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今日は来週の旅行で一日休むので、その分の振り替えが2時間。10時頃出勤。その後、小論文や面接試験指導で退勤は2時を回るだろう。サンドイッチを作って持っていく。その後、まっすぐ射場に。代車のCX30は明日、交換ということにした。そうでないと今日の練習時間が確保できない。
2020.10.31
毎朝、パンをチーズトーストかただのトーストに焼いて、サラダにコーヒーというのが朝食の定番だが、今日は久々に和食。昨日の残りのカジカ汁(カジカのアラと魚卵、ネギ、蒟蒻、大根、人参など)と肉じゃがとご飯一口でいただいた。ちょっと妻が作りすぎたらしい。多分、朝の和食は今年初めてというくらい珍しい。世代的に、食の洋風化が進んだ時代に大人になったので、朝はコーヒー&ブレッドが当たり前になっている。自分たちより若い世代がむしろ和食を好む傾向があるのを知って、ずいぶんびっくりした。まあ、毎日家庭で食事がおいしいというのは、幸せなことだ。
2020.10.31
2年前、3万キロちょっと走った3年落ちのCX5を購入した。ほぼ200万。車の条件は、妻が横になれること。腰痛がひどいときに、座ったままの長距離ドライブはきつい。まあ、道路交通法違反なのだが。2年間で走行した距離は28000km。予想以上に走った。週3、4回の通勤、シーズン中はほぼ毎日の射場との往復、遠征、通院、孫のところに往復600kmくらいのドライブ、くらいが主な用途である。市街地走行で13km、長距離だと17kmくらいの燃費で、軽油なので、ガソリン車に換算すると+20%くらいの燃費だと考えていい。あの車重でこれなら文句はない。息子はアテンザの最終型のセダンの展示車を買ったばかりだが、やはり燃費には満足しているそうだ。娘のところは3年落ちのMPVの最終型を購入するそうだが、こちらはガソリン。多分8km位の燃費だろう。旦那さんは職場が近いので自転車か徒歩での通勤。主な用途は娘の週3,4回の通勤と孫の保育園の送迎だからあまり燃費は気にしないそうだ。スライドドアのミニバンは、孫の乗降に便利だ。もうマツダではミニバンを作っていないが、MPVはなかなかいい車だ。7人乗りなので、こちらに来たときにも1台で出かけられる。まあ、正月は飛行機で来るのだが。自分のCX5は後3回くらいは車検を通し、15万kmくらいまでは乗れるだろう。その時は72歳。どうなっているか見当もつかない。できることなら、点数は落ちてもまだまだ現役で射線に立っていたいし、週に2,3時間でいいから授業もしていたい。妻と旅行にも行きたいし、ちょっと贅沢なものもたまには食べたい。とすると、もう少し車体の小さな車を買うことになるのかもしれない。
2020.10.30
この項、2回目だが、1回目の最後に書いた一律5万円のバラマキは、どうやらお蔵入りになりそうで、よかったなと思う。 結局、衆院選が近い一部議員の焦りが背景だったようで、さすがにGoToで出歩く人が2500万人にも達すると、一律給付の名目もどう考えても立たないと認めざるを得なかったのだろう。 さて、「自助」が近代市民社会を支えるのが自立した個人であるという前提に立つなら、最初に来るのは当然だと書いた。事実、大部分の日本人は自分で稼いだ金で生活している。 年金生活者の場合、賦課方式は現役世代の社会保障支出(控除)から年金が出ているのだが、積み立て方式なら完全な「自助」である。しかし、いずれにしても年金世代が現役だったころには、同じように高齢者の年金の原資を自らの稼ぎから負担していたわけで、その意味ではこれは世代間の「共助」というのが正しい。ただ、国会の作った年金法案に基づいているのだから、「公助」だという側面もあるだろう。 しかし、「生活保護」と同じなのだと言えば、多くの年金生活者は猛反発するだろう。年金生活者の意識としては「自助」であり、実態は「共助」なのだというのが、最も適当な見方だろう。 自分の場合は、雀の涙ほどの給料+年金+預貯金の取り崩しで生活しているのだが、やはり意識としては「自助」である。年金額は、こんなものかと思うのだが、それでも自分の今までの稼ぎの反映なのだから仕方がないし、いくらかの預貯金を加えれば、何とか自分たちの生活は賄える。たまに旅行もできる。外食も。孫にいろいろなこともできる。 「自助」でやっている限り、法令に違反するようなことでなければ、何をしても自由だ。 「共助」は例えば家族間の助け合いのことだ。娘夫婦にデミオを8年ほど前あげた。息子にも軽自動車をあげた。結婚や新たな就職、住宅購入など、まとまったお金のかかる局面で、親としてそれ相当の援助もしてきた。息子は自分も40年前に通った大学院にも籍を置き、年に数回ゼミに顔を出し、ドクターの称号を手にしようとしている。娘にしたのと同じように授業料は負担している。国立大なので年間60万ほどだが、娘と息子の教育費の総額がほぼ同じになるようにしている。今や、息子の方がはるかに年収も多いのだが、すでに博士号を持つ娘にもそうしていたのだから、これは当然と思う。 金銭のことを別にすれば、自分たちはこれまでいろいろな人に「助けられて」きた。特に40年も住み続けているこの家の近所の方、同僚、仕事上で知り合った方、等々。人生はお金がすべてではない。金銭に換算できないさまざまな「お世話」を受けてきた。 「自助」が可能な、いわゆる普通の人々にとって、次に大事なのは「共助」である。目に見える周りの人間との節度をもった助け合い、一方的に相手に依存するのではない相互的関係、それが近代市民社会のもう一つの土台である。
2020.10.30
どういう仕事でも、ここが胸突き八丁というピークがあるだろうが、自分の場合は今週、来週あたり。推薦入試の出願と試験のピークである。最近の推薦入試は、スタンダードな入試形式であり、出願者も格段に多い。落ちるわけがない指定校推薦入試もあるし、指定校でも倍率のある場合もある。また、公募制ならここで落ちても一般入試では受かるというケースも珍しくない。「志望理由書」、事前提出の課題レポート、試験で課される小論文など、難関大学の入試に関してはほとんど自分にお鉢が回ってくる。今朝もこれから10枚ほどは見ることになる。本来休みの土曜日は、授業の振り替えもあり出るので、放課後の指導もする。場合によっては月曜日も出勤。忙しい。まあ、生徒が頼りにしてくれて、その期待と信頼に応えるのだから、短期で成果が上がるこの仕事は嫌いではない。若い頃のような馬力はないが、やはり「現場」の仕事は、忙しくても楽しい。
2020.10.29
