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携帯電話にたびたびかかる早朝電話には、閉口していた。またかと思い、出なかった。しばらくして、自宅の電話がかかってきた。実家の後をとっている弟からだ。「6時40分におふくろが死んだ。早く来てくれ」との知らせである。びっくりだ。妻とともに急いで実家に駆け付けた。体温があり、まだ体にぬくもりがある。まずは、おふくろに手を合わせた。暖かいうちにと、両手の指を組んで合掌にした。明治45年3月15日生まれの96才と7か月。まさに天寿を全うした。急いで、通夜や葬式の準備にかかる。廊下に脱穀したままの米俵が積まれている。片づけて、大掃除である。それにしても、死というものは突然でありあわただしい。ご苦労されたので、ゆっくりと、安らかに眠ってほしい。
2008年10月29日
食べ物は命の糧だ。 にもかかわらず、次々に、問題が発生。企業、業界のモラルが壊れている。人の命よりも、儲けが優先される企業の倫理感には憤りを覚える。食したものが悪いかのか。『自己責任』か。構造改革と規制緩和で社会のルールを壊してしまった、小泉元首相の責任は大きい。構造改革の先には幸せが待っていると言ったのはだれか。さらに、それを擁護してきた自民党の責任は大きい。60年を超える保守本流の自民党の時代は、何であったのか。財界、大企業の代弁者であっても、庶民の味方ではなかった。自民党よ。たっぷりと政治献金貰っていては、庶民のほうには気持ちは寄らない。財界、大企業に身を寄せている自民党。こんな政党と組んでいる公明党の先は見えている。民主党も、企業献金をもらっている。根っこは、自民党と変わりはない。筋通す日本共産党の存在価値は、日々増すばかり。
2008年10月28日
肩が痛くて、医者通いしているうちに、胃がおかしくなった。胃が重くて仕方がない。早速本日、胃カメラを飲む。結果は、胃潰瘍という診断である。写真を見ながら、潰瘍は小さく、しかも、すでに回復に向かっているという医師のコメントである。一安心。先日、あるイベントがあり、長野医療生協の健康診断をやった。骨粗鬆症の進捗判断できる、骨密度検査と体脂肪検査だ。いずれも、現年齢から6歳も若いことが証明された。本当かどうかは別として、ご本人は、まんざらではない気持。来るべき選挙、元気で頑張れる。午後は、都市内分権審議会が開かれた。・住民自治協議会への一括交付金・住民自治協議会の法的根拠はどうか・公民館を指定管理者に委託する問題などなどである。重要な問題が山積しており、私も発言した。詳しくは後で。
2008年10月27日
今日は朝から大忙しだ。街頭宣伝しながら、訪問と対話。目抜き通りの空き地を借りて、ポスター貼り。長野市の公民館大会出席は、議会の経済文教委員として来賓として出席。3時からは、駒沢第一団地の県政報告会。区長さんが、一生懸命地域のたくさんの要望を解決したいとの思いから、石坂県議と私に要請があった。要望の解決で県との橋渡しでがんばった、石坂県議が報告をした。
2008年10月26日
仲間とともに、幹線道路で早朝宣伝。 頑張りました。
2008年10月22日
団地と幹線道路の交わる交差点で、今朝も宣伝行う。朝の通勤者に手ふりと街頭宣伝だ。仲間や読者がクラクション鳴らし、手を振り、頭を下げて激励してくれる。7時30分から40分ほどの短時間であるが、幹線道路なので車の通行は激しい。「国民の暮らし第一」を貫ぬく、『日本共産党』が元気に頑張っていることを知ってもらうよき機会。演説も、雇用、農業、後期高齢者問題など訴え、「山口さんを国会へ」と呼びかけた。
2008年10月21日
