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真済はその後も高尾山中で法力を磨きつつ、時折は山を降りて京の都へも行くようになった。そして、請われれば誰にでも、不動明王咒で祈祷を施してやった。 もちろん、真済に落とせない物怪などいない。真済の法力の評判は、瞬く間に京中に広まった。その上、誰にでも惜しげなくその力を貸す真済を、人々は菩薩の化身のように尊んだ。そして、その話はすぐに宮中に及び、真済の法力と謙虚な人柄に関する噂は、やがて帝の耳にまで達するようになったのである。 仁明帝には既に大勢の祈祷僧が侍していたが、真済の噂を聞くと興味を示し、度々皇子や女御たちの病気平癒や物怪落としの祈祷を依頼した。真済はわけなくそれを成し遂げ、次第に仁明帝の信頼を勝ち得ていった。そして、ついに帝自身の病の時にも呼び寄せられ、見事に快癒させたのである。 だが、あえて深入りはしなかった。僧正の地位をもたらした昨年の仁明帝への祈祷の時、真済は帝の身辺に既に数多くの死神が徘徊しているのに気づいていたからである。もう長くない帝などに用はない。それで思案しているところに、名虎がやってきたのである。 真済は先ほど何度も頭を下げながら神護寺の山門を下って行った名虎のまぬけ面を思い出した。 あの阿呆にも誰かつけておかねばなるまいな。阿呆だけに何かしでかすかも知れぬ。 真済は軽く不動明王の剣印を結んで短い真言を唱え、使い慣れた剣の護法童子を呼び出した。そして、銀色に輝きながら控える童子に命じた。「あの間抜けを見張れ。しばらく奴めの側にいて、何か不審のことがあれば知らせて参れ」 二人の金剛童子の後を追って高尾山を下って行く銀色の光を見送った真済は、鼻で笑って心の中で呟いた。 今しばらくはあの男にも我慢しなければなるまい。だが、惟喬親王をしっかりと押さえ、やがて親王が帝位についたあかつきには、あんな男は都の外へほおり出してくれる。
2007年09月29日
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不動明王は滝壷の中に突き出た岩上に結跏趺座し、両脇に二人の金剛童子を従えていた。 燃え盛る炎に包まれたまま、不動明王はしばらく真済の眼を見つめていた。その恐ろしい眼差しに縛られたように、真済は身動き一つすることが出来なかった。 だが、不動明王はやがて静かに、両脇の童子を真済の方へうながした。童子たちは不動明王に一礼すると、ふわりと空を舞って真済の傍らに降り立った。そして、不動明王はなおもしばらく真済を見つめていたが、やがて轟音を響かせながら滝の中にその御姿を消してしまったのである。 気がつくと、辺りはまた元の山中の静寂を取り戻していた。滝も細々とした流れになり、滝壷に白い飛沫を飛び散らせている。 夢を見ていたのかと思った真済だったが、後ろを振り返ると、そこにはあの金剛童子が二人して真済の指図を待っていた。黄金に輝く衣を身にまとい、跪いてこちらを見つめている。真済は試しに言ってみた。「疲れ果てて、もうこれ以上走れぬ。山上の草庵まで連れて戻ってくれ」 そう言うやいなや、二人の金剛童子は真済の両脇を抱え、空高く舞い上がった。見る間にあの滝壷は山の木々に隠れ、頭上には満天の星空が広がっている。天の川を辿るように童子は空を駆け、気がつくと真済は高尾山上の草庵の前に立っていた。「もう良い。下がれ」 真済がそう言うと、金剛童子たちは一礼して黄金の粒子となり姿を消した。草庵の扉を開けながら、真済は疲れも忘れてにやりと微笑んだ。 ついに、不動明王の咒を完全に手に入れた。今までも剣の護法童子などは自由に使ってきたが、これからは不動明王の眷属である矜羯羅童子と勢多迦童子すら自由に働かせることが出来るのだ。 不動明王は全ての明王の総主であり、その真言を唱えるだけでどんな祈願をも叶えることが出来るといわれるほどの呪力を持っている。不動明王さえ味方につければ、もう怖いものはない。 真済は疲れた身体を草庵の板張りに横たえながら、いよいよ時が到ったことを噛み締めていた。
2007年09月28日
