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今朝もいい天気だった。雲が流れるのがゆっくりで気持ちが非常に落ち着く。これが田舎のいいところかもしれないが…出来れば1人でまったり見たかった。どうも今の生活に居心地の良さを感じることが出来ない。私がいるべき場所ではないのかもしれないというある種の疑念がいつまで経っても消えない。最初は強制送還を特に思うところなく受け入れたのだった、それは環境が変わればそれに順応できるだろうという楽観的観測だったからだ。しかし現実今のような生活を1ヶ月続けてみると、その生活は落ち着くどころか得体の知れない焦燥感ばかりが募っていく。このままの生活を続けていることは一種の堕落だ。やりたいこととやらなければならないことの線引きが未だ曖昧だが、今の環境に落ち着きたいという気持ちにならないことだけは断定できる。早くあの頃に戻りたいものだ。話をテーマに…今回は久しぶりにカテゴリ「思うこと」だ。最近は無意味につまらないことばかり書いていたような気がする。私がブログを始めた理由を考えると…つまらない毎日をつまらない語彙力で綴ったとて面白いわけがない。本来の目的へと回帰していくのもアリだ。今日のテーマは朝刊から拾ってきたものだ。タイトルを見るぶんには小難しく見えるかもしれないが、言いたいことは簡単だ。というわけで本題へ。IT社会という言葉は一時期流行った。携帯電話やPCなど、所謂ワールドワイドに情報を閲覧できる機器が普及し始めたことがそのような時代と名づけられた原因だろう。特に携帯電話の普及度は高く、今や小学生でも持っている時代になった。これにはメリットもデメリットも介在するが、携帯電話自体のメリット・デメリットを言い出すと本筋とずれるので今回は割愛する。携帯電話とPCに共通する機能の一つとして「メール機能」がある。その普及度も凄まじいもので、今やメールを使えない人というのはいないと思われるほどに浸透している。電話と並ぶ連絡手段として君臨していると言ってもいいくらいだ。このような情報機器の発達というものはスムーズな意思疎通も可能だが、それに伴う問題も必ずと言っていいくらいに起こってくるものだ。これは仕方のないことだ、使い方によって道具は良くも悪くもなるということが自明である以上はそこを改善することは不可能なのかもしれない。メールの普及は会話の減少・希薄化という問題を孕んでいる。それは勿論わかりきっていることだが、それ以外にも問題が浮上してきているらしい。それが朝刊で見つけたある概念だった。それは端的に言ってしまえば「メールの送受信回数の多い人ほど日本語語彙力がない傾向にある」ということらしい。これを見てくださっている方がメールを使ったことがないという矛盾はないだろう故この説明は非常にバカバカしいかもしれないが、メールというのは…もっと言えば携帯電話やPCというのは変換機能が付いている。つまりは知らない漢字があってもそれを覚えようとしなくてもPCや携帯電話さえあればあっという間に調べることが可能になる。欲しい情報をすぐに与えてくれるということは学ぶ意欲を削ぐものだ。例えばわからない漢字や熟語や意味・概念があったとして、それを調べるのに辞書を用いたとしよう。辞書を引くという行為ははっきり言って面倒だ。何千ページもある薄い紙を一生懸命捲って1つのものに辿り着かなければならないというのは本当に疲れるものだ。しかしそのような苦労を経験するということは「もうこの苦労をしたくない」という感情から調べようとした意味をしっかり覚えようとする効果がある。しかしもしもPCや携帯電話を使って調べる場合、極端な話打ち込む数秒でいいわけだ。苦労がない行為というのはもう一度同じ手順を踏まないといけなくなっても特に感じるところもない。それでは覚えるということすらしなくなる可能性もある。そしてメールをするという行為には手紙のように形式ばったものも、顔をつき合わせた時のような表情や語気から感情を伝えるというものも必要なくなる。つまり言いたいことを端的且つ明瞭に伝えることだけ出来ればいいのだ。しかもメールをするというのは大抵友人や知り合いに限定されることになる。つまり用件だけを明記したようなものばかりになり、難しい表現や難しい漢字を避けるようになる。仲がいい故に起こる問題だと言える。何度も何度もそのような簡潔な内容のメールを繰り返すうちにそれが当たり前になり、適切な表現を行うことが出来なくなる可能性が懸念される。以上のことより、メールの送信回数が多いことはそのまま日本語能力の低下に繋がるという見解が出ている。このことは直接的なデータが得られており、実際高校生くらいが一番この影響を受けているということらしい。しかし現代における携帯電話やPCなどの機器は必要不可欠なものであり、それに触れないで生きていくことはある意味困難になってきているという考え方もできる。ということは、このままこのような流れが続けば日本語能力は国民レベルで衰退していくという結論に到達することになる。しかしこの内容の言いたいことはそこではなく、むしろ学ぶべきことが多い時期である中学生や高校生の段階でそうであっては、将来的に大きな問題が出てくるということを懸念しているのだ。まさにIT社会だからこそ生まれた歪のような問題だと思われる。私は携帯電話なんてそうそう便利なものだとは思えない。私が持ったのも一人暮らしをするから無理矢理持たされただけであって持った時期も極端に遅かったのを覚えている。できるならば持たないでいたいと常日頃思っているのだが、今の時代そうも言っていられない。今の高校生のように自由自在にメールを扱えるという自負はないし、そんなスキルが必要だとは思えない。極論かもしれないがメールは冷たいコミュニケーションだ。人と人とのコミュニケーションはそこにその人が存在しているという確固たる意思が存在する位置で疎通することに意味があるものだ。私はこの朝刊のコラムを読んで、携帯電話は精神的自立をする成人になってから持つという義務付けをしてもいいくらいだと感じた。援助交際や出会い系なんてIT社会から言われ始めた概念だ。そんな女性にしてみれば時間と身の切り売り、男性にしてみれば犯罪の加担を行う可能性を孕んだ道具を精神的に成熟していない子どもに持たせるという危険性、そして常識的範囲の日本語能力を欠落させる可能性があるという意味を理解した上で考慮すべきだ。
Apr 30, 2007
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桜の季節ももう終わり…華やかだった景観ももう葉桜がちらほら残る程度になってしまった。私は桜が好きだ。あの鮮やかなピンクや赤に近いような色が自然に出るということが神秘的だと思うし、それ以上に多くの桜が咲き乱れている光景が圧巻だからだ。どこかの国から来た外国人ではないが、日本に桜があって本当に良かったとさえ思うこともある。でも花見のようにわいわいがやがやと騒ぐのは好きじゃない。いくら綺麗な景観がそこにあったとしても、それを観て楽しむ姿が必ずしも騒ぐことと同義ではないと思うからだ。本当に綺麗な景色には静を以て接するが肝要だ。それでこそ聞こえてくるのかこないのかわからないほど繊細な風の流れや空気感を感じることが出来る。私が神社や仏閣が好きなのはそのせいなのかもしれない。まるで隠居したようなこんなことを言っている私くらいの年齢の人もいないだろう、年齢相応になりたいものだ(苦笑)京都にいた頃は良かった。出町柳周辺や所謂観光名所の桜は綺麗だったし、秋になれば紅葉も綺麗に色づき、そういう意味ではとてもいい街だと思う。町屋の片隅にひっそりと咲く桜はとても綺麗だし、大きな枝に大輪の如く咲いた桜も見事なものだ。しかし今はそれも見れない。地元はそこまで桜が有名なところではないからだ。咲いていて公園の片隅くらいが関の山だ。しかし私の家からほど近い公園には多くの桜が咲いていた。昔、私がまだ小学生の頃にはそこに毎日のように遊びに行っており、キャッチボールや草野球、釣りなどをして楽しんだものだった。その公園にはスケールの小さい(相対的比較)アスレチックのようなものがあり、休日にもなるとそこそこ人が集まってきて賑わうようなところだった。それから10年、地元に少しの間だが落ち着くことになったので久々に行ってみることにした。相変わらず緑ばかりで何も変わっていないかと思いきや、小さな小さな変化があって少し驚いた。桜が多く植樹されていたのだった。私の町は桜をうりにできるほどの規模はないにせよ、それなりに桜があった。なので地域振興の一環として桜をメジャーなものにしようということだろうか。それにしても多くの桜が咲いていてなかなか風流なものだった。しかし時間の流れは確実なもので…やはり公園の周りをまわってみると色々と変化している部分も見受けられた。まずは前述のアスレチックのようなものの半分以上が撤去されており、さらに残りの4分の1も雨風でぼろぼろになってしまい、見る影もなくなってしまっていた。そのアスレチックが完成した頃は私が小学生の低学年の頃で、ほぼ毎日のように友達との溜まり場にしていたところだった。そこで遊ぶことが日課であり、辺りが暗くなるまでボールを追いかけたり走り回っていたりしたものだった。そういう意味では思い出の詰まった場所だと言えるが…今はその姿は残っていない。綺麗な八重桜を眺めながら片目に朽ちている遊具を見て時間の流れを感じるなんてセンチな気分にもなるものだ。。
Apr 29, 2007