今回の旅行中に購入した本の一冊。宝島新書というややキワモノ的内容の、といっても、この本はれっきとした学者が書いたのだが、新書。今回のコロナで露わになったのは、「この時代の空気に反する人々を見つけ出し、罵詈雑言を浴びせて、自分は決して利己的な人間でないことを自分自身に無理やり納得させて、後ろめたさを払拭しようとする」日本人の本性だという。3月2日の安倍首相の「臨時休校要請」が著者が批判したら「子どもが感染で死んだら、お前が責任を取れるのか」というような批判の嵐で、ウンザリしたそうだ。どんな場合でもリスクゼロはあり得ないのに、「こどもの命は絶対に守らなければならない」と声高に叫ぶのは、病的だ、と断ずる著者には大いに共感できる。日本人が求めるのは合理的な「安全」ではなく、心から感じる「安心」であり、そのためにリスクゼロを要求する。その現れの一つが「自粛警察」だ。政府の要請に9割の人が従い、従わない残りの1割を非難するメンタリティは、「管理されたがっている」ことに由来する。そして多くの日本人にとって我慢ならないのは「自分が我慢しているのに、隣のやつが儲けたりすること」であり、孫正義のような大金持ちが儲けることにはそれほど嫉妬しない。外出自粛「要請」を拒み、旅行に出たりすると激しく非難するのに、「消費税が10%になる」ことには文句を言わない。「結局、強い相手には口をつぐむけど、いじめてもよさそうなやつをターゲットにして、徹底的に叩きまくる」という日本人の国民性は3・11くらいから非常に顕在化したという。このあたり、面白かったのでまた紹介するが、著者の考えと自分の考えは非常に近いものがある。自分は卒論も修論もニーチェだったが、彼がいう劣った人間の「ルサンチマン」(怨恨)という感情については、卓見だと思う気持ちは今も変わらない。実際、そういう人間たちの姿を職業生活においても、地域生活においてもみてきた。バカは自分のバカさ加減に気づかないからバカなのであって、それに気づかせる努力はむなしい。タイトルは「自粛バカ」なのだが、よほど腹に据えかねたこともあったのだろう。自分は著者より大分年下だが、バカは相手にしないに限るということも覚えたし、バカと表面上はうまくやることも覚えた。すると相手は必ずつけあがるから、それ以上はピシャッと拒絶することも楽しく生きるためには大事なことである。
2020.10.29
昨日、5時半ころ、無事に帰宅。帰りは、ちょっと紅葉の名所に寄ったりして、8時間かかった。行きは6時間くらいだったから、相当のんびり帰ったことになる。今回の旅も、何だかお腹もすかないのに食べてばかりいて、また、2kgくらい増加。今週中に戻そうと思う。結局、一番おいしかったのは初日の居酒屋で、娘が大学時代に初めて行ったところだから、もう20年近く行っていることになる。値段も決して安い方ではないが、まあ、居酒屋の値段だし、美味い。一番は〆のお寿司。意外に美味かった。ほかに焼き銀杏(残念ながら茶碗蒸しはメニューから外れていた。割とマイナーなものが好きなので、こういうことは結構ある)も。多分、二人で10品ほど取り、自分は生ビールと日本酒二合、妻はレモンサワーで会計はラインの会員になって12000円ほど。GoToの共通クーポンで半分出た。二日目の娘家族といった焼き肉店は、故郷の有名店の支店だが、もう焼き肉をメインにするようなところは、自分たちにはきつい。娘の旦那さんはモリモリ食べる。やはり若い。ランチセット+5品くらいの肉の追加で10000円弱。やはり、安いし、チェーン店よりはよほど美味い。孫も結構食べていた。この日の夜は、さすがに腹にこたえて、あっさりしたものをと思い、手打ちうどん店に。ホテルで9時くらいには眠っていた。孫と遊ぶと疲れる。三日目はホテルの掃除を断り、ゆっくりと。娘と旦那さんの出身大学の構内で紅葉を。銀杏の木が多く、今回見た紅葉の中では一番きれいだった。有名なポプラ並木にも。それから駅前の書店で、連弾のピアノ譜二曲(二人で発表会と妻は企てている)と中島みゆきの譜面二冊。自分はすぐホテルに帰ったが、妻はショッピング。コートを二枚買った。構内は広くて、ずいぶんと歩いた。12000歩。駅の中で右足ふくらはごが痛み出し68番のお世話になる。夕方、うな重5人前と焼き鳥などを買って、再び娘夫婦のところに。また、孫と遊ぶ。すっかり話が達者になっており、話しながら、自分と孫はお居間の座卓で食べた。それを見て、食卓で食べていた娘が孫が静かに食べるのを見て驚いている。子どもを落ち着かせるコツみたいなものは、どうやら自分はわかっているらしく、そこは年の功である。8時前に切り上げて、ホテルに。「麒麟が来る」を見て、9時台に寝入った。翌朝、ホテルを出発。途中の道の駅のレストランがピザ専門店になっていて、ここで妻とSサイズを二人で。焼きたてでまずまず。今回は570kmくらい。700kmくらいまでは給油は要らない。メーターの平均燃費は17km。高速はごく一部だけだったので、移動費はずいぶん安くついた。一般道を、あちこち寄って、チンタラ走る方が最近はラクなのだ。そういえば、娘夫婦に7年前くらいの時にあげたデミオは16年目。錆が上がり、もうさすがに次の車検はきつい、ということで、3年落ちの程度のいい中古のMPVにするそうだ。もう作っていないが、マツダの隠れた名車である。南の息子はアテンザで、みんなMAZDA2、とか3とかに名称統一する前の「名前のある」マツダ車というのも何だか面白い。自分のCX-5は、名称統一の始まりだが、その時はこんなふうにすべての車がそうなるとは思わなかった。今週、車検である。あと6年か8年は乗れるだろう。その後は、ちょっとサイズダウンがいい。それが、最後の車になるかな、と思う。まあ、庶民らしく国産の大衆車になるだろう。ここひと月で、孫二人に会う旅に出られた。GoToのおかげでずいぶんと安くついたと思うのだが、それでもクレジットカードの請求が怖い。
2020.10.27
今回のドライブ旅行は、一昨日、目当ての居酒屋に行き、昨日、孫と半日遊び、昼は焼き肉屋など大体予定していたことは終えて、今日は夕方もう一度孫のところにテイクアウトで、鰻でも買って行こうかと思っている。 昼は近くの大学構内の銀杏並木でもぶらぶらしようかと。後は駅前の大きな書店に。楽譜など、地元ではなかなか棚に並んでいない本を漁ってくる。 本との出会いは、自分たちの世代ではやはり書店である。ネットの中ではない。 ホテルは今日は掃除は頼まず、いつでも部屋でのんびりできるように。自分たちの旅は、ずっとこんなスタイルだ。
2020.10.25
今の首相が、総裁選後に掲げたスローガンの一つである。このスローガンに対して、野党第1党は「弱者切り捨ての政権の本質が露呈した」などというバカげた、時代遅れの勘違いに基づく批判をしている。「自助」とは今でも読まれているスマイルズの『自助伝』中の、「天は自ら助くるものを助く」という福沢諭吉の翻訳から始まっている言葉だろうが、それは民主社会の基本理念である。「自助」の前提は「自立」であり、「自立」とは、個人が誰にも隷属しないことだ。誰かに助けてもらわなければ生きていけない子どもは、従って民主社会の構成員にはまだなれていない。そのために、教育を受けるのだ。学校教育法には高等学校の教育目標を「社会の有為な構成者の育成」と定めている。「有為な構成者」が自立も覚束ないようでは、日本は危うい。民主社会の前提は、それが自立した個人の集合体であることだ。彼らが民主的方法で政府を選ぶ。だから、第一に「自助」がくるのは当然の話なのだ。その政府が「大きな政府」なのか、「小さな政府」なのかで「公助」の比重はかなり変わってくる。「小さな政府」では「自助」をなるべく妨げない。いくら稼いでも、それほど大きな税は徴収しない。その代わり、「公助」は小さい。「大きな政府」は富の再配分、つまり税金をたくさん徴収して、それを国民全員が、医療費、生活保護などで、享受できるようにする。日本は間違いなく「大きな政府」であり、生活保護等の社会保障は手厚い。障害者年金制度など、社会的弱者への気配りも、「小さな政府」と比べれば、はるかに丁寧にしている。なのに、「弱者切り捨て」というのは、バカな勘違いである。ただ北欧のような手厚さではないことは確かで、もしそうしたければ、普通のサラリーマンにも50%ほどの徴税が必要になる。そしてその場合でも、基本的な人間の在り方は「自助」である。北欧では、福祉の恩恵を受けてまともに働こうとしない若者が社会問題化して久しい。「公助」の比重が高すぎると、社会の基盤が崩れていく。生活に困窮しているとはいえない人たちが、今度は一律5万円の給付をしろ、と言い、政権与党の一部はその声に阿って、次の選挙に勝とうとしている。一律の給付は「公助」とは言わない。それはただの「バラマキ」というのだ。そこにいるのは「自立した個人」とは対極の、お上には何でもとにかく寄越せと要求することが社会的正義だと勘違いしている「さもしい人間たち」だ。5万円のバラマキをやったら、現政権も終わりが近い。この項、まだ書き足りないので、しばらく続きます。
