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今日のセミウォーキングは西国街道を梶原高架下迄歩いて帰りはマンボウを通った。明日の七草の会のゴルフは佐用GCで行うために、車で移動した。連れ合いは、腰の具合が悪いので、残念ながら今回は単独での参加になる。1人で運転して、新名神から神戸JCTでの分岐に気を遣っていたつもりだったが、果たせるかな、山陽道に入ってしまい、仕方が無いので、姫路まで走り、播但道を通って北上、再び中国道に入るという無駄な動きをしてしまった。カーナビが古いので、まだ新名神を認識していない故だ。夕食は7人での会食となった。近くの温泉(佐用の湯)でくつろいだが、宿泊者は1回だけ無料と、何ともせちがらい。どうやらこのリゾートは韓国系の経営者らしい。遠いことでもあり、之が最後のラウンドになるであろう。***日経の4回シリーズだ。1回目は何と発電しすぎて、発電を止めなければならなかったという出だしだ。国が主力電力と位置づけた再生可能エネルギーで、九州電力は太陽光発電を使い切れずに停止したのだ。九州電力が保有する4箇所の太陽光発電を4日間、合計800万kWの内38~93万kWを停止したのだ。何と勿体ないことをと思ったが、そういう仕組みになっているようだ。固定買い取り制度(FIT) の時に決まったことらしい。先ず、電気は発電量と使用量が一致しなければ停電発生のリスクがあるのだという。驚きだ。(北海道での一斉停電はこのことで生じたという)このため、発電量が多くなると、火力の出力を押さえたり、他の電力会社に送電したりするのだ。しかる後も余れば、太陽光や風力の発電を中止するのだという。不明ながらこんな決まりがあると云う事すら知らなかった。FITを設けて、どんどん民間の発電を促しておきながら、何ということかと呆れてしまう。蓄電などの方法はなかったのだろうかと素朴な疑問がわき上がる。このような状態は、四国電力でも起こる可能性があるというのだ。日本で脆弱だった送電システムが1つのネックのようだ。之に先行しているのが欧州の送電網だ。送電網が網の目のように張り巡らされていて、その規模は3.8億kWと日本の1.6億kWの2倍を超えている。欧州は平面的にこのは送電のメッシュが張り巡らされているのに比して、日本は、縦長の地形で難があるというのだ。それよりも日本では、各電力会社が発電と送電を一手に握ってきた経緯も大きな阻害点だ。何よりも基本的な規制によって、電力の送電線への接続では再生エネルギーの優先度が低いのが問題だという。ドイツ辺りでは、火力よりも再生エネルギーの方を優先的に接続するように決めているようだ。電力会社単位であったり、島国の根性であったりが大きく影響しているという感じだ。2回目はFITの制度導入時の見積もりの甘さだ。普及を優先するあまり、買い上げ価格を高く設定しすぎたことにある。家庭での太陽光発電も余れば高価で買い取ってくれる、即ち、みんなの税金でもって、自分の家の電力を分担して貰うと云う事だから、どんどん導入する機運になる。家庭でもそうだから、民間の企業でも、発電するだけ得という感じになるのは当然だ。開始から5年で、再生エネルギーの比率は10%から15%に増えたのだ。このため国民の税負担は、1kW時当たり2.25円増加した。これはドイツの0.63円、イギリスの0.28円に比べて大幅に高額なのだ。ここに来て買い取り価格が大きすぎたとのことで、値下げを計画している。何と無策な事よ。買い取り価格は導入当初1kW時32~40円だったのを漸次低減して現在は18円としているものの、欧州の約2倍の高さだ。FITの穴を突く業者も出現し、買い取り価格をひとまず40円の高額時に契約し、権利を取得して、太陽光パネルが安価になった時点で発電を開始し、利ざやを稼ぐという違法ではないがぎりぎりの手法だ。こんな未稼働設備が12~14年の認定分だけで約2400万kW分もあって、之が全て稼働したときには買い取り価格は1兆円以上増える勘定だ(潜在的負債)。今になって経産省はやっと気づいて是正に走っているが、如何に電力の問題を軽んじて、しかも短絡的に賄おうとした、不明さが暴露した感がある。欧州各国も、こう言った問題はあるが、少し利口な対応をしているようだ。買い上げ価格を低く設定しておいて国が低いプレミアムを付けて支援するといった方法や、発電量が多くなると自動的に価格が下がる方法、さらに、FITを廃止し、事業者が適正利益を得られない場合のみ支援金を払うといった方法だ。まぁ、試行錯誤とは言いながら、日本の経産省の無能さは矢張りぬぐいきれない。3回目は、分散型発電需給ネットワークの推進だ。新宿のみんな電力は、風力発電所と顧客企業を網の目のように結んで、風力由来の電力を確実に届けるようにしている。買い取り制度施行以来、再生エネルギーの供給量は3.8倍に増えたとある。之が比率で5%アップに相当するのだろうか。ともあれ、今までは再生エネルギーを闇雲に増やすことだけを念頭に置いていたが、今後、買い取り価格の低減で、売電価格は急落することも考えられている。そのための施策も講じられているようだ。余った電力を蓄電して、制御し、あたかも1つの発電所のように見做す「仮想発電所(VPP)」と呼ばれる事業の展開だ。また、IT技術を使って供給量に応じて需要を変動させる「デマンドレスポンス」の技術も進歩している。この見返りとして、東電は猛暑で電力需要が増加するときに節電を実行した企業に平時の料金を割り引くなどしている。一方、再生エネルギーで得られた電力に余剰が発生した場合の電力を安価に使うやり方や「デマンドレスポンス」の徹底活用などの方策も講じられている。こう言った先進の技術の取り組みは、矢張り欧州に於いて先行しており、このような点からも、日本が果たして先進国と云えるのかという潜在的な能力の欠落を感じてしまうのだ。1回目に期した、九電太陽光発電の停止など、ただ作るだけでは駄目なのだとの事は、今回の記事で初めて知った。4回目は再生エネルギーの現状だ。自社で使うエネルギーを全て再生エネルギーとする事を目指す国際的企業連合をRE100と称する。2018年10月28日時点で、世界では154社を以下数えるが日本ではまだ13社しか加わっていない。日本での再生エネルギーの比率は約15%だが、ドイツでは約30%、イギリスでも約25%と発電の量に於いて、日本はまだ遅れている。再生エネルギーを普及させる方法としては、CO2削減効果の取引を市場化することや、需給のバランスの適正化、再生エネルギーを使用しないことに対するコスト付加(カーボンプライシング)などがある。例えば石炭火力によって得られる電力は安価だが、大量に発生するCO2にコストを付加するといったやり方だ。この考えは既に始まっているが、日本は火力発電が約8割を越えるため、電力会社や産業界からの反対が根強いという。正に後進国のそしりを免れない所以だ。気持ち(意識)の切り替えが必要なときに日本のトップはことごとく尻込みし、後で吠え面をかくことになる、何時ものパターンだ。【古今和歌集】581.虫のごと声にたててはなかねども 涙のみこそしたにながるれ (清原ふかやぶ)虫のように声を立てて泣かないけれど、悲しみの涙は胸のうちで流れているよ(ごと ・・・ ように)
2018.10.31
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。SOTAが出渠した。之を期して、城南宮にお祓いを受けに行った。「行き交いの定めを守り・・・かしこみ、かしこみ申す」であった。帰りに宮で肉を食べた。更に、連れ合いの免許証更新手続きのために高槻警察署まで出掛けた。***日経ビジネスに、インドは「やってみなはれ」の先進国だとの記事があった。あまり聞いたことのない繁田奈歩さんのレポートだ。かつて、「やってみなはれ。やらなわからしまへんで」とサントリー創業者の鳥井信治郎が残した名言とどこか通じるところがある。とにかく理屈を並べて、事の善悪を決めていたのでは埒が明かないと言うことなのだろうか。とにかく実行してみて、その中でいろいろ学びながら、第二段階のアクションを考えていったらいいんじゃないかと云う事だ。日経ビジネスの記事を拾い読みしていく。インドで、高額紙幣の廃止が宣言されたことについて、まずやってみて駄目なら替えれば良いとの精神があるからだという。こんな風にインドではチャレンジ精神が評価される風潮にあるようだ。そのため、提案力のある企業やスタートアップが受け入れられる。2016年11月に突然発表された高額紙幣の廃止では、当初は大混乱を巻き起こしたが、その後はデジタル化の流れを作り出し、このことから、政府が新しいフィンテックの産業を創出しようとしたのでは無いかと考えられるまでになった。インドでは、ほとんどの国民が銀行口座を持たない。文字の読み書きができない人が多い。それでも銀行口座を開けるようにと、バイオメトリクス認証を用いたインドの国民総背番号制である「アダールカード」の登録を促進している。アダールカードは国民の90%以上に相当する12.2億件もの番号が発行されたという。これらが結果論だと言うのは簡単だけれど、こういった動きが色々と連動してインドのデジタル化が急速に進んだし、世界中でフィンテックという流れが強まる中で、インドの金融業界のあり方にも大きく影響を与えている。こうしてインドではデジタル化が急速に進んだという。世界中でフィンテックという流れが強まる中で、インドの金融業界のあり方にも大きく影響を与えている。インド政府は、新しい技術の動向を見越して、新しいフィナンシャル・インフラをつくっていこうという、そんな思惑が見えてくるというのだ。このやり方は必ずしも先進国が過去に歩んできた道ではない。インドはまず、QRコード決済や統一インターフェースなど、さまざまな決済の共通インフラを整備する。それを基に、民間企業がそれらを活用して多くの人たちにデジタル決済を中心としたペイメントサービスを提供する。このように政府主導で、より広範な人たちにデジタルの恩恵を提供していくのだ。日本ではなかなかこう言ったやり方は出来ないだろうが、インドは「まずはやってみて駄目であれば軌道修正すればいい」というぐらいに考えていると想像できる。やらない限りは何も始まらない、といった感じだという。こういった新しい産業づくりは高額紙幣とフィンテックの関係に限らない。インド政府が突如言い出した、「新しく販売する自動車は2030年までにすべて電気自動車(EV)にする」と宣言した。結果的にはあっという間にトーンダウンしたが、そんなことを恐れてはいない。これが、規制改革の神髄では無いかと思わせる。新興国は過去のしがらみが薄い分だけ、こう言った方法も採りやすいのだという。こう言った考え方は中国市場を大いに参考にしているとのことだ。というか中国市場から大きな影響を受けているように見える。中国がEVに多額の補助金を出したり、公共交通機関にEVを導入したりして、EV大国になったように、インドも過去の事例にとらわれずに一気に力を集約しようとしたように見える。冷静に現状を分析すれば、インドでEVが上手くいくはずはないといって動き出さなければ何事も変わらないわけだ。今までの先進国のやり方では解決しきれないかもしれないが、インドは独自のアプローチで、トライアンドエラーを繰り返す中でイノベーションを起こそうとするわけだ。こうして、新興国にとって最適な結果を生み出そうとする、リバースイノベーションが育った国でもある。中国とインドは様々な相違点はあるものの、国土が広く、人口も多く、また所得格差や地域格差が大きいという共通点もある。こうしてみると、インドの市場にも、中国の新しい市場形成や成功モデルを展開できると考えるのは至極合理的だ。中国ではさまざまな社会実験的な要素を踏まえた新しいプロジェクトが展開されている。街中にセキュリティーカメラを導入し、AI(人工知能)を使って新しいセキュリティーシステムを作り上げている。様々なネットサービスのユーザーデータを活用し、個人情報を蓄積し、あるべき中国人の姿を作り上げようとしている。このことは一方では、国家(党)による国民の統制に繋がるとの意見もあるが、このようなやり方は、そのままインドでも通用する(かも知れない)。巨大な人口と国土、所得や地方の格差など、多様性を持つ国の社会課題には共通項目も多い。しかし、一方ではインドと中国とでは、個人の権利やプライバシーといった点で、全く相容れない要素を持っているのだ。中国とインドの政体は、全く相容れない面があり、国境紛争も絶えない。然し乍ら、政治的には様々な課題が山積しているものの、経済的にはこの数年、中国とインドの接近はすごい勢いで進んでいる。例えば、農業スタートアップの話では、インドは中国で行っているドローンを使った農薬散布モデルをインドで展開する試みがある。インドでの従来からのやり方で、農家が農薬を背負って散布するやり方をドローンで解決しようとするのだ。手っ取り早く、深せんに向かって中国で発売のドローンのキットを買い付けるという方法だ。あとは、それを使ってインド国内でビジネスを組み上げると言うわけだ。インドでは、他国の例ではなくインドで適合するやり方を求めるケースが多い。インド市場にどう適用するかの問題だ。インドで交通事情を改善するために、他国の渋滞マネジメントモデルのそのままの移入では成り立たない。自動運転やITSのような交通マネジメントの適用はかなり困難だ。それでも、交通管制システムやコネクテッドカー、シェアリングといった世界でも話題のスマート・モビリティーの考え方に基づいた取り組みが始まりつつある。取りかかると、そこには、新たなインド型モデルの開発が進んでいくと考えられている。このようにインドでは、企業規模の大小、国内外問わず新しいチャレンジをしたい企業をオープンに募集し、そういった新しい力を活用しようとする動きが旺盛だ。インドの将来を、見つつ、日本も見習うべき点があるように思える。【古今和歌集】580.秋霧のはるゝ時なき心には たちゐのそらも思ほえなくに (凡河内みつね)恋に鬱々として、秋霧のように晴れることのない私の心にとっては、立ったり座ったりするようなことでもぼんやりしてままならないことだ(たちゐ ・・・ 立ったり座ったりすること、思ほえなくに ・・・ 思いが及ばないことだ)
2018.10.30
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今日のセミウォーキングは高浜堤から下って、河口から32.0km点までで、帰りは楠薫堂を通った。***1週間遅れだが、日経の連載記事を読んだ。最近よく目にするスタートアップという言葉だが、新しいビジネスモデルで急成長を目指す市場開拓フェーズにあるベンチャー企業のことだ。昔よく使われたアントレプレナー(起業家)と似た言葉で、英語で開始や始動から操業開始の会社などを意味するものとして使われている。詰まるところ新規に起業する会社と云う事なのだ。そんな企業の中で企業評価額が10億ドル(約1250億円)以上で、非上場のベンチャー企業をユニコーン企業と呼ぶようだ。とにかく今様なハイカラな名前が横行するので、言葉を覚えるだけでも大変だ。ともあれ、中国で今そのスタートアップが続出しているとのことだ。記事のままに書いていくと、先ず「美団点評」という食に関する企業だ。料理配送、レストラン、ホテル予約などを手がけている。スマートフォンを使って1年間に3億4千万人の利用者があったという。9月上場時に時価総額5兆7千億円と、ホンダや三菱商事に比肩する企業となったとのことだ。SNSの勃興を機にネット事業を展開し成功したという。他にもネットで動画配信を行う「ビリビリ」、スマートフォンの「小米(シャオミ)」、EVの上海蔚来汽車(NIO)などがある。中国には株式や不動産以外の投資先を探る巨額のマネーが流入しているという。こんな中国のユニコーンの数は最近の3年間で3倍強の70社に急増した。大手からのスピンオフを加えると、200社弱となっているはずで、アメリカの120社を急追しているというより追い抜いている感じだ。中国で、ユニコーンのゆりかご(インキュベーター)になる都市は4つあって、最大が北京の34社。精華大の近くにはハイテク系が集まっている。2位が上海の16社でフィンテックや生活関連が多い。3位は浙江省杭州の14社で、ここには「アリババ」の本社がある故だ。4位に付けるのが広東省深せんの6社だ。ドローン開発で先行する大疆創新科技(DJI)などがある。習近平等指導部はこう言ったスタートアップを強力に支援している。之が中国2025年のやり方の1つだろうか。アメリカはこう言った中国の急追に強い警戒を抱いていて、それが、米中貿易摩擦の根底にあるようだ。従って中国のスタートアップは当局の強い縛りの中で左右されることは明白だ。こんなある意味脆弱な環境(完全な資本主義とは云えない形)でも中国での新規開業数は1日に約1万6千社に達する。何ともそのバイタリティーは凄いことだ。こう言ったスタートアップが資金を集めるための投資イベントが毎週のように開かれている。電気刺激機器を身につけて運動するジムの快馬仕科技健身は6分間のプレゼンで5千万円を集めた。こうした投資家は自らもスタートアップに投資して巨万の富を築いたものたちだ。こうして未上場の中国企業は1~9月までに9兆円の資金を集めた。アメリカでこう言ったベンチャー企業に投資するIT企業は2016年には5%であったのだが、中国のIT企業の投資は42%に達する。投資額は1件平均64億円だ。こんのように急騰する投資額だが、中にはまやかしもあって、革新的なネット閲覧ソフトとうたいながら実はグーグルの技術を使っているなどと云ういかがわしい例もある。そんなスタートアップの中国の奔流は、海外に学ぶ60万人留学生の8割の帰国組だ。その例は画像情報を瞬時に圧縮拡大技術を企業化した福建帝視信息科技とか航空機の運航状況を伝えるアプリの飛常準等だが、共に中国での遅れた環境を逆手に取ったものもある。中には米欧の大学や企業から技術情報を盗む者も現れていて、混沌とした中国の世相を反映したものになっている。動画アプリTikTok(ティックトック)を簡単に加工できる技術で急成長の北京字節運動科技は今や大人気で、日本でも中国製とは知らずに使用している者もいる。心臓の画像診断を手がける医療法人のCVICが導入したのは、肺がんの早期発見を支援するシステムを開発した推想科技の技術だ。CTスキャンによる肺の診断が現場で直ぐに使えるまでの技術なのだ。こんな風に中国のスタートアップの技術が日本の医療現場を支え始めているのだ。仮想通貨についてもこう言った動きがあるようだが、私には何の意味だか分からない。仮想通貨については、中国当局は取引を禁止しているので、海外が、之に対応する構図になっている。何でもあるものだと、今更乍らに中国のパワーに感心するばかりだ。中にはこんな話もある。3月の資金調達時に30億ドル(3400億円)と評価された中国に於けるシェア自転車の2強の1つ「ofo」を手がける北京拝克洛科技では、物流会社に運賃未払いの請求で訴訟を起こされ企業価値が半年で3分の1に急落した。ofoは放置自転車の運送費用が嵩みすぎて、破綻の域に達したのだ。既にもう1強の摩拝単車(モバイク)の他に、之に便乗しようと7社が起業したが、既に破綻している。このように、儲かるとなるとなりふり構わず参入して、やがて共倒れになると云ったケースも中国のスタートアップの特徴の1つだ。シェア自転車はなるほど便利なものだが、特段のノウハウもなくただ料金競争でしか戦えない悲惨なビジネスはこうなることが予見されたはずなのにと感じる。こうして、中国の私企業の平均寿命はわずか3.7年だ。新規開業数が1日に約1万6千社に達するその影では、消滅する企業数も半端ではない。しかし、激烈な競争こそが中国企業に求められるものだと、多産多死を肯定的に見る向きもある。確かにこうして生き残った企業もある。小米(シャオミ)は一時OPPOなどの新興勢力に押されたものの、盛り返し、その強さを持ってインド市場に乗りだして、韓国サムスンを抜き去った。インドはこうした動きに警戒感を強めている。ソフトを介して軍需機密が中国側に漏洩するのを恐れている。アメリカも同様で、中国のスタートアップ企業は全て中国当局の管理下にあるためで、既に実際の産業スパイも横行しているのだ。こんなことを見ていると、日本は、全てに於いて甘いとしか云いようが無い感じだ。韓国にやられ、中国にやられていった造船業などの機密(と言えるものは無いかも知れないが)など、だだ漏れというか、競って提供してきたわけで、負けるべくして負けたという感じだ。【古今和歌集】579.さ月山こずゑをたかみ ほとゝぎすなくねそらなる恋もするかな (つらゆき)五月山の梢が高いのでそこに鳴くホトトギスの声ははるか遠く空の中で響くが、それと同じでこの私もいくら泣いてもむくわれない、むなしい恋をすることかな
2018.10.29
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今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄で、帰りは島本駅を通った。***身体の中のことはさっぱり見えないし、分からない。今日の日経のサイエンス版には小胞のことが説明されていた。人間の体は37兆個という膨大な数の細胞でできている。(いや待てよ、60兆個ではなかったのか?等と考えたら前に進まない。友人ではないが、誰がそれを数えたのだと云う事になる)体の中には細胞より小さい粒がたくさんあり、重要な役割を果たしているという。細胞同士がこの粒を使って連絡を取り合っているのだ。この小さな粒を小胞と呼び、脂質という分子の膜でできている。その小胞には2種類あって、細胞の外側にあるのが「細胞外小胞」で内部にあるのが「細胞内小胞」だ。たんぱく質や核酸、脂質、糖分など様々な物質を内部に含んでいる。細胞からの分子の分泌や、細胞同士の間での情報伝達などで重要な役割を果たしている。小胞の解説として、下記があった。細胞外小胞はエクソソームや微小胞、基質小胞やアポトーシス小体などに分類される。エクソソームは特にがんの早期発見や治療の手掛かりとして注目を集めている。細胞内小胞にも様々なタイプがある。細胞内や細胞の外へ物質を運ぶ機能を担っているほか、細胞外から取り込んだ物質を分解する酵素をもつものもある。この、小胞は数百ナノ(ナノは10億分の1)メートル(nm)の大きさが多い。赤血球の大きさが7~8マイクロ(マイクロは100万分の1)メートル(μm)なので、その更に10分の1の大きさだ。小胞は細胞が生きるのに必要な物質を取り込んだり、不要な物を排出したりすると考えられてきたが詳しい役割や仕組みはあまり分かっていないとのことだ。岡山大学では、がん細胞が小胞を巧みに使って抗がん剤の攻撃に耐えて生き延びている理由を突き止めた。がん細胞を培養して増やし、培養液に含まれている小胞を電子顕微鏡などで観察し、分析した結果、小胞はがん細胞の表面の膜と同じ材料でできていることがわかった。このがん細胞の表面を形成しているのが、「EGFR」というたんぱく質だ。がん細胞は大量EGFRで自らを守っているのだ。口や舌にできる頭頸(けい)部がんの治療に使う抗体医薬「セツキシマブ」はこのEGFRたんぱく質を攻撃するのだ。がんは、このセツキシマブをEGFRとともに切り離し、本体を守っていると言うことを発見したのだ。こう言った仮説(がん細胞が小胞を使って薬から逃れている)は以前からあったが、効果が高く副作用が少ないと期待されている抗体医薬「セツキシマブ」で初めてそのことを確認した。他のがんでも同じ事が起こっているとしたら、抗体医薬の効きが悪くなると言うわけだ。それを回避するためには、がん細胞が薬への耐性をもたないようにする新たな仕組みを考える必要が出てくる。小胞の一種エクソソーム(直径50~200nm)はたんぱく質やDNA、RNA、脂質などを細胞の外へ運ぶ役割を担っていて、がんの転移などにも関わっている。東京医大や国立がん研究センター研究所ではそのエクソソームに注目して、この中に含まれるマイクロRNA(リボ核酸)を目印にして、がんを早期に発見できないかと研究中だ。健康な細胞よりがん細胞の方がエクソソームを大量に放出する。がんに栄養を届ける血管を作ったりがんを攻撃する免疫細胞の働きを邪魔したりする情報伝達物質を中に封じ込め、転移や増殖する場所を探している。がん細胞の方がより活発に活躍しているとのことで、がんの進行が早いのは、そういったことなのだ。がんを早期に発見するために、このエクソソームの監視を行って、がん細胞が放出したエクソソームを抗体で捕らえる技術を開発(抗体の作成)したのだ。ヒトの乳がんを移植したマウスで小胞の表面に出現した2種類のたんぱく質に抗体を付けることで、抗体を使わない場合に比べ転移を半分以下に抑える事が出来たのだ。標的のたんぱく質を増やし、5~10年後に実用化する事を目論んでいる。小胞にはこのほか、役目を終えた細胞が自動的に死んで壊れた細胞の断片である「アポトーシス小体」(800nm~5μm)や、たんぱく質や核酸など細胞内の物質を細胞外へ運ぶ役割を果たすという細胞間の情報伝達を担う「微小胞」(100~500nm)などがある。さらにラージオンコンソームというRNA等を含んだがん細胞が出す小胞もある。がんの早期発見に結びつく技術革新は種々行われているが、その1例として細胞表面で小胞が作られる様子を観察する手法が開発されている。京都大学とオリンパスは協力し、細胞を生きたまま観察できる特殊な顕微鏡を作った。直径1マイクロメートル(μm)、長さ100nmの円すい形の針を、細胞表面に押しつけて詳しい形を探るという装置だ。サルの細胞で直径200nmの穴が開いて数十秒で消える「エンドサイトーシス」と呼ぶ現象を連続的に観察した。膜が陥没して袋状になり、やがて膜から離れて細胞内に小胞ができたとみている。このように、エンドサイトーシスとは、細胞が液を飲んだり,餌を食べたりして外界から物質を取り込む作用の総称である。細胞の表面から膜が細い管状に細胞内に落ち込んで,その管の先がくびれることによって細胞内に外液を取り込む現象のことだ。こういった小胞の働きから生命現象を捉え直すことが徐々に認識され始めている。ホルモンの放出や取り込み、神経細胞の信号伝達の仕組みなど重要な機能もこう言った小胞の働きで行われている。之を応用すれば、認知症や免疫に関わる病気の原因解明、そしてその治療法の開発へと展開していけることもある。がんや認知症はまだまだ完治できるまでには至っていない。地道ながら、こう言った小胞の研究を通じて、これらの難病に対応できることを期待したいところだ。2015年の記事に、以下の記述があった。(抜粋)情報物質の「運び役」 神経疾患の発症抑制もエクソソームは1980年代から存在は知られていたが、単に細胞内で不要になった物質を細胞外に運び出していると思われていた。2000年代後半に、遺伝情報物質やたんぱく質をほかの細胞に渡す、いわば情報の「運び役」となっていることが米国のグループなどにより突き止められ、研究が一気に活発化した。 がん細胞だけでなく正常細胞も出しており、様々な病気に関連していることが判明している。エクソソームが異常なたんぱく質が凝集して神経細胞を死滅させる難病ポリグルタミン病の発症を抑制していることが突き止められている。エクソソームの物質運搬機能を病気の治療に利用する試みとして、抗がん剤をエクソソームに入れて腫瘍に運ぶDDSの開発や、関節リウマチの治療に役立つマイクロRNAをエクソソームで患部に送り込むなどの研究がなされている。【古今和歌集】578.わがごとく物やかなしき 郭公 時ぞともなくよたゞなくらん (としゆきの朝臣)自分と同じように悲しいことがあってか、ホトトギスは時間も気にせず、夜ひたすら鳴いているのだろう(時ぞともなく ・・・ 時間に関係なく )
