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今日は終日部屋にこもっていた。基本的には毎日が日曜日(休み)なわけで、雑誌の名前をもじって「サンデー毎日」だとか、城山三郎が商社マンのことを書いた「毎日が日曜日」などと友人との間では話をしている。今日の話題の1つ目は、「繋がらない電話」の話である。先日先輩から携帯に電話が入ったが、その時、「君の家の電話は繋がらない」と云われた。何かの不都合であろうと放置していたが、今日こちらから掛ける段になって、常に相手が話し中であることに気づいた。何度掛けても同じである。携帯で用を済ましてふと考えて、NTTに故障かとの問い合わせをしようと「113番」に掛けるも、之も話し中である。話し中であるかどうかを確認するための電話番号が話し中では話にならない、とか思いながら、携帯電話で今度はフリーダイヤルに掛けるとやっと繋がった。長いオルゴールの後やっと出てきた担当者に話すと、調べて電話をさせるとのことだった。そして2時間程度は待ったろうか、やっと掛かってきた向こうの担当者は、電話代の未払いのようなことを仄めかす。そんなはずはないと声を荒げると、もう一度調べて、しかるべき人に電話させるとのことであった。待つことしばし、やっと電話の先に出てきた人は、少し話の分かる人のようだ。派遣ではなく社員のようだ。説明を聞きながら思ったのは、そう言えば、電話料金の払い落としが、向こうの都合で変わったとか言い、移行期間の1-2ヶ月は振り込み用紙にて対応を依頼されていたのだった。私はそれを放っておいたのだったが、それで、7月分が未納になっていて、切断されたのだという。サッカーでもいきなりレッドカードはないぜと言いながら、聞いていると、何度かそれらしいことを言ってよこしたのだという。端から、気に掛けていなかったので、放置していたが、7月分の未納を確認したわけだ。とやかく言いながら、8月分はちゃっかり引き落としているのだから、いきなり切断とはどういう事だと迫ると、「申し訳ありません」の連発である。私も調子に乗って、「顧客からの発注が、電話が掛からないから他所に回したと言われて約1000万円の損害を被った」と言うと、さらに「申し訳ありません」と頭を下げて(いるような気配)だった。そうこう言い合っていたが、結局は、7月分を振り込むことで決着した。(当たり前だが)そして、そのことを前提にか、既に電話は掛けられる状態に復帰したとの連絡だ。何ともはや、むかつく処置であった。選択肢のないNTTは強いもので、之は東電の値上げ然りである。実質寡占は強い。之がテレビだとNHKの視聴料を払わないと言ってもわが家だけ電波を止めることは出来ないので、見る事が出来るし、新聞屋もそうで、気に入らなければ他紙に変わることも出来ると言うことになるが、電話だけはどうにもならない。そもそも携帯電話が普及した現在では、固定電話の必要性がないと言っても良い。携帯電話では料金の取りはぐれがあるとか何とか理由を付けられたが、結局は収入源を減らす行動は容認できないと言うことであろう。とにかく決着は付いたものの、後味が悪い結果であった。もう1つは、大学の同期生からのメール (このメールはあらかじめ登録しておいたメンバー全員に送付されることになっている) に書かれていた、自衛隊の富士山麓での総合火力演習(総火演)を観てきたと言うことから始まった。私が「リムパック(海自のデモ)」も同じで、色々やっているが、とち狂った李明博の竹島上陸に「毅然たる」、「断固たる」が態度をとれていないのは不満との趣旨で返事をし、威嚇射撃ぐらいすべきだったと続け、先ず手始めに、韓国のゴルフプレーヤーは締め出し。大阪のおばちゃんの韓流渡航は禁止。TSUTAYAの韓流物は全部撤去。テレビを席巻する韓流物は放映禁止。キムチも日本で独自に製造したもの以外は禁止。韓国でサザエさんを放映すること原則禁止で、放映するならがっぽり金を納めさせる。などなどの対抗措置を執るべきだと返事した。そこから、武力解決が最善と言うことかの返事に、やりとりメールが何回か続いた後収束した。彼は、外交力アップのために「国防の視点で、総論的な方向付けを行うために、それぞれの個々の組織から離れた(防衛省や外務省などから離れた)智慧に富んだ機関が必要」との私見を述べていた。そう言った理想的な機関が機能すれば言うことはないのだが、ただ画餅にならないかと言うことで話は棚上げになったわけだ。爺さん同士のこんな愚にも付かない話で、時間がつぶれてしまった。
2012.08.31
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今日は大失敗をした。京大で行われる春秋講義を時々受講しているが、今日は、「危機に強いエネルギーシステムを考える」という話が聞けるというので出かけてきたが、何と1ヶ月間違っていたことに気がついたのである。愚かしいことだが、9月30日というのをすっかり見間違えて、今日だと思って出かけたわけだ。暑い最中電車に揺られて、市バスに乗りやっと着いた百万遍、時計台の記念講堂は寂として声がない。そこでやっと1ヶ月間違いに気づいた始末である。その他壁に張り出されたいろいろな講演もすべて9月のものばかりであった。そう言えばこんな事は高校時代にもあったなと思い出した。友人と2人で春の選抜高校野球を見に甲子園まで出かけたときのことだ。開会式にしては観客が少ないなぁと友人に話していたが、その時になってやっとその日が開会式の前日であることに気づいたのであった。友人と2人で、格好が悪いので、このことは秘密にしておこうと約束したが、既に時効なので書いてしまうわけだ。従って、今日の間違いは、歳を取って呆けたからではないに違いなく、単なる早とちりというものだと思っている。それにしてもせっかく電車賃とバス代を払ってきたのにと悔しかったが致し方ない。同記念館の京大の歴史というブースを見て帰ることにした。京都に出て行くのだからと久々に連れ合いとのデート(昼は学校のため)をするべく約束していたのは17:00に高島屋の前での待ち合わせであった。しかし講演が無いとなると、時間が空いてしまう。どうしたものかと、高島屋でうろうろしていたが、何かを買うといった目的もなく男1人が百貨店をぶらぶらしていてもおもしろいものではない。図書を扱うコーナーも貧弱な限りで、時間を潰すことは出来ない。仕方なくトイレの前の木製ベンチに腰掛けて、本を読みながら時間潰しをと考えた。しかし、日頃に不規則な(と言うか、夜起きて昼寝るという規則正しい)生活のおかげで、眠くなり、本を取り落とす始末である。何ページも読み進まない。しばらくして、それなら本屋に行ってみようと四条通のジュンク堂に出かけた。この本屋は、専門書の階には、狭いスペースながら座るところがあって、本を手に取り読むことが出来るわけで、冷房も適度に効いているので、はじめからここに来ていれば良かったと思った。中途半端な時間だったので、しばらくすると連れ合いからメールが入り、16:30には河原町に着ける旨の内容であった。そこでジュンク堂も中途半端な気持ちで出て、再び高島屋に帰った。待ち合わせてデートするのは最近無かったので、ちょっと新鮮な気分になった。会って、とにかく秋のNHK講座受講(私だけ)の手続きをしようと思ったが、場所の資料とかを忘れてきたので、スマホで調べて電話をし、場所を聞いて手続きに向かった。そこは何と、先ほど出てきたジュンク堂の目の前ではないか。無駄に往復をしてしまったわけだ。NHKカルチャーセンター京都校はビルの3階にあった。そこで、10月末から5回に亘って講義がある「ローマ帝国への道」受講の手続きをした。再びカエサルに接することが出来るわけで、なにやら胸が躍る気がした。受講の手続きが終わると、高島屋での飲食の割引券をくれたので、早い夕食を食べることにした。しかし、入った店で支払いをしようと件のバウチャーを出すも私どもはその催しには加入していませんとやんわり拒絶されたようだ。それでは仕方ないので、帰ろうと、エスカレータのところに行くと目の前に園芸コーナーが目に入った。ちょっと見ていこうと立ち寄ったが、ベランダにもう少し花があったらと思っていたので、適当に選んだのが、白いがくに包まれて咲く赤い花とモナラベンダーという紫の花である。珍しいその花を買って帰ることにした。大失敗の1日であったが、また、有意義な1日でもあったわけだ。
2012.08.30
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いやはや、とんでもない国に住んでいるのだとつくづく思った。南海トラフ地震が起こったときの最悪シナリオで導き出される死者の数(70%が津波による)である。建物も、238万棟が全壊乃至焼失するという。スパコンと現在の最先端の技術で想定したわけだから、おそらく想定外はないだろう。この現実は、何も東日本大震災が起こったから予想されるわけではなく、(もっとも起きていなかったらもっと甘い評価になっていたかも知れないが)起こりうることを真剣に算出した結果だと言うことだ。もし私が、静岡県か和歌山県に住んでいたら、もうパニックになっているかも知れない。和歌山の場合は103万人の県民中8万人が死亡すると言うことだからたまらない。細かいことは分からないが、大阪府は7700人と全人口約870万人の比は遙かに少ないし、我が町はといえば、内陸に入っている分さらに減るので、それほどパニックにならないで済む。だからといって、和歌山でパニックが起こっているわけでも、逃げだそうと構えている人たちが居るというわけでもない。それは、あくまで想定だからで、明日起こっても不思議ではないが、又、希望的に何年も起こらないかも知れないと思っているからであろう。(今後30年以内に発生する確率は東海地震が87%、東南海地震が70%、南海地震が60%と予想)南海地震だと、向こう30年で40%は何事もないわけで、そうなることを密かに願っているからであろう。そして、この数字は、全く対策を講じない場合であって、津波からの迅速な避難や建物の耐震化によって、死者は6.1万人と約1/5に減じることが出来るという。それにしても6万人は確実に死ぬと言うことになるわけだし、過去の日本の犠牲者の数を遙かに凌駕する数値でもある。このような地震が何故起こるかは、プレートテクトニクスなど地学の面から説明がついているの事になっているのだが、それらを見てみると、マグニチュードは最大9.1としているが、何故1960年のチリ地震のように9.5にならないのか、また何故それ以上にならないのかは分からない。数値が1つ大きくなるとエネルギーは32倍になると言うから大きな問題である。こういった理学的な考察とは別に、地質学者のチャールズ・ライエルは「地球は絶え間なく変化しつつ、バランスを保っている」と唱え、例えば、「川は岩を浸食して海に運ぶが、この破壊は火山が新たな岩を噴出することによって相殺される。このようにすべての地質学的作用には、それを補う作用がはたらき、そうやって地球はゆっくりと着実に自らを作りなおしている。」と言い、恐ろしい地震も地球の状態を一定に保とうとするメカニズムの産物なのだとして、「地震は次々にあらゆる場所を揺るがせ、しばしば地球の住人に死と恐怖をもたらして、荒廃と混乱の傷跡を残すが、それさえも保存の原理が最大レベルではたらいた結果であり、システムを安定させるには不可欠なものなのだ。」と言いのけている。何も地球の営み(宇宙での)は人類やその他生物のことを考えているわけではないと言うことだ。そのような観点からすると、たまたま地球上に生まれてきたばかりに背負わされた、業のようなものであるといわなければならない。いかに万物の長と言って、満足している人類も、自然の営みの前には、何らなすすべがないというわけである。地震対策を講じて(減災)その災禍を軽減することくらいが人間に残されたせめてもの道である。人間の一生は80年として、そのスパンの中で、こういった災害に遭わないで居られる人もいれば、防ぎきれず亡くなってしまう不幸な巡り合わせの人もいる。東日本大震災における被害者は、不幸な巡り合わせの人たちである。南海地震は、過去100年~150年で起きているという。運が良ければこの波の外に外れることが出来るかも知れないが、多くの人はこのサイクルに入り込むであろう。そして、地球規模では、何十万年の単位で、規則的ではなく氷河期が訪れ、恐竜がそうであったとする説があるように、人類や他の生き物たちも、全く滅びてしまい、地球上は全く新しい生物が誕生するのだろうと思われる。そんな規模で考えると、人間なんて、蜻蛉の命よりも儚いものであると感じ、空しい気分になる。キリスト教には、ハルマゲドンと言った末世思想があり、イスラム教も最終的にはジェハンナム(地獄)の火に焼かれるときが来るという思想もある。仏教もまた然りだ。末世が来ないようにと願うばかりである。
2012.08.29
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今月2人の友人が逝った。***黙祷***まさに立て続けという感じだ。1人は、ゴルフのコンペ仲間であった。私は野暮用あって、参加出来なかった川奈ゴルフで、少し体調が悪いと言うことは伝え聞いていた。そして前回の同期ゴルフコンペには参加してなく、療養しているとのことだった。既に不治だと言うことも聞いていたが、その後敢え無くなってしまったのは1ヶ月も経っていなかった。そして昨日のメールでの知らせでは、もう1人の訃報である。今月の初めに長い間やってきた店をたたむと言うことで、激励会との集まり、顔を合わせ話をしたが、その時、少し元気はないとはいうものの、さぁ、これから色々やっていこうなどと言っていたその友人が儚くなってしまったのである。1月に2人はいくら何でも多すぎるのではないか。享年67歳(68歳)は、まだこれから少なくとも10年以上は・・・などと思い、あまりの早さにただただ唖然とするばかりである。共に高校時代の友人であり、高校時代からそれほど親しくしていたわけではないが、紅顔を昨日のように思い出す友人達ではあった。来年には卒業50周年の記念同窓会をと通知状が配送されたところである。既に鬼籍に入った友人もたくさんいるが、それほど急いであっちに行かなくても良いのにと思うばかりである。先の友人には白骨の御文章を、後の友人には蓮如の御文章を書き送った。【それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おほよそはかなきものはこの世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。さればいまだ万歳の人身を受けたりといふことをきかず、一生過ぎやすし。いまにいたりてたれか百年の形体をたもつべきや。われや先、人や先、今日ともしらず、明日ともしらず、おくれさきだつ人はもとのしづくすゑの露よりもしげしといへり。されば朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなはちふたつのまなこたちまちに閉ぢ、ひとつの息ながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて桃李のよそほひを失ひぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめども、さらにその甲斐あるべからず。さてしもあるべきことならねばとて、野外におくりて夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あはれといふもなかなかおろかなり。されば人間のはかなきことは老少不定のさかひなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、念仏申すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。】まさに、「われや先、人や先、今日ともしらず、明日ともしらず、おくれさきだつ人はもとのしづくすゑの露よりもしげしといへり。」である。そうこうするうちに、我や先と私も追いかけていくのであるが、今少し俗世に未練があるので、もう少し待っていて貰うことにしたい。今年の暑中見舞いで、いとこから「家族みんな元気にやっています」との葉書が届いたのを思い出し、そうだ、“みんな元気“と言うことが、さりげないが一番のことなのだと改めて思うのである。私に残された時間は、まだまだあると思っているのだが、この先唯々諾々と余生を空しく送るのではなく、常に挑戦し続け、昨日よりも今日、今日よりも明日高みに登るべく努力していきたいと思う。学べば、学ぶほど、常に自分の浅学非才を思い知るのであるが、努力を止めることは、与えられた一生を全うすることを怠ったようで、先に逝った友人達にも申し訳なく思ってしまう。では何故何の足しにもならないのに学ぶのだろうかを考えたとき、その答えはなかなか難しい。ジョージ・マロニーではないが、「そこに山があるから(Because it is there. )」と言うことかも知れない。人生に参加しているのだという実感を常に持ち続けていたいと言うことかも知れない。また、彫刻家平櫛田中は、「六十・七十は鼻たれ小僧。男ざかりは百から百から。わしもこれからこれから」と読み、満百歳の誕生日を前に、30年分の材料を買い込んだといわれる。それを聞いて横溝正史は「田中さんには及びもないが、せめてなりたやクリスティ」と詠んだのだそうだ。その志や良しというところだ。因みに、平櫛田中:享年97歳、横溝正史:享年79歳、アガサ・クリスティー:享年85歳である。
2012.08.28
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現在日本は、3つの領土問題を抱えている。北方領土問題、竹島問題、そして尖閣列島の問題である。之を専門家に云わせると、北方領土問題と竹島問題は紛争問題として認識しているが、尖閣列島については我が国固有の領土であるとして、領土問題は存在しないとの立場を取っている。(一部には竹島も問題は存在しないとも言う)しかし事ここに至っては、3者ともれっきとした領土問題であろう。個人の邸宅に土足で入り込んできて、「ここは昔からわが国の土地だ」などと言う方も言う方だが、そう言われて、落ち着いている方も、どうなっているのかと思う。何らかの態度を取らないでいては、それこそ居座られてしまいそうだ。北方4島に関しては、ロシアの時の大統領メドベージェフが昨年これ見よがしに4島を訪問し、盛んに示威行動を取っていた。また今回の竹島へは韓国の李明博大統領がなりふり構わずやってきた。残りは胡錦濤が尖閣へと言うことだろうが、そこは狡猾で、自らは出でまさないで、手下を存分に使っているようだ。そんな領土問題は、一人、日本だけの問題でないのは、先刻承知しているが、世界中では40を超す領土問題があるという。そのうちの一つイギリスとアルゼンチンの間の領土問題が、尖閣列島の問題と酷似している。そこで、新聞で述べられたイギリスとアルゼンチン間のフォークランド島を巡る記述を引用すると、【フォークランド諸島で発見された推定埋蔵量83億バレルの海底油田について「英企業が不正に探査を始めている」と欧米5証券取引所に報告。民事と刑事の両方で企業を提訴する方針も表明している。 こうした強硬姿勢の背景にはフォークランド問題で「愛国心」をたきつけることで、景気減速への批判を和らげたいフェルナンデス大統領の思惑があるとみられる。英国も同様の事情を抱えている。今年に入ってウィリアム王子を空軍のヘリコブター操縦士として派遣するなど挑発。双方とも引くに引けない状況になっている。】この記述で、フォークランドを尖閣に置き換え、英国を日本、アルゼンチンを中国と読み替えれば、そのままの文章が当てはまりそうだ。この際イギリスはウィリアム王子が出向いているが、何故か日本からは総理大臣か、官房長官が行かないのはどうしてであろうか。フォークランドの場合は、紛争(戦争)にまで発展したが、それが断固たる決意の表れではないだろうか。日本を相手にした場合は、完全に紛争にまで至る心配がないのか、中国や韓国の果てはロシアのやるがままに唯々諾々として静観しながら、「断固たる」とは言葉ばかりである。以前の世界の領土紛争の基本は宗教的なものが多かったが、今では、海底の資源のようなものがその原因としてあげられる。分かりやすいのは尖閣列島の問題である。それまで特に問題視していなかった中国や台湾が、1969年に尖閣列島付近で原油が産出すると明らかにされてから、やおら権利を主張し始めたのである。違法コピー、海賊版、特許侵害などどこ吹く風の中国人は、非常に分かりやすく、急に領土権を持ち出したのである。智を持って智を説得することや論破することは比較的得意な日本も、蛮を智で説き伏せることなど出来ない。そして日本の領土問題の相手国は、蛮勇こそあれ、智が通じない相手であるから、如何ともしがたい。中国は尖閣ばかりではなく、南沙(スプラトリー)や西沙(パラセル)でも、フィリピンや、ベトナムに喧嘩を売っているし、アフリカまで進出し、スーダンやアンゴラでもやりたい放題である。天知る、地知るであるが、この狡猾な国は、確信犯的に敢えてちょっかいを出してくるのだから己知るといかず、始末が悪い。竹島問題も韓国は何の根拠もなく自国領土を教科書はもとより、歌やTシャツまで作り込み、幼児の時からすり込んでいるわけで、徹底しようとしている。それなら国際司法裁判所で調停をして貰おうという点では、根拠のなさを突かれ、赤実の下に晒されるのがが怖いためか、応じようとはしない。蛮行とは実にこのような行為を言うのであろう。
