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中之島線に続き、京阪本線の駅についても見たり調べたりしましたので、それらをまとめてみます。まずは淀屋橋駅から。駅名標京阪本線の終点はかつては天満橋駅でしたが、1963年(昭和38年)4月16日、天満橋~淀屋橋駅間が地下路線として新たに開業し、淀屋橋は大阪の大動脈・御堂筋線に接続するターミナル駅となりました。去年、中之島線開業により、京阪は大阪の中心・中之島への乗り入れを果たしました。現在は、中之島駅には主に快速急行や区間急行が、淀屋橋駅には特急や準急が乗り入れており、ターミナル駅を使い分けているといった感じです。しかし実際には、まだまだ淀屋橋駅が主たるターミナル駅であることに変わりはありません。淀屋橋駅は地下にあり、スペースを十分に確保できなかったため、1面4線という変則的なホームになっています。西寄りに3番線と4番線があり、主に優等列車が使っています。4番線ホーム4番線はラッシュ時を除き、主に特急が使用します。足もとの赤い表示は女性専用車両の乗車口を示しています。京阪の場合、平日の朝のラッシュ時間帯のみ、特急の一番京都寄りの車両に設定されています。上の写真の中央辺りに赤信号が見えます。4番線の出発信号です。その先は1番線で、ラッシュ時間帯にのみ使われます。信号の下を見ると線路にATSの白い地上子が見えますが、ここが1番線に入ってくる電車の停車位置の限界、ということです。2番線2番線は1番線の向い側、3番線より京都寄りにあります。ホームを切り欠いて設けられており、主に普通が使用します。3番線に入る電車は、右側の線路を通って奥のほうに進みます。3番線3番線の車止め 竣工記念碑ホームの西寄りに、このような竣工記念碑が掲示されていました。改札口ホームから階段を上がると、ちょうどクロスシートのような配置で、左右に改札機が並んでいます。上の写真に写っているのはすべて出口専用の改札機で、乗客は手前の通路にいっせいに出てきます。反対側(向こう側)には、入口専用の改札機が並んでいます。
2009年02月28日
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京阪のなにわ橋駅は、中之島公園に隣接しています。中之島公園(工事中)中之島バラ園野外音楽堂やバラ園などがある東側は整備のため閉鎖中です。今年4月にはオープンの予定だとか。散策にもってこいの憩いの場所です。東洋陶磁美術館なにわ橋駅に隣接して大阪市立東洋陶磁美術館があります。経営破たんした安宅産業の会長が収集したコレクション(いわゆる安宅コレクション)をもとにして設立された美術館で、国宝や重要文化財が多く収蔵されています。中央公会堂その西側には中央公会堂(国の重要文化財)があります。さらにその西側には大阪府立中之島図書館(国の重要文化財)もあり、中之島は文化と歴史の集積地とも言える場所です。
2009年02月27日
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京阪中之島線のなにわ橋駅の名前の由来となった橋、難波橋(なにわばし)です。江戸時代には天神橋、天満橋と共に浪花三大橋のひとつでした。阿形のライオン像吽形のライオン像中之島を貫いて堺筋という道が南北に走っています。難波橋を渡った南側には北浜駅があります。北浜駅側から撮ったのが上の写真です。橋のたもとに1対のライオン像。そのため、この橋はライオン橋とも呼ばれています。この2体のライオン像は、明治から大正期に活躍した彫刻家・天岡均一氏の作品だそうで、口を開く阿形像と口を閉じる吽形像となっています。阿形と吽形は、神社の狛犬さんと同じですね。
2009年02月26日
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駅名標京阪のなにわ橋駅は、大阪市北区の中之島1丁目にあります。面白いことに、中之島線に新たにできた4つの駅(東から順になにわ橋駅、大江橋駅、渡辺橋駅、中之島駅)は、いずれも住所が大阪市北区中之島(1丁目、2丁目、3丁目、5丁目)です。中之島駅は5丁目ですが、駅の東側は4丁目に入っています。同じ町内に4つも駅があるなんて、バスの路線でもめったにないでしょうね(正しくは「丁目」までが町名なのですが、気にしないことにしましょう)。ホーム改札口(内側)地下構内この駅は、建築家の安藤忠雄氏の設計によるもので、改札口付近は天井が高く、地下駅なのに開放感があります。出口の案内掲示大阪を南北に走る道路「堺筋」が堂島川と土佐堀川を渡るために架かっているのが「難波(なにわ)橋」。駅名の由来となった橋です。この橋の南詰には、京阪の北浜駅があります。表示が一部、隠れていますが、これはおそらく、中之島公園の工事の影響で一時的に隠しているのでしょう。駅入口
2009年02月25日
