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山形新聞も出しました。今年の山形も、いろいろありましたね。当ジャーナルの記事も振り返りながら(失礼)、一年を振り返りましょう。(項目の表示は山新記事原文のママです。)----------1 知事選で吉村美栄子氏が初当選、東北初の女性知事誕生 現職を破る初当選は見事でした。2期連続で現職が敗退するという、山形政界の複雑さも浮き彫りにされました。 ■山形ショックか 2期連続現職敗退(09年1月25日) 山形県知事選挙 最終盤の情勢(09年1月23日) 山形知事選挙の情勢(09年1月20日) 気になる山形知事選(09年1月13日)2 衆院選で民主党が躍進、県内でも東北比例含め自民党上回る3議席獲得 保守王国山形も、地殻変動か。3 モンテディオ山形健闘、J1残留決める 開幕の善戦は見事でしたね。来季は、仙台とともに、東北を盛り上げよう。4 「おくりびと」米アカデミー賞受賞。「天地人」ブームも。「山形現象」話題に 山形新聞では、山形交響楽団と、鶴岡市の奥田政行シェフも取り上げています。東京アンテナショップも好評でした。 ■好調な山形県の東京アンテナショップ(09年5月12日)5 事業仕分けで県関連事業予算削減のピンチ。要望活動奏功し一部は「継続」6 新型インフルエンザ県内でも猛威。年末には死者 当ジャーナルでも取り上げましたが、最初は唯一患者の出ない県だったのですが、パンデミックの波は有無を言わせず山形をも飲み込みました。 ■新型インフルエンザ対策の虚構を突く?(09年6月2日)7 県内初の裁判員裁判開かれる8 「いなほ」脱線転覆事故、JR社員3人を書類送検9 山菜加工品の産地偽装発覚、イメージダウン10 期待の県産水稲新品種は「つや姫」。秋に先行販売 ■山形の「つや姫」 宮城が奨励品種に指定(09年9月25日)次点 鶴岡市七五三掛地区で大規模地滑り確認----------さて、私はどうしても、十大ニュースにすべき事が漏れている、と思うのです。それは、警部補が酒気帯び運転で事故を起こしたこと。また、7月には、七五三掛地区の復旧に携わっていた県職員が、鶴岡で飲酒運転で逮捕。ちなみにこの日には、仙台駅で別の県職員が宮城県迷惑防止条例違反で現行犯逮捕。飲酒運転の県議が、辞める辞めないで大きく揺れた山形県だ。汚名返上に、まずは公務員が範を示すべきであり、辛いことではあるが、これを是非リストアップして欲しかった。他にもインパクトの大きいニュースと言えば、日本一の芋煮会での大きなミス。重大な事故とまでは言えないかも知れないから、10大ニュースでなくても良いが、県を代表するイベントの運営体制に猛省を促すものです。 ■関連する過去の記事 山形の巨大芋煮会 ミスの原因は何か(09年9月7日)その他、鶴岡での猟友会の誤射事件(女子高生が首にケガ)なども印象に深いです。さあ、明日は新年。今年も皆様、ご愛読まことにありがとうございました。いつまで続くかわかりませんが、来年もよろしくどうぞお願い申し上げます。
2009.12.31
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昨日も記したが、下北に突然姿を現したシカの話題に関心を抱いた。ラジオで聴いた話なのだが、地元の新聞にも随分と出たようだ。わが宮城では、イノシシが急に北上し出したというし、大崎市ではカンガルーも飛び出した。地球環境の変化、いや政権交代の異変に動物たちも気づいたのか。朝日新聞地方版の複数の記事から要点を拾う(構成と論理補正は当ジャーナル)。----------1 シカの出没青森県で絶滅したとされるニホンジカが、下北地域の5市町村で目撃されている。始まりは08年3月、むつ市大畑町のあすなろ保育園で、保育士がカメラに収めた。4月には、大間町大間、東通村蒲野沢で別のシカが撮影された。10月には、風間浦村、佐井村、大間町などで、同一個体と見られるが春とは違うシカが出没。また、同月は八戸市にも出没し、水路に迷い込み、救出後に死亡し、焼却処分された。いずれも若いオス。今年8月にはむつ市で2歳のオスが捕獲された。北里大獣医学部(十和田市)でDNA分析したところ、北海道のシカに近く、岩手のシカとは違うDNA配列だった。この2年間の目撃情報は15件に上るが、下北半島北部で目撃されたシカは、八戸市などの個体よりも比較的大型のようだ。エゾシカはホンシュウジカよりもやや大きい。むつ市のシカも、DNA配列からエゾシカの可能性が高いが、解剖では消化管に寄生虫が少なく、飼育されていた疑いも捨てきれないという。シカはどこから来たか。岩手県からホンシュウジカが北上したとの説、飼育されていたシカが逃げ出した説もあるが、北海道から海峡を泳いで渡ったとの見方もされている。2 北海道から泳いで渡来したとの見方北海道では、渡島半島でエゾシカ分布が拡大し、数年前からシカ猟を解禁している。特に函館市恵山周辺や知内町などで増加しているという。温暖化によりホンシュウジカが太平洋側で分布域を広げ、北上しているという見方は理解しやすいが、北海道のエゾシカが果たして津軽海峡を泳いで渡来するだろうか。しかし、最近の目撃例こそ確認されていないものの、下北では古来、シカが海を泳ぐことが知られていた。シカが持つ反芻胃が浮袋となって浮力を維持するらしく、また首が長い分、泳ぐには有利かも知れない。松前で山火事があったときに渡った、また、前のシカの尻に首を乗せ、交互に先頭を代えて泳ぐなど、エゾシカの渡りは今でも下北に伝えられている。「奥隅奇譚」「宇曽利百話」など古い書物にも、シカが海洋を渡る記述がある。村林源助「原始謾筆風土年表」には、1807年、「榎山(えさん)灘より渡れるや野牛海より来たりしか。砂鉄山より見たりしは鹿渡りと云える一連なるべし。初めの一匹は頭を上げ、残るは幾匹ならん。七、八丈(二十数メートル)にも見え……」とある。三内丸山など県内の多くの縄文遺跡からシカの骨で作った釣り針が出土し、江戸時代に県内を旅した紀行家、菅江真澄は各地でシカの鳴き声を聞いている。その後、青森では明治初期のわずかな期間にシカやイノシシを絶滅させてしまった。シカが渡島半島の西側から泳ぎ始めれば、下北半島の長い西海岸が海流を受けとめる位置にある。集落はまばらで、人知れず上陸していた可能性は否定できない。3 岩手県から北上したとの見方ホンシュウジカが北上したという見方に関しては、北限とされる岩手県の五葉山をすでに越え、北上高地全域に分布を拡大していると見られている。県境を接する二戸市や洋野町でも目撃例があるという。温暖化と無縁ではなかろう。かつて青森を含む東北地方に広く生息したが、明治以降の乱獲と豪雪で激減。有蹄類は脚の関節以上の積雪で、著しく活動を制限される。しかし、雪解けが早まることで死亡率は低くなった。暖冬で雪の少なくなった太平洋側をシカたちが北へ向かっているのかも知れない。同じ偶蹄目のイノシシも現在、宮城県を北進中だ。4 飼育されたシカとの見方かつて全国各地で養鹿場が開かれたが、下北地域には施設はなく、シカなどの動物を飼っていた観光牧場も30年前に閉鎖された。ニホンジカの寿命は長くても20年前後で、少数が世代交代を繰り返しているとも考えにくい。だが、今回のシカは、各地で写真に収められるなど、人慣れしている雰囲気もある。狩猟期間中にシカを捕獲し飼育しても、規制の対象にはならない。仮に飼育していたシカが逃げ出した場合、そのシカはホンシュウジカとは限らず、交雑も心配される。県内ではエゾシカなどを移入し、飼うケースが少なくない。5 今後の展望ニホンジカは青森を挟んで、北海道と岩手で数を増やしている。新天地を求めて今年も出没を繰り返すのか、それとも実は飼育されていたシカなのか。また、この三つの可能性が複合しているとも指摘されているる。近年のDNA研究により、ニホンジカは北海道から兵庫県までの北日本グループと、以西の南日本グループに二分されることがわかってきた。ホンシュウジカとエゾシカは別亜種とされるが、ミトコンドリアDNAによる系統解析では、予想に反して、ブラキストン線の北と南で大きな違いはなかったという。遺伝学的には津軽海峡は境界ではないのだ。さらに、DNA分析では、ニホンザルやツキノワグマも列島の南北でグループが分かれていたことが明らかになっている。哺乳類3種が、ほぼ同じ時代に分化したが、そのうちのシカだけが北海道に分布し、サルとツキノワグマはブラキストン線以南の本州にだけ生息している。シカは海峡を行き来したが、サルとクマは渡れなかったというわけだ。太古の昔、シカの祖先は果敢に海へ泳ぎ出したのかも知れない。83年に本州最北端の大間町で捕獲され、現在展示されているシカの剥製について、皮膚の一部をPCR法でDNA検出可能な量にまで増幅し、正体の解明が試みられている。次の焦点は雌の確認だ。シカは若いオスが単独で出没を繰り返し、その後、メスの群れが定着するという。メスが目撃されると、繁殖が懸念される。大雪と狩猟で絶滅した種の再定着という見方もできる一方で、各地でシカによる食害が拡大し、増殖のスピードに対策が追いつかないというのが実情だ。県内でもシカが増える可能性は高く、保護管理を考えるべき時代になる可能性もある。----------
2009.12.30