2012.08.27
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私は前期高齢者(今年68歳)だが、本人の自覚としては、全くと言っていいほどそんな風に感じたことはない。人生の展望では、この世は、あと12年と云うところであろう。之は、私のDNA的にもまた、一般的な平均寿命からしても妥当な線である。そのことを考えると、あと12年(1世代)後にどうなっているかを想像することは決してたやすくはない。人生の1/4のラストクオーターをつい8年前に始めたばかりであるからだ。8年前に今日ここでいることを想像したかと云えばそれはない。従って、一寸先は闇と云うほどではないが、なかなか将来を見通すことは出来ないのである。だからといって、全くの白紙というわけでもないが、むかし、世間一般に云われたように60歳を過ぎたら楽隠居と言うほどでもないのも確かである。最近の日経新聞に「シニアが拓く」とのコラムが掲載されていた。そこには、「終活(就活をもじったものだろう)で築く最後の安心」とあったが、何故に、殊更「終」の字を使いたがるのだろうかと思った。私などは、人生のラストクオーター(やっぱりラスト=終か)を走っているとの感覚であるが、同期の連中の中にでも、殊更「終」を意識している者もいるようだ。人生は「サドンデス」が良いというと皆そう言うし、それが希望だという。もちろん交通事故や、災害に巻き込まれることを想定はしていないのだが。しかしこれとて、何が起こるか分からない(何が起こっても不思議ではない)世の中だから「想定」などと言う言葉は軽々しく口に出せないのは、東日本大震災の時と同じである。新聞には、死んだら遺影と云うことで、生前をよく見せるために事前に遺影撮影をして待っているのだそうだ。そう言えば、親父の時もお袋の時も、死んで後アルバムなどをかき回して、遺影用の写真を探して、背広から紋付きの和服に着せ替え(写真で合成)させたことを思い出した。従って、今、毎朝顔を合わすのは、そのとき選んだ顔写真である。(事前の遺影撮影をなるほどの思った)さらには、老人ホームの話が続く、そして、一人暮らしの話だが、65歳以上で一人暮らしは、約470万世帯(人)いるという。日本の人口1億2665万人のたかだか4%弱ではあるが、寂しい話だ。さらに、子供が巣立つとか、元々なのか、夫婦2人の世帯も約460万世帯(920万人)ということだ。こちらは一人暮らしの予備軍であるが、これらを合わせて、1390万人、約11%となる。私の姉たちもそうだが、子供3人を抱えていたときには、大きな家(子供にそれぞれ1部屋ずつ宛がうような)だったのが、今は一人暮らしだからその大きさがとてつもなく大きく見えて、かつ廃墟のようなイメージすらして、なかなか寂しいものだ。そんなわけで、姉たちを見ると、世間的には余生を細々と生きているといったイメージで捉えがちだが、実態は、なかなか元気のようだ。まさに、人生のラストクオーターをばく進しているが如しである。歳を取ると云うことは、60兆個の細胞が、漸次減少していくことであろう。若いときには、死んだ細胞は、新しい細胞に置き換わるのだが、その補充が無くなるのである。新しい細胞が、最初に設計された通りに成長せず、暴走するのがガンであり、細胞が萎縮していくのが認知症と言うことになろうか。ガンは嫌だが、認知症もと思うものの、この認知症患者も、ここ10年ほどで2倍の約300万人いるのだという。ガンにもならず、認知症をも発症せず、かつサドンデス出来る状態というのは、普段の努力だけでは達成出来ない。(不断の努力でも駄目だ)こうなると、「今を生きよ」と云う言葉が生きてくる。カルペ・ディエム(ラテン語)である。相撲取りがインタビューに答えるとき、アナウンサーが、「優勝が見えてきましたね」などと問うても、「一番一番頑張るだけです、はぁー、はぁー」というのに似ている。若い頃には、もう少し言い様はないかと聞いていたこともあったが、けだしこの言葉の大いなる意味が分かった次第である。高邁な理想を掲げて・・・と言うのも気恥ずかしいし、かといって、消化試合のように、黙々とキャッチャーとキャッチボールするだけの投手でも終わりたくないというところだ。1950年にはピラミッド型の人口構成だったのが、今やシニアバルジとでもいえそうな歪な人口構成になっている現在は、もはや昔のイメージで老齢者を捉えることは出来ないのが当たり前である。今後孫、子がどう云った生活をしていくのか、気になるところだが、これとて、今から推定することは出来ないのである。今日は太郎君一家と夕食を共にした、連れ合いの孫は日に日に大きくなっていく。今日は、全員で、「UNO」というカード遊びをした。初めてなのだが、「アメリカンページワン」と似ている。4歳の弟君も参加出来るのを見て驚いたが、WiiやDSのゲームにはまっているよりは良いと連れ合いが言うように、なかなか元気が良い。こういった遊びを通じてもソーシャル感覚を学んでいけばいいのかと思ったりもする。「UNO!」カードが最後の1枚になったときにそう叫ぶわけで、そう言わないと上がれないと云うことで、今日は「UNO!」の言葉が飛び交った、幸せな日であった。(UNO=スペイン語で1という意味)
2012.08.26
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デネットの著書であるが、この本を手に取った動機はと思い出すと、我々の生活に密着した宗教というものが、科学的な意味で解明されたという風に感じたからである。そして、この本を読んで、少し感想をと思ったが、なかなか果たせないことも分かった。私は、一応仏教徒(浄土真宗)となっているが、知識としての梗概的な仏教のほんの触りしか知らず、かつそれも特別地に足が着いたものではない。そんな中、私は、過去の生活の中で、「神様・・・」と心の中で念じたことはあるが(困ったときの神頼み)、しかし、「お釈迦様・・・」と唱えたことはない。キリスト教徒でもないのに神様とは、と思うのだが、神はキリスト教徒の専売特許ではない。たまたまアラブ圏で仕事をした関係で、イスラム教についても興味を持ったが、彼らもまた神(アッラー)と呼ぶし、ユダヤ教徒も神(ヤハウェイ)と呼ぶ。世界三大宗教と言われる、キリスト教(19億人)、仏教(5億人)、イスラム教(10億人)であり、拡大して四大宗教と言えば、これらにヒンズー教(時に民俗宗教に分類されることもある:7億人)が加わることになる。信仰する人数はと言えば、大略括弧の中に書いた数になると言う。しかしこの数は人によって違うわけで、おおよその数といった方が良い。そこで、三大宗教に着目し、神は1つであり、顔を複数個持っていると云うことだと考えられる。キリスト教徒から見たとき、神=GODであり、イスラム教徒から見たとき、神=アッラーであり、仏教徒から見るとき、神=ブラフマー(仏教の来たるべきはインド・バラモン教に依拠する)と言うことになろうか。因みにユダヤ教においては、神=ヤハウェイと呼ばれるのである。そこに着目すると、イスラム教徒が言う神は唯一ただ一人(イラーハ・イッラッラー)と言うのが当たっているような気がする。(神を見る方向で名称が違うだけである)ここで、キリスト教のイエス、仏教の釈迦、イスラム教のモハマドは、開祖、または預言者と言うことになる。イスラム教は偶像を忌避し、キリスト教は神を「神と子と精霊」という風に3者で構成されているという。ヒンズー教では、三神一体(トリムルティ)とよばれる3大神、すなわち ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァを神と呼んでいるわけで、仏教においては、神は曖昧模糊であり、仏陀という「悟りを開いた人」が実に多く存在している。そういった違いが、イスラム教が他宗教を遠ざける根本にあるようだ。その他の宗教を見ると実に多彩で、多様に分化している。もちろん上記の大括りな宗教の中にも、各宗派があるわけで、実に複雑である。そのような宗教を解明しようというのだから並大抵ではない。ここの同書の中で、神の存在についての部分を取り上げて、読後感としたい。【P3327.神は存在するかもし神が存在しないなら、私たちは神を発明する必要があるだろう。(ヴォルテール) ついに、約束していた神の存在証明の考察に向かうことにしよう。これを建設的に行ないたいと思う人なら誰でも直面する――論理的ないし心理的な、さらに手続き上や戦術上の――障害を再検討した後で、探求領域の簡単な概観を示し、判断に至る思考法ではなく私自身の判断を提示し、多くの人たちにはあまりなじみがないかもしれない文献を挙げることにする。(中略)まず人間の形をした神々と、歴史的なものと推定される文献に残されている論証からはじめることができる。たとえば、文字通り真理である『聖書』によれば、神は存在しているし、いつも存在しており、数千年前に七日間で世界を創造した。この歴史的論証は、それを受け入れている人々を満足させているようであるが、それらを本格的な探求に晒すことすらできない。(中略)以上のことをふまえて、何世紀にもわたって哲学者や神学者によって事細かに議論されてきた伝統的な論証を扱っていくことにしよう。(デザインからの証明〉のように経験的なものもあるし。第一原因の必要性から生まれた(存在論的証明)や(宇宙論的証明〉のように純粋にア・プリオリなもの、つまり論理的なものもある。論理的証明は、何年も注意深くそれを考察してきた多くの哲学者を含む多くの思想家によって、真面目な学問的提案というよりも一種の知的な手品のようなものとみなされている。〈存在論的証明〉を考えてみよう。それは、一七世紀に聖アンセルムによって、愚か者が心の中で言ったこと〔神はない〕について書かれている「詩篇」第十四章の一に対する直接的な応答として、定式化されたものだ。アンセルムの主張では、愚か者が神という概念を理解しているなら、神が(定義上)考えられるかぎりもっとも偉大な存在である――ちょっとひねった有名な言い方をすると、それ以上偉大なものをもはや考えることのできない存在である――と理解すべきである。考えられるかぎりもっとも偉大な存在のような完全性が持たなければならないものの一つは、現実存在である。というのも、もし神が現実存在を欠いているなら、さらに偉大なる存在を――つまり、あらゆる完全性に加えて現実存在も備えている神を――考えることが可能になってしまう。現実存在を欠いた神は、それ以上偉大なものをもはや考えることのできない存在ではない。しかし、それ以上偉大なものをもはや考えることのできない存在というのが、神の定義である。したがって、神は現実に存在しなければならない。これには説得力があると思うだろうか、それともある種の論理的レトリック」ではと疑うだろうか?(以下略) 】注)聖書「詩篇」第14章の1愚か者は心の中で、「神はいない。」と言っている。彼らは腐っており、忌まわしいことを行っている。善を行う者はいない。
2012.08.25
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国会がこのところきな臭い尖閣、竹島の両領土問題について初めて決議を行い、内閣に圧力を掛けた。尖閣は中国が、竹島は韓国がそれぞれ狙っているわけだが、両島とも日本固有の領土であることに代わりはなく、従って日本政府は領土問題は存在しないとの見解で、何ら手を打つこともなく、唯々諾々と中国や韓国の所謂実効支配を許し、何らの手当も行ってこなかった。ここに来て、にわかに騒々しくなったのは、韓国における大統領選挙を控え、李明博が、低迷する支持率に、任期終了後の金銭を巡るトラブルで、訴追を受けかねない状況から、之を払拭すべく、一大奇行(博打)を行ってきたのである。元々この李明博は、根っからの政治家ではなく、日本生まれと言うことや、ソウル市長時代の河川復旧工事などで、その新鮮な力量が認められたのだが、北朝鮮との宥和政策の失敗もあり、またこのところ実兄の金銭汚職なども相まって、支持率は低下の一方で、大統領辞任後、実兄との関係を調べられると身に危険が迫るとの考えからか、きわめて偏狭な日本攻撃を開始したのであった。そして政治家としての未熟さを露呈したわけだが、石原慎太郎などは、「大統領の任に非ず」と、一刀両断であるが、まさに言い当てていると感じた。しかし、天皇陛下に対する侮辱的な発言といい、今回の親書の返却といい、まさに開いた口が塞がらないわけで、之に一部(と思うが)国民が同調しているといった事実である。もはや何人の在日韓国人がいるのか、そのことを思えば、今回の愚行は、ただただ李明博個人のことのみに明け暮れたもので、偏狭的である。韓国民でも中に批判的な者もいるはずだが、国家的な反日キャンペーン上テレビなどでのインタビューは、李明博に好意的な発言が多い。之で支持率を少し回復したようだが、抜本的な改善などほど遠い問題となってしまった。いわば、自分自身と家族のことを国家よりも上位に位置づけた結果である。韓国は大統領制であり、李明博の奇行(大統領として初めて竹島に不法侵入)を今後の大統領は踏襲するのか否かが問題になっているが、セヌリ党の朴槿恵辺りは、之を踏襲するような口ぶりである。一方尖閣の方は、もっと嫌らしいことになっているのではないだろうか。中国は韓国が竹島を自国領土と考えているほどには尖閣のことを心底思っているわけではないことは、ここに海洋資源が存在することが判明するまではなりを潜めていたのが、このところ急激に自国の領土云々を言い始めたことからも分かる。そして中国のやり方は、確信犯的であり、何とかして、海洋覇権の1歩を確立しようと躍起になっているようだ。中国共産党の毛沢東が、4000万人も殺戮した事に比すると、年々小粒かしてきて、胡錦涛に至っては、中国共産党時代最小の国家主席と言わざるを得ない。その胡錦濤もこの秋には、トップの座を近習平に次ぐことが決まっている。こちらの方は、中国13億人をたった9人の中央政治局常務委員が牛耳っているわけで、この中央政治局常務委員会の決定は迅速かつ速攻型であるから、世界の耳目の那辺にあるかは一切かまわず、ただひたすらに我が道を行くという様相である。共産主義の台頭時代の思想背景には、「階級や搾取のない、万人の平等を目ざし、平等な理想社会を建設する」というもっともらしいことを唱っていたが、それがいかに画餅であったかは、いちいち論証する要がないほどである。共同で生産すると言う意味の「共産」はどこへやら、ただひたすらに、トップ9人(もちろん近習平)の独行が罷り通るわけである。まがいなりにも民主主義国家なら、個人の独断専行を許すべくもないのだが、中国のような共産主義の国家では、全く歯止めが効かないし、第三者的なチェック機関もないわけで、党のトップの決定が、即ち時を置かずして実行されるわけだから、危険きわまりない。先の石原慎太郎によれば、「中国ではこれから騒擾事件が起きる」とか、「北京の政府は、いろいろな国内問題のガス抜きのために、彼らを扇動しているかもしれない」と言及している。そして、「中国の政府は分裂していき、四つくらいの国になった方が幸せ」とも語ったという。中国政府(党)は、国民の反感が政府に向かうことを恐れていて、そのためには、工作員の扇動で、反日感情を煽ることなど朝飯前のことであろう。それに踊らされる一般国民こそ良い面の皮であるが、巧くカモフラージュして、今のところ国民を操る手法は功を奏していると言っても良いだろう。日本は、こういった不条理を中国国民に分からせるためにも第3国の協力を得つつ、非は中国にありと言う世界的な世論の醸成に努めなければならないし、中国は事をなすに手段を選ばないと云うことを肝に銘じなければならない。中国の反日デモを考えるとき、現在読んでいる「解明される宗教」の中に1つのヒントを見つけた。戦闘的な宗教集団(中国におけるデモは、善悪の区別がはっきりした宗教のようなもの)が多発するのは中国における一人っ子政策が根底にあるとの見方だ。妊娠中の女子が中絶させられるか、誕生時に殺されるなどで、配偶者を見つけられない若者(男子)が増加し、その男性ホルモンの異常な高まりのはけ口としてのデモ多発だという見方である。このことは穿ってはいるがなかなか興味深い。
2012.08.24
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前回は、風呂から出るまで、優勝は間違いないと思っていたが、何のことはない、同じ組で回っていた、友人Aに2打差で優勝をさらわれたが、準優勝で、念願のハンディーは下がり、やっと人並み(HDCP=20)になり、グロスも97と、ゴルフらしい成績になった。その後、アトラクションで、高山右近杯があったが、それは雷雨のためバックの14ホールで、サドンデスとなった。翌日の新聞では、落雷で、死者が出たと言うから、止めてよかったわけだ。体調が悪く参加を思いとどまっていた友人の奥さんも参加できて、久しぶりのフルメンバーとなった。今日も前回と同じように出かけるときに帽子を落として、取りに帰るハプニングがあった。予定通りプレーは始まり、インからのスタートであった。No.10(M)のティーショットは、当たりは今一で、左ラフだ。友人BはFWなるも当たり損なって、飛んでいない。左に飛んだ球を皆が探してくれたが見つからず、やっと見つけた球は思ったよりも飛んでいた。そのせいでもないが、2打目をチョロして、前下がりのラフから3打で残り50YDとした。4オンを50cmに付けたがカップに蹴られて2パットのダボである。友人Aはパー、友人Bは私と同じくダボで、婦人は7つ叩いた。No.11(S)は、5Iで左に出て、バンカーに入った。2オン2パットのボギーである。友人Aは3パットのボギー、友人Bはパーである。夫人は6つ叩いた。No.12(M)は、クリークのあるミドルで、今日も波乱があった。ティーショットをチョロしてしまい、FW迄届かない。2打目をクリーンに当てすぎ、グリーン越えのOBとなった。打ち直して今度はショート目で、クリークに入れてしまった。そこからまたグリーンをオーバーし、5つでやっと乗り2パットで7つ、2打罰で、9を叩いた。痛恨である。友人Aはボギー、友人Bはパーとした。婦人は持ち直して、ボギーで上がった。 No.13(M)は、右が崖の、ドラ短ホールだ。軽く振って、右ラフに落とした。気負ったわけでもないが、2打目をチョロしてFWへ。そこでまたかすっただけのチョロで進まず、4打をグリーン向こうに運んだ。5打でオン、2パットの7つを叩いた。前のホールとで、8打オーバーはやる気をなくす。友人はともにボギーで、夫人は、3パットのトリプルである。 No.14(S)は、打ち降ろしで、グリーン手前は池である、今日のグリーンは左で、160YD打ち下ろしだ。ここは7Wで40cmにナイス1オンである。バーディーを拾い、ニアピンもものにした。友人Aはパー、友人Bは池に落とすもナイスリカバリーで、1パットを沈めボギーとした。夫人も池を越えラフからボギーとした。 No.15(M)は、ドライバーは当たりがまあまあだったが、FW左に運んだ。2打目は届かなかったが、クリーンに当たり、残り20YDである。アプローチで2mに付けそれを1パットで決めパーとした。友人Aは豪快にとばしたが、前回と同じく2打目を失敗し、上がってはダボ、友人Bも3パットのトリプルであった。夫人は、3パットの8打であった。 No.16(L)は、打上、打ち降ろしだ。ティーショットは、左ラフに掛かった。2打目はクリーンだが、右ラフである。残り150YDの打ち下ろしだが、載るかと力んでチョロだ。そこからアプローチでバンカーに入れ、もたついて7オン、1パットでもトリプルだ。友人らはパーとボギーだった。夫人は、10打を叩いたようだ。 No.17(M)は、右ドッグのドラコンホールで、ティーショットは、まずまずだった。しかし、第2打をまたチョロしてしまい、3打で届かず4オンはピン傍の20cmでOKボギーである。友人Aと婦人は同じくボギー、友人Bは1パットのパーだ。前半最終、No.18(L)は、当たりは今一だったが、2打目はクリーンに当たり、残り130YDである。3打目は少し思惑外れだが、右ラフへ。1.2mに4オンしたが2パットしてしまい、ボギーであった。友人A、友人Bともパーで終了だ。