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息子と同じころ事故に遭って、同じ病院同じ先生に手術していただいて命の灯をつないでこられた方が、とうとう旅立たれた。13年間、最初の病院を退院してからずっと自宅での療養をされておられたという。色々縁あって家族同士のお付き合いをさせていただいてきたが、あちらはご主人様、こちらは息子の介護者としてお互い心の交流をさせていただいてきた。我が家ではこれまでに転院自宅転院に次ぐ転院で移動すること8回目で現在に至っている。それを考えると13年もの間自宅での介護に徹した家族の心中を思うと、ただただ感服。ご苦労様。よくぞここまで介護してくださいました。遺影の素敵なお顔を拝し、13年もの間、一言も言葉を交わすことなく過ごしてこられ、ひたすら無言のご主人を介護された奥様の心にかける言葉が見つからなかった。現在わが息子は、言葉はなくとも大声を出して笑いわめき、親愛の情をもろに表現してくれる。それが少なからず乱暴な行動であっても答えてくれる時、介護する者にとって大きな喜びである。行動に歯止めのきかないのは、脳のコントロールする力がないので仕方ないと思える。
2015.04.26
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「これから気候がよくなるので散歩をさせてあげたい」と、私がもらした言葉から急速に息子の外出が決まった。 自宅介護を助けてくれる事業所の人たちとのモニタリングのときのことだった。早速行動を起こしてくれたのは、介護タクシーの方であった。まずは手近な所での花見をと提案してくれた。予定したのは四月一日。花見には早過ぎると思っていたのだが、予想に反しての好天続きで、満開にちかい桜を見ることが出来た。暑くもなく寒くもなく絶好の花見日和であった。春休みのとちの木ファミリーの遊園地は、子供連れの家族で賑わっていた。車椅子を二十代の青年運転手さんに押してもらいながら、息子は終始手ばたきをしたり、声を上げたりして上機嫌であった。 ジェットコースターの音に歓声を上げている息子が、突然体を覆っていた毛布を投げ上げた。宙に舞う直前を私は偶然カメラでキャッチしていた。その時は私も夫も介護タクシーの方たちも大笑いして大らかに桜を満喫していた。ところがボート池にかけられた太鼓橋を渡っているときだった。懐かしい子供列車を大声で笑って眺めていた息子の膝の毛布が宙を舞った。付き添いの誰もが大声を上げ手を伸ばしたが、時遅く慌てる人を翻弄するかのように、魔法の絨毯さながらに大きく広がって空中を舞い、ゆったりとふんわりと池の中へと落ちていったのだった。水面に大きく広がって浮かんでいる毛布を、運転手さんが水際に腹這いになって回収してくれた。もしかしたら、息子は遠い昔、何度となく私とこの列車に乗った記憶が甦ってきたのかな、と息子の興奮状態が私にも伝わって言葉にならない思いが走った。さらに幼いころから祖父と一緒にボールで遊び、学校ではバスケットを楽しみ、社会人となってからも、会社の野球チームのキャッチャーとして鍛えた腕力が戻りつつある証を確かめることが出来た。 すっかりタクシーの運転手さんと付き添いの看護師さんにお世話になってのお花見だった。「素晴らしい時が持てました。お世話になりました」と伝えると「思いがけずお花見ができました。仕事を離れて楽しませていただきました」という言葉が返ってきた。この日のためにあれやこれやを心配してくれた担当看護師さん、場内の安全散策の場所など、秘かに下見をしてくれたという若い運転手さん、感謝してます。。
2015.04.01
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