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だが、明子がいくら待ち続けても、文徳帝は決して明子を振り返ることはなかった。 暗く寒い夜に、孤独に打ち震えながら、明子は幾度も思ったものだ。 誰かから、情熱を込めて愛されるとは、一体どんな気持ちのするものなのだろう。一度でいいから、誰かに抱きしめられてみたい。強い腕で、息も止まるほどに。そして、優しく髪を撫でられ、くちづけを交わし、耳元に熱い囁きを聞いてみたい。あなたを、愛していると。 だが、そんな日が決して訪れはしないことを、明子はよく知っていた。文徳帝はこれからもきっと明子に心を開いてくれることはないだろうし、たとえ文徳帝が亡くなったとしても、帝の妃であった者が他の誰かとまみえることなどあり得ない。 ほとんど訪れることのない夫を待ちながら、空しく時が過ぎていく。 だが、明子にはいずれは帝の位につく男皇子を産み参らせるという、生まれた時から負わされた宿命があった。明子はそのことを物心ついたときには自覚していた。 だから、少しも愛してくれない男に抱かれることがどれほど辛かろうとも、優しく抱きしめてくれる力強い腕を絶望的なまでに欲していようとも、明子は自分のさだめに従うほかなかった。
2007年08月31日
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思えば、明子の結婚は初めから淋しいものだった。 出会いの時からどこかよそよそしかった文徳帝は、それからも明子に打ち解けることはなかった。東宮御所へ上がったその時こそ、文徳帝は明子を寝所へ呼んではくれたが、作法通りの三晩が過ぎると、後は明子のことなど忘れてしまったかのようだった。 明子は文徳帝との初めての夜を思い出す。何もわからず震えている明子を気遣うこともなく、文徳帝はその細面の高雅な顔を背けるようにして明子を抱き、果てるとそのまま背を向けて眠ってしまった。 その時の羞恥と孤独を思い出すと、明子は身震いせずにはおられない。優しいくちづけも囁きもなく、ただ痛みと屈辱を教えられただけで終わった短い一夜。幼い頃乳母に古い恋物語を読んでもらって以来、ずっと心に抱き続けて来た男女の逢瀬への憧れも、まるで野分の日の枯草のように吹き散らされてしまった。 それでも、時々明子の元を訪れてくれるのならまだ良かった。 文徳帝はそれから明子を訪うことも寝所に呼び寄せることもなかった。ただ、良房が恥を忍んで頼み込んだ時だけ、明子を寝所に呼んでくれた。 しかし、そんな数少ない夜々にも、文徳帝は明子に情熱や愛情を見せることなく、淡々と明子を抱くと、初めての夜と同じように明子に背を向けて眠ってしまう。その華奢な冷たい背中には、明子の取りつく島などなかった。 だが、明子はその背に触れてみたかった。その滑らかさと暖かさを指先に感じたかった。 そして、一度でいいから、彼がこちらへ寝返りを打ち、自分をその腕に抱いて眠ってくれたなら。
2007年08月30日
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そして、明子が先ほど産み落としたのは、父の期待通りの男の子だった。明子がその時、疲れと安堵のあまり気を失ってしまったのも無理はない。 明子は再び目を開けて、薄暗い染殿の天井を眺めた。知らぬ間に涙が零れ落ち、頬に貼りついた黒髪の中に吸われていく。明子はそっと胸の中で呟いた。 ああ、ようやく父上の望みを叶えて差し上げられた。でも、どうして自分はあのまま息絶えてしまえなかったのだろう……。 あの時、若宮を産み落としたまま目を覚ますことがなかったならば、どんなに良かったことか。物心ついた時から背負わされてきた宿命を果たした今なら、役目を終えたと満足して死ねる。そして、もうこれ以上悲しみや屈辱を耐え忍ぶことも、空しさに苛まれながら生き続けることもなかったのに。 だが、明子は今こうして、この染殿の懐かしい部屋で、薄暗い天井を見上げている。