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最近は8時前に病院に行く予定なので、朝は1時間くらいの練習。今朝は、曇天無風。全部で48射。55が一番多く。52が最低。58が最高。7点がゼロだったのは久しぶり。また、HBCに戻している。やはり、一番きちんとした射型がとれるリリーサーにした。極端にエイミングが下がる症状は少しだけ改善した。設定はかなり速くしていて、うっかりすると途中でカチッと鳴るが、かまわず引いている。暴発はない。まっすぐ引く、というよりは少し外側に膨らんで引いて、円弧を描くようにして、アンカリングにもっていく。このやり方が一番切れやすい。問題は体力。以前のように、何回も連続して射つのはきつい。3エンド毎に、長い休止を置く。まあ、弓仲間と馬鹿話をするのにちょうどいい。
2019.05.28
一週間ぶりに、管理画面を開いた。二週間ほど前、保険会社から支払い免除通知が届いた。一括割引を使って1年15万程度の支払いだが、今回のことで、免除特約が適用されたらしい。終身医療保険なので、これで一生保険料は払わなくても、保障は続く。なんだかんだと、今回の病気の収支はプラスになるようだ。治療はあと二週間ほどで終わり、少し間を開けて7月と8月に検査、診断。医師も楽観的で、ほぼ100%治癒するでしょうとのこと。治療の副作用も、ちょっとお腹が張るかなという程度で、食欲も減退せず、体重も減らない。まあ、悪運が強いと言えば強い。セミリタイア状態だったので、病院に行くのも早かったし、かかりつけ医の判断も的確だった。紹介された病院は地元で、新たな治療機械を入れて2年くらいだった。医師は50歳前のバリバリの現役、腕前はいい。治療は、仕事を持ちながらだが、病院に気を遣ってもらって8時半くらいに始まり、会計は9時に終わる。時間にシビアな患者だと思わせている。病気にならないのに越したことはないが、なったなかでは最善の状況なのかなと思う。弓が多少中らなくてもしょうがないか。
2019.05.27
298+318=616去年と何も変わらない。結局、エンバーは試合では使えない。今日は、というか今週は少し弓はお休みに。射場に行くにしても、もう一度基本から。とすると近射で充分なので、自宅でもいいわけだ。弓を中心に書いてきた、こちらもしばらくお休みでいいかな。
2019.05.20
暇に飽かせて、去年から一畝だけ庭に畑を。昨日は、茄子、ピーマン、キュウリ、ミニトマト、紫蘇の苗を植えた。他にサヤエンドウとクレソンの種を買ってきたが、これは明日にでも。なにしろまったくの素人だから、隣のご主人を「師匠」と呼び、教えてもらっている。そもそもが、そういう趣味は自分には合わないと思ってきた。今でも、庭の草むしりなんかは、人に頼んでやってもらっているくらい。単なるものぐさなのだが、性分だから仕方がない。
2019.05.19
今週は、仕事はレギュラー通り。病院も月から金まで。毎朝の練習、妻の整形への送迎等々フルタイムの一週間だった。これが、あと3週間続く。6月の初めに治療は終わる見込み。さすがに胃のむかつきなどの副作用が、決して強いわけではないが、多少は出てきた。しかし、食欲はあるし、体重減少も、こちらはちょっとはあった方がいいくらいなのだが、ない。週の初めはちょっとしんどかった。退勤後、午後いっぱい寝たおして、夜も随分眠った。それでかなり回復し、昨日は夕方からの仕事だったが今朝は4時に起床。腹も減ったので、朝食を普通に。昨日いただいた塩パン、昨夜のオカズの麻婆なす、ヨーグルト、コーヒー。これからまたちょっと休んで、眠れたら眠るし、そうでなければ、6時過ぎに射場に。今日はフォームの確認。誰かはいるから、話半分、弓半分で。そこからの予定は未定。
2019.05.18
