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宇治といえばお茶。毎年10月1日は「製茶記念日」、10月第一日曜日は「宇治茶祭り」なんだそうです。豊臣秀吉が京都の北野天満宮で「大茶会」を開いたのが10月1日なんだそうです。「宇治製茶記念碑」(平等院前)平等院表門近くに、「宇治製茶記念碑」と書かれた大きな石碑があります。明治12年(1879年)、横浜で開催された「全国製茶共連会」で、宇治の製法に特別一等賞が贈られました。銀200円、今の価値でいうと500~600万円相当の賞金なんだそうです。これをもとにして、「宇治製茶祈念碑」が建設されました。碑文は故・久邇宮朝彦親王の御筆だそうです。毎年10月1日の「製茶記念日」には、この碑の前で先駆者たちに対する感謝を表し、宇治茶の隆盛を祈ります。毎年10月第一日曜日の「宇治茶祭り」では、かつて豊臣秀吉が宇治川の水を汲んで茶会を開いたことにならい、宇治橋の中央付近「三の間」にて宇治川の水を汲み、列をつくっておごそかに興聖寺に運ばれます。興聖寺の本堂では、「茶壷口切の儀」が行われます。茶壷から取り出されたお茶は石臼で挽かれ、汲み上げられた水を使ったお湯でお茶を点て、茶祖の「明恵上人」「栄西禅師」「千利休」に献茶されます。栄西禅師は初めてお茶を中国より日本に伝え、明恵上人は宇治に茶園を開きました。千利休はごぞんじのとおり、茶道の始祖と言われます。興聖寺門前には「茶筅(ちゃせん)塚」があります。「茶筅塚」(興聖寺前)同上ここでは、茶筅に感謝して「茶筅供養」が行われます。「宇治茶祭り」は昭和7年(1932年)から開催されているということですから、まもなく80年になろうとしているんですね。たんなる伝統やしきたりだけでなく、感謝を忘れないということが大切なんだと思います。
2011年08月30日
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宇治川右岸沿いに宇治橋のほうに少し戻ったところに、「興聖寺(こうしょうじ)」という曹洞宗のお寺があります。興聖寺 「石門」道元(どうげん)禅師は鎌倉時代初期の禅僧で、日本曹洞宗の開祖です。貞応2年(1223年)に中国(南宋)に渡り、安貞2年(1228年)に帰国後、天福元年(1233年)に京都・伏見の深草に興聖寺を開きました。これが日本曹洞宗の最初の寺院です。しかし、比叡山からの弾圧を受け、やがてお寺は廃絶してしまいます。慶安元年(1648年)(もしくは慶安2年(1649年))、淀城主・永井尚政によって、現在の場所に再興されました。石碑石碑には、「曹洞宗高祖道元禅師初開之道場」と記されています。もちろん、伏見の深草に開かれた「興聖寺」のことを指しています。石門(総門)と琴坂琴坂門に掲げられた標札には「慶安元年(1648年)建立」と書かれています。再建された当時から建っているんですね。参道の坂道は「琴坂」と呼ばれ、紅葉の名所として知られています。琴坂の名は、脇を流れる谷川のせせらぎが琴の音に似ているところから付けられたそうです。興聖寺山門鐘楼内部にある本堂は伏見城の遺構と伝えられています。奥の「天竺堂」には、「手習観音」が安置されています。もとは宇治十帖古蹟の「手習の杜」に祀られていたそうです。
2011年08月29日
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さて、淡路島旅行を終えて、また宇治の散策に話を戻したいと思います。宇治橋の東詰から宇治川右岸を上流に向けて歩くと、だんだん道が狭くなってきます。亀石楼という民宿の前までくると、前方をふさぐような松の木。宇治川右岸「!」(頭上注意)と表示された道路標識があります。この先、道は狭くなっていますが、天ヶ瀬ダムや天ヶ瀬森林公園へと続いています。ハイキングによさそうなんですけど、車がときどき通るようですのでお気を付けください。宇治川谷間を流れる川ですね。宇治橋付近で見る宇治川とは少しイメージが違います。ここから宇治橋の方へ戻りながら、もう少し宇治川右岸にある寺社や施設を訪ねてみます。
2011年08月28日
