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ヒマなので、甲子園の試合を見るともなく見ている。そもそも野球はあまり見ない。長くて退屈なのだ。去年は大谷の試合はよく見たが、あれは面白かった。今年も復帰したら見るだろう。で、甲子園なのだが、ここ数年非常に気になっていることがある。それはウグイス嬢のアクセントだ。大体、地元の放送部の生徒が担当しているようだ。「ライト、ハルヤマ君」普通のアクセントの位置は、ほとんど強勢を置かず、あっても「ライト、ハルヤマ君」となるのに、なぜか「ライト、ハルヤマ君」と読まれることが圧倒的に多い。どう考えても変だ。それに加えて、イントネーションも高くなるから、余計に気持ち悪い。「ピッチャー、ドイ君」などとやられると、何だかザワザワっとくる。なぜ、あんなに違和感のある読み方をしているのに、どこからも指導が入らず、何年も続くのか。そう読む側の理屈は分かる。「~~君」の前で強勢(アクセント)を置き、かつイントネーションを少し上げることによって、名前と「君」の境界を明確にしたいのだろう。それなら、プロ野球はどうかと思っていたら、こちらは名前に「君」を付けず、呼び捨てである。だから普通だ。相撲も、四股名の呼び捨てなので普通だ。ただし「ニショノセキ部屋」のように「~~部屋」のところでは同じような現象がたまにある。こちらは、プロなのでさすがに少ないが。そもそも高校生なのに、なぜ「君」をつけるのか?呼び捨てであの気持ち悪い読み方が直るなら、ぜひそうしてほしい。もっと気持ち悪いのは、あの妙な読み方に違和感を感じるという声がどこからも上がらないことだ。日本語の感覚が音声から変容していて、自分がそれについていけないだけのことなのだろうか。と思い、病室の徒然に春の甲子園を見ていたら、今年は幾分か、ましになってきているような気がした。よかった。ついでに大リーグ中継を見ると、今度はNHKアナウンサーが、「菊地のカーブは有効的ですね」とやっている。いったいどこで「有効的」などというおかしな日本語を習ったのか。日本語で「ユウコウテキ」と言えば「友好的」しかない。
2019.03.31
今日から短くて10日程度の入院。精密検査の結果次第だが、大体4月第1週までだろう。年度初めに職場に迷惑をかけることになるが、まあ、しかたない。それほど心配な状況ではないのだが、二年半前の入院と同じく、即断即決となった。医師は信頼できるので、よかった。書きかけの下書き原稿が少しあるので、ひょっとしたら、暇に飽かせてまた書くかもしれないが、タブレットで文章を書くのは面倒なので、この場は少しお休みする予定。
2019.03.28
昨日は午前と午後、二回の練習。午前は、リリーサーのトラベルをフェザータッチ近辺まで調整。こわごわ引くと切れないし、不注意に引くと狙う前に暴発する。後は、体がその感覚を覚えることだけだ。ドットは、相変わらずピタリとはつかないが、黄色の中で遊ぶ感じで射てるようにはなった。帰宅後、里帰り出産であと2か月は息子の嫁さんの実家にいる孫の顔を見に行って(近所なので車で2分。娘と孫が2か月いた時とはずいぶん違う。)、昼寝をして、夕方もう一度射場に。たまにはと思い、リカーブ用のインドア的を二枚貼って、6射で5回の点取り。リリーサーはカーター(トリガー)、矢はアウトドア用のカーボンワン。56-56-56-54-56=278(8点なし、10点8本)矢がガシャッとはならなかったが、まずまずの集中で、アウター10なら285以上はあった。経験上、この中りで50mなら324以上はある。なにより全部黄色の中というのは気分がいい。エイミングしてドットが黄色に遊ぶようになったら、グリップの圧を感じながら射つという方法は、より切れやすいフェザータッチだと有効性が高くなるようだ。肘の角度も重要と再認識。レフティ3年目。そろそろ、結果が出てほしいところだ。今日は病院とその帰りに勤務先にちょっと顔を出す予定で、弓はお休み。
2019.03.27
昨日は昼前後1時間。的を2枚貼って、6射×10回。途中で赤も結構あったが、気にせず、ひたすらエイミングとリリースだけに意識を集中して射ち切った。若い頃なら、100連射も可能だったが、今はこの程度でめいっぱいの感じだ。エイミングの後、引きの方向を決めて、後は押し手のグリップに圧が加わっていくのを感じつつ、引くだけ。その時に、押し手の先の掌だけ柔らかくなるようにする。そうすると、すっと切れる。その感覚だけを追求した。いつも同じタイミングで切れること。これが目標である。今日は9時くらいから、連射ではなく、ゆっくりと確かめながら射ちたい。
2019.03.26
昨日の記事だが、そういえば去年そういう話を聞いたような気もする。ころっと忘れていた。一昨日、妻が「これ、押し入れにあったよ~~」と持ってきたのが、gloとploomtecのタバコ。合わせて15000円分くらい。なぜそんなに?と思ったのだが、去年の値上げの時、少しくらいは買いだめしておこうかと考えたのかもしれない。それにしても、実際そうしたかどうかは思い出せない。現物がある以上そうしたにちがいないのだが、記憶はないのだ。昔から忘れ物は多く、学校ではいつも叱られていたのだが(一番ひどいのは遠足に行って、靴を忘れて帰ってきた)、どうもそれに年齢的要因が加わって加速しているらしい。まあ、今のところ大きな問題はなく、笑って済ませられる程度のことなのだが、ちょっと気をつけないといけない。仕事用の手帳を使っているが、今は、書いてあるのはほぼ遊びの予定。たまにイレギュラーな仕事の予定。現役の時は、いつもこれを確認しないと、ダブルブッキングが起こりやすかった。さて、今日の予定は??・・・大丈夫。しっかり覚えている。
