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「真済……」 良房は、額に掌を当てて、側の脇息の上に打ち伏してしまった。側にいた貴族たちも、顔を見合わせてざわめいた。「なるほど、あの真済殿が惟喬親王方に」「あのお方の法力の物凄さは、近頃都でも評判でございましたな」「確かに。真済殿の法力を持ってすれば、あの名虎殿の痩せ馬を勝たせることなど容易いでしょう。こう言っては悪いが、病で死にかけている恵亮殿の敵ではございますまい」「しかし、あの高尾の清聖と言われる真済殿が、なぜあの業突く張りの名虎殿などのお味方に?」「いや、真済殿は元々紀氏の出。同族のよしみで力を貸したとしても不思議はありませぬ」「なるほど、そう言うことですか」 良房は周囲の者たちの囁きを聞きながら、脇息に伏したままじっと考えていた。そして、傍らの基経を呼び寄せると言った。「これより、大内裏の真言院へ行け。そして、恵亮に伝えるがよい。何が何でも、次の一番を左方に勝たせよ。もし出来なければ、天台宗の命運もこれまでと思え。お前の西塔はおろか、比叡一山ことごとく焼き払い、草木一本生えぬようにしてくれると」 基経が頷いて下がると、良房は立ち上がって幕屋を出た。それからしばらくの間、中央の文徳帝の幕屋で論議した後、右近の馬場の中央に進み出て言った。「十番の競馬は既に終わったが、左右両方とも五勝ずつで勝敗が決しておらぬ。今だ天照大神の御神託を得てはおらぬゆえ、最後にもう一番競馬を催すこととする。双方馬が尽きておるから、新たな馬と騎手を用意するように。これより一刻の後、競馬を再開する」↓恵亮さんがいたという比叡山の西塔。この写真は西塔の中堂である転法輪堂(釈迦堂)です。現在の比叡山では最古の建物なのだとか。それにしても、比叡山! どうして登るだけであんなにお金がかかるの~!!!(車で山に登る道が一本しかなく、しかもただ通過するだけでさえ3000円以上かかるんですっ)
2007年10月31日
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祈祷という言葉を聞いて、良房の眉がぴくりと動いた。取り巻きの貴族たちも、はっと気づいたのか、口々に言い始めた。「確かに、これほどの大事に備えて、ご祈祷は為されなかったのでしょうかな」「いやいや、もちろん真言院で盛大に行われているはずです」「祈祷はどなたが?」「比叡山から天台の僧侶があまた下られ、それを西塔の恵亮殿が率いておられるとか」「恵亮? それはまた、何ゆえ? 恵亮殿は近頃重い病いで枕も上がらぬ有様と聞いておりますが」「そうなのですか? 確かに恵亮殿は大威徳明王の呪法を良く使うお方と承っておりますが、そのような重病ではとても天下を決するようなご祈祷は出来ますまい」「では、惟喬親王方はどなたが?」 その問いを待っていたかのように、背後の帳を上げて幕屋へ戻ってきた基経が、良房の前に控えて言った。「ただ今、東寺において、惟喬親王方勝利を祈る祈祷が行われております。東寺あげての盛大なものです」「何だと? なぜ東寺の真言の衆が惟喬親王方に? 真雅はどうした?」 驚いた良房は、激昂して基経に詰め寄った。基経は青ざめていはいるが冷静な表情を崩さずに言った。「真雅殿は、此度の真言院での祈祷に加われず、気分を害して東寺へ引き篭もっておられます。ですが、祈祷を率いているのは、真雅殿ではございませぬ」「では、一体誰が?」「高尾神護寺の真済僧正でございます」
2007年10月30日
