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午前中に中学校の土曜スクールに顔を出した。私のカウンターパートはほぼ固定的に3人の1年生で、彼らは仲の良い友達のようだ。今日は、英語ではなく、数学をやったが、分数を含む、かけ算と割り算の混合では式の最初の方から計算しないと答の違う結果になる事に今更ながら驚いた。連れ合いには当たり前の事よといなされてしまった。56÷(-4)×3/4という計算だが、先に(-4)×3/4を計算すると、(-3)を得、その後で前を計算すると、答は(-168)となるが、之は間違いで56÷(-4)=14を先に計算し、14×3/4=21/2というのが正解である。1本取られてしまった。そんな土曜スクールの後、映画を観に行った。題名は、「星の旅人たち」であるが、原名は、「The Way」というようだ。十二使徒のヤコブの遺骸が祀られているサンティアゴ・デ・コンスポテーラへの巡礼道(エル・カミーノ・フランセス)の話である。サンティアゴ・デ・コンスポテーラはエルサレム、ローマと並ぶキリスト教徒の3大聖地の1つで、私がその存在を知ったのは、2008年で、BBCニュースを翻訳しているときだった。その後、知り合いなどが、その巡礼地ツアーに行くとか行かないとか言うのを聞いてなるほどと思ったものである。南仏のルルドという所も巡礼地なのだそうで、こう言った巡礼の話しは、良く耳にするようになった。エルサレム、ローマへの巡礼やムスリムのメッカ詣でとはまたひと味違った意味合いがあるようだ。自分探しの旅(人生を振り返るため)といった意味合いが強いのだそうだ。南仏のサン・ジャン・ピエ・ド・ポーを出発し、ピレネー山脈を越え、800km(実際には737km)の道のりを歩く、巡礼行である。因みに、四国八十八個所の巡礼は、総距離が1200 ~1400km程だとのことで、巡礼とは過酷な歩きにあるという事だ。そんな長距離を、黙々と歩きながら、自分の人生を見つめ直すといった内容で、あの、天井からぶら下げた、大きな香炉を大きな振り子のように振る、大聖堂のあるサンティアゴ・デ・コンスポテーラがデスティネーションであるが、映画では、エピローグ的に、最終の大西洋に面したムシーア迄歩く。映画は、スペイン北部の情景をふんだんに映し出すので、なかなか楽しい。四国八十八個所の巡礼の仕上げは、高野山の金剛峯寺ということだが、以前に友人達と高野山を歩いたので、巡礼の苦しさの一部を知る事が出来たが、高野山は高々23kmほどの行程だから、山道であることを除けば、約35倍と途方もない距離だ。勿論ピレネー山脈を越えるのだから、更に厳しい。東海道中膝栗毛は、東海道五十三次の約485kmを53泊で歩くわけだから、1日9kmと比較的のんびり歩いていたようだ。従って、弥次さん、喜多さんなら、82日間掛かる計算だし、歩きだけではない、ジュール・ヴェルヌなら世界一周をして、まだ2日の休憩が取れるというものだ。東京を起点にすれば、北は札幌、西は下関までを歩く勘定であり、松尾芭蕉もビックリの世界である。しかし、速めに歩く(30km/日)と約1ヶ月の旅程である。「星の旅人たち」のストーリーは息子(ダニエル)が自分探しで、巡礼に出て、最初のピレネー山脈(最高峰3404m)越えのステップで事故のために死んだという報を受けた、眼科医の父親トム(アメリカ人)が、今まで顧みなかった息子と対峙するために歩く事を決意し、途中ダイエット目的のオランダ人のヨスト、スランプの作家でアイリッシュのジャックそして、離婚し、傷心の、禁煙を誓った、カナダのサラとの出会いを描いている。映画のスタートは、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーで次がロンセスバリェス→パンプローナ→イラーチェ→ログローニョ→ブルゴス→レオン→オ・セブレイロ→サンティアゴ・デ・コンスポテーラ(最終地)→ムシーア(エピローグ)と歩いていく。ピレネー麓の町ロンセスバリェスでは、居住者たちはスペイン人ではなくバスク人とのアイデンティティーを誇示する。スペインの英雄で、映画にもなったエル・シドの墓がある、ブルゴスでは、ジプシー(ロマ族)の少年にバックパックを盗まれ、それを父親が少年を伴って返しに来て、ジプシーの高潔さをアッピールしていたが、ヨーロッパで問題になっているロマ族も、高潔な生き方をしているという事なのか。最終地、サンティアゴ・デ・コンスポテーラの大聖堂では、長旅の汗と脂で異臭を放つ旅人達を清めるボタフメイロ(大香炉)が振られ、巡礼の証明書を呉れるが、トムは、自分の名前でなく、息子のダニエルの名前に変えて貰う。そして、最終のムシーナで、ロマ族に言われたとおりに息子の遺灰を海岸に散骨するのだった。巡礼を終えた仲間達は、自分が掲げた目標は、何の意味もない事を知る。結局従前通りで良く、ダニエルをして言わしめた、「人は、人生を選べない、生きるだけ」との言葉通り、ひたむきに人生を生きるに若(し)くはないと、自分との邂逅の旅であったという事だ。私の敬愛する友人も、44年前にこの地を訪れ、当時は、歩くのは、危険を伴ったので、車での巡礼だったようだが、私の鑑賞の感想に、以下の解説を加えてくれた。【サンティアゴ・デ・コンスポテーラ。「サンティアゴ」はセント・ジェイゴブ(ジャック)。このサン・ヤコブの縮まったのがサンティアゴ。スペイン語で野原、野、荒野、田舎、田園は campo (カンポ。英語のキャンプだが、意味はすこし違う)、星が estrella(エストレリャ。英語のステラ。どちらも女性の名前に多い)。故に、カンポ・デ・エストレリャで「星の野」となり、このカンポ・デ・エストレリャの言葉が長年のうちに「コンポステーラ」となった。つまり、サンティアゴ・デ・コンスポテーラを叙情豊かに訳せば、「星降る野にまします聖ヤコブさま」となるのか。映画の邦題「星の旅人たち」もそこから来ているのだと思われる。キリストの高弟だったヤコブはキリストの処刑後、星に導かれ、布教のためスペインに向かう。そして銀河の西端が地に落ちるところがスペインのガリシアだったので、そこをカンポ・デ・エストレリャ(星の野)と名付けたということになっている。ヤコブはそのまま消息を絶つが、紀元9紀か、10世紀、モーロ人(イスラム)と戦っていたキリスト軍の陣営に、聖ヤコブの遺骸がガリシアで発見されたというが知らせがもたらされ、そこに教会を建てたのがサンティアゴ・デ・コンスポテーラだ。それ以来、レコンキスタ(キリスト領土再回復)の将兵は勢いを盛り返し、突撃の都度、「サンティアゴ!」と叫びながらイスラム軍に切り込んでいったと言う。そして1492年のグラナダ陥落まで、数百年かけて少しずつスペインからモーロ人を駆逐していった。島原・天草の乱で幕府軍と対峙したキリシタンたちの突撃の言葉が「サンティアゴ」だったのもここから来ている。】
2012.06.30
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オバマ大統領が推進してきた、アメリカの国民皆保険を目論む、医療改革法が、保守的知事連中の反対に遭い、憲法違反であると訴えていた判断で、米連邦最高裁は政府が国民に保険に入るように求める事は事実上合憲であるとの判断を下した。日本人のように、国民は全て公的な保険に入る事を義務づけられてきた国民は、このような訴えが出る事自体に違和感を覚えるくらいになっているが、アメリカでは、違っているようだ。アメリカの現行の保険制度は、保険会社が提供する保険の混合型と言って良く、その内の、公的保険は社会保障プランとしての位置づけのようだ。之には、高齢者及び障害者を対象にしたほとんど自己負担のない「メディケア」と低所得者を対象にした「メディケイド」がある。1965年にメディケアが制度化したが、この結果、高齢者社会に向けて過剰医療や医療費の増加を抑える仕組みがなく、貧困者層の増加と共にメディケイド医療費とが重なって公費を急速に圧迫してきた経緯がある。また、医学と医療技術の進歩に伴って、高性能な医療機器の導入・新薬・新しい技術を持つ医療従事者の増加が起こり、医療コストは高額になってきた。日本でも高度な医療を受けるためには、高額な金額を要する(保険の頭打ち)が、アメリカでは、元々そういった傾向にあって、金持ちは医者にかかれるが、貧乏人は、なかなか医者にもかかれないという事になっていた。ドバイで、連れ合いが急に具合を悪くしたときには、アメリカンホスピタルの門を叩いたが、医者は、懇切丁寧にインフォームドコンセント宜しく、詳しく説明をしてくれたが、保険は利かないので、全額診療費を払わなければならず、とてもいたかった事を覚えている。そこで、貧困者にも安心して医療が受けられるようにと、アメリカでも、国民皆保険に舵を切ったのであり、この政策がオバマ大統領の政策の大きなポイントの1つであった。そしてこの事に連邦裁判所がお墨付きを与えた事になる。にわかに、オバマ大統領の次期選挙に於いての、優位が確立されたようだ。保険は互助的な色彩があるわけで、金持ちは、国民皆保険になる事で、貧困層の保険を金持ちが肩代わりすると言う事にもなり、自由主義、アメリカンドリーム社会では考えられない事であった。したがって、これまでに多くの大統領がこの問題と取り組んだが、失敗し続けてきたわけで、この決定は、アメリカにとっての歴史的課題を突破した事になる。この結果、2010年3月に成立したこの法は、アメリカに5000万人近くいる、無保険者のうち、3200万人程度について何らかの医療保険に加入させることになる。病気くらい自分で治せ、もし治せないなら病気になるなと云うのが今までのアメリカのスタンスであり、病気のために高額の保険料を払うなどと言う事は考えられなかったのであろう。しかし、オバマの対立候補である、ロムニーは、超富裕であるため、従来の制度の方を是としている。もしロムニーが大統領選挙に勝ったら、直ちにこの法律は葬り去られるだろう事を示唆している。TPP問題でも、アメリカの従来の制度が日本に上陸したら、国民皆保険になれてきた、日本の良き風土、が根底から崩されるのではないかとの危惧は薄まったという事だろう。しかしアメリカの従来の考え方こそ、日本の風土に合わないものはなく、その制度をじっと堅持してきたアメリカという国は、とてつもなく自由である代わりに、それに見合う富と財を持たないなら、アメリカ人としては生きていけないという事なのかも知れない。格差社会をここまで許すのは、長く奴隷制度を維持してきた国のDNAが根底に流れているのであろう。黒人で大統領になったオバマでなければ出来なかった国民皆保険という事になるのだろうか。
2012.06.29
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昨日と今日続けて小学校の学習会に出掛けた。昨日は、3年生が対象で、私にとっては、3年生は初めて接する。全部で20人ほどであったろうか、何時も通り、窓側の子供達を見る事にした。3年生になっても、チョロチョロする子はいる。中に、1人は、誰かが付いていないと、自分一人では何も出来ないようで、男性のボランティアが、付きっきりになっている。初めは本人もやる気だったようで、プリント半分を埋めた頃に何故かスイッチが入ってしまい、隣の子の机の側まで来て床に寝そべって、やり始めたのである。更に、一寸目を話したすきに、廊下を駆けていき、非常ボタンを押すという乱脈振りである。後で聞いたら、やはり日頃から落ち着きのない子であり、ゆっくりとやる気になったら、出来ない子では無さそうだが、今日は虫の居所が悪かったのだろうか。担任の先生は、こういった子の面倒をみながら全体として勉強をリードしなくてはならないわけで、とても大変な仕事であると思はれる。国語の宿題は、短い例文をノートにそのまま書き写すというものだが、しっかりとした筆圧で書く子もいれば、ミミズが這うようなくにゃくにゃした字を薄く書く子もいるといった按配でそれこそ千差万別という所だ。既に左手で書く子もいて、いつ頃からそのような事が起こるのか、少し興味のある所だ。漢字はこのように何度も何度も書く事によって身につけるのだ。概して、しっかりとした字を書く子は、頭が良いのではないかと思う。自分に自信がない子は、どうしても薄くへなへなな字を書いてしまうようだ。私も同じような時代には先生から「字は体を表わします、しっかりした字を書きなさい」といわれたような記憶がある。なるほど、自分が書いたノートを後になって見て、自分でも何が書いてあるのか分からないと云った事もしばしばだった。算数は2桁の足し算、引き算そしてかけ算だが、取り組んだ宿題は例えば100( )35( )17=48といった演算記号を選んで、左右の数字が成り立つ式にするというものだった。上の式なら両方とも-を書くといった演算である。「僕はソロバンを習っているから」という子もいたが、この問題は、想像力と勘も必要な問題だった。手際のよい子、勘が働く子などの一方、なかなかひらめかない子もいた。海老名みどりのようなぽっちゃりした子もいて、皆それぞれ一生懸命にプリントに向かっていた。後ろの席で、結構早く仕上げる子がいて、次々とスペアのプリントをこなしていく。「君は集中しているね」というと、「集中せんと損や、遊ばれへん」と言っていた。なるほど子供にもそれぞれ都合というものがあるらしい。今日の対象は1年生で、1年生は1度顔合わせをしているので、見慣れた子も多い。2組の中から20名ほどが参加している。今日も窓側の子を対象に教えた。窓側には1組の子が座り、連れ合いの孫も1組なので、学友を教える事になる。孫は水泳教室に通っている関係で、ここには参加していない。国語は、最初、「お」と「う」の使い方というので、【いも「う」】とや、【と「お」り】等と言った具合に読み方を答える問題だ。之は案外難しく、急に聞かれてこちらも迷うほどで、ボランティアの先生も一寸待ってと携帯で辞書を引く始末である。ある女の子は、問題毎に一々聞いてくる、小さな口で「お・・?」「う・・?」と聞くわけだ。「自分で言ってみて考えなさい」と言う。双葉の時から、しっかりやっていないと、後で混乱する場合も出てくるし、パソコンのキーボードで入力したときにも、間違うと当然変換が出てこないといった事も起こりうるわけだ。後で連れ合いは、最近、「づ」と「ず」の違いなんかは、最近違った使い方もしているようだと話していた。また、1枚は動物が色々な動作をしている絵が描いてあって、それを、何をしているか文章で、書くという問題である。例えばウサギが転けている絵が描いてあるのを見て、「うさぎが、ころんだ」などと平かなで書くわけだ。算数では、上段に「9」が書いてあり、下段の左に「2」が書いてあるマスに、右側に「7」を入れると言ったマス計算で、足し算や引き算の復習をするような問題だった。何人かの子が、机の下で、小さな手を広げて、盛んに指を折って、計算していた。やんちゃ坊主もこの時は真剣な顔をしている様子はいかにも可愛い。之も早い子は早く、キョロキョロしている子はなかなか進まないという按配である。そんな6時限目の授業では、調子を壊したかに見える子がいたので先生を呼びに行くと、午前中張り切りすぎて、この時間は眠くなるので調子が悪くなるのだと教えられる。色々な子がいるものだ。そうこうする内に約束の45分はあっという間に済んでしまう。
2012.06.28
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このシーズンは、株主総会が目白押しである。大王製紙や、オリンパスなども、何かと問題があっただけに、今年の株主総会は、例年と違った運営になるだろう。しかしながら、何と言っても電力会社の株主総会は、之までになく念入りに行われたようである。東京電力が引き起こしたと言える福島原発事故を巡って、国内が大きく揺れ、世界中からも関心を持たれている。そんな中、かつて知り得なかった、電力会社の内情がある程度分かるにつれて、独占企業の実態とはこういったものなのかと思うに至った。東京電力の傍若無人さは、目に余る。福島原発事故後も、何ら反省を見せるどころか、原発を廃止するなら電力料金を値上げするまでと開き直って、何の総括もないまま、株主総会を迎えた。一頃、会社は株主のものというのがリマインドされ、物言う株主が前面に出てきた事もあった。しかし今回の株主総会を見て、如何に、東京都が筆頭株主と雖も、その声は無視されてしまうのだという事を知らされた。東京都が筆頭株主といっても高々、3.44%を持つに過ぎない。大口株主でもそれよりは少ないわけで、一般の株主は、経営方針や、定款について論じる事は不可能である。この一般株主の少額の株式を、経営者がとりまとめて、対応するのであるから、ひとたまりもないわけだ。東京都の猪瀬副知事は、専ら電気料金値上げについて、異を唱えて、東電の持つ法外な資産を売却せずに、いきなり値上げとは何事かと詰め寄っている。ゴージャスな保養施設、そして何と東電社員やOBでしか使えない病院など、そして、ボ-ナスまで出すという。総括原価方式の電気代算出は、これらの事を折り込んで決められるわけで、絶対赤字にはならないシステムだ。そしてカットされたとはいえ給与レベルは依然として高い。あーぁ、なりたや東電社員というところで、学生の就職人気も54位(関電は56位)である。それはそうだ、こんな美味しい会社は外にはないのでは無かろうと言う事だ。こんな生活を何年も続けていると、それが当たり前になって、電気は買ってもらうものから売ってやっているものに変わってしまうのだろう。電気代の値上げについては、公取からも優先的地位の乱用に当たる独占禁止法に抵触していると注意を受けている。しかし東電はびくともしない。そして、原発の稼働が低くなった分、火力に頼るその原料の重油を、わざわざ高い値段の所から(日本の平均輸入価格の6%高)買っていると言うし、親方日の丸ではないが、コストダウンの必要性を考えなくて良い経営は、実におおらかで、もし社員なら、これ程あり難い事はないのではないか。廃止する予定の福島原発に、維持費と償却費に900億円も計上しているというし、そんな総合的に見て、値上げについては、到底納得のいくものではないが、これらの指摘に東電もやっと値上げ幅の圧縮を考えないといけないような気になっているという、一方、関電は、大阪市が、筆頭株主と言うが、高々8.92%であり、株主として提案した事項は、ことごとく否決されるという惨憺たる結果であった。国策が、脱原発という方向になったら、何基稼働しないと赤字になるのか、とか、可及的速やかに原発停止をといった提案であるが、関電社長は、「脱原発は絶対にない」と大見得を切っていた。果たして国のエネルギー政策を何時からこの社長が決める事になったのかといぶかしく思うばかりである。福島原発事故の検証も終わらないまま、又安全基準が見直されないまま、暫定的に名の下に恒久的の大飯原発の稼働は決まった。これを潮に、電力会社は、伊方・泊・仙台・志賀と順繰りに再稼働を当然の権利として開始する事になるであろう。そして何事もなかったように、次なる重大な事故を起こすまで、粛々と原発は稼働していくのだ。大山鳴動してネズミ一匹も出る事はなかった株主総会は、今後の原子力行政を暗に示唆しているようで、暗澹たる気持ちになる。フィンランドのオルキルオトでは、最終処分場を建設中である。それでは、地下400mに壮大な縦穴を何本も掘り、向こう10万年の間、放射性物質の影響が無くなるまで燃焼済み燃料棒を、厳重に閉じこめるという。日本はそういった最終処分場は既に完備しているのだろか。私はこのような中途半端なままに原子力を使った発電には断固反対したいのである。
2012.06.27