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デーリー東北が、北奥羽で起きたニュースの「それから」を追った企画を、12月中旬から連載していた。厳密に言えば十大ニュースとは違うと思うが、各県のローカル紙が発表している十大ニュースと並べる意味で、記したい。 1 八戸地域大規模断水2 アンデス電気経営破綻3 レジ袋有料化4 北限のニホンザル5 ドクターヘリ運航6 「第1花国」死す7 「合掌土偶」国宝指定8 政権交代9 裁判員裁判 裁く難しさ浮き彫り10「座敷わらしの宿」全焼下北のサルによる被害と捕獲のニュースは、興味があった。最近では、大間町などにシカが出没。北海道から海峡を渡って泳ぎ着いたとの説もあるとのことで、これまた興味深い話だ。
2009.12.29
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福島民報による読者が選んだ十大ニュース。(1) 衆院選で民主が5選挙区独占(8月)(2) 県内初の裁判員裁判開始(9月)(3) 新型インフルエンザ猛威(6月~)(4) 高速道路料金土日、休日千円県内でもスタート(3月~)(5) 合唱、吹奏楽で県勢快挙(3、10、11月)(6) 定額給付金支給(3月)(7) 公務員不祥事相次ぐ(1月~)(8) 「天地人」ブーム(1月~)(9) 工場再編など雇用不安が拡大(1月~)(10) 猪苗代でフリースタイルスキー (11) 県内のスーパーなどでレジ袋有料化(6月)(12) 世界初、シーラカンスの稚魚発見(11月)(13) 前知事事件で控訴審判決(10月)(14) 陸上で本県勢活躍(1月~)(15) 古関裕而さん生誕百年(8月)(16) 大山忠作さん死去(2月)(17) 常磐道でトラック突っ込み作業員4人死亡(6月)(18) 福島空港に「明」と「暗」(1月~)(19) 丘灯至夫さん死去(11月)(20) 横領、着服、不正処理が続発(2月)福島も色々なニュースがありました。おだずまジャーナルが注目したいのは、やはり豊かな音楽の福島県ならではの話題。合唱と吹奏楽の躍進、そして、古関さんと丘さんの訃報。
2009.12.28
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東奥日報の発表による十大ニュース。1 東北新幹線全線開業まで1年2 新型インフル、本県でも猛威3 太宰生誕100年で多彩な催し4 カーリング・チーム青森、五輪へ5 青森市長選で鹿内氏初当選6 八戸圏域で9万世帯断水7 衆院選、本県は自民が3議席死守8 アンデス電気が破たん9 本県初のドクターヘリ運航10 青森で全国3例目の裁判員裁判次点 青森市が私的旅行に公費青森も話題が豊富でした。
2009.12.27
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岩手日報の発表。1 花巻東活躍、菊池は西武へ2 新型インフル感染拡大3 衆院選、民主が全県制覇4 世界不況、県内も大打撃5 早池峰神楽が無形遺産6 県警不正経理、本部長ら処分7 ETC効果、観光地にぎわう8 小沢氏が民主幹事長に9 秘書逮捕で小沢代表辞任10 5施設無床化、民間移管も11 新卒者雇用一段と厳しく12 初の「裁判員」76人呼び出し13 北朝鮮ミサイル本県通過14 酒気帯びで県警幹部逮捕15 平泉、資産絞り登録再挑戦16 国体の主会場は北上に17 大学野球で富士大全国準V18 宝くじ殺人で懲役15年判決19 梅雨明けなし、夏は天候不順20 県立初の中高一貫校開校民主党や小沢氏が取り上げられるあたりは、さすがに岩手県です。警察の不祥事がベスト20に2件も入ったのは、純朴な県民性ゆえに衝撃が大きいからか。そして、野球の話題が2つ。盛り上がりました。
2009.12.26
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魁新報の発表した十大ニュース。1 新型インフルエンザ猛威2 新知事に佐竹敬久前秋田市長3 全国学力テスト3年連続トップ級4 自民党が衆院選3選挙区で全敗5 北朝鮮がミサイル発射 (ミサイルが県北部上空を通過。新屋演習場には、PAC3が配備。)6 横手やきそばがB―1頂点7 裁判員裁判8 日沼頼夫さんに文化勲章9 小林、湊両選手が活躍。ノルディックスキー世界選手権で日本金メダル10 自殺率14年連続全国ワーストなるほど、そうですね。学力テストと自殺率では、明暗を分けた形になりました。横手やきそばは、良い話題だったと思います。
2009.12.26
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ラジオで聴いたのだが、奥会津では、6歳の子が火の用心と記した習字を、各世帯が集めて家の中に張り、火災防止を願うのだそうだ。昭和村の方が話しておられた。もう何十年も昔からある地域の風習だそうだ。習字には名前の他に、しっかりと6歳と書く。「6歳」が「無災」につながるからだ。各家では、子どもにお菓子を渡して、習字を集める。今年は、6歳の子が村に7人だそうだ。ユニークだが、大変いい話だと思った。世代のつながり、地域の輪。素直な心の書を飾るのも、いいものだ。調べてみて、もう少し詳しく書いてみたい。
2009.12.25
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今夜は帰って一番風呂にゆっくり浸かる。いつもは夜中に最後に入って、洗う役目だ。一番風呂にノンビリ入りたい、と思っていたが、いざ念願が実現すると、何か淋しい。今日は私以外の家族は、全員温泉に出かけている。休日でも仕事をいただいて、それは有り難いのだけれど、家に帰って誰も居ないと、改めて、非日常だと気づく。小綺麗な風呂に湯を張って、入る。いつもは、習慣で風呂を洗っているだけで、誰のためとも意識していないが、そのきれいな風呂に自分が浸かると、やっぱり不自然なものだ。みんな物言わず寝ているとしても、その家に帰っていることが、意味のある行動だったのだ、と気づく。子ども達は、今頃は非日常の空間で、寝ているだろう。こちらも、我が家だけれども、非日常の空間で、一人ノンビリと寝ることとしよう。
2009.12.24
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東北経済産業局が、管内の十大ニュースを発表した(プレスリリース)。書き出してみると、下記の通り。----------1 東北経済は持ち直しの動きが見られたもののの低迷2 順次にわたる経済対策を実施3 東北の自動車生産拠点化が加速(セントラル自動車、パナソニックEVエナジー、などが操業に向け建設進む。昨年のアイシン高岳、デンソー東日本に続き、トヨタ紡織、太平洋工業など関連工場も続々と立地表明。トヨタ東北、日産いわきも、HV車対応エンジン増産の動き。HV電池検査装置トップシェアの東洋システム等、地域企業も急成長。)4 農商工連携の取組が地域に浸透(合計31件に。花巻市や仙台市に植物工場デモ施設。黒石市では寒冷地対応型植物工場の研究拠点が整備開始。)5 TOHOKUものづくりコリドーの活動進展6 地球温暖化対策、着実に前進7 原子力発電をめぐる動き活発化8 消費者の安全・安心への取組強化9 東北におけるものづくり企業の支援10 魅力あるまちづくりに向けた取組の支援(地域商店街活性化法(8月施行)に基づく事業計画3件認定(宮古、大館、会津若松)。中心市街地活性化法に基づく基本計画3件認定(遠野、白河、酒田)。)番外 プロスポーツの活躍で地域活性化に効果(楽天イーグルス、モンテディオ山形、ベガルタ仙台、仙台89ERS)------------インパクトの順に並べた十大ニュース、というより、普通に経済産業局の担当している仕事項目別に、今年の状況を並べただけという感が強いが、とにかく今年の東北経済の回顧には違いない。今年もいよいよ押し詰まったな、と思う。
2009.12.23
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昨日21日未明に、富谷町と栗原市でDVD販売店の強盗が相次いだ。同一犯と見られ、警察では逃げた犯人を捜査中だ。15日には大崎市でもDVD販売店で強盗事件が起きており、県北部で同様の事件が連続した形だ。かたや白石では、連続放火に市民の不安が高まっている。年の瀬に、とんでもない事件が県内の南北に起きている。何があっても、とにかく人に迷惑をかける卑劣な行動はしてはいけない。誰にでも、新しい年は巡ってくる。今だけが時代や人生のすべてではないのだから、堂々と顔を見せて、世の中で、賞罰も悲喜もしっかり受け止めて欲しい。人間なのだから。今どきの僕は、帰宅して玄関ドアを開けるとき、空を見る。澄み切った静かな夜の天蓋には、もう西に傾こうとするオリオン座だ。大きなスケールに包まれた、小さな町の小さな家に入ろうとする、小さな僕だ。今年もあとわずか。
2009.12.22
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ですね。東北各県でも、十大ニュースが報じられるようになりました。今週はクリスマスもあり、年の瀬の感じが出てきました。資金繰りに苦しむ企業の皆さん、仕事先を捜す方々、本当に大変です。それに比べれば、うっすら雪化粧した月曜の朝に家を出る苦しみなど、大したことはありません。今週も始まります。
2009.12.21