界隈きっての交通量の多い幹線道路「若槻大通り」でマイクを握った 朝8時15分からのNHKドラマ「だんだん」の始まるまでに終了目指し音を出す。後期高齢者、雇用や農業問題など15分間訴えた。車の窓から大きく手を振る人がいた。中野さなえさんだ。助手席に夫の友貴ドクターいた。それぞれ、励ましてくれた。あとで、電話がきた。「励まされたよ」と。明日の朝も、違う幹線道路でやる。大いに目立ち、共産党の風を吹かさなければ・・・。
2008年10月20日
前日、生活と健康を守る会主催で30回目の「お茶飲み懇談会」を開いたばかりの、駒沢第二団地で山口さんを呼んでの演説会を開催 全戸に案内のチラシを入れての取り組みであった。 午後5時きっかり、開会した。集まってくれた方々は、約35人。昼間とは打って変わり、少々寒気のする陽気の中、演説は始まる。私が司会。「寒い中ご参加ありがとうございます」と切り出し福祉灯油の要望を、長野市の生活と健康を守る会が厚生課長に党市議団は副市長に申し入れ懇談をし、寒くなるし、諸物価が高騰しているので、一刻も早い支給を求めた。また、他市もすでに支給を決めている。県都の長野市が率先して決めるべきだと強く要求した。副市長は、「他市にならうなどはしたくない。自主的に行う。」また、「本来は、国がやるべきこと。国の動向を見たい。」とかたくなだ。昨年同様に弱者への支援は、急を要する、国の動向にかかわらず、進んで行うことを求めた。やらないとは、一言も言わないが、やるとも言わない。様子見(国の動向)とはいえやらないわけにおはいかないはず。だから、やりませんとは最後まで口にしなかった。党市議団は、必ず支給させるために全力尽くす決意である。
2008年10月19日
住民自治協議会主催の「元気なまちづくり市民会議」が約200人の住民の参加で開催された。 市長など関係理事者が出席した。 地区の要望は、住民自治の活動が十分にできる居場所の確保が必要だ。プレハブでもよいので建設してほしい、というもの。 市長は金がないので、「今ある施設を有効に活用してほしい。箱ものはできない。」ときっぱりと言い切った。 提案者は、「世帯数は7千戸、人口は2万人を超えた。とても今の施設では何もできない。」と再度質問。市長は、憮然として顔である。 来賓あいさつで、「・・・世帯数も人口数も市内きっての急増地区。わずか20平米の事務所では何もできない。本当に住民自治の充実を思うなら、できないなどと言えないはず。浅川ダムに水道水取水のために投資した5億6千万円は、目的がなくなったので全額返済も求めるなど実行すれば予算は生み出せる。切実な住民の声にしっかり応えるべきだ」と、市長にきつく注文した。 主観だが大きな拍手があった。
2008年10月18日
わが党の作った『政治の中身を変えよう』との、パンフレットを市役所職員に配布した。 「ご苦労様です、お読みください。」と。「いよいよですか、頑張って」との声も返ってくる。馴染みの職員なので、気さくに声掛け配った。精読を期待。
2008年10月17日
党市議団は、午前9時から酒井副市長に対して、『福祉灯油支給』と『国民保護法による共同訓練の中止』を求めて申し入れと懇談を行った。内容は次の通り 2008年10月16日酒井副市長様 日本共産党長野市議団 団 長 原田 誠之 日頃のご活躍に敬意を表します。 国の構造改革による規制緩和と庶民負担増で痛みは深刻です。 追い打ち掛けるように、今、年油高等とそれに伴う諸物価の値上がりは、市民の暮らしを直撃しています。 今こそ、長野市は地方自治の精神活かし、市民の命や暮らしなど福祉施策の充実が求められています。 そこで、他市でも予算化をはじめたように、昨年同様に福祉灯油の支給を行うことを求めるものです。 また、長野市は国民保護法の共同訓練を行おうとしています。党市議団は、長野市の国民保護法の策定には、一貫して反対の態度を表明してきました。 国のねらいは、テロ対策と称して、米軍や自衛隊の軍事行動に地方自治体や住民を巻き込む訓練であります。 