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キリンは仙台港、サッポロは名取に工場があるが、熊襲の産地発言のサントリーは論外としても、アサヒビールの工場が県内にないのは、やっぱり寂しい。グループならニッカの工場があり、これは自慢なのではあるが、ビール工場もあったら、と思う県民は少なくないのではないか。福島の本宮市に大規模なのが立地しているから、余計にそう思う(アサヒビール福島工場)。ところで、仙台圏に、3大メーカーの工場が揃う可能性は、十分にあったようだ。仙台市の中田町にアサヒが立地しそうになった経緯があるからだ。サッポロが名取駅隣接地に、県や市の誘致で県開発公社の土地買収を受諾し立地決定したのは、昭和38年(操業は昭和46年)。これに遅れて、小田原のキリンビール仙台工場も、県の造成した仙台港の工業用地に移転し、昭和58年操業開始。アサヒが仙台に立地を計画したのも当然で、中田のミートプラントが49年原町に移転した跡地が候補地となった。仙台市が誘致の主体となったが、結局は本宮に奪われた(本宮は昭和47年三ツ矢サイダー製造工場として竣工し、昭和54年よりビールを製造)。津軽芳三郎氏の著作に出ていた(『何があった地方行政五十年』宝文堂、2006年)。アサヒの誘致は、仙台市が主体となっており県は見守っていたのだそうだが、3工場を揃えられなかったのは口惜しい、と津軽氏も語っている。仙台市史や関連資料を見たが、アサヒの誘致の件は記されていない。仕方がないので、以下には中田にあったミートプラントについて記しておく。----------(1)ミートプラントと食肉市場の歴史(資料)明治42年、仙台市のと畜場が小田原牛小屋丁に創設。しかし、人口増加などの影響で用地の狭あい、環境衛生及び処理能力面が問題とされ、昭和33年新たに仙台市中田町字権東にと畜場を建設し、昭和34年6月から仙台市ミートプラントとして操業を開始。昭和41年、食肉市場機構の早期確立が必要との生産者団体からの強い要請を受け、翌昭和42年から、食肉流通の現状とあり方について調査を開始。市場開設について宮城県との調整を重ね、昭和43年12月「宮城県卸売市場整備計画」が県から発表され、仙台市に食肉市場を開設する方針が明らかに。県内の食肉業界でも機運が盛り上がり、県経済連、県食肉事業協同組合などから市長に市場開設の陳情が提出される。市議会では昭和45年3月に採択に至る。しかし、陳情にある立地条件(都市近郊、広い面積、幹線道路沿い等)を満たす場所の選定に困難を極め、昭和45年に高砂地区の用地の先行取得に入る。さらに、昭和47年から具体案の作成ととともに、卸売業者数の「単数か複数か」の問題についても公正取引委員会との協議に入る。中央卸売市場運営協議会においても、食肉市場の規模及びその運営のあり方に関する市長からの諮問(47年3月)を協議し、昭和48年12月に、卸売業者は単数、仲卸業者は設置しない、などの答申を行った。昭和48年12月、市場の建設に着手。建設費は土地代を除き、市場部門約7億2千万円、と畜場部門約12億7千万円の合計19億9千万円。竣工は昭和50年5月。東北、北海道で唯一の食肉市場として昭和50年7月開場。卸売業者は、仙台市、県経済連、食肉業界、家畜商組合の四者出資による資本金1億2千万円の仙台中央食肉卸売市場株式会社を設立。また、と畜業務と食肉流通の一体化を図るために、併設されたと畜場の解体業務を従来の仙台市直営から民営とするため、昭和50年3月に市、食肉卸売会社、食肉業界の出資による株式会社仙台ミートプラントを設立。その後、数次にわたる市場整備計画により施設を拡充して現在に至っている。(2)仙台市食肉衛生検査所について(資料)明治39年に屠場法が制定され、小田原牛小屋丁に市営と畜場を設置。昭和23年保健所法施行により県から仙台市に(衛生行政事務が)移管。昭和28年と畜場法制定。昭和34年中田町に仙台市ミートプラントを新設。昭和50年扇町(現在地)にと畜場を開設。市場管理棟に、食肉衛生検査所が発足。(3)仙台中央食肉卸売市場株式会社について(資料)仙台市宮城野区扇町六丁目の現在地に、食肉流通の拠点として、と畜場を併設した中央卸売市場食肉市場が昭和50年5月に完成。この荷受機関として昭和49年9月、全農宮城県本部・食肉業界・仙台市・家畜商の共同出資により、仙台中央食肉卸売市場株式会社が設立。昭和50年7月、全国で10番目の中央食肉市場として開設され、同年7月に農水省から卸売業務が許可され卸売業務を行う。これまでの卸売業務の仙台中央食肉卸売市場株式会社、と畜業務の株式会社仙台ミートプラント、加工業務の仙台食肉加工事業株式会社の市場関連3社が、平成17年4月に合併し、新しい「仙台中央食肉卸売市場株式会社」となり、と畜解体、卸売、さらに加工業務までの一貫した組織体制となる。----------ミートプラントの跡地とは、現在のどこなのだろうか。中田町だと、4号バイパスの東側に、宮城県中央家畜市場があるが、何か関係があるのだろうか。この企画、もう少し調べてみたいと思います(編集長)。
2009.05.31
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ちょっと決定が遅いように思うけれど、やっぱり中止でした。そう思って、昼前から子どもと出かけておりました。今から、屋根裏部屋の片づけをします。しばらく放っておいたもので。明日は日中は雨が降らない予報ですから、行きます。今季初の単独参戦なので、当然自転車作戦で。岩隈がスライドで登板でしょうか。
2009.05.30
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明け方に強く降った後、今は薄く霧雨の程度。今日は降水確率が高いですが、やってやれないことはないと思う。明日は前半は曇りで夕方から雨の予報。月曜日は予備だから、今日は無理をしないという判断もあるのだろうか。ところで私は、広島2連戦に行きたいのだが、子ども達は習い事やらで無理なよう。そこで、今季初の単独参戦となれば、得意の自転車作戦のつもり。そこで、朝から掃除や片づけなど、さっさと済ませておくつもり。でも、やっぱり中止か。