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その間も、競馬は続いていく。 八番目も九番目も、右方が勝った。歓声を上げる右方に対して、青ざめた厳しい顔で身動き一つせずに馬場を睨みつけている良房を恐れたのか、左方は誰一人声を立てるものもなく静まり返っていた。 御簾の奥からは相変わらず赤子の細い泣き声は聞こえているが、御簾の下から覗いている紅葉襲の袖も全く動かない。重苦しい雰囲気が流れた。 とうとう最後の十番目がやってきた。 良房は祈るような面持ちで馬場を見つめていた。この一番で勝てばこちらの勝利だ。だが、もし負けるようなことがあれば……。 良房は不安で胸が締めつけられる気がしたのか、少しふらりとして取り巻きの貴族の一人に肩を支えられていた。名虎の方は打って変わった余裕の表情で、扇で顔を仰ぎながら誰彼なくしゃべりかけている。 いよいよ競馬が始まった。 まずは、左方の美しく逞しい葦毛馬が一気に駆け出した。だが、早くもその葦毛のすぐ後ろに、よぼよぼの老いた牝馬が追いすがっている。と、見る間に蹄を蹴って、葦毛に並んだかと思うと、飛ぶように一気に抜き去って行った。 右方はもう大喝采だ。名虎は大げさに、周囲を取り囲む者たちと、抱き合い肩を叩き合って喜んでいる。 左方は皆黙りこくって微動だにしない。青ざめた顔で、恐ろしい形相をした良房を、怖々と眺めている。そのような暗い雰囲気の左方を見て、図に乗った名虎は大声で呼び掛けた。「いやはや、結構な勝負でござりましたな。良房卿の馬はどれも東国育ちの選りすぐりと聞いて、とてもこちらに勝ち目はござるまいと諦めておりましたが、なんのなんの。あまり容易く勝ちを譲られると、後がございませぬよ。しかしまあ、大枚はたいた東国の駿馬もたいしたことはありませんな。馬で勝ち目がなければ、ご祈祷の力にでも頼られてはいかがか?」
2007年10月26日
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何と、今まで首を項垂れて歩くのも嫌そうだった右方の老馬が、突然疾風のような勢いで、前を走っていた鹿毛の駿馬を追い抜いたのである。 馬場中の人々が、あっけに取られて、声をなくしてしまった。良房は驚いて目を見開いたが、震える手で傍らの白湯の入った茶碗から一口飲むと、強気な笑い声を立てながら言った。「いや、これは見事な一番であった。せっかくの盛大な競馬。少しは張り合いがなくては面白くない」 だが、良房はそれきり黙りこんでしまった。続いて始まった七番目でも、黄色い毛のはげかけた痩せ馬が、艶やかな黒毛の牡馬を遥かに引き離して、馬場を駈け抜けたのである。 右近の馬場中が、いっせいに声をあげてざわめき始めた。 右方の幕屋では、大げさに喜びつつも、名虎がどうしてこうなったかまるでわからないといった阿呆面を晒していた。だが、一人の小坊主が幕屋にやって来て何かを囁くと、名虎は手を打って喜び、満面の笑みを浮かべて傍らの惟喬親王を掻き寄せた。 今度は良房の方が額から冷や汗を流し始めた。どうみても勝ち目のない老馬が、東国から選りすぐって連れてきた若駒より速く走るなんて。それに先ほどまで萎れきっていた名虎が、急に勢いづいて不遜な笑みまで浮かべているとは。 これは何か裏がある。良房はそう思ったのだろう。後ろに控えていた基経を呼び、何やら耳打ちした。基経は顔を引き締めて頷くと、さっと幕屋から姿を消した。
2007年10月23日
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二手に分かれた馬たちは、細く作られた長い競馬場の一端に、左右一頭ずつ引き出されていった。そして、人々の不安と期待のざわめきの中を騎手が跨ると、神官の合図で同時に走り出した。 左方の黒毛の駿馬は、黒い閃光のように、目にも止まらぬ早さで馬場を駈け抜けた。一方、右方の馬は合図の動きに驚いたのか、突然後ろ足で立ち上がり、身を捩って騎手を振り落とそうとする。騎手は何とか体制を立て直したものの、ようやく走り終えた時には、左方の黒毛は既に勝利を労う騎手の手から褒美の塩を舐めていた。 一番目の競馬が終わって、二番目、三番目と競馬が続けられたが、結果は言うに及ぶまい。右方の馬は左方に全て大きく引き離され、中には途中で競馬が嫌になったのか、騎手が押しても引いても動かなくなってしまった馬さえいた。 右の幕屋にいる名虎は、こめかみに青筋を立てて何か怒鳴っているが、人々の喚声に掻き消されて馬場には届かない。それに対して、左の良房は鷹揚に座で寛ぎ、取り囲んだ貴族たちの勝利を祝う言葉に、にっこりと笑いながら返答を返していた。 しかし、六番目が始まると、良房は手に持っていた扇を、思わず取り落としそうになった。
