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実は家では河北新報を購読しているのだが、紙面を開いてオッと思った。来年開校する、新しい白石高校の校章が決定したとのことで、カラーで紹介されている。ひねくれ者の私は、こういう場合にいつも確認したくなる。公募の上で採用されたのが、例えば愛知県在住のデザイナー誰さんとか、そんなパターンが多いからだ。別に地元を本当に知っている人に限るべきだというつもりはないし、結局職業意匠家のものが永く定着するという側面はあるのだろう。特に昔の校章なら例えば丸に白の字とか(失礼)でも、今は洗練されたモノが好まれるだろう。良い物は良い、ということでよかろう。でも、やっぱり気になる。愛知県在住の... となっていないか。そこで、内容を読んでいくと、校章は気仙沼市の歯科医師の方のデザインとある。フーッと息をつく私。そして、同時に公募した校歌の歌詞は、何と長谷川精一先生だ。東北学院大名誉教授で、白石高校のご卒業ということ。校章と歌詞は昨年夏以降に公募、学校関係者、同窓会、PTAで組織する白石地区統合対象校基本課題検討会議という長い名前の組織で、検討したようだ。つまりは、関係者の総意で選定するのだから、愛知県の人の作品だとしても(いつまでもこだわってすみません)良いものは良い、ということで良いでしょう(納得)。白石高校のサイトに歌詞と校章が紹介されている。長谷川先生は学院大教授時代に私も存じ上げていて、昨春にお会いする機会があったが、お元気でおられた。歌詞を読むと、志を高く掲げる若者と母校の未来を願う先生の想いが伝わってくるようで、すばらしい。今度は歌詞につけるメロディ(原曲)を募集する。新しい白石高校の精神を高らかに謳いあげたこの歌詞にふさわしい、末永く愛唱される曲を募る、と書いてあり、是非良い校歌になって欲しいと思う。ところで、これは在校生、職員や同窓生に限るとされている。実は歌詞も同様で、校章だけは完全公募(表現上は、在校生や同窓生を中心に広く一般公募、とされたようだ)だったようだ。歌詞は11点、校章は214点。デザインの方はおそらく全国から応募があったのだろう。採用されたものは、「白」の字を図案化して羽ばたく鳥にしたものだが、次選佳作とされたデザインもユニークで面白いと思った。
2009.02.28
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毎度の事ながら、今週も疲労蓄積の上、先ほど帰宅できました。サラリーマンの辛さ、ではありますが、最近は、仕事があることは有り難い。給料がもらえるだけ有り難い、と考えるようにしております。ハイ。がんばろう、仙台のビジネスマンの皆さん。力尽きて、もう今日は寝るだけの私ですが。
2009.02.27
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仙台放送とNHKのニュースによると、東北電力の高橋社長が今日(26日)に記者会見。太陽光発電施設を、七ヶ浜町(仙台火力)と八戸市(八戸火力)のそれぞれ火力発電所施設内に建設すると決定。平成22年度着工、24年度完成で、一般家庭1100個分の電力を供給する。過日の河北新報では、福島を含む3県が候補、とされていたが、正式に2箇所に決定したということになるのだろう。河北新報サイトにはまだ出ていないようだが、東奥日報のサイトには、出ている。青森県内初のメガソーラー、発電出力は1500kw、と。当の東北電力さんのサイトにも、ちゃんと出ていた。低炭素社会の実現に向けて、ということで、導入地点は、比較的良好な日照が得られる太平洋側で、経済性や保安面から既設事業所に比較的近い当社社有地であることを原則とし、ある程度管内に分散して設置すること、周辺も含めた地形などの諸条件がメガソーラー発電設備の建設・運転に適していることも基本的な考え方として地点の選定を行った結果、八戸火力発電所および仙台火力発電所の構内の一部を当社初のメガソーラー発電設備の建設予定地点とし、それぞれの敷地内に、合計3,500kW程度を導入...と随分丁寧な説明がある。
2009.02.26
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明治以降の軍事政策により、仙台に鎮台が置かれ、大湊に軍港が開かれた。陸軍はフランスに倣い、全国に鎮台と呼ばれる本営を置く。明治6年に、東京、仙台、名古屋、大阪、広島、熊本の6か所。東京(有楽町)以外はいずれも城内に司令部を置いた。明治以降、一時的なものも含めて司令部、兵舎、工廠など軍関係施設が存在した城郭は、全国に33箇所。東北関係では、弘前城、仙台城、山形城、鶴ヶ城(若松城)だ。ちなみに、弘前も若松も含め、各都市で城跡が桜の名所となっているが、そもそも城の機能としては見通しの悪くなる桜を植えるはずもなく、明治以降の植栽だ。他に先駆けて花を咲かせ、いさぎよく散る姿が気風にあったのか。また、軍港については、帝国海軍が、横須賀、呉、佐世保、舞鶴に鎮守府を、大湊には要港部を置く。■参考 竹内正浩『戦争遺産探訪 日本編』文春新書580、2007年
2009.02.25
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TBCラジオの朝の Goodモーニング を車中で聞いていると、月曜日に、東北学院大学の千葉昭彦教授が、ときの経済トピックや仙台の地域経済などについて、解説しておられる。TBCのサイトによると、ニュースクローズアップというコーナーがそれで、日替わりでコメンテーターが、当日の注目のニュースを3~4本セレクトし、独自の切り口で解説する、ということ。その月曜のコメンテーターが、千葉先生というわけだ。昨日(23日)は、麻生内閣支持率の話、民主党小沢代表との批判合戦、クリントン国務長官アジア歴訪などのあと、コラムとして、「仙台・ニュータウン高齢化(2)旧泉市の宅地開発」が取り上げられた。千葉先生のご専門は地域経済論だろうと思うが、一般リスナーにわかりやすいよう意を用いておられるようで、泉市の開発指導要綱の経緯や内容など、大変明解に説明しておられた。旧泉市は仙台市の成長と共に定住者の受け皿として発展した。しかし、あまりの人口急増で、道路、上下水道、学校、公園など、生活基盤が追いつかない。デベロッパーからやむを得ず宅地価格で公共施設用地を買い取ることもあって、泉市の財政は窮乏した。そこで、全国でも最も厳しいとされる開発指導要綱を策定。開発業者には一定の公共的スペースの提供を義務づけ。適用の第1号はパークタウンだが、これにより、従来は開発面積の9割程度が宅地販売されたのが、一気に半分程度になり、ガラッと様相が変わる。毎年のように小中学校を開校させるというハイペースの開発が続くが、何とか市の財政も立て直し、対応ができた。そのようなお話だった。開発指導要綱は、形式上は行政内部のガイドラインだが、制裁として上下水道を接続させないなどの対応が伴っていたため、事実上強制力があった。行政法理論的にも一つの大きなテーマだったと私は感じていたが、ともかく全国的に開発指導行政は定着した。パークタウンを筆頭とする泉市の住宅団地は、居住性の高さでも知られることとなり、全国トップの人口増加率と相まって、市の名声を高めたと思う。あの住民投票も経て仙台に合併、今は泉市という響きにまつわる独自のイメージも、徐々に薄れているように思う。泉市の開発指導行政の話は、来週にも続くそうで、大変楽しみです。