市民が求めているのは、頻発する地震などの大災害から中山間地はじめ市民の命や暮らしを守るための自治体中心の災害訓練であります。 よって、共同訓練の中止を求めます。 以上の内容について、申し入れ、懇談をお願いするものです。副市長と懇談「言っていることは十分に理解できるが、構造的なもので、国全般的なもの。国がやるべきことで動向を見ている。市長会でも要望している。前回、国は交付税で対応した」として、国の動向を待つとの見解を示した。やるとは言わなかったが、この申し入れに、やりませんとも言えず、やらざるを得ないのではないか。寒さは早足でやってくる。急いで対応すべきことを求めた。「国の法律に基づいてやっている。現在のテロは不特定多数にたいする無差別なもの、対応は必要」と言った。国の方針は、先に言ったとおり。狙いは、国民を戦争に巻き込むの。と厳しく中止求めた。
2008年10月16日
肩に異常を感じて、約2週間放置しておいたら夜の寝返りもできないほどの激痛が走り寝不足続き。病院へ行ってから、さらに2週間がたった。ドクターは、「時間がかかるかもしれないよ。」といい、潤滑用のようものと注射を1本してくれた。後は、痛み止めと湿布薬で治癒を待ったが、一向に良くならない。今日は、市の功労者表彰式があり、議員が来賓で案内を受け出席するつもりだった。が、急きょ病院で直行した。傷みが激しく、後ろに手が回らないほどで重傷気味。今日は、さらに強い注射を打ち、様子見となった。10日後に、良い方向に変化がなければ、さらに精密検査をするという。心配である。午後は、山口のりひささんと街頭宣伝や訪問活動となっており、団地のおばさんやおじさんたちと頑張る。
2008年10月15日
電話のベテランK君は、保険の営業マン。超多忙を極めている。後援会では、電話がけはなかなかなもの。しかし、持ち前の力量は、忙しさの余り発揮できずにいたが・・・。事務所に報告がおかれていた。対話のメモには「共産党はいいこと言っているのはよくわかる。私らの暮らしに痛みを押し付けるものについては、反対してくれている。でも、小さいのでそれが通らない。大きくなってほしい。応援しているから」K君は、きれいな文字でそう書いる。さぞかし元気をもらったのでは。共産党に期待している、大勢の人たちの思いにこたえたい。
2008年10月14日
全県で6、000人の熱気ある『赤旗信州秋祭り』となった。志位さんのわかりやすく迫力ある講演で、会場内は明るく元気な選挙勝利へ『決起の場』となった政治集会。党東部後援会連絡会の貸し切りバスは、53人でいっぱい。 自家用車での参加も入れると、約80人。車中での感想は「志位さんの私の命のあるうちに民主連合政府を、の話には感動した」「1台50トンもの重戦車、全部で3、000億円。20トン対応の普通の道路には使えない。いざ戦争となったら、解体して現地に運んで組み立てることになってしまう。とんでもないものを買っている。典型的な無駄なもの、との皮肉たっぷりの話は、みんなに知らせたい。」「最高、元気貰った」「できることは何でもやります」「来てよかった。」と感激に体を震わせていた女性のKさん。大勢集まったことも含め、参加者みんなが確信に満ちた顔をしている。様子見にならず、他党に負けない、目標はやりぬき『山口さんを1回で国会へ』全力投球。
2008年10月13日
街頭宣伝をし、周辺を訪問。 今日は朝から、夜まで3回の行動。街頭宣伝は6回訪ねた家は、留守宅も入れて100軒超えた。銀行マンは「共産党の雇用問題は、よくわかりました。自民も民主もいいとは思っていませんが、共産党も選択肢になかった。しかし、派遣労働問題や農業問題で、共産党を選択することを前向きに検討したい」と言ってくれた。 話せば、わかってくれる、人は変わってくれることが実感でき元気出た訪問活動であった。