2009.05.30
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昨日は惜しかった。でも、野球は面白い。どうなるか分からないのだから。一昨日と昨日は、仕事場や自宅でPCを眺めていた。他球場も覗ける楽しさもある。巨人は、期待の木村正太が登場しないかなと期待していたが、一昨夕の9回に、ついに初登板。こっちも緊張してみていたが、1点とられたものの、まずまず。昨夕は、工藤が勝利投手。イーグルスは残念だったが、9回頭からグウィンで良かったと思う。もっとも、青山でビシッと抑えたいと思うのも、無理はないか。日本ハムは連敗。こんな時に、得意のセリーグ叩きで少しでも上に、と思ったのだが。次は中日。切り替えていこう。それにしても、ノリは重症。
2009.05.26
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7月26日投票の市長選挙の構図がまだ固まっていない。梅原市長が去就を明らかにしないためだが、最後の段階まで保留しておくことで一定の影響力を行使する考えだ。6月の第2回定例会では表明するだろうから、中旬にかけて候補者の絞り込みや調整が行われることになろう。今のところ、市教育長経験者複数と代議士を推薦する動きが報じられているが、当の本人達がどれだけ意欲があるか。おそらく様子見だろう。それにしても、仙台の特徴だと感じるのは、このような情勢で市民の多くの意向を汲んだ大きな流れが沸き上がっている、とは言えないこと。候補者に擬せられる方々が態度を鮮明にせず(それは梅原氏のダンマリ作戦の効果ではあるのだが)、市民の声を受けた流れづくりが難しい面はある。だが、「誰を」が決まるよりも先に、どのような市政を望んでいるのか、現在の市政の何を変えて欲しいのか、が実はハッキリしていない。東西線も長町再開発も、争点となっているようで市民レベルの感覚には行き渡ってない。財政問題は実は極めて重要だが、宮城県だけクローズアップされてきたためか、市民は感じていない。河北新報の徹底した市政批判も、タクシー券問題とこれに対する姿勢など個人的資質に終始していることが、実は大きい。この問題は大いにやって欲しいが、市政の将来を深く考える素材こそ提供されるべきだ。ひと昔前の県知事選挙も、本物の民主主義がどうとか訳の分からない議論だった。地に足の着いた視点で将来の地域をどうするか、を県民は知りたいのだが、結局浅野氏という個人に振り回された感が強い。つまるところ、人材がないのだ。恐れずに言えば、市民運動の側にも、である。産や学から仙台市長が出たことはない。市民の声をまとめ上げ、流れをつくるキーパーソンは誰なのか。河北新報が議論の素材や枠組を出さないのなら、誰が提示するのか。市役所、市議会、経済界のお決まりの組織安泰ムードで調整が進むのか。民主党側は、前回梅原氏を担いだ自民は動けないから、フリーハンドを握っているのは自分たちだ、などと浮かれているという。総選挙前夜という事情もあろうが、そんな場合ではないだろう。民主党こそ、出番なのだ。呑気に風を待っているのではなく、早々に候補を決めながら、市政の真の問題を説明し、市民の意識を問うべきだろう。市政に向き合う真剣味が感じられない。最終局面で候補者の絞り込みと対戦の構図が決まった際に、全く些末な事柄(タクシー券廃止とか市長バス通勤とか)だけで市民の意向を問い、市政の将来を選択させる選挙になったとすれば、政党の大きな罪である。報道されない世界で真に将来を考えている政治家はいるはずだと一応思いたいのだが、市長選挙で問われるのは、仙台そのものの品格かも知れない。
2009.05.24
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わがイーグルスはホームの交流戦、巨人に大量得点を許して負けてしまいました。残念。しかし、朗報であります。その敵のジャイアンツですが、おだずまジャーナルが応援しておりました木村正太投手が、ついに一軍登録となりました。母国に戻るM中村投手の代わりに、22日登録。先日Kスタでは、19歳由規と20歳田中の素晴らしい投手戦があり、マー君が見事完封しました。木村は、19日のイースタンで、ちょうどマー君と同様に完封。3安打12奪三振でプロ初完封。岩手県出身、プロ5年目。ダルビッシュや佐藤剛士(秋田高→広島)の世代で東北の本格派トリオとも称されましたが、ファームでは初年度に2勝を上げただけでした。しかし、昨年度はリリーフで台頭し、そして今年は再び先発の地位に。速球勝負の高校野球からプロに入り、さまざまな試練や試行錯誤などあったことと思うが、おそらく自分を見つめ直し自信を取り戻しての復活でしょう。若いながら、人生の幅を広げてますね、多分。リリーフの場面での初登板が想定されますが、ひょっとして今日のイーグルス戦、地元東北のKスタで登板があるかも。大いに、楽しみです。私は信じているのです。岩手出身の数少ない(失礼)プロ野球選手として、一軍の舞台で伸び伸びプレーして欲しい、岩手県民はみんな心の中でそう思っているはずだ、と。
2009.05.23
