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行綱がこの間言っていた四条宮に仕える恋人とは、この小中将のことなのだろう。 だが、この様子ではどうやら行綱の片想いらしい。 小中将はもう二十歳をとっくに越している年恰好で、行綱よりかなり年上らしかったし、行綱への態度はどう見ても優しい恋人のものとは思えない。 何だか行綱が哀れになって来た能季は、しぶしぶ怒りを収めて常の座に腰を下ろすと、行綱を差し招いた。「もう良い。行綱、とにかくそなたの話を聞こう」 行綱はようやく能季の怒りが解けたことを知ると、いつもの剽軽(ひょうきん)な身ごなしで近づいてきて言った。「ご報告が遅くなって申しわけございませんでした。兄が文を届けるのが遅かったし、それからまた別の御所に行ったりしておりましたのでな。これでも精一杯急いだのですよ。それにいろいろと聞き込むのが大変で……」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年10月31日
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能季が暗い簀子(すのこ)に目を向けると、恐ろしげに背を丸めた行綱の向こうに、花橘の襲(かさね)の袿(うちき)を着た女が立っていた。 はっきりとした目鼻立ちに、椿の花弁を置いたような赤い唇。髪は長く豊かで、白くふっくらとした頬によく映っている。 だが、そのあでやかな容姿に似合わず、いささか掠(かす)れた女の声は威勢がよくはきはきしていた。 女は行綱などさほど気にも留めずに、きびきびと袴をさばいて能季の前に進み出ると、今度はいとも優雅に腰を下ろして一礼しながら言った。「わたくしは四条宮にお仕えする女房で、小中将と申します。能季様には、初めてお目にかかります。どうぞ、お見知りおきを」 そう言うと、小中将は顔を上げて嫣然(えんぜん)と微笑んだ。 そのあまりに艶な笑みに、能季は思わず胸がどきどきして、顔が赤らむのを覚えた。まるで耳元で、今夜局に忍んできても嫌ではない、と囁(ささ)いてでもいるような笑みだ。 これでは、行綱が夢中になってしまうのも無理はない。行綱はと見ると、やはり頬を赤らめ靄(もや)のかかったような目で小中将を見つめている。 だが、小中将の方はというと、もはや行綱など眼中にないようだ。先ほどの嫣然とした笑みを、今度は兵藤太の方へ向けている。 真砂は能季の傍らで、今すぐにでもこの女を庭先に掃き出してしまいたいとでも言うように柳眉を逆立て、小中将を睨みつけていた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年10月29日
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兵藤太が戻ってきたのを見ると、能季は怒りを爆発させて言った。「兵藤太、今すぐ行綱を探し出し、ここへ引っ張って参れ。思い知らせてやる」 行綱がまだ戻っていないことを知ると、兵藤太も少し驚いたようだった。 だが、兵藤太はどんな時にも滅多に動揺したりしない。すっと一礼すると、部屋を去っていったが、行ったかと思う間もなく戻ってきた。 後ろには、真砂が誰かを引き連れている。 それは行綱だった。 能季は行綱を見るやいなや怒鳴りつけた。「何をしていたのだ。連絡も寄越さず、今まで一体どこにいた!」 普段は穏やかな能季の剣幕に、行綱は思わず仰天したようだった。すぐにその場に跪(ひざまず)き、頭を擦り付けるようにして平伏している。 そのくらいでは到底怒りが収まらない能季は、なおも行綱を叱りつけようと立ち上がった。そして、口を開こうとしたとたん、行綱の背後から華やかな声が響いた。「わたくしが行綱殿をあちこち引き回していたのです。どうぞお叱りくださいますな」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年10月22日
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とにかく、もう少し小八条第の様子を探ってくれと、兵藤太は右京へ戻らせた。 後は、行綱の方の報告を待っていたのだが、結局その夜は現れず、翌日になっても何の連絡もない。 日中は宮中での仕事があり、能季も何とか自分を押さえていたのだが、夕方になって家に帰った時にもまだ行綱から連絡がないと知ると、さすがに能季も激怒してしまった。 あのような悲惨な姿になった師実を見たばかりだ。心は重圧に押しつぶされ、焦りに身を焼かれるようでじっとしていられない。 それなのに、自分の主の師実をほおっておいて、行綱は一体何をしているのだろう。 兄の家綱から能季の文が届かなかったのだろうか。だが、そうだとしても、約束の刻限には戻ってくるべきだ。大方、あのお調子者で女好きのこと、目当ての女の寝所に引き篭って、つい長居でもしているのだろう。 能季は無性に腹が立ち、何度も行綱の家に文の遣いをやった。だが、行綱は依然帰宅しておらず、何の音沙汰もない。 自分一人で気軽に動き回れるような低い身分だったなら、行綱などに任せずに自分で何とか探ってこられるものを。 能季がひどくいらついているのに気づいて、真砂さえ近くに寄ってこない。 夜になって兵藤太が戻ってきた頃には、能季はもう夕餉さえ食べる気も起こらず、爪を噛みながら帳台に引き篭っていた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年10月21日
