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今朝の新聞で、この問題についてのルポルタージュが載っていた。具体的な話を聞くと、気の毒にとしかいいようがない。80歳の親の年金に50歳の子どもがぶらさがって、子ども自身の老後の展望がまったく開けない。中高年(40-64歳)の引きこもりは全国で64万人と推計されており、このままいくと社会保障費が膨大になっていくので、政府もこの年代の就労支援ということを言い始めた。ただ、今のところは、主として非正規を正規雇用にということがメインであり、80-50問題については、なかなか一律的な対策はないのだろう。こういう人たちの問題について、いつも出てくる議論は、それは自己責任であるというものだ。自分は正直なところ、やはり自己責任だと思う。ただし、自己責任だから放置していいとは思わない。少なくともその状況から抜け出すための機会をより多く作る政策は必要だ。そのためには行政とNPOとの連携、個々の事例に具体的に対応する人間の確保が必要だ。幸い、というのもなんだが、空前の人手不足である。仕事は選ばなければいくらでもある。何しろ70歳までは働いてね、と政府が言っているくらいなのだから。この人たちを何とか就労へと手助けするというのが、政策の目標である。中高年のひきこもりの具体的把握と、個々の事情に応じて手を差し伸べる活動が必要だ。こういう問題で出てきがちなもう一つの議論は、NPOなどの活動をしている人から発信されることが多い。それは、政府の及び腰を批判する論調だ。多くは自分たちはこんなにやっているのに、行政はまったく動かないことを批判する。確かにそういう面はあるが、行政がこの問題をすべて解決できるわけではない。活動者自身が、自ら一定の線を引くことも必要なのだ。誰も自分の生活を壊してまで、人助けはできないのだから。行政と善意の活動者と引きこもりの当事者や家族、この三者が現実的に可能な努力をし続ける、という粘り強さが必要である。その結果、うまくいく事例もあるだろうし、努力にもかかわらず失敗する事例、事態をより悪化してしまう事例も生ずるだろう。すべてを救済する神は、現実社会には存在しない。この問題を扱う人間が、誰かにその役割を期待し、押し付けてはならない。
2019.06.28
今朝もいつも通り4時くらいには目が覚め、その後ウダウダして、それでも5時には起きて、コーヒー、トースト、サラダという簡単な朝食。いつもならここから射場に、というパターンだが今朝はやめておいた。試合は明後日だから、今日射っても十分筋肉は休められるのだが、昨日の練習が非常にいいイメージでできたので、それを保ち続けていたいと思った。昨日は最初に点取りをして330。最後のエンドに自己新を意識して50だったのだが、そこまでは55~57で安定していた。その後、引きとリリーサーの切り方を固めることを意識して30射ほど。大体つかめたのでこのイメージで試合に臨みたい。今日は、妻を乗せて娘夫婦のところに。高速だが、ゆっくり行くので途中の買い物などを入れて6時間くらいとみている。ホテルがいつもとは違うので、ちょっと面倒だ。練習をすれば多少とも疲れるから、というのも休む理由の一つだ。
2019.06.28
このところ、朝練は6時~7時半くらい。大体60射前後。フォーム的には安定してきている。まだ、6点や7点が出るのだが、それでも前よりは大分マシだ。今朝は最初の36射で333。左での練習ベストではないかと思う。52~57まで。リリーサーの切り方が、まだ今一つこれだ!という感じがなく、1射ごとに探しながら射っているが、そこに意識がいきすぎると、そもそものドローイングが十分でなくなってしまう。すると「切れない病」が。今週は明日で仕事は終わり。妻と一緒に明後日車で出かける。娘夫婦のところに行き、孫の運動会。妻は、そのまま残り、自分は今季二度目の公認試合に。二泊して、妻と娘と自分でランチ。そのまま帰宅する予定。再来週も公認試合があり、今季はそれで公認は終了。後は選手権だ。もう少し点数を上積みして、申請したい。
2019.06.26
毎日のように妻と散歩に出るが、遊歩道に桑の実がなっている。先週頃からほぼ毎日チェックしていたが、大分取りごろになったので、昨日収穫した。時間を30分と決め、取り始めた。触れるだけで落ちるような熟しようで、終わると掌が紫になった。帰って妻がさっそくジャムに。大体大瓶一瓶くらいできた。去年が固すぎたので、今年はそうならないように。今度は柔らかすぎて、ヨーグルト用にした。早速、今朝食べたが美味しい。できたての桑の実ジャムと沖縄産の蜂蜜。市販のブルーベリージャムを今までは使っていたが、それよりははるかにいい。毎日のちょっとした贅沢である。