2007年10月20日
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やがて、中央の幕屋の奥から直衣を着た人物が現れた。御簾が半ば下ろされていて顔は見えないが、長く引かれた直衣の裾を見ると、良房をはじめ全ての朝臣たちが一斉に平伏した。 文徳帝のお出ましである。 文徳帝が座につかれたのを確認すると、良房は左の幕屋から進み出て、大声で言った。「これより、競馬の儀を始める。競馬は十番。多く勝った方の推挙する皇子が、次の東宮にお立ちになる」 そして、良房は自分の周りはおろか帝の幕屋までぐるりと睨(ね)めつけ、有無を言わさぬ強い口調で言った。「これは、恐れ多くも主上の御夢にお立ちなされた天照大神の御託宣である。結果に意義を申し立てる者には、大神の神罰が下ると心得よ」 ざわめく馬場の中央に、馬乗り装束を身につけた武官たちに手綱を引かれた、二十頭の馬が引き出されて来た。 左方は、いずれも見事な駿馬ぞろいである。黒毛、鹿毛と取りどりの毛並みは艶やかに輝き、脚や腹に隆々とした若々しい筋肉が躍動していた。 一方、右方の馬といえば、神代の昔に生まれ合わせたのかと思わせるような老馬ばかり。 興奮気味だった朝臣たちも、それを見てすっかりしらけてしまったようだった。右の幕屋に連なっていた貴族たちの中には、こっそり座を外して左方の幕屋の方へもぐり込もうとする者さえいる始末。 貴族たちは互いに顔を見合わせ、勝負あったようだなと、競馬が始まる前から囁きを交わしていた。
2007年10月19日
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その頃、京の都の一条大路の北にある右近衛府の馬場には、続々と月卿雲客が集まって来ていた。 広い馬場の北側には、豪華な幕屋が三つ、既に据えられている。朝廷中の貴族たちは、それぞれの思惑を秘めて、それぞれの幕屋の側に詰めていた。 やがて、一台の牛車が右近の馬場に到着した。人々が見つめていると、その中から小さな男の子が出て来て、牛車の踏み台をひらりと飛び降りた。 みずらの髪に、朽葉色の固地綾の童水干。聡明な白い額の下で、黒目がちの瞳が曇りなく澄んでいる。大勢の貴族たちが自分を見つめているのに気がつくと、男の子は怖じ恐れることもなく、そちらに向かってにっこりと笑った。 貴族たちの間から、ほぉっと溜め息とも称賛ともつかぬ声が漏れる。 惟喬親王だった。 惟喬親王は、慌てて後を追って牛車を降りる名虎にも構わず、子供らしい軽い足取りで右の幕屋に入っていった。 左の幕屋には、既に座に腰を下ろし大勢の貴族たちに取り囲まれていた良房が、苦虫を噛み潰すような顔で、惟喬親王を見つめている。その良房の背後には、御簾を下ろした一間があり、簾の下から紅葉重の豪華な唐衣の袖が覗いていた。時折、むずがるような赤子の泣き声も聞こえる。 良房はこの運命の馬場に、明子と惟仁親王を伴って来ていた。良房は、絶対の自信を持ってこの競馬に臨んでいる。そして、勝利のあかつきには、帝をはじめ朝廷中の人々の前で、この惟仁親王を初めて披露し、おのれの権勢と栄光を見せつけるつもりだったのだ。 だが、人々は御簾の奥の惟仁親王には目もくれず、左の幕屋の中央にしっかりと座を占めている惟喬親王の方ばかりを見つめていた。良房が不快になるのも無理はあるまい。
2007年10月18日
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真済はしばし考え、不動明王の印を結ぶと、惟仁親王方につけておいた勢多迦童子を呼び出した。剣の護法童子の隣に畏まった勢多迦童子に、真済は尋ねた。「良房の様子はどうだ」「昨日のうちに、東国から何頭もの新しい駿馬が到着し、意気揚々としております。早速、兵衛府や衛門府の武官の中から優秀な騎手も押さえて、準備にも抜かりはありませぬ」「祈祷の方はどうだ」「はい。大内裏の真言院に盛大な護摩壇が築かれています。既に、何人もの祈祷僧が比叡山から派遣されて、修法を始めているようです。