2019.03.25
去年の50mラウンドで出したベストが651。どうやらこの試合が全国マスターズの通信試合になっていて、第4位に入っていたらしい。昨日、賞状をいただいた。まったく何の自覚もなくびっくり。少しだけ努力が認められてうれしい。今年はこの試合は出ない予定だったが、考え直そうかともちらっと思った。これまで全国レベルの大会での成績は、確か全日インドアの9位が最高。当然、賞状はなかった。後は、確か東京インドアでの年代別50代での優勝が2回。これも、今回同様、出場審査のない大会。海外ではベガスシュートで上から5番目のクラスでの3位。まあ、戦績的にはこんなもので、たいしたことはない。たいしたことはないが、競技に向かって真剣に努力してきた結果ではある。そのことにプライドは持っていたい。【練習日誌】最近は、カスケードやカーターなどのトリガーリリーサーを試している。とにかく、エイミングをいかに維持できるか、それだけがテーマだ。最初はいいのだが、30射もすると集中性が悪くなる。スキーを覚え始めのころ、うまい人に靴のべろに圧力を感じ続けることで、前傾を維持することの重要さを教えてもらった。そのことを思い出して、今は、押し手のグリップ部分に圧力を感じ続けることを意識している。つまり引き続けていることを、それで維持しようという考えだ。これだとかえって押し手の力をうまく抜けるように思う。うまくいくかどうか分からないが、今日も試してみる予定。
2019.03.24
まず夫婦で健康でいること。幸い、仕事は楽になったから、それで体もメンタルもきついということはない。妻の腰もかなりよくなってきている。時間も取れる。最近は近所でも老夫婦がウォーキングしている姿をよく見る。何が楽しくて、と昔は思っていたが、今は、必要だし楽しいことのような気がする。なるべく、妻と歩くようにしたい。これからは散歩にいい季節だ。二人目の孫が生まれたので、娘夫婦、息子夫婦のところとのつきあいも多くなりそうだ。息子夫婦は航空機乗継で一日がかりだが、事前購入の安いチケットで、年一回は行ってやりたいと思っている。幸い、オフシーズン平日であっても休みが取れる。一度行ったら一週間くらいはいたい。娘夫婦のところには、車で5時間あれば行ける。4月も一度予定している。旅行も数回は行きたい。国内で行ってみたいと思っているところはまだまだあり、とりあえずそういうところから。家族とは楽しくつきあいたいものだ。そのためには、適度な距離が必要だ。べったりにならないこと。かといって、疎遠にならないこと。そこは難しい舵取りなのだろうが、基本は一方が我慢や無理をしていると、一時期はべったりとなり、それからぷっつりと縁が切れる。そういう家族の姿をいくつか見てきた。結局、普通の人間関係と同じで、相手に対する一定の配慮を双方が持つこと、それができない人は関係の中で生きることができないということだ。仕事でも、家庭でも、人間は具体的関係の中で生きている。顔の見えない人への在り方も大事だろうが、まずは、日々会う人たちとの関係だ。家族関係はまずその基盤である。
2019.03.23
次年度の地区連盟事業計画案とにらめっこしながら、出場予定試合を大体決定した。フィールド2試合公認の50mラウンド×2(あるいはダブルラウンド)4試合(うち遠征3試合)選手権1回(遠征)非公認試合 7回(うち遠征1試合)公認のインドア 1回(遠征)インドア選手権 1回(遠征)非公認のインドア 5回というわけで遠征は計5試合。地元の試合の方が多くなっている。遠征は少し回数を減らした。といってもインドアまで入れると8回。車で行くが、多分合計6000kmくらいにはなりそうだ。遠距離遠征は次年度はなし。全日レベルの試合に出るのは、今年度はまだ無理だろう。というより、今後、もう無理かもしれない。それよりは、弓を楽しむことを、と思っている。しかし、下手は下手なりに、向上していかないと楽しめない。幸い、その余地は十分ある。練習時間も十分確保できる。レフティ3年目。次年度こそ右で射った自己記録を破りたい。練習は、すぐ出る結果を求めず、じっくりと射ちたい。真ん中を狙って中てること、これがすべてで、今はその初歩で躓いている。なぜ、真ん中が狙えないのか。次年度は、そこから始めたい。インドアで誰もいない時に、10mくらいから射ち、徐々に下げていく練習をして、アウトドアでもそういう練習をする。フィールドが初戦なので、サイト取りにもなるし、ちょうどいい練習だ。弓は運動としてみると、腕や背筋は鍛えられるが、足腰の鍛錬にはならないので、4月からは毎日少しずつウォーキング、ジョギングくらいは続けようとも考えている。これは弓のためというより、老化対策だ。
2019.03.21