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駅名標渡辺橋駅方向ホーム御堂筋(みどうすじ、国道25号線)は大阪の中心を南北に走るメインストリートです。中之島を貫いており、北側には大江橋、南側は淀屋橋が架かっています。大江橋の南詰めに大江橋駅が、淀屋橋の南詰めには淀屋橋駅があります。大江橋(御堂筋) 大江橋は淀屋橋とともに国の重要文化財に指定されています。日本銀行大阪支店大江橋駅の南側に隣接しているのが日本銀行大阪支店。御堂筋沿いには主要な銀行の本支店が多くあります。また駅の東側には大阪市役所があります。大江橋を渡って東側には裁判所の合同庁舎、北に行くとアメリカ総領事館などもあり、辺り一帯は官庁街となっています。地上入口入口(エスカレータ)北側(後方)には阪神高速道路の環状線が見えます。
2009年02月24日
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駅名標「四つ橋筋」は大阪を南北に走る幹線道路の1つで、中之島を貫いています。中之島の北側(堂島川)に架けられたのが「渡辺橋」。中之島線渡辺橋駅の名前の由来となっています。ちなみに南側(土佐堀川)の橋が「肥後橋」で、大阪地下鉄四つ橋線の駅名になっています。ホーム中之島駅方向ホームから改札へ改札口(内側)地下鉄の肥後橋駅とは地下通路で直結していましたが、ビル建て替えのため閉鎖されてしまいました。ちなみにこのビルに入っているフェスティバルホールも現在は閉鎖されています。渡辺橋駅の周辺には、朝日新聞社大阪本社、関西電力本店などがあります。隣接する堂島地区にはサントリー本社などがあり、この辺り一体はオフィス街が広がっています。「江戸の八百八町」と対比して、水の都・大阪は「浪速の八百八橋」と言われるほど橋が多い土地です。それだけ水路が発達していたということであり、海運が大阪の商業を支えてきたとも言えます。中之島線開業とともにできた4つの駅のうちの3つには、「橋」の字が入ります。中之島駅も仮称は「玉江橋」でした。JR大阪環状線の内側にある京阪の8つの駅のうち、橋が付かないのは中之島駅と北浜駅だけです。それも「島(中洲)」と「浜」ですから、いずれも水と深い関係にありますね。
2009年02月23日
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京阪・中之島駅の改札を出ました。ホテル直通出口3番出口、隣接するリーガロイヤルホテルとは、地下通路で直結されています。地上入口地上の階段入口です。その向こう、重なってわずかに見えているのが、エレベータの乗り口です。エレベータ地下の改札階へのエレベータの乗り口です。リーガ・ロイヤル・ホテルがすぐ横に見えます。リーガロイヤルホテルほんとうに目の前です。この駅ができて、リーガロイヤルホテルの立地はぐんと良くなりました。大阪国際会議場(右)ホテルの右隣が「大阪府立国際会議場」です。中之島駅は、「大阪国際会議場前」という副駅名を持っています。この会議場は正式には「大阪府立国際会議場」ですが、「グランキューブ大阪」とも呼ばれています。駅の南東側には、国立国際美術館や市立科学館などの施設もあります。また、堂島川(旧淀川)の対岸、玉江橋を北へ渡ったところには、昨年「ほたるまち」という街がオープンしました。朝日放送、ABCホールのほか、レストランなどの商業施設が入っています。大阪大学医学部付属病院の跡地を再開発したものです。
2009年02月22日
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京阪の駅にもいろいろな個性があります。これからしばらくは、駅を中心にご紹介しようと思っています。まずは中之島駅から。駅名標中之島駅は、京阪・中之島線の終点です。計画時点での仮称は「玉江橋駅」でした。2番線の終端部分シールドマシンの歯ホームの終端には、ここの掘削で使ったと思われるシールドマシンの歯が置かれていました。まだこれから先にも掘り進むぞ、と言っているようにも見える?1番線の終端部1番線側の終端部にも同様のモニュメント。ちなみに、中之島駅は1面3線のホームを持つのですが、3番線は1番線の京橋寄りを切り欠いて作られており、平日のラッシュ時以外は使われません。改札口エスカレータで上の階に行くと、そこが改札です。改札口外側この日は土曜日の昼下がりだったのですが、乗降客は少なめでした。改札機が並んでいるのを見ると、平日のラッシュ時間帯はかなりの人が通過していくのでしょうか。
2009年02月21日
