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今から20年近く前のことです。アメリカ人の宣教師の方にお願いして、男5名、女3名、総勢9名でアメリカを4泊5日で旅してきました。すべて、教会巡りでした。ただ、訪問した町では別々にホームステイしていましたから、それぞれのお宅で、いろいろなところへ連れて行って下さったようです。中には、アメリカ空軍の退役将校の方がいらっしゃって、ホームステイしていた若い男の方二人を空軍基地へ案内して下さったそうです。もちろんこの退役将校の方もクリスチャンでした。そして、アメリカでの最後の晩だったと思います。この9名と、日本へ旅行に来られた時にご主人が日本で亡くなられてしまったご婦人と10人で食事をすることになりました。ご婦人の車のすぐ後ろに私たちの車2台が付いていきました。 もうすぐレストランに着くという所にあった交差点で、前を走っていたそのご婦人の車と対向車線の左折しようとした車が(アメリカは右側通行です)交差点の真ん中で衝突してしまいました。すぐ後ろを走っていた私は、「信号が赤なのに」と思い、交差点には入らずに車を止めてすぐに前の車の所へ行きました。ご婦人は下りてきません。相手の車の方も下りてきません。エンジンの下部から液体が流れ落ちています。私はそれを指先につけ、臭いを嗅いでみました。ガソリンではなさそうです。たぶんクーラントだろうと思いましたが、近くにいたアメリカ人の男性も同じことをしていました。「私はここにいなければならないから、みんなでレストランに行って頂戴。私の名前で予約してあるから。」とそのご婦人が窓からそう声をかけて下さいました。「大丈夫ですか?」「大丈夫、時間がないから早く行って。」アメリカ人の宣教師の方もそこへいらっしゃって、同じことを言われていました。 そして、私たち9人だけでレストランへ行きましたが、宣教師の先生が食事の前に、お話しして下さいました。アメリカでは、こうした事故が起きた場合、示談をしないのだそうです。その場では、当事者同士は話をしません。警察が来るまで待っていて、警察官に事情を説明するそうです。そして、すぐに裁判が行われて(数日から一週間後?)、どちらにどれだけの責任があるかの判決が出ます。それまでは、当事者も周囲の人々も黙っていなければならないそうです。私たちはその晩、彼女にお会いすることは出来ませんでした。ただ、宣教師の先生は連絡が取れたそうで、翌朝、みんなで集まった時に、そのご婦人や相手の方に怪我はなかったとのことでした。そして、日本に帰ってきて少ししたら、彼女から手紙が来ました。「裁判所で、私が悪いと言われたので、相手に謝って、相手の車の修理費を出し、私の車も修理しました。」と記されていました。アメリカのアメリカらしさを、この事故から教えられました。 日本はどうでしょうか。裁判所と「お白砂」を混同していないでしょうか。法律で何かに決着を付けるということは、「愛」の行為ではないと思っていないでしょうか。裁判官を「奉行」だと思っていないでしょうか。原田文雄司祭の事件が発覚した時、何故すぐに審判廷を開かなかったのでしょうか。日本聖公会法憲法規には審判廷のことが詳しく規定されているにも拘わらず、なぜ法規に従って問題を解決しようと為さらなかったのでしょうか。日本の教会は、「信仰」ということを強調しすぎるあまりに、この世における組織としての「教会」も組織であるということを見失っているように見えます。これは、日本聖公会に限ったことではありません。少し前のキリスト新聞に「日本基督教団第35総会期常議員会は、10月22、23日の両日行われた第3回常議員会で、未受洗者への陪餐を行っていると公にしていた北村慈郎氏(同教団紅葉坂教会牧師)に対して教師退任を勧告する議案が可決された。常議員会には29人が出席、うち16人がこの議案に賛成して可決となった。同議案は罷免などを求める「処分」ではないため法的拘束力はなく、今後は公式な勧告が同氏へと通知される予定。」と記されていました。この常議委員会は何故、日本キリスト教団の「教規」に則った形でこれをなさらなかったのでしょうか。そして、この記事からは、当該牧師に常議委員会で正式に弁明させていたかどうか判りません。内々で事前に常議委員会の構成員の一部がこれを行っていたとしたら、法秩序の崩壊にならないでしょうか。日本聖公会は同じ轍をお踏みにならない方がいいと思います。綱憲と日本聖公会法憲法規に則ってきちんと審判廷で問題を明らかにし、法憲法規に則った処分をすべきなのではないでしょうか。「時効が成立している」とおっしゃっている方がいるようですが、教区審判廷の構成員である教区主教が、法規に反してこの審判廷を回避し、超法規的処分をしてしまったのですから、「時効の成立」という議論はあまりにも愚かだと思っています。
2007.12.29
原田文雄司祭の性的虐待に遭った女性は少なくとも6人います。これは日本聖公会京都教区が出した報告書から明らかになっています。これから問題になるので、それぞれをアルファベットで示します。既に、今年の11月23日の教区会で配布された「常置委員会特別報告」という文書で使われているので、裁判所に提訴した女性をAさん、今年の8月になってご自分も被害を受けたと名乗り出られた方をBさんとします。そして、2005年8月27日発行の新聞を見て、ご自分も被害を受けたと申し出られた方をCさんとします。このCさんはもう1人の方と一緒に、ご自分達も原田文雄司祭からわいせつ被害を受けたと申し出ていらっしゃいますので、この方をDさんとします。そして、このお二人は「同じ日曜学校のもう二人もわいせつ被害を受けていたと言っています」とおっしゃっていたとのことなので、この方々をEさん・Fさんとします。 この内のBさんは、「付き添いの方、高地主教、柳原司祭、宮嶋司祭の5名で」原田文雄司祭を「予告なく訪問」されました。このBさんに高地主教が最初に会ったのは今年の8月20日です。予告なく原田文雄司祭を訪問したのは今年の11月2日です。この間、約2ヶ月半です。しかし、Aさんが自殺未遂した原因は原田文雄司祭の性的虐待によるものであると武藤主教に申し出たのは、2001年4月5日でした。そして、一旦退職した原田文雄司祭が復職し、話し合いの決着が付かず裁判所に慰謝料請求で提訴したのはその年の7月9日でした。それ以来、最高裁の上告棄却で高裁の判決が確定する2005年7月19日まで4年もありました。そして、その後も日本聖公会京都教区は「冤罪」「事実無根」を言い続けていたのですが、CさんとDさんが名乗り出られ、高地主教と面談したそうです。そして、他にも二人被害を受けたと言っている人がいると高地主教は聞かされました。これがEさんとFさんです。 「常置委員会特別報告」には次のように記されています。 「また、その後、さきに裁判に訴えた被害者Aさんの事案など、別件についても、性的加害の事実の問いただしたところ、その一部を認めたので、それらの事案についてもそれぞれの被害者に対する加害事実と被害者への謝罪文をその場で書くように求めたところ、原田元牧師はこれに応じて3通(合計4通)の事実確認と謝罪の文を書き、署名捺印した。」 「被害者に対する加害事実と被害者への謝罪文」は、Bさんだけでなく他の5人のうち3人に対しても書かれていますが、その3人にAさんが含まれていないことは確かです。3人に含まれていないもう1人はどなたか判りません。しかし、何故被害者全員に対して行うように日本聖公会京都教区は原田文雄司祭に要求し続けないのか。原田文雄司祭が他の2人に対する加害行為を認めないのかを日本聖公会京都教区は追求しようとしないのか。私にはどうしても理解できません。 前述の「常置委員会特別報告」にはこうも記されています。 「11月14日(水) 原田元牧師の要請により懇談。(高地主教、三浦恒久司祭、井田泉司祭、 宮嶋眞司祭出席)冒頭、原田氏より、彼の記憶している事件の経過を聞い たが、Aさんから告発された事実については否認を続けている。また、 2001年当時の退職撤回時の経緯については、明確でない点も多く、 今後も事実確認の積み重ねが必要であることを伝え、特に被害者の方々の 尊厳の回復こそが最も大切なことだということを強調した。」 「謝罪の記者会見」を開いた高地主教は「Aさんから告発された事実については否認を続けている」原田文雄司祭を何故糾弾しないのか。「謝罪の記者会見」で原田文雄司祭の加害行為があったと高地主教は認めたはずです。にもかかわらず、Aさんともう一人(どなたかは判りません)の「被害者に対する加害事実と被害者への謝罪文」を高地主教は強く要求しないのでしょうか。大凡のところは見当が付いてきました。しかし、こうしたことが日本聖公会京都教区の中で燻っている限り、日本聖公会京都教区はこの問題をますます深くしているようにしか見えません。本当に日本聖公会京都教区は謝罪しているのでしょうか。すべての聖職や信徒が高地主教を支持しているとは思えません。必ず「残りの10人」がいらっしゃると思っています。そうした方々の祈りを神様は必ず聞いて下さると信じています。
2007.12.24
聖公会の会計は公表されていないのですか?学校法人であっても教会が母体の幼稚園であれば、活動内容や会計報告が教会員に公開されて然るべきだと思うのですが、どうなのでしょうか。「FH司祭問題を駁す」というブログを読んでいて、その点が非常に疑問に思えてきました。そして、今から20年以上前に、日本聖公会の教会付属幼稚園を学校法人化する時に、かなり大きな問題として議論が為されていたと聞いているのですが、結局は理事会内だけに報告が為されていたのでしょうか。 学校法人の幼稚園になれば確かに私学助成金が給付されるのですが、しかし、幼児教育にとって一番大事な宗教教育がかなり制約されてしまうことが危惧されていたように記憶していますが、如何でしょうか。そして、幼児教育は極めて難しいことだというのが、社会学者の共通理解であるかのようにも聞いているのですが、教会がこれに関わる時、そこには十分な教育と訓練を受けた園長が配属されているのでしょうか。私は、とある大学院で神学を学びましたが、幼児教育を専門的に学んでいなかったので、最初の任地を与えられる時には、幼稚園のない教会を希望していました。 天狗さんが3年間通った教会付属の幼稚園は、幼児教育を専門的に勉強し、当時の神学者牧師達からは白い眼で見られていた園長先生でしたが、卒園してすぐにその園長先生は亡くなられてしまい、彼の妹さんの時には、息子さんが跡を継いで園長をされていました。この方は東大の教育学部を優秀な成績で卒業され、当時哲学教授だった出隆教授から哲学科の大学院へ来るように奨められたことのある方でした。そして、同時に牧師であり、優秀な神学者でした。ギリシア語やヒブル語の教授がサバティカル・イヤーの時には、この先生が代講されていたそうですし、学部の授業であればどの学科もこなせるという方でした。そうした方でも「幼児教育は大変ですよ」とおっしゃっていたのを私も覚えております。 日本聖公会は、根本から考え直す必要があるのではないかと思っています。少なくとも神学教育においては、どこかの大学に神学部を新設して(出来れば大学院も)、そこでしっかりと研鑽をされた方がいいと思います。そして、卒業して聖職になった後も、神学は日進月歩で進化していますから、それを身につけるための勉学の時がなければならないと思います。これは、年に数回の研修会等というものではなく、日々の積み重ねによって可能になるものです。そして、この研鑽の時を確保するためには、幼稚園の経営や幼児教育は、その専門家に任せるべきだと思います。教会の聖職がまずしなければならないのは、聖書を読み、祈り、そして神学に没頭することではないでしょうか。