明子はあのまま死んでしまえなかったことが悲しかった。そして、これからも生きていかなければならないことが恐ろしかった。 このまま、ずっとこの染殿でひっそりと暮らしていたい。もし、死ぬことが許されないのならば、それだけが明子の望みだった。この染殿が好きだからではない。明子はむしろこの染殿を恐れていた。だが、ここには明子を惹きつける何かがあった。 それに、ここにいれば、内裏にいる時のような思いをしなくてすむ。父はいつも側にいて守ってくれるし、自分を傷つける者もいない。 明子は寂しく、夫である新しい帝、文徳帝の面影を思い出した。
2007年08月28日
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あれは、四日ほど前のことだった。 染殿のこの部屋で寛いでいた明子の元に、父の良房が顔色を変えて駆け込んで来た。そして、たった今、仁明帝が崩御されたことを告げたのである。 明子は俄かには信じられなかった。主上が亡くなるなんて。 明子は三月ほど前に、出産にそなえるため、里の染殿へ下がった。その前に内裏にも御挨拶申し上げたのだったが、仁明帝はことの他そのことを喜び、側近く呼び寄せて明子を気遣ってくれた。 その際の帝の優しい笑顔やお元気だったご様子には、病気の気配すら感じられなかった。確かに、先月頃から帝は俄かに体調をお崩しになり、先日とうとう出家なされたとは、父の良房から聞いていたが、こんなに早く亡くなってしまわれるとは。 良房は青ざめた面持ちながらも、どこか興奮した様子で明子に言った。「これからは忙しくなる。東宮は今日中に践祚なされ、新しい帝の地位におつきだ。そして、次の東宮には……」 良房はその先は言わず、黙ってじっと明子の腹を眺めた。そして、明子に向かって頷くと、慌しく席を立って行った。 明子には、父の望みが痛いほどわかった。父は何が何でも男皇子が欲しいのだ。次の東宮に据えるために。明子が女子を産むことは許されない。明子は父の期待の重さに押しつぶされるような気がして、そのまま臥せってしまった。
2007年08月27日
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ひんやりした掌で頬をすっと撫でられた気がして、明子は目を覚ました。 ゆっくりと目を開けると、染殿の高い天井が目に入る。 側の几帳の帷子が少し上げられており、そこから微かな風が吹き抜けた。先ほど頬を撫でられたと感じたのは、どうやらそのせいだったのかもしれない。 鼻先を掠める風には、懐かしい染殿のにおいがする。最高級の伽羅や沈香の薫りに混じる、じっとりとした饐えたにおい。黴のような、それでいて死人の腐肉を思わせるような奇妙な甘いにおいが、微かに明子の鼻をつく。 この染殿では、いつも、どこででも、そのにおいが感じられた。明子は物心つく前からそのにおいに気づき、そして恐れていた。 そのにおいがひときわ強くなると、怖いことが起こる。 それは、明子が幼い頃から繰り返されてきたことだった。 今はまだそれほど強くはない。 まだ、今は……。 明子はそっと安堵の息をつき、再び目を閉じた。だが、再び眠ってしまうことは出来なかった。明子のぼんやりとした頭の中に、目まぐるしい数日間の記憶がだんだんと甦って来たのだ。 あれがわずか数日前のことだとは思えない。こんなに何もかも変わってしまうなんて。 明子は途切れがちな記憶を辿り出した。
2007年08月25日