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筑紫からの失意の旅から高尾に戻り、自分の不思議な能力を自覚した真済は、その力を磨き上げることに新たな希望を見出した。 真言最強の法力を身につけ、祈祷僧として宮中に出入りし、やがては帝の護持僧となって権勢をふるう。いや、それだけで終わるつもりはない。帝の内面に深く食い込み、いずれは帝を自分の思うままに操るのだ。その昔、称徳女帝を虜にして太政大臣禅師となり、密かに皇位をうかがった弓削道鏡のように。 真済はそのために、神護寺別当の仕事も全て弟子の白雲や神勢に押しつけ、一人高尾山中に入った。そして、山上に粗末な草庵を構えて経典読誦に励むとともに、高尾の峯々を巡る回峯行に挑み始めたのである。 回峯の行とは山岳修行の一つで、千日間に渡って山中を走破し続ける荒行である。その間、修行僧は常食を絶って山中の蕨類のみを食し、眠ることが許されるのはわずか数刻。走破の合間には、滝に打たれたりひたすら岩の上に座して念ずるというきつい修行も行わなければならない。並の僧にはとても成し遂げられない苦行だ。だが、真済はその千日回峯行を三度も成し遂げ、最後の行の時にはついに不動明王を感得したのである。 あの時の衝撃は今でも忘れることが出来ない。 ある夜、真済が回峯に疲れ切り、ついに谷川の滝壷の側で倒れ伏してしまった時のことだった。 半ば気を失っていた真済は、にわかに地響きのような轟音に揺り起こされた。やっと顔を上げてみると、信じられないことに目の前の滝が逆さに立ちのぼっているではないか。驚いた真済が起き上がると、滝はたちまち紅蓮の色に染まり、まるで大火事の炎が風に煽られて燃え上っているかのようになった。 そして、その炎の中に、真済は確かに見たのである。恐ろしいばかりの憤怒の形相でこちらを見据えている不動明王の御姿を。
2007年09月25日
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二童子の出現を見極めると、真済は満足げに印を結んだ手を離した。童子はうやうやしく真済の前に跪く。真済は右側に控える童子に向かって言った。「矜羯羅童子(こんがらどうじ)よ、お前は御所にある惟喬親王をお守りせよ。どのような物怪も蠱物も近づけてはならぬ。調伏の祈祷も阻止せよ」 そして、左側の童子にはこう言った。「勢多迦童子(せいたかどうじ)よ、お前は染殿にある惟仁親王を見張れ。良房や基経からも目を離すな。真雅や比叡山の衆の様子も探れ」 二人の金剛童子は、その凛々しい童顔を引き締めて頷くと、瞬く間に元の黄金の粒子に姿を変えて僧坊から飛び出して行った。 真済は立ち上がって僧坊の扉を開き、微かに輝きながら高尾の峰を下って行く光を見送った。 この二人の金剛童子は、不動明王の眷属である。真済は既に不動明王咒法の一切を体得し、不動明王の護法である矜羯羅童子と制吁迦童子を自分の思うままに操る術も身につけていた。 もちろん、それは簡単なことではない。ここまで来るために、真済は何と十三年にも渡る高尾山での激しい修行の日々を費やしたのである。↓神護寺の地蔵院から見た高尾の峰々。地蔵院は境内の西にあり、ここで神護寺名物の「かわらけ投げ」をすることができます。(地蔵院で小さな素焼きのお皿みたいなものを購入。2枚で100円くらいだったかな?) 雄大な高尾の大自然に向かって、風切るかわらけを思いっきり放つと日頃のストレスも解消!……といきたいところですが、普段物を投げることなどほとんどない私のかわらけは、その辺の草叢の中にひょろひょろと落ちていきましたとさ。。。
2007年09月22日
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これからの希望をあれこれ話したがる名虎を、無理に急き立てて神護寺の山門まで見送った後、真済はまた自室の僧坊に戻った。 もう夕暮れ近くなのに相変わらず灯りもつけないせいで、部屋の四隅は暗い闇に沈んでいる。その闇の中に、数対のぼんやりとした眼光が浮かんでいた。いつものことだが、今日は普段より数が多い。 大方、あの名虎めにくっついてきた物怪の類いだろう。俗人を相手にすると、すぐにこれだ。 真済は舌打ちをして、部屋の隅に向かってふっと軽く息を吹いた。光は瞬く間もなく消え失せる。 