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当ジャーナルの記事(下記)を受けて(ウソ)、朝日新聞が記事を組んだ(19日)。題して、「アンテナショップ活況/東京で東北巡り」。やはり先月末オープンの「おいしい山形プラザ」が最初に紹介されている。年間3億8千万円の売上げを目指しているそうだ。各県のショップの売上高が出ているので、引用してみる。------------青森(あおもり北彩館、飯田橋) 3億3000万年岩手(いわて銀河プラザ、東銀座)5億4700万円宮城(宮城ふるさとプラザ「コ・コ・宮城」、池袋)3億9000万円秋田(あきた美彩館、品川) 2億6500万円山形(おいしい山形プラザ、有楽町)福島(ふくしま市場、葛西) 1億2000万円------------並べてみると、宮城の店名が長いのが気になる。売上げは、岩手が飛び抜けている。全国トップ3を伺うそうで、不況でも売り上げは前年を上回るとのこと。また、アンテナショップに特化した風土47なるサイトもあるそうだ。これによると、銀座・有楽町が激戦区で約30の店舗が集中するが、青森、宮城、秋田など独自の立地も。青森は県有地の活用だそうだ。また、福島はイトーヨーカドー葛西店の一角に構えており、異色だが、売りの米など農産物をPRするには生活密着が相応しいと選んだそうだ。■関連する過去の記事 好調な山形県の東京アンテナショップ(09年5月12日)
2009.05.20
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さっきまで報道を見渡していたが、随分影響が出ているようだ。プロ野球交流戦は今のところ中止などはないようだが、関西を中心に休校や催事自粛で、さまざま波紋が広がるだろう。何より、病院の体制だ。仙台でも間もなくと考えるべきだ。昨日も記したが、指定機関の病床にはおのずと限りがある。診療所の活用、自宅療養の容認など、考慮すべきだが、そこで必要なのは医学的なガイドラインだろう。医療界と行政との詰めが、望まれる。私も疲れました。寝ます。■関連する過去の記事 新型インフルエンザの影響(09年5月18日)
2009.05.19
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民主の代表選をかき消すほどのニュースとなった兵庫・大阪の感染例の報道。既に患者は90名を越え、今日の月曜は休校措置が相次いでいる。繁華街やデパートも閑散としているという。電車や駅の乗務員はマスク着用を義務づけるなどの対策とのこと。大阪府の橋下知事は昨日の会見で、国の行動計画に従った対応の緩和を求めた。感染症指定医療機関に入院させるとした指針を緩和し、症状により自宅療養を認めるものだ。そもそも病院の収容能力には限界があり、毒性の弱いとされる今回のケースではどこかで対策を緩和しないと、行動指針が破綻してしまう。ひとたび感染例が報告され出すと、爆発的に広がる。事実として感染も広まっているのだろうが、人々の不安、社会の反応などが連鎖的に拡大していく。病院の対応は限界を超えてしまう。この時点については、行動計画にいかに定めようとも無理があるのだろう。都市の機能が麻痺するとした橋下知事の発言は、この矛盾を指摘した形だと思う。大阪市では、社会生活の混乱を避けるとして、休校措置などはとらないそうだ。最初に発見された神戸の高校生は、水際検査をすり抜けたキャリアからの感染とみられるが、こうなると、休校やマスク着用、外出自粛などの対応にかかわらず早晩全国に広まるだろう。東北でも、いわきの事例は陰性だったが、そのうち報告されるに違いない。マニュアルを作るまでの仕事はそれとして、ここからは不要の混乱を招かないようにしつつ、医療資源を治療や感染経路の解明などの必要な対応に集中させること。これまでにない行政の真価が求められる。
2009.05.18
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リフト建設と絡んだ有名な蔵王の境界紛争。宮城県副知事を務められた津軽芳三郎さんの著作をもとに整理を。----------1 経緯 北都開発と山形交通のリフト建設競争に端を発する。 昭和37年のエコーライン開通を機に、北都開発商会はリフト建設を計画し、38年1月山形営林署に国有林貸付申請を提出、山形県には建設計画を提出したが受理されないでいた。他方、山形交通は宮城県側にリフトを計画、38年2月に白石営林署に貸付申請書を提出して受理され、8月には落成式が行われた。 これに対して、山交のリフトが実際に建設されたのは従来県境とされた登山道の西側であっっため、北都は山形営林署に抗議。山形営林署は、明治37年の記録を基に実際に検測を行い、分水嶺付近が林班界であり県境であると主張したが、北都は39年1月、山形交通と営林署関係者等を公文書偽造、公務員職権濫用などで告訴。さらに、同年3月には林野庁と山形県に4千万円の損害賠償請求。 なお、北都開発は山交に1年遅れてリフトを完成したが3年で運転を打ち切り、残がいが長く残った。2 刑事訴訟 山形地検は当時の営林署長ら16人を逮捕したが、営林署長だけを起訴。昭和45年7月に仙台高裁で有罪が確定(職権濫用は無罪、収賄が有罪)。3 境界の変更 国有林の借用の案件がどちらの営林署の管轄となるかは、市町村の境界問題でもあり、リフトの固定資産税の帰属の問題でもある。七ヶ宿町は林班界(分水嶺)説を主張し、上山市は登山道説を主張。両県知事の数度にわたる話し合いは、刑事事件係属中もあり物別れに。 41年3月には、両市町からそれぞれ裁定申請を受けた両県知事は、4月に自治大臣に地方自治法に基づく裁定を申請。 当時宮城県地方課長だった津軽さんは現地を踏査した。登山道と言っても境界標石があるわけではなく、分水嶺と言っても馬の背のように明白ではない。角田領主の石川氏ゆかりの図面や書類まで借りて調査したのだそうだ。 その後、自治省は事情聴取や現地調査も行ったが裁定を出さないままの状態が続き、国会でも取り上げられた。 固定資産税は39年から法務局に供託されたままであった。4 新境界の設定 20年を経て上山、七ヶ宿とも首長が交代し、解決の機運が生じ、林班界と登山道の中間線を新境界とするとの七ヶ宿町長の提案を上山も了承。59年3月に両議会が了承。8月には自治省も再度現地調査、10月に自治法施行以来初の大臣裁定となり、不服申立期間を経て11月に確定した。 なお、川崎町、蔵王町、上山市の境界は一部未定のままであり、リフト問題の際に川崎町、蔵王町からも問題が提起されたが、開発や税との関わりもないのでそのままになったと思われる。5 民事訴訟 民事訴訟は大臣裁定で県境問題が解決した後の昭和62年になって第一審判決があり、山形地裁は分水嶺が県境という国の主張を認めて請求棄却。控訴審判決は平成7年1月に行われ、仙台地裁は、一審判決を取り消し795万円の支払を国に命じた(確定)。 曰く、従来は登山道を県境として認識し維持管理していたのに山交リフトに協力する意図で検測した線引きに従い申請を拒否したもので、職権濫用で違法な公権力の行使だ。営林署の検測は内部調査に過ぎず、大臣裁定まで、境界として取り扱われていた登山道に基づいて措置すべきだった。----------4の後半の部分は、リフトとは別の位置の境界未確定部分で、お釜の周辺のことだと思う。■津軽芳三郎『何があった地方行政五十年』宝文堂、2006年■関連する過去の記事 蔵王のお釜は共有財産(08年11月5日)