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最近の新聞は朝5時でも来るらしい。一昔前は7時くらいにならないと来ないと思っていたのだが、最近はそうでもないようだ。朝5時に起きて新聞を読めるなんて小さなことかもしれないが幸せだと思う。昔は新聞配達と言えば高校生のアルバイトの代表格であったが、今ではそのようなアルバイトを経験せずとも高校生活を営んでいる子が思いのほか多いのかもしれない。確かに社会を経験してみると思うのだが、早く起きなければいけないこと・車を使ってはいけないこと・雨が降ると急がなければいけないこと・ルートを完全に把握しなければいけないこと及び新規契約者が出た時にはすぐさま効率的ルートを確立することなどなどの諸要因を鑑みてみると、時給800円前後は安すぎるような気がする。まぁ田舎と都会での賃金水準の違いはあろうが、それにしてもそこまでの大差がないことを考えるとやはり腑に落ちない部分はある。私が高校生だった頃はたとえ800円と言えども結構なお金だったように思える。購買部でパンを買うにしても飲み物を買うにしても200円前後のお金がいる、それを踏まえると、800円というのは何気に大きなお金だと思う。しかしそれさえもしないということは…今の高校生はお金持ちだということだろうか。アルバイトしなくても欲しいものが買えるのか欲しいものが単純にないのかはわからないが、どちらにしてもそのような流れはよろしくないように思う。若い頃からアルバイトをしないと見えてこない概念は確実に存在するのだから。話がずれた。。兄から久しぶりに連絡があった。どうやら荷物が飽和状態になったので取りに来て欲しいということらしかった。取りに来て欲しいとは行ってもちょっと近くの郵便局まで不在荷物を取りに行くのとはわけが違う。片道5時間強をかけていなかければならないのだ。まぁ両親は兄のところに行くのもそう珍しいことではないので渋い顔をすることもなかった。これが親の愛なら寛大だと思う次第だ。そんなわけで三重まで行ってきた、ブログが更新されなかったのはそのような理由からだ。確かに兄の家にもインターネット環境があるのだが、今回の三重訪問の目的は荷物の回収だけではなく、家の一斉清掃も兼ねていたので、そんなにのんびりとブログを書いている暇はなかったのだ。これは別にどうでもいい情報なのだが、私は1件のブログを書き上げるまで2時間以上かかる。家族全員が一生懸命掃除している中私だけがのうのうとブログを書くのもいただけない話だ(笑)結局寝て過ごそうと思っていた私もあまりの部屋の燦燦たる状況に掃除に駆り出されることになり、家族3人がかりで3時間ワンルームに奮闘することとなった。私は1度やりだすと止まらない性格なので…嫌々ながら始めたもののやりだしてしまったので止まらなくなり、結果的に家族の誰よりも一生懸命動くこととなった。そのせいで兄が仕事から帰宅した後はぐったりになってしまったものだった。もう何度も行っていて今更新しい発見も何もないのだが、やはり津市というのは本当に面白いところだと思う。メインストリートは片道3車線の大きな道路なのだが、それも3キロくらいで終わってしまい、そこからは延々と田んぼと畑が広がっているという状況だ。観るところから観ると都会と田舎が見事なまでに同調しているところだと言える。三重という風土から考えると車社会であり、車がなければ移動が不便で仕方ないということらしい。実際に繁華街でも建物と建物の間が異常に広く、車がなければしんどいというのは納得できる。兎に角ディーラーが多く、大きなビルも乱立しているかと思いきや田んぼや水田もそれに負けず劣らず多く、水産業も盛んだときている。しかも今挙げたものが全て津市に集中しているから面白い。そこから思うに津市は見に行くところではなく住むところだということだ。京都は住むところではなく見に行くところだということを考えると、相対する性質だと言える。広大な土地がウリで、その気になれば国内最大の何かを建てることも可能なくらいだ。まぁそれをしないのは田舎っぽさをウリにしているということを県行政が認識しているという何よりもの証だ。現に三重、特に津に行ったことがある人は「田舎過ぎてつまらない」というありふれた感想を吐くことになるが、本気でそうは思ってはいないと思われる。田舎好きにも都会好きにもあった環境だと言える。ちなみに三重県の県議の回し者ではないので宣伝はここらにしておくが、まぁ機会があれば行ってみるといいかもしれない。最初はあまりの田舎っぷりに驚くかもしれないが、食べ物は美味しいし都会もちゃんとあるし…地震の懸念さえ度外視すればいいところだ
Apr 28, 2007
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今朝は天気がいい。洗濯物もよく乾くというものなのだが…如何せん私の家にとってはそこまで状況のいいものではない。海が近くにあるということで、洗濯物を干すにも弊害が出てくることがあるのだ。それ以外にも掃除が大変だとか、そもそもにおける問題が多すぎるような気がする。海が近いと海風が吹く、現代の建物というのはまだ一応海風には弱いとされており、そのせいで家の風化・浸食も早いというわけだ。町全体が生みに近い環境だと言えるかもしれないが、私の家は100メートルもいかないところに海があるのか特にその傾向が強く、網戸などもすぐに塩が詰まってしまうほどだ。極端かもしれないが、距離的な話をするならば1年365日海の家に住んでいるようなものだ(笑)しかもそれに加えて風上に住んでいる人が魚屋さんを経営しているせいもあって、我が家の窓を開ければいつでも海の香りがするといった具合だ。嬉しい時もあるが悲しい時もある、まぁそれはどこでもそうなのかもしれないが。最近実家に帰ってきたこともあって、毎日新聞を読むことが出来る。以前は新聞とは言っても府民新聞という極めて狭義な新聞しか見られなかったこともあって、そして様々な知識が吸収できるということもあって読むのをかかしたことがない。私の家の新聞は産経新聞なのだが、その中に小説のようなものがある。どの新聞にもあるのかもしれないが、産経新聞の小説は浮気や不倫をテーマにしたもので、妻の日記を夫が覗き見るというコンセプトのもとで書かれているものだった。私が実家に帰ってきた時には当然連載していたので途中から読むことになったのだが、帰ってきてから今日までかかしたことはなかった。要するに嵌ってしまったのだ。これを楽しく(?)読んだことがある方はわかるかもしれないが、これがまた微妙に癖になる内容で…ここで具体的に書くことは出来ないが、何故か毎日それを読むのが日課になってしまっていた。それを通して思ったのだが、やはり浮気や不倫は低俗なものだと再認識した。最も好きで最も必要だからこそ結婚した、そしてその最愛の人との間に子どもも生まれている。そんな状況でどうして他の人が必要なのか全く理解できない。確かに自分の伴侶よりも素敵な人なんてそこらじゅうにいるだろう、それは自明のことだ。しかしだからと言ってその人を裏切ってまで得たそのような関係にどんな意味があるのかが不思議に思えるのもまた事実だ。一般的に男性の不倫の対象は自分より随分年下であることが多く、女性の不倫の対象は自分より若干年上であることが多いということらしい。そういう意味で言えば、やはり人間の本能的に女性は守られたいという認識、男性は守ってあげなければという認識が根底にあるように思われる。しかし男性側の不倫について言えば…若ければいいという捉え方ができないこともない。それは結局上辺の付き合いだけで結婚を決めたというなによりの証拠であり、吹けば飛ぶような軽薄な関係を意味している。浮気は甲斐性だと誰かが言っていた気がするが、私は決してそうは思わない。生涯に1人の大切な人と出逢って恋をして結婚して家庭を持って…それがどうして出来ないのかが不思議でならない。異性なら誰でもいいのなら動物と同じだ、知的生物だから可能なコミュニケーションを用いて新しい異性を捜し求めるのではなく、どうしてすぐそばにいる伴侶を想えないのかが私にとっては永遠の謎だ。
Apr 27, 2007
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習慣にするということが好きだ。出来れば生活リズムの全てを一定の習慣化できればいいといつも思っているのだが…想定のこと以外のことが起こるのが人生であり、逆に言えばそれがない人生なんて面白くはないだろう。何故朝起きた段階でその日1日何をするのかを計画している人がいないかというと…結局はアクシデント的な事象が散漫しているからだ。まぁ自明だが(笑)そんなわけで私はなんとか同じリズムや習慣で生きていこうとしているわけだが、どうしてもどこかでずれが生じる。慣れてきた頃に偶発的なことが起こることもしばしばだ。ブログのことにしてもそうかもしれない。このブログ…いつも就職活動中で最も暇とされるお昼時に書いているのだが、昨日はそれが出来なかった。何気に完璧主義的なところもあるのでそれは許せないところなのだが、事情が事情だけに仕方なかった。その事情というのは面接に行っていたからだ。私に就職活動は主に市内を視野にいれて行っているものだ。しかし私の今現在住んでいるところから市内までは車で片道3時間半もかかってしまう。その距離をもう何度も行ったり来たりしているのだ、面接の10分程度の時間の為に(笑)まぁそれも仕方ない、希望する場所での就職を妥協しない限りはこれは私に課せられたものだと認識しているからだ。そんなわけでこの日は面接に出向いてきた。面接開始の時間は午前11時。ということは…はい、5時起きです_| ̄|○書いてはみたものの、これはもう2回目だ。良心的な会社だと私の事情を察して午後からの面接にしてくれるのだが、どうにも融通の利かない(あくまで一意的見地)会社は11時のような午前中に仕掛けてくることもある。私が今住んでいるところは通達済みなので、これは私に対する試練なのだろうかと時々思うが…どう考えても「会社の事情」である可能性が高い。社会に貢献するという立派な志ある会社が面接して欲しいたった数人の為に時間を割くというのもおかしな話だからだ。まぁ割いていいほどに経営が逼迫しているなら話は別だが。そんなわけで面接を受ける為に朝靄かかる道路を爆走していたのだが、その間面接で何を言おうか思案しながら運転していた。すると、少し先の道路に道路の幅を半分以上占拠している何かが落ちているのを見つけた。車の運転をしながらなので凝視することは出来なかったものの…通り際の最接近した時に見てみるとなんと鹿だった。しかも頭部断裂状態だった。田舎で猪や狸や狐は見たことあったが、田舎で鹿を生で見たのは初めてだった。結構大きくてびっくりしたが、その後に「ちょっと持って帰ったら食べれるかな?」と思ってしまったあたり田舎スピリッツが植えつけられてきた証拠だと思い苦笑したものだった。ちなみに…奈良県民に怒られるかもしれないが、鹿の肉はなかなか美味♪すったもんだありながらも結局面接してもらえる会社に着いたのは午前10時30分、ジャスト計算通りだった。そしていざ面接になったのだが…流石税理士事務所の面接は厳しかった。まずは本人の目の前で職務経歴書を論文の採点みたいに○×付け出したのには驚いた。そんなことは面接後でもいいと思ったものだったが…よく考えてみると少し嫌な予感がした。履歴書と職務経歴書は事前に会社宛に郵送したものなのだが、月曜に出したのでどんなに遅くても火曜にはつくはずだ。火曜から木曜までは2日もある、2日も。2日もあれば職務経歴書に目を通すことくらいは容易に可能なはずだ。それをしていないということは…会社にとって私はどうでもいいってことなのかもしれない。ちょっと凹んできた_| ̄|○そもそも目の前で○×をつけるメリットがない。時間がなかったのか、×をつけているところを見せしめにしているのか意図は知らないが…それだけでかなり暗雲立ち込めてきたような気がしてきた。面接は10分で終わり、帰ろうとした時に交通費と称してお金をいただいた。これがこの日一番驚いたことかもしれない。某就職サイトの掲示板を眺めているとそのような流れはマイノリティではないということは知っていたものの、中途採用でもそれが行われているとは知らなかった。なので実際に目の当たりにすると、それをどのような形式で受け取ればいいのか…というか素直に受け取るのがそもそもいいのか…よくわからなくなり混乱してしまった。入室・着席・面接時の態度などは経験上いい線いっているのだが、交通費の受け取り方は勉強不足だった。あれに作法があるなら今度は勉強していこうと帰りの車で反省したものだった。ちなみに…4時間かけていって10分で面接終わってまた4時間かけて帰ってきて…その後はバイトだった。幸いにして生徒が少なかったこともあって問題は露呈しなかったが、大人数ならかなりきわどかったと思う。もう1つ気づいたことは…3時間以上運転していると運転していても酔うことがあるということだった。再三気持ち悪い思いをしながら帰ってきた木曜日だった(苦笑)
