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何を好き好んで、1000km以上の距離を、ホテルに3泊もして、144本の射をしに行くのか、と思うだろうが、やはり楽しい。一日目は、一般道で孫のいるところに。夕食はあらかじめ寿司を買ってきてくれていた。こういうご時世だから、外食とはなかなかならない。10月で4歳になる孫はよくしゃべるようになり、「10歳になったら、ボクもお寿司とビール!」などと言って、納豆巻きと穴子をパクついていた。その後、「じいちゃん野球!」というので、やったが、いつのまにか左打ちになっていて、振りが鋭い。ちょうどいい球、といってもソフトボールより大きいクッションボールだが、を投げてやるとパカッと打ち返す。2時間半ほどいて、ホテルに。翌日は、もう一度。今度は保育園近くの公園に車で。滑り台や滑車にロープがついている遊具でターザンのようにシューッといくやつ、とかいろいろできるようになっている。やはり成長は速い。途中、新しい靴を二足、鉄砲を一つ、近くの店で買った。鉄砲はレジの会計の直前に孫がもってくる。こうなるとダメとは言えない。帰宅して鰻。寿司と鰻代は、当然だがこちらの支払いで。祖父祖母は、お金を出すものである。近所の人もみんなそうだ。食事後、自分は遠征先に移動。妻は自分のショッピングに駅前に。高速を使い、少し早めに着いたので、両親と叔母の墓参りに。この三人のおかげで、多少は余裕のある老後生活を送れているのだから、墓参りは欠かせない。その後、生まれ育った家の辺りに寄って、ホテルに。いつもよりちょっといいホテルだったのだが、キャンペーン価格で安かった。夕食をいつもの駅中の店で、と思ったのだが、なんと5時閉店。しょうがないのでコンビニ弁当。翌日の試合。結果は今の自分としてはまずまず。午前は326-301=627、午後は319-309=628。まあ、何とか選手権には出られそうな感じだ。去年、同じ試合で653を射っているので、そこから見るとよくないのだが、射の感覚は去年よりいい。1立ちで休みなく射ったので、後半は疲れたが、心配していた腰もまったく問題ないようだ。試合帰りに、六花亭に寄り、ここでしか食べられないサクサクパイを。夕食は有名なカレー店に。もう一泊して、朝6時に出発、高速。妻を拾って、一般道。途中、道の駅など、数ヵ所寄って4時半ころ帰宅。7月末の試合にもエントリー予定。もう少しいい点数を目指す。今日もこれからちょっと朝練に。
2020.06.30
今日は雨は上がりそうになく、ずっと雨の中のドライブになりそうだ。少し時間がかかるだろう。いつも立ち寄る道の駅で野菜などを買って、いつものレストランで食事して、到着はホテルに3時半。孫のところには5時くらいか。正月以来のことで楽しみだ。明日も昼食を娘夫婦のところで一緒に食べて、自分は1時ころ出発。途中、両親と叔母の墓参りをして、4時半ころホテルに。夕食はいつもの駅中の店で。明後日は試合。試合が終わってすぐ帰途につくようなことはさすがにできなくなっている。もう1泊。もういい加減疲れているから、コンビニ弁当でも買ってホテルに。月曜日は少し早起きして、妻のホテルに。その後、我が家に帰る。4日日間天気には恵まれないようだが、久々に孫と遊び、遠征試合に出て、墓参りもしてくる。4連休をフルに使っての小旅行だ。こちらの方はお休みである。
2020.06.26
今朝は、朝から予報通りの雨で、朝練はなし。昨日のうちに弓はケースにしまい、車に積み込んである。経験上、前日、前々日は、練習してもマイナスということが多い。昨日は、3,4,5,6,7の5連チャンの授業。さすがに少しばてた。本来は3,4,5だが、出張や振休などの他教科担当の授業を引き受けてこうなった。まあ、何とかなるだろうと思っていたが、何とかなった。5連チャンは多分10年ぶり以上だと思う。そういう体力がまだあるのは、ちょっと嬉しい。おかげで3年生は、試験範囲の文章の核心となるところを、1時間かけてじっくり説明できた。グローバリズムとナショナリズムは一見、対立するかのように見えるが、実は「共犯関係」にあるという内容。2004年くらいの論考だが、今でも古くなっていない。小論文も一通り、書かせたもののうち6枚を選んで、批評。何がどう悪いのかを指摘し、よい部分はなぜいいのかを説明する。これで1時間。最後の1時間は、試験範囲についての質問対応。まあ、3年生なので、5,6,7の3時間は集中力を切らさなかったが、こちらはヘトヘトである。しかし、これが自分の仕事の本領なので、徒労感はまったくない。
2020.06.26
今週は昨日の朝まで、結局は練習した。朝、4時くらいに起きてしまうと、やることがない。この4日間で、暴発が5,6本あっただろうか。自分の「暴発」の定義は、エイミングを始める前にリリーサーが切れてしまうことで、エイミングがなかなかつかない内に切れても、それは「暴発」とは言わない。現状ではフルドローしない内に切れてしまうことはない。速いと、フルドローの直後に、そうでない場合はフルドローからアンカリングまでいって、サイトを覗く前に切れてしまう。当然、矢は的の外の畳か、的紙の白いところに行く。もちろんMつまり0点。たまにうまくいって、的の中に入るが点数は「神のみぞ知る」で奇跡のように10点のこともあるが、まあ、大体は青、つまり5,6点だ。うっかり、というのもあるが、むしろ、フルドローまでが完璧すぎての「暴発」が時々ある。つまり身体がきちんと張っていて、リリーサーのバランスがちょっとでも動くと切れてしまうのだ。この時は狙ってさえいれば真ん中に入るが、狙っていないから完璧なフォームなのに0点になる。今のところは、リリーサーのトラベル調整をする気はない。エイミングの前に必要以上に身体を張らないようにするか、それともアンカリングと同時にエイミングが開始できるように、ドローイングの精度を上げるかのどちらかだ。そうなると暴発でも点数にはなる。恐らく、日曜日の試合でも暴発が数本は出そうだが、なるべく出ても8点くらいには入るようなドローイング、アンカリングを心がけたい。
2020.06.26
明日、久々の遠征に出発予定。全国的に「外出自粛要請」が解除され、首相は「これからは、制限なく、自由に外出できます」と胸を張ったが、「ちょっと待てよ、自粛を要請していただけなんだから、もともと制限なんてなかったんだろうが」とツッコミの一つも入れたくなった。結局、「自粛要請」という形で「補償」をしなくてもいい形を作り、今度は「自粛」されすぎて、あちこちのホテルや観光業が悲鳴を上げ始めたから、唐突に「要請解除」をしただけなのに、「これからは制限なく」という言葉が出てくる。ということは「自粛を要請」したのに、自分は「移動制限、外出制限」した気になっているのだ。新聞もテレビもこの矛盾を問題視しないが、お上の「要請」には無条件に従うべきだという、憂うべき「国民性」を我々は反省しなければいけない。とはいっても、自分も何だかこれで安心して孫の顔を見に行けるという軽やかな気分にもなっているのだから、やはり情けないといえば情けない。明日、午前中に出発し、夕食は孫のところで土用にはまだ早いが鰻でも。孫は「ウナジ」と言っていたが、ウナジはちょっと勘弁だ。妻は札幌のホテルに三泊。土曜日は持ち帰り寿司か何かで、昼飯を一緒に食べ、自分は遠征先に出発。日曜に試合。妻は孫のところにまた行くか、ショッピングか。月曜に朝早く出て、妻を拾って帰路に、という予定だ。1200kmほどのドライブになる。好成績は望めないが、とにかく久しぶりに遠征に行けるというだけで、何だか嬉しい。
