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「さわらびの道」に沿って、「総角(あげまき)」と「早蕨(さわらび」の古跡がありますが、その中間には、与謝野晶子の歌碑が置かれています。与謝野晶子歌碑紫式部を終生の師と仰いだという与謝野晶子は、源氏物語の現代語訳でも有名で、昭和13年(1938年)に「新新訳源氏物語」全6巻を完成させます。さらに「源氏物語礼讃」では五十四首の歌を著しました。さわらびの道の歌碑には、そのうち、宇治十帖に当たる十首が刻まれています。
2011年06月30日
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宇治十帖「総角(あげまき)」の古蹟から、「さわらびの道」に沿って南へ歩くと、「宇治上神社」の近くに「早蕨(さわらび)之古蹟」の碑があります。さわらびの道同上「早蕨之古蹟」の碑「早蕨」は源氏物語の第四十八帖、薫が25歳のときの春の話です。中君(なかのきみ)が、亡き父や姉を偲びながら詠んだ歌 この春は たれにか見せむ 亡き人の かたみにつめる 峰の早蕨から、「早蕨」と呼ばれているそうです。匂宮(におうのみや)は、中君を二条院に迎え入れます。後見人である薫は中君の上京のために心を配りますが、これが匂宮に疑心を抱かせることになります。
2011年06月27日
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源氏物語ミュージアムの東側の道を南に100メートルほど歩くと、樹木に覆われた散策路になります。この道は「さわらびの道」と呼ばれています。さわらびの道この辺りに「総角(あげまき)」の古蹟を記す碑が建っています。「総角之古蹟」の碑総角は源氏物語の第四十七帖、薫が24歳の秋から冬にかけての話です。このとき、大君(おおいきみ)や中君(なかのきみ)の父親である八の宮の一周忌が営まれます。そのときに薫が大君に対して詠んだ歌にちなんで、「総角」と呼ばれています。 総角に 長き契りを 結びこめ おなじ所に よりもあはなむ 「あげまき」とは「揚巻」とも書き、髪の結い方の一つだそうです。薫の気持ちを拒んだ大君は、中君のことを心配しながら26歳にして亡くなります。「総角」の古蹟の碑は、大君の墓のようにも見えました。
2011年06月26日
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源氏物語の第四十六帖「椎本(しいがもと)」は、薫が23歳の春2月から24歳の夏の話だそうです。京阪宇治駅前・宇治橋東詰から北へ100メートルほど行くと、「彼方(おちかた)神社」があります。ここに椎本の古跡を示す石碑があります。彼方神社「椎本之古蹟」の碑椎本の巻では「おち」を取り入れた歌が二首詠まれおり、椎本の古跡になった理由ではないかとの説もあるようです。彼方神社式内と書かれているので、由緒ある神社だと思います。平安時代にはかなり立派な神社だったのではないでしょうか。
2011年06月25日
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源氏物語第四十五帖、「橋姫(はしひめ)」は、薫が20歳から22歳のころの話です。 宇治橋西詰から大きな鳥居をくぐり150メートルほど南にいくと、橋姫神社があります。橋姫神社同上上の写真の向かって左側が橋姫神社、右側が住吉神社だそうです。橋姫神社は、宇治橋が初めて架けられた大化2年(646年)以来ずっと、宇治橋を守る神様として鎮座しているそうです。もとは宇治橋の西詰にありましたが、明治3年(1870年)の洪水で流され、今の場所に移されたそうです。(そういえば、住吉神社も水の神様ですね。)橋姫は嫉妬深い神ともいわれ、 嫉妬から鬼女になったという話もあります。その一方、源氏物語の影響を受けて、「愛らしい姫」のイメージも強くなりました。地元では、橋姫神社は縁切りの神様とされているそうなのですが、川がすべてを流し去ってくれるという理由があるようです。
2011年06月22日
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源氏物語全編五十四帖のうち、最後の十帖は「宇治十帖」と呼ばれています。すなわち、四十五帖「橋姫(はしひめ)」から、五十四帖「夢浮橋(ゆめのうきはし)」までです。宇治十帖を含む最後の十三帖(第三部)は、光源氏の子「薫(かおる)」、孫の「匂宮(におうのみや)」、そして「大君(おおいきみ)」、「中君(なかのきみ)」、「浮舟(うきふね)」の三人の姫君の悲恋が描かれています。宇治十帖モニュメント宇治橋の東詰から宇治川の右岸に沿って上流(東)へ5分ほど歩くと、上の写真のモニュメントがあります。添えられた説明板によると、このモニュメントは平成7年に建てられたものだそうで、「浮舟と匂宮が小舟の上で愛を語りあう場面をモチーフ」にしているそうです。ところで、「宇治十帖古跡」なるものがあります。源氏物語はフィクションですが、それぞれの舞台が宇治のどの辺りなのか、気になる人は昔からいたらしく、(勝手に?)古跡を決めてしまったようです。せっかくなので、このあと、「宇治十帖古跡」とやらを追いかけてみようと思います。私はミーハーなのかな?