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先日ようやく、京阪の中之島線に乗車する機会がありました。地元に居ながら、ちょっとなさけないですね。2008年10月19日、京阪の中之島線が開業しました。なにわ橋駅にて大阪・中之島は、堂島川と土佐掘川にはさまれた東西に長細い中州にあります。これまで、東西の移動手段に弱点がありました。少し北にはJRの東西線が走っていますが、少し離れています。東西に走っている京阪本線の終点は淀屋橋駅。そこからさらに西へ行くにはバスか徒歩しかありませんでした。中之島線開業で、ようやく中之島の東西がつながりました。話は少し外れますが、先日、「なにわ筋線」という名前がニュースになっていたのを覚えておられますでしょうか。「なにわ筋線」はまだ経営母体も決まっていない路線ですが、2010年度に調査費を計上すべく調整が始まったという話です。現在の「なにわ筋線」の計画では、JR・新大阪駅から梅田北ヤードの新駅、京阪・中之島駅を経由して大阪市内を南下。そこから分岐してJR難波駅および南海・汐見橋駅につながるということです。JR、南海とも、関西空港への連絡路線を狙っています。もしこれが完成すると、新大阪~キタ(梅田)~ミナミ(難波)~関西空港を結ぶ幹線ができるわけで、中之島線はこの幹線に直結されることになります。中之島線自体も、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのある桜島方面への延伸(オフィシャルホテルとしてホテル京阪がある)、南港方面への延伸(大阪府庁の移転先として話題になっているWTCがある)などの構想を持っているようです。「中之島にできた支線」で終わらせないためにも、なにわ筋線建設の動きは気になるところです。そんなことを考えながら駅巡りをしてきましたので、次回以降、少しずつ紹介させていただきます。
2009年02月20日
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大津線とは、京津線(御陵~浜大津)と石山坂本線(石山寺~坂本)の総称です。この路線についてはいずれ撮り鉄&乗り鉄する予定ですので、そのときにまた詳しくご紹介したいと思っております。今日は、以前に撮った写真からご紹介します。ロゴなどのデザインが現在と若干異なる部分があります。800系(浜大津~上栄町)800系は京津線用に作られた車両で、4両編成8本が在籍しています。1997年10月12日、京津線の京津三条~御陵間が廃止され、同時に御陵駅から京都市営地下鉄東西線への乗り入れが開始されました。地下鉄東西線の駅ホームのドアは車両と連動して開閉されるため、新しい車両として導入したのが800系です。浜大津駅前交差点本来は併用軌道を走る列車は30メートル以下と定められており、京津線は特例で認可されています。しかもそのまま地下鉄区間まで走ってしまうのは、日本ではここだけです。さらに京津線には登山鉄道並みの急勾配・急カーブがあります。条件の全く違う区間を走行するために登場した800系は、実はいろいろな能力を兼ね備えた「スーパー車両」なのです。700形(浜大津駅にて)1997年の京都市営地下鉄東西線への乗り入れと同時に架線電圧が600Vから1500Vに昇圧されることになり、それに対応した車両として1992年に登場したのが700形です。新造扱いですが、実際には旧車両の車体を流用しています。2両編成で、当初は京津線で用いられていましたが、現在は石山坂本線で運用されており、ワンマン運転に対応するための装置が取り付けられました。このほか、1984年から導入された600形があります。大津線初の冷房車両です。こちらも新造扱いですが、やはり旧車両の車体を流用して作られました。700形と同様、石山坂本線で運用されています。
2009年02月19日
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京阪の1900系は1963年に、特急専用として登場した車両です。2008年12月に引退しました。1900系(2007年1月撮影)旧1810系(1956年登場)の一部が1900系に編入されたため、そこから数えて50年が経つということで、50周年を記念するヘッダが取り付けられています。車体のすそには絞り込みがなく、識別灯・尾灯につけられた装飾が特徴的です。前照灯は2200系などでも見られる大型のものです。特急運用を退いてから、緑色の一般色に塗りかえられました。特急色塗装(2007年1月撮影)上の写真は、 50周年を記念して2006年7月に特急色に塗りなおされた編成です。2008年12月に引退するまで、この色のままでした。
2009年02月18日