先頭に立って祈祷を勤めておられるのは、比叡西塔の恵亮阿闍梨殿」「恵亮? では、此度の祈祷は天台の衆が牛耳っておるのか。我が真言宗の真雅はどうした?」「真雅殿は天台の方々に押しきられて、祈祷所に入ることを許されませんでした。それで今は東寺に引き篭もっておられます」「そうか」 真済はにやりと笑った。 あの高慢ちきな真雅が、惟仁親王の祈祷所を追い出されたとは。今頃はさぞかし頭から湯気を立てて怒り狂っていることだろう。その真雅の目の前で、私の実力を見せつけてやるのも面白い。 真済はそう思うと、褥から立ちあがった。そして、きちんと僧衣を整え僧坊の扉を開けると、二人の童子に言った。「私を京の東寺まで連れて行け」↓京都の象徴の一つとも言える、東寺の五重塔。私が行った時にはちょうど特別展が開かれており、この五重塔の中にも入れました。今年も11/1~11まで五重塔他の特別公開が行われるようです。きっと貴重な仏像やお宝をたくさん観られますよ。お奨めです♪
2007年10月17日
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真済は、ふいに何かの気配を感じて、褥の上にがばりと身を起こした。 ここは高尾神護寺の真済の僧坊。 もうすぐ明け方なのか、あたりは青い薄明かりに包まれている。だが、その薄明かりを掻き消すばかりの明るい銀色の光が、真済の足元の方に蹲っていた。真済が見ている間に、その光は見慣れた童子の形に姿を変える。「何用か」 真済はいきなり眠りを妨げられたので、少し不機嫌に訊ねた。剣を身にまとった護法童子は、畏まって真済の前に膝をついた。「お前は名虎の側においていたはずだが」「はい、その通りでございますが、昨日名虎の身に大事が起こりました」 童子はそう言うと、宮中での競馬の一件を話した。しばらくじっと童子の話を聞いていた真済は、聞き終わると眉を寄せて言った。「あの名虎めは何をしておる」「はい、今頃はたぶん馬集めに必死になっていることでしょう。競馬のために十頭もの駿馬を半日で集めるのは至難の技。ですが、おそらく良房が手を廻して、良い馬は手に入りますまい。名虎の厩にいる馬は話になりませぬし。名虎に勝ち目はありませぬ」 真済は舌打ちをして言った。「なぜ、こちらに知らせては来ぬ。馬などいくら集めても仕方がない。元々実力などないのだから、祈祷の力に縋るしかなかろうに」「名虎はすっかり馬の方に心を奪われて、真済様のことにまで頭が回らぬ様子。いくら待っても文一つ書く様子がないので、私が知らせに参りました」「よく知らせてくれた。しかしまあ、一体何のために私を惟喬親王の護持僧にしたのやら。阿呆な奴だとは知っていたが、これほどの阿呆だとは思ってもいなかった。だが、まあいいだろう。これからでも遅くはあるまい」「では、ここから祈祷を?」「いや、ここで祈っても、人に知られることはないからな。世間で広く評判になるよう、出来るだけ華々しく行わなくては意味がない。さて、どうするか」↓新緑の神護寺。私が訪れたのはゴールデンウィーク中だったので、緑が大そう鮮やかで綺麗だったのをよく覚えています。今度は秋の紅葉の時期にも、一度行ってみたいですね。
2007年10月16日
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良房はいとおしげに惟仁親王の柔らかい頬を突ついて言った。だが、明子の方は桧扇の陰で父の視線から逃れるように、小さな声で言った。「わたくしは、この若宮が幸せに過ごしていければ、それで良いのです。それに、主上のお考えにあくまで逆らうのは……」「何を言う!」 良房は、明子の細い声を掻き消すような大声で言った。「この惟仁親王を東宮に立ててこそ、今までの我らの苦労が報われるというものだ。そなたがそれを一番身に染みて感じているのではないのか。私は何が何でもこの若宮を立太子させて見せる。それを阻むものは何人たりとも許さぬ。たとえそれが主上であろうともな」 自分の前では普段滅多に声を荒げることのない父の激昂に、明子は恐れて几帳の陰に身を隠してしまった。