真済は気に障る魑魅魍魎どもが見えなくなると、おもむろに両手で不動明王の根本印を結び、ぐっと意識を集中して陀羅尼を唱え始めた。 しばらくすると、やがて経机に置いていた小さな水注がかたかたと鳴り出す。そして、その水注が机から跳ね上がるほどになった頃、真済の目の前に砂金の粒のような光の粒子がきらきらと輝き出した。 真済は半眼を閉じたまま陀羅尼を唱え続ける。真済の声が高まるに従って、黄金の光の粒は次第に数を増し、今や眼を覆うほどの強い光を放ち始めた。その光はやがて二つに分かれ、次第に人のような形をなしていく。 真済が陀羅尼を唱え終わる頃には、二つの大きな光は黄金に輝く二人の童子の形に姿を変えていた。
2007年09月21日
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この紀名虎はたいした男ではない。名族の出とはいえ、今の藤原氏の権勢に比べれば蚊蜻蛉のようなものだ。それに、尊大なくせに卑屈なその人柄も気に食わなかった。 しかし、惟喬親王は確かに将来有望だ。文徳帝の鍾愛ぶりも噂で聞いている。 一方、惟仁親王の方はどうだろう。どうせ頼るなら大樹の陰。こんな名虎より、権門藤原氏の氏長者である良房についた方が、将来有利に決まっている。 しかし、良房の側には、既に真済の兄弟子である真雅がついていた。真雅は空海の実弟で、真言宗徒の最有力者だった。 真済は、師の身内であることを笠に着て何かと尊大な態度を見せる真雅が、最初から大嫌いだった。真雅の方も、ことさらに兄弟子を敬いもせず、いつも一人で超然としている真済が小面憎かったらしい。二人はかねてから犬猿の仲だった。 今良房の側へ行けば、いかに法力無双の真済であっても、真雅の下につかなければならない。それはあまりぞっとしないことだった。それに、良房側には比叡山の天台の衆も深く食い込んでいるらしい。 考え込んでなかなか返事をしない真済を不安に思ったのか、名虎はおずおずと上目遣いをさらに深くして、おもねるように言った。「御坊は同じ紀氏の出。当然こちらへ味方してくれるであろうの?」 その情けない狒々面を見て、真済は逆に決心がついた。 こんな無様な爺の味方についている者などおるまい。もし、惟喬親王が将来帝位につけば、手柄はすべて真済だけのものになる。そうなった後は、もはや己の思うがままだ。 真済はにこりと微笑んで、名虎に答えた。「もちろんでございます。私にとっても、惟喬親王は同じ紀氏の血を引くお方。及ばずながらこれからは、この身に替えてお守りいたしましょう」
2007年09月18日
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いよいよ本題らしい。名虎はさすがに少し居住まいを正して言った。「御坊に惟喬親王を守ってもらいたい」「つまり、私に惟喬親王の護持僧になれと」「その通り。御坊の法力に敵うものなど、他には居らぬ。良房めがどんな手を使ってこようと、御坊なら安心だ。もちろん手当てははずむ。神護寺への寄進も考えよう。それに、惟喬親王が帝の位についた暁には……」 早くも惟喬親王即位の日を夢見ているのだろう。名虎の顔は欲望に弛み切り、まるで呆けた狒々(ひひ)のようだった。口の端からは溜まった涎泡が落ちかけている。その顔がおかしくて、真済はとぼけた振りでわざと言ってみた。「私にはそのような大役は勤まりますまい。それに、私のような高尾の田舎僧には、宮中のことなどとんとわかりませぬし。もっとふさわしいお方が大勢おられましょう。私の兄弟子など、ご紹介いたしましょうか」「いやいや、御坊の奥床しさには恐れ入る。その無欲なところに感じ入って、ぜひとも御坊にお願いしたいのだ」 膝を乗り出してくる名虎を制して、真済はしばし考え込んだ。 おおかたそんな話であろうとは予想していたが、いざ現実になってみると、いろいろ考えてみる必要がありそうだ。 真済は半眼を閉じ、忙しく頭を働かせた。
2007年09月15日