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1000系 京阪の1000系は、1977年に登場しました。京阪で1000系を名乗るのは3代目だそうです。「新造」となっていますが、実際には旧700系(2代目)の車体を利用しています。旧700系もその前の旧1000系(2代目)の台車を利用しているそうです。土居駅にて枚方市駅にてそういう経歴もあって、車体のすそ部分には、2000系の流れをくむ2200系、2400系、2600系に見られるような絞り込みはありません。もともと2200系のような大きな前照灯と丸い尾灯が装備されていたのですが、平成に入ってから行われた車体改修で、シールドビームの四角い前照灯、そして識別灯・尾灯も四角いものに変更されました。正面貫通扉は2400系によく似た雰囲気に変わりました。運転台ノッチを切って、ブレーキ弁を操作して、、、いかにも電車を運転しているという気がします。(じゃあ、ワンハンドルのマスコンだと「操縦」かな?)森小路駅にて走り出して30年を過ぎていますが、しっかり輝いています。車両を大切にする京阪ですから、まだまだ現役で頑張ってくれるでしょう。
2009年02月17日
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京阪の2400系は、1969年に登場しました。2400系当初から冷房装置を搭載しており、通勤形電車としては関西初の冷房車だったそうです。(ちなみに日本初は1968年の京王電鉄だとか)淀屋橋駅にて2400系は、それまでの2200系や2600系0番台(車体は2000系からの流用)と違い、当初からシールドビーム、四角い識別灯・尾灯(形は現在のものと異なる)が採用されました。20年ほど前に、前面貫通扉の変更などの改修を受けた時に、行き先表示器が設置され、識別灯・尾灯も交換され、今のデザインになりました。2600系30番台との違いは、行き先表示器の周辺が黒っぽいところです。北浜駅にて枚方市駅にてすべて7両編成、合わせて6本が製造され、現役で頑張っています。
2009年02月16日
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京阪の2200系の続きです。野江駅にて 識別灯・尾灯の形状にご注目ください。丸い形になっています。旧タイプの尾灯1500Vへの昇圧(1983年)の後、冷房化の改修を受けた時に、途中から四角い形状の識別灯・尾灯に取り換えられたのですが、先に改修を終えた一部の編成はそのままになりました。ちなみに、この丸い形状の識別灯・尾灯は、2600系0番台と同じですね。2600系では、識別灯・尾灯の違いで0番台と30番台を見分けることができますが、2200系の場合には改修時期の違いということだそうです。よく見ると「前方後円墳」のような形ですが、この形を「ガイコツ」と呼んでいると聞いて、おもわず苦笑してしまいました。四角い識別灯もう1ヶ所、前面の窓枠を見ると、識別灯を取り換えたほうは、窓枠が銀色になっています。旧タイプの識別灯を持った2200系では、窓枠は黒色です。天満橋駅にて登場して今年で45年になる2200系ですが、まだまだ現役で頑張って欲しいと思います。
2009年02月15日
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京阪の2200系は、1964年に登場した通勤型車両です。1964年といえば、東海道新幹線が営業を始めた年ですね。登場以来、京阪沿線の高度成長期を支え、数多くの乗客を運んできました。2200系すそを絞り込んだ車体形状は変わりませんが、当初の600Vから1500Vへの昇圧、冷房化のための改修を受けたりながら、長く大切に使われています。土居駅にて2200系の特徴のひとつに前照灯があります。ほかの車両と比べて大型のケースが取り付けられており、近づいてくるとよく分かります。もともと白熱灯が使われていたのですが、いまはシールドビームが使われています。新塗装車両(野江駅にて)登場してから45年。すでに廃車された車両もあり、そろそろ新型車との置き換えもささやかれているところでありますが、2200系にも新色に塗り替えられた編成があります。千林駅にてまだまだ現役続行という意思表示でしょうか。がんばってほしいものです。
2009年02月14日
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京阪の2600系の登場は、1978年となっています。2600系しかし実際には、2600系0番台(末尾01~29番)には旧2000系の車体や台車を転用したものが使われており、中には50年近く経ったものもあるそうです。野江駅にて土居駅にて0番台は2両~4両を編成単位として組み合わせて使用することを前提としており、前面に幌が取り付けられています。2600系30番台一方、2600系30番台と呼ばれる編成が7両×4本あります。こちらは7両編成で使用することを前提として新造されたもので、基本的に編成の組み換えはなく、幌も取り外されています。前照灯は、0番台と比べて小さくなっています。また、識別灯および尾灯の形状も異なっています。萱島駅にて京橋駅にて