次年度予定表が出た。概算で、出勤日数は週4日だが、実際は175日前後。つまり、一年の半分は休日だ。名目労働時間は1000時間程度だが、実質は600時間くらいか。これを出勤日数で割ると、一日3時間半くらい。曜日によっては1.5時間程度の日もある。職位は変わらず。福利厚生も変わらず。仕事内容もほぼ同じ。だが、仕事の質は上げていきたい。見通しとしては、あと3年くらいはこの形で働くことになるだろう。変わるのは、7月から年金受給が始まること。これまでも、いわゆる特別支給の厚生老齢年金を受給していたので、それに老齢基礎年金が加わり、高齢者雇用調整がなくなる。数か月だが、妻の加給措置もあり、来年末には妻の年金受給も始まる。まあ、年間の赤字は減るだろう。仕事の責任は、以前と比べてずっと軽くなったとはいえ、ゼロではない。手を抜こうと思えば、いくらでも抜けそうなものだが、そうはできない性分である。自分の持ち場で、能力を発揮し、役立てたい。振り返れば、自分がしたい仕事に就けたわけではなかったが、もう来年度で40年、同じ職場で働いている。ずっと高く評価されていて、これでよかったかなという思いはある。とにかく、この仕事のおかげで二人の子どもを無事に育て、十分な教育を受けさせられ、自立させることもできた。今後は、出来る限りこの仕事を続けて、自分たち夫婦の生活を多少は豊かで楽しいものにしていければ十分である。
2019.03.20
買い替えた車で、初めて高速走行。二泊三日。走行670kmで、満タン給油47L。割ってみると、14.5kmの燃費だった。メーター表示燃費は15.6kmだったので、少し期待外れ。途中給油の必要はなかった。まあ、120kmくらいで走っていたので、ちょっと良くなかったということか。軽油なので、レギュラーより20円安く、それを勘案すると20kmくらいにはなりそうなので、一応満足。駐車場が車幅ギリギリで気を遣った。さて、今週は年度末で、仕事・趣味・家族関係の宴会が計3回。ちょっと体重が増えたので、飲まずに少量だけ食べてくる予定だ。一週間で3回というのは、さすがに疲れそう。仕事は今日が実質的な仕事納めではある。
2019.03.19
差別問題を解決する方法はいろいろある。まず、前回書いたように、企業や役所の中に障害者枠を設け、それを法的に「強制」するというやりかただ。これは、障害者でない人間の側から、不満が出る。能力にかかわらず、一定の枠で自分たちのしている仕事が十分にはできない人間が入ってくるからだ。その分、仕事が増えることになる。次に、障害者の側をできる限り「矯正」しようという方法だ。医学の進歩によって障害が取り除かれるなら、これはいいことだ。ただ、カウンセリングや手術をすればその日から障害がなくなるわけではない。運動機能なら、リハビリ期間の本人の意欲と努力が大きなファクターになる。知的機能なら、家族を含めた理解と協力は欠かせない。しかし、いずれにしても、「矯正」は「曲がったものをまっすぐに直す」という意味で、「障害者=曲がったもの」という差別感を、前提としている。そういう比喩を承知で言えば、「曲がったもの」は完全にまっすぐにはならない。それを分からなければならない。さて、上述の二つの方法では、差別はある程度解消されるが、「差別感」はなくならない。そして差別感がなくならない限り、差別はなくならない。この項の一番最初に書いた通り、差別感の根には違和感がある。そして違和感は、慣れの問題だ。現在、小中高等学校にあった、特殊学級はなくなり、特別支援校に移行している。これは、障害者を隔離し、見えなくする政策だ。見えなくなれば、成人して初めて障害者に出会った時に、強い違和感を感じるのは当然だ。そして、職場に彼らが、いわば「特別扱い」で入ってくるとなれば、その違和感は容易に差別感に変っていくだろう。経済が悪化し、雇用や賃金が不安定になれば、差別感に拍車がかかる。マイノリティが自分たちの職を奪っていると考える人たちが、トランプを生んだのだ。障害者への違和感を解消するにはたっぷりと二世代分の時間が必要である。つまり、60年。自分も保育園や小学校の時から、障害者と遊んだ経験がある親が、彼らが我が子の周りにもいることに何の違和感も感じない。そうなって初めて差別感の根底にある違和感が解消し、「共生」が可能になるのだろう。もちろん違和感は完全に消滅するわけではない。しかし、確実に違和感を受け入れられるようにはなるし、社会は異なるものを受け入れることにも慣れてくるだろう。現在の「非寛容社会」とは逆の社会ができるかもしれない。この項終わり。
2019.03.14
昨日は退勤後、1時間ほど。どうも、インドアが終わりかけ、アウトドアまではまだ遠い、というこの時期は、あまりやる気も出ない。ストリングスを張り替え、ピープの回り具合も落ち着いてきたので、点取りを。30射、射ち通した。8点1本、10点13本で282。まずまずアベレージの上の方だった。結果としての点数よりも、ドローイング後、形をしっかり作ってから狙うという状態にやっとなってきた。具体的に言うと、アンカリングを決めた後、引き手の肘をさらに遠く、少し上に、少し内側にひねり・・・という一連の動きと同時に、エイミングを基本は引き手だけで行う。その時に、センターに付けることだけでなく、同心円のいい形を保つようにする。カスケードのボタンは、大体エイミングがついた時に押し、後は引き手のエイミングをさらに続行すれば、解除されリリースされる。こうやって書いてみると、数秒の間にいろいろなことをやっており、筋肉の動きも、複雑そうなのだが、実際は、ほとんどの動作が無意識的である。意識はサイトの中心部ではなく外周部に置いている。