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東北新幹線が新青森まで伸びたら、盛岡や八戸には全便停車するのかどうか、などと前回記した。その延長で、都市間鉄道の停車パターンはどうだろうかと思い、仙石線のダイヤを見た。快速は、ABの二種類に整理されているのだそうだ。恥ずかしいことだが、私は、今でも一日に1本は仙台石巻ノンストップ便があると思っていたので、随分様変わりしたものだと思う。様変わりと言えば、地下化する以前の記憶もだいぶ薄れてきた。仙台市(新しい杜の都づくり宮城野区協議会)のサイトで、仙石線の旧仙台駅(さらに昔は東七番丁駅)などの風景を見ることが出来る。仙石線沿線のトップの背景写真は、これまた懐かしい東九番丁踏切だ。社会人になりたての頃、車で迷い込んで、東西の方向感覚がゆがめられたような、不思議な気持ちに陥った記憶がある。小学校がそばにあって、また、とある代議士の看板が見えたことも覚えている。その後、近くに住んだこともあるし、今では宮城野原にプロ野球の歓声がこだまする時世になった。区画整理された広い道路を車で走ると、宮城野大通りと二十人町通り、さらに国道45号が、こんなに近かったのかと驚く。あの変則交差点の記憶も、せめてネット上で大事に温めていきたい。■関連する過去の日記 榴岡天満宮(08年12月7日) 五輪の思い出(05年12月27日)ところで、仙石線ダイヤに話を戻すが、石巻に住んでいた頃は、特別快速として仙台直通便が上下1本づつ。休日だけだったかも知れないが。そして、快速は停車駅の多いものと、少ないものの2パターンあったような気がする。例えば、本塩釜はいずれも停車するが、東塩釜や原町には停車しない快速もある、という感じで。石巻線とは別棟の仙石線ホームから、仙台に行くのに、どれに乗るか考えていたものだ。現在は、最も速達するものは、A快速で、あおば通、仙台、多賀城、本塩釜、東塩釜、海岸、高城町、野蒜、小野、矢本、石巻。B快速は、更に、仙台市側の部分を多賀城駅まで各駅に停車するパターン。朝夕の通勤通学はBパターンで、日中と夜は速達のAパターンで、組まれているようだ。昔から言われていることだが、仙石線のスピードアップが実現できれば、もっと便利になると思う。仙台に通勤する人が、9時前に着くためには、 (石巻 → あおば通) 普通 522 → 646 普通 605 → 737 快速 629 → 745 普通 650 → 812 普通 712 → 839となる。この次は、747→916 なので、皆さん7時前には家を出ていることになる。私立高校生は、沿線の学校なら7時12分発の電車で間に合うのかも知れないが、仙台市内なら、6時29分の電車になるのではないだろうか。仕方ないとは言え、できれば何とかしてやりたい気持ちになる。逆に仙台から石巻に通勤する場合。 (あおば通 → 石巻) 普通 502 → 624 普通 527 → 649 快速 631 → 740 普通 642 → 806 普通 709 → 835 普通 732 → 857のとおりで、あとは自宅から仙台駅までの距離次第だ。苦竹や福田町の人は割と楽かも知れないが、泉区や八木山などの団地から出てくるとなると、朝6時台前半にバスや地下鉄に乗り込むことになりそうだ。かくいう私も、短い期間ながら、仙台から石巻に仕事で通ったことがあるが、今でいう上記の6時42分発の電車に乗った。自宅アパートは6時過ぎに飛び出して、仙台駅から階段を下りて、仙石線ホームに。乗ってしまえば、のんびり松島湾の朝日を眺めていけばいいのだが、毎日となると結構大変だった。例えば、仙山線で山形駅から仙台駅まで来る場合、朝のダイヤは (山形駅 → 仙台駅) 普通 628 → 753 快速 715 → 829 普通 755 → 917となっており、石巻と同様の状況だ。ただし、山形仙台間なら、バスがある。 山交ビル700 → 仙台駅前811県庁前816 山交ビル800 → 仙台駅前911県庁前916など、仙台に9時前に到着する便だけで20本近くもある。7時台後半のバスでも良いと考えれば、石巻に比較すると、かなり楽だ。バスならもちろん石巻だってある。宮城交通の仙台石巻・女川線。 石巻駅前628 → 仙台駅前743県庁前752 石巻駅前648 → 仙台駅前808県庁前817 石巻駅前740 → 仙台駅前855県庁前904が朝のダイヤのようだ。頻度の点で、やはり山形には劣る感じがする。そもそも、スピード感がない。山形の場合、鉄道は朝の快速でも74分のところ、バスは71分で、しかも便が豊富で対抗力がある。石巻の場合、仙石線は快速で76分、バスは75分や80分で、物足りない。具体的に見ても、石巻駅650の電車と648のバスで、仙台市内への到着はさほど変わらない。おそらく、石巻と仙台の間の高速バスは、三陸道を利府塩釜ICで降りて、県道利府街道を仙台市中心部に向かうものと思われるが、渋滞にはまる事情があるのだろう。宮城県の場合、どの地域の県民も豊かに明るく暮らせるよう、産業や文化や生活の面での地域への目配りは必要だが、ハード面での整備を、均衡ある県土の発展という謳い文句の下に、県下一円に同質均等に行う必要はない。そして、投資の負担を県民が背負うことを考えれば、不要どころ、すべきでないと思っている。ごく単純に言えば、通勤も通学も交流も、文化面での一体性も含めて、全県を一極と考えて良いのだ。だからこそ、日常の移動や交流を支える大量輸送手段は、できる限り便利に、できれば多様に、整備したい。近年幸いにして本県では道路整備が進んだ。ハードのためのハード整備の段階はそろそろ脱して、高速バスに乗る時刻の観点など、生活者の視点から、渋滞対策や鉄道高速化などに重点を移していくべきだろう。
2009.12.20
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昨日、八戸市長はJR東盛岡支社に、来年冬の新幹線青森延伸後も八戸駅に全便が停車するよう要望したという。TVでは、市長が議会や経済界と一緒に盛岡支社内で要望書を渡す映像が流れていた。ターミナルとして注目を浴び、また経済効果も認識されたことから、地元としては自然の行動だろう。JRとしては、青森に東京から最速3時間で達する利便性を出したいだろうから、全便停車が実現するかどうかは微妙だが、ほとんどの列車を八戸で止めて欲しいというところが、地元の本音ではないだろうか。■関連する過去の記事(青森延伸関係)名称が七戸十和田駅に決定(09年7月29日)東京青森間3時間の時代を考える(06年3月9日)他方で、岩手県知事が日本航空に便の存続を求める要望を行ったとのニュースもあった。こうちらの映像は、要望書を受ける側が1人だけで、しかもテーブルが広すぎて知事が随分と背伸びをして渡すような光景で、ちょっと淋しさを感じたが、経済の冷え込みや日航問題に加えて、新幹線開業もあり、東北の各空港は深刻な時代を迎えていくだろう。空港問題もいずれ取り上げたいが、今日は、新幹線について一言。新青森駅開業の際に、盛岡や仙台にはどれだけ停車するだろうか。仙台の経済界や行政では要望の動きがあるという話は聞かないが、たぶん、当然全便停車だと思っているのだろう。盛岡はどうか。地元の動きがあるのだろうか。JRとしては、最速3時間とされる便を、最低でも朝夕の2本は設けると考えるのだろう(単純な私見)。その際に、仙台と盛岡の双方に停めるかどうかが一つの焦点になると考えられる。これに八戸も加わるか。経済学あるいは政治学的には、ゲーム理論の問題状況だが、半年前とされるダイヤ編成に向けて、今後地元の動きも活発化するかも知れない。それにしても、仙台は、動かないだろうけど。
2009.12.19
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文部科学省は17日、2度目となる今年度の全国体力テスト(全国体力・運動能力、運動習慣等調査。小5と中2が対象)の結果を公表した。上位の都道府県は、昨年度と大きな変動がなく、地域差は固定化している。小5では、男女計で1位が福井、2位が秋田。これは前回と全く同様だ。福井や秋田は全国学力テストも上位で、文科省は、朝食や睡眠など生活習慣が文武両道につながると見ている(毎日)。上位と下位の入れ替わりは少なく、地域差が固定。今回も上位は、学力テストが好成績の秋田、福井のほか、茨城、千葉など。北海道や奈良は低迷が続いた。合計点の県別平均で最も差が開いたのは、中2女子で、福井52.4と北海道の43.0で、9.4差。中2女子種目ごとでは、1位と最下位との差が、50m走で0.54秒、握力で1.57kgも開いている(時事)。中2は男子が茨城が最高点で、秋田、福井と続き、女子は福井、千葉、茨城の順(共同)。全国体力テストは、小5、中2の全員参加を目指して文科省が始めた。抽出調査で1964年度から続けている「体力・運動能力調査」と同じ8種目で集計する。09年度の参加校は小学校87%で中学校84%で、予算額は約3億円。行政刷新会議の事業仕分けでは、予算縮減と調査対象の絞込みを求められた。(時事)------------いや、しかし、秋田の児童生徒は素晴らしいですね。文武両道。家庭と地域が支える次世代育成。秋田県の佐竹知事は17日記者会見で、学力も体力も良く、これほど良いことはない、と感想を語ったという。「学力と体力はやや相関関係があるのではないか。規則正しい生活をすると体力も付くのは目に見えている。賢くて体力ある子どもがいるのは地域の希望。わたしたちも学力のみならず体力を含めた教育の大切さを認識したい」と笑顔が絶えなかった。(時事)何とも素晴らしいことです。データを見てみます。■小学5年 平均点と全国順位(男子、女子の順)。なおカッコは前回順位。都道府県別は公立データ。 