2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全11件 (11件中 1-11件目)
1

「当子様は、三条帝と皇后様の間にお生まれになった、大そう高貴なお方でございます。母后はえもいわれぬ程お美しい方と評判で、その血を引かれる当子様も小一条院も、大そう美貌で聡明な素晴らしいお方でした。三条帝はそんなお二人を殊(こと)のほか可愛がっておられ、小一条院に帝位を譲られることを強く望まれていましたし、当子様などは片時も側からお放しにならないほど鍾愛(しょうあい)なされておいででした。当子様が伊勢斎宮に卜定(注)なされた折など、それはそれは別れを悲しまれて。それであんな不吉なことを」「不吉なこと?」「伊勢に旅立たれる前、斎宮は帝に最後のお別れを申し上げに参内いたします。その時、斎宮の髪に帝が別れの御櫛を手ずからさしてやるという儀式があるのです。櫛をさした後は、決して互いに振り返って顔を見合わせてはならないというのが、厳しい決まり事でございました。ところが、三条帝は当子様との別れを惜しむあまり、声をかけて振り返らせてしまったのです。後で当子内親王があのような不幸な目に合われたのも、この時に禁を破って伊勢の大神に忌まれてしまったからではないかと、宮中では密かに囁かれたものでございました」*注…ぼくじょう。伊勢斎宮は、未婚の皇族女性の候補者の中から、占い(亀卜)によって選ばれていた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年12月25日
コメント(0)

「わたくしの知っていることなど、お役に立ちますかどうか」「そなたは小一条院の妹宮である当子内親王の乳母だったそうだな。それでは、当子様について聞かせてくれ」 老尼は顔を上げて能季を見た。 白い顔一面を覆う皺に埋もれるような小さな目が、少し疑(いぶか)るような光を帯びてこちらに向けられている。 老尼は手に持った数珠をまさぐりながら言った。「もう当の昔に亡くなられた方でございます。それでもよろしいので?」「ああ。大そう美しくて優しい方だったというではないか。私の書く書物にも、きっと花を添えてくれると思う」「書物に。あのお方のことを覚えているのは、もうそうたくさんはおりますまい」「そなたがいなくなれば、その思い出も失われてしまうだろう。それならば、私が書物に残して、それを後世に伝えよう」 老尼は何か思い出したのか、急に顔を歪めて泣き出した。 能季は老尼の細い肩に手を乗せて、優しく宥(なだ)めるように撫でさすった。 老尼はしばらくの間声を殺してすすり泣いていたが、やがて落ち着いてきたのか、ぽつりぽつりと語りだした。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年12月24日
コメント(0)
![]()
能季ははっとなって、頭の中を一杯にしている姫宮の面影を振り払った。 この小一条院へ来たのは、訪問の口実に使ったように到来物の白絹を院の上に献上するためでも、瑠璃女御の昔話を聞くためでもなく、当子内親王の乳母に会うためなのだ。 能季は姫宮のことを無理矢理頭の脇へ押しやり、何気ない口調で訊ねた。「ほう、そんな尼君がおられるのですか。姫宮がわざわざお話を聞きに行くとは、よほど面白い話をするのでしょうな。一体どういうお方です?」「亡き小一条院からお預かりしているお方です。何でも、妹宮の乳母だったとか。もう七十歳を過ぎた老尼ですよ」「そんな方と、姫宮は一体どんな話をしているのでしょう」「さあ、そこまでは。でも、老いた者のする話といえば、昔語りに決まっておりますからね」「姫宮が興味をもたれるような面白い話なら、私も聞いてみたいものです。訪ねていって、話をしてもかまいませぬか」「まあ、おかしなこと。若い方にはきっと退屈でしょうに。でも、ご希望なら女房に案内させましょう」 そう言うと、瑠璃女御は傍らの老女房に合図したようだった。 瑠璃女御の御前を辞した能季は、女房に連れられて西の対の北庇に行った。簀子(すのこ)に回された欄干のずっと向こうに、庭に下ろされた小さな階(きざはし)が見える。その階の辺りが姫宮の部屋だった。 あの黄昏の日、能季はその階の上で、思いがけず姫宮と会ったのだった。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓平安時代の貴族の邸宅の造りはこんな感じ。簀子は建物の外側に廻された廊下のような部分。簀子についている手すりが欄干。階は庭に通じる階段のことです。
2014年12月17日
コメント(0)