2018.10.28
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今日はウォーキングに出掛けようと玄関を出たら小雨が降っていたので、休養とした。この所一寸した雨はあったが2週間連続で歩いたので、休養も良しだ。中学校の土曜スクールに出掛けた。たった4,5人の生徒しかいなかった。アドバイザーの方が多い感じで、一寸寂しい。思い立って、連れ合いと2人、再び、肉を食べに、桂川イオンの雨明に出掛けた。土曜の列車は混んでいた。京都は行楽のシーズン真っ只中だろう。良い天気で気持ちがいい。***香港とマカオを結ぶ港珠澳大橋が24日に開通した。香港のランタオ島と広東省珠海市およびマカオを結ぶ海上橋で全長は何と55km。海上橋としては世界最長だという。之までは同じく中国の浙江省舟山市に掛かる舟山跨海大橋が全長48kmで最長であったが、之を抜いた。写真で見る限りだが、とてつもなく長いことが分かる。日経新聞には、これら2橋に次いで、アメリカのポンチャートレイン湖大橋が38kmで3位、日本の瀬戸大橋とアメリカのチェサピークベイ大橋が37kmで4位を分け合っているとのことだ。橋の長さと言えば良いのか、道路の長さと言えば良いのか、橋長を比べるのはなかなか難しいが、この橋全部にかかった費用が1兆6000億円で、期間は9年を要したと言うから桁違いの橋であることは違いない。瀬戸内しまなみ海道の全長が59kmあるから、しまなみ海道の個々の橋を繋げ合わせた長さに匹敵するわけだ。香港とマカオの間が陸路を迂回して4時間かかっていたところ、45分で通れるようになったという。香港、マカオへの旅行客はさぞ増えることだろう。私は、いずれの橋も通ったことがないが、長い橋としての経験はバーレーンとサウジアラビアを結ぶキング・ファハド・コーズウェイがある。サウジに駐在していたときに、毎月1回は滞在ビザの関係で、バーレーンに出国してスタンプを貰う必要があったからだ、このコーズウェイの長さが全長25kmであった。あの2倍強の長さ度考えると実感が湧く。この橋は12億ドル掛けて、1986年に完成している。金額の比較は年代も違うので一概に言えないが、この橋よりは多大なコストが掛かっているようだ。話はあちこちに飛ぶが、中国の橋では、香港の島々を結ぶ大きな吊り橋の青馬大橋に関わったことがある。千葉に居た頃に、橋桁を製造して搬出したのだ。昔の話なので、全てでは無いと思うがかなりな量の桁製造に関わった。この吊り橋は径間の長さは1377mあり、吊り橋としては世界で6番目の規模だとのことだ。香港からチェック・ラップ・コック空港への橋であり、そうとは知らずに香港を訪れたときに通っていた橋だ。今思えば懐かしいが、当時はそんな感傷はなかった。私は造船で、何隻かの船を引き渡してきたが、今は何処をどう航走しているのやら、おそらく多くの船は既に廃船になっていることだろう。メンテナンスを十分に行うとか、傷んだところを置き換えるとかすれば別だが、通常2-30年が船の寿命だ。橋のように(橋も十分なメンテが要るのだが)長くは持たない。大成建設が謳うように地図に残る仕事と言うわけにはいかないのだ。橋の建造の経験もしたので、少しは地図に残っているが、青馬大橋は期せずして、その1つになっている。日本の高速道路関係の橋にも関わっていて、第2東名の都田川橋などは何時も通らせて貰っている。橋の全てをオーガナイズしたわけではなく、桁の製造や、ポストテンションの緊張作業などに関わっただけだが、それでも数橋は地図上に残っている。尤も道路面を走っている分には、下に橋があることなど気づかぬ事が多い。橋のことで、技術屋が銘記しておかなければならないのは、アメリカのタコマナローズ橋崩落だ。あまりに有名な事件なので、繰り返すまでもないが、最大支間長853.44mの橋が、設計上の問題により、架橋後間もない1940年11月7日、予想に満たない強風の影響で落橋したのだ。竣工当時から風で大きく揺れることは知られていて、崩落の一部始終を映画用カメラに収められている。時々このフィルムをユーチューブで見るが、その凄まじさは肝を冷やす。今KYBや川金HDが免震装置やダンパーの検査を改ざんして取り繕ったことが明らかにされているが、彼らには、是非ともこのタコマ橋の例を見せなければならないと思う。落橋の原因は桁が薄い板状になっていて、横風によって桁の上下に発生した空気の渦(カルマンボルテックス)が桁を上下に振動させ、さらに大きな渦が発生して振幅を増大させる自励振動(発散振動)が起こったためとされている。桁が薄いことと幅員の狭さが相まって剛性が不足し振幅増大による崩壊を起こしてしまったのだ。この教訓から以後多くの長大吊り橋には、補強のための補剛トラスが備わることとなった。巨大な橋を見ていると、この橋がよもや壊れることなど想像もしないことだ。事故が起こった後の結果の後付けは出来るものの、思いが至らぬ条件の下では、何が起こるか予見できず、先端の技術を導入する場合でも、虚心に物事に対しなければならないことを痛感する。そして橋梁事故の話だが、2007年にベトナム南部のメコン川で架橋中のカントー橋が工事中に崩落し、60人が死亡、181人以上が負傷した事故がある。大成建設、鹿島建設など日本の大手業者が共同で工事を請け負っていた案件だった。日本のODAにより工事が進められていた全長2750mと東南アジア最長の斜張橋での話しだ。崩落原因は不明で、地元テレビは雨で地盤が緩んだ可能性もあると報じていたようだが、その程度の誤算で橋1橋の桁が落下するはずもなく、その後どのようになったのか、私は追求していない。また、韓国の聖水大橋が手抜き工事により、橋桁が落下橋を通行中の乗用車やスクールバスが巻き込まれ、32人が死亡した事もあった。之など手抜きという論外な原因だが、こういった事も起こりうるのだ。さらに、今は何事もなかったかのごとく通行しているが、2016年には工事中の新名神の橋げた落下する事故が発生している。工事中の桁を支えるジャッキと土台がバランスを失い崩れたとのことだった。また橋桁の土台の強度が不足していたとの見方もある。同様の事故は1991年に広島市でも起きている。ジャッキを支える土台の強度不足で事故が起きたとのことだ。原発における冷却用ポンプの不作動などでもそうだが、この場合、橋桁の強度十分かも知れないが、いわば補助的な設備が十分ではなかったという、悔やむに悔やまれぬ原因だ。そして、今年起こったイタリアでの高速道路の高架橋崩落は実にセンセーショナルであった。車20台が落下、35人が死亡した。崩落の原因は不明だが、老朽化や、当時現場で強い雨が降っていた等と報じられた。橋は補修中であったようだが、補修の質に問題があったとの見解や、橋をつり上げていたワイヤ部分に原因があったのではないかとみられている。世界には多くの橋がある、まだまだ、それぞれの歴史があるだろうが、橋梁にも関わった身として、これらのことは忘れられないことである。【古今和歌集】577.ねに泣きてひちにしかども 春雨にぬれにし袖と 問わば答へん (大江千里)声を上げて泣いて、袖が濡れてしまったけれども、どうしたのかと人が尋ねたら春雨に濡れたのだと答えましょう(ひちにしかども ・・・ 濡らしてしまったのだけれども)
2018.10.27
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今日のセミウォーキングは高浜堤から上牧堤迄で、帰りは2つのマンボウをくぐった。今日の学習会は中止なので、ゆっくりした。夕方、連れ合いの元同僚さん等との飲み会に参加した。島本の町にも様々な人生模様がある。***またしても造船の先細りの話だ。三菱重工でも造船の受注残が2020年には枯渇するとのことだ。日本が特化した船価が100億円を超える(200億円前後)付加価値の高いLNG船などの建造をと謳っていたがそれも先行きが怪しくなってきたようだ。造船ほど浮沈の激しい業種はないのではないかと思うほど、好況(あまり聞かないが)と不況が激しく入れ替わる。そのためか備荒の貯蓄とばかりに、利益が出ても容易に従業員に還元しないで、内部留保に走る傾向が強かったように思う。もう、既に何度も書いているので、嫌気がさすが、日本の重工系の造船会社は既に造船を見限ってしまったようだ。残り香的なLNG船も先細りが見えたとなっては、いよいよの感がある。三菱重工における造船事業の2017年度の売上高は約1500億円。官営造船所の払い下げを受けて船舶建造に乗り出したのだが、今や約4兆円の連結売上高に占める造船の割合はたったの数%でしかない。時代の趨勢と言うにはあまりに寂しい限りだ。その老舗の香焼工場では25日、最新鋭の液化天然ガス(LNG)運搬船の命名式が行われた。船名は「JUNO」で、大阪ガスと商船三井が発注し、米テキサス州からのシェールガス輸出に投入される。こんな情景はあと5隻見られるだけで、向こう2年足らずで見られなくなると云う。香焼工場では、屋台骨を支えてきたLNG船を建造できなくなれば、雇用や設備の削減に追い込まれかねない。三菱重工は2020年以降の「受注残ゼロ」を見越して、香焼工場で橋梁や桟橋といった陸上の大型土木構造物の生産ができるよう設備を整え、営業活動を始めている。しかし、世界的に見ればLNGの需要は中国の需要増などもあり、増え続ける見通しだ。内心は、時間がたてば受注が戻ってくるという期待をまだ捨てていない。何時もこう言った不安定な橋を渡りながら当面をしのぎ、市況回復まで待とうとしている。このため、船舶建造の専業メーカーとの業務提携を行っている。三菱重工はすでに、2017年に今治造船、大島造船所、名村造船所の専業3社と相次ぎ提携した。専業メーカーに、設計などのノウハウを提供するなどして、比較的低コストでの建造を依頼し、見返りに技術料の収入を得ようとのことだ。然し乍ら、三菱重工が技術や人員面で支援して建造された今治造船建造のLNG船で、建造中にトラブルが多発し、逆にコストが膨らんだ。今治造船の2018年3月期の決算では営業赤字に転落した。専業大手幹部の中には「三菱重工が造船事業立て直しをアピールするための一方通行の提携だった」と指摘するものもいる。仮に造船市況が回復したとしても、コスト競争力に勝る韓国勢がまず受注を勝ち取る可能性が大きい事は之までと同様だ。当面の時間稼ぎが奏功するとは必ずしも限らないわけだ。造船事業で追い込まれているのは三菱重工だけではない。川崎重工業や旧三井造船の造船部門を引き継いで4月に発足した三井E&S造船も国内での商船建造を放棄し中国シフトを打ちだした。川重は中国遠洋海運集団と合弁し、三井E&S造船は揚子江船業と合弁を行っている。重工系の造船会社は例外なく、護衛艦や潜水艦などの艦船の建造を行っているため、中国企業との提携や海外生産を行うことは難しい。三菱重工の2018年4~6月期の連結決算は最終損益が150億円の黒字(前年同期は30億円の赤字)に転換したものの、多くの問題を抱える民間ジェット旅客機「MRJ」を抱える航空事業などの先行きも不透明であり、時間稼ぎの造船事業を支える余裕はなくなっている。ますます厳しい決断を迫られる時が近づきつつある。過去を振り返ると、10年前の2008年には造船重機大手5社の内、中間連結決算で三菱重工とIHI以外は営業利益が減り、最終損益は5社とも減益になっている。そんな状態が入り口だったのだろうか。2010年には、中国の造船業が韓国を抜いて世界一に躍り出ている。韓国が日本を抜いて世界一になったのは2003年のことで、それから7年後、今度は中国が世界一になったと報じていた。この時には、世界の造船業界が世界金融危機により低迷しが、中国造船業は政府による金融面の力強い支援を受けたとある。之がポイントだ。2011年には、シェールガスが取れ始め潤沢な供給を得たアメリカがそれまで禁止していたガスの輸出を解禁したことで、期待感が持たれた。その時点で、世界で360隻ほどあるLNG船の稼働率は9割まで上昇し、新規のLNG設備が稼働するなど、LNG船の需要は高まった。2012年には、三菱重工が中国の造船所(太平洋造船)に船の建造技術を供与している。ここで既に自らの首を絞めることになったのだ。汎用化した船の建造技術の外販で収益をあげるビジネスモデルの構築を目指すなどと建前を発表していたが、結局中国への技術流出をしてしまったのだ。この時も、三菱重工は現地生産は検討していないとしていたのだ。こうした中国メーカーなどの台頭で2011年の世界の建造量は1億総トンを超えたが、世界景気の減速もあり新規発注量はその半分程度しかなくなった。2011年の日本勢の受注シェアは14%と中国のほぼ半分、韓国の3分の1以下にとどまったのだ。之を受けて、国内の重工系大手造船は、10年ぶりの能力削減を行う羽目になった。削減規模は大手4社で120万総トン程度と、前年の国内建造量の約7%にあたる建造設備の削減だ。三井造船では千葉工場のドックを1基閉鎖、建造能力を約4割削減する事になった。その時点では、「エコシップ」と呼ぶ燃費性能に優れるばら積み船など中韓勢に対して競争力がある船種や、官公庁向けの大型巡視船などに特化し、同型船の連続建造で生産性を高める等としていたのだ。川重は液化天然ガス(LNG)運搬船などを建造する主力の坂出工場の生産能力を3~4割削減。三菱重工業は神戸造船所での商船建造から撤退した。さらにユニバーサル造船とアイ・エイチ・アイマリンユナイテッドの経営統合がなされたのだ。その後、2013年には、造船不況下に干天の慈雨とも言う、シェールガス革命によるLNG船特需が訪れた。然し乍ら、結局はそれで日本の造船業が立ち直れたかというと、そうはならず、若干の受注回復などあったものの、本格的回復にはほど遠く、この辺りから日本の造船業はつるべ落としに凋落の一途を辿ることになっていったのである。いやまだ、韓国や、中国の凋落という道もあるかも知れないと、一縷の望みは持っている。【古今和歌集】576.いつはりの涙なりせば 唐衣 しのびに袖はしぼらざらまし (藤原たゞふさ)もしも、私の流す涙が偽りであるなら、衣の袖をこっそり絞るようなことはしないでしょうに
2018.10.26
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄で、帰りも水無瀬堤を通った。久しぶりに肉を食べようと桂川イオンの雨明に出掛けた。午後から連れ合いはフラワーアレンジメントに出掛けた。***10日ほど前の文化欄に(10月12日)「難民の危機を救った日本船」という投稿記事を見つけた。東洋大教授村田奈々子の寄稿だ。難民、移民といった話題の中で一寸興味を引く内容で読んでみた。1922年のギリシャとトルコとの戦争でギリシャ人ら800人を助けたという話だ。日本がトルコのエルトゥールル号難破のトルコ人を救助したという話は知っていたが、今度はトルコに攻められたギリシャ人を助けたという話だ。ギリシャもトルコも私には遠い国だ。ギリシャ神話が好きで、トルコのブルーモスクも好きで、共に行ってみたい国だが、なかなか果たせない。話は、1919年、アナトリア半島を支配していたオスマン帝国が第1次大戦で敗北し、ギリシャ軍は半島に上陸してスミルナ一帯を占領した。こうして、ギリシャとトルコの間で戦争が勃発する。その後、トルコ初代の大統領になるムスタファ・ケマル・アタテユルク率いるトルコの革命政府軍が反撃に転じ、ギリシャ軍を撃退。1922年にスミルナを奪還した。このとき、一帯のギリシャ人やアルメニア人らが多数難民となってスミルナを脱出したという。日本船はその最中にスミルナ港に停泊しており、ギリシャ人やアルメニア人の救助に関わったとのことだ。欧米各国の船が自国民を優先する中で、日本船のみがさらに、船長の指示で積み荷(絹やレースなど貴重な商品)の大部分を海に投げ捨て、難民を乗せるスペースを確保、約800人の難民を乗せてアテネの外港ピレウスまで送ったというのだ。当時の現地紙は元より、イギリスなどの新聞には掲載されているものの、日本の新聞には一切見当たらなかったということだ。素晴らしい美談なのに何故日本は取り上げなかったのだろうか。日本人特有の美徳は秘めたるを良しとするからだろうか。村田がギリシャ留学中に聞いた話だとか。海外に行くとそれに類似したことは良くある。この時代に日露戦争でもあるまいが、日本は良くロシアを倒したなどと尊敬の目で見られることもあった。船の名前は「東慶丸」という。総トン数は2271㌧。イギリスの研究者が持っていた写真が同時に掲載されていたが、確かに日の丸を掲げた船がスミルナの岸壁に停泊して難民らしい人が岸にいる写真だ。写真では、状況はそこまで切迫は感じない。追い詰められたギリシャ人、アルメニア人はトルコが支配する前に船で脱出したのかもしれない。スミルナは1922年9月、トルコ軍の入域後火の手が上がり、市街地は壊滅状態になったとのことだ。東慶丸は神戸の東和汽船を親会社とする大連東和汽船の所有で、1892年に英国で建造された。中国の大連を拠点にしていたようだ。この話を知る、外国に暮らすギリシャ人やアルメニア人から感謝の気持ちで迎えられるとのことだが、同じ日本人として誇らしい限りだ。2016年にはギリシャ難民の団体「エスティア」から、敬意を示すプレートが西林駐ギリシャ日本大使に授与されている。こう言った話をギリシャやアルメニアで、100年も語り継がれていることを知った。素晴らしい日本人がいたものだ。ことさら喧伝する必要はないものの、矢張り起こったことは子細に取り上げるのが国際社会の間では必要なことでは無いかと思う。それに比べて、今の日本人はと言いたくなるが、表に出てきた人が悪いことをしているだけで、日本人の根底にはこう言った優しさが流れているのだろうと信じたい。然し、首相が率先して嘘を突き通すような国になってしまったのも又確かな事実だ。又、何度大臣の首をすげ替えても、出てくる大臣にスキャンダルがつきまとう。劣将の下に優臣なしかと思ってしまう。ギリシャは比較的馴染みのある国ではあるが、アルメニアとなると、何処にあるのかさえ知らない人が多いだろう。少し世界地図を広げて、眺めてみるのも良いものだろう。アルメニアは1991年ソ連の解体とともに独立した国だ。ソ連邦時代のアルメニアでは1988年にM6.9の地震に見舞われている。この時の日本からの援助も忘れられてはいないようだ。この話を調べていく内にアルメニア大虐殺の話に行き着いた。丁度この日本船が難民を救助した時期に相前後して起こった問題だ。19世紀末から20世紀初頭のオスマン帝国において、帝国の少数派・辺境住民であるアルメニア人に対して、オスマン帝国軍や多数派のムスリム(イスラム教徒)住民たちが行ったとされる迫害事件を巡る問題である。詳しい話は他に譲るとして、虐殺はトルコ革命時に起こった第1次と、第2次がある。第1次はトルコ領からのアルメニア人の強制移住での問題であり、第2次が本格的なアルメニア人大虐殺と言われることが多い。第1次大戦で、同盟国側についたオスマン帝国側のアルメニア人の中から、連合国側のロシア軍へと参加したり、オスマン帝国に対するゲリラ活動に入ったりする者が数千人単位で現れる。アルメニア人ゲリラによってムスリムの村落が襲撃され、ムスリムが殺害される事件も起こったといわれる。西部戦線でイギリスに追い込まれたオスマン帝国首脳の1人エンヴェル・パシャが、アルメニア人の「反乱」を根絶するためにアルメニア人を放逐する必要を主張していた。こうして、ロシアとの戦闘地域であるアナトリア東部のアルメニア人をシリアの砂漠地帯へと強制移住させる政策が開始された。同時に、アルメニア人虐殺が指令されイスタンブルでアルメニア人の活動家たちが集団で殺害されたのだ。更にアルメニア人がカトリックに改宗して、西欧諸国の庇護を受け、特権を享受する者が現れてムスリム(イスラム教徒)との間に軋轢が生じたことも原因の1つに数えられている。この一連の迫害において死亡したアルメニア人の人数は、200万人とされる。ただし、その数は未だ議論の的だ。結果、多くのアルメニア人が国外に逃亡し、人口が激減した事は事実だ。現代でもこの話はまだ尾を引いている。このたび、サウジ(おそらく皇太子ムハンマド)が、敵対する主張をするカショギ記者を殺したように、トルコも又、この時、アルメニア系トルコ人ジャーナリスト、フラント・ディンクが極右の17歳のトルコ人青年に暗殺される事件が発生している。アルメニアは、悲惨な歴史を持つ国のようだ。中東辺りの歴史的背景を知る度に、日本は、平和であることを強く感じる。あらぬ方に話が向いたが、もう少し、中東全般について学ばないと世界の情勢の半分以上が不明のままになるだろうと感じた【古今和歌集】575.はかなくて夢にも人を見つる夜は 朝のとこぞおきうかりける (素性法師)はかなくて、夢にもあの人のことを見た夜は、次の朝、床を離れるのがつらい気持ちがする
2018.10.25
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今日のセミウォーキングは西国街道を梶原高架下迄歩き、帰りはマンボウをくぐった。中学校の放課後学習会に参加した。2年生に、いきなり「過去分詞とは何か?」と問われ、全員総出で説明した。3年生になって習うことだが、英検3級をトライすると手前倒しに勉強しているようだ。補伽にもそんな子がいた、一寸頑張って欲しい。***中国への政府開発援助(ODA)が2018年度の新規案件を最後にやっと終了する。正直なぜ今まで続けてきたのか不思議でならない。既に中国はGDPで世界第2の経済大国になっている。もう既に日本を追い越しているのに何故まだODAを続けてきたのだろうか。そんな気持ちだ。(例えば、10兆円のファンドをサウジで立ち上げるソフトバンクに、高額の通信費を払っているのと似た感じだ。一寸違うかな?)対中ODAは1979年に始まった。当時は、まだ中国は新興国の真っ只中といった感じで、援助対象国として一定の理解は出来た。だが、一方では、中国側の心理の根底には戦後賠償と言った意味が強かったようだ。中国の地に入り込んでやりたい放題だったそのツケを払わせるという感覚だったのだろう。実際今日ODAを廃止するとの決定に対し、中国のインターネット上では日本のODAに「感謝すべきだ」との声が上がる一方、戦後賠償を放棄したのは誤りだったとの書き込みもあったという。ともあれ決定は遅かったというものの、対中ODA廃止は当然のことであり喜ぶべき事だ。これからは、対等な立場で、アフリカや東南アジアなど発展途上国に向けての援助を行おうと云う事だ。すでに、個々に対外援助の政策は執られている。中国は広域経済圏構想「一帯一路」を掲げ、日本は「自由で開かれたインド太平洋戦略」で対抗的に援助構想を持っている。というか、中国の「一帯一路」に危機感を持って、急遽「自由で開かれたインド太平洋戦略」をぶち上げたようにしか私には映らない。日本は、中国に慮って「一帯一路」との協力を排除しないとしている。政治的、外交的にはやむを得ないところかも知れないが、心底そう思ってはいないだろう。ありていに言えば、之までの中国は、自国の開発には日本のODA資金を使い、自国の資金は奔放にアフリカなどの支援のために使うという、狡猾なやり方を執っていたという感じなのだ。しかし、新聞記事は、もう少し温和しい。中国の豊富な資金を生かして「一帯一路」を進めれば、そのおかげで日本企業の進出につながる可能性もあるとしているのだ。馬鹿じゃ無かろうかと思うくらい単純な発想だ。かつてイギリスやドイツも中国に資金援助をしてきたが最近は途上国支援で中国と協力する関係に変えているので、日本のこの流れに沿ったというわけだ。この一文を見ても、日本が如何に従属的発想から抜け出せないかが分かる。西欧各国は、対中ODAを既に2011年頃には停止しているのだ。ともあれ、過去の対中ODAは、1980年代は円借款で鉄道や港湾、発電所といった大規模インフラを整備した。1990年代は地下鉄や上下水道などに使われた。2000年以降は環境保護や人材育成に軸足が移った。流石に2006年に一般無償資金協力(ただでプレゼントする)の新規案件をやめ、2007年には新規の円借款(お金を貸し付ける)を打ち切った。近年は大気汚染の防止や食品の安全確保の技術協力など日本国民の生活に直接影響する分野が中心だ。ハコモノ整備は地方の小学校や病院などに絞っている。中国の地方に貧困克服のための支援として日本が小学校や病院を建てていると云う事を考えると、「それをやるのが中国政府の仕事だろうが!」と言いたくなる。河野外相が「今の中国の経済レベルを考えれば必要ない(ODAは)」と述べたというのも遅きに失した感がある。中国側が日本のODAを「中国の改革開放や経済建設にプラスの役割を発揮した」と評価するのも当然のことだ。事務レベルで既に了解されていることであろうが、後は外交的セレモニーで、安倍首相が26日の李克強首相との北京での会談で終了を提案する見通しとのことだ。新聞には、少し前の9月12日ロシアのウラジオストクで安倍と習近平が握手している写真が掲載されていたが、何ともそぐわない感じだ。過去の大型援助(ローン)としては、上海浦東国際空港や北京市首都空港など空港に1116億円、北京-秦皇島間鉄道拡充や貴陽-婁底鉄道建設など鉄道関連に6418億円、杭州-衢州高速道路や梁平-長寿高速道路など道路建設に1951億円、秦皇島港拡充や青島港拡充など港湾関係に2726億円、更に天生橋水力発電所や江西九江火力発電所建設に4882億円等など、枚挙にいとまが無いほどだ。2010年時点でも日本の対中ODAの総額は既に、6兆円を軽く突破していたのだ。何をか況やだ。ここで、ODAの精神を書いた文書があったので記載しておく。【対中ODAの基本方針】 我が国の安全と繁栄を維持・強化するためには、平和な国際環境の保持が必要であり、特に我が国が位置する東アジア地域の安定と繁栄が不可欠です。そのためには、地域のいかなる国も孤立することなく、協力していくような環境を醸成する必要があり、中国がより開かれ、安定した社会となり、国際社会の一員としての責任を一層果たしていくようになることが我が国にとって望ましい姿です。 我が国は、中国が国際社会への関与と参加を深めるよう働きかけるとともに、中国自身のそうした方向での努力を支援していく必要があります。 このような観点から、我が国としても、政治面、経済面、文化面など広範な分野での二国間協力・交流や、草の根レベルでの人的交流、学術交流などの強化を通じ、中国との間で幅広い重層的な関係を構築していくとともに、両国間の相互理解及び相互信頼の増進を図ることが極めて重要です。また、民間の貿易・投資活動の発展に加えて、ODAを通じて中国の改革・開放政策を支援していくことも引き続き大きな意義を有しています。 近年、アジア太平洋地域においては、アジア太平洋経済協力(APEC:Asia Pacific Economic Cooperation)、ASEAN+3(日中韓)、ASEAN地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)など、地域協力、地域対話のための枠組み作りが進んでおり、中国も最近これら枠組みに積極的に参画しています。こうした傾向を踏まえ、このような多国間協調の枠組みに対する中国の関与が一層強まるよう我が国としても更に可能な支援を行っていく必要があります。とある。そして、中国側も様々な場で、このような我が国の対中ODAに対して高い評価と感謝の意を表明してきているとのことだ。その後のことは省略するが、近隣善隣外交は確かに必要なことであろう。中国側の感謝(言葉はお金が掛からない)はいくらでも云える。ただ言いたいのは、感謝の気持ちがあるなら、尖閣列島を取りに来るなと言いたいし、パンダくらい無償で貸与したらどうだ、それが日本での付き合い方法だと教えてやりたい。【古今和歌集】141.夢路にも露やおくらん 夜もすがら通へる袖のひちてかわかぬ (きのつらゆき)夢の中の路にも露は降りるのだろうか、一晩中、夢の中で(恋人のところへ)夜通し通った袖が濡れて乾かない(ひちて→漬づ・・・水につかる、ぬれる)