良房はばつが悪くなり、しばらく口の中で何かぶつぶつ言っていたが、手に持っていた扇をぴしりと鳴らすと席を立ち、几帳に向かって言った。「これより、競馬の仕度にかかる。そなたも覚悟しておけ」 廊の簀子を鳴らしながら去って行く父の足音を聞きながら、明子は几帳の陰で哀しげに顔を振った。そして、乳母の手から惟仁親王を抱き取って、自分の胸に抱きしめた。 惟仁親王は、小さな拳を振り上げ、明子の滑らかな髪の一房に触れると、それを握り締めて引っ張った。明子は優しくその指をほころばせて髪をほどくと、桃のような幼子の頬に自分の冷たい頬を押し当てた。そして、文徳帝に良く似た一重目蓋の我が子の瞳を、いつまでも見つめ続けていた。↓これが几帳です。平安時代のお屋敷は、部屋があまり細かく区切られていなかったので、几帳や屏風などを使ってパーソナルスペースを作っていました。また、高貴な女性は人前に姿を晒すべきではないと考えられていたため、誰か(特に男性)と対面する時はたいがい几帳越しだったようです。ちなみに、この写真の几帳の前においてあるのは、「双六」の道具。「双六」というとお正月などにする紙上のゲームを思い浮かべますが、元祖双六はまったく遊び方が違います。遊び方の説明は、長くなるのでまたいずれ……。
2007年10月13日
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「先ほど、内裏に参内してまいった。そして、ようやく主上にお会いできたのだったが……面目ないことに、うまく逃げられた」 明子はさほど表情も変えずに、小さな惟仁親王の拳に自分の細い指を握らせて、微笑みながら言った。「主上は何と」「こちらの惟仁親王が東宮にふさわしいことは、主上も良くご承知なされておるはずだ。だが、主上は思った以上に強情でな。どうしても惟仁を東宮にするとはおっしゃらない。それだけ、あの惟喬親王が可愛いのであろうが。とうとう、こんな馬鹿なことを仰せ出された」「何でございます」「次の東宮を誰にするか、競馬で決めると」「競馬?」 さすがに明子も驚いたのか、眼を丸くした。「昨夜、主上の夢枕に天照大神がお立ちになって、そうご託宣を述べられたのだそうだ。いやはや、馬鹿馬鹿しい話だが、神のご託宣とあっては無碍には出来ぬ。それに、もうこのことは内裏中に広まってしまってな。こちらも受けて立たざるを得なくなった。だが、安心するが良い。我が家にはこの国でも指折りの名馬をあまた揃えてある。もっと良い馬も東国へ使いを出せばすぐに手に入れられよう。あの名虎ごときに負けるわけがない。次の東宮は、もうこの若宮に決まったも同然だ」
2007年10月11日
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その声を聞いた殿上人たちが、大いにざわめきながら、幾人もこちらへやってきた。 もうこうなっては仕方がない。文徳帝の苦し紛れの言い逃れだとは思ったが、こうまではっきり天照大神の御託宣と言われ、それを朝臣たちに知られてしまったとあれば、こちらも受けて立つしかない。 良房は群がって子細を聞きたがる殿上人たちを掻き分け、不機嫌な面持ちで内裏を出た。 早速染殿へ戻って、競馬の準備をしなければ。厩にいる気に入りの馬たちの調子はどうだろう。もしかしたら、東国へ注文しておいた新しい駿馬が間に合うかもしれない。 そんなことを考えながら、良房は大急ぎで染殿へ帰った。そして、まずは事の不首尾を報告に、東の対にいる明子の部屋へ行った。 ひどく苦い顔をして、用意された座に腰を下ろした父に、明子は少し驚いたようだったが、いつものようにしとやかに挨拶をしただけで何も言わない。 明子の傍らにいる乳母の腕の中では、近頃ふっくらと肥えてますます愛らしくなった惟仁親王が、機嫌良さそうにあわあわと声をあげながら、小さな拳を振り上げている。 良房の顔は、その親王の可愛らしさを見てさすがにほころんだが、すぐに苦い要件を思い出して、明子に向き直った。
2007年10月11日