たまに、ボタンの親指をちょっと浮かせて切れやすいようにもするが、速く切れすぎて、うまくいかない時もある。どうもうまく言えないが、今までの射とは質が違う気がする。今までの射は、なかなか狙えず、狙えないままに射って、時々中る射。中りはよくても10本+α。昨日の射は、まずまず狙えて、狙ったままに射って、それでも半分以上は外す射。中りは今のところ10本+α。結果としての点数は変わらないが、例えば282という点数が、今までなら、「たまには出るよね、このくらいは」という感じなのだが、昨日は「もうちょっとちゃんと狙うようにすれば、あと2,3点はプラスかな」という感じだった。ともあれ、狙う競技で狙えないという最悪の状態は脱しつつあるようだ。こうなると、焦る必要はあまりない。今週は週末に予定が入り、練習できないのだが、試合も4月末のフィールドまでまったくないし、できる時にじっくり練習すればいい。
2019.03.13
障害者自立支援法という法律がある。この法律のせいで、国立視力障害センターへの補助が大幅に減額され、今はほとんど入所者がいなくなった。成人した視力障害者が鍼灸やマッサージなどの資格取得が可能な場だったのだが、それが実質的には失われた。自費負担が大きくなりすぎたのである。「自立支援」といえば聞こえはいいが、要は「支援」を減らし、いつまでもそれに甘えさせず、「自立」を促すということである。国の各省庁や地方の役所は、職員の障害者枠を埋めるために、該当しない人間をその枠で雇用しているという嘘をついていた。企業や役所が一定の割合で障害者を雇用するというのは、自由主義社会の中で例外的に保障される「結果としての平等」の一つだろう。そのことは決して否定しない、いや、支持する。ただし、それが「例外的」なのだということは、忘れてはならない。それを忘れると、例えば、大学入試選抜をやめて、入りたい者が入りたい大学に入学できるようにすべきだというような愚かな議論がまかりとおる。つまり、努力の末獲得した「差異」を認めず、それをすべて「差別」だとする議論である。運動会で着順をつけるのをやめる愚かさと変わらない。もし、それを徹底すれば子どもたちは一生懸命走るのをやめるだろう。そして、もしかしたら速く走る能力の芽を潰すことになるかもしれない。障害者であってもなくても、普通の人間は社会の中で、職業を持ち、収入を得て生活していく。そこにいたるまでには一定の努力が必要で、職業に就いてからもその中での努力は必要である。それを「自立」と呼ぶのは正しいが、「自立」は社会の仕組みが「支援」してこそ、達成される。単に歳を取れば「自立」が訪れるわけではないのは、中高年の「引きこもり」増加問題を見れば、明らかだ。彼らは自立の努力が足りなかったかもしれないが、社会が支援なしに自立を促した結果生まれたともいえる。いずれにしても障害者の自立には「支援」がより厚く必要であり、「応分負担」という名目で、自立の機会を提供すると言いながら、その実、奪ってしまう自立支援法は、我々の社会の本音と建前の矛盾を露呈している。建前は、障害者に手を差し伸べよう、そうすべきだということだが、本音は彼らに自分たちの側に入ってこられると困る。建前としての採用枠はあるが、障害者と言えない人を、そうだと偽って就業させ、枠を埋めるお役所の姿は、まさにその現れである。ともあれ、自立を支援すると決定したのであれば、自らの職場に、教室に、近所に、障害者がいることが普通なのだという感覚を持たなければならず、そこに入ってくることを拒んではならない。
2019.03.12
ストリング、ケーブルなどを張り替えてもらい、二度目の練習。ピープがまだ落ち着かないが、今までと変わりなく射てる。昨日は久しぶりにインドアで点取り、280。10-10-10が二度あったが、8点1本、10点11本。中りに波があり、54から57まで。アウトドアの初戦はフィールド。今回はファットボーイでやってみようと考えている。風がそう出ないし、三連的ではやはり有利だ。まだ、外の射場は開かないので、インドアでエイミング精度を上げることをテーマにしていきたい。あの震災から8年。思うことはいろいろある。
2019.03.11
「生まれつき腕がないのは、私の個性」というCMが流れている。それはちがう、と思う。ここに登場する水泳選手の本当の個性は、「腕がない」こと自体ではなく、その制約の中で努力を重ね、国際水準のタイムで泳げるようになった過程で生まれ、養われた「徳」(アレテー;ギリシア語で「すぐれたもの」の意)である。そんなことをいえば「生まれつき足が遅い」のも「生まれつき運動神経が鈍い」のも、果ては「生まれつき背が低い(高い)」のも、すべてその人の「個性」ということになってしまう。その制約自体を否定しても何にもならないし、それを「個性」といって無条件に称賛しても同じことである。およそ人間は、自分で望んだように生まれてはこない。正確に言えば、生まれた時には「生きる」こと以外には何も望まず生まれてくる。成長するにつれ、欲求が生まれ、その欲求が高度化していき、それをかなえるための努力が必要になる。その努力の過程で、その人のその人らしさが形成されてくる。それが個性である。一方、「個性」とは他の人間との「差異」にほかならない。その観点からいえば「生まれつき・・・・」なのは「個性」ということになるだろう。しかし本当の個性は、最初からある「差異」ではない。そういう意味で、学習指導要領が「個性尊重」などというのは戯言である。