2007.12.23
日本聖公会の危機 先ほどまで、近所の教会の牧師さんが見えてました。私の知り合いのブログをご覧になっていて、そのブックマークからこのブログを読んでいたそうです。前に、少しお話ししたことがあるからかもしれません。そして、日本聖公会京都教区の問題を心配していらっしゃいました。 原田文雄司祭の複数の女性に対する性的虐待に関する対応で、その被害者に対して日本聖公会京都教区は、相手によって明らかに差を付けています。対応の是非にも問題はあるのですが、その牧師さんは、何故こうした差を付けるのかは、それ以上に大きな問題だと考えていらっしゃいました。一般社会では、こうしたことはかなり大きな問題になるのですが、キリスト教会ではそれ以上に厳格でなければならないのでは内でしょうか。 確定した高裁判決で100%認められている性的虐待に関して原田文雄司祭は未だに否認していらっしゃるのですが、他の女性に対する加害を認め、謝罪文まで記しているのです。ということは、原田文雄司祭は複数の女性(年齢は不明)に対する性的虐待を認めているわけですから、日本聖公会京都教区は日本聖公会の教会法によって原田文雄司祭を裁かなければならないはずです。性的虐待があったということが明らかになったのは、原田文雄司祭がそれを認めたときだとすれば、時効は成立しません。審判廷は時効の主張を退けることもできます。 そして、事件の詳細は謝罪文によってはっきりとしているのですから、被害者の方が審判廷に出廷されなくても済むようにすればいいだけのことではないでしょうか。これは、主教会がそれなりの配慮をすれば簡単に出来ることではないでしょうか。 また、原田文雄司祭の性的虐待行為は本人が認めるという仕方で事実であるということが明確になったのですから、「依願退職」を取り消して「終身停職」にすると同時に、各役職を「懲戒免職」に切り替えることは出来ないのでしょうか。私の所へいらっしゃっていた牧師さんがそうおっしゃっていました。幼稚園の園児募集で大変だそうです。日本では仏教が十把一絡げに見られているように、キリスト教もカトリックかプロテスタントかというある種の十把一絡げで見られています。東京周辺の新興都市部ではことにそれが顕著です。 日本聖公会京都教区の皆さんは、是非、日本のキリスト教界のためにもこの問題をきちんと解決していただきたいと思っております。幼稚園の理事長や園長をしている方が、女性に対する性的虐待をした事件ですから、子供さん方のご両親は真剣に考えざるを得ません。
2007.12.21
ここまで来ると、日本聖公会にはカノン(正典)もクレドー(信仰告白)もオルドー(職階制)に関する神学がまったくないように見えてきます。あまりにも悲惨です。と申しますのは、綱憲や法憲法規にはこうしたことに関する規定があるにもかかわらず、日本聖公会の実態にはそうした神学に裏打ちされた、キリスト教会にとって基本的な事柄であるこの三つの神学が、まったく見えないからです。 日本聖公会の関係者のホームページなどに載っている説教のほとんどは、聖書から逸脱した「お話」で終わってしまっています。そもそも説教とは、聖書という神の御言葉の解き明かしでなければなりません。この世の現実に対するお話であれば、それは別の時と場で為されなければならないことです。日本聖公会の礼拝=聖餐式では、旧約聖書と新約聖書の使徒書と福音書が読まれます。かつては、旧約聖書と使徒書は祭壇の右側で読まれ、福音書は祭壇の左側で読まれていました。いまでもそうしている教会があるかもしれませんが、この「聖書日課」が聖餐式の前半部分の重要なところなのではないでしょうか。そして、福音書は起立して拝聴する習慣があるのは、福音書にはイエス・キリストの出来事が直接記されているからですし、拝読する司祭は拝読する前に額と口と胸で十字を切るのは、キリストの神秘に触れる御言葉を読むからではないでしょうか。説教はこうした聖書日課から離れるべきではありません。プロテスタント教会が大事にしてきたのはこの点ですし、最近のローマ・カトリック教会でも、これが主張され、行われているように見えます。 そして、日本聖公会の聖餐式では、二ケア・コンスタンチノポリス信条が唱えられます。「主、我らの人間のため、また我らを救い出さんがため天より降り」というところから「天に昇り」というところまでは、教会によっては跪拝(ジェネフレクション)して唱えたことがあったのではないでしょうか。そして、「童女マリアより」というところでは、十字を切っていたのではないでしょうか。最近は、こうした信仰的な所作を軽んじる傾向にあるようですが、何故でしょうか。この部分は、神の言葉の受肉として非常に大切な部分ので、この部分で跪拝してきたのではないでしょうか。礼拝における様々な所作は、それ自身が否定されるべき「形式的なこと」なのではなく、心の深いところにあるものから自ずと出てくる所作は、極めて信仰的なことなのではないでしょうか。祈りの姿勢でも同じことが言えるように思えます。そして、このニケア・コンスタンチノポリス信条は、教会の信仰告白です。主語は「私たちは」になっています。この信仰告白の有無によって、教会は立ちもすれば、倒れることもあり得ます。(「使徒信条」はかなり古い時代の、ローマにおける洗礼式のための定式文であろうと思われます。主語が「私は」になっています。) オルドーに関しては、日本聖公会は最早、何も言うことが出来ません。教会はキリストご自身がお建てになり給うたものであるが故に(マタイ福音書16章18節)、教会の聖職はキリストと同じ権威を持っているわけではありませんし、主教といえども人間でしかありません。つまり、主教の言葉はすべて神の言葉になるわけではありません。ある時には大きな過ちを犯すこともあります。司祭も執事も同じことです。教会の権威は、ただただ十字架に掛かり給うた主イエス・キリストにあるのであって、主教は「使徒」=主から遣わされた者でしかありません。主教が着る祭服も司祭が着る祭服も、すべて主にお仕えするための者であって、主教や司祭が主の代理になるためではありません。日本聖公会はその点では、独自のお考えを持っていらっしゃるのであって、第二バチカン公会議以降のローマ・カトリック教会とも異なっているのではないでしょうか。それとも、「教皇無謬説」を否定しながら、「主教無謬説」を主張されるのでしょうか。教会の聖職は、「聖なる者」になったという意味ではなく、聖なるお方にお仕えするという意味での聖職なのではないでしょうか。 日本聖公会京都教区はこうしたことをしっかりと再確認しない限り、原田文雄司祭による性的虐待問題を本当の意味で解決できないのではないでしょうか。数ヶ所から、主教や司祭の飲酒のことが聞こえてきます。私が知る限りでも、かなりお飲みになる方がいらっしゃいますし、それほど会衆が多くないにもかかわらず、カリスの中にかなりの量のワインを注いでいらっしゃる方もいるようです。主イエス・キリストのあの最後の晩餐の時の杯の中には、4~5倍程度に希釈されたワインしか入っていなかったと考えられています。理由は、過越祭の頃までワインを保存しておくことは極めて難しく、相当に高価だったからです。防腐剤を入れていないワインは特別な保存設備でなければ酸化してしまいます。所謂「ミサ用ワイン」は糖度を高めることによって酸化を防いでいるのですが、主イエスの時代にはこうした発酵のメカニズムは解明されていませんでした。発酵のメカニズムがパスツールによって解明されたのは19世紀後半です。
2007.12.20
女性の人権と言うことから女性司祭按手を行った日本聖公会が、日本聖公会京都教区で起こった、女子児童への性的虐待事件では、まったく女性の人権を無視しています。原田文雄司祭が未だに、あの提訴した女性に関しては「否認している」とおっしゃっていますが、日本聖公会京都教区はどうなのですか?依然と同じように「事実無根」と考えていらっしゃるのですか?もしそうでないならば、何故、高地主教をはじめ常置委員会は原田文雄司祭に対して、積極的に働きかけないのですか?他の人々に関しては事実を認め、「謝罪文」まで認めていらっしゃるのですよね。にもかかわらず、提訴した女性に関してだけは、まったく否認しているということはおかしいと何故お考えにならないのですか?「時間をかけて」ということは理由になりません。既に長い間、あの被害者の方はPTSDに苦しみ続けていらっしゃるのです。 日本聖公会京都教区の主教と常置委員会は何を考えていらっしゃるのですか?私たち外部の者にはまったく理解できないことをしていらっしゃいます。しかも、誰が読んでも事件を隠蔽しようとしているとしか思えないような文書を配布し、しかも、被害者のご家族が見たこともない文書を、「被害者の関係者」が了解しているとはっきり書かれた上でその文書を配布されていますよね。どういうことなのでしょうか。本当に、誠実にこの問題に対処するおつもりがあるのでしょうか。日本聖公会京都教区の信徒の方々は、主教や常置委員会以外の方々の意見に耳を傾けて下さい。特に信者さんの意見を大切にして下さい。それは。教会委員をされている信者さんだけではなく、多くの信者さんの声に耳を傾けて下さい。 でなければ、ここまで問題が深刻化してきたら、教会は本当に音を立てて崩れてしまいます。