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3日前に、こんな見出しで、恐竜の化石が発見されたという。発見されたのは岩手県久慈市というから、東日本大震災の影響が及んだ最北端という事になる。震災の影響下でもこういう営々とした発掘作業が行われている事に感心した。時代は、約8500万年前の白亜紀後期の地層からで、国内最大級となるようだ。長い首が特徴の「竜脚類」で、白亜紀後期の化石発見では、国内で福島県いわき市に続き2例目だという。見つかったのは、長さ約4cm、直径8mmの歯の化石が5片ほどらしいが、これであの巨大な全長20mを超すティタノサウルスの仲間だと判断するところは凄いと思う。久慈琥珀博物館に展示されていると言うが、遠いので、見に行く事は叶わない。発見は今年2月で、専門調査チームが同館近くの河川のあった泥岩の地層から発掘したという。4ヶ月間の検証で、推定しているが、作業は決して生やさしいものではないだろうし、地味な作業であろう。その鑑定段階で、化石表面のしわや、断面の分析で断定されたとあるから地道な分析である事が分かる。調査を指揮した平山廉早稲田大教授(55)(古生物学)は「狭い範囲で5本も見つかるのは珍しい。今後、頭部などの部位が見つかる可能性もある」と述べたという事だから、そんな事を夢見て作業の励みにしているのだろうか。しかし、現実に、そういった大型恐竜がそっくりそのままの形で、横たわっていたら、さぞかし慄然とするくらいな感情に襲われるだろうなどと想像する。同博物館では「化石の発見例が少ない竜脚類の生態を知る上でも貴重な資料」としているが少なくとも日本にも、この大型草食恐竜が跋扈していた事になるわけだ。と書けばいかにもという感じだが、それこそちんけな事で、約8500万年前の白亜紀後期といえば、西ゴンドワナ大陸がアフリカ大陸と南アメリカ大陸に分裂し、東ゴンドワナ大陸がインド亜大陸及びマダガスカル島と、南極大陸及びオーストラリア大陸の2つに分裂した後、インド亜大陸とマダガスカル島が分かれ、インド亜大陸がユーラシア大陸に向けて急速に北上を開始した頃である。この時の日本は、おそらく東ゴンドワナ大陸の東端にくっついた状態であろうから、中国で発見されている恐竜の1部が、日本で発見されても何ら不思議ではない。日本で2例目の発見だという本例の前に最初に発見されたのは、場所も違う三重県鳥羽市安楽島町の「鳥羽竜」と呼ばれるはティタノサウルス類である。発見は、1996年で、約1億3800万年前(白亜紀前期)である。この時発見された化石は、11個所の部位で、体長は約16~18m、体重約31~32トンと推定されている。日本国内で、初めて化石が発見されて今年で34年になるようで、鳥羽竜発見後は、日本でも恐竜発掘ラッシュがやって来て、近年は「丹波竜」が見つかった兵庫県をはじめ、和歌山、群馬、熊本など、恐竜とはあまり縁がなかった各地で貴重な発見が相次ぎ、恐竜化石が見つかった都道府県は昨年初めて全国の3分の1を超えたという。ティタノサウルスは体長18mもあるから、人間の10倍といった所で、(体重に至っては実に300倍)その行動範囲は、広いと考えられ、日本列島などは、軽く行動範囲になる事だろうから、各所で化石が発見される事はある程度予想は出来る。鳥羽竜の後は、丹波竜の発見であり、また、福井県勝山市の、草食の鳥脚類「フクイサウルス」の発見へと繋がる。調べてみると、日本で初めて恐竜が発見されたのは1978年。岩手県岩泉町で草食の竜脚類の上腕骨の一部が見つかり「モシリュウ」という愛称で呼ばれた。その後、恐竜化石は次第に各地で見つかるようになったが、2007年6月にはこれまで発見例のなかった和歌山県で初めて、湯浅町の白亜紀前期(約1億3300万年前ごろ)の地層から、肉食の獣脚類で「カルノサウルス類」の歯が見つかり、恐竜化石の発掘地は一挙に拡散した。また、群馬県でも2005年から続く同県神流(かんな)町の発掘調査で、白亜紀前期の地層から肉食恐竜「スピノサウルス類」など3種類の化石が見つかり、今も精力的に調査が進められているし、熊本県でも2007年、同県御船町の白亜紀後期(約1億~6500万年前)の地層から出た化石が、草食の「ハドロサウルス類」の頭部と判明したということである。来月には、連れ合いの孫達を連れて、福井県勝山町の恐竜館を訪れる事になっている。私もだが、連れ合いも、その孫達も全員が恐竜ファンだとあって、恐竜展に行く事は多い。子供の目以上のものを見てきたいと思っている。
2012.06.26
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エジプトの大統領が決まった。日々刻々と世界は変化している事を感じる。今年1月25日に始まった反政府デモが30年近く続いた独裁体制を18日間で倒したあと、エジプトは正に様変わりの様相を呈している。1月末にはムバラク前大統領の目つきが険しくなり、そしてその顔のまま、2月1日ムバラクは、次期大統領選に不出馬を表明、しかし権力を維持することには固執していた。そして、アメリカに引導を渡されるに及んで、2月11日ついにムバラクは大統領を辞任するに至った。実に29年に及ぶ独裁政権の緞帳が降ろされたわけである。ムバラクにとって、この18日間は、驚天動地の時間だったであろうと思う。しかし、チュニジアに於けるベン・アリ政権の無惨な事態を知るだけに、相当必死だったであろう。大統領の辞任は、ムバラクをエジプトの特別法廷に引きだし、民衆デモ参加者の殺害を命じた罪などで終身刑を言い渡された。かのベンアリは懲役20年の刑を受けながらサウジに亡命している。しかしムバラクは捕捉のままで、しかも、国民は、死刑を望んでいる。かつて逃げ回って、絞首台の露と消えた、イラクのフセインと何故かダブって映る。隣国リビアのカダフィも殺害され、独裁者の末路は、皆等しく無惨なものであることは歴史を紐解くまでもなく、歴然としている。次なる候補で、最先端にいるのが、シリアのアサドであろう。ムバラクを倒したのは、民衆のSNS(フェイスブックなどのツール)であると言われている。しかし政府軍に実際対峙したのは反政府の軍隊であり、ムバラクが倒れた後、彼ら軍人が暫定政権として影響力を行使している。国民も軍に対しては一定の理解と信頼を置いているわけだ。しかし、このまま軍が居すわってしまえば、非常事態法の継続の下、軍による独裁に変わり、ミャンマーなどの二の舞となるが、エジプトは、選挙を選んだわけで、実権を握る軍との駆け引きに変わってきた。選挙では、旧体制派で、ムバラク政権下で首相を務めた、シャフィクとイスラム原理主義系のモルシの一騎打ちの内に、ムバラクに対して刑が軽すぎるといった民衆の感情が、モルシに有利な風を吹かせ、当選を果たした。現在エジプトには憲法がないようで、正に規範のない土俵で、力と力のぶつかり合いの様相を呈している。権力確保の向こうに何があるという事より先ず権力奪取が目的となるのは洋の東西を通じて同じであろう。モルシ新大統領は、イスラム原理主義組織系であり、原理系の「ムスリム同胞団」に近いわけで、イスラム法(シャーリア)の信奉を強く打ち出してくるかの思われるが、それでもやや現実的で、イスラエルとの平和条約破棄と迄は行かず、イスラエルに平和条約を順守するように要求するというに留まっている。国民の多くは、イスラエルもさることながら足下の生活確保が重大問題である。年成長7%を掲げるモルシの方に運営を委託したのである。さらには、ムバラクの色彩が濃い、旧政権下の首相は、好まなかったようだ。新モルシ大統領の環境は平坦ではないようだ。アメリカのオバマ大統領からの祝意の電話を背景に今後の政権を運営していくわけだが、母体のムスリム同胞団は、超過激であり、イスラエルとの断行をも辞さない構えであるから、問題は複雑であり、それよりも当面の暫定政権である、軍との折り合いが如何になるかによって、大きく変わって行くであろう。ムスリム同胞団が武力闘争路線をとらない限りは、排除することはできないのは勿論で、かつてのアフガニスタンのタリバン政権とは異なっている点である。従って、このようなイスラム勢力をどのような形で、政治改革のプロセスに加えていくかが、これからの中東の民主化で重要になると思われる。必ずしも、宗教だけでは、国民の支持を得られない事は明白で、国民は究極的にはエジプトが抱える経済情勢が好転するような政権を選択するであろう。一方で、イスラムと対峙するイスラエルとの問題は、根深く、経済以上の要因を内包しているわけで、究極のエジプト人は、イスラエル嫌いでかつアメリカ嫌いである事に変わりはない。独裁政権は、これらの問題を意識的に封じてきたわけで、ある意味では、それがこの地域の安定を維持してきた事は否めない。その点がリリースされたわけであるから、今後のイスラエルとの問題を如何にマネージするかが、モルシ政権の課題となるだろう。そのようなエジプトに対し、日本の取るべき立場は自明になるだろう。ODAもこう言った所に使われるべきであり、ODA消化のために、援助国の国民からかけ離れた所で、お仕着せの日本の技術なりが幾ら活躍しても、ありがたいとは思われないであろう。その点で中国の政策とは一線を画する事が出来、引いては、真の友好国に変える事も可能であろうと思われる。先ず資源ではなく、基盤の整備から自ずと資源が手に入るといった長期的視野が必要ではないだろうか。
2012.06.25
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今日の新聞に「求人増でも賃金上がらず」という記事があった。2002年から10年間の業種別賃金変化率を見たもので、何故か日本では、雇用が増加した業種ほど賃金が低下する傾向にあり、この傾向は、アメリカの等とは真逆であるという奇妙な結果である。示されたグラフは一目瞭然にこの傾向を示している。即ち雇用数を横軸に取り、縦軸に名目賃金率(%)を取ると、日本では、僅かだが雇用を増やした教育や医療・福祉等は賃金率は低下し、相関線は右下がりになっているのに、アメリカでは、その逆で、右上がりの傾向になっているというものだ。そして、賃金率に於いて、日本の教育に至っては、過去10年間で何と27%も減少しているのだが、アメリカは、逆に教育・ヘルスケアについては、32%の増加となっていると言った特筆すべき結果が得られたというのだ。グラフの基準線を見ても、日本での名目賃金は、-20%~15%迄であるのに、アメリカのそれは、10%~50%と全てが上昇基調にあるといった、マクロにも賃金が上昇している事を示している。日本の景況がこんな所でも良くない事が表されているわけで、データーの上でも日本経済の暗黒化が如実に見て取れるわけだ。日本では、求人意欲が増加してきているのに、賃金がそれに伴っていないという事で、その原因が、非正規雇用の低賃金や、がんじがらめの規制によるものだと分析している。国は、こう言った事に眼を遣らず、有効求人倍率を以て指標としているため、今年4月の有効求人倍率が、0.79倍と、過去最低であった、2009年の0.43倍から上昇基調にありながら、尚景況感が伴わないわけである。パートタイムの求人は、求職者を越える(有効求人倍率1.0越え)にもかかわらずといった内容なのだ。この事は、日本では、1人当たりの給与総額が、月額27万2470円と前年比でもほぼ横ばいであるといった事に起因している。こういう目で見ると、2009年は劣悪の魔の年という事になりそうだ。2009年1年間に於ける給与総額の前年比は、時に-7%迄低下していて、1年を通じて、賃金は前年に比べて常時下がっているというのだ。この低賃金化が何を意味するかと言えば、雇用の受け皿である、産業の変化が見て取れる。製造業の就労人口は、4月時点で、1050万人と、5年前に比べて107万人減少しているのだが、逆に、医療・福祉関係は114万人増の、705万人になったというのだ。その事自身は、悪くはないのであろうが、ここからが、せこい日本の弊害が現れているわけだ。之は、日本独特の傾向であると分析されている。即ち、過去10年間で、医療・福祉関係の雇用は38%もの伸びを示しているにも拘わらず、1人当たりの賃金は、13%も減少しているというのだ。製造業と比較すると、13%の雇用減にも拘わらず、賃金は僅かではあるが2%の上昇をみているわけだ。日本の製造業は、中国を始め、東南アジアの雇用を促進し、自国に於いては、少なからず高度な技術を必要とする部門が残っているのかと推定されるが、医療・福祉にはそういった事がないのかも知れない。この、製造業からサービス業への雇用シフトは先進国に共通するものだが、日本のガラパゴス化は、賃金の面に於いて顕著である。アメリカでは、過去10年間で、ヘルスケア・教育関連産業の雇用は、20%増加していて、日本よりは増加率は低いが、賃金は、日本のマイナス13%に比べ、32%の増加を見ているというのだ。この大きな原因の1つが、非正規社員(所謂パート)の増大である。福祉部門のパート比率は、21%で、製造業の約2倍なのだそうだ。そして驚くべき事に、OECDの調査に依れば、パートの賃金は、正規社員と比べて、日本では48%と群を抜いて低く、スイスの96%、ドイツの74%を大きく下回っているのだ。規制面で見ると、配偶者控除の限度額103万円を下回るように、主婦は、年間収入を故意に抑える傾向があり、この点も賃金低下の1因となっているようだ。同じ仕事をしても、賃金に大きな格差を設ける日本独特の特徴がここに表れているというのだ。国の動きが、一般には忍従を強い、企業に甘い規制となっている点が、ここにも見て取れる。日本のパートは低開発国の人と同じく、低賃金で、こき使われているというわけだ。その事を知ってか知らずか、黙々と、正社員を横目に見て、同じ仕事を半分の賃金でこなし、それが日本の経済を支えているという事かも知れない。今日は、夕方、太郎君一家と夕食を共にした。連れ合いの孫達は、この先どう言った経済環境に曝されるかは分からないが、力強く生きて欲しいものだ。太郎君は、製造業の一翼で、日本を離れ、フィリピンの工場での製造をマネージしながら次なるベトナム進出の期を伺っているようだ。そして、教育に関しても、何となくざわついた小学校や、問題児を抱える中学校などに接するときに、教育に関する十分な対価が支払われていない事に依るものが、こういった荒廃を招いていないか、考えさせられるものがある。
2012.06.24
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恒例の友人夫妻とのゴルフは今回で14回目を数える。前回は、3月1日で、3ヶ月以上、間が開いてしまった。連れ合いが学校勤めを続ける関係で、平日は行けず、土曜日のセッティングとなった。コースは、馴染みの亀岡GCである。私も、連れ合いも友人夫妻とのゴルフは前々から楽しみにしていたので、今日の天気がゴルフ日和であった事がとてもラッキーだった。 10:13のスタートという事で、山道を抜けて、ほぼ1時間前にはコースに到着した。土曜日だったためか、10分程度の遅れと、大入りの様相である。そして、若い人達が多く、平日の老人クラブのような雰囲気とは又違っていた。 今日のスタートはインからである。 No.10(L)は、右ラフに眼前木が気になって、2打目はゴロで、FWに出すだけとなった。友人は珍しく左にチョロしてしまった。上手の手から水という感じだ。連れ合いのティーショットは長い間のブランクにも拘わらず、まずまずといった出足だ。夫人はいきなりナイスショットであったが、少し左にぶれ、あわやOBかと思わせたがセーフだった。3打目は良い当たりだったが、グリーンには届かない。5m程度に4オンし2パットのボギーだった。友人は、4打目もシャンクとおかしく、ダボ、連れ合いは、ボギーで、夫人もダボであった。No.11(M)は、ティーショットはFWのCRで私としては上出来。2打目も良く、50YDを残した。ところが3打目であろう事かシャンクし、4オンも10mでノーコンの3パットは、トリプルである。友人は立ち直って、ボギー、女性軍は夫人がダブル、連れ合いは、バンカーで2度叩く上に、1パット目がノーコンで2桁となった。 No.12(M)は、良い当たりで、真っ直ぐ飛びFWのCRを捉えた。残り130YDの2打を2オンし、2パットのパーを獲得した。後にも先にもパーは之だけだった。友人はボギーであり、女性軍は、夫人がトリプル、連れ合いは辛うじて1桁だった。 No.13(S)は、4Wで狙ったら、少し右で、あわやバンカーかというグリーンエッジで止まった。PTで40cmに寄せたが、何とそこから2パットと痛恨のボギーである。友人は、アイアンで、楽々オン、2パットの理想的パー。夫人は、ボギー、連れ合いは、ティーショットに失敗、ダボとした。No.14(M)は、ウッド禁止のホールで、左前方に池がある。5Iで残り105YDに飛んだ。9Iで2オンしかしここでも3パットと、どうもパットがしっくり来ない。ボギーだ。友人は、楽々2オン2パットでパー、連れ合いは、良いティーショットで、パーを取った。夫人はダボである。No.15(M)は、茶店のホールで、前の組を少し待つ。ティーショットを失敗し、左に引っかけるチョロである。レディースティーの少し前だ。あろう事か2打目もチョロで、やっとFWに出た。3打目でやっとクリーンに当たり、残り75YD。PWでオンし、2パットのダボだった。友人は、この日初めての3パットで惜しくもボギー。連れ合いもボギーと優秀。夫人は、トリプルを叩いた。No.16(L)は、ティーショットは少し高めだったが、まずまずの所まで飛んだ。2打目もややクリーンに当たる。3打目もクリーンだったが、あと2YDとグリーンには届かなかった。7Iでピッチランのオンし、OKの2パットでボギーである。友人も同じくボギー、夫人はダボ、連れ合いはトリプルとなった。No.17(S)は、7Wで楽々オンかとの思いが、不当たりで、届かなかった。2打目も突っ込みきれず、カラー止まりだ。PTでのアプローチで寄せて1パットのボギーである。友人は、1オン、2パットの理想的パー。夫人はダボ、連れ合いは、ダブルスコアである。 No.18(M)は、ティーショットはFWCRでまずまずである。2打目は実にクリーンに当たったものの、方向が少し左にずれ、バンカーに捕まった。バンカーは1度で出ず、4打目でやっとカラー、PTで寄せてOKダボだ。友人は之も理想的2オン2パットのパー、夫人はボギーだったが、連れ合いは、ギリギリの1桁であった。前回よりは、良かって、少し調子が戻ってきたようだ。久々に50を切る事が出来た。友人は、勿論40台だが、スタートホールのミスは大きかったようだ。1時間ほどで昼食を食べ午後のラウンドをスタートした。No.1(M)は、ティーショットは真っ直ぐ飛ぶようになったが、前方の修理地に阻まれて、ランがなかった。2打目もやや良い当たりで、FWCRに付けた。3打目は隣のグリーンとの間に落ち、ピッチエンドランは強すぎて、2パットのダボとなった。友人はボギー、女性軍は共にトリプルである。 No.2(M)は、まずまずのショットで、FWをキープ。2打目はクリーンに当たり、FWで残り40YDだ。楽々3オンだが1.5mのパットを外し、痛恨のボギーである。ここでは、連れ合いのダボ以外は、皆ボギーであった。No.3(S)は、左のグリーンで、グリーン前のバンカーは埋められていた。ショットは左に引っかけ、傾斜の中間で止まった。つま先下がりを失敗し、届かない。やっと3オンし、2パットと、ダボである。友人は、1オンしたがパー。夫人はボギー、連れ合いは私と同じダボである。 No.4(L)は、池越えで、当たりは良く、左側のラフに入った。2打目もクリーンに当たったが少し右目のつま先上がりのラフだ。前方右の張り出した編み目のフェンスが少し気になる。3打目もまた、クリーンに当たって今度は左のラフで40YDを残した。ジグザグである。4オンで、OK2パットのボギーである。私としては上出来の方だ。友人はティーショットが悪く、さらに3パットを叩いて、同じくボギー、夫人はダボ、連れ合いはトリプルとなった。No.5(S)は、最も簡単そうなショートで、今日のグリーンは、右奥の難しい方だ。距離はぴったしだが、左グリーンとの間の凹みに落ちた。2オン2パットでボギー、友人は2オン1パットでパー、夫人は私と同じ、ボギー、連れ合いは、FWの異物に当たり行き足が止まって、2オンしたが、3パットとダボにしたのは惜しかった。No.6(M)は、ティーショットはまずまずのFWキープ。2打目は超低空飛行で、あわやグリーンに載るかと思わせた。寄せ1のアプローチだが、何故か2パットとしてしまった。ボギーである。友人は痛恨の右網の塀を越すOBを叩いた。上がって夫妻は共に、トリプル、連れ合いはかつかつの1桁である。 No.7(M)は、左が崖のOB。右は土手で大抵は帰ってくるので、当然右狙いとなる。ティーショットは狙い通り、右傾斜部で跳ねて、FW迄出てきた。2打目は超低空で、残り50YDの右ラフに運んだ。しかし3打目を痛恨のチョロで、4打でオン、少し下りの傾斜を1パットで沈めた。友人もボギー夫人は3パットで、ダボ、連れ合いはダブルスコアである。No.8(M)は、左FWをキープ2打目も低い球で、残り20YDに付けた。ここで昔の悪い癖のトップが出てしまい、グリーン向こうにぼれた。4打目でやっとオンしたが、考えられない4パットで、ダブルスコアを叩いた。友人は理想的パー、夫人はボギー、連れ合いは、トリプルである。No.9(L)は、良い当たりで、FWCR、2打目はクリーンだが左ラフで残り175YD。3打目もクリーンだが、残りは20YD。4オンして2パットはボギーである。友人夫妻も同じくボギー、連れ合いは、バンカーで苦しみ、2桁であった。私は久々の100を切れた。友人は滑り出しおかしく、途中でOBするも、私とはミドルホール3回分の開きが出来た。しかし、FWキープ率は56%でラフでもほんの少し外れたものも多く、真っ直ぐに飛ぶようになってきたのは収穫である。風呂から出て、かき氷を食べ、しばし歓談して帰途についた。