そもそも成長の初期段階の小学生や中学生に、学校が「個性」など認めてはならないし、それを育てることなどできない。そして「個性」が人間の成育の中で、獲得されたものだとしても、称賛されるべき「個性」がある一方で、非難されるべき「個性」もある。普通の人は我が子を虐待したりはしない。もし他との差異を「個性」というなら、虐待はその親の「個性」である。しかし、それは人間として許されない「個性」だ。つまり、まず「個性」とは生まれつきのものではなく、長い人格形成の中で生まれるものだということ、次に「個性」は無条件に善なるものではなく、悪い「個性」もあるのだ、ということ、この二点をおそらくは無意識にだが、ある場合は故意に誤解して、「障害=個性」論が語られるのだ。障害が個性なのではなく、障害という所与の生存条件と格闘の末、得られたものが本当の意味での「個性」なのだ。そして「所与の生存条件」というのは、すべての人にある。言い換えれば、すべての人は「所与の生存条件」という枠を打破する努力の中で、己の「個性」を獲得していくのである。その努力を支援するのは、まず家族であり、友人である。そしてそれを阻害するのも、残念ながらまず家族であり、友人である。そして、社会の仕組みである。いずれにしても、努力するのは自分自身であり、他の誰でもない。周囲はその努力を支えるか、否かのどちらかである。
2019.03.10
今週は月曜日に、かかりつけ医に紹介された医師の病院で、医と大腸の内視鏡検査。検査だけで帰れるはずが、大腸にポリープが一つ見つかって、そのまま「内視鏡手術」を受け、一泊入院だった。「あ、一つポリープありますね。どうします?切る?一泊入院になるけど」「お任せすると言っていいですか?」「いいよ、じゃ」ポリープをカメラに付いているクリップ状のもので挟み、高圧電流を流し、切除し、医療ホチキスで止める。この間せいぜい1分。いかにも手慣れた感じだった。ポリープ自体はたいして心配もいらないようだが、一応生検に。結果は3週間後ということだそうだ。傍から聞いていたほど胃カメラも大腸カメラも苦しい感じはなく、若干の異物感、抵抗感があっただけ。やはり、「若いが、いま一番上手」といって紹介された通りの上手な医師だった。胃は、まったく問題なし。どうせついでだからと、頼んでおいたのである。体重は退院直後で、それまでの食事制限などを含めて3kgほど落ちた。ちょうどいい感じなので、このままもうちょっと減らすか、現状維持したい。体力的にも、回復は順調である。が、やはりこれからは時々検査を受けることも必要だろう。去年かけかえたばかりの医療保険に問い合わせたら、入院・手術という扱いになるそうで、ああ、よかったなと思った。フルにカバーできるようだ。
2019.03.09
「障害者」を「障がい者」と表記することが多くなった。「害」という字が差別的イメージを助長するというのが、その理由だろう。しかし、それなら「障」という字はどうなのか。「障」の訓読みは「さわル」、「差し障りがある」という言い方がある。つまり「不都合だ、具合が悪い」というほどの字義だが、もっと語源的にいえば、「超自然的な悪霊などに触れている(さわる)」という意味である。それなら「障」の字の方がよほど差別的ではないか、と思える。世間の差別反対運動の薄っぺらさはこういうところに如実に表れている。「いや、こういうところから一歩ずつ変えていかないといけない」という議論もあるだろう。しかし、それにしても浅はかである。言葉は、人間の在り方を表す。表した言葉を変えても、在り方は変わらない。変えたいのは言葉なのか、在り方なのか。漢字から差別のニュアンスを含むものをすべて抜き去れば、日本語が失われる。自分は常用漢字という制限的な取り決めには断固反対の立場だ。「讒言」を「ざん言」と、「誹謗」を「ひぼう」、「履行」を「り行」、「罹患」を「り患」と書けば、漢字が伝える意味が失われる。が、それについては別のテーマとして、また項を改めて書きたい。いずれにしても「障害」を「障がい」と書いて差別をなくする一助だというのは、言語的にも中途半端な間違いだし、実際の問題としても不自然なかな書きはかえってその部分を意識させ逆効果でしかない。しかし、「差別的な言葉を当事者に向かって言う」のは立派な差別である。いや「立派な差別」などと言うべきではない。「ひどい差別である」。世の中には「障がい」と書いてすました顔をしている一方で、当事者に面と向かって「障がい者であってもこんなに健常者と変わらずできるんですね」などという酷い言葉を投げつけるバカがごまんといる。もしこれが「女性であってもこんなに男性と変わらず・・・」とやれば、たちまちフェミニストたちの餌食になるだろう。さらに「健常者」とは何と差別的なものの言い方だろうか。「自分たちはそちらの側の住人で、そこからその向こう側の『障がい』を持った方に手を差し伸べるのですよ」という意識が透けて見える。「障害者」という言葉自体もそう古いものではないが、「健常者」はもっと後の言葉で、おそらく「障害者」の対義語として生まれたものだ。その言葉は、自分たちのテリトリーをまず確定しようという、狡猾さ、用心深さから発せられる。言葉を変えることで、差別はなくならない。むしろそれを先鋭化させることにあまりにも無自覚である。
2019.03.08
