手に半分だけ写っているのがエレベータ、その右側にはエスカレータも設置されています。
2009年06月13日
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東急の大岡山駅にやってきました。 駅名標大岡山駅は、東急目黒線との乗り換え駅です。大井町線ホーム大岡山駅は2面4線の島式ホームとなっており、内側が大井町線、外側が目黒線です。大井町線の二子玉川方面と目黒線の田園調布方面、大井町線の大井町方面と目黒線の目黒方面とが、同一ホームで乗り換え可能です。ホーム全景外側は目黒線が使っています。目黒線は全線、ホームドアがありワンマン運転が行われています。 目黒線のホームドア目黒線には急行も走っていますが、やはりワンマン運転ですよね? 優等列車のワンマン運転って、あんまり聞いたことがないんですけど、どうなんでしょ?
2009年06月12日
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引き続き、東急の旗の台駅です。かなりの変貌ですね。ホームへのエスカレータ天井を見上げると、半透明。軽量化を図っているのでしょう。南口改札(内側)南口改札です。池上線の蒲田寄りにあります。この改札から入るとすぐに、大井町線の二子玉川方面のホーム(3・4番線)へのエスカレータがあります。大井町線ホーム下の通路そのまま奥へ行くと、大井町方面ホーム(5・6番線)への階段やエスカレータ、池上線の五反田方面ホーム(2番線)とつながっています。ただし、池上線の蒲田方面ホーム(1番線)とは直接つながっておらず、大井町線のホーム経由となります。池上線の五反田寄りにも、2面のホーム別々に改札口(東口)があります。うっかり南口から出てしまうと、東口まで少し遠回りしなければならなくなります。南口改札(外側)上の写真の右側に池上線の線路があります。池上線1000系南口のすぐ近くの池上線踏切です。1000系が通過していきました。池上線踏切内から見た旗の台駅(五反田方向)です。高架上が大井町線ホーム、その下に池上線ホームがあります。
2009年06月11日
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東急の旗の台駅は、大井町線と池上線とが交差する場所にある駅です。駅名標大井町線ホーム以前は大井町線も池上線も相対式の2面2線の構造でしたが、大井町線で急行を走らせるため、大井町線は2面4線の島式ホームになりました。ほとんどの急行は、旗の台駅で緩急接続するようです。6000系新しいホームに、6000系急行がよく似合っています。二子玉川側
2009年06月10日
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8500系旗の台駅で、8500系に出会いました。丸い前照灯と、その下に独立して尾灯があります。正面中央には貫通扉が設けられています。8000系の流れをくむ切妻型の顔です。8500系8500系が登場した1975年当時の「田園都市線」は、つきみ野から二子玉川(当時の名前は二子玉川園)を通って大井町までの路線でした。つまり現在の大井町線は、当時は「田園都市線」だったんですね。1977年4月7日、渋谷~二子玉川間が「新玉川線」として開業しました。もともと「新玉川線」は、当時の「田園都市線」のバイパス線の意味合いがあったようです。現在とは逆の立場です。8000系はこの「新玉川線」への乗り入れを想定して製造されたものですが、その後、営団地下鉄(現、東京メトロ)半蔵門線への乗り入れにも適合させるため、8000系をマイナーチェンジして1975年に8500系が登場しました。1978年8月1日に地下鉄・半蔵門線が開業し、「新玉川線」との直通運転が始まります。翌1979年8月12日には、大井町~二子玉川が大井町線と名称変更され、一方、つきみ野方面からは「新玉川線」を通って半蔵門線への直通運転が始まります。この結果、大井町線の位置づけが大きく変わることになります。つきみ野~中央林間の開業は1984年。「新玉川線」の名前が消えて中央林間~渋谷が田園都市線と呼ばれるようになったのは、2000年8月6日。通勤時間帯の混雑がひどくなり、輸送力の限界もあって、今度は大井町線を田園都市線のバイパス線とすべく、輸送力強化に着手したということです。二子玉川から渋谷への乗り入れ、半蔵門線への直通を経て、田園都市線沿線の発展を支えてきた車両だと思います。1976年、8500系はローレル賞を受賞しました。