婦人はダブルスコアだった。早い昼食を今日はしっかり食べた。後半のNo.1(M)では、また左ラフである。2打目はクリーンに当たり、左ラフで40YDに付けた。アプローチはかろうじてオンして、2パットのボギーである。友人2人も同様にボギーだった。夫人は7打スタートだ。No.2(M)は、ドラ短のホールだ。当たりはまずまずで、FW右に残った。ドラ短の名前を書いた(後に書き換えられた)。2打目は良い当たりだが右ラフである。7mへ3オンし2パットで、またボギーだ。友人Aだけパーで、後の2人は私と同じくボギーである。No.3(M)は、比較的長いホールで、目論見通り、カート道に落ちて、ずっと前方に出た。ここでまた2打目をチョロしてしまった。残り100YDのアプローチで、1mにオンし1パットの3ホール連続ボギーだ。友人Aはとにかく飛ぶ、しかしここでは2打目が悪くグラスバンカーでトラブリ、ダボとした以外は、全員がボギーであった。No.4(S)は、フラットなショートで、遠い方の右グリーンだ。何と私の打ったボールはゴロで転がったようで、無様だがグリーン端にオンした。之を2パットで沈めパーを拾う。友人Aはここでピン傍に付け難なくニアピン、バーディーを取った。友人Bはバンカーからのナイスリカバリーで、1パットのパー。夫人はダブルスコアだった。No.5(L)は、右ドッグレッグの池有りコースだ。ティーショットは当たりが今一で、左ラフだ。2打目はクリーンだが、左のラフである。3打目を土手を利用する形で、右ラフに入れた。4オンするも、油断して3パットのダボである。友人や夫人は、ここを皆パーとしていた。特に夫人はバーディーオンで3パットのパーは惜しいが、なかなかである。No.6(M)は、当たりがもう一つで、右ラフである。2打目はクリーンで、75YD残。3打目を手持ちのアプローチクラブで狙ったが、バンカーだ。惜しまず、クラブを変えれば良かった。4オン2パットのダボだった。友人Aはパー、友人Bは1オンでダボと同じだったが、長い1パットを沈めた。 No.7(M)は、距離の長いハンディキャップ1のミドルで、ドラコンホールだ。ここで悪夢の天ぷらで、土手に止まり、前下がりのライは厳しい。2打でフェアウェイに出し、3打勝負は、10YD届かなかった。アプローチで4.5mに載せ、2パットだが、カップ際の右に曲がるのは読み切れない。友人Aは1パットで、パーを、友人Bはボギー、夫人はトリプルだった。 No.8(S)は、横長のグリーンで、カップはバンカー越えだ。7Wで少し届かずラフ4.5mに付け、惜しい1パットを外してボギーとした。このホールは、全員が2オン2パットのボギーだった。最終No.9(L)は、ティーショットが少し高く上がり、距離は出ないが、FWセンターだ。2打目が快調ではなく、前方の前下がりラフを抜けきらなかった。2打目を慎重に打ったつもりが、チョロしてしまった。3打目も湿った当たりで、残り95YDの左ラフだ。9Iでも届かずやっと6オンだが、1パットで沈め、ダボ上がりとなった。友人達は2人とも2パットのボギー上がりだ。夫人は私と同じダボで上がった。 私の後半は何や有ったが、48と50を切りトータルもやっとの事で99となった。友人Aは41(全82)、友人Bは45(全88)であった。夫人は後半改良し大波賞の62-54(全116)で当日賞に当たったのは縁起が良い。友人Bも8位と当月賞を貰っていた。私と友人Aはニアピン、バーディーだけで終わったようだ。それにしても友人Aは前回79に対して、今日は82とはいえ、70台が常に視界に入っているのは凄い。私は、2打目のチョロがきわめて多く、9回もやっていたのでは、これ以上望むべくもない。
2012.08.23
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第百二十六段【本文】 「ばくちの、負極まりて、残りなく打ち入れんとせんにあひては、打つべからず。立ち返り、続けて勝つべき時の至れると知るべし。その時を知るを、よきばくちといふなり」と、或者申しき。【訳文】 「ばくち打ちが、すっかり負けてしまって、残ったもの全部を勝負に賭けようとするのに対しては、ばくちを打ってはならない。そうした時こそ、よい状態にもどって、連続して勝ち得る時が向うにやって来たと知らなくてはならない。そうした、勝負の逆転する時を知るのを、上手なばくち打ちというのだ」と、ある人が申しました。【注釈】・残りなく:手元に残った金全部第百二十七段【本文】 改めて益なき事は、改めぬをよしとするなり。【訳文】 改めても利益のないことば、むしろ改めない方がよいとするものである。【注釈】・改め:無益な改革第百二十八段【本文】 雅房(まさふさ)大納言は才賢(ざえかしこ)く、よき人にて、大将にもなさばやと思しける比、院の近習なる人、「たゞ今、あさましき事を見侍りつ」と申されければ、「何事ぞ」と問はせ給ひけるに、「雅房卿、鷹に飼(か)はんとて、生きたる犬の足を斬り侍りつるを、中墻(なかがき)の穴より見侍りつ」と申されけるに、うとましく、憎く思しめして、日来(ひごろ)の御気色(みけしき)も違ひ、昇進もし給はざりけり。さばかりの人、鷹を持たれたりけるは思はずなれど、犬の足は跡なき事なり。虚言(そらごと)は不便なれども、かゝる事を聞かせ給ひて、憎ませ給ひける君の御心は、いと尊き事なり。 大方、生ける物を殺し、傷め、闘はしめて遊び楽しまん人は、畜生残害の類なり。万の鳥獣、小さき虫までも、心をとめて有様を見るに、子を思ひ、親をなつかしくし、夫婦を伴ひ、嫉み、怒り、欲多く、身を愛し、命を惜しめること、偏へに愚癡(ぐち)なる故に、人よりもまさりて甚だし。彼に苦しみを与へ、命を奪はん事、いかでかいたましからざらん。すべて、一切の有情(うじょう)を見て慈悲の心なからんは、人倫にあらず。【訳文】 雅房の大納言は、学識がすぐれていて、立派な人であったので、上皇は近衛の大将にも任じたいものだとお考えになっていたころに、上皇の側近に仕えている人が、「ただ今、あきれたことを見てしまいました」とお申し上げになったところ、「どんなことか」とお尋ねあそばしたので、「雅房卿が、狩に使う鷹に餌をやろうとして、生きている犬の足を斬りましたのを、中垣の穴から見てしまいました」とお申し上げになったところ、いとわしく、憎らしい者とお思いになって、ふだんの雅房卿へのご機嫌もすっかり変わってしまい、雅房卿は、官位の昇進もなさらなかった。あれほどの人が、鷹をお持ちになっていたことは案外なことではあるが、犬の足を斬ったことは、事実無根のことである。そのために昇進できなかったのであるから、うそを言われたことは気の毒ではあるが、こうした事をお聞きになって、雅房卿をお憎みになった上皇さまのお気持ちは、まことに尊いことである。一般的にいって、生きているものを殺したり、傷つけたり、互いに闘争させたりして遊び楽しむような人は、人間ではなくて、畜生が互いに傷つけ合っているのと同類である。いろいろの鳥や獣、小さい虫までも、注意してその様子を見ると、親は子を愛し、子は親を慕い、夫婦は互いに連れ添って、あるいは嫉み、あるいは怒り、あるいは欲望が盛んであり、己れの身を大切にし、命を惜しんでいることは、いっこうにものの道理のわからない、愚かなものであるから、かえって、人間よりもはなはだしいものである。そういう動物類に苦痛を与え、命を取るようなことは、どうして、かわいそうでないことがあろうか。 総じて、すべての生き物を見て、これに慈悲の心を起こさないものは、人間ではない。【注釈】・近習:主君の傍近くに仕えている近臣・中墻:隣家との間に作った垣・さばかり:あれほどの・残害:そこないやぶること・愚癡:仏語、愚かにして事理を解しないこと・有情:生き物第百二十九段【本文】 顔回は、志、人に労を施さじとなり。すべて、人を苦しめ、物を虐(しいた)ぐる事、賤しき民の志をも奪ふべからず。また、いときなき子を賺(すか)し、威し、言ひ恥かしめて、興ずる事あり。おとなしき人は、まことならねば、事にもあらず思へど、幼き心には、身に沁みて、恐ろしく、恥かしく、あさましき思いまことに切なるべし。これを悩まして興ずる事、慈悲の心にあらず。おとなしき人の喜び、怒り、哀しび、楽しぶも、皆虚妄(こまう)なれども、誰か実有(じつう)の相に著(ぢやく)せざる。身をやぶるよりも、心を傷ましむるは、人を害(そこな)ふ事なほ甚だし。病を受くる事も、多くは心より受く。外(ほか)より来る病は少し。薬を飲みて汗を求むるには、験(しるし)なきことあれども、一旦恥ぢ、恐るゝことあれば、必ず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。凌雲(りょううん)の額を古きて白頭の人と成りし例(ためし)、なきにあらず。【訳文】 顔回は、そのふだんの心がけは、他人に苦労をかけまいというのである。一般に、人を苦しめ、他人をむごく扱うことがあるが、しかし、賤しい民の意志をも奪ってはならないのである。世の中にはまた、幼い子供をだましたり、おどかしたり、口でからかったりして、面白がることが往往にしてある。大人は、そうしたことはじょうだんであって、ほんとうのことではないから、たいしたこととも考えないが、子供の幼い気持ちでは、身につよくこたえて、ある時は恐ろしく、ある時は恥ずかしく、ある時はひどくいやな感じが痛切にするものであろう。そのような子供の心を悩まして面白がるということは、慈悲の心ではない。大人の喜び、怒り、哀しみ、楽しむことも、すべては、真に実在するものではないけれども、誰とて、そうした実在せぬものが実在しているかのような現実の状態に執着しないであろうか。 からだを傷つけることよりも、心を苦しめることは、人間を害すること、一層ひどいものがある。人が病気にかかることも、多くの場合、内面の心からかかるものである。外部から入ってくる病気は稀である。薬剤を飲んで汗を出そうとする場合には、時により、効果のないことがあるが、一度恥ずかしく思ったり、恐ろしく思ったりすることがあると、きっと冷汗を流す事実は、それが心のなす働きであるということを知り得るのである。あの、凌雲観という高楼の額を書いて、恐ろしさのあまり、白髪頭の人となったという例も、実際、ないことではないのである。【注釈】・顔回:孔子の一番弟子・虚妄:実在しないもの第百三十段【本文】 物に争はず、己れを枉(ま)げて人に従ひ、我が身を後にして、人を先にするには及(し)かず。万(よろず)の遊びにも、勝負(かちまけ)を好む人は、勝ちて興あらんためなり。己れが芸のまさりたる事を喜ぶ。されば、負けて興なく覚ゆべき事、また知られたり。我負けて人を喜ばしめんと思はば、更に遊びの興なかるべし。人に本意なく思はせて我が心を慰めん事、徳に背(そむ)けり。睦ましき中に戯(たはぶ)るゞも、人を計り欺きて、己れが智のまさりたる事を興とす。これまた、礼にあらず。されば、始め興宴より起りて、長き恨みを結ぶ類多し。これみな、争ひを好む失なり。 人にまさらん事を思はば、たゞ学問して、その智を人にまさらんと思ふべし。道を学ぶとならば、善に伐(ほこ)らず、輩(ともがら)に争ふべからずといふ事を知るべき故なり。大きなる職をも辞し、利をも捨つるはたゞ、学問の力なり。【訳文】 人間というものは、他人と争うことなく、自己の意志をまげて他人の気持ちに従い、自分のことは後廻しにして、他人に先を譲るに越したことはない。 いろいろの娯楽でも、勝負事を好んでやる人は、勝って面白がりたいためである。それは自分のうまさが他人よりもすぐれていることがうれしいからなのである。だから、負けたら不愉快に感ずるだろうということも、またよくわかりきったことである。したがって、自分が負けて、人を喜ばせてやろうと思うならば、勝負の遊びの面白さは少しもないに違いない。こう考えると、相手の人を負かしていやな思いをさせながら、自分の心だけを楽しくすることは、道徳にそむいている。親しい人たちの間で冗談を言い合うにも、他人をうまく企らんでだまし、自分の機智が相手よりまさっていることを面白がる。これもまた、礼儀ではない。それゆえ、始めは酒宴の時の冗談から発して、後には、いつまでも続く恨みを心に残すというような例が多い。以上は、すべて、勝負事を好むことの弊害である。 人よりも優越しようと思うなら、ひたすら学問をして、その学才が他人よりも優越しようと思うのがよい。なぜならば、物事の道理を学び知るならば自分の長所を自慢せず、仲間と争ってはならないということを知り得るがためである。学問すれば、他人と競争する気持ちを超越できるのであるから、重要な役職をも辞退し、莫大な利益をも捨ててしまえるのは、ただ、学問の力によるのである。【注釈】・物:他人・本意なく:不本意である・興宴:酒宴・失:弊害
2012.08.22
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私は地元中学校で、学習ボランティアに参加させて貰っている。その一環で、生徒の夏休みの宿題の達成に協力するというのがあり、それを「サマースペシャル」と呼んでいる。「夏期学習会」と言った堅い名前でないのが良い。このサマースペシャルは前半を8月6日~9日(之は既に書いた)、後半は8月20日と21日の2日で、都合6日間というものだ。この間に宿題をやってしまおうというもので、その学習補助をするという内容である。私などは、中学時代の夏休みの宿題と言えば、夏休みの残り1週間ほどを近所の友人宅で缶詰でやったことを思い出す。友人のお母さんは優しく、いつも、お茶やお菓子などを出してくれたこともよく覚えている。サマースペシャルは、友人宅が学校になったと言うことである。昨日(20日)は、図書室での学習となったが、この図書室のエアコン(冷房)の劣悪さは何なのだろう。冷えるというのは名ばかりで、おそらく電気代は、節電とは裏腹に極めて高く付いているであろう(昔のだから)し、かつ冷えないと来ているから、一挙両損である。昔使いもしない箱物を営々と築き、お金をどぶに捨てていたが、何故こういった、将来の金の卵を製造するところ(学校)に力を入れないのか、全く理解に苦しむ。私などは暑がりだからなお一層力が入らないが、生徒達も然りであろう。スポ根的に育てる名残がこう云ったところにも垣間見える。2日目の21日はコミュニティールームとやらで、ここは満足いく冷房であった。それはさておき、集まってくる生徒は、様々であるが、こういった学習会に顔を出そうと思う子は、それなりに救えるものを持っていると云っても良いかもしれない。前半に、勉強しないなら帰れといった生徒は、後半には顔を見せていなかったのが、少し気になった。集まった生徒は、20日は男7名、女9名と言ったところだ。一人で黙々とやる子、友達と適当にしゃべりながらやる子と様々だが、一応やる気はあるようだ。之を応援するボランティアは、7人程度である。英語では、単文を書き写す宿題や、国語の書き取り的な問題には、ボランティアは大して役には立たないが、鉛筆の持ち方の変なのや、筆順が無茶苦茶なのには、驚くことが多い。小学校の時に家でもちゃんと見ていないと駄目だと思った。特筆すべき事に、英語の絵日記があった。ほとんどの生徒はまだ、書いていないようだが、1人の女生徒は、ちゃんと書いていた。そして、その絵が何とも可愛いのだ。内容も、英語で書かれていて、なかなかのものだと感じた。「あ、この子は立派だな」と思った。内容にどこかの屋台でフランクフルトを囓っている絵が書いてあり、説明に「I ate Frankfurt」とあったので、少しおかしいとコメントした。日本語ではフランクフルトを食べたと云えば、フランクフルトソーセージに決まっているが、このまま書くとフランクフルト市を飲み込んだように感じられるので、「Frankfurt sausage」といった方が良いねと教えた。もしくは「I ate frankfurter」が正しい。もう1つに、短歌を3首、書くという宿題があったようだ。隣の子は、「3くび」だと云ったが本当だろうか。件の出来る子は既に作ったという。他の仲間の女生徒はまだだと云っていた。まだの子は、「ねぇ、先生、短歌いうて!何でも良いから。」とせがんだわけがやっとわかった。「心に浮かんだことを、『5-7-5-7-7』で言葉にすれば良いんだよ。」と口では言うが、なかなかのようだ。そして、出来ている女生徒の短歌を見せて貰うことになったが、何とそこには、俳句が書かれているではないか。「5-7-5」なのである。「残念、これは短歌ではなくて、俳句だよ」と言うと「え!」と仰天された。良くできる子も、俳句と短歌の違いがわかっていないのは、こちらも少々ショックだったが、今の世の中、数学や英語と言った学科には脚光を浴びせるが、こう云ったところには注力しないらしい。ともあれ、短歌についてのミニ講義をして、我が、島本は百人一首(=短歌)の故郷(本当かどうかは知らないが)と言われているんだよ、といいながら、JR島本駅前には和歌の碑が立っているでしょうと聞いても知らないという。その片方の1首、藤原定家の「こぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くやもしほの身もこがれつつ」を口ずさんで、「之が短歌だよ」と言うも、反応が今ひとつだった。その意味するところを説くにはまだまだ子供である。そして今日が最終日。追い込みになったのか参加した生徒は24名で、各々手持ちの宿題に打ち込んでいる。分からないからといって、積極的に質問する子はあまりいないようだ。そこで、少し積極的に「さっきの問題分かったの?」と数学の連立方程式について尋ねると、分からないという。ではと、その問題を再度説き聞かせると、頷いていたので、分かったのかなと思った。積極的にこちらから問いかけないと、分からない問題はついつい先送りになってしまうようだ。こう云ったところは、政治の世界も同じようだなと苦笑する。最後にボランティアの皆さんが集まったところでの話では、1/10と言う概念が分かっていない生徒もいるとのことだ。羊羹に例えて話をすると納得したと云うが、1/10を10倍すると1になることが分からないとか、0.1×10=1になることが理解できないとは、全くどう云ったことを学んできたのだろうか。前途は多難である。
2012.08.21
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それは7月25日に始まった。私の作成したデータベースで、異常が起こったのである。その現象は、データベースの写真(図形)貼り付けの箇所に、新しい図形を貼り付けようとしたときのことである。エラーメッセージが表示されたのだ。その時から考え続けて、結論が出ず、ついにロータス社に質問しようとして電話すると、既にロータス社はIBMに吸収合併されていた。そこでIBMに電話をしたが、之がとんちんかんな対応であり、全く木で鼻をくくる答えしか返ってこなかった。相手は営業職らしい。是非技術屋と話したいというが繋いでくれない。結局はあきらめざるを得なかった。そして、改善をと取り組んだが、既に方向が間違っていて、そのデータベースのオブジェクトリンクがおかしいのかと(壊れたのか)疑い、窮余の一策として、では新しく作り直して、データをコピーすれば良いではないかと思った。そして、それは簡単にできると思ったのだが、問題があった。1つは、データベースの画面の装飾を1からやり直さなければいけなくなったことである。しかし、之は楽しみながら出来る。ところが、もう1つは、テキストデータはコピー・ペーストが可能であるが、図形データは、逐一移し込まなければいけないと云うことであった。4600アイテムに近いデータは、逐一移し込むとなると、大変な労力であることがわかった。しかし、始めたものは仕方ないし、それしか方法はないと、日々少しずつ図形データを新しいデータベースに貼り込んでいったのである。ところが、あるアイテム以上になると、再び、オブジェクトリンクがおかしいのか、拒否されるようなエラーメッセージが出てきた。之で万事休すである。しかし、今日、姫が帰ってきていたので、別件で、パソコンのCドライブを軽く (不要ファイルを消去する) して貰ったときに、この話をしたところ、縷々調べてくれた結果、なんとデータベースの容量は2GBまでとのことであった。「これか!」と思った。容量がでかくなりすぎて、アプリケーション上受け付けられなくなったと云うことを言葉を変えてエラーに表示しているようだとわかったのだ。そこで、データベース(4548アイテム)をオリジナル(O:4000アイテム)と続き(A:548アイテム)に分割したわけだ。そうするとAの方には書き込みが出来ると判断したのである。ところが、Oの方にも図形を書き込む必要が起こって、書き込むと、なんとまた拒否されたのである。そこで調べてみると、4000アイテムのオリジナル(O)のデータ格納部の容量は、2.097542GBであり、すでに97MB超過しているのである。そして、分断したAのデータ容量はと見ると、なんと、2.090740GBであり、こちらも2GBを超えているではないか。いくら何でも4000アイテムと、548アイテムでその差が、6.8MBしかないとは信じられないのである。個々のデータが違うと云っても、4000/548=9.3倍は違うと考えるのが自然であろう。そもそもリレーショナルデータベースの容量が2GBであること自体が使いにくい矮小なものであると云うことで、個人使用にも耐えられないのではないかと思うわけだ。そこのところが難しいのだが、姫のアドバイスでは、マイクロソフトが出している、「Access」に移し替えると、結構容量は大きいのではないかとのことであったが、昔そう思ったこともあって、トライしてみたが、なかなかやっかいなので断念したことを思い出した。個人用のリレーショナルデータベースでは、現在「Access」のみが市販されているようで、(昔は「dbase4」などというものも有ったようだし、今使用のアプローチは2001年から生産中止)そちらの方はだんだんと改良されているであろうとのことだった。これから勉強も良いのだが、さしあたりのことが出来なくなるので、とりあえずはこのまま行くとして、データベースが2つ以上に分割される不便さは享受しなければならないだろう。しかし、4000/548=9.3倍のアイテム差が、たった6.8MBしかないと云う点ははなはだ疑問なのである。このデータベースの名前は「略語全集」というもので、通常よく目にする新聞記事などの理解を早めるためのものだから、いちいち2つのデータベースを見なければいけないのは、不便である。しかし、とりあえずは、エラーの意味がわかったし、またCドライブを占有するソフトの容量が大きく、表示が赤になっていたのを、姫のおかげで、青の表示まで掃除して貰ったのはありがたかった。そのせいであろう、CPUのレスポンスも心なしか早くなったようである。私もパソコン歴は長いが、情報分野に精通した姫にはとてもかなうものではない。