2020.06.25
勤務先に、定期健康診断の結果通知が来ていた。何だか通知表をもらう小学生のようにドキドキするのだが、おかしかったのは、身長が伸びていたこと。ちょっと背筋を伸ばしたらそうなった。心配なこともあって、ちょっとかかりつけ医に相談しなければ、ということが一つ。調べたら、たいしたことではないようで安心はしたが、とにかく「適時適切」に対処することとし、来週遠征から帰ったら、どこかの曜日で診てもらおうという話になった。ところで、「適時適切」は、最近、国会の大臣答弁などでよく聞く。日本語として正しいのだが、どうも気になる。多分「適時適切に対処することといたします」などと言っている大臣のやっていることが、およそ「適時」でも「適切」でもないからだろう。以前は「適宜に」と言う方が多かった。話は健診結果に戻るが、歳を取れば、いろいろなサインが出てくる。定期検診の数字もその一つである。それには、対処できるものもあれば、抗っても仕方のないこともある。昨日、お悔やみに行った弓の大先輩は、96歳。大往生だ。穏やかに、眠るように静かに逝ったと聞いた。できれば自分もそうでありたいが、人の命は分からない。仕事でも趣味でも、若い頃と違って、先延ばしにすると、後からはできなくなってしまうことも多い。だから、今、できることを、そう頑張らずにするというのが、自分にとっての「適時適切」かもしれない。というわけで、これから朝練。「適時適切」にやってくる。
2020.06.24
今朝は試験の解答を書いてから。1時間だけ。まあ、最近では、よく中った方だ。3回目くらいに、5射連続10点。50mの満射はめったにない。ちょっと力んだのか、最後は狙う前に暴発、的のはるか下の畳に。まあ、こんなもんである。その後も57が2回ほど。わりと良い感じにはなっている。バランスもあまり崩れないし、崩れても10点、というのも多い。明日はどうなるか、分からない。
2020.06.23
昨日の試合は風に負け、散々だったが、それでも意識を今までよりはフォームに向けられたという収穫はあった。射ではほとんどスコープを見なかった。帰宅後、昼寝。3時間はたっぷり。娘一家と孫の夢を見る。起きてもスッキリどころか、何だか疲れている。それでも10時過ぎには就寝。今度は息子夫婦と孫の夢を。朝は3時半に目が覚めたが、ここまでグダグダと。いくらかは回復した。やはり年齢のせいなのか、ちょっと頑張っただけでも、疲れが出やすい。今週は娘のところ経由で、初遠征。試験絡みの仕事もほぼ片づいたから、ゆっくりと過ごす週にしよう。今日は6時半に整形に診察券を。11時ころ行って、例によって帰りがけにランチを。朝練は・・・どうしようか。30分だけ、射ってこようか。
2020.06.22
昨日は、我ながらよく頑張った。まず、三時半に起きて試験作成、ほぼ2時間。朝食後、朝練に、2時間半。帰宅後、午前中に再び試験作成、2時間弱。昼食は蕎麦ですませて、一階の掃除。晴れていたので、珍しく車の車内清掃。1時間半。それから、試験問題に。本日3度目。1時間で完成した。後は印刷だけだが、それは火曜日、職場で。連休中に終えようと思っていたが、4連休2日目の昨日で終了した。そんなわけで、この画面に向かう余裕も多少はできた。あと残っているのは、課題採点と、2冊ほどの読書。まあ、これは後でもいいし、もうそんなに時間はかからない。3時間もあれば十分。さて、弓の方は相変わらずなのだが、少し方向が見えてきた。「矢筋を追わない」というのは、再開したときに教わったことだが、その意味はリリースしても、まず今の射のフォームに意識が残り、自己評価をして、何点に入ったという結果を見るのは、その後ということだろうと思う。それで一昨日あたりから、スコープを置かず、ただフォームだけを入念に考えて射つ練習。それをやると、改めてフォームに実は無頓着だったことに気づく。スコープは今日は試合だから立てておくが、覗く前にフォームがどうだったのかをチェックする。いい方法は、射った後、目を閉じ、フォームを考える数秒を作ること。それから、おもむろにスコープを。弓をほぼ限界までポンドアップし、おそらく正確には47ポンド前後に。それから、レストを少しだけ右方向にずらし、シャフトが当たるのを何とか回避。リリーサーはHBCを今のベストと思われるところに調節。フェザータッチより若干重い。ドットを少し小さくする。引き尺を一段階伸ばす。Dループ交換。いろいろと、この2,3日でやってみたので、これから試合前だが朝練に。まあ、こちらも中毒症状かもしれない。
2020.06.21
しばらく、ここで何か書くのは休止して、放置することにした。来週までに試験作成など、仕事が詰まっている。朝、という夜中、たっぷり2時間ほど仕事に充てている。それから弓。これも公式戦が近いので、やれるだけの準備はしておきたい。朝に2時間。そうなると、ここで好きなことを書いてストレス発散しようにも、そんな時間はなく、かえってそれがストレスになってしまう。というわけで、再来週くらいまで、お休み~~~。
2020.06.19
6月12日の本稿で次のように書いた。英語の外部試験導入中止、国語・数学の記述式取りやめなど、土壇場でバタバタと変更を余儀なくされたセンター試験に代わる大学入学共通テストは、当初日程での実施になりそうだ。 「高校の7割希望」という見出しもある。その理由として「今後の感染状況が予測できない中で、入試日程を変更するのは不安」というのが一番多くて8割。どう見ても、おかしい。「感染状況が予測できない」=「第二波が来て休校になるかどうかわからない」のだとすれば、「日程をそのままにしておく」方が「不安」なのではないか?少なくとも「2週間以上延長すべきだ」という答の方がまともな思考である。しかし、記事をよく読むと、一番多い答えは実は「現時点では予定通りで、実施できなかった場合の予備日を明確にすべきだ」と「2週間以上延長延長」がともに31%と同数。単に「予定通り」は30%。だから、変更の必要を認めている高校が実は6割なのだ。それで、出た結論は、昨日の新聞によると1月16,17日に予定通り実施。ただし、学習の遅れのある学校に配慮し、2週間後に追試。さらに2月中旬に二回目の追試。これは従来通り、体調などの問題で本試験、一回目の追試験を受けられなかった生徒が対象となる。最初の追試は、個人の希望なのか、学校ごとの選択なのかは記事からは分からない。どちらにしても、何らかの制限がかからなければ、追試を選ぶ受験生は多いと思われる。理由はこれが初めての大学入学共通テストである、ということだ。