今朝も病院前に練習。7:00~8:00。曇り、微風。試合が近いので、点取り。55-57-53-54-54-52=325エンドごとの点数は、まあ、アベレージの範囲内だが、1、5、6エンドに6点が1本ずつ。1エンドは最初の1本。5,6エンドは最後の1本。理由は射のバランスの狂い。狙う前に発射してしまう暴発。それにしてもなぜそうなってしまうか。やはり、最後の2本は6射目に体力がなくなってしまうこと。このあたりは4分の時間をフルに使う、つまり適当な休みをおいて射つことで解消できそうな気がする。いきなり点取りだったので、1エンド目の最初の1本はしょうがないかなと思う。10-10-10-10-9-6という点数。後は、真ん中に集まっていた。明日は病院も仕事もないので、少しゆっくり体を休めることを練習より優先したい。今の時点で、やれることはやったので、落ち着いて試合に臨みたい。
2019.05.17
7/16 7:00~8:00 曇り 微風51-54-54-54-55-56-55-52+8本昨日と同じく60射。似たような点数が並ぶ。6本に1本は、あれ?という射があり、たいてい8点、ひどいと7点、しかし助かるときもある。このあたりが今のアベレージで、スタート時点よりは幾分切り上がってはいるのだが・・・
2019.05.16
今朝は6:00~7:00。曇り、無風。練習からそのまま病院→勤務先だと疲れるので、朝練後、一度帰宅することにした。その方が体が楽だ。どうやら昨日の疲れは蓄積疲労だったようで、今朝はすっきり。6射ずつ。52-56-56-55-55-52-56という具合。最後は8本射って、ちょうど50射。52はいただけないが、あとはほぼ安定。黄色からは6射で1本くらいは外れる感じだが、グルーピングはしている。技術的には引き手の発射後の動きをイメージする。イメージをどこに置くかで、10点の右、下などグルーピングの中心が変わる。どの意識が最も安定するかは、これからの課題だ。日曜の試合までには、結論を出したい。明日も同じような時間帯で練習予定。
2019.05.15
昨日は、病院前の1時間。36射。54-57-55-51-53-54=324あまりいいとはいえないが、フェザータッチでなくても、親指をしっかり置いて、少し押す感じにして引き続けると、わりと簡単に切れてくれる。引き戻しも2回ほど、フェザータッチでは暴発が多く、試合ではとても引き戻せない感じだったが、この設定なら大丈夫だ。次の日曜日が非公認だが今季アウトドア初戦。できるだけいいスタートを切りたい。
2019.05.15
治療の副作用なのか、それともGWやいろいろなことの疲れの蓄積なのか、昨日は疲労困憊という感じだった。いつものように、朝は5時くらいに起きた。それからサンドイッチを作り、昨夜のから揚げと一緒に朝食を作る。朝は絶食なので弁当に。病院前の1時間くらいは射場に。7時から8時くらい。そこから病院に。予約は9時。8時半前に診察券を出し、待合に。診療は9時からなのだが、8時50分くらいに始めてくれる。診療自体は10分くらい。9時ちょっと過ぎに、会計。それから、車内で朝食を取ってから勤務先に。昨日は1時退勤。火曜日は一番楽な日だ。が、妙に疲れたので、まっすぐ帰宅。昼食。食欲はある。それから午後いっぱい昼寝。起きたのは6時くらい。酒はやめておいて、夕食、風呂。妻と話しながら、テレビ。サラ飯、歌コン。9時には就寝。それで4時起床。昼寝から覚めた時点で、何かすっきりした、疲れが取れた感じがした。まあ、これなら大丈夫じゃないかと思う。いろいろな要因はあるのだが、疲れたら休めばいい。
2019.05.15
昨日朝まではエンバーはトラベル最小の調整をしていて、うっかりトリガーに触ると暴発するレベル。それでも、切れない時は切れない。それなら思い切って、トラベルを伸ばし、親指を置いたくらいでは切れない設定に変えてみたのが昨日の夕方。こちらの方が、むしろエイミングはよくて、下の10点9点に12本がビシッと集まる。ちょっとサイトを調整すると今度は上の10点9点に。親指をしっかり置くことを意識すると、そこからまもなく切れる。切れた後のバランスも悪くない。この射を今週は追求する。といっても病院前の7:00~8:00が練習時間。勤務が早く上がれて、体力次第で、夕方も。昨日も24本だけだった。
2019.05.14