2012.08.20
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連れ合いの兄が経営するクラブでのカラオケ大会に6回目の参加をした。(通算第180回という事だ) 前回の、第179回は「女のため息」と「さらば友よ」を歌い、申告点340点に対して326点と14点少なく、賞品は無かった。 今日の参加者は13名で昔から参加していた人の復活もあったようだ。演歌や歌謡曲は、何でも歌えそうだが、どの歌も新鮮みが無く、自分に対してもインパクトが少ないので、今まで歌ったことのない、新しい歌に挑戦することにした。頼みはiPodの聞き流しである。 今回は、私にとって初めての歌を歌うと云うことで、前回、大幅にオーバーしたことを鑑みて310点と大幅に低めの申告をした。 連れ合いも、315点を申告していた。 私の申告点は皆さんの中でも下から2番目に低い。連れ合いは3番目に低い。 私は、歌う順番で9番目のくじを引き、連れ合いは、最後から2番目の12番目を引いた。私の選曲は、美川憲一の「柳瀬ブルース」と森進一の「それは恋」(之が挑戦曲)である。連れ合いの選曲は五木ひろしの「幸せさがして」と川中美幸の「二輪草」である。カラオケの機械はずいぶんと進歩しているようで、今回も新しい機械を導入したと云うことだ。その機械によれば、日本中で、その時点で歌っている人のうち、自分が何位に当たるかを評価するとのことだ。 私の順番が来た。柳瀬ブルースは時々歌うから、頭に入っているので別に苦労はしない。歌い終えて、得点を待つと、パネルは隠されているが、TVでは86点と出た。皆さんとの比較では、真ん中どころになるようだ。意外と渋い点数だと思う。全国の順位は36人中18位で、まぁまぁかとの感じだった。その後2人が歌い、連れ合いの番が来て「幸せさがして」を歌う。この歌は、友人がいつも歌う歌であり、選曲に切羽詰まった連れ合いは、友人の歌を借りて歌う、と言いながら選んだので、この歌は既には友人の歌になっている。得点が出ると87点である。私より1点高い。まぁ、そんなものか。全員が1曲目を終えると、92点を最高に74点が最低に、と得点が分かれた。夕食休憩に入り、皆さんは雑談していたが、私は、iPODで次の歌「それは恋」を聞き、iphoneでその歌詞を検索して覚えることに徹底した。全くの付け焼き刃である。「『朝霧の・・・』の「あ」と言う音をしっかり歌うのよ」と横から連れ合いが言う。「わかってるって!」と応える。いよいよ、2曲目が回ってきた。TVモニターを見ながら、曲に遅れまい、早まるまいと一所懸命歌ったが、やはり少しずれていたらしい。しかし本人は既に陶酔状態であるから、森進一になりきったつもりでいる。得点はと見ると、パネルは75点ときわめて低い。全くブーイングものだが(本人にとっては)仕方ない。それも終わってみると、全員の最低であることがわかったので、一層落ち込んだ。もう一方のTVモニターは、84点であり、之は中間どころの得点であった。どうもどの機械(前のも)とも、我に利あらずである。こう客観的に評価されると、カラオケ自体に自信を無くする。横で連れ合いは「情感はこもっていたよ」と慰めてくれるも、やるせない。連れ合いの番になって、「二輪草」を歌ったが、これは来る前にユーチューブで少しだけ練習をしていた曲だ。川中美幸のCDをわざわざ買っていたのだが、結局その方は数回しか聞いていない風だった。さて得点は、パネル82点TVモニター87点である。やや上位であり、TVの方は上位4位である。すべてについて私を上回ったので、「何でやねん」というと、「之でも大学時代は混成(合唱)で鍛えられたからね」と歯牙にも掛けない。 因みに2曲目の採点では、最高点は94点(踊り子)、最低は、69点(出湯橋)という事だった。 かくして全員が歌い終わり集計の結果は、優勝者は1曲目こぼれ花(84+85点)を歌い、2曲目世界をかける恋(76+74点)で、申告点が320点(差は-1点)と低めの人だった。私は同点の人とじゃんけんで負けBB賞を貰った。後で開くとホーロー両手鍋だった。なんと連れ合いがメーカーであり、我々は、申告点と実際の歌の乖離がきわめて大きい(連れ合い=+25点、私=+17点)カップルとなってしまった。 因みに銀賞は東京音頭(92+92点)、東京ラプソディー(78+86点)で差=-8点の人、銅賞は、松江舟歌(79+82点)、笹鰈(83+77点)と松江のローカル色で統一した女性で、その差は-10点であった。 馬が掛かっていたが、1-2位を当てた人はいなく、またしてもキャリーオーバーとなってしまった。次回は馬狙いで行かなくては・・・。
2012.08.19
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いつもコンペが行われる高槻カントリーで、クラブ主催のゴルフコンペ(高山右近杯)があった。ベースは、クラブメンバーに限るのだが、大々的にキャンペーンを張ったために参加者を多く集める必要があり、先輩の主催するコンペにも声がかかった。全員で、163名のエントリー中我々の会からは22名の参加となった。今日は、昼食、茶店、夕食付きと云うことで、帰りに飲むことを想定して、クラブバスで向かうことにした。我々の会はほとんどがビジターで、優待価格で参加出来ることになっている。私の組は、同級生2人との3人組である。例よって、ホール・バイ・ホールで結果を書く。No.1(M)では、第1打を左のラフに入れた。2打目はクリーンに当ったたが、やはり左のラフで、40YDの残りだ。3打で、カラーまでしか届かず、4オンの2パットである。フラストレーションはないが、何となくいつもと同じ出足となってしまった。友人Aは楽々のパー、友人Bは2オンしながら、4パットと悪夢のダボで、私と並んだ。No.2(M)は、340YDをFWセンターに残り140YDとまずまずの当たりである。上りを見て、7Wの第2打は少しトップ気味で、手前のハンプで止まり、3オンにしたが、ピンにすれすれで通り抜けた。2パットのボギーである。友人Aもボギーで、友人Bは1パットのパーとした。No.3(M)は、前の2組が待っていたのでしばらく待つことになる。比較的長いホールで、目論見通りで、カート道で跳ね、残り175YDのFWセンターに出した。2打目もクリーンに当たり、残り45YDのFWセンターだ。アプローチが冴え、ピン傍30cmに付けてのパーである。友人Aは、山の方角に打ってしまい、スロープ中断に止まった。最後は全員1パットで、友人Aはボギー、友人Bもパーであった。No.4(S)は、フラットなショートで、右グリーンだ。ピンまで100YDを9Iで、右奥にかろうじて1オンした。2パットのパーである。友人Aもパー、友人Bはボギーとした。No.5(L)は、右ドッグレッグの池有りコースだ。ティーショットは当たりは今一だが、FWセンターを捕らえた。2打目はクリーンに当たり、残り120YDまで運んだ。3打目は左の池を避けて、右土手方向に飛び、転がってバンカーに落ちた。バンカーのあご近くは、やっと出せるだけだった。ラフから7Iで転がし、3mにオンしたが、2パットのダボである。友人Aは安定してパー、友人Bはボギーを叩いた。 No.6(M)は、打上、右ドッグレッグだ。ティーショットは当たりが悪く、友人2人に大きく離され、右ラフに落ちた。2打目もややクリーンに当たったが、残り95YDである。3打目を乗せきれずバンカーにつかまる。4オンは、ピンから2mで、1パット目はホールに顔をのぞかせたが惜しくも2パットのダボとした。友人達は共に3オン2パットのボギーだった。 No.7(M)は、距離の長いハンディキャップ1のミドルで、左ラフに落ちた球は、カート道に掛かり、スタンスがとれない。救済ドロップの末2打目はまずまずの当たりで、残り110YDに付けた。3打目に力が入り、トップ気味のチョロである。アプローチもトップで、向こう側の斜面に落ちた。5mのポイントに5オンし、2パットのトリプルを叩いた。友人Aはボギー、友人Bはボギーだった。No.8(S)は、横長のグリーンで、カップはほぼ中央でバンカーの向こうだ。7Wで距離はぴったりだが、左ぎりぎりのオンである。1パットは強すぎて、カップで跳ねて向こうの端まで行ってしまった。2パット目を打ちきれず、結局3パットとしてしまった。友人Aはパー、友人Bはボギーである。前半最終No.9(L)は、ティーショットが少し高めだったが、まずまずで、FWセンターである。2打目がトップ気味でゴロ状態で前方の斜面部のラフに落ちた。3打を左バンカーに入れて、そこからの4打目もまた右のバンカーに入れてしまった。5打で1.5mに乗せたが、なんとその位置から3パットと信じられない終了だった。ティーショットが1番飛んだ友人Aはダボ、友人Bはボギーである。昼休みに参加費に含まれた生ビールを2杯飲んだ、友人Bは1杯。友人Aはノンアルコールで済ませた。やがて後半の始まりだ。No.10(M)のティーショットは、少しぶれて、右ラフに入れた。2打目はクリーンに当たったが飛びは今一であった。アプローチをトップし、向こう側のカラーに外した。なんとそこから実質4つも叩いて、出足は最悪である。友人達もなぜか4パット、3パットとつきあいよく共にダボスタートである。No.11(S)は、5Iでまずまずの当たりだが、少しショートした。7Iでピッチランは功を奏し、ピン傍で、1パットのパーである。友人Aはダボ、友人Bはボギーである。No.12(M)は、クリークのあるミドルで、何時も苦手とする。ティーショットはクリーンに当たって、FWセンターである。しかし、またしても、2打目で顔が上がったのか、丁度クリークに上から落ちた。罰打を加えた4オンをピン傍に付け、1パットで、ボギーを拾った。この辺りで、雷鳴が聞こえ始めた。友人Aは雷鳴に気もそぞろで、戦意喪失のトリプルを叩き、友人Bは私同様ボギーであった。No.13(M)は、右が崖のOBゾーンだ。当たりはよくFWセンターだが、友人2人は、共に大きくオーバードライブしていく。2打目はクリーンに当たり、バンカー手前の残り30YDである。アプローチも巧くピンのある上段に止まった。2パットのボギーである。友人Aは3パットのボギー、友人Bは私同様ボギーと3人とも結果はボギーである。そこら辺から雷鳴も酷くなり、次のNo.14(S)に立つと、前方の山から黒い雲がこちらに向かってくる。友人Aも友人Bも、やばいから止めようと云いだし、私も危険を感じたので、中止することにした。サドンデスである。キャディーの運転で、次のホールを経由して回ると、前の組はしぶとくプレーをしていた。しかし風も強く、雨も激しくなり、それにやまぬ雷である。クラブハウスに帰った頃から激しい雨となった。 同じように中止で帰った人もいて、コンペどころではなかった。私の後半は、かなり良いぺースだったので、後半50切りは可能かと思われたが、それは仕方のないことである。早めに夕食会場に行って飲みかつ食べた。先輩のグループは遅くまでやっていたようで、我々が帰ろうとしてもまだ残り2ホールとのことだった。言づてを頼み、友人Bの車で、高槻駅まで送ってもらい、迎えに来てくれた連れ合いの車で帰宅した。
2012.08.18
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墓参りをするのが常のようになって時間が経った。私の育った環境では、墓参りは習慣付いていなかった。親父が私にそういった教育をしなかったことで、習慣にならなかったわけで、子供心に、盆に帰省する仲間をうらやましく思ったこともある。私の親父は、佐賀の生まれで、一応「平民」とあるから武士ではなく、商人だったとは聞かないから農業に従事していたものであると思う。しかし、親父は、田畑を弟(叔父)に譲り、佐賀を飛び出したのであるから、そのときリセットされたわけだ。従って私は、祖父というものを知らないし、祖母もまた然りである。そんなことで、盆や彼岸に田舎に帰省することもなかったわけだ。従って親父が基準点になるわけで、その基準が墓参りの必要性を説かなかった(親父が亡くなった後どうこうせよなどと話はなかった)ので墓に参る習慣はないのである。しかし親父に信仰心がなかったかと言えばそうではない。生前若くして既に戒名(法名)を取得していたことからもその一端は伺える。どうやらご多分に漏れず、農民が帰依した浄土真宗が親父の宗派だったようで、「釋○○信士」という○○の戒名は既に手文庫の中に入っていた。親父の葬儀の時には、坊主がそれを知ってすぐ法名を短冊に書いたわけだ。ここで、戒名とは、仏教において受戒した者に与えられる名前であり、仏門に入った証として、また戒律を守るしるしとして与えられるものであり、死んだときに貰うものではない。あたかも、死んだときにつけられるのは、生前は忙しくて(また特別信仰心もないとき)には一般にはわざわざ貰うことはない。キリスト教徒が洗礼を受け、クリスチャンネームを貰うのはもちろん生前であり、之に似ている。で、戒名と法名は、それぞれどちらでも良いようだが、浄土真宗では、「法名」が正式な名称である。私の解釈では、親父は生前仏教の戒律(十戒)を守るという教えに従うということで「戒名」を得、死んだときにそれを法名として自身の本来の名前(固有名詞)を受け取ったと云うことであろうかと思う。従って、師より戒名(法名)を授かったと同時に従前の俗名を捨てる訳だが、生前親父の名前が突然、「釋○○」と変わったら、それまで交誼を結んだり、また社会生活上不便だから、俗名を使い続けたわけである。(因みにお袋の場合は釋尼○○と尼の文字が付く)従って、戒名は2文字と決まっていて、身分の上下や精進、報恩の多少に関係なく、仏の世界が平等であることを表しているのは、イスラム教などと同じである。親父が亡くなったときに、坊主は、逡巡無く「釋○○信士」と短冊に書いたので何も思わなかったが、ここから後は、見栄と、坊主の儲け話になるのだろうが、院号「△△院」または「△△院殿」と言う冠が付いたり、位号である「信士」が「居士」や「大居士」(女性は「大姉」)になったりするわけだ。之が高いお布施となって、坊主を潤し、かつ俗世に生きる遺族のプライドをくすぐることになる。従って見栄の頂上で書くなら「△△院殿□□釋○○大居士」となるわけだ。ここで、□□は道号と呼ばれるらしい。ここで、道号は、出家者が法名のほかに、自己の悟りの内容や願いを表現してつける名前とされているが、浄土真宗には道号をつける習慣はない。また、院号・院殿号は、生前に寺院や宗派に対して多大な貢献をした者、あるいは社会的に高い貢献をした者に贈られる号であるとされるが、要は、死んだときにお金を積んだら得られるものである。(仏の沙汰も金次第というわけだ)俗に、皇族などが寺院の建立などの布施行をした者には、その徳を称えて「院号」が送られ、武士が寺院の興隆などの布施行した場合には「院殿号」が送られたようで、例えば織田信長の戒名は「総見院殿贈大相国一品泰巌大居士」とフルネームになるわけだ。しかし彼は、真宗ではないので「釋」の文字はない。また、浅野内匠頭の戒名は「冷光院殿吹毛玄利大居士」であるし、徳川家康に至っては「東照大権現安国院殿徳蓮社崇譽道和大居士」と長い。さらに百姓出の豊臣秀吉も、戒名となると、「国泰祐松院殿霊山俊龍大居士」と立派である。もちろん律宗などの宗派ではこれら院号を用いないものもある。そして最後の位号であるが、本来は、性別や年齢、功徳報恩などにより異なるのだが、之も金次第では、どうとでもなる。江戸時代は武士以上に対して居士・大姉を付け、庶民に対しては信士・信女を付けたと言われるが、武士階級でも信士・信女が付いている場合もあり俗説のようだ。従って、親父の「釋○○信士」やお袋の「釋尼○○信女」はきわめてシンプルであり、何ら余分なお金を払っていない証拠となる。そんなことを思いながら墓参をしたが、俗世で悪事を働き、大金を設けた奴ほど法名にまつわる名前が長くなっているようでもある。因みに天下の大悪党である石川五右衛門の戒名は「融仙院良岳寿感禅定門」でこれは処刑された盗賊としては破格の極めて立派な戒名であるし、義賊鼠小僧次郎吉の戒名は「教覚速善居士」と之もそれなりに立派である。昭和の悪党で、造船疑獄の佐藤栄作の戒名は「周山院殿作徳繁栄大居士」とますます立派で、ロッキード事件有罪宰相の田中角栄も戒名は「政覚院殿越山徳栄大居士」ときわめて立派である。
2012.08.17
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今日は連れ合いのいとこの初盆で、昨日帰阪した姫と共に橿原市へ出かけることになっていた。私は道中の運転手として、共に出かけることになった。奈良への道は、大阪市郊外を経由する近畿自動車道を通るルートと、大山崎から久御山を経て、京奈和道路を通るルートとがあるが、大回りな近畿自動車道路ではない、京奈和道路を走るコースを行くことになった。姫が運転する横で私はナビゲーターを務めることになった。明らかに距離的にはこちらの方が近いからでもある。大山崎から京滋自動車道路の側道を巨椋ICの下辺りまで行き、そこからひたすら南下する道である。国道24号線(奈良街道)に組み込まれたその道は城陽で、自動車専用道の京奈和道路(奈良街道のバイパス)にはいる。通称どんぐり街道と呼ばれているらしく、看板が目にはいる。片側1車線のところもあるが、混雑もなくすいすい走れた。途中学研都市を抜ける頃に姫が、ここに国会図書館があることを教えてくれた。東京以外にここにあるだけの国会図書館である。何のストレスもなくそのまま木津ICで再び、旧国道24号線と合流して、そこからひたすら一般道路である。奈良を抜ける頃には多少混み合ったが、概して混雑もなく郡山を過ぎ天理を通り過ぎるとまもなく橿原市である。橿原市の近鉄百貨店で昼食を採り、連れ合いと姫は、法事に出かけている間、私は近鉄百貨店の中で時間待ちをした。橿原市の近鉄百貨店はとにかく前近代的な百貨店そのものであった。品数もなく、目新しいものとて無い。しかしこの屋上からは大和三山である天香久山(152m)、 畝傍山(198m)それに耳成山(139m)が一望できる。 各山ごとに、万葉集の歌が添えられている。「香具山は畝火ををしと耳成と相あらそひき神代よりかくにあるらし古昔(いにしへ)も然にあれこそうつせみも妻をあらそふらしき」(天智天皇)、「春過ぎて夏来るらし白妙の衣干すちょう天の香具山」(持統天皇)、「思いあまりいたすもすべなみ玉たすき畝傍の山に我は標(しめ)結う」(作者不詳)が紹介されていた。連れ合いと姫は初盆を済ませ、帰途についた。同じコースを今度は北上する。奈良橿原市までは初めてのコースだったし、途中のどんぐり街道もほとんど通ったこともないので、目にするもの皆新しく、千年の古都を駆け抜けた。途中、遠くに大極殿や、眼前に若草山を遠望できるルートはなかなか味のあるものだった。久御山に帰り着く頃、まだ5時前であったが、夕食の話が出て、少し早いが食べて帰ろうと云うことになり、姫がよく知る伏見の「鳥せい」本店を訪ねることになった。それは伏見の酒どころの真っ直中にある焼き鳥のメッカのようなところである。酒蔵を改造したこの店は、なかなか風情があり、運ばれてくる焼き鳥は、どれも美味しいものばかりだ。こう云ったところを姫はよく知っていて、美味しいものにありつくことが出来るのは姫のおかげである。先ず飲んだビールのおいしさも格別であったが、ここ伏見の名水で造った冷酒は、ことのほか美味しかった。飲めばいくらでもいける感じだが、ほどほどで既に出来上がった。少し早めの到着だったが、そのとき少し空きがあった店内も、帰る頃にはいっぱいとなり、待合い席にも大勢の人が腰掛けて待っていた。ほろ酔いで店外に出るも、まだ明るい。少し散歩をと、川に向かって歩くと、十石舟の幟があり、宇治川の支流に川遊びをする十石舟の発着場があった。川の両側の岸に沿って、薄青い光のライトアップが用意されている。ライトアップにはまだ少し早いと云うことで、6時10分発を見過ごし、30分発に乗った。我々3人と後女性の2人連れだけの屋形船である。秀吉が、荷を運ぶために作ったこの疎水を行くと、右手に寺田屋の側面が見上げる形で見え、途中、坂本龍馬とおりょうの新婚旅行出立の波止場を過ぎ、やがて、鴨川の河口と合流し、角倉了以の石碑を右に見て、さらに、高瀬川の支流との合流があり、やがて、宇治川に注ぐ、三栖の閘門までの約10分程度の船旅の往路の終点がくる。三栖の閘門の外は宇治川が勢いよく流れていた。三栖の資料館で、閘門の原理を学んで、再び舟に乗ったときは辺りは薄暗くなっていた。両岸のライトアップが幻想的で、すれ違う別の屋形船の赤い提灯の光も幻想的であった。ドバイで見たアブラの日本版と言うべきか。やがて元来た船着き場に到着し、約1時間の船旅と資料館の見学の旅は終わった。幾度となくこの近くは車で通っているし、伏見の酒蔵の風景は、テレビなどでよく見ていたが、訪れたのは今日が初めてであり、伏見の町を十分味わうことが出来た。ほんの1筋が違っているだけで、かくも風景が変わるものだと感心しながら、初めての感激の散策と、焼き鳥の美味しさを噛みしめながら、帰りの運転のためにとアルコールを控えていた連れ合いの運転で、無事、自宅に帰ることが出来た。今日は、奈良の都、伏見の町、うまい焼き鳥、十石船と、盛りだくさんの行事に、充実した1日を過ごすことが出来た。