しかも、外部試験導入や記述式問題導入を検討し、試行試験問題まで作り、モニタリングまでした挙句に、土壇場で両方とも導入を見送ったという経緯がある。しかし、試験問題内容は、センター試験とはかなり違うものになりそうだ。一回目の本試験は公開され、予備校等の分析が加えられる。その結果を見てから、追試験で受験する方が有利ではないか、という判断はすぐできる。なによりも、大体の形式が分かっていれば、試験場で慌てなくていい、という要素は大きい。ただし、一回目の追試験が本試験と同レベルで作られれば、という前提がある。センター試験では、追試の方が明らかに問題としての出来が悪く、難易度も上がっている。今回はコロナ対策としての追試だから、そういうことはないだろうと考えるのはあまりにもお人好しに過ぎる。実際、慌てて作問する作問者は、そこまで考えて作るとは思えない。彼らは「追試だからこれでいいよね」という気分で粗雑な問題を作るかもしれない。結局、すべてが曖昧なまま日程だけが決まり、いかにもコロナで休校措置を命じられた学校に配慮したように見えるが、それはポーズだけの話だ。と書けば、ここまでの現政権のやり方と何も変わらない。
2020.06.19
昨日の朝刊一面で、中学校の教師の4割が過労死ラインを越えて労働しているという調査結果が報じられた。さまざまな原因はある。保護者クレームへの対応。雑多な仕事。そして、一番の原因は部活だ。自分も40年間この仕事をしてきたが、運動部の部活の顧問だけは、最初の2年を除いて回避してきた。当時は、自分で作った新たな運動部の顧問ばかりで、いやいややっていた自分は「異端」扱いだった。運動部担当でない教員と比べると、2,3時間はたっぷりと学校に残ることになる。休日出勤も多い。練習時間を制限し、休日は休むことにすると、おそらく任せられないと思ったのか、2年で顧問はクビになった。自分としてはシメシメと思った。HR担任なら、生徒が何かしでかした時、休日だろうが、夜間だろうが家庭訪問したり、ということはあった。それは、仕事なのでしょうがないが、部活が本来的仕事だとはどうしても思えなかった。決して運動嫌いではない。自分も高校のときにアーチェリーでインターハイ全国に出場した経験もある。その時の顧問は、まったく練習に顔を出すことはなく、全国に行く列車の中で「キミが○○君か?」などと言ったのを覚えている。進学校の部活は当時そんなもので、グリー(合唱)の方は熱心な顧問だったが、練習は毎日1時間程度。後は、パートごとに勝手にやっていた。自分は、顧問がピアノは弾けなかったので、曲によっては必要な練習伴奏が役割。出番は全体練習のときだけ。それも、Nコンも朝日も(これがメインの全国大会だった)、出場曲はグリー本来の無伴奏曲。自分は、「オマエはバリトンの後ろで口だけ開けてろ」と言われたが、一応声は出していた。演奏前の音取りだけが、出番。まあ、しかし運動部、文化部両方で全国大会には出場したのである。そこからみると、勤務校の部活は、全道にすらなかなか行けない。「オレは子どもの運動会なんて行ったことない」と自慢気に言う顧問もいた。それで、全道にも行けないのか、と思ったが、さすがにそうは言わなかった。「部活」については、何度も書いてきたとおり、自分は明確に反対論者である。学校が、生徒の趣味の領域まで支配すべきでない、と考えるからだ。いくら好きなことでも、たいしたレベルの指導でもないのに、毎日長時間の練習を強要し、休日も何もなく練習させる。ほとんどの生徒は卒業後、部活でやったスポーツを趣味としていない。いったい何をしているのか、と思う。しかも、部活動は学校のやる本来業務ではないことは、法的にも明らかなのだ。授業についての指導要領は、事細かく書かれているが、部活の部の字すら書かれていない。ところが、それが教員の過剰な労働時間の主原因なのだ。どう考えても本末転倒としか言いようがない。まあ、今は週10時間の授業と特講が自分の仕事で、部活とは何の関わりもない。進路指導部長を30代でやって以来、部活動の正顧問はなかった。放送局の副顧問はやったが、役割は、朗読の批評と生徒の仕上げたドラマやドキュメント台本の批評。作品が出来ればそれも批評する。それで手直しすることもあるが、生徒の方が「いや、ここはこれでいいと思う」と言えば、「ああ、そうだね」と言うだけ。全国で3回優勝しているが、副顧問なので引率もしていない。そういう関わりだが、卒業生はよく覚えていてくれている。
2020.06.17
昨日は、さすがに疲れたので、今日は弓に関しては、完全休日。他のことは、結構要領よくやってきた方だと思うが、弓に関しては、極めて要領が悪い。点数も長らく出なかったし、ある程度、出始めて地方大会ではいつも1位、全日などにも出られるようになると、今度はやりすぎてターゲットパニックに罹ることを繰り返した。今は、少しずつ、そこから回復しつつあるが、今日は休むことにした。射型と同じで、練習も「突っ込み過ぎる」きらいがある。今、取り組んでいるのは、一つは「引き続けること」。フルドローからアンカリング、エイミングというところで、一回一回引くのを止めてしまっていることに気づいた。特にエイミングは、一度止めてから、「さあ、引きくぞ!」という感じで再始動していた。そうではなく、的を狙いつつ、引き続ける。もう一つは、リリース、つまりリリーサーが切れる瞬間をできる限り、「コントロールする」こと。引き続け、エイミングし続けて、最後は「押し手を柔らかく、かつ、的方向に強く押す」。この時も、もちろん引き続ける。そこにリリースの瞬間をもっていく。そして最後は、切れた後も、「フォロースルーを確かめる」意識。引き手の、後方への「抜け」、押し手が「残っている」こと、などを確かめる。そのために、スコープを、その6本は覗かないということも必要だし、ある程度フォームチェックができていれば、1本ごとの微妙な中りの違いを確認することもある。時々、フォームとしては問題がないのに、中りが7点くらいまで外れることがある。たいていは上方向。下方向の場合は、「あっ、押し手が落ちた」という意識があるから分かる。上方向は、分からない。ということは直しようがない。同じフォームで射ったつもりの次の矢はちゃんと黄色に入るから、なおさら分からなくなる。これは、かなり困った問題だ。弓のセッティングかも、と思いレストを少しずつ動かして確かめているところ。さて、こう書いてきて、課題が再整理できたので、今日はこれから試験問題でも作ろうかと思う。
2020.06.17
昨日は、朝練後、整形に。その後、例のアベノマスクと引き換えた500円券を持って朝市に。500円メニューは丼物で、いろいろあったが、海鮮丼に。刺身は薄く、少量だが、まぐろ、サーモンなどが思いのほか美味かった。二人で駐車料込で800円。これは安い。年金の記帳も済ませ、妻の初年金と合わせると、やはり例の2000万円問題で示された標準家族の平均月収よりは少し多い。仕事を辞めれば職域加算分があるから、さらに2万くらいプラスになるが、まあ、しばらくは、この条件で働き続けたい。夕方、再び射場に。大分よくなった。予定以上に射った。100射。今朝は、雨の予想で降らないうちにと思って4時半に射場。また100射くらい。どうやら、ターゲットパニックから回復する途上のようだ。段々、狙えるようになっている。最後の一押しがポイントだ。今日は午後からの勤務。一番、きつい日なのに、朝から疲れている。