2009.02.24
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朝日新聞の所得隠しが速報で配信されている。「おくりびと」のアカデミー受賞で、ロケ地の山形の報道ぶりを見ていたのだが、速報で共同から配信されているようだ。詳細はわからないが、指摘を受けたとの速報の後に、さっそく朝日は関係者の処分を発表した、という。当の朝日のサイトでは、国税当局の申告漏れとの認定を受けて、早速同日付で京都総局の当時の総局長らを停職などの処分とした。また、管理責任を問い、東京、大阪、西部、名古屋の各本社編集局長を減給処分とした、などとアッサリ記して、あとは、厳正に処分したから今後一層適正に努めます、と広報部のコメントだけ。何だコレは。架空経費がなぜ生じたのか。組織的慣行でなかったのか、などなど、世の中を追求するように、どうして自分たちのことを説明しないのか。一応明日の紙面を期待するけれど、こんな対応はどう考えてもおかしいぞ。
2009.02.23
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昨夜のニュースでは麻生総理がなぜか青森で講演し、民主党を大いに批判していた。いわく、○景気対策が重要なのに、民主党は関連法の審議を拒否○小浜がchangeと言ってうまく行ったもんだから、マネしている○こんな政党に政権持たせることこそ、無責任だなどと、独特の話法で。昼前に青森県入りして夕刻には東京にとんぼ返りして散髪などするという、強行日程だったようだ。一応、自民党青森県連のセミナー出席が主目的だったようだ。麻生総理の「責任論」など今さら聴いてもしょうがない。民主を批判して何になる。空々しい麻生節をぶつために青森に来たのか。そう思うのも虚しいので、一応、東奥日報サイトの麻生総理演説全文を読んでみた。経済認識や教育論も、あるにはあるが、どうもこの人は、要するに「相手」があればそれに批判や、それを足がかりにした反論的立論は得意なのだろうが、全くの白地の状態から説き起こして日本をどうする、かくあるべき、などという議論はできないのだろう。大衆の心をつかむ話法に重きを置いているような気がする。ここまでの政治キャリアで、何を考えてきたのだろう。それこそ、政治家の資質が表れるところだ、と思うのだが。
2009.02.23
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白石市の観光パンフを読んでいるが、白石温麺のページには、由来や食べ処が記されている。当地ならではの味を持っているというのは、何と素晴らしいことでしょう。以前も書きましたが、私は仙台に来て以来、地元の名産とかいう点とは全く関係なしに、うーめんを良くスーパーで買っていました。手軽にゆでて食べられるという実用的な理由です。ゆで時間も短いし、長くないから小さい鍋でもOK、さらには、マヨネーズでもソースでも佃煮ノリでも、何にでも合う!という素晴らしさ。独身者にはうってつけで、よくマーキュリーストアで買ったものです。温麺に若い頃世話になったことは以前の記事でも書きました。地産地消がブームなどと言いますが、地元産品のこんな愛され方もあるだろう、と勝手に思っています。ところで、その白石温麺のサイトがあるようです。コレなのですが、パンフには製造販売元として7者が紹介されていますが、このサイトでは、8者が紹介されています。ちなみに、列挙しますと、(○パンフに紹介 ◎サイトに掲載)○◎ きちみ製麺○◎ 松田製粉○◎ 佐藤清治製麺○◎ 白石興産○ はたけなか製麺○◎ マツダ麺業○ 奥州白石温麺協同組合(サイトの運営主体のようです) ◎ 遠藤産業 ◎ 白石物産商事 ◎ 高野本店という訳です。■関連する過去の記事 再び白石うーめん(温麺)頑張れ(05年12月2日) 白石うーめんについて(05年12月1日)
2009.02.22
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昨日のスポルたん!(仙台放送)は、イーグルスの久米島キャンプ打ち上げなどを紹介していましたが、ゲストにパンチ佐藤さんが登場していました。番組ではパンチがノリや野村監督の様子をレポートするのですが、パンチさんのドラフト指名電話の風景や、佐藤義則コーチのノーヒットノーランの際の祝福の電話の話など、ほとんどパンチ自身の球界雑談でした。パンチさんと言えば、もう8年くらい前でしょうか、本塩釜駅で階段を降りてくるのを見ました。近くのオバサンに話しかけていましたが、有名人と受け取られていた風でもなく、つまり普通のお兄さんが歩いているという感じでしたが。連れて行った当時3歳くらいだった我が子は覚えていないようです。仕方ないでしょう。あの後しばらくは、パンチ、パンチ、と口にしていた子でしたが。そんな縁もあり、私はパンチ佐藤のファンです。まあ、年に1度か2度、旅番組かプロ野球回顧モノでしか拝見できませんが。頑張れパンチ佐藤。頑張れイーグルス。
2009.02.22
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過去の記事を分野・地域別にフリーページにリスト化しております。古いものから進めており、やっと2007年分まで終わって、2008年1月に突入いたしました。つまらぬ内容ですが、読み返しながら、訪問いただいた皆様に改めて感謝の気持ちです。日中は暖かい仙台。昼間は家人が誰もおらず、PCにずっと向かっておりました。肩が疲れたので、ちょっと休みます。
2009.02.21
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昨日(金曜日)も大雪になりました。この画像は木曜の朝のものです。久々に庭に野鳥が顔を出しました。というより、庭を眺める時間を久しぶりに持った、という事情もありますが。訪問数が少ないと感じる今シーズンですが、久々に野鳥君の画像をご紹介します。