非常に難しい、デリケートな問題である。自分は決して差別主義者ではないつもりだ。だが、例えば身体障害者や、精神障害者と出会うと、強い「違和感」を感じることは、否定のしようもない。理性ではわかっていても、感性の問題は解決しない。好きか嫌いかと二者択一で問われれば、「嫌い」である。そこを出発点にしないと、誠実な論考とはならないだろう。では、この違和感はどこに由来するのか。一つの答えは「慣れ」の問題だ。この問題に限らず、人間は慣れていないものに「違和感」を感じる。食であれ衣であれ、言葉であれ、不慣れなものは苦手なのだ。だが、不慣れであっても、なぜか惹きつけられることもたまにはある。それは、よくわからないながらも、どこかしらに魅力を感じているからだろう。あるいは、日常の惰性に飽き飽きしているからだろう。ただし、それは今まで何の「偏見」ももっていなかった新奇なものについてである。そして、そういう新奇なものに対する柔軟な感性は、十代、二十代のころに最も旺盛だった。今は、「新奇なもの」ではなく「懐かしいもの」に心は動く。昭和の懐メロはよく見るし、昭和的演芸番組も好きだ。現代の新たなテーマには、あまり心惹かれない。つまり、自分は決して差別はしていないが、差異についての違和感は強いタイプの人間だということだ。あるいは、そういう年齢になってきたのか。しばらくこのテーマでの論考を続けたい。
2019.03.07
このテーマは、自分自身の個人的体験がまだ続いていて、なかなか客観的に論じることができなかった。「労働」がもっぱら生きるための金銭を稼ぐことであるのに対し、「仕事」の必要条件は「ともに生きる」仲間、家族の存在、そして彼らから承認されることである。いや、逆に「ともに生きる」さまざまな生き方のうちに、「仕事」という形があるのだ、といってよい。それは「匿名性」の中で生きることではなく、顔見知りの他者と、互いに交わす一定の「配慮」の中で生きることである。しかも、その時、その場限りの人間関係ではなく、ある程度の期間は持続する関係の中で生きることだ。そういう意味で、「仕事」をするのはいいことだ。残念ながら、現代は「ともに生きる」ことができないような「労働」へと人間を追い込む流れが強かった。「アルバイト」や「派遣」がその代表である。また、世間では評判がいいようだが「テレワーク」「在宅勤務」も人間を「職場」という「ともに生きる」場所から切り離してしまうものと思えてならない。しかし、ここにきて、その流れは反転しそうにもみえる。先日大学生の就職解禁となったが、売り手市場ということもあって、「賃金」ではなく「社風」「社内の良好な人間関係」などをアピールする企業が目立ってきたという。そこでのメッセージは、表面的ではあるかもしれないが、ともかくも「ともに生きよう」である。また、AIの進化が人間の仕事を奪うという、いかにもマスコミ好みの扇情的な論調もあるが、自分はむしろ逆ではないかと考える。AIは確かに「労働」効率を飛躍的に向上させるだろう。一方、人間は人間にしかできない「仕事」をすることになるのではないか。しかも、それはゆっくりと時間をかけてやることがいい結果を生む仕事である。例えば教育、医療、介護、それらはどれもITの力を借りつつ、その本来性、すなわち「人と向き合う」という本質部分がますます重要視されるだろう。「向き合う」ことは「ともに生きる」ことの始まりである。だから、「仕事」をしよう。了。
2019.03.06
現在、65歳までの再雇用が義務化され、定年制は延長される方向にあり、元気なうちは働くというのが常識であるかのように言われている。年金制度は崩壊すると言われ、「老後破産」という言葉が躍る。「老後」に要する費用が計算され、このくらいないと心もとないという貯蓄の目安が教えられ、平均寿命が伸びると「長生きリスク」という言葉が登場する。安心を得るためには、生涯現役で働くことだと言われる。破産もせず、孤独死もせず、死んだとしても、「相続」をちゃんとしておかないと子どもが大変な苦労をするという。どうも、この一連のバカ騒ぎの構造は、バブル経済の時の不動産を巡る狂騒を連想してしまう。今買わないと、一年後にはもう買える値段ではなくなっている、という声に踊らされて、土台払えないようなローンを組まされた人は多かった。彼らにとって新しい住宅を買うことが、本当にそんなに大事なことだったのか。それと同様に、死ぬまで安心に生きることは、本当にそんなに大事なことなのか。人は何のために働くのか、という原点にもう一度戻ってみよう。それは「生きるため」にであった。では「生きる」ということは人間にとってどういうことなのか。とりあえずは「生物学的」生命を維持することだ。それができれば、別に働く必要はない。まして「生涯現役」などという空疎な言葉に踊らされて、「若々しい老人」などという形容矛盾を目指す必要などない。しかし一方、人間は「人間のいのち」を生きている。それは「生命」という抽象概念に収まらない意味がある。「家族」という意味。「共同」という意味。つまり人間は家族や友人と「ともに生きる」存在であって、一人で生命を維持すればそれでいいという存在ではない。何のことはない。生まれてきた孫に服やおもちゃを買ってやることが嬉しいと思えるような生き方、それが「ともに」生きるという生き方だ。そのためにちょっとは働いて金銭的余裕をつくるのもいいだろう。老後の安心を得るために、80歳の老人が一銭も資産を崩さず、孫やひ孫に何かを買ってやるでもなく、子どもたちも寄り付かず生きている姿というのは、いくら資産があっても「貧しい」。別に独居していてもかまわないし、施設にいてもかまわない。現在の高齢化の状況で子どもの世話になるような暮らし方は、「老老介護」「介護離職」など、むしろ「ともに」生きることを壊すことになりかねないのだ。しかし、自分の子どもの家族との「交流」があること、子どもにたかったりしないこと・・・もしそうであれば「ともに」生きる人間として承認されるだろう。もちろん単身世帯であっても、子どもや孫がいなくとも「ともに」生きることは可能だ。その人次第なのだ。次回、本論をまとめよう。