2019.06.25
日曜日は雨で、練習はお休み。一日空いた月曜日は54射。アンカリング後のドローイングの方向を一定にすることに注意した。休んだことで、引きが楽になり、中りもまずまず。51~58まで。多分324のレベルでは中っている。ドローイングの方向性は、ピープとレンズサイトの外縁の同心円で見ているが、まず左右を決め、それから上下を決める。上下は今まで無頓着だったが、これがかなり有効である。顔が突っ込む癖も出にくくなる。まだ、射ち損じはあるが、その理由がその都度分かるようにはなった。多くは、トリガーのタイミングが速すぎるか、遅すぎるかで、これは親指を添えるタイミングとやり方を一定化することで、改善できる。今朝はこれから2時間程度。
2019.06.25
もうすぐ65歳。名実ともに「高齢者」だ。世間は65歳なんてまだまだ若い、70歳までは現役で、いや元気ならそれ以降も・・・などと騒がしいが、まあ、半分だけ聞いている。少なくとも、現役の時のような仕事の仕方は無理だし、平々凡々たる職業人生だったが、とにかくまっとうした。自分ながら実も蓋もない表現だが、今の仕事は二番出汁のようなものだと思っている。それでも職場で大事にされ、したい仕事しかしていない。経済的心配はあまりしていない。子どもたちにその面で迷惑をかける気もない。会えば、孫におもちゃや服や、いろいろ買ってあげる。外で食べれば、会計はこちらで。大体、年寄りが若い人に奢るのは当然なのだ。でなければ若い人だって付き合う気も起きないだろう。趣味の弓は何とかやれている。これからまだまだ記録が伸びるとは思えないが、今年も選手権に出られる点数は出した。今季の遠征は後3回。70歳まではこちらは現役でいたい。今の車もその時までかな、と思う。遠征に行かなくなれば、小さな車で十分だ。昔みたいにほしい車があるわけでもない。つきあいといっても、この先新たな交友関係は生まれることはあまりないだろう。年に数回、孫の顔を見に出かけたり、向こうが来たり・・・昔から仲が良かった人たちとの、年に何回かの交流。それから、最近は近所の人と時々は挨拶をするだけでなく、数分話すこともある。なにしろ時間があるのだ。みんな顔見知りで、現役を退いている。一昨日と昨日は微々たる庭の草むしり。現役の時は人に頼んでいたが、それもお金がかかる話なので、できる時は自分でやることにした。おかげで足腰が痛い。弓で上半身は鍛えているが、足腰は確実に弱っていることに気づき、やや愕然とした。ただ、しゃがんでいるだけなのにきつい。ちょっと歩くことを始めようかと思っている。高校の時の恩師は登山家で、今でも週に三回トレーニングを兼ねて、400mくらいの山に登るそうだ。寮長は79歳だが、自転車で15kmくらい離れた昼食会の会場に来ていた。とてもかなわない。健康、お金、家族・・・この三つのうち一つでも問題があると人生を楽しめない。
2019.06.22
どうやら、いつのまにか発症していたターゲットパニックが回復しつつある。このところの練習は、しっかりと黄色にエイミングをすること。狙う競技で狙えないというのは、致命的で、今までは7時7点のところにしかドットがつかず、それで結果としては平均9点くらいの中りを出していた。パニックになる理由もよくわからないし、それがどうして治るのかもよくわからない。ただ、どうやら治りつつあるようだ。一つは引きの方向。少し今までより外側に引くと、同心円の左右の狂いがほぼなくなった。もう一つはリリーサーの調整。エンバーを適度な引きを続けたら発射するように、毎回マイクロ調整をしている。まだ、緩みが出たりして、6点にもいくが、ともかく真ん中付近につくことはつくようになった。後は、そこからのフォームを作ればいい。今までとは、スタート時点が全く違う。昨日からの5日連休は、毎朝練習する予定。そこでなんとかこの射を固めてしまいたい。今日もこれから2時間程度。
2019.06.21