2012.06.23
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高知、淡路島のドライブ旅行で、溜まった新聞を未だ読み切れていない。新聞が配られてくるのを待って、手に取ると、その厚みで、事件が多かったのか割合平穏に過ぎたのかが分かる気がする。段々と錆び付く頭では、複雑多岐な世の中に付いていくだけでも至難の業である。頭の整理に書き出してみると、下記の項目が現在ランニング中の案件であろうか。1.消費税アップの問題社会保障と税の一体改革で、税が先行、社会保障は?また行財政改革は?というほど、先ず消費税率アップありきで、それも野田総理の不退転の決意だとか。財務省傀儡の見え見え総理は、民主党のマニフェストは何処へやら、党の分裂必至の様相だ。何も分裂などというまでもなく、烏合の衆の集まり故、殊更驚かないが、現在では、政党政治などとは名ばかりで、板垣退助の初心など何処吹く風だ。諸外国の消費税率を引き合いに出し、それ相応の税率は必要という意見だが(国民も了解しているとか・・・とんでもない)入るを図っても、出ずる方がザルなら、効果は全くない。先ず巾着の紐を締めよ。それを国民会議に棚上げし、茫洋として解決を先延ばしにするなら、消費税アップなどとんでもない。2.大飯原発再稼働羮に懲りて膾を吹くとは聞くが、福島の事故など何処吹く風、しゃぁしゃあと再開にこぎ着けようとしている。やんぬるかなだ。東電は、事故調(身内)で、保身一徹。人間の何処をほじくれば、あれほど厚顔になれるのかと、呆れる以外にない。こうなったら、どのような事故が起き、大飯が活断層に引き裂かれたら、一蓮托生で座して死を待つか、海外逃避を本気で考えないといけないようだ。福島の責任を回避し、値上げを断行する(権利だ!)に対し、公取が独禁法違反の恐れ有りと・・・。まさに、優越的地位の利用に当たる。3.ユーロ危機そんなの関係ないとはいかない対岸の火事は、偏西風に乗って、日本をも脅かしかねない、グローバル社会になってきたわけだ。今更江戸時代の鎖国を懐かしんでも仕方がない。何とか見守らなければと言うところか。当面のギリシャも緊縮を是認する内閣の誕生となった。この先何が起こるか分からないが、冥土までの1里塚でなければいいが。ギリシャは一段落でも、今度はスペインは・・・。4.シリアの虐殺日に日にその度合いを増している。毎日のように虐殺は続き、シリアの一般国民は、呻吟の最中である。にもかかわらず、ロシアや中国はシリア政府(アサド)を容認している。というか武器なども供与しているのではないか。ここを火種に、第3次世界大戦がという予感もよぎる。勿論詳しくは分からないが、報道によると、6月21日現在、死者は1万5000人超えるという。之に驚かないのがロシアであり、中国だ。彼らは、例えばロシアについて言えば、スターリン、レーニン時代には6500万人もの犠牲者を出してなお動ぜずであり、中国も毛沢東は、「反革命」の罪で83万人を処刑し、又飢饉で、6500万人を殺してもなお、「我が国には、人は余りかえっている」と言うありさまだ。かの国どもを頼るに足らずである。このような虐殺に無頓着な平和日本は、人々の言の葉にも上らない日々の惨状を如何に考えているのだろうか。5.エジプト及び中東の動向大統領選挙を終えてなお混沌とする中東は、本格的民主化に向けて、前途は多難のようである。独裁が去れば原理主義の台頭となるのだろうか。日本は、原油やガスの輸入国としてだけでなく、もうすこし、中東(ムスリム)を研究する必要があるのではないだろうか。6.中国、宇宙でも覇権?国産の有人飛行衛星を打ち上げた。中国が宇宙でも幅を利かせれば、世界は混乱に陥るだろう。あな怖ろしや、黄禍勢力。7.AIJの行くへこれ程までに杜撰なやり方を許してきた、監督官庁のお粗末さは、あんぐりと物も言えぬ位だ。2000億円を返せ!、是非あのとっちゃん坊や(浅川和彦)を獄門の刑にして欲しい。8.オウムの行くへ徹底解明と、死刑の早期断行を。それだけでは済まない、何故にアレフを許すのか、はたまた上祐は野放しで良いのか。9.円高日銀は、どんどん日銀券を刷れ!友人はそう言っている。FRB等もそう勧告しているのだが・・・。ヨーロッパの心配よりも足下の事に関心を持って欲しい。まだまだあるが、何一つ前に進んでいない。日本が素晴らしい国という幻想を捨てなければ、立ち直りはますます遅れるのでは無いかと憂う。
2012.06.22
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昨日までは何とか上がると思っていた雨も、少し残ってしまった。しかし、小降りにはなってきている。台風4号は過ぎてしまい、通常台風一過の天候は晴れると決まっていたが、何やら、珍しく東シナ海にて発生した台風5号が、未だ影響力を持っているようで、今朝もしょぼしょぼと雨が降っていた。このくらいの雨なら大丈夫かも知れないと、一応時間通りにゴルフ場まで出掛けた。2-3名の事前棄権者の外は集合していたが、雨が止みそうになく、今後も天気予報は悪化するとのことで、大方の意見は中止に傾いた。やがて正式に中止となったが、それでも尚、プレイするという人も居たようである。一昨日の3時間の練習の効果を見るのには、今日のコンペは、心待ちであったが、毎日が日曜日、それ程までにイーガーにすることも無かろうと、そそくさとゴルフ場を後にした。友人夫妻とは、明後日にプレイすることになっていたのが潔よい振る舞いが出来る遠因であった。そうすれば、今日は、小学校の放課後学習会に行けるわけだ。ということで、午後1:30には車で、太郎君のマンションに行き、そこに車を置かせて貰って、2:30からの学習会に歩いて出掛けた。今日は2年生の宿題を見る番になっている。2年生は今日で2回目の学習会だ。見知った子供達が元気に入ってくる。今日も指導者側は4人のボランティアだ。仕切り屋さんが、相変わらず、子供達を席に着かせようとしている。既に席について、プリントを机の上に出している子供は、手持ち撫沙汰である。私は、その子達に、プリントを始めるように言う。そして10分経過してやっと29人の足並みが揃い、正式に開始となった。子供をしつけるという意味では、早く一斉に着席させて、掛かることも必要だろうが、ネット45分の勉強時間を、10分も待つことに取られるのは如何かと思う。三々五々に開始させ、そして皆集まった頃に正式にと言うことで良いのではないかと私は思い、そのように進めているが、そのし切り屋叔父さんとは未だコンセンサスは取っていない。ままよ、子供達本意で行こうではないかと進めるわけだ。今日は「ほたる」という短い文章を音読することも宿題にはあったようだ。何人かが私に聞いてくれと寄ってくる。「さぁ、聞いているよ」というと、大きな声で朗読を始める。3回読んできなさいと言うことらしい。大抵の子はすらすらと読める。1人、ゆっくりと字数を追うように読むのだが、この子は少し分かっていないかも知れない。それでも一生懸命に読む。1人などは、おふざけであろうが、早口言葉のように5回読んでくれた。「もうすこし、ゆっくり、はっきりと読んで欲しいな」とコメントしたが、どうなる事やら。聞いた証にサインをする欄があり、今日は雨だったので、傘のマークと雨の降る様を漫画で書くと、「絵が上手だ」と喜んでくれた。1人は、遠い席からやって来て、20マス計算をやった。単純な足し算と引き算であるが、答を見ようとすると、暗算をしなければ行けない。一生懸命暗算をしていると、「ねぇ、ねぇ、先生」と別な子が話しかけてくる。「一寸待ってね(俺は聖徳太子じゃねぇよ)」てな事を考えながらやるわけだが、私自身暗算が苦手で、ゴルフのスコアも暗算はしたくない方だから、そこのところを気取られないようにと必死である。中には、私の頭に触りたいと、「ねぇ、触って良い?」と聞いてくる。「触って良いけど、しっかりお勉強をするのだよ」とこれまた甘く対応する。書き取りの問題で、例の文章を何回か書いていくのだが、鉛筆の持ち方や、筆順がてんでであり、「之で良いのか?」と自問しながらも、そう一々注意は出来ないので、見過ごすことになる。お習字なんかやれば、こう言ったことも直せるのになどと思いながら、現代のIT社会では、ゲーム機は触っても、硯に墨などは過去の遺物になってしまったのだろうか。こう言ったことにゆとりの部分を持ってくれば、精神修養や、国語を覚えるなどと言ったことにも繋がるのに・・・、と勝手に想像するだけだ。算数では、単にかけ算割り算でなく、200は10を20個足した数字だとか、頭で考えさせる設問もあり、単純で無味乾燥な算式だけではない応用力的なものを磨くことも考えられているようだ。私の小学校時代には、2年生ではないが、6年生で、和差算や、流水算、鶴亀算なんかを副読本でやらされた記憶があり、之が実に面白かった事を思い出し、XやYを使わずに解く、これら算数は、一寸高度な思考が要る様に感じた。今でもそのような本がないかと書店を探すことがあるが、なかなか見つからない。そうこうする内に、45分の時間はあっという間に過ぎてしまい、下校の時間になる。私は、29人いる児童達の中で、9人ほどと接触するのがやっとであった。こんな事でお役に立っているのだろうかと思うが、今まで勉強に見向きもしなかった子供達が、勉強するようになったと父兄からの評判も良いなどと仄聞すると、まぁ、このまま奉仕していこうかと思う。私が接した子が少しでも勉強に意欲を持つようにと、良くできた事を見つけては誉めあげる事にしている。
2012.06.21
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第百一段【本文】 或人、任大臣の節会の内辨(ないべん)を勤められけるに、内記(ないき)の持ちたる宣命を取らずして、堂上せられにけり。極まりなき失礼(しちらい)なれども、立ち帰り取るべきにもあらず、思ひわづらはれけるに、六位外記康綱、衣被(きぬかづ)きの女房をかたらひて、かの宣命を持たせて、忍びやかに奉らせけり。いみじかりけり。【訳文】あるお方が、大臣の任命が行なわれる儀式の内辨をお勤めになった折りに、内記が持っている宣命を受け取らないで、儀式の行なわれる紫宸殿にお上がりになってしまった。それは、この上もない失態であるけれども、再びもとへもどって受け取るわけたもいかず、どうしたらよいかと心に思い 悩んでおられた時に、六位の外記である中原康綱が、衣被(きぬかず)きの服装をした女官に頼みこんで、その女官にその宣命を持たせ、こっそりと内辨にさし上げさせた。実にすばらしかった。【注釈】 ・任大臣:天皇が大臣を任命する行事・内辨:承明門の内で、諸事準備する役第百二段【本文】 尹(いん)大納言光忠卿、追儺(つゐな)の上卿(しゃうけい)を勤められけるに、洞院右大臣殿に次第を申し請けられければ、「又五郎男を師とするより外の才覚候はじ」とぞのたまひける。かの又五郎は、老いたる衛士(ゑじ)の、よく公事に慣れたる者にてぞありける。近衛殿著陣(ちゃくぢん)し給ひける時、軾(ひざつき)を忘れて、外記(げき)を召されければ、火たきて侯ひけるが、「先づ、軾を召さるべくや候ふらん」と忍びやかに呟きける、いとをかしかりけり。【訳文】 弾正台の長官で大納言の光忠卿が、追儺の上卿をお勤めになった折りに、洞院の右大臣殿に、追儺の式の順序につき、申し出て、教えを請われたところ、「又五郎男を師匠として、教えを受ける以外の、よい分別はございますまい」とおっしゃった。その又五郎というの、年とった衛士であって、よく、宮中の儀式に慣れている者であった。ある時に、近衛殿が、儀式に際し、所定の位置におつきになった時に、下役人を呼んで膝つきを先に敷かせるべきなのを忘れて、儀式の進行係たる外記を呼びつけられたので、そばで庭火を焚いて控えていた又五郎が、「外記よりも先に、まず、膝つきをお取り寄せになるのがようございましょうか」と、こっそりとひとり言を言ったのは、実におもしろいことであった。【注釈】・尹:弾正尹(風俗の粛正)・衛士:禁中の諸門を警護、夜は篝火を焚く役目・軾:公事の役員が、地面にひざまずく時に敷く物第百三段【本文】大覚寺殿にて、近習の人ども、なぞなぞを作りて解かれける処へ、医師(くすし)忠守参りたりけるに、侍従大納言公明(きんあきら)卿、「我が朝(てう)の者とも見えぬ忠守かな」と、なぞなぞにせられにけるを、「唐医師」と解きて笑ひ合はれければ、腹立ちて退(まか)り出でにけり。【訳文】 後宇多法皇のおられた大覚寺殿で、法皇のお側近く仕える方々が謎を作って解いておられた所へ、宮中の医師忠守が参上した折りに、侍従で大納言の公明卿が、「我が朝の者とも見えぬ忠守かな」(わが国の人とも見えない忠守よ)と謎に作られたので、近習の誰かが「唐医師」と解いて、一緒に笑い合ったので、忠守は腹を立てて、退出してしまった。【注釈】・医師忠守:典薬頭(中国からの帰化人の子孫) 第百四段【本文】 荒れたる宿の、人目なきに、女の、憚る事ある比にて、つれづれと籠り居たるを、或人、とぶらひ給はんとて、夕月夜のおぼつかなきほどに、忍びて尋ねおはしたるに、犬のことことしくとがむれば、下衆女の、出でて、「いづくよりぞ」と言ふに、やがて案内せさせて、入り給ひぬ。心ぼそげなる有様、いかで過ぐすらんと、いと心ぐるし。あやしき板敷に暫し立ち給へるを、もてしづめたるけはひの、若やかなるして、「こなた」と言ふ人あれば、たてあけ所狭げなる遣戸(やりど)よりぞ入り給ひぬる。 内のさまは、いたくすさまじからず、心にくゝ、火はあなたにほのかなれど、もののきらなど見えて、俄(には)かにしもあらぬ匂ひいとなつかしう住みなしたり。「門(かど)よくさしてよ。雨もぞ降る、御車は門の下に、御供の人はそこそこに」と言へば、「今宵ぞ安き寝(い)は寝(ぬ)べかンめる」とうちさゝめくも、忍びたれど、程なければ、ほの聞ゆ。 さて、このほどの事ども細やかに聞え給ふに、夜深き鳥も鳴きぬ。来し方・行末かけてまめやかなる御物語に、この度は鳥も花やかなる声にうちしきれば、明けはなるゝにやと聞き給へど、夜深く急ぐべき所のさまにもあらねば、少したゆみ給へるに、隙白(ひましろ)くなれば、忘れ難き事など言ひて立ち出で給ふに、梢も庭もめづらしく青み渡りたる卯月ばかりの曙、艶(えん)にをかしかりしを思(おぼ)し出でて、桂の木の大きなるが隠るゝまで、今も見送り給ふとぞ。【訳文】 荒れていて、人の訪れもない家に、ある女性が、世間体を憚ることがある時分で、所在なくその中に寵っているのを、ある方が、お見舞なさろうとして、夕月がまだほの暗いうちに、人目を避けて探し求めておいでになったところ、その家の飼い犬がぎょうぎょうしく怪しんで吠えるので、それを聞いた召使の女が、出て来て、「どちらからでございますか」と言う、その女にそのまま家の事情を尋ね聞いた上で、邸内へお入りになった。邸内のものさびしい様子を見ると、どんな風にして日々を過ごしているのであろうかと、たいそういたいたしく思われる。粗末な板敷きの間にしばらく立っておられるある方を、調子の静かな、しかも若々しい声で、「こちらへ」と言う人があるので、あけたての窮屈そうな引き戸から、家の中へお入りになった。 家の内部の様子は、外に比べて、ひどく荒れて趣がないというのではなく、奥ゆかしさが感ぜられて、燈火(ともしび)は向こうの方にほんのり明るい程度であるが、物品の美麗さなども目に入って来、訪問を知って急いで焚いたのではない香の薫りが大そう親しみを感ずる様子に住んでいる。「門をしっかりとしめてしまいなさい。雨が降るといけないから、御車は門の下へ引き入れて、お供の人はどこそこに休んで下さい」などと誰かが言うと、ほかの者が「今晩こそ安眠できそうです」と低い声でささやくのも、他人の耳に届かぬようにしているけれども、手狭な家の中なので、かすかに聞こえてくる。 さて、最近の事などを訪ねて来られた方が女に詳しくお申し上げになっている間に、時が過ぎて、夜中の一番鶏も鳴いてしまう。過去から将来にかけて、心のこもる物語をなさっている間に、今度は、鶏もにぎやかな声でしきりに鳴き立てるので、「もうすっかり夜が明けてしまったのだろうか」とその鶏の声をお聞きになるのであるが、夜の明けきらないうちに、人目を避けて急いで出て行かなくてはならないような場所柄でもないので、しばらくゆっくりしておられた間に、戸の隙間が白んで来たので、忘れられないようなことなんかを言い置いて、その家から外にお出になる時に、木々の梢も庭の草木も、心をひきつけるように青々と一面に茂り合っている、四月ごろの明けがたの景色は、優美で趣が深いものであったが、その明けがたのことをその方は今も思い出されて、その辺をお通りになる時は、女の家にある桂の大きな木が見えなくなるまで、今でも目送なさるということである。【注釈】・憚る:遠慮すべき事実・ことことしく:ぎょうぎょうしく・下衆女:召使いの女・やがて:そのまま・しずむ:調子を落ち着かせる・たてあけ:戸の開閉・心にくゝ:奥ゆかしく・きら:美麗さ・俄かにしもあらぬ:突然ではなく・寝(い)は寝(ぬ)べかンめる=寝(い)をば寝(ぬ)べかンめるの略:安眠・夜深き鳥:一番鶏・たゆむ:心がゆるむ・隙白:しだいに夜が白んできた(隙は戸の隙間)第百五段【本文】 北の屋陰(やかげ)に消え残りたる雪の、いたう凍りたるに、さし寄せたる車の轅(ながえ)も、霜いたくきらめきて、有明の月、さやかなれども、隈なくはあらぬに、人離れなる御堂の廊(らう)に、なみなみにはあらずと見ゆる男、女となげしに尻かけて、物語するさまこそ、何事にかあらん、尽きすまじけれ。 かぶし・かたちなどいとよしと見えて、えもいはぬ匂ひのさと薫りたるこそ、をかしけれ。けはひなど、はつれづれ聞えたるも、ゆかし。【訳文】 家の北側の陰に消えずに残っている雪がひどく凍りついている所に、寄せて置いてある牛車の轅にも、霜がたいそう輝いていて、夜明けの空に残る月が、形ははっきりと見えるけれども、その面に曇りがないという程でもない、その月の下で、ほかに人のいない御堂の廊下に、ただの人とは見うけられない男が、女と長押(なげし)に尻をかけて物語をしている様子は、何の話であろうか、なかなか終わりそうもない。頭つきや容貌が大変立派に見えて、何とも言えない匂いがさっと薫って来たのは、趣深く感ぜられる。その声などが、端々(はしばし)聞えているのも、はっきり聞きたい気持ちがする。【注釈】・屋陰:家の陰になったところ・なみなみにはあらず:地位も高く、容姿も優れていることをさす・なげし:長押・かぶし:頭つき・けはひ:男女の語り合う声