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文徳帝は何かをふっと思い出したように顔を上げ、震える小さな声でこう言ったのである。「そう言えば……昨夜、私の夢に神がお立ちなされた」「は?」「手に光り輝く大きな鏡を持っておられて、それが眩しくてお顔はよく見えなかったが、美しい姫神のようであった。そして、私にこう仰せられた。我は汝の祖神である……」「まさか、伊勢の」「ああ、そうだ。あの鏡は八咫の鏡に良く似ておった」「天照大神は何と?」「この度の立太子のことには、我も思うところあり。よって、それを競馬(くらべうま)の神託で示そう、と」「競馬?」「そうだ。惟喬、惟仁の二方に分かれて、十番の競馬を行え。その勝者を次の東宮に据えよと、確かに仰せられた」 文徳帝は次第にはっきりと夢の中の天照大神のお姿を思い出したのか、俄かに勇気づけられたように良房に向き直った。良房はとっさに文徳帝に言い返す言葉も見つからず、こう言うのが精一杯だった。「そんな馬鹿な」「いや、これは天照大神の御託宣である。それとも、そなたは恐れ多くも大神の御託宣を無視せよと言うのか」 さすがの良房も、天照大神の御託宣と言われては、無碍には出来ない。黙り込む良房に勢いづいたのか、文徳帝は膝先の良房を振りきって座を立った。そして、殿上の間まで聞こえるような大きな声を振り絞って言った。「明日、右近の馬場において、惟喬、惟仁両方による競馬を行う。その勝者を次の東宮とする。これは、天照大神の御託宣だ。」↓今まで撮り溜めてきた資料写真の中から、伊勢神宮の写真を探したのですが、神社っぽい雰囲気のものはこんなのしかありませんでした。実は、伊勢神宮は普通の神社と違っていて、拝殿に向かってポンポンと柏手を打つ…という形式ではなく、お社の入口の門?みたいなところでお参りをするんです。しかも、白い幕が下りていて中は全然見えない。狭い上に参拝者も多いので、そこでは結局写真は撮らなかったんですね。でも、私はここでちょっと不思議な体験をしました。その話は、またいずれ……。
2007年10月10日
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「それに、惟喬はまれに見る聡明な皇子。将来帝位につけば、どれほどの偉業を成し遂げ、この国の民の誉れとなることか。朝廷の威光を世に響かせることもできるだろう。だが、もし惟喬が東宮になれなければ、その後どうなると思う。名虎には何の力もない。いくら私が守ろうとしても、太上天皇となり出家でもしたら、もはや惟喬を守ってやることは出来ない。後ろ盾のない皇子がどんなに惨めな末路をたどるか、恒貞親王を見ればわかることだ」 恒貞親王は、承和の変で東宮を廃された後、若くして出家させられ、今は寂しく修行三昧の日々を送っている。帝として栄華を極めている自分と引き替え、恒貞親王はもう二度と陽の目を見ることはない。うらぶれた恒貞親王の姿と幼い惟喬親王の未来を思い合わせたのか、文徳帝は微かに身震いした。良房はそんな文徳帝を見つめながらも、非情に言い切った。「私をそのように胆の細い男とお思いか。惟喬親王のことなら心配いりませぬ。ただの皇子としてなら、私が責任を持ってご後見もしましょう。私の目の黒いうちは、何人であろうとも、惟喬親王には指一本触れさせはいたしませぬ」 有無を言わさぬ良房の強い口調と、さすがに長年朝廷を牛耳ってきた重臣の迫力に押されたのか、文徳帝はとうとうそれ以上何も言えず黙り込んでしまった。良房は微塵も身動きせず、文徳帝の膝先に詰め寄ったまま、こちらも黙り込んで返事を待った。 重苦しい、長い時が流れた。 先に根負けしたのは、やはり文徳帝の方だった。だが、その返事は良房の期待していたものとは違っていた。
2007年10月09日