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名虎は静かな真済の面を見つめ、さらににやにや笑いながら追従めいた口調で言った。「そう、それそれ。その御坊の慎み深いところに、仁明帝もいたく感心遊ばされたそうでござるよ。主上のお覚えめでたいことは、まことに祝着至極。だが、いかんせん、もう死んだお方では……」 名虎は急に下卑た恵比寿笑いを引っ込めた。そして、上目遣いに真済を見上げながら、低い声で囁いた。「先頃、新帝であらせられる文徳帝が正式に即位なされたことは、御坊も聞いておられよう。まもなく、次の東宮の立太子も行われるは必定。だが、いろいろと問題があってのう。次の東宮を誰にするか、今だ決まってはおらぬ」「と、いいますと」「主上には、わが娘静子の生んだ惟喬親王がおわす。順番で行けば、一の皇子である惟喬親王が次の東宮になるのが当然であろう。その上、この皇子がまた、まれに見る俊才な御子でのう。いや、わが孫であるから言うのではない。宮中の方ならどなたでも、そう言うであろう。文徳帝もことの他、この皇子を可愛がられておる。傍らから拝察するにつけ、いずれは帝位におつけしたいと思われておいでなことは明白だ。惟喬親王が次の東宮にお立ちになることはまず間違いないと思う」 と、ここまでは自信満々の名虎だったが、急に不安げな面持ちになって続けた。「だが一人、大変厄介な皇子がお出でになる。染殿の后が先頃お生みなされた惟仁親王だ。染殿の后の父は、あの宮中で権勢並びない良房卿。当然、権力にものを言わせて、あのまだ赤子の惟仁親王の立太子をごり押ししてくるに違いない。そのためには、どんな汚い手でも使うであろう。もし、密かに調伏の祈祷をされたり蠱物(まじもの)でも仕掛けられたりしたら、我らでは守りおおせることなど出来ぬ。そこで、御坊に是非にも頼みたいことがあるのだ」
2007年09月14日
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「いや、私ごとき卑僧が僧正など持っての他。師を超えることなど考えられませぬ。それゆえ、あのような奏上をいたしたまで」 真済は昨年にわかに病になった仁明帝に是非にと招かれて、宮中で病気平癒の祈祷を行った。その時の病はすぐに癒え、喜んだ仁明帝は真済に僧正の地位を与えようとなされたのである。 僧正とは、すべての僧徒の取締りを行う職官のことで、真済の師である空海ですらのぼることのできなかった僧官の最高位だ。 真済は内心では快哉を叫んだ。だが、あえてすぐに勅を受けなかった。師を超えるわけにはいかないと、勅命を再三固辞したのである。 真済の謙遜な態度に仁明帝は感動し、ひとまず勅を引いて、まず亡くなった空海に大僧正の位を追贈した。そして、その上で改めて、真済を僧正の地位にのぼらせたのである。 このことは京の都で大評判となった。それだけではなく、宗祖空海に大僧正の地位をもたらしたことで、真言宗の宗徒の間でも真済の評価は格段に高まったのである。 それを見て、真済は高尾の山上で行い澄ましながら、密かにほくそ笑んだ。 全ては計算ずくのこと。これで、朝廷への足懸りがついた。それもこの上ない形で。法力での評判も、宗教界での地位も、もはや自分に敵う者は誰一人いない。さて、これからどう料理してやろうか。 真済がそう考えを巡らしはじめた矢先の、名虎の訪問だったのである。
2007年09月12日
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名虎は高僧の部屋とも思えぬほど薄暗く調度一つない室内と、その板の間の上に直に端然と坐っている真済に驚いたようだった。だが、真済に促されて円座の上に腰を下ろすが早いか、やおら大げさに手振りをつけながらしゃべり始めた。 真済はしばらく、やれこの間の仁明帝への祈祷は素晴らしかっただの、誰々の妃の物怪を落とした技は凄かっただのという名虎のお追従を聞いていたが、やがて面倒くさくなったので片手で制して言った。「そのようなことはもう過ぎたこと。それに、出家の身であれば、祈祷など一つの義務に過ぎませぬ。それより、今日かような山奥までお越しくださった御用向きをお聞かせ願いたい」 名虎はぴしりと真済に言われたのが少々癪に障ったらしかったが、気を取り直すようににやっと笑うと、また揉み手をしながら真済に言った。「実は、今日は御坊に、折り入ってお願いに参ったのだ」 お願いに参ったわりには、尊大で恩着せがましい言い方だった。真済はちょっと不快になり眉を顰めたが、名虎は気にも留めずにまくし立てる。「御坊の法力は近年京の都でももっぱらの評判。先頃亡くなられた仁明の帝も、ご生前はたいそう御坊を贔屓にしておられたとか。そなたの師である弘法大師ですら得られなかった僧正の位をお許しになろうとなされたのも、もっともなことに思われる」