2009年06月09日
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東急の戸越公園駅にやってきました。駅名標ドア扱いの様子開かないドア(奥の車両)戸越公園駅のホーム長は3両分しかありませんので、5両編成の大井町駅側2両は、駅についても扉が開きません。うっかりしていると降りそこねます。ラッシュ時間帯だとはじめからそのつもりで二子玉川駅寄りの車両に乗っておく必要がありますね。大井町駅寄りの踏切ホーム長が3両しかないのは、駅の両側に踏切があるためです。大井町駅寄りの踏切は、列車が駅に停まっている間はずっと閉まったまま。ラッシュ時間帯だとどれくらい閉まっているのでしょうね。乗務員用の「ホーム」踏切の向こう側に、乗務員専用の「ホーム」があります。ここで車掌がモニターや目視で安全確認をして、ドアを扱うわけですね。二子玉川駅寄りの踏切反対側の踏切です。こちらの道路沿いには商店が並び、大井町駅寄りの踏切よりも通行量が多いようです。影響の少ない方を閉めることにしたのでしょうが、踏切を利用する人にとっては迷惑な話ですね。ホーム全長全長80メートルに満たない、短いホームです。
2009年06月08日
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大井町線で使われている各駅停車用の車両(5両編成)は合わせて18本。そのうちの10本が8090系です。これに対して8590系は3本。8590系大井町線で車両を観察している間、8590系だったのはこの1本のみでした。幸いにして、大井町駅で写真に収めることができました。あけやん2515さんに指摘していただいたように、8090系では正面3枚の窓にひとつずつワイパーが設置されていました。しかし8590系では、上の写真で分かりますように、運転士に近い2枚だけです。前照灯・尾灯の位置は8090系より高くなり、正面には貫通扉が付いています。8590系車掌さんが頭を下げていますね。乗務員の交代風景です。東京総合車両センター ホームからふと品川方向(北側)を見ると、JR東日本の東京総合車両センターの建物が見えました。正面奥が大井工場、写真よりさらに右手のほうが山手電車区の車両基地で、両方が2004年に合併し、現在の名称になりました。山手線のすべての車両がここに所属しています。夏休みに一般公開が行われたりするようですね。出発前さて、二子玉川方向へ、そろそろ移動してみましょう。
2009年06月07日
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東急大井町線の大井町駅にて、車両を観察しました。8090系8090系は、大井町線では最多の50両(5両編成×10本)が在籍しています。正面には貫通扉はありません。角型の前照灯と尾灯が一体となって、下のほうに取り付けられているのが特徴です。8090系乗務前の点検ですね。みなさん、しっかり声が出ていました。8090系今度は、車内での点検中です。8090系二子玉川に向けて、遠ざかっていきました。
2009年06月06日
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東急の大井町駅に来ています。 6000系2番線に停まっているのは、2008年3月28日のダイヤ改正から登場した急行です。新形式の6000系の車両が新造され配備されました。6両編成で6本(36両)が在籍しているようです。6000系車掌さんが発車の合図をした直後です。入線する6000系次の急行が入線してきました。2番線に進入します。第2編成である「02」をはっきり記していますね。「ゆりかもめ」ほど大きな文字ではないですが、これは「流行り」なのでしょうか?6000系急行
2009年06月05日