2008年10月12日
元区長のSさんのお宅は、自民と民主のポスターが並んでいる。 元読者でもあり、こちらのポスターもお願いしようと尋ねた。 ポスターは、知人からの要請でそれぞれ張ったようである。ついでに、「うちのポスターも」とお願いしたが、「お宅らのポスターは付近に貼ってあるからいいんじゃないの」と断られた。 しかし、「自民も、民主もどうもなあ」と言って、それぞれ、批判的である。 「政権交代もあるくないと思うが」と、民主への期待もうかがわれた。 そこで、志位委員長が予算委員会で質問した、派遣労働について話す。 見ていたが、確かに鋭い質問だった。 「期待したい党だと思う。」と共産党への期待も寄せている。 有権者は、迷っていることがよくわかる。 街頭宣伝など、共産党が元気でがんなっている姿を有権者に知ってもらうことが重要と痛感した。
2008年10月11日
妹が安曇野の病院へ入院して、1年になる。入院費の支払いをかねて、妹を見舞った。本来は毎月支払いに行くべきなのに、3か月もためてしまった。また、心の病気なので、定期的に言ってやらなければいけないが、なかなか、いかれない。ようやく、見舞うことができた。
2008年10月10日
今年も福祉灯油支給の実現を求める要望書を長野市に申し入れ厚生課の課長などが応対した。 生活と健康を守る会の会員さんや地域の区長さんなど、19人が参加 日本共産党市議団の原田、野々村、阿部、佐藤市議も同席した。 長野市は昨年度、5千円の灯油補助を実施し「非常に助かった。これカラ寒くなっても新しい服や布団は買えない。今年もぜひ実施してほしい」と訴えられた。 市では、昨年度に実施について、短期間での原油高騰に対応したもので今年度は「現時点では助成は考えていない」と答弁。 私は(原田)は、すでに今年度実施を決定した県内の自治体もある。「実際に困っている市民がいるのに、国の動向をみる対応ではあまりに冷たいのではないか」と指摘した。「生活保護世帯はぎりぎりの生活を余儀なくされているのに、市として応援してほしい」との発言も。 また、生活保護の通院移送費の打ち切りによって生活困難にならないよう求めた。
2008年10月09日
民主文学会員、神戸直江さんの「坂道の花」のモデル、片麻痺のTさんがハンドマイク宣伝で頑張っている。選挙となれば、いつも党や後援会の先頭に立って、ハンドマイク宣伝を旺盛にやってくれる。今回も、50世帯に一回、3千世帯で60回の街頭宣伝を計画しているが、すでにTさんは40回を超えた。宣伝の合間を見て、ビラ折りや配布も健常者と変わりなくこなしている。頭の下がる思いである。今日も、9回のハンドマイク宣伝を行った。来るべきたたかいで、日本共産党の大きな前進が求められているが、その先頭に立っているのがTさん。まだまだ、選挙は流動的だが、やるべきことは決まっている。どんな政党、予定候補者が出てきても、絶対に乗り越えて勝利したい。
2008年10月08日
ガバ起きの午前4時30分。山口予定候補を自宅の上松団地に迎えに行く。市場団地に突っ走り、集合時間1分遅れで到着。石坂・和田県議と市議団6人全員が、山口さんとともに市場内をパンフを配りながら、あいさつ回り。早朝の市場は、さすがに活気がある。全国はもちろん、県内・市内から運ばれてきた、さまざまな野菜、果物、魚介類が山積みとなっている。これらを、飯山など含む地元の小売業者が、買いに来ている。魚介類の並べてある、一角で業者が集まって、なにやらわからない発声でセリを行っている。威勢のいい、活気ある朝のセリの声である。「頑張れよ」「国会では、自民・民主のなれ合いをしているようで、醜い」などの声も聞いた。いつも行う演説場所で、山口さんが市場で働いている皆さんにあいさつと訴えを行う。