全国公立 54.1 54.5 国公私 54.1 54.6 青森 53.9点 28位(26位) 55.2点 20位(18位) 岩手 55.2 13(16) 56.8 7( 9) 宮城 53.8 30(36) 54.5 25(31) 秋田 57.2 2( 2) 58.8 2( 2) 山形 55.0 16(20) 56.6 9(16) 福島 53.7 33(25) 55.2 20(19) 主な上位を見ると、福井男女とも1位、新潟男3女4、茨城男4女3、千葉男女とも5位。石川男7位12、静岡男15女8、鳥取男8女10、島根男女とも11位、宮崎男6女14 など。 主な下位は、北海道男女とも46位、東京男38女35、神奈川男42女47、愛知男43女36、三重男44女43、滋賀男38女42、大阪男45女45、奈良男37女44、徳島男47女41 など。■中学2年 平均点と全国順位(男子、女子の順)。なおカッコは前回順位。都道府県別は公立データ。 全国公立 41.3 47.9 国公私 41.3 47.8 青森 41.0点 28位(25) 46.4点 35位(36) 岩手 43.8 6( 8) 51.1 4( 5) 宮城 41.9 18(22) 47.9 24(24) 秋田 44.9 2( 3) 50.8 7( 6) 山形 43.0 12(15) 50.0 10( 9) 福島 40.8 32(27) 47.9 24(27) 主な上位を見ると、茨城男1女3、埼玉男8女4、千葉男4女2、新潟男5女8、石川男7女12、福井男3女1、静岡男14女6 など。 主な下位は、北海道男44女47、東京男46女43、神奈川男41女39、大阪男43女41、奈良男47女44、福岡男39女42、大分男38女46 など。
2009.12.18
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昨日16日から、鶴岡市など庄内南部では大雪のようだ。今日17日も降り続くようで、冬将軍が本格的に居座った感じ。朝までに、平野でも35センチ積もるそうで、最近雪のない仙台からすると、にわかに予想も出来ない積雪量だ。今週後半は宮城県も寒気に襲われるそうだ。いよいよ明日の夜には、雪が降るだろうか。
2009.12.17
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15日の秋田魁新報に、秋田県の本年上半期の火災による死者は20人で、人口当たりの死者発生率は、全国ワースト3位の1.79である、と出ていた。ちなみに、ワーストは、岩手県の2.66で、次いで、和歌山県の1.83だそうだ。昨年同期の秋田県は、2.39で全国最悪だったという。これよりは改善した形だが、2007年同期もワースト4位(1.84)、06年もワースト2(1.73)と、秋田県は随分と死者が多いことになっているようだ。通年で見ると、06年から3年連続で全国最悪なのだそうだ。記事によると、また、秋田県の総出火件数は人口当たりで、全国平均をやや上回る程度に過ぎないので、死者発生率の高さが際だっている、という。一体どういう事なのだろうか。寒冷地のため、冬の火の始末が多い。住宅火災で、お年寄りが逃げ遅れる。などが考えられるが、どうだろう。平成21年度の消防白書(20年データ)では、最も少ないのが奈良や沖縄であることを見ると、やはり寒暖の差は最も大きな要因だろう。火災による死者が、冬から春にかけて多いことも、これを裏付けている。それにしても、何故に、秋田なのだろう。もう少し捜してみたい。
2009.12.16
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先ほど外に出たら、結構寒いですね。星が瞬いている。気温は氷点くらいだろうか。とは言っても、雪も風もないから、やはり暖冬なのでしょう。河北新報のトップは、宮内庁長官と小沢幹事長の問題。天皇の政治利用とされた件をめぐって。宮内庁には長官を支持する意見が殺到したとか。幹事長が辞任要求したとの報道まで流れて、問題が混乱している。与野党の対立の一論点にも成長しそうな勢いだが、政治利用という用語自体が自己矛盾している感がある。要するに現憲法下に置ける天皇の地位という本質的テーマが、中心にある。豪腕小沢にスポットを当てて、政治ショーを期待するかのようなジャーナリスティックな報道に目を奪われることなく、冷静に考えるべきだ。私も意見があるが、当座別のことを考えているので、後ほどにいたします。ちょっと、体が寒くなってしまった。
2009.12.15
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ニュースによると、東北で初めて、川井村が全域でテレビの地デジ完全移行記念して、13日にセレモニーが行われた。電波が届きにくい川井村では、昨年度から村内に光ファイバーのネットワークなどを整備し、今月までに全世帯で地デジで受信できる環境を整えたとのこと。地デジへの完全移行は東北の自治体では初めて。ともかく、東北で一番とは、素晴らしいと思います。
2009.12.14
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タイトルの通りの問題を考えてみました。東北の大動脈、国道4号(奥州街道)と、東北自動車道。地図で見てもわかるように、絡み合うように県土を南北に縦断します。さて、宮城県民なら、県内で何度交差するか、答えられるでしょうか。頭の中でドライブをしてみましょう。まず仙台を出てから、北上して行きます。仙台宮城ICは当然ながら国道4号の西にあります。最初にクロスオーバーするのは、泉IC付近です。ここで、高速が4号の東側に出ます。考えてみれば、クロスする地点はIC付近となるのは必然でしょう。国道側からすれば、泉区を北上して、向陽台と将監の間を谷間のように進み、大沢地区で高速が頭上を高架で走っている、おなじみの場所です。セントラル自動車の工場の稼働を待つ仙台北部団地などを経て、古川の手前、三本木で、ほぼ直角に国道4号と再び交わります。その後、高速は古川市街地の西を走り、長者原を経由して、再び築館ICで4号と出会います。クロスした後、今度は、高速が東にまわり、新幹線と併走するように田園地帯を突っ切ります。そして、金成PAをすぐ北側で、またもや4号の西にまわります。ここは、4号を走っていると、数年前に新しくなった萩野第二小学校の辺りです。国道から見える昔の木造校舎は、味がありました。高速は4号の西側に位置したまま、岩手県境に出ます。さて、今度は仙台から南下していきましょう。仙台南IC、村田ICと、しばらくは奥州街道筋とは全く離れた中山間地を走るので、交わることはありません。蔵王町を過ぎて、白石ICが4号とのインターフェイスですが、すぐにクロスするわけではありません。市内に入って、有名な(?)国道4号との長い併走区間を経て、一旦西に離れて、市街地を離れた辺りで、やっと国道の東に出ます。この地点は、ちょうど新幹線も白石蔵王駅から真っ直ぐにトンネルに突っこむあたりで、3つの動脈が集まった形です。そして、越河駅を過ぎて、ほとんど福島県境に近い辺りで、高速道は4号の西にまわります。県境に位置する国見SAが、国道4号や東北本線のすぐ西の丘陵地にあることからも、わかります。以上を整理すると、----------(岩手県境 西:高速-東:4号)クロスポイント1 栗原市金成PAのすぐ北(西:4号-東:高速)クロスポイント2 栗原市築館ICのやや北(西:高速-東:4号)クロスポイント3 大崎市三本木地区(西:4号-東:高速)クロスポイント4 泉IC(西:高速-東:4号)クロスポイント5 白石市街地南部(西:4号-東:高速)クロスポイント6 白石市福島県境直近(福島県境 西:高速-東:4号)----------となり、交わるのは6回、が正解です。ところで、驚いたのは、福島県内の状況。何とほとんど交わることなく併走しています。栃木県境に近い白河IC付近で一旦国道の東に出て、栃木県(那須町)に入ってから、すぐ西にまわっています。従って、福島県内のクロスポイントは、何と1カ所だけ。これは意外でした。実は、岩手県も、滝沢ICまで、高速のICはことごとく国道4号と連結又は近接していますが、全く交わることはありません。県北部では高速は奥州街道筋ではなく、弘前に向かうので、完全に離れてしまいます。八戸自動車道が二戸市の南、一戸ICで4号と交わっていますが。最後に、もう1題。東北自動車道と新幹線は宮城県内でクロスするか。答えは、1度だけ。上記したように、白石市南部で交わります。仙台方向から南下する場合だと、まず4号をオーバーパスし、次いで高架の新幹線をくぐり、直後には東北本線を跨ぐ、ということになります。高速道が、トンネルに突っこんで直走する新幹線の西に回るのは、国見IC付近で、ここからは、新幹線、東北本線と並行して、やや丘陵地を高速が走っている、おなじみの風景です。
2009.12.13