2012.08.16
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このところ日本は、立て続けに外国勢に不法占拠されている。韓国による大統領の竹島不法侵入に続き今日の中国による尖閣列島侵入である。立て続けの不法侵入にどれがどうだったか2つの事件を混同してしまうほどだ。今回は中国による尖閣列島侵入であり、侵入したのは、香港の活動家14人だという。上陸は波状的に2回にわたって行われたようだが、このことは事前に日本側に通告され、日本は警告を発していたところである。野田首相は、上陸したら「厳正に対処する」などと言いながら、むざむざと上陸を許してしまった。わが国の領海内に入って上陸するまでの間、唯々諾々と行為を放置していたわけではないだろうが(放水や、警告)、之が果たしてそれが、厳正な処置と言っていいのだろうか。新聞などによると、中国の事実上の艦船も不法にわが国領海内に侵入したようだ。不法侵入者は、中国の五星紅旗と台湾の旗を掲げるたようだが、上陸までは日本側は何もしないで見ていたと云うことだ。旗を立てるところで、やっと待ち構えていた沖縄県警の警察官らに囲まれ、都合14人が逮捕されたようだ。おそらく沖縄県警の署員も、前回、掛けた梯子を外されたから、慎重になったのだろうか。とにかく、捕まえて、わが国の国内法で裁くのかと思いきや、逮捕後即強制送還の方向で進んでいるという。之を以てどこが毅然とした対応なのだろうか。野田首相は、どこか尊大で、大言壮語するが、竜頭蛇尾に終わることがしばしばだから、今回の尖閣諸島の上陸に対しても、前回を超えた大幅な決断は出来ていない。中国側としても思うつぼであり、こういった行為を積み重ねることで、徐々に尖閣列島を確保すると云ったことを目論んでいるようだ。不法侵入した輩は、中国本土からではなく、香港からだという点でも何かしら不自然なものを感じる。中国北京政府は、こういった香港の不満分子を容認しているわけではないと云うことだが、日本がこれら連中を逮捕するに及んでは、一転して彼らを擁護する側に回っている。之を以てしても、明らかに彼らは北京政府の特命を受けて、わざわざ香港からの行動となったのであろう。北京政府は裏で糸を操りながら、表に出ず、背後で操縦しているのであろう。白々しいやり方である。こういった後ろ盾がないとしたら、彼らはかくも堂々としていられないはずである。その点が、彼我の外交に対する手腕の差であろう。すでに日本外交はなめられている(Under Estimate)わけで、北方領土での対ロシア外交、竹島での対韓国外交、いずれも諸外国に日本の外交の甘さを喧伝していることを肝に銘じなければならない。逮捕した日本の官憲は、すぐさま、彼らを前例(日本はこの前例がとても好きである)強制送還する方針で臨んでいるという。何度も述べるが、強制送還は、断じて、厳正な対処とはいえない。なんと生ぬるい処置であろうかと、中国は次々とこういった輩を尖閣列島に送り込む事が装うされる。ひとときでも気を抜いたりしたら、それこそ中国の思うつぼである。こうやって実績を重ねていくわけだ。よもや日本政府が彼らを日本の法廷に引き出し懲役などの実績罰を与えるとは考えていなく、もしそうすれば、それこそ毅然という名に値するのではないか。彼ら14人は 尖閣列島を、「中国の領土なので逮捕は間違いだ」であるとか、「中国の領土に入るのにパスポートは必要ない」などと供述しているという。 全く以て言いたい放題である。振り返れば、1970年(地下資源の存在が確認される前)までは、中国は自身の教科書で、尖閣諸島は日本の領土であると認めていながら、1971年に地下資源が発見されるや否や、中国も台湾も手のひらを返すように、領有権を主張しはじめた。分かりやすいといえば分かりやすく、こういった確信犯には、国外強制退去などと言う扱いは、もちろん織り込み済みであるわけで、ここで、起訴に至らない場合は、従前通り生ぬるい対応となって、中国は痛くもかゆくもないだろう。こういった中国のやり方は、尖閣列島だけに留まらず、世界中で展開されていて、アフリカなどでは顰蹙を買ったり、酷い場合には、中国人殺害にまで至っている。少なくとも毅然とした対応というならば、そして尖閣列島に領土問題がないと言い張るのであれば、彼らは不法侵入者である故に、国内法に則って裁かれ、刑に服するせしめると云うことをしなければ、内外に尖閣列島は、未だ解決していない(領土問題有り)との誤解を与えてしまうことになりかねない。
2012.08.15
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西日本の豪雨このところの天候不順は、やがて近隣都市まで及んできた。そして、今日はまさに我が町をも襲ったのである。夜中から降り続いていた雨は、明け方になって、雷雨となり、「どん!、がぁーん!」とまるで金槌で耳の近くの鋼鈑を叩いたような激しい音(雷)を伴った。窓を開けると、そこには、得体の知れぬ暗雲がたれ込めている、と言っても真っ暗ではない。そこら中で閃光が光っていて、それも間断なく光るので、辺り一面は薄明るいままなのである。このような光景は見たことがない。薄暗い雲に囲まれた様子は、コレッジョの最高傑作として名高い神話、「イオ(ユピテルの愛の物語)」の、黒雲に姿を変えて「イオ(Io)」を抱くユピテルのようであり、はたまた、エル・グレコが描いた「トレド眺望」のようでもある。わが家がまるで、スペインのかつての首都トレドの城ような雰囲気なのである。しかしそのようなことを呑気に想像している場合ではない。そんなうす黒い暗雲の中にきらめく稲妻は、時折、天の中程から地上に向けてかぎ型のくさびを打ち込む。それが比較的遠くなら、1-2秒後に音が鳴る。その音が1秒後ならほぼ350m先で落ちている。ところが、光と共に「どど、ががぁーーん!」となるからおそらくそこに落ちたのであろう。しかし特定はできない。我がマンションでないことは確かだが・・・。そんな経験もあまりない。とにかく日常味わったことがないくらいにすさまじい雰囲気であった。この世の終わりかと思わす雰囲気で、シリアのアレッポの住民は、之に実弾が伴っているのだからその恐怖はいかばかりかと思いを馳せる。シリアはサダトが元凶だが、こちらは自然現象であり、如何ともしがたい。ただただひたすら何事もないことを祈るばかりである。その雷鳴の後は、ますます雨脚が酷くなり、窓を開けていられないくらいに振ってくる。まるで「バケツをひっくり返したような」と言う表現がぴたりであろうか。イギリス人ならIt rains cats and dogs.とでも云うのだろうか、まさか、犬や猫が降ってくるわけはないだろうが、よくぞまぁ表現したものだ。昨日は諫早市で1時間に53.5mmの非常に激しい雨が観測されたとか。また近隣都市である、長岡京市でも50.0mm、茨木市でも46.0mmの降雨があったようだ。それでもここら辺りはまだ雨量が少ないようで、近畿のもっと降るところでは120mm、さらに、東北では150mm、関東甲信で100mmの降雨が予想されているという。雨に雷を伴うのだから恐怖感は増す。そしてまだあけやらぬ時間帯であるからなおさらである。そして、しばらくして夜も明け、辺りが白んでくると、眼下の西国街道は車でぎっしりと詰まっているようだ。お盆の帰省ラッシュの時間帯とも合致し、宇治では降雨で、京滋バイパスが土砂崩れを起こし、通行止めになっているため高速道路から一般道路に溢れた車は、国道171号線の渋滞のあおりで、裏道である西国街道に流れ込んだためであろう。しかしこの西国街道は、全体的に1車線強の道幅しか無く、所々では、離合もままならないところがある。通い慣れた人は、どこで待てばいいかを心得ているが、練馬ナンバーや、品川ナンバーがそのことを知るよしもなく、我も我もと我を張り出すので、混雑に拍車をかけ、ぴくりとも動かなくなるのだ。さらに、出動した警官の話によると、途中の小さな側溝が溢れて道路が冠水し、やがて通行止めになったのだという。之も経験がない、西国街道での交通渋滞は、異常な出来事を増幅させている。本日墓参りをと思っていたが、急遽取りやめることにした。親父もお袋も「生きている方が大事」と云っていたので、少々墓参りが遅れても文句は言わないだろう。まして、墓参りなどと言った風習を私に残していなかったわけで、今まではほとんど参ったことがないのを、ここに来て連れ合いに促されて参るようになったのだからなおのことである。しかしこのゲリラ豪雨は、枚方市で増水した用水路に落ちて死亡した1人と、宇治市で2人の行方不明を出したという。枚方市では観測史上最多である91.0mmの降水を見たと云うから何もかもが記録的である。さらにこの豪雨は、明日15日以降も日本列島に居座ると云うから、大変である。後に宇治市での河川の氾濫で、川幅が普段の2倍に見えたほどの濁流となり、一瞬の間に、家屋や自動車を飲み込んでしまったようだ。世界で起こっているた異常気象のあおりが身近で起こり、人ごとでは済まなくなっている。
2012.08.14
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地球上の各所で干ばつによる農作物の被害がかなり深刻になっている。作物被害による穀物の国際価格の高騰が問題になっている。食は、人間(動物)の基本であり、食物なしに生きることは出来ない。食糧不足によって、政情が不安定になったり、国際間の紛争の元にもなる。長期的に見た食料価格指数:FPI(2002年~2004年=100とした指数)は、ほぼ増加の傾向をたどり、2012年ではFPI=172と8年間で70%上昇している。この食料価格指数は、穀物、食肉、砂糖、乳製品、油量種子の5つの国際価格によって決められているが、7月にはトウモロコシなどの穀物高騰が大きく響いている。このことは、家畜の飼料の高騰を意味し、ひいては食肉の高騰を招くことになる。この現象は、世界的な天候異変であり、各地での干ばつが大きく影響している。特筆されるのは、アメリカにおけるトウモロコシの生産減である。6年ぶりの低水準に陥ったとのことである。さらに、ロシアにおいては小麦の生産に大きく影響を及ぼしている。こうした天変地異の現象に加えて、人為的な先物買いが価格高騰に拍車をかけているが、基本的には、穀物の生産減によるところが大きいことは云うまでもない。しかし、人間というものは、こういった非常事態にも金を儲けようとする輩がいるという現実に驚かされる。こういった投機筋の動きは、食糧インフレーション引き起こす懸念材料となるが、こういったことを一切顧慮しないのである。また、原油高騰から再生可能エネルギーとして、トウモロコシから採るエタノールを使って原油の代替を計ろうとしていた矢先、この干ばつによるトウモロコシの減産で、急遽この代替エネルギーへのシフトを見直す事態にもなっている。大豆もこの干ばつの影響を受けて深刻な高騰になっている。2007年から2008年にかけての食料危機の時をしのぐ状態になっているという。この原因は、気象の異変であって、偏西風の蛇行、メキシコ湾の海水温の上昇などによると見られていて、これらの要因で、アメリカ中西部は、気温が40℃に達し、しかも降水量が少ない最悪のコンディションとなっている。これに反して、欧州やブラジルなどは、逆に多雨に悩まされて小麦の出来や、サトウキビ、コーヒーの生産に影響が出ているようだ。しかしながら、今年5月のレポートでは、ブラジル北東部で50年ぶり大干ばつが起こり、農村部では水争いで1日1人死亡し、家畜の命が危機にさらされているとの記事も出ていた。同じ国で、真逆の現象が起こっているわけだ。げに不思議なことである。地球の温暖化は、CO2排出にありと言いながら躍起になるが、果たしてそれだけであろうか。エルニーニョはひとえにCO2によるものかと云えばそうでもないし、偏西風の蛇行や北極震動なども、ただCO2だけにその責を帰することは出来ないだろう。もっと大きな、自然現象が地球上の天候や状態を左右していることに違いない。もっとも大きな影響を及ぼしているのが、太陽の存在であろう。しかしこの時期、太陽は、黒点の活動が低迷して、地球が寒冷化に向かっているという真逆の現象が報じられている。もちろん、現在太陽表面で起こっている現象がすぐに地球に影響を及ぼすかと云えばタイムラグがあるわけだが、それにしても、この間の関係を理論で説明するにはまだ十分な知見がないようである。地球だけを取ってみても、干ばつと多雨が併存しているわけで、この異常気象を説明するにはなかなか難しいものがある。干ばつは、インドにも影響を及ぼしている。特にインドは、灌漑施設が十分ではなく、自然の降雨に頼る農業であるから、この期の干ばつはコメやサトウキビの生産を大きく減じているようだ。勢い農村での消費活動にも陰りが見え、関連商品の需要も3割から4割の販売低下を見ている。また、西アフリカのサハラ砂漠南縁部のサヘルでも、干ばつにより、牧畜が壊滅的にダメージを被っている報告もある。加えて、フィリピンでは、台風の影響で、コメの生産に被害が出ており、北朝鮮の干ばつもまた悲惨な状態だと云うことだ。こうして世界地図を広げてみると、世界中至る所で干ばつや多雨などの天候被害を受けていないところは少ない。日本も、今年の酷暑は尋常ではなかった。地球は紛れもなく気温が上昇基調にあることは確かである。
2012.08.13
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韓国の李明博大統領が竹島に上陸した。かつて無い暴挙であると共に日本はここで強硬に之に対応しなければならない。しかしである、この期に、森本防衛大臣がとんでもない発言をしている。その発言は次のようだ。「韓国の内政上の要請によるものだとの印象を持っている。すべての国に内政があって、他の国がとやかくコメントするのは控えるべきだ」というのである。どの面下げて、この発言かと耳を疑った。午後には多少修正して、「『 (訪問は)内政上の要請があったのだろう』という推測で、竹島問題が韓国の内政問題だといった覚えはない」としている。支離滅裂の内容である。森本が、テレビのコメンテーターであったなら、また森本個人がどう云おうと問題ではなく、世迷い言と採れるが、彼は今防衛大臣の任にあるわけで、個人的にどう感じようと勝手だが、この発言は断じて許しがたい。どう言い逃れしても「竹島問題」が韓国の内政問題だといっているのに等しく、自国に土足で入り込まれたといった気持ちはさらさら無いようだ。とんでもない日本人だ。防衛大臣以前、テレビのコメンテーター以前の問題である。オスプレイ問題でもうやむやのまま、正しく解決できなかった森本は、やはり防衛大臣の任にあらずと云ったところである。当然の如く、与野党から反発が出て、自民は問責も視野といっている。当然のことで、即辞任して貰いたい。ここでも及び腰の輩がいて、野田を始め、公明党の山口などは、之を養護しようとしているではないか。いったいこの国は、どうなっているのだろう。云いたいことも云わず、やりたい放題にさせているのだから、おおよそ、領土という問題について、必死の思いなど感じられない。李明博のこの蛮行は、レームダック(死に体)になった政権の求心力低下を覆い隠すもので、あわよくば、韓国の愚人どもの束の間の人気をあげようとの魂胆らしい。しかし明らかに之は挑発である。売られた喧嘩は買わねばならないという一方、森本のような腰抜けどもは、穏便に、穏便にとの一点張りである。まさにキリストの教え通り、汝の隣人を愛し、右の方を打たれたら、左の方を出そうとしているわけだ。仮に、対馬は我が国の領土であって、訪問は国内問題といったらどう反応するのか。対馬と、竹島の違いがあるというのか、答えが、「無い」というなら、韓国の内政問題と捉えるのはおかしいし、答えが「有る」というのなら、森本は、「竹島」という国土を売る売国奴である。売国奴が、国の国防を担うなどとはとうてい許せないし、また許してはならない。気がついたら周辺諸国(もちろん尖閣列島・北方領土)なども中国やロシアの内政問題として取られ、実効支配どころか、世界中に我が国の領土でないことを喧伝していることに他ならない。野田総理は、「極めて遺憾」と言いながら、森本を養護しているわけで、本当に遺憾と思っているかどうか疑わしい。韓国にすり寄っていた野田総理であるが、李明博をして「毒島(竹島を勝手に向こうではこう呼んでいる)は間違いなく我が国の領土で、命をかけて守らねばならない価値がある。」と言わしめている。野田が、消費税に命をかけている間に、韓国は、竹島をもぎ取ろうと命をかけてきたのである。彼我の命の価値に差があるわけでもなく、早晩竹島は韓国に帰属してしまいかねない。日本人は、友好的な雰囲気で、話し合いが持たれると、一気に相手の全部を許容してしまうと言う温暖(軟弱)な性癖を持っている。メドべージェフの北方領土訪問しかり(このときは、日本の抗議は感情的であると一蹴されている)であり、近い将来、習近平が尖閣を守れと乗り込んだら、またまた、中国内政問題だとして静観するのであろうか。どこまでもお人好しというか、完全に虚け(馬鹿)である。本当に憂慮すべき問題と思い、かつ毅然とした対応を採るというなら、まず隗より始めよで、この虚け防衛大臣をこそ切るべきであると思う。、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を白紙に戻したいのかも知れない。そんなとき、国内では、NEC軽井沢ゴルフトーナメントで、ジャン・ウンビやアン・ソンジュが我が物顔で、日本円を大量に持ち出そうとしている、ここで、吉田弓美子が優勝しなかったら、どうなるというのだ。早晩日本のゴルフツアーから韓国人を排斥するなどの対抗措置を採るべきである。アメリカは、日米間の関係を阻害しないためにもいち早く冷静対応を求めてきているが、日本は、独自判断で毅然とした態度を取らない限りは、いつ今でも対米に追従して、自らの尊厳までも捨て去ることにほかならない。国際裁判所に提訴と云うが、韓国が応じるべくもなく、空証文の、問題先送りと言ったことになるだけだ。ここが日本の正念場でもある。
2012.08.12