2020.06.16
朝、60射のみ。少しいい感触を掴みかけてはいる。顔向け、押し引きのバランス、重心。夕方、雨でなければもう一回。
2020.06.15
昨夜は久しぶりに、職場の同僚5人と飲み会。蕎麦が美味しい居酒屋。土曜日ということもあり、結構な人出だった。感染防止のこともあり、比較的大きな小上がりにゆったりと座る。創作料理がメインだが、一番おいしかったのは揚げ茄子の煮びたし。いももちも美味かった。車で行ったので、ノンアルコールビール。実はこのメンバーで飲むのも、ちょっと飽きていたのだが、新人が一人、といっても勤めたばかりのころの教え子だったので、まあ、たまには参加してみようかという気になった。職場の仲間と職場の話をするのは、基本的に面白くない。結局は誰かの悪口を言っているだけなので、「へえ!」ということがないのだ。やはり、楽しいのは滅多に合わない弓の仲間との飲み会である。まあ、しかし、久々の歓楽街で、気分転換にはなった。帰宅すると、母が生前お世話になった、これも卒業生のヘルパーさん。いろいろとあって、しばらくぶりだった。今は障害者施設の所長か何かをしていて、たいしたものだな、と思う。すっかり寝るのが遅くなったが、朝は4時台に目が覚める。これから、仕事の準備をちょっとして、試合前よりは早く射場に行って、交換したDループの調子を確認する予定。試合といっても、内輪の練習試合。一射一射、課題を発見し、解決しながら射てればそれでいい。
2020.06.14
昨日の胃カメラ。前回は少しだけ糜爛(びらん)があったので、そこを切除して精検に出し、問題なしだったのだが、昨日はそれすらなかった。院長曰く「何もないですね、きれいなもんですね」と。それでも、また6か月後に予約が入り、放射線の方は念のため肺のCTを3か月後に、ということになった。胃を全照射したので、まれに肺に影響が出るケースもあるのだという。まあ、保険診療で人間ドッグをしてくれるようなものだから、文句はない。昨日は、無事のお祝いに、というか最近病院に行くたびにご褒美とかお祝いにかこつけて好きなものを買ってくるだけのことなのだが、ケーキを5個買って帰る。5個で1000円という格安な値段。もともと1個270円という安い店なのだが、さらに安い。味は悪くない。普通のケーキ屋よりは美味しい。「やっぱり、オレのお腹は真っ白だったね!」と帰宅。昼から随分眠ってしまった。思うに胃カメラの麻酔がまだ残っていたのだろう。おかげで休養十分。今朝は少したっぷりと練習予定。
2020.06.13
昨日の大学入学共通テストをめぐる問題で、もう一つ書いておきたいことがあった。それは、休校が長くなった状況で、オンライン等の対応ができた高校(都会の私立進学校)とそうでない高校(地方の公立校)との間で、学習格差が広がっていて、不公平だという例の論調である。これは、機会さえ平等に与えられれば、結果も平等になるはずだという、完全に間違った先入観である。まず、高校は、入学時点で入試があり、教育困難校と言われるレベルから地方の進学校、首都圏を中心とした中高一貫校まで、歴然とした格差の中にある。仮に進学校で授業が半年止まり、底辺校でその半年きちんと授業をしたとしても、まったく学力格差は埋まらない。進学校の生徒は予備校やオンラインサプリや自学自習で学力を上げ続けるし、一方授業をきちんとやっても底辺校の生徒は、教科書を家に持って帰るなどという基本的な学習習慣すらなく、従って予習も復習も行わないのが普通だからだ。しかも授業レベルはおしなべて低いので、学力はつかない。こういう現実を無視して、不公平を声高に主張するのはどうかと思う。いや、地方の公立進学校と首都圏の私立校の話だというなら、今は、例えばスタディサプリなどの優れたオンデマンド教材がある。一か月の使用料はわずか1000円である。今は無料になったが、一昔前の公立高授業料よりはるかに安い。スマホがあれば受信はいくらでもできる。無料WIFIがあるところなら通信料は無料だ。それよりも何よりも、何にしろ受験勉強の中心は自学自習であり、適切な参考書さえあれば、受験勉強などいくらでもできる。進学校でも公立校はどうにもならない授業をする教師も多いのだから、自分で勉強するのは常識である。あの授業は内職、と決めてかからないと受験には間に合わない。そのどうにもならない授業がストップするのだから、地方から東大などを目指す能力ある現役生にとっては、この長期休暇はむしろ絶好の機会だったはずだ。そもそも大学という呼称に相応しい大学に入学するためには、自学自習の力がなければ、できない相談なのである。学習格差を主張する一連の議論は、国民一人ひとりに平等に10万円を給付せよというさもしい平等主義とよく似ている。コロナで苦しむ人が一方で確実にいるのに、みんなが苦しい思いをしているのだから、10万寄こせというさもしさである。実際に「苦しむ」のと、「苦しい思いをする」のは天と地ほど違うということが分かっていない。それを裏返せば、教育機会が不平等だから受験も不平等になる、という議論になる。少なくともあるレベル以上の大学に受かるのは、能力と努力と意志力と運が必要で、学習機会の平等などは二の次だということを認めなければならない。
2020.06.13
今日は半年ぶりの胃カメラ検査。「寛解」から1年だが、あとしばらくは半年に一回の胃カメラは必須である。もう大分慣れたので、どうということもないが、面倒は面倒だ。さすがに今朝は朝練はなし。検査が終わったら、ちょっと遠出していつものアップルパイを久しぶりに買ってこようかと考えている。あと1時間で病院に。11時くらいには終わるだろう。
2020.06.12
英語の外部試験導入中止、国語・数学の記述式取りやめなど、土壇場でバタバタと変更を余儀なくされたセンター試験に代わる大学入学共通テストは、当初日程での実施になりそうだ。「高校の7割希望」という見出しもある。その理由として「今後の感染状況が予測できない中で、入試日程を変更するのは不安」というのが一番多くて8割。どう見ても、おかしい。「感染状況が予測できない」=「第二波が来て休校になるかどうかわからない」のだとすれば、「日程をそのままにしておく」方が「不安」なのではないか?少なくとも「2週間以上延長すべきだ」という答の方がまともな思考である。しかし、記事をよく読むと、一番多い答えは実は「現時点では予定通りで、実施できなかった場合の予備日を明確にすべきだ」と「2週間以上延長延長」がともに31%と同数。単に「予定通り」は30%。だから、変更の必要を認めている高校が実は6割なのだ。新聞は、明らかに見出しで誤った誘導をしている。なぜなのか。それは高校側より、大学側の事情に斟酌しているからだ。1月16,17日という予定を動かせば、私立大学の入試日程も大きく動く。私立は最大の受験生確保のために、各大学が調整し日程を決めている。それを動かすと、受験生減少は避けられず、大学の大幅な収入減に直結する。その証拠に、関連記事では大学はほとんど日程変更なしを歓迎している。そして現政権は、大学に十分すぎる斟酌をするのは、加計問題ではっきりしている。文科省が、「変更」ではなく「予定通り」の方に議論を誘導していくのは、9月入学の件を見ても分かるように、いつものやり口だが、これはちょっとひどすぎる。もし、新聞が文科省の発表を鵜呑みにせず、「変更容認・実施不能な場合の予備日設定6割」という見出しをつけていれば、世論もその方向に動いただろう。