2009.05.17
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各県の行楽地などの人出や交通量はどうだっただろうか。連休後半の好天、ETC効果、それに桜の開花が早かったことなどの要因で、各地で増減がみられたようだ。各県の警察、自治体、観光協会などの調査結果で報道されたものを拾ってみた。【青森】弘前市の発表では「弘前さくらまつり」期間(23日~5日)中の人出は、244万人で、過去5番目。だったと発表した。予想より24万人多く、ETC千円効果で県外客が多かった。過去最高は05年の256万人。(毎日新聞)【岩手】県観光協会の発表では5.6%増の約77万9700人だった。好天とETC休日割引が影響と分析。主要観光地13カ所中10カ所で前年を上回った。前半は平日を挟んだため、後半に人出が集中。平泉町は、源義経公東下り行列があった3日に過去2番目に多い21万5千人を集めるなど、前年比7.3%増の36万8千人。雫石町の小岩井農場まきば園は同32.6%増の7万9277人と大幅増。他方で、4月末に葉桜となった北上市の展勝地は同24.6%減の10万225人と大きく減。(毎日新聞)【宮城】【秋田】【山形】JR東日本仙台支社は7日、GW中の山形新幹線利用状況を発表。上下線合計で、福島-米沢間が12万9千人(4%減)、山形-新庄間が3万7千人(5%減)と前年を下回った。高速道路ETC割引の影響については、鉄道から車に乗り換えたのではなく、これまで外に出なかった人の利用を誘発した、と見ている。(毎日新聞)県は15日、観光客数を発表した。全体は84万9900人で前年比20.5%増。ETC割引に加え、大河ドラマ「天地人」や映画「おくりびと」の人気。期間中に開催された3イベント(上杉まつり(米沢市、4月29日-5月3日)、カド焼きまつり(新庄市、4月29日-5月5日)、上山城(おしろ)まつり(上山市、5月3日-5日))を訪れた観光客は計47万3300人で前年比39.8%増。県内13か所の観光地は2.7%増の計37万6600人。対象の16カ所のうち11カ所で前年を上回り、増加率が一番高かったのは、上杉まつりの42.4%。大河ドラマ効果で過去最高となる44万人が訪れ、13万1000人も上回った。(山形新聞) また、湯野浜温泉(鶴岡市)が前年比21.4%増の1万4200人で、酒田夢の倶楽は4万9100人で16.6%増。羽黒山も2万7800人で15.8%増加した。「おくりびと」への注目度の高さから、庄内地方の対象観光地のほとんどで前年を上回った【福島】■関連する過去の記事 東北のGW 人の流れはどうだったか(09年5月16日) 大型連休の人出(09年5月15日) 東北GWの人出予想(09年4月29日)
2009.05.17
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東北の旅客動向は、公共交通機関については全体的に低迷。運輸局のプレスリリースによると、景気低迷、桜の早い開花、ETC割引効果、を原因に上げる。具体的には(いずれも調査対象分だけの数値だが)...JR 1.5%減民鉄・三セク 0.3%減高速バス 2.6%増定期観光バス 19.1%減循環型観光バス 15.0%減レンタカー(主要駅) 13.7%減観光旅客船(十和田湖、松島湾、猪苗代湖) 11.9%増ホテル 6.5%増旅館 8.3%増とされている。航空旅客は、国際線が3.1%増、国内線は8.4%減。民鉄・第三セクターは全体で0.3%減という数字だが、内訳は会社別に増減の差が激しい。A社~O社と匿名の表記で個別の状況が表に整理されているが、例えばD社 16.6%増 好天とETC効果で連休後半は例のない乗車率で好調O社 17.7%減 大型商業施設の閉鎖、新型インフルの影響で減O社は仙台空港線とすぐわかる。D社はどこだろう。定期観光バスと循環バスは、ETC割引効果でマイカーに奪われた形だろう。こいわい号3.04%減、わくわく蔵王山寺号25.9%減、るーぷる仙台5.0%減など。----------一方、東日本高速道路の東北支社プレスリリースによると、平均断面交通量は2~4割の増加。一日平均利用(IC通過)台数は30.2万台で、7.6%の増加。県別では、 青森県 26,716(対前年:+17.7%) 岩手県 47,070(対前年:+ 5.6%) 秋田県 31,282(対前年:+16.5%) 宮城県 81,975(対前年:+ 3.8%) 山形県 43,472(対前年:+17.4%) 福島県 71,682(対前年:+ 1.4%)となっている。青森、秋田、山形に足を伸ばした客が集中したということだろうか。■関連する過去の記事 大型連休の人出(09年5月15日)
2009.05.16