2018.10.24
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。***経済協力開発機構(OECD)が22日に公表したところによると、世界全体で金属、化石燃料など、生活や産業活動に必要な資源の使用量は2060年には1670億トンと、2011年の790億トンに対して2倍以上にもなると予測している。その根拠となるのは、人口増加に加え、新興国や途上国での生活水準の向上が挙げられる。特に途上国では、建設材料などに使われる非金属鉱石は4倍になるとされる。産業構造の変化や技術の進展がなければ、その量は3500億トンに上る可能性があるという。また、採掘や燃焼などに伴う温室効果ガス排出の増加で、2060年までに世界全体の温室効果ガス排出量(二酸化炭素換算)は現在の1.5倍以上にあたる750億トンに達すると見込まれている。このうち化石燃料の燃焼などによる排出量が500億トンを占める。この調子で資源使用量が伸び続ければ、化石燃料の枯渇も現実に迫ってきているような気がする。化石燃料の石油や石炭は以前から枯渇すると言い続けられているが、採掘技術の進歩などで、あまり切実感を持って感じることはなかった。しかし、そう楽観視してはいられないようだ。資源の枯渇は大きな問題だが、その前に、地球環境が大きく崩れることが喫緊の課題になるだろう。2020年以降の地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」では、産業革命前からの気温上昇を2度未満にする目標を掲げているが、今回の予測結果のままでは達成は困難だという。経済的な発展繁栄を得ようとすると多くのエネルギーを使うという従来のパターンでは資源枯渇前に人類の滅亡が起こるかも知れない。非金属鉱石は一寸置くとして、世界のエネルギー消費量についてもう少し詳しく見ていく。2016年の国際エネルギー機関(IEA)の報告によると、アメリカや日本そしてOECD加盟国のエネルギー消費量(石油換算)は2000年から漸減していて、2040年に向けても、同じように減少すると予測されている。一方で、中国を筆頭に、インド、中東、アフリカなどの新興国のエネルギー消費量は年々増え続けるとみられている。このため、2040年の世界のエネルギー消費量は、2014年と比べておよそ1.3倍に増加すると予測されているのだ。細かく見ると、中国の消費量の伸びはほぼ世界の平均の伸びと同じく1.3倍だとされるが、中国の消費量は、世界の22%を占め、世界最大のエネルギー消費国であることは変わらないであろう。伸び率で言えば、インドが最も大きく、2040年に於ける世界の消費量の11%を占め、単独の国としては、中国、アメリカに次ぐ資源消費国になるであろうとされる。新興国の経済発展は著しく、今後もますますその成長は加速していくと見られているので、これに伴って、経済を支える石油や石炭、天然ガスといった化石燃料の需要も増加していくとみられている。将来の世界のエネルギー消費量は新興国がカギを握ると言う事になる。こう言った石油や石炭、天然ガスといった枯渇が心配される化石燃料はあとどのくらい利用することができる(エネルギー資源確認埋蔵量)かだが。これは、現時点で確認されている経済的、合理的な範囲で採掘可能なそれぞれの資源の埋蔵量を年間の生産量で割ったものとして表される(年数)。このエネルギー資源確認埋蔵量は、石炭とウランが100年超、石油、天然ガスは50年ほどと見られている。いま世界的に使用を制限しようとしている石炭は、150年ほどと見積もられている。今後、新たな油田や鉱山が発見されたり、技術革新によってこの数字が変わっていく可能性はあるが、逆に、消費量の増大を見込むと更にこの期間は減少することも考えなければならない。いずれにしても、化石燃料がいつかは尽きてしまう「限りある資源」なのだ。日本は一次エネルギー資源のおよそ4割が石油で、さらにその86%を政情が不安定な中東に頼っている。原油の価格は1986年に急落して以来1990年代にかけては安定していたが、2000年代は中国やインドなど新興国の石油需要の増大や、主要産油国である中東地域の政情不安、さらに短期的な投機資金の流入で、大幅に変動(高騰)した。最近では、サウジ記者の殺害にサウジ政府(ムハンマド皇太子)が関与していたとの見方が強まって、ただでさえも原油価格は揺さぶられようとしている。地球環境の問題でも、エネルギーの大量消費による環境への影響を考えなければならない逼迫した状態になっている。近年、化石燃料の利用は新興国のエネルギー需要急増もあって、急速に増大したことに伴い、CO2の排出量も大幅に増えてきた。地球温暖化はますます進むのではないかと懸念されている。パリ協定など世界レベルで、環境への取り組みをしているが、トランプはこう言った流れに水を指している。世界の国々はともに、エネルギー(特に電力)確保が重大名テーマであり、それぞれのエネルギーミックスを模索している。石炭や天然ガスなどの化石資源が多いアメリカや中国は、火力発電が8割~9割近くになっている。またヨーロッパでは陸続きである利点を生かして、電力網をつなげ、一部の国で電力が不足した場合も他国が供給するという仕組みを確立し、国家の枠組みを超えた電源構成を組み立てている国もある。主要国のエネルギーミックス(エネルギー構成)を俯瞰すると、平均としては、石油、天然ガス、石炭がほぼ拮抗して使われ、原子力、水力、再生エネルギーなどが3~7%で使われている。主要各国は概して石油の占める割合が世界平均よりも高い。天然ガスの使用が多いのは、アメリカ、ロシア、カナダ、イギリス、イタリアと言ったところだ。之に反して、中国やインドは石炭の使用が群を抜いて多い。半分以上が石炭による発電だ。次いで多いのが韓国や日本といった国だ。また、ブラジルやカナダの水力発電は世界平均を遙かに超える30%近くを占めている。原子力はというと、フランスが群を抜いて多く、40%を占めている。次いで、韓国、日本と言ったところが続く。再生エネルギーの利用はまだまだだが、進んでいるのはヨーロッパで、ドイツイタリアは10%を越え、イギリスも10%に迫る。各国はそれぞれの事情があるものの、世界全体で化石エネルギーが85%を越えているということは論を待たない。、今や、世界第4位のエネルギー消費国になった日本だが、エネルギー資源が乏しく、わずか8%の自給率しかない。これらを考えるとこの先、日本はどういった道を選ぶべきか、自ずと見えてくる。東日本大震災を契機に、火力発電への依存度が高まったが、地球環境上は、これもほどほどにしなければならない。かといって、危険を内蔵した原子力に頼ることは避けなければならない。再生エネルギーを増やしていくことが一層必要になってくる。それにしても、毎回思うのは、日本近海に多量に埋蔵されているメタンハイドレートの採掘に、今以上の資金を注入して早期の実用化を図るべきではないかと思う。【古今和歌集】573.世とともに流れてぞゆく 涙河 冬もこほらぬみなわなりけり (きのつらゆき)この世の時の流れと共にずっと流れ続ける(私の)涙川、それは冬でも凍らない水の泡(泡立つ激流)なのだ(みなわ ・・・ 水の泡)
2018.10.23
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今日のセミウォーキングは上牧駅裏から梶原高架下迄で、帰りはマンボウをくぐった。連れ合いが知り合いの所に手製の手帳を買いに行くのに付き合った。***水星磁気圏探査機「みお(MMO)」が打ち上げ成功裏に行われた。打ち上げは20日午前10時45分(日本時間)、打ち上げ場所はフランス領のギアナのクールー宇宙基地だ。何時も耳にする宇宙基地とは違うところだ。打ち上げ26分後に予定の高度で切り離され、成功した。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の水星磁気圏探査機「みお」は打ち上げられた水星探査機の内の1機で、幅1.8m、高さ2.4mの八角柱の胴体と、、15m迄伸びるアンテナで構成されている。同時にヨーロッパ宇宙機関(ESA)の探査機「MPO」が合体されて打ち上げられた。打ち上げに使われたロケットはアリアン5ロケットだ。水星までの道のりをイオンエンジンで航行する推進モジュール(MTM)が合体した構造になっている。「みお」は磁気圏や薄い大気といった水星の環境を観測する一方で、水星表面探査MPOは水星の地形や地表に含まれる鉱物など水星の表面を調べる。この計画全体はJAXAとESAが協力して進める、初の大規模な、国際水星探査計画でBepiColombo(べピコロンボ)ミッションと呼ばれる。惑星形成の歴史等も解明されようとしている。総開発費は日本が約160億円、欧州側はロケット打ち上げ費用などを含めて1千億円を超える大型プロジェクトだ。地球からの距離は9,169万kmと覚えていたが、新聞では遠くても約2億kmと書かれている。これは水星や地球が太陽の回りを楕円軌道を描いて公転しているからである。そこでウィキペディアを見てみると、水星の近日点距離は0.3075 auで、遠日点距離は0.4667 auとある。ここで、au(astronomical unit)は地球と太陽の平均距離であり、1au=1.5億kmとなる。まぁ、ケプラーの第1法則を云うまでも無く、水星と地球が互いが近づく(または平均の)距離が約1億kmと言うところであろうか。しかし、「みお」は水星に辿り着くまでに90億kmも飛ぶことになり、7年間の旅をすることになる。水星まで7年間も時間を要する理由は、飛行中に合計9回(地球1回、金星2回、水星6回)も惑星スイングバイを行うことになっているためだ。これは惑星探査機として史上最多となる。惑星スイングバイとは惑星の運動と重力を利用して、加速や減速に利用するだけではなく、軌道のかたむきを大きく変えるために有効な手段でもある。そのスイングバイを成功させるためには、惑星に近づくタイミングが重要となるため、探査機は太陽の周りを何周もすることもある。予定通りに進めば2025年12月5日、水星周回軌道投入となる。東京の次のオリンピックのまだ先なのだ。生きていれば様子が知れるかも知れない。財形新聞にはさらにこう書かれている。「見た目は地球の月にそっくりな水星だが、地場を持っている(地球の100分の1ほど)。しかし強烈な太陽風にさらされていることから、地球とは異なる環境を調査することで、惑星地場と太陽風の関係を明らかにすることが「みお」には期待されている。また、水星特有の地形が多く発見されており、窪地などは、地表から揮発性物質が抜けた痕跡ではないかと考えられている。水星が生まれた時は、今よりも外側の軌道であった可能性もあると考えられ、惑星形成論の再検討の発見につながるかもしれない。」金星探査はかなり行われてきたのに対し、水星は2回だけだとのことだ。太陽に最も近い惑星だから、そうそう近づけないのだろう。2004年の記事を見ると、米航空宇宙局(NASA)が水星のナゾを解明する探査機「メッセンジャー」を打ち上げているし、それは1973年の水星探査機米マリナー10号以来と伝えているから、今回は少なくとも3回目と云う事になる。当時の水星探査の記事を読んでみると、1974~75年に米国のマリナー10号らが計3回、最短327km迄近づいて水星の表面の一部を撮している。その後2004年8月に打ち上げられたメッセンジャーは、初めて水星表面の全容を撮影することに成功した。メッセンジャーは宇宙空間を約80億km飛んだ後、水星に200kmの距離まで接近し、水星の地形やクレーターをくっきり写真に収めている。水星の映像によると、表面には円形の凹凸が点々と連なっていた。水星には、月と同様のクレーターが無数にある一方で、なだらかで広大な平原がある。平原は火山から噴出した溶岩が流れたのが原因と考えられたが、噴火の痕跡は未確認だった。撮られた映像を高分解能画像解析して、水星最大のクレーターの端で噴火跡がとらえられていた。先日ステーキを食べた宮で、4年生の孫の方が、月を指さして、どれくらいの距離があるのと聞いたので、だいたい38万kmだと答えたとき、太陽系の惑星の話になり、太陽の近くから水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星とあることを話したら、既に習っているようで、水、金、地、火、木、土、天、海が口を突いて出てきた。既に冥王星は省かれているようだ。話は戻って、メッセンジャーの観測時にも、太陽に近い側から磁場が強く、地球と水星で強い磁場がある。磁場発生は、惑星内部に固まっていない溶岩状の存在が条件とされている。今回の探査で磁場の起源解明にも貢献しそうだ。水星は太陽との距離が他の惑星に比べて近いため強い太陽光線を浴びている。「昼」の側は地表の表面温度が450℃もの高温になっている。しかし、「夜」の側は自転軸の傾きの関係で、北極や南極のクレーターの中には太陽光が当たらない「永久影」ができて零下173度以下になることがわかっており、「氷があるのでは」と考えられてきた。そして、2012年には、水星に氷の証拠がメッセンジャーによって発見されている。人類は宇宙の解明に、多くの意を注いでいる。既に多くのことが分かっているが、まだまだ雲をつかむようなことである。最近では、宇宙旅行の話や火星移住計画などがささやかれている。宇宙はまだまだ広く、人知の及ばぬ事も多々ある。今回の水星探査の結果は、私にとっては単なる茶飲み話にしかならないだろうが、孫達にとっては、更に多くのことが分かっていくだろうし、宇宙がもっと身近になっているかも知れない。技術の道に進んだとはいえ、海洋工学関係なので、打ち上げ推力や、9回のスウィングバイなど宇宙工学など到底理解出来るものでは無い。それを実行している人たちがいることに今更ながら感心する。多くの知見をもたらしてくれることを期待したい。【古今和歌集】572.君こふる涙しなくは 唐衣むねのあたりは色もなえまし (きのつらゆき)あなたが恋しくて流すこの涙がなければ、唐衣の胸のあたりは赤く燃え上がってしまうでしょう(色もえの燃えは色に出づを激しくした表現で、それを涙の 「水」で消すということだ、「もえなまし」で涙がなくては燃えてしてしまうだろうという意味)
2018.10.22
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今日は十三夜。今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄で、帰りは島本駅を通った。夕方から、恒例のカラオケ大会があった。参加者はいつも通りだが1組の夫婦が休んで、代わりに保険屋さんと魔法使いのようなおばさんが参加していた。今日は参加者と歌った歌などについて詳しく書いてみる。13人が2曲歌い、テレビやパネルで出た点数で競うのだが、1曲目のテレビの採点方法はシンプル採点による。もう1つは、おそらく店特有の装置だろうが、壁に掛けられた得体の知れないパネル得点というのがあって、この評価が如何に行われているかは未だによく分からない。テレビ(TV)とパネル(PN)の得点を合わした点数がその人の得点になる。それに対して歌う側は予め出せる(出る)であろう得点を申告しておくのだ。申告点を越えなくて最も近い得点を出した人が1位で、その差が小さいほど上位と決めてある。申告点がオーバーしてしまうと、マイナスで大きかった人の次に位置するとの約束だ。その結果1位から6位まで賞に入るのだ。参加者には歌う曲2曲を書いて貰い、キーなどの設定と申告点を書いたスリップを出して貰う。その後、歌う順番をくじで決める。友人が、その歌を機械に入れ込む役目だ。なかなか大変で13人を連続で入れるためには、1人目がスタートしてからでないと直ぐ始まってしまうので間合いが必要だ。その時間は5人くらい歌い終わるまで掛かってしまう。連れ合いが、その結果を記録する掛かりになっている。さぁ、いよいよ開始だ。トップは新曲に挑戦する一寸声のかすれた女性。「都の雨に」を歌って、合計(PN+TV)が165点で、申告点より3点マイナスだ。有望な滑り出しだ。次に大山崎の女性で、「夜明けの歌」を歌って合計点は172点で、マイナス1点と、暫定トップだ。3番目は連れ合いで、「空港」を歌って、174点のプラス2点。プラスなので、一寸入賞は無理かも知れない。次4番手は私だ。「雪列車」を歌って、167点と、申告ドンピシャとなり一躍トップに躍り出た。之で殆どの場合上位は間違いない。一寸頬が緩む。5番手はビブラートがなかなか渋い男性で、「ラブユー東京」を歌って171点、マイナス7点だ。何時も調子外れの男性が6番手で、「冬七夕」を歌い、163点と、大幅19点プラスだ。この男性は何時も点が低いのでそれを考慮しての申告点だが、一寸申告が低すぎたようだ。次は保険屋さんで、急遽呼び出されたらしく、最近はあまり顔を見せない人だ。身体を揺すりながら、その気になって歌う歌は、「夜明けのブルース」だ。何と最高点183点を出し、プラス7点だ。上手いが落選だ。8番目は後援会長で、「お前はどこに」を歌って175点、5点オーバーだ。次は友人で、「晩秋に追われて」を歌い177点で3点のオーバーだ。この歌は彼の得意歌の1つだ。10番目のおばさんは80を越えているが、ゆったりした体つきで、「雪炎岬」を歌い、164点とマイナス14点だ。パネルの点数が異常に低かった故だ。パネルは時々こう言った点数が出てしまう。不運なのだ。続いて魔法使い似のおばさんで、ゆったりおばさんと同じ年のようだが、こちらは少しやせている。「浪花節だよ人生は」を身体をふりふり歌って、179点これは11点のオーバーだ。12番は最近少し身体を壊したこの中では最も年の若い男性で、「あの娘を尋ねて」で172点、プラス2点は、連れ合いと同じだ。最終の男性は元気者で私たちと同じ年だ。声量たっぷりに「男の涙」を歌って2人目の最高点183点をたたき出し、プラス5点になった。最高点でも+5点はランク外だ。全員が1曲目を歌い終え、1位は私(±0)だ。2位に2番手(-1)、3位に最初に歌った女性(-3)が入った。連れ合いはプラス2ながら同点で6位を分け合った。夕飯の弁当を食べながら雑談に興じた。2曲目は1曲目と歌う順番は一緒だ。テレビの採点方法は精密と称して、音程の線が画面に現れてズレると赤字になって示されるのだ。これは気になる。歌の巧拙(音程)と表現力が評価される一寸手の込んだ採点法なのだ。歌い終わると少しの間だがコメントも出る。1番の女性は「大連の街から」で153点(申告点との差+7)、見込みは無さそうだ。2番の女性は「東京キッド」で169点(-2)またまた近い点数を出した。3番目の連れ合いは「夢追い酒」を歌い174点(-3)で有望だ。私は「シクラメンのかおり」を歌ったが、基準音程からずれる赤線が気になった。結果は157点(-9)だ。ほぼ絶望的だ。然し何故か表現力は94点と高得点だった。ビブラートの男性は「雨の銀座」で168点(-8)を出し、私の上を行く。音のずれる男性は「峠越え」で145点(+3)だ。その気になって歌う男性は「糸」で151点(-15)とこれもパネルがお化けの点数を出したので、大きくズレた。会長は「流転夜曲」で170点(±0)のドンピシャだ。1位は、ほぼ間違いなさそうだ。友人は、「遣らずの雨」で162点(-2)は同点の2位が硬そうだ。ふっくらおばさんは「霧浦川」で161点(-17)と今日は全く予想が当たっていない。これもパネルの点数が、異常に低かったせいだ。魔法使いのおばさんは「花笠道中」で172点(+6)だこれも賞外だ。体調悪い男性は「君が好きだよ」で150点(-20)、これも賞外だ。彼も表現力は高く94点だった。最後の熱い男性は「裏町人生」で167点(-9)私と同点だった。改めて順位を見ると会長のドンピシャが1位(±0)で、大山崎の女性と友人が共に2位(-2)、4位に連れ合い(-3)が入った。5位はビブラートの男性(-8)で、6位に私と熱い男性となった(-9)。6位まで入賞とすると、なにがしか引っ掛かるので良い感じだ。そこで一段落し、半数の人が帰った。残った7人と社長が入って3曲目を歌う。これは今では通例になっている。他人が歌う歌に各人が想定点を付けていく。歌う人は最後に申告点を云うのだ。評価は、今度はパネルだけの点数で、出た点に最も近くて越えない人が勝つというやり方だ。歌う順は、2曲目までの順の逆だ。元気者は「星降る町」で85点、之に近かったのは私でドンピシャを言い当てた。魔法使いのおばさんは「港町十三番地」で何と55点、こんな落とし穴があるが、近かったのは本人の77点だった。ふっくらおばさんは「女の裏通り」で70点、今日は低い点ばかりだ。当てたのは連続魔法使いで76点だった。友人は、初めての挑戦になる「兄弟仁義」を歌って、85点、近かったのはふっくらおばさんの84点だ。会長は裕次郎の「パパと歩こう」で84点、これもふっくらさんが84点で連続ゲットだ。裕次郎のこの歌は初めて聞いた。私は「時代遅れ」で84点だった。之を連れ合いがドンピシャで当てた。連れ合いは、「北の旅人」で83点、当てたのは私で、これもドンピシャだった。何か因縁を感じる交互ゲットだった。最後の店の社長が「おまえに」を歌ったが、何とパネル採点を入れ忘れていてやり直しになった。やり直し曲は「緑の地平線」で何と70点しか出ない。本人が、77点を申告していて取っていった。何やらきな臭い感じではあった。まぁ然し、歌うのも楽しいが、当たると又違う喜びがある。中には、同じ歌を何度も歌うことで練習時に出た得点で予測して、申告点を合わすことで上位になる人が居るとのクレームもあるようだ。何をやるにしても、様々な意見があるものだと思った。とにかく私は1曲目1位、2曲目同点6位、3曲目は2回言い当てるなど今日の私は大ヒットの夜であった。【古今和歌集】571.恋しきにわびて魂まどいなば むなしき骸(から)の名にやのこらん (読み人しらず)恋しい気持ちに嘆くあまり、魂がさまよい出てしまったなら、空しい私の死骸だけが噂になって残るのだろうか
2018.10.21
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今日のセミウォーキングは高浜堤から上牧堤迄で、帰りは楠薫堂を通り、診察の予約を書き込んで帰宅した。9時前に楠薫堂に行き、で先月の特定検診の結果を聞いた。血圧は、何時ものようにやや高め。本来なら要注意なのだろうが、何時も様子を見ましょうで終わる。実際家で計測すると140以下に収まり、極めて良い感じなのだが。血糖値は相変わらず高い、然し当面の目標はクリアしているので、様子を見るに留まる。その他は、クリアできているようだ。連れ合いにSOTAを入渠して貰った。例の代車が又家にやってきた。今日講演があるとしていたトルコの話を時間に気づかず、聞き漏らしてしまったのは残念だ。夕食は、太郎君と孫2人、それに我々2人で、ステーキの宮で食事した。上の孫は例によって480gを注文していた。大きくなるはずだ。野球好きの兄弟は野球のショップにいるだけで嬉しいようだ。兄の方は練習用のシューズを買って貰っていた。連れ合いも、ウォーキング用にシューズを買って貰った。***移民・難民の問題は解決を見ない。民族問題や宗教上の問題、権力の横暴など原因は様々だが世界中に移民・難民が増えているようだ。日経の「移民はいま」(混乱の中東)が記事になっていた。シリアの難民は過激派組織「イスラム国」(IS)との戦火で家を追われた人々だ。7年間のシリア内戦で国外(トルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、エジプト)に逃れた難民は560万人にのぼる。国内避難民660万人とあわせると、内戦前の人口の半数超が家を追われた。7割が極度の貧困状態での生活を強いられている。紛争や迫害で自宅から移動を強いられた人は世界全体で2540万人(2017年末時点)と、2016年から290万人増え過去最大の増加となった。一寸想像できない数だ。シリアでは現在もなお、アサド政権と反体制派の戦闘は続いている。多くの人たちが空襲におびえ、祖国から逃れ、難民キャンプに収容されている。シリア国境近くのアルサールには、非公式の難民テントが多数ならぶ。「4万5000人以上の難民が暮らしている」というが、正確な数はだれも把握できない。ヨルダンの砂漠地帯につくられた難民キャンプに人はひしめき、トルコとロシアとの合意でシリア北西部イドリブ県に非武装地帯(DMZ)は一定の安定はあるものの、戦闘が収束するかどうかは不透明だ。同県はシリア内戦で「反体制派の最後のとりで」といわれる拠点。攻撃が続けば、さらに多くの難民が流出しかねない。シリアのアサド大統領は「難民の帰国を歓迎する」と言っているが、政権の弾圧から逃れた多くの難民はシリアで多数派のイスラム教スンニ派で、アサド大統領と同じシーア派系やキリスト教住民の報復を恐れている。そんなアサドの云う事をまともに聞けるわけがない。帰国したら、強制的に反体制派の制圧作戦に投入されるだろう事は明白だからだ。さらにアサド政権は4月に制定した財産法で、個人の土地や建物を一定の条件のもとで当局が接収できると定めた。帰る場所を奪い、反抗的なスンニ派の帰還はますます困難である。戦火に追われるだけではなく、シリアにいた時に武装勢力に誘拐され、3万ドルの身代金を支払って解放された人もいる。荒廃した祖国では強盗や女性への性的暴行といった犯罪が横行し、内戦が終結しても「戻る選択肢はない」。シリアの近隣国には大勢の難民が流入し、その経済的な負担に苦しんでいる。人口600万人のレバノンは、約97万人のシリア難民を受け入れている。安全情報の地図には真っ赤なシミのような危険地帯が北東部に残る。経済が混乱するなか、難民への帰還圧力は強まる。エジプトで難民登録したシリア人は10万人強。だが実際には60万人を超えると政府関係者は明かす。エジプトに難民キャンプはなく、就職や起業のため、あえて難民登録を避けて多くが一般人に交じって暮らしているとみられる。中には、レストランを経営するなどして好評を得ている者もいるとか。周辺国で、生きるために様々なことに挑戦している。シリアは1970年代からアサド家による圧政が続いているが、中東でも有数の教育制度を誇っている。スンニ派であるからとか、政府に批判的な反対勢力だとかのために、多くの優秀な人材も祖国を追われている。アサド政権を倒す以外に、解決の道は無さそうに思うのだが、背後にはロシアがいる。解決の道はまだまだ遠いようだ。シリアでの内戦を収束させない限り、中東における過激主義を押さえ込むことは難しい。国際社会が之を放置したままにしておくと、中東を源とした、テロや世界の不安定さは、収まらないようだ。ヨーロッパも2015~16年に難民の大規模流入が起こり、今では、イタリアなど各地でポピュリズム政党が台頭し、難民を受け付けない方向になって来つつある。なお残存するイスラム過激派などが行き場を失った難民を勧誘し、戦闘員に仕立て上げるという悪循環が生まれた。こう言った難民の中には、避難先で細々と仕事をしている人もいる。ヨルダンの難民キャンプからは首都アンマンの衣料工場で、インドやスリランカ出身の作業員とともにシリアの難民女性が縫製作業に従事している。人前に出ることさえなかったであろうアラブの女性が何とか生計を立てるために懸命に努力している。これを助けるのも同じくアラブ人だ。アラブ人の自立を支援するために数カ月の研修をして雇い入れている。一定の難民を雇用すると、難民と企業がお互いに利益を得る法制度を活用して対応している。EUは野放図に難民が押し寄せるのを防ぎたいとしている中、多くの難民たちは生命の危険にさらすという厳しい生活を強いられている。難民を生み出した2016年の記事を振り返った。シリア内戦の引き金は、5年前(今では7年前になる)の反体制運動の始まりだ。当時で25万人以上の命が奪われた。アメリカとロシアの仲介で、一応の停戦は成ったが、アサド政権と反体制派の溝は埋まらぬままだ。アサド政権は停戦の対象外である過激派組織「イスラム国」(IS)とアルカイダ系「ヌスラ戦線」に対し、これらを殲滅するとの名目で、空爆を続けた。国際的な停戦要請にも、政権側のアサド大統領の地位保証を求めて、之に反対する反体制派と妥協点が見いだせない。シリア北部で一定の勢力圏を築く少数民族クルド人の勢力も、トルコの反対で和平協議への参加を認められなかった。これも内戦を長引かせる要因の1つになっている。ロシアはISを叩くのは賛成だが、シリアに於ける覇権を採りたいために、アサドを支援している。ロシアのシリア内部への空爆で、アサドを擁護した形になった。シリアの和平協議が合意に達するのが難しいのは、イスラム教スンニ派やアラウィ派、シーア派、クルド人、キリスト教徒らのモザイク国家となっており、アサド政権に取って代わろうとする反体制派組織が統一されていないし、将来の構想も持ち合わせていないことにある。統治するための代案がないのだ。日本では移民の受け入れが議論されている。しかし、現状のシリアを治めなければ、話は尚早だと云う事だ。勿論日本へは多くのシリア人が押し寄せることはないだろうが、表面上の難民にだけ焦点を当てても事の解決にはほど遠いことだ。【古今和歌集】570.わりなくも寝てもさめても恋しきか 心をいづちやらば忘れん (読み人しらず)どうしようもなく、寝ても覚めてもあの人が恋しい。この心をどこへやったら、あの人の事を忘れるのだろうか(わりなくも ・・・ 道理に合わないことに、いづち ・・・ どちらに )