2020.06.12
昨日は、疲労も溜まっていて、5時から1時間だけ。6本の試射の後点取り。322・・・最後に49を射ってしまった。そこまでは54~56で安定飛行だったが、最後57なら今季初の330ということが分かっていて、力が入ってしまった。まだ、リリースの感覚が毎回バラバラで、うまくつかめない。リリースに関しては、コントロールできない状態。無意識の射は理想なのだが、そのためにはエイミングがいつまでもできるという状態が必要だ。それはできない。今日は7時くらいから雨の予報で、さらに早く、これから射ちにいく。今日3時間の授業で今週は終了。こちらの方も何とか乗り切れるようだ。朝練で具体的な課題が見つかる。まず、点取りをして、ダメだったところを選び、その改善をしばらくしてからあがる、というパターンができてきた。点取り後は、10本射つ。黄色に全部入り、10点が半分というのが理想だが、実際は黄色8本、10点3本がいいところだ。ただ、この練習は、集中度ではなく、あくまでもフォームチェックが目的。今のやり方で後2週間、朝練を続ければ、少しは成果が出るだろう。朝練のせいか、昼間、眠たい。昨日は滅多にないことだが、昼食後の昼休みにうとうとしてしまった。2,3分だと思うが、少し回復した。帰宅後、妻とドラマを見てから、昼寝。なかなか起きられず、6時半まで。2時間はたっぷり。まあ、そういう時間があるのはありがたい。そろそろ明るいから、射場に。
2020.06.11
今週から、通常の授業体制にやっと戻った。昨日は、午後からだが、授業2時間と特講2時間。まあ、たいしたこともないのだが、実際は終わった後はへろへろだった。特に特講は疲れる。やはり、休みが続きすぎて、授業する身体がすっかりなまってしまったことが大きい。また、今はほとんどこちらで説明するだけの授業で、生徒の発言を求めたり、話し合いをしたくてもできない。その代り、提出させた課題を採点するから、これも結構時間がかかる。さらに、マスクである。マスクをつけながら話すと口の周りの体温が上昇し、10%ほど余計に体力を使うのだとか。そんなわけで、かどうか知らないが、朝方、足が吊り、例の68番を飲んだ。漢方だが、即効性がある。すぐに治ったが、やはり疲労が蓄積している。今朝もこれから射場に行くが、今日は50本くらいでやめておくことにする。昨日は、わりに調子が良く、329が出て、ついつい100本。それもへろへろの一因ではあるが、これは遊びなのだから理由にしてはいけない。今日は2時間の授業と、間に会議が1時間。昼を挟むから弁当持参。弁当はこのところ自分で作る。面倒だから、楽にできるものか、焼きそば弁当。
2020.06.10
例の特別給付金10万円。我が家は20万円ということだが、6月1日に入金されているようだ。おしらせは来たが、まだ記帳していない。庶民にとってはやはり小さくない臨時収入で、このところ近所でも職場でも話題の種の一つだ。現政権がやったコロナ対策で唯一支持されているのはこの政策だ。前に論じたように、自分はこの政策には反対である。コロナで別に困っていない人(我が家もそうなのだが)に10万円を給付するくらいなら、真に困っている人に給付する金額を増やせばいい。といっても、別にもらわないわけではないし、それをどこかに寄付するわけでもない。今、心配なのは、政権維持のため、もう一度このバラマキを政府が画策することである。現に「一回だけの給付では不十分だ」などということを言いだすマスコミや国会議員も出てきている。しかし、よく考えてみれば全国民が10万円を手にしたということは、誰も豊かになっていないということではないのか。貨幣の流通量が一気に増えたのだから、その分物価が上がるというのが単純な考え方である。紙幣を刷り続ければハイパーインフレはどこかの時点でやってくる。米5kgが10万などということになれば、10万をもらって喜ぶバカはみんな泣きを見る。二回目の一律給付がもし実現してしまったら、三回目も、四回目もということになるだろう。「特別」が「普通」になる。それでもいいではないか、というのがベーシックインカムという考え方だ。例えば10万円を、毎月、国民一人に給付するという政策である。さてそうなるとどうなるか。4人家族で40万円。これは国民の年収の平均値に近い。働かなくても普通の生活が送れそうだが、絶対そうはならない。ハイパーインフレでなくとも、公共サービスの料金は確実に上がるし、上げやすくなる。250円の電車代が300円、500円と上がっていくだろう。電気、水道も同じだ。10万の分だけ、生活インフラは受益者負担で、ということになる。だから、その倍くらいは稼がないと普通の生活はできない。あわせて30万。年金世代ならまあまあだが、現役世代はそれでも足りないだろう。4人家族で70万の月収といえば、リッチに思えるが、決してそうはならない。まず、所得税は格段に跳ね上がる。子育ての費用も再び有償化に向かうだろう。電気ガス水道、通信、すべて上がる。一方で、生活弱者に対する救済はほとんどなくなるだろう。まず、生活保護はBIがあるから不要になる。高額医療制度も同様だ。民間の保険料も上がる。結局のところ、BIによって暮らしが立ちゆかなくなる人の方が、暮らしが楽になる人よりはるかに多くなる。いっぺんにそうなることが見えれば、政策は実現しないから、徐々にそうなる。BIが導入されて5年後くらいに、子どもが大学受験、その時受験料は10万くらいになっている。授業料は国立でも年間150万、つまり本人のBI分すべてでも足りない。私立なら文系でも400万。マンションを借りれば月に最低で25万。生協の学食は1000円以下では食べられない。しかもBI導入以後、学費免除、給付型奨学金はほぼ姿を消している。そんなことなら、高卒で働いてBI込みで30万の月収を得た方がいい。大卒大企業ならBI抜きで50万はもらえるのだが、大学も大学院の2年をプラスして6年が普通になっているし、親の年金収入は現役世代の30%くらいにしかならないし、とてもじゃないが、大学には進めない。つまりは、BIは格差社会をさらに深刻なものする。
2020.06.09