2009.02.21
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今朝の仙台は雪だった。湿った雪が早朝から短時間に積もったため、道路の除雪が間に合わずに、通勤の車が踏み固めてしまい、すっかりスケートリンク状態になっているところもあり、かなり危ない思いをしながら運転をした。ラジオを聞いていたら、高速道路の閉鎖も伝えられていた。ところで、ラジオの交通情報の内容なのだが、東北縦貫自動車道について「上り下りとも」通行止め、というのはすんなりと理解できるのだが、仙台南部道路の仙台南インターと山田インター間の「上り車線」が通行止め、というような説明には、一瞬アレッと戸惑った。正確には覚えておらず、「下り」だったかも知れない。現在、山田ICからは東方面にしか乗り入れできないはずだから、南IC→山田ICが通行止め、という意味だったのだろう。いずれにしても、戸惑ったのは、「上り」や「下り」と言う場合に、どっち行きを指すのか、ピンと来ないからだ。東北道なら、東京方面行きが上り、とすぐわかる。また、例えば仙台東部道路のように、基本的に道路自体が南北方向に通っているのなら、これもわかりやすい。一般化して言うならば、東京を一方の起点に(起点か終点かという議論は措く)、他方に延びる道路じたいについては問題がないが、そのような道路Aの途中にある地点であるa市と、同様に東京を一方の起点とする別の道路Bの途中にある地点b市とを結ぶ、a-b線なる道路がある場合に、その「上り」「下り」をどのように決めるのか、という問題状況だ。東北で具体例を挙げれば、磐越自動車道。新潟-郡山-いわき、と結んでいる。いわきに向かうのが「上り」で、新潟に向かうのが「下り」のようだ。ちなみに、起点はいわきで、終点は新潟。名称も「磐」城が先だから、一応すべて符合している。ひょっとしたら、東北道に交差する郡山に向かうのが「上り」なのか(換言すれば郡山が山の頂上で、ミニ東京みたいな扱い)とも思ったが、そうではないようだ。確かに、もしそう決めると、同じ磐越道を走っているのに、郡山を過ぎると、「上り」「下り」がチェンジしてわかりにくい。仙台北部道路は、現在供用中の利府ICから東部道路側に乗り入れるのが「上り」の扱いのようだ。東北道には来年にはつながるそうだが、東北道に向かうから「上り」というのではない。その逆になる。もし仙台港から東部道路に乗り入れて、北部道路経由で例えば仙台宮城ICまで高速道を走ったとすると、 東部道路(下り)→北部道路(下り)→東北道(上り)ということになるのだろう。さて、問題の仙台南部道路だ。若林JCT方面に向かうのが「上り」だそうだ(宮城県道路公社のサイトによる)。やっぱり、朝のラジオでも「上り」と説明したのだろう。たぶん。とすると、南部道路については、東部道路に向かう方向を「上り」とする点では北部道路と同様だが、実感からすると、東京までつながっている東北道に向かう方を「上り」と称した方が、南は亘理ICで終わる東部道路に向かうのを「上り」と称するよりも、わかりやすいと、私は思うのだが、どうだろう。これは人によって感じ方が違うかも知れない。さて、話を広げて、鉄道の場合はどうだろう。上記のように、東京から伸びた幹線上にある都市aと都市bを結ぶ横断線の場合が問題となるだろう。具体的には東北本線と奥羽本線とを横につなぐ線路などだ。一応北から見ると、まず、花輪線。好摩に向かうのが「上り」。大館は由緒ある都市だが、東北線が優越した形だ。ちなみに、上り列車は盛岡が終着となる。五能線は、いずれも奥羽本線上にある川部(始発終着は弘前又は青森)と東能代を結ぶが、東能代に向かう(秋田まで行くもの)のが「上り」だ。名称は津軽側の五所川原が能代より先だが。山田線、釜石線、岩泉線、大船渡線は、東北本線(盛岡、花巻、一関)に向かうのが「上り」。これは、まず文句なしだろう。八戸線は八戸方面が「上り」で、久慈行きは「下り」。これも同様。田沢湖線。盛岡と大曲・秋田を結ぶから、良い勝負かと思いきや、やはり盛岡が高い。もっとも、秋田新幹線が秋田まで直行するから、そうしないと混乱するのだが。では、北上線はどうか。北上に向かうのが「上り」だ。昔は横黒線と呼んだはずだから、横手の方が北上(黒沢尻)より上位かと思えば、さにあらず。気仙沼線、陸羽東線、石巻線は、いずれも東北本線に向かう方が「上り」。従って、小牛田駅は、石巻線と陸羽東線の「上り」列車が向かってくる「高い」地位にある。その陸羽東線では小牛田駅に上位の座を奪われた新庄は、陸羽西線では、酒田・余目からの「上り」列車を迎えるという「高い」地位にある。仙山線も仙台に向かうのが「上り」。仙石線も同様だが、正確には仙台の先にある「あおば通駅」に向かうのが「上り」である。米坂線は米沢行きが「上り」。磐越西線は郡山行きが「上り」で、新潟・新津より「高い」。ここまで見てくると、東北本線が優先(一番高い)、次いで奥羽本線が羽越本線より優越していることになる。しかし、郡山からいわきに向かう磐越東線と、水戸に向かう水郡線だけは、郡山から出発する列車が「上り」である。つまり、常磐線の方が東北本線よりもさらに優越しているというルールにも思われる。もっとも、小山から友部・水戸に向かう水戸線では、小山行きが「上り」とされているから、明治以降の開発の歴史に従って、北関東では奥羽街道沿いが重視され、福島では常磐地域が中通りよりも重視されたということなのだろうか。敢えて言うならば。その小山も、両毛線では、桐生・高崎に向かうのが「上り」になるのだから、面白い。なお、会津若松と上越線の小出を結ぶ只見線は、微妙な感じもするが、会津行きが「上り」だ。最後に、一つの疑問が湧き起こった。山形から見れば、仙山線で仙台に行くのは「上り」になるはずだが、「上り」仙台行きは、羽前千歳までは奥羽本線を走り、同駅から分岐した仙山線を仙台に向かうことになる。とすれば、羽前千歳までの2駅の区間は(山形→北山形→羽前千歳)、仙台行きの「上り」列車と、新庄方面行きの「下り」列車とが、全く同一方向に走っていることになる。さらに、北山形駅までは、左沢線の「下り」も走っている。例えば、北山形駅から山形駅に毎日通勤している人は、帰宅の際に、上りでも下りでも帰れますよ、ということになるのだろう。面白い。それだけのことですが。
2009.02.20