2012.06.20
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ようやくAIJの悪行が公に晒される。というか、浅川和彦の悪行と言っても良いかもしれない。私がこの問題に気づいたのは、2月24日の「年金2000億円大半消失」という新聞の見出しであった。それからでも4ヶ月が過ぎたが、この件に関しては、人の噂も75日というわけにはいかなかったようだ。元々根源は2004年位迄遡るようだが、それらのことは、新聞紙上に詳しいし、分捕られた側にとっては、憎さも憎しというところだろう。2月24日時点では、約2000億円を消失したといっていたが、今日の新聞では、資産1000億円を消失させたとある。一体どうなっているのだろうか。投資顧問というのは、「投資について助言したり、顧客から預かった資産を自らの裁量で運用したりする資産運用の専門会社。」とのことだが、この浅川のAIJは初めから、詐欺る目的で起こしたような会社といってもおかしくない。このとっちゃん坊やのような顔をしている浅川だが、なかなかどうして、やり手の悪のようだ。野村證券上がりと言うから、証券不祥事で勇名を馳せ、「証券界のドン」と呼ばれた田淵節也の土壌かと納得したりする。野村を辞め、AIJの社長になったのが2004年で就任と同時に、実態運営と虚偽の運営の乖離が激しくなったようだ。要するに、社長になってから誤魔化し続けて、はや8年と言うところか。とにかく、リーマン・ブラザーズの破綻が影響していることは紛れもないが、いくら損をしても、口に糊塗して、かき集めた金を前の借金返済に充てる自転車操業を行っていたと云うから根が性悪である。それでも「騙すつもりはなかった」の一点張りだが、結果を見てものを言えと言うことだ。この間国会の参考人招致は言うに及ばず、証人喚問があって、やり取りを見ていたが、詰め寄る方の知識の無さに、どうやっても嘘の牙城が崩れないといった有様で、国会議員などに投資の専門家の巧妙なやり口が分かるわけはないかと思ったものだ。虚偽の報告は認めながら、騙すつもりはなかったと言って、議員の先生方は手玉に取られるばかりで終始した。アイティーエムの西村秀昭社長なども、力関係で、押さえ込まれているから抗うことが出来なかったのだそうだ。何度損をしても、取り返せると表現しているが、それが本当なら、この男にも精神鑑定が必要である。でなければ、やはり詐欺であろう。ところが、この男の意図するところは別にあったようである。幾ら損失を出しても、投資信託を管理するグループ会社(タックスヘイブンのバージニア諸島の架空の会社)から、株の配当として、4億~5億円が得られる仕組みを構築していたのである。損をしようが、黒になろうがお構いなしに、取引のあることで運用手数料は得られ、私財は蓄積され続けるという甘い甘い構図である。損をするのは、託した側の84基金、約88万人が応分に損害を分かち合い、その分浅川個人は4億~5億円が逐次儲かるシステムだ。美味しいことこの上ないわけで、ずる賢いのもここまで来れば天才であり、愚鈍な国会議員の証人喚問などと言うのは単なる茶番劇にしか過ぎない。顧客に対する弁済についても言を左右にしていたわけが分かる。自分の蓄財(しこしこ貯めた70億円)に手が付かないようにと必死にガードしていたわけだ。しかもこの男、既に金はないという。すぐ使うから、宵越しの金はないという。江戸っ子じゃ、あるまいし、馬鹿も休み休み言えというのだ。8年間で、70億円を使おうとすると、発想が貧乏な私などには、どう使って良いか分からないわけで、馬鹿にするなと言いたい。法律に詳しくないが、詐欺罪の刑は懲役10年くらいだとすると、よしんば有罪になり、満期まで務めたとして、この男は、まだ、70歳だ。それからおもむろに70億円を出して、悠々自適という訳か。それも悪くないと思っているかも知れない、勿論最後の1線である。こんな事を言うから、貧乏人のやっかみだと云わせしめるのかも知れない。刑務所暮らしも最近は人権がどうとかで、改善されているようだから、少し辛抱して、模範囚(多分7掛けぐらいで釈放か)で出てくれば、地位はなくても、後ろ指、指されても(之は75日の辛抱だ)金はあり、騙された年金自給者は、お可愛そうにであるが、この男は、何の心配もない老後を送る事が出来ると云うことになるのだろうか。昨今の社会情勢を見るに、殺伐とした事件が多いし、このような知能犯的な犯罪も進化している。やはりここらで、刑法を改正して、江戸時代のように「市中引き回しの上、磔獄門」といった内容も復旧するべきではないかと考える。
2012.06.19
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朝は早く目覚めた。連れ合いは、余程疲れたのだろう、ぐっすりと寝ている。起こすのも可哀想だが、1人先駆けても行けないと、朝湯へ誘ったが、寝ている方が良いという。そこで私1人、昨日女湯だったくにうみの湯に入った。造りはこぢんまりしていて、大阪湾の眺望は、こちらの方が開けているが、生憎の曇り空で、対面の関空は見えなかった。雲間に僅かに来光を見たが、今日も一日曇天のようだ。なにやら台風が近づいているらしい。暫くして部屋に帰ったが、連れ合いは未だ寝ている。朝食時間まで、持参の本を読んで時間を過ごした。今日の朝食は、1階の「いいそ」というダイニングルームである。他の客は、何処で食べているのだろう、ほとんどが室内食のようで、食事カートが通路に2,3台見えた。朝食は2人だけの個室で、沢山の品が出され、ご飯のお代わりをしてしまった。満足して、そのまま朝の湯に入ることになった。私は2回目である。既にスパテラス水月の湯は2つとも入ったので、我々の部屋から程近い2階の湯賓閣、天空の雫に入ることにした。メゾネットタイプのこの湯は、入ったところからの眺望が、実に素晴らしい。この事は以前に来て知っていたが、ホテル改修後は初めてのことだ。ここにも地階に降りていくと、古茂江温泉(赤湯)と洲本の湯の共存がある。古茂江温泉はナトリウム、洲本温泉は、単純弱アルカリ温泉と泉質が違う。この時間には流石にサウナも80℃台に落ちていて、効果は無さそうだった。今回は、何度も入った私の方が、先に上がり、眺望の利く、休憩スペースで、連れ合いの上がってくるのを待った。部屋に帰って、入浴の疲れを取るべく、少し休憩してから身支度を調えた。この時始めて、全米オープンの放送が見られるのを知り、そんなことなら朝1番から見ておけば良かったと思ったが、日本勢も、タイガー・ウッズも不振であった。チェックアウト時間が近づき、15分前には、リマインドのコールがあった。やおら降りて、荷物を車に積み込み、北海道のウインザーホテルに模して造られたような、カフェテラスで、コーヒーを1杯のみ、淡路夢泉景を後にした。10:26ホテルを出発、洲本ICから高速道路に乗るのを止めて、海岸沿いの国道28号線を北上することにした。700円ばかりのセーブであると共に、ゆったりとした風景を楽しみながらのドライブが出来、一般道も存外悪くないと云うところだ。淡路島最北端の淡路ICまで行ったが、淡路ICからは、淡路HWオアシスには行けない構造になっている。もうすこし考慮があって良いのではないかと思いながら、手前の道を山に少し入って、古川農園にてびわを買い求め、淡路ICに乗ったのが、11:38(648.8km)だった。そこからは、来た道をそのまま帰るだけで、ひた走った。今日はウィークデイでもあり、中途半端な時間なので、宝塚辺りも混雑していないようだ。手前の名塩SAで休憩を取った。約30分間の休憩の後に、通い慣れた中国道から名神に入り、大山崎ICを出たのは、13:11(746km)であった。最後に、自宅付近のいつものガソリンスタンドで、満タンにして、家に帰り着いたのは、13:27、走行距離のトリップメーターは751.6kmを指していた。このドライブ温泉旅行の総括は、次の通りである。全走行距離=746.9km平均走行速度=(63+58+54)/3km/h=58km/hガソリン消費量=60.75リットル平均燃費¬=746.9km/60.75リットル=12.3km/リットル交通費(高速料金+ガソリン代)=(\14,020+\8,158)=\22,178ということになる。夕方、太郎君のマンションを訪れた。お嫁さんと、孫達が迎えてくれて、「父の日」プレゼントを頂いた。洒落たチーフとソックス、それに形の良いウイスキーグラスであった。私はとても幸せだ。願ってもないような家族を手に入れたことになる。孫達とかねての約束の福井恐竜博物館に何時行こうかと決めて、太郎君のマンションを辞去した。かくして、2泊3日の四国、淡路島のドライブと温泉旅行は無事終了したのである。
2012.06.18
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昨晩不覚にも酔って正体無く眠ってしまったようだ。ここ土佐では、全米オープンゴルフの放映チャンネルはない。従って、早く起きて、朝の一番の温泉に出掛けた。こんなに早く来ている人は居ないだろうと思っていたが、何と言うことはない既に温泉には、何人もの人が来ていた。今日は、昨日入らなかった、「室戸岬」の方に入った。そこにはまた弘法大師の伝説にちなんだ「洞窟湯」もこしらえてあった。壺湯がないのは残念だし、サウナも火を落としてしまっている。湯の中に浸かって、長時間はやはり応えるので、半身浴などを繰り返した。それでもたっぷり時間を掛けて温泉を楽しんだ。部屋の鍵は、2つ有ったので、先に上がった方は部屋で待つことが出来る。私の方が遅くまで浸かっていた。朝食は、定番であるバイキング形式だ。あれこれと手を出したくなるが、体重を落とすためには、滅多に大食いしてはいけないと少しブレーキを掛けた。それでも和洋折衷で、いつもより食べた量は、多かったのではないかと思う。窓外には、太平洋が眼下に見える。近くには、黒潮ゴルフクラブであろうか、コースの一角が見える。クラブをひっさげてきたら、淡路島までは時間があるのだからと一寸悔しかった。食事を終え、どこに行きたいと言うところもないが、ここから山に入っていくと、龍河洞にも行けるようだ。連れ合いは昔龍河洞にも来たことがあるし、桂浜もまた然りである。なにやら高知を始め、徳島や香川は、好みではないらしい。四国といえば、愛媛の松山と道後温泉が秀逸であるとのことだ。しかし、部屋でゆっくりしていても楽しくはないので、とにかく高知市内に向けてチェックアウトをした。8:50にホテルを出発して、小一時間で高知市内に到着した。高知城へと思ったが、とにかく昨日からの雨上がり、むしむしすることこの上ない。一寸歩いただけで、汗が噴き出るので、城に行くことも断念した。はりまや橋は、小さくて、余り気づかないが、人々は、記念撮影に余念がない。その近くには、人口公園が作られていて、地下道もある事に気づいた。地下道の中央は少し広くなっていて、そこには、高知県が生んだ英傑の写真や、祭りのことなどが紹介されていた。高知で、余り長居をしてもしょうがないので、ガソリンを20リットル入れ、スシロー高知店で昼食を採った。高知市内の交差点には、アルファベットが賦されていた。気づいたのはWの交差点で、西向きを表しているのかと思った。次の交差点ではNになっていたが、北向きではなく混乱したが、単なる番号付けであった。スシロー高知店は、それらのD交差点からの東西の道路沿いで、そこには、飲食店が多くあった。海に近いという気のせいか、スシローの握りは美味しく感じた。12:10(385.1km)高知を出発、一路淡路島のホテルへと向かった。来た時は、南国ICで降りたが、帰りは高知ICから乗ることになった。来た時の逆のコースだが、何しろ、四国山脈をぶち抜いて走る高知自動車道には、トンネルがやたらと多い。立て看板では、高知ICから、川之江東IC迄に25個のトンネルがあるという。中でも、高知と愛媛の県境にある、笹ヶ峰トンネルは約4,300mと最長である。そこを抜けると眼前には瀬戸内海が大きく広がる。往路は、徳島自動車道を選択したが、復路は高松自動車道を通ることにした。高速道路を一旦降りなければならないのは不利だと感じたからだ。経済性では、直接同じ区間を同じ曜日に走っていないので、比較は難しい。途中連れ合いと運転を交代したが記録していなかった。津田の松原SAで再び運転を代わり、洲本ICで降りて、淡路夢泉景ホテルに到着したのは15:22(608.8km)であった。このホテルは、M&Aを繰り返し、ホテルニューアワジ、スパテラス水月(棚田の湯)、天原、そして夢泉景とが合体した形で運営されていて、ホテルでは一人勝ちのようにも見える。到着と同時に温泉に入る。私は棚田の湯、連れ合いはくにうみの湯である。共に洲本温泉と古茂江温泉(赤湯)とから成っている。棚田の湯は、淡路島の棚田をイメージしたもので、4段になった湯であり、くにうみの湯は古事記に由来することが縷々説明してある。夕食は、バル淡道で、訥々と喋る寿司職人から転向したシェフがいた。お酒は少し控えめにして、夕方のホタル鑑賞会に出掛けた。海ほたるが見られると思ったが、生憎、この日は山ホタルしか見られないという。バスを待っている間に、私の携帯に、孫のお兄ちゃんの方が、今まで出来なかった逆上がりを自力で2回出来たという連絡と、弟の方は、コマ無し自転車に乗れたという嬉しい報告が入っていた。バスは、約束の時間に遅れたがホタルの観賞場所に連れていってくれた。鮎屋の滝と言われる小高いところで、昨日の雨で、ホタルは激減していた。帰り道の暗がりに、タマネギを干す建屋が有り、一寸説明をしてくれた。ホテルに着き、再び就寝前の温泉に浸かった。温泉上がりに、クラブ「オーシャン」でジントニックと、カシスオレンジを注文し、連れ合いは初めてというビリヤードを少しだけした。その後は、疲れていたと見えて、連れ合いは、泥のように眠ってしまった。
2012.06.17
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久しぶり、といっても1ヶ月前には赤穂に行っているのだが、今日から3日間を掛けて、四国と淡路島へドライブ温泉旅行をすることになった。早朝から全米オープンを見て、午前中は連れ合いの孫の初の参観日ということで、一緒に観に行こうという計画であった。いざ参観日に出掛ける段になって、ETCカードが見あたらないことに気づいた。之がないと、四国への旅行の高速道路割引が受けられないので、焦って探した。見あたらなく、ほぼ断念して、連れ合いだけ孫の参観日に出掛け、私はETCをあらゆる角度から探した。結局、何のことはなく、前に使った時のシャツの胸ポケットにあるのに気づいたのは、旅行に出掛けるほんの少し前だった。自分では気づかぬまま、歳を取って厄介な状態になってきているようだ。そんなことで、孫の参観日として、9:00にマンションを出たものの、仕切り直してドライブに出掛けたのは、11:35であった。ガソリンを満タン、トリップメータを0にして4.7km走行した時が旅行の原点である。大山崎ICから名神に入り、中国縦貫道から山陽道、神戸淡路鳴門道路を通り、明石海峡大橋を渡って、12:35(105.5km)淡路島のHWオアシスで休憩と昼食を採った。13:25 にHWオアシスを出発し、淡路島をとにかく一気に縦走、14:05鳴門大橋を通過、徳島県に入った。高松自動車道には、私がPC橋として緊張指導で関係した橋が沢山ある。今日は、時間を優先し、板野ICで、一旦降りて、少し走り、徳島自動車道を通ることにした。しかし何故ほんの4km程の間を結ばなかったのか不思議である。後は、四国第2の高峰剣山(1,955m)を左手に見て、四国三郎との異名を持つ吉野川沿いに真西に向かって走る。少し眠くなったので、14:55阿波PAで運転を連れ合いと交代した。PAからほんの10分ほどで、阿波の土柱があり、この段丘礫層の土柱は、イタリアのティロル地方、アメリカのロッキー山脈のものと並び称されるほどのもので、地学専攻の連れ合いには、興味深かったかも知れないが、何しろ雨がそぼ降るので、見送ることにした。ほんの5分の休憩で、再び徳島自動車道を走る。連れ合いの運転で、対面通行の自動車道を走り、川之江東JCTで、高知自動車道に分岐し、今度は南下する。高知県に入り、すぐの立川PAで再び運転を交代した。連れ合いは、80km、約1時間を運転した。南国ICで高速自動車道を降りて、途中間違って県道を走ったが、また国道55号線に戻り、少し東に走って、土佐ロイヤルホテルに着いた。346.7km、17:00の着で、342kmを5時間25分掛けて走行したことになる。さっそく温泉に入る。「よさこい温泉露天風呂」と称して、リニューアルしたのだそうだ。目玉は海洋深層水による露天風呂であろう。男女日替わりの露天風呂は、方や、「桂浜」一方は「室戸岬」と名付けられ、桂浜には「壷湯」があり、室戸岬には弘法大師の伝説にちなんだ「洞窟湯」が作られていた。各々に、小さな坂本龍馬と中岡慎太郎の像が露天風呂を見張るように建っていた。レストランでの夕食は、和食の「土佐の国」でいただいた。前菜の盛り合わせはなかなか目を楽しませてくれた。カツオのたたきは、望むところだが、刺身までもがカツオだったのは、少し工夫が欲しいところだ。鱧の柳川鍋も、連れ合いに言わせれば、同級生がやっている店の方が美味しいと言っていた。サザエや金目鯛も美味しい、海鮮料理の中で、淡路牛のステーキもまた良い趣向である。こういったものと一緒に飲む、栗焼酎ダバダも格別な味わいである。すっかり上機嫌で、何くれと話し込んだ。今朝の孫の参観日のことで、先生が、スローガンを何にしようかとの話しになった時、孫が「命を大切にしよう」といったので先生は、即座に取り上げたという。何と、素晴らしい発想と聞いていると、(これは後日聞いたのだが、ある時先生が小さな虫を造作もなく殺したのを見て、可哀想だと思った孫が、先生に気づかせるように選んだ言葉だったというわけだ)。「へーぇ」と感心するが、先生は気づかなかったのだそうだ。この優しさは何とも云えない宝だが、生き馬の目を抜こうかという世の中で、やっていけるのかどうか、少し心配でもある。話す内、あと1杯と勧められた最後のダバダで酔ったのだろう、部屋に帰ってばたんと寝てしまったようだ。折角起こしてくれた、夕食後の温泉も今日は入らずじまいだった。
2012.06.16