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毎日新聞によると、福島県警はGW(4月25~5月6日)の行楽地の人出は、昨年に比べ1日多いにもかかわらず、約2万6千人少ない約127万1千人だった。○磐梯山・裏磐梯周辺 28万人(昨年比7万5千人減)○鶴ケ城周辺 24万人(2万人増)○アクアマリンふくしま周辺 18万人(2万人増)○ビッグパレットふくしまフリーマーケット 7万2千人○郡山市 こどもまつり 7万1千人○平田芝桜まつり 4万8千人とのこと。また、岩手日報では、夏日など好天に恵まれ岩手県内の行楽地は例年を上回るにぎわい。ETC休日特別割引を追い風に高速は前年同期比5・6%増と混雑。東北他県に比べ伸び率は高くなかったものの、県内では昨年見られなかった10キロ以上の渋滞も発生。今時間がないが、連休の人出や高速道路の状況など、まとめてみたい。
2009.05.15
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連敗をしない今年のイーグルス。昨日の勝利も見事。ただ、直人のケガは痛いです。これで3割打者が3人も欠けました。中軸も全開でない中、小坂、内村、聖沢、真人などがチャンスをどう活かすか。今日がカギです。頑張れ長谷部。
2009.05.14
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朴沢は静かな山あいの里を感じさせる集落。連休の合間に訪れたが、未だに印象が強く残る。たまたま最近、国道457での死亡事故、山林での殺人事件で容疑者逮捕、など朴沢に関する強烈なニュースが続いてしまったが、あの純朴な農村風景はいつまでも脳裏にある。朴沢について、少々。往古の奥州街道は根白石から朴沢を経て宮床に通じており、要害があった朴沢は要所であった。安永風土記御用書出には、朴沢要害について記されている。中世に地頭大江戸氏一族が村々に分かれて土着。根白石朴沢を分与された大江戸経家が朴沢蔵人を名乗る。「書出」の「本要谷(もとようがい)」は、今その地を知ることができない。古来、寺山(新城の北東600m)とか、的場山(同、南東700m)を当てる人もあるが、当地に館跡と推定できる遺構もなく、また「平城」とあるので適合しない。おそらく新城の東、今の要害前、または、東向囲あたりであろう。しかし一面水田と化し、城跡をしのぶ何ものもない。〔安永風土記御用書出〕本要谷 古城御城主国分様御家臣朴沢蔵人と申御方之由申伝候処、右年月相知不申、蔵人と申御方者朴沢利右衛門様御先祖と申事ニ御座候事〔仙台領古城書立〕平城 東西二十六間 南北二十三間右此城朴沢蔵人ト申者御座候、朴沢九左衛門先祖ニ御座候なお、朴沢新城については、朴沢の要害屋敷と古称される早坂氏之進家の屋敷を中心とした、屋敷地が城郭であったといわれる。土塁、石垣、そして水濠跡と思える窪地が認められる。南に接する興禅院の縁起によると、同寺は朴沢の地頭朴沢加賀守が根白石満興寺の英伝慶哲を招き大永七年(1527)開山というが、満興寺記録によると、第四世慶哲は文明二年(1450)入寂とあり、戦国初期かも知れない。最初は寺山にあった同寺が、正徳四年(一七一四)朴沢新城の南に移って現在に至っている。〔仙台領古城書立〕新城 東西三十一間 南北二十三間右此城主朴沢蔵人右城(朴沢古城)より取移申候、只今ハ何も(古城共)百姓共罷在候〔安永風土記御用書出〕要谷 新城右ハ蔵人と申御方古城より取移御居城ニ付、新城と申由ニ御座候処此又年月相知不申候事(出典:仙台領内の古城跡 仙台市公式サイト中の資料)朴沢学園(仙台大学と明成高校)は当地出身の朴沢三代治夫妻が明治12年に創立した松操私塾が前身。家庭科教育に重点を置いた。■参考 木村孝文『根白石・七北田の史跡を訪ねて 仙台・泉の散歩手帖』宝文堂、1998年■関連する過去の日記 朴沢をめぐる(続・画像)(09年5月2日) 朴沢をめぐる(09年5月2日) 中山(なかやま)道を考える(09年3月25日) 中山道のむかし(09年3月23日)
2009.05.13
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山形新聞の記事(11日)によると、4月30日銀座にオープンした新しい山形県のアンテナショップ「おいしい山形プラザ」が評判。オープン初日は開店前に約300人が行列、1日で約5000人が訪れた。その後も3000~4000人台の人出が続き、首都圏で雨が降った5月5、6日も2900人、2500人を記録。GW中は1日平均3700人が訪れ、GW明けの7、8日も平日ながら2000~2500人と好調だ。ビジネス街の虎ノ門にあった旧ショップは1日あたり平均1000人だったことから、2倍以上の人出が続いている。物販部門では山菜などの生鮮品が売れ筋。イタリアン・レストラン「ヤマガタ・サンダンデロ」では1000円から5500円まであるランチメニューのうち、3300円のメニューが人気だという。同レストランでは、12日からディナーコースも始める。というのが記事の内容。何ともすばらしい滑り出しだ。東京に所在する各都道府県などのアンテナショップを一覧にしているサイトがいくつかあるようだ。○あるサイトでは、東北関係で10箇所のショップが紹介されている。○別のサイトでは、9箇所。gooランキングに、行ってみたい都内のアンテナショップがあって、1位 北海道2位 沖縄3位 宮崎と出ていました。何か分かるような気がする。8位から10位に、岩手、山形、宮城が仲良く並んでいる。東京に居ながらにして多彩な「ふるさと」を味わえる。東京とは便利なところだと、つくづく思う。藤崎で「大北海道展」をやっているとして、あんなのが全国の都道府県分揃っているのが、東京なのだ。ちょっと違うだろうけど、とにかく東京は違いますね。もう10年ほど昔だろうか。虎ノ門にあった山形のプラザで昼食をとった。特に山形を意識したのではなく、そこが便利だったから。銀座に移って、大ブレイク、というところか。頑張れ山形。
2009.05.12