「姫宮は近頃あまり人前に出たがりませんの。庭などにはよく降りて、そぞろ歩いたり花を摘んだりしているようですけれど。先ほどから待っているのですが、どうやら今日もこちらへは来ないようですね」 それを聞いて、能季はがっかりしてしまった。 昨夜からそのことばかりを考えて、肝心の要件を忘れてしまうほどに心をときめかせていたというのに。 もしかしたら、私は姫宮に避けられているのではないか。 あの黄昏の日以来、姫宮には会っていない。 姫宮は私のことを恐れ、馴れ馴れしい嫌な男だと思っているのではないか。 いや、そんなはずはない。あの時、姫宮は私の気持ちを受け入れ、唇を許してくださったではないか。 だが、その後心変わりしたとしたら。 姫宮は一体私のことをどう思っておられるのだろう。 少しでも姫宮のことを知りたいと、能季は震える声を押さえて瑠璃女御に言った。「姫宮はお健やかでいらっしゃいますか」「ええ。でも、近頃は自分の部屋に篭(こも)りっきり。わたくしのところにも時々しか顔を見せませぬ。姫宮の部屋の北庇(きたびさし)に住まわせている尼君のところへは、時折話を聞きに行っているようですけれど」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年12月16日
コメント(0)

能季は先ほどから何度も、御簾の内を透かしてみようと苦心していた。 だが、どうやら御簾内にいるのは、尼姿の瑠璃女御と側仕えの老女房だけのようだ。 ようやく口実を見つけ、こうやって小一条院へやってきたというのに、今日もあの方の声さえ聞くことはできないのか。 能季は失望のあまりつい溜め息をついてしまった。そんな能季の気持ちが伝わったのか、瑠璃女御は能季に言った。「能季殿がおいでになっているから、昔のように少しお話でもしたらと、姫宮のところに使いをやったのですが。宮も少し大人びて、殿方と話すのは恥ずかしいようですね。近頃は兄宮と話すだけでも隔てを置くくらいですから」 そう言って、瑠璃女御はほほと笑った。瑠璃女御はただの娘らしい羞恥だと思っているようだが、能季はあの黄昏時のことを思い出し、ふいに顔が赤くなるのを覚えた。 あの時のことを、この瑠璃女御が知ったら、一体何と思われるだろうか。 もう二度と姫宮の側には近づけていただけないのではないか。いや、それ以前に、小一条院へ足を踏み入れることさえ遠慮してくれと言われるだろう。ただでさえ、能季がここへ来られるのは父の供をする時だけなのに。 故小一条院の妃である姉は、院の上と呼ばれ、今もこの御所の寝殿に住んでいる。だが、姉は能季とは母が違っていて、それほど近しい間柄ではなかった。 姉の後見は父や兄たちがしていたから、能季にはあまり出番はなかったのである。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年12月10日
コメント(0)

この小一条院の亡き主は、三条帝の第一皇子敦明親王だった。 自分の血を引く孫たちに帝位を継がせようともくろむ道長らの圧力に屈して、三条帝が後一条帝に譲位した時、敦明親王はその見返りとして皇太子となった。 敦明親王は美貌で聡明な人物だったが、道長らにとってはただ邪魔で危険なだけの存在である。後ろ盾の三条院が亡くなると、敦明親王は皇太子の地位を維持するのが難しくなってしまった。 結局、敦明親王は皇太子の地位を後一条帝の同母弟の敦良親王(後朱雀帝)に譲り、その替わりに名目だけの院号宣下を受け、太上天皇に準ずる待遇を与えられることになるのである。そして、その御所に因んで小一条院と呼ばれていた。 下野の姉は元々小一条院妃の高松殿女御に仕える女童だったのだが、美貌を女御の夫君である小一条院に見初められてその寵姫となった。 高松殿女御の死後は、小一条院の西の対を与えられ、瑠璃女御と呼ばれて時めくことになる。 女御といっても、もちろん正式の妃ではない。しかし、一介の女童が準太上天皇の厚い寵愛を受けるようになるというのは、滅多にない大変な出世だ。それで、いつしか女童の頃の童名と合わせて、世間では瑠璃女御と呼ぶようになったのである。 実は、能季の母もまだ少女の頃、高松殿女御に女童として仕えていたことがあった。そこで高松殿女御の同母兄である父に見初められて、能季が生まれることになったのである。 母が小一条院にいる間、瑠璃女御はたいそう母を可愛がっていたのだそうだ。それで、昔から能季が小一条院へ来ると、必ず側近くへ呼んでは母の昔話をする癖があった。 能季がまだ幼かった頃には、御簾の内へも入れてくれ、瑠璃女御の産んだ若宮たちとも一緒に遊んだものだ。 能季はその頃のことを寂しく思い出す。 あの頃は、小一条院に来る度にあの方に会え、その紅葉のような小さな手を取ったり、一緒に人形遊びをすることもできた。 でも、今はもう姿を垣間見ることすらできない。 あの、黄昏の一時だけは別だったけれど……。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年12月09日
コメント(0)