2018.10.20
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今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄で、帰りは島本駅を経由した。久しぶりに腰の調子も先ず先ずで、軽快に歩けた。小学校の放課後学習会に参加した。そろそろ慣れも出てきたのか、プリントや宿題をやり終えると、立ち歩いたり、声高にしゃべったりするようになった。そこで終わりの一寸高い声で諫める言葉を発すると、静かになったので、まだ見込みはあるようだ。他の小学校の荒れている様を聞いているので、之でもまだましなのだと思っている。それが原因ではないが、SOTAを再度擦ってしまった。自己嫌悪感がしきりで、食欲が失せた。今日の大学同期の飲み会は近く同期の台湾旅行があるので中止とのことだ。連れ合いは、友人と外で食事をすると、出て行った。***東芝とIHIが原発事業を縮小するということだ。共同出資会社(IHI・東芝パワーシステム:TIPS)を清算して、再生エネルギーへとシフトを急ぐとある。いずれにせよ、日本もやっと正しい選択を始めたのかと喜ばしい。東芝とIHIは1960年代から提携関係にあり、かねて原子力発電所向けの機器を生産する共同出資会社を2011年に設立していた。共に、原発の中核部品の生産を分担して行い、東芝が完成品として販売する体制であった。その会社を11月に精算する。しかし、原発に対する世界的な逆風により工場は稼働率が低迷していた。そこで、両社は原発事業の規模を縮小し、再生可能エネルギー関連などの成長分野にシフトする事を決めた。東日本の震災を受け、廃炉に追いやられた福島第一原発で、それまでの原子力発電の安全神話は瓦解し、安全性の見直しで、運転へのハードルが高くなってきている。かつて、IHIは東芝は連携することで、原発事業の売上高をTIPS設立時の500億円から800億円に増やす計画を立てていた。原発は温暖化ガス排出量が少ない事に目を付け、アメリカのウエスチングハウス(WH)を買収するなど、拡張路線を志向していた。しかし、福島原発の事故で、原発に対する世界の動向は一変した。ヨーロッパではドイツがいち早く撤退を決め(2020年をめどに全11基の閉鎖を実施するよう、原発の全廃政策を進める方針を改めて打ち出している)、フランスも2025年までに原発割合を75%から50%へ引き下げるという縮小態勢に変わっている。さらに台湾の蔡英文政権も2025年に原発をゼロにする方針を掲げる。こうした原発事業縮小の動きがようやく日本にも広がってきたと言うわけだ。相対的に存在感を増しているのが中国だ。日本原子力産業協会によると、今年に入り運転を開始した5基のうち、中国が3基を占める。運転可能な原発は40基となり、日本を抜いて世界3位になった。2013年の計画では2020年までに56基を新設し、ゆくゆくは171基を建設するという目論見も公表されていた。これは、特に中国における石炭火力の使用で、大気汚染が限界に達し、その抑制のため原発志向を強めたためである。あたかも、世界の新設計画の多数が中国に集中しているかのごとくだ。世界に於ける原発の新設が減少していったことで、TIPSも工場の稼働率が低下した。海外メーカーでもドイツのシーメンスは2011年に原発事業から撤退しているし、フランスのアレバは欧州加圧水型炉(EPR)の新設作業の遅れなどで巨額の損失を計上して会社を解体した。今は、原子炉製造部門をフラマトムに社名変更し、再建中だ。このように、原発事業を縮小したり、存続をかけて他社との連携を目指したりする動きが広がりそうだ。東芝の原子力関連事業の売上高は約1600億円とピークの3分の1まで減った上、買収先のWHに引っかき回された上、WHでの巨額損失が露見し、海外原発事業を縮小、撤廃を決めた。当面、東芝の原発事業は国内の既存原発の維持や改修、廃炉に集中するとし、蒸気タービン向けノズルなど原発向け機器の代わりにトンネル掘進機部品などを作り工場を維持していく。エレベーターや水処理など社会インフラ事業を中心に成長を目指す。英国で原発建設計画を進める子会社も売却交渉中だ。IHIの2018年3月期の原発関連事業の売上高は約338億円と、TIPS設立時に比べ7割の水準に留まった。今後も事業は続けるが、エネルギー関連の主力をバイオマスなど再生エネルギーや、化石燃料ではない水素に軸足を移す。他の日本の原発メーカーである日立製作所は英国で、三菱重工業はトルコで原発新設プロジェクトに取り組み、事業拡大意欲を失っていない。ただ、安全対策費用などがかさむことから採算を懸念する声がある。三菱重工と共にトルコ事業への参加を予定していた伊藤忠商事は離脱を決めた。原子力発電への投資は世界レベルで落ち込んでいる。国際エネルギー機関(IEA)によると、原発の新設投資は2017年に90億㌦(約1兆円)と2016年に比べて7割減った。それは、安全対策費が大幅に増えたことなどで他の発電方法に対するコスト競争力が低下したためだ。元々原発事業には、こう言った安全対策費を十分に掛けておくべきであったが、まやかしの(としか言いようのない)安全神話が闊歩し、ことさらに原発コストの安さだけが強調されていた。むしろ、原発稼働40年を想定したら、その後廃炉する費用も当然コストの中に算入してしかるべきであるのに、廃炉費用は度外視(別勘定で)して、いたために、見かけのコストは低下して見えたのだ。原発は、安全で、しかもコストは安く、更に温暖化ガスを排出しないとなれば、誰でも大歓迎になるのも道理で、政府のこう言った誤った世論誘導が、今日の状態を導いたと云う事だ。2018年3月29日の日経ビジネスでは、「2050年なら、原発ゼロにできる」とする超現実シナリオが書かれていた。それによると、誰も原発のことを正面からをまじめに考えてないとのことだった。東電の事故の場合も、政治家や官僚が「叩かれる側」でなくて、「叩く側」に回っていて埒が明かないと云う事だ。つまり、責任を取っていないとのことなのだ。事故以来の7年間ずっとそのままなのだ。政治家は目先の票しか頭になく、せいぜい3年先ぐらいまでしか考えてない。そこには、現在の原発を全部廃炉にして、そこに新原子炉をリプレースしていくと言うべきだとの意見だ。原発を使い続けるなら、建て替えは急務だとのことだ。そこでは、原発は基本的に危険なものと言うことを認めている。古い原子炉を使い続けると、必ず破綻が来るし、危険だというわけだ。特に40年稼働にこだわらず、リプレースが必要と云う。原発の趨勢も再稼働と言うより、すでに廃炉が決まった14基を含んで、どんどん廃炉の方向に向かっているわけだ。この割合と趨勢を見れば、2030年には廃炉は25基~30基にもなっていそうで、そうなれば、政府が言った(原発比率)20~22%なんて動くはずがないというわけだ。更に積み上がった使用済み核燃料の処理の問題だ。現在でも、1万7000トンもある核のゴミをどうするかだ。こういった事を先に考えるべきだとの主張だ。そして、原発は、止めるにしても即ではなく、時間を掛けてゼロにすると云う事が現実論的には必要では無いかと云う。原発「イエス」か「ノー」かの2択で処理すべきものでは無いとの意見であった。ある意味賛成だが、それを加速する必要があると思っている。今回の自発的原発縮小が廃止への加速効果を持てば良いのだが。【古今和歌集】569.わびぬればしひて忘れんと思へども 夢といふ物ぞ人頼めなる (藤原おきかぜ)恋に苦しんで、むりやり恋人を忘れようと思うのだが、夢にあの人が出て来て、むなしい期待を抱かせるものだ。(わびぬれば・・・気落ちしているので、人頼めなる・・・人に期待をさせることだ)
2018.10.19
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今日のセミウォーキングは上牧駅裏から上牧小学校を回って、帰りは上牧駅から楠薫堂を経由して帰宅した。***油圧機器メーカーKYB(カヤバシステムマシナリー)の免震装置で又検査データの改ざんが発覚した。ふと2004年の耐震装置偽装事件を思い出した。姉歯秀次元建築士が起こした構造計算書の偽装事件だ。あの事件は14年前の事だが、この事件を機に、技術屋が不正を働き出したのではないかと感じている。その後も、東洋ゴム、旭化成、三菱自動車、神戸製鋼、三菱電線、東レ、三菱マテリアル、日産、マツダと枚挙にいとまが無いほど検査の改ざんは常態化してきた。海外でも、ダイムラーやフォルクスワーゲンなどが名を連ねており、技術屋の矜持は何処へと云う感がある。技術屋が誤魔化し始めると、その波及するところは大だ。今回も事件途上だが、全国のマンションや病院、庁舎などに設置された免震装置986件で性能検査記録データが改ざんされているようだ。不正があった装置は早急に交換するとしている。国土交通省は、不正な装置が使われた建物が震度7程度の地震で倒壊する恐れはないとしている。では何故そんなに騒ぐのかだが、いや待て、本当に震度7の地震に耐えられるのかと云うことでは無く、揺れが大きくならないかと云うことが懸念されるのだ。免震装置と云うからには、振動の振幅を小さく押さえるための装置で、揺れて倒れるか否かを云う耐震装置とは違うことを根拠にしているのとは本質的に異なっている。もし、耐えるとしても振動の振幅を押さえないのでは免震装置としては仕様を満たしていないのだ。倒壊か否かではなく、どの程度に振幅を抑えるかについては、発注者側の要求に依るべきなのだ。勝手な判断で、このくらいなら良かろうとして良いはずはない。何時も疑問に思うのは、こう言った検査データの改ざんが何故起こるかだ。国土交通省が言うように、検査で安全とされる値が出ていなくても実際には大丈夫と云う事があるからこういった事態を起こすのだろうか。そこに技術的な高度の判断(?)乃至、経験に裏打ちされた熟練者の裁量が働いているのだろうか。そんなことはない。感(目の子)で安全と云う事にはならないわけで、そこには基準が必要になる。そして一旦決めた基準は、それが厳しすぎたとしても守らなければならない。外的な要因や計算方法が確立されていないときにはその要求値は高くなるだろう。技術が進んで、解析方法が精密になりより高度な計算なりをすることで、決められた基準値を切っても安全だと証明していれば良いが、それは後付けであってはならないのだ。対象の建物については、所有者の了解を待って公表するのだという。分かっているだけ(公共施設)で23都道府県の70件もあり、東京都庁、大阪府庁舎や愛知県庁舎、大分県の県立美術館さらに、日銀本店、東京駅、羽田空港等が挙げられている。中には、スカイツリーや東京オリンピックの会場施設、更に恐ろしいことに原子力発電所の関連施設もあるとのことだ。放射性物質の漏洩など、大丈夫かなと思う一方、この検査員達の性根は本当に大丈夫なのかと疑う。改ざんの疑いのある製品は全国でマンションなど987件に設置したといい、今回公表した物件名は全体の7%にすぎないというから気が遠くなる。都庁の場合は、東日本大震災の長周期地震動でエレベーターが全基停止するなどした事を受けての減揺のためのオイルダンパーの設置だ。倒れなかったから良いというものでは無い。油圧機器メーカーKYBと子会社による免震・制振装置の検査データ改ざんは、両社が出荷した免震オイルダンパーのうち、7割以上が国土交通省や顧客が指定した基準を満たしていない疑いがあるとのことだ。これはもうなめとるのかと云う感じだ。端から基準値を無視しているとしか思えない。中には、性能検査で基準値の6割方しかないものまで検査合格としていたようだ。こう言った不祥事が起こる度に会社を代表して社長が頭を下げている光景をよく見かけるが、頭を下げて済む問題では無い。今後正しく検査合格したものと取り替える必要があるから、おそらく膨大な費用が掛かるだろう。動機は納期問題なのか分からないが、やがて発覚して、製作し直し等にかかる費用がどれ程なのか考えたことがあるのだろうか。それとも取り付けてしまえば、後はどうとでもなれといった方針なのだろうか。ともすれば、納期に間に合わないからと少数のものを目こぼし的に見逃すなら、まだ理解は出来るが、検査の合格率が9割近くになった後も、製品のデータを改ざんしていたというから、この会社は物づくりの何たるかを全く理解していない。この不正は2000年から続いていた疑いがあり、免震ダンパーは計1万369本が出荷されている。このうち、不適合品やその疑いのある7550本が903物件に納品されていた。制振ダンパーは2万779本が出荷され、問題のある3378本が83物件に使われていた。986物件のうち、検査データが残っていないものが576物件あるとのことだ。ダンパーの製造は2007年にKYBから子会社のカヤバシステムマシナリー(KSM)に移ったが、KYBの担当者がKSMの従業員に改ざん方法も口頭で伝授していた。今回の不正の発覚は今年8月、KSMの検査員ではない従業員がたまたま気付き、内部告発に至ったようだ。銀行などの横領も然りだが、慣れ親しんだ者(特定の検査員、今回は8名)の間で誤魔化すことが常態化したときその不正をことさら悪いことだと思わず、やり続けることにあるようだ。時折、検査員の交代など、常に新しい目を注入することも必要な気がする。納期を間に合わせたその場しのぎの代償は極めて大きい。KYBは全ての製品を交換する方針としているが、生産能力的に限界もあり、かなり長期化は免れない。それまでに新たな問題が起こらねば良いが。更に、補償問題となると深刻だ。2015年に免震偽装が発覚した東洋ゴム工業は特損累計1400億円を超え、同じ年に子会社でくい打ち工事のデータ改ざんが見つかった旭化成は14億円の特損を計上している。KYBの18年3月期の連結売上高は3923億円、純利益は152億円、自己資本は1800億円だった。改修工事の件数は現時点で東洋ゴムの6倍以上にのぼる見通しだ。製品価格や工事手法が違うため単純比較はできないが、補償費用は多額になる可能性がある。中には、三重や高知の自治体庁舎など3施設では、2015年に発覚した東洋ゴム製の装置の交換を始めたばかりなのに加えて、今回のKYBの不製品の使用がダブっているといった笑い話にもならないところもあるようだ。いやはや・・・。【古今和歌集】568.死ぬる命いきもやすると 心みに 玉の緒ばかりあはんとぞ言はなん (藤原おきかぜ)恋いしさのあまり、死んだも同然の私の命ですが、ひょっとすると、生きるかもしれないと、ためしに、少しの間でも逢おうと言ってください(玉の緒・・・短い物の喩え)
2018.10.18
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。中学校の学習会に参加した。驚いた。30X=100のXを求める問題で、X=100-30としている子のいることだ。1年生だが、まさか!と唖然とした。夕方からカラオケの練習に出掛けた。久しぶりだったが、音程の狂う箇所などが多々あって、心許なかった。***サウジ記者(ジャマル・カショギ氏)が失踪して殺された。トルコ人女性との再婚のための書類を整えるため、トルコのサウジ領事館を訪ねていた中失踪とされ、やがて殺害さてしまった。現代でもこのような惨い事が起きるのだという事を改めて認識した。中東等では戦争の悲惨さやテロの恐怖など語られ、多くの人が殺害されたときもそれは数字に置き換わるだけで、時として見過ごしてしまうが、個人の死が、かくも克明に経過が語られたときには、一層の戦慄を覚えてしまう。さらにこの問題は政治的な絡みもあり、又トランプの個人的な経営面のこととも関わり合って一層混迷を深めている。だが、政治的な関わりの故に、殺されたカショギ記者に対して、真の犯人追及などと云ったことは行われず、有耶無耶の内に幕を引かれてしまいそうだ。ロシアの諜報員が殺されたとか、イギリスの諜報員が殺害されたなどといった話はほぼSFかスパイ映画の世界で、我々には全くの別世界だと案外簡単に見過ごしてしまう。今回の問題もややそれに似た話ではあるが、近代化に向けて颯爽と登場したかに見えたサウジのムハンマド皇太子が急に旧態依然とした単なる独裁者であることを露呈してしまったのだ。サウジアラビアは石油の輸出先として日本との関係も深く、成り行きが注目される。かくいう私も、1年余ジェッダで暮らしていたこともあるので全く他人事とも思えないところがある。カショギ記者はサウジアラビア人のジャーナリストであり、アメリカに移住し、ムハンマド皇太子やサウジ政府を批判する記事を執筆したと言う事だ。そういった障りのある人物は(おそらく見せしめのため)抹殺されてしまうのだと云う事を再び証明したようだ。かつて、ムハンマド皇太子は、政敵の王族や実業家を一斉に拘束したことがある。王族が相手だから、表だって惨い仕打ちはなかったような報道しかなかったが、額面通りであったかどうかについては分からない。反対派の王子達ともカショギ記者は親しかったようだ。今回の事件は、サウジアラビ内部の問題では済まず、トルコのサウジ領事館で起こったこと故にトルコも絡み、さらにはアメリカも絡むという全世界の注目を集める事件になってしまった。カショギ記者は、拷問を受け、生きたまま台の上でのこぎりでバラバラに切断され、領事館外に持ち出され、サウジに持ちかえられたという。トルコ政府はカショギ記者が殺害されたことを証明する音声と映像記録があることをアメリカの当局者に伝えたが、これらの記録の中には殺害し、遺体を切断した形跡が録音されているという。記者が付けていた米アップルの腕時計型端末「アップルウオッチ」を通じ、録音されていたとしている。 之までにも、ミャンマーの女性が生きたまま斬首される事件もあったり、シーア派の指導者を集団処刑したり、サウジでは一寸思い浮かぶだけでも多くの惨殺が行われている。イスラムの教えと言われる「目には目を、歯には歯を」を未だに地で行く国なのだ。サウジはたまたま石油が出たから今日のような大国になっているが、元はと言えば砂漠ばかりの土地でさしたる産業もなく、各地の部族が覇を競って勝った負けたを繰り返してきたに過ぎない。然し石油が出てからは形勢ががらっと変わってしまったのだ。アメリカは対イランなどで蜜月関係にあり、巨額の武器購入も約束しているサウジに対し、武器輸出の拡大やイランの中東での影響力抑止のためにもサウジと関係を断つのは望ましくないと考えている。そういった背景の下、サウジへの過度な批判を避けたいとの思惑があるが、人権問題を重視する米議会からの批判も考慮しなければならない。また中東の和平を実現するためにもサウジを軽視するわけにはいかない。対応に苦慮している。トルコとしては、自国の首都イスタンブールのサウジ領事館で起こったことであり、領事館内は治外法権であるとは言え、黙って見過ごすわけにも行かない事件である。サウジやアラブ首長国連邦などの湾岸諸国がカタールと断交した際もトルコはカタールを支援し、イスラム世界での存在感を誇示する一方で、サウジはイスラム教スンニ派の盟主を自任しているだけに、この両国の関係は良くない。カショギ記者が総領事館を訪問した日に法医学専門家を伴ったサウジ国籍の15人(殺人チーム)がプライベートジェット機2機に分乗してトルコ入りし、カショギ記者を殺害して遺体を去ったとのことだ。殺害現場とされる部屋は、急遽内装(塗装)をやり替えたようだが、一方では血痕の発見も臭わせている。サウジは、何故これほどまであからさまな形で殺害に及んだのか、一寸理解出来ない。この拘束・殺害事件は欧米の経済界からも非難され、リアドで計画されていたフューチャー・インベストメント・イニシャティブ(経済投資会議)に影響を与えている。突然のこの事件を知って参加見合わせの動きが広がった。日本のソフトバンクもサウジに大きなファンドを立ち上げている。どうなるのだろうか。トランプが政治判断が求められるなかで情勢がサウジ関与を確定的になっていく。そうなると、当初、サウジに「厳罰」辞さないとの表明をしていたトランプは落としどころを見つけなければならない。トランプもサウジの関与を認めた結果だろう。一方、トランプ政権にはサウジとの決定的な関係悪化を避けたい思いも透ける。もし、トランプ政権が対サウジ制裁を余儀なくされれば、両国関係の悪化は避けられない。ヨーロッパの各国(英仏独)もサウジ避難に傾いている。一方のサウジ政府は声明で、「経済制裁や政治的圧力による脅しは完全に拒否する」、「サウジは(国際経済に)大きな影響力を持っている」と強調したうえで、同国への制裁が発動されれば対抗措置をとる考えを示した。たちまち、原油価格の上昇要因に繋がる可能性を暗に示唆したものである。ここに来て、サウジ政府は記者死亡(殺人があった)を認める意向を示しだした。これ以上しらばっくれても泥沼化するばかりと悟ったようだ。問題は誰が(殺害を)命令したかだが、その言い訳として、カショギ記者を本国に連れ戻す目的でおこなわれた尋問中に、「皇太子の命令取り違えた将軍が手違いで死亡させてしまった」と言うわけだ。見え透いた嘘を並べたものだ。そして、作戦にかかわったが者に責任があると結論づける可能性があるという。カショギ記者の死は、政治のバランスの上で、後から振り返っても明らかに無理のある決着で終わってしまいそうだ。【古今和歌集】567.君こふる涙の床にみちぬれば みをつくしてぞ我はなりける (藤原おきかぜ)あなたを思う涙で床が満ちてきたので、その中にいる私は「澪標」(みをつくし)になってしまった(みをつくし=身を尽くし ・・・ 船に道筋を教えるために水の中に打った杭)
2018.10.17
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今日のセミウォーキングは西国街道を梶原高架下迄歩き、折りかえしてシャルマンを通って帰宅した。連れ合いは、七草の会の女性だけが集まる会で、友人宅に出掛けた。友人はクラブコンペに出掛けているようだ。***赤字が続いたシャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に乗っ取られて2年が経過した。その後の記事が日経にあった。戴正呉が会長兼社長を務めているが、現在のシャープの様子は必ずしも盤石ではないようだ。8月に、60年近い歴史のある八尾工場(大阪府八尾市)の冷蔵庫生産を海外に移すと決め、液晶テレビの栃木工場(栃木県矢板市)も、2018年末までに生産を打ち切る。これで家電の生産はほぼすべて国内からなくなる。乗っ取られたから好きなようにされても仕方が無いが、これは寂しいことだ。大型液晶テレビの亀山工場(三重県亀山市)は辛うじて残るようだ。鴻海は、もともと受託生産企業であり、アップルなどの製品の生産をそっくり引き受けて生産する会社だっだ。それでは飽き足らず、完全に自社が一貫して企画設計生産を行える企業にしようと、米アップルをめざす目標を掲げている。その計画で手っ取り早いのが、シープの買収と云う事だった。シャープが赤字を続けていた(2016年3月期に主力である液晶事業の不振で最終損益が2559億円の赤字となり債務超過になった)ところに目を付けて、鴻海が買収へと動いた。正式買収までには紆余曲折があったが、シャープの株は72.73%が鴻海に移つり、日本の大手電機メーカーでは初の外資による買収だ。之でシャープは全く台湾のものになってしまった。合併当初は、鴻海はシャープに経営の独立性を最大限尊重し、事業の一体性も維持することを約束したし、雇用も原則維持すると云っていたが、それは甘い夢であったようだ。死に体のシャープには、四の五の言う暇が無かったのかも知れない。シャープ(日本)は鴻海の支援で得られる資金を、成長が見込める亀山工場の有機ELパネル生産増強に回そうとしていた。今日の記事では亀山工場は大型液晶パネル生産に絞ったように書かれている。結局は、日本側が意図したことや、思惑は無視されてしまったのだろう。当たり前のことだ。残った株式27.27%では文句の言えよう筈がない。それが合併というものだ。今更悔やんでも仕方が無いが、当時政府系ファンドの産業革新機構を選択しなかったことが誤りだったのかも知れない。革新機構はシャープの液晶や家電事業を他社と統合することを想定していたというから、下手に虚栄心を働かせた事による、台湾への完全身売りとなってしまったのだ。鴻海の意向はシャープのブランドは残し、アップルのような企業に育てようとのことだった。ところが、ここに来て、鴻海はシャープの赤字を黒字に転換したことには成功したが、その後の展開が思わしくなくなっている。黒字転換に当たっては、徹底的なコストダウンを行った。ここには書いていないが、日本側は相当絞られ、泣かされたことであろう。そのおかげで、黒字化達成なのだが、真の思惑は受託生産企業だった鴻海が生産は外部にまかせ、製品とサービスのブランドを研ぎ澄まし、それによって消費者を囲い込む企業像にしたいと動き出したのだ。ところが、中国では5年で2倍のペースで賃金が上昇している。そんな人件費高騰を受け、2018年l~6月期の鴻海の連結営業利益は前年同期比34%減となった。そこで鴻海が採ったのは、革新的な商品を企画・開発してブランド力を高めるという策だ。従来のシャープのブランドを利用しようとした。しかし、鴻海が黒字転換で採ったのがシャープ製品の拡販プロジェクト「天虎計画」だ。中国だけで100万人、世界120万人の鴻海の職員がテレビの販売に「総動員」されシャープの液晶テレビをあらゆる販路で売りまくったのだ。その結果、2017年度には中国でシャープの液晶テレビ販売台数は2016年度の約2倍の約400万台まで急増した。シェアの拡大を成し遂げ、世界3位にまで付けた。その原動力となったのは、シャープ製品の総代理店として、天虎で中核的な役割を担ったのが鴻海傘下の販売会社、富連網の働きだ。富連網が運営する会員制ECサイを通じ従業員から親族、知人への紹介と販路を広げていき、会員数を一気に300万人に拡大した。しかし、その代償が「シャープは安物」という評判だった。2018年9月27日、戴氏は深せん市の鴻海の工場で中国全土から集まった数百人のディーラーに天虎計画の事実上の終結宣言を行い、「今まで量を求めてきたが、これからは量と質切バランスを取る」と宣言したのだ。之までの販売路線を捨てて、独自に自らブランド戦略をマネジメントし、市場開拓の先頭に立つことを決めたのだ。ブランド回復の要にするのが液晶テレビの新ブランド「容視(ロイシー)」だ。人工知能(AI)を搭載し、見る人の好みにあわせた番組をすすめる機能もつけるという。ただAI家電は他社も強化しており差異化は難しい。鴻海が目標とするアップルのような革新的な商品やサービスを生む体制づくりはこれから構築することにしている。当面苦戦を強いられることになりそうだ。シャープは完全に台湾に乗っ取られてしまった。虎は死して名を残すと云うが、シャープという名が高級ブランドとして残っても、所詮は台湾製となるわけだ。古き良き時代にシャープを愛用していた者としては、寂寥感が漂ってくる。然し、よく調べてみると、中国に乗っ取られた日本企業は、シャープだけではないのだ。ソニーや三井不動産も実質的に外資に乗っ取られた日本企業35社の中に入っている。勿論株式の持ち分での分別のようで、昨日勉強した外国人投資家が全て外国人によるものではないとされているものの、むなしさは募ってくる。著名なところでは、シャープの他、日産自動車(仏ルノー)がある。また、ソニーやオリックス、三井不動産、良品計画なども外国人の持ち株比率が50%を超えていて、実質的に海外勢に乗っ取られた形なのだ。【古今和歌集】566.かきくらしふる白雪の下消えに きえて物思ふころにもあるかな (みぶのただみね)空を暗くして降る白雪が、下から消えてゆくように、表にあらわさないまま、あなたを思う心が消え入りそうなほど苦しんでいることだ(かきくらし ・・・ 暗くして 、下ぎえ ・・・ 降った雪の下の方が解けること )