2009年02月13日
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京阪5000系の特徴として、曲線の少ないスタイルがあります。単なる流行ではなく、それなりに理由があるようです。とにかくたくさんの乗客を乗せることを目的にしていましたから、当然、荷重が重くなります。したがって、できるだけ自重を軽くするためにアルミ合金製の車体が採用されました。当時はまだアルミ合金を使った車体は少なく、コストも高かったことから、できるだけ単純な形にして価格を抑えようとしたそうです。角ばったデザイン切妻状の正面の顔は、一目で5000系と分かります。関目駅にて5555号車ところで、特別な理由は無いのですが、この5555という「ぞろ目」を見ると、ちょっとうれしくなります。京阪で4ケタのぞろ目はほかに、2222があります。どちらも京都側の先頭車両ですので、探してみてください。新塗装車5000系にも新塗装の編成があります。「ラッシュ用ドア」車内を見ると、扉の前にも座席があります。一般車両用の新塗装車両には黄緑色の帯が付きますが、「ラッシュ用ドア」にもちゃんと帯が塗られていました。
2009年02月12日
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5000系京阪の5000系は、1970年に登場しました。もう40年近くになるのですね。5000系は、通勤ラッシュ時により多くの乗客を運ぶための工夫が随所に見られます。当時としては画期的な車両でした。まず、すぐに目につくのが、片側5枚扉です。ラッシュ用ドア(右)1、3、5枚目の扉は常時使用しますが、2、4枚目の扉は朝のラッシュ時間帯のみ使用されます(それ以外の時間帯は閉じたままです)。一目で区別ができるように、ラッシュ用の扉の一部には塗装が施されていません。「ラッシュ用ドア」「ラッシュ用ドア」の表示この扉のおかげで、乗客の乗り降りに要する時間を短縮でき、混雑のために起こっていた列車の遅延が少なくなったということです。 いまでは片側5枚扉や6枚扉は当たり前のようになりましたが、片側5枚扉以上の多扉は京阪5000系が日本初だということです。また、扉を使用しないときには、閉鎖される部分も座席になります。朝のラッシュ時間には扉の上方に格納されている座席が降りてくるのです。この操作は乗客がいると危険なので、車庫や引き上げ線で行われるということで、一度TVで紹介されたのを見たことがあるだけです。欠点もあります。まず、扉の上方に格納するという構造上、固定された座席と比べて座り心地に差があります。また、扉の位置が他の系列の車両と異なるため、整列乗車がしづらい面があります。
2009年02月11日
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10000系京阪の10000系は現在、4両編成×6本が在籍します。2002年に登場したとき、ターコイズグリーンという鮮やかな青緑色が印象的でした。そして5桁の番号が登場したことで、なんとなく新しい京阪を予感したものでした。枚方市~宮之阪駅間しかし、京阪本線を華々しく走る8000系特急などと違って、ワンマン運転に対応した設備を搭載した10000系は支線(宇治線や交野線)で主に使われています。上の写真は交野線で、淀川の支流、天の川を渡る10000系です。交野線は2007年からワンマン運転が実施されています。中書島駅にて上の写真は、2007年に撮ったもので、宇治線で運用されている10000系です。宇治線では現時点でワンマン運転は実施されていませんが、導入される可能性はあるようです。宮之阪駅にて10000系の正面は、左側に備わった非貫通の非常扉、大きな2枚ガラスの窓、いずれも7200系や9000系とそっくりです。正面の表示行き先表示は、両端の駅をそのまま記しています。「←」と「→」の矢印のところだけ白黒反転させて、ちょっと変わった表示です。ワンマン運転の表示ワンマン運転の英語訳は「Conductorless(車掌なし)」。「One Man」は和製英語ですね。側面表示側面の行き先表示は、上下に両端の駅名、白黒反転で「↑」と「↓」の矢印。枚方市駅にて10000系は、7200系をベースにしてつくられましたが、床面はさらに2センチ低くなり、ホームとの段差が小さくなりました。
2009年02月10日