昨日は、朝に射場。一昨日最終エンドのいい感じを追求したくて行ったのだが、どうもイマイチ。今朝、もう一度出かける予定。これから毎週、練習試合を、ということになった。やはり笛が鳴って一斉に射つのは、ただの練習とは違う。その後、整形。このところ金曜日には定期検診や胃カメラ検査が入っていて、整形の方は毎週月曜日にということになっている。11時ころ出かけて、12時過ぎに終了。ここは朝6時半から、診察券を出して予約の番号をもらう仕組み。昨日は18,19番。結構混んでいた。待合にいる人の中で、番号の早い人から診察するシステムだ。朝はまったく辛くないので、自分たちには好都合である。このところ、ひと月ほど、整形の後はどこかでランチということにしていて、昨日は天丼。いつも行くホテルの和食の店。30%OFFの券があり、天丼定食二つで1500円。茶碗蒸しなどがつき、デザートにケーキ、コーヒー。安い。味もまずまず。やはり結構混んでいた。ただ病院に行ってくるという一日にはしたくない。もう一か所寄ろうか、ということになる。例のアベノマスク。ついこの間届いたのだが、あちこちの店でマスクはもう購入可能で、しかも値崩れまで起こしている。本人は「アベノマスクのおかげで供給が十分になった」などと負け惜しみを本気で言っているらしいが、学年最下位の子どもが「俺のおかげでみんな一つ順位がいい」と威張っているようなもので、へ理屈にもならない。「遅きに失する」の典型である。先週広告が入っていて、市場の店で、アベノマスクを500円のサービス券と交換で引き取るということだった。そこの二階はワンコインランチを出しているそうで、次の月曜はそこだね、ということになった。ということは、二人で500円。今週よりさらに安い。そんなわけでアベノマスクは、市場の500円サービス券になった。マスクについて言えば、どこにも売ってなかったころに、150枚知人からいただき、本当にありがたかった。まだ、それが残っている。夏も近いし冷感マスクでも買っておこうかと思う。我が家で実践している「新生活様式」は外ではマスクをするくらい。アベノマスクは何の役にも立たなかった。あれより、もらったマスクの方が格段にいい。帰りに生協に寄ると夕張メロンが出ていた。5個の箱を買い、娘と息子のところに二個ずつ送った。まだ出始めでちょっと値が張ったが、品物があるうちに送らないと。それでも観光市場の半額以下である。第二次補正の審議に入ったが、予備費10兆円が問題になっている。10兆円をちゃんと使ってくれるという信頼はゼロなので、問題になっているが、予備費は予備費として必要だ。しかし、人気取りのバラマキ10万円やアベノマスクにしか使わないような政府だから、みんな心配するのだ。できの悪い二代目社長が、運営資金に手を付けてしまって慈善事業に寄付するみたいなことで、それで喜ぶバカもいるにはいるが、会社が潰れては何にもならない。
2020.06.09
昨日の試合。スコア的には散々だった。313-299=612これでは、どうにもこうにも・・・2ラウンド目は、M2本。1本はふっと戻った時に、リリースしてしまったのだが、もう1本が分からない。完全にエイミングして、しかもいい感じでリリースできたのだが、矢は畳をはるかに超えて、的場の屋根にカーンという音とともに刺さった。レストダウンではない。矢を番えちがえたのか?とも思ったが、それにしても上すぎる。カムが少し緩んでいたのを、後から発見してとりあえず直したが、1本だけがそうなるはずもなく、これはいまだに謎のMである。収穫はあった。2ラウンド目の最終エンドで58。まぐれという感じはなかった。何というか理想的な重心で立ち、理想的なタイミングでリリースでき、フォロースルーも完璧だった。これが、できれば言うことはない。
2020.06.08
世間では「テレワーク(在宅勤務)」という言葉をよく聞く。今まで出社してやっていた仕事を自宅で、ということだが、昨日の8時からの、コロナ後の「働き方」をテーマにしたNHKの番組では、テレワークで能率が上がったという人は少数派だった。初めての経験で、そもそも家庭が仕事場所という想定で作られていないことを割り引いても、能率が上がった回答は20%くらいで意外に少ない割合だった。65%は下がったという。しかし、大企業を中心に、テレワークは今後、かなり普及していくだろうと思う。企画書などは在宅で作成できるし、会社に送信すればそれでOKだ。おそらく、電子サインがさらに普及し稟議書の印鑑などは不要になる。数人で組んでする仕事だとしても、オンライン会議でほとんどは事足りる。ただし、重要な決定になればなるほど、実際に顔を合わせての喧々諤々の議論が必要で、経営意思の決定などは、テレワークとはいかないだろう。つまり幹部社員は、会社で長時間の会議、平社員はテレワークという奇妙な光景が現れ始める。労働時間については裁量労働制が多くなるだろう。テレワークで、勤怠管理を行うのは不可能に近く、結局は、先の企画書のような労働の成果物で勤務を認定するほかないからだ。そうすると、個人の能力差が仕事に反映される。高い能力があれば、短時間で成果物は作れるが、能力が低ければ、それこそ一日中かかっても仕上がらず、徹夜で、ということにもなりかねない。最近よく使われる「エッセンシャル・ワーク」とは、社会を根底から支える農業、モノづくり、保育、教育、医療、介護などの分野を指す言葉だが、共通の特徴はテレワークは不可能ということだ。今、起こっているのは、例えば休業しているホテル従業員が、技能実習の外国人労働者の穴を埋める形で農業に従事するなどという一種の労働移動だが、この稿で論じたように、今は臨時的に起こっている労働移動が、コロナ後は常態化すると思う。問題は、このような「現場仕事」はおしなべて低賃金であることだ。おそらく、保育、介護の賃金は、コロナ以前からの重要政策だったから上がっていくだろう。農業や工場労働、運輸などは最低賃金付近に留まる。いずれにしても、公務員や大企業社員に比べると低い水準であり、裁量労働制にはならない。息子は今、大学教員だが裁量労働制である。帰宅は大体9時くらいのようだ。その代り、朝はゆっくりできて、スーパーで買い物をしてから出勤などということもあるという。「研究」は時間がかかるし、いくらやってもこれでおしまいということもない。裁量労働制が合っている。嫁さんは今どき珍しい専業主婦だが、いずれ仕事に出るだろう。娘の旦那さんは、準公務員的な研究技術職で、基本的に「9時・5時」の働き方。娘の方は、フリーランスといえばそうだが、週3~4日三つの歯科医院で働いている。いずれも、声をかけられ、腕を見込まれてのことだ。だから時給は高い。孫は0歳から保育園。自分は、週20時間ということだが、労働時間管理はまったくないので、週に3日、どうしてもしなければいけない授業7時間と特講3時間以外は、拘束されない。時給換算すれば、結構高い。だが、半裁量労働みたいなもので、昨日も昼に課題採点を自宅でしていた。そもそもセミリタイアの給与だから、年金の方がちょっと高いくらいの安月給である。しかし、自分としては、これが今のベストの働き方だと思っている。ワークライフバランスでいえば、ワーク2、ライフ8くらいだ。コロナ後の日本社会は、働き方が多様になり、能力の高い者は働き方自体を選ぶことができるようになる。収入とそれを得る時間を考えて、テレワーク中心の余暇時間の多い働き方を選ぶ人が増えてくるのではないか。それでも平均以上の収入は得られるから、旅行や趣味の時間もたっぷり使うことができる。一方で、時間単位で労働力を切り売りしなければならない労働者も依然としてなくならない。ただし、保育、介護などはシフト制で働くが、他の仕事よりも極端に低いということはなくなる。総じて、仕事は賃金よりも、それ自体のやりがいで選ぶ時代が来るだろう。もちろん、やりがいのある仕事を選ぶためにはそれなりの努力と能力が必要だということは、これまでと何も変わらない。