Apr 26, 2007
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今日は列車脱線事故からちょうど2年が経つ日だ。思い返してみれば、ほんの少し前のことのようにも思えるのだが…月日は確実に流れているということがこのようなことからわかるというのも酷なことだ。あの日私は特に何も考えずに朝食の準備をし、そして普通に食べながらテレビを観ていた。午前9時、2限目からの講義だったのでゆっくりと朝食を摂りのんびりとコーヒーでも飲みながらまったりしていた頃にニュース速報で入ってきたのが脱線事故だった。今になってみると…ファーストインパクトは大したことがなかった(と言っては被害を蒙った方に失礼なのは重々承知しているのだが)ように思えた。遡ること数年前の米での同時多発テロも最初の報道は小さな出来事のようにしか取りざたさなかったことを考えるとまっとうな報道レベルであると思える。脱線事故は一般的な報道では運転手のダイヤの乱れを懸念したスピード過多から起きたものとされているが、それでは納得できないという被害者が情報開示を求めているというのが現状での姿だと言える。悲しきかな現在不祥事の隠蔽というのは日常茶飯事だ。警察官が飲酒運転で事故を起こしてしまってもその罪自体をもみ消してしまったり、あるところでは県や府ぐるみで大掛かりな改竄や捏造も行われているくらいだ。それを考えると…今回の脱線事故の情報を開示しないというのもある程度わかるような気がする。しかも相手は大企業も大企業、JRだ。医療ミスで国立大学の病院を個人が訴えるようなものだ、一筋縄ではいかないだろう。勿論わかるだけでそれが善だという気はない。こういうものは体質なのだ、誰が悪いわけではなく…強いて悪いものをあげるとしたら「常識の欠如」が招いたことだと言える。連環的に起こるものというものは最早止められない、叩けば埃が出るなんてレベルに留まらないのが事実だろう。報道というものはおかしなもので、事件が起こればその事件が何故起きたか?どのように起きたか?に固執しすぎている。例えば自殺をした子どもがいたとして…自殺したところに遺書が残っていていじめが発覚したというケースがあったとする。いじめを苦にした自殺というのが客観的な事象だ。しかし報道する段階になると…そこにやけに私情を挟もうとする傾向にある。しかも言わなくてもいいのに、遺書があったなどということをさも悲しみを増幅させる手法であるかのように報道しているところが理解できない。いじめを苦にして遺書を残し自殺したということは以前に事実として存在した。そして報道機関は上記のような報道をした。その結果…いじめを苦にした自殺というものが大量に発生することとなった。それはもともとニュースになりきらないものが表面化してきたものではない、明らかに模倣犯だ。そのようにすれば報道されて自己を表現できるという歪んだ考えが思いのほか蔓延っているからこそ起こる事象だと言える。逆にニュースになりきらないような自殺が表面化してきたのだと仮定しても…それだけ一気に増えるということは、その1つ1つを拾わない報道機関の責任問題になる。どちらにしても報道のあり方というのは改善すべきだ。報道関係についてもう1つだけ言うのであれば…海外で起きた事件を取り上げた場合、お約束であるかのようにニュースの語尾に「邦人の死傷者は…」という言い方をすることが多々ある。これは絶対にやめた方がいい。これは極論だが「どんな事件が起きようが日本人が関係していなければそれでいい」と大声で言っているようなものだ。これではモラルが問われる。今や日本国内には何万人と外国人もいるのだ、そういう語弊が生じる言い方は避けるべきだ。本来のテーマを書きたかったのだが随分前置きで書いてしまったのでテーマの方は簡潔に書こうと思う。抽象的なものなのであしからず。ポエムっぽい駄文が苦手の方はスルーの方向で(笑)算数のテストを受けた。テストが返ってきた。50点だった。悔しかった。「何故間違えたのか?」ということを確認すること「どういう風に間違えたのか?」ということを見返してみること間違えた箇所を今一度認識してその答えを導き出すまでの過程を書き出してみることそして何度も繰り返し見てみてその系統の問題には間違えないようにすることこれが出来ないものに100点は訪れないいつまでも同じ轍を踏むどんな問題にも解き方というものがあるしかし最善の策はない何故なら問題の数は無数、場合はそれぞれ、感情は様々それら全てを網羅した最善の解き方なんてありはしないあるのは自分が解いてきた問題に対する解き方だけそこに存在するのは年期、自信、推察いつでも新しい問題に取り組み続けるのが所謂人生だしかしだからと言って自分の解き方だけを過信してはならない自分の解き方しか知らないものにも100点は訪れない世の中には様々な解き方がある向き不向きはあるものの完全に理解不能な解き方なんてありはしない何故なら答えに行き着くプロセスは王道だからそこに抜け道はないから真っ直ぐミットにボールが入るも鋭くカーブしてミットにボールが入るも「ミットにボールが入る」という結果に違いはない違うのは過程、道のりだから別の人の解き方を完全に真似しろとは言わないけど少しくらい吸収したらいい学ぶ・吸収する意欲を失った者は永遠に100点は取れない
Apr 25, 2007
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G8先進国首脳会議の開催場所が北海道に決まったようだ。我が京都も候補には上がっていたものの…惜しくも落選と言ったところだろうか。まぁ首脳会議をその都度京都で開かれるというのも考え物だ。開催される度に市バスは止まり、交通網にも多大な影響を及ぼすことを考えると手放しでは喜べないからだ。しかしサミットが開催される場所というのはそれなりの経済効果があるようで…今度の洞爺湖でのサミットも概算ではあるが200億円の経済効果があると推察されている。200億とは一言で言っても…一時的な会議1つでそこまでの経済効果があるのかどうかを考えると疑問に思えてくるのもまた事実だ。知名度が上がることの経済効果が最も大きなものになるであろうが…それにしても微々たるものだ。華やかな街の知名度に比べればどこも似たり寄ったりだし、付け焼刃のようなものが果たして効果があるかどうかは…結局のところ開催される地域の特色如何になるところだろう。特産名産の多いのが北海道のいいところだ、この機会に大きく飛躍することを願ってやまない。それはそれとして…昨日全国一斉に小学校6年生と中学3年生を対象にした学力試験が行われたようだった。その問題が朝刊の紙面にあったので少し問題を解いてみようと思ったのだが…今までにないよくできた問題が多かったような気がする。まず1番気になったところは中学校3年生の問題に公式めいたものがあまり出てこなかったことだ。数学=数式というのは穿った考え方だ、そのようなものを文章問題の中に混ぜて出題する辺りは数学に「読解力」を求めいている証拠だろう。数学というのは数式を解くというものが本質ではない。本当の意味で数学を学ぼうとするのならば、公式を叩き込むことも大切だが、それを盛り込んだ文章問題にすべきだ。勉強した数式をどのように使うかをまず考えなければならないというこの形式は非常に有効だ。なのでそのような問題形式を算数の時代からもっと馴染ませておく必要がある。数学は算数と違って物を使って解きにくいというデメリットはあるものの…それでも幼い頃からそのような勉強方に慣れておくと、解きやすいだけでなく読解力がつくことになる。私は今塾で英語と数学を教えているのだが、公式詰め込み型の授業をしていることが教えている子のやり方を見ているとよくわかる。数式だけ眺めているような数学を好きになるのは生粋の数学好きだけだろう。だから数学の敷居が高いと錯覚してしまう部分もあるのかもしれない。私の教え子も今回のテストを受けたようだ、今度の授業で聞いてみるとしよう。出来不出来ではなく、その問題が入りやすかったか入りにくかったかが重要だ。それに関連してだが…褒めるということが非常に希薄になっている気がするのは狭義の見方ではないはずだ。問題が解けると褒めるというのは非常に大切なことだ。褒めると調子に乗る人もいるようだが、それでも自信を持つという意味ではかなり重要な意味を持っている。逆に叱るというのも時としては大切だ。辛辣な意見かもしれないが、今の教師の多くは叱ることが少ないように思える。学校というのは社会の縮図だ。団体生活のいろは、協力して何かを成し遂げること、そのようなものは規模は違えど社会に通ずる概念であることは自明だ。そこに際して怒るということを避けるのは何かが違う気がする。怒られることに慣れていないと打たれ弱い人間になってしまう。今の若者に早期退職が多い理由の1つにも確実にそれがあると思われる。つまりは社会を知らなすぎる状態で社会に入ったのでそのギャップに戸惑っているといった具合だろう。それにはやはり現代教育の影があるのかもしれない。話が少し脱線した…。つまり問題が解けた時に褒める・嗜めるだけでなく、叱って教えることも必要だということだ。勿論叱るメインではない、まずはやる気を伸ばさないといけないので「褒めるメインの時々叱る」くらいが肝要だ。どちらがいいとは言えないのが褒めると叱るの難しいところだ。どちらも兼ね備えるのが真の教育者なのだろう。一介の塾講師(見習い)の私には遠い悟りの境地かもしれない(苦笑)
Apr 24, 2007