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午後5時過ぎ、「あわじ花さじき」から東浦ICに出て、神戸淡路鳴門自動車道に入りました。短い淡路島滞在が終わろうとしています。途中、淡路サービスエリアに隣接している「淡路ハイウェイオアシス」に立ち寄りました。ここはサービスエリア内ではないのですが、自動車道を出ることなく立ち寄ることができます。なお、淡路ICから入ってしまうと、サービスエリアにもハイウェイオアシスにも行けませんのでご注意を。エリア内からの景色同上しだいに影が長くなってくる時間帯、これから渡る明石海峡大橋がはっきりと見えています。「淡路島公園」この「ハイウェイオアシス」は、「兵庫県立淡路島公園」の一部です。公園にはほかにも「森のゾーン」「交流ゾーン」があり、87.2ヘクタールの広い公園です。「あわじ花さじき」が15ヘクタールですから、その6倍近くの広さですね。森のゾーンには展望広場があり、明石海峡大橋や大阪湾が一望できるスポットになっているそうです。この日は帰路のお土産を買うために立ち寄ったので、パンフレットを見ただけなのですが、芝生広場、アジサイの谷、花の谷、多目的広場、水の遊び場、ローラー滑り台、野外ステージなど多彩な施設があるようです。散策コースもあるので、今度来た時には時間を取って立ち寄りたいと思います。「オアシス館」ときどき試食しながら、職場や自宅へのお土産を選び、車に積んで帰りました。「完熟玉ねぎ」はスーパーのほうが安いねと言いながら買って帰りましたが、やっぱり味が違いました。てんぷらにしたり、水でさらしてサラダにしたり。写真を撮るまでもなく、あっという間に食べてしまいました。
2011年08月27日
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伊弉諾神宮を午後3時45分ごろに出て、淡路島の西海岸を北東に10キロほど走りました。この辺りの海岸は夕日がきれいだと聞いているのですが、残念ながら今回は見送り。途中から山合いに入り、午後4時半近くになってようやく、目的地の兵庫県立「あわじ花さじき」に到着しました。入場も駐車場も無料です。閉園は午後5時ですので、あわただしく園内に入りました。「あわじ花さじき」平成10年に開園した「あわじ花さじき」は、季節ごとに花が楽しめる場所です。標高300メートル近い高原に広がる丘陵地帯一面に、お花畑が広がっています。その面積は約15ヘクタール、甲子園球場の約4倍だそうです。広がる丘陵地帯日射しは強かったですが、視界はよく、大阪湾を見下ろす丘陵地にはきれいな花が咲き競っていました。同上同上ハート形でした花の縞模様赤いサルビアとブルーサルビアがじゅうたんのように縞模様を描いています。サルビアの花ヒマワリヒマワリはみんな、東の大阪湾の方を向いて咲いています。ときどき「カメラ目線」の花もありますが(笑)10月に入るとコスモスが楽しめるそうです。違う季節にまた来たいものです。
2011年08月26日
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淡路島旅行の2日目も後半になりました。お祭りの影響で洲本市内の渋滞に巻き込まれ、予定時刻を少し過ぎています。神戸淡路鳴門自動車道の洲本ICに入り、津名一宮ICで出て、県道66号・88号を北西に3キロほど走ると、そこには大きな鳥居が建っていました。伊弉諾神宮の鳥居同上人と比べてみれば分かりますが、鳥居だけでなく狛犬もかなり大きいですね。ここ、伊弉諾神宮には「国生み」の大業を果たした「伊弉諾尊(イザナギ)」と「伊弉冉尊(イザナミ)」の二柱が祀られています。「古事記」や「日本書紀」に「国生み神話」の話が載っていることは聞いたことがあります。その中では、「イザナギ」と「イザナミ」の男女の神が「於能碁呂(おのころ)島」に降り立ち、ここから淡路島、四国、隠岐、九州、対馬、佐渡および大倭豊秋津島(やまととよあきつじま、すなわち本州)の八島の国を生んだといいます。参道と二の鳥居参道の橋放生池拝殿同上伊弉諾の神様は国生みの仕事を終え、最初に生んだ淡路島のこの地に「幽宮(かくりのみや)」を構えて余生を過ごしたんだそうです。本殿淡路国一宮として由緒のある神社です。夫婦クス同上境内には、「夫婦クス」とか「夫婦大楠」と呼ばれる大きなクスノキがあります。推定樹齢900年とも言われ、兵庫県の指定文化財になっています。根の周りが12.4メートル、幹が8メートルの大きなクスノキで、地上2メートル余りのところで幹が2つに分かれています。添えられた説明には、もともと2本だったと書かれていました。イザナギ・イザナミの二神が宿る御神木として大切にされています。