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ロンドン・オリンピックの祭り騒ぎの中、野田政権は、粛々と増税を決めてしまった。生活第一が抗っても、他の野党が抗っても、とりあえず三党合意で決着をつけ、その後トップが変われば三党合意など知ったことではないと嘯く、全く魑魅魍魎の世界である。消費税は、2014年4月に8%、2015年10月に10%になる。景気の如何に関わらず、この値上げは断行される。弱者救済は、別途ばらまきで対応、政治改革は、ほとぼりの冷めるまで、忍んで、元の木阿弥を決め込む。いつものパターンである。一人財務省がにんまりの形だろう。ばらまきで救うというのは人の根性におねだり精神を植え付けてしまう。働いた最低賃金が、生活保護よりも低い中で、誰が好んで働くか。そんな基本的なことも是正されない世の中はどこか歪になってしまっている。そんな中、原発反対のデモは大きなうねりとなっているが、野田首相は「大きな音が聞こえる」という。「音」は「声」ではない。彼には声は聞こえていないと云うことだ。音と云えば、清らかな風鈴の音もあるが、この場合は、きっと騒音をイメージしたのであろう。不倶戴天で、増税を決めたら自らはどうなっても良いという捨て身なのか。全く、このこって牛(どぜう)の考えることはわからない。一方では、韓国の李明博(い・みょんばく)大統領が竹島に乗り込んだという。(新聞は訪問とあるがよその家に断りもなく、招きもなく訪問などあり得ないのであって、之は住居侵入というれっきとした犯罪である。)さてどうするのかこのどぜう、「坊ちゃん一緒に遊びましょ」では済まないだろうに・・・。昔、「技術は一流政治は三流」といわれたが、政治(特に外交)はメダルどころか、入賞も出来ないくらいに稚拙である。北方領土しかり、尖閣列島しかり、もはや、日本は独立国家たることを忘れてしまったようだ。野田政権は、毅然として対応すると勇ましいが、それは言葉ばかりである。いっそ韓流で出かける叔母はんや旅の恥はかきすてとのおっさん等を一切足止めして渡航禁止にするぞ!と冗談を言ってみても始まらないか。ところで、この野田政権いつまで続くかはわからないが、果たして民主党に後継者はいないという(誰がやっても良くならない)し、之が自民党に変わっても(変わる余地など無いようだが)谷垣君ではどうしようもないし、かといって古狸にもろくなのがいない。維新の会とやらも、ふらふら軸心が定まらないし、この先日本はどうなるのと、不安ばかりが心をよぎる。オリンピックもあと1日で終わる。精一杯頑張った選手や、狂わんばかりに応援したサポーターも、2日後には、白昼夢を見たようになってしまうだろう。もちろんマスコミは、いろいろと引っ張るだろうが、今の政治の体たらくに、国民が怒りを感じていることを、どのように伝えていくのか、オリンピックどころではないのだ。いじめ問題はどうするのだ。シリアの虐殺を止める手はないのか、などなど考えてみてもどうなるものでもないのは一般国民で、その延長線上の国会議員は所詮何の自負もなく集合しているだけで、誰に託しても結果は同じ、結局日本人のメンタリティーではこの難局を乗り切ることは出来ないだろう。といった諦観しか生まれてこない。かつて、沖縄をアメリカに占拠されたように、北方領土はロシアによって占拠され、尖閣列島は中国に掠め取られ、今度竹島も韓国に持って行かれては、日本は、国土(本土:北海道、本州、四国、九州の4島のみ)防衛にいっそうの力を注がないと、そこまで持って行かれてしまいそうだ。いや実際には、彼らの資本が、国土を買いあさっているので、ややもすると、隣の土地は、すでに中国や韓国の資本によって買い占められているかも知れないのだ。しかし、本気で消費税が上がるとどうなるのだろうか。やっぱり稼ぎがない身では、出るを抑制するしか無く、勢い財布のひもはきつくなるばかり。楽しみは控えなさい、しかし老後は安泰ですよ(消費税は福祉目的税だからほかには使わないとの建前になっている)という言葉を信じるわけにはいかない。何しろ約束を違えてもなおやり抜く政権だからである。野田政権は、消費税アップということを強行したことで、世の中に、約束したことは守らなくても良いのだとか、、約束していないことでも、不断の努力でなんとでも変えられるんだよと云うことをここに証明したことになる。今後とも、子供を教育する上で、こういったことが罷り通る風潮を残したのは、大いなる痛手であろう。100円(実質105円)ショップは110円になるんだなぁ。回転寿司の1皿は110円になるのだなぁ。などというのが、ささやかな庶民の感想である。
2012.08.11
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一昨日、連れ合いも行くことになっていた前校長先生とのゴルフに、急な訃報で参加できなくなったのが残念で、急遽ゴルフ場を探して同じ亀岡GCに空きを見つけて、姉を伴いラウンドすることになった。連れ合いも行けなかったゴルフが出来ると云うことで、何とか収まったようだ。5-10日で結構道路は混雑していたし、ゴルフ場も若い人の姿を見かけたのは夏休みのせいだろうか。急な申し込みで、今日のスタートは10:07であった。アウトからである。今日もティー位置は前の方で、コース内へのカート乗り込みは1昨日と同じだった。No.1(M)は、左からせり出している小山が気になるが、それを過ぎると一寸左ドッグレッグの打ち降ろしだ。ティーショットはまずまずだが、前方の特設ティーの土手の手前にライが悪く落ちた。しかし2打目の4Wがクリーンに当たりグリーン前30YDについた。アプローチをつっこみきれずグリーンエッジに落ちた。4オンは前と同じだが、今日は1パットで上がりボギーだ。連れ合いのティーショットはよく飛んだが、上がりはトリプルだ。姉はダボで納めた。 No.2(M)は、直線のミドルで打ち下ろし。まずまずの当たりで、FWセンターだ。2打目もクリーンに当たり、グリーン手前20YDにつけた。3打目は、また突っ込みきれずカラーに止まった。ここでも、4オン1パットでボギーとした。連れ合いは、ダボ、姉はダブルスコアーだ。 No.3(S)は、超打ち降ろしで、今日は右グリーンと近目(85YD)である。前にPWで軽く打てもグリーン奥だったので今日はアプローチで、トライ。当たりが悪く届かなかった。2オンで2パットのボギー。連れ合いは、ダボだったが、姉は1オンし、惜しくもバーディーを逃したがパーだ。 No.4(L)は、男性は池越え、女性ティーは、ずっと前だ。ティーショットは気持ちよく当たり左の土手に当たってFWセンターに出た。2打目は当たり損ない、右ラフに落ちた。3打は、左ラフの残り50YD。ここでもショート目のエッジだ。パターでのオンは1パットで沈めたボギー。連れ合いは、トリプル。姉はなんと11を叩いた。No.5(S)は、フラットな短いショートで、HDCPも17で簡単そうに見える。ティーショットは気持ちよく振れて、グリーン向こうのバンカーに入った。SWで見事オンしたが、惜しい1パットを外してボギー。連れ合いは3パットのダブル。姉は見事1オンのパーである。No.6(M)は、右に隣のコースとの仕切りネットがある。FWセンター残り125である。2打目はヘッドアップかゴロで前進。アプローチもチョロして4オン2パットのダボだ。連れ合いはボギーで、抜かれた。姉はトリプルである。 No.7(M)は、右が土手、左がOBのやや打ち降ろしだ。ここもFWセンター残り145だ。7Wで狙ったが、当たり損ないバンカーは前と同じ。今回は出すことだけを考えた。1度で出てやれやれだ。怪我は少なくダボである。連れ合いは、3パットのトリプル姉はダブルスコアーだ。NO.8(M)は、右がOB、左は、土手で帰ってくるはず。当たりは悪かったが、まずまずのFWセンターだ。2打目の4Wは左カート道近くの棒に当たり戻ってきた。90YDの残りで、3打目を左カラーに落とした。行ったり来たりの5オンだ。1パットでかろうじてダボとした。連れ合いは、なんとほとんどミスなしのボギー。頑張るものだ。姉はダブルスコアーだ。 No.9(L)は、距離が結構ある。ティーショットは湿ってゴロで左ラフ。2打目の4Wはまずまずで、左FWで残りは125YDだ。3打目は少し届かず5Y手前だ。4オン2パットで、ボギーだった。連れ合いもボギーで上がり、姉はトリプルだった。 前半は、48と1昨日よりも3打改善だ。連れ合いも55で上がるとは立派だ。亀岡GCは女性に優しいのは定評である。姉は奮わなかった。 今日の昼は、またビールを飲んだ。後半のインスタートである。 午後のNo.10(L)は、緩やかな打ち降ろしで、左のOBさえ注意すれば、と云う事で、出球はやはり右に飛び木に当たって、FWに戻った。2打目は当たりが悪くゴロとなり、ランが出て、右ラフ150YD残だ。3打目は薄氷のバンカーを超えて、グリーン横4オンの2パットのボギーである。連れ合いも1パットのOKボギー。姉は9打だった。 No.11(M)は、結構難しい最後が右ドッグの打上砲台グリーンである。右OBを注意して、FWセンターに落とした。2打目はダフリ気味だが、FWセンターの残り110YD打ち上げだ。10mに3オンし、惜しい2パット目を外してダボである。連れ合いは、ダブルスコア。姉は3パットのトリプルだった。 No.12(M)は、緩やかな打上で、実際の距離よりは長く感じる。ティーショットはFW右で、残り140YD打ち上げ2打は当たりが悪く、ゴロで進む。3打目でグリーン横の少しラフ。1パット目はカップに嫌われ惜しくも2パットのダボである。連れ合いは、右OBで特設からダブルスコア、姉は3パットのトリプルだった。No.13(S)は、途中が少し窪んだ砲台型のグリーンで、私には手頃な距離のショートだが、アゲンストであり、7Wでかろうじてバンカーを越えたもののグリーンには届かなかった。2オン2パットのボギーである。連れ合いはダボ、姉はトリプルだった。 No.14(M)は、何とHDCP18と最も簡単なホールとされている。民家が近いとかで、ウッド禁止ホールである。クリアーに当たり、残り50YDである。2オンを果たしたが8mを2パットで、パーである。連れ合い、姉ともボギーで上がった。No.15(M)は、良い当たりで、少し高く上がったが、FWセンターだ。2打目3打目をダフリ、残しダボとした。連れ合いは1パットのダボ、姉も同じくダボだった。No.16(L)は、よい当たりで、左FWだ。またしても2打目・3打目をダフリ、アプローチもグリーンオーバー5オン1パットのボギー。連れ合いは2桁、姉も9打である。No.17(S)は、距離のあるショートだが、広さは限りなく広く、打ち降ろしだ。4Wをチョロして、レディースティーの2打目も載らず、4オン2パットのダボだ。グラウンドに落ちた。連れ合い姉共々3パットながら、連れ合いはボギー、姉はパーであった。No.18(M)は、左カート道狙いで、少し右にそれ、FWセンターだ。2打目はダフリながら残り。60YDとし、3オンは2パットと、ダボであった。連れ合い8打、姉7打の終わりである。後半は12つ改善の47で、やっと100は切れた。連れ合いも後半ばてていたが、116打であり、姉は123だった。
2012.08.10
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オリンピックも終盤になった。金メダルが何個、総メダル数は何個などと云うつもりはないが、1つ1つの競技や、選手の言いしれぬ汗と努力には、感動を覚える。今回の日本のオリンピックは、概して、期待されていた(マスコミが勝手に作り上げた)種目や、選手が奮わず、予期していなかった種目に大きな成果があったように感じる。選手の働きや巧拙を云うわけではなく、マスコミがいかに世論に予断を与えているかと云うことが如実にわかるというものである。卑近な例であり、かつちっぽけな内容であるが、身近な経験として、私の場合の例を言うと、私が監督をして、バスケットボールの全国青年祭に出場し、寝台でない、夜汽車で、東京に遠征したときのことである。もちろん参加を知っていたマスコミを含めた岡山の連中は、我々の遠征を歯牙にもかけなかった。参加することがどれほどのことかはわからなかったが、とにかく、連戦連勝で、優勝戦では、格上の秋田雄物川役場と戦って勝ったのである。そして「全国優勝」という文字と共に帰還すると、岡山の連中の態度は一変していた。急に猫なで声のような振る舞いなのである。出かける前とは大違いと思ったものだ。事ほど左様に、マスコミなどは、マッチポンプ的な動きをするということが嫌と云うほどわかったのである。それに輪をかけてのレポーター(特に松岡修造など)は馬鹿かと思うくらいに煽り立てているではないか。そんなことはどうでも良いが、今のところ、日本のメダル数は、金メダル5個、銀メダル14個、銅メダル14個で合計33個で、世界第6位ということらしい。之を人口ベースで見た人がいて参考までに書いておくと、日本の金メダル数5個は世界45位という事になるのだそうだ。因みに1位は1個の金メダルを取った、グレナダである。また、日本の内容を簡単に見てみると、金メダルは柔道女子(松本薫)、体操男子個人総合(内村航平)、レスリングフリースタイル女子の(小原日登美・伊調馨・吉田沙保里)ということになる。あれもこれもと期待は大きかったが、日本の男子柔道は、もはや落ち目である。山下泰裕がIOC委員に落選した頃から、その兆候は見えていた。日本にはすでに柔道の根本精神が欠落しているやに見える。特筆すべきは松本の闘志むき出しの勝利であり、鬼気迫るものを感じた。期待された水泳の北島康介も新旧交代時期にあると悟らされた。サッカーのなでしこジャパンは、実によくやったが銀に終わった、引き替え、男子のサッカーは、少しふがいないとしか云いようがない。体操の内村は、何とか実力を発揮したが、他の選手は前評判の割には、低迷した。もちろん諦観で見る陸上はマスコミもそれほど肩入れはしないが、マラソンに至ってはなんだ之はという感覚である。十分にセレクトされた選手ではなかったのか。松岡ならどういうのかが聞きたい。金を取った選手は言うに及ばないが、卓球の3選手(福原愛・平野早矢香・石川佳純)の銀での破顔は実にすがすがしい。水泳の入江陵介もすばらしかったと思う。気負わぬ銅のアーチェリー(早川浪・蟹江美貴・川中香緒里)もまたよい。個人的には、足跡を残せなかったレスリングの浜口京子はかわいそうだ。一瞬の返し技だが、過去4年間の努力があの一瞬で空しくなったわけだ。ウエイトリフティングの三宅宏実の銀は親子2代のメダリストとして日陰から一躍寵児扱いのような気がしたが、実力通りなのだろう。決勝で敗れたとはいえバドミントンの銀(藤井瑞希・垣岩令佳)は実に見応えのある内容だった。小椋・塩田無くても日本にバドミントンありだ。なにやら不可思議な1投目のファウルの後の室伏広治のハンマーのさわやかな銅もまたよい。古希を過ぎた、馬術の最年長者法華津寛の敗退は、すでに織り込み済みとはいえ、年長者に光を与えるものであった。広く世界に目を転じるとゴールドメダリストの大活躍は、すばらしいものがあるが、オリンピック精神(参加することに意義がある)を地でいった、イスラム諸国(サウジ・カタール・パレスチナ)の女性参加は、世界が変わることを象徴的に示していた。特にサウジでは、今なお、女性蔑視があり、運転免許証を取得できないなどは、常識的になっているが、アブドゥラ国王もよくぞそこまで踏み切ったといえる歴史的な参加であった。(もちろん政治的思惑があることは織り込み済みだ)世界は変わるであろうし、またそうならなければいけない。私がジェッダで聞いた話(女性蔑視)がかくも変わっているのを見て、実に感慨が深い。
2012.08.09
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校長先生とのゴルフは、すでに13回を数えるが、100を切れたのはわずか2回だけである。今日は、開眼したとの思いで、ラウンドのに臨んだ。予定していた、連れ合いは、急な葬式で、参加出来なくなり、今日は校長先生と私と女の先生の3人である。前回と同じく、亀岡GCだが、前回は冬真っ直中で積雪が残っていたことから考えるとすでに半年が経過している。今日は、スタートが8:42で、アウトからである。概してティー位置は前の方であった。今日は複数ホールにカート乗り入れが可能であった。No.1(M)は、左からせり出している小山が気になるが、それを過ぎると一寸左ドッグレッグの打ち降ろしだ。まずまずのFWセンターである。2打目は4Wがクリーンに当たりグリーン前30YDについた。アプローチを当てきれずグリーンエッジに落ちた。4オンは仕方ないとしても、なんと3パットである。いきなりトリプルには機先をそがれた形だ。前校長もティーショットを力みすぎてチョロしてしまったが、結果は私と同じトリプルだ。女の先生だけが、ボギーであった。No.2(M)は、直線のミドルで打ち下ろし。まずまずの当たりで、FWセンターだ。最近先輩のコーチを受けたので球が曲がらなくなったのはありがたい。2打もクリーンに当たり、グリーン手前5YDにつけた。あろう事か、またしてもチョロして載せられない。4オン1パットでボギーとした。3オンまではよかったが、なんと3パットで、ダボとした。女の先生はここは奮わずトリプルを叩いていた。No.3(S)は、超打ち降ろしで、今日は右グリーンと近目(85YD)である。PWで軽く打ったら、グリーン奥に何とか載った。なんとそこから3パットである。というのも奥からピンまでは大きなこぶ山があり、傾斜は急で、なかなか止まらないわけだ。前校長もボギーである。ところが、女の先生は1オンのパーである。そう言えばここ3回ともパーだった。なかなかやるものである。 No.4(L)は、男性は池越え、女性ティーは、ずっと前だ。ティーショットは気持ちよく当たりFWの左端に飛んだ。2打目も超クリーンに当たり、残り110YDまで来たのには驚いた。当然3オンとの心がよぎり、ダフってしまい、続く4打をグリーンの向こうに運んだ。結局5オンの2パットで、ありきたりなダボとなった。前校長はトリプル。女の先生はここでも気を吐きボギーである。女の先生のティーショットはかなり安定し飛距離も出ている。No.5(S)は、フラットな短いショートで、HDCPも17で簡単そうに見える。ティーショットの当たりはよくなかったが、結果は1オンである。当然のパーであった。ここは前校長もパーで、女の先生はボギーである。No.6(M)は、右に隣のコースとの仕切りネットがある。前の組は「カーン」とそれに当てていたようだ。私は良い当たりでFWセンターを捉えた。そのおかげで、2オンを果たした迄はよかったが、なんとまた3パットである。スコアがよくならないわけだ。前校長はバンカーに手こずるなどして、結果は9打。女の先生も、私につきあい3パットしてダボとなった。No.7(M)は、右が土手、左がOBのやや打ち降ろしだ。ここもFW左に出て、今までとはひと味違っている。残り125YDを6Iで狙ったが、すんでの所で、手前のバンカーに落ちた。ここで天地の差が出来た。バンカーで3度叩いてやっと出る始末。柔らかいサンドにフェースを取られ、出せなかった。良い勉強だった。さらに3パットと無茶苦茶で、ダブルスコアになってしまった。前校長も9打とつきあいが良い。女の先生はダボで、なかなか良い。NO.8(M)は、右がOB、左は、土手で帰ってくるはず。当たりは悪かったが、まずまずのFWセンターだ。2打目の7Wもあまりよくなく160YDを残した。そこからの3オンだが、なんとまたまた3パットで、ダボである。ここでは前校長も、女の先生も同じくダボだった。 No.9(L)は、距離が結構ある。前の組を待ってのショットは湿ってしまい、右ラフである。しかし2打目の4Wはクリーンに当たり、残り140YDのFWである。3打目もクリーンだったが、わずか5YDショートで、4オンの2パットとしてしまった。前校長も同じ、女の先生3パットでダボだった。前半は、女の先生がトップで、之は前回も同じである。私は途中遊んだために50は切れなかった。しか死内容的には、ショットは大いに安定していた。問題はパットである。上がりは11:30と2時間半はかかった。今日の昼は、ビールを飲んだ。後半のスタートまでは時間があったので少しパターの練習をした。インスタートである。 午後のNo.10(L)は、緩やかな打ち降ろしで、左のOBさえ注意すれば、と云う事で、出球は少し右目のカート道で止まった2打目はクリーンに当たり、FWセンターの125YD残である。そこから十分に載ると思ったが、なにやらシャンク気味で、右ラフで止まった。4オンの2パットは、ボギーである。前校長も女の先生もダボである。 No.11(M)は、結構難しい最後が右ドッグの打上砲台グリーンである。右OBを注意して、振ったが、当たりは今日一番に悪く、なんと前方女性ティーにも届かなかった。しかし2打目は超クリーンに当たり、残り125YDの打ち上げだ。見事3オンし、2パットのボギーで納めた。前校長も当たりが戻りだし、ボギー上がりで、女の先生ダボである。No.12(M)は、緩やかな打上で、実際の距離よりは長く感じる。ティーショットは低めでFWを駆け上がった。2打目はクリーンに当たったが、左の土手から落ちて、なんとバンカーに入った。バンカーから向こうのラフに、返しで載せて2パット。ダボである。前校長はトリプル、女の先生は私と同じダボである。 No.13(S)は、途中が少し窪んだ砲台型のグリーンで、私には手頃な距離のショートだが、前の組を待ったためか、なんとまたバンカーに入れた。2打でオンしたが、3パットとまたダボだ。前校長も女の先生も1オンして、理想的なパーである。No.14(M)は、何とHDCP18と最も簡単なホールとされている。民家が近いとかで、ウッド禁止ホールである。打ち損ねの5Iは傾斜に沿って前方FWへ。 2打目は少し池が少し気になりグリーン左のラフに入れた。4オン2パットのボギーだ。前校長会心の当たりを続け、あわやのバーディーを逃しパー。女の先生ダボとした。No.15(M)は、すっきりしない当たりだが、FWセンターとし、2打、3打と連続ダフリとチョロで、おまけに3パットであり、またしてもダブルスコアであった。前学校長も、7打としたが、女の先生はゆうゆうのパーであった。 No.16(L)は、少し高めだったが、結構振り切れて、上出来のティーショットは左FWに落ちた。2打目もクリーンに当たり、3打目はバンカー越しの左ラフだ。惜しい1パットを外し、結局ボギー。前校長はダボで上がっていた。ところが、女の先生はバンカーに捕まって、なんと5打を要したと云い2桁のスコアであった。(之で50を切れなかったと嘆いた) No.17(S)は、距離のあるショートだが、広さは限りなく広く、打ち降ろしだ。4Wはちょっと良い当たりで、グリーンをオーバーし向こうのラフに落ちた。またチョロなどを含みダボとした。前校長はボギーであり、女の先生は、リベンジのパーだ。No.18(M)は、左狙いで、起死回生のカート道を狙った。思惑通りにカート道で跳ね、残り110YDまでとんだ。アプローチでまたしても失敗し、バンカーに入れた。結果は、ボギーだった。前校長はトリプル、女の先生はなんと起死回生のパーであった。今日は当たりがまぁまぁだったので、切迫感はないが、3パットがあまりにも多すぎた。 久しぶりのゴルフ手合わせで、私は100を切れず、女の先生は、同スコアで、やはり100を切れなかった。なかなか巧くはいかないのがゴルフである。