ここのところ、大体はこういう一日を過ごしている。今週以降、病院は、少しわがままを言って、すべて9:00に治療開始、会計まで終わると10:00。勤務は早い日でも10:30に到着すればいいので間に合う。そうなると朝練は6:00~7:00ということになる。体力も多少は落ちるだろうから、1時間36射で十分だ。それから帰宅して8:00すぎに出ればいい。昨日の練習はエンバーで331が出た。まだまだ不安定だが、掴めば9点以内にすべてを納める射ができるかもしれない。
2019.05.13
昨日の練習は、リリーサーをカーターエンバーに変えてみた。ほとんどの自己記録はこのリリーサーをフェザータッチにして出している。大体それに近い調整をして、射つとそこそこまとまる。55、56も出たが、切れないとやはり7点。カスケードとそれは同じだ。切れない時は、どういう動きで、逆にどういう動きだとすんなり切れるのか。練習はこの間をうろうろしていた。今朝ももう一度エンバーを試してみようかと思う。テーマはリリーサーが切れるまでの身体の動き。カスケードよりはエイミングしてからの動きは小さいかもしれない。早く切れさえすれば、点数は出始めるように思える。大谷はなかなかヒットが出ない。二打席目まで観て練習に。
2019.05.12
連休が終わり、今日から本格的な治療が始まる。さて、どういう経過をたどるのか、それほど心配はないということなので、通院治療を選んだ。せいぜい30分ほどの治療のために、24時間入院しているのは嫌だ。入院した場合でも、そこから仕事に行くことは可能ということだったが、まあ、勘弁してほしい。今日は昼過ぎに病院。夕方からの仕事。昼は食べられないので、病院帰りにどこかのファストフードで、腹持ちのいい遅めの昼食を、と考えている。昨日からお腹の調子がよくないので、うどんがいいようだ。大谷が三戦目でヒットが2本出たようで、一安心。今、インタビューをやっているが、なぜインタビュアーは、ステレオタイプの質問を繰り返すのだろう。「最初のヒットが出てどう思いますか」「この1本は大谷選手にとってどんな意味がありますか」・・・要は大谷から最初のヒットに対する思いの深さ、重さを引き出したいのだろうが、望む答えが出るまで、同じ質問を繰り返すのは、頭が悪すぎる。これから、妻の診察券を整形に出しに行って、帰りに射場に。弓の方もそこそこは練習を続けたい。
2019.05.10
昨日は絶好の練習日だったが、318-322と不調。今朝は、一応射場に行ったが、とても射てない強風。矢がレストから落ちるレベル。何とか10本射って帰ってきた。まあ、不戦敗である。
2019.05.09
高校の同期会が来月初旬にあると分かったのは、旧友からのメールでだった。「同期会、○○と行きます」ショートメールでそれだけ。え?あるのか、いつ?それで地元の友人に電話すると、「あれ?メール届いてない?」そうか、この前PCやスマホや家電を一括して、プロバイダを地元の業者から大手通信に移行してから、メールアドレスも変えたのだった。ANAカードなど、いつも使うところにはメールの連絡先変更をしていたのだが、プライベートではもはやLINEなどなので、PCメールは変更していても連絡していなかった。FAXで出席を連絡して、危うく「連絡のつかない100名」に入るのを免れた。
2019.05.08
昨日は2回、2回目は的なしで14射、的を貼って12射を2回。縦に矢は並ぶ。大体上の8点から下の8点まで。横は黄色の幅に収まっている。フォームが一定してきた兆候なので、よかった。今日もこれから同じ練習を。帰宅して、出勤。帰りがけに病院。
2019.05.07
自分にとっては11連休だったが、長いなぁと思った。例年でも、夏と冬、そして春には2週間程度の連休があるのだが、この時期の11連休はさすがに長い。一人目の孫が4泊で来たり、二人目の孫のところに行ったりとプライベートはいろいろあったし、弓は12回射場に行った。病院は2回。鯉のぼりを上げ、五月人形を飾りと・・・いつもの五月の過ごし方である。弓の方はまだ、カスケードのボタンを押して放すタイミングがよくつかめない。330オーバーはできなかった。ここ2日は、点取りをせず、とにかくいつ押すかを考えながら射っている。スコープもほとんど見ない。ヒマなのでDVDを多分15本くらい観た。そういうわけでいろいろあったような、何事もなかったような、いつもの連休だった。