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朝日新聞によると、県内の小学生の2割、中学生は4割以上が携帯電話を持っており、学校の9割は持ち込みを禁止している、ということだ。○仙台市 携帯の所持 小学生 23.6% 中学生 47.6% 「学校への持込みが必要」とする保護者 小学校 31.1% 中学校 16.5%○仙台市を除く県内 携帯の所持 小学生 14% 中学生 49% 学校への持ち込みについて、文部科学省は先月、「原則禁止」とする方針を各都道府県教委などに通知している。県教委は各学校に通知を徹底させる方針だが、県教委では、の担当者は「国の趣旨同様、安全などを考えて親が申請すれば認めるなど、柔軟に対応して欲しい」としている、という記事であった。私はこの件について学校や教育関係者と議論したことはないが、基本的な視点として2つのことを感じている。第一点。原則禁止とすることの是非である。ある識者がラジオで解説していたが、学校に持ち込むことを禁じるという対応が、本当に教育上適切なのか、あるいは有効かどうかは、極めて疑わしい。誰でもわかることだが、学校という空間や学校滞在中という時間において携帯電話を持たせないとしても、自宅や校外で使用するとなれば、論者が問題視している誹謗中傷などの問題状況はさして変わらないだろう。ダチョウの平和論と同じで、「学校」にとっては問題から目をつぶることができるかも知れないが、子どもの立場で考えれば、それで問題が解決することにならない。そもそも現代社会において携帯電話は書くことのできないツールであろうから、これを教育において無視することはできないのであって、ルールを教えることこそが、むしろ必要な教育なのではないか。もちろん、このような批判が常に問題も含んでいることは、自覚しているつもりだ。「そんなことやっても効果がない、事態は総合的に解決すべきだ」式の最大限綱領主義であって、批判のための批判に永遠に自己陶酔しているという図式だ。ちょっと誇張すれば。むしろ、現実を直視し、責任ある問題解決を図るならば、できることから進めることは有意義であり、必要である、と見るべきだ、と言われるかも知れない。■文部科学省サイト 「学校における携帯電話等の取扱い等に関する調査」の結果について(1月30日)■同 学校における携帯電話の取扱い等について(通知)(1月30日)上記の通知文には、「携帯電話は、学校における教育活動に直接必要のない物であることから、小・中学校においては、学校への児童生徒の携帯電話の持込みについては、原則禁止とすべき」と記されている。また、学校で禁止してもネットいじめや有害情報から守り切ることはできないから、情報モラル教育の必要性やいじめ対策の取組、また、家庭や地域への働きかけを、各教育委員会に求めている。その点では、私が上記で批判しかけた点にも、文部科学省はちゃんと配慮していますよ、と言わんばかりに記載されているようにも思う。おそらく、内部でも議論はあったのだろう。しかし、結局のところ、この通知でも重視している情報モラル教育や家庭・地域ぐるみの取組について、それこそが学校や各教育委員会の悩みではないだろうか。文科省でも、調査研究の成果を公表したり、モデル事例を紹介したりなど、何もしていないわけではないと思うが、それにしても、一律的な持ち込み禁止の方だけを明確に打ち出しているというアンバランスさは、否めない。一律禁止と書いたが、実際には、緊急の連絡手段などのやむを得ない場合には許可するなど、柔軟な対応も求めている。しかし、そんなことは何も文科省が言わなくても当然のことだろう。各市町村教委や学校でそう対応しているだろう。たぶん、省としての旗幟を明確にしようという意志、あるいは、拱手することなく通知文を出しているよ、という存在意義の発揮とか、多分に「政策的」な意図的なのではないだろうか。第二点。これはあまり意識されない論点で、おだずまジャーナルならではの議論と言われるかも知れない。なにゆえに、国の省庁の局長がこんな通知を各県教委に出せるのか、という点だ。そもそも小中学校なら市町村教委が、県立高校なら県教委が責任を持つべきが基本だ。いったい、この通達の性格は何だろうか。技術的助言(地方自治法)なのか。必要な指導(地方教育行政法)なのか。法理的問題を離れて、実質的に考えるとしても、実際子ども達に指導したり保護者と話し合ったりするのは、教員であり学校である。社会学的に考えても、このような問題こそ、地域の発意により、団体自治で決めて良いことだろう。何も国が一律に決めつけることはない。もっとも、そんなきれい事言ったって、日本は同質社会。国が基準を決めないと動かない。地方もそれを望んでいるでしょう、という批判もあるだろう。一理の半分くらいはあるが、このような問題こそ、本質を見極める目が大事だ。いつまでもそれで良いのか。さほどの意味もない通知文を出して事足れりとする文科省のあり方自体を鋭く問い、仮に地域ごとに対応がまちまちでも良い、と考えていかなければならない。どこかの新聞に、このような指摘をして欲しいものだ。■関連する過去の記事 国の関与のおかしな事例2題(2008年09月10日)(学力テスト公表問題と文部科学省の対応)
2009.02.20
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昨日文部科学省の発表する就職内定率(12月末)を記したが、こんどは労働局サイドの方は1月末の状況で、宮城は月末の時点で80.8%で、去年に比べ特に女子の内定率が低く(74.5)、県教委は女子生徒に現実的対応を呼びかけている、とNHKの報道。最後のくだりは前日報道と同じだ。
2009.02.19
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NHKニュースが報じていた。概要を整理すると以下の通り。------------○ 今春、宮城県内の高校を卒業する生徒の就職内定率は、去年12月末時点で75.1%で、全国で3番目に低い。文部科学省の調査でわかったもの。前年より1.6ポイント低下。○ 沖縄(48.8%)、北海道(64.5%)に次いで、和歌山とともに3番目に低い内定率。○ 男女別の内定率は、男子が81.4で女子が71.1と、前年同期より男子0.3女子2.9低下。○ 県教委は、特に女子は小売業や事務など人気の職種の求人が大きく減っているので、希望を変更するなど、現実的な対応をとるよう呼びかけている。------------宮城県の高卒者の就職内定状況は概して高くなく、しかも出足が遅いことは、これまで何度か取り上げてきた。今回は、前から不思議に思っていた「文部科学省の調査」について記してみたい。労働局の調査ならば、12月末時点はとっくに公表されている。だいたい翌月中旬には各県単位で発表されるという感じだ。