2011年06月21日
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宇治橋の西詰に、紫式部の像があります。宇治川に架かる宇治橋を背景に、いかにも宇治らしい光景です。紫式部像源氏物語を書いたのは紫式部だと言われています。言われているというのは、源氏物語の原本は残っておらず、紫式部が書いたかどうか、確証はないそうです。そもそも初めから「源氏物語」と言われていたかどうかもはっきりしないとか。紫式部の境遇も、はっきりしないところが多いそうです。そもそも印刷などという技術がなかった時代、世間に広まるには「写本」しかなかったわけです。当然ながら写し間違いもあるでしょうし、なにしろ長い小説ですから(400字詰原稿用紙にして2400枚相当とか)、すべてが忠実に写本されたかどうかも怪しいところです。だからといって、源氏物語の価値が減るわけではありません。現代語に訳され、いまだに多くの読者に読み継がれている源氏物語。恋は人間の永遠のテーマだということでしょうか。
2011年06月20日
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京阪の宇治駅から東へ歩いて4,5分のところに「源氏物語ミュージアム」があります。駅に近いのは北側の入口ですが、南側の入口のほうが風情があって私は好きです。入口(南側)同上ガクアジサイ建屋入口付近このミュージアムでは、「源氏物語」や平安王朝の様子などが、映像や展示物などを使って紹介されています。「源氏物語」については改めてご紹介するまでもないでしょうが、平安時代半ばに紫式部が書いた全五十四帖からなる長編小説です。主人公は「光源氏」ですが、最後の十三帖はその子「薫(かおる)」と孫「匂宮(におうのみや)」の話になっています。特に最後の十帖では宇治が主な舞台となっているため、「宇治十帖(うじじゅうじょう)」と呼ばれています。
2011年06月19日
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京阪の宇治駅のすぐ近くに、宇治橋が架かっています。宇治橋(東詰)現在の橋は、平成8年(1996年)に架け替えられたもので、長さ約155メートル。上下合わせて4車線(一部5車線)の車道と、その両側には広い歩道も設けられています。宇治橋は、瀬田の唐橋(滋賀県大津市)、山崎橋(京都府八幡市~大山崎町、現在は無い)とともに「日本三古橋」と言われており、最初は大化2年(646年)に架けられたという説もあるそうです。宇治橋東詰にある石標宇治観光のスタート地点でもあります。「平等院 橋を渡り左へ」などと書かれています。「あがた神社」「浮島十三塔」、「宇治川ライン」などという文字も刻まれています。宇治川と宇治橋宇治川上流宇治川の流量表示宇治川の上流には、天ヶ瀬ダムがあります。この日は放流中で、かなりの流れがありました。
2011年06月18日
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京阪宇治駅の前、宇治橋の東詰に、「つうゑん」という名のお茶屋があります。おそらく宇治に行かれたときには必ず目にしているのではないかというくらい、目立つ場所です。通圓茶屋漢字で書くと「通圓」。辞書によると、宇治の茶人の名前だということです。同名の狂言もあるそうです。「株式会社通圓」のオフィシャルホームページ (http://www.tsuentea.com/ によると、創業は永暦元年(西暦1160年、平安時代の終わりごろ)にさかのぼるそうです。通圓の元祖は源頼政の家臣で、晩年は隠居をして宇治橋東詰に庵を結んだということです。その後、通圓は代々宇治橋の橋守として、「道往く人々に橋の長久祈願と旅人の無病息災を願って、茶を差し上げてまいりました」ということだそうです。また、吉川英治氏が書いた小説「宮本武蔵」では、武蔵の恋人「お通さん」が、この茶屋で休むシーンがあります。実際、吉川氏もこの茶屋を訪れたそうです。現在の建物は、寛文12年(1672年)に建てられたそうです。
2011年06月17日
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京阪・宇治駅の現駅舎は、平成9年(1995年)から利用されました。翌年には、グッドデザイン賞を受賞しています。私鉄の駅としては初めてだそうです。また平成12年(2000年)には、第1回「近畿の駅百選」にも選ばれました。駅舎正面駅舎(ホーム寄り)以前の駅は、現在より180メートル南側にあり、JRの線路の下をくぐるような位置にホームがありました。現在は、ホームとロータリー側の駅舎との間をJR奈良線が横切っています。京阪宇治駅とJR奈良線上の写真は、京阪宇治駅の中からJR奈良線の電車が出てきたように見えますが、違います。JRの宇治駅は、京阪・宇治駅から宇治川を渡った先にあり、900メートルほど離れています。
2011年06月15日
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途中下車の旅は、中書島から宇治線へと入っていくつもりだったのですが、都合で先に宇治駅に来てしまいましたので、逆にたどっていこうと思います。駅名標宇治駅は、大正2年(1913年)の宇治線(中書島~宇治)開業とともに営業を開始しています。宇治線の終着駅で、頭端式1面2線の構造を持つ地上駅です。ホーム中書島方向宇治線に使用されている車両は、ほとんどが2600系4両編成です。昼間は10分間隔で運転されています。終端部分油圧式車止め出口付近同上ホームと同じ高さに改札口があります。改札口(ラチ外)半円形を多用した、ちょっと面白い構造の駅ですね。かつては京都方面から直通運転されていました(中書島でスイッチバック)が、現在のダイヤでは、宇治線内の往復運転のみになっております。