こう記すと「『糾す会』や他の連中が騒ぎ立てるから、治まるもののも治まらないのだ」とお答えになるかもしれませんね。しかし、そうおっしゃっているようでは、この問題は深刻さを深めるばかりですし、主教や常置委員の悪意が露見してしまいます。いやもう、露見どころか、完璧に全部見えてしまっているかもしれません。「糾す会」の一斉メールにも、他のブログにも書かれていない情報が既にかなり集まってきています。特に「糾す会」には様々な情報が送られてきているようです。私や私の知人や風来坊さんにも、それぞれ独自の情報が入ってきています。悪いことは隠しきれるものではありません。京都教区の聖職者の方々は何故そのことにお気付きにならないのでしょうか。 最高裁判所の上告棄却によって、高裁の判決が確定しました。そして、高裁は被告=加害者の反論をすべて退けています。それだけではありません。既にいくつかのブログでも問題にしていますが、原告の控訴理由書に対する反論の中で、キリスト教会として容認できない発言があります。これに関してはもう、日本聖公会京都教区はお調べになられていると思いますが、如何お考えなのでしょうか。何故これを問題にしないのでしょうか。これを放置したら、日本聖公会京都教区は将来にわたって、あらゆる社会問題に発言できなくなります。そして、万が一、あの反論の中にある重大な問題性のある文言に気が付かなければ、少なくとも日本聖公会京都教区は、自らの神学的破綻を公言したのも同じことになってしまいます。 そして、気が付いていらっしゃるにも関わらず、問題を無視しているのだとしたら、それは明らかに被害者に対する二次的加害になるように思えます。そうしたことを避けるために、ここにあのメモを公開しようかと思いましたが、知人の鞍馬天狗さんが「中学生や高校生のお孫さんに頼んで読んでいらっしゃる方がいたら、中学生や高校生が読むことになってしまうから、ブログには書かない方がいいと思います」というメールをくれました。確かにそうです。熱心に教会に通っている中学生や高校生にこれを見せることは適当ではないと思います。私は、毎日の仕事が忙しくて、裁判記録を読みに行けそうにありません。鞍馬天狗さんが再度、裁判記録を読みに行く時には、あの文書の全文をメモしてきてもらうことにしています。高等裁判所の裁判記録乙第18号証です。是非、皆さまもご一読下さい。あるいは、お読みになられたかたから、お話をお伺いして下さい。 クリスチャンとしては勿論のこと、人間としてこのような反論が許されるかどうかということをお考えいただきたいのです。前述の理由からだけではなく、まだ未成年の方にこのことをお話しもしたくないので、ここにも書くことはしませんし、メールでお問い合わせ下さいましても、そのメールは無視させていただきます。ご自身のプロバイダのメールアドレスであっても、ガードが掛けてなければ他人が使うことも可能です。もしかすると日本聖公会京都教区の司祭さん達はご存じかもしれません。どなたかが裁判記録を読みに行っていらっしゃるかもしれません。しかし、司祭さんが読まれても、相当ショックが大きいかと思います。私もはじめは自分の目を疑いました。そして、様々な情報を併せて考えると、何故あのような文言が記されたのかも見えてきました。しかし、それもあってはならないことです。司祭だからではありません。誰にとってもしてはならないことです。 そもそもこの事件は、司祭だから問題になることではありません。司祭であろうがなかろうが、これは重大な問題発言なのです。高裁の裁判記録にある乙第18号証を書いたのは、原田文雄司祭夫人です。しかし、この内容を原田文雄司祭が知らなかったとは考えられません。被告として、これを読む義務があるのではないでしょうか。
2007.12.17
【 詩 篇 第98篇 】【賛歌。】新しい歌を主に向かって歌え。 主は驚くべき御業を成し遂げられた。 右の御手、聖なる御腕によって 主は救いの御業を果たされた。 主は救いを示し 恵みの御業を諸国の民の目に現し イスラエルの家に対する 慈しみとまことを御心に留められた。 地の果てまですべての人は わたしたちの神の救いの御業を見た。 全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。 歓声をあげ、喜び歌い、ほめ歌え。 琴に合わせてほめ歌え 琴に合わせ、楽の音に合わせて。 ラッパを吹き、角笛を響かせて 王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。 とどろけ、海とそこに満ちるもの 世界とそこに住むものよ。 潮よ、手を打ち鳴らし 山々よ、共に喜び歌え 主を迎えて。 主は来られる、地を裁くために。 主は世界を正しく裁き 諸国の民を公平に裁かれる。 詩篇98篇1節 「新しい歌を主に歌え。 神は不思議なみ業を行なわれた」 ひとは、ともするとその平和に見える生活の中で、あるいは日々の平穏な暮らしの中で、昔から、遠い昔からその平穏さが続き、同じ人々が同じように暮らしてきたと思い込んでしまうことがあります。昔から何も変わっていないと思ってしまう。 春が過ぎ、梅雨の長雨が続き、そして雷の音とともに、暑い夏がやって来る。「アツイ、アツイ」と言いながら、しばらくその暑さの中で耐えるていると、いつの間にか木の葉が色付き始め、枯れ葉が舞い下りる。そして雪に包まれる。 けれども、その冬の向こう側には、また春がやって来るのだということを知っているがゆえに、凍てつくような寒さを耐えることが出来る。去年と同じように春が来ると知っているから、ある意味で安心していられるのかもしれません。そして、人間の生活そのものもまた、同じように、今までと同じように、変わりなく続いていくと思い込んでしまう。同じように。 誰にとっても同じように続いていくように見えるかもしれません。 自分が食べているものは、他の人も食べている。自分が着ているものと同じものを他の人も着ている。自分に起こったことは、必ずほかの人にも起こっている。そして、自分が解決出来たことは、他の人も同じように解決出来る。実際には判らないことを、自分と同じだと思い込んでしまう。自分が越えることの出来た峠は、誰にでも越えられる。そう思い込んでしまう。 イスラエルの歴史は、旧約聖書の歴史は、そうした想いとは全く反対のものでご座いました。 朝になって目が覚めると、隣に知らない国の人々が住んでいる。何事もなく始まった一日の終わりに、見ず知らずの人々によって自分たちの街が破壊され、奴隷にされてしまっている。一刻々々が変化し続けているということを、そして時の流れとは変化の連続であることを、旧約聖書の時代の人々は、日々の暮らしの中で徹底的に体験して居りました。 一瞬のうちに街が廃墟と化してしまう。 彼らにとっては、同じことが続くというのが生活ではなく、生活とは、暮らしとは、人生とは、変化することであったのでご座います。 人間の世界の中に、永遠に変わらないものなどはありえない。人間が人間の力によってなにかを永遠に変わることのないようにするなどということは、到底考えられない。それが、イスラエルの現実理解でもありました。 彼らは、幼い子供の時から、日々変わり続けてきたイスラエルの歴史をトーラーと呼ばれる律法によって教えられてまいりました。人間の変わり行く世界について、口伝えに、あるいは礼拝の中で教えられてきたのでご座います。 旧約聖書は、イスラエルという国がいかに変化してきたかを示して居ります。天地創造の初めから今まで、変わることのない生活が続いてきたとは考えて居りません。様々な人々との出会いと、様々な変化と、そして周囲の様々な文化との触れ合いの中で、自分たち自身も変化し続けてきたことを知っています。自分たちに与えられた「カナン」の地は、あのエデンの園でもなく、ノアの箱船が漂着したアララト山の周辺でもない。バベルの塔が建てられたところでもなく、エジプトでもない。 彼らは、そうしたイスラエルの歴史を知って居りました。 日々変化する生活全体を知って居りました。隣に住んでいる人が、自分たちとは異なった食べものを食べ、異なったものを着、異なった生活をしているということを知っていたのでご座います。そして、そうした現実によって、すべてが変化し続けているのだということも知って居りました。 私ども日本人にとりましても、時代と共に様々なことが変化してまいりました。そして今も、変化し続けて居ります。その流れの速さはますます速くなっています。ほとんどの人々は、裸足で歩き、あるいは藁草履を履き、一部の人々だけが下駄を履いていた時代は、たった百年前のことです。 「新しい歌を主に歌え」 捕えられていたバビロニアから帰ってきたユダの人々にとって、エルサレムの町は、50年の間にすっかり様変わりしていました。知らない人々が移り住んでいる。見たことも聞いたこともない異教の神々の礼拝が行なわれている。自分たちの神殿はもうない。 何もかもが変わっている。 そうした中で、自分たち自身も変わらなければならないのか。詩人はそうした苦しみを背負って生きています。詩人だけでなく、バビロンから帰ってきた人々一人一人が、その苦しみを背負っています。 しかし、詩人はすべてが変わってきた中で、変わらない御方が誰であり、移り行く時代の中で、何が変わらないのかを見ています。言い換えれば、人間は誰もが変わっていき、そして変わらなければならない、それが人間の歴史であるということを詩人は知っています。 2節「主は救いを示し 恵みの御業を諸国の民の目に現し」 この98篇の詩人は歌います。そう歌います。 主が救いを示して下さった。主が本当に正しいことを示して下さった。それゆえに、新しい歌を歌えと歌います。新しい!歌を。 時代の変化を受け容れています。同時に、自らのうちにある判断の一切をそこで放棄しています。自分が自分で判断することを捨て去っています。 9節 「主は来られる、地を裁くために。 主は世界を正しく裁き 諸国の民を公平に裁かれる。」 詩人はそう告げるのです。 詩人自身をも含めたイスラエルの民の想いによって、あるいはイスラエルの民が考えているのと同じように主が裁かれるとは歌いません。ただただ、神が、主なる神御自身が、その自由な御決断をもって裁かれると歌うのでご座います。 ひとは、日々変化する中で、その中に生きていながら、その変化する人間の歴史を、人間の営みを、もはやどうすることも出来ない。 バビロニアの首都バビロンから帰って来た人々の中には、様々な人々がいました。