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前回の続き。毎日新聞のスクープ記事(00年11月)以前の学界や社会の見方は、実際にはどうだったのか。立花隆さんの本から、要点をまとめてみる。なお、以下の構成は当ジャーナルの勝手な整理。立花さんの本の記述の順序等に従っているものではない。■文献『立花隆・サイエンスレポート なになにそれは? 緊急取材・立花隆、「旧石器ねつ造」事件を追う』朝日新聞社、2001年1 捏造スクープ以前の状況日本に前期旧石器時代が存在したかについて論争があったが、学界の主流はこれに否定的だった。芹沢長介東北大名誉教授を中心とするグループは、これを肯定する立場であったが、1981年、宮城県の座散乱木遺跡で、約4万年前の地層から、明瞭に人工的な加工跡の残る石器を発見したあたりから、論争には決着がついたとされる。その後、さらに古い地層から「原人」段階までさかのぼる石器が発見され、一気に歴史は書き換えられる。芹沢グループの快進撃の中心は、鎌田俊昭、藤村新一、梶原洋の各氏らによる民間組織の東北旧石器文化研究所である。先頭は、副理事長の藤村であり、皆で石器探しに出かけてもいつも第一発見者は藤村だった。95年には上高森遺跡で、石器がきれいに並べて埋められているのが「発掘」され、原人の美意識を示し、原人の精神文化について根本的な認識の変更を迫られる、などと騒がれた。なお、この埋納遺構は、その後も次々と「発見」されるが、それこそが毎日新聞が現場を暴露した、藤村の捏造作業によるものであった。1999年のシンポジウムで、大塚初重(元明治大教授)、森浩一(元同志社大教授)、岡村道雄(文化庁、芹沢門下)の3氏が出席。岡村は、9割5分が藤村の発見だったと述べている。2 問題の複雑さ北京原人のように、古い時代にも日本に原人が居たのか。藤村氏の捏造が事実だったとしても、この可能性がすべて否定されたわけではない。前期旧石器の遺跡には同氏が関わっていないものもあるし、同氏が関わっていても同時に多数の調査員が携わっているからだ。しかし問題が複雑なのは、藤村氏がその時間にその場所には不在だった、というだけで単純に出土した石器は本物だ、と断定できないことだ。事前に藤村氏が仕込んだ、というシナリオが考えられるからだ。仮に本人に聴取しても、信用性は低く、事の真偽はわからないだろう。真相究明の確実な決め手はないから、疑惑の遺跡について、藤村捏造の疑いの幅を最大と見るか最小と見るかで、前期旧石器の存否を左右することにもなる困った状況だ。3 学界の直後の対応考古学界の主立った人たちは、学閥のしがらみか、芹沢門下の独走にそれまで厳しい批判もせず、いわば消極的に支持してきたに等しい態度を取ってきた。だから、発覚直後は茫然自失となり、学界内部から事件に対して組織的に対応しようとする動きが無かった。そもそも考古学者は、個人個人の研究領域が異なるので、他人の仕事に口を出すことがなく、学界がまとまって動くことも少ないが、それにしても学界全体の信用が落ち、何らかのアクションが必要と皆が考えているのに、主体となるものがなかった。やっと12月の23日と24日に、福島県博物館で集会。藤村問題を初めて考古学者達が正面から検証しようとしたものだが、主体となったのは「東北日本の旧石器文化を語る会」。多くが芹沢門下で、藤村と東北旧石器文化研究所の成果も、語る会の研究大会でまず発表されることが多かった。それだけに責任も感じ、疑惑の石器を全て集め、研究者達が手にして信憑性を自由に討論するという、破天荒の試みが行われた。中心は、柳田俊雄氏(東北大学総合学術博物館)。4 学者等の発言と立花氏の評など(1)尾本恵一氏 桃山学院大学教授。我が国人類学者の指導的立場。 00年3月30日の毎日新聞に論説を寄せ、上高森でおそらく意図的に並べられた石器は、原人の文化性を彷彿とさせ、年代等に誤りがないなら人類進化史を書き換える可能性を持つ、などと記載した。 捏造発覚後の00年11月16日には、毎日新聞に、事件の教訓と題して書いている。 尾本氏も藤村氏の神の手には疑念を持っていた。しかし、発掘が有力な考古学者の指導のもとに行われた以上、まさかインチキだろうとは言えなかったのだ。3月の記事は、年代等に誤りがないのなら、との前提で書いたのだが、勇み足だったと責任を感じている。 という内容だ。尾本氏は英国の捏造事件に擬して、和製ピルトダウン事件と名付けてみせ、騙される構造を解説する。 すなわち、ピルトダウン事件の場合は、人類学界の大御所の主張ししてきた学説にピッタリ当てはまる骨が出たからだろう。学者には、自分の考えに有利な資料に対しては、判断が甘くなるという傾向がある、と。(2)大沼克彦氏 国士舘大学教授。石器造りの名人として知られる。(立花さんが、藤村は自作の石器を埋めたのではないかと疑ったため、大沼教授のもとで自ら石器造りを実習したそうだ。) 藤村氏が自作の石器を埋めた可能性は否定する。大沼氏は藤村を知っていたが、彼には本物に見える石器を作る力はない。実は、藤村氏に頼まれて細石刃を作ってやったことがあるが、彼は自分には本物に近いものを作れないと自覚していたはずだ、と言う。だから、藤村石器は、どこか別のところで見つけた本物を自宅にため込んだのだろう。縄文期の石器なら、慣れてくればゴロゴロ見つかる。1000個収集していてもおかしくない。(以下は大沼氏の文章)捏造者本人は言うまでもないが、旧石器研究者が相互批判を通した学問追求の態度を捨て、自説を溺愛し、手段を選ばない態度が背景にある。また、意図的な報告を無批判的に取り上げるマスコミにも、責任がある。(3)藤村の友人というアマチュア愛好家 立花さんは、福島の集会で藤村の友人から、藤村氏が自宅に1000個以上収集しているのを見た、と聴いており、大沼氏の見方が裏付けられた。 この友人は1万個くらい収集しているという。石器を見つけるのは、アマの方がはるかに上手いのだそうだ。そして、プロの考古学者に渡しても、せいぜい論文のデータになるだけだかから、苦労して見つけた石器をプロの手柄に差し出すよりも、愛蔵しておきたい。そのうち、それらに出番を与えてやりたい、学者の鼻をあかしてやりたい、という意識になったのかも知れない。(4)鎌田俊昭氏 東北旧石器文化研究所理事長。 福島の検証会の資料で、鎌田氏は藤村氏を評して、大学で学ばず語学も出来ないような同氏が、既に20年以上も前から、60万年前にまで遡る学界の大変遷のシナリオを描いて実行してきたことになるが、そんな計画的な行動は藤村には無理だ、というような内容を記した。 立花氏はこれを批判。計画的なプランではなく、思いつきもあり得る。それに、藤村氏を学問的無知と評するのなら、学のある鎌田氏は、藤村石器に踊らされて珍妙なシナリオを書いたことになる、と。原人と新人の石器の違いがわかっていれば、埋納遺構のような珍妙な理論も出なかっただろう。 福島の検証会では多くを救おうとして、無理を重ね、結局木っ端みじんにされてしまった感がある、と立花さんは記している。(5)安斎正人氏(考古学、東京大学助手) 馬場悠男氏(人類学、国立科学博物館)(事件直後の12月11日に座談会を行って立花さんが意見を聴いた。安斎氏は、教授より有名な万年助手。馬場氏はかなり早い時期から芹沢門下グループに公然と疑問を自書に表現していた人。この2人なら自由な発言が出来ると考えたそうだ。)○安斎氏 ・埋めたんじゃないかと冗談で話していた。 ・主催者に呼ばれた研究者は、内心おかしいとおもっても好意的な世辞を言う。 ・藤村氏が埋納遺構の文化論をTVで語ったとき、その場の思いつきと思って割り切っていたが、実はもともとは鎌田氏の意見だった。藤村氏は、鎌田氏や梶原氏の発言を聴いていて、行動に反映したのでないか。 ・相沢忠洋と芹沢長介の関係を連想する。芹沢は旧石器のパイオニアになったが、相沢はいつまでも発見者。岡村道雄と藤村の間に、歴史は繰り返された。岡村が離れた後は、鎌田、梶原が意味づけをするというパターンに。 ・藤村は、アマチュア愛好家でも知っている言葉(プラントオパール)を知らなかった。 ・しかし、石器を見つけるのはトップクラス。相当現場を歩いただろう。 ・地層を誤らずに埋めているのは、そのためだ。 ・考古学者は現場を歩かないから、地層のことがわからない。 ・80年の座散乱木から、馬場壇、中峯Cあたりまでは、捏造の存否は、難しい。藤村がかなりの知識と周到さがないと無理だったようにも思われる。 ・96年の原セ笠の頃からは怪しい。岡村氏が離れて、梶原氏や鎌田氏が中心になった段階で、急に藤村が神の手として知られ、研究所が作られた。10万年からどんどん遡った。 ・グループの意識はジャーナリズムに向いていた。 ・鎌田氏には、難解な理論よりも、現場の前にひざまづくべきだと言われていた。 ・権威に逆らえない風潮はあるが、戦前と異なり、今ではマスコミに取り上げられることが権威。芹沢氏も既に現場を離れている。学術論文には引用されない人が、新聞によく出る。 (戦前なら、坪井正五郎のコロボックル説、長谷部言人の明石原人。権威が生存中は、みんな信じたフリをしていた。)○馬場氏 ・旧石器文化研究所がおかしいと話題にしていた。小田静夫さんと、竹岡俊樹さん。 ・竹岡さんは、確率的にあんなに出るはずはない。普通の手段ではないと確信を持っていた。 ・著書『ホモ・サピエンスはどこから来たか』(河出書房新社)で藤村石器の疑問を公表。 ・石器の専門家なら、ここまで言えない。もし本物だったら一生の学問的な傷になる。 ・きれいに並べた石器が、十数万年そのまま整然と埋もれていることはあり得ない。 ・馬場壇のあたりから後は、誰かが埋めていると思っていた。確立論的に有り得ない。 ・独特の仲間意識と、昂揚した気分がグループにはあった。うっかりしたことを言うと袋だたきに遭いかねないところも。(6)芹沢長介氏(立花氏の文章ではなく、朝日新聞記者が書いた文章から。) 芹沢氏は、藤村氏の新発見のたびに好意的コメントを寄せていたが、01年1月中央公論に、「波乱の考古学界を憂える」の一文を寄せた。97年の上高森遺跡の埋納石器について、当時既に疑問を抱いていたらしいことを示唆。さらに、座散乱木以降、若い研究者がマスコミに働きかけ、報道を望むような状況がふくれあがったことを批判している。 しかし、この権威者は、疑問を公にすることもなく、むしろ藤村氏らの活動を賛美してきた。97年時点で疑念を表明していれば、と残念に思われるが、そのことを恥じる言葉もない。5 その他立花氏の記述から ・スクープの際に、埋めた理由を問われた藤村氏は、答に窮して鎌田氏を呼び、「オレとうとうやっちゃったよ」と第一声を発した。 ・これは、やってはいけないことだけど、いつかやるかも知れない、という認識が2人の間にあったのだろう。■関連する過去の記事 旧石器捏造事件を考える(09年12月11日) 壮大なニセ歴史ロマン(07年5月27日)(旧石器捏造事件関係)