風に乗って、匂いやかな薫物(たきもの)の香りが漂ってくる。 御簾は青々と清らかで、几帳の帳には染み一つない。すぐ側の厨子(ずし)の上にさりげなく飾られた青磁の壺は、ひんやりとした氷のような冷たい輝きを放って、いかにも夏の設(しつら)えに相応(ふさわ)しいものだ。 いつ来ても、この小一条院は清々しい香気に満ちていた。まるで、今は亡き主の面影がそのまま染みついているかのように。 能季は小一条院の西の対の庇(ひさし)に座って、細い声音の語る昔語りを辛抱強く聞いていた。 目の前に下ろされた御簾の内から、その声は聞こえてくる。御簾越しに、尼姿の小柄な人影がおぼろげに見えた。「ご立派になられて。御母君も、そのお姿をご覧になれば、さぞかしお喜びになったことでございましょう」 そう言いながら、御簾内の声は涙ぐんだようだった。 能季は寂しげな笑みを浮かべ、御簾に向かって語りかける。「私の母のことなどを覚えていてくださるのは、他人ではもはや瑠璃女御様だけでしょう」 御簾内の人、瑠璃女御は微かな身じろぎの音をさせて、瞼の涙を拭ったようだった。 昨夜の小中将の話に出てきた下野の姉とは、この瑠璃女御のことだ。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年12月08日
コメント(0)

小中将はちょっと不服げだった。明日もまた能季の屋敷へやってきて話ができると、内心楽しみにしていたようだ。 だが、能季はもはや小中将のことなど考えて入られなかった。 明日小一条院へ行けば、もしかして……もしかして、あのお方に会えるかも。 そう思うと、能季は居ても立ってもいられなくなった。今夜はきっと、心がときめいて眠れそうもない。 急にそわそわして上の空になった能季を見て、兵藤太は静かに小中将へ言った。「様々なお力添え、ありがとうございました。この御礼はいずれ改めて。今日はもう遅いから、どうぞお引取りを。私が四条宮までお送りいたしましょう」 少し物足りなげで不機嫌になりかけていた小中将は、それを聞くと俄かに活気づいたようだった。 例の艶な微笑みを浮かべて、今度は兵藤太の方へ擦り寄ろうとする。もちろん、行綱が黙っているはずはない。「いや、私がここまでお連れしたのだから、私が最後までお送りする」 と言いつつ、行綱は寝ぼけ眼を擦っていた。相当に疲れていたらしく、小中将が話している間についうとうとと居眠りをしていたのだ。 兵藤太はそんな行綱に気を使って、小中将の警護を申し出たのだったが、行綱には毛頭そんな気はない。すぐに頭を振って無理に目を覚まそうとするのだが、ぼんやりした頭はなかなか元に戻らない。それを無視して立ち上がろうとしたので、ふらふらと足がよろけて、蛸のようにその場にへたり込んでしまった。 そんな行綱に苦笑しつつ、兵藤太はそっと能季の方を見やった。 能季は目の前の滑稽なやり取りにもまるで気づかないように、脇息にもたれてじっと物想いに耽(ふけ)っている。 兵藤太は哀しげな目で能季を見つめながら、そっと深い溜め息をついた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年12月04日
コメント(0)