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「惟喬には、それだけの力はないと?」「惟喬親王の外戚たる静子妃の父は、紀名虎。主上も御存知のように、あの男は宰相の器ではございませぬ。人柄、能力、財力、何を取っても良いところはない。あのような男が権力を握ることになれば、この世が乱れるのは避けられませぬ」 文徳帝はそれ以上言葉を続けることが出来ず、俯いてしまった。確かに、良房の言う通り、名虎には問題があることは、帝自身も良く承知しているはずだ。良房はあと一押しと、さらに言葉を続けた。「わが娘明子の生んだ惟仁親王ならば、不肖この私が命に替えてもお守りいたします。そして、次の帝の御世も今まで通りつつがなく平和に続くよう、我が一族が全力を挙げてお仕えすることでしょう。そのことに異存を申す朝臣はおりますまい」「だが、名虎は大声をあげて反対するであろうな」「名虎のことなど、お気になさいますな。あのような者の言うことに乗せられる朝臣などほんの僅か。それに、あの者の大声が主上の耳障りであれば、いつでも封じてご覧に入れまするよ」 良房は鷹揚に笑いながら、それでいてひどく冷たい光を帯びた目で、文徳帝を見据えた。確かに、良房の実力を持ってすれば、名虎の命運など風前の灯。文徳帝は微かに溜め息をつきつつも、それでも諦めがつかないのか、俯いた頭を振い起こして言った。「名虎のことは、確かにそなたの言う通りだ。私もそのことを考えなかったわけではない。だが、私は静子を悲しませたくはないのだ。先ほども、静子はずっと私に惟喬の立太子を訴えていった。それに、私も人の親だ。惟喬が可愛い。いや、そなたの惟仁が可愛くないわけではない。ただ、惟喬はずっと私の側近くに置いて、その成長を見守ってきた。その分、私には惟喬が大事に思えるのだ」
2007年10月06日
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良房は厳しい眼差しで文徳帝を見据えた。もはやいつもの慈顔もかなぐり捨てて、冷徹で非情な政治家の顔を剥き出しにしている。 文徳帝は進退極まったのか、しばらく返事も出来ずに黙り込んでいた。良房も一歩も引くまいと、腕組したまま文徳帝を睨みつけている。やがて、文徳帝は根負けしたように溜め息をつき、それでもなお声を励まして呟いた。「私には、一の皇子惟喬親王がいる」「それは存じております」「順番で行けば、惟喬が東宮に立つのが順当であろう。私自身も、父仁明帝の第一皇子である」 良房はそれを聞いても、眉一つ動かさずに非情に答えた。「しかし、元々仁明帝の東宮は、淳和帝の皇子恒貞親王でしたな。本来なら、主上の立太子はあり得なかった。しかし、恒貞親王は謀反を起こして廃され、代わりに主上が東宮にお立ちになった。恐れながら、主上を仁明帝に推挙したのはこの私でございます。もしやそのことをお忘れではござりますまい」「私が即位したのは、全てそなたのおかげだと言いたいのか」「いえ、そうではございませぬ。ただ私は、東宮に立つにはそれにふさわしい者でなければならぬと申し上げているのです。いかに尊い血を引くお方であっても、その方を補佐する有力な後ろ盾があってこそ、帝の尊厳を維持していけるというもの。朝廷を率いていけるだけの力を持つものでなければ、帝の後ろ盾となることはかないませぬ。もし、非力の者が補佐することになれば、すぐに朝廷全体が混乱に巻き込まれることは必定。次の東宮には、それだけの後ろ盾を持つ者が立つべきでしょう」
2007年10月05日
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文徳帝はうるさそうに顔を背けて言った。「また、その話か。そのことなら、私も考えてはいる」「それで、いかが思し召しなのでございます」 詰め寄る良房にお引き直衣の袖を取られた文徳帝は、ついかっとして袖を振り払い、声を荒げて言った。「無礼な! 考えていると言っておろう!」 良房の方も、今まで散々待たされていらいらしていたせいで、またもや言い逃れようとする文徳帝にとうとう腹を立てた。「そうは参りませぬ! これ以上東宮空位が続いては、世の乱れの元。何が何でも、次の東宮を決めていただかなければなりませぬ。これは帝になりかわって朝廷を統べる右大臣の言葉であり、よって朝廷あげての総意であると思し召せ!」 普段は柔和な笑顔で文徳帝に接する良房も、さすがに今日は顔色を変え、厳しい口調で帝を叱りつけた。文徳帝は良房にそれ以上言い返すことも出来ず、顔を赤らめ唇を噛み締めて俯いた。 