2011年06月13日
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京阪・淀駅から北東の方向、納所交差点から始まる千本通りに沿って3キロほど歩くと、羽束師(はづかし)橋の東詰にやってきます。羽束師橋羽束師橋は、横大路地区と対岸の羽束師地区を結ぶ橋梁で、外環状線と呼ばれる都市計画道路の一部です。平成9年(1997年)4月に開通しました。両側4車線の車道橋と、その下に幅員4メートルの歩道橋との二層構造となっています。羽束師というと、京都府民の方なら、運転免許試験場を思い浮かべるかもしれませんね。羽束師橋付近サイクリングロード八幡市で見たサイクリングロードは、桂川の堤防沿いにここまで続いています。魚市場遺跡羽束師橋のすぐ下流側、サイクリングロード脇に、「魚市場遺跡」の石碑が建っています。横大路の地は、かつては「草津湊(みなと)」と呼ばれ、京都・大坂間の交通の要衝として栄えました。生鮮魚貝類を商う問屋が軒を並べたといいます。慶応元年(1865年)には、徳川幕府の命により魚市場が設けられ、たいへん賑わったそうです。しかし、明治に入り鉄道が開通すると、その機能が失われ衰退していきます。同上大正8年(1919年)に、かつての魚市場の跡に石碑が建立されました。そのときの碑は昭和21年(1946年)の地震で倒壊しましたが、昭和60年(1985年)に再建されたということだそうです。 【追記】(2011年6月15日)往時の横大路の様子が碑文に書かれています。一部分を要約して紹介します。平安遷都以降、京と大坂の往来が盛んになり、草津湊のある横大路村には多くの品が集まり、たくさんの問屋が軒を連ねて物を売っていました。ことに生魚は、近くは摂津・播磨・和泉、遠くは紀伊・阿波・淡路などから淀川を遡って集まってきました。それらは横大路村から陸路で御所をはじめ洛中洛外、近畿各地にまで運ばれました。そして慶応元年(1865年)には江戸幕府の命により魚を取引するための市場が開設されたということです。
2011年06月12日
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京阪・淀駅の北東、京都競馬場を過ぎた辺りに、横大路運動公園があります。アクセス道路は北側(線路とは反対側)にあり、府道13号(旧京阪国道)から南部クリーンセンターの前を右折するとすぐに入口です。横大路運動公園(入口)同上案内図硬式野球場1面、野球場兼運動場3面、体育館や洋弓場などがあります。敷地内グラウンド緑に囲まれた気持ちの良い施設です。ふじ棚(5月初旬)私が訪れたのは5月の初旬でした。ふじの花が咲いていました。体育館洋弓場ジョギングコースジョギングコースは2つ、Aコースは1周1.8キロ、Bコースは1周1.56キロで設定されています。鉄道でいえば零キロポストですかね?
2011年06月11日
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5月28日、京阪電気鉄道の淀駅・上り京都方面ホームが高架化されました。少し遅くなりましたが、様子を見に行ってきました。新ホーム(右側)上の写真で、右側のホームが供用が始まった新ホームです。屋根が左右対称ではなく、左側(南向き)のほうが高くなっています。採光の関係なんでしょうか。右側はぎりぎりまで低くなっています。新ホーム1番線はまだ使われていません。旧線を撤去してからさらに工事が行われるものと思われます。京都方向同上レールもまだです。1番線の工事はこれからですね。旧上り線ホームから見下ろすと、5月27日まで使われていた上り線が見えています。上の写真、手前の通路のところは、すでに線路が途切れています。右側少し奥に、三角屋根の旧駅舎が見えています。この三角屋根も、やがて撤去されるのでしょうね、少しさびしい気もします。
2011年06月10日
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気がつけば6月。頼まれていた講師の仕事と、かねてから予定していた試験を終えて、今日、ようやく束縛から解放されたところです。仕事の合間に講演資料を作ったり、眠い目をこすりながらテキストを読んだりで、さすがにブログの更新もままならず、3週間もご無沙汰しておりました。さて、今日の試験前、梅田に出てから時間があったので、阪急の32番街から大阪駅を眺めてました。それにしても、えらい物を造りましたねえ。総事業費2100億円だそうですが、この大屋根にはいくらかかっているんでしょうね。JR大阪三越伊勢丹が北側に開業し、梅田の各百貨店の競争が激化。阪神百貨店、阪急百貨店とも昨年より減収、大丸百貨店は増床効果もあって過去最高の売上増とか。それにしても、新しくなった場所では方向がわからなくなったりして、慣れるまでしばらく時間がかかりそうです。
2011年06月05日
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