2020.10.23
今日から、娘のところに。ホテル3泊で、少し遅れたが孫の4歳の誕生日だ。孫が「ニンニ」と呼んでいる息子からのプレゼントも預かって、9時ころ車で出発。あいにくの雨模様である。今日は移動だけ。GoToのおかげでクーポンが付くから、エキナカのいつもの居酒屋で夕飯の予定。この季節は銀杏の茶碗蒸しが絶品である。クーポンで二人分は賄えるかもしれない。明日は孫たちと焼き肉店に。その後、孫とじっくりと遊ぶ予定。どうやら自分のことは、たまに会う遊び友達と思っているようだから、その役目を果たしてくる。明後日は、特に予定もない。いいかげん体重も増えているだろうから、何かあっさりとしたものを。もう一度孫と遊ぶかもしれないが、未定だ。妻はショッピングもしたいようだ。帰ってくると、10日後に再びGoToで伊勢に。もちろん感染には最大限注意するが、どこにいても感染してしまうこともある。感染しても無症状で気づかないこともある。心配ばかりしていたら、キリがない、と自分たちは考えている。
2020.10.23
そう書くと、アーチャー以外の人は???だろうが、最初の数字は矢の外径、次のは矢の厚さ、である。つまり20-12というのは17-14より太く、薄い矢ということになる。昨日、弓友が「これ、どう?」と言って持ってきてくれた。ありがたい。なにしろルール上の上限である23のエクリプス、上限に近いFATBOYが全然中らないので、17-14を持ち出したのだが、いかにも細い。さすがに23と比べると、なかなか10点を食ってくれない。トライアンフをこれも別の弓友経由で頼んだのだが、多分次の公式戦には間に合わない。そこで、20-12。ヴェインはフェザー。懐かしい感じだ。早速、射ってみたが悪くない。当たりの関係で「ヒューッ」と鳴る矢が1本あったが、十分使える。当面はこれでいこうかと思うのだが、今日から4日、娘の孫のところにドライブ旅行。弓は射てない。まあ、帰ってからのお楽しみだ。インドアでの課題は、やはり「早気」。どうしても、付くと射ちたくなる。それ以前に身体の張りを意識して、とにかく緩まないように狙う。少し、慣れが必要だ。
2020.10.23
現金なもので、朝練もできなくなると、目が覚めない。今日は整形に診察券を出すのだが、先ほど起きた。あと10分ほどで出発。2時半過ぎに退勤後、インドア射場に行く予定。それが旅行前最後の練習だ。17-14でまずまずの🎯だったので、インドアでももう一度点取りをする。整形から帰ってからは、今日の予習など、しておくべきことがあるから朝練は中止だ。まあ、一日2回練習すると、明日の300km近いドライブにもひびくから、ちょっとゆっくり朝を過ごすのもいい。
2020.10.22
昨日、初めてのインドア射場で、リカーブ時代の古い矢、17 14を試した。 思ったより悪くない。外しが、小さい。 それで、今朝は外で点取り。 55 59 55 55 55 279 7点、8点が1本ずつ。まあまあ使えそう。 2回目。カスケードの違うやつ。 56 54 54 55 55 274 553 8点が3本。1回目より悪いが、射自体は安定していた。 550がスタートならまずまずだ。 さて帰って仕事の残り。出勤。
2020.10.21
最近、よく聞く言葉だが、反対語は「リモートワーカー」だ。つまり、現場で社会生活を支える働き方をする人をそう呼ぶらしい。コロナの中で、それでも始発に間に合うように出勤する電車の運転手、24時間勤務も強いられる医師、看護師、あるいは感染リスクにさらされるゴミ収集・・・こういう人たちを尊敬の念を込めて、「エッセンシャルワーカー」と呼ぶ。社会生活に欠かせないという意味で彼らは社会の「本質的(essenncial)」なところで働いていいる。この言葉の意味をいくつかのところで確認したが、ある人材派遣会社の記述では「昔はブルーワーカーと呼ばれていた」と書いてあった。確かに、先に挙げた職種例では、医師を除いて低賃金の職種である。今流行のウーバーの配達員なども「エッセンシャルワーカー」に分類されるだろう。「金融資本主義」とITの中で、高性能のPC数台があれば、自宅で数億の財産を稼ぐことも可能になった。それを会社単位でやっている証券会社の社員などは「リモート」で十分働けるし、1000万以上の年収を楽に稼ぐ。つまりは「エッセンシャルワーカー」という新語は、格差社会の下部層の人たちに「ごくろうさまですね」という思いを込めた呼称なのだ。それは、「リモート」も可能な上部層の人や、すでにリタイアして次第に社会とリモートされながら生きている年金生活者などから彼らに向けて発せられる、よくいえば「労いの言葉」だ。しかし、彼らの仕事が「エッセンシャル」と呼ばれることには、「労い」以上の意味があるだろう。それは我々の社会が、どうやって日々維持されていくのかについての「問い直し」を含む言葉だと思う。
2020.10.20
昨日は朝に1時間だけアウトドア射場に。それなりに安定してきたが、まだまだ赤が出る。少し分かってきたが、要は十分引かないことが原因なのだろう。後は、リリーサーが切れる直前のブレ。対策は、やはり、カスケードであっても、「離れる」射を目指し、「離す」射は目指さないこと。どうやったら「離れる」のかも段々分かってきた。ボタンを押す前に出来る限りエイミングから引く状態を作っておくこと。これまでは、エイミングしてからボタンを押し、そこから引いていた。そうではなく、10点につけ、そこからずれないように引きつつ、これ以上は引けないというタイミングでボタンを押す。ボタンは少しずつ押し、カチッと鳴るのを待つ感じ。そうすると、直後に切れることが多い。「カチッ・ポン」が連続する。そうでなくとも、ほどなくして切れる。いずれにしても、トリガーレスの切り方と変わらない。「離す」と9点には確実に下がり、下手をすると8点。「離す」のが早いと7点まで。今日は朝に外に行けないこともないのだが、10時にインドア射場が開く。どうしようかな、という感じだがインドアで2時間はできるので、まあ、外はやめておこうかと思う。
2020.10.20