勿論バビロンから帰って来なかった、帰れるにも拘らず帰って来なかったイスラエルの民も居りました。つまりバビロンに残った人々もいたのでご座います。そうした、人間の様々な想いを越えて、いま神が裁き給う。 この詩篇98篇はおそらく、たとえ小さくても再建された神殿の礼拝の中で歌われた歌であろうと思われます。一人一人が、神への想いを、様々な想いを人々のあいだで語ることを放棄し、日々変わり行く時の流れの中で、神を賛美しよう、喜びの声をあげよう、そう歌っています。 バビロンから帰った人々、50年の間バビロンに住んで居た人々。 政治的にも経済的にも巨大な都市であったバビロンには、様々な人種・民族の人々が住んで居りました。人々は、そうしたバビロンで暮らしてきたことによって、食べるもの着るものが変化して居りました。生活の仕方・暮らしが変わってしまって居りました。 詩人は、歌いません。 一つの生き方、一つの考えによって一つになれとは歌わないのです。 バビロンへ行く前に戻れとは歌わない。 「新しい歌を主に歌え」 「新しい歌を主に歌え」 神に与えられたこの町で、もういちど新しく、様々な人々と共に主を讃美しようと歌うのでご座います。時の流れが、目まぐるしく変化する中で、主なる神のみを讃美しようと歌うことは、言い換えれば、もはや、自らの内側にある、そして自分の人生の中で築き上げてきたものや、勝ち取ってきたものの一切を放棄しようということを意味するのでご座います。 神が前面にでる時、人の想いは背後に退きます。 目まぐるしく変化するこの時代の中で、私共もまた、この詩篇の詩人の信仰を持ち続けたいものでご座います。自分の経験を主張することでもなく、過去を甦らせようとすることでもなく、ただただ、今この時、主がお示し下さる道を歩み、そのためにまず、主を讃美し、そして、自分とは異なった人々と共に生きていく。しかしそれは、彼らにとって、礼拝を捨てることではご座いませんでした。 6節「ラッパを吹き、角笛を響かせて 王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。」 まるで異邦の町のようになってしまったエルサレムの町で、詩人はそこで生きていこうとしているのです。主を讃美しながら生きていこうとしています。 いまこの時代にあって、クリスチャンでない多くの人と共に、主のお導きによって、新しい歌を主に歌える日が来る時まで、ただただ主にすべてをお委ねして、私共も、主を讃美し、主の御言葉のうちを歩み続けたいものでご座います。 【祈り】 主イエス・キリストの父なる神さま、 あなたの御言葉を感謝します。今もあなたは私共を導いていて下さいます。どうか、一切の人間の想いを越えてこの世を支配してい給うあなたへの讃美を歌いつつ、目まぐるしく変化するこの時代の中にあって、すべての人々と共に生きていくことが出来ますように。自分の中にある想いを捨てて、ただただ喜ぶ人と共に喜び、悲しむ人と共に悲しむことが出来ますように。 私たちの主イエス・キリストの御名によってお願い致します。アーメン
2007.12.15
今年の1月29日の文書や先日11月23日の文書が問題になっているようですね。当然のことだろうと思います。高地主教以下常置委員は、なんとか事件を隠蔽しようとお考えになっているのがはっきりしているからです。鞍馬天狗さんが、あの文書を論駁された文書を出しましたが、あそこに書かれている通りですね。簡単に見透かされてしまうような文書を、どうして日本聖公会高地主教の主教や常置委員会はお出しになるのでしょうか。 「謝罪の記者会見」以来、日本聖公会京都教区は本当の意味で被害者に対する謝罪をしているでしょうか。1月29日の文書などはその典型のような気がします。被害者のお父様が確認されていないものを、いかにも被害者のお父様が承認しているかのように書かれています。それだけではありません。この問題に関して、Eメールなどで情報を提供されている方々がいらっしゃいますが、そうしたものの中には「事実でないことが多く含まれており」と京都教区主教と常置委員会は述べていらっしゃいますが、この「事実でないことが多く含まれており」という表現では、どれとどれが事実でないことなのか判りません。「多く含まれており」というのは、全体の何%が事実でないのかということも判りません。こうした自己保身的発言は、自らの中に過ちがあることを知っていながら、それを認めたくないという方がよくされるようです。 私は、裁判記録を閲覧されてきた鞍馬天狗さんと上司の方にお会いしてきました。上司の方は、記録をメモすることに専念されていたそうですが、鞍馬天狗さんは地裁の膨大な資料の中から、高裁判決ですべてが認められた被害状況に関することを丹念に調べていたそうです。そして、そのメモをコピーした者を頂いてきました。鞍馬天狗さんも十分には書けていません。当然です。被害者が地裁に提出した訴状とそれに付随された(別冊)証拠書類を読むだけでも滅入ってくるでしょう。被害者は、被害にあった場所の図まで描かれています。それを、出来る範囲で鞍馬天狗さんは書き写してきました。そして、その訴状に対する原田文雄司祭の陳述書はかなり詳しくメモされています。 こうした両者の主張に関しても高地主教はご存じないはずです。裁判記録をお読みになっていらっしゃいません。この一点でも実に不誠実であるということが出来ます。訴状や陳述書、そして公判記録とその他の文書、そして判決を読まなければ、日本聖公会京都教区の責任者である教区主教の職務を全うしていると言えるでしょうか。それだけではありません。代理人の方との話し合いの内容を何故、公表されないのでしょう。公表したらあとで「そんなことは言っていない」と言えなくなるからですか?日本聖公会はそれがお得意のようです。文書で出さずに口頭で伝えたことは、いつでも否定できると思いこんでいらっしゃいませんか?これは、被害者が地裁に提出した訴状に対する原田文雄司祭の陳述書を読んでも判ります。誰も見ていなかったのだから、何を言われようと大丈夫だとお考えになっていませんでしたか?そうでなければいいのですが、それにしても「虚言癖」とか「妄想」とか、精神科の医師でも時間をかけて診察した後でもなかなか口に出てこないようなことを、平気で口にされているのは何故でしょう。 民事裁判での「偽証」を問題にするのは難しいようですが、「名誉毀損」は成立しないのですか?これならば刑事時効は成立していないと思います。第三十四章 名誉に対する罪第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の 有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円 以下の罰金に処する。 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによっ てした場合でなければ、罰しない。第二百三十条の二 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、か つ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、 事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、 これを罰しない。 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至ってい ない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実と みなす。 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に 関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実である ことの証明があったときは、これを罰しない。第二百三十一条 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又 は科料に処する。第二百三十二条 この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができ ない。 告訴をすることができる者が天皇、皇后、太皇太后、皇太后 又は皇嗣であるときは内閣総理大臣が、外国の君主又は大統領 であるときはその国の代表者がそれぞれ代わって告訴を行う。 民事裁判での証言や文書に書かれていることは、「公然と事実を摘示」にはならないのでしょうか。しかし、刑事告発は大変です。大勢のサポーターがいなければ、被害者は途轍もなく大きな苦しみを背負わなければなりません。誹謗中傷や嫌がらせが起きる可能性もあります。親告罪の限界がここにも見えています。 あの1月29日の文書も、11月23日の文書も、こうした意味から考えると、まったく謝罪になっていません。そのそも、裁判記録を丹念に閲覧することなく、この事件の全容をどうして理解できるのでしょうか。日本聖公会京都教区主教である高地主教は、少なくとも「謝罪の記者会見」で被害者が訴状で述べている原田文雄司祭の行為はあったと認めていらっしゃるわけですから、訴状をだけは読んでいらっしゃると思うですが、いつ、どこで、お読みになられたのでしょうか。確か高地主教は、あの裁判に関しては前教区主教である武藤主教から引き継がれていないとおっしゃっていたように記憶していますが、如何でしょうか。
2007.12.14