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先ほどyahooニュースでとても明るいニュースが飛び込んできた。一昨年くらいから傾向としては表れだしてきていたのだが…来年度の有効求人倍率が16年ぶりに2を超えて2.14になったということらしい。確かに所謂2007年問題の影響もあって一昨年くらいから求人市場は完全な売り手市場へと変遷しつつあるのだが、それにしてもたった3年の間に倍率が2を超えるというのはかなり異例だと思われる。全体的な流れとしても今まで新卒枠として受け入れていなかった会社でも新卒枠を設けるなど、就職バブルの時代になりつつある。それというのも、2007年度になってから新人同然の人を雇っても即戦力になるかというとそうではなく…面倒な(と言っては失礼だが、あくまで会社の上層部を主観においた見解による)新人研修を経なければならないことになる。しかも研修だけをやったからと言って会社の方針やノウハウを完全に理解できるわけではなく、個人で力量を発揮するには随分な時間がかかることになる。そのことを懸念した上で、問題である2007年度に向けて少しでも早い時期から使える人材の育成を目的に新卒枠の増加ということを実行したわけであるが…当該の年度である2007年を越えても求人倍率が増加の一途を辿っているということは…その問題だけでなく企業全体での新人育成のあり方や企業の求めるニーズが多様化してきていることに他ならない。しかしそれはあくまで新卒枠の話であって、私にとってはむしろ逆風であるということには違いない。就職バブルというのはありがたい話なのだが…その逆中途採用枠を狙うという観点においてはなんの改善もされていないのが実だ。私を始めとする中途採用のスタンスで就職を希望している人は、どのような形で就職するのかと言うと…大きくわけて2つの道がある。1つは企業が新卒枠を設けその定員が一杯になり滞りなくスタートを切ったものの、新人というのはその仕事が自分にあっているのかどうかを模索しながらのスタートを切ることになることに起因する早期退職である。今の若者は悲しきかな継続力というものがない。なので自分に合っているかどうかを早めに見切って合っていないとわかった瞬間にその仕事をやめるという現象が思いのほか多くあるということが見受けられる。以前書いた「753現象」というのはこのことだ。企業としては雇ったもののすぐにやめられたら欠員が出たことにより困窮とまではいかないものの、その代わりを求めることになる。そこに入っていくのが中途採用者、つまり私のような人種だということだ。この場合は「新人を採る」という概念の上での中途採用要求になるので、敷居はそれほど高くない。次に2つ目なのだが、これがまた様々な業種の厳しい現状をそのまま投影したかのようなスタイルだ。所謂アカデミックな枠の要求を中途採用に求めるということだ。新卒枠を設けるほど人材に困窮していないものの、それでも腕の立つ技術者が欲しい…そのような企業において中途採用者が求められることになる。この場合ExcelやWordなどは当然資格になり、加えてPC周りの仕事であればMossやEREや…極端な話FPもあれば強いものになってくる。このような中途採用枠を狙う人はベテランで、多くの仕事をこなして再就職や転職をしたいという人に多く、こうなってくると私のような学生あがりの職務経験のない人間には敷居が高いということになる。現状だけを見れば求人倍率は上がっていく一方でバブルのように見えるかもしれないが、そのような良好な状態は裏を返せば中途採用者にとっては手放しで喜ぶことのできない状態なのかもしれない。而して私にも恩恵がないわけではない。このように仕事をしたい人を受け入れる体制が出来上がってくると活動もやりやすくなるというわけだ。前置きが以上に長くなってしまったが、タイトルの本題はここからだ。使い分けが非常に難しい漢字というのは多く存在する。例えば「町」と「街」であったり、「貴方」と「貴女」と「彼方」であったり、これらは文脈や主観をどこにおくかということで使い分けるということが必要になってくるものだ。私はこんな体たらくなので履歴書を書くことが多いのだが、そこで1つ疑問に思ったことがあるのでそれについて書いてみようと思う。一般的に履歴書や職務経歴書において重要なのは学歴や職歴は勿論のこと、志望動機であることが多い。「その仕事に対するスタンスというものがどうであるか」とか「自分はこういうような性格でそれがその仕事に対してどんないい影響を及ぼすか」など、書き始めればキリがないのが志望動機だ。その中で例えば「あなたの会社の造っている製品に惹かれた」ということを書く場合、その会社を指す言葉は「御社」なのか「貴社」なのか迷うことがある。つまり今回のテーマは「御社と貴社の使い分けはどうなのか?」ということだ。漢字のもともと持つ意味が異なる熟語なので、同じ意味ということは考えにくい。同じ漢字を用いていないということはそこには必ず使い分けが存在するわけだ。しかし国語辞典を引いてみても御社と貴社の厳密な使い分けは表記されていない。相手の会社にとってどちらを用いた方が丁寧であり且つ常識のない人間に見られないか…果ては好印象なのかということは履歴書から察せられることも大いにあるだけに、このことは簡単には済ませられないように思える。一挙手一投足が命取りなのだ。一応インターネットなども使って調べてみたものの…結局その違いについての明確な答えを導き出すことは出来なかった。なので今は悶々としているというのが実状だ。このことについてご存知の方はいらっしゃるだろうか?もしいらっしゃれば浅学な私を助けて欲しいものだ(汗)
Apr 23, 2007
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すっきりした印象というのは様々なものがある。一番印象に残るものというのは服装である。襟が着いた白いシャツをしているとそれなりに清潔なイメージにうつるだろうし、逆にだらっとした服を見てしまえばその人なりが見えてくるものである。勿論これは初見のイメージでの定着の話だ。しかしだらっとしている服ばかり着ている人が突然白いシャツを着るとかなりイメージが転換することになるように、白いシャツばかり着ている人が急にだらっとした服を着た時もイメージは変わるが、それは良い意味での変化であることが多い。以上のことからも普段から服装には気をつけておく必要があるということだ。見られる見られないの問題ではない、気持ちの問題なのだ。それと同じくらい印象に関係してくるのが髪型だ。私は現在就職活動中の身だが、履歴書に貼り付ける写真を撮りにいったことがあった。それはもう数ヶ月前なのだが、今となっては見事に就職活動用の髪型とは言えないものになってしまっている。このまま面接受けるのはパジャマのまま学校に行くぐらい場違いなので…休日を機会に髪を切りに行ってきたというわけだ。市内に住んでいた頃はいきつけの美容院があり、値段も安く切り方も上手なので文句のつけようもなくお気に入りだったのだが、地元に帰ってくると当然のようにそれがなくなってしまった。確かに独り暮らしを始める前までは行っていた美容院があったにはあったのだが、そこのクオリティは明らかに独り暮らしをしていた頃に行っていたところとは違っていた。勿論マイナス方向にだ。当時はそこしかないと思っており、出来上がりにもそれなりに満足していたものだったのだが、一端市内に出ていいところに行ってしまうともうダメだ。1度でもクオリティの高いところを経験してしまうと地元のレベルが陳腐に思えてくるから不思議だ。こう言ってしまったら失礼なのは承知だが…良くも悪くも好みがあると考えれば納得できるはずだ。そんなわけで地元に帰ってきてもいい美容院が見つからずに、必然的に髪を切るのを我慢していたのだが、ついに前髪が鼻のラインを超えることになった。完全に引きこもり仕様に成り下がってしまったのだ。自分の置かれている状況を冷静に考えてみると、この状況におけるこの髪型はかなり暗雲立ち込めるものとなってしまう。この懸念から渋々髪を切りに行くことにした。しかしいざ美容院を探そうにも思いのほか地元の町と隣町の美容院事情に詳しくなく、結局車を走らせて探し回ることとなった。しかし探そうにも全く軒数自体が少なく、もうこうなったら次の仕事の面接を市内に受けにいった時にいきつけの美容院に寄って切ろうかと思っていた矢先、オシャレそうな美容院を発見した。見るからに女性専用の雰囲気が漂う中、店員が暇そうにしているのをいいことに突入してみた。すると思いのほか敷居は低いようで…あっという間に迎え入れられてしまった。どのように切るかを注文した後髪を切り始めたのだが、この店員がよく喋るお姉さんで…髪を切り終えるまでのおよそ数十分間話しかけられ続けた。美容院というのは服屋やタクシーと同じで、話しかけられるのをよしと出来るかどうかが明暗をわけることになる。誰しもが話しかけられることを快く思うわけではないし、だからと言って静かなのを嫌うという人も確実に存在する。私は美容院やタクシーでは話しかけられる方が嬉しい人種なので、この美容院をたちまち気に入ってしまった。しかもその日髪を切ってくれた店員さんがとても上手で、しかもマッサージがついていたこと、そして…かなりの美人だったことが主な原因だ(笑)私は友人に話すといつも驚かれるのだが…美容院や髪を切るところに行って髪を洗ってもらったことがない。市内行きつけのお店も髪を洗うというサービスを偶然していないところで…地元に住んでいた頃も行っていた店がそのような仕様ではないところだったからだ。しかしその日行ったところは髪を洗ってくれるというオプションが付いており(美容院では当当たり前らしい)、初めて髪を切ってもらった後に髪を洗うということを経験した。感想としては…流石プロ♪といったところだろうか。兎に角自分がお風呂に入って頭を洗う時とは全く違う感覚だったので驚いてしまった。これはちょっと癖になるかもしれない(笑)値段もお手ごろのこともあって今後はこの店で決めようと思ったものだった。それにしても…地元での憂いの1つである美容院まで確保してしまって…地元に根を張ってしまう勢いがまた増してしまった。いい店なのはわかるのだが、このままではいけないような気がする。こういう時は名古屋の友人のことを思い出すようにしている。わけがわからないかもしれないが、このことを考えると市内に出るモチベーションが高くなるというものだ。動機が不純だが、これが私にとっては効果絶大なのだ。名古屋の友人がこのブログを見ていないことをいいことに少しだけカミングアウトしてみた次第だ(笑)今度の税理士事務所面接はすっきりした頭でめざせ好印象!
