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息子の笑顔があるから、元気でいられるのだなあって思えるようになった。喜寿を過ぎた母親が43歳の息子を介護するということは、どう控えめに見ても楽なことではない。確かに自由は制限されるようになったけれど、いつもやることがあるから、一日が早い。時間配分に無駄がなくなった。ヘルパーさんがいる間は、労力を使うことはないし、自分のことがむだなくこなせる。いつも元気ですね、と人様に言ってもらえる顔をしているらしい。生活の疲れが見える顔だけにはなりたくない。いつまでこなせるかそれはわからないが、まあ当分このスタイルで生活は続いていくだろう。私が動けなくなったらなんて先のことは考えないことにしよう。
2015.03.18
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新車といっても息子の車いすだ。今まで用にスライド式のものではなく、いわゆる車椅子だ。小回りもきくし、軽い。北欧からやってきたもの。座り心地がすこぶるいい。今までの物も精巧にできた良いものだが、首の座らないときの形で車体が高く長いので、小回りが利かない。丈もあるので私が推すと顔が隠れて前が見えないくらいだった。寝台にもなるものだが、今度のはちょっぴる高級感のある車椅子だ。この外車は驚くほど高価なのだが、半分は市が助成してくれるという。ありがたいことだ。さっそく移動介助ということで、花見の予定を立ててくれた。楽しみなことだ。ところで土日に入ってくれていたヘルパーさんが突然辞めてしまったという。今日は代りの人がきてくれた。訪問介護ベテランの気さくな方で安心したが、何があったのか少なからず気になった。
2015.03.07
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胃瘻交換のため入院していた息子が6日ぶりに帰ってきた。ヘルパーさんが息子の顔を見るなり、顔がすっきりしている、と言っていた。体重がどれほどになっているか聞かずに戻ってきてしまったが、言われてみるとなるほどすっきりしている。今回、古巣の4階に入院でき、看護師さんたちに声をかけてもらってご機嫌だったらしい。大部屋に入れてもらったのもよかったようだ。一人部屋の時ほどうるさく高笑いも大声も出さなかったという。さみしいのが嫌いなのだ。家に戻ったら、さっそく一人の時には、大声を発したり、手ばたきをしたりして、にぎやかなことだ。どうやら呼んでいるのだろう。これが、ことばになっていればいいのにとしみじみ思う。尾籠な話なのだが、どうも排便のタイミングがうまくない。真夜中だったり早朝だったり、私がそばにいるときにばかり。一人で始末するのは結構悪戦苦闘する。自由に動かせる両手が、作業の邪魔をする。人一倍大きい体は、自由にならないし。介護士さんは二人で対応してくれているので、そのときに済ませてくれれば助かるのになあ。
2015.03.04
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