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7000系京阪の7000系は、7両編成×4本の計28両が在籍しています。6000系の後を受けて製造された車両で、デザイン面でも6000系の影響を強く受けています。外見的な大きな違いは、前面の窓に傾斜がないことです。7000系では、VVVF(Variable Voltage Variable Frequency)インバータ制御が本格的に採用されました。しかし実はそれ以前に、6000系の最後の編成(第14編成)のうちの3両に試験的にVVVF制御が取り付けられていました。その後、制御方式と形式を一致させるために、6000系のVVVF制御車3両を7000系に組み入れることになり、新造された7000系4両と組んで7000系を名乗ることになりました。一方で、残った6000系の車両と組み合わせるために、6000系の車両も新造されました。しかし、ここで新造された6000系車両は、7000系の顔をしていました。7000系の顔を持つ6000系下の6000系と比べてみてください。6000系残念ながら、6000系の顔を持つ7000系(元の6014号車)には出会うことができませんでした。
2009年02月09日
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6000系京阪の6000系は、1983年に登場し、現在112両が在籍しています。京阪で一番の大所帯です。光善寺駅にてそれまでの京阪の車両のイメージとはまったく異なり、正面に貫通扉がなく、大きな2枚の窓が採用されました。正面の大きな窓、そして黒っぽい窓周り。このあとに新造された7000系以降、最新の新3000系へと至る京阪の車両のデザインに大きな影響を与えました。傾斜した正面ガラス京橋駅にてローレル賞6000系は、1984年にローレル賞を受賞しました。
2009年02月08日
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7200系京阪の7200系の顔は、少し丸みを帯びた大きな窓に特徴があります。後に製造された9000系や10000系と似ています。全部で3編成(7両編成が2本、8両編成が1本)で、系列としては小世帯です。出会う機会が少ない分、写真も少ないです。このうち8両編成は6000系や9000系とともに特急運用に入ることがあります。ラッピング車両7203編成は、「きかんしゃトーマス」のラッピング車として走っていましたが、1月25日にラストランを終えました。この写真は前日の24日に撮ったものです。萱島駅にてじっと見入る親子連れが微笑ましく感じました。森小路駅にておもちゃの電車みたいです。
2009年02月07日
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大阪-京都間のノンストップ運転をあきらめたこともあって、混雑時(とくに平日朝の淀屋橋方向)には9000系が特急として運用されることが増えました。片開きの扉が2ヶ所しかない8000系よりも、両開きの扉が3ヶ所にある9000系のほうが重宝がられたわけです。9000系手前が9000系9000系の塗装は暖色系の「特急色」ではなく、緑を基調とした「一般色」ではありますが、水色の帯が描かれていて、一般色とは区別されました。導入当初は、真ん中の扉をロックして8000系と同じ2枚扉で運用されることもあったそうです。新塗装色(淀屋橋駅にて)関目駅にてただし、新塗装では一般車両と同じになり、色だけでは判断できなくなります。新タイプのロングシート現在は固定式のクロスシートとロングシートの併用(セミクロスシート)となっていますが、9005編成ではロングシートだけになっています。9000系のほかの編成もロングシート化されるかもしれません。なお、9000系のほかにも、6000系や7200系などの一般車両が特急の運用に入ることもあります。ちなみに特急運用に入る可能性のある編成は、京都側の先頭車両に貼ってある「女性専用車両」のステッカーで分かります。下の写真でも、ドアの両側に見えています。(京阪の女性専用車両は平日朝ラッシュ時の特急だけです)枚方市駅にて
2009年02月06日
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新3000系 中之島線の開業に合わせて、新しく3000系が登場しました。京阪のホームページによれば8両編成6本が導入されたということです。パンタグラフはシングルアームです。京橋駅にて正面のデザインは「月」をイメージしているそうです。大阪・中之島の「水」や京都の「伝統」「格式」を感じさせるものとして紺色を基調とした配色が選ばれたそうです。渡辺橋駅にて窓の下の部分は、丸い弧を描いて黄色く光っています。種別を示す識別灯(通過標識灯とか列車識別灯などと呼ばれます)ですが、独特な形で面白いです。中之島駅にて中之島駅で折り返すと、今度は赤い尾灯になります。側面のロゴ車体の側面には「COMFORT SALOON 3000 SERIES」のロゴ。快適性を重視した、ということでしょう。車内の座席2列+1列シートと通路 外観だけでなく、内部もなかなかに斬新です。2列+1列のシート配置、高級感のある座席、格子模様の床など、「インテリア」という感覚で仕上がっています。3000系は主に、30分間隔で運転される中之島線乗り入れの「快速急行」として運行されています。ほんとうに乗ってみたくなる車両です。