Apr 22, 2007
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先日書いたように桜祭りをやっている。桜が完全に終わってしまってからの桜祭りというのはある意味全国類を見ないということは前に書いたとおりだが、もしかしたら今年は桜の開花に合わせて祭りをセッティングしている可能性もある。いくら田舎と言えど3年も同じ轍を踏むということはしないだろうと一縷の望みを持って桜祭りの行われている会場まで行ってみた。どうにも日本人の習性というか血というかよくわからないのだが…祭りとなるとその祭りが有名であるかどうかは関係なく人が集まってくる傾向にあるようだ。それを証拠に桜祭りもどこからそんなに集まってきたんだ?というくらいに大賑わいしており(桜祭りの会場は私の家からほど近い湖の真ん中にある公園でやるのだが、その公園は平日人っ子一人いないほどの閑散振り)とても平日のそことは思えないほどだった。そんな状態を見ているとこの祭りはこの辺りの人にとってとても重要なものなのだと確信したものだった。考えてみればしょぼいと決め付けていたこの祭りも地元の町が地域再生や活発化をかけて打ち出した作戦の1つなのかもしれない。集客ではなく、盛り上げることから始めようということだと思えば…たくさんの人が来てくれるだけで成功したと言えるのかもしれない。そんな微笑ましい光景を見ながら散歩していたのだが…やはりというかなんというか…桜は今年もありませんでした(笑)今日は少し愚痴のような内容になってしまう懸念がある、予め報告だ。私は自慢ではないが友人はほとんどいない。それは京都市内に暮らしている時もそうだったし、地元に帰って来てからもむしろ悪化していると言える。市内に住んでいる時はアルバイトをしている時だけ話をしたくらいだし、無口でいる時間がすごく多かったような気がする。一方実家に帰ってきたら帰ってきたで、家族と話をする程度で現状としてはそう変わってはいない。友人がいるのはいるのだが、みんな働いているか引きこもりになっているかの両極端なので、どうもその中に飛び込んでいく勇気はもてそうもない(笑)地元の中でも特に仲の良い3人がいるのだが、その3人ともがやはり今期から働いているので負い目に感じることが多い。普通に遊ぶだけとか飲みに行く時も私から誘うことは出来ないのが非常に辛いところだ。向こうは働いていて私は一生懸命に就職活動しているとは言え、みかけはフリーターなのだ、私が拾われて然るべきであるし、私から誘うなんてもってのほかだ。しかし友人達には職場の同期や上司との付き合いというものがある。なので私なんかと絡んでいる場合ではないというシチュエーションの方が圧倒的に多い。そう考えると…結局独りなのね_| ̄|○活動のしようがない土日が暇で暇で仕方ない。遊びに誘おうとも友人はそのような状況だ、家にいても退屈だし、部屋にずっといると体が腐敗してくるような気がして出かけようと思うのだが誰も絡んでくれる人がいないのであてもなく彷徨うという完全な非建設的な毎日を過ごしているわけだ。まぁこれも去年のうちに働き口を確保しなかった責任にくっついてきた罪なのかもしれない。それにしても人間は多忙期は暇を求めるのに、暇だと多忙を求めるという贅沢な生き物のようだ。そういう意味では暇と多忙とどっちが良いかと言うと…やらないといけないことを探さす手間が忙しさで消える多忙だ。忙しい人は暇が欲しいというかもしれないが、やはり暇すぎる私から言わせれば…忙しいうちが華だということだ。はぁ…早く働きたい_| ̄|○
Apr 21, 2007
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と思うことがよくある。私の性格的なことも勿論そうだが、基本的には私よりもオトナとされている人達において…だ。一番不思議かつ不快に思うのが電車やバスで携帯電話を平気で使う人だ。アナウンスで使ってはならないということを再三言っているのに平然と使うというその精神がよくわからない。それに付随するものとしては…携帯電話をマナーモードにしないで公共交通機関に乗る人が多いということだ。好きな音楽を着信メロディにしているというのは多いに結構だ、それに関して文句を言うつもりは毛頭ない。しかしだからといって平然と大きな音がなる状態で電車やバスに乗っているというのが信じられない。その図々しさはもっと他に生かすべきだと思う。見ていると、携帯電話で周りの迷惑を顧みないで話している人やマナーモードにしないで携帯電話を持っている人というのは…若い人が多いのだが、それと同じか多いくらいの比率で年配の方にも多いということに気づく。つい先日も電車に乗る機会があったのだが、新幹線でも特急のグリーンでもないのに当たり前のように大きな声で話している40代前半のおじさんを見た。こういう人を見るたびにブルーになる。40代と言えば企業において大変重要な位置を担うポジションであることが多い。そんな人達が「公共交通機関では携帯電話の使用をご遠慮いただきますようよろしくお願いいたします」というたったこれだけのことも守れないなんて…情けない限りだ。こんな単純なルールなんだからと言う人もいるかもしれないが、それこそ法律や制度の原点概念をわかっていない証拠だ。どんな些細なルールでもルールと呼ばれるものを守ること、その場に応じた振る舞いが出来ること、小さなことでもこのようなことを出来ない人間は無能だ。小さいルールの積み重ねで大きなルールは形成される。小さなものも守れないものに大きなものを守れるはずもない。いくらごまかしてみたとしても、そのようなところからその人なりの人間性はにじみ出てくるというものだ。仕事ばかりで疲れているのだろう、若しくは大切な取引先との電話なのだろう、しかしルールはルールだ。せめてマナーモードにし、それでもかかってきた電話には申し訳ないという態度を表明した上で電話に出て簡潔に用件を済ませるというのが肝要だ。こんなことを書くこと自体私の一般常識を疑われてしまうことなのかもしれないが…電車もバスも公共交通機関だ。「公共」とはどういう意味なのか今更わざわざ説明が必要ですか? toこの前のおじさん情けない…
Apr 20, 2007
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今日は穏やかな晴れだった。天気がいいので外でのんびり過ごそうかと思いきや…やはりというか今の時期特有である花粉に悩まされることに_| ̄|○ 杉はもうとっくに終わっているのでその流れで一緒に花粉自体も終わってしまえばいいのだが…どうも花粉というのは時間差攻撃が好きな傾向にあるらしい。天気がいいからといって外に出た私に対してここまでの鉄拳制裁をするとは…凹んでしまうものだ(苦笑)それはそれとして今週の日曜に私の地元で「桜祭り」なるものがある。これは私が以前住んでいた頃にはなかったもので、ほん3年前くらいから出来たものらしかった。これがなかなか面白い祭りなのは後から聞いて発覚した。基本的に桜の開花予想というのは3月の下旬から4月の上旬というのが相場で、そこから先は言わずもがなだが桜は散っていく一方だ。しかし私の町である桜祭りの日程は4月22日なのだ。これは誰の目にも明らかと言うか…一体誰がセッティングした日程なのだろうかと疑いたくなるほど見当違いな組み方だと言える。しかも前述した通り、この祭りは3年間やっているのだが、その日程は大幅に変わっていないとされているらしい。つまり私の町は…桜の開花に合わせて桜祭りをするほどのフレッキシブルな予定組みも出来ない町なのかもしれない。この調子では来年も桜の花が皆無状態の桜祭りが開催されてしまう恐れがある。内部でも疑問視している勢力もあるようだ、どうか早急に気づいて欲しいものだ。これは以前に書いたかもしれないが、テーマとしては申し分ないものなので、以前に書いたかもしれないということを過去ログで振り返る面倒さを振り切って書いてみようと思う。もしも書いていなければラッキーだし、書いていたとしてもその頃から私のブログを読んでいる人がいるとも思えないからだ(笑)暗に宣伝臭いニュアンスだが断じてそんなものではないことだけは予め付記しておく。。テーマは「災害における対応速度」だ。少し抽象的な話だ。何においてもそうだが、実際に被害が出てみないと行政は動かない。わかりやすい例で言うと、見通しの悪い交差点があったとしても、その道路の見通しをよくするという工事はそこで事故が起こってからでないと行われない。先日報道された折りたたみ式ベビーカーのジョイント部分で赤ちゃんが指を切断するという事故にしてもそう、そのように被害が出てからでないと商品の改良は行われない。もとある形が如何に不安定で綱渡り状態なのかを考えないというのが現状だ。使い方次第だと言われればそれまでかもしれないが、それにしても一意の考えの人のみが利用するものではないということを考えればあらゆる可能性を想定するのが肝要だ。道路の状態に然りベビーカー等の安全性に然りだが…この流れで一番危険なのが地震関係のことだ。一昔前…私が知っている限りでは、建物を建てるという概念において最も重要視されていたのは「利便性」だった。如何に少ない土地を効率よく使うであるとか、便利でソリッドなデザインのものが人気だったりなど…そのような概念のもとに建築が行われていたように思える。しかしそのような概念に「耐震強度」というものを加える契機となった事象が大きな震災だ。それまでは強い地震に耐えられるかどうかというのはあまり重要視されておらず、ないがしろとまでは言わないにしても、今ほど耐震や免震に対する考え方は浸透していなかった。しかし地震の揺れに耐える・揺れを緩和するという考え方が大きなウェートを占め出した1番の理由は確実に大きな震災で倒壊した建物が多かったということだろう。日本は地震国だ、M7~8くらいの地震はいつ起こっても不思議ではないようなお国柄だと言える。ならばそのような地震が起きても耐えられるような構造の建物を造るのは自然な流れのように思えるが…現実はあの阪神大震災だ。建物だけではなく高速道路も倒壊するといった具合だ。しかも倒壊してから耐震強度に不備があった等不手際が露呈するという体たらくだ。こんな具合では大きな地震が起こっても無事であるはずがない。大きな地震で建物が簡単に倒壊したからこそ、強い建物を建てようという考えがメジャになり耐震だけではなく「免震」という概念まで生まれた。そして現在地震の揺れに強い建物というのは非常に多くなってきている。以上のような流れは自然に起こったものではなく「今のままではダメだから」という後押し的な考え方から導かれた非自発的な帰結だ。つまりは大きな地震さえなければ建物の構造を見直すこともなかったという逆接ともとれる。大きな地震が起こって倒壊したから造るということは…大きな地震がなければ造らないということ、その考え方にこそ大きな問題がある。今や首都を始め、日本各地でM8レベルの地震がいつ起こってもおかしくないところまできている。現に私の地元は90年周期で非常に大きな地震が頻発している場所なのだが…前の震災から今年で100年目くらいになる。つまりいつその震災が起こってもおかしくない状況なのだ。こう言ってはラディカルかもしれないが、地震が起こってこそ今現在の体制…つまり建物の強度もそうだが、避難経路の確保、救助の素早さ、非常食の充溢、支援・ボランティア活動の円滑な実行などの点での到達点が見えてくるというものだ。なので大きな地震が頻発すればそれだけ強固なものが生み出されることになる。建物然り人間関係然りだ。反省から学ぶのが人間だ、一度も練習問題をしないで理論だけで問題が解けるかと言えばそうではないのが自明であるように、失敗から学ぶ点もあるのも理解できる。しかしどんな可能性も視野に入れるのが行政ではないかと思うのもまた事実だ。どうもお役所仕事というものを念頭に書いてしまうから行政が一方的に悪いようなニュアンスが伝わりそうで若干怖いのだが…上述したものには避難する人の心構えも大切だということだ。防災グッズを持っておくとか些細な心がけが被害を最小限に防ぐってなんか一般論的終わり方(笑)