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とにかく長い事件である。であったと書きたいが、まだまだこれから先の処分(処刑)が終わっていない。オウム真理教の凶悪で非道な事件については、世の中で多く取り沙汰されている。オウム真理教と一言で括れない多数の事件を内包していて、その各々の事件の実行犯はということになると最早、マトリックスを書かないと表現出来ないくらいである。しかし、そのどの事件に於いても麻原彰晃はその主導的立場にいたわけで、よくもこのような非道を行ったものだと、遠く理解の及ばないところである。そこで精神鑑定を持ち込まれるが、現法律では、精神に異常を来している場合は、罪を問われないといった事がある。本当にそうであって良いのだろうかといつも思う。よしんば、麻原彰晃が精神異常者だと言うことになれば、罪を問われずまた野放しになることがありうるのかと言う危惧である。考えられない。しかし、これらを弁護する人間どもが居ることも又驚きである。鑑定をやり直してまで、救おうとするのは一体何故なのかということだ。「被告にも人権」ということが声高に叫ばれるようになって久しい。「疑わしきは、被告人の利益に」という意味のことは分からないではない。勿論冤罪を回避する上では、この事は異論はないのだが、さて、本当に冤罪なのかどうかは、当の本人しか分からないことで、そういった意味で、本当に冤罪でない場合には、一体どうなるのか、極めて論議を呼びそうな事柄であると思う。本当は「殺ったが」結果は「殺っていない」といった帰結になった場合である。百歩譲って、再犯がない場合は、社会正義上は云々あっても、まだ看過出来るかも知れない。しかし、犯罪を犯していて、何故か無罪になった場合はどうだろうか。再犯の可能性のある人物を野放しにするといったことにもなりかねないわけだ。この問題を麻原の場合に当てはめたら、どうなるだろうか。考えただけでも怖ろしいことだ。この最終逮捕者高橋克也は、地下鉄サリン事件から見ても既に17年間という長きにわたって逃亡生活をしていたわけで、時折見かける手配の写真があるばかりで、現在の顔つきとは似ても似つかわしくない、顔つきで、この写真ならない方がましなくらいに市民をミスリードする結果になってしまったようだ。之で特別指名手配者はいなくなったのだそうだが、初期の写真を掲げているぶんには、逮捕を遅らせて下さいと言っているようなものだ。警察の初動捜査捜査といい、今回の顔写真騒動では、捕まるものも捕まえにくくして、犯人に有利の展開になったのではないか。さらに、警察庁が特別手配中の高橋克也容疑者の捜索を強化するよう全国の警察本部に通達を出したその日に高橋が潜伏していた川崎市内の全8つ署長が、意見交換会と称する宴会を開いていたことなどの事があり、警察が真摯に逮捕に向けての行動を一にしているのか、疑わしい。交通事故防止対策が議題だそうだが、宴会を開いてでないと出来ないことなのか、そんな点も、不信に繋がる。酒の量は関係ない。警察側は不適切だったといったのだそうだ、分かっていたら止めればいいが、言われて対応するなら、稚拙としか言いようがない。ついでという形で、「アレフ」の施設に立ち入り検査をしたと言うが、私は、アレフそのものが存在すること自体に疑問を持っている。出家信者数人が住み、多くの在家信者が修行していると言うことらしいが、極めて危険な要素をはらんでいると考えられる。既に、横浜施設への立ち入りは昨年8月以来7回目だそうだが、本当に核心を突いているのか、世間体上やっている程度のものか、又警察内に信者は居ないのか、徹底的に調べて貰いたいものだ。高橋逮捕の時点でも、漫画喫茶の店長が、「似ている男がいる」と通報した時、警察は疑念を持ち、「違うだろう」というようなことを言ったという。店長のたっての言葉にやっと、高橋を任意同行し、と極めて緩やかな対応である。私は幸いにも、取調室の内部で何が行われているか知らないが(テレビドラマでしか知らない)、時に居丈高、時に脅迫めいたことを言う割には、逮捕前にかくも慎重で、かくも優柔不断なやり方は何故かと訝る。この店長は、最大1000万円の懸賞金のどれくらいをもらえるのか、一寸興味のあるところである。高橋は、麻原彰晃死刑囚を「信じてない」というが、逮捕時の所有物に多くのオウム関連の本を持っていたという。いかにもきな臭い。最後に、「高橋が逮捕されたからといって、我々の生活が変わるわけではない。一つの通過点でしかない」とも漏らした被害者家族の言葉がいかにも重い。
2012.06.15
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小学児童を対象にした3回目の学習会があった。前回から1週間が経っている。1回目は4年生、2回目は2年生、そして今日は1年生だ。今日も初めての顔合わせだ。ピカピカの1年生だった頃から、まだ2ヶ月しか経っていないので、みな可愛い子供達ばかりである。同級の連れ合いの孫は、別にスィミングスクールがあるので、この学習会には参加していないのは少し残念だ。今日も又、自分が小学校1年生の時はどんなだったのだろうかと思い出してみるが、とても思い出せるものではない。私もこのような時代があったことだけは確かである。それにしても机も、椅子も小さい。大人にとって、机に腰を掛けたとしても、未だ十分ではない高さだ。今日集まった児童は20名だった。1組が9名で、2組は11名という事だ。対応するボランティア学習サポーターは、私を含め3名だった。集団行動としては、大半の子が、幼稚園や保育園で過ごしてきたようで、1年生が初めてではないようだが、それにしてもてんでに行動すると云うことには変わりない。元教員だった、学習サポーターも1年生は初めてだと言っていた。まるで、「ぴよぴよ」さえずる小鳥達が入ってきた感じだ。プロコフィエフが作曲したら、ピッコロの合奏と言うところか。2組の座席配置は1枚用意され、1組のそれは3人に用意されていた。更に1組の先生は、1人の子は「一寸多動性です」と言い、1人の子は、「一寸気むずかしいです」と耳打ちして下さった。この辺の気遣いが、1組の先生のベテラン振りを感じさせた。なるほど多動性といわれた子は、何かと目立ちたがるという傾向があるのですぐ了解出来た。宿題は、平かなで枡を埋めると言ったことや、算数では、1桁の足し算をするという内容だった。私が見えたのは、せいぜい4人程度である。動作の早い子、おっとりしている子、何かと「先生、先生」という子、それぞれである。このような生きた人間観察をすることはなかったので、とても新鮮である。多動性といわれた子は、プリントをいち早く片付ける。「出来たよ」というので見ると、字は少し乱雑だが、足し算の答は全て合っていたので、当然なのかも知れないが、一寸驚きだった。というのも、隣の女の子は、おっとりと構えているので、国語の字を書くプリントを、まだ半ばしかしていなかったからだ。人としての成長は最早始まって6年ほどを経過しているわけで、それぞれ個性があることは、特に不思議ではない。しかし、ほぼ完成された人間との対応が主な、会社人間は、このような経験は初めてな訳で、とても新鮮である。小学校の先生のご苦労も察せられる。スポーツ選手など(特にゴルフ)では、6歳から始めたとか、中には、3歳から始めたという選手もいるわけで、この児童達も、今から競争のスタートラインに立ったわけだ。中学生も見る機会があるので、あと6年も経ったら、この子達もあのような中学生になるのかと、一寸感慨深いものである。始めた時間が、紹介などで、10分程度取られたので、実質の時間は、30分余と言うことになり、勢い全ての宿題を仕上げることは出来ないようだ。とにかく隣の子が気になるようで、自分のことに集中出来ないと言ったところである。算数計算が出来た子には、「早くて、頭が良いね」と言いながら「もう少し丁寧な字を書こうね」といい、国語の字の練習では、「ね」とか「ぬ」とかの最後の○が潰れている子には、「もうすこし大きな○を書いてあげようね。そうすると可愛い字になるからね」などと、優しく言ってあげると、今度はちゃんと書いてくれる。本当に素直な子達ばかりだ。初めてだから、勿論全員を詳細に観察することは出来なかったし、「先生」「先生」とあちこちから声が掛かるので、ややもすると上滑りになる気がする。よくもまあ、担任の先生は30数人と対応していることかと、又感心する。しかし、このような熱いうちにちゃんとしつける事が重要なのだろうと、改めて感じた。教頭先生も、担任の先生も顔を覗かせていたが、学習サポーターが、役に立って、児童が少しでも良い環境で勉強が出来ればいいと思いながら、短い学習時間を終えた。
2012.06.14
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ベアリング大手4社による談合が行われたようである。談合は今やすっかり悪業のように云われているし、またそういった意味でしか伝えられないので、元の意味としては残念なことであろう。国語の辞書などによると、「談合」とは、話し合うことや相談を意味していると書かれている。中央自動車道に談合坂SAというのがあるが、ここでの談合の由来は、諸説有るが、近郊の村の寄り合い場所といった意味や、戦国時代に北条氏と武田氏が和議調停などの交渉ごとを行ったという意味、また、この付近にも桃太郎伝説があり、さる、犬、キジが桃太郎の家来になる約束をしてダンゴをもらった(団子から来ている)との説もある。しかしここで云う談合とは、「入札談合」を指している。即ち、国や地方自治体の公共事業などの入札の際に,入札業者同士で事前に話し合って落札させたい業者を決め,その業者が落札できるように入札内容を調整すること。私法上は公序良俗違反で無効であり,刑法上は談合罪(刑法96条の3)の適用があるということだ。この談合は、公共工事に関して、発注者の官公庁職員が関わっているものを特に「官製談合」と称している。一頃問題になったが、こういった談合はなくなったわけではなく、ただなりを潜めているだけであろう。今回、カルテルを結んだ疑いが持たれているのは、日本精工、NTN、ジェイテクト、不二越のベアリング大手の4社である。この内、ジェイテクトは最初に自白したと云うことで、罪を減じられるようだ。課徴金減免制度(リーニエンシー)という制度のようだが、4社悪巧みをしていて、内部告発的に抜けた者は、許されるというわけだ。なんだか任侠の世界では許されない気もするが、之が結構有効に機能しているようだ。ならば、最初からそんな話に乗らなければいいのにと思うがそうも行かないのだろう。 そもそもは、2004年頃から、ベアリングに使う鋼材の価格が高騰し、ここでもベアリング村を救うべしと、各社の担当役員が集まり、値崩れ防止と、高値で留まるように価格調整の協定を結んだのが始まりのようだ。こう言ったことは、少なからず何処でも行われている。現に、土建業や、橋梁関係では、内部に「談合屋」と称して憚らない連中が居る。受注競争では、原則安値を出した者が落札するので、欲しさに、どんどんと注文赤字覚悟で受注する会社も出てくる可能性がある。まず実績をといった考えである。しかしそうなっては、その業界村全体に安売り合戦が広がるから、之を留めようと、何社か集まって、受注順番を決めてしまおうとするわけだ。各社は受注の順番に当たる会社の見積額より安くならないように予め値段を決めるわけだ。私もそういったことを告発に、公取委に出掛けたことがあるが、彼らは忙しいのを理由に、ちんけな子会社の一寸した談合なんかは取り合わないのである。しかし今回は、村全体が4000億円という市場のようで、あながち看過出来ないと云ったところであろう。公取委としても、何だかのパフォーマンスが必要であることから、こういった告発は、美味しいわけだ。ところが、このカルテル、元は、原料の鋼材の価格の高騰への対処で始まったが、鋼材値段が下落しても、尚、談合は継続されたと云うことだ。世に云う既得権益の継続行使といったことになろうか。公取委は、このように繰り返した価格調整を「悪質なうえ国民への影響も大きい」といっているわけだが、至極当然のことであり、もっと前から芽を摘めなかったのか、そちらの方が大きい。 ベアリングは自動車や産業機械など、ありとあらゆるところに使われる、貴重な部品であり、種類も多種多様だ。そして、この製造には高度な技術が必要で、実質的にこの4社の寡占状態である。4社もいれば競争原理が働くと思われるが、それは隠れ蓑、実態は1つになっていたわけで、之はもう東京電力並みになっていたわけだ。そしてジェイテクトの申告で、日本精工、NTN、不二越の3社だけが告発されることになった。日本精工、ジェイテクト、不二越の3社は、いずれも容疑を認めているようだが、この期に及んでも、NTNだけは「値上げは独自の意思決定に基づいて決めた」と主張しているという。まぁ、図々しい限りである。こういった事が起こる度に、法令順守(コンプライアンス)を徹底すると、形式的に述べるが、一向に実が上がらないのは、罪の重さに比べ、量刑が軽すぎるからではないかと思う。
2012.06.13
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最近は、好きなことをして1日を過ごしている。こんな事をしていて良いのだろうかと思うこともあるが、中学校の土曜スクールにも通っているし、小学校の学習支援にも出掛けているので、まぁ、許されるのではないかと思っている。朝は暗い内から起き出して、パソコンに向かう。大概は最近起こったことで、それに対する思いや考えをブログに書き込む。そんな中、静まりかえった時間に郵便受けにコトリと音がするのだ。3:30前後にその音は聞こえる、新聞屋が、各家庭に新聞を入れて廻っているのだ。配達人と顔を合わせたことがないが、昔はイラン人が配達していたこともあった。伊沢八郎が歌うような貧困青年は居ないと思う。その新聞代は、姫が支払っているのだが、何時しかそれが常態化してしまった。申し訳ないと思うが、このままそっとしておきたいという厚かましい気持ちもある。で、まぁ、姫と会った時にはなるべく「新聞」という言葉は口にしないようにしているわけだ。新聞を手に取ると、先ず第1に各地の放射線量を見る、そして、3.11の地震発生から27日経った日から発表されている数字を記録しグラフ化している。今日の新聞には、11日のモニタリングスポット(地上1.8m~80.3m)での数値と、平常時の最大値、そして何故か1日ずれて、10日の地上1mの値が書かれている。私は、最も高い現地福島での値をモニターしている。それによると、(いずれも福島)27日目:2.400μSv/h(2.5m≧)、計測無し(at 1m)・・・平常最大値=0.064μSv/h(2.5m≧)であり、 at 1mは、第164日から発表されて、その値は、1.600μSv/h(at 1m)であった。途中変な値も発表されていたようだが、昨日の値は、第459日:0.810μSv/h(2.5m≧)、1.000μSv/h(at 1m)・・・平常最大値=0.064μSv/h(2.5m≧)とやっと1.000μSv/hとなっている。グラフにするとよく分かるが、(2.5m≧)での値は、100日目くらいまでは急激に減じたが、その後は実にゆっくりとしか変化していない。大雑把に云っても423日で、やっと、1.59μSv/hしか減じていないと云うことだ。更に、(at 1m)の危険ゾーンでは、294日で、やっと0.6μSv/h減じているだけである。我々人間にとって、直接的な(at 1m)の危険ゾーンでは、この先、平常最大値=0.046μSv/hになるためには、単純な比例計算でも、計測公開日の第164日からX日掛かるとすると、X=(1.6-0.046)×(459-164)/(1.6-1.0)=764日という結果が出る。即ち、後このまま漸減してくれたとしても、さらに469日掛かるという計算になる。別途、一般人の年間線量限度は1.0mSv=1000μSvというわけだから、之を毎時の限度に直すと、0.114μSv/hとなる。それでも、190日程度は掛かる。しかし、このように比例計算できちんと減ってくれるものでもない。ホットスポットなどという異常値を示す個所もある。改めて考えても、厄介な事故を引き起こしてくれたものだと思う。だが、そういったホットな話は、既に忘れ去られているようだ。毎日なかなか減らないなぁと思い時にはまた少し上がるといった繰り返しだ。それから、新聞を切り刻んで、ジャンル別にファイリングするようにしている。時には、ロータス社の「Approach」というデータベースに落とし込むこともしている。「Approach」はマイクロソフトの「Access」と同種だが、不人気で、今はサポートしていないかも知れない。ここには、あらゆるジャンルのデーターを集積している。今比較的充実しているのは「悪人列伝」とか、「原発基地」とか、「事故大鑑」、「天体宇宙」、「天変地異」等々である。地震や、竜巻、など人知の及ばない物は全てこの「天変地異」を見れば時系列的にも、どのような内容であったかも瞬時に分かるシステムとなっている。データーベース化する上で、どう言った要素が必要だとか、ジャンルはどうだとか、整理のアイテムを決めていくのも又愉快であり、呆け防止になっていると密かに思っている。「人名住所録」等では、生年月日が分かれば、そこを開くと、毎年歳を取っていく様などが、関数計算で出来るから、便利に使っている。こういった姿を見て連れ合いは、一体何が面白いのだろうと怪訝そうである。また、メル友もやっている。時折よこしてくる友人のメールが凄く面白い。知的で、エスプリに富んだ内容は、それが経済、金融に渡れば、私のウィークポイントでもあり、面白く拝見させて貰っている。曰く、今の極端な円高は、日銀(白川総裁)等の日銀札(お金)を刷らないからだとの帰結には興味を持っている。この間は、重厚長大の造船が何故に韓国や中国に後れを取ったのか、技術革新の余地はないのかと問われ、難しい問題だが、労働集約産業のなれの果てと云うことかと応えた。そんなことをしていると、1日の時間はあっという間に過ぎ、本来やるべき、ウォーキングや、ゴルフの練習などが出来なくて困っている。今更知識を蓄えてもどうにもならないことは分かっているし、老いて寝たきりにならないために適当に運動をしていかなければならないことも理解している。しかし、このブログの冒頭に書いたように、有り余る知識を詰め込んだとしても、ソクラテスの云うように、「無知の知」を悟るだけであり、カントが云う「Es ist Gut!(すべてよし)」とはいかないのである。
2012.06.12