2018.10.16
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今日のセミウォーキングは雨が降りそう(少し小雨もあった)ので一旦東に向かったが、方向を変え、島本駅で善意の傘を借りて島本高から第2小学校を回って、再び島本駅で傘を返してから帰宅した。今日は年寄りの給料日だ。沢山の爺さん、婆さんが銀行に集結していた。***日経新聞の「通説を疑え」が4日に亘って連載された。投資をする人を対象に株式市場に流布されている通説について検証したものだ。一般的にも参考になりそうなので読んでみた。エキスを記する。1回目は「製造業は稼ぎ頭」本当?千葉の東京ディズニーリゾート(TDL)が引き合いに出されている。営業利益率は何と23%だという。10年前の4倍に増えている。これに対して製造業を代表するトヨタ自動車は8%だ。稼ぎ頭は製造業という通説があるが、製造業の利益は為替変動に左右される事もあってか、実は非製造業の利益の方が製造業を上回っている。こうなったのはリーマン・ショックが契機だ。原因として世界景気の悪化による需要の激減が挙げられる。それは示された経常利益の棒グラフでも明白だ。グラフは2001年3月から2019年3月までを示しているが、リーマン・ショックの起きた2008年までは双方とも漸増していて、製造業の方が非製造業よりも多く2008年では22兆円に対し非製造業は16兆円程度であった。リーマン・ショックを経て2009年、製造業は3兆円に減少、非製造業は6兆円程度と逆転を許している。その後は一時並ぶ年もあったが、一貫して非製造業の方が利益は良く、2019年の予想では非製造業は26兆円に対し、製造業は24兆円と及んでいない。利益の増加が目立つのは建設業で2008年に比べて3倍程度の増加している。首都圏の再開発がもたらした事による好成績である。サービス業ではセコムが好調で、次いで通信も非製造業の利益を押し上げている。数字は置くとしても、内需主導の非製造業は人口減少にもかかわらず利益が増大している。理由は2つあり、1つは経営判断で、2つ目は外需の取り込みだ。1つ目の例としてはANAの出張客やインバウンド需要を取り込んだ輸送力増強だ。又、伊藤忠の非資源分野へのシフト、青果物や小売業の貢献も大きい。2つ目の例としてはリクルートHDの米インディード買収、東京海上HDの米英での大型買収だ。働く人の数も非製造業が優勢だ。全体の就業者数(非農林業)に対する製造業の割合の変遷を示したグラフを見ると、製造業は2006年辺りでは19%を占めていたにもかかわらず2018年には16%近くまで落ち込んでいるのだ。これに対し非製造業は6割を占めている。2回目は「円高だと減益」本当?輸出で稼ぐ企業が多いので、為替が円高だと業績は減益になる。このイメージが強い。さて日本全体ではというと、1998年~2017年の過去20年の内円高は11年あったものの、最終減益になったのは3回のみであった。別の指標でもこのことはいえる。為替感応度(1円の円高で減る年間の利益示す数値)では1999年度は1.1%だったのに対し1018年度は0.41%と半分以下になる見通しだ。その理由としては、第1に海外への生産移転と原材料の現地調達にある。自動車メーカーの生産をアメリカに移転したことやマツダのメキシコ移転などだ。第2に、為替のマリー(marry)という手法だ。為替リスクを回避するために、外貨建て債権・債務を組み合わせてバランスさせ、相殺してしまうのだ。ソニーの例ではスマートフォンの販売で得た米ドルでそのまま部品を購入して逆に1円円高にもかかわらず35億円のプラスとなっている。もう1つは円建て決済だ。これは強い競争力が必要だが、電気や建設業界では徐々に浸透している。第3に、通信や建設など為替変動の影響を受けにくい非製造業の成長だ。(これは前述)家具を海外生産輸入するニトリHDなどは円高がプラスに作用する。3回目は「日本株の主役「外国人」って誰?日本株の売買では投資家の属性毎に分けて集計され発表される。中でも外国人投資家が約7割を占めている。その外国人とは真の外国人だけではなく、海外の住所から発注されたもの全てを云うのだ。海外に拠点を置く日本人の場合も含まれているのだ。機関投資家が、海外投資顧問などを介して売買すると、証券会社からの発注時には外国人としてカウントされると云う事だ。難しいことは省くとして、海外投資家に名ジャパンマネーも含まれていることに注意する必要がある。4回目は「PBR 1倍割れは割安」本当?PBRは株価が1株当たりの純資産(資本金など)の何倍かを示す指標で株価純資産倍率という。PBRが1倍未満だと、もし企業が解散したら、株主には株価を上回る資産が戻ってくる(儲かる)事になる。日本の一流企業でもPBRが1を割る企業がある。(新日鉄、ホンダ、三井物産など)企業の中でも銀行はPBR1割れのところが多く、1以上なのは、セブン銀行とあおぞら銀行だけだ。特に地方銀行は全行が1割れで、平均は0.4倍だ。東証1部の4割が1倍を割れている。今ひとつ理解が及ばないが、PBRが1未満への投資は、有利なように見えて、必ずしも得策ではないというのだ。2008年以降は低PBRが全体を上回る事が難しくなってきて、低PBRへの投資は有効では無くなったと云う事だ。【古今和歌集】565.河の瀬になびく玉藻のみがくれて人に知られぬ恋もするかな (紀とものり)川の瀬になびく藻のように身を隠し、人に知られぬ恋もすることかな(玉藻 ・・・ 藻の美称 、み隠れて ・・・ 水に隠れて)
2018.10.15
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今日のセミウォーキングは高浜堤から上牧堤迄で、帰りは楠薫堂を通った。新らしい健康保険証が送られてきた。結構頻繁に更新されているが、それほど繁くやる必要は何処にあるのだろうか。無駄だと思うのだけれど。学会を終え、来年の学会の打ち合わせも終えた姫は3時前に湘南へ向かって帰途に就いた。1人で車を運転して帰るので、連れ合いは何時もより一層心配して見送った。LINEで途中のSAから経過を送ってきてくれたので、安心しながら見ていたが、休憩約1時間を含めて辻堂に着いたのは8時半になっていた。結構なスピードで走らせたようだ。***「製造業」はなくなるという。一寸どきっとするような標題のインタビュー記事が出ていた。日経新聞の未踏に挑むというシリーズだ。相手は日立製作所の東原社長だ。製造業に関係していた私にはその内容が気になった。未来のどこかで、製造業がなくなるのかとの思いだがどうやら形態が変化するという事のようだ。1990年に経済評論家の牧野昇が「製造業は永遠です」を著していたがとの思いもあった。インタビューの内容に沿って記述し、それに関する感想などを交えたい。冒頭、今日のデジタル化の波は製造業を根本から変えると云っている。なるほど、デジタル化のことを言っているのか。かつての製造業は次の2つの意味で形を変えるとのことだ。1つは、大量生産を前提とする工場の価値が減る。(然し、一品を注文生産する造船などはこの範疇にはないのだが。)2つ目は、膨大な生産データをビッグデータ解析し人工知能(AI)で分析すれば、製造工程の不具合や生産ロスを効率的に減らせる。(この点では、確かにITを応用すれば従来型の工程管理や工場の品質管理の形態はがらっと変わるだろう。)日本が世界濁して経済的な発展を成し遂げたのは、製造業があってのことだと自負しているし、我々技術者がそういった分野で貢献していたわけだが、今後は従来型の技術者は変化していくと云う事のようだ。デジタル化によって、データを収集することで、それを基に設計図面を自動生成したり、少量多品種の製品を簡単に作れたりするのだ。3Dプリンターなどの最新技術は大いに役立つことだろう。製造業からは離れるが、デジタル化は電子商取引(EC)や電子決済の普及など消費者に近いところで起きている。これもデータによって消費者が何を欲しがり、何には興味が希薄であるかなどと言ったことを明らかに出来るのだ。消費者が欲しがるものを集中的に提供することが可能になってくる。之によって、メーカーとサービス事業者などとの垣根が崩れると言っている。そこで、インタビュアーは「メーカーの存在意義がなくなるということか」と質問を展開している。私は何故そういった方向の質問が出るのか不思議に思った。メーカーとサービス業者の垣根がなくなっても製造業がなくなることにはならないからだ。更に読み進む。そうすると、メーカーだけに留まらず、エネルギー、運輸などすべての業態で垣根が消えてしまうとのことだ。云わんとするところは、消費者ニーズのくみ取りから商品設計、生産、物流、販売という大きなビジネスの流れのなかで、メーカーは製造のみを対象に生産に集中していればよかったのだがそれに留まっていられないという意味のようだ。あらゆるデータが瞬時に集まる時代になる近い将来には、調達から物流、マーケティング、販売は一体でやらなければならない。メーカーは生産分野から下流に領域を広げようとするし、サービス企業も生産委託などを使って上流へと領域を広げるとのことで、今までの役割分担が崩れる。将来的には、消費者(世の中)のニーズをつかめた企業だけが生き残る時代が来ると言うことだ。こう言ったベースになるのがデータで、その莫大なデータを集める米IT(情報技術)大手が主役の座を占め、製造業は単なる下請けになってしまう可能性を指摘する。従来の経営資源は技術や人材、カネであったが、それにデータが加わることになる。データ収集は1社ではできないし、1社で抱え込んでも新たな付加価値を生み出さない。したがって、データを軸に異業種と合従連衡を進めるべきだと述べている。様々なデータは政府に集まりやすいのでデータが資産となる将来の経済に対応するために政府との連携も欠かせない。中国は14億人の国民のデータを集めて新たな産業政策「中国製造2025」を策定し、押し進めている。中国政府はそういった海外へのデータ持ち出しを規制していて、国際的な問題になっている。データを抱え込むのがよいのか、それとも開放する方がよいのか。将来、中国政府は判断を迫られることになる。トランプによるアメリカファーストは、世界中に保護主義を芽生えさせ、その結果米中貿易摩擦が激しくなっている。しかし長い目でみれば一時的な波だと判断している。最早世界のグローバル化は逆戻りできない状態になっている。情報が瞬時に国境を越えるデジタル時代のグローバル化では先進国と新興国とが同時に情報を受けることになり、先進国から新興国へという時系列的な流れはなくなる。情報の質も量も平準化される。逆に、新興国からモノやサービスの在り方を学ぶ「リバース・イノベーション」が多くなる事も考えられる。日立もグローバル化は完全ではなく、2018年は真のグローバル企業に進化しようと社員を鼓舞している。そこで、グローバル企業への道筋の定義を確立することを指示しているが、それは、「M&A(合併・買収)で事業規模を大きくしてもいいし、世界シェア首位の製品を創出するのでもいい」と云った具合だ。具体的な社内目標は割愛するが、これからは感性磨くことが肝要としている。感性を磨くことは、AIにはできないと考える。AIが人の仕事の場を奪うという見方に対しては、AIが人間を超える「シンギュラリティ」は起こらないと見ている。確かに、計算や検索能力ではコンピューターが人をはるかにしのいでいるが、社会のニーズをくみ取る共感力、問題解決のために何が必要かを探る提案力はAIには担えない。故に、人間のために、何をつくり上げるのかを決めるのは人間でしかないという。(これは一般的な考えだと思うが、AIがAIを育て、その究極には、人間に勝るある種冷徹な存在が発生するかも知れないのではないだろうか。一寸SF的すぎるかも知れないが)創造型の人間(例えば故スティーブ・ジョブズ)を輩出するのは、並大抵ではなく、日本人だけでイノベーションを起こすことには無理がある。故に、異なる感性を持つ海外人材と一緒に取り組む必要がある。更に、働き方に対しても、自宅やサテライトオフィスで勤務できるテレワークで新しい発想が生まれる可能性を見込んでいる。日本企業の活力低下は、従業員の非流動性にあるとも言う。そのためには、報酬制度を変え、仕事の役割の重さや個人の成果で報酬を決める評価制度をとるべきだという。長く在籍しているからでは無く、いかに社会貢献するかが判断のポイントだ。(このことは私も経験したが、なかなか現実には難しいものを含んでいる)このように見ていくと、製造業は無くなるのではなく、形を変えていくという事だと気づく。人工知能(AI)などのデジタル技術が進んで、製造業のあり方が大きく変わるとのことだ。デジタル化のなかで生き残る条件の1つに「自前主義」からの脱却を挙げている。現在の世界の趨勢と理想の形態は大きく乖離しているようにも思える。今日の素材や機械、自動車業界での品質不正にも言及し、その背景には人材不足による現場力の低下をあげている。熟練の技術者が減り、生産現場が自発的に品質を維持する力が目減りしたし、研究開発の国際競争力も下がった。新たな価値を生み出すためには、過去の実績やしがらみにとらわれないことが必要だと締めくくっている。【古今和歌集】564.わがやどの菊の垣根におく霜の きえかへりてぞ恋しかりける (紀とものり)庭の菊の垣根に置く霜が消えていくように、我が身が消える(命も消えてしまいそうな)ほど恋しく思っている(消えかへりて ・・・ すっかり消えて )
2018.10.14
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。昨日姫は奈良で泊まり、今日は来年の3月に北千里で行われるLifetech 2019の打ち合わせに行くと云っていた。その後実家に帰ってきた。明日からは大学での講義がびっしりあるとのことで、準備をしていた。今晩はここで泊まり、明日湘南へ帰ることになった。夕方孫2人が、そろってやってきて、学会で貰ったお菓子などを持って帰った。***「造船再起、中国大手と同舟」という記事が紙面に踊っていた。副題に三井E&Sが合弁とあったが一瞬合弁を合併と読み間違い、何ということだと目を疑ったが、よくよく読むと合弁だ。それなら仕方が無いかと思う一方で、造船は矢張りここまで来てしまったかと嘆息する。三井E&S造船(面倒なので以下では三井造船と書く)は既に、川重との合併を逸し、単独で生き残りを模索してきた。老舗の玉野事業所では、艦艇だけしか造らなくなり、やがて千葉造船所でも商船の建造をしなくなった。商船の建造は全て提携先の常石造船に預託するという形だ。私は商船の設計で育ち、10年して海洋構造物(石油掘削リグなど)に転向したが、やがてOPECの政策変更で石油掘削リグの引き合いは全く途絶え、行き場を失ってしまった。そのおおもとの造船がここで消滅してしまうのかと残念な気持ちになっていたところだ。そして、ここに来て中国との合弁かと一層落胆の気持ちになってしまった。ともあれ、この合弁には三井物産も参加も参加しているという。その昔、三井造船は三井物産の造船部門として分離独立した経緯があるので、今や取り扱い上、元の古巣に帰ってしまった感がある。今回の合弁先は揚子江船業(控股)有限公司で本社は中国江蘇省となっている。シンガポール市場に上場している。合弁に当たってのコメントでは、揚子江船業の豊富な生産能力と長年培ってきた三井物産の幅広い営業力、並びに三井造船の高度な技術力を融合させて、国際競争力のある造船業を目指すとある。なるほど聞こえは良い。三井造船が三井E&S造船に社名を変更した経緯は、造船の名を残しつつもE即ちEngineeringが先行するとの意味合いである。既に数年前から、内々には使われていたが、この機に正式に社名としたようだ。然し、この名前は正直、センスのない極めてダサイと云わざるを得ない。今年の4月から純粋持ち株会社制に移行し業容を拡大するという意気込みだそうだ。然し内実は造船の低迷で、どうにかして造船を分離したいという意向の表れなのであろう。他の総合重工業各社は、既に造船に見切りを付けて、海から陸、空(航空・宇宙分野)へと進出し業容を拡大しているところ。しかひ、三井造船は、造船の売上が他社に比べて大きく、なかなか造船という名前を外すことが出来なかったという経緯がある。有り体に言えば、造船以外の分野が育たなかったと云う事だ。2017年は丁度操業100年目に当たる。物産から造船がスピンアウトして丁度100年目で、造船の冠を外すことになるわけだ。社長は、機械出身であるから、この踏ん切りはむしろ望むところだろう。全社員の意識改革を促すとしているがさてどうなっていくのだろうか。売上高5000億円強の時代から売上1兆円を目指そうとの大望はあったものの果たせず、現在も7000億円程度で推移している。かつて肩を並べていた三菱重工業や川崎重工業、IHI等に水をあけられてしまった感がある。社名を変更した後の親会社の三井E&Sホールディングスとしは、国内で冠たる技術を誇る部門がある。舶用ディーゼルエンジンとか港湾用クレーンなどだ。さらには、スピンアウトした子会社の三井海洋開発(MODEC)での浮体式石油・ガス生産貯蔵積出設備(FPSO)は今や世界的な企業となっている。MODECは私が従事していた海洋構造物をそっくりそのまま子会社化したもので、今では売上高は2200億円とかつての三井造船の海洋部門として大成功している感がある。昔の三井造船は利益を出す部門も、損失を出す部門も同じどんぶりの中に放り込んで、有耶無耶(不調部門を好調部門で尻ぬぐいする)にしていたのだ。その頃は、造船部門は好調で利益を出す組だったが、今ではそろそろお荷物になってきたというわけだ。しかし、かつて飯を食わせて貰った恩義もあることだし、名前も造船が付いているので、なかなか大なたを振るえなかったわけだ。勿論造船も生き残っていかなければならないわけで、国内での合併が成功しなかった(川重との合併は破談になった)のでやむを得ず中国との合弁に踏み切ったわけだ。合弁会社は2019年4月に設立される、資本金は約110億円で、現在の揚子江船業が拠点となる。揚子江船業が株式の51%を持ち、残りを三井造船と三井物産が持つのだが、これは完全に主導を中国に委ねたことになる。先ずバラ積み貨物船や鉱石運搬船等を三井造船の設計で合弁会社が建造することになるが、やがて、付加価値の高い超大型タンカーやLNG船の建造もすると云うのだから、完全に高度な技術のノウハウも全て中国側に明け渡してしまうことになるわけだ。かつて、三菱重工や川崎重工が、同じように中国に技術を輸出してしまっているわけで、今度は、三井造船もその仲間に入り、之で完全に日本の造船は中国によって肩代わりされてしまうことになるだろう。私は合弁が成る2019年こそが、日本が造船から撤退する(させられる)元年になるのではないかと感じている。三井造船は既に常石造船と提携しているが、常石造船の実態は、既に中国やフィリピンなどで、造船所を構えているわけで、その後塵を拝する形になってしまったわけだ。何とも気分が塞がるような日本の造船の将来であるが、かつて海運国(造船も然り)だったイギリスが、凋落していった軌跡を、今日本が辿ろうとしているわけだ。以下に2018年10月12日付の日経新聞の記事の一部を転記しておこう。かつて三井E&Sが思い描いたのは国内での再編で生き残る方法だった。国内で造船の大型再編の機運が強まり、13年にはユニバーサル造船とIHIマリンユナイテッドが統合し、当時の国内最大の造船会社となるジャパンマリンユナイテッド(JMU)が発足。三井造船も川重との統合に動いた。だが、川重内部で意見対立が激化。統合を主導していた当時の長谷川聡社長が解任され、交渉は打ち切られた。国内再編論の背景にあったのは、スケールメリットを生かした調達コストや間接費の削減だ。だが、その後も国際競争が激化するにつれ、この戦略が時代遅れになりつつある。世界の海はリーマン・ショック以前に大量発注された船で飽和状態が続いている。新造需要は落ち込んでおり、新規受注を巡る価格競争はむしろ悪化している。人件費が高く、規模も小さい日本勢の間の再編だけでは、勝ち目はない。17年の世界の造船市場で、日本勢の受注シェアは7%と過去最低に沈んだ。実際、JMUは国内に7つの造船所を抱えるが、規模のメリットを発揮できずコスト管理に苦しんでいる。18年3月期にはLNG船の建造の遅れなどが原因で、700億円近い最終赤字を計上した。中国の造船技術はまだ発展途上だが、人件費は日本の3分の1程度だ。揚子江船業は民間造船所として中国最大規模で、17年12月期の売上高は192億人民元(約3100億円)と国内最大の今治造船にも並ぶ規模だ。「未曽有の造船不況の中でも収益力を維持しており、日本の設計や建造技術を持ち込めば高付加価値の船を低コストで建造できる」(三井E&Sの古賀哲郎社長)かつて統合相手と見込んだ川重はさらに先を行っている。破談後、中国シフトの姿勢を鮮明にし、国内の主力工場の坂出工場は2本のドックのうち1本を閉鎖し、造船関連の人員も配置転換。好調な中国の合弁会社のドック増設工事を進めている。自動車運搬船などの難度の高い船の建造も手掛ける。三井E&Sが意識していないはずがない。国内の造船業では三菱重工業が17年に今治造船など専業メーカー3社と商船の開発や建造で業務提携。18年に造船部門を分離するなど各社が生き残りをかけて模索を続けている。三井E&Sも海外展開はまだ追う立場で、今回の揚子江船業との合弁会社の効果を引き出すには、ともに出資する三井物産に頼るところが大きい。三井物産は揚子江船業と厚い取引がある。合弁会社にも顧客の紹介などが期待されている。三井E&Sと揚子江船業を引き合わせたのも三井物産だ。水先案内人の力を借りながら、荒波に臨む。(朝田賢治)【古今和歌集】563.笹の葉におく霜よりも ひとりぬる我が衣手ぞ さえまさりける (紀とものり)笹の葉に置いた霜の冷たさよりも、独り寝の私の袖のほうが、よほど冷たく冴えている(衣手 ・・・ 袖 、さえ ・・・ 冷えて)
2018.10.13
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学会4日目、最終日だ。この日に掛かった第17回北摂天神会ゴルフと小学校の放課後学習会は不参加とさせて貰った。起きて直ぐ、今晩の温泉利用カードを探したがなかった。連れ合いに連絡すると、どうやら今日チェックアウトだからだ。無理もない。気がつかなかった。もう1日延長しようかとの返事だったが、自宅までは近いのだから、その必要は無いと云った。11時がホテルのチェックアウトタイムなので、荷物は取りあえず部屋に置いたままで行動した。テレビでは、昨日大幅な世界株安のニュースが流れていた。どうやら日経株価も一挙に1200円ほど下がっているようだ。アメリカでの度重なる金利引き上げが原因だとか。株や為替の話になると、全く分からない。いつも通り、7時にレストランに降りていった。中学生の修学旅行だろうか、レストランはちびさん達で一杯だった。遅れて連れ合いが降りてきたが、矢張りあまり食欲がないようだ。私は、先に引き上げて、8時15分に受付に降りた。1時間ほどは通常の受付をした。その後、北大の学生は19時に伊丹から飛行機に乗るので、16時に完了として、早めにアルバイト料の精算をする事にした。その他の学生の分も含めて、予め領収書を準備した。北大生は、7人全員が31時間と合わせてくれた。1人は32時間という人も居たようだが、みんな同じ行動をしていたのだからと割り切って考えてくれたようだ。何となく行儀の良さを感じて感心した。山口大は女性1人を除いて、三々五々に終了時間が異なった。最も早く終了したのは、中国の留学生で、予め昨日の午後から独自に奈良見物をして回ったようだ。続いてもう1人も退出が早かった。更にもう1人も9時30分には精算を終えていた。その君が会場を離れたのは、午後になってからだった。それぞれに労いの言葉と謝辞を伝えたが、彼らは素直に感謝の言葉を残して出て行った。その後も数人の登録者が来た。一段落したのを見計らって、私も部屋に帰り、荷物を運びだして車に積み込んだ。同時にチェックアウトを済ませた。再び受付に戻って、之までの参加者登録の集計をしてみたところ、407人が登録を済ませていた。残り43人と云う事になったが、午後のセッションだけにそれだけの人が来るとは思えなかった。午前の最後に会計担当の先生から学生アルバイト代として新たに100万円を預かった。第1日目に小銭5万円と1万円札で10万円の合計15万円を預かり、少し遅れて新たに80万円を預かっていた。本学会で私が預かったのは都合195万円と云う事になった。早速先に帰る予定の北大生のバイト精算を行った。皆同じ31時間なので、計算は簡単だ。細かな話だが、1人ずつ精算していくと、各人に1000円ずつ渡すことになり、千円札7枚は必要になる。もしくは、1人から9000円のおつりを貰うことになるが、時間短縮もあり7人分纏めて払って、学生間で互いに分配して貰うことにした。快く応じてくれて、手間が省けた。勿論領収書は1人1人書いて貰うのだが。最終セッションが13時から始まり、流石に駆け込みの参加者はもういない。13時45分に実質的に受付作業は終了した。学生達には、出面簿(私はこの言葉をこの学会以外で使ったことがなかったので違和感があったが)を15時30分で締めて貰い、後片付け分は、追加で処理することにした。14時30分、最終的な学会参加者を確認した。( )は当日登録者の内数9日:226名(2名)10日:98名(4名)11日:55名(6名)12日:33名(5名)合計:412名であった。最初450名と云っていた登録者数は、重複した人が数名あったので差し引くと436名だった。従って、参加予定者の内24名が来なかった(参加料を払っていた人はその内4名ほど)と言う事になる。そして、15時30分からクロージング・セレモニーが行われた。私は、今日車で帰ることになっているので、少し遅れて参加し、お酒は飲まない。適当に食事を採って、オーストラリア在住の学会のVIPの1人や学会のボス(姫のかつての上司)と歓談した。VIPの1人であるその人は、お酒をプレゼントしたり、ワインを貰ったりしているので、毎回顔を合わせると親しげに話してくれる。今年は既に13回海外に出掛けていると云うくらい活発に活動をしているようだ。生涯働くのだと云っていたが、我々よりも3つ4つ若いようだ。外交辞令であろう、オーストラリアに来たら案内するとまで云ってくれた。少し早めに切り上げるとき、ただ1人パレスチナからの参加者がいて、アラビア語で「イラリカー」というと、直ぐに分かってくれた。「さようなら、又会いましょう」が通じたようだ。少しアラビア語をかじった成果(?)かと、一寸気をよくした。そういえば、インドネシア語の「テレマカシー(ありがとう)」もこの学会で覚えた。之が国際学会というものなのだろう。手伝わせて貰った姫に感謝しなければならない。最後に会計担当の先生に収支の報告を行った。先生が太鼓代とバス代を混同するなど、少し勘違いをしていたところや両替時の手数料分が合わないと云う事があったが、最終的には収支が完全に一致したのでホッとした。次回は大阪千里中央の千里ライフサイエンスセンターで行われる。その時には、もう少しスマートに出来るように考えないといけない。私が管理する学生のアルバイト代(私も同様にバイト代を頂いている)としては73万2500円という結果になった。大きなアイテムではバスツアー代=35万円、和太鼓演奏代=21万6000円、カメラマンへの支払い=17万円があって、その他には先生方の交通費とか弁当代、お菓子代、雑費(これらの合計は約17万9千円)などがある。収入側は当日登録で現金を受け取った分があるが、これは別途精算済みだ。そこで、先生にお返ししたのは195万円-(73万2500円+35万円+21万6000円+17万円+17万9000円)=30万2500円となる。細かな数字は既に明細を渡してしまったので、若干ずれがあるかも知れない。この大まかな数字は、次回の会計時には頭に入れておかねばならないだろう。こうして学会最終日が終わった。最後に残った花束やお菓子などを勧められるままに頂いて、車に運び入れ、奈良ロイヤルホテルを後に帰途に就いた。連れ合いと2人でこの学会の感想などを話ながら運転していたので、城陽ICで間違って一般道に降りてしまった。然し、信号が少し多いだけで、差ほど混雑も無く、久御山を経由して何時もの慣れた道に出て帰り着いた。