Apr 19, 2007
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誰だってどこにいっても挨拶はするものだ。それが初めて行くような場所だとその傾向は余計に顕著になるし、よく知っている場所に行く時も最早挨拶をすることは形式的に重要なもので…ご飯を食べる前の「いただきます」くらい大切なものだと言える。しかしここのところ挨拶が少し変容してきているように思える。小さな小さな例で申し訳ないのだが、私のアルバイト先の塾で先日こんなことがあった。私の行っている塾は対象が中学生から高校生というもう社会のルールは暗黙に理解し始めているような年代だ。なので塾に来た時には大きな声でなくても聞こえる範囲で挨拶をするということが当たり前のことなのであるが…それが出来ている生徒は思いのほか少ない。それとは別のところでも、年上に対する喋り方が気になって仕方ないところもある。私に対してはまだいい、私もつい最近まで学生だった身分だ、大学生だったからと言って中学生や高校生に偉そうにするような器の小さな人間ではないつもりだし、ある意味学力的には高校生に毛が生えた程度なので敬語敬語しているよりも馴れ馴れしい口調の方がとけこみやすいと思うので目に余る発言以外は容認している。しかしその塾を運営している社員さん(推定30代後半)に対して呼びかける時に「おい!」というのは如何なものかと思う。最近の子どもは年上や目上の人に対する言葉遣いというものを学校で学ばないのかと思ったものだった。私が中学生の頃は目上の人や先生に対してはキチンとした敬語を使うようにと担任やその他先生方にキツク言われたものだった。それは単純に陸上部という体育会系の部活をしていたからかもしれないが、それを差し引いても挨拶や丁寧な口調は社会の常識のように思える。目上の人に対してそのような話し方をするということは、その人の印象がたったそれだけで決定付けられるということもよくあることだ。初対面でそのような振る舞いをしている人に対していい印象を受けることがないように…話し方はそのまま印象に直結する。それは今私が直面している面接でも言えることだ。面接で人柄を見るということはよくあることであるが、履歴書やESでも企業はその人なりを見ているということを私はつい最近痛感したものだった。それは…ある企業の書類選考があったので私は履歴書を書いて送ったことがあったのだが、封筒に書く書式を少しだけ間違えてしまっていることに後から気づいたという出来事だった。私はその時愚かにも「そんな細かいところまで見ていないだろう」と高を括ってしまい、訂正せずにそのまま出してしまった。結果その書類選考はESまで行かずとも不採用ということになってしまった。これは面接で自分をアピールする云々の問題ではない、私自身に問題があったのだ。どのような部分からでも…極論かもしれないが、その人の筆跡からでも印象を嗅ぎ分けるのが社会だ。そのような場所に飛び込んでいくからこそ余計に一挙手一投足にも細心の注意をはらわなければならないということを学んだ出来事だった。しかしそれは面接を受ける側にも同じことが言える。会社のイメージであるとか、面接時の対応であるとか…そのような細かい部分からでもその会社の印象というものは決定付けられる。一番簡単な例で言うと、履歴書を返してくるかどうかというところだ。もし仮に不採用にしたとしても…履歴書というのは個人情報だ。それを本人のもとに郵送しつつ、何か断りの理由を書いたものの1つも遣さない会社というのはたかが痴れている。そのような意味では就職における面接というのは互いの印象の交換の場であって…どちらか一方が優位に立つということはないのだということを就職支援センターの職員の方から伺って妙に納得したものだった。中学生だから挨拶や言葉遣いをないがしろにしていいということはない。そのような部分からでもその家の教育の仕方が見て取れるというものだ。
Apr 18, 2007
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ここのところ目ぼしい求人が入ってこない。時期が時期だけに仕方ないことなのかもしれないが、それにしても最初の勢いはどこへ行ってしまったのかという感じがしてならない。基本的に企業の新卒採用枠というのは遅くても2月までには確定することになる。そして4月を新年度において新しく働き始めることになるのだが…4月の段階で学生の時やフリーターの時との生活リズムの違いやあまりの忙しさに仕事に対して嫌になるということはよくあることだ。「753現象」という言葉があるように、その割合は経済の動向に限らず毎年のように起こる…言ってしまえば恒例の行事なのかもしれない。そういう意味では今の時期は「この仕事で良かったのだろうか?」と思う時期なのだ。5月のGWを過ぎればある程度の目処をつけてやめていく人も多く出てくる。その時になれば欠員による求人が大幅に増える時期だという。基本的にはいき急いでやめていく人に焦点を絞って活動していくしかないだろう。どうも隙間産業的な活動になるが仕方ないのかもしれない。ついさきほどあるニュースが飛び込んできた。米バージニア州の大学で銃を乱射して32人も死に至らしめた事故があったようだ。このような事件はアメリカにおいて珍しいものではないが、ここまで多くの人を殺した事件はアメリカ史上類を見ないらしい。この事件がニュースで取り上げられるのは大いに理解できることなのだが…その報道のあり方が疑問に思えて仕方ない。それはこの事件が銃が悪いという切り口で報道されているというスタンスのことだ。それは大きな間違いだ。これはブログにも再三書いたことなのだが、やはりここは書くしかないと思えて仕方ない。この種の矛盾は多くあるが、その代表格はやはり銃に対することだと思うからだ。基本的なことだが、世の中から犯罪を無くすことは不可能とされている。それは人が幸せを享受するということが自分以外の他人の幸せを搾取することで成り立っているからだ。自分が望むようになっているということはその裏で幸せを受け取り損ねている人が必ず存在している。そのような人が自分の思うままにいかないことに苛立ちを覚えて、無関係の人を傷つけるということは最早日常茶飯事だと言える。お金も大きな原因の1つだ。生活するだけならまだしも、ただお金を得たいという身勝手な理由で金銭強奪することもまた悲しきかな珍しいことではない。そのような犯罪に駆り出される道具として銃がある。勿論他のものもあるかもしれないが、1番殺傷能力があること・畏怖の象徴であることを考えると、日本では考えにくいがアメリカや銃社会の国ではよくあることなのだろう。力をわかりやすい形で具現化するにはこれ以上ないほどの効果があるかもしれない。そういった意味では今回のバージニア州の事件も規模は異なっても同じ理由で銃が用いられたと考えるのが自然だ。しかしここで問題がある。それは事件が起こったのは銃のせいだという考え方が意外に蔓延っているということだ。例えばコンビニに銃を所持して強盗しようとしている人がいるとしよう。結局その犯人は捕まってしまったのだが、その事件を客観的に見て…その犯人がおかしな思想を持っているからこそ事件が起きたのか銃があるから事件が起きたのかを比べてみると、その結果は自明だろう。しかしそのように銃を用いた事件が発生すると、それを報道するニュースは銃を用いた事件の数と先進国で銃を合法化している国との比較のデータを必ずといっていいほど持ち出してくる。それは暗に銃があるからこの事件が起きたとでも言いたそうな勢いだ。しかしそれは大きな間違いだ。道具は意思を持っていない。意思が存在するのは道具を使う側にある。どちらかと言えばそのような事件が起きるのは犯人の心理の方に問題があると考えるのが自然だ。それなのに「ほらな、銃があるから事件が起こった」みたいな報道をするのはどうかと思えて仕方ない。ニュース、特に報道関係においては客観的な視点が要求される。それなのに一意の考え方のみに拘って報道するのはいかがなものだろうか。そのような報道が日本では特に顕著だ。海外では銃を容認しているから事件が起こる、だから日本では銃を合法化することはない、そう言っているも同義だ。しかし日本でも海外と同じくらい犯罪は横行している。ただ用いるものが違うというだけだ。仮にスタンガンを使っての通り魔的な犯罪が多発したとしても…スタンガンが違法になるということはないだろう。そのような堅実な考え方はできるのに、どうして銃に対してはそこまで頑なに拒否反応を起こすのかが理解できない。意固地になっているようにも見える。だからと言って私は銃を合法化することに賛成というわけではない。犯罪抑止の効果も確実にあるのだ、そこまで嫌うものではないように思っている。「アメリカは人種の坩堝だ」という言葉が一時期言われていた。広大な大地に異なる思想の人が多いこと、隣人が他宗教だということが多くあること、貧富の格差が大きいことのような理由があるからこそ思想的・怨恨的な犯罪が起こりやすいと言える。ただそれだけのことなのだ。こう言ってしまえば語弊があるかもしれないが、アメリカという土地自体が犯罪が起こりやすい傾向にあると言える。1人種で形成されていないことがそもそもの原因かもしれない。ただその中で起こった犯罪のいくつかに銃が使われていただけで道具としての銃を悪と決め付けるには早計だということだ。「悪魔は人の中にある」という言葉もあるくらいだ。真に悪しきは物ではなく、それを扱う人間だということを踏まえた上で報道されることを願ってやまない。