先日の同期会の「47年後の卒業文集」。自分はこんな駄文を綴った。 その時代をポスト全共闘と呼び、あるいはポスト団塊と呼んだりして、概括するつもりはさらさらない。しかし、自分にとってそれがどういう時だったのかは、どこかで書いてみたかった。 「自由への逃走」だった。自由「からの」でもなく、自由への「闘争」でもなく、「自由への逃走」だった。 「自由からの逃走」なら、E・フロムが書いたように、与えられた自由の中、自己責任において物事を決める重苦しさに耐えられなくて、ヒトラーのようなカリスマにすべてを委ねただろう。だが、あの時代、そんなカリスマはどこにもいなかったし、「自己責任」などどうでもよかった。 ♪どこへ行こうと勝手だし 何をしようと 勝手なんだ 押しつけられたら逃げてやれ 気にするほどの奴じゃない。 (吉田拓郎『知識』より) 「自由への闘争」なんて、もちろん不要だった。自由は、すでに僕の手の中にあったのだから。たとえ、後から考えると、それが傲慢で滑稽極まりない思い込みだったとしても。 まさに、そんな気分で僕は高校の3年間を過ごし、そこからさらなる自由へと逃走して、大学生になり、大学院生になり、またこの街に戻ってきた。その都度、僕は自由を少しずつ手放し、再び戻ったときは、もはや自由ではなかった。 その時以来、今に至るまで、「自由」へと「逃走」していたあの時代は、懐かしくも、愛しくも思われる。 ♪私は今日まで生きてみました そして、いま、私は思ってます 明日からもこうして生きていくだろうと (吉田拓郎『今日までそして明日から』)・・・さて、今日はこれから社会福祉法人の評議員会。明日から、5連休なので、たっぷりと練習したい。
2019.06.19
もう一週間前のことになるが、高校の同期会があった。65歳ということで、「8月に退職です」というような人が多く、みんなそれなりの年齢に達したということだ。妻と一緒に参加。恩師と同じテーブルになり、どこからみても優等生だったI君、K君、自宅生だったH君などと同席。I君は東大卒業後通産省に入り、同期入省の高橋はるみ北海道知事の後任で北海道経済局長を務めて退職。その後北海道ガスの社長を経て、今はSGマークを認証する協会。まあ、エリートとして申し分のない人生。K君は、京大から今のNTTに入り、今年8月に役員定年。前立腺がんのステージ4。治療中ということだが、今回作るということになった『47年後の卒業文集』で、残りの人生を「アディショナルタイム」と呼び、遅まきながら自分のためにではなく周囲の人を大切に、というようなことを書いていた。翌日の当時の寮長を招いた昼食会では、感極まってしばらく挨拶の言葉が出なかった。多分、これが最後という思いもあったのだろうか。治るといいのだが。結構、すごい人たちがいてJR東日本の社長もいたし、今回は来なかったが、北海道胆振東部地震で「神対応」と称賛された大手コンビニの社長もいる。H君は、教員だったが定年前奥様ががんを患い、その介護のために早期退職。今は地元の農家の手伝いなどをしている。自分は62歳で定年退職し、同じ職場で週20時間というセミリタイア生活。あと5年くらいはやれそうだ。あまり無理をしない職業生活だったが、それなりに余裕のあるセミリタイア生活を満喫している。悪友だったF君とは高校の時と変わらず、ヒョイヒョイと自分の席まで来て、「オレ、E君に謝ってきた」と。まあ、悪ふざけを散々したので、自分もE君のところに行って「いろいろごめんね」と。「何言ってるの~~会いたかったよ~~」とE君。蕎麦打ち何段だかを目指していて、いくらでも蕎麦を送ってくれるそうだ。そのうち連絡を取ろうと思う。今は進学校として見る影もないほどひどくなった母校だが、その昔は各地から中学校で一番の秀才が寮に集まった。250人のうち、上位100番くらいまでは、旧帝大に現役で入っていた。ある者はそのまま秀才を続け、ある者は挫折し、そこから立ち直るのに時間がかかり、ある者はドロップアウトし別の世界に。今では日本で有数のサクスホン奏者のK君は自分とは小学校で同期だった。悪友の一人A君は、こういう会には来ないが、劇団のプロデューサー・理事として、あちこちで活動しているらしい。それぞれの人生が高校の3年間で交わり、ごった煮のような寮生活を過ごし、また見事に分かれていった。それがたった一日、また同じテーブルにつき、別れていく。それはとてもいい一日だった。
2019.06.18
試合の移動は今まではすべて高速道路だったが、今回は行きは一般道、帰りは高速だった。片道200kmで、高速のフリーパスを使うとかえって高くつく。休日ETC料金で片道2800円。行きは、昔よく立ち寄った国道沿いの蕎麦屋に寄りたくて、そこまで100kmくらいは一般道で、と思って出た。いろいろなドライブインが、高速ができたために寂れて、シャッターを降ろしている。中には廃屋のようになっている店もあった。目当ての店は、あるにはあったが、昔ほど美味しくはなかった。まあ、ここまで来たらついでに、と思いそのまま国道で峠越え。思った以上に楽だった。昔のように無理な運転をする車はない。そういうのは多分、みんな高速に行くのだろう。ほぼ制限速度+10あるいは15くらいの定速走行で、平均燃費がどんどん上がる。出発前に13kmくらいだったのが17kmまで上がった。かかった時間は、昼食を含めて4時間。帰りは、さすがに疲れたし、早く帰宅したかったので高速に。平均燃費は少し落ちたが、時間は3時間半。これからは、別に忙しい身でもなし、ゆっくり一般道を行くのも悪くない。ただ、次回は距離も長いし、娘のところにも寄るから、高速のフリーパスになるだろう。