今回のような「文部科学省調査」とは、それとは別物なのか同一なのか。労働局のデータでは、宮城県は75.9%で前年を1.3下回っている、となっていた。たしかに、データは微妙に異なっている。文部科学省サイトには、2月16日として、「平成21年3月新規高等学校卒業予定者の就職内定(平成20年12月末現在)に関する調査について」がリリースされている。これによると、「文部科学省では(中略)調査し、このほど、平成20年12月末現在の状況をとりまとめましたので、公表いたします」とある。その資料によると、学科別などのデータもあるから、労働局の調査とはやはり異なるようだ。とは言っても、結局はどっちにしても現場である学校に聞き取っているのだろうから、基礎となる情報の出元データは共通なのだが、これを統計加工する役所が違う、ということだろうか。縦割りの典型のような感じだ。おそらく、このことをもし直裁に両省に問えば、それなりに何故違うかの説明が事細かにあるのだろうが、そんなことより、そもそも一元化すべき、との真っ当な問いに答えはないだろう。ちなみに、文部科学省のこの発表資料には、わざわざ、------------厚生労働省も高校生の就職内定状況について類似の調査を行っているが、これは学校及び公共職業安定所を通して求職している者のみを調査対象としている。一方、本調査は、就職を希望する者全員を対象としており、厚生労働省の調査と比べて母集団が大きい。------------と書いている。やれやれ。一元化してスピーディに公表すること。そして各県教委や現場の手間も減らすこと。そんなことを発想できないことが、縦割りというものだ。■関連する過去の記事 各県の12月末就職内定率(09年1月22日) がんばれ東北の高卒就職予定者!(09年1月18日) 山形は79% 就職内定率(08年12月22日) 厳しい雇用情勢と新卒者求人内定状況(08年12月19日) 東北の高卒者就職内定状況(08年10月23日) 今年も好調 福島の高卒就職内定率(08年10月22日) 高卒就職内定率 福島が好調(08年1月19日) 青森の就職内定状況が好調(07年11月20日) 高卒者就職内定状況が改善(07年3月10日) 福島県の高卒内定率が全国一(06年5月17日)
2009.02.18
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本日(16日)は小雪の舞い散る仙台だが、平成20年分所得税の確定申告受付けが全国一斉に始まっている。来月16日まで。自営業者の方や高額所得者の方が中心で、私などは本来は縁がないのだが、家族で医療費が10万円を越えているので、実は既に申告書を提出している。私は、先日、e-Taxではないが、国税庁のホームページを活用して申告書を作成して、税務署に出した。医療費のレシートをめくって入力するのがやや面倒ではあるが、手書きよりはずいぶんと楽だ。カラープリンタで打ち出して、源泉徴収票とレシートと一緒に提出した。あとは4万円程度らしい還付を待つだけ。印鑑や、銀行口座の通帳なども持参したが、何にも必要なく、「書いているんならもらいます、ハイ」てな感じで受付印押されただけ。あっけなかった。e-Taxについては、一般サラリーマンはそこまで不要だろう。他の事情で電子申請を頻繁に行う人ならともかく、確定申告だけなら、年1回だし、申告書作成システムだけ活用させて貰って、あとは持って行けばいい。ところで、今日のニュースでは、仙台北税務署では50台のパソコンも準備されていて、ネット申告もできるのだそうだ。昼の全国ニュースでは、どこそこではタレントの誰が出てネット申告をPR、などとお仕着せの報道をやっている。名古屋では板東英二、大阪ではオグシオ、埼玉県越谷税務署では石川遼君が(何で?)、東京では髭男爵や高橋英樹など。では、東北では誰か有名人が担ぎ出されたのだろうか。高額所得という線なら、ダニエル・カールか、宗さんか。高橋克彦さん、伊那かっぺいさんあたりも申告はするのでしょうが。少々調べてみました。------------岩手県(NHKニュースから)○ 確定申告の受付けは盛岡、花巻、一関の3つの特設会場と6税務署で開始。○ JR盛岡駅西口のアイーナの特設会場では、アルベールビル五輪の複合団体金メダリストで現在は岩手県職員の三ヶ田礼一さんがインターネットを使って申告ができるe-Taxと呼ばれるシステムで手続きを行い、「これなら時間のあるときに自宅からでも申告ができるのでとても楽ですね」とPRしていた。------------取り急ぎ見たところでは、有名人を活用している報道は岩手の三ケ田さんくらいだった。懐かしいですね。アルベールビルの金メダル。リクルート所属でした。荻原、河野と組んで見事な勝利でありました。現職で岩手県職員とあるのは、スポーツ特別指導員で活躍しておられるのだそうだ。大ジャンプで堂々世界一に輝いた三ケ田さんだが、八幡平市田山小学校5年生だった頃、札幌で金の笠谷選手に声をかけられた記憶が鮮明に残っており、笠谷さんが与えた夢を自分が今度は子ども達に与える役割だと考えておられるのだそうだ(読売新聞記事から)。笠谷以来20年ぶりの冬季金メダル。当時の記事が読売の五輪特集サイトにあったので、ちょっと拾ってみると、------------前日得意のジャンプで首位に立った日本は、30キロのリレーを2位のオーストリアに2分27秒5の差を付けてスタート。走力の弱い三ケ田を第一走者に立てて、後半勝負の作戦に出たが、その三ケ田は2分1秒の差を付けて河野につなぐ。前日6位のノルウェーが猛追したが、エース荻原が逃げ切った。------------何となく私も思い出す。三ケ田が逃げ切れるか、なんていう報道ぶりがあったが、心配をよそに見事快走した三ケ田選手に、岩手県出身の私も多いに拍手を送ったような記憶。三ケ田選手は出ていないが、次のリレハンメルも日本は快勝で、堂々二連覇でした。笠谷さんとの縁。金メダルのつながりが素晴らしい。がんばれ三ケ田さん、がんばれニッポン。何の話だったかというと、確定申告でした。岩手県はさすがに郷土の人を大事にしますね。ニュースに出る人も、ひと味違います。
2009.02.16