2018.10.12
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学会3日目に入った。朝はいつも通り、6時45分に起き、8時には受付に降りた。まだ誰も来ていない。ホテルの従業員が駆け寄ってきて、控え室のカギを開けてくれる。ホテルの従業員は、訓練されているようで、とても気が利くし、丁寧に応対してくれる。各セッションのドア前の案内の表示灯もホテル側で用意してくれたとか。また、出された食事も美味しくいただけたし、参加者の皆さんの評判も良いようで、会場選びは十分成功したといえる。ただ、難があるとすれば、ホテルの近くに食事処や飲み屋が少ないと云う事だろうか。それが奈良だと言う事かも知れない。今後インバウンドを増やすなどと云っている割りには、奈良の街はまだまだ十分ではないかも知れない。さて、始まって直ぐ、IEEEの女性がコミュニティーチェアーである姫を訪ねてきた。更に8時半には学生達がやってくる。1人だけ、喉に腫れ物が出来たことで病院に診察を受けに行っているために10時30分に出てきた。悪性のものではないとのことで、ひとまず安心だ。9時過ぎには、当日登録者が、続いてやってきた。当日登録というのは、参加登録が、10月9日を過ぎた人のことで、私が貰った正式な登録者は440番までの人となっており、10月9日以降に登録した人は、システム上受け付けていてもリストには出ていない。そこで、貰ったリストに無い人は、その都度、新規登録として扱えば良い。しかし、その登録者が、既に参加費を払っている場合には、やたらと領収書を切るわけにはいかない。従って、参加費払い込みの有無を確認しなければならない。そんな時一々担当の先生に照会するのだが、今回初めて締め切り以降に払い込みを済ませた人のリストをプリント・アウトしてくれた。それによると441番以降450番までの参加者がいることが判明した。最初からこの追加リストが有れば時間短縮が出来たものをと、来年に活かそうと思った。バスツアーの最終的な確認を行った結果、学生10名を含めて、139名の参加となった。バスツアー関連のお金を25万円を担当の先生に渡したが、後で何故か団体割引をして貰えないとかで、追加10万円を渡した。139名が参加しているのに団体割引の対象にならないのは何故か、そんなことを思いながら、詳しい説明を聞いている暇はない。中国の学生らしき男性が、質問をしてきた。どうやらポスターセッションを4人連名で出しているようだ。表彰されたら、1人だけか4人全員なのかと聞いているようだ。4人全員だと応えると、納得して帰るが、その後も3度同じ主旨で質問に来る。中国人のつたない英語と私のつたない英語力が合わさるとなかなかすんなりと理解して貰えないようだ。バスツアーに出掛ける人が、2階のロビーに集合し、弁当を貰って1階へと降りていった。ツアーのバスが出発した後の2階ロビーは全く静寂になったほどなく、1~3号車は多めに詰め込んで出発したようで、何と4号車は10数人、5代車に至っては、担当の先生と学生2人の3名だけだったようだ。あれほど綿密に参加者数を報告していたのは何だったのだろうかと、訝しい気持ちであった。最終バスの担当の先生は、ホテル中を走り回って臨時にツアーの勧誘をしていたが、結局集まらず3人だけでバスは発車となったようだ。帰りは数名を拾って乗せたとかで辻褄を合わせていたが、4台で十分だったようだ。17時前には全員無事にホテルに帰着した。参加者の法隆寺の感想は、なかなか良かったと云う事だ。17時から、19時までの3時間は、キーノート・スピーチで、手空きの学生はその会場に行くようにと要請された。受付には5人ほどが残って残りは皆会場に入った。最後のスピーカーは予定よりも早く終了したためアワードバンケットまでの時間に余裕が出来た。初日(9日)に財布を落としたという台湾の学生がいたが、どうやら駅で拾得されていたようで、他人事ながら、安堵した。之についても1人の学生が気に掛けてやり会場内を探し回るなど手を尽くしてくれていた。バンケットでは和太鼓の演奏が計画されていて、仮出金で21万6千円を担当の先生に渡した。17時前にスポットでタイムキーパーをしてくれた2人が帰るというのでアルバイト料を支払った。キーノート・スピーチが始まって15分後に受付をクローズした。後の反省会で、今日のようにクローズ時間が来たら、その後何人かが遅い時間に来たとしても明日に回してくれても良いとのことになった。翌日発表する予定の人が、予め会場を見ておきたいというついでに前日に受付をしようとするだけなのだから、翌日に回しても、大きな混乱はないだろうとのことになった。昨年は会議場とバンケットの会場が違ったので、15時にクローズして、移動したことを思い出した。今受付の問題点をあれこれ思いつくが、毎年のことであり、去年は、来年の奈良での学会のために事前準備をと思っているとの記録が残っている。毎年、記憶に新し内にはそう思うが、又数日すれば忘れてしまうだろうとも書いている。アワードバンケットがきっちり19時に始まり少し遅れていくと既に太鼓の演舞が始まっていた。大太鼓を2人で、小さめの太鼓2つに各1人の4人で、演奏をしていた。なるほど勇壮ではあるが、10~15分程度の演奏で1人当たり5万円強というのは結構良い商売だと思った。会場を埋め尽くす円形テーブルの後ろの方のテーブルに席を取るとその席は、中国人であろうか男女の2人組と、ミャンマーからの先生が1人だけで、我々2人と併せて4人だけであった。優秀論文、オーラル発表、ポスターセッションの各優秀者への表彰が演壇で行われていた。一連の表彰が終了して、乾杯の発声と共に食事が始まった。今年は、各人が料理を取りに行くのでは無くホテル側が、次々と料理を運んでくれ、客は居ながらにして食事できるという形式だった。去年は、いざ食事となると、人気の料理に長蛇の列が出来るなどなかなか食べ物にありつくのが大変だったのに比べると、安心して座っていられた。一段落すると、スタッフの先生が回ってきて、しばし歓談した。この会議の裏話などなかなか興味のある内容ではあったが、既に之までの会議で、聞いていた内容であった。こんな時には連れ合いが主に聞き役だ。相手のしゃべりたいことを上手く誘導して聞き出すテクニックは、相当なものだ。私もビール瓶を片手に学生アルバイトが座る2つのテーブルを回って、慰労した。「先生と言われるほどの・・・」とは云うが、私もそんな席では先生であった。学生達は、素直でなかなか好感の持てる者ばかりだが、考えてみれば、私たちの子供よりも若いのだから、当然なのかも知れない。会場内も三々五々帰る人たちが増え、席の空間が目立ち初めたので、我々2人も席を立った。部屋に帰る前に今日の人数の締めくくりをしてみたところ、参加者の合計は379人であった。計算上では、残り71人が明日登録に来るであろう事が予想された。そのまま部屋に帰り、温泉に浸かるために地階1階に降りた。アルコールが入っていたけれど、注意深く温泉に浸かり、サウナにも2回ほど入って、十分に英気を養った。斯くして学会3日目、奈良ロイヤルホテル4泊目の夜は過ぎた。
2018.10.11
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今日は6時45分に起きた。今朝は朝風呂に入らない。今日の朝食は、連れ合いと一緒に採ったが、連れ合いは昨日まで胃が痛くなったので、ほんの少し食べただけだ。今日のレストランはやけに旅行者と覚しき中国人が多く、やたら声高に中国語が飛び交っていた。学会の先生方も数人が同じテーブルで話ながら朝食を採っていた。受付のある2階に降りたのは8時ちょっと過ぎだ。タイムキーパーとして新たに2人のアルバイトが顔を見せた。チュートリアルが開かれる部屋に学生の殆どが入っていったので、受付は5人ほどになった。流石にこの時間には登録者は来なかった。昨日書かなかったが、学会場は、奈良ロイヤルホテルの2階の部屋全てを借り切って行われている。大ホールをパーティションで仕切ってあって、合計7つの部屋でそれぞれのセッションが行われている。受付はロビーの一角であり、今年は広い範囲が使えたので楽であった。オープニングのウエルカムレセプションは、本棟とは廊下続きの別棟のロイヤルホールで行われた。更に、アルバイトや受付業務には関係ないのだが、忙しい人がもう1人いる。カメラマンだ。第1回から専属で従事していて、7つあるセッションの様子や、レセプション、バンケット、バスツアーなどあらゆるスナップを撮りまくるのだ。1日1500枚は下らない撮影数だという。毎日会議の終了後に整理(ホテルの部屋であろう)をして、翌日には設えられたスクリーンにスライドショーのように映し出してくれるのだ。昨日どんな様子だったかが分かり、発表している姿を見つけて喜ぶ学生達もいた。部屋の入り口付近には、学会が用意した幕を張った背景スクリーンが置いてあって、そこでは様々なグループが記念撮影をしていた。昨日の宴の後の酒樽を返却して貰うために学生が動いてくれた。ヤマトでは樽は扱えないとのことで、別途返却してくれたようだ。(因みに1斗樽の送料は4461円だった)講師の先生方の交通費を払うのも受付の仕事になっている。弁当代も然りだ。昼前には、交換留学制度なのか、宮崎大学から28人の参加登録一行がやってきた。日本人は8人で、後の20人は全員ミャンマーの学生だ。引率の先生はインドネシア人で、永年日本に滞在しているので、日本語はとても上手であった。宮崎から空路伊丹に着き、バスをチャーターして奈良まで来たとのことだ。この学会のスポンサー的な存在で、毎年多くの学生を参加させている。今日初めての当日登録の男性が来た。リストに挙げられていないので、別途当日登録者のリストに名前を書き、メンバーとか、学生とかで決められているカテゴリーの中のいずれに属するかを聞く。IEEEのメンバーであれば7万円、ノンメンバーなら7万5千円学生なら3万円から4万円とこれも又メンバーであるか否かとか、学部生か院生かによって細かく決められている。最高が7万5千円で、最低は同伴者の2万円だ。そのカテゴリーによって領収書を準備し、且つ参加証を新規に作成する。次に支払い方法を聞き、現金ならば受け取れば良いし、クレジットカード(CC)支払いならば、登録専門の先生にお願いして処理して貰うことになる。支払ったことが確認できた時点で、領収書などを渡すといった具合だ。中国辺りから来た人は、時としてCCが通らないことがあるので注意しなければならない。ある参加者は4万円の登録費をCCで払うと奮闘していたが、結局通らずに現金支払いに変えていた。参加登録者の来訪が途切れたらとたんに暇になる。各部屋では、セッションが熱心に行われているし、ロビーで待機している人が数人居るくらいで静かだ。マレーシアから来ている留学生と雑談になる。起訴されているナジブ前大統領は、国民からも嫌われているとか、マハティールさんも身内を要職に就けているとか、政治の世界は、どこも同じようだ。ゴルフはしていないのでよく分からないが、お金持ちしか出来ないと割り切って眺めているようだ。自身は奨学金を貰いながら、食堂でアルバイトをして、食費はそこで食べるので要らないし、生活費は切り詰めているという。今回のアルバイト参加に際しても1泊1500円の一寸ゆったりはしているがカプセルホテルに泊まっているとかだ。金沢の大学を退官された人は足を引きずるように覚束なく歩いているが、奥さんと同伴で来られていて、法隆寺のバスツアーを楽しみにしておられるようだった。明日のバスツアー参加者は、現時点(13:00)で126名を数えている。之をツアー担当の先生に伝える。一旦は不参加としていても、気が変わったと参加を申し込みに来る人も何人かいた。そして同時にその時点での登録者の概略総数を計算すると327名の参加であった。更に五月雨的に登録者もバスツアー参加者は増えていく。再度、17:00現在で、バスツアー参加者を集計しなおすと135名と9名増加していた。バスツアーに参加する学生10名を決めて、残り10名は会場に残ることになった。明日の12時から17時迄の5時間の拘束時間だが、同行する者も、残る者も一律1時間のアルバイト料と決められた。法隆寺に行きたいという希望者は、ある程度楽しみながらだからという理由付けだし、残る者は、時に現れる登録者対応もあろうかとの目論見もあって、そのように決められたようだ。北海道から来た学生は、滅多にないチャンスだから皆行きたいのでは無いかと思っていたが、案に相違して、行きたい学生の方がたった3人と少数であった。逆に、奈良にそう遠くない名工大の学生は5人全員がバスツアー参加を希望していた。何故か領収書の落とし物が数点あったが、名前が分かっている場合には、担当の先生にお願いして、落とし主にメールで知らせて貰うといった方法を採った。Wi-Fiを張っているのだが、場所によっては通信事情が悪いようだ。そういった問い合わせも受けた。講演者が来訪したときと抱えるときとかには、特にタクシー代の支払いや領収書(こちらで用意した)の受取等で、特にばたばたする。17時30分には、全てのセッションは終了したが、まだ1部屋でポスターセッションが行われていた。完全に終了したのは19時で学生は全員帰って行った。その後、スタッフの先生方とのミーティングが持たれた。特にバスツアーに関しての細かい配置などの打ち合わせがなされた。5台手配していたバスだが、現申し込みが135名なら明日(当日)参加希望者が出てもキャパシティー的には大丈夫だとの確信が持てたようだ。ミーティングは21時前に終わり、お昼の余った弁当を頂いて、連れ合いと2人で、部屋で夕食とした。温泉にも入り、サウナにも入ったが、連れ合いが、腰の痛さを訴えているのが気になった。斯くして学会2日目も無事終了した。奈良ロイヤルホテル3泊目の夜だ。
2018.10.10
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朝は5時45分に起きた。家ならウォーキングなのだが流石に疲れて止めることにした。尤も昨日晩が遅くなったので、温泉に浸かり損ね、今朝朝風呂を使うためにも歩く時間はなかった。6時に浴場が開くとのことで、少し早めに地下に降りたら、きっかり6時に開いて、結局10分くらい待たなければならなかった。 汗を流し、浸かるだけだから、30分もあれば十分だ。部屋に帰って、7時には朝食に降りた。滝を造形している窓側の席を取り、バイキングを取って回った。パン食だ。全ての料理を少しずつ取ったら食べきれないようで、任意に選んで取り皿を満たした。最後は、ヨーグルト、デザートそしてコーヒーと締めたらお腹がいっぱいになった。 食後部屋に帰り部屋でネクタイを締め乍らテレビを見ていると地下鉄のホームから男に突き落とされたという衝撃的な映像が流れた。同じ男が2人目の人も突き落とそうとしたが、すんでの所で持ちこたえ、周囲に居た人と共に、突き落とそうとした男は取り押さえられていた。前の日寝不足だったからと云うのが理由らしかったが、何とも考えられないことが起こるものだ。ロンドンの話だった。8時過ぎに2階の会場前に降りた。さぁ、いよいよ学会の初日が始まる。 職住接近は、こんな時にとても楽だ。ジンバブウェでも職住は同じ家だったので、とても楽だったのを思い出した。その時同僚は、飛行機で成田に帰国するときが一番いやだと云っていたが、その気持ちは理解出来た。職住接近からいきなり埼京線の通勤電車に変わるわけだから当然のことだ。アブストラクトブックには、学会名をIEEE GCCE 2018 とあるが、正式にはThe Institute of Electrical and Electronics Engineering Global Conference on Consumer Electronicsとなる。家電学会の国際会議で、今年で第7回目になる。その全会議に参画させて貰っているので、様子は熟知しているつもりだが、1年に1回思い出すだけで、その後1ヶ月もすればすっかり忘れてしまうことになる。8時30分前には学生達が出勤してくる。タイムキーパーの人は各部屋の準備だ。受付にいてくれる人には、参加者のリストを渡す、そのリストに記載された参加者が今日を含め何日に登録に来たかを記録する。その時の注意事項はバスツアーに参加希望の人をカウントし、ネームプレートに赤い小さな印のシールを付けることと、女性にはスカーフを手渡すことだ。更に、領収金額が5万円以上の領収書には収入印紙を貼ることも必要だ。(この作業は去年までは無かった) 受付のリストは2つ用意し、2人が分散して受け付けることで、参加者を手早く捌くことが出来た。 今年の参加者の国別割合は日本=68.4%、台湾=14.8%、ミャンマー=5.1%、韓国=2.5%、タイ=2.4%、マレーシア=1.7%、インドネシア=1.0%、そして1%未満では、フィリピン、中国、イタリア、インド、イギリス、スリランカ、パキスタン、アメリカ、スウェーデン、フランス、モンゴル、オーストラリアと云ったところだ。 受け付け開始と同時に何人かがどっと押し寄せたが、参加者は概ね事前に参加登録して、会費を領収したことを示す学会からのメールを持参してくる。半数はスマートフォンをかざし、半数はプリントアウトした紙を見せてくれるのでスムーズに処理できた。 領収書と参加証(Certificate)その他のグッズを渡すために、相手の名前を聞かなければならない。自分の登録番号が分からないという人もいる事を想定し、リストは検索しやすいように苗字(Family name )でアルファベット順に並べ替えてある。 来た人に、「Give me your Family name please?」とまぁ、こう聞くと、大概の人は、ちゃんと応えてくれる。然し、どちらが姓なのか、どちらが名なのかが分からない場合もある。特に中国人や、長い名前を持っている国の人などに多い。そして、姓の方で探し当てて、名の方を確認して領収書などを手渡し、グッズを渡して1人の参加の確認が終了することになる。1つの例で、「Kai-Jia」さんという人が来た場合、Kaiが姓なのかJiaが姓なのか分からず、両方を探すことになる。たまたまこの人は2回登録していたらしく、1012でJia-Kaiさんで、1005ではKai-Jiaさんで、2つ登録してあった。1つは没で、1つが生きることになるが、本ケースの場合は、1012番の方で登録を受け付けた。まぁこう言ったケースは希だが他にも類似の事態があるといった調子だ。 中には、自分の名前が長すぎるので、参加証では省略してくれと云った特異な要求もある。やがて、連れ合いが何時も気遣ってお酒プレゼントする学界の重鎮が挨拶に来てくれる。最早顔なじみになっている。彼も又ワインを持って来てくれる。 会計を総括する先生が先ず15万円持参してくる、学生にお願いして、5万円を小銭に両替して貰ってくる(之が後々計算を面倒にした)もう少し早く、まとまったお金を預けて貰っておけば良かったと反省している。 昼食時間になったが、パラパラと参加者は訪れる。 午後12時30分部屋ではオープニングの簡単な挨拶があり、セッションが正式に始まると同時間にチュートリアルも行われる。出来るだけ学生に参加して貰うようにとの指示があって、受付は私を含めて6人になった。固定していれば、この人数で十分なのだ。 中には、バンケットには出ないので、その分返金はないのかとの問い合わせもある。之は丁寧に無いと答える。 当日登録者が2,3人来て、要人も来たようだ。要人については、支払いがないケースもあるので、名札だけを渡すことになっている。そうこうする内に再び会計担当者が新たに80万円を渡してくれた。之で合計95万円預かったことになる。 昨年博士課程から助教に昇任したマレーシアの男性が、研究室の5人を引き連れてきた。一昨年まで、受付業務をてきぱきとこなしてくれていたので痛手だったが、素晴らしいことだ。 落とし物が届くこともある。領収書だったり、カメラのキャップであったり、イヤホンであったりだが、概ね引き取りに来た。18時40分に受付業務は終了したが、その後、明日のバスツアーについて、打ち合わせを行った。 目的地は法隆寺だけで、バスは5台に分乗、各号車に担当の先生と、アルバイトは各2名が乗ることになり、アルバイト学生は合計10名参加する事になった。出発は12時で、お昼弁当はバスに持ち込んで食べることや、帰りの時間は、遅くとも15時30分には法隆寺を出ることなどが説明された。 現地のガイドは、23名もいるとのことで、皆ボランティアで、英語で説明したい人の集まりだという。 受付は19時に終了し、学生達はウエルカム・レセプションに参加した。少し遅れて私も連れ合いと共に参加した。舞台では、酒樽の鏡開きをして盛り上がっていた。ブッフェの食事を頂き、ビールも頂いて、22時には部屋に戻った。今日は、温泉に浸かることが出来、サウナにも入って疲れを落とした。 第1日目は無事終了、奈良ロイヤルホテル2日目の泊まりだ。
2018.10.09
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今日のセミウォーキングは高浜堤から上牧堤迄で、帰りは楠薫堂を経由した。明日からの家電学会で事務の手伝いをする事になっている。午後から奈良ロイヤルホテルに向けて出発だ。姫も車で行くとのことで、私と連れ合いは後から続いて、2台連なって奈良に向かった。去年は名古屋での開催で、出足に台風の影響があり電車に乱れがあったが、今日は何のトラブルもないようだ。昔奈良に行くには、奈良街道を使って、結構時間を要したが、今では城陽まで京滋バイパスから第2京阪に入り、部分供用されている新名神と高速道路が繋がっているし、その後も自動車専用の京奈和道路を通ると信号も無く、1時間も掛からないうちに奈良ロイヤルホテルに行き着くことが出来る。前をゆく姫の車はスピードを上げるが、適当な距離で付いていった。ホテルに到着して、チェックインを済ませて準備室に向かうと、会議のスタッフ(先生方やアルバイト学生達)による準備のミーティングが既に始まっていた。私が監督を仰せつかっている学生アルバイトの数は17名であった。やがて、少し遅れて参加の3人が加わり、総勢20人ということになった。アルバイトに従事する学生のリストを出力して貰い、つなぎ合わせて、今年のアルバイト管理簿を作った。本来ならパソコンを持ち込んでパソコン上での管理を平行して行ったら、もう少しスマートに出来るのにとは毎年思うことだ。リストによると、北海道大学が7人、山口大学が5人、名古屋工大が5人、湘南工科大が2人、そして龍谷大学が1人という陣容だ。この中には、マレーシアの留学生や中国の留学生も含まれている。この内訳は、博士課程が1人、修士課程が11人、学部生は8人でうち1人が女性という布陣だ。修士の2人と、女性は既に就職先も決まっているとのことだ。さらには、スポットのアルバイトとしてインドネシア人2人、フィリピン人3人も部分的なアルバイトがあった。従事した総数は25人となった。殆どの学生は、今年初めて顔を合わすのだが、昨年も参加してくれていた学生も3人居たので、仕事はやりやすかった。毎年名前と顔を一致させて覚えるのが大変だが、個性の強い人は覚えやすく、温和しい人はなかなか覚えられない。小学生でのボランティアでも顔と名前が一致しない事は多く、覚えられない状態が、年々強くなってくるような気もする。2人を除き、学部生は皆大学院に進むとのことで、我々が学生の頃と違って、大学院への進級は、今は当然のこととなっているようだ。尤も、国際学会に出席しようかという学生のことだから、そういったことは当たり前なのかもしれない。私自身の学生時分の気分を思い起こすと、相当大人だといった気持ちだった気がするが、接する学生は、温和しく、素直な若者達であった。運営する先生方は、8人で、皆顔見知りだったが、1人だけ今年初めて参加する先生がいた。北海道大の先生で、来年の学会は、その先生がチーフを務めるとかで、アルバイト参加の学生も北大生が多くなっている。他の学生も、会議を切り盛りする先生方の大学に帰属する人たちで構成されている。型どおりに、明日からの業務の説明と手順などの打ち合わせ行い、早速会場や受付デスクの整備を開始した。やる仕事は去年と変わらないのだが、仕事の流れを思い出すのに少々時間が掛かった。今年の受付の机は広い大型のものが使えたのはラッキーだったが、如何せん少々高めなので、座ったままでの書き物は出来なく、立たなければならないのは辛いところであった。参加者に配られるカンファレンスバッグの中に、講演の内容やタイムテーブルが書かれたアブストラクトブックやその内容を収めたUSB等のグッズを入れてセットにする準備を始めた。今回のグッズの中には、一寸洒落た、男性用にはネクタイ、女性にはネッカチーフが入っていた。参加予定者のリストでは、440人になっている。之に、登録締め切り後に駆け込み登録した人が数名、更に事前登録はしていなくて、当日登録を行う人が数名とがいて、会議が終了しないと参加者総数の実際の数は判明しない。従って、グッズの数はそれの人数を見越して用意しておくことが任務の1つだ。参加証明書や領収書をクリアファイルに入れて苗字のアルファベット順に並べて、箱に詰め込めていくのだが、リストがしっかりと、チェックされていないので、同名の人が別番号で登録してある人など重複している人も何人か居る。この仕分け作業が案外と骨が折れる。特に、登録者とその同伴者がある場合、同伴者の名前がない場合などあって、混乱を来すことがある。学生は完全にアルバイトだけという人は少なく、必ず途中で、発表などの本来の仕事がある。その合間(合間の方が多いわけだが)受付業務や会場の設営などを行うことになる。もう1つ重要なのは、各セッションで発表するプレゼンのタイムキーパーに入ることも含まれている。学生の中には3人ほど昨年も手伝ってくれた人も居たので、顔見知りでもあり、作業は案外と容易に進められた。去年から学生の集合写真を撮って、そこからスマートフォンの機能を利用して、顔を拡大して名前を付記し、とっさに思い出せない場合の備えとした。全体のタイムテーブルとしては、論文発表の間に、1日目はウエルカムレセプション、3日目は法隆寺へのバスツアー、3日間はアワード・バンケットそして最終の4日目には、クロージングセレモニーと結構催し物が多いのもこの学会の特徴かも知れない。本日、打ち合わせと、全ての作業が終了したのは、20:00であった。初日に顔と名前が一致したのは、去年参加の3人以外には、2~3人程度に終わった。その後、先生方と同行して夕食に出たのだが、ホテルの近くには適当な店がなく、近鉄新大宮駅を越える辺りまで歩かなければならなかった。一寸変な姿勢で座っていた時間が長かったせいか、何度も腰が痛くなって休憩せねばならなかったのは残念だった。ホテルで完結するだけなら申し分の無いロケーションなのだが、外で食事や飲み会をしようとすると、繁華なところまでは、結構距離のもあるので、現在の私の腰の状態では、一寸辛いところがあった。いよいよ明日が初日だ。