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東急・大井町駅の改札を通って、ホームに入りました。大井町駅ホームホームは1面2線の頭端式(櫛形)です。この2線だけで、平日昼間で1時間12本、朝8時台には1時間に20本(3分間隔)の列車をさばくのですから、かなりたいへんです。駅名標駅前のイトーヨーカドーが左手に少し見えています。40メートルの距離ポスト大井町駅は、大井町線の起点となる駅。ほんとうは0キロポストを探してみたのですが、見つけることができませんでした。その代わり、0.04キロメートル(40メートル)の地点での勾配標を見つけました。二子玉川方向に対して、軽い上り坂になっています。
2009年06月04日
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東京急行電鉄の大井町駅です。大井町駅前区役所通り、大井町駅前交差点です。右側にはJR京浜東北線の大井町駅があります。大井町駅正面東急側駅舎駅前から西寄りの様子です。高架上に東急のホームがあります。高架下は飲食店などが並んでいます。また、この通りの下を東京臨海高速鉄道りんかい線が通っています。きっぷうりば交差点の歩道を渡って、駅舎内に入りました。正面にはきっぷうりばがあります。左側が東急、右側がJRです。JR大井町駅西口改札JR京浜東北線の大井町駅は、駅ビルが1993年3月に開業して以来、中央口がメインになりましたが、東急との乗り換えには西口が便利です。この改札のすぐ向こう側には東口もあります。東急の改札口東急の大井町駅の改札口は、1ヶ所だけです。もともとはJRとの連絡用改札口があったそうですが、いまはありません。
2009年06月03日
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京阪電気鉄道の駅周辺巡りは少しお休みをいただきます。萱島駅から先も準備中ですので、ご期待ください。今日からしばらくは東京急行電鉄の大井町線に話題を移したいと思います。大井町線は、大井町駅から二子玉川駅までの10.4キロメートルの路線です。2008年 3月28日、大井町線内で急行運転が始まりました。また、今年の7月11日には二子玉川駅から溝の口駅まで延伸される予定で工事が進んでいます。この延伸区間は田園都市線が外側、大井町線が内側を走る方向別複々線になります。二子玉川駅と溝の口駅の間には、大井町線には駅がありません。外側を走る田園都市線にのみ、二子新地駅と高津駅があります。ただし、大井町線の一部の各駅停車は、二子玉川駅から田園都市線に転線し、両駅にも停車することになるそうです。そのため、停車パターンの異なる「各停」ができてしまいますので、「各停」の表示の色で区別するそうです。現在の各駅停車の表示は青ですが、両駅を通過する各駅停車は緑になる予定です。6000系急行の運転や溝の口駅までの延伸により大井町への輸送力を増強させることで、田園都市線の混雑緩和を狙っています。8090系のドア付近8090系の車体には、入口付近や前後の目立つ場所に、上の写真のような表示が貼ってあります。二子玉川駅で田園都市線から分岐し、自由が丘駅で東横線(赤)と、大岡山駅で目黒線(青)と、旗の台駅で池上線(ピンク)と交差して、さらに海側(りんかい線方面)へとつながる、ということを表しているようです。大井町駅でJR京浜東北線に乗り換えれば品川駅まで1駅。たしかに便利になりそうです。
2009年06月02日
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京阪の大和田駅の近くに堤根神社があります。茨田堤(まんだのつつみ)と伝えられている史跡とつながっています。 堤根神社境内の南側に鳥居があり、ここから入ります。鳥居りっぱな鳥居です。「文政二年」という年号が右の柱に見えます。1819年、11代将軍徳川家斉の時代です。拝殿参道から数段の階段を上がると拝殿があります。神社の由来延喜式神名帳にも記されているということですから、格式のある神社のようです。茨田堤は、仁徳天皇の命を受けた茨田宿弥(まむたのすくね)が築いたと書かれています。拝殿右奥の碑堤根神社の拝殿の右手を奥に回ると、茨田堤の場所にやってきます。茨田堤(史跡)塀の外を見ると、雰囲気がよくわかります。狭い範囲ですし、しかも金網に囲まれて入ることもできませんが、ここが日本書紀の記述とつながっていると思うと、なんだか不思議な気がします。
2009年06月01日
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