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登米市を中心エリアとする同紙のホームページが移転した。私は、死亡事故、懲戒処分、逮捕情報など地域のかわら版的な情報を載せる仙北郷土タイムスの姿勢は素晴らしいと思っている。もちろん事故や処分など良くないニュースだけではなく、地域の話題を広く扱っているが、悪い話題でも、どこで誰がどうしたか、顔の見える情報をきちんと伝えることが、こうした世の中でむしろ大切なのではないか、と思うからだ。新しいサイトでは、東北のニュースとして河北新報記事もRSSで紹介される形式。会社概要を見ると、河北新報の取材や編集を受託しているようですから、密接な関係があるようです。■関連する過去の記事 仙北郷土タイムス を読む(08年10月6日) ■便利な 東北情報ソース 同紙のサイトも変更いたしました。
2009.05.11
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とは言っても、まだ31試合消化段階ですから順位そのものは気にしないで行きましょう。昨日はタイムリー欠乏でしたね。イースタンも含めて。今年のイーグルス(1軍)の特徴は、得点が最少(124)、失点も最小(120)ということ。負けるときはサバサバ、僅差のゲームは強い、ということでしょうか。連休を含めて最近の傾向として、安打数は結構多く、あとは好機でタイムリーが出るかどうか、という感じです。野村監督は、「打線」とは良く言ったものだ、と述べています。打率の高い選手を並べた「打順」ではなく、オーダーが線としていかに得点できるか、ということだと思います。最近では、セリーグに4番打者だけをズラリと並べるチームがありましたが、単に投げる、打つ、だけではなく役割を熟考する野村野球です。鉄平と高須の穴は大きいのですが、皆が考える野球を続けていきましょう。そう言えば、なぜか思い出しますが昔の近鉄は、得点数はリーグ随一、失点数も堂々トップ、それで居て首位を走る、というチームカラーでした。防御率も当然最低クラスで、要するに打たれても打ち返す、わかりやすい野球でした。イーグルスの野村野球の今、隔世の感がありますが、そうそう、いえまえの中村ノリさんがちょっと元気がないですな。そろそろ全開で行きましょう。ノリが乗ってくると、怖さも別格になるはず。
2009.05.11
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一軍は唐川相手に苦戦しているようですが、イースタンも日本ハムにリードを許しています。今日は子ども達と一緒に、利府町のイースタンの試合を観戦に出かけました。バックネット裏での観戦は、迫力があります。先発石川投手、4回からは木谷。両者ともちょっとボールが多いのが気になります。打線では、3回裏、満塁のチャンスで盛り上がったのですが... 残念。無得点のまま。プレーボール前に、イースタン月間MVP賞とか(正確ではないのですが)で、クリネックスから石田投手、森田選手の授賞式。母の日とあって、スタメン「ママ」に登場した選手が花を渡すという、結構イキな計らいがありました。クラッチも応援に来ていました。ファームも一軍も、頑張れ~逆転だ!!
2009.05.10
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朝の河北新報を読んで少々驚いたこと。石巻市の幹部人事だ。11日付だというが、市政運営の最重要職の総務部長と同次長の人事である。日ごろ役所の幹部人事にはあまり関心もないし、人物も存じ上げないのだが、異動の形態に驚いた。というのは、次のように完全なスワップ人事だからだ。総務部長と農業委員会理事(事務局長)が入れ替え総務部次長と保健福祉部参事(社会福祉事務所課長)が入れ替え不定期の異動だから上層部の異動は最小限に留めるという配慮があったかも知れないが、役所組織においてはあまりあり得ないパターンではないだろうか。この記事では、亀山市長は「副市長がまだ決まっていない段階で支えてもらう適材適所の人事」と話したそうだ。ところで、亀山市長は就任後初の会見で、人事関連では次のように述べていた(三陸河北新報の記事(1日付け)から当ジャーナルで要約)。----------副市長二人制を採用。一人は市財政に明るい人材を早期に登用。現職職員かOBから選任する可能性も否定せず。他の一人は、産業振興に造詣が深い人材を充てる意向。また、市長の指揮を浸透させるため、通常は6月だが、幹部職員の一部異動を先行させることも。亀山市長は、庁内や議会の意見も十分に聞いて、失敗のないように進めると話した。----------市民との協働の視点から新庁舎の設計見直しを指示するなど、新市政のカラーを早速出し始めた亀山市長だが、組織運営の要の人事を固めた、というところか。それにしても、内実を全く知らないが、このような単純スワップ人事は、大丈夫なのだろうか。三陸河北の記事通り、庁内や議会と相談したのだろうが、なにせ大同合併の大所帯のこと。選挙戦の支持の構図に旧町役場勢力図などが絡んで、しこりが残っていないことを、祈るのだが。今後の人事の焦点は副市長だろう。
2009.05.09
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良い形で9連戦を終え、今日からマリンで3試合。お祭りムードはいつまでも続くわけではないし、開幕1か月段階で首位というのは良くも悪くもあまり気にすることではないと思います。とは言っても、投手の粘りと好調な打線のつながり、そして好守という、チームの総合力は是非続いて欲しいです。今日からのロッテ戦で、チームの持続的な力を実証できるよう、勝ち越しを狙って欲しいです。そこで大変気になるのが高須のネンザ。ブログでも皆さん心配しておられます。ちょうど鉄平の体がのしかかって、左足を不自然に曲げられてしまった格好でした。一生懸命のプレーの結果で、ボールを決して離さなかった高須さん。抹消して暫く戦列を離れますが、早く戻って下さい。セカンドは小坂と内村で務めるそうですが、登録予定の塩川も含めて、個性あふれるイーグルス戦士達にとっては大きなチャンスです。塩川も昨年の連盗は、無形の力の代表とも言われました。今年も渋い働きが期待できそうです。チームみんなで必殺仕事人になりましょう。頑張れイーグルス!