2012.08.08
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昨日から始まった地域の中学校のサマースペシャルは今日で2日目である。サマースペシャルは夏期勉強会で、以前に行っていた土曜スクール(自発参加の子のみ)の類であるが、このサマースペシャルは、家庭から「行って勉強しなさい」といわれた勉強嫌いな子も一緒のスクールである。昨日は、土曜スクールの子も混じっていたが、土曜スクールの子はあの子よりましだといった、ちょっとした矜持があるらしく、普段おふざけの子が、一生懸命勉強をしているのに少し驚かされた。集まった人数は、昨日よりは少なく25名ほどであった。(1,2年生)3年生は別の教室で勉強しているようだ。ちょっと覗くと8人ほどがまじめに取り組んでいた。集まった中で問題児はすぐわかる。周りを引き込んで、しゃべりまくるわけだ。業を煮やして「勉強しないなら、帰れ!」と一喝したら、少しは大人しくなった。しかしそれは基本的にはあまり効果がないことは分かっていた。黙らせるのは、周りに迷惑がかかるからで、その君の向学心を揺することにはならないからだ。もっとじっくり中に入っていく必要があるが、そうするにはあまりに時間がない。中には、2時間のうち1時間以上机に伏して寝ている(?)子もいた。迎え撃つボランティア先生は、7人程度で、教室である図書館を巡回して、質問のある子や、困っていそうな子、またしゃべっている子への注意などを行った。中学1,2年を対象にしているクラスは数学は、負号を含み、分数も交えた、加減乗除計算などで、正負を含んだ間違いやすい問題などが配られている。英語はひたすら書き写す宿題が出ていたようで、黙々とノートに書いている子など様々だ。ちょっと落ち着いたら出来る子も、性格上ミスをするといった早とちりなども見られた。(-1)×(-1)=+1となることは分かっていても、つい間違ってしまう子もいる。(-3)^2=9と(-3^2)=-9の違いを時々間違う子など、様々である。今日の英語では、単数、複数の人称別、名詞の格の初歩段階や、1月から12月までのスペルを書くといった内容もあった。「February」はちょっと難しそうだ。「March」を「Murch」だと主張する子(やはりaでしたと云ってきた)、「August」を「Ougast」と書く子もいた。また、水曜日などは「Wednesday」がなかなか難しい。なぜと聞かれても答えるすべもなく、ただひたすらに暗記あるのみだ。こういった暗記問題にゆとり教育の入りもむ余地はない。社会では古代史で、銅鐸や、矛、埴輪などといった問題を答えるというのもあった。理科は植物が1年の掛りのジャンルらしかった。国語ではプリントと睨めっこしていた女の子が、「分からない」というのでのぞき込んだが、「自立語」と「付属語」の区別を教えているプリントだった。すでに忘れていた私は、解答を見てやっとその意味が分かった。名詞、動詞、形容詞など、その語1つで意味が分かるものを自立語、「て、に、を、は」など助詞が付属語だと云うことだ。私も久しぶりに勉強になったが、その子もなんだか納得してくれたようでよかった。山本五十六がいみじくも言ったが、「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ」という如く、私は、理解した子をその時点で、少しオーバー目に褒めることにしている。褒められて気を悪くする子はいない。「もっとしっかりしいや」とか「がんばらんとあかんがな」などといって回るおばさんもいるが、一切効果はないと思う。もし英語や、国語などで書き写している子がいれば、枡の中いっぱいに字を書く子には、「男らしく、しっかり書いているのが良い」とか、几帳面に書いている子には「きれいな字だね」とすかさず云うとか、頼りなさそうに書いている子には、自信を持ってしっかり力強く書きなさいよと云う。私も小学校時代には字が下手で、一生懸命書いた長文も、後から見直すと何を書いているのか、自分でもちんぷんかんぷんの時があった。担任の先生から通信簿に「字は体を表します。もう少し丁寧な字を書きましょう」と云われたことを思い出す。私はもちろん勉強嫌いな子供では無かったが、時に応じて、的確に彼らの悩みや疑問点に答えてあげることで、彼らのインセンティブは湧き上がってくるであろう感触を得た。昼過ぎにサマースペシャルを終え、久しぶりに連れ合いの実家の雑草を引いた。雑草も馬鹿にならない、45リットル入りの大きな黒袋が2袋必要とするほどの草を摘んだ。久しぶりに充実した日であった。
2012.08.07
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今日、8月6日は広島に原子爆弾が投下されて、67年経った所謂「原爆の日」である。広島では、平和記念式典が行われた。私が呉で生まれたのは、1944年だから1歳になる前に原爆が広島の市中に投下されたわけだ。私が生まれたのは呉市吉浦だから、原爆投下地点からほぼ南方に16.8kmの位置にある。資料によると原爆災害の影響範囲は、4.5km内が酷く、その外は影響が少ないようだ。昔、長姉の連れ合いに話を聞いたことがあるが、広島市の南東2.2kmに比治山があり、そこの東側(投下地点から遠い側)にいた人間は、原爆投下と同時に大きな負圧現象で、目が飛び出したとか、そのことが強く印象に残っている。さらには、太田川の河口付近のドーム近くの川には、水を求めて死ぬことがわかっていても、火傷の傷が熱すぎて、川に入る人たちが大勢いたとか。道路上は、黒く焼けこげた遺体がごろごろと転がっていて、まさに阿鼻叫喚とはこのことかといった話の内容であった。原爆投下後に降った雨は、放射性物質を含む「黒い雨」といわれ、その雨雲は、広島に留まらず、放射能を周りに拡散していったのである。現在は、原爆投下地点には原爆ドームが被災のままの形で残されていて、世界の負の遺産に指定されている。原爆記念館には、目を覆うような惨事の写真が飾ってあり、往事を今に伝えている。小学校や、中学校では、修学旅行などでここを訪れることが多いようだが、皆一様に気分が悪くなるほどの惨状である。例年の通り原爆が投下されたとする、午前8時15分に平和の鐘が打ち鳴らされ、全員が黙とうするというセレモニーがあった。今年亡くなった人を含め原爆による犠牲者は28万959人だという事だ。最初の式典以来絶えることなく「核と人類は共存できない」と言い続けながら、原爆投下後わずか11年ほどで、日本での原子力発電が中曽根康弘元首相などの手によって予算化され、開発の緒に付いたわけである。中曽根康弘は群馬県高崎市の生まれであり、原爆を肌で知ることはなく、せいぜい関東の空っ風の経験があるだけだ。しかし、原爆も、原発も、共に濃縮ウラン235を使うことに代わりはなく、現在は皮肉にも、こういった原発記念式典では、諸外国に向かって原爆(核兵器)の廃絶を訴えながら、一方では、死の商人のごとく、諸外国に原発を売り歩いている始末である。日本人の変わり身の早さというか、ウラン235に対する勉強不足なのか、原子力発電を推進し、今では土地面積に比して、異常なくらい多数(50基)の原発を建設したのである。「たら・れば」の話があるが、原発が安全であれば、また安全だったら、原発の開発は許されるかも知れない。そして推進者は、これ以上ないという5重の安全策を施した原発安全神話を勝手に作り上げて、今日に至っているのだが、ここにきて、東日本大震災で、その安全神話が完全に「神話」(虚構)であったことが判明したにも拘わらず、電力を得るに安きに失したこの判断は、過去数度の原発不安全かつ不安の事例にも拘わらず、走り出したロコモティブは止まれないかのごとく巨大化していて、今や一大「原子力ムラ」を醸成するまでに至った。原発は環境に優しく、CO2の排出量が少なく、地球温暖化防止に寄与すると、さも開発当初から唱えていたごとく、後付で堂々と原発支持の根拠となしている。恐ろしいほどちんけな発想である。中曽根らが原発を推進すると云って始めた1954年から今日まで膨大な研究費用をかけ続けてきたわけだが、その費用をもっと違う発電対象(自然エネルギーなど)注入していれば、おそらく、無原発で得られる電力で十分まかなえることになっていただろう。この最初に原発に舵取りした人どもを糾弾する必要があると思うがいかがであろうか。また、核を使い発電に寄与する方法に、「核融合」がある。太陽で起きている核融合反応を地上で再現して発電に利用しようとの試みで、国際熱核融合実験炉(ITER)が製作され、計画が推進されている。核融合では燃料1gから得られるエネルギーは石油8tonに相当し、通常の原子力発電よりもはるかに少ない燃料で大量のエネルギーが得られるとされている。この計画は1985年に始まったわけで、その実用化にはまだまだ時間がかかりそうだが、やがて「夢のエネルギー源」として実用化も夢ではなくなっている。1954年当初には思いも付かなかった発想かも知れないが、現在の原発(核分裂)の代替として、「核融合」が日の目を見る日がやがてくるはずであり、鋭意努力されることを望むだけである。それまで、自然エネルギーや、オイルシェール、乃至はメタンハイドレードなどの代替燃料でカバーし、必ずや現在の原発を廃絶する方向で進まなければならないと思う。原爆の日に、ふと、原爆は原発に、「核分裂」という名の下に、通じるということから、現在のエネルギー対策も再度考え直さなければならないと感じる。
2012.08.06
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連れ合いの長男とお嫁さんの誕生日は7月と8月だ。その誕生会を今日一緒に行った。といっても、パンのおいしいサンマルクで、夕食を共にするという事だ。何度も書くようだが、私の人生では、「誕生会」といったおしゃれな風習はなかったので、とても新鮮である。今日は朝から先輩の声掛かりがあって、早朝にゴルフ練習に出かけた。7時の開場を待っての入場経験など初めてだが、涼しいうちにというのと、混み合ったら、並んで打つことが出来なくなり、コーチしてもらえないと云うこともあって早朝にした。まがりなりなりにも、ドライバーはまっすぐ飛ぶようになり、かつ飛距離もまぁまぁの感じになってきた。しかし時折ミスショットが出るのは、打ち込みが足りないからであろう。今日は、特に5Iが打てなかったのでコーチを仰ぐと、結論的には、クラブを短く持つことと、打ち上げるという感覚でなくロフトを信じて打てとのことになった。これは私がいつも連れ合いにコーチしていることなのだが、自分がやるだんになると、出来ていないようだ。一応の成果を感じて、練習場を後にした。誕生会は夕方である。家族大事、家庭大事の太郎君も、すでに齢41歳とのことで、不惑の年に入っている。お嫁さんは、33歳と云うから、まだまだ若い。いつも元気をくれる連れ合いの孫2人は、今日も元気いっぱいである。先日、川で遊んでいるときに弟君が骨折したと云うから心配だったが、ギブス姿は痛ましいものの、何のことはない、元気いっぱいで、いささかの変化もないような感じである。それでも、兄貴君は、弟の身を案じてか、幾分優しさが増しているように感じた。ハマーとまでは行かないが、車高を高くしたデリカで、迎えにきてくれた。キーレス・エンジンや、スライドドアの便利さなど、車も進歩している。サンマルクは、大勢の人出だが、予約席は、広く取ってあった。主注文前に運ばれる焼きたてのパンを何個もおかわりをして、メインが運ばれたときにはすでにお腹がいっぱいといった案配だった。太郎君は、会社でManagerの前にGeneralが付いたとか、発展途上である。フィリピンの工場での評判も良いようで、よもやのインドにおけるスズキの騒動の心配はないようだ。お嫁さんも明るく、育ち盛りの息子2人へ、愛情いっぱい降り注いでいるようで、幸せいっぱいの感じである。私などは、こういった雰囲気に同席させて貰っているだけで、心がほのぼのして、たちまち相好が崩れてくるのである。久しぶりに太郎君の会社のホームページを開いたら、2009年に創業50周年と云うから、今年は53年目に当たっていて、フィリピンや、ベトナムは、カントー市に工場を建て、進出を図っているようだ。余談だが、カントー市といえば、2007年にメコン川にかかる日本のODA橋梁が、工事中に崩落するという事故があり60人以上が亡くなり、180人が負傷したとの記事があったが、2010年には竣工したようだ。私には全く関係ないが、私が出向していた日本工営が施工監理を行った橋と云うことで記憶に残っている。私も過去、1人だけベトナム人との接触経験があるが、かの国は社会主義国家であるものの、対中国には、心を許していない点や、まじめで、几帳面な性格の国だと云う印象を持っている。将来カントー市の工場がますます発展することを願っている。太郎君は、フィリピンには、それこそ何度となく出張していて、カントーへも何度かでかけているようだ。世の中グローバル化が叫ばれ、今や英会話は必須の時代である。TOEIC何点などといったことは、よそにおいても、とにかくかの国の人とのコミュニケーションは英語しかないわけで、とやかく言っている場合ではない。幸い、太郎君も、姫も英語で苦労をしたとは聞いていないので、これまた安心である。1年生になった兄貴君と、骨折何のそのの元気印の弟君との楽しい夕食を終えて、帰り道に、久御山ジャスコに立ち寄った。ここは、従前のジャスコイメージから一変して、外国のビッグ・モールのように生まれ変わっている。仲のよい兄弟2人は、子供用カートに弟を乗せ、兄貴が押して元気に遊び回っている。その間、太郎君夫妻は、水入らずで、ショッピングを楽しんでいたようだ。後ろ髪を引かれながら、また来ようなどと話して連れ合いの実家に帰り、連れ合いが、いろいろ工夫のプレゼントを渡して、今日の誕生会は終了した。
2012.08.05
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高校時代の友人2人がこのほど商売を止めることになった。それを記念して仲間で集まろうと云うことになったわけだ。私は、彼ら2人と高校時代に特に親しくしていたわけではないし、卒業後も、特別の交誼を結んでいたわけでもない。連れ合いの幼友達ということや、彼の友人が私と交遊があるバスケットボールの友人と親しかったというのが、私がその席にいたという所以である。そんなことを云うと、ややこしいが、高校時代の友人となると必ず出身校はという話になって、中学校別の話が持ち上がる。高校は茨木市にあるが、参集する友は、茨木市はもとより、高槻市、吹田市とおおむね3市にまたがる。その、3市の中におのおの1~3中学というのがあって、構成されているわけだ。私の出身である吹田市の中学は、あまり、大きな位置を占めていない気がした。高校では、高槻の1中と茨木の中学が元気があったようだ。正直なところ、在校時代には、クラブの友人やその関連と云う辺りで親しくしていたが、卒業後は、暫時遠ざかっていて、大阪に帰ってからは、友人の友人は友人とばかり、爆発的に私の交友関係は広がった。之は私自身よりも、連れ合いの顔の広さがもたらしたものと、感謝している。件の商売を止めるという友人2人も、連れ合いの方からの交遊といった方が濃い。高槻の商店街で大学卒業後、それこそ、営々と45年間商売を続けてきたと云うからたいしたものである。そのうちの1人は、身体をこわして、退院を待っての今日の会合になったようだ。またもう1人の言によれば、商売を始めた頃や、バブルの頃は、サラリーマンなんかやっていられないといった風に爆発的に儲かったようだが、最近は、とんと駄目であり、悲惨だとも云っていた。私のようなサラリーマンも、世界の情勢に踊らされてきたわけだが、商売とは似て非なるところがあると感じた。私に商売をせよといわれていたとしても、真っ先に頓挫していたであろう。私が想像していたとおり、好景気の頃は、何でも経費に落とせたと述懐していたが、赤字が続くと税務署は経費差し止めといったことをするらしい。経費で落とす対象を厳しくされるようだ。世にいう、暖簾何百年というのは、結構大変なものだと感じたわけだ。そして今日の集まりだが、サラリーマンなら、定年退職時に同じ職場での仲間が花束を贈って、退職を祝う(?)ケースがあるが、商売はそれとて無いわけだ。今日を企画した友人も商売人だから、そこのところはよくわかっているようだ。得難い会に出席させてもらった感じである。私の場合は会社で出世しなかった分大々的な送別会などというものは無かったが、玉野を去り千葉に転勤する際、部課長が集まって、歓送会をしてくれた。そのときたぶん心が痛み、ひがんでいたのかも知れない、大学の先輩でもある1級上の同職課長が「がんばれよ、山より大きな猪は出ない」といっていたことを思い出す。その中には、私を部長にさせないプロジェクトの3名が入っていたことを思い出す。一様に、去りゆく私を笑顔で激励しているが、内心「之で清々した」と思っていることは手に取るように感じられた。私は、そのとき2度目の負け犬感覚を味わった。そして、千葉で、これからという鉄骨時代を迎えたのだが、それもバブルで、トン当たり単価が、30万円に近づいていたのが、半値以下に下落するに及んで、ついに閉部となり、兄貴分である、橋梁部門に戻されたのだった。それは何を意味しているかと云えば、管理職の一端である私は、窓際に移り、かつ他社への出向待ちになったわけだ。当時の会社は、それまで抱えていた子会社の数も減り、その上、私よりも先輩たちがその子会社に出向していたために口もなくただ、毎日を忸怩たる思いで過ごしたのである。そしてある日、今は亡き(早世した)工場長から、コンサルタント会社「日本工営」への出向打診があり、相手会社との面接を経て無事、出向の身となったのである。私は人事労務の経験がないので詳しいことはわからないが、出向させる側は、給与の約半分を被出向会社に肩代わりしてもらえ、被出向会社はいわば半値で、有能(?)な人材を確保できると云った大雑把な計算になるのである。かくして私の親会社との実質的な離職となったわけで、当時の橋梁部門からは、歓送会と称し、花束などを貰い送り出してもらった。そして、千葉から「日本工営」のオリジナルの地である川崎への2県1都を毎日通(痛)勤することになったわけだ。もちろん日本工営のその事務所での仕事ではなく、海外でのODA関係を司る、第2交通部の海外派遣要員となったわけだ。後にフィリピンに行ったとき、別会社から出向していた年配者に「我々は季節労働者のようなもので、国内と唯一違うのは、トラックで迎えにくる代わりに飛行機に乗る違いだよ」といっていたのを思い出す。そこから、フィリピン、ジンバブウェと行き先は変わり、それから向こう7年間のネパールでのシンズリ道路建設プロジェクトに組み込まれる前に、断って帰国したと云うことで、再び、窓際族として本格的に職探しとなったわけだ。以降は、私の生い立ち欄でも記載しているので、ここらで置くとして、我が人生のターニングポイントは、何点かあって、その時々の判断が違っていれば、また今日の生活が違っていたかも知れないという「人間万事塞翁が馬」を地でいった感じである。