建物の外に出てきて、じっと聞いている人たちも大勢いる。終わったら、盛大な拍手で付近がわいた。でも、「きらいだよ。」と受け取ってくれなかった人たちも幾人かいた。不思議ではないが、これまで経験したことのなかったことだから、少々驚いた。「がんばれ」の激励もあり、暖かい感触が伝わってきた。しかし、厳しいたたかいも、予感する。終了後、ここでの定番、団地内にある食堂で「中おち」のメニューを頼んだ。いつものことだが、今日はトン汁もついて、実においしい朝食にありついた。元気いっぱい、来たるべき解散・総選挙の際は、一回で山口さんを国会へ押し上げたい。
2008年10月07日
76才になるMさんの集落は、今回落選した元自民党県議の地元。Mさんは一貫して、地域でわが党の旗をしっかりと掲げて、赤旗新聞の配達や、ビラ配りで力を発揮している。また、男性の介護士しとして、寝たきりや終末期の人をきちんと介護している。どんな困難なお年寄りでも面倒を見てくれる貴重な人。ご近所では、名の通っているMさんだ。ご近所を訪問すれば、快く受け入れ対話も弾む街頭宣伝をした後、ご近所を訪問する。「年寄りは金がかかるから、早くあの世に行ってくれ」「困った政治だね。」怒っている。「共産党をどう思いますか」まっすぐでいい党だと思っている。最近は、「蟹こっている」ので余計に興味を引く。日本共産党長野県委員会は。この1年少しで500人超える方が入党した。マスコミ報道で知ったある方は、「共産党もまんざらでないね」「期待している」との声も寄せられた。
2008年10月06日
午前9時、地元の文化芸術祭に来賓で出席、あいさつ。 出し物をいくつか見て退席。急いで、事務所集合。スーパーメガホン持参で地域で宣伝。午後3時にも事務所集合で宣伝と行動。女性のベテランNさんが、マイクを握り訴えた。5時に打ち切り。5時30分、Mさんとの約束でお宅へすっ飛ぶ。
2008年10月05日
街頭からマイクで訴える。構造改革・規制緩和は、貧困と格差を広げ国民の暮らしを直撃している。減反しながら77万トンもの米を輸入し、汚染米や事故米が発生。学校や福祉施設への給食などに大きな不安を広げた。事故米や汚染米を輸入国に返しもしないで、倉庫料を支払い保管。農水産省は思い余って、手放した。国が工業用として売った先が、食用米を扱う業者。それが、悪徳業者。日本中、つかみようがないくらいに汚染米が拡散した。これまでは、コメの売買には、許可が必要だ。ところが小泉構造改革は、規制緩和で米の取引は届け出だけでよいことに。食管法が廃止され、主食のコメが自由販売で儲けの対象となり、市場競争にさらされた。コメの値段は落ち込み、農家の手取りが1俵12、000円、再生産には18、000円が必要とされている。赤字生産。日本共産党は、価格保証と所得補償を提案している。どこの国でもやっていこと。農業再生のため提案してきたが、注目されていると、訴えた。日雇い派遣など雇用問題も話した。農産物の輸入や、日雇い派遣など、皆、財界大企業の要請を受けて行われていること。2階のテラスに出てきて、大きく手を振っている。早速、あいさつに。「介護保険料、後期高齢者の保険料など、勝手に次々差っ引いている。納得できない。」共産党頑張れと、力強い激励をいただいた。若い労働者も「聞いていました。私は正規だが、周りにはそういう人がいっぱいいて、困っているようです。かわいそうですね」と非正規雇用の同僚に対して同情し、思いを寄せている。蟹工船や、企業献金の話をし、自民党も公明党も、民主党も企業家から貰っているので、企業や財界に顔が向いても、国民、庶民のほうには向かない。財界・企業から1円も献金貰わない共産党こそ、堂々と国会で、政治の中身を変えるために頑張れる。一生懸命話、支持を訴えた。共感の手ごたえが伝わってくる。
2008年10月04日