昨日、インドア射場の準備が終わり、火・木・土・日が練習日。自分は火は午後からの授業と特講で無理。木は4時くらいから、土日は原則大丈夫。だが、今週に限っていうと、木曜日は整形、金曜日から娘のところに、ホテル3泊、ということで練習できない。仕方ないから、朝、外の射場での練習となる。まあ、どこでやっても同じだから、いいと言えばいい。次の一週間は練習可能だが、次の週の木曜日には伊勢に出発。4泊。ということで、これから貴重な練習に。せいぜい1時間半。
2020.10.19
昨日も2時間ほど練習。矢はアルミ矢のエクリプスと、カーボン矢のFATBOYの2種類。自分の好みとしては、はるかにFATBOYがいい。なにしろ、スピードが違う。18mなのに、メモリで5つサイトが違う。ただ、FATBOYは、硬い畳だと、ポイントが抜けることが多く、今まで何個も抜けた。今、使えるのは4本で、ポイントが抜けたままなのが6本くらい。三階のどこかにあるのかもしれないが、探しきれない。弓友と話していて、いっそのことトライアンフの500番台がセールになっていたら買うことに。シャフトとポイント、ピンノック、それにヴェイン。12本で1万くらいとのこと。全部、お任せということにした。今日は、これからFATBOYのポイントを手持ちの矢のものと取り換えてみる。重さが同じなら、あと数本は使える矢ができる。とりあえず2本ほど作って、試してみる予定。練習では、「離れる」射を目指している。ダメなら「離す」射に。まだ、時々8点が出るので270台の感じだ。
2020.10.18
昨日、退勤後、PCとプリンターンの設置に、家電の人が来た。PCは年々進化している。今回購入したものは、もはやハードディスクではなくSDDとかだそうで、とにかく速い。CPUが7だそうで、何だかよく分からないけど、今までのと比べると、文字通り「あっ」というまに立ち上がり、こうやって書いていても変換スピード自体が速い。まあ、値段だけの価値はあるようだ。プリンターのほうも無事繋がって、印刷も速くなった。まだ、分からないこともあるのだが、今までの使い方しかしないのだから、別に問題はない。
2020.10.18
昨日は、整形の後、妻と家電量販店に。プリンターがPCからの印刷をしてくれなくなり、もう7,8年は経っているので、そろそろ新しいものにという時期だった。今、自分が使っているPCもWINDOWS7なので、こちらも10に買い替えることにした。妻のは、すでに10にしてある。モデルチェンジ前の家庭用としては最高級に近い機種。かなり値引きしてくれたが、それでも設置料、保証延長などを合わせて20万強。今日、午後に設置に来る。このところGOTOとはいえ、鹿児島の旅行で30万くらい。来週は札幌。その次の週はまたGOTOでお伊勢参りということで、何かと物入りではある。妻と、病院帰りのランチはしばらく自粛だね、と話していたが、昨日は家電店で時間もかかり、ファミレスに。妻はステーキ、自分はハンバーグセット。結局、何の自粛にもなっていない。まあ、何とかなるし、家族の顔を見て、楽しく暮らすためのお金なのだから、いいや、ということに。
2020.10.17
昨日は朝に2時間半ほど。18mという距離だと、根を詰めてとはなかなかいかない。朝練の弓友と、時々駄弁りながら。「止まる」時点で、センターにドットが完全にではなくとも、8割がたついていることは必須である。ここらへんを疎かにすると、結局、押し手を動かし直すことになるので、よくない。その次は「押す」。カスケードのボタンを押す動作。今、使えるカスケードは3台。その中で、一番古いのが、今のところはいい。押しの深さが一番浅い。「押す」は、押しても押し手が動かないことが大事だ。狙いを維持したまま、「押す」。次に「引く」。昨日気づいたのは、この段階で切れてしまうことがある、ということ。狙いがついているのだから、実はこれは理想的な形である。切れるかもしれないと「意識」して、引く。最後に放す。「ああ、これは自然には切れないな」と判断した時点で、「放す」。つまり、ボタンから親指を「離す」のだが、最小限の動作であることが重要で、意識はエイミングにある方がいい。だから、「放す」という意識ではなく、「離れる」という半意識。これで矢は放たれ、「射」自体は終わるのだが、弓を最初に教えてくれた師匠には「矢筋を追うな」としつこく指導された。意識はまだ、自分の身体にとどめる。いわゆる「フォロースルー」だ。今日は、この前の旅行の授業交換で、3,4時限。10時に家を出ればいいから、6時半射場として、やはり2時間半は練習できる。
2020.10.17
昨日の練習で分かったこと。今までは「動きの中で」射つイメージだったが、今の射は「完全な静止」から射たないとダメだ。今朝、診察券を出してから、もう一度確認したい。特にインドアは「完全な静止」が可能なのだから、目指すのはそこである。280はこれで大体射てるのではないかという気がするのだが・・・詳しくは明日。今朝は、さっきまで1時間半ほど明日の課題の解答を書いていたので、時間がない。
2020.10.16
カスケードに替えて以来、ちゃんと狙えるようになった。50mだとサイトが3メモリ違う。つまり、それまでは10点の左下7点くらいにしか狙いが付かず、そこで中るような射ち方をずっとしていたことになる。これで、よくまあそこそこは中っていたものだと思う。パニックはいつのまにか訪れ、長居をして、暇のあいさつもなく去っていく失礼な客だ。ただし、ちゃんと狙えれば中るかというとそうでもないところが難しい。ともあれ、もう2年越しの「ターゲットパニック克服日誌」はとりあえずこの投稿で終了。まあ、カテゴリーは残してあるから、いつでも再開できるのだが・・・
2020.10.15
いつものことだが、春夏秋はあっという間に過ぎていく。それに比べて、冬は始まるとなかなか終わってくれない。北国の人々は、冬の娯楽をいろいろと考えてきた。その一つが、室内スポーツ。バスケットやバレーボールのシーズンは本来、冬季である。アーチェリーも、冬になると「室内」ということになる。18m先の1円玉大の10点を目指す競技になる。3射20回、600点満点が1回で、自分のベストは670台。全日に3度行った。今は全日に行くには680台が必要だろう。レフティになってからは、660点が出ない。10本で280点。3本に1本10点に入れればいいのだが、これが至難の業に今は思える。来週以降、3月まで5か月間は、この気の滅入る18mだ。昨日、18mで射ってみたが10点にはなかなか入らない。30射ほどで2本。8点は3本。まあ、戸外なのでということもあるが、もっと狙えないとダメだ。もう少し正確に書くと、狙ってボタンを押して、もう一度狙いをセンターにつけて、よっこらせとボタンを押すくらいの射でないとダメだ。狙いがついた途端に、ボタンを押すのは所謂パンチングショットで、これだと半分以上はうまくいかない。今朝もこれからアウトドアで18mを。気が滅入ったら、矢を替えて50mにしようかと思っている。
2020.10.15