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能季はいらいらしながら行綱を待っていた。 もう一度堀河殿の釣殿に集まろうと約束した昨日の夕方、行綱は結局姿を現さなかった。それどころか、遅れるとか、今日は来られないとかいう文さえ寄越さない。 兵藤太の方は夕方に一度戻ってきた。例の武者たちの素性はまだわからないが、ちょっと気になる話を聞いたという。 四日ほど前、小八条第に数人の僧が入って行ったらしい。屋敷に出入りにしている小者をつかまえて訊ねてみると、どうやら屋敷の中の誰かが出家したようだ。 僧はなかなか立派な身なりをしていたそうだから、出家したというのは屋敷の主の道雅だろうか。 小者の話では、道雅はこのところ少し体調を崩し、時折薬師や祈祷僧のような者たちも出入りしていたという。もしかしたら、相当に具合が悪いのかもしれない。 もしそうなら、どうやって道雅を大宮川におびき出したらよいのだろう。 能季は目の前が暗くなるような気がした。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年10月15日
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「もうちょっと待ってくれ。私が必ず師実を助ける。今、いろいろと探っているところだ」「でも、せめてご祈祷の僧だけでも」「人目が増えれば、どこから話が洩れるか知れぬ。騒ぎが大きくなっては、かえって師実のためにはならぬだろう」「行綱殿は師実様が怨霊に祟られていると申されました。それならば、やはり尊い僧にご祈祷を願って」「おそらく、よほどの僧でないかぎり、あの怨霊を鎮めることはできまい。もちろん、私もそれを考えていないわけではない。だが、それなりの僧を呼ぶとなると、関白様のお耳に入らずにはすまない。とにかく、今は師実のために精一杯のことをやっているところだから、もう少し時間をくれ。私の手におえぬとはっきりした時は、すぐに私から関白様に申し上げよう」 乳母はなおも泣きながら能季に訴えたが、能季が必死に宥めると、どうやら落ち着いてくれたようだった。 乳母は衾から覗いている師実の手を取り、さめざめと泣きながら撫でさすっている。その手も、どす黒く腫れ上がり、ぴくりとも動かなかった。 能季は次第に高まってくる恐怖と重圧に、胸が押しつぶされる思いだった。 もし私の力が及ばなければ、師実はこのまま腐り果てるようにして死んでしまうだろう。すべて、私のせいだ。 能季はそれ以上師実の姿を見続けることができず、重い心を抱いたまま、逃げ出すように三条の屋敷を後にしたのだった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年10月08日
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能季がそっと近づくと、女はびくりとして顔を上げる。中年の、だがまだ瑞々(みずみず)しさの残る上品な顔立ちだ。おそらく、これが師実の乳母だろう。 能季は乳母の傍らに腰を下ろし、そっと小声で名乗った。乳母は緊張の糸が切れたのか、ふいに細い声を上げて泣き出した。 能季は乳母を宥(なだ)めるように肩を叩きながら、几帳をよけて中を覗いた。 褥の上には、海老のように曲げられた小柄な身体が横たわっている。もっとよく見ようと褥に近づいた能季は、思わず息を詰めて後退(あとずさ)ってしまった。 引き被った衾(ふすま)から半ば覗いていた師実の顔は、腐ったあけびのように、紫色に腫れ上がっていたからである。 師実は烏帽子のない素頭を力なく枕の上に伏せ、時折荒い息を吐きながらうめいていた。辺りには異様な臭気も漂っている。 能季は驚きの余り、しばらく声も出なかった。乳母は堪りかねたように能季にしがみつきながら言った。「一体どうしたらよいのでしょう。今にも師実様が亡くなってしまわれるのではないかと、わたくしはもう恐ろしくて、恐ろしくて。これ以上耐えられませぬ。本邸の父君にお知らせを」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年10月06日
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三条の師実の屋敷に着くと、兵藤太は供の侍の馬にひらりと飛び乗り、そのまま元来た道を駆って行った。 後に残された能季は、急に心細くなった。 今朝見た夢の光景が脳裏に甦る。師実に会うのが怖かった。 どんな様子だろう。まだ生きているだろうか。 三条の屋敷は人数も少なくひっそりとしていた。 師実は普段摂関家の本邸の高陽院に住んでいる。だが、師実は亡くなった母君と過ごした思い出のこの屋敷をこよなく愛しており、自分の乳母の一人で尼になった者を留守居としてここに住まわせていた。 能季が師実をここに運ばせたのは、師実が時々羽根を伸ばしに行っているのを知っていたからである。 ここなら頼りになる乳母がいるし、師実がしばらく一人で滞在していても怪しまれることはない。 やがて、能季は師実のいる寝殿に通された。 幾重にも下ろされた御簾を抜け、寝室になっている塗籠の戸を開けて中に入ると、几帳に囲われた寝床が見える。 側には、頭巾を被った尼姿の小柄な女が、身動き一つせずに座っていた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年10月03日
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