「他教派の人は口を出さないで欲しい」と「糾す会」の方々が言われたことがあったようですが、問題は日本聖公会京都教区内部だけの、あるいは日本聖公会内部のものではありません。被害者は、内部だけで穏便に和解しようと努力されたにもかかわらず、原田文雄司祭の復職を認めてしまったのです。そして、その後も京都教区と協議を続けたのですが、被害者側の要望はまったく受け入れられないばかりか、原田文雄司祭のすべての役職における復職が現実になってしまったのです。そこで、悩みに悩んだ末、裁判所に慰謝料請求という形で提訴されたのです。この時点で、問題は国家のレベルまで引き上げられました。 そのそも性的虐待行為は、日本聖公会の法憲法規で禁止された行為ではなく、日本国の法律で犯罪として定められたものです。ですから、日本聖公会の教会員であろうがなかろうが、この問題を考えなければなりませんし、クリスチャンであろうがなかろうが、この問題を考える義務があります。「他教派の人は口を出さないで欲しい」という意見は、こうしたことをまったく認識していないと言わざるを得ません。 事件は単なるセクハラではありません。被害者の訴状には小学校4年生から高校を卒業するまで続けられた準強制わいせつであることが、はっきりと記されています。そして、刑事裁判ではありませんが、明らかな違法行為が行われていたと高等裁判所が訴状の内容をすべて認めたので、被害者の要求額の全額が認められた判決が出て、しかもそれが確定しているのです。慰謝料の支払いを命じたのも、裁判費用の全額を加害者=被告が支払うように命じたのも、教会ではなく日本という国家なのです。ですから、日本国民がこの問題に関与するのは当然のことであろうかと思います。 事実、日本聖公会の方々が他教派の事件に関して2ちゃんねるなどに書き込みをされていますが、もし日本聖公会京都教区の問題について発言されている方々に、「他教派の人は口を出さないで欲しい」というのであれば、まずはご自分たちの中でそれを徹底すべきなのではないでしょうか。 しかし、どちらの問題も、教会法に違反したことではなく、国家の法律に違反したことが問題になっているのですから、相互に批判しあっても不思議ではないと思いますが、他方を批判することによってご自分たちの問題を問題を隠蔽しようとするのであれば、それはあまりに見苦しいことでしかありません。 この事件は、聖職者によって複数の女性に対して長期間行われた性的虐待事件です。そして同時に、それらの被害者によって日本聖公会京都教区の対応の仕方が異なっているという、前代未聞の事件です。しかも、加害者の妻によって記された「控訴理由書に対する反論」の中に書かれていることで、重大な問題発言があるのです。この問題性も、日本聖公会内部で問題になるようなことではありません。今は世界的なレベルで問題になっていることです。 少なくとも風来坊さんと鞍馬天狗さんと私は日本聖公会ではありません。しかし、人間の一人として、あの発言は絶対に容認できません。日本聖公会がこの発言の問題性を素通りするのであれば、私たちはきっと、これをネット上で公開し、クリスチャンであるかないかを越えて、問題を皆で一緒に考えていただこうと思っています。民事裁判での発言や文書の内容は、一般社会でも不問に付されなければならないのでしょうか。
2007.12.11
京都教区は何をしていらっしゃるのでしょうか。問題の解決に時間をかければかけるほど、被害者の傷口が広がっていくことを考えていらっしゃらにないのでしょうか。先ほども「糾す会」からのメールが届きました。AさんとBさんでの対応の仕方があまりに異なりすぎていることにお気づきになっていらっしゃる方からメールが「糾す会」に来ているようです。しかし、その理由が判らなくて悩んでいらっしゃいますが、京都教区の主教さんや司祭さんは何をお考えなのでしょう。 既に原田文雄司祭による性的虐待の被害者は6人にも上っているのです。それでいて、Aさんとの和解への道は、ほとんど開かれていません。どういうことでしょうか。このままでは、ますます問題の解決が遠のいていくのではないでしょうか。私のこのブログも、もうすぐ20000アクセスに達します。それだけ多くの方が関心を持っていらっしゃるのだろうと思います。そして、今日もまだ何も書いていないのですが、既に70以上のアクセスがあります。 クリスチャンでない方もいらっしゃると思います。日本聖公会京都教区の方々よりも多いかもしれません。アクセスして下さる方がどこの誰かは判りませんが、表示されるプロバイダ名はかなりの数に上っています。 あるいは、原田文雄で検索すると500件以上の際とがヒットしてきます。それだけ多くの方々か関心を示していらっしゃるのだと思います。被害者が最低でも6人もいる性的虐待事件です。こうした事件を研究されている方々は、様々な情報を得ていらっしゃるだろうと思います。 京都教区の主教さんや司祭さんにとって、一番大切な者は何でしょうか? ご自分たちの地位や名誉ですか?それともそれに伴ったお金ですか?ある方は「教会」とお答えになるかもしれません。しかし、ある意味ではそれが一番怖いと思います。「教会」とは誰のことですか?苦しみ続けている被害者の方々は教会の外にいらっしゃる方々なのですか?ある年鑑で調べさせて頂きましたが、高地主教さんは私よりもだいぶお若いようですが、何故こうした理屈がお判りにならないのでしょうか。 一番大事なことは、主教さんや司祭さんの名誉でも地位でも、お金でも生活でもありません。一番大切なことは、被害者の方が一日も早くPTSDやトラウマから解放されることではないでしょうか。被害者の方々を踏み台にして、教会が栄えられるとお考えなのですか?最早、京都教区は主の十字架の贖いから、かなり遠くを歩み始めていらっしゃいませんか? 主の道に一日も早く立ち帰るためには、被害者の方々の側に立って、原田文雄司祭と接することです。一日も早く正式な審判廷で審判すべきです。そして、ご自分たちのことも、管区の審判廷で審判していただくべきです。それ以外に、原田文雄司祭事件の真相を究明し、問題を解決する道はないように思えます。
2007.12.10
なぜ日本聖公会は教会法を無視されるのですか? 日本聖公会を拘束している教会法は、「聖公会綱憲」と「日本聖公会法憲」と「日本聖公会法規」などであろうかと思うのですが、原田文雄司祭による準強制わいせつ事案では、法憲法規をまったく無視されています。ことに、懲戒に関する規定はことごとく守られていません。審判廷によらなければ誰も懲戒を受けることはないことがはっきりと規定しているにもかかわらず、今までに日本聖公会京都教区が行ってきたことは、審判廷によらない、主教からの「懲戒」=陪餐停止であったり、法憲法規には記されていない「勧告」であったりしています。日本聖公会では教会法は飾り物なのでしょうか。 教会は長い間、教会法によって建てられ維持されてきました。イギリス国教会が成立したのは、国教会としての法律が制定されたからではなかったのでしょうか。ある意味では、宗教法人規則は、宗教法人であるための規則でしかなく、教会を実質的に規制し、調和しているのは、教会法なのではないでしょうか。だからこそ、女性司祭按手を行うために法憲法規を「改正」したのではないのですか?祈祷書が祈祷書であることは、法憲法規によって定められた手続きで日本聖公会祈祷書が改訂されたからではないのですか?日本の任意集団ではよくこうしたことが行われています。「なぁなぁで事を押し進める」という日本独特のものです。それが会議の意味を失わせてしまっていることに、なぜお気づきにならないのですか? 聖公会神学院やウイリアムス神学館には、日本聖公会の方しかいらっしゃらないのですから、教会法としての法憲法規を学ぶのに何の問題もないはずです。1年間かけてじっくりと教会法としての法憲法規のクラスを、週に1時間あってもいいのではないかと思うのすが、そうしたクラスは開かれているのでしょうか。そもそも、法は当該社会の文化や宗教に基づいて決められています。日本の法律もそうです。民法の親権や婚姻に関しては、日本の伝統的な理解に基づいて定められています。三親等以内の縁者は結婚することが出来ませんが、姻戚関係によって一度でも3親等以内の関係があった場合、その姻戚関係が消滅した後も結婚出来ないという規定は、生物学的理由からではなく、日本の一般的社会通念から成立しています。妻の財布からお金を無断で持ち出し、それを使ってしまったとしても日本の法律では「窃盗」になりません。勿論その逆でもそうです。しかし、アメリカの多くの州法では窃盗になるそうです。国法=連邦法で規定されているのかもしれません。 日本聖公会には日本聖公会としての神学的立場から決定された法憲法規があるのですから、日本聖公会京都教区は原田文雄司祭の事案に関して、教会法としての法憲法規に照らして考えなければならないのですが、なぜそれをされないのでしょうか。イギリス聖公会やアメリカ聖公会で同じ事が成されているとは思えません。特にイギリス聖公会は国教会ですから、国会で定められた教会法があるはずです。しかし、日本聖公会京都教区はなぜこのことを理解されないのですか?出来ないとは思いません。優秀な司祭さんがいらっしゃることを存じ上げております。是非、被害者とそのご家族のために、法憲法規に基づいた審判廷によって問題の裁定を下していただきたいと思います。審判廷によらなければ、だれも懲戒を受けることはないと法規に規定されているからです。 それとも、日本聖公会京都教区では、私の手元にある「法憲法規」とは異なった法憲法規がおありになるのでしょうか。
2007.12.09
【 詩 篇 第118篇 】 恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。 イスラエルは言え。慈しみはとこしえに。 アロンの家は言え。慈しみはとこしえに。 主を畏れる人は言え。慈しみはとこしえに。 苦難のはざまから主を呼び求めると 主は答えてわたしを解き放たれた。 主はわたしの味方、わたしは誰を恐れよう。 人間がわたしに何をなしえよう。 主はわたしの味方、助けとなって わたしを憎む者らを支配させてくださる。 人間に頼らず、主を避けどころとしよう。 君侯に頼らず、主を避けどころとしよう。 国々はこぞってわたしを包囲するが 主の御名によってわたしは必ず彼らを滅ぼす。 彼らは幾重にも包囲するが 主の御名によってわたしは必ず彼らを滅ぼす。 蜂のようにわたしを包囲するが 茨が燃えるように彼らは燃え尽きる。 主の御名によってわたしは必ず彼らを滅ぼす。 激しく攻められて倒れそうになったわたしを 主は助けてくださった。 主はわたしの砦、わたしの歌。 主はわたしの救いとなってくださった。 御救いを喜び歌う声が主に従う人の天幕に響く。 主の右の手は御力を示す。 主の右の手は高く上がり 主の右の手は御力を示す。 死ぬことなく、生き長らえて 主の御業を語り伝えよう。 主はわたしを厳しく懲らしめられたが 死に渡すことはなさらなかった。 正義の城門を開け わたしは入って主に感謝しよう。 これは主の城門 主に従う人々はここを入る。 わたしはあなたに感謝をささげる あなたは答え、救いを与えてくださった。 家を建てる者の退けた石が 隅の親石となった。 これは主の御業 わたしたちの目には驚くべきこと。 今日こそ主の御業の日。 今日を喜び祝い、喜び躍ろう。 どうか主よ、わたしたちに救いを。 どうか主よ、わたしたちに栄えを。 