Apr 17, 2007
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兄も帰り一段落ついた。思えば帰ってしまった今でも何故来たのかわからないものだ。察するに私にさえ言えない事情の1つや2つでも抱えているのだろう。ここは根ほり葉ほり聞かないのが私なりのスタンスだ。考えてみれば長くいい関係を続けるということはこういうことなのかもしれない。干渉し合うだけがいい関係だとは到底思えないように…自分の中で本当に切羽詰った状況になれば本当に頼っている人のところに悩みを持ちかけるはずだ。おそらくそうなると私ではなく彼女の方にいってしまいそうな懸念もあるのだが…健全な男である以上はそれも仕方ないだろう。大らかな態度が肝要というわけだ。本当に言いたくなった時に聞けるスタンスだけは作っておかなければ。ちょうど…ちょうど兄が実家に帰って来ている時に兄のところで地震があった。しかも震度5弱というなかなか強い規模でのものだったので…偶然兄はもうちょっとで震災レベルの地震を回避したことになる。これは何かの暗示なのだろうか?まぁ私利私欲で回避したのならそれもまた兄らしいと言ったところだ(笑)タイトルにもあるように、放送禁止が先日放送された。これは関東地方では昨年の10月15日に放送したものであるが、悲しきかな首都が東京であるが故に関西地方では放送がなかったということで、このたび半年遅れで放送されることと相成った。ここで放送禁止とは何かを少しだけ説明しておくとしよう、知らない人の方が多いからだ。放送禁止とは…「ある事情で放送禁止となったVTRを再編集し放送する」という設定の、一見ドキュメンタリー番組だが実はフィクションというフェイク・ドキュメンタリーである。「事実を積み重ねることが必ずしも真実に結びつくとは限らない」をテーマにしており、実在のデータや出来事・人物のコメントを重ねていくことでリアリティーを高めていく。番組の概要を知らず、本物のドキュメンタリー番組だと思い込んで見た時にこそ大きな衝撃を得るが、フィクションだと知っていて見ると必然的に驚きは半減してしまう。(Wikipedia引用)とある。つまりは「限りなく事実に近いように見せかけた作り物」というわけだ。この番組と出会ったのは4年前に放送された「呪われた大家族」からだった。この番組との出会いははっきり言って驚愕のものだった。引用文にもあるように、この番組はあくまでドキュメンタリーをやっているという視点で見ることが非常に重要になってくる。これは作られたドラマだということを知ってみてみると何のことはない番組なのだが、知らないで見ていると新鮮な驚きと背筋の悪寒を感じることが出来る。まぁこのように説明されてから見たところで何の驚きもないわけだが(笑)ちなみにフジテレビの回し者ではないことは…自明だ(笑)その時のことは忘れもしない、土曜日の深夜3時だった。その日はなんとはなしにテレビを点けて見るとも見ないともないような宙ぶらりんな状態で漫画を読んでいた。しかしやっていた通販の番組が終わって、静かなBGMとともに何かまた番組が始まった。しかしその時は読んでいた漫画の方に集中しており、そこまで番組には興味もなかった。しかし番組がある程度進んだ時…ちょうど長女が父親に殴られている場面になった時から私の漫画への興味は1ミリもなかった。ドキュメンタリーだということは番組が始まってすぐにわかったのだが、そんな虐待シーンを見せてもいいものかと不思議に思うと同時に、ある種の恐怖感が芽生えたものだった。しかし元来怖いもの好きの私としては俄然興味が沸いてきて、すぐに漫画を放り出して見入ってしまった。ちなみにこの時の私は完全にドキュメンタリーだと信じ込んでしまっていた。番組は進み妙な写真が送られてくるという件になった辺りからはもうどっぷり虜だった。時間が時間だけに早く寝ないといけないのだが…この結末を見ずして寝られるか!!という変な使命感が芽生えてしまって寝るに寝られなかった。そして最後の最後で三女(だったかどうかは覚えていないが)が書いた絵が出てきた時、体中に鳥肌が立った。この時の衝撃は凄いものだった。大袈裟だと思うかも知れないが、本当にこの番組の趣旨を理解せずに見ると下手なスプラッタ映画よりも怖さが滲み出てくる。見た直後の感想は「っていうかこれって放送していいのか!!?」だった。気になって気になって仕方なかったが、番組の最後の「この番組はフィクションです」というのを見てようやく納得した。その後はよく出来たものだと感心しっぱなしだった。それが放送禁止2なのだが、先日見たのは5だった。もう放送禁止の虜になっていた私は、それからというもの放送禁止が放送されるのを今や遅しと待っていたものだった。3も見たし、4も見た、5はいつだ?と首を長くして待っていたわけだ。番組の趣旨はとうの昔にわかってはいたものの、番組の最後でネタバラシ的な演出を見るまでに隠された意図を看破しようと躍起になるのが楽しかったのだ。それで5を見た感想なのだが…バックボーンの人間ドラマが表の真実よりも濃すぎてわかりにくかったというのが正直なところだ。表における謎はすぐにわかるのだが、復讐を冠した件が非常にわかりにくく、結局のところ想像で補うしかないというのが残念だった。これは4にも言えることなのだが…。まぁそれを度外視してもなかなか面白かったように思える。時間帯が深夜なのが残念だが、逆に考えればあれは深夜だからこそ成立するようにも思えてくる。6がいつになるのかはわからないが、かなり楽しみだ♪
Apr 16, 2007
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久しぶりに職業安定所に行った。職業安定所は土日が休みなので、どうも2日行かないとサボってしまったような気分になって仕方ない。まぁ2日行かないくらいで事態が好転するということはありえないのでのんびり構えるが肝要なのだが…どうにも最近気になってしまうことがある。それは職業安定所の職員に顔を覚えられているような懸念があることだ。私の地元は先日も書いたように働き口が少なく、1度ドロップアウトしてしまうと中々次の職場に行くことはできない。なので仕事を変えるということは都会に比べて大事だし、その都度5万人規模の町の中の失業者が1つの職業安定所に行くので混雑しており、とても顔を覚えられるような状態ではないということは回転率の良さを見ていてもわかる。それなのにも関わらず、何故か名前は当然ながら、どのような仕事をしたいのかを書いた紙を見ずとも接してくれるので時間の短縮にはなるが…どうにも切ない気分になってしまう。大学を卒業し、地元に帰って就職活動を再開したわけだが…どうにも他の部分に気を遣わなくていい跳ね返りが就職活動にきているようで、狂ったように職業安定所を訪ねている時間が多くなっているような気がする。それは傍目から見てみれば一生懸命に就職活動をしていうりょうに見えるかもしれないが、求人が1日に数千件も入ってくるわけは当然なく、都会でもそんなに入らないのに田舎では数件が関の山だ。なのに毎日通うと、仕事を探すというよりも就職におけるスタンスを話すという文字通り「相談」をする機会が増えてくる。そんなわけで今回は求人募集は一休みして、面接における好印象術なるものを学んで帰って来た。当たり前だが、覇気のない社員は好かれない。資格もさることながら、どんな仕事でも勢いよく挑んでいく、貪欲に仕事を探し明るく接することのできる人間を企業は求めているというわけだ。そうなると…面接でその片鱗が見えた方が印象が良いのは自明だし、むしろ若いくせに妙に落ち着いたような社員は仕事の出来にどのように反映するのか未知数なので手放しでは採れないといった具合なのだろう。そういう意味ではどちらかというと私は落ち着いている方に区分けされるのかもしれない。しかしそんな自分でいっても企業としてはよろしくないところも多いだろう。なので少しキャラは違うが明るい人格で面接に臨むとしよう。英検の面接と同じと思えば苦は無い。あれはもしビデオ録画していたら普通に恥死できる代物だ。そう考えれば…面接は熱意ある勢いだ。こういうものは兎に角回数をこなすしかない。バイトの面接百戦錬磨の実力を如何なく発揮したいところだ(笑)今日の話は保険についてだ。能登半島や三重県で大きな地震があったばかりなので余計にその心配は大きいものなのかもしれない。まぁ私は兄が三重に住んでいるので心配になるのだが…今回はそのことについて少し疑問がある。保険というのは多くの種類がある。生命保険や損害保険に始まり、今や多くのものに保険が効くようにできている。それは災害や財産を守るという極めて人間らしい動機に起因しているのだが、そのような保険が隙間無く埋め尽くされているからこそその矛盾を感じる機会も多いというものだ。まぁ疑問に感じているのは私だけかもしれないが(笑)そもそも地震における保険は言わずもがな「地震保険」だ。そして家財道具を守るという保険もそれに関連してできている。地震保険というものは昔はそこまでメジャではなかった。どちらかというと火災保険の方が多くニーズがあり、地震保険はその発生率から考えてもそこまで重要ではないとされていた。昨今大規模な地震が頻発していることから注目される機会も増えてきたように見える。現に私の住んでいる辺りでは「阪神大震災」を契機に地震保険の重要性が再認識されだした。それは保険の適応範囲という問題があるからだ。地震によってものが倒れたり家財道具が壊れたりするものは家財道具を守る保険の適応範囲だ。しかし地震によって発生した火災については火災保険の適応範囲ではない。しかし地震保険に加入する為には火災保険に入らないといけないというルールがある。ここに私は大きな矛盾を感じる。確かに地震によって火災が発生するということは充分に考えられることだ。しかし必ず発生するものであるかどうかは疑問に思える。時間帯と火災の発生件数の間には確かな因果関係はあるものの、震災レベルの地震が起こった場合、どちらかと言うと家財道具関係の破損の方が被害件数は圧倒的に多いはずだ。しかし地震保険の加入条件が火災保険に加入していることというのはどうにも腑に落ちないところがある。物は壊れないが火災は起こるという状況がどうにも納得できないからだ。現在保険会社は多くあるので家財関係の保険と火災保険に複合的に加入していないと加入が認められていない地震保険もあるかもしれない。しかし確実に火災保険のみの加入条件しかない地震保険があるのも事実だ。これはやはり保険会社も法人であるが故の戦略なのかどうかはわからないが…そのような矛盾は早いうちに是正した方がいいように思える。余談だが…雷が落ちた際に起こった火災は火災保険なのか損害保険なのかどちらかなのだろうか?雷保険というものは私が無知なのかもしれないが聞いたことはない。どちらかというと被害を受けるのは家財道具だということはわかっているのだが、火災が起きないとも言い切れない。その辺りはどうなっているのか気になるところだ。世の中何が起きるのかわからないのだから。