2012.08.04
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第24回島本町住民委員会があった。島本町の様々な問題に対して、町民の目で問題点を、町長に提言することを目的としている。本委員会は総勢24名で構成されている。小学校区別に4つの地域住民委員会があり、その代表委員が20名で、後の4人は、委員長推薦委員という4名で、私はその4名枠の中に入っている。2006年6月に大阪に帰ってきた私は、元々千里山の住人ではあったが、島本町にはむろん初めての居住者であり、その意味では、6年在住の経験しかないし、その内2007年の約半年はドバイに出ていたわけで、町の問題とかにはあまり関心がなかった。しかし、住めば都と言うが、ここ島本町は、自然環境にも恵まれ、私の住むマンションは、11階建ての大型マンションで、その7階からの景観は、実にすばらしく、ベランダから左側を見ると、対岸の石清水八幡宮がある男山が見える。右近くには、夜通し明るい上牧駅が見え、ゆっくり走る小豆色の阪急電車に平行して、東海道新幹線の700系の白い16両編成の車両が、空間を切り裂くように左右に走るのが見える。玄関側の通路からは、山を切り取って走る名神高速道路の梶原トンネルから京都側に抜け出したナトリウムランプ(夜)の列がすぐそばに見える。さらに眼下には、複々線の東海道本線があり、時折大きな音と共に長い列車が行き交う。私のマンションは、東京起点から東名・名神を使って丁度500kmの位置にあるようだ。実に住み心地の良い島本町であるが、さらに住みやすくするためにと、委員が問題を提起し、それを討議して、結果を町長に提言するという役回りだ。住民委員会は、1.教育、2.環境・施設、3.生活支援、4.その他市政の4つの分科会に分かれていて、私は、第1分科会の教育部会に所属している。教育は、地域差があるといえばあるが、他の土地自身に立脚した問題ほどに新参者を寄せ付けないわけではない。あたかも、全国的に問題になっている「いじめ」問題については、顕在化していないとはいえ、その萌芽を抱えているという点は否定は出来ないようだ。私は、国の礎は教育にあるとの当たり前のことに強い興味があり、さらに、連れ合いが教員であるということから、少しばかり教育には、関心があった。「馬鹿鳩(鳩山由紀夫元首相)」を排出したのも教育である。彼は東京大学という、日本の最高学府のトップといわれる大学を出ていながら、その定まらない感覚は、いかに日本の教育が偏向しているかを如実に表している例の1つだろう。(まさに亡国の兆しである)算数が出来ればいい、歴史の年号を覚えればいい・・・などといった試験偏重の結果があの姿である。といいながら、受験のための勉強では人格形成上問題ありと、ゆとり教育を導入したのが元文部官僚の寺脇研である。彼の存在が、どれほど日本の教育を停滞させたかは、まだ記憶に新しいところである。さほどに、教育というのは難しい。聞けば、公立学校の教育現場は、文科省から降りてくる、学習指導要領に基づいて、大きくたがをはめられている。公立であれば、また義務教育下であれば、ある意味統制は必要なのかもしれないが、この統制が間違った誘導させると、悲劇が起こるわけだ。昔の松下村塾や、岡山の閑谷学校、などといった、私立で、奔放な学校は出来ないようなシステムになっているのかもしれない。私は、同時に、中学校と小学校の生徒・学童の教育支援ボランティアでお手伝いをさせてもらっている。連れ合いの孫と同じ年齢の子供たちは、実にかわいいが、すでに1年生から、彼らの間には大きな差があることがわかる。これを担任の先生は、100点からほぼ0点までの子をどの視点で教育しているかなどについては、非常に興味があるわけだ。実力のあるスポーツ選手は、小学校入学前からそれぞれのスポーツの専門的な訓練を受けているようだが、こと学業に関しては、まるっきり金太郎飴製造がモットーのようだ。これでは、グローバル化を標榜しながら、言行不一致を地でいっていることになる。ましてや、昔の運動会では1等賞からビリまであったのが、みんな等差をつけないのが教育だという事に変わっているというから驚きである。会社勤めをしたその日から、競争と、能力の優劣をはかられることになるが、そこで躓くと言うことになっている。それに人権問題とかで、やたらプライバシーがどうのとか、体罰はだめとかといった括りが多すぎる。もっともへぼ教師に体罰権を与えると、どうなるかわからないといった、教師側の資格も問題になることから、しょうがないかもしれないが、確実にこのことが悪い生徒を増長させている点は否めない。そんな教育に関する、部会ということだが、取り上げるのは、小中一貫教育や、正常授業の確保、学校評議会の改変等々多岐にわたる。どれ1つとってもなかなか難しいが、私は、今問題になっているいじめにつながる、授業や、学外における学童・生徒の町ぐるみによる教育といった点に重きを置いてやりたいと思っている。
2012.08.03
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約束していた友人夫妻が急に熱を発したとか、急遽参加できなくなったとの知らせが昨日あった。そのときに一緒に止めればよかったのだが、すでに心はゴルフ場に向いていたため連れ合いと2人で出かけることにした。今日は友人夫妻がラウンドしてよかったという初めてのコースで、神有CCという。西宮北口ICからほんの近い場所にあるようだ。2人だけになったから、自分で位置を確かめ、スタート時間も遅かったので、悠々とNHKの朝ドラを見て出かけた。帰りに有馬温泉につかって帰るとの目論見もあった。大山崎ICに入る前から混雑の様相だ。そして吹田付近を走っていくうち、豊中-宝塚間は10km渋滞と出ている。大丈夫かと思ったが、スタートまでには十分間に合いそうだ。久しぶりのドライブと小旅行・ゴルフと盛りだくさんな感覚である。神有CCは有馬温泉のすぐ北側にあり周りはほとんどが民家である。比較的高い位置にあるようで、町並みを睥睨する感じだ。アウトからのスタートだ。No.1(M)は、広いが先で少し右ドッグレッグのやや打ち下ろしだ。FWにかつかつ届く右ラフだ。ラフは深い。アイアンでFWに出すべく打った球はそのまま前方で消えた。バンカートラップだ。1度で出し切れず、4打目は右ラフに落ちた。5打でグリーンを超え、6オン2パットだ。のっけからダブルスコアで、初陣は思いやられる。連れ合いはアイアンがまあまあで、トリプルだった。No.2(M)は、ドライバー禁止だ。5Iのティーショットはまずまずで、FWセンターだ。2打は高く上がり右ラフへ。前方の木がスタイミーで、結局4オンして、1パットのボギーだ。連れ合いは奮わない。No.3(S)は、左グリーンで141YDのやや池越え。7Wでオンしたが3パットしてしまいボギーだ。前方のティーからの連れ合いは、やはりというか、池に入れてしまって、ダボである。No.4(L)は、うねったロングだ。右に飛びFW上の木の手前10YDである。2打もクリーンに当たり、残り180YDだ。しかし3打目をダフり、左バンカーに入れた。バンカー脱出して再びバンカーへ。嫌なパターンだ。5打でトップ、6オン2パットは最悪だ。こつこつと進む連れ合いに1打遅れた。 No.5(M)は、当たりは悪く低い球だが、FWセンターである。2打はクリーンに当たり、残り50YDとした。そこからチョロ、トップとさんざんで、結局またトリプルだ。どうも乗り切れない。連れ合いと同スコアであった。 No.6(M)は、谷越えで、上って降りる右ドッグレッグだが、まずまずの当たりでFWセンターだ。2打目もややいい当たりで左側に出て、FW間のとぎれたラフで60YD残である。少し慎重さを欠いてアプローチは載らず。4打でオンし、2パットだった。連れ合いも同スコアでついてくる。 No.7(M)は、やや打ち下ろし、でグリーン前には池がある。ティーショットは前の組に届きそうないいショットでひやっとした。残り110YDをなんとシャンク気味で、右バンカー前に落とした。いよいよ焦ってトップし、グリーン向こうのスロープだ。返しを1回で乗せられず、5オンの1パットだった。連れ合いも池に落としながらの特別ローカルルールで、5オン1パットの同スコアだ。 No.8(S)は、左グリーンで125YDと短い。6Iでオンし、2パットのパーは、初めてである。連れ合いは、良い当たりで、距離はOKだがバンカー。3オンの2パットだった。午前最終No.9(L)は、まずまずの当たりで、FWセンターだ。2打目もクリーンにとらえ、FWセンター。しかし、3打目をシャンク気味にしてしまい右ラフ105YDを残した。4打のアプローチはナイスオンで、2パットのボギー上がりだ。連れ合いは、尺取り虫のごとくすすみ、坂道を自力で歩いて上がる結果となった。昼食は結構おいしい。生ビールを飲んだ。後半のスタートだ。No.10(M)のティーショットは、少し天ぷら気味なのか、しかし結果はまずまずだ。2打は左で、少し届かない。3打はチョロで、4オン2パットのダボ。連れ合いはいきなり9つ。どうも夕べの寝不足がたたったようだ。No.11(M)は、大きく右ドッグ。ティーショットはピンが見えるところまで飛ばず、2打で、木の間を抜けて、グリーン前まで運んだのは、少し冒険だ。3オン2パットのボギー。連れ合いも、良い当たりだったが、右に入り込み苦労して7打だ。No.12(S)は、左グリーンの池越えショートだ。グリーンに載らなかったが、左ラフから2オン2パットのボギー。連れ合いは今日2度目の池ポチャで、ダボである。No.13(M)は、右ドッグレッグで、FWを捕らえた。2打もクリーン、3オンして、2パットで、ボギーとした。疲れの見える連れ合いは、トリプルを叩いた。No.14(L)は、左の池が気になる、右ドッグのロング。今一の当たりは池を嫌って、右に出た。2打目まではよいが、3打で木に当たり落下。そこからめろめろの9つを叩く。連れ合いと同じだ。No.15(M)は、左ドッグのミドルで、左に引っかけるように松林の手前で止まった。2打で気負い松林を回避しただけ。3打をガードバンカーに入れ、4オン2パットである。連れ合いはいよいよ疲れて、7打。No.16(M)は、FW迄が遠い。かつかつのラフだ。2打はクリアーに当たったが、バンカーである。そこからまた別のバンカーで2回、6オンは1パットで、ダボ。連れ合いは、坂道をまた歩く形で、8打。No.17(S)は、打ち上げのショート。7Wで届かなかった。2オン1パットでパー2回目だ。連れ合いはバンカーに入れたが、比較的よくダボだった。最終、No.18(L)は、ここも、FW迄遠い。やっとFWまで届く。2打はよかったが、3打でチョロ4打で右ラフと、うまく運ばず、アプローチも手前、やっと載って2パットのトリプルだった。仕上げも、連れ合いにはしんどそうなロングで、9打を叩いた。終わって結局100を超え、振り出しに戻った感じだ。風呂もそこそこに、有馬温泉に向かい、夕食と入浴をして帰った。
2012.08.02
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第百二十一段【本文】 養ひ飼ふものには、馬・牛。繋ぎ苦しむるこそいたましけれど、なくてかなはぬものなれば、いかゞはせん。犬は、守り防くつとめ人にもまさりたれば、必ずあるべし。されど、家毎にあるものなれば、殊更に求め飼はずともありなん。 その外の鳥・獣、すべて用なきものなり。走る獣は、檻にこめ、鎖をさゝれ、飛ぶ鳥は、翅(はね)を切り、籠(こ)に入れられて、雲を恋ひ、野山を愁(うれへ)、止む時なし。その思ひ、我が身にあたりて忍び難くは、心あらん人、これを楽しまんや。生を苦しめて目を喜ばしむるは、桀(けつ)・肘(ちゅう)が心なり。王子猷(わうしいう)が鳥を愛せし、林に楽しぶを見て、逍遙の友としき。捕へ苦しめたるにあらず。 凡そ、「珍らしき禽(とり)、あやしき獣、国に育(やしな)はず」とこそ、文にも侍るなれ。【訳文】 家畜として飼育するものには、馬と牛がよい。この二つは、つないで苦しめることはまことにかわいそうであるが、なくてはならないものであるから、どうも仕方ない。また、犬は、家を守り、盗人を防ぐ役目が人よりもまさっているから、必ず飼っておくべきだ。だがしかし、どの家にも飼ってあるものだから、わぎわざ探して飼わなくてもよいであろう。 上に述べた以外の鳥や獣は、みな、飼っても、無用のものばかりである。飼うとなると、走る獣は檻の中にとじこめられて、錠前をしめられ、飛ぶ鳥は翅(つばさ)を切られ、また、籠に入れられて、鳥が空を飛びたいと思い、獣が野山を走りたいと思う悲しみは、いつまでも終わる時がない。その鳥や獣の気持ちが身につまされて堪え難く思われるならば、情愛のある人は、飼って、楽しむであろうか。動物の生命を苦しめて、それを眺め楽しむのは、桀・肘のごとき残虐な人の心持ちである。あの王子猷が鳥を愛した事蹟というのは、林の中で鳥が遊び光しむのを見て、そぞろ歩きの友としたのであった。けっして、鳥を捕らえて飼い、苦しめているのではない。一般的に言って、「珍しい鳥や奇妙な獣は、自国内に飼育すべきでない」と古書の中の文句にもあるのです。【注釈】・こめ:こめられ・桀・肘:夏の桀王・殷の肘王(共に残忍な王)・王子猷:王義之の子(書家・竹を愛した風流人)第百二十二段【本文】 人の才能は、文明らかにして、聖の教を知れるを第一とす。次には、手書く事、むねとする事はなくとも、これを習ふべし。学問に便りあらんためなり。次に、医術を習ふべし。身を養ひ、人を助け、忠孝の務(つとめ)も、医にあらずはあるべからず。次に、弓射(ゆみい)、馬に乗る事、六芸(りくげい)に出だせり。必ずこれをうかゞふべし。文・武・医の道、まことに、欠けてはあるべからず。これを学ばんをば、いたづらなる人といふべからず。次に、食は、人の天なり。よく味はひを調(とゝの)へ知れる人、大きなる徳とすべし。次に細工、万に要(えう)多し。 この外の事ども、多能は君子の恥づる処なり。詩歌に巧みに、糸竹(しちく)に妙(たへ)なるは幽玄の道、君臣これを重くすといへども、今の世には、これをもちて世を治むる事、漸(やうや)くおろかなるに似たり。金(こがね)はすぐれたれども、鉄(くろがね)の益(やく)多きに及(し)かざるが如し。【訳文】 人の備えるべき教養としては、典籍に精(くわ)しく通じていて、聖人の教を心得ているのが第一である。第二には、文字を書くことであって、専門にすることでなくても、これをば習熟すべきである。学問する上に、便益があろうためである。その次には、医術を習得すべきである。わが身を健康にし、他人の病気を救い、忠義・孝行の義務を果たすのも、医術でなくてはなすことができないのである。また、次には、弓を射ることと馬に乗ることとは、六芸(りくげい)の中に数えられている。必ず、一通り心得ておくがよい。以上の文武医の三つの部門は、ほんとうに、どれ一つも欠けてはならないのである。これを身につけようとする人をば、無益なことをする人と言うことはできない。さらにまた、食物は、人にとって、天のごとく、最も大切なものである。上手に調味を心待ている人は、大きな長所としなくてはならない。また次は、手細工に通じることも、いろいろなことに必要なことが多い。 以上挙げた以外の方面については、何でも上手にできるということは、君子としてはかえって恥ずかしく思うところである。詩や和歌を作るのが上手で、管絃の妙技に秀(ひい)でているのは、高尚・深遠な道であって、君も臣も、これらを重んずるけれども、現代においては、詩歌管絃の道で世の中の政治をすることは、次第に、愚かに近くなったようである。それはちょうど、黄金は他の物より価値がいくらまさっていても、鉄の用途の多方面なのには及ばないのと同じである。【注釈】・手書く事:習字・書道・六芸:礼(礼法)・楽(音楽)・射(弓)・御(乗馬)・書(習字)・数(計算)・いたづらな:無用なこと・よく味はひを調へ知れる人:調理法に精通している人・細工:細かい手先の仕事・糸竹:琴や笛・幽玄:高尚・深遠で、情趣の深い・おろかなる:不十分である第百二十三段【本文】 無益(むやく)のことをなして時を移すを、愚かなる人とも、僻事(ひがこと)する人とも言ふべし。国のため、君のために、止むことを得ずして為すべき事多し。その余りの暇(いとま)、幾ばくならず。思ふべし、人の身に止むことを得ずして営む所、第一に食ふ物、第二に着る物、第三に居る所なり。人間の大事、この三つには過ぎず。饑(う)ゑず、寒からず、風雨に侵されずして、閑(しづ)かに過すを楽しびとす。たゞし、人皆病あり。病に冒されぬれば、その愁忍(うれへしの)び難し。医療を忘るべからず。薬を加へて、四つの事、求め得ざるを貧しとす。この四つ、欠けざるを富めりとす。この四つの外を求め営むを奢りとす。四つの事倹約ならば、誰の人か足らずとせん。【訳文】 益のないことをやって時間を費すのを、愚かな人とも、あるいはまた、道理にはずれたことをする人とも言ってよい。一体、人は、国のため、主君のために、止むを得ず、しなくてはならぬ事が実に多いものである。そうした義務以外の余暇は、いくらもない。したがって、次のことをよく考えなくてはならない。即ち、人間の身にとって、止むを得ず、務めてすることは、第一に食物、第二に衣服、第三に住居である。世の中の必要欠くべからざる大事なことは、この三つ以上には出ない。だから、食物があって飢えず、衣服を着て寒さを感ぜず、家に住んで風や雨の害を受けず、心静かに日々を過ごすのを、人間の楽しみとするのである。ただし、人間には皆病気がある。病気におかされてしまうと、その苦しみは堪えがたいものである。したがって、病気の治療を忘れてはならない。上に挙げた三つのほかに、治療の薬を加えて四つの事、これを求めても得られないのを貧乏だとする。この四つが欠けないのを富裕だとする。そして、この四つ以外のものをほしがって努力するのを、奢りとするのだ。この四つのことがつつましやかに守られるなら、誰が生活に不足を感ずるであろうか。【注釈】・時を移す:時間をつぶす・僻事:道理に外れたこと・奢り:分を過ごして華美に飾り立てること第百二十四段【本文】 是法法師は、浄土宗に恥ぢずといへども、学匠を立てず、たゞ、明暮(あけくれ)念仏して、安らかに世を過す有様、いとあらまほし。【訳文】 是法法師は、浄土宗の中で誰にもひけめを感じないにもかかわらず、自己の学者たることを表面にあらわさず、ただ、明けても暮れても、念仏を唱えて、心安らかに生活している様子は、実に理想的である。【注釈】・是法法師:兼行時代の僧・歌人・学匠:仏学に博く通じた学者第百二十五段【本文】人におくれて、四十九日の仏事に、或聖を請じ侍りしに、説法いみじくして、皆人涙を流しけり。導師帰りて後、聴聞の人ども、「いつよりも、殊に今日は尊く覚え侍りつる」と感じ合へりし返事に、或者の云はく、「何とも候へ、あれほど唐の狗に似候ひなん上は」と言ひたりしに、あはれもさめて、をかしかりけり。さる、導帥の讃(ほ)めやうやはあるべき。 また、「人に酒勧(すゝ)むるとて、己れ先づたべて、人に強ひ奉らんとするは、剣にて人を斬らんとするに似たる事なり。二方(ふたかた)に刃つきたるものなれば、もたぐる時、先づ我が頭を斬る故に、人をばえ斬らぬなり。己れ先づ酔ひて臥(ふ)しなば、人はよも召さじ」と申しき。剣にて斬り試みたりけるにや。いとをかしかりき。【訳文】 人に先立たれて、中陰の四十九日の法事に、ある聖人をお招きしましたところ、説法が非常にありがたかったので、聞いた人全部が涙を流した。さて、法事の導師たるその聖人が帰った後で、説法を承った人たちが、「いつもより、今日伺った説法はことにありがたく思われましたなあ」と一同で感心し合っていたその返答として、その中のある者が、「何といたしましても、あれくらい唐の犬に似ていますからには」と言たったところ、一座のしみじみとした感嘆も薄れてしまって、実におかしかった。そんな導師のほめ方ってあるだろうか。 また、ある人が、「人に酒を勧めようとして、自分が先に飲んだ後で、他人に無理にお勧め致そうとするのは、剣で、人を斬ろうとするのに似ていることである。剣は刀の両側に刃のついているものであるから、それをもちあげる時に、先に、自分の頭を斬ってしまうので、他人を斬ることができないのである。それと同じく、酒を勧めるのに、自分が先に酔っばらって寝てしまえば、相手の人はよもや召し上がりはすまい」と言いました。こう言った人は、実際、剣で斬ってためしてみたのであろうか。実におかしかった。
2012.08.01
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