2019.05.07
昨夜はチキンカレーだった。カレーの日はいつもそうだが、鍋ごと冷蔵庫に入れておいて、翌朝もう一度温めて、朝食にする。その時はたいていゆで卵を加える。よく言われることだが、二日目の方が美味しい。カレーはいたって普通の日本のカレーで、香辛料とか隠し味とかはまったく加えない。他のスープと同じでオリーブの葉を一枚入れるだけ。ハウスバーモンドカレーの中辛と辛口のルーを半分ずつ使う。ルーはいろいろ試したが、この組み合わせが一番だと思っている。スープカレーほどではないが、やや薄めにして、あまりどろっとしていないのが好みだ。大体週一くらいでカレーになるが、妻が病院やお花の日が多い。やはり、食事の支度が楽なのだろう。自分の世代では、カレーライス(ライスカレーという呼び方もあったが)は、家庭料理としては、贅沢な感覚があった。子どもの頃のそういう幸福感は、歳をとっても甦るものだ。さて、明後日から連休後の仕事再開だ。
2019.05.05
昨日は、少しゆっくり練習。6:30~8:15。いろいろ、考えながら72射。322-324で645。コンディションからみれば、ぱっとしない。時々、ふっと出る7点が足を引っ張る。二回目の後半は10-10-10-10-10-6というエンドまで。最後の1本が6点。いつも、10が続くとプレッシャーを自分でかけてしまいがちなので、大体のところでいいやと気楽に射ったら、本当に大体のところになってしまったというお粗末。今年に入ってせいぜい72射くらいで、もういいや、という気になってしまう。昨日は夕方に時間もあったし、「もう一度行こうかな」とちょっと思ったが、何となく面倒でやめてしまった。疲れやすくなった。これも年のせいだろう。その代り、朝は早くなり、大体7時間通しで眠っているから、睡眠は十分。やることがないので、駄文を綴っている。それから、朝ご飯、明けきったら射場に、という毎日だ。今日もそんな予定。
2019.05.05
昨日は、練習もそこそこに病院に。診断結果は当初と変わらず。その前に鯉のぼりをまた上げた。ここ二日ほど雨で、しまっていた。孫は帰ったが、子どもの日までは、上げておこうと思う。こういう年中行事をいつまでできるかは分からないが、できるうちはしていきたい。それが、幸福感の元なのかもしれない。
2019.05.04
日本人はバブルの時代に、「勝ち組」「負け組」に二分されたが、その当時は、バブルで資産を増やした一部の層と、その他の中流層だった。ところがバブル崩壊後の「失われた30年」では、中流から脱落してゆく層と、何とか中流に踏みとどまっている層に二分されたのである。前者は後者に深い怨恨、激しい嫉妬を持ち、後者も前者の姿は「明日は我が身」と思っているから、激しい拒絶反応を示す。お互いが、お互いを全く受け入れないメンタリティを形成してしまった。これが、非寛容社会の最も根本の原因だ。しかも、総体として、その格差は主として世代間に現れやすい。たとえば、自分の世代は、団塊の世代よりも年金の平均額は低い。だから、団塊世代に対して、「お前らだけいい思いしやがって」という感情があることは否定できない。それと同様の感情は自分たちの世代に、より下の世代から向けられている。つまり、どの時代に生まれたかで、生涯収入が大きく異なる。概ね、若ければ若いほど生涯収入は低いし、老後も厳しい。「年長者」に敬意を払えるわけがない。しかし、最も人々が敏感なのは、ほぼ同じ世代の個人間格差に対してである。これについては、世代のせいにできない。また、ほぼ同じ都市空間を生きているから、見て見ぬふりも難しい。いやでも、格差は日常の場面のそこここで意識に上らざるを得ない。しかも、その格差をもたらすのは職業や学歴であり、ほぼ解消不能であることが十分にわかっている。高齢者世代間なら、どのくらいの年金収入があるか、再就職でどの程度補っているか、取り崩す資産がどのくらいあるか。現役世代なら、年収、職業的地位、子どもの教育、住所、持ち家か賃貸か等々、いくらでも格差の指標をみつけることができる。そして、格差の上位者たちが、下位者に対して非寛容であることも、どの世代にも共通する。また、下位層の底が抜けてしまったことも近年の大きな出来事だった。失われた世代の非正規雇用者が50代を迎え、同じく50代の引きこもり、ニート問題も顕在化している。親の年金にぶら下がる80-50問題も同じだ。人々はそこに「思い」を「遣る」のではなく、いつ自分がそういう立場になるか分からないという不安をいつも抱いている。「非寛容」というメンタリティは、そういう状況から生まれ強化されてきた。言ってしまえば簡単なことだが、自分の生活に安心できない状況で、他者に対して寛容ではいられない。