2009年02月05日
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京阪電気鉄道の本線を走る車両は、少しずつ新しい配色に塗り替えられています。8000系(新塗装)「特急色」の8000系の場合、旧塗装の配色を上下逆にしたようになっています。そして2色の間に金色のラインが描かれています。野江駅にて先頭の側面には京阪の新しいロゴ。窓の下には「ELEGANT SALOON 8000 SERIES」という文字が描かれています。淀屋橋駅にて↑ここは主に特急が使用する淀屋橋駅4番ホームです。発車の合図の音楽が流れ、運転士が後方を確認して、合図を送ろうとしているところです。8000系が似合う場所です。
2009年02月04日
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PC版トレイン・シミュレータの京阪電気鉄道バージョンを持っています。発売されたのは2000年ごろで、改めて見てみると、その当時の様子がよくわかって興味深いものです。当時、京橋(大阪)を出発した出町柳行きの特急は、七条(京都)までノンストップでした。大阪-京都間の速達性をJRや阪急と競っていました。もちろん車両は8000系。車窓からの景色を見ると、寝屋川駅では連続立体工事の最中で、大阪方面の線路はまだ敷設されていません。8000系(森小路駅付近)現在の特急は、京橋を出発したあと、枚方市、樟葉、中書島、丹波橋、七条と、途中の主要な駅に停車します。(ただし平日夕方以降に京都方向にだけ設定されている「快速特急」は、枚方市と樟葉には停まりません。)枚方市駅にて8000系は、大阪-京都間ノンストップを前提として製造された車両だと思います。扉は片側に2ヶ所しかなく、混雑する時間帯の運用には向いていません。大阪-京都間ノンストップをあきらめた今、その後に投入された3枚扉の9000系や新3000系にやや押され気味の感がします。 それでも、ほかの系統が緑や青を基調とする配色なのに対して、暖色系「特急色」の8000系は、鳩をイメージしたヘッドマークを掲げて、やはり京阪の「顔」なのであります。8000系の車内特別な料金が要らない特急であるにもかかわらず、8000系車両のグレードは高く、車内には広告も無く、そのこだわりはたいしたものです。テレビカー京阪の特急といえば、「テレビカー」。はじめはアナログ地上波を受信していましたが、アンテナの向きにかなり苦労したと聞いたことがあります。その後、BS衛星放送、そして現在は地上波デジタル放送を受信しているそうです。ここにも時代の変化を感じます。ダブルデッカー車両そして8000系のもう一つの「目玉」が2階建て車両です。上の写真では分かりづらいですが、車両には京都の「時代祭」の行列の様子が描かれています。ただし、新配色の塗装に変更中で、新塗装の車両にはこの行列は描かれていませんので、見るなら今のうちです。
2009年02月03日
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京阪の3000系と言えば、特急用車両8000系の「先代」として、京阪を代表する「顔」でした。しかし唯一残っていた1編成は8000系30番台に改番され、3000系の名前は新しい車両に譲られました。8000系30番台ダブルデッカーが初めて導入されたのが、旧3000系でした。(当時、旧3000系に試験的に導入したうえで、その後、7両編成だった8000系に順次組み入れられ、現在の8両編成になったのでした)。萱島駅にて枚方市駅にてやっぱりこの色は、京阪の特急らしいカラーです。ほかの特急がしだいに新色に塗り替えられていく中、8000系30番台は、できれば旧色のまま残してほしいと思っているのは私だけでしょうか。
2009年02月02日
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気がつけば2月になりました。時間が過ぎるのは早いものですね。京阪電気鉄道の中之島線が開業したのが昨年(2008年)10月19日。それに合わせて新・3000系が投入され、新しい種別「快速急行」が登場しました。また、従来の車両も順次、新色への塗り替えが進められており、京阪は見た目にも大きく変わりつつあります。新3000系そのうち、旧塗装の車両を見ることができなくなりそうなので、今回は京阪を追いかけてみることにしました。新旧の塗装車両が両方見られるのも、けっこう楽しいものです。
2009年02月01日
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