暖簾をくぐって誰もいない 土間に立った半次郎
は、 仏壇に目をやると
まっしぐらにそ の前に行き足を止めます
。
おとくが二十数年間、新太郎の帰りを待ちつづけているかげ膳を見たとき、 半次郎は堰をきったようにその思いを言葉に出します
。
半次郎「おっかさん、 あっしはこれで
、 本望にござんす
」
そのとき、半次郎は、 誰かがいる気配
を感じます。
そう、中富とおこよが来ていて 一部始終を見ていた
のです。
今自分がしていたことをみとられまいと、その場を急いで立ち去ろうとする半次郎に、 中富が話しかけます
。
中富 「 そうだったのかあ
、何もかも 俺には読めたよ
」
半次郎「へっ、 勝手な推量おきなせい
。あっしは、凶状旅のしがねえ渡り鳥だ」
と捨て台詞を言い行こうとしたところに、中富が半次郎に「相手ははっている、お主一人では危ない」といいます。
待ち伏せているところへ合羽を着て笠で顔を隠した中富が「浜津賀の権兵衛だ」と名乗り、伊之助の呼子で集まってきたのをひきつけている間に、半次郎はおとくとおけいを助けに安五郎の家を目指し走ります。
安五郎一家に入った半次郎は、「誰だ」と問われ、
半次郎「上州草間の生まれ、 半次郎でござんす
。推参のしでえは、こちらの親分さ
んがご承知のはず、ご免なすって」
そういって入って行こうとしたとき、「 待ちやがれ
」で立廻りとなります。
安五郎や源右衛門がいる部屋までやってきましたが、 二人の姿が見えません
。何処かと見回すと、 おとくが牢に入れられているのが分かりました
。
斬りながら半次郎は牢の方へ向かいます。思わず「 おっかさん
」と・・・いったんは土蔵の前まで行けたのですが、斬りかかって来る刃に遠ざかり近づくことができません。「おふくろさん、 おけいさんは
・・・」「 源右衛門の家に
」。
そのとき、駆けつけた中富に、土蔵に入れられているおふくろさんを頼み、おけいを助けに走るのです。中富は安五郎を斬り、おとくを無事に助け出します。半次郎のことが気にかかっているおとくに、「権兵衛はな、お主の供えたかげ膳を見ていった、 ”
おっかさん ”
と」と、中富がいいます。
源右衛門の家に向かっておけいを乗せた駕籠に、 半次郎が追いつきます
。
逃げる 源右衛門と伊之助を斬り
、半次郎は駕篭に近づき 垂れをあげます
。
そして、半次郎はおけいにいうのです。
半次郎「もし、おけいさん、・・・ 仔細あってあっしは縄を解かねえ
。猿ぐつわも
そのままにしますが、これを・・・ (
半次郎は涙を流して )
・・・ これをご
覧なせえ
・・・ (
といい、 左二の腕にある三つのほくろ
を見せます )
」
半次郎「・・・ だがあっしは
、 平田屋の新太郎じゃねえ
、・・・浜津賀から見た海
の眺め、・・・ あの砂浜の砂の手触り
、おぼろにそれと思いがあっても、
やっぱりあっしは、義理の父つぁんがいったように、 上州草間の生まれの
半次郎だ
。・・・ 二度とお目にはかかりやせん
」
涙を浮かべ はげしく首を横にふるおけい
。そのとき、遠くに「権兵衛」とよぶ中富の声がしたので、「それじゃ、これで」と行こうとしましたが、振り向き
半次郎「おふくろさん共々・・・幸せに暮らしなせいよ」
といい、駆けていきました。
おけいが、おとくに「あの方の左の腕には、三つのほくろが」というと、おとくは「 それじゃあ
、 やっぱり
・・・」と、呆然と半次郎が行ってしまった方を見つめます。おけいは「新太郎さーん」と必死に呼び追いかけます。
「新太郎、新太郎~」と叫ぶおとくに、中富は「無駄なことだ。いくら追いかけて見たところで、 所詮は帰らぬ渡り鳥だ
」と言い聞かせます。
必死に呼ぶ声を遠くに聞きながら
、半次郎の姿は消えていきました。
翌朝、浜辺に立った半次郎は、浜津賀での思い出を胸に、 渡世人の世界に生きていく覚悟で旅立っていきます
。
(完)
炎の城・・・(11) 2024年08月05日
炎の城・・・(10) 2024年07月29日
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