2007年09月11日
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真済は、目の前に坐っている男の顔を、まじまじと見つめていた。 黄ばんだ皺の多い皮膚に、垂れ下がった目許。真ん中に胡座をかいた鼻の脇には、気に障るような大きな黒子がついている。 身につけた二藍の直衣は綺麗に折り目のついた上等の品だし、きりりと立ち上がった烏帽子を載せた頭もきちんと梳っているのに、この男はどこか下卑たにおいがした。丸い猪めいた目玉がどんよりと曇っている。だが、男はその目を時折不相応に光らせながら、口に泡を飛ばしてまくし立てていた。 真済は、傍目には穏やかに見える薄笑いを浮かべながら、黙って男の話を聞いていた。 男の名は、紀名虎という。真済の出身である紀氏のうちで、嫡流をもって任じる男であった。 もちろん真済も同族なので、幼い時から顔くらいは知っている。だが、別に特別に近しい間柄ではない。名虎は尊大で人を見下す癖があり、真済のような傍流の家系の小倅などに関心を持ったことなどなかったからだ。 だが、その名虎が、今日は急に高尾の神護寺にいた真済を、自ら訪ねてきたのだった。しかも、にやにやとした愛想笑いを浮かべて、両手をもみ絞らんばかりにしている。 真済は何となく胡散臭い気もしたが、こんな遠くまでわざわざやってきた相手を無碍に追い返すわけにも行かなかった。 それに、名虎は会っておいて損はない相手だ。何しろ、文徳帝の寵愛深い妃である紀静子の父なのだから。それに、静子の生んだ皇子は、あの惟喬親王。何か面白い話が聞けるかも知れぬ。 そう思った真済は、含み笑いをその端正な顔に隠して、私室である僧坊で名虎に会うことにしたのだった。↓神護寺にある建物の一つ。寺内の現存する最古の建物なのだそうです。真済の部屋も、こんな建物の一角にあったのでしょうか?
2007年09月08日
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良房と文徳帝とは、最も近しい伯父と甥でありながら、ひどくよそよそしい間柄だった。 もちろん、良房の方は文徳帝が東宮であった時から次の帝として尊重し、甥としても可愛がっているつもりではあったのだろう。文徳帝の方も、幼い頃は一緒に遊んでくれる良房によく懐いていたものだ。 しかし、時が経つにつれて、文徳帝は良房にだんだんと距離を置くようになった。そして、良房がそれと気づいた時には、文徳帝はいつのまにか伯父に鋭い針のような冷たい眼差しを向けるようになっていたのである。 もちろん、表立って反抗したり、批判したりすることはない。朝廷の重臣として丁重に扱ってもくれる。だが、文徳帝は決して良房に心を開かず、冷たく頑なな態度を取り続けていた。 そこへ、この若宮が生まれて来たのだ。しかも、文徳帝には既に惟喬親王という鍾愛の皇子がいる。父が若宮の立太子をあきらめることなどあり得ない。だが、もし、文徳帝があくまで惟喬親王にこだわったとしたならば……。 明子は継子の腕に抱かれた若宮を見つめた。弱々しい声を上げて泣くこのか細い若宮は、これから一体どうなるのだろう。 明子はそっと指を伸ばして、紅葉のように開かれた若宮の小さな手に触れた。若宮は思いがけず強い力で、明子の指を握り返した。 ああ、これほどまでに小さな者が、生きているのだ。 その命の力が明子の指に伝わってきた。それは、明子の胸に、その命を生み出した者としての責任と、その幸せを守るために生き続ける勇気を呼び起こしてくれた。 かけがえのない、わたくしの宝。 明子は心の中で小さく呟いた。
2007年09月07日