2009.05.08
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休みにはすぐ慣れますが、仕事には体と頭はなかなか切り換えられない。5日間も休むと、辛いですね。日本全国、そのようなサラリーマンの皆さん。朝が来ました。頑張りましょう。私のGWと言いますと、一応、一度は東北の外に飛び出して参りました。例に漏れず高速は渋滞でしたが、初めて訪れた北信州の旅。本当は下北や八戸を周遊する構想があったのですが、家族のウケは低く、こうなりました。でも、新潟や長野もほとんど訪れたことがないので、いい旅行でありました。一度訪れると、も一度ゆっくり滞在したくなるもの。戸隠神社、松代、志賀高原などに行きましたが、小布施、千曲の棚田、善光寺など探訪してみたいものです。画像は、天の岩戸伝説で知られる戸隠神社付近でみた山並み。
2009.05.07
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15歳未満の子どもの数は過去最少を更新中で、総人口に占める割合も35年連続で低下、世界でも最低水準となっている。都道府県別では、秋田県が11.5%で3年ぶりに全国最低。全国は13.4%である。総務省がこどもの日にちなんで、前日の4日付けで公表した人口推計で、4月1日時点。県別は昨年10月1日時点。県別の割合は、最高は沖縄の17.9、次が滋賀15.1、愛知14.7%で、順位は前年と同じ。一方、過去2年間、全国2番目に低かった本県は前年比0.3ポイント減で最低となった。前年最低の東京が11.8%で続いた。ただ、東京は全国で唯一、前年よりも割合が増えた。以上は、さきがけ新報ほかの記事(5日)の要約である。総務省統計局の資料によると、ワーストは、47秋田、46東京、45北海道、44高知、43徳島、42山口というところだ。逆に子ども人口割合の高いのは、1沖縄17.9% が突出しており、次いで、2滋賀15.1 3愛知14.7 4佐賀14.4 5福井14.3東北関係は青森県 12.9% 37位岩手県 12.9% 37位宮城県 13.5% 27位秋田県 11.5% 47位山形県 12.8% 41位福島県 14.0% 6位となっており、福島県の高さが顕著である。また、対前年比較による動態的には、青森、秋田、山形でマイナス0.3ポイントとなっていること(宮城-0.1、岩手、福島-0.2)が重要かも知れない。全国値では、子ども人口割合の減少については、当然ながら出生数じたいの減少が主因であり、これに多少は長寿命化も寄与するのだろう。クロスセクション分析がより重要である。沖縄は別格として、滋賀、愛知、福井、佐賀が高いなど、常識的な説明は難しいようにも見える。思うに、義務教育までの子どもを持つ世帯が割合として他より多いこと、という辺りではないか。すなわち、大学や就職で転出するケースが多い県が上位に登場する。転出を受け入れる県は15歳以上が増えるから、子ども割合は低下する。全国比較だから、当然に転出県が転入県より上位にランクされる。そして、進学や就職の受け皿となる大都市圏域とそれ以外の関係は、この論理で説明できるとしても、四国や北東北の低割合はこの二分法では説明できない。この点は、そもそも中学生までの子供を持つ働き盛りの世代が少ないからなのだろう。転出するにも大都市圏域と遠いために機会が少ないことも考えられるが、20代~40代の年齢層が少ないことが基因だろう。こうして、大都市圏に近接する滋賀、福井、佐賀などは上位にランクされ、若者の流入先の大都市圏地域は相対的に比率ではこれに劣後し、さらに、もともと子どもを有する世帯の割合の少ない四国や北東北などは、転出もあって、大都市圏よりさらに劣後する、というパターンで、社会的には大きく3つのグループに分けられるのではないだろうか。
2009.05.05
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連休中の日曜。市内も混雑を予想し、用事を早めに済ませて1時前に帰宅。昨日のKスタの余韻も醒めやらず、今日はSky-Aで子ども達と応援。初回にもっと取って欲しかったな、と思いながら岸田の好投にチャンスがつかめません。7回の満塁のところで、リックに代打かと思いましたが、内野フライ。次の嶋で代打のセギ。今日はコレまでかな、と思っていたら、イヤイヤ今年のイーグルスは本当に違った。8回裏にビッグイニングが、待っていたのですね、これが。草野と山崎で同点。さらに中村の内野ゴロの間に、3塁代走の小坂が逆転の生還。オリックスとしては、岸田を続投させた方が良かったのではないかと思うのですが、それとは逆に、こちらは采配がズバリと決まります。小坂は初のお立ち台。鉄平もタイムリーで続き、高須の打席ではスクイズか。相手投手も警戒したようでしたが、暴投が先に出て追加点。結局高須は四球で、代走に内村。そして圧巻は、飛び出した!リックの3ラン。これは本当に良かった。昨日は、連打のチームでひとりカヤの外。一塁前でズッコケも見せて、かわいそうだった。今日も前の打席で凡退。だから、これは本人にもチームにも本当に大きい。子ども達も、良かった良かったの大合唱。ベンチのリックは、映像でもホッとした表情でした。采配としても、内村代走という定番のプレッシャーがリックのホームランを呼んだとも言え、小坂の好走も含め、チームの底力を証明したように思います。そして、ラズナーが試合を作ったこと、小山が1イニングを抑えたことも、逆転の大きな要因でした。終盤で粘りを見せた勝ち方は、同じビッグイニングでも、これまで2試合とは違ったチーム力の発揮となりました。球団初の貯金7で、GW9連戦の勝ち越し既に決定。明日からの埼玉のカードも、是非勝ち越しを!