祝福あれ、主の御名によって来る人に。 わたしたちは主の家からあなたたちを祝福する。 主こそ神、わたしたちに光をお与えになる方。 祭壇の角のところまで 祭りのいけにえを綱でひいて行け。 あなたはわたしの神、あなたに感謝をささげる。 わたしの神よ、あなたをあがめる。 恵み深い主に感謝せよ。 慈しみはとこしえに。 クリスチャンでない方々、あるいはキリスト教の教会へは一度もお見えになったことのない方々から、時々、ドキッとするというかハッとさせられるような質問をされることがご座います。 「旧約聖書はユダヤ教の経典で、新約聖書がキリスト教の経典なんですよね」と言われまして、面食らったことがご座います。確かに、そう言われても仕方のないところがあるのですが、しかしきちんと説明しなければなりません。ユダヤ教の方、つまりユダヤ人が「旧約聖書」を読むのと(勿論彼らは「旧約聖書」と呼んでいるものを「旧約聖書」とは言いませんが)、私共キリスト教を信じているものたちが読むのでは、根本的に意味が異なって居ります。書かれている内容は同じなのですが、ユダヤ人に取りましては「旧約聖書」だけが神の言葉ですから、旧約・旧い契約とは言いません。新約聖書は、参考にも致しませんし、むしろまったく否定します。しかし、キリスト教では新約聖書に書かれている事柄、つまり十字架に死に、御復活され、そして天にお昇りになり給うたあの主イエス・キリストを通して旧約聖書を読み理解します。言い換えれば、キリスト教にとりましては、新約聖書がなければ、旧約聖書は存在しないということが出来るかと思います。 先程の方にはこうしたご説明を致しました。ある意味で、こうした質問は比較的答えやすいのですが、時として、質問というよりは、ある種の誹謗を込めてキリスト教についての質問を受けることがご座います。 こんな質問もご座いました。 「毎週日曜日に礼拝をするのですか。お休みの日に礼拝をするというのは都合が良くていいですね」と言われたことがご座います。皆様も同じような経験がおありになるかもしれません。日曜日が休みなのは、キリスト教会が日曜日に礼拝をすることから始まったということをご存知なかったようでご座いました。 主イエスのご復活を記念して、日曜日に礼拝が守られるようになったのは、かなり古い時代からでご座いました。 「殺された人を拝むのは、どうかと思いますよ。」 これは手厳しい質問というよりはご意見です。とある新興宗教に入っていらっしゃる方からのものでした。 「キリストは『平和の君』と呼ばれているそうですが、平和の君が何で殺されるのですか。何で、殺された人が『平和の君』なのですか」ともおっしゃいました。これは、ある意味においては、本当に素晴らしい質問でご座います。殺された人がなぜ「平和」なのか。 しかし、主イエスが十字架にお掛りになったことの意味を私共が知らされる時、だからこそ主イエスは『平和の君』だということを知ります。神と人間の間にあって、人間の罪によって引き起こされていた断絶を、十字架が執り成していて下さるのですから。その罪を十字架の死によって、帳消しにされているのですから、まさに、主イエスの死は神と人間の間の平和なのです。 いろいろな方から、様々な質問を受けます。 「神様は何でもお出来になる方なのに、なぜ戦争や事故や病気で人間が死んでいくのですか。」「何で、苦しむ人がこんなにいるんですか。」「何で、私の苦しみは解決されないんですか。」 そうした質問を受ける時、私共は、どのようにお答えするでしょうか。相手を言い負かすだけの、論法を持ちたいと願うでしょうか。相手をなんとか説得しようと躍起になるのでしょうか。それとも、わけもなく悲しみに包まれ、何も答えられず、ただただ一人祈り続けることしか出来ないのでしょうか。 ある時には、相手の方のことを考え、また相手の方の苦しみを知っていればいるほど、そうした質問を無視することも出来ず、かと言って、あの主イエスにおすがりをする心を失うことも出来ない。そんな複雑な思いにとらわれることもあるのではないでしょうか。 今日の詩篇、118篇5節6節 苦難のはざまから主を呼び求めると 主は答えてわたしを解き放たれた。 主はわたしの味方、わたしは誰を恐れよう。 人間がわたしに何をなしえよう。 この詩篇が歌われた時代、それは、バビロンからイスラエルの民がエルサレムに帰って来た時でご座います。当時のエルサレムの町には、主なる神の神殿だけがあったわけではご座いませんでした。様々な民族が入って来て居りました。ですから、様々な習慣や宗教が入り込んでいたのでご座います。エルサレムの町に住み、主なる神を礼拝するイスラエルの人々は、その礼拝するということの故に、他の人々から特別な目で見られ、ある時には質問を受け、ある時には誹謗中傷されていたのでご座います。 そしてエルサレムの町に入ってきていた他国の人々、他の宗教の神々を信じる人々は、主なる神を礼拝することを非難し、あるいは妨害していたのでご座いますが、一方では、エルサレムの神殿で礼拝している人々よりもはるかに進んだ、そして豊かな文化をもって居りました。それ故に、主なる神を礼拝する人々は、そのことの故に、本当に大きな重荷を負わねばなりませんでした。 118篇22節 家を建てる者の退けた石が 隅の親石となった。 石で家を造るのにはまったく使いものにならない、柔らかくあるいは脆い石が、隅の頭石となる。この「隅のかしら石」というのは、二種類のものがご座います。一つは'ピナー'と記されているもので、石を並べるその最初に置くもので、土台の礎石になるものでご座います。もう一つは、'ローシュ ピナー'と記されているもので、これは、建築の最後に全体を締め付けるために置く石でご座います。アーチになっている一番真中の石などもこれに相当します。この石を取り除くと全部が崩れてしまう石です。つまり、最後にこの石を叩きこむことによって、石全体が相互に締め付けあい、ぴったりと隙間なく、安定するのだそうです。この22節の「隅の頭石」という言葉は、後者、つまり、全体を安定させるために最後に置く石を示す言葉が用いられて居ります。 人間の目には、柔らかくて脆く、家を建てる時に積み上げることも出来ないと思われた石が、にも拘らず隅の頭石として、しっかりと建物全体を支えている。正に、「人間の目には不思議なこと」として映らざるを得ません。 ところで、主イエスは、御自身のことをこの詩篇の個所を引用されて、「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。」と言いあらわされました。 マルコ福音書12章10節にこう記されて居ります。 「家を建てるものの捨てた石、 これが隅の親石となった。 これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える」 エルサレムの町の人々が、その苦難の真っ直中にあって、主なる神に信頼しようとする人々の歌を、キリストを信じることの出来ない人々の中で、主イエスはその歌を引用され給うたのでご座います。 この詩篇の言葉の引用の前には、こんな譬えが記されて居ります。 ある時、葡萄園の主人が自分の僕を農園に遣わして収穫を受け取ろうとしました。しかし、その農園の農夫たちはその僕を袋だたきにし、何も持たぜずに送り返してしまいました。そこで主人は自分の息子を遣わしました。農夫たちは、今度は、相続財産目当てにその息子を殺してしまった。 最初の教会の人々も、あの時のエルサレムの町の人々と同じような苦しみの中で、信仰を守って居りました。 十字架で殺された人間を、なぜ拝むのか。 あるいは、そのことによって迫害を受けることがあることを知りながら、なぜ信じているのか。なぜ、命を投げ出し、時間を捧げ、持ち物を捧げて信じていようとするのか。新約聖書が記された時代の人々も、同じ苦しみの中で苦しんでいたのです。人々からは嘲笑され、憎まれ、軽蔑されていました。誤解され、蔑まれ、悪口を言われ、仲間はずれにもあいました。 時として、命を失うことがありながらも、しかし、彼らは信じていました。 神様の不思議な御業に、目を留めていたのでご座います。 人間の想いをはるかに越えた、この世のすべてを造り今も支配して居給う主なる神の御働きに、すべてをお委ねしていたのでご座います。 人間が、人間の言葉で、神の出来事をすべて説明することは出来ません。 それ故に、詩篇118篇の作者はこう歌います。 25節 どうか主よ、わたしたちに救いを。 どうか主よ、わたしたちに栄えを。 27節 主こそ神、わたしたちに光をお与えになる方。祭壇の角のところまで 祭りのいけにえを綱でひいて行け。 人間の言葉で言い尽くせない、人間の想いでは計り知ることの出来ない御方だからこそ、一切をお委ねして、その主なる神の御元に馳せ参じようとするのでご座います。 そして、こう締め括ります。 29節 恵み深い主に感謝せよ。 慈しみはとこしえに。 この時代の中で、多くの人々から、様々な問いかけを受ける中で、主の御言葉と御業を信じ、そして、主に信頼し、日々主の証し人として生かされていたいものでご座います。 【祈り】 主よ、御子イエス・キリストの十字架の贖いを感謝致します。 どうか主よ、私共一人一人に、あなたのもとへ立ち帰り、あなたへの感謝を捧げることの出来る信仰を持ち続けさせていて下さい。苦難の時にも、喜びの時にも、悲しみの時にも、主よ、あなたを見失うことがありませんように。そして、主を証しする勇気を与えていて下さい。 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
2007.12.08
「経験した者でなければ迫真性を有すると判断しています」 という文は 「経験した者でなければ語れない迫真性を有すると判断しています」 の誤りです。心からお詫び申し上げます。 なお、昨日の本文は既に訂正させていただきました。
2007.12.08