2009.12.12
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腰を据えて勉強しようと思っているが、時間のなさと怠惰にかまけて果たしていないことがある。近代以前の行財政における財産法制の基本概念はどんなものだったろうか、という点についてだ。幕藩体制の中で、諸藩は財政窮乏にあえいだ。米の石高を基にした武家の統制支配体制の中で、実体経済の発達で乖離が生じ、また度重なる凶作や幕命による普請なども重なったが、例えばヨーロッパの産業革命のような社会経済を根本から掘り返すような革新は、黒船の到来を見るまでは、なかった。思想の面でも、早くから海外に目を向けるべき事を訴えた先達はいたが、結局のところ、ロックやルッソーのように市民革命を導くダイナミズムは体制の中からは起こりえなかった。このような、実相ははかないながら、一見は安定していた幕藩時代の社会の枠組の中で、人々の共通認識とされていたところの家産制度や、公と私の区別などは、どうだったのだろうか。私たちの先祖は、どのような支配者観、被支配感覚、また財産法制観のもとで、生を営んできたのだろうか。もし、学問領域的に名付けるとすれば、日本法制史という講座名になるのだろうか。さらに、その思想的背景、支配層と庶民層でも異なるだろうか、宗教観も含めて、日本社会の考え方の底流にも話は広がるような気もする。そんな訳で、尾藤正英『日本文化の歴史』(岩波文庫668、2000年)を読んだ。碩学の結晶を刈り取るような読み方で、本当ならば世の中や歴史を地道に勉学すべきだが、自分の責を棚に上げて、まずは、薄い1冊に手が伸びたのが実情だ。さて、前置きが長くなったが、本題の近代以前の法制や庶民の意識は、大きすぎるので、いずれに回すとして、同書の本文のまさに出だし、最初のページに記してあることに、宮城県民としては大きな関心を持たずには、いられない。宮城県の上高森遺跡で60万年前と推定される層位から石器が出ているが、この測定に疑問を持つ意見もある、との記述があった。つまり、石器の出土は事実だが、その年代測定には疑問がある(とする意見がある)、というものだ。この本は2000年の5月の出版だ。忘れもしない毎日新聞のあの一大スクープは、この年の11月5日だから、それ以前の時点での記述ということになる。たしかに、さすがに考古学界内部でも、ポンポンと時代を遡るゴッドハンドに疑惑の目はあっただろうが、表立って疑惑だ、と言い立てる人は、あの当時にはいなかったと私は記憶している。少なくとも、河北新報などは、宮城と尾花沢の石器の破片がピッタリと合った、などと喜んで書きまくっていた。冷静に見るべきだという識者や記者の意見など、公には見なかったと思う。尾藤氏は、日本の思想史などが専門だろうから、考古学の世界で学者生命のリスクもなく、冷静に客観的に、異論もあると書けたのだろう。たぶん。それにしても、毎日新聞のスクープの前の時点で、疑問があるとハッキリ書いている学者がいたことが、確認できる。何か、救われるような、安心したような気分だ。そこで、毎日スクープ以前の学界や社会の見方は、本当はどうだったのか、気になった。当時は、上に書いたような河北新報の記事などに接して、胡散臭い思いを抱いていた一人ではあるが、かといって、ハッキリと疑問や疑惑があるという記事は目にしたことがなかった、と思う。しかし、どう考えても藤村氏の関係者はもとより、学界全体の中に、疑問を抱く人は居たはずだ。彼らは、どう行動したのか。あるいは、言を発することすらできなかったのか。そこで、いま、立花隆の本を読んでいる。■文献『立花隆・サイエンスレポート なになにそれは? 緊急取材・立花隆、「旧石器ねつ造」事件を追う』朝日新聞社、2001年詳細は次回に整理したい。
2009.12.11
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地底湖の全体像を解明するために、行われるのだそうだ。41年ぶりというと、前の潜水調査は1968年になる。昭和43年だ。以前に記事にしたように、昭和30年代に地元の青年達が調査したという。その後、学術的な調査があったのだろうか。いずれにしても、神秘の全貌がベールを脱ぐというところか。神秘の地下洞窟 地質百選の龍泉洞(09年3月28日)
2009.12.10
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加美町の中学校統合方針が、8日白紙に戻されたとの報道があった。佐藤町長が、小野田中学校(生徒196人)と宮崎中学校(143人)を平成23年4月に現在の小野田中に統合する町教委の方針を、白紙に戻すと発表したためだ。佐藤町長は、宮崎地区住民の理解が得らず、結論には時期尚早との回答書を町教委に出した。小規模校教育にも長所はある、両校とも今後10年間で100人を下回らないこと、を考慮したそうだ。両校の統合計画は、町教委の学校適正規模検討委員会が昨年10月、宮崎中が望ましいと答申していたもの。しかし、町教委が今年3月、小野田中がふさわしいとの意見書を町長に提出。教室数が宮崎中より4室多いこと、周辺施設が充実していることが理由。住民説明会や町政懇談会では、両地区の住民からそれぞれ強い不満が上がっていた。以上は、河北新報の記事(9日)をまとめた。詳しい事情がわからないが、収拾がつかなかったのだろう。地図を見ると、子ども達のために適正規模が欲しいことは、おそらく理解されるのだろう。今地図を広げてみているが、加美町の西部の両校のエリアは、たしかに広いが統合中学校とするのに、何とか無理なく受け入れられるように思う。それにまた、合併前の町の垣根などは、心の中でも存外にたやすく外れるものだろう。ただし、地域の総意として積み上げるとなると、どうしても2つの地域それぞれの意見が、ちょうど磁石の2極のように求心力に引かれてしまうのだろう。3つや4つをまとめるのとも違うし、地域のちょうど真ん中に新校を作る方針でもないから、やはり2者のいずれかというのは、まとめにくいのだろう。宮城県教育委員会のホームページでみると、学級数は、小野田が7クラス、宮崎が6クラスだ。ちなみに、加美町のもう1つ、中新田中学校は13クラス。つまり学年4クラス編成だ(平成20年度学校統計要覧、クラス数は特別支援学級含む)。私自身が、もう30年も昔だが、いわゆる統合中学校だった。学年7クラス。遠い地域の生徒にはスクールバスが出ていた。昭和の合併の後、早々に中学校を統合したのだが、今思えば、仮に旧町村単位の中学校だったとしたら、部活も満足にできないし、そもそも小学校時代と較べて、触れあう世界に人生の展開が感じられなかっただろう。だから、主観的な意見だが、中学校にはある程度の規模が欲しいと思う。この点は、小学校とは異なる。何が適正規模かは、教育論上の或いは地域の理解としても、議論があるとは思うが、全く私的感覚で言わせてもらえば、学年5クラス以上はあった方が良いと思う。陸上や水泳なら個人の頑張りもあろうが、球技系や音楽系のクラブだと、多様なクラブが存立できないし、ある程度の規模がないと県大会も望めない。他のライバル校と競いながら、学校や地域の期待を担って県都で大会を経験するなど、そのような経験が可能な学校であって欲しいと願うからだ。上記の統計で、仙台市外の15クラス程度以上(特別支援学級除く)の学校を拾ってみよう。実は、意外と少ない。 角田 14 大河原 17 船岡 14 玉川(塩竈市) 15 増田 14 (名取)第一 15 (名取)第二 16 みどり台(名取市) 17 多賀城 15 高崎(多賀城市) 17 岩沼 13 岩沼西 13 亘理 14 松島 12 向洋(七ケ浜町) 12 しらかし台(利府町) 16 大和 16 成田(富谷町) 14 古川 19 古川東 16 佐沼 15 中田(登米市) 13 蛇田 15 渡波 14 矢本第一 16 矢本第二 13こうして見ると、少子化も明らかだと改めて思う。時代の流れとして、中学校はやはり、できるところは統合するのが、方針ではないだろうか。個人的な主観を押しつける気は、全くないのだが、大人中心の地域主義的な政治変数によって、一番大事なことが忘れられては困ると思うのだ。加美町の問題も、何より生徒の立場を最優先に、良い結論を出していただきたい。
2009.12.09
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さっきニュースを観ていたら、大型高卒新人の菊池雄星がしゃべっていた。(所沢は)岩手に似ているというか、住みやすい感じです。いいぞ、この発言。たぶん埼玉県民は複雑な心境だろうが、確かに狭山丘陵は、北上山地の自然に抱かれた花巻と、似ている、むしろ自然を大きく感じられたのかも。何のてらいもない素直なことば。良いねえ、さすがは岩手県人。やっぱり、大物だ。東北魂で、そのまま、自然に、素直に、伸びよ。菊池。
2009.12.08