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久しぶりに姉と2人でゴルフに出掛けた。本来なら、連れ合いと一緒に行きたいところだが、何しろウィークデイは休み無く学校に出掛けているので、同行することは叶わない。姉も友人に誘われて、元気にやっているようだが、同行するのは、昨年12月以来のことだ。私も月例のコンペがあるし、練習もままならないので、一庫が良い練習コースになるわけだ。最近殆ど行っていない一庫コースだが、ネット予約では、400円ほど料金が上がっている。しかし絶対値が5900円と安いので、やむを得ずと云うところだろうか。7:15に出て、姉の家には、8:30に着いた。 そこから一庫へは何時も通りで、10:07には十分間に合って到着した。ゴルフ場に着くと、カートは結構並んでいるし、駐車場も一杯である。そして今回から前払い式と云うことでフロントに行くと、私の顔を覚えていてくれたのか、ウェブ予約なら5900円とのことだが、何時も通り5500円にするという。願ってもないことと、気をよくした。並んだカートはその殆どが2サムである。混み合っているはずである。と云いながらこちらも2サムだからどういう事もない。アウトからのスタートで、コンペティーと、バックティーとの都合の良い方で打つことにした。今日は自分に集中して書いていく。 アウトのNo.1(L)は、ティーショットは白ティーから打った。高く上がり、又FWには届かないが、まずまずのところだ。2打目はクリーンに当たり、左ラフに落ちた。前下がりのライはあまり良くない。案の定、3打目はチョロ気味で、FWに出るだけだった。残り80をグリーン向こうのバンカーに入れてしまった。5オンで、1パットはまずまずのところか。ボギースタートだ。No.2(M)は、ティーショットは気持ち良く当たり、FWを捉えた。2打目を引っかけてしまい、左ラフ深く入った。グリーンが見えるところまで出した。残り110で、3打をバンカーに入れてしまった。脱出オンから2パットで、ボギーである。No.3(M)は、ティーショットを軽く打った。前方には池があるからだ。スライスして右のラフに落ちた。3打目は少し芝に食われて、思うほどには飛ばず、残り100の左ラフに入った。打ち上げて、3オンしたが、2段グリーンの下で、ピンは上段である。坂を登るのに少しゆるめで、結局3パットしてしまった。 No.4(M)は一寸した谷越えであるが、ティーショットをスライスして、あわやOBである。2打目で、前方の小高くなった山を越えて、飛んでいった。結構距離は出ていて、残り50ヤードと右ラフに落ちていた。3オンしたが今度はピンが下段にも拘わらず上段で止まった。下って左スライスのライン通りに通って、1パットだ。我ながら上出来であった。パーである。No.5(S)は、前が谷のようにスロープして、狭いショートだ。バフィーで一寸ダフリ気味で、転がってグリーンにオンした。ここも、ピンまでは遠く、ファーストパットを打ちきれず、結局3パットだった。No.6(S)は短い打上で、砲台型のグリーンだ。クラブ選択が難しく、結局PWで振ったが、左に引っ張ってしまってOBだ。打ち直して、オンできたが3パットの連続で、ダブルとなった。 No.7(M)は、打上、左ドッグレッグのホールで、先行のチームが詰まっているらしく、待っていた。そこに、バンビが現れて、新芽を旨そうに食べている。鹿は可愛いが、草木にとっては害獣である。やっと番が来て、バフィーを打つと、クリーンな音がした。しかし前方にはボールが見つからない。きっとあるはずと、少し誤魔化してロストとせず、残り130を打った。ピン手前8mに載ったは良いが、ここでも又3パットのボギーとなった。No.8(M)は、いつも混む超打ち降ろしで、2打目が池越えと、女性には極めて過酷なホールである。今日は、前に、3組待っていた。 第1打目は、長く待ったせいで、左のOBになってしまった。適当に池の手前で、プレ4とし、130の打ち降ろしを、あまりに綺麗に当たって、グリーンを遙かに越えて、向こうのラフに入り込んだ。後続が待っているので、そのまま進み、当たりの良いのに免じて、OBを無視し、そこから何と2打でやっと乗せ、2パットで、1OBだけのダブルスコアにしておいた。最後のNo.9(M)は、ティーショットで今まで同様、右にスライスしたが今日は、土手から下のFWに落ちてきた。バフィーでの2打目は、地を這うように低空で、左ラフ110YDとなった。3打で、グリーン左のバンカーとの間に落ちた。アプローチは1ピンに付け、1パットで、ボギーとした。クラブハウスに帰って、昼食を採る人は、高齢者が多く、しかも2人で来ている人が殆どだった。食事付きの結構な、昼食を食べ、前半があまりに悪かったので、生ビールを注文した。姉の前半は、堅実で、パターは3パットが多かったが、ショットは上手く飛び、目標の60は切っていたので、上機嫌だった。1時間ほどの休憩で、後半のスタートに向かった。 No.10(M)は、バックティーからのティーショットはまずまず快調に飛び、左ラフに落ちた。105YDの残りで打上である。つま先下がりを、巧く打てず、チョロして前方のFWだ。ここでもすんでの所で載る3打目が、こぼれて顎の深いバンカーに捕まった。1打で出たが、グリーンをオーバーして、カラーであった。ここでも下りのパットをチップインし、ボギーだった。姉は、同じバンカーから脱出出来ず、ギブアップとして、その後の調子を狂わせた。No.11(S)は打上のショートである。飛距離の出ない私は、ウッドを使ってトライしたが、グリーン右の土手の左足下がりに落ちた。安易に2オン、2パットのボギーだ。No.12(M)は一寸左ドッグレッグで、ティーショットは今日一番かと云えるくらいに真っ直ぐ飛び理想的にFW右側につけた。残り145を、バフィーで打ち、ピンを少し越える位置にオンした。惜しくもバーディーは逃したが、楽々パーだ。友人は、何時も、こんな風に2オンしているのだろうなと思った。No.13(S)は谷越えである。前の組はグリーン上だったが、すぐにあいた。130YDと書いてあったので、6Iでフルに打つと、これまた綺麗に当たり、ピン方向に向かったが、大きすぎて、向こう側のバンカーに入ってしまった。返しで乗せたが、2パットになりボギーだった。No.14(M)では、前の前の組が、2打目付近に未だ居る。距離が短いホールなので、あくのを待って、バフィーで打った。高く上がりすぎて、距離は思うほど出ず、左足下がりのライに落ちてしまった。前方の池が怖いので取り敢えず池を外れてレイアップした。3オンで、2パットした。ボギーである。No.15(L)は名物ホールで谷越え、2打目超打ち降ろしその後左ドッグレッグである。ここは、コンペティーを止め、白ティーから打った。クリーンに当たり真っ直ぐ飛んだ球は、良い位置に落ちた。2打目もクリーンに当たり、駆け寄ってボールの落ちるのを確かめたが、一瞬FWを越えたかと思うところで球は消えた。暫く行くとFWに留まっている。目の錯覚だった。残り100を、9Iで打ったが、ダフってバンカーの手前までしか届かない。4オンとなり2パットのボギーであった。No.16(M)はバックからの球は巧く当たらず、白ティーから仕切り直した。残り130の左ラフでつま先下がりだ。2打目は注意したが、やはり右に流れて、顎の深いバンカーに捕まった。1回では出ず、2回目でやっと出て、オンし、2パットしてしまった。ダボである。 No.17(S)は超打ち降ろしで、115YDとある。9Iで打ち、距離はぴったりだったのだが、左のラフだ。どうもショートアイアンは左に引きすぎる癖がある。面倒なので、そのままのクラブでオンし、2パットのボギーとした。最終 No.18(L)は、レディースティーは遙か下の前方だ。ここでも前の組を待って打ったが、超良い当たりになり、その前の組の足下近くにまで飛んで、ちょっと振り返って怒っているようだった。2打目も低めだがクリーンに当たり、140の打上を残した。如何せん3打目はバフィーでは届かず、良い当たりだったが、砲台グリーンの土手の斜め部に落ちてきた。そこからのアプローチは一寸当たりが良すぎ、向こう側のバンカーを越えた位置に飛んでいた。左足下がりで、前がすぐバンカーなので、グリーンに載ったが向こうに転げていった。最後も2パットで、ダボとした。姉は巧く行かない後半だったので殊の外疲れた様子だった。私もそれを見て、疲れがどっと出た。両者、疲れたねと云う終わりだったが、天候だけは何とかもってくれたのがせめてもの救いであった。 短いコースなのだが、幅が狭く、アップダウンや、特に打上の大きなこのコースは、やはりトリッキーというか、むしろ、意地悪い設計になっている。バックティーからは景色も違うので、大変だが、それでも他のコースに比べるとパーは70であり、従って距離も短い。終了時間は、15:45だった。 帰りはフロントにスコアカードを返すだけで、色々あったが、次のマンスリーコンペへの少し手がかりを掴んだかという気がした。
2012.06.11
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連れ合いの兄が経営するカラオケクラブが30周年を迎えたとのことで、記念のパーティーを高槻京都ホテルで行うことになり、私にも参加するように、声が掛かった。もちろん舞台の壇上で歌うのである。既にチャリティーコンサートなどで2回は歌っているので、要領も分かっているから、差ほど緊張することはない。いつものチャリティーパーティーだと、50人ほどが歌うのだが、今日は30周年という事もあって、84名がエントリーしていた。男36名に女が48名とのことで、女性の参加者が多い。紅白(King vs Queen)に分かれて、対抗戦形式で、最終的には紅白歌合戦のように、男女で勝ち負けを決めるという寸法である。従って、女性軍から6名が男性群に加わっての戦いとなる。いつもより早くということで、3時には会場にといわれていたが、少し早めに行くことにした。阪急の上牧駅にいる時、予定よりも進行が早いので、早めに来てくれとの催促の電話があった。そのまま行っても間に合うが、高槻駅で、シャトルバスに乗るために少し走った。それでも到着した時には、既に53番の人が歌っていた。私の出番は、57番で、未だ余裕があったが、プログラムでは、55番の人が歌っているのと勘違いして少し焦った。というのも、歌っている人は53番で、55番の人の弟だとかで名前を見てとっさに勘違いしたのだった。ともあれ私の順番が来て、壇上に上がり「おゆき」を歌った。事前に調整したので、その後に歌う人の「天城越え」は被らないようにと変更したのだ。内藤国男はもっと静かに歌うのであろうが、私は何でも絶叫調になってしまう。まぁ、どうということはない。楽しんで歌えば良いわけで、その点では、気兼ねなく歌わせて貰った。今回は、優勝チームに賞品があるとのことだが、だからといって、よそ行きの声が出るわけでもない。しかし、後半に歌う人は、本格的に声楽をやったことがあるとか、現在カラオケ教室に通っているとか、カラオケ教室を開いているとかのいずれ劣らぬ強者ばかりである。そんな歌を聴くと、私などはよくまあ図々しくも歌うものだとも思うが、それはそれ、サウジのバスタブの中で、アカペラで10曲程度毎日歌っていたので、別に案ずることはない。年寄りで壇上に上がる人も多い。レイバンのサングラスを掛け、「Can’t Help Falling In Love」を歌う人もいる。「オー・ソレ・ミオ」をマイク無しで歌うのは、何時もカラオケ大会に顔を見せる人だ。トリの前は、シャネルズのように顔を黒く塗り、付け髭を蓄えての登場とか、トリの、まるでプロ歌手のような(尤ももうカラオケの段階ではない)歌も聴かせて貰った。横文字の歌も6曲程度はあった。次回は、横文字の歌を歌うのも良いかなと思った。カラオケ対抗戦は終わり、市長も来ていて、少し挨拶をして帰ったり、市会議員が、喋ったりと、こういった大勢の人が集まるところにはこの種の人は必ず来るようだ。商工会議所の会頭も来ていたが、この人は、連れ合いの兄が東京を引き上げ、高槻に帰ってきた時に何かと世話をしてくれた人のようだ。やがて乾杯も終わり、フリードリンクとディナーが開始された。お腹を空かして行ったので、食事の時間が待ち遠しかった。丸テーブルに置かれる、ホタテ貝のベーコン巻や自家製マリネサーモン、伊勢志摩直送の鰹のたたきなどは、あっという間に平らげられてしまった。冷製スープや牛ヒレ肉のステーキなどになるとやっと落ち着いて味わいながら頂いた。この間に、歌手の林ひで美が歌ったり、東映剣会の「殺陣ショー」をコミカルに演じるのを楽しみながら食事は進んでいった。最後に兄貴一家が壇上に勢揃いして歌っていた。長男が、東京で、こういったショーのプロデュースをしているとかで、蛙の子は蛙かとも思った。そしていよいよカラオケバトルの結果発表であるが、見事男性群(King)の勝利となったようだ。商品の袋を持って意気揚々と帰ったが、開いてみるとコーヒーメーカー(サイホン式)であった。何時もインスタントコーヒーを好んで飲んでいるのだが、たまには、粉からサイホン式で飲むのも又良いかなと思い、近いうちに作って飲むことにしよう。
2012.06.10
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今日は殊の外忙しい1日だった。中学の土曜スクールの後、映画を2本も観た。朝は近所の中学校の土曜スクールに出掛けた。教科書復習コースと英検コースとに分かれて、ボランティアの学習サポートである。今日で4回目だが、思ったより実効は上がらない。相変わらず教える側の方が教わる側の中学生よりも多い状態だ。土曜スクールに通う生徒のエントリー数は、15人となっているが、実際には、初回に9人が出席していたのが最高で、途中試験明けと言うことも手伝って、参加者は激減した。今日は、5人の生徒の顔が見えた。私は、先週から馴染みになった、1年生のトリオの内、家庭の用事で来られなかった1人を除く2人の相手を務めた。教科書復習と英検コースと分かれている2人であるが、共に同じようなプリントで、練習問題を解くという形式で行った。中学1年生で、この間入学したばかりというわけだから、可愛い子供達だが、学力的には、既に相当の差があるように見受けられた。しかも勉強態度もその差に比例しているから、行く先差が開くことはあっても、縮まることはないようにも思えた。何とか、差を縮めたいと思っても、生徒の自主性に任せなければならないわけで、なかなか、こちらの思惑通りには進まない。今日は主に、「This,It,That」の区別と、疑問文2つを「or」で連結して1つの文にするという課題だった。( )の中に言葉を入れるような問題でも、文章の流れを見ないと、定まらないと言ったものもあって、結構落ち着かないと出来ないという少し引っかける問題もある。そういうところでは混乱していることが分かる。例を書くと、近くに虎の絵があり、向こうにライオンの絵がある文章で、Is it a ( 1 )? , ( 2 ) it is. It is a tiger.・・・という問では1=tigerで2=Yesであるが、Is that a ( 3 )? , ( 4 ) it isn’t. It is a ( 5 ).・・・という問では、3=tigerで4=No、5=lionになるといった具合である。こちらも、じっくりとやり取りの文を考えないと紙面上での解答は難しいのに、集中力を欠く方の生徒は、どうも付いていけないようだ。また、「or」で疑問文2つを連結する問題では、単純に、Is this a tiger?とIs this a lion?からIs this a tiger or a lion?となるわけだが、全く解っていない珍解答では、Is this a tiger? or is this a lion?と単純に2つを書き並べ、答とするというものもあり、唖然とする。例題もあるのだからじっくりと読めばいいのだが、一方ではストップウォッチで計時しているので、慌てて解答と言うことにもなりかねない。計時することがよい方法なのか(勿論試験では限られた時間内に解答する必要があるのだけれど)疑わしい。砂上の楼閣を如何に築こうと、土台がしっかりしていないと、この先迷宮にはまり込むであろう事は眼に見えている。これが数学や物理なら、完全にお手上げになるだろうけれど、英語なら、やり直しも利くかも知れないなどと、本人の英語に関する必要性が将来出てくるかどうかに掛かっているのではないかと感じた。さらに、「Is this a tiger or a lion?」を発音するように促すと、「Is this a tiger(上がる) or a lion(下がる)?」とならない。両方とも「上がる」と書くのだ。何度も発音を聞かせて、イントネーションをマスターさせた。せめてサウジ人や、インド人のように書けないが話せるという方向に出来ないだろうかと思ったわけだ。また最後にプリントに絵(円を、手前から大きい、中くらい、小さい)を描いて「This(これ),It(それ),That(あれ)」の区別を教え込んだ。かくして、私の担当生徒(自然発生的)のその後はどうなるのか、楽しみである。その後、久御山ジャスコのモールに映画を観に行ったが、外装は以前に何度か来た時と同じなのだが、内装は、すっかり変わって美しくなり、ドバイやドーハで見たショッピングモールに近い出来映えに変貌し、しかも、各店舗はおしゃれで、品揃えも豊かなのに驚いた。土曜日ではあるが、以前に比べ、人出が多く、2480台収容の駐車場がほぼ満杯に近い状態で、内部も人が多いのにはビックリした。駅ターミナルに近く便利なようだが、駐車場がままならない百貨店の劣勢は補いようがないと感じた。そこで、コーヒーを飲み、映画を観、そして食事をするといった具合で、家族が憩う姿を見れば、日本の景気が悪いなどと誰が感じるだろうかと思った。ここで、消費税を上げ、消費者のマインドを冷えさせたら、元も子もないのにと感ぜざるを得ない。映画の1つは、「ファイナル・ジャッジメント」で、オウラン国に支配される日本に敢然と立ち上がる青年の物語だ。チンケであるが、精一杯、北朝鮮か中国またはロシアを想定して日本が実効支配されるとの警告を発しているのか、とてつもなく安っぽく且つ内容のない映画だ。もう1つは、漫画上がりのテレビで醸成された、「ホタルノヒカリ」でこれは、ローマの風景を映画の大画面で観ようとの魂胆もあり観たのだが、あの素っ頓狂なストーリーにはなかなか付いていけなかった。帰りに、姫が在阪中に良く通った水無瀬駅前の飲み屋さんで、食事をして帰った。
2012.06.09
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このほど、イギリスのエリザベス女王、即位60年の祝賀行事が4日間にわたってあり、大変な祝賀ムードに包まれ終了したようだ。なにやら、即位60年を祝ったのは、ビクトリア女王や昭和天皇、タイのプミポン国王と限られているという。様々な行事が行われるのを見ると、やはりかつての大英帝国といった面影が偲ばれ、潜在するイギリスの力といったものを感じた。その中でも、女王が競馬ダービーの観戦に訪れた際の沿道を埋める群衆の多さには、圧倒されるものがあり、挨拶のためにバッキンガム宮殿のバルコニーから手を振って祝福の声に応える女王姿を見ようと集まった手に手に祝いの旗を振る群衆の多さにも驚いた。毎年、新春祝賀で皇居に参集する日本国民の落ち着いたムードとはひと味違ったバイタリティーを感じた。このイベントの群衆を見る時、北朝鮮の金日成主席の生誕100年を祝う平壌での祝賀行事を思い起こした。形骸的な表面の活動を見ると、北朝鮮のそれは豪華で、統制の取れたものだが、やはり良く見ると操り人形のような、統制感を感じざるを得ない。民主主義の国と、専横の国との違いをまざまざと感じるのだが、さてこのダイヤモンド・ジュビリーの経済効果となると、諸説あってよく分からないが約1兆2500億円~3兆円といった巨額になるという。(中にはただの560億円といった試算もある)単純に女王の在位を祝賀する意味以外のものがあるようだ。イギリスは今、ロンドン五輪を控え、少し前の上海・北京のような気分であろう。ところが、このダイヤモンド・ジュビリーで、約7400億円の損害があるというのだ。低めの経済効果を帳消しにするようなこの数字は、祝賀行事のための数日間が連休になるためにもたらされるという。即ち、イギリスがこの行事中に、観光客の誘致等によって獲得した収入は、企業や労働者の休みによりイギリスの経済が蒙った大きな損失をカバーしきれないかも知れないというわけだ。国歌「ゴッド・セーブ・ザ・クイーン(神よ女王を守りたまえ)」は、また日本の君が代とは違うバイタリティーを感じるのである。しかし現実の経済界は、イギリスは過去の国となっているところが又面白い。そして、この度、イギリスの「クイーンズ・イングリッシュ協会」が閉鎖することになったのは時を同じくしているだけに、興味深い。我々の時代の英語教育は、全てクイーンズ・イングリッシュがベースであったことを考えると、その世紀は終わったのだと思うわけだ。秋も深まり、暮れゆくイギリスという秋も、クイーンズ・イングリッシュでは「autumn」といっていたが、アメリカン・イングリッシュでは「fall」となるようで、イギリスは落ちていくのかを象徴しているようだ。このたびの、ダイヤモンド・ジュビリーに何人が参加したのかはよく分からないが、日本での祭りを引き合いに出すと、神戸ルミナリエの参加者は14日間で、465万人(1日当たり約33.2万人)とトータルでは一番多く、1日当たりで一番多いのは、下関市での海峡花火大会で、主宰者側の発表だから、正確ではないかも知れないが、約115万人というところであろうか。先月行われた、「博多どんたく港まつり」では2日間で、210万人(1日当たり105万人)、夏に行われる、「青森ねぶた祭」は6日間で、360万人(1日当たり60万人)、また「仙台七夕祭り」では3日間で、235万人(1日当たり約78万人)といったところが上位を占めているようだ。日本人だけが、祭り好きかと思えば、こういったダイヤモンド・ジュビリーに盛り上がる様を見れば、リオのカーニバルではないが、人間の血には、祭りといった大騒ぎするのを好むDNAが有るのだろう。因みに、リオのカーニバルは4日間で、80万人(1日当たり20万人)と言うから、有名な割には、参集人数は少ないようだ。何と言っても、最大級はサウジアラビアのハッジであろう。正味何日か定かでないが、約4日として、公式発表200万人から300万人だが、申請以外の人達も集まると言うからおそらくもっと多いであろう。1日当たりは、公称で80万人と言ったところだろうか。日本の祭りに比べると意外に少ないようだが、毎年死亡する人の数は200人から400人とこれは世界1であろう。ジェッダにいた時のあのタオル2枚を縫いつけたイフラーム姿の信者達を思い出す。