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昨日(15日)午後6時24分に、青森県などで揺れ。震度4が南部町、震度3が青森市、八戸市など。震源地は岩手県沖で震源の深さはおよそ40キロ、M6.0とのこと。この報道は今朝知ったのだが、ちょうどあの頃、私は自宅でかすかな横揺れを感じた。すぐさま地震速報を見たのだが何も出ていなかった。午後6時頃だったが、報道の地震の時刻である6時24分よりは早い時間だったとも思うが、おそらくこの地震だっただろう。その前ぶれだとしたら仙台で揺れるほどなら全国情報で出るはずだから。ところで、その時、私はすぐ階下の子ども達に、揺れるぞと声を発した。歌など歌っていた子ども達は、エッ何、という感じで一瞬静まったが、居間の一角に吊している瑪瑙石の風鈴のような飾り物がわずかに音を擦り出していた。震度は1かゼロだが、横に揺さぶられる感覚はしっかりとしたものだった。今回は被害が少ないようでホッとしているが、近年どうしても揺れに敏感になってしまうように思う。そして、夜まで思っていた。来るのか来ないのか... などと。
2009.02.16
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足かけ17年、地球全週ほどの行程を歩いて全国測量の偉業を達成した伊能忠敬。その成果である大日本沿海輿地全図(伊能図)は、明治政府が本格的な地図作成を始めるまで使われた。その測量方法は導線法と呼ばれるもので、距離と角度を測りながら進む。ときおり高い山や天文観測で誤差を補正する。天文観測をした地点は1200箇所にも及び、伊能図には、☆(星)印が付されている。その伊能図の天文観測について、全国で唯一、その足跡を示しているのが、釜石市唐丹の「測量の碑」である。1801年に忠敬が三陸沿岸測量のために唐丹村を訪れたが、これを記念して、1814年に唐丹村の葛西昌丕(まさひろ)が偉業を残そうと建立した。葛西は天文暦学に関心があり、碑には、忠敬の測量の方法と結果が記されている。同時に、中央に当地の緯度、まわりに星座名を記した長径70センチほどの星座石も残している。残念ながら、発見された石碑は、建立後の移動もあって正確な測定地点とは一致していないようだが、忠敬の天文測量を裏付ける貴重な遺物である。(以上、山岡光治『地図を楽しもう』岩波書店(岩波ジュニア新書593)、2008年 から)■釜石市サイト「星座石」■せんだいの天文史跡めぐり「星座石」(仙台藩の天文学史 というサイトを引用させていただきました。すばらしい内容です。)
2009.02.15
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昨日今日は大変暖かい。もう春が来た感じ。例年2月の庭にはジョウビタキなどの野鳥が来てくれるのだが、今年は訪問を見かけない。雪も遂に消えてしまった。月初めの大雪(というほどでもないが)で、子ども達が喜んで雪を集めてソリ遊びしていた。うずたかく山になったところだけ暫く残っていたが、昨日の温かさでだいぶ縮小し、ほんの数十グラムという感じ。
2009.02.15
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内閣府による2006年度の県民経済計算が発表された。日本経済新聞(13日の記事)が、「県民所得の格差拡大 06年度、1人あたり1.6%増306万円」との見出しで、解説している。------------○ 1人当たり所得は平均で306万9000円で、前年度比で1.6%増。1人当たり所得が増えたのは3年連続。○ 1人当たり県民所得は賃金にあたる「雇用者報酬」に利子や配当などの「財産所得」と、企業の内部留保など「企業所得」を加え、都道府県の人口で割って算出。○ 増加は32都府県で05年度(36都府県)をやや下回る。輸出型の産業が多い県で所得が伸びる一方、公共事業への依存が目立つ地域は低迷し、県民所得の格差が拡大。○ 増加率が最も高かった青森は、使用済み核燃料再処理工場の試運転開始など。2位は金属産業の生産が伸びた愛媛県。3位の岡山県は自動車産業が好調。○ 最も減ったのは山口県。原材料値上がりの影響で化学、石油、石炭製品の生産が減少。2位は富山。3位は北海道。○ 順位の上位は7位まで前年と同様。○ 変動係数は16.25%と前年から0.2上昇。○ 内閣府は、輸出型産業の多い地域の経済が順調だった半面、公共投資依存地域は不利だった、と解説。○ 景気は07年11月から後退局面で、輸出に頼る地域は特に悪化しているため、今後の県民所得の順位にも変動が出そう。------------...ということだ。さて、東北の各県について1人当たり所得の全国順位を見ると、福島23位(前年23位)宮城31位(32)山形35(36)青森37(43)岩手41(39)秋田42(41)内閣府のサイトにある計数表をもとに、各県の順位だけに着目して経年変化を拾ってみた。------------ 04(H16) 03 02 01 00(H12)福島 23 28 27 27 23宮城 32 32 32 30 29山形 36 37 35 38 35岩手 39 39 38 39 36秋田 41 41 41 41 41青森 44 45 42 42 42 99(H11) 98 97 96(H8)福島 22 28 26 26宮城 28 31 28 31山形 35 35 35 35岩手 36 37 39 38秋田 40 40 40 40青森 41 43 42 41------------ということで、まず明らかなのは、青森県が飛び抜けて今回順位を上げたこと。ここ10年近く、6県の順位は不変で、青森は常に最下位だったのが、一気に躍り出ている。それから、宮城は26位前後が相場だと、若き気鋭の地域アナリスト?であった頃の私は思っていたのだが、久しく20位台には戻っていないようだ。さて、日経の説明にあるように、07年以降の景気後退で順位の変動がどうなるか。製造業の厚い県が順位を下げる関係で、東北は一旦相対的に順位を上げるのかも知れない。
2009.02.14