能季の胸の鼓動がさらに高まる。 それには気づかず、小中将は得意げに続けた。「大和宣旨から歌の集を預かっていたので、とにかく一番に下野のところへ行って、事の首尾を話したのですよ。そして、当子内親王様の乳母の話をしたところ、すぐに思い出してくれました。下野が姉上様のおられる小一条院に伺った時に会った、老いた尼がそれではないかと。姉上様の話では、当子様は亡くなるまでずっと乳母のことを心配しておられ、母君の皇后様も大そうそれを気に掛けておられたのだとか。ですから、きっと母君の希望を入れて、小一条院が面倒をみて来られたのでしょう」「そうか、ではその乳母に是非とも話を聞かねばなるまいな」「はい。そう思ったのですが、今日は他の御所を訪ねるには遅いし、とにかく能季様にこれまでのことをご報告せねばと行綱殿が申されるもので。取りあえず、一旦こちらへ参った次第でございます。明日、わたくしが小一条院へ行って、その乳母に話を聞いてまいりましょう」「いや、それには及ばぬ!」 能季は慌てて叫んだ。 急に大声を上げた能季に、小中将はちょっと驚いて目を見張っている。 能季は顔が赤くなるのをいまいましく思いながら、必死に作り笑顔を浮かべて小中将に言った。「小一条院には私の姉がいる。私も時々父と一緒にご機嫌伺いに行くのだ。あそこなら私も慣れているから、私が直接行って話を聞いてきた方が早いだろう」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年12月03日
コメント(0)

最愛の内親王をそのように手折られたとあっては、三条帝が怒り狂うのも無理はないだろう。 頷く能季に、小中将も声をひそめて続ける。「三条帝は結局、道雅殿を許さないまま崩御なさいました。当子内親王はその後すぐに出家され、しばらくして亡くなってしまわれたとか。何ともおいたわしいことで」「そうか。内親王様が亡くなっておられるとすると、他に道雅殿と当子内親王様とのことを詳しく知っているものはいないのだろうか」「女房の話では、道雅殿を当子内親王様へ手引きしたのは、当子内親王様の乳母だったのではないかといわれていたそうです。事が露見した後、乳母はすぐに御所を追い出され、それを引き取ったのが道雅殿だったそうですから」「その乳母は今どうしているだろう」「それを調べようと思って、一旦四条宮へ戻ったのですよ。四条宮にもあちこちの御所に伝手(つて)を持っている者は多いし、いつも話しなれている同僚なら突っ込んだ話もできますしね。案の定、すぐに乳母の居所がわかりました」「それはどこだ」「小一条院」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年12月02日
コメント(0)

なるほど、相手は内親王か。 身分の高い内親王は、帝や皇族以外の男とは結婚できないのが決まりだった。たとえ摂関家の嫡子であっても、滅多に降嫁のお許しは出ないのが普通だ。 そのような高貴な女人の元に密かに通って、盗むように妻にするなど到底許されることではない。「当子様か。あまり聞かない御名だが、どなたの内親王様だろう」「三条帝と皇后様の間にお生まれになった御娘で、小一条院の同母の御妹君でございます」 小一条院という名を聞いて、能季の胸はまたどきりとときめいた。 あのお方の近い身内ということか。 能季は遠い面影を思い浮かべながら、何か不思議な因縁めいたものを感じていた。 自分の想いに耽(ふけ)る能季を誤解したのか、小中将は年上の物知りらしい口調で言った。「能季様がご存じないのも無理はございませぬ。当子内親王様はもうずっと前に、若くして亡くなられたそうでございますから。当子内親王様は、伊勢斎宮にもなられた高貴で大そう美しい姫宮だったそうです。三条帝は目に入れても痛くないほど可愛がっておられたとか。そのお方と道雅殿が密通していたことが露見して、三条帝の激しいお怒りを買ったようです。もちろん、表向きは全て伏せられておりましたけれど。でも、しばらくして道雅殿が突然三条帝から勘当されてしまったので、やはり本当だったのだともっぱらの噂だったのだそうでございますよ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2014年12月01日
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1


![]()