2020.06.07
昨日は、朝5時半から8時まで射場に。その前に、もちろん朝食。睡眠時間は大体5時間。ちょっと足りないが、昼寝がほぼ毎日あるからこのくらいでいい。練習を終わって、帰宅後少しウトウト。居間のソファで1時間弱。「昼寝じゃなくて朝寝だな」などと言う。しかし、これで睡眠不足は解消したと思った。午前中に畑のエンドウの竿を立て、弦が絡むようにする。去年は、そういうこともしないで後から大変な目にあった。畑の「師匠」と呼んでいる隣家のご主人がやってきて雑談。いつも行っている牛乳屋が経営しているソフトクリームショップが、やっと再開したという話を聞いて、早速出かけた。いつものようにモカミックスをハーフで二つ。いつもと違って、コーンなしだった。後はコロッケを4個買って帰る。しばらくはイートインができないそうだ。昼飯は、コロッケとパン、サラダ、コーヒー。朝食みたいだが、朝は昨夜のカレーライスだったので、ちょうどいい。食後、シーズン5まで進んだ海外ドラマ『グッドワイフ』をみて、ベッドに横になると眠気が・・・また1時間眠ってしまった。昨夜も9時くらいには入眠。今朝は3時に目が覚めた。やることもないので、冬服を整理。朝食を5時くらいに食べ、いつもなら朝練なのだが、今日は試合。あまり射ちすぎても体力が尽きてしまうから、試合の1時間前くらいに出かけて、ちょっと練習と思っている。何だか、睡眠が少しずつ何回もという感じになってきて、これはやはり生命力が衰退している徴候なのかな、と思う。
2020.06.07
アメリカでは、黒人を警官が殺し、抗議のデモが世界的に拡大している。中国では、香港の一国二制度を壊す法律が採択され、これも欧米を中心に強い非難の声明が出ている。日本では、東京都などを中心に生活保護申請が急増し、住居を失う人たちが増えている。世界中で二極分化がいよいよ進む気配だ。コロナはグローバリゼーションの流れを止め、自国中心主義を強めた。その同じ自国内でも、人々は人種や地域、経済的状況によって、より深く分断の楔が人々の間に打ち込まれつつある。グローバリズムやそれが支える経済至上主義には賛成しないが、適度なインターナショナリズムや社会的富の生産と蓄積がなければ、経済は停滞する。4月の消費は11%の落ち込み。人がお金を使わなくなってきている。そうすれば、仕事を失う人がまた増える。人々は閉塞感の中、狭い国内でいがみ合い、いや、むしろ多くの場合は、互いに無視し、結果として分断されていく。一端そうなると、各人は自分の生活を守ることに汲々として、誰にも助けの手をさしのべなくなる。ポストコロナは格差拡大をもたらすと前に書いたが、事態はそれよりも深刻かもしれない。格差拡大の中では、ともあれ最下層にまで落ちたくはないというモチベーションが人を動かすが、格差が固定化することでもたらされる分断は、もはや自分たちのソーシャルクラス内での問題にしか、関心を払わない状況を作り出す。一億総中流ならそれでもいいが、そんな時代はとうに終わっている。大卒社会人の正規雇用者は、ほぼ非正規の非大卒社会人にはまったく関心を持たず、毎日接するメディアや衣食住の様式もが、相当違うことになる。どういう家庭に生まれたかによって、教育の質と量が大きく違い、それを起因とする格差が社会人になり家庭を持ってからも続き、老後まで続いていく。おそらく日本社会は、ごく一部の富裕層、3割ほどの中流層、7割の下流層の三極への分化が、ポストコロナでは加速度的に進んでいくだろう。国民共通の娯楽や関心事は、次第に失われていくことになる。ひょっとすると日本語自体も、書き言葉と国際共通語としての英語が核になる中流層の日本語と、話し言葉が核になる下流層の日本語に分かれるかもしれない。そうなると、言語は思考内容そのものなのだから、まったく異なる精神性をもった二つの階層ができあがることになるかもしれない。
2020.06.06
昨日の定期健康診断。特段、変わったこともなかったが、視力がちょっと落ちていた。そろそろ眼科に行って、きちんと測って、遠近を買おうかと思っている。そういうわけで練習は夕方に。5mくらいの風が出ていた。このくらいでも自分はきつい。風に弱い方だ。昨日書いたピープを遠目に見ること、そして手の甲を伸ばすようにして引き、リリースすることの2点だけ。72射。629。点数としては、箸にも棒にも、という感じだが、風で苦しむことがほぼなかった。打ち損じはもちろんあったが、その都度理由は分かる。打ち損じの確率を減らせば、点数は出てくるだろうという気がする。それよりも何よりも、この程度の風ではあるが、風に悩まされず射てたのは初めてと言っていいほど楽に射てた。リリーサーはSTAN、HBCの二本を試したが、変わらない。引いて、手の甲を伸ばす。薬指が引っかかる。その時、ピープを少し遠目で見るようにする。・・・これだけである。今朝は少し早めに練習に。たっぷりと射ってきたい。
2020.06.06
同心円の狂いは、悪い癖である顔が突っ込むことも一因だった。だから、ピープを覗くというより、遠目で見る感じ、顔をむしろ引く感じでリリースまでもっていくことが有効である。実際、昨日やってみると、まずまずの中りが戻ってきた。明後日は、非公認だが今季初戦。久しぶりの試合だ。点数はともかく、練習通り射ちたい。
2020.06.05
一週間フルタイムで勤務したが、やはりマスクをつけての授業はなかなかきつい。まだ22,3℃の室温だからいいが、これが夏になったらどうなることか。気が重い。そんななか、職場にフェイスシールドが届いた。着けてみると妙な感じだが、少なくともマスクよりは湿気がこもらず、幾分かはましかもしれない。来週はこれでいこうかと思う。案の定、1学期は8月1日まで延びて、そこから5日間の夏期講習。実質的な夏休みは10日ほどしかない。3,4,5月とほとんど授業もなかったので、当然だ。そもそも週休4日なのだから、文句を言ったら罰が当たる。どうやら今月末の遠征もできそうだし、弓の方は遅々として向上しないが、まあ、楽しく射てるだけ幸せというものだ。今日はこれから健診。胃カメラが来週なのでバリウム検査はなし。終わったらちょっと職場に寄り、連休中の仕事を持って帰り、射場にも寄ろうかと思っている。
2020.06.05