2019.05.04
なぜ、こんな居心地の悪い、誰も望んでいないような社会が出来上がってしまったのか。まず、地縁社会、共同体の消滅をその理由として挙げよう。農業社会では、相互扶助なしには生活は成り立たなかった。田植え、稲刈りなど集約的労働が必要な場面では、村の全員が出て、今日はAさんの田圃、明日はBさん・・・とやっていた。おのずと、それ以外の生活場面でも「共同」と「協働」は生きる条件だったのである。工業化社会、そして脱工業化社会では、人々はどこかの会社に勤め、近隣の人と労働を共にすることがなくなった。それでも昭和40年くらいまでは「町内会」などが一定の機能を果たしており、それほど移住者もいなくて、地域のつながりはあった。平成に入り、人の移り変わりは激しくなり、地域は格付けされていく。豊かな人たちの町と貧しい町。過疎地と都市・・・そして人々も自身の格付けに敏感になっていく。自らのクラスに属さない人間には極めて冷たいメンタリティが育っていく。同じ地域でも、公立小学校に子どもを入れる家庭と、私立に行かせる家ではクラスが異なる。その格付けが無意味になるのが災害だ。その時また人々は共助の間柄をつくるが、時間が経てば、その関係はなくなり、近隣は再び個人化した人たちの集まりとなる。しかし、ソーシャルクラスの最下層では、むしろ「共助」の機能が強く働く。そこでは、そうしないと文字通り、生きていけないのだ。
2019.05.03
5・2 晴れ時々曇り やや強風54-46-49-57-52-51=309風の強い時はベタ押し気味のグリップがいいようだ。エイミングが安定するし、切れるのも早い。今日は9時に家を出て病院。風も強いが、これから1時間くらい。
2019.05.03
ボランティアが盛んになる一方で、社会が非寛容になっていく。前項ではこのことを世代論・格差論として考えてみたが、それですべての説明がつくわけではない。むしろ、連休にはボランティアに積極的に向かう人間が、日常生活では他者に対して非常に非寛容である、ということも多いのではないかとも考えられる。ボランティアは自分の住む地域でもできないこともないのだが、わざわざ遠くに出向いてする場合は結構多い。都会の場合、近隣との交流はほとんどないことが常態である。そういう中で、他者に何らかの奉仕活動をするのは、「余計なおせっかい」として好まれないことも多い。そこでは「互いに無関心」というのが暗黙の生活ルールである。その中で手に入れられる「安楽」も確かにある。都会でも貧しい地域であれば、「子ども食堂」などの地域ボランティアも十分可能だが、アッパーミドルの地域ではその必要もない。そこでも虐待を受けている子どもたちはいるかもしれないが、それを担当するのは行政であり、何かしようとしても「余計なおせっかい」扱いされるのがオチだ。また、その人の職場は基本的に競争社会だから、そこでの勝者として生き残るためには、同僚に手を貸していやるのは、大体は自身のマイナスになる。マイナスになった者同士が傷を舐め合うのは勝手だが、そういう仲間には絶対入りたくない。できれば、できないやつは排除したい。しかし、人間として、災害や貧困にあえいでいる人たちがいることはわかっているし、そこに何のコミットもしないというのはどうにも居心地が悪い。こういう動機で弱者への支援をする場合、多くは募金に応じるというやり方を選択するが、それでも直接支援をしたい場合、ボランティアという選択肢はある。会社では非情に能力のない部下を切り捨てる上司が、また近所では何かありそうな隣家の子どもを見ても、見て見ぬふりをする主婦が、少額ではない募金をしたり、直接被災地に出向く活動をしたりすることはあるだろう。以上、前項と合わせてみると「非寛容社会」のリバランスとしてのボランティアという構造が見えてくるのだが、いずれにしても問題はボランティアではなく、「非寛容社会」である。なぜ、そのような社会になってしまったのか、次項からはそこを論考していきたい。