市議団ホームページよりこんにちは 日本共産党長野市議団です。実りの秋です。稲刈りや脱穀、りんごの収穫にと、猫の手も借りたい忙しい時季を迎えています。ところが、燃油高騰で、日々の暮らしは深刻です。肥料や農薬が値上がりし、収入に大きく影響しています。また、諸物価の値上がりで、庶民の暮らしも大変で財布のひもを堅くとじています。買い控えでりんごの値段はいつもの半分と聞きました。投機マネー、輸入自由化は農業を破壊しています。1999年の労働法制改悪で非正規雇用が急増し、若い人や女性の二人に一人は臨時かパート、低賃金、社会保険も有給休暇もなく、労働条件の劣悪はこの上ない環境です。かつては、家族や社会のために苦労されたお年寄りは、もっと長生きしてと医療費は無料、また、米寿、白寿、卒寿など年齢を重ねた節目には、みんなで祝い、敬老の日を設けています。いまは、後期高齢者で75才になったら、別枠の医療制度に囲い込まれ、差別医療です。 みんな、小泉改革が大本にあります。その影響は、安倍、福田内閣の政権投げ捨てとなり、 今に至っています。麻生政権も「改革」をいい、消費税増税を強調しています。財界から要求され、そのままの政治を推し進めている自公政治「ノー」。11月の決戦では、「命綱」日本共産党を大きくのばし、庶民の熱い思いを突きつけたい。
2008年10月03日
東京で仕事をしている娘たちから、誕生祝のメールが届いた。『またまた選挙で大変そうだが、父さんパワーで頑張れ・・・』『家族や地域でも必要とされていまっせ。体大事にして仕事楽しんで・・・』と。昭和15年10月2日生まれで、68歳となった。中学卒業後、鉄工所入社。16・7の頃、恩師の進めで読んだ、小林多喜二の「蟹工船」や「党生活者」に心が動く。それから間もなくの、1960年の元旦を期して日本共産党に自ら入党を申し込んだ。親父に即刻報告。「日本共産党に入った」と。「何でお前がやらなければならないのか」言ったが、あとはじっと黙っていた。しばらくしてから「悪いことするな、気をつけてやれ」以来、48年になった。46歳のとき市議候補の要請があり、「ふさわしくない、縁の下の力持ちでいい」と固辞したが現在に至ることとなる。議員になって21年目、一生懸命だった。今は、多少修理も必要だが、おかげさまで健康は良としておく。親から授かった健康な身体に感謝し汗とほこりにまみれ、塩をなめなめ働きハンマーより軽い箸以外、鉛筆やペンなど持ったことのない鋳物労働者を命がけで議員に押し上げてくれ、叱咤激励してくれた多くの仲間の期待にこたえてこれからも全力を尽くしたい。何はともあれ、わが使命は総選挙に勝利すること。山口さんを押し上げること。『日本共産党』と『山口のりひさ』さんの支持を広げに広げる大仕事を短期間にやること、である。
2008年10月02日
Sさん、2回目の生活保護の相談。夫からの虐待で大けがをし、そのことから精神的なショックでうつ病となるなど、まともに仕事ができない事態に追い込まれていた。収入がなく、生活がままならないなどで生活保護申請となったわけである。延々3時間の、申請手続きは本人にとっては大変辛く、きつい時間だったと痛く感じている。そのうえ、自らの人生について、こと細かく言わせられ、挙句に財布の中身まで調べられ、人権侵害ではと、抗議したい程だ。とSさん。しかし、申請手続きはできたので、ほぼ1ヶ月後には保護費が支給される。病気を治し障害者のために、好きなヘルパーの仕事でがんばってほしい。誰もが、もっと安心して暮らせる世の中にしなければと思う。財界いいなり、アメリカいいなり政治の転換目指し、人間にやさしい政治、弱者にやさしい社会を作るために全力尽くしたい。日本共産党今こそ出番。
2008年10月01日
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