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8日の「リアスの風」記事によると、気仙沼市が公募した「ご当地ナンバー」(市新課税標識)に、296点の応募があり、7日の第2回検討委員会で、入賞候補6点を選考。応募は中学生が9割弱を占めた。作品の7割は魚を題材としており、入賞候補6点も船の操舵輪と波、船やサメ、サンマなど港町、漁業の町の気仙沼をイメージしたもの。今後は、1月の第3回検討委員会で決定。来年の市議会2月定例会での予算措置を経て、「ご当地ナンバー」導入の予定だ。参考として、読売新聞の記事「走る広告 ご当地プレート」(12月2日)。この記事に導入例が紹介されているが、結構面白い。わが宮城県では、登米市のコメの形がある。読売の記事では、自動車のナンバーの「仙台」などとは区別する意味だろうが、ご当地プレートと呼んでいる。リアスの風(三陸河北)では、地域おこしの気持ちが勝って、ご当地ナンバーと称しているが、プレートの方が、適切かも知れない。確かに、最初に「気仙沼のご当地ナンバー」と聞くと、一瞬ビックリする。自動車のナンバーに気仙沼の文字が出るのか!?と。 そうではないのだが。でも、ご当地ナンバーとして、盛り上げたい気持ちは、よくわかる。当の気仙沼市役所も、堂々と「ご当地ナンバー」と称して募集しているが、ちゃんと、市新課税標識、とカッコ書きで添え書きしているが。(市の「広報けせんぬま」)ところで、自治体が課税する排気量125cc以下のバイクなどは、プレートは形状や図柄に明確な規定はなく、運転に危険が及ばない範囲で変えられるそうだ。自動車のナンバーとバイクのナンバーの、法制上の位置づけの相違については、当ジャーナルで前に解説いたしました。■関連する過去の記事 二輪車のCナンバーは何?(09年9月23日)この取組の先駆けは、愛媛県の松山市で、雲の形を07年7月から導入(坂の上の雲)。選択できるが、雲形が好評で、14%を占めているそうだ。これに続いて、約20の自治体で導入。東北では、東根市は今年2月からサクランボの絵を導入。それと、上記の通り登米のコメのナンバー。気仙沼の市広報(上記)にも紹介されている。各自治体に、広がりそうだ。
2009.12.07
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楽天市場は、我が国内のネット商店街で最大手だそうだが、今年10月末時点で集計した都道府県別の出店状況によると、東北では宮城、福島、山形の順だそうだ。山形新聞の記事に出ていた。宮城 368店福島 260山形 162青森 147岩手 133秋田 117全国では約3万店。山形は全国38位だそうだ。県別の売上高は公表していないが、市場全体の売上高は約7600億円。山形県内の実際の店舗の中で、楽天に出店している割合は0.96%となり、全国平均の2.05%を下回っている、とまで山形新聞は分析している。楽天市場の広報担当者のコメントがあって、国内の小売市場でインターネット販売が占める割合はまだ数%程度。さらなる成長が見込める、と。以上が山形新聞の記事だが、楽天のプレスリリースなり統計表などは、サイトにはないようだった。
2009.12.06
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以前、昭和30年の仙台市長選挙が最高裁で無効と判断されたことを記した。当時としては、異例の事件として全国の話題となったようだ。■関連する過去の日記 仙台市長選挙の無効判決とやり直し(09年11月21日)『仙台市史 資料編8 近代現代4 政治・行政・財政』の別冊資料によると、歴代の仙台市長が掲載されているので、任期を確認する。抜粋すると------------15代 岡崎栄松 就任昭和21年6月17日 退職昭和22年4月5日16代 岡崎栄松 就任昭和22年4月5日 退職昭和26年4月4日17代 岡崎栄松 就任昭和26年4月25日 退職昭和30年4月12日18代 岡崎栄松 就任昭和30年5月2日 退職昭和32年12月17日19代 島野 武 就任昭和33年2月2日 退職昭和37年2月1日(「市勢要覧仙台1993」仙台市、1993年により作成 とある。)------------となっている。岡崎市長は昭和30年に再選されたが、32年12月17日、これは最高裁判決の日のようだが、岡崎は失職する。やり直し選挙で33年2月に島野武が市長となっている。そして、本編で詳しく読もうと考えたのだが、思わぬところに説明があった。『仙台市史のしおり Vol.23 資料編8 近代現代4 政治・行政・財政』(仙台市史編さん委員会、2006年9月)という、挟み込みの小冊子である。ちなみに、資料編ではなく通史編の方は、順次刊行されているが、第7巻の「近代2」(昭和の前半まで)が最新刊のようで、戦後については未刊行のため、既に刊行されている資料編を紐解いてみたのである。そこで、上記の小冊子に出会ったというわけだ。元河北新報社専務の京極昭さんが「戦後の仙台市長」と題して、書いている。戦後60年の市政を見渡して、3つのハプニングがあり、その第一として、7期27年の島野市政誕生の契機となった選挙無効事件を取り上げている。なお、第二のハプニングは島野市長急死と保守の奪還、第三は石井市長逮捕後の念願の市役所生え抜き市長誕生、だ。京極さんのいう第一のハプニングについて、『しおり』から、以下に要約してみた。------------三期目を狙う岡崎と、古里に帰って市長を志した島野の争い。現職有利との票は、蓋を開けると次点と僅か560差。敗れた島野の側は、選挙管理の不適正を理由に無効を申し立て。県選管は仔細に点検の結果、不在者投票に違法な管理があり、適正に行われていれば当落逆転の可能性ありとし、選挙そのものを無効とした。争いは法廷に移り、最高裁判断まで2年余を要したが、無効は変わらず、昭和33年2月やり直し選挙。なお、京極氏は新聞記者として県選管の無効裁決をスクープした、と回顧している。当時、岡崎市長は強い影響力を持っていた。旧秋保町生まれ、師範学校を出て、小学校長や郡視学など順調に歩んだが、上司と意見が合わず、東京市役所に転じ、区長を務めた後、仙台に返り初の公選市長に。戦災で焼け野原になった仙台を、一変させる区画整理を推進するなど、現在の仙台の姿を作った功労者である。しかし、無効裁決の頃から勢いに陰りが出始めた。市議会議長と力比べの反目、米国出張旅費問題、大倉ダム問題などが次々と噴出し、ついにやり直し選挙出馬を断念。保守陣営は、岡崎の代わりに松川金七(県会議員で県医師会長)を出したが、島野は保守層からも広範な支持を得た。------------資料編本体(p231)には、昭和30年執行仙台市長選挙最高裁判決(昭和32年12月17日)の要旨が記されている。事実関係と何が争点だったのかは、これだけでは、よくわからない。仙台市議会の古い議事録はネットでは読めないので、とりあえず、昭和30年代の宮城県議会の議事録をHPの検索システムで見てみた。昭和30年9月定例県議会で、平野博議員が一般質問を行っている。仙台市選管の対応をずいぶんと非難している。曰く、下記の通り。------------民主政治の基調は自由と公正なる選挙にあるが、去る4月の仙台市長選挙は極めて公明を欠くものであり、仙台市選管の責任は重大である。5月14日仙台市光禪寺通り佐藤輝雄氏外二名が仙台市選管に提起した仙台市長当選及び選挙の無効訴願に端を発し、5月16日の証拠保全申立、続いて5月23日証拠物件提出、6月30日市選管は、異議申立を棄却。7月13日県選管に再び訴願となつて現在審理中である。この問題は衆院公職選挙法調査特別委員会の取り上げるところとなり、調査委員会より島上その他の調査員が派遣され、また国会で警察庁当局者の吟味するところとなり、県警察本部に対してもそれぞれ捜査に対する指令があったはずだ。また、仙台地裁より仙台市選管に対し、5月16日に証拠保全のため関係書類一切の提出を3日間の期限で命ぜられたが、いかなる理由か3日を越えて一週間目にやっと仙台地裁に証拠書類が提出されている。公明選挙の本拠たるべき選挙管理委員会が、いささかなりとも疑念を持たれるような行為をあえてとることは、良識で判断できない不可解な問題だ。次に注目される点は、仙台市選管の異議申立である。申立人の請求を棄却したが、記者団が問題の幽霊票や、破損した投票用紙の梱包状態について質問したところ、答える必要なしと拒否までして、あえてこれを棄却したと報道される。また、審理中の県選管の心証いかんで、これが有効であるか無効であるか決定されるとも報道されている。質問(1)県選管として公明選挙への措置 (2)証拠保全命令に際し市選管は県選管に相談した内容 (3)選挙を管理した者の刑事責任(7月朝日新聞報道では、県警察本部が警察庁に内偵について報告したとするが、刑事部長は関係者に故意は認められず事件になりにくい、と談話を発表。) (4)県選管の裁決は重大であるが心証で左右されるのか (5)昨日配られた調査報告書について------------答弁の要点は、選挙管理員会高橋委員長から、仙台市から書類は何も到達していない、裁決はどこの干渉も受けずに調査して決定する、などと答弁。また、松本警察本部長から、不当であっても違法でなければ刑事事件として扱わない、取調中であるが刑事部長のとおり慎重に行う、など。平野議員から、本部長に対して、投票用紙の梱包がわずかの間に破損状態を示しているような選挙管理事務に対しては当然警察権を発動すべき、と再質疑がなされている。
2009.12.05