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急に不機嫌になって席を立った東宮の非礼を詫びるように、仁明帝は良房に言った。「あれも、少しはにかんでいるのだろう。何しろまだ元服して日も浅い。初めての妃を迎えるのだから、ずいぶん面映ゆい気持ちでいるに違いない……そのうち、そなたにも打ち解けるであろう。案じるな」 仁明帝は明子にも優しく語り掛け、わざと明るい笑い声を立てながら軽口をきいた。「それにしても、見事な娘御じゃな。このように美しい女子を見たのは初めてだ。私がもう少し若かったなら、是非私自身の妃に貰い受けたかったものを」 良房は、自分を気遣ってくれる仁明帝の思いやりに感謝しつつも、先ほどの東宮の様子がひどく気になった。 隣にいる明子も、夫となる東宮のどこか冷たい態度を感じ取ったのだろうか、何となく沈んで見える。だが、日頃から口数が少なく、滅多に自分の感情を表さない明子は、良房に不安げな目を向けることもなく、ただ淡々とそこに坐っていた。 この物静かな娘が、この伏魔殿のような内裏の後宮に入って、上手くやっていけるのだろうか。 良房はふと不安になった。 だが、今更何を言おう。明子は生まれた時から帝の妃になることを運命づけられた女だ。 それに、この美貌に魂を奪われない男などいるだろうか。たとえ、帝や東宮であろうとも、明子のこの美貌を持ってすれば、きっと虜にすることが出来る。 良房はそう思って、無理に自分を納得させた。そして、傍らの明子の姿を眺めながら、心の中で呟いた。 これからはこの娘を、自分の全霊を傾けて護ってやらなければならない。いつか、帝の皇子を産み参らせるその日まで……。 良房は新たな決意を胸に固め、改めて丁寧に明子入内の許しを得た感謝を述べると、帝の御前を辞した。そして、明子の柔らかい小さな手を取り、これから明子の住まいとなる東宮御所へと導いていった。
2007年08月24日
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確かに、明子の美貌には、人の背を寒むからしむる凄みのようなものがあった。 まるで、花吹雪の舞う満開の桜の森に、ただ一人閉じ込められてしまったかのような、そんな恐ろしさ。明子の美しさを愛でながらも、良房はどこかでそんな不吉さを感じていた。 だが、今日はそんなことは考えまい。何といっても、今日は待ちに待った明子の入内の日なのだから。 良房は、明子が生まれたその日から、この日を夢見ていた。 そのために、良房は明子が幼い頃から、金に糸目をつけずにその美貌を磨き上げてきた。和歌や書だけでなく、管弦の技までしっかりと教え込み、女人として申し分のない嗜みも身につけさせてある。皇女を母に持ち、血筋の上でもこの上ない。 まさに、帝の后に最もふさわしい娘ではないか。 良房はにっこりと笑って明子を眺め、その視線をその夫となる東宮の元へ戻した。 東宮も明子の美貌に驚いているようだった。切れ長の一重目蓋の瞳を見開き、薄い唇を少し開けて、細い顎を微かに震わせている。 良房は満足げに、娘と東宮をかわるがわる眺めた。吉祥天女のように麗しい乙女と、高貴で雅な若い皇子。何と似合いな二人であろう。良房はこの組み合わせにすっかり満足して、満ち足りた笑顔で東宮に微笑みかけた。 しかし、良房の笑顔を目にしたとたん、東宮の顔から陶酔したような紅の色が失せた。そして、東宮は露骨に良房から目を逸らし、父帝に御前から去る許しを得ると、ふいに立ち上がって、謁見の間を出て行ってしまったのである。
2007年08月23日
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良房は、彼の傍らで顔を桧扇で半ば隠しながら平伏している明子を、目を細めながら眺めた。 何と美しいのだろう。自分の娘でありながら、思わず見惚れてしまいそうだ。 明子は、良房とその妻源潔姫との間に生まれた一人娘である。しかも、良房には他に妻がいなかったので、子供は明子だけであった。 良房は後継ぎになる男子を得られなかったことを常々嘆いてはいたが、ただ一人生まれたこの娘がこれほどの美女であったことを神に感謝せねばなるまい。 明子は生まれた時から美しかった。 赤い猿のような顔をしていてもおかしくない嬰児の時でさえ、肌は抜けるように白く、黒目がちな瞳をぱっちりと見開いていたものだ。 三歳になる頃には、もう成長した先の美しさがありありと想像できるほど、匂い立つような何かがあった。