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朝日新聞の記事(12日)にありました。大衡村でいよいよ本社建設工事の始まったセントラル自動車が、かつて当地を通っていた奥州街道を工事完成時には復活させるという、粋な計らい。世界同時不況の吹きすさぶ逆風のまっただ中で、東北の地に堂々本社移転新築に着工したセントラル自動車。そして、古来の往還を復活させるというニュース。これは、昔と今が融合したような、当ジャーナルが小躍りしそうな話題です。記事によると、セントラル自動車の新工場造成により、敷地内を通っていた奥州街道が寸断される。現在の国道4号からはずれ、木々に囲まれた大衡村を通る区間は昔の面影を残している。セントラルの工場予定地の西北部分を約2キロにわたって街道が横切っていたのだが、昨年春に造成で消滅。会社側も何とか復活を検討した結果、位置は異なるものの、新工場西北の外周部に帯状の緑地を設けて、舗装しない約1キロの遊歩道として街道を復活させる、ということです。たしかに、昔ながらの街道が消えゆくのは何とも淋しい限りです。しかし、新しい時代の息吹と共に様変わりするは世の常でもあります。いにしえの人の流れを包んだ里山に、今時の世界をマタにかけた大企業が、せめてもの思いやりです。どうせ開発に伴う緑地整備に格好付けただけ、とか、いろいろ見方はあるでしょうが、企業も地域とともに歩むことになるのですから、しかも本社が来るのですから、地元もこうした企業の姿勢を、大いに過大評価して良いのです。世界のトヨタ。大衡のセントラル。古代は万葉の里、近世は街道行き交う地。今では宮城随一の村でもある大衡に、世界と未来が共存すれば、これは素晴らしいではありませんか。ところで、大衡村の奥州街道については、あの高倉淳先生が詳細に記録されています。これは素晴らしいです。セントラルの造成を前に、ちゃんと記録をされています。その高倉先生が監修した「みやぎ県政だより」連載の「みやぎ古道点描」には大衡は登場しませんでしたが、本当に読み応えのある企画でした。■関連する過去の記事 街道を行く 加美・中羽前街道を思う(06年4月12日) 奥州街道の吉岡-三本木について(05年10月25日)
2009.02.13
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文藝春秋編『日本全国 見物できる古代遺跡100』(文春新書451、2005年)によりますと、東北の古代遺跡は以下のように紹介されています。同書は全部の県から選んだ、とあるので、それぞれの県の代表的な遺跡を選んでいると思われます。三内丸山(青森市)垂柳(青森県田舎館村)御所野(岩手県一戸町)樺山(北上市)里浜(東松島市)富沢(仙台市)大湯環状列石(鹿角市)伊勢堂岱(北秋田市)阿久津古墳群(山形県高畠町)長者屋敷(長井市)桜井古墳群(原町市)窪田(福島県只見町)
2009.02.12
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栗駒山麓の温泉経営者の方々が、地震で被災して温泉の復興に向けて、「栗駒五湯復興の会」を組織し、栗原市に支援を求めたという報道があった。温湯温泉佐藤旅館、湯ノ倉温泉、湯浜温泉、駒の湯温泉、くりこま荘。いずれも栗駒山の観光に欠かせない、地元の名湯だ。昨年の地震で、考えられないような被害に見舞われてしまった。でも経営者の方々の前を向いた想いには、敬服する。私の手元に、1冊の山岳ガイド本がある。(八島寛『宮城 山形 福島 南東北の山歩き』河北新報出版センター、2008年)最初に栗駒山が出てくるのだが、山歩きの案内とあわせて、駒ノ湯の倒壊、湯ノ倉温泉湯栄館の水没などが記されている。いたましい現実が、ここにもある。栗駒山は3県にまたがり、いわば東北のど真ん中。豊かな緑に恵まれ、温泉や湿原など多彩な自然も楽しめる。復旧にはまだ年月を要するだろうが、栗駒が栗駒として復興するためには、やはり温泉の再生があって欲しいと願う。
2009.02.10
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録画しておいたテレビ朝日の番組をやっとさっき見終わった。もちろん、あの20年前の10.19だ。今でも昨日のように思い出す。佐藤純一の憤死。吹石のホームラン。仰木監督、鈴木貴久選手。いつの間にかこの世にはいないのだけれど、いつまでも永遠に生きている。あの日、私は仙台では数少ないはずの近鉄ファンの先輩と飲んで、それで帰宅したら、まだテレビで中継していた。その日、この試合は歴史に残るだろうとは思っていたけれど、自分自身がその思いを今20年後に受け取っているという事実に、今さら驚いたりしている。今回の番組は、テレ朝が伝えたスポーツ中継という設定だが、名勝負は何の脚色もなく、ただ流すだけで、それだけで良いのだと思う。あの日のテレ朝の判断は、本当に評価に値する。この20年間、社会は、俺は、何か進化しているだろうか。そんなことをふと想いながら、奇妙な時間の接続性を、やや躊躇いながら受け止めている。20代の自分も、遠くて近い、いや何も変わっていないのだ。
2009.02.09
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毎日新聞の記事(7日)によると、石巻市の調査では、市内の製造業中心に14事業所で計415人を年度末までに解雇・雇用調整の対象としているという。内訳は、既に整理されたのが社員27、正規社員236人。3月末までに解雇や契約解除予定が、社員50人、非正規社員102人を解雇・契約解除予定。労働当局の聞き取り調査では、1月時点で宮城県内では3千人以上が整理済みまたは整理予定、と過日新聞に出ていた。製造業拠点の多い山形県や福島県では4千人台だった。ここ数日は、大手企業の決算赤字見通しが連日のように報じられ、いわゆる正社員の解雇にも相当切り込まれるのだろう。麻生総理は、100年に一度の金融災害だ、と評し、世界で一番に不況から抜け出す、と宣言した。しかし雇用動向は何年か後を引きずる。ミクロに見ても、昔なら日雇いやアルバイトで収入を得られたのが、今では土木工事もなければ運送や飲食も冷え込んでアルバイトすら少ないのが実情ではないだろうか。かくいう私も、実態としての地域経済や雇用の実情を肌で感じている、と言える自信もないが。
2009.02.08
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先日、雪の日曜日に、中田の4号線沿い「オラメヒコ仙台店」に行った。メニューが半額の上に、サラダバーやスープバーもついて、お得な感じがした。ところで、入るまでは、あの泉にあった「メヒコ」なのか、と思っていた。でも、フラミンゴは居なかった。メニューブックを開くと、「シーフードレストランメヒコはメヒコ商事が運営するもので、オラメヒコとは関係ありません」などという趣旨の事が書いてある。娘が気づいて、私に尋ねてきた。どういうことか、と。確かに、よく見ると(写真は見えにくいですが)、このオラメヒコという店は、メヒコ企画が運営していると書いてある。会社が違うのだ。娘は、この断り書きの文章(助詞の使い方)がちょっと不自然に読めるので、それが気になったようなのだったが。ところで、オラメヒコ(Hola Mexico)というと、思い出すことがある。02年のワールドカップで、利府の宮城スタジアムでメキシコとエクアドルの試合があった。確か、宮城会場の最初の試合だったと思う。物珍しさに、家族で見物に行った。チケットはないからスタジアムには入れないが、周囲で雰囲気を味わった。