2011年08月23日
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淡路島の中心、洲本市内には、8匹の狸がいます。「洲本八狸(やだぬき)」と呼ばれています。「洲本八狸」とは、かつて洲本を舞台に活躍していた八匹の狸たちの総称です。狸たちの石像が、市内のゆかりの地に建っています。その筆頭格が「柴右衛門」です。芝居が好きで、人間に化けて大阪の道頓堀「中座」まで芝居を見に出かけていました。しかし、苦手な犬に襲われて命を落とします。その後、芝居小屋の入りが悪くなり、祟りだと噂されるようになりました。芝居小屋に芝右衛門を祀ったところ、また客足が良くなったといいます。それ以来、芝右衛門は人気の神として、多くの役者に信仰されてきたそうです。その中には中村雁治郎、片岡仁左衛門、藤山寛美といった名前も見受けられます。「柴右衛門」は芝居の神様、女房の「お増」は商売繁盛の神様、長男の「柴助」は病気平癒の神様、娘で美しい「お松」は女性の守り神です。そのほか、「武左衛門」は防犯の神様、「桝右衛門」は水商売の神様、「川太郎」は交通安全の神様、「宅左衛門」は金融の神様だそうです。時間があれば全部を回るところですが、今回は「お松」のみです。洲本八狸 「お松」同上なんと、この写真を撮るためだけに、洲本に立ち寄ったのでした。
2011年08月22日
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大鳴門橋の遊歩道「渦の道」から鳴門の渦潮を見たあと、セット入館券を買っていたので、「大鳴門橋架橋記念館」にも入ってみました。展示内容は「・・・」ですが、展望台からの景色はよかったですよ。大鳴門橋橋の南側の面を東北東に向いて見ることができます。つまり、太陽に邪魔されずに日が当たる側を撮影できるポイントです。同上同上コンパクトカメラではこれくらいのズームが限界ですが、それでもなかなかの迫力でしょ?大鳴門橋や渦潮のビューポイントはいくつかあるようです。もう少し横からの構図が欲しければ、「お茶園展望台」から眺めるのもいいようです。(私は行っていませんが)淡路島側にも「大鳴門橋記念館」という名の施設があります(20年ほど前に訪れたことがあります)。
2011年08月20日
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さて、淡路島旅行の続きです。2日目の朝、9時ごろホテルをチェックアウトし、一路、神戸淡路鳴門自動車道を利用して鳴門を目指しました。大鳴門橋を渡って徳島県入り。鳴門北ICを出て、鳴門公園の駐車場に到着しました。ここから徒歩で、「渦の道」を目指します。「渦の道」 「渦の道」は2000年にオープンした施設で、鳴門海峡に架かる大鳴門橋の橋桁(道路の下)に設置された450メートルの遊歩道です。1985年に開通した大鳴門橋は、道路の下を鉄道が通る構造です。しかし、明石海峡大橋が道路単独の橋に変更されたため、淡路島を鉄道が通る構想は消え、大鳴門橋の鉄道部分は無駄になってしまいました。その部分を有効活用して造られた施設が「渦の道」です。海上45メートルの遊歩道は、ところどころ床がガラスになっていて、そこから下がよく見えます。海岸線道路下(右端が遊歩道)飛島と鳴門海峡鳴門海峡の渦潮渦潮と観潮船じっと見ていると、洗濯機の水槽の中の渦にも見えてきます。しかし規模ははるかに大きく、小さな観潮船だと渦の中にすっぽり入ってしまいそうです。足元のガラス越しに上の写真、まるで天気予報の衛星写真で見る台風の渦雲のようです。縦横に張られたワイヤがまるで経緯線のよう。でもこれは海上45メートルから見る本物の渦潮です。鳴門の渦潮は、世界三大潮流のひとつと言われています。ちなみにあとの2つは、イタリアのメッシーナ海峡(シチリア島とイタリア本土の間にある海峡)と、カナダのセイモア海峡(バンクーバー島近くの海峡)だそうです。
2011年08月19日