2009.05.03
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いや~今回も最高の観戦でした。暑いくらいの陽気のレフトスタンド。昨日の連打で点の稼ぎすぎの反動?を皆さん心配したでしょうが、何の何の1回ウラから、破竹の連打。四球の直人と草野を置いて、山崎(2B)→ノリ(中前)→鉄平(3B)→高須(中前)で、アレヨアレヨと5点をもぎ取ります。続く2回裏も勢いは止まりません。直人(左前)→真人(3B)→草野(右前)で7-0と序盤で試合を決定づけます。たまらず大石監督も今日は早めに小松を降ろし、吉野に継投。その後のオリックス投手陣は、大久保、清水、香月で抑えます。対する我らが岩隈もさほど調子は良くないようで、ビシバシ感が出ていません。ヒットの数では味方を上回るほど。それでも要所で併殺や三振で切り抜けます。6回にタイムリー、7回に本塁打を喫し、100球を越えて7回で降板。後は、小山とグウィンがピシャリ。気持ちの良い勝利です。家族4人で応援。子ども達も満喫できたようです。9回表の最後の打者では、2ストライク目で勘違いして白風船を飛ばすハプニング。実は我が家も全員飛ばしてしまいました。外野にフウセン達が舞い降りている中で、最後の瞬間を迎える、ちょっと珍しい光景でありました。ヒーローインは、岩隈と山崎。この2人が立つなら、イーグルスは強い、はずデス。
2009.05.02
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画像の続きです。朴沢八幡神社です。■参考 仙台市の市民センター地域情報(泉区分は最後にあります) いずみ史跡今昔物語■関連する過去の日記 朴沢をめぐる(09年5月2日) 中山(なかやま)道を考える(09年3月25日) 中山道のむかし(09年3月23日)
2009.05.02
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先日の良く晴れた午前に、わが泉区の朴沢を探訪してきました。泉区のサイトに「いずみ史跡今昔物語」があり、旧村(字)単位に写真付きの解説があります。仙台に初めて住んだ頃、バスの行き先表示や路線図で見かける福岡、朴沢、小角など、北の方だなとは思っても、その位置関係などさっぱり分からない。根白石の田んぼの中の直線道路や泉ヶ岳に登る県道は何度も通っていますが、傍らの史跡や風情に触れることもありませんでした。おだずまジャーナル編集長に任命されてから(自分で勝手にですが)、根白石にある政宗祖母の栽松院の墓、福岡城の歴史、永安寺と座禅堂のことなど、大いに歴史ロマンをかき立てられ、往時の面影をしのびながら、ゆっくり史跡をめぐってみたいと思っておりました。ついに念願かない、まずは朴沢地区に足を伸ばしました。いっぺんに全部は無理ですから、今回は午前中の3時間くらいで、まずは朴沢地区だけ。昼には家に戻っていましたが、こんなペースで今後も上記サイトを手がかりに、巡ってみたいと思います。さて、現在の国道457号線からはずれて集落に入り、バス終着点を過ぎて進むと、大きなモミの木の三叉路。多数の石碑と「亀の子石」があります。看板の説明を読むと、----------古くは多賀城から七北田川沿いに朴沢を通り、宮床に通じる古道があったことから、この三叉路はその古道の重要な位置だったと思われる。また、近くの狩集(かりあつめ)、久保(くぼ)、酒屋前(さかやまえ)には定義への道標の石が残り、参詣の人がたくさん通った定義道の面影をとどめている。----------とあります。また、亀の子石については、この石を石仏にしようと何度も石屋に運んだが、そのたびに翌朝にはこの場所に戻るので造るのをやめたという伝説があり、またいつの頃からか石の下の土を持ち帰ると安産になるとも伝えられているそうです。三叉路を左に入り、しばらく進むと、サイトの説明にもあるように、農村の原風景をとどめた純農村地帯が広がっています。林道に入って進むと、光明の滝。また、道路脇には、地域の田畑を潤すのでしょう、用水路が一部隧道になって整備されており、豊かに清水が流れておりました。バス停のある集落まで戻って、興禅院、朴沢八幡神社などを漫遊しました。神社の脇ではゲートボールの音が響いておりました。(探訪日4月30日。画像は次の日記にも掲げております。)■参考 仙台市の市民センター地域情報(泉区分は最後にあります) いずみ史跡今昔物語 中山(なかやま)道を考える(09年3月25日) 中山道のむかし(09年3月23日)
2009.05.02
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マー君の完投勝利ですっかりファンの自覚を取り戻した子ども達。またKスタに行きたいの大合唱。オリックスの3連戦、土曜か日曜に行くことにします。早くチケット取りに行こう。しかし、一つ困ったことが。土曜に岩隈、日曜はラズナーだろうと私が言ったために、子ども達は土曜に行きたいと主張。ところが、土曜は午前中に習い事があって、子ども達の希望するレフト自由席に行くなら時間に余裕が欲しいのだが...それはともかく、昨日も長谷部で勝利。先発として歴史的な一勝でした。打線もタイムリーが出てきましたから、このGW、勝ち越しで行けるような気がします。ガッチリ首位キープ!
2009.05.01
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