2019.05.02
昨日、娘夫婦と孫が帰り、やっと日常が戻ってきた。孫は「タノシイネ、コレ」を連発し、本気で遊んだこちらは疲労困憊した。しかし、そういう時間と心のゆとりが持てたことは、人生の幸福と言うべきだろう。連休後半は、病院の予約が二つ入っていて、治療が始まる。まあ、こちらについてはなるようになると思っている。極めて初期の状態なので、ほぼひと月で順調にいけば終了する。体調は、どこも悪くなく、副作用がどうなるかは気がかりだが、今から心配してもしょうがない。ということで、昨日は小雨でたった6本しか射ってこれなかったから、今朝はこれから射場に。孫が待っているわけではないので、久々にゆっくり射てそうだ。
2019.05.02
一つの説明は、ボランティアに行く人と、保育園の建設に反対する人は、そもそも異なる人間だ、というものだ。新自由主義と金融資本主義が、格差社会を生み出し、格差が広がり続けている現在、「中流」階層はどんどん減り続けている。公務員や終身雇用の大企業のサラリーマンは、何とか中流、あるいはアッパーミドル(中の上)クラスにしがみついている。もちろん、この人たちも今までのように安穏とはしていられない。年金の支給開始は遅くなりそうだし、役職定年で、50歳代以降の収入はむしろ減少に転じることが多い。まだ多額のローンを抱えた我が家が、保育園ができることでその資産価値を目減りさせることには我慢がならない。大体、子どもなんかいないじゃないか、このあたりには。どうせ遠くの地価の安い地域から送迎するのだろう。そうでなくてもこのあたりの地価も下がっているのに、これでは老後に家を処分して施設に入ろうにも、その原資すらなくなるではないか。こういう人たちが「非寛容社会」を作っているという見方ができる。社会の変化にさらされないでアッパーミドルの生活を何とか維持できている層だ。足元ではその生活が脅かされていることは十分自覚しているので、他者を受け入れる余裕がない。ボランティアに行くのは、むしろ若い人たちで、彼らは社会的にまだポジショニング(位置づけ)されていない。その典型は大学生だ。彼らはボランティアができるのは今くらいしかないと思っている。それにそういう経験があれば、幾分かでも将来の就職には有利だろう。あるいは年収も低く、現在の仕事にしがみついていない人たちもボランティアの主力である。派遣などの非正規で働いており、その職業に社会的価値をあまり見出せていない。その上で、時間と体力にある程度の余裕がある。そういう人たちは、自らの社会での価値を確認したいということがボランティアへの契機となる。さらに、彼らは職場での人間関係も希薄で、単身世帯率は高い。「絆」をボランティアを通して確かめたいということもある。誤解がないように言っておくが、別にこれは差別的な意味で言っているのではない。前者に比べれば後者の方が、人間としてすぐれていることの方が多いだろう。しかし、その社会心理的動機はさまざまで、後者がすべてマザーテレサのようなメンタリティの持ち主ではないということだ。
2019.05.01
4・30 晴れ 無風→微風→弱風昨日朝も12本持って、すべてを射つ。一番よかった中りは、12本中10点7本、9点4本、8点1本というもので計114。単純に3倍すると342になるが、まあ、そうはいかない。事実、黄色は半分くらいという300そこそこの時もあった。計6回72射。中りよりも、フォーム。フルドローと思った時から、アンカリング→エイミングまでドローし続ける。そして、最後にもう一引きというところで、カスケイドのボタンを押す。すぐにちょっと浮かす。今のところ、この射ち方がベストのようだ。時代は代わっても、今朝も雨が止んだら、朝練。
2019.05.01
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