まるで小さな桃の花の精のような、薄紅を帯びた愛らしい顔。薄い色をした尼削ぎの髪はさらさらと肩に流れ、不思議な琥珀のように澄んだ瞳によく映っている。 良房は暇さえあれば明子の顔を見たがり、目に入れても痛くないほど愛しんだ。 だが、その明子の姿形は、彼女を溺愛する父の良房には全く似ていなかった。近寄りがたい高貴な雰囲気は、確かに嵯峨帝の皇女であった母の潔姫から受け継がれたものであろうが、どちらかというときつい印象を受ける母親の美貌とも明らかに異なっている。 それに、まるで天女のようなその美しさには、どこか神秘的で人間離れしたところがあった。 明子の乳母を勤める百済継子などは、明子の美しさを危ぶんで、よく言ったものだ。 あまりにも美しすぎるお方は、神などに魅入られて攫われてしまうのではないか……。
2007年08月08日
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良房は東宮の顔を見ながら、ついにやりとほくそ笑んでしまった。 この、世に承和の変と呼ばれるようになった謀反未遂事件を、周到に準備し陰で操っていたのは、誰あろう、良房だったのである。 実は、承和の変で処罰され政界を追われたのは、みな恒貞親王とその父淳和帝に近い立場にある者たちであった。 淳和帝は嵯峨帝の弟にあたり、その後を継いで帝の位についた。やがてその位は、嵯峨帝の皇子である仁明帝に受け継がれた。だが、その東宮には、仁明帝に既に道康親王がいたにも関わらず、嵯峨院の強い意向によって、淳和帝の皇子恒貞親王が立てられていたのである。 このままでは、皇統が淳和帝の血筋に移ってしまう。 そこで良房は、彼と同じくそのことを苦々しく思っていた仁明帝の母嘉智子と謀って、このような陰謀を企てたのであった。 承和の変は、皇統を仁明帝=道康親王の流れに戻すと共に、良房の政敵である伴、橘の諸氏や淳和帝派の貴族たちも一気に始末してくれた。良房はこの陰謀のおかげで、弱冠三十九歳にして、廟堂の中心に躍り出たのである。 そして今や、良房は娘の明子を東宮妃にするという念願を果たそうとしている。今日は、良房の生涯の中で、最も輝かしく嬉しい日の一つであった。
2007年08月07日
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良房は恭しく帝に拝礼し、東宮にも丁寧に頭を下げて平伏した。 この道康親王は、仁明帝と良房の同母妹である藤原順子の間に生まれた皇子である。娘の明子より一つ年上で、良房にとっては最も身近な甥だった。 その立太子を実現するために、良房はどれほどの苦難を乗り越え、どれほど多くの血を流したことだろう。 良房は、ほんの数ヶ月前に世間を揺るがした大事件を思いやった。 承和九年七月十五日、長い間上皇としてこの国に君臨してきた嵯峨院が崩御した。そして、その僅か二日後、恐ろしい謀反が発覚したのである。 事の起こりは、嵯峨院の死の五日前のことであった。平城帝の皇子阿保親王の元に、東宮坊帯刀の伴健岑が訪れ、親王に謀反の話をもちかけたというのである。 健岑の計画は、嵯峨院の死後の混乱に乗じて、ただ今の東宮恒貞親王を奉じて東国へ赴き、そこで兵を集めて反乱を起こそうというものであった。この話を聞いた阿保親王は、それを密書にしたため、太皇太后橘嘉智子の元へ届けた。そして、その謀反の計画は、嘉智子から当時まだ中納言であった良房に託され、直ちに仁明帝に報告されたのである。 ことが公になると、処罰は迅速に行われた。七月十七日、仁明帝の命令の元、近衛の将兵たちによって、伴健岑と橘逸勢が逮捕され、大納言藤原愛発、中納言藤原吉野、参議東宮大夫文屋秋津らも拘禁された。 そして、首謀者の二人は拷問に掛けられた上、健岑は隠岐に、逸勢は伊豆にと、共に遠流の刑に処せられた。良房の上席者であった愛発や吉野らも左遷され、結局処罰された者は六十人にものぼったという。 その上、この謀反に担ぎ上げられた恒貞親王は、何と東宮を廃されてしまったのである。 そして、その恒貞親王に代わって新しく東宮の位についたのが、今良房の目の前に坐っている道康親王であった。↓ちなみに、こちらが「呉竹」。緑が濃く葉が大きい「漢竹」と比べて、「呉竹」はとても淡い色合いで葉も小さいんですね。