2019.06.17
昨日は、今季最初の公認試合。心配したほどの風雨はなく、特に午後はベストコンディションと言っていいような、曇天無風状態だった。ホテルから試合会場までは雨、試合後、自宅までの移動も雨風が強かったから、幸運というほかない。午前の部は、やや風が強く、303-293=596という散々な結果、2ラウンド目の出だしに、暴発のMが1本。それにしてもリリーサーが切れなすぎた。昼にトラベルをかなり短くして、暴発に気をつけて、午後の部に。323-330=353で、2点だが、自己記録更新。右の時は、50mラウンドが始まったばかりで、まだシングルが中心だった。だから50mラウンドの記録はないので、文字通り自己新である。ただ、シングルの50m36射のベストは確か338だったから、そこにはまだ及ばない。しかし、去年どうしても出なかった330が出たのは、自分としても期待以上だった。55-56-55-55-55-54という内容で、6点、7点が出たエンドもすべて55で切り抜けたことが大きかった。まだエイミングは8時7点くらいのところにしか付かないので、これがきちんと10点に付くようになれば、もう少しよくなるだろう。後半2エンドくらいで、少しヒントがつかめた。問題はドローイングの方向である。リリーサーは今の設定がほぼベストだと思う。次の公認は2週間後。
2019.06.17
この問題で、テレビは毎日やかましい。自分の正直な感想としては、「何を騒いでいるのか、そんなことみんな分かっているし、それなりにみんなやっている話だろう」ということだ。あくまで金融庁のWGは数字を追って出る当たり前の数字を拾い出しただけで、金融庁の立場としては、それに備えて今から投資などをしていきましょう、東京の一極集中対策にもなるから、地方在住も考えてみてはどうか、あるいは空き家対策にもなるから、自宅売却も・・・等々、至極常識的な結論を導き出しただけである。それを野党は「100年安心」といっていたのに何事であるか、けしからんといきり立つのだが、これは選挙目当ての単なるポーズでしかないことは、当の本人もわかっている。小泉政権の時に「100年安心」というフレーズで打ち出した政策内容は、マクロスライド制を適用し、この先現役世帯が減っても、年金受給額を減らしていくので、制度としての年金は100年維持できるということだったのだ。決して、100歳まで生きても年金だけで大丈夫ですよ、ということではなかった。この時点で、将来の年金額は減っていくことは決まっていたのである。反対するなら、この時だったのに、郵政民営化一辺倒にマスコミはミスリードした。「刺客」だのなんだの、バカじゃないかと思っていた。今も、野党のすり替えを十分知っているのに、マスコミは知らないふりをして騒ぎ立てる。多くの国民は、このバカ騒ぎにシラケきっている。もし、これが政治的に何か影響があるとすれば、国政選挙の投票率がまた一段と下がることくらいだろう。そうなると、支持基盤の強い自民、公明、立憲などが優位に立つだけで、勢力図は変わらない。20万ちょっとの年金額で、2000万円の資産がなければ、それに見合った暮らしをするのは当たり前だし、そのことが許容できない不平等だとは実は誰も思っていない。今は、現役時代に年収で倍の開きがあっても、年金はそれほどの差にはならない。現在の65歳以上の世代は、終身雇用、年功序列の日本的雇用賃金政策の中で、最初の十五年くらいまでは、収入に大きな開きはないからだ。中には脱サラして大成功した人もいるし、残念ながら失敗して、基礎年金しか受給できない人もいる。それは人生のチャレンジであり、その機会が均等に与えられたわけだから、文句を言う筋合いもない。ずっとサラリーマンだった人も、出世した人もいれば、そうでなかった人もいる。しかしそこそこの年金は受け取れている。定年を過ぎても残るような住宅ローンを借り、年収の3倍ほどの退職金をもらい、ついつい気が大きくなって、身の丈に合わない贅沢をすれば、2000万円という資産が残らなくても仕方がないことだ。大企業と中小企業、大卒と高卒、いろいろな条件で受給額と保有資産に差が出るのは仕方がないのだ。重ねて言うが、そんなことは今の若い人たちもよくわかっている。だから個人年金の積み立てが圧倒的に多い。中には消費者金融と変わらない、銀行カードローンで、挙句の果てにリボ払いまでして二進も三進もいかなくなる人もいるが、それはいくら何でも自己責任だろう。