2019.03.04
一回目 278 (8点2本、10点10本)二回目 279 (7点1本、8点2本、10点14本)まあ、こんなものだろう。今季のアベレージだと思う。カスケード、ファットボーイという組み合わせ。トーナメントは全然ダメで、予選1位で決勝には進んだが136で惨敗だった。気になったのは、2回目とトーナメント一回戦での7点。あまり、ミスという意識はなかったので、ちょっと分からない。ストリングの張り替え後にまた、試してみたい。今週後半からは、完全に50m用の練習になる。
2019.03.03
昨日は、妻が茶会。送って行った帰りに射場に。18本、射ったところで「終わった」との連絡。弓は置きっぱなしにして、迎えに行き、家で昼食。その後、再び射場に。レストの設定を、また少しいじった。左右なのだが、矢は半的分くらい上に行く。この辺がどうも分からない。やっと矢が中心に集まり始めるまで一時間かかった。その後は、カスケードのボタンを押す指の位置をやや浅くし、押してからやや浮かせるようにした。この方が、引く動作で切れやすい。切れなくて戻す時も、半押しを全押しに変えるだけなので、暴発の心配はほぼない。インドア最終戦は、カスケード+ファットボーイで。ここまで、少しずつレベルアップしてはきたが、最盛期にはあと一段階か二段階というところだ。
2019.03.03
ホワイトカラーという新興のアッパーミドル層は、「差異」に敏感である。彼らは、仕事の実質はお互いに分からない。だから、結果として得る金銭が、差異となる。しかし、給与明細を見せ合ったりすることはないから、差異のマークとして、勤務先、職種、職位、所有する車、住所、住居、衣服、子どもの教育などが登場する。確かに年収1200万の部長と1000万の次長では、可処分所得の差はあるが、累進課税なのでまるまる200万ということはない。低所得者からみると、どちらも金持ちに見える。しかし、問題は大体同じような社会クラスに属する者同士の差異だということである。部長は次長よりも、ちょっといい車に乗り、少し高級なスーツを着る。消費論でも述べたが「隣の車が小さく見えます」、そのことのために彼らは残業も、休日出勤も厭わず働く。もう少し新しい事例を示そう。分譲マンションの値段は、その立地によって決まってくる。だから、大体同じような所得階層の家族が同じマンションに住む。しかし、いや、だからこそ、というべきだろうが、そういう場合、差異を感じるセンサーは最も敏感に働く。タワーマンションなどでは上層階の住民は下層階の住民に優越感を抱く。彼らの「労働」は、生きるためではなく、「差異」を示すためになされる。あるいは彼らにとって「生きる」ことの実質が「差異」を示すことになっていく。それは、「お受験」などで家族全体を巻き込んでいく。そういう意味で、彼らの労働もまた、彼ら自身を疎外する。休日にしか家族と食事を共にできないような異常なまでの長時間労働に耐えるのは、決して食べられないからではない。同期よりも早く出世して「差異」を得るためである。彼らの場合、もはや純粋な意味での生きること、すなわち食べること、一定の広さの住居に住むことなどは、余裕をもってできるはずだ。問題は「よりよく生きること」、いや「より豊かそうに生きること」である。それが人生の目標となり、日々の労働の目標となるのだが、それは幸福の次元の変容である。家族、仲間、友人と「ともに」生きるのではなく、彼らは自分自身のために生きる。彼らにとって、家庭は労働を再生産してくれる場であり、仲間は出世競争で打ち負かす相手であり、友人は基本的に存在しない。彼らは、他者とのわずかな「差異」を得るため、「ともに生きる」という自己自身の本質から疎外されてしまっている。何度も言うが、これは議論を鮮明にするための極端なデフォルメであって、実際のアッパーミドル層では、その傾向が強い場合と、弱い場合があるのは当然だ。そうそうドンキホーテやハムレットのような絵に描いたような人間はいない。自分は、その傾向が極端に弱かったとは思う。職場が、出世などということとは無縁の一列横並びの職場であったこと、二世帯住宅ではあったが自分の両親と一緒に暮らしており、核家族ではなかったことなどが大きい。業務上のリーダーには30代のうちになったが、別に偉くなったなどとは思わなかった。普通の定年の2年前にどうしても横並びの中の誰かがトップをしなければならなくなり、自分にお鉢がまわってきた。その時も、本部に呼ばれて、一度は断って帰ってきた。しかし、同僚の中には随分と面白くない者もいた。能力の低い人間ほど、そうだった。歴然たる「差異」の印があったからだ。そしてその間は、やはり自分の本質とは隔たった言動をせざるを得なかった。もはや、以前の同僚は仲間ではなく、彼らの人事権は自分にある。