昨日、似たようなタイトルで書こうとしたのに、結局その内容には触れずじまいだったので、もう一度。昨日は、朝に60射ほど。大体50~56くらいの感じで射てた。どの時点でボタンを押し、どの時点で放すか。やはり的の中心にできるだけつけ、そこで押し引きの動きを止めずにボタンを押し、身体の張りがこれ以上張れないというところで放すというのがベスト。つまり、無意識ではなく徹底的に意識する射だ。よく考えてみると、無意識を目指すというのは完全な形容矛盾だ。無意識は、目指す途端に達成できないものとなる。目指すとかいう意識なしにしていることが無意識なのだ。この辺りは、西洋のアーチャーも大きな影響を受けたという『アーチェリーと禅』という本があり、読んだこともないのだが、そういうことに囚われていたのかもしれない。中てるための、弓の構造設計があり、サイトやバランサーなどの様々な付属品が付いているコンパウンド弓で、アーチャーだけが「無意識」を目指すというのは、滑稽なことだ。というわけで、今までの方向を180度転換することにした。目指すのは射を徹底的に意識でコントロールすること。昨日、インドア用にレストを交換、調整したので、今日からは外で18m。
2020.10.14
昨日、自分は仕事だったが、妻はピアノコンサートに。息子の高校の同級生。京都市立芸大を出て、ドイツに留学ハノーファー音楽大学を卒業、というなかなかの経歴の持ち主なのだが、10年ほど前から地元で音楽活動をしている。もう一人、これまで一、二度書いたピアニストがいて、この人もたまたま息子がこちらにいた時のマンションの隣人で、ご主人と息子が仕事上の知り合いだった縁で、自分たちも何度かコンサートに行った。地方に置いておくのはもったいないくらいの腕前で、ステージ上で華もあり、魅了される。都合がつけば、必ずコンサートには行くようにしている。妻の行ったコンサートは、入場料500円で、休憩時のワンドリンク付き。100円でシフォンケーキもあったそうだ。聴衆は100人くらい。彼の音楽教室の生徒さんも少し来ていたという。今度、妻と行こうと話しているのは、winter jazz festivalで、こちらは会場が700人くらい入るホール。2000円。地元出身の3グループ。一人が高校のはるか後輩で、jazz研。定演の時はまだ中学だったが、圧倒的に上手かった。サックス。こういう活動はいいな、と思う。来月、五島龍のヴァイオリンコンサートもあるが、こちらは7000円。まあ、これも行きたいのだが、来月の旅行直後なので、やめておいた。値段も高い。地元から音楽を志した人たちが帰ってきて、そんなに稼げはしないが、音楽活動を続ける。そういう活動はありがたいし、応援したい。1万円近いチケットを買える人は限られるが、今回のように500円で、クラシックの名曲が生で聴ける。低料金なので非営利だとしても、ほとんど儲けはない。下手したら持ち出しになる。この人たちがMusic Academyなる団体を作っていて、大人のためのピアノ教室もやっている。ジャズかポピュラーをやっているなら、ぜひ生徒として行ってみたい。
2020.10.14
まあ、人のことは言えないのであって、自分もおかしなことを考えていたのだと、昨日気が付いた。昨日は強風の中、朝と午後に練習に出かけた。まあ、ヒマ人である。その中で、とにかく狙いがずれないようなタイミングで、どうカスケードのボタンを放すかだけを考えた。その前にボタンを押すのだが、これはある程度、的の中、せいぜい赤の中にエイミングできた段階でいい。それから、さらに引いて、押し引きのバランスを崩さずに狙いがついた瞬間にボタンを放す。朝は、50-51-56で終わりにした。帰宅後、一階居間の緞通を剥がしクリーニング店に。死ぬほど重かった。午後3時くらいにまたでかけ、今度は50-51-52-53-49-50=305強風8mの中では上出来である。朝、一緒にやっていた弓友はMばっかりで練習にならんと言って早々に帰っていた。自分より点数は高い人だから、多分、自分の射は間違っていない。今朝はこれからその確認。風はあるが昨日ほどではない。
2020.10.13
最近の日本学術会議を巡る一連の騒動は、政治の学問への介入という現代社会の常態が現れた、ということだ。そもそも理系の学問領域においては、科学研究費(科研と通称される)をどの程度引っ張って来れるかが、研究者の力の証であり、その意味で国家の意向に研究者は敏感である。科学史家の誰が書いたか忘れたが、「歴史に自らを定位しない学問は、政治に介入され、その時の社会状況に振り回される者に、成り下がる」という文があった。現在の学者は「成り下がる」のではなく、科研を多く取って「成り上がろう」と目論む。原子力研究や遺伝子研究が、どのように政治利用されてきたかを見れば、科学者自身が「自らを歴史に定位し」、現在、自分がどの方向に向かうのかを考えなければならない。今回の学術会議の問題は、そういう本質的な議論からみれば、明らかに矮小化していて、首相が99人の名簿しか見ていないとか、いや事前に6人を外すことについて説明はあったとか、ごちゃごちゃ言っているが、要はなぜ外したかである。安保法制、特定秘密法などに反対の立場の学者が外されているのだから、露骨な政治介入が行われたのは間違いない。それが憲法違反かどうかが問題ではなく、(いや、憲法違反だろうが)理由をはっきり述べれば、許されない問題なのは自明である。そういう時、前の総理なら色をなして反論したが、今の総理は押し黙る。いずれにしても「学問の自由」という近代的理念が空洞化している現在の状況について、ひとかけらの問題意識も持ち合わせていないのは確かで、そう言っては悪いが「お里が知れる」のだ。二人とも、その当時の三流大学の出身で、頭が悪すぎる。
2020.10.13
なにしろ、こちらでは夏が終わったなと思ったら、ひと月で冬の到来ということになる。昨日、ディーラーから電話が来て、初めての車検。大体、1年間で10000kmの走行だ。車検と同時に、冬タイヤに履き替えるのはこれもいつものことだ。今日は車から弓をおろし、三階射場を整備の予定。整備といっても、掃除と片づけ。後はインドア矢の確認。ただ、今週はアウトドア射場での朝練を続ける。3年が定期試験なので、授業は5時間+特講。仕事は比較的楽である。30mくらいの距離で、カスケードをトリガーレスのように使えるように、というのが練習テーマ。インテンショナルは奥の手にしないとダメだ。そこをスタンダードにしてしまうと、パンチングになる。昨日がそうだった。風が強く、やむを得ないといえばそうなのだが、インドアでは風はない。だから、理想的なフォームは、インドアで作り上げないとダメだ。練習日は仕事との関係で、週3日なので、後は自宅近射が重要になる。と言いつつ、やはり自分の生活は楕円状で、二つの中心は仕事と弓。さらに家庭や子どもたちとのつきあい、ということになる。まあ、当面それでいいだろう。
2020.10.12
結果は、あまりよくはなかったが、惨憺というほどでもなかった。60m 271 50m 259 40m 270 800逆シングルという言葉を、久々に思い出した。シングルの時代、90mより70mがよくないということが、往々にして起こる。今回、まともに射てたのは70mだけで、後はまったくカスケードがうまく使えなかった。インドアに向けて、ここを何とかするための練習が、今週の課題。
2020.10.12