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良房も、明子を労うように言った。「そなたはまことに良い子を産んでくれた。さあ、もう少しお休み。さっき内裏からも遣いの者が来た。きっと新帝も御心配遊ばされているのであろう。早速内裏へ参内して、そなたも若宮も健やかであると御報告して参る」 良房はそう言って、また明子の髪を撫でると、傍らにいた継子によくよく世話を頼んで席を立った。 父のいつもより華やいで大きく見える後姿を見送った明子は、不安な思いで内裏にいる夫の文徳帝の顔を思い浮かべた。 父は御所から遣いの者が来たと言った。あのお方は、少しは自分のことを案じてくださったのだろうか。 だが、明子は心の中で首を振った。 そうではあるまい。きっと御子が無事に生まれたか心配していたのだろう。いや、それさえどうだろうか。あのお方は自分との間の子など、少しも欲しがってはおられなかった。それなのに、生まれた御子が、男皇子だったと知ったなら……。 明子は今更ながら、父と夫の間にこれから起こるであろう確執を思って、密かに身震いした。
2007年09月05日
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微かに、小さな泣き声がする。 明子が耳を澄ますと、聞きなれた足音も聞こえてきた。 やがて、庇の間の御簾が上げられ、衣擦れの音とともに父の良房が姿を見せた。父の後ろには、白い産着を着た若宮らしきものを抱いた、明子の乳母の継子が続いている。 良房は明子が目を覚ましているのを見ると、驚いたような声を上げ、几帳を押しやるのももどかしく、明子の傍らに腰を下ろした。そして、優しい笑顔で頷きながら、乱れて額にかかった明子の髪を撫であげてくれた。 顔はにこやかで満足げだが、その目は赤く潤んでいる。父のその目を見て、明子は何か声をかけようとしたが、疲れ果てているせいか、俄かに声が出ない。良房は明子を優しく制して言った。「何も言うな。まだ身体に障る。そなたがなかなか目を覚まさないので、どれほど心配したことか。若宮の声でも聞けば気がつくのではと継子が言うのでな、若宮を連れて来てみたのだが。やはりそれが良かったのだろうか。ああ、これでやっと安心した」 継子もにこやかに微笑みながら、か細い声を上げて泣いている若宮を明子の目の前に差し出した。「ご覧遊ばせ。何とお可愛い若宮様でしょう。明子様の赤子の頃によう似ておいでございます」 ようやく少しだけ首を起こして明子が見た若宮は、明子が思っていたよりも小さく痩せていた。少し心配げに眉を寄せた明子に、継子はことさらににこやかに微笑んで言った。「生まれたての赤子というものは、誰でも痩せて見栄えのせぬものでございます。乳母は何人もつけてあるし、乳もたんと飲んでおられるそうですから、御心配には及びませぬよ」
2007年09月04日
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だが、そんな明子の目の前を、これ見よがしに通って行く者がいる。文徳帝の元に上がっている他の妃たちだ。 彼女たちは良房が金にあかせて飾り立てた明子の局の前を、密やかな囁きを残しながら文徳帝の寝所へ向かう。「こちらの妃様は、一体いつ御召しがあったのやら」「どれほど御殿を飾り立てたとしても、帝のお出でがなければ何の甲斐がありましょうか」「われらも、ああはなりたくないもの……」 何を言われても、秘蔵の姫君として傅かれ人と争ったことのない明子には、どうしたら良いのかわからなかった。それに、元々口数が少なく、言い返す術も知らない。心の中の痛みを顔に出すこともできず、ただ宮仕えを辛く思うばかりだった。 だが、その妃たちには、もう既に何人もの御子が生まれているのだ。 特に、紀静子は文徳帝の寵愛が深く、第一皇子である惟喬親王をはじめ、数人の男皇子さえいた。そして、文徳帝は初めて生まれた子であるこの惟喬親王を、ことの他可愛がっていたのである。 明子は、宮中の節会の時一度だけ垣間見たことのある惟喬親王を思い出した。 可愛いみずら頭に、黒目がちの瞳が愛くるしい。しかも、まだ五つやそこらのはずなのに、どこかしら帝の御子らしい威厳や聡明さが感じられた。文徳帝が可愛がるのも無理はない。 そう思って、明子はそっと溜め息をついた。
2007年09月01日
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