太陽神を表すような上半身裸の人とか、いろんな格好で母国の応援をする人たち。国際色に彩られた雰囲気を見ようと、弁当を持って行ってみたのだ。まだ4歳くらいだった娘に、私は オーラオーラ メヒコメヒコ と声に出してみると良いよ、と教え込んで、練習もしたものだ。ところが、いざ現場では、あの太陽神が近づいて来て、確か抱っこされるか何か、あいさつされてしまって、すっかり怯えていたのを思い出す。そんな話をしていたら、もう11歳になったこの娘、なんだそうなのか、てっきり、「オラ(俺は)メヒコ(って名前)」という意味かと思っていたよ、と言って安心したような笑い。ガッカリ。その後、泉にあったメヒコの話をしてやった。もう15年くらい前だろうか、1度か2度行ったことがあるが、フラミンゴが居たような気がする。しばらくしてトイレから戻った娘。あのね、トイレで、おばあちゃんと孫のような人がいて、「やっぱりフラミンゴは居なかったね」と話していたよ、と。何だ、みんな同じようなこと考えているようだ。
2009.02.06
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宮城の共学化問題は、全校共学化の方針が維持されて良かったと、胸をなで下ろしている。大局を見据え、本当の意味で宮城の子ども達のことと、更に言えば、本当の意味で仙台一高の将来を考えて苦労してきたであろう県教委の方々の努力が水泡に帰することが無くて、本当に良かった。梅原市長のような一部の論者は、まだまだ盛り上がって行くのだろうけれども、ある程度の時間が、一定程度の解決をもたらすと考えるしかない。論者の方々も、自分たちなりに一心不乱に教育のことを考えての言動なのだろうから、議論がかみ合わなかった。宗教論争みたいなものだ。一方的なのだが。おそらく数年すれば、共学化の判断が妥当だったと大多数の県民に支持されるだろう。一足先に共学化した仙台二高が、早くも全国トップクラスに躍り出ている現実が、ある。何度も言うが、私は進学実績や模試の成績だけを持って学校の評価とするのではない。進学校なら進学校らしいパフォーマンスがあるべきだ、ということ。仙台・宮城を牽引する進学校が存在して欲しい。特に現役進学率が問題だ。一高や二高の3年生が半分浪人するような現状で良いはずがない。それを校風だと自慢するような風潮を、これからの高校生世代に押しつけて良いはずがない。仙台二高は、女生徒が例えは悪いが「黒船」となって、沈滞を破る働きをしていると思う。教員の目の色も変わったのではないだろうか。一説には、従来宮一女高に入っていた層が仙台二高に回り出した、という。これを序列化だと悪く言う意見もあって良い。しかし、教員組織や卒業生組織などの旧体制懐古主義を打ち破る爽快な成果に、生徒達は納得し、拳をあげている別学論者もやがては心の内で理解する日が来るだろう。そう思いたい。トップ高は仙台・宮城の教育界全体を引っ張る存在であらねばならない。今回の県教委の「騒動」の1か月は、長い目で見れば取るに足らない短さだ。共学化を県の教育史の汚点と決めつけた市長もいたが、卒業生組織がハッスルして未来を消し去ってしまう、そんな、いかにも仙台の内向的足引っ張り文化の典型みたいな結果にならなくて、まずは良かった。■関連する過去の日記です(主に05年のもの。最近も記事もあるかも知れませんが。) 利府高校の躍進を期待(09年1月28日) 県立高校共学化論議を考える(08年12月18日) 宮城県立高校の共学化について(4)真に学校を思うなら?(12月11日) 宮城県立高校の男女共学化を考える(3)妙案登場!?(12月7日) 仙台市梅原市長の「仙台一高・仙台二高別学維持」発言に思う(11月30日) 宮城県内の公立高校の男女共学化論議を考える(2)歴史(11月28日) 宮城県立高校の男女共学化を考える(1)序論(10月28日) 宮城の進学率と公立高校を考える(9月6日)
2009.02.05
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気分転換に旅行会社のパンフを読んでいた。春の人気商品、ということで、「春限定 桜三大名所 弘前城公園とさいはての竜飛崎 津軽鉄道さくらトンネルローカル列車 2日間」という長いタイトル。その経路を読んでいくと、いかにも行きたくなる。もう芭蕉の気分。こんな日程です。----------北上展勝地(みちのく三大桜名所、日本さくら名所百選)石割桜(伝統のヒガンザクラ)弘前城公園(四季の妙なるたたずまい、日本さくら名所百選)竜飛崎(津軽半島最北端)十三湖(独特の風景に囲まれた湖)金木町(太宰治のふるさと)芦野公園(のどかな風景広がる桜の名所、日本さくら名所百選)津軽鉄道・お花見列車(桜のトンネルを駆け抜ける)----------ということで、仙台発朝8時、泊まりは浅虫温泉で、仙台戻りは夜8時30分。十三湖や階段国道も是非行ってみたいし、何よりバスの旅とはラクチン。家族でノンビリ行きたいものだ。ところで、みちのく三大桜名所、とか、日本さくら名所百選、という触れ込みが出てくる。このうち、「日本さくら名所百選」とは、財団法人日本さくらの会が平成2年に選定したのだそうだ。(同会サイトによる東北地方の名所)東北では、弘前公園、芦野公園、岩手公園、北上展勝地、白石川船岡城址、角館武家屋敷、千秋公園、真人公園、鶴岡公園、烏帽子山公園、鶴ヶ城公園、霞ヶ城公園、のようだ。それから、「みちのく三大桜名所」。この旅行パックでも出ている北上、弘前、そして角館の北東北3県の3つの名所を指して謂うもののようだ(北上市サイト)。
2009.02.03
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こんな夜更けに何をしていたかというと、過去の記事をフリーページにリスト化の作業。たぶんもっとラクな方法もあるのでしょうが、ひたすらバカ真面目にやっている。最初はもっと早く完成すると思っていたのに、かなり時間が掛かる。ヒマを見つけて編集していた。今日も1時間ほど作業。今、やっと、07年1月に入った。肩が苦しいほど痛くなった。ふと窓の外を見たら、夜明け前の庭は残雪で白く光っている。子ども達が作ったソリ滑りの丘。静かで澄んだ光景だ。ところで、このタイトルは、編集しながら過去の記事を見て気づいたこと。福島県の記事は意外と少ない。どうしても北を向く。自分が北の出身だからか。あるいは、東北を考えるとどうしても北を志向するのか。今から1時間ほど眠ります。
2009.02.01
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