2018.10.08
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄で、帰りも水無瀬堤を通った。明日の午後から奈良での国際家電学会の手伝いのために出掛けることになっている、夕食は姫夫婦と、京都のアジェで採った。そこを出て、木屋町通りの新しく出来た感じのバーに入った。こんな所に入るのは、私にとって殆ど初めての経験だ。姫達が居なければ、おそらく入ることはないだろう。お酒を飲むなら赤提灯というのが身についているので、なんだかおしりが落ち着かない。しかも高いという先入観があるので(実際に高かったようだ)なおさら足は向かない。お決まりのジントニックを飲んで、そこを出て、最後に別な飲み屋に入った。そこは2階で、その頃には相当酩酊していた。気分は最高に良かった。***アフリカ開発会議(TICAD)の閣僚会合が開幕した。来年の第7回のアジア開発会議の準備会合といった性質のものらしい。アフリカの開発に力を貸そうとする会議で、50カ国以上のアフリカの国々の外相らが参加した。7回目となる首脳による本会議は2019年8月に横浜市で開く予定になっている。1993年に東京で第1回を行っているから、4半世紀を迎えている。この時の日本側の意図は、安全保障理事国になるための票稼ぎの色が濃かった。当時は、新たな繁栄の時代に向けてアフリカの開発に対して献身することが宣言されたが、最近では、どうやら思わぬ方向に展開しているようだ。中国の野放図な進出で、貧乏国アフリカに潤沢にお金を投入して、借金漬けにし、返済不能になったら、乗っ取ろうというようないびつな方向に向かっているようだ。中国の国家戦略の一端であろう。之を懸念して日本の河野外相は開会式で「アフリカの持続可能な開発を実現するため健全な債務管理の重要性を強調したい」とあいさつした。アフリカ諸国に対し、身の丈に合わない開発を拙速に行うべきではないとの意味ではなかろうか。日本も従来から、ODAでアフリカを支援しているが、殆ど無償に近い形を取ってきたと思う。せいぜい紐付きといっても、今の中国のようなあからさまなことはなく、返済可能な範囲内での供与(ローン)であった。さりとて、中国の強引な進出を手をこまねいて座視する訳にはいかず、日本の存在感を高めることが必要だ。今回の会合の趣旨は、中国による「債務のわな」だ。中国による過剰な融資で多額の債務を抱える国がインフラの使用権を手放す事態が起きている。すでに、スリランカでは政府が中国資金の返済に行き詰まり、港の運営権を99年にわたり中国に譲渡した。(昔、イギリスに香港を租借させた逆を行っているのだ)アフリカでもジブチで対中債務が拡大しリスクを指摘する声がでている。すでに中国軍の海外拠点を受け入れた。また、中国が資金提供や建設工事を担当したエチオピアとジブチを結ぶ鉄道はすでに完成している。セネガルでは、劇場、美術館、スタジアムを建設し、首都ダカールの街で目につくのは、中国企業による看板が殆どで、中国とセネガルの友情や協力をアピールするものばかりだ。インフラ整備は全て中国に頼っている。工業団地は、土地の整備やビルの建設は中国企業が請け負うというものだ。ケニアの首都ナイロビとインド洋に面した港町モンバサの間を結ぶ全線およそ500kmの長距離鉄道は、去年(2017年)、開通したし、ケニアとウガンダなどを結ぶ広域の鉄道計画も中国の投資で進んでいる。ケニアの対外債務はすでに5兆円を超え、この20年で10倍以上に膨れ上がっている。国民の間からは、「このままではいずれ中国に支配されかねない」といった先行きを不安視する声も上がっている。指導者側からは歓迎されるが国民の間では心配されているという通常のパターンである。米欧は中国の考えの裏側に注意せよとの警鐘を鳴らした。これは中国へのけん制だ。日本は2016年の第6回会議で、3年間で300億ドル(約3兆4千億円)の投資を約束した。これに対して中国は昨年時点で、一帯一路の名の下、既に600億ドル(約6兆8千億円)の拠出を表明している。こうした中国の急速な投資拡大は日本のTICADに呼応するかのように2000年中国が立ち上げた「中国アフリカ協力フォーラム」(9月3日、4日北京で開催)に基づいている。中国政府はこの会議を3年に1回開いており、融資などの名目で拠出額を会議のたびに増やしている。2009年は100億ドルだったが2012年は200億ドルと漸次増加させて、2015年は600億ドルまで膨らんだ。さらに、今年9月の同会議で習近平は「(3年前に)約束した600億ドルに加えて、更に今後の3年間で、再び600億ドル(約6兆8千億円)を資金拠出すると表明した。中国の同会議には53カ国の首脳や高官が出席した。そこで、習近平は「中国はアフリカの永遠の友人であり兄弟であるから、誰もその団結は壊せない。」等と、耳に甘い言葉で擦り寄り、中国のアフリカ進出に厳しい指摘を行う欧米諸国を日本やアメリカに対して、反論的な表明を行っている。しかし、中国が拠出する資金は年3%ほどの金利でセネガル政府に貸し付ける形だ。会議の規模はほぼほぼ日本のTICADと同レベルにまで広げているようだ。之に危機感を感じたのが日本ということになる。日本は中国との差別化で質の高いインフラ整備や保健システムの構築など「量より質」の路線を掲げる。アフリカの健全な経済発展を後押ししてアフリカ諸国の支持を広げる戦略だ。日本の政府内には「アフリカで中国と対抗するのではなく、インフラ投資などで協調すべきだ」(外務省)との意見も出始めているようだ。目的のためなら、独裁国家の行動力は早く資金援助額では圧倒的に日本を凌ぐ結果になっているからだ。金額で劣る日本にとってはアフリカの持続可能な貢献として、インフラ整備などのノウハウの供与で対抗し、一部は共同でアフリカ開発に当たるという構想だ。流石のトランプも、この中国の強引なやり方に対して危惧を抱いているようだ。早速、アフリカ(開発途上国)へ最大で年間6兆6,000億円余りの積極融資を計ることを決めている。海外でのインフラ投資がと、これまでの倍に拡大するということで、トランプのアフリカに対する姿勢は実質的に転換する事になる。被援助側のアフリカにとっては、中国の札束で勝負するやり方は矢張り魅力的に感じるのだろう。次々と注ぎ込まれるチャイナマネーに、アフリカは今、揺れている。借金漬けによる「新植民地主義」だと言った声も聞かれる。この会議の共同議長を務める南アフリカのラマポーザ大統領は、中国の巨額の資金拠出を歓迎していて、中国から技術やノウハウの移転がアフリカの産業の発展につながることを喜んでいるものの、中国の進出が一方的なものにならないよう注文をつける事を忘れていない。2000年から2017年までに中国がアフリカ各国に貸し付けた金額は、日本円で併せておよそ15兆円に上るといわれ、すでに、アフリカの一部の国では、中国の巨額の融資で債務の問題が深刻になっているという懸念も出始めているようだ。【古今和歌集】563.笹の葉に置く霜よりも ひとりぬる我が衣手ぞ さえまさりける (紀とものり)笹の葉の上に降る霜よりも、ひとり寝をする自分の衣の袖は冷たさが優っている(衣手 ・・・ 袖 、さえ ・・・ 冷えて)
2018.10.07
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今日のセミウォーキングは島本高から第2小学校、東大寺公園を経て、帰りは島本駅を通った。7時頃に島本駅を通ると出勤のサラリーマンの姿を多く見かけた。姫達夫婦が昼過ぎにこちらに向かうとのメールが届いた。18時前にははやばやと到着し、それから京都まで出掛け、蛸薬師の近くのイソスタンドで、夕食を採った。姫は学会が奈良で開かれるので、早めに帰阪したようだ。私も手伝いでかり出されることになっている。***スルガ銀行は、業務停止6ヶ月となった。果たしてそれくらいのことで許されるのだろうかと思ってしまうほどこの銀行は甚だしく常軌を逸しているのだ。創業家企業に500億円を融資したとか、ガバナンスがなっていないとか、複数の行員が複数の行員が審査書類の改ざんに積極的に関与していたとか、パワハラが横行していたとか、とにかく銀行であって銀行の体を成していないような地方銀行だったが、その後、金融庁はどのようにこの問題を捉え、世間はどのように見ているのだろうか。スルガ銀行の岡野会長、米山社長、白井専務、柳沢常務と最高幹部はそろって退陣した。それでみそぎが済んだというのだろうか。その後の第三者委員会の報告では偽装工作には支店長も直接関与していたとのことだ。まぁそれだけでも先は真っ黒だ。株価は2018年1月に2500円台だったのが、8月23日には557円をつけた。更に米資産運用会社の日本法人「ブラックロック・ジャパン」がスルガ銀行株の保有分の半分近くを売却して、9月7日には一時543円まで下がった。第三者委員会の報告を拾い読むと、新社長に就任した有国にも一定の責任があるとされている。審査の無力化を知りながら是正しようとしなかったことに関係していたわけだからだ。 岡野会長に善管注意義務違反があったというのは明瞭だろう。行員が投資用不動産の購入費用を融資していたことや、物件や売買に関する資料の偽装は2014年以降で795件だった。(不正融資の正確な件数や総額は調査困難とされたが、10月6日時点では1546件とされた)所属長の関与では、営業担当役員(麻生)などが創業者(岡野前会長の実弟で故人)の後押しをバックに、融資に疑問を呈した審査部の担当者を怒鳴りあげて脅して融資を押し通し、気に入らない審査部門の部長のクビをすげかえるといった人事にも介入するなどの横暴さを発揮していた。さらに、業者側には、審査条件を漏えいするなど癒着が目立ち、どうすれば審査を通るかなど、銀行側が業者に指南し、一体となって不正を行っていた上に、業者から金銭を受け取った疑いがある行員も14人いた。纏めて次のような行為があった。・融資額を増やすため、家賃収入の見通しを過大に設定 ・物件調査時期を教え、業者が空室を少なくみせるようカーテンを引くなどの偽装を手助け ・本来必要の無い無担保ローンを、不動産融資(担保有)と抱き合わせで販売 ・融資審査条件を業者に漏えい ・融資承認を手助けした見返りに、不動産業者から金銭を受領した疑い さらに、営業目標はトップダウンで策定され、現場の実態に沿わない厳しいノルマを課していた。営業を重視する一方で、法令順守を軽んじるのは通常であった。改善をするとは云うが、退陣したといえ、創業家は15%超の株式を保有しているのだから、銀行は創業家との関係を断ち切ることが難しいだろうとされる。然し切り離さない限りは、この組織ぐるみの悪は断ち切れないと思うがどうだろうか。根本的に地方銀行の置かれた環境がこう言った不正を醸成する一因となっているともいえそうだ。無理をしないと収益を上げにくいというのだが、それが即不正に走ることを容認出来ないはずだ。スルガ銀行は不正の道を採ったが、他の地方銀行も、全くの他人事とはいえないのではないか。第三者委員会からは、金だけを追い続けた組織と断罪され、金儲けのためには手段を選ばないといった風潮は、トップ主導で行われていて、内部から告発する事などは、むしろ裏切り行為として受けとめられ、良くてももみ消し、下手をすれば報復されるといった状態だったという。又、行員の実働部隊に非現実的で過酷なノルマを課したのは麻生執行役員であり、目標数値は独断で決めていた。その麻生を執行役員に引き上げたのが、岡野光喜の実弟である岡野喜之助副社長(故人)と言うことで、その故岡野副社長こそが、営業偏重の人事や過大な営業目標、審査部門の弱体化など一連の問題の背景となる構図を作り上げた主たる責任者と断定している。報告書の中身が公表されていたが、それを見るだに恐ろしく、おぞましい内容だ。行員に対して行われた、パワハラの実態を、書かれたまま転記すると以下のようだ。如何に書かれた背後にも、どれだけの人が苦しみ、且つ麻痺していったかが伺われ、何やら重苦しい気分になってくる。ノルマが出来ていないと応接室に呼び出されて「バカヤロー」と、机を蹴ったり、テーブルを叩いたり、「給料返せ」などと怒鳴られる。「なぜできないんだ、案件を取れるまで帰ってくるな」と、首を掴まれ壁に押し当てられ、顔の横の壁を殴った。数字が達成できないなら「ビルから飛び降りろ」とか、「死ね」と言われた。毎日 2~3 時間立たされ、怒鳴り散らされる、椅子を蹴られる、天然パーマを怒られる、1 カ月間無視され続ける。「死ね」「給料どろぼう」「できるまで帰ってくるな」と罵倒。数字が(達成)できなかった場合に、ものを投げ、パソコンにパンチされ、「お前の家族皆殺しにしてやる」と言われた。毎日、怒鳴り続けられ、昼食も2週間行かせてもらえず、夜も午後11時過ぎまで仕事させられた。支店長席の前に1時間以上立たされ、支店長が激高し、ゴミ箱を蹴り上げたり、コップを投げつけられた。達成率が低いと、椅子を蹴られ、机を叩かれ、恫喝されながら育った。数字があがらないなら休日はなし、数字があがらないなら時間外請求するな、融資実績があがらないならば、会社に給与返せ、いつまで会社から定額自動送金してもらっているんだというモラルの欠片もない会社だった。これだけでも凄いことだが、これは報告書の一部でしかないと云うから、二の句が継げず、一体ここは銀行なのか?という疑問だ。暴力団そのものではないかとも感じられる。創業家は上流階級(上界)と呼ばれ、こう言った体制を容認し、自らが利(金)を得ることにだけ突き進んだのだ。実際パワハラを行うのは、頑張っても上流階級にはなれない仕組みの下界のトップである麻生のような執行役員やその下の担当者達だ。何ともあきれかえる組織ではあるが、一体金融庁は何をしていたのだろうか。過去にも数行、業務停止命令を出された銀行はあったが、内容の実態は、かなり性質が異なるものだったと記憶する。そんなスルガ銀行が、再建に向けてやり直す姿勢を見せているようだが、果たして、再建出来るのかどうか、極めて疑わしいことであり、且つ再建などして欲しくないといった印象である。記事の内容をつぶさに見ていくと、信じられないという一方で、この結末がどうなっていくのか、更に興味深いことである。【古今和歌集】562.夕されば蛍よりけにもゆれども ひかり見ねばや人のつれなき (紀とものり)夕方になると、自分の思いは蛍より燃えているのに、光が見えないのか、あの人は素っ気ない夕方に(夕されば ・・・ 夕方になると 、けに ・・・ いっそう )
2018.10.06
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今日のセミウォーキングは高浜堤から上牧堤迄で、帰りはシャルマンを通った。小学校の放課後学習会に出掛けた。学校の前の駐車場が利用出来るようになって、楽になった。ボランティアは連れ合いを含めて3人だったので、沢山の子が私に音読を聴いてくれと列を成したので結構忙しかった。子供達は、今日はここまでやると決めている子が多いようで、時間を余す子や足りなくなって、終了後も宿題をやっている子もいた。帰りに中学校のテスト前学習会に立ち寄ったが、途中からなので、様子を見ているだけになってしまった。***風が吹けば「船」がもうかる。「桶屋が儲かる」なら聞いたことがあるが、と風と船の関係は何かと目にとめて読んでみた。再生可能エネルギーの拡大が造船各社に商機をもたらしているというのだ。この風とは風力発電のことを意味していて、造船が、洋上風力発電の基礎となる風車を据え付ける台船の建造が脚光を浴びているようだ。洋上風力発電は国内の総発電容量の約3分の1に匹敵する9000万kWもの潜在性があるとされる。風車が山間部に建っている風景はあちらこちらで見かける。淡路島南部の風車群は良く見慣れた風景だ。之と違って、洋上風力と云うからには、海上に風車を設けるのだ。沿岸に櫓を建てた固定式の風車もあるが、海上遠くのオフショアに風車を建てるためには、その基礎となる台船が必要になる。その基礎構造の建造が造船の技術や設備を生かせる新市場だと言うわけだ。風車を据え付ける専用船や台船などは造船技術が最も得意とする分野だからだ。今日、企業の長期的な成長のためには、ESGの名で示される3つの観点が必要だという考え方が世界的に広まってきている。化石燃料から再生自然エネルギーへの転換は、こう言った、環境(E)や社会(S)、企業統治(G)を重視する「ESG投資」中で、脚光を浴びてきている。風力発電もその1つで、造船のような旧来型産業もこれらの新規性のある分野に参入していこうとする流れだ。洋上に風車を建てるためにSEP船というプラットフォーム(台船)と昇降用脚をもった作業台船が注目を浴びているのだ。自分自身で稼働する装置を持った作業用のプラットフォームを海面上で上昇・降下させて作業を行うためだ。現在、造船大手のジャパン・マリン・ユナイテッドではこのSEP船建造が大詰めに入っている。更に大型のSEP船(800tクレーン装備)の受注も済んでいる。こう言った、SEP船は波や風にさらされる海上で巨大な風車や精密機器を据え付けるためにはなくてはならない基盤を提供する。洋上の風車を迅速に安全に建造するためには、必然ともいえる作業台船なのだ。この台船の有無や精度によっては風力発電プロジェクト全体の工期にも影響を及ぼすことになる重要な設備だ。風力発電の普及が進む欧州では20隻以上のSEP船がフル稼働状態で活動している。先の台風で、破損した関空連絡橋の吊り上げ作業をしたクレーン船も同様な作業船だが、こう言った特殊作業を行う台船は、用船料も1日数千万円となり、作業が集中する折には、用船料の高騰は避けられない。これまで日本ではこう言ったSEP船を使用することが殆ど無かったが、政府の再生エネルギーの主力化戦略を受けて、洋上風力発電の開発傾向も見直されはじめている。2017年末時点の世界の風力発電の出力は5億3900万kWと、この10年で5倍以上に膨らんだ。さらに、2022年には2017年より55%増えて8億4000万kWに拡大すると予想されている。遅ればせながら、日本も7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画で、再エネルギーを「主力電源化していく」という方針が打ち出され、電源構成で2016年度の約15%から2030年度には22~24%に引き上げる目標を掲げている。2030年における風力発電の政府目標としては現状の約3倍の10GW規模となり、経済波及効果は最大15兆円との試算もある。中でも現状ではほとんど稼働していない洋上風力への期待は大きい。これは風が吹けば船が儲かるという意味合いだ。国内の造船各社は絶好の機会と捕らえられているようだ。いずれにせよ商船の建造では、中国や韓国に大きく水をあけられ、最早商船は建造しないとした造船所も出ている。更に、高付加価値船で、日本の独壇場とされていた液化天然ガス(LNG)運搬船も韓国勢の攻勢を受けている。ここに来て、貨物船の数倍もの付加価格があるSEP船は当面日本の技術力が、中韓を押さえることが出来るだろうとみられている。ここに来て、風力発電の業界団体と造船工業会は、親密度を増してきている。日本の海は、遠浅の海域が少なく、陸を離れると直ぐに水深が深くなり、着床式の風車を据え付けるには不利な条件だ。この条件は、逆に浮体式の構造を必要としてくる。私も石油掘削リグの設計に携わってきたが、この浮体式のリグの建設は、日本の得意とする分野である。浮体式の風力プラットフォームは正に、リグの応用版と云う事になるわけだ。既に、北九州市の沖合15kmにはNEDOや丸紅、日立造船などが2枚翼の風車の運転を始めるべく待機している状態だ。この実証設備は直径100mの風車を50m四方の台船が支える構造だ。三井E&Sホールディングス(旧三井造船)は富山県沖で着床式の洋上風力を計画している。港湾クレーンを運搬する専用船を改造し、陸上で先に風車を組み立ててから洋上まで運ぶことで、コストを低く押さえようとしている。造船会社は、之まで船主を顧客としていたが、洋上風力発電では、海洋土木の五洋建設やゼネコンの大林組や戸田建設等が相手となるわけで、業界の交流が自然と促進されることになる。洋上風力発電では、先述のようにヨーロッパが先行している。規模の大型化が進み、イギリスの「トライトン・ノール」では超大型風車を90基並べ、原発1基にも匹敵する86万kWもの高出力を生み出す。最大規模の風車では羽根の全長が100m近くに及ぶため専用船だけでなく特殊な部品や素材が必要となり、新たなサプライチェーンが生まれようとしている。こういった素材提供の業界では、羽根を軽くするため炭素繊維の需要が高まっている。東レはハンガリーやメキシコで200億円を投じて増産を決めた。大型軸受け用部品を手掛けるNTNは風力発電機向け鍛造品を製造する石川県のメーカーを約100億円で買収すること決めるなど、新たな市場を狙った投資やM&A(合併・買収)も出始めている。ただ、国内の風力市場が順調に拡大するかは政府のエネルギー施策とも密接に絡んでくる。かつて、日本の造船業は、政府の手厚い計画造船に助けられて、順調に船舶の建造が行われてきたが、建造技術の漏洩や、低コストの攻撃によって、中韓に追い抜かれてしまった。今回の、再生エネルギー拡大という追い風を受け続けるためには、国内頼みにならずにアジアの新興市場の開拓等も視野に、コスト競争力の強化と、技術の保持に努めなければならないだろう。【古今和歌集】561.よひのまもはかなく見ゆる夏虫にまどひまされる恋もするかな (紀とものり)宵の間さえも、灯火を慕って身を滅ぼすあの夏虫よりも、惑いに惑う恋をしている私なのだ(宵の間 ・・・ 暗くなってから夜中までの時間 )恋に理性を失うほどの様をうたう。
2018.10.05
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今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄で、帰りは島本駅を通った。西武で食事をし、コーナンを回って帰った、***世界各地で、難民や移民が増え続けている。日経新聞に中南米に於ける移民の実態を扱っていた。中南米の移民や難民は、独裁国家と経済の不振によって生み出されている。南米のベネズエラからは、隣国ブラジルやコロンビアへ逃避するように流れ込み、コロンビアから受け入れ拒否された人たちは、その又隣国のエクアドルやペルーに流れ込むと云った具合だ。又、中米のニカラグア、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラスからは、南のコスタリカや北のメキシコに流れ込んでいる。元々アメリカを目指していたこれらの移民や難民はトランプの排斥主義によって、行く手を阻まれて、周辺国に滞留を余儀なくされる。回復途上のそれらの国は自国内で受けとめきれずに徐々に排斥する動きになっているという。起震源の1つはマドゥロ政権下のベネズエラだ。ベネズエラは、アメリカの制裁によって、原油生産が落ち込み猛烈なインフレが発生した。貧困に耐えかねた人々は、難民となって国外に逃亡を図ったのだ。その数230万人と云うから、一寸想像を絶する数字だ。非流入国のエクアドルで、ベネズエラ難民に対する対策会議を開いたが二戦級の外交官が決めた内容は、互いの受け入れ確認の原則だけであった。どの国も過去の慣習による受け入れの意思はあるものの、それに要するコストは負担しがたいと腰が引けているのだ。最終非流入国となっているペルーでは、2017年から以降、隣国エクアドルを経由して流入したベネズエラ難民の数は約35万人に達する。之に反応して、移民反対派の首都リマの市長候補は移民排斥を謳って、支持率を上げている。排斥を主張する候補者の言い分は、難民が、低賃金で職を奪い、時に薬物を持ち込んだり、他の犯罪を起こしたりするというものだ。之と同様に中米以北でも難民問題は起こっている。コスタリカでは、ニカラグアからの難民を排斥しようと、首都サンホセで、不法移民に反対する市民が、不法移民が集まる公園に行進して警官隊と衝突を起こすなど不穏な空気が漂っている。スペインからの観光客が殺されたのはニカラグア人の仕業だと発表されると、之に対抗するかのように、難民申請をしようとしたニカラグアの青年が銃で撃たれるなどの排斥運動が起こっている。ニカラグアからコスタリカへの難民申請をする人の数は今年4月以降2万人を超えた。ニカラグアは、ベネズエラからの石油供給が減少したことで、財政が逼迫した。このあたり1国の施政に異変があると共倒れになるような関係にある。そのため、オルテガ政権は財政再建のためとして、社会保障制度改革(労働者や企業の社会保険料負担を引き上げる一方で、年金支給額をカットする)を提案した。之に反発して、今年4月には国内で大規模なデモが起こり、オルテガの独裁を糾弾する動きは、高まり混乱を来した。オルテガは慌ててこの改革案を撤回したものの、彼自身の11年間に亘る独裁に対する国民の抗議の声は収まりを知らない。デモは地方へも広がって、最早内戦状態にまでなったこうして多くのニカラグア人が、職と安全を求めて隣国コスタリカに逃れるという構図だ。之までは、中南米諸国は、言語や文化に共通点は多く、ニカラグアなどで起こった内戦を逃れた人々は周辺国で保護されてきた。2017年まで約50年間続いたコロンビア内戦時では、今とは逆に、ベネズエラは約17万人の避難民を受け入れている。今回の場合は、資源価格の低迷などあって国の経済自体が不況を脱し切れていない。高技能を有する者は、欧米などの先進国などへ逃れるので、単純労働者だけが居残る形になり、共に疲弊した互いの国同士で、受け入れる力は無くなっていると云う事だ。メキシコの南東部、グアテマラからの難民の最近の傾向は、アメリカを最終地とはせずに、メキシコ定住を目指す人が増えているのだという。トランプが壁を作って流入を阻止したいのは中南米からの難民であり、メキシコは通過点であったのだが、最近は敢えて壁を越してアメリカまで渡ろうとする難民は少なくなったと云う事だ。その分メキシコで難民申請する数が急激に増加した。2017年では前年の66%増で、2018年も今の調子でいけば、2017年より増加することは必定だという。この数字は何と2014年の7倍になると云うから、如何に中米の経済的な疲弊が大きいのかが解ろうというものだ。そしてその難民の出身国はホンジュラス、、エルサルバドル、グアテマラの中米3カ国が7割を占めるという。こうした難民増加と、メキシコ滞留増の原因は、先ずトランプの敷いた不法移民対策強化だ。それまでは比較的緩やかだった扱いも、今は、全て犯罪者扱いになり、壁の影響もあって、密入国は一段と難しくなっているからだ。更に、こちらの方が、最も深刻な原因になるのだが、中南米の治安悪化が挙げられる。ホンジュラスから逃げてきた親娘は、とにかくギャングから逃れたかったと訴えている。経済の悪化と、犯罪の増加は表裏一体で、犯罪者同士の抗争も激しく、麻薬、売春、賭博などが蔓延して、それが一般家庭にまで入り込んできている。そういった状況から脱出するためには、家族全員で国外脱出しなければならない状況なのだ。中米ではホンジュラスからの難民が最も多数を占めている。難民が増加することで、難民同士の諍いや、メキシコ市民が襲われると云った、未確認の情報が、SNSなどを通じて国内に拡散し、現実以上に不安と恐怖をあおっている。また、職を探す人たちが増加したことで、地元の雇用状態に変化が現れ、低賃金と云うだけでは、雇用もままならず、現地の労働市場は、著しくバランスを欠くことになっている。逆に難民の側も、正規の罰金を払っても書類をそろえて難民申請出来る人は一握りであり、多くの人は、犯罪組織の被害に遭うケースが多いという。やらなければならないことは、貧困にあえぐ中南米の国々を豊かにすることだが、アメリカファーストを唱え、壁まで築いて、生じた難民に対して拒否作戦を採るトランプは最早当てにはならず、中南米の当事国である、メキシコやグアテマラによる、打開策が待たれている状況だ。【古今和歌集】560.わが恋はみ山がくれの草なれや しげさまされど知る人のなき (おののよしき)自分の恋は深い山奥の草だろうか、草木が繁るように気持ちが増えても、それを知る人はいない(み山隠れ ・・・ 深い山奥の 、しげさ=繁さで草木の茂みと恋の繁さを掛ける。)