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少し間が開いてしまいました。実家へ行ってお墓参りをしたくらいで、どこかに遠出をしていたというわけではないのですが、、、、子どもが2016ピースのジグソーパズルを買ってきたのが運の尽き。図柄は、全体に白っぽい壁や石畳で囲まれた路地の一画で、空は真っ青。ここはイタリアでしょうか、それともスペインでしょうか。道の真ん中で猫が座っているのに魅せられて買ったようです。白っぽいピースと青いピースが全体の半分くらいを占めています。しかもピースは通常の2分の1のサイズです。夏休みの最後の1日に仕上げるつもりだったようですが、よりによって難易度の高いのを買ってきたようです。こうなると家族総出で取り組む(というか、親が熱くなる)のが我が家。けっきょく、2日半をかけて完成させました。いま、フレームに収まっていますが、まだ糊付けはしていません。仕上げたら壁に掛けようと思っています。
2011年08月18日
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淡路夢舞台の中にある温室は、「奇跡の星の植物館」と呼ばれています。温室入口同上高さ17メートル、幅24メートル、長さ100メートルの大きな直方体がクロスした形の建物です。天井が高く、上部と下部の温度差は5度にもなり、熱帯植物を上のほうに展示するなどの工夫がなされています。「自然の素晴らしさ・美しさを五感で体感すると同時に、21世紀の共生のライフスタイルを提案する感動空間創造実験型植物館」なんだそうです。(HPより引用)今年7月16日から9月25日まで、「バリフラワーショー2011 五感でトロピカル体験」と題したイベントが開催中です。訪れたのが午後4時近くで、この日のイベントはかなり終わっていたようです。午後4時からの無料ガイドのツアーがあるということで、私たちはそれについて行くことにしました。結局、そのツアーは私たち家族だけで独占!ガイドさんの説明はそっちのけで写真を撮ったり、気が向けば質問したり。ガイド泣かせの客だったかも(笑)。大きな「ナナフシ」やカマキリの仲間など、擬態や威嚇などの機能を備えた珍しい昆虫、そして食虫植物などの展示を見たあと、ちょっと興味を引いたのが「果物」。バナナ食べた跡みたいですね、とガイドさんに聞くと、実際に果物を食べてみよう、というイベントがあるんだそうです。これまでにライチ、ゲッカビジン、パパイアなどの試食があったようです。スターフルーツ上の写真ではちょっと分かりづらいですが、輪切りにすると星型になるそうです。味は薄く酸味があるということです。ドラゴンフルーツ食用のサボテンの一種で、実だけでなくつぼみや葉肉も食用になるそうです。これも8月11日に試食されたみたいですよ。ブログには、先着10名様と書かれていました。味はどうだったんでしょう?マンゴーまだ熟していないマンゴーの実。マンゴーはウルシ科だったんですね。チユウキンレンチユウキンレンは「地湧金蓮」と書き、中国原産のバショウ科の植物です。黄色い花のように見えるのは苞葉(ほうよう)つまり葉の一種で、花はその付け根に付いている黄色い粒のようなものです。地下にはシダの仲間が、また雲南省の高山植物類はエアコンの効いた涼しい部屋で展示されていました。淡路瓦とのコラボによるガーデニングのコーナーもあり、短いながらも楽しいツアーでした。ガイドさん、ありがとうございました。清楚な感じの女性の方でした。お名前をお聞きするのを忘れてしまったのが少し心残りです ^^;この日は、ウェスティンホテルに宿泊しました。昼間の暑さの疲れと夕食の淡路の地ビールで、夜はぐっすり眠りました。
2011年08月13日
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「パルシェ 香りの館」を出て、西から北端を回って東へと、しばらく海岸沿いを走りました。天気がよくて、きれいな海を眺めながらのドライブでした。とはいえ、景色をゆっくり楽しめたのは家族だけです。ときどきトラックと行き違いますし、サイクリングの自転車も見かけましたので、運転には気を使います。淡路IC近くにある「淡路夢舞台」に到着です。「淡路夢舞台」は、平成12年(2000年)に淡路島で開催された「ジャパンフローラ2000」、通称「淡路 花博」の会場の一つです。