2012.06.08
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小学児童を対象にした2回目の学習会があった。前回は、5月23日で、対象は4年生だったが、今日は2年生が相手だった。一寸早めだったが、出掛けて1年生の教室を覗くと、最前列に連れ合いの孫を見つけた。なにやら折り紙を教えて貰っているようだ。ついこの間入学してピカピカの1年生だったが、2ヶ月経って、どうやら学校にも慣れてきているようだ。今日は参観日でもないので、目立たないように、姿を確認するだけに留めた。早く来ても時間を潰す控え室のようなものはないようで、学習会に使う教室は開いていたが、その後隣の2年生がそこに入っていったので、やむを得ず、非常口を出た階段で、少し本を読んで時間潰しとした。14:25になり、前の時間の終了を知らせるチャイムが鳴ったので、学習室に入った。今日のボランティア先生は、私を含め男性が3人、女性が1人であった。他にも担当の先生方が、来られたので、都合6人くらいにはなっただろうか。何しろ、どやどやと入ってきた生徒達は、総勢28名であった。一寸使い古したランドセルと各自の水筒を持っての集合である。孫の年と1つしか違わないので、いずれ劣らず可愛い子供達だ。ボランティア先生の中には、昔、先生をしていたという人が居て、この人が何かと仕切ってくれるので、私はその後を付いていけばいいと言うことになっていて、まぁ、楽と言えば楽である。この昔先生の指示で、我々4人のボランティアが自己紹介をするべく教壇の前に並んだ。56の瞳が、我々に注目している。去年より参加者は随分と多いのだそうだ。やがて、昔先生が出席を取ったが、1人欠席しただけだそうで、学習会も2年連続して経験している子供達も何人か居た。そんなことで三番叟が長く掛かり、始めた時間は、10分程度遅れた。学習会は、放課後の1限を利用するという事なので、実質は35分程度になってしまい、之では何ほどのことも出来ないのではないかと一寸やきもきした。しかし小学校の低学年を相手にするということはこういう事なのかという風に考えれば、成り行きに任せるしか手はない。本格的に学習が始まって、私は何となく、窓際に座った列の子供達を見ることになった。めいめい与えられた宿題をするわけだが、算数は、物差しの見方のようである。物差しの絵の上にア、イ、ウと示された位置のメモリを読み取って書くというものだが、○cm、○mmといった長さを読み、それが何mmかをも書く、2段構えのやり方のようで、1cmは10mmということを合わせて学習しているようだ。少し間違った子もいたし、概ねゆっくりではあるが、回答欄を埋めていった。物差しの見方を少し教えてあげると、そうだったのかとすらすら書ける子もいたので、ボランティアの存在感も、あるものだと感じた。国語は、それまでに習った漢字が入った文をノートに書いていたが、漢字の筆順が間違っている子供もいて、それが、特別なのか、どうか分からなかったが、取り敢えず正しい筆順を示してあげた。国語の宿題には、教科書の音読も入っていたようで、一人の女の子は、「ねぇ、聞いて」といって私を聞き役にして、大きな声で教科書を読み始めた。2-3回しっかりと読めたので、確認のサインを保護者欄に書き入れた。うっかり先生の欄に書き込もうとしたら、その子に、「ここは学校の先生だから」と言われた。殆ど1クラス分の参加者なので、玉石混淆という形となり、出来る子、出来ない子が、少し判別出来る感じであった。自らの小学校時代を思い浮かべると、之が高学年になっていくほどその差は顕著になっていったことを思い出す。ともあれ、フルでも45分間しかないわけで、スタートが遅れた35分程度の学習時間では、およそ足りるわけはないのだが、残りはこれこそ宿題として家庭に持ち帰ることになる。さぁ、この子達の親は、宿題を見てあげるのだろうかと思ったが、出来ない子も、この頃に学習のコツを学んでくれたら少しは違うのにと思った。大上段に構える事無く、1人でも分からない子や、ついて行けなさそうな子に学習に対する興味を持たせてあげたらいいのだと自分に言い聞かせた。あっけなく時間が過ぎて、挨拶をして(学校の目標に挨拶が出来ることとあった)下校したが、途中2-3人で帰宅中の子供達に、「ご苦労さん」と声を掛けると自転車の後ろから「今日はありがとうございました」と元気な声が帰ってきたので、何となく嬉しい気分になった。
2012.06.07
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第九十六段【本文】 めなもみといふ草あり。くちばみに螫(さ)されたる人、かの草を揉みて付けぬれば、即ち癒(い)ゆとなん。見知りて置くべし。【訳文】 めなもみという草がある。まむしにくいつかれた人は、この草を揉んで傷口にはりつけると、すぐよくなるということである。この草を見覚えておくべきである。【注釈】・めなもみ:説有り、ヤブタバコが有力・くちばみ:まむし第九十七段【本文】その物に付きて、その物をつひやし損ふ物、数を知らずあり。身に虱(しらみ)あり。家に鼠あり。国に賊あり。小人(せうじん)に財あり。君子に仁義あり。僧に法あり。【訳文】 その物にとりついて、その物を消耗させ、害を与える物が、無数にある。たとえば、からだには虱がある。家には鼠がある。国には盗賊がある。小人には財貨がある。君子には仁義がある。憎には仏法があるのである。【注釈】・小人:思慮浅く、修養の乏しい者第九十八段【本文】 尊きひじりの言ひ置きける事を書き付けて、一言芳談(いちごんはうだん)とかや名づけたる草子を見侍りしに、心に合ひて覚えし事ども。一 しやせまし、せずやあらましと思ふ事は、おほやうは、せぬはよきなり。一 後世(ごせ)を思はん者は、糂汰瓶(じんだがめ)一つも持つまじきことなり持経・本尊に至るまで、よき物を持つ、よしなき事なり。一 遁世者(とんぜいじゃ)は、なきにことかけぬやうを計ひて過ぐる、最上のやうにてあるなり。一 上臈は下臈に成り、智者は愚者に成り、徳人は貧に成り、能ある人は無能に成るべきなり。一 仏道を願ふといふは、別の事なし。暇(いとま)ある身になりて、世の事を心にかけぬを、第一の道とす。 この外もありし事ども、覚えず。【訳文】 噂い高徳の聖人がたの言い残したこを書き留めて、『一言芳談』とかいう名をつけてある草子を見ました折りに、わたしの心にかなって感銘された、いくつかの個所を挙げてみると、一 することにしようか、しないですませようかと思い迷ったことは、大概は、しない方がよいものである。一 来世での浄福を受けたいと思う者は、ぬかみそ瓶一つも持ってはならないことである。日常読誦しているお経や礼拝している本尊までも、立派な品を持つのはくだらないことである。一 出家遁世した人は、物がないことに不自由しない生活の仕方を心がけて暮らすのが、一番よい生活の仕方なのである。一 僧の中の上位にある者は下位の者の立場に立ち返り、智恵のある者は愚者の立場に返り、富める人は貧乏な立場に立ち返り、芸能ある人は無能な立場に立ち返らなくてはならないのである。一 仏道に入って生きることを望むというのには、格別のことがあるのではない。暇のある身となって、心には世間の俗事をかけないのが、第一になすべき務めなのである。このほかにもあった、いくつかのことは、今は思い出さない。【注釈】・一言芳談:浄土教に関係のある高僧の法語録・しやせまし:しない方がよい・糂汰瓶:ぬかみその瓶・持経:尊信して、常に携えて読誦する経・遁世者:中年からの出家者・臈(臘):比丘が年に三旬の安居を終えること。出家後の年数の元第九十九段【本文】 堀川相国は、美男のたのしき人にて、そのこととなく過差(くわさ)を好み給ひけり。御子基俊卿を大理になして、庁務行はれけるに、庁屋の唐櫃見苦しとて、めでたく作り改めらるべき由仰せられけるに、この唐櫃は、上古(しゃうこ)より伝はりて、その始めを知らず、数百年を経たり。累代の公物、古弊をもちて規模とす。たやすく改められ難き由、故実(こしつ)の諸官等申しければ、その事止みにけり。【訳文】 堀川の太政大臣は、美男の上に富裕な人であって、何事についても度を越えた贅沢をお好みになった。御子息の基俊卿を検非違使の別当に任じて、検非違使庁の事務をとり行なわれた折りに、庁の舎屋にある唐櫃が古びてみっともないと思って、改めて立派に新調なさるべきだという旨を基俊卿にお命じになったところ、故実に明るい役人たちが、この唐櫃は、遠い昔から今まで伝わった物で、その始めがわからず、もう数百年を経ている。代々相伝えて来た官有物は、古くて破損したものを名誉としている。したがって、この唐櫃を軽々しくご改造にはなり難いという事情を申し上げたので、その件はそのままに終ってしまった。【注釈】・過差:分不相応なおごり。ぜいたく。・大理:検非違使の長官(別当の唐名)・唐櫃:六本脚の櫃・古弊:古くなって破損していること・規模:模範・手本第百段【本文】久我相国は、殿上にて水を召しけるに、主殿司(とのもずかさ)、土器(かはらけ)を奉りければ、「まがりを参らせよ」とて、まがりしてぞ召しける。【訳文】 久我の太政大臣は、清涼殿の殿上の間で水をおあがりになった時に、主殿司の女官が素焼の盃を差し上げたところ、「まがりをさし上げよ」と言って、まがりでもって水をおあがりになった。【注釈】・久我相国:久我通光・主殿司:雑務を受け持った女官・まがり:木製の椀
2012.06.06
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野田内閣の第2次改造内閣が発表された。消費税率を上げるための環境整備の名の下に、問責の2大臣を掃除するだけではなく、在日中国大使館の李春光1等書記官スパイ事件の波及を恐れて、農相の交代、国民新党のたんこぶのすげ替え、等があり、断末魔の政権としては、延命策だけかと思われたが、何と防衛大臣に民間人である森本敏を登用した。少し驚いたが、余程民主党には人材がないのだなと云う思いに至った。一川保夫の素人発言に続き、しどろもどろ答弁の田中直紀と2代続いてこの男に国防を任せて良いものか、と思ううち、韓国や、中国のやりたい放題を看過してきた。こういった事態にあることすら知らないのが民主党の国会議員でかつ防衛大臣だったわけだ。防衛の最高責任者は総理大臣にあるとは言うものの、之では諸外国の嘲笑の的にもなっていたわけで、まさに平和の国ニッポンの象徴的な2人であった。この新大臣に、先ず警戒感を表明したのは中国のようだ。尤も驚いたのは、森本新防衛相が未知数であるということのようだが、どっこい、内実は、全2人の与しやすさに比べて、一寸手強い相手が出てきたのではないかという点であろう。今の森本は学者と言うことになっているが、ご近所の高校を出て防衛大学校の電気工学に入ったと云うから、エンジニアを目指していたようだ。それもそれ程上等なところではなかったようだ。防大からそのまま自衛隊に入り、やがて3等陸佐(昔の少佐)で除隊し、その後外務省などで、結局役人として働き、その後、大学教授となって、余程暇なのか、テレビの番組に良く出ていた。中国などでは、素人に国防を任せるなどと言うことはあり得ないであろうが、調べてみると、この森本新防衛相はアメリカ寄りの保守派であることは容易に分かるし、之は少し褌を締めて掛からないとと思ったのかも知れない。事実そうなって欲しいものだが、新防衛相は、慎重に仮想敵国に中国を上げることはしていない。みんな丸くやっていこうとの円満発言だ。自衛隊法第7条で「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する」と有るように、野田総理が、森本防衛相を指揮するわけだが55歳が、71歳を指揮すると言うことであり、松下政経塾が、電気工学崩れの学者をコントロールするということになる。防衛のエリートであると自負するプラナリアの石破などは、自分がやりたいポストだけに、防衛省・自衛隊のトップは政治家がやるべきだと言っているが、之は単なる羨望でしかない。現にアメリカの場合、当初の国防長官は4代連続軍人出身であったし、その後は、自動車会社のCEOあり、大学教授有り、大学学長有りで、石破のクレームは当たらない。問題は、森本新防衛相の力量に掛かっていると言ってよい。この森本、テレビでは結構鷹派的なことを言っているが、インタビューに応える姿は、既にトーンダウンしている。指揮体制として、野田→森本→統合幕僚長ということになるが、野田総理は、消費税1本遣りで、政治生命を賭けているから、防衛に関しての事は勢い、森本と統合幕僚長の間で行われるであろう。この2人は、同じ航空自衛隊に身を置いた先輩と後輩と言うことだが、途中でけつを割って出て行った大臣にと、現役現場が上手く行くかどうかがポイントであろう。この森本は、学者がという言葉を多用するが、学者になったのは、1995年の慶應大学での非常勤講師が初めてで未だ7年ほどしか経っておらず、何となく中途半端な経歴である。とは言え、前任の2人に比べれば国会答弁などでも、専門の言葉も解するだろうし、答弁で立ち往生することもないだろう。最近は、首相も政治家ではなく学者が担うことが多くなっている。イタリアのモンティ首相などは、学者であり、ドイツのメルケルも出自はというと、物理学者である。こういった学者に政治を委ねなければいけなくなったのは、政治家はややもするとポピュリズムに陥り、かつ嘘つきであると言うことが根底にある。国民の付託を受けたと言えば聞こえはよいが、政治家の中には、タレントやスポーツ出身者も居て、単なる数あわせに使われているだけの者もいるわけで、それらの人をカテゴリー上、政治家に区分するとしたらそれも意味のないことだ。彼らは決して政治家ではない事を知るべきである。 (著名人であるからというだけで選ぶ国民も国民だが)さて民間人学者の森本新防衛大臣が、どのように手腕を発揮するのか、楽しみである。
2012.06.05
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?日経新聞の日曜版に出ていた。今年は、主要国で選挙が集中してある年のようだ。既に昨年末死亡した北朝鮮の金正日の後継には、金正恩が就いている。1月には台湾総統選挙があり、対中国親和路線を採る現職馬英九が接戦を制し再選。またフィンランド大統領選挙があり、1回で決まらず2月の決選投票で、親EU候補同士の一騎打ちとなり、国民連合党のニーニストが62.6%を取り当選した。そして、EU加盟の是非を問うクロアチアの国民投票があり、賛成票が約66%を占めた。2月にはイエメン大統領選挙アラブの春で政権を追われた、サレハに変わり、ハディが99.8%の得票率で実質上の信任を得た。3月は、イランの国会議員選挙があり、反大統領派が圧勝する結果となった。そして、仕組まれた、ロシア大統領選挙では、多少の経緯はあるものの、プーチンが3回目の大統領(返り咲き)となった。どの位の不正があったのか、すんなりではないが、結果は見えていた。しかし、先だって行われた、ロシア下院選ではプーチンが率いる与党「統一ロシア」が議席を大きく減らしていて、体制は万全とは言い難い。ドイツでは、国家元首としての大統領選挙があり、ガウクが就いた。また、スロバキアの国民議会選挙があって、野党のスメル党が44.4%の得票率で55%の議席を占めた。4月には、ミャンマー連邦議会の補欠選挙があり、画期的なこととして、NLD党首のアウン・サン・スー・チーが当選し、今まで幽閉の身だったのが、国政に参加する道が開かれた。そして、お隣、韓国でも総選挙があり、与党のセヌリ党(旧ハンナラ党)が152議席、最大野党の民主統合党が127議席を獲得する結果となった続いて、フランス大統領選挙では、1回の投票で決着が付かず、5月に決戦投票が行われ、社会党のオランドが得票率51.63%で、現職のサルコジを破り、任期5年の大統領職を担うこととなった。現職が破れるのは、珍しいという。5月には、EUからの離脱を取り沙汰されている、ギリシャの国民議会選挙があり、緊縮路線の連立与党が議席を大きく減らし、過半数割れの大敗となった。与党は、連立を模索するも叶わず、之も6月の再選挙にもつれ込んでいる。また、シリアでは反対派がボイコットする中、与党バース党が勝ち、アサド政権下の虐殺の中、人々は、恐怖と絶望の渦中にある。更に、先頃行われた、エジプト大統領選挙では、約30年に及んだムバラク政権が崩壊し、終身刑の判決を受けたムバラクに変わり、13名が立候補し、これも、1回の投票で、過半数を超えた候補者がいなかったため、イスラム原理主義の「ムスリム同胞団」に近い、ムルシと前首相のシャフィクが6月(今月)の決選投票で雌雄を決する。6月には、フランス国民議会選挙、エジプト大統領選挙(決選投票)、ギリシャの再選挙が行われる。 7月はメキシコ大統領選挙と総選挙、そして、インド大統領選挙が行われる予定だ。8月は無く、9月には日本での、国民不在の民主党代表選挙と自民党総裁選挙が行われるようである。10月は中国共産党大会が控えており、既に次期国家主席になることが決まっている太子党の習近平が権力闘争で、薄熙来を血祭りに上げ、残りの中央政治局常務委員の空きを狙って、権力闘争に明け暮れている。そして、南米での反米の雄、ベネズエラ大統領選挙も行われる。 11月は、年間お祭りの締めである、アメリカの大統領選挙がある。そして、押し迫った12月には、韓国大統領選挙があり、選挙の1年の締めくくりとなる。現職の李明博は出馬しないので、朴正煕元大統領の長女・朴槿惠(パク・クンヘ)と盧武鉉前大統領の右腕だった文在寅(ムン・ジェイン)、そして無党派に高人気の大学教授の安哲秀(アン・チョルス)などが凌ぎを削っている。選挙での勝利があって初めて、主張するところが行使出来るわけで、その事に無関係で、話が進むのは、独裁国家である。どうしても内向き(ポピュリズム)に陥るようだ。日本では、最大の同盟国だと思っているアメリカも、イラン制裁には同調させておいて、その代わりに、アメリカに有り余るシェールガスの日本への潤沢な輸出を保証しない。国内に気遣ってのことだ。之でもクロースな同盟国と言えるのか。韓国の国防相も来日を延期した。中国制服組トップも来日を中止した。皆選挙のためである。今年が終わり、各国の首脳が出そろったら(特にアメリカと韓国)自ずと先が見えてくるのだろうか。
2012.06.04