今週から、通常の仕事に戻り、たいしたことはないのだが、3,4月に比べると、やはり少々は忙しい。昨日は、朝練→帰宅→一階掃除→弁当作り→出勤どいう流れで、久しぶりにここに書くのを休んだ。夏は朝練を優先するから、ここは休みがちにはなる。同僚の話では、給付金振り込みがあったそうで、我が家も1日給付振込の案内があったから、多分振り込まれているのだが、今度記帳しようということになっている。給与、クレジットや公共料金引き落としの口座で、メインの口座なのだが、生活費の現金部分は郵貯である。だから月に一回記帳にいくだけ。わざわざ20万円の給付を、すぐに確認に行くこともない。明日は職場の定期健康診断。さすがに「自粛」生活で、少し体重が増加しているが、そういう人は多くいて、これを「コロナ太り」というそうだ。経済対策の一つである「持続化給付金」をめぐってその支給を請け負った「何とか協議会」が97%を電通に丸投げ、電通はさらにパソナなどに下請けさせたことが、今、問題になっている。こんなところで「コロナ太り」を企む輩もいるわけで、やっていることはマスク転売と本質的に変わらない。通常の勤務に戻っても、昨日だと10時出勤で3時半には帰宅。それほど忙しくはないのだが、一日をどう過ごそうかと考えていた先月に比べると、それでもやはり忙しい。しかしこれを「多事多忙」と言ったら叱られそうなので、「少事少忙」というのが正しい。
2020.06.04
コロナで最も速く閉鎖措置が行なわれたのは、学校休校である。世界的に見ても、その措置はどこでも比較的早くしているようだ。本稿では、このことに関しては、何度か疑問を呈してきた。インフルエンザなどの感染症では、クラス、学年、学校全体の閉鎖の要件は、これまでの蓄積でほぼ決まっている。コロナに関しては、今でも児童生徒の感染は全国ニュースになるほど例が少ない。しかも、重症化する確率は、高齢者に比べて非常に少ないということも分かっている。にもかかわらず、3月の時点で、日本中の学校が休業した。なぜ飲食店の休業要請や、市民の不要不急の外出自粛、テレワークの推奨などに先立って、真っ先に学校が休業の対象になったのか。二つほど、理由があるだろう。一つは、学校がいわゆる「三密」ができやすい環境だということだ。北九州の学校では同一クラスの5人の感染が確認された。子どもたちは、放っておけば対人距離を保つことなどしない。大声で騒ぐし、体ごと遊ぶ。特に小学校ではそうだろう。もう一つは、このことの方が本質的だと自分は考えるのだが、社会の中で学校が一番休業させやすいからだ。文科省の通達は絶対であり、都道府県教委は現場にさらに通達を出し、それが「要請」であっても各校の校長は「至上命令」として確実に実行する。会社などと比べれば、すぐ分かるが、組織体としての学校は軍隊に近い。ともかく、学校は今までにない長期間の休みを余儀なくされた挙句、最近になってようやく「学習保障」というこの問題の本質的核心からの議論がなされてきた。9月入学制もその一つだったが、これは論点がはぐらかされ、ぼかされてどうやら沙汰やみである。今は、少し落ち着いているので、夏休み等の短縮で、この問題を解決しようとしているが、第二派、三派の襲来があれば、もうどうにもできないだろう。東京都は、第二ステージが始まったようだが、学校再開は6月1日から全国的に行われる。そもそも、なぜ感染者ゼロや非常に少ない県まで、休業しなければならなかったのか。「子どもたちの命を守る」というと誰も反対しないが、そもそも子どもたちはインフルエンザと違い、あまり重症化しない。学校教育は国家の管理下に置くという近代国家の成立以来変わらない構造があり、その中では「一斉」が何よりも重んじられる。感染者数のほとんどいない地方の学校でも、元気で体力が有り余っている子どもたちがひと月半もの間、自宅軟禁状態になるのは気の毒なことだったが、それを可能にしたのは、学校という組織の「軍隊性」という他にはない特質による。また、権力の側から見ればその軍隊性の故に、権力をふるいたくなる組織が学校だったのだ、ということになる。さて、ポスト・コロナでは、さまざまな変化が社会に起こるだろうと言われているが、学校はどう変わるのか、変わるべきなのか。このことについては、いずれ何回かに分けて論じてみたい。
2020.06.02
アウトドア射場の開場以来、毎日朝練に出かけている。昨日でちょうど一週間。昨日は朝2時間、夕方30分ほど。朝の課題を夕方に確認する、という感じ。夕方は11本、あるだけの矢を射った。最後は黄色に10本、半分は10点、8点1本と上出来だったが、その感触を今朝もう一度確かめたい。フォームは前かがみになりがちで、それが同心円の崩れを大きくしているのではないかと思い、2,3日前から、腹を突き出して射つフォームにしている。リリーサータイミングが変わってしまい、ちょっと調整に苦労している。昨日はSTANでやってみたら、意外に安定した。STANもHBCもトリガーレスで、フックの位置はそう変わらないので、同じように射てる。同心円は崩れが小さくなっている。エイミングは以前よりはずっと付くようになった。最後の意識は、引き手の後ろへの抜けと押し手の発射後の保持。思ったより早く、フォームの模索から安定に向かえそうな感じだ。今日は、5時から朝練予定。雨はどうやらやんでいる。
2020.06.02
全面解除から一週間。前倒しで、本来は今日からが解除のはずだったが、一度タガを緩めれば、次のタガはそう簡単には締められない。北九州市での感染者増大を、「第二派」とは言えないと政府は言っている。そう言ってしまうと、解除に水を差すことになり不都合なのだろうが、どう呼ぼうが呼ぶまいが、事態は変わらない。今朝の新聞で驚いたのは、スーパーのちらしが復活したこと。地元のハンバーガー店のも入っていた。33%引きだそうで、それならテレフォンオーダーで久しぶりに食べてみてもいい。「新日常」といっても、マスク、対人距離などが主な内容だ。昨日のニュースでは航空機の真ん中の席は予約が取れないようにしてあるそうだ。いずれにしても、客足は少ないから、それでも埋まらないだろう。満席便がなければ、経営は成り立たないのだから、苦肉の策としか言いようがない。「新日常」は、経済的には縮小の均衡点を探すということだ。どの程度まで「自粛」すれば、何とかもつのか。個々の会社にとっては、そこを探すことである。ネットで商談が進められるなら、それでいい。「対面しないと始まらない」という職種は、実はそんなに多くないのではないか。「接待」など「不要不急」の典型である。そう考えると、今まで「必要」とされてきたことの必要度が洗い直されていく。例えば、専門的知識も持たず、ただ客との関係を築くことで成立していたセールスという仕事が、成り立たなくなるかもしれない。お茶などの趣味の分野では、茶席そのものが「密」だから、当分は開けないだろう。テレビではボーリングする姿が多く放映されたが、あれは非接触型のスポーツだから、そもそも「密」ではない。弓もそうだ。映画も特に問題はなさそうである。少なくともパチンコよりはいい。「新日常」は、単に生活上の振る舞いの問題ではなく、仕事を奪われたり、趣味の世界がなくなったりするウィルス同様、横暴で過酷な世界である。
2020.06.01
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