といっても、特別のことなど何もない。昨日は午前は練習後一端帰宅、一階の掃除、それから妻を病院に送り、その間かかりつけ医で妻と自分の薬をもらい、昼食はいつものスパゲティ。冷凍食品に今回は三つ葉と魚肉ソーセージをバターで炒めて加えた。BIGとかいう大盛りを二人で分けてちょうどいい。その後、海外ドラマを見ていたらいつのまにかウトウト・・・午後中、ほぼ昼寝状態。これで大分疲れが取れたような気がする。金曜日から4連休なので、いくらか仕事を持ち込むにしてもかなりここで休める。体重は今朝量ったら元に戻っていた。3日間で3kg以上減量したことになる。別に何もしていない。食事を元に戻しただけ。今朝はサラダとココナッツビスケットとコーヒーで朝食。問題は坐骨神経痛の方で、これは薬を飲んで、モーラステープを貼って対処している。今朝もそんなに早く朝練に行ってもしょうがないので、これから昨日録画した「鞍馬天狗」でも見て、ウトウトしようかと。
2020.10.11
さて、試合はあるのかどうか。普通なら多少の雨でもやるのだが、最近は人も集まらず、「ま、やめとこうか」ということになる。非公認なので、そのあたりは融通が利く。高齢化しているので、無理にでもやろうという意欲は、みんな段々なくなってくる。すべて大的で、60,50,40mを30射ずつ射つFITA900は、現在はマスターズなどで多く採用される公認競技形式の一つだ。6本射ち。自分の最高点は正確ではないが、確か860くらいだった記憶がある。60m270、50m280、40m290で840だから、それよりも6,7点ずつ各距離で上積みしていることになる。確か40mはほぼ満点だった。昨日の80cmでの練習は、238,269,274だから、そこから大的なら10点ずつくらい上積みしたとしても810点くらい。やはり全盛期とは比べ物にならない。まあ、中止だとしても、どうせ一人で大的を貼って点数を取ってみようとは思っている。
2020.10.11
昨日朝の練習の点取り。60mでは、何というかまだ、カスケードを放すタイミングが掴めていなかった。50mの後半から、少しわかってきた。どういうことかというと、十分引くことが、狙いを保つことより重要だということ。狙いはとにかくつけて、なるべく維持するのだが、それが引きをともなわないやり方だと、結局「緩む」ことになる。多少、狙いが外れていても、引くことを第一に考え、狙いが再びついた段階で放すというのが今のところのベストだ。40mでは56と58しかなかったが、それでも、引きがあまいための8点が2本。50mでは、前半は前と同じ52ペースだったが、後半は何とか56,57。このあたりから、引きをとにかく優先というやり方を掴み始めた。その後、50mでアンインテンショナルの練習をしたが、これだと、切れてくれずに無理やりさらに引くと崩れる。その直前に切りに行くと大体うまくいく。理想はアンインテンショナルの一歩手前で切りにいくインテンショナル、というのが当面の結論である。
2020.10.11
風やや強い。 60m 49 48 47 42 52 238 50m 53 51 52 56 57 269 507 ここで、ひと休み。最近、遠征前くらいから、坐骨神経痛が悪化している。矢取りで歩いただけで、右足の先まで痛み出す。 さて40m! 56 58 58 56 56 274 781 結果は60以外はまあまあだ。 しかし、射に関してはまったく不満足。 詳しくは明日。
2020.10.10
日本学術会議の会員推薦者6名を、総理大臣が任命拒否したという問題。この6名は、政府の重要法案に、ここ数年、反対の立場を明確にしてきた人たちだ。一連の流れを見ると、政府は83年の「会議の推薦を形式的に承認し、任命するだけで、拒否することはない」という国会答弁と、「総理大臣は俯瞰的、総合的に考え、今回任命を拒否したのだ」という首相の記者に対する回答を、「解釈変更」には当たらないと強弁しているが、何をどう考えてもこれは紛れもない「変更」である。これが「変更」でないとするのは、頭が悪すぎる生徒の答案のように、字数を埋めてはいるが、訊いたことに何も答えていない。また、今回任命を拒否した理由にはまったく答えていない。解釈を変更しようがしまいが、拒否の理由は明らかにすべきだ。ついでに言っておきたいのだが、NHKはニュース見出しで「ふかん的」とかな書きしている。こんなバカな表記をするから、日本語はどんどん貧しくなっていくのだ。仮名で書くなら「ふかん的」でも「こかん的」でも「ちかん的」でも音の違いでしかない。首相の強弁のおかしさを、かな書きで誤魔化しているのかと邪推したくなるほどひどい。そして、ここ数日、「日本学術会議」の在り方自体を問題化するという、強引な「すり替え」が行なわれている。この会議体に国家予算は10億投じられ、会員には4500万の報酬が支払われているという。会員の身分は特別国家公務員である。4500万というと、一人当たり100万弱。しかも、会議の日当は20000円。(自分の感想は「安いなぁ」である。4年前まで学校法人の理事だったが、理事会日当は30000円だった。それでも安すぎる、と思っていた。現在の学問の水準で評価が高い人がここに推薦されるのだから、その人の時間を数時間拘束する値段としては、不当に安い。)しかし、そうであれば、なおのこと拒否の理由は明らかにされるべきだ。公務員の任免は国民の権利だと言うなら、当の国民がその理由を知らないというのはおかしなことである。ここでも政府の回答は自家撞着に陥っている。それで、今度はこの会議が10年以上法に基づく政府への「勧告」を出していないことを理由に、この会議体自体を縮小、抹消する方向の発言がなされている。こうなるともう完全な問題の「すり替え」である。先の例で言えば、試験で酷い答案を書いて落第した学生が、そもそも試験の意義とは何かと大上段に振りかぶり、試験制度自体を問題化することで、自分の無能力を正当化しているのと同じである。思うに、頭の悪い政治家が、頭のいい学者たちに抱くルサンチマンが根底にある。論理では勝てないから、無理なやり方で報復する。前首相もそうだった。まあ、前政権の「継承者」を自認する現首相なのだから、そうなるのも当然だろう。科学誌「NATURE」がこの問題を政治の学問への不当な介入として、社説で取り上げたという。そういう「外圧」に情けないほど弱い日本の政治なのだが、ここはそれに屈してほしい。
2020.10.10
昨日の朝練。カスケードで50mを中心に。このリリーサーもそうだが、トリガー型リリーサーの場合、的についているうちにという意識が強すぎて、ついたらすぐ、トリガーを押す、放すなどの操作をしてしまうという点を克服しなければ使えない。その切り方では、どうしても緩みが出てしまうのだ。だから、意識としては「ボタンを放さない」で、引き続け、一種の限界点を過ぎて、無意識に放すという射が一番だ。そこを目指してやっても、ついつい「ついたら放す」射になってしまう。今は、大体は、引き続け、一種の限界点を過ぎたと感じたら、放すという方法。大体8点以内には集まるが、それ以上精度が上がってこない。52~54くらいの感じだ。まだ、カスケードでの一定性、再現性を、身体が覚えていないという段階だ。ただ、切れなくて苦しむということはないので、カスケードはある意味気が楽だ。今日は60m~40mまで30射ずつ。80cm的でFITA900の点取り。こういう多少とも緊張する状況で「早気」がいかに出ないようにするかが課題。
2020.10.10