淡路夢舞台上の写真、右手の建物がウェスティンホテルです。正面左寄り、海に突き出ているのが隣接する「あわじ交流の翼港(海の道)」です。海は大阪湾で、向こうに見えているのが泉州。堺市から泉南市辺りではないかと思います。関西国際空港も見えていたかもしれません。「淡路夢舞台」は、関西国際空港など大阪湾の人工島を築くために土砂を採取した、その跡地なのです。国際会議場上の写真は、少し右に視線を振って撮ったものです。右寄りの丸い屋根を含む建物は国際会議場です。温室上の写真の中央には、温室「奇跡の星の植物館」が写っています。左奥には、明石海峡大橋の対岸、神戸の街並みや六甲山系が見えています。いま立っている場所は、「百段苑(ひゃくだんえん)」と呼ばれる花壇です。百段苑その名の通り、斜面に造られた100区画の花壇です。それらは迷路のような階段で結ばれています。同上上の写真、左寄りの「塔」はエレベーターです。車椅子でも上がれるようになっています。同上それぞれの花壇には、世界のキク科植物が植栽されています。同上上の写真の花は「フレンチマリーゴールド ディスコオレンジ」です。同上上の写真の花は「アメリカンマリーゴールド タイザン」です。同上同上ヒマワリもキク科なんですね。夏にはやはり、ヒマワリがよく似合います。
2011年08月12日
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神戸淡路鳴門自動車道の北淡ICと津名一宮ICのちょうど中間辺りに、「パルシェ 香りの館」という施設があります。香りの館一歩、中に入ったとたん、まさに「香り」に大歓迎されました。苦手な人にはちょっときついかもしれませんが、香りをテーマにした「パビリオン」です。エントランスホールには「香りの展示」。蒸留して香水を作る装置とか、いろんな香水やポプリ、お香や香木などが展示されています。手作り体験コーナーやフレグランスコーナー(香水のお試し)などもあって、なかなか面白かったですよ。嗅覚をあれだけ活動させたことはなかったですねえ。実は、淡路市一宮(旧・一宮町)は線香の生産が全国1位なんだそうです。隣りには温室があって、「フクシア」と「ハーブ」が栽培されています。温室「フクシア」の見頃は4月上旬~6月下旬と、10月上旬~11月下旬だということで、残念ながらほとんど見ることができませんでしたが、ここではおよそ50品種を育てているそうです。またハーブも100種類ほど栽培しているとのことで、訪れたときには淡い紫色の花が涼しげに咲いていました。花の名は?この香りの館は入場無料ですが、なかなか楽しめました。帰りにラベンダーソフトクリームを食べてみましたが、予想に反して(?)美味しかったです。先を急いでいたので歩きながらソフトクリームを食べていたら、暑さですぐに溶けてしまい、服にポタポタとこぼしてしまいました。っちゃー。向かいには「香りの湯」という、宿泊施設を備えた天然温泉があります。数種類のハーブ風呂や岩風呂、サウナなどがあり、けっこう賑わっていました。時間があれば入っていきたいところです。
2011年08月11日
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宇治の話の途中ですが、8月6日(土)、7日(日)と家族で淡路島に旅行に行ってきましたので、淡路島の観光ガイド(?)をしてみたいと思います。明石海峡大橋を渡って最初に向かったのが「北淡震災記念公園」です。北淡震災記念公園もともとは「北淡町震災記念公園」だったのですが、北淡町が周囲の自治体と合併して淡路市になったので、「町」を取ってしまったようです。おかげで「北淡」と「震災記念公園」の間が1文字分空いてますよ。同上上の写真、左奥の建物が「野島断層保存館」です。野島断層は、平成7年(1995年)1月17日に明石海峡を震源とする地震、阪神・淡路大震災のときに地表に現れた断層で、現在は屋根をかけて保存しています。国指定の天然記念物になっています。野島断層上の写真はその保存現場です。手前は舗装道路だったのですが、アスファルトが地震でめくれあがっています。写真手前から奥にかけて、断層があるのがわかります。動いたのは左側で、約50センチ隆起し、手前から奥の方向に最大130センチずれたそうです。上の写真に写っている排水路は、もともと縦方向に1本につながっていましたが、左右にずれた断層によって、くの字に曲がってしまいました。