昨夜、知り合いと会ってきました。裁判記録を閲覧に行って来たそうです。全部を読むことが出来なかったので、また行くと言っていました。そして、閲覧者記録の2番目に日本聖公会京都教区の女性聖職のお名前があったそうで、ものすごく感動されていました。あの種の事件の裁判記録は、女性がお読みになるのは大変なことだと思います。男性でも、トラウマになってしまうことがあるようです。知人も風来坊さんも一度お会いしてみたいとおっしゃっていました。こうした女性がこれから日本聖公会の中でどのようなお働きをされるか楽しみです。 高裁判決ですが、その中で、例の証拠写真に関して、当該写真はキャンプ場のごく一部でしかなく、キャンプ場が見通しのきく場所のみであったことを裏付けるものとは言えないとされています。しかし、被控訴人(加害者)は何故このような写真を証拠写真として提出したのか。民事だから偽証罪は問われないと知っていたとしたら、これを撮影した人物あるいは提出した人物には、明らかに作為的なものがあったとしか考えられません。地裁へ提出した控訴人(被害者)の訴状に添えられた甲第12号証の一連のものには、その行為が行われた場所を特定できる絵図が描かれているにもかかわらず、被告側が提出した写真は、控訴人(被害者)が特定している場所よりも、少し川上を写したものです。被害を受けたと控訴人が主張する場所はその写真には写っていません。 また、このキャンプでの被控訴人の行為に関して高裁判決は、控訴人の供述は具体的かつ詳細であり、経験した者でなければ語れない迫真性を有すると判断しています。 また、控訴人が25歳で性的虐待に気が付いたのは不自然だとする被控訴人の主張に関してですが、高裁の判決では、ア.主張が曖昧であることは事実認定を左右するものではないこと、イ.25歳のころに被害者であると気付いたというのは不自然、不合理とは言えず、認定を左右するものではないこと、ウ.気付いてから2年後に家族に話したことも不合理とは言えないとされています。 あるいは、消滅時効の有無に関することでは、PTSDであると診断される平成11年9月9日までは「損害を知った」とは認められないから、消滅時効は成立していないともされています。 「事実無根」を主張している被控訴人は、何故消滅時効を言い出していたのでしょう。「事実無根」であれば「消滅時効」が成立していようがしていまいが、「事実無根」なのですから、正面から反論すべきだったのではないでしょうか。キャンプ場の写真の件といい、この消滅時効の主張といい、私には信じられないことです。 そして、高裁は控訴人(被害者)の主張を全面的に支持しています。 損害の額についてですが、判決では次のように判断されています。 被控訴人の行為は極めて陰湿かつ悪質な事案(長期にわたり、教育的な意味を持った行為であると偽り、自らの性欲の捌け口として性的虐待を加えた)であり、控訴人の被った精神的苦痛はまことに甚大で、控訴人の請求する500万円を相当と認めるという判決を高等裁判所は出しています。 これに伴い、(原文には「以上の次第で」とある)控訴人の請求は全部理由があるから、これを棄却した原判決(地裁の判決、筆者註)は取り消しを免れず、本件控訴は理由があると述べられています。 この「控訴人の請求は全部理由がある」という高裁の判決が出た時にこれを「不当判決」とし、「冤罪」主張した方々は、その後に別の被害者が名乗り出て来たことによって、この判決を受け入れ、県庁で「謝罪の記者会見」を開きました。しかし、何故なのでしょう。 これに関しては、様々な憶測が存在しているかもしれませんが、裁判記録を考えた範囲では、乙第18号証 「控訴理由書に対する反論」平成16年12月29日という被控訴人(加害者)の妻が記した文書を一読すれば、見えてくることです。こうしたことは既に日本聖公会の中で起こっています。しかし、日本聖公会の多くの教会はそれに目を塞いできました。少なくとも私はそう思っています。そしてもう一つの問題は、こうしたことが起こっていることに気が付いている、他の主教や司祭がいるにもかかわらず、彼らが沈黙してしまっていることです。 私は、日本聖公会京都教区のこの事件に対する対応の過ちの中で、この理解が真実であるとしたら、最大の問題であり、教会として最悪の状態になるであろうと思われます。事実、11月23日に公表された「常置委員会特別報告」では、去る8月に申し出られた被害者と「付き添いの方」を伴って、高地主教と2名の司祭が、11月2日に原田文雄司祭宅を予告なく訪問しています。そして、原田文雄司祭の面談し、約3時間の話し合いが行われたとされています。その時に原田文雄司祭は「申し訳ありませんでした」と口頭で謝罪したのですが、「被害者Bさんに対する加害の事実と、謝罪の意を表す文章を書くように求めたところ、原田元牧師はそのようにし、署名捺印した」そうです。 日本聖公会京都教区の方々の多くは、これで実態が見えたはずです。あのい高等裁判所の判決が出た後、被控訴人は最高裁判所に上告しました。しかし、最高裁は「上告棄却・不受理」を決定しましたが、あの時に高地主教は「高裁・最高裁に抗議する」とか「冤罪」という言葉を口にされていました。その同じ方が、他の司祭を同伴して原田文雄司祭に面談に行って、「厳しく」原田文雄司祭を「追求した」そうですが、この豹変ぶりの理由はどこにあるのでしょうか。 昨夜、知人は黙っていました。風来坊さんがかなり追求していたのですが、彼はただひたすら沈黙していました。そして最後に、彼の上司がメモしたもののコピーをを見せてくれました。メモの原本は既に貸金庫に入れてきたそうです。三人で沈黙が続きました。「眠れそうにないから、一日早く帰ってきた。眠れないのに宿代を払うのはもったいない。」そう言っていました。原田文雄司祭に対する再処分は必須です。そして、2001年以降、この事件の処理に関わったすべての人々は、教会によって法憲法規の下で処罰されてしかるべきです。でなければ、日本聖公会京都教区はキリストの教会として二度と聖餐式を行えなくなるのではないでしょうか。 日本聖公会京都教区の皆さんは、是非、聖餐式でその道のために祈って下さい。皆さんも重荷を負わなければなりませんが、それは日本聖公会京都教区が子々孫々にわたってこの事件とそれにたいする教区の対応について語り継ぎ、二度とこのようなことが教会の中で起きないようにするためです。主は必ず皆さんの祈りを聞いて下さいます。そして、信仰と力と勇気を与えて下さるはずです。私も蔭ながら祈り続けております。 主の平安が皆さんとともに。
2007.12.07
2チャンネルに書き込まれていたことに、私なりにお答えします。1.これは、原田文雄司祭による性的虐待事件を踏まえて のことと思われますが、そうでしょうか。 日本聖公会京都教区K主教はそのおつもりのようです。そして、この文書全体の流れからすると、間違いなくFH司祭事件の解決を目指した文書ということになります。文書そのものは、「FH司祭問題を駁す」というブログに投稿されています。2.もしそうなら、この事件をどう総括し責任の所在を明 確にする必要がありますが、この文書では分かりませ ん。それが分かる文書があれば持っていらっしゃる方 は送っていただけますか。 私は他の教派の人からも 「聖公会はどうなっているのか」と責められて返事に 窮しています。 いつ終結するのでしょうか。終結の仕方があります。 お気持ちをお察し申し上げます。この文書で一番はっきりしていることは、K主教はご自分には責任はないとお考えになっているということです。他の主教や司祭に対する「勧告」は記されていますが、ご自分の過ちに関しては一切沈黙されています。 3.武藤主教、古賀司祭、文屋司祭の三人に対して、来年 の3月末で「聖餐式執行自粛を勧告いたします」となっ ています。 これは法規のどの条文に基づきますか。私が見ても、 これを可能とする条文はありません。 これはいわば処罰ですから、法規と審判廷に基づくべ きものです。もしそうでなければ、主教や、教区会や 常置委員会の決議で勝手にいつの間にか聖職の聖餐式 執行が止められてしまいます。これが許されれば無法 状態となります。 該当条文を教えてください。 同感です。聖餐式自粛勧告などという「懲戒」は、日本聖公会法憲法規には記されていません。一方で、審判廷を経なければ誰も懲戒されないことになっています。つまり、K主教は明らかに法憲法規に違反したことをしているということが出来ます。「勧告」なら規定がないからしてもいい十考えになったのかもしれませんが、「勧告」という懲戒がないのですから、こうした「聖餐式自粛勧告」が許されるはずもありません。これは、聖職であれ信徒であれ、その個人の権利が法憲法規の中で保護されるためのものだと考えられます。 つまり「該当条文」はないということになります。しかし、「聖餐式自粛勧告」という極めて不明瞭なものでありながらも、一般的には懲戒が為されたかのように受け取られる可能性が大ですから、M主教やK司祭やB司祭の名誉毀損が成立するかもしれません。M主教・K司祭・B司祭は聖餐式を行えばいいのです。法憲法規上はまったく無効です。そして、それに対して何らかの反応があれば、そこで争えばいいのです。それを曖昧にしたままでいたら、日本聖公会はますます無秩序になるのではないでしょうか。M主教は他教区で聖餐式をされていらっしゃるそうですが、法憲法規上は、京都教区のK主教への報告義務は法憲法規上はありません。当該教区の主教に報告すればいいことですし、当該教区の教区主教からの依頼であれば、報告義務さえありません。 そして、一番困るのは、万が一M主教が聖餐式を行わなければ、聖餐式のお恵みに与れない信徒が出てくるということです。おそらく京都教区のK主教はそこまでお考えになっていらっしゃらないだろうと思います。もし考えていたとすれば、法憲法規だけでなく、聖公会が考えてきた教区(parish)の考え方に違反してしまいます。 4.原田司祭は「3年の時効」で審判廷開催ができないと のことです。今でも被害は続いているのですから、時 効は無関係のはずです。時効が成立するにしても、何 時から計算しているのでしょうか。「時効」の根拠を 教えてください。誰が「時効」と判定しましたか。 あの「時効成立論」はK主教の考え方だと思っております。時効が成立しているかどうかは、K主教がお考えになることではなく、法憲法規からすれば、審判邸が判断すべきものと考えます。明らかにあのK主教の言辞は詭弁に過ぎないと思います。最高裁の上告棄却・不受理が決定し、高等裁判所の判決が確定した時を時効の起算日と考えるのが妥当であろうかと思われます。宗教法人といえども、最高裁の決定を無視できません。 5.原田司祭の件では条文が明示されていますが、武藤主 教、古賀司祭、文屋司祭に関しては条文への言及があ りません。 ということは、法規に基づいていないことを示唆して いるのでしょうか。 勿論です。M主教・K司祭・B司祭に対する勧告は確実に無効です。そして問題は、K主教がそれを知っていながらあの「勧告」を宣言したかどうかの問題です。無効であるということを知らなかったとすれば、日本聖公会の教区主教として明らかな職務怠慢です。日本聖公会法憲法規を熟読していないのですから。そして、それが法憲法規によれば無効であることを知っていながらあの「勧告」を宣言したとすれば、被害者とそのご家族に対する虐待以外の何ものでもありません。 日本聖公会の心ある方々は是非声を上げて下さい。 最後に、私のような者が申し上げるのは大変に僭越なことなのですが、是非教会生活をお続け下さい。聖餐式のお恵みを受け続けていて下さい。教会が、つまり日本聖公会が審判廷において正式に職務執行停止や停職を裁定し、それが確定していなければ、どの司祭さんが行う聖餐式も教会として正式な聖餐式です。私たちがキリスト者として生きられるのは、あの聖餐式で主イエス・キリストの御体と御血に与ることによるのです。 そうした意味では、FH司祭が司式される聖餐式も「陪餐停止」が教会法上は無効なのですから、サクラメントとしての聖餐式であり続けます。だからこそ、日本聖公会は正式に審判廷を開かなければならないのではないでしょうか。