「身体を張って射つ」ことが、カスケードのコツだ。今朝も、その確認。エイミングはちゃんと付く。カスケードで結局、ターゲットパニックは治癒した。
2020.10.09
昨日の弓の理事会で、アウトドア納会、忘年会、新年会は中止と確認した。この時勢なのだから、当然である。職場の忘年会も中止だろう。どちらにしても、街中に飲みに行くようなことは、この歳ではもうない。STAY・HOMEというが、自分はセミリタイア以来、コロナ以前からほぼSTAY・HOMEなのだ。今回の旅で、駅近くの居酒屋に行ったが、個室の予約はほぼ満杯だった。声だけからするとやはり若い人同士が多いようだった。大声で話しているグループもあったが、大半はぼそぼそという感じ。彼らもそれなりに気をつけている。そういえば、今年は慶弔いずれも出る機会がない。公私で世話になった弁護士が亡くなったが、知った時はすでに葬儀終了とのこと。わざわざ、自宅に出向いてというほどの付き合いではなかったから、冥福を祈っただけである。「社会的距離」をとるということが、日常として定着しつつあるが、まず「人が集まる」ことについて、何も考えずにやることはなくなった。長年続いていた高校の同期会も中止、去年そういう集まりがあると知ってこれからは行こうかなと思った大学の地区同窓会も中止。弓の公認試合も中止が多い。と、書いていて気付いたが、こういう「集まり」の主体はほぼ高齢者ではないか。若い世代は、もともとそんなに「集まる」こともないのではないか。彼らの「集まり」はイベントやライブなどで、見知らぬ人たちの「集まり」が主なのだ。さっきまで、職場で顔を合わせていた人間が、一端帰宅して、黒を着て亡くなった上司の葬儀に「集まる」。自分たちの世代では普通のことだったが、それに違和感を感じる世代もある。コロナは、以前からあった傾向、「個人化」を加速するきっかけになったにすぎない。だとすれば、コロナが終わっても、この傾向はそう変わらないだろう。葬儀は「家族葬」がスタンダードになり、「地味婚」も今や普通である。組合も「動員をかける」ようなことはもうできないし、「顔を出す」というのも死語化するだろう。「個人化」を困った問題と考える思潮が圧倒的だが、自分はそうは思わない。個人化しているからこそ、もたれ合うのではなく、支え合う人間関係が作れるのではないかと思う。「顔の見える」個人同士の信頼関係が、すべての土台なのだ。問題は「孤独死」ではなく、「孤独な生」である。
2020.10.09
昨日も朝練で60射。航空機で運んだ弓具が大丈夫かをチェックした。一応、問題はないようだ。今朝からは日曜日に、地元でFITA900があるので60m、50m、40mの練習。といっても、サイトはもう分かっているから、練習の中心はカスケードの使い方。熊本の弓友がやはりカスケードで、自分も出ていた全日社会人で2位になった人だが、彼も切れるのを待つのではなく、狙いをつけて、押し引きで身体を張って、切りに行く射だということだ。そこを自分も今は目指している。今朝もこれから、1時間程度。
2020.10.08
今回のGoTo。ほぼ日本列島を縦断する形で、羽田乗り換え。ホテルは中央駅前の利便性の高い立地で5泊。それに6日分通しでレンタカー、ホンダフィットの旧型。それで、二人合わせてほぼ12万。もともと、ANAのサービス優遇パックで、そこから35%GoToの値引き分があるから、本当に格安だった。さらに、これは後から気づいたのだが、15%分の地域共通クーポンがつく。35%引き前の、元の値段の15%だから二人で27000円。だから、旅行の元値は18万くらいになる計算だ。それでも随分安いのだが、それが結局50%引きの90000円である。このクーポンで、夕食や、お土産代も出るね、と思ったら、これが大変だった。まず、スマホで電子クーポンを取得するのだが、それはすぐに出来た。それで、どこでも使えるのだろうと思って、中央駅のショップで息子たちのところにお弁当でも買ってと思っていくと、電子クーポンは非対応。まあ、いいか、と思って使わなかったが、中央駅のショップ全体が非対応である。紙クーポンなら、これはホテルで出してくれるものなのだが、駅中ではどこでも使える。調べると、駅前の土産屋では、電子クーポンがいくつか使えるところもあったが、いずれも専門店で、そればかり買うわけではない。電車で10分くらいの繁華街、天文館の土産屋で2店舗使えることが分かった。それとホテルの目の前の居酒屋。ここは、前回も息子に連れて行ってもらったところで、美味いし、個室対応なので二日目に。ここで、食べたいものを、昨日書いた鯛のあら煮とかいろいろと取って、一万強。自分の電子クーポンは15000円分だったが、支払いも結構面倒で、5000円のクーポンを二回出し、店のコードを入力し支払う。端数は現金で。クーポンを出して残高が表示されるプリペイの形式ではない。月曜日に天文館の土産屋で、残り17000円を使い切ったが、この電子クーポンは極めて評判が悪いということを、帰ってからの報道で知った。まず、今回のGoToの利用者の大半は高齢者で、PCは仕えてもスマホは、という人が多い。使える店舗をスマホ上で探さなければならない。紙クーポンだと裏面に印刷してあるようだ。そこを何とか探したとしても(自分たちは結局ホテルロビーのPCで調べた)、今度は、使える店舗数が圧倒的に少ない。新幹線の停まる中央駅前の土産屋や居酒屋などでは使えないところがほとんど。今後は、事前に使える店舗を調べてから出発する方がいいだろう。自分たちの場合は、10月1日出発日の午後3時以降でないと電子クーポンの発行はできないことになっていた。しかも、その案内は妻にはメールで来たが、自分には来なかった。等々、いかにも急ごしらえのお粗末なシステムで、報道では電子クーポンを使えずに旅先から帰った人も結構いたらしい。まあ、値引き分だからと思って諦めた人もいるだろうが、せっかくの旅行が何だかすごく損をしたようで、面白くないだろう。11月のお伊勢参りは、しっかりと調べた上で行く予定だ。自分の今後の遠征では、ホテルで発行される紙クーポンで、せいぜいが2000円くらいだから、コンビニでいつものワインでも買えばいい話なのだが、せっかくの需要喚起策もこれではあまり有効ではないだろう。コンビニは多少売り上げが落ちてはいるが、観光業とは言えない。そういうわけで、困ってない人にも配った一律の特別給付金に始まり、もう市中に十分で回った頃に配布されたアベノマスク、手続きが煩瑣で、サーバーダウンまでした事業持続化給付金、家賃補償など、政府の対策はピントがずれているか、手続きが非常に面倒か、どちらかである。だから、一番最初が「公助」ではなく「自助」なのかと思うが、これは本当に困窮している人にとっては笑えないジョークだ。
2020.10.08