ずれたあぜ道オレンジ色と水色の目印がありますが、それぞれがつながっていた部分を示しています。すさまじい力です。メモリアルハウスの塀断層上に立っていた塀が壊れています。左側の家は、震災当時、人が住んでいましたが、現在は「メモリアルハウス」として保存されています。ずれた塀もともとまっすぐだった塀が、左右に走る断層によって曲がったことが分かります。地震直後の台所地震直後の様子を、証言をもとに復元したものを展示しています。このあと、震度7を体験できる装置に乗ってみました。「安全だ」と分かっているからこそ落ち着いていられますが、目の前で食器棚が倒れたりしたら、そりゃパニックになりますよ、きっと。「神戸の壁」この「神戸の壁」は、神戸市長田区の市場の延焼防火壁として建てられたものです。第二次世界大戦中の神戸大空襲にも耐え、阪神・淡路大震災では周囲が倒壊したり火災で焼けたりする中、この壁だけはそのまま残りました。その後、震災に対する教訓を風化させず、防災意識を高めるため、この地に移設されました。新潟県中越地震、東日本大震災と、その後も大きな地震が起きています。危機に対する意識を持ち続け、備えることの大切さを改めて感じました。
2011年08月10日
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平等院には鳳凰堂しかないのか、と思われては心外ですので、もう少しご紹介したいと思います。鳳翔館鳳翔館(ほうしょうかん)は、展示ミュージアムです。梵鐘、阿弥陀如来の後ろにいる菩薩像のうちの26体、屋根の上にいる鳳凰1対などの国宝が、間近に見えるように展示されています。本来の持ち場(?)を離れてますが、間近に見ることができます。冷房の効いた部屋で、ゆっくり観賞できるのがいいですよ。鐘楼平等院の梵鐘は国宝に指定されていますが、それは鳳翔館の中にあります。こちらの鐘は何でしょう? レプリカかな?旧南門平等院の旧南門は安土桃山時代のもので、伏見桃山城から移されたものと言われております。源頼政の墓平清盛の横暴に対し、以仁王(もちひとおう=後白河天皇の第三皇子)は源氏に挙兵を促します。これに応じたのが源頼政(みなもとのよりまさ)です。治承4年(1180年)、源頼政が以仁王を奉じて平家打倒を掲げて挙兵します。しかし多勢に無勢、平知盛が率いる大軍に大敗してしまいます。頼政はここ平等院境内にて自刃しました。 辞世の句 埋もれ木の花さくこともなかりしに みのなるはてぞ悲しかりける通圓の墓宇治橋の東詰にあるお茶屋「つうゑん」の初代は、源頼政の家臣で、名を古川右内といいました。頼政から「政」の字をもらい、太敬庵通圓政久と名乗りました。頼政が打倒平家の兵を挙げたとき、通圓は頼政のもとにはせ参じ、宇治橋の合戦で討ち死にします。主従の墓が同じ境内にあるというのも興味深いものがあります。
2011年08月08日
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平等院は、もとは左大臣・源融(みなもとのとおる)の別荘でした。この人は光源氏のモデルとなったとも言われているそうです。長徳4年(998年)、ときの摂政・藤原道長の手に渡り、万寿4年(1027年)に道長が死んだのち、永承7年(1052年)に、その子の関白・藤原頼通が寺院に改めました。翌年の天喜元年(1053年)、阿弥陀堂(鳳凰堂)が落慶します。この時代、末法思想により極楽往生を願う浄土信仰が流行っていました。阿弥陀堂の中には、その極楽が描かれています。阿弥陀堂が「鳳凰堂」と呼ばれるようになったのは、江戸時代からだそうです。鳳凰堂が10円硬貨の表のデザインになっているのはご存じのとおりですが、屋根の上の鳳凰が、1万円札に描かれていることは、指摘を受けるまで気付きませんでした。鳳凰堂と阿字池少し水が濁っていたのが残念ではありますが、水面に映る姿にも趣きを感じます。その独特のたたずまいは、「結界」という言葉を連想させるほどに、神秘な雰囲気を感じさせます。鳳凰堂(正面)同上上の写真、ちょうど見学者が鳳凰堂に入ったところです。どうしても両端が切れてしまいます。もう少し後ろに下がればいいのですが、そうすると他の観光客が写ってしまいます。ううむ、難しい。阿弥陀仏の尊願正面に、阿弥陀仏のご尊顔が見えます。この穴は、建立当初からあるそうです。外からも見えるようにという配慮のようです。