2007年08月04日
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良房は、内裏の清涼殿の孫庇に座って、庭に植えられた漢竹の群れを眺めていた。 夏の日差しに照らされて、翡翠のような濃い緑色の葉が、さらさらと風に鳴りながら輝いている。 その晴れやかな輝きは、今日の良房の心持ちそのままだった。 良房は傍らの几帳の陰にいる娘の明子の方を見た。こちらからは顔は見えないが、几帳の隅から身の丈に余る黒髪が流れている。 この髪がこれほどまでに長くなる日を、今までどれほど待ちかねて来たことか。良房は、その僅かに柔らかな茶味を帯びた艶やかな髪を、満足げに眺めた。 今日、良房は自分の娘である明子を、東宮妃として入内させるために、この内裏へ連れてきたのである。 この日を迎えるために、良房はどれほどの苦労を積み重ねてきただろう。 自分の娘を後宮に入れる。それは、良房の宿願であった。 そして、その娘の腹に生まれた皇子を帝の位につける……父の冬嗣はそれを成し遂げた。自分はどうだろうか。いや、必ず成し遂げて見せる。何としてでも。 御簾の向こうにいた女房たちがざわめいた。どうやら帝がこちらへお出ましになったらしい。 良房は傍らの明子を促して、御簾の内に入った。 仁明帝は、清涼殿の昼の御座に、いつもの柔和な笑顔を浮かべて、ゆったりと坐っていた。そして、その傍らの繧繝縁の畳の上には、強張った顔つきの若い皇子がいる。 仁明帝の東宮、道康親王であった。↓これが「漢竹」。平安の昔から、清涼殿の庭には「漢竹」と「呉竹」が対で植えられていました。現代の京都御所の清涼殿にも、ちゃんとありましたよ♪
2007年08月03日
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真済が驚いてまだその炎を見つめているうちに、背後からどよめきが起こった。うーんと一声呻き声を上げて、実恵が目を覚ましたのだ。 傍らに集まっていた僧たちは、驚いて実恵に取り縋った。そして、息を吹き返した実恵を見て涙を流して喜び、今度は真済の周りに集まって次々に拝礼する。真済を呼びに来た若い侍僧が、両手で溢れる涙を拭いながら言った。「やはり、真済様の法力はたいしたものじゃ。並の僧では、きっと実恵様をお助けすることは叶わなかったでしょう。さすがは、当代一の名僧でござりまする」 真済は鷹揚に笑顔を見せて弟子の拝礼を受けながら、心の中で思っていた。 あの鬼火の夜に授かったこの力には、面白い使い道がある。 真済は僧にもいろいろな種類と役割があることを知っていた。かつて真済が目指していたように学僧として仏教の奥義を極める者もいれば、法力を磨き加持祈祷の技で名声を得る者もいる。 真済は今までそのようなたいした学識もない祈祷僧を軽蔑していた。だが、今の世の中では、むしろ法力の強い者の方が、誰からも高く評価されていたのである。 それもそうだろう。誰しも、この世で幸せになるのを望む。祈祷の力で、あらゆる欲望を叶えることはおろか、死さえ免れることができるのなら、そんなことの出来る者を重んじないことがあろうか。 だから、強い呪力を持つ祈祷僧として名が売れれば、あらゆる権門から引く手あまたになる。それだけではない。いずれは、帝のための加持祈祷を行う護持僧にだってなることが出来るのだ。 帝の護持僧。それこそ、僧としてはこの国で最高の地位ではないか。 真済は唇を歪めて薄く微笑んだ。 この力を、せいぜい利用してやろう……。
2007年08月01日
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