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宮城県の10月の有効求人倍率は0.41で(宮城労働局資料)、前月(0.39)より上昇した。東北の各県の指標と解説を集めてみると、------------○青森 0.28(全国ワースト。沖縄と同値。全国で唯一、青森のみ数値が下落。) 求職者減を上回る求人減が原因。雇用対策で建設と公務が若干増えたものの、製造業、サービス業などで大幅減(毎日)。○岩手 0.35 有効求人は、派遣や警備などの非正規雇用や、看護・介護を中心に増えている(毎日)。○宮城 0.41 製造業の当面の受注対応や年末年始商戦向けの臨時求人が増えた(河北新報)。なお、県内の7-9月期の完全失業率は6.6%で、前期よりも0.2ポイント悪く、5四半期期連続で悪化。ITバブル崩壊後の03年1-3月期以来の高水準。全国では徐々に改善しており、県内の雇用の冷込みが伺える(読売)。○秋田 0.34○山形 0.37 電子部品・デバイス・電子回路製造などの求人が増加(河北新報)。○福島 0.33(全国ワースト3位) 製造業の求職者で有資格の技術関係が多いため、雇用のミスマッチ。また、短期求人があるものの正社員求人が少ないため、再び仕事を求める人が多くなっている(毎日)。------------東北は全般に厳しいが、少しずつ地域事情の違いも伺える。年末を前に、景気の二番底やデフレ懸念がまた言われ出した。さらに円高もイヤな雰囲気を醸し出している。地域の雇用は高まっているとは到底実感できない。新規高卒予定者の内定の例年にない低さも、今年の雇用の厳しさを象徴している。ところで、よく間違われているが、新規求人倍率と、新規高卒者(大卒者)の就職(内定)状況は、別物である。少々解説すると、まず、用語として、「求人」「求職」は労働市場における概念そのままで良いのだが、「有効求人倍率」となると、「有効求人」数を「有効求職」数で除した数値と定義される。そこで、有効求人なり有効求職とは何かが問題となるが、職安に提出されている数値と考えればいい。現実には、厚生労働省の職業安定統計で扱われている。行政上把握するものに限られるから、民間照会業務は統計に入らないことになる。次に、「新規求人(倍率)」という場合の「新規」とは、当該期間(各月)において新たに職安に提出された求人(求職、倍率)である。誤解されるが、新規学卒者という意味ではない。従って、詳しく言えば、「有効求人(倍率)」には、当該の月において新規に求人(求職)があったものと、前の月から継続している求人(求職)との両者が含まれていることになる。このうち、当該の月の分だけを取り出したのが、「新規」求人(倍率)であり、経済的な意味としては、新規求人(求職)の増減は、企業の生産活動拡大ないし縮減の動向を反映するものとして理解されることになる。ところで雇用情勢を示す指標としては、他に完全失業率が代表的だ。完全失業者数を労働力人口で除した数値。総務省の労働力調査で把握される。
2009.12.04
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前回の記事(冬タイヤにしましたか(09年12月2日))で統計がないかも知れぬと記したが、NEXCO東日本が毎週、目視で調査している。最新は11月30日時点の調査のプレススリリースだ。これによると、南東北、特に宮城、福島県は、まだ装着率が低く、また全体、に昨年同時期と比較すれば装着率が低い。主な地点で見ると、 東北道青森IC 97%(昨年同時期100%) 秋田道秋田南IC 92%(99%) 東北道盛岡南IC 76%(91%) 東北道仙台宮城IC 85%(87%) 山形道山形北IC 88%(96%) 東北道郡山IC 61%(65%) 常磐道いわき中央IC 36%(32%) 東北全体 80%(85%)高速道は広域移動だから、市内一般より高めだろうが、仙台は2割程度と考えた私の感覚よりは、相当高いようだ。今回は東北全体で80%だが、11月第1週は12%、以降週を追って、29、44、70、80と上昇している。
2009.12.03
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郡山市の国道49号では、警察、安全協会、国の国道事務所などにより、冬用タイヤの早期装着を呼びかけるPR活動が行われたという。私は日曜日に済ませた。例年のことだが、朝に積もっていたら歩けばいいとか、スキー場に行く前に履き替えればいい、とか腰が重いのだが、下の子がやるやると元気に手伝ってくれたので、一気に装着した。近くのGSで空気圧を点検したときに気がついたのだが、右手の指を切ったらしく、結構出血していた。傷口は小さいが、バイ菌が入ったのか、今でも周囲は紫に変色し、微痛がある。確かに、履き替えてしまえば、安心である。12月に入った。統計があるかどうかわからないが、多分仙台のドライバーの装着率は、まだ2割くらいでないだろうか。感覚だけど。
2009.12.02
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八戸税関支署によると、八戸港の先月の貿易額(輸入と輸出の計)は、昨年同月より49%少なく、約158億円となった。今年3番目に少ない金額で、昨年同月を10月連続で下回る。特に、輸出は、同月比62%も減の約61億円。輸入は35%減の約97億円。NHKニュースでは、主要輸出品目のステンレスの原料となるフェロニッケルの価格が回復しつつあるものの、一般機械の金額が昨年同月より大幅に下回ったため、としている。輸入では、ハイブリッド車バッテリーなどに使う鉛鉱と亜鉛鉱が大幅に伸びた一方で、主要品目の飼料用のとうもろこしやニッケル鉱などの金額が昨年同月の半分以下になったことなどが原因。ところで、東北の他の港や空港はどうかと思ってみたが、どうも月次のデータが報道されていないようだ。おそらく、八戸税関支署は丁寧に毎月数値を公表し、コメントをリリースしているのだろう。大変良いことなのだが。そこで、財務省の貿易統計を見ると、10月分が発表されていて、輸入輸出とも1年以上連続で減少しているという。全国集計は、各税関支署の数字を積み上げているのだろうが、その支署別や港別のデータはCSV形式で掲示されており、わかりにくい。やっぱり、プレスリリースがありがたい。ちょっと探したところでは、酒田支署が上半期(1-6月)の状況を報道したようだ。山形出張所を合わせた輸出額は127億円で、前年同期比62.9%の大幅減、輸入額は312億円で27.6%減。輸出は2年連続、輸入は3年連続のマイナス(山形新聞)。税関支署で出さないのなら、宮城県や商工会議所などでも速報値とコメントを出せばいいのに、と思う。やっと、横浜税関サイト内に最新月の速報の港別数値を探しあてた。------------平成21年10月分 仙台塩釜 輸出22,186百万円(前年同月比 -13.5%) 輸入31,684百万円(前年同月比 -46.7%) 仙台空港 輸出1,166(-54.1) 輸入5,770(+370.4) 小名浜 輸出3,131(-11.5) 輸入15,910(-44.7) 相馬 輸出213 輸入6,616 福島空港 輸出6 輸入22 石巻 輸出672 輸入2,945 気仙沼 輸出4 輸入50------------となっている。仙台空港の輸入は特異値だろうが、他は概して激減だ。仙台塩釜港の場合、輸出では2本柱のゴム製品と事務用機器が、それぞれ前年同月比6.4%、20.1%のマイナス。輸出の柱の原油・粗油は、何とマイナス56.4%だ。石巻港は輸入で穀物がマイナス63.7%の激減。仙台空港は、輸入で、半導体等電子部品が57.8%、原動機が71.3%と、それぞれ大幅マイナス。輸出では航空機類が全増で5,130百万円と稼いでいる。続いて、東京税関の10月のデータから、酒田港を拾う。------------平成21年10月分 酒田港 輸出 3,197(前年同月比52.1%) 輸入7,410(120.6%)------------同月比は、増減ではなく比較のようだ。つまり輸出は半減ということだろう。輸入も、年の累計では、77.0%と減らしている。さてもう1つは、函館税関管内のデータだ。------------平成21年10月分 青森 輸出943百万円(前年同月比57.5%)輸入982(51.9%) 八戸 輸出6,101(37.9) 輸入9,663(65.4) 青森空港 輸出- 輸入23(88.9倍) 宮古 輸出9(全増) 輸入53(22.0) 釜石 輸出197(26.5) 輸入870(108.5) 大船渡 輸出849(108.5) 輸入184(13.0) 秋田船川 輸出2,041(76.1) 輸入10,891(97.2) 秋田空港 輸出- 輸入2(3.0倍)------------ちなみに、東北分の小計欄があって、輸出10,139百万円は前年同月比46.2%、つまり半減以下ということだ。輸出は22,669百万円で、74.7%だ。今年の累計では、輸出が64.9%で、輸入が59.5%と、やはり景気の影響を相当受けているようだ。宮城県分について、或いは東北分とか、税関支署でも良いし、あるいは地域経済活動をモニターすべき各県の担当課や経済団体あたりで、貿易の窓口となる港や空港の大事なデータを整理して紹介してくれれば、大変良いと思うのだが。何なら当ジャーナルで委託を受けても良いですが、各県さんいかがでしょう。■関連する過去の記事 岩手県の過去最高の輸出と東北の貿易データ (08年10月26日)
2009.12.01
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