2011年08月05日
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平等院といえば鳳凰堂というほど、10円硬貨に描かれた鳳凰堂が有名ですが、それ以外の建造物や庭園にもいろいろ見処があります。庭園は、大正11年(1922年)、史跡・名勝に指定されています。「史蹟及名勝 平等院庭園」の碑表門では、拝観料600円を払って、中に入ってみましょう。拝観料には入園と鳳翔館(ミュージアム)入館が含まれています。入るときに受け取ったパンフレットには、「院内で撮影した写真などを営利的な目的で使用することは禁止いたします。なお、鳳翔館内での写真撮影は禁止いたします」と書かれていますので、庭園の様子を中心にスケッチしたいと思います。藤棚表門をくぐった正面に、立派な藤棚が見えてきます。季節は過ぎてしまいましたが、たわわな藤の花、きっときれいでしょうね。観音堂藤棚の横にあるのが観音堂。鎌倉時代の建造物で、重要文化財に指定されています。鳳凰堂庭園をさらに奥に入っていくとすぐに、鳳凰堂が目に飛び込んできます。周りを池に囲まれた中に、風雪に耐えて静かにたたずんでいる姿を、なんとたとえればいいのでしょうか。鳳凰堂に入るには、一人300円の「ご志納」が必要です。朝9時30分から20分おきに、50名限定で中に入れてもらえます。所要時間15分ですが、ゆっくり大仏様を見ることができて、説明付きでよかったですよ。鳳凰堂の内部は撮影禁止ですので、写真はありませんが、ご了承ねがいます。
2011年08月04日
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宇治上(うじがみ)神社と同じく、平等院もユネスコの世界遺産に登録されています。平等院といえば10円硬貨の表に描かれている鳳凰堂が有名ですね。平等院表参道入口京阪電気鉄道の宇治駅から宇治橋を渡ってすぐ、宇治橋西詰の交差点から平等院まで続く表参道には、お土産店やお食事処、お茶の老舗などが並んでいます。表参道沿い石畳のしゃれた道なのですが、けっこう車が入ってくるので、気を付けなければいけません。同上「明治天皇行幸所平等院」の碑平等院の境内へと入っていく入口に、明治天皇が行幸された碑が建っていました。明治維新後、新政府の体制強化のためもあって、何度か大阪行幸が行われたそうです。表門前広場表門が見えてきました。この門から中は有料です。さて、どうしましょ? (続きます)
2011年08月03日
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宇治神社の境内を出て、「さわらびの道」を北へと進むとすぐ、「世界文化遺産 宇治上神社」と書かれた石碑が出迎えてくれました。鳥居とともに、どちらもかなり大きなものです。宇治上(うじがみ)神社は、京都市内の清水寺や二条城、同じ宇治にある平等院などとともに、平成6年(1994年)、「古都京都の文化財」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。宇治上神社の鳥居拝殿拝殿は国宝に指定されており、鎌倉時代の初めに建てられたもので、現存する最古の拝殿だそうです。本殿覆屋やはり国宝の本殿は、平安時代後期のもので、「神社建築として日本最古の遺構」と説明板に書かれていました。覆屋の中にあって見えませんが、主祭神は、中央に応神天皇、右に菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、左に仁徳天皇の3柱です。親兄弟が祀られているわけですね。平安時代の永承7年(1052年)に平等院が創建されると、その鎮守社となり、近在住民に崇敬されながら維持されてきたということです。「桐原水」の建屋境内に、桐原水(きりはらみず)と呼ばれる湧水があります。「宇治七名水」の一つです。「桐原水」「宇治七名水」は、お茶に不可欠な水として定められたものなのだそうです。桐原水は、宇治七名水で現存する唯一のものなのだそうです。
2011年08月01日
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