良房は確かに朝廷の全ての権限を掌握し、事実上文徳帝に代わって一切の政務を代行している。もし良房がいなくなったら、瞬く間に朝廷は立ち往生し、すぐに世の中全体が大混乱に陥るであろう。 それに、良房は文徳帝の父の代から腕に縒りをかけて、帝の手の中から朝廷に対する権限をもぎ取ってきたのだった。今では、朝廷で行われる儀式を主催し、議定で上がってくる書類に印可を与えるのが関の山。良房を斥けて文徳帝が親政を行うことなど出来ようはずもない。 それどころか、もし良房が本気になれば、文徳帝を廃することなど容易いだろう。文徳帝はそのことを骨の随から思い知らされているはずだ。
2007年10月04日
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静子が女房を引き連れて去ると、文徳帝はようやく夜御殿の中から出てきた。寝乱れて鬢の髪がほつれてはいるが、それがまた艶めかしくて美しい。 本来なら、この傍らにいるべきは明子のはずなのに。そんな良房の焦燥を知ってか知らずか、文徳帝は良房が側で控えて待っているのを見ても、ことさらに急ぎもせず、女官たちに傅かれて悠々と身支度を整え始めた。 良房はしばらく辛抱強く待っていたが、とうとう我慢し切れなくなって、文徳帝の前へ進み出て言った。「主上、今日は折り入ってお話がございます」 文徳帝は、冷たい視線をちらりと良房へ投げ、また女官の掲げる鏡を覗き込みながら言った。「許す。そこで申せ」「いえ、このようなところで、軽々しく出来る話ではございませぬ。どうぞ、お人払いを」 文徳帝は不愉快そうに溜め息をつくと、女官たちに手で合図をして下がらせた。女官たちが台盤所の方へ姿を消すと、良房は文徳帝の膝先までにじり寄って、低い声で話し始めた。「主上が即位なされて、もう半年ばかりが過ぎまする。内裏の中もようやく落ちついて参りましたゆえ、そろそろ立太子のことも正式にお決めくださいませぬと。次の東宮が定まらねば、世間にも何かと乱れが生じ、民の憂いとなりまする」↓朝の身支度には欠かせない鏡。平安時代の実物を展覧会などで何度も目にしましたが、みんな掌サイズ~直径15cm程度で、この写真にあるような大きなものは見たことがありません。あんな小さな鏡じゃ見づらいだろうな~といつも思っていましたが、実際はどうだったんでしょう? この展示を監修した人に聞いてみたいです。
2007年10月03日
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良房はいらいらしながら、清涼殿の庇の間を行ったり来たりしていた。 先ほどから目通りを願っているのに、文徳帝は妃の一人である静子と夜御殿の中に篭ったまま出て来ない。もう日も高く、殿上の間には既に公卿たちも大勢控えているというのに。 良房は傍らに立てられている名高い昆明池の障子を蹴倒したいような衝動に駆られ、気持ちを落ちつけようとその場に座り込んだ。そして、憮然とした面持ちで、腕を組んだままなかなか開かない御簾を睨みつけていた。 しばらくすると、御簾の向こうでざわざわと衣擦れの音がし始めた。ようやく静子が下がるのだろうか。 良房はそっと御簾の脇を指で開け、密かに中を覗き込んだ。 母屋の板の間に、数人の女房たちに囲まれて身繕いをしている女がいる。こちらからは横顔しか見えないが、色が白く小造りの顔が愛らしい。つぶらな黒目がちの瞳が、惟喬親王と良く似ていた。小柄で華奢な肩に、うっとおしいほど多い漆黒の髪が豊かに流れ落ちている。 確かに、美しいと言える女ではある。 だが、わが娘明子に比べるまでもない。明子より美しい女などこの世にいるものか。なのに、文徳帝は何ゆえこの女をことさらに寵愛するのだろう。 良房は歯噛みしたい思いだった。↓現代の京都御所清涼殿の庇の様子。春・秋の一般公開の際には、毎年違ったお人形の展示があって楽しいです♪ 女官のお人形の後ろに立っているのが「昆明池障子」。ちょっと見づらいですが……。
2007年10月02日
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