2019.06.15
随分と間が空いてしまった。まあ、暇があったら書こうかね、というスタンスなので、そういう時もある。これに書くよりも、朝練や朝の仕事を優先した。胃の方は、どうやら順調で、食欲が落ちたりもせず、昨日は仕事は中抜けして、回転しない回転ずしチェーンに。大体1500円くらい、ペロッと食べた。さすがに夕食は少量にしたが、吐き気とかはまったくない。仕事はちょっと忙しかったが、ほとんど持ち帰りの在宅での仕事だった。弓は相変わらず苦戦しているが、まあ、趣味なので楽しむことが第一である。これから、ちょっと射場に行って、一時間くらい。明後日は今季初公認だが、どうも雨風の中の試合になるようだ。あまりひどいようなら棄権しようと考えている。
2019.06.14
今朝は、3時に起き、錦織の第5セットを観て、それでもまだ時間がたっぷりあるので、暇に飽かせて、書いている。放射線治療は計20回のうち、16回が終わり、あと4回となった。これでほぼ全快見込みだが、7月に再検査して快癒が確認できたら晴れて全快である。退院する時に、いつまでたっても医者の正式な書面での許可が出ず、たっぷり8時間は待たされた。口頭では許可があったのに、これじゃ・・・と思い、書面でしっかりと抗議をしておいたのが効いて、通院は向こうが非常に気を遣ってくれている。いつも朝いちの9時で予約が入っていて、家を出るのが8時前、8時20分ころ病院に到着し、受付をしてから診療科に。着替えて待っていると8時30~40分くらいには呼ばれて、治療。治療そのものは10分程度なので、終わって会計をすると9時。そこから15分で帰宅できる。それから朝食を食べ、火・水はわりとすぐに出勤。木はもう少しゆっくりできて、金は4時くらいに出勤。治療は来週木曜日で終わる予定。来週は基本的には金曜だけは出勤義務があるが、火~木は自由。何とか20回の治療を乗り切れそうである。今日はやめておこうかと思ったが、これから1時間ほど射ってこよう。
2019.06.01
今日、二人目の孫、息子夫婦の長女が帰る。帰ると言っても、来たときはお腹の中で、いわゆる里帰り出産。しかも2か月ほどの早産で、息子の嫁は去年の11月くらいから2月まで、孫の方は生まれた2月から3月末まで入院していた。歩いて10分くらいの嫁さんの実家とはとても仲良くやっていて、ここ数年は年越しも我が家で、向こうのバーベキューにもずいぶん呼ばれていくという付き合いだ。今年は、五月連休に娘夫婦と二回、息子の嫁さんのところと一回、合計三回も花見に行った。もう半年もこちらに来ていたことになるが、孫にはほぼ毎日会っていた。最初は冬なので、こちらから出向き、最近は季節がいいので嫁さんが散歩がてらに寄ってくれる。段々かわいらしくなってきて、今は寝返りを打ちたい素振りなのだが、まだできない。布団の段差を使うと何回かはできた。今回は向こうのご両親が同行し、観光がてら3泊で。こちらは空港まで送っていくことになっている。今度会うのは11月、沖縄でということになっている。実に楽しみだ。
2019.06.01
といっても、自分の弓の話ではない。錦織と大坂の全仏オープン。大坂の1、2回戦、錦織の3回戦をTV観戦。もちろん9時台にはもう眠っているから、録画しておいて、朝に観る。全部、フルセットで文字通りの「死闘」だった。二人とも、もう駄目かというところまで追い詰められてからの逆転勝利。共通しているのはメンタルのとんでもない強さだ。技術的には、対戦相手と大きな差はないように思えるのだが、やはり世界ランク一桁と二桁の差はあり、それは精神面としか言いようがない。大坂は、そこが弱いと言われていたが、感情の起伏を試合で出すことはほとんどなくなっている。ミスを受け入れ、気持ちを切り替え、次のプレイに集中する。・・・言えば、簡単だが、実際に競技をするときには、なかなかこれができない。翻って、まあ、比べ物になるはずがないのだが、自分のことを考えると、ミスが出ると、例えば6点を射ってしまうと、ああ、このエンドで50を切るとまずいな、そのためには後は全部9点以上必要だなというふうに思ってしまう。逆に出だしがよければ、途中からこのペースで射てば330は越えるな、と考える。意識は主としてそこにあり、今の射にはないわけではないのだが、それがすべてではない。技術も未熟だが、メンタルはもっと未熟だ。
2019.06.01
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