基本的に誰にも相談せず自分で人事を決めた。そういう職業生活には強い違和感があった。その違和感がなくなってしまえば、自己自身からの疎外に陥っていただろうと思う。まあ、それはどうでもいい話だ。ホワイトカラーは家庭では粗大ゴミとして揶揄され、給料さえ持って帰ればそれでいい存在になり下がる。職場では、真の味方は誰ひとりなく、下からつきあげられ、上から無理難題をつきつけられる。同じ職位の者からは足を引っ張られる。高度経済成長を支えた彼らの多くは、今「老後」を過ごしている。肩書きを失い、接待で使ったような高い店にはとうてい行けない。家でテレビを見て過ごすというのが、彼らの平均的生活だ。もはや、再雇用などの形で働いたとしても、仕事で疎外された自己の本質を取り戻すことができるのは限られているのではないだろうか。身体は徐々に、あるいは急激に衰えてくる。そういう中で、彼らの人生は基本的に孤独だ。
2019.03.02
人間としての本質を奪われる働き方を「労働」、人間の豊かな生をつくる働き方を「仕事」と呼ぶことにするが、もちろん、すべての働き方が、この二つに純粋に二分されるのではない。むしろ、普通は働き方の中に「労働」的要素と「仕事」的要素が分けがたく混じっている。物事を二項対立的に考えるのは、その方が論理を構築しやすいからであって、思考の一手段である。さて、労働が「疎外」であるとはどのような意味か。マルクスの考えは、近代産業革命のただ中で生まれた思想だ。現代とは状況が違うが、通底するものはある。まず、労働者は自らの生産物から除外される。自動車の組立工は、毎日毎日、ハンドルならハンドル、椅子なら椅子を据え付ける作業をする。全体としてその方が効率がいいからだ。しかし、彼は一台の車を作り上げたという満足感をとうてい得ることはできない。保険の外交員は、会社に命じられた保険を売る。ノルマ至上主義の経営方針の下では、顧客の人生の安心の一助となった、という満足感はない。一つ売れば、すぐにもう一つを売らなければならない。マルクスはこの事態を、「労働者は自らの生産物から疎外されている」と表現した。そして生産力を上げるためには「分業」が不可欠だ。近代の効率最優先の社会においては、いかに分業を進めるかが資本家・企業の成否の鍵である。何でも一人でやってしまおうとしては、とうてい大きな資本は形成できない。分業の結果、農業社会とはまったく異なる「労働」の形態が出現した。農業では、一斉に種をまき、草を刈り、水をやり、収穫する。農村のルールに従わなければ、そこでは生きていけない。「協働」が「連帯」を形成するのだ。そこに参加できない人間は「村八分」とならざるをえない。ところが、現代では自動車工は、保険の外交員と何も「協働」することはない。彼らの接点は自動車工が保険にでも入ろうかと思った時だけである。それも、決してその外交員でなければならないのではない。契約が終了すれば、それでおしまいになる関係だ。保険の外交員が車を購入する場合、自動車工とは何の接点もない。彼が接触するのは、ディーラーのセールスだ。いや、それどころかハンドルを取り付ける組立工は、ドアを取り付ける工員とすら接点はなく、保険の外交員は他の外交員とは顧客を取り合うライバルではあっても、原則として「協働」することはない。かくして、近代工業社会の人間は農業社会では自然に行っていた「協働」と、自明のことだった「連帯」を喪失する。マルクスはこの事態も「疎外」と呼んでいる。彼らは、いわば初めから「村八分」であって、都市生活者としては匿名性を身にまとった「群衆」となる。しかし、やがて、マルクスが予期していなかった新たな「分業」が始まる。企業体が大きくなると、分業の枝も多くなる。まず、生産と販売。そして技術開発、経理・・・などというように分業は枝分かれしていき、誰かがそれを管理していないとわけがわからなくなる。「管理」という新たな労働の部門が生まれる。彼らにはユニフォームは不要だ。いや、スーツとホワイトカラーのワイシャツとネクタイが彼らのユニフォームというべきかもしれない。彼らは決して「資本家」ではないが、資本家と同様、あるいはそれ以上に企業の分業体制に精通している。そしてある程度の経営権限を、その職にいる間は移譲されている。いわゆるホワイトカラーの誕生だ。マルクスが予想した労働者革命が、西欧先進国ではまったく起こらなかったのは、その社会では管理を専門とするアッパーミドルクラスが誕生していたからだ。日本では大正期のことだったが、それは家族論で述べたとおりである。高度経済成長は「一億総中流」時代をもたらしたが、その中で自分を「中の上」と意識していた人たちは10%程度だったと記憶している。彼らが日本のアッパーミドルクラスであった。ホワイトカラーたちは、決して「疎外」されていなかった。彼らは、創業のリスクは負っていないにもかかわらず、経営についての発言権がある。そして、資本家と「連携」し、管理職相互の「連帯感」もある。十分かどうかは主観の問題だが、分業の末端の労働者に比べて相当に高い報酬を得ている。彼らにとって資本主義社会は居心地のいい社会だ。革命など不要である。ただ、マルクスが述べた最後の「疎外」、つまり「自分自身からの疎外」も彼らに無縁であったかというと、決してそうはいえない。
2019.03.01
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