2018.10.04
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今日は友人夫妻と、神有GCでゴルフだ。幸い、今日まで天候が良いので、楽しくラウンド出来たのだが、ゴルフの方は、良いところが無かった。友人もあまり調子は良くなかったようだ。夫人にも負けてしまった。連れ合いは、前半出足はかなり良かったのだが、途中全く意図しないショットが続いて諦めるなど、多難なゴルフになった。前回は七草の会でここに来たが、その時よりも悪く、所々工事中もあって、何やらフラストレーションが溜まった。そんなことで、中学校の学習会は参加しなかった。新名神は早いが、この頃トラックが増えてきたようだ。9:40にアウトからのスタートだ。No.1(M)は、視野は広いが先で少し右ドッグレッグのやや打ち下ろしだ。TSは良い感じで、FWCRだ。2打も超良い感じで、FWを横切るカート道の手前だ。軽く乗せようとした3打が乗らなかったのは残念で、おかげで4打もチョロ(チョロ1)してしまった。5オン2パットのトリプル発進だ。友人もあまり経過は良くなく、1パットでもダボだった。夫人も同じくダボで、連れ合いは、TSは良かったものの最後は8打だった。No.2(M)は、No.1と似た感じのホール。右GRだ。TSは右に出てしまい、あわやOBかと、友人に言われ、マリガンで打ち直した。然しラフに生きていたので助かった。ラフから5Iで良い感じにリカバーし、又そこから乗せようとしてチョロ(チョロ2)し、続いて4打も届かず、5オンになった。慎重に1パットで決めて、ダボだ。友人は力を吹き返し、見事に2オンしたが、そこから3パットでボギーとしていた。何と、夫人は、3つで乗せたのも良いが、更に1パットで沈めてパーだった。連れ合いは、7打で上がった。No.3(S)は、左グリーンで170YD近い池越え。4Wは当たり悪く、池の左を転がって、GR近くまで走った。2オンし1パットでパーを拾った。友人も乗らなかったが、同じくパーだった。夫人は、2打で乗せたものの何と4パットで6打は信じられない。連れ合いは、1人DRでオンしたが、何と4パットで、ダボはいかにも残念だ。No.4(L)は、打ち出しが谷越のうねったロングだ。TSはFWCRだ。2打でチョロ(チョロ3)、3打でFWに戻し、4打は快音、5オンとした。ここで、超美技の下りを1パットで沈めボギーを拾った。友人はここで、ダボとしていた。夫人は、私と同じで、連れ合いは8打だった。No.5(M)は、TSは右ラフでバンカーの手前だ。2打を又チョロだ(チョロ4)。そして、3打をまたまたチョロだ(チョロ5)。そこから3Wでの4打は良い当たりで、そのままオンした。2パットのダボだ。友人はここでも見せて1パットのパーで上がった。夫人は、私と同じ、連れ合いは、3パットの8打だった。No.6(M)は、凹んだ池越えで、上って降りる右ドッグレッグだ。TSは良い感じで、FW左に辛うじて届いた。2打は前下がりで上手く当たらず距離は出なかった。3打は良い当たりだが、木に当たってGR手前で落ちた。4オンの2パットで、又ダボだ。友人はTSを左の木に当て、2打もまた木に当てるなどして、トリプルを叩いていた。夫人は、私と同じであった。連れ合いはこのホール何度打ってもトップでチョロが続き、ギブアップしてしまった。No.7(M)は、やや打ち下ろしで、グリーン前には大きな池が横たわる。今日は右GRだ。TSは超良い感じで、FWCRだ。やや左足下がりが気になったが、そのまま打って、何と池だ。罰打を加えて、ドロップエリアから4つでオンし、2パットの又ダボだ。友人も何やら同じような失敗をして、同スコアだ。夫人もまた、TSを池の直ぐ手前まで飛ばしたが、池に入れて、ダボだ。連れ合いは、TSは良かったが、チョロが続いて池に入れ、10打叩いていた。(全員が池ぽちゃだ)No.8(S)は、左グリーンで135YDだ。5Iでトライしたが、芯に当たらず、届かない。パターでほぼカラーと失敗したが、そこから1パット目は惜しくも外れてボギーだ。友人1人オンしたが、又3パットで、ボギー。夫人もつれ合いも皆ボギーだった。No.9(L)は、2打から左ドッグレッグの打ち上げだ。TSは最高に良い当たりで、FWCRだ。2打はまずまずの当たりだが右ラフだ。そして3打をチョロ(チョロ6)して、4打は快音でGR手前だ。5オンで、2パットのダボだった。(チョロをカウントで落としていて友人に指摘された)友人はTSこそ、左の土手に打ったが、そこから良い感じに脱出し、更に3打では超良い感じにGR手前だ。4打で一寸失敗したが、カラーから1パットで沈めてパーだった。夫人はボギーで、連れ合いは9打で上がった。昼休みが1時間半あってもてあましたが、この所良い天候が少なかったからか、今日は一杯の入りだったのだろう。No.10(M)は一旦打ち降ろして、左に打ち上げる変形ホールだ。TSは、良い感じでFWCRだ。今日はTSは先ず先ずなのだが・・・。2打も先ず先ずでFWCRだ。然し3打で届かず、4オン2パットで又ダボだ。友人は3オンしたが3パットでダボだ。夫人は、トリプルとし、連れ合いは、8打だった。No.11(M)は、少し打ち上げて、直角に右ドッグ。之まで、TSは先ず先ずだったが、ここではチョロした。(チョロ7)更に2打目もライが悪くチョロだ(チョロ8)。3打はうまく木の間を縫って良いところに出た。軽く4オンのケースだが、又チョロ(チョロ9)だ。このホールはチョロが3つだ。5打でGR向こうへトップ。6オン2パットは、なんじゃいこれはだ。友人は超良い飛びで、ドッグレッグ点まで飛ばしたが、その後私の病気がうつったのか2打でザックリ。3パットも手伝ってもダボだった。夫人は、同じく上手くいかず7打、連れ合いも途中良い当たりもあったが8打だった。No.12(S)は、池越えショートで、近い左グリーンだ。大きめの6Iで良い感じだと思ったが意外に伸びず池だ。ダボになった。友人も池で同じ、夫人はGR突き抜けOBで6打、連れ合いも池だが、3オンがピン近で、ボギーとしていた。No.13(M)は、右ややドッグレッグで、右は木が迫る。TSは良い当たりで、FWCRだ。しかし、2打では届かない。3オン迄は良かったが、3パットしてしまった。ダボだ。友人はTSが低く左の白杭に当てて直角に右にはねOBだ。マリガンを勧め、3オンして1パットのパーだった。これは大きい。夫人も連れ合いもダボで上がっていた。No.14(M)は、ティーグランドを模様替えしたようだ、左の池をフェンスで囲い、ティーグランドも前方に移動している。昔はロングにもなったようだ。TSはまずまずの当たりで、FWCRだ。2打を良い感じに当てたがGバンカーだ。3打で出て、そこからパット2つでボギーだった。友人は見事に2オンした。之には何時も感心する。然し、3パットで、ボギーだ。夫人はダボで、連れ合いは最後良い感じに寄せて1パットの8打だった。No.15(M)は、少し打ち上げで、左にややドッグのミドル。左の木の少し右が良い。ここもTSは良い感じでFW左だ。2打も良い感じで、花道だ。3オンしたが、またまた3パットしてしまった。友人はTSをFW右とGRに遠かったが、2打で持ち直し、3オンして2パットのボギーだ。夫人は、ダボで、連れ合いは、9打だった。No.16(M)は、右のバンカーが気になる、最後打ち上げのミドルだ。TSは良い感じでFWCRだ。2打も良い当たりだが、勢いが付いてバンカーに入った。之は想定していなかった。3打でクリーンに出しGR砲台の土手に止まった。しかし、4つ目をトップして、GR向こう。やっと5つで乗せて、仕上げの3パットでダブルだ。折角良い感じのショットを活かせなかった。友人はTSを木に当てるトラブルで、3オンだが、3パットで、ダボだ。夫人は、トリプルで、連れ合いはアプローチの寄せが良くOKの1パットで8打だった。No.17(S)は、右から池がせり出す打ち上げのショート。今日は左のGRだ。DRで挑戦したがまたしても気負いでゴロになり、手前のラフだ。2オンしたが、3パットで、ダボだ。友人は木に当てて、次に途中ザックリもあって、6打を叩いた。夫人は、2オンして1パットのパーだ。連れ合いは、ダボで上がっていた。最終、No.18(L)は、緩やかに左ドッグで、ここも、FW迄が遠い。TSは良い感じだがFWに少し届かない。2打は又チョロ(最終チョロ10)3打で修理地に入れ、ドロップエリアからの4打でGR左だ。5オンして2パットのトリプルだった。友人も最後OBだが、これは裁量で処理し、トリプルであった。夫人もダボで、連れ合いは、9打で終了していた。最後の修理地は特に酷く、友人も消化不良と云っていた。先輩に貰った優待券で費用は少なくて済んだが、スコアは全く良くなかった。チョロを10回もしていては、良いスコアになるはずがない。いい加減何とかならないものか。新名神で降りる頃にはすっかり暮れていた。
2018.10.03
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今日のセミウォーキングは西国街道を梶原高架下迄歩いて帰りはマンボウを通った。連れ合いが古い友人の個展を見に行くというので送って、その間私も友人宅に寄って顔を見せ、台風や地震の後の様子をうかがった。たいした損傷もなく互いに良かったと確認した。***飛行機に乗らず瞬間移動という記事を見かけた。日経TECHで既に発表された記事のようだ。ANAHDが取り組んでいる仮想体験のビジネスモデルだ。奇想天外、超先進的なデジタルイノベーションとのことで、次世代の主流になるかも知れないと予想される。要素技術としては、ロボティックスやVR、拡張現実(AR)、センサー、通信、ハプティクス(触覚)技術など、様々あるが、それを総合した技術と云う事だ。今年初めに計画は発表されている、その内容は、移動技術を通して、観光地を訪れて仮想経験したり、医師不足の地域へ医者があたかもそこに居るように振る舞ったり、人間が立ち入れない災害現場で救助活動や、災害防止活動などを行うのだが、そのために分身(アバター)を使うというのだ。実際には存在しない空間にあたかも自分が存在しているかのごとく振る舞え、物理的に物を動かしたり触ったりできるテクノロジーを実現させようとしている。そのために各要素技術を統合させようとの試みである。自分の分身となるロボットが観光地を旅行。本人は自宅にいながらロボットを遠隔操作し、仮想現実(VR)で現地の雰囲気を楽しむと言ったことが出来れば、何と楽しいことではないだろうか。ANAHDはアメリカのXプライズ財団と日本で初めて提携し、国際的な巨額賞金を伴う、開発コンテストでこの計画を進めている。優秀な技術開発をしたチームにはANAHDが総額1000万ドル(約11億円)の賞金を贈呈するというケタ外れな金額のコンテスト形式で技術の登用を計ろうとするものだ。この様な、奇想天外とも思えるアバター事業を実現するためには、ロボティックスやVR、拡張現実(AR)、センサー、通信、ハプティクス技術など、複数の先進テクノロジーを組み合わせる必要があり、このコンテストを通じて、各要素技術を引き出し、統合しようとの試みだ。賞金レースとは別に、ANAHDが独自に実証実験や試験サービスを進めているものも数多くあって、その例として遠隔地(羽田空港)にいながら水族館(沖縄県の美ら海水族館の大水槽)の様子をリアルタイムに鑑賞できる施設、また、空港スタッフのアバターが顧客を案内するサービスなどは既に開発され、デモもされている。すでに可能になったサービスとして、遠隔地での釣りやダイビング体験がある。釣りでは、手元で操作した竿の動きが遠隔地に設置された釣り竿に同期し、現地の釣り竿にかかった魚の力がユーザーの手元にリアルに伝えられるという。さらには、釣りあげた魚をユーザーの元へ配送するサービスも検討されているという。いやはやだ。遠隔操作のためには、現地にいるアバターを使うことだが、そのために、本人が、あたかも瞬間移動してそのアバターとリアルタイムで同期するのだ。こう言った目的の下、大分県にあるテストフィールドでは、アバターを使って地球にいながら月面に施設を建設するという壮大な実験にも取り組んでいるとのことだ。(ここで少し頭を捻ったのは、遠隔操縦出来て、且つ通信可能なアバターをどうやって月に送るのかという素朴な疑問だ)如何にも希有壮大な取り組みだが、今の時点で、SFではない確たる技術展望があるのか知りたいところだ。ANAHDの目論む売上計画が、どの程度地に足が付いているのか知らないので、その数値計画を書くのはやめておくが、その戦略の柱の1つに掲げている象徴的なプロジェクトがアバター事業なのだ。単独のANAの本来の業務である航空事業としては人を飛行機に乗せて、遠隔地に運ぶことが主目的であるはずだ。之に真っ向から反するアバターによる仮想空間で、飛行機を利用せずとも旅行気分が味わえてしまう疑似体験技術の開発推進は、ANAにとっては、脅威になるはずである。そんな、人が移動する必要が無いプロジェクトに航空会社が注力するのは、一見奇異な感じがしなくもない。考えられている同様の先進テクノロジーを取り入れた非航空事業化のプロジェクトに宇宙旅行の事業化計画や、ドローン計画も考えられている。特にドローンについては、物流や災害地支援、測量など様々な分野での適用が目論まれている。ドローンに関しては、運行上のルールや制度が未だ整備されていない。その点について、ルール策定などにも関わっていくというので、この点には期待を持ってみていきたい。現在の事業の延長点にある航空事業でのデジタル技術の活用では、既存業務の効率化は勿論のことだが、風変わりなプロジェクトも考えられている。それは、「乗ると元気になるヒコーキ」や「赤ちゃんが泣かない!?ヒコーキ」と云った具合だ。疲れるために長時間の登場を嫌う客や、赤ちゃんを乗せて、泣かれて人に迷惑を掛けるのを嫌うために搭乗を控える人などを対象にしたこう言った取り組みは、近い将来に実現するかも知れない。長時間搭乗で、疲れないためには、集中力を高め、ストレス軽減などに効果があるとされる能力開発手法「マインドフルネス」を取り入れた顧客サービスを行おうとのことだ。因みにマインドフルネスとは、今現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程であり、瞑想およびその他の訓練を通じて発達させることができるというものだ。ANAに対抗するJALはといえば、航空運送業に特化されているため、あくまでも人やモノの移動をベースに考えられている。ANAがホールディングス化しているため、航空運送事業だけでなく、トータル全日空(ANA)で利益が得られるのであれば結果は受け入れられる体制だからだ。従ってJALが進む方向は、あくまで、人やモノの「移動」がより快適で、スムーズに行えるかを追求することである。そのために、アメリカのベンチャー企業に出資し、マッハ2を超える超音速旅客機の開発を後押ししている。このように、顧客に関する利便性の追求の仕方は、異なった形を取っている。ここに至って、同じ航空会社という範疇でありながら、ANAとJALは志向する未来の姿が全く違った方向を向いているようだ。ANAはアバターを使った瞬間移動という新たな分野で、幅広く将来を見据えているが、それには、子会社として有するLCCのPeachやバニラが航空機部門で、利益を上げていけるという策が背景にはあるのかも知れない。昔から異業種交流とか云われて、自らの事業とは直截関係の無い会社との交流などがもてはやされたことがあるが、現代では、車が、内燃機関からEV、さらには自動運転へと変化して、本来の車の常識が覆ったように、航空業界は、ただ飛行機を早く多く飛ばすだけでは将来に亘って、生き残りは果たせないことになるかも知れないと云ったことだろうか。航空機に寄せる私などの期待は、勿論サービスの行き届いた空間で、食事も美味しいものを提供して貰うのはありがたいものの、そのために高額の支払いをすることは逡巡してしまう方だ。マインドフルネスという手法が実際に効果をもたらすのであれば、それを実践し、より低賃金で移動することを選びたいと思う。出発地が同じで、到達の目的地も同じならば、その僅かなその間の飛行時間だけのために、高額な支払いをするよりも定額で、通常のサービスだけで良いと思うわけだ。【古今和歌集】559.住江のきしによる浪 よるさえや 夢のかよいぢひと目よぐらん (藤原敏行朝臣)住の江の岸にうち寄せる波のように、昼も夜もわたしはあなたに会いたいのだ。それなのに、昼ばかりでなく、夜見る夢の中でさえも、どうしてあなたは人目をはばかって、会ってくれないのですか(百人一首の句だ)
2018.10.02
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今日から10月、気候もやや落ち着いてきたが、地震や台風による災害跡はまだまだ癒えない。今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄で折りかえした。今日のウォーキングは一寸辛かったので連れ合い一人京都に買い物に出掛けた。夕方、庭の剪定2日目でタイサンボク、キンモクセイを短く刈った。毒虫に噛まれたのだろう左手甲が腫れた。***ノーベル生理学・医学賞に本庶佑特別教授が選ばれた。米テキサス大学のジェームズ・アリソン教授との共同授賞とのことだが、最近暗いニュースが多い中、朗報だ。がん免疫療法開発というのが受賞の理由だが、改めて調べてみた。人の体を守る免疫の新しい仕組みを突き止め、肺や腎臓など様々ながんに効く新しい抗がん剤が続々生まれているのだ。免疫の働きにブレーキをかけるたんぱく質「PD-1」を発見し、このブレーキを取り除くことでがん細胞を攻撃する新しいタイプの「がん免疫療法」の開発を行ったとある。日本のノーベル賞受賞は2年ぶり26人目だという。賞金は2人に、約1億1500万円が贈られるとのことだ。1人分は単純に5750万円となるが、之を全て研究者育成の基金に寄付する(立ち上げに使う)とのことだ。昨今の基礎技術研究への予算はとても少なく、之では、何年も先に成果が出そうなことでも、直ぐには芽は育たないとのことで、国が基礎研究に如何に少ない予算しか分配していないことへの皮肉のようでもある。ペットが増え、獣医師が足らないとなるとお友だちを超優遇することはあっても、万人に益をもたらすこう言った研究には二の足を踏む、現実功利主義的なところが政府にはあるようだ。それはさておき、この研究に沿って、がん治療薬の開発が進み、島本町にある小野薬品工業が2014年9月、PD-1の抗体医薬「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)を発売した。既に、この薬で、がんを克服した人も居るようだ。新たな治療法としての普及が期待される。日本人の2人に1人はがんにかかる時代といわれ、がんは特別な病気ではなくなった今、常に明日はわが身と思いながら、過ごしているのが現状だ。今までのがんの治療法は三大療法である外科手術、抗がん剤治療、放射線治療であった。即ち外科手術で取り除くか、抗がん剤でがん細胞をやっつけるか、放射線を当てて、がんを殺すかといった方法が適用されていたが、今回の授賞は、がん細胞を攻撃する免疫を強くする(免疫を阻害する分子を働かせない)ことで、がんをやっつけようとするものだ。人間が持つ本来の免疫力を高めてがんを駆逐しようとするのだから、何やら今までの三大療法よりも身体に優しそうである。しかし、その点効果は本当にあるのだろうかと言った素朴な疑問はつきまとう。研究された内容は、本来人間が持つ免疫が異分子を駆逐するように出来ているが、この免疫にブレーキをかける分子がいることえを研究し、このブレーキを掛けさせないで、免疫ががんを攻撃する力をそのまま活かそうとするものだ。当初からこの抗がん剤は「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれていて当初はメラノーマが対象のがんだったが、次第に肺がんや胃がんなどに広がりを見せている。如何せん薬は高価で、庶民に手が届く範囲にないのが残念だ。本庶先生は常日頃「科学雑誌に載っていても信じない。自分の頭で考えて、納得できるまでやるということ」だと言うことだ。「STAP細胞はあります」と言ったまやかしもあったようだから、この姿勢は、厳しすぎるようでも科学者としては必須のことだろう。初めから抗がん剤を開発しようとのことではなく、地に着いた、がんの発生の基礎的な部分を解きほぐして得た成果は、如何に基礎的な研究が重要であるかを如実に証明して見せた。そして、先生は「基礎研究から応用につながることは決してまれではないことを実証できた」と自己評価し、「基礎研究を体系的に長期的展望で支援し、若い人が人生をかけて取り組んでよかったと思えるような国になるべきだ」と強調したようだ。どこか耳の痛い人が居るような気がする。では、オプジーボと従来の抗がん剤の「決定的違い」は何かと云う事だが、一般にがんをやっつける抗がん剤となると、如何にきついものかと想像してしまうが、そうでは無いようだ。研究チームが発見したPD-1は、免疫細胞の表面にあって免疫細胞に「攻撃ストップ」を命じるブレーキのような働きを持つ分子だ。免疫は暴走して自分の臓器や神経を攻撃しはじめることもあるので、そうならないようにブレーキ機能がついているというわけだ。がん細胞が生じると免疫細胞が攻撃を開始するが、この攻撃が行きすぎないようにブレーキを踏む分子(PD-L1)を出したり、他の未知の仕組みで免疫細胞の攻撃をストップさせたりすることが判明したのだ。がん細胞が免疫細胞による攻撃をはねのけ、際限なく増殖を続けることができるのは、この免疫細胞を抑える働きがあるからだというわけだ。そこで、免疫細胞にブレーキがかからないようにすれば、がん細胞に対する攻撃はもっと続くのではないかと考えて得たのが、ニボルマブという新薬だ。効果の検証は、2014年11月にアメリカで行われた悪性の皮膚がんであるメラノーマの患者に対する臨床試験だ。この試験では、418人の新規患者を2つにわけ、210人にニボルマブ、もう一方の208人には、当時メラノーマにいちばん効くと言われていた抗がん剤のダカルバジンを投与した。どちらの薬を投与されるかは、患者にも、医師にも知らされなかった。その結果、臨床試験開始後、1年後まで生きていたのは、ニボルマブを投与された患者で70%、抗がん剤では40%以下だった。ニボルマブ投与では1年4カ月後でも生存率はほぼ横ばいの70%。それに対して抗がん剤を投与された患者の生存率は20%を切ってしまった。このことはアメリカでの驚きを持って迎えられたという。一番利くとされた抗がん剤との比較実験で圧勝したからだ。さらに、末期定期と言われたがん患者でも、2年以上がんの大きさが変わらなかったり、小さくなったりさえしたのだ。当時、アメリカやヨーロッパでは、「人類とがんの長い戦いに終止符を打つ期待の最新研究が始まった」と報じられたようだが、日本のマスコミだけは全然話題にしなかったというのだ。又その話かと、やや自虐的に日本の政府やマスコミの質の低さを感じてしまう。免疫薬「オプジーボ」という名前が出て、日本でもやや話題性を増したが、それでも半信半疑で、とてもノーベル賞が決まった今のような騒擾はなかった。今では、腎がんとホジキンリンパ腫(血液のがん)の申請も済んでいて、毎年2つ、3つ、どんどん承認が進んでいるようだ。アメリカではニボルマブの臨床試験が200種進められているようだ。すべてのがんに同じように有効かはまだ分からないが、胃がんも、頭頸部がんも、膠芽腫(こうがしゅ/脳腫瘍の中で最も悪性度の高いもの)、さらには卵巣がんも範囲の中にあるという。卵巣がんでは、京大の婦人科の小規模臨床試験で18人中3人は非常によく効き、いちばんよく効いた例では、余命3カ月と言われながら、治療をはじめて4カ月で完全にがんが消失した例がある。問題は、70%有効であったとするものの残りの30%は1年以内に亡くなっていることだ。薬が効く人もあれば、効きの悪い人乃至利かない人も居るわけだ。それにしても、ノーベル賞の結果は我々の生活に遠いことが多かったが、今回のたんぱく質「PD-1」は直接的に益をもたらしてくれる感じが嬉しい。【古今和歌集】558.恋ひわびてうち寝るなかに行き通ふ夢の直路(ただぢ)は うつゝならなむ (藤原敏行朝臣)恋に思い悩んでふと寝てしまった、あの夢の中で通った真っ直ぐな道が現実のものであったらどれだけよいか(うちぬる ・・・ 少しの間寝る、ただぢ ・・・ 真っ直ぐな道)
2018.10.01
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