2007.12.03
【 エレミヤ書 第20章 7節~13節 】 主よ、あなたがわたしを惑わし わたしは惑わされて あなたに捕らえられました。 あなたの勝ちです。 わたしは一日中、笑い者にされ人が皆、わたしを嘲ります。 わたしが語ろうとすれば、それは嘆きとなり 「不法だ、暴力だ」と叫ばずにはいられません。 主の言葉のゆえに、わたしは一日中 恥とそしりを受けねばなりません。 主の名を口にすまい もうその名によって語るまい、と思っても 主の言葉は、わたしの心の中 骨の中に閉じ込められて 火のように燃え上がります。 押さえつけておこうとして わたしは疲れ果てました。 わたしの負けです。 わたしには聞こえています 多くの人の非難が。 「恐怖が四方から迫る」と彼らは言う。 「共に彼を弾劾しよう」と。わたしの味方だった者も皆 わたしがつまずくのを待ち構えている。 「彼は惑わされて 我々は勝つことができる。彼に復讐してやろう」と。 しかし主は、恐るべき勇士として わたしと共にいます。 それゆえ、わたしを迫害する者はつまずき 勝つことを得ず、成功することなく 甚だしく辱めを受ける。 それは忘れられることのない とこしえの恥辱である。 万軍の主よ 正義をもって人のはらわたと心を究め 見抜かれる方よ。わたしに見させてください あなたが彼らに復讐されるのを。 わたしの訴えをあなたに打ち明け お任せします。 主に向かって歌い、主を賛美せよ。 主は貧しい人の魂を 悪事を謀る者の手から助け出される。エレミヤ書の第1章11節以下にこう記されて居ります。 主の言葉がわたしに臨んだ 「エレミヤよ、何が見えるか。」 わたしは答えた。 「アーモンドの枝が見えます。」 主はわたしに言われた。 「あなたの見るとおりだ。 わたしは、わたしの言葉を成し遂げようと 見張っている」 主の言葉が再びわたしに臨んで言われた。 「何が見えるか。」 わたしは答えた。 「煮えたぎる鍋が見えます。 北からこちらへ傾いています。」 この時代、つまりエレミヤが預言者として神に召し出された時代、かつてはひとつであったイスラエル王国が、北と南に分裂し、その北の王国イスラエルはすでにアッシリアによって滅ぼされて居りました。そして、南の王国ユダもまた、そのアッシリアを滅ぼしたバビロニアの驚異のもとにあったのでご座います。 それだけではございません。 ユダ王国の首都エルサレムの町には、北や南の国々から、つまりアッシリアやバビロニやエジプトから、様々な人々が入り込み、様々な異教の習慣と、そして、様々な偶像がエルサレムの町の中に持ち込まれて居りました。そして、この時代のエルサレムは、けっして、主なる神のみを礼拝する場所ではご座いませんでした。ですから、今度はバビロニアという巨大な国が南のユダを滅ぼそうとしている時、ユダ王国はエジプトやアッシリアに助けを求めようとさえするのでご座います。 2章18節にはこう記されて居ります。 「それなのに、今あなたはエジプトへ行って ナイルの水を飲もうとする。 それは、一体どうしてか。 また、アッシリアへ行って ユーフラテスの水を飲もうとする。 それは、一体どうしてか。」 エルサレムの神殿を建てて下さったのが誰であり、そもそもこのカナンと呼ばれていたこの地へエジプトから移り住まわせて下さった御方が誰であるのかということを人々は忘れ、異教の神々に心を奪われていたのでご座います。 預言者エレミヤは、そうした時代に、神様から預言者として召されました。 第1章4節 「主の言葉がわたしに臨んだ。 『わたしはあなたを母の胎に造る前から あなたを知っていた。 母の胎から生まれる前に わたしはあなたを聖別し 諸国民の預言者として立てた。』」 第1章17節 「あなたは腰に帯びを締め、 立って、彼らに語れ わたしが命じることをすべて。」 そこでエレミヤは、エルサレムについて次のように語ります。 第1章14節以下 「主はわたしに言われた。 北から災いが襲いかかる この地に住む者すべてに。 北のすべての民とすべての国に わたしは今、呼びかける、と主は言われる。 彼らはやって来て、エルサレムの門の前に 都をとりまく城壁と ユダのすべての町に向かって それぞれ王座を据える。 わたしは、わが民の甚だしい悪に対して 裁きを告げる。 彼らはわたしを捨て、他の神々に香をたき 手で造ったものの前にひれ伏した。」 今日の旧約聖書の個所は、そうしたエレミヤの預言に対して、エルサレムの町の人々がどの様に振舞ったかということについて記されて居ります。 7節「わたしは一日中、笑い者にされ、 人が皆、わたしを嘲ります。」 8節「主の言葉のゆえに、わたしは一日中 恥じとそしりを受けなければなりません。」 10節「わたしには聞こえています。 多くの人々の非難が。」 そうした中で、預言者として神に召し出されたエレミヤでさえ、こう告白せざるを得ませんでした。 第15章10節にこう記されて居ります。 「ああ、わたしは災いだ。 わが母よ、どうしてわたしを産んだのか。」 そして、同じことが今日の聖書の個所のすぐ後ろにも出てまいります。 第20章14節 「呪われよ、わたしの生まれた日は、 母がわたしを産んだ日は祝福されてはならない。」 神の「御言葉が見いだされたとき、わたしはそれをむさぼり食べました。あなたの御言葉は、わたしのものとなり、わたしの心は喜び踊りました」(15:16)と語るエレミヤでさえ、人々が北の国々の驚異の前に、異教の神々に心を奪われる姿をまのあたりにし、苦しむのでご座います。 エレミヤは人々からは嘲笑され、そして非難され、復讐の機会をねらわれ、裏切られます。 言葉を語れば、人々に笑われ、命さえも狙われる。エレミヤは思うのです。ふと思ってしまうのです。 第20章9節 「主の名を口にすまい、 もうその名を語るまい。」 「もうその名を語るまい」 そう思うエレミヤは、しかし、そうした中でもなお、あるいは、自らの誕生さえ呪わしく思える中で、にも拘らず、こう告白するのでご座います。 第20章9節 「主の名を口にすまい もうその名によって語るまい、と思っても 主の言葉は、わたしの心の中 骨の中に閉じ込められて 火のように燃え上がります。」 押えつけておこうとして わたしは疲れ果てました。 わたしの負けです。」 「わたしの負けです。」 「わたしの負けです。」 勿論、人々の前で、人々の思いに負けたのではご座いません。エレミヤは、神の言葉の前で、神の言葉に負けました。エレミヤは、もはや、語らざるを得ないのです。苦しみの中で、悲しみの中で、いま何が必要なのか、何に信頼しなければならないのかを、語らざるを得ない。北からは巨大なバビロニアが攻め込んでこようとしている。背後には、エジプトがいる。そして、主なる神の都エルサレムでは、異教の神々に礼拝が捧げられている。そうした中で、エレミヤは、神の言葉を語らざるを得ない。 正に、時代は、主なる神から離れようとしている時でご座いました。 ひとは、時として、過去を見失います。誰が、エジプトで奴隷であった状態からイスラエルの民を約束の地カナンへと導き出して下さったのか。そして、彼等が40年もシナイの荒れ野をさ迷ったのちに与えられた土地が、いかに素晴らしいものであったかということを、人々は見失っています。 ひとはいま、冬のこころを持たねばならない 雪に覆われた松の木についた霧氷と 凍りついた松の幹を見ながら 長い長い冬の季節を過ごしている 凍りついたねずの木や 刺々しい遠くの景色を見ながら 風の音に包まれ、悲しみを想うことなく 一月の太陽と 残された数枚の木の葉の音を想う 雪の中で耳をそばだてるその人にとって その人自身もまた無い しかし、そこには何も無いということではなく いま確かにここにある本当のものを見る ウォレス・ステヴンスというアメリカの詩人の詩の一つでご座います。 この方は、熱心なクリスチャンですが、どの教派に属しているかは判りません。ただ、アメリカの多くの教会の人々が心を引かれた詩人であることは間違いご座いません。彼は1960年代後半、アメリカという国が繁栄を享受し始めた時代に、この詩を残しています。繁栄の中で、勢いに満ちた中で、冬の景色の中に本当のものを見ようとしています。 自らの能力を誇るのでもなく、自らの富みを誇るのでもなく、ただ神の御言葉によって、生かされる。そして、それを語り続ける。繁栄の蔭で、すべてが凍りついてしまったような時代の中、W.ステブンスという詩人は、「冬のこころ」に信仰を見ています。 今のこの時代にあって、ただただ、主なる神の御言葉にとらえられて、あの預言者エレミヤが歩んだ道を、私ども一人一人もまた、神様からのお力をいただいて、歩んでまいりたいと思うのでご座います。十字架の前で、すべてを打ち砕かれて、ただただ御言葉によって、生かされてまいりたいものでご座います。 繁栄と勢いに包まれた時代の中で、いま、その時代をどう思い、そして、隣人と共にどのように生きていくのか。 あの十字架の主イエス・キリストを仰ぎ見つつ、そして共に支えあいながら、共に祈りあいながら、追い求めてまいりたいものでご座います。【祈り】 主よ、御言葉を降り注ぐ雨のように注いでいて下さい。 そして、ただその御言葉によってのみ、この時代に生かされていくことが出来ますように。 主イエス・キリストの御名によってお願いいたします。 アーメン。
2007.12.01
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