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野田首相は、やっと問責決議をされた大臣達を更迭、いや、すげ替えることにしたようだ。大臣の任罷まで政治の道具に化しているのかと、野田首相に何をか云いたいところだが、この大臣どものふがいなさと優柔不断なところをどうしても責め立てずには居られない。問責決議というのは、首相や閣僚らの責任を明らかにするため主に野党が参院に提出するのだが、しばしば、政争の具として使われることもある。提案者のほかに10人以上の賛同があれば提出できるわけで、提出されれば、最優先で審議する慣例になっているからだ。しかし、この決議案が承認されたからと言って、拘束力がないから、単なる茶番劇となり「あ、またやっている」という感想しか出ないのだが、中には辞任に追い込まれる大臣もいる。この提案は過去、参院で首相に31回、閣僚に72回提出されたそうだが。自民党政権下での問責の可決例は1998年の額賀防衛庁長官(当時)の1回だけだ。この時は、防衛庁の背任事件と絡まって、結局額賀元防衛相は辞任に追い込まれた。その他は皆否決で、結局は政争の具でしかなかった。(福田・麻生両元首相は除く)ところが、民主党政権下では、仙谷、馬淵、一川、山岡と4人も可決され、各々、1ヶ月強の後に職を辞任している。しかし、辞任しても、なんのその、相変わらずの影響力を持つものが殆どだ。4月20日に問責決議を受けた前田武志国土交通相と田中直紀防衛相の場合もこの慣例通り、50日以内の辞任にはなるようだ。今日の日経新聞の「風見鶏」のコラムでは、「責任の重さを考えれば当然だ」という意見と「少しは惻隠の情あってもいい」という意見が分かれるところだろうとしているが、いかにも甘い判断であるといわざるを得ない。コラム子は、田中防衛相について、大臣席にぽつりと1人で座る田中大臣に、野党が浴びせる、「基本的な知識すら持っていない。あまりにお粗末。」「国会議員を長年勤めたにも拘わらずこの体たらくは、まさに学習能力がない」との批判を聞いてのコメントであるが、この大臣達は、全く自己の尊厳迄をも捨ててしま、さらに国会議員としての資質をも欠く愚鈍の人として後世にまで名が残るであろう。私は、小学校や中学校の児童生徒の教育ボランティアをしているが、この2人の能力は、判断力に於いて、中学生以下の能力しかないといわざるを得ない。振り返って、政治主導を唱えていた民主党の底の浅い人材の一端を見た気がした。唯々諾々、先例に倣って、大臣の座に恋々として居座るのは、首相が辞めろと言わないからだと言わんばかりで、自分というものがないのかと腹立たしくさえなる。従って、惻隠の情など湧くわけもなく、さらし者になって、尚流れに身を任す姿は、まさに滑稽でさえある。政治家としての資質にも欠ける彼らには、出処進退は議員個人が決めることなどと言う、政治家としての矜持にも欠けるところがあり、国民にとって百難あって一利無しと言うしかない。この際、前田国交相の明らかな公職選挙法違反は論外として、田中防衛相は自民離党を離党して、「自由に妻(田中真紀子)を応援したい」といったのだから、分を心得ず大臣職を引き受けたことがそもそもの誤りであった。よく人が良いとか言うが、我々はお人好しを、国防の任に就けて、座して、中国や韓国等の侵略的行為の中に甘んじることは断じて許さない。田中防衛相が自由に応援したいとした田中真紀子も、秘書給与問題で2002年に外相を更迭され、一旦は議員を辞職し、2003年に自民党を離党した。しかし、鷹揚な新潟県民は、彼女を同年の衆院選で当選せしめたわけだ。ここに、なあなあの郷土意識がこのような土壌を生んだわけである。その後彼女は、衆院の民主党会派に入り、あの馬鹿鳩をして、「夫婦そろっての民主党入党を心から歓迎する」と言わしめたのである。この妻にしてこの夫有りと言うべきか、このような体たらくの男が、位人臣を極める世の中としたのは、誰のせいか、今一度、国民が謙虚に反省しなければならないだろう。2010年の新潟県人口は約2,375,000人で、東京の約13,162,000人に比べると、5.5倍の格差があるわけだ。加えておらが国さの星になってしまえば、禊ぎを何度繰り返しても安泰というわけだから、最早、自浄の努力もないといわざるを得ない。従って、日本が亡国の一途を辿るであろう一端をここにも見ることができる。
2012.06.03
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教育サポートの一環として、地域の中学校で土曜スクールが19日から始まっているが、今日はその3回目の土曜日である。島本町は地域支援に力を入れていて、色々な取り組みをしているが、私も及ばずながらそのボランティア活動に参加している。中学校の土曜スクールの主旨は、教科書の復習と、英検3級受験を目指すという目的で期間限定で行われていて、参加は自由であるが、一応申込み形式で保護者の同意を必要としている。勝手に学ぶことは出来ないのかと一寸不審に思うが、今はそういう時代なのかとも思う。申し込んでいる生徒は15名程度のようで、ささやかなという方が当たっているが、塾通いが多い生徒の中にあって、学校で土曜日も勉強しようかという心がけは大したものである。しかし、ゆとり教育の導入が破綻して、土曜日が休みということだけが残っている訳で、学力の低下は、このゆとり教育の導入にあったと私は思っている。寺脇研が之を推進したが、私は国賊ものだと思っている。このゆとり教育も中曽根元首相の下で始まったと云うから、原発も然りで、中曽根元首相はそういった意味で大いなる国賊ではないかと思うわけである。両者とも言わずもがなだが、東大卒の官僚経験者(エリート)で、言うまでもなくおそらく、中学校時代は殊更勉強をしなくても主席で通るくらいの成績であっただろうと想像出来る。こういった経験者による発想は、とても現代の現場の実情から肌で感じるものとは遊離しているわけで、ややもすると、サラリーマン化し、出世志向の教員は上(教育委員会→文科省)を見るあまり、之もまた現状から逸脱出来ないくらいがんじがらめに括られていき、とても生徒の教育どころではないという結果と結びつくのではないかと思っている。まあ、それはそれとして、足下の課題は、少しでも生徒の学力向上に資すればと言うのが正直なところである。今日は生徒が5人程度しか出席していなく、ボランティアが6人であるから、アンバランスであり、一部ボランティアは暇を持てあますことになる。たまたま今日、私が担当したのは男子1年生の3人組で、互いに仲の良い友達のようである。午後からサッカーの練習があるとかで、午前中のスクールに来ている。聞けば数学の復習をしたいということだったが、今日は取り敢えず英語をしたいという。この内の2人は英検コースを目論んで、申し込んでいるようだ。ともあれ、中学校に入って未だ間がないので、経験した試験はといえば、中間テストだけである。その点数を聞いて驚いたが、98点、95点、94点といずれ劣らぬ高得点であった。しかし後で関係者に聞くと、問題が極めて易しく(単語程度か)全員が80点以上といった高得点だったそうだ。たまたま「be動詞」というところで、肯定文、否定文、疑問文の練習問題に挑んだ様子を見ていると、1人を除く、この生徒達が90点以上を取ったとは思えないくらいに間違いが多いのである。「be動詞」の問題であるのに、肯定文に動詞がないといった子もいた。また、疑問文で主語と動詞が反転すると言うことは理解しているが、最後に「?」を付けるのを忘れたり、複数形の「s」を付け忘れたりと、基本的なところでの間違いも結構多かった。更に二・三人称と一人称の判別が今ひとつの感じで動詞の選び方が混乱している子もいた。1例で言うと、「彼らはカナダ出身ですか?」といった問に対して、会話形式で、「はい、彼らはカナダ出身です」、「いいえ、彼らはカナダ出身ではありません」と答える問題で、「Are they from Canada?」は書けても、その答は「Yes, he is.」となったりするわけだ。英語をどうやって教えるかと言うことで、一寸考えさせられたが、面と向かって問を投げかけると、割合正しく応えられるのだが、ペーパーに落とされたら、何か、生きた英語を忘れ、勉強の英語、又は、試験の英語のようになってしまうのではないかとも感じた。じっくり考えると言うよりも、先に先にとやる傾向もあり、少し落ち着いて、確実性を身につけさせないといけないかなとも思った。そこで一休さんの話ををしてみたが、分かってくれたかどうか、少し心配である。一休さんの話とは、和尚さんに言われて、茶碗1杯のご飯を糊にするように言われ、先輩の坊主と2人で挑んだところ、先輩はすり鉢とすりこぎで潰し、早く出来たといって和尚さんに出すが、未だ米粒は残っている。一方、一休さんは、1粒1粒丁寧に、割り箸で潰したので、時間は掛かったが、最後には完全に糊になり、先輩の坊主に勝ったという話である。
2012.06.02
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第九十一段【本文】赤吉日(しゃくぜちにち)といふ事、陰陽道には沙汰なき事なり。昔の人、これを忌まず。この比、何者の言ひ出でて忌み始めけるにか、この日ある事、末とほらずと言ひて、その日言ひたりしこと、したりしことかなはず、得たりし物は失ひつ、企てたりし事成らずといふ。愚かなり。吉日を撰びてなしたるわざの、末とほらぬを数へて見んも、また等しかるべし。 その故は、無常変易(むじょうへんえき)の境、ありと見るものも存ぜず。始めある事も終りなし。志は遂げず。望みは絶えず。人の心不定(ふぢゃう)なり。物皆幻化(げんげ)なり。何事か暫くも住(ぢう)する。この理を知らざるなり。「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」と言へり。吉凶は、人によりて、日によらず。【訳文】 赤吉日という日のことは、陰陽道では、特に取り上げて問題としないことである。昔の人は、この日をわるい日として嫌ってはいない。近ごろになって、だれが言い出して、わるい日として嫌い始めたのであろうか、その言うところによると、赤吉日に始まる事は、終わりまでうまく運ばないということで、その日に言ってしまったこと、やってしまったことは思う通りにならず、自分の所有となった物はなくしてしまい、計画したことは成功しないというのである。こうしたことは、実に馬鹿げたことである。よい日を選んでやったことが途中で不成功に終わるのを数えてみても、赤吉日にやったことが不成功に終わるのと、その数はやはり同じことであろう。 赤吉日を忌み嫌うのは、無常で変転しやすい、この現実の境界では、存在すると認める物もそのままの状態を保つことがない。始まったことも終わりを全うすることがない。願うところは実現しない。欲望はいつも起こってくる。人間の心は動揺して定まる所がない。物体はすべて幻のように変化してゆくものである。いかなる物事が少しの間でも現状を保持しようか。この無常の理法を知らないがためである。古来、「よい日に悪事をすれば、結果は必ず凶となる。悪い日に善事を実行すれば、結果は必ず吉である」と言っている。したがって、吉と凶とは、実行する人によってきまることで、そのする日によりきまるものではない。【注釈】・赤吉日:太歳神(木星)東門を守護する番神を赤口神、西門の番神を赤舌神といい、赤舌神が六大鬼をもって西門を日々順番に守らせるうち、第三の極悪忿怒の羅刹神の番の日を特に赤舌日と言って、禁忌とした。この赤舌日は、六日ごとに一度廻って来、一年間に六十日あることになる。当時の『仮名版暦」によると、そこに「赤舌日」のことが見え、「しゃくぜちにち」と読まれていたことが明らかである。・陰陽道:中国から朝鮮を経て伝来した方術。二気(陰・陽)・五行(木・火・土・金・水)の説に基づく・沙汰なき事:取り上げて問題にすることでない。・末とほらぬ:終わりまでうまく行かない・無常変易の境:仏教の無常感からみた、現実の変化してやまない状況・境界「無常」は、一切の事物が変化を続けて同じ状態に止せらないこと。「変易」は、変わりやすくて常に流転すること。・不定:心に思うことが定まらず、常に動揺変化していること・幻化:幻のように変化していく第九十二段【本文】 或人、弓射る事を習ふに、諸矢(もろや)をたばさみて的に向ふ。師の云はく、「初心の人、二つの矢を持つ事なかれ。後の矢を頼みて、始めの矢に等閑(なほざり)の心あり。毎度、たゞ、得失なく、この一矢に定むべしと思へ」と云ふ。わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。懈怠(けだい)の心、みづから知らずといへども、師これを知る。この戒め、万事にわたるべし。 道を学する人、夕には朝あらん事を思ひ、朝には夕あらん事を思ひて、重ねてねんごろに修せんことを期(ご)す。況んや、一殺那の中において、懈怠の心ある事を知らんや。何ぞ、たゞ今の一念において、直(ただ)ちにする事の甚だ難き。【訳文】 ある人が、弓を射ることを稽古する折りに、甲乙二本の矢を手にはさみ持って、的に向かう。ところが、弓の師匠の言うには、「初心者は、二本の矢を持ってはならぬ。後の矢をあてにして、始め射る矢をゆるがせにする心があるからである。弓を射るたびに、いつも、やりそこないなく、この一本の矢だけで必ず的に射あてようと思え」と言う。たった二本の矢なのだから、師匠の前で、先に射る一本をいいかげんにしようと思うであろうか。しかるに、後の矢をあてにする怠け心というものは、自分で意識しないでも、師匠はよくわかっているのである。この師匠の訓戒は、弓射だけではなく、あらゆることに通ずるであろう。 仏道を修行する人が、夕方には翌日の朝のあることを思い、朝には今日の夕方のあることを思って、将来、もう一度、念を入れて修行しようと心に待ち設けていることがある。が、こうした人は、一日のうちでも怠けるのであるから、まして、一瞬間において、怠け心の存することを自覚するであろうか。この現在の一瞬間の意識において、なすべきことをすぐに実行するということは、何と、困難極まることであるか。【注釈】・諸矢:一手矢(ひとてや)ともいう。甲・乙二本の矢・得失:やりそこなう・懈怠:仏語で勇敢でない精神作用・たゞ:極めて短い第九十三段「牛を売る者あり。買ふ人、明日、その値をやりて、牛を取らんといふ。夜の間に牛死ぬ。買はんとする人に利あり。売らんとする人に損あり」と語る人あり。 これを聞きて、かたへなる者の云はく、「牛の主、まことに損ありといへども、また、大きなる利あり。その故は、生あるもの、死の近き事を知らざる事、牛、既にしかなり。人、また同じ。はからざるに牛は死し、はからざるに主は存(ぞん)ぜり。一日の命、万金よりも重し。牛の値、鵞毛(がまう)よりも軽し。万金を得て一銭を失はん人、損ありといふべからず」と言ふに、皆人嘲りて、「その理(ことわり)は、牛の主に限るべからず」と言ふ。 また云はく、「されば、人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。愚かなる人、この楽しびを忘れて、いたづがはしく外の楽しびを求め、この財(たから)を忘れて、危ふく他の財を貧(むさぼ)るには、志満つ事なし。生ける間生を楽しまずして、死に臨みて死を恐れば、この理あるべからず。人皆生を楽しまざるは、死を恐れざる故なり。死を恐れざるにはあらず、死の近き事を忘るるなり。もしまた、生死の相にあづからずといはば、実(まこと)の理を得たりといふべし」と言ふに、人、いよいよ嘲る。【訳文】 「牛を売る者がある。それを買う人が、明日、その代金を払って、牛を入手しようと言う。ところが、その夜のうちに、牛が死ぬ。こういう場合には、牛を買おうとする人に利益があり、牛を売ろうとする人に損があることになる」と語る人がある。 これを聞いて、そばにいる人がいうには、「牛の持ち主は、ほんとうに損があるけれども、しかし、よく考えると、また別に、大きな利益があるのだ。そのわけは、命のある者が間近に迫っている死を知らないという点では、牛がこの通りそうである。人間もまた同様である。ところが、思いがけず牛は死に、思いがけず持ち主は生きながらえている。人の間の命は、万金よりも重い価値がある。それに比べれば牛の値は、鵞鳥(がちょう)の羽より軽いものだ。その万金よりも尊い一日の生命を得て、一銭ほどの牛の命を失う人は、損をしたとは思えないからである」と言うと、皆の人が嘲って、「そんな理屈は、牛の持ち主だけに限ることはできない」と言う。 すると、また、さっきの人が、「それだから、人は、死ぬことを憎むならば、生命を大切に愛惜すべきである。この生きながらえているうれしさを、毎日よくよく心に味わい楽しまないでよいものだろうか。ところが、このことを自覚しない、愚かな人は、この生存の楽しさを忘れて、骨を折って、わが心の外にある快楽を追求し、この生命という財宝を忘れて、あぶなっかしくも、そのほかの財宝をやたらにほしがる場合には、その望みはけっして満たされることはないものである。生きている間に、その毎日の存命の喜びを楽しまないでいて、死に際して、死ぬことを恐れるならば、これは、日々の存命の喜びを楽しむという道理が成り立たないはずである。人が皆、生を楽しみ味わわないのは、死を恐れないためである。いや、死を恐れないのではない、その死が身近に迫っていることを忘れているのである。これ以外に、もしもまた、生死の状態から超越しているというなら、それこそ、真実の道理を悟っているということができる」と言ったところ、周囲の人々は、ますます嘲るのである。【注釈】・かたへ:そば・いたづがはしく:骨を折って(心を労して)・生死の相:輪廻(生死)の状態(相)・実の理:仏法の真理第九十四段【本文】常磐井相国(ときはゐのしゃうこく)、出仕し給ひけるに、勅書を持ちたる北面あひ奉りて、馬より下りたりけるを、相国、後に、「北面某は、勅書を持ちながら下馬し侍りし者なり。かほどの者、いかでか、君に仕うまつり候ふべき」と申されければ、北面を放たれにけり。 勅書を、馬の上ながら、捧げて見せ奉るべし、下るべからずとぞ。【訳文】 常磐井の太政大臣が出仕なさった折りに、勅書を捧持(ほうじ)している北面の武士が太政大臣に道で偶然お逢い申して、敬意を表わすために馬から下りてしまったので、太政大臣は、後で、「北面の何某という者は、勅書を持っているのに、私に対して下馬を致しました者です。この程度の心がけの者がどうして、主君にお仕えすることができましょう」と上皇に申し上げられたところ、この北面を職からお免じになってしまった。 そうした場合は、勅書をば、馬に乗ったままで、両手で高くさし上げてお見せ申し上げなくてはならない、馬から下りてはいけないということである。【注釈】・常磐井相国:西園寺実・北面:上皇の御所を警衛する武士・放たれ:免職第九十五段 「箱のくりかたに緒を付くる事、いづかたに付け侍るべきぞ」と、ある有職の人に尋ね申し侍りしかば、「軸に付け、表紙に付くる事、両説なれば、いづれも難なし。文(ふみ)の箱は、多くは右に付く。手箱には、軸に付くるも常の事なり」と仰せられき。 【訳文】 「箱のくりかたに緒を結び付けるには、箱の左右どちら側に結び付けるのがよいのですか」と、ある有職の専門家にお尋ね申しましたところ、左側に付けるという説と、右側に付けるという説と、二つの説のあることだから、どちら側でもさしつかえはない。手紙を入れる文箱では、多くの場合、右側につける。手まわりの物を入れる手箱では、左側に付けるのも普通のことである」と仰せられた。【注釈】・くりかた:緒を通すための環・軸:左。表紙が右
2012.06.01
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