さて、旅行先での試合だが、結果はそうよくはなかったが、今の自分としてはそう酷くもなかった。最初、久々に弓を組み立てたので、カウンターバーの左右を取り違えた。つい右の時と同じにして、しかも気づかない。試射で初めて気づいて、慌てて直す。おかげで、フリープラクティスの試射が2本しか射てなかった。ちょっと動揺したのか、46のスタート。次が49。そこから55が3回続いたが、一回目は312。二回目も何となく調子が出ず、51~53くらいまでの連続でやはり312。合計624は全体の12位。1位は690台、2位は680台で、やはりすごい人たちが出ている。640でやっと一桁順位くらい。決勝トーナメントは2回戦からで、主催者の何度か全日チャンピオンになっている女性。これは勝てないなと思ったが、案の定10点差で完敗。129点。やはりエンド平均で26程度。射自体はカスケードのインテンショナルがほとんど。アンインテンショナルになったのは2,3回しかなかった。やはり、早気が出てしまったのが数回。10-9-9-8-8-8のような中りが典型的だった。まあ、久しぶりに会った方とも話もでき、楽しかった。今日はこれから、ちょっと射場に行って、一度弓を組み立て、少しだけ射ってこようかと思う。寒いので十分着こんで。日曜日に、FITA900。
2020.10.07
昨夜7時半頃、帰宅した。旅に出ると、やはり地元の美味しいものを、という食い意地が強く、とにかく食べた。息子夫婦のところには、都合3回出かけ、最初は警戒気味だった孫も三回目には、一緒にお絵かきなどをして楽しんだ。まだ、言葉が出てこないので、人の手に色鉛筆を押し付けて「ウ!」と言う。「何か書け!」という意味である。まあ、毎晩地元の居酒屋や、駅前の地元チェーン店などで何かしら食べていた。その結果、体重が3kgも増えた。これを元に戻すには1か月くらい必要なのだが、今月末には娘夫婦のところに行くことになっている。それから1週間後に伊勢に。食べたものは基本的にみんな美味かった。一番おいしかったのはホテルの向かいの居酒屋で食べた「鯛のあら煮」。体調は珍しく、妻も自分も好調だった。レンタカーを借りっぱなしにして、走行距離は試合遠征を含めて500km。観光地にも出かけたが、まあ、一度行ったらもういいか、という感じ。それよりも街が楽しい。空港でGoToの東京解除初日だったので、妻が地元のテレビ局のインタビューを受けていて、映った。ホテルはいつものチェーンで、これも落ち着く。やはり全国どこに行っても同じ部屋の作り、同じシステムというのはいいものだ。まあ、60代のうちに行けるところには行きたいものだ。
2020.10.07
別に告知するほどのことでもないのだが、遠征中は更新を止める。大体数十人、せいぜい百数十人の閲覧しかなく、(といっても一週間ほど前は750という異様な数字が出てビビったのだが、元に戻って安心している)、コメントも開けず、読者?と交流する気などまったくないのだから、ここに書く駄文は、いわば独白みたいなものだ。だから遠慮なく書けるし、朝の暇つぶしにもなる。これからインドアなのでますます朝は暇なのだ。自分としては大きなテーマの論考をまた書いてみたいと思う。そういうわけで、次回は旅行後に。
2020.10.01
昨日、3限目授業、4限目教科会を終えて、昼を食べ帰ろうとしていたところ、教頭に呼び止められ、小一時間ほど面談。来年度、誰か一人専任の形で雇いたいということで、教え子に心当たりはないかということ。ないこともないのだが、これはという人物はいない。教頭といっても、今年からで、それまでは国語科の同僚で、大学の後輩でもある。彼女と自分とで特進コースは回してきたのだが、管理職になったので駒が足りない。その他、いろいろ話はしたが、どうやら来年度も今の形で雇われることになりそうだ。週20時間、といっても実際の授業は10時間前後。それに3年生の小論文、志望理由書などの指導。教科会での入試問題作成、検討。そのうち後の二つは、非常勤の場合、担当する理由はない。だから、今の給料よりも、非常勤で15時間も授業を持った方が、プラスなのだが、まあ、損得の問題ではない。生徒からも、同僚からも頼りにされている今の状況が続くのなら、今の仕事は続けようかと思っている。経済的には、仕事を辞めてもそう困るわけでもない。たとえわずかでも、今の収入があった方がいいかと言えば、確かにそうなのだが、それがないと生活できないということはない。よそで働いた方が実は収入は増える。そういう声はかかっているのだが、今更40年以上勤務したところから移るというのもしんどい。それよりも、生きがいの問題だと自分では思っている。若い時は、自分よりはるかにひどい授業をする先輩が自分より高い給料をもらい、先輩面してあれこれ口を挟むのに辛抱できず、噛み付いたりもしたが、今は生徒が自分の指導力を信頼し、自分もそれに応えるというシンプルな関係を築くことが、人生の中の重要な価値の一つなのだ。その対価は、学校との関係で、それは、世間的に妥当な額なら別にいい。いや、世間的には実質最低賃金の5倍かそれ以上の対価は十分に高いのだろうが。まあ、弓と同じで段々無理も利かなくなってはきているが、まだまだ、何かわからないような顧問とか理事に祭り上げられて、現役を退いて、老け込みたくもない、ということだ。
2020.10.01
昨日は、6時半ころ射場に。日の出が日増しに遅くなってきて、このくらいがもうちょうどいい。アウトドアシーズンの終わりが近い。一昨日の弓友が先着していて、今日も稽古をつけてもらった。やはり、記録用紙を持って、一射一射スコアをつけると、練習とはまったく違う。試射6本、36射×2。一回目 320 二回目 328 648今の自分としては、まずまず。330、650は出したかったが、2回目の後半に失速した。56-57-56で前半169は久々の感触だったが、後半52-53-54の159に終わってしまった。それでも、昨年の651を公認で射って以来、初めて右でやっていたころの片鱗は見せられた。全体として50を切るエンドもなく、ドローストップ+カスケード(インテンショナル8対アンインテンショナル2くらい)で、射法も落ち着いた。後は、遠征でどれだけ射てるか、まあ、今の状態では射ってみないと分からない。双眼鏡で1本ずつ確認するよりも、大体黄色に入ったのは見えるから、射型の確認をした方がより効果があることも分かった。ミスの典型は「早気」(はやけ)、つまり十分引いて狙う前に、リリーサーを切りに行ってしまうことに起因する。インテンショナルはどうしても、それが出やすい。今のところの解決法は、アンインテンショナルを常に目指し、どうしても切れないという状況で切りに行くこと。それで結果的には8割がインテンショナルになる。まあ、このあたりはインドアの課題だ。仕上げに6射、54。これでちょうど試射を入れて90射。3限目に授業なので、時間的にもこのくらいがいい。帰宅して、久しぶりに三階から運んだボウケースに弓を収納。数年前から弓具は一般荷物扱いになっている。全日に出ていたころは、手運びの特別荷物だったが、今はそうではない。ケースはコンパクトなものだが、ハードケース。弓を布テープで固定した。隙間にクイバーやベルト、サイトケースなどを収納し、プチプチのあるビニールでくるみ終了。矢はこれも弓に当たらないような箇所、上下二箇所に。中央だとガイドバーに当たる。その他に布製リュックタイプの小さなスーツケースに雨具、双眼鏡などを収納した。普通のスーツケースと合わせて3個頼むことになる。弓はレンタカーに置きっぱなしと言うことになる。今、気付いてリュックの方にタオルを3枚ほど。まあ、何か入れ忘れがあるにしても、射てないということはない。
2020.10.01
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