Apr 15, 2007
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兄が帰って来た。目的はわからないが…いつもふらっと帰って来るのが兄なのであまり深く理由は聞かないのが暗黙の了解と化していた。考えてみれば私が1人暮らしをしていた頃も、2ヶ月に1回くらいは私の家に来ていたものだった。特に珍しいというわけではないが、それでも実家の方まで帰ってくるのは珍しいような気がする。なにしろ兄の家から実家までは車でとばしても5時間はかかる距離なのだ。そうなるとそのような長い距離を帰ってくるモチベーションのようなものが余計に気になるところだが…敢えてそこは聞かない。これが兄弟仲良くやっていく為の秘訣だということを最近知った。恋人と同じで…ある程度の距離感とプライベートは必要だといったところだろう。しかし考えてみると、私と兄は仲が良すぎるような気がする。私が22歳、兄が24歳なのだが、それでもまだ2人で色んなところに遊びに行くような仲だし、お互いの趣味や生活・果ては恋愛事情に至るまで色んなことを話すほどのものだ。はっきり言って両親よりも仲がいいとも言える。まぁこんな関係が続いているからこそ、余計に跡継ぎ問題がこんがらがってくるというものだが…そこは自然にどうにかなるものだと認識している。長男でないと家を継げないというのは古い概念だ。出来れば兄が好きなように生きられるようにしていたいものだ。少し内々な話になってしまった、修正…今日は少しだけ専門的な話をしてみるとしよう。時々はまともなことを書かないと頭がダメになっていけない(笑) テーマは「過疎化」だ。過疎化というのは非常に由々しい問題だ。本当に急に話が変わるが…そこはご愛嬌だ。過疎化…都会に住んでいるとそこまで身近な存在のようには思えないだろう。特に生まれも育ちも現在の環境までも都会だとそんなことは海外で勃発している紛争程度にしか思えないものなのかもしれない。しかし生まれたところが全てであって、都会というものをよく知らなかった私にとってはそれは大きな問題だと言える。一端都会に出てその現状を見てみると…人というのは本当に入れ替わりが激しいものだということを感じることができる。特に企業媒体が多く密集している商業・工業地帯においては田舎に比べて生活水準や人口の入れ替わりが激しいものの…現状の人口が由々しいレベルにまで落ちるということはありえない。しかし田舎だと…特に私の地元のようなところでは、そこに敢えて生活の基盤を置こうという奇特な人がいないように、人口はどんどん少なく高齢化が進み…そして人口動態は自然動態へと変化することとなる。社会動態が駆逐されるのでそれは最早必然なのかもしれない。今だからこそ人口は緩やかな変化しかないかもしれないが、それでも私の地元のようなところの現状を見てみると…本当に財政的な面での困窮を感じるので焦るというものだ。まぁ焦ったところでどうしようもないのもまた事実なのだが。まずは葬式の数が異常に多い。1日に確実に3人は亡くなって葬式をしているというのが正直なところだ。しかし一方で出生率は驚くほど低く…1人でも赤ちゃんが生まれれば町の広報誌に載るほどの大騒ぎというわけだ。大騒ぎというと少しオーバーかもしれないが、それくらい言っても過言ではないくらいの扱いをされている。赤ちゃんの情報なんて出ていてもせいぜい3日に1回くらいだ。そして老人は1日3人ずつくらい減っていっている。私の住んでいる市の人口がおよそ5万程度だと仮定しても…あまり楽観視できる数値ではないように思える。このままでは数十年後には町自体が無くなってしまうのではないかと本気で心配になる。確かに何もなくて田舎過ぎて嫌になる町ではあるが、それでも生まれ故郷だ。無くなるのをよしとできるわけはない。その打開策として先日ここにも書いたような市町村合併をしたのであるが…結果は援助金だけが残った虚しいものとなってしまった。大きなレベルでの公務員の削減が行われたのは都会でも田舎でも変わらないが、田舎は言わずもがな施設自体の数が限られている。その施設の権限は市町村合併によって中心となる町の施設へと委託されることとなる。つまりは市の中心に位置付けられなかった多くの町の郵便局や警察署や消防署や役場の人員はどんどん削減されることとなる。人口の移動の諸原因の第1位はどの時代も社会動態、もっと砕いて言うならば仕事の関係が多い。仕事の受け入れ先が少ないところに敢えて行くような人がいないように…働き口の減少はそのまま人口の減少に直結することとなる。しかも銀行や郵便局としては少ない人数で効率的に仕事をしたいが為に少数精鋭での体制を必然的に敷かざるをえないこととなる。となると…将来に向けて大きな即戦力になるような若者よりも、仕事のイロハを理解している中間管理職を擁護する形になる。その結果人員削減で弾かれるのは将来有望な若者だ。それによってもたらされる事象は…人口増加において最も必要とされる若年世代が減少である。主戦力の定年・退職をもって新卒枠を作ったとしてもそこに入るべき若者がいなければ機能しない。そうやって田舎の中小企業は衰退していく。そこに抜本的な政策を見出せる企業しか生き残れないような…生存競争が始まることになる。ある意味それは都会のそれよりも厳しいものになるかもしれない。多くの本社があるような都会ではなく…むしろ必要不可欠な会社である銀行や消防署や郵便局だけが密集している田舎だからこそ余計に浮き彫りになるジレンマだ。そうなってから焦ってももう無駄だ。「詰まれる」とはこのことかもしれない。ただ人口が減るだけが過疎ではない。将来に渡って多くの弊害をもたらすからこそ懸念されている問題のように思える。だからこそ今から若者を取り込む為の施策が必要だと思うのだが…私の地元では特に目立った動きは見えない。もう諦めたのだろうか?汗夜10時になればメインストリートは真っ暗。車も人も一人もいないという状況、そんな場面を見ているとどうにもこうにもやりきれない気持ちになってくる。名産でもあればいいのだが…それもあまり期待できないだろう。都会に想いを馳せる気持ちもわからないでもないが…若い人が出て行く環境では田舎は死んでいく一方になってしまう。その流れを理解しているのかいないのかはわからないが…現在人口は面白い動きを見せている。都市部に集まりつつある人口が何故か田舎の方向へ回帰しているのだ。小学校で習ったかもしれない「ドーナツ化現象」がまた始まる気配がある。巷ではスローライフが流行っているらしいが、その動きが顕在化してきたのか…或いは逆の考え方がマイノリティではなくなったのかは定かではないが、それでも人口は非常に緩やかにではあるが均一化してきているのは揺ぎ無い事実だ。そうなれば格差も是正されるかもしれない。まだ小さな小さな変化であるが、これがもっと表面化すれば過疎化という問題もなくなるかもしれない。まぁしかしソフト面の調整や諸問題があることは事実だ。というのが私の卒論の内容だ。我ながら詰めが甘いのは認識してはいるが…どうにも経済とは関係ないようなものになってしまった懸念がないわけでもない。まぁしかし公共経済学には近いものがあるので…ぎりぎり誤差の範囲といったところか。そんなわけで今日は使い古したネタで少しお茶を濁してみました(笑)
Apr 14, 2007
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夜中に大きな音がすることがよくある。私の寝ているところは昔の家の基礎のままを利用しているので基礎的な話をするならば80年前くらいのものになる。前の道路を大きめのトラックが通過しただけで震度1くらいの揺れを計測することである意味有名になったところだった。有名とは言っても中学や高校の友達が私の家に遊びに来た時によく揺れるのでビビっていたというくらいの可愛いものだ。まぁそんなぼろぼろの満身創痍の部屋だからこそ、色んなところからピシピシと音がするくらいは当たり前だし、誰も歩いていなくてもミシミシ聞こえてくるくらいは日常茶飯事だった。しかしその時の音はそんなレベルではなく、むしろ部屋の外の屋根を誰かが歩いているような…そんな音に近かった。時間も夜の2時くらいだったし、もしも窓を開けて誰かいた時には錯乱してしまいそうで怖かったということもあってそのままその音の真相を確かめないままに眠りにつこうと努力する結果になってしまった。翌朝気にはなりつつも明るくなったので怖さも和らぎ、そのことも忘れかけていた昼下がり…不意に同じ音が外から聞こえてきた。今は昼だ、もしかしたら原因が確認できるかもしれないと思い切って外を確認してみると…そこには…そんなわけで今日の本題(笑)就職活動をしていると履歴書を書く機会というのは本当に多くなる。履歴書とは言ってもアルバイトの延長のようなものではなく、その学歴職歴は別にしても、自己アピールというか志望動機を書くことが大きなウェートを占めることになる。思っていることかどうかは別にしても、その会社に入りたいということ、その会社でなければいけないという理由をしっかり書かなければいい履歴書だとは言えないからだ。上記のことは自明のことであるが、私は効率の方を考えてどの会社にも低い水準かもしれないがまぁ納得できる回答を書いていたものだったのだが…それではいけないことに最近気づいた。つまり就職活動における面接の前の段階である「履歴書」の段階をないがしろにしていたと言っても過言ではない。これでは落とされても仕方ないと言ったところだ。社会人先輩の人によく聞く話で…入るまでが一番大変だということがある。会社というものはいったん入ってしまえば本人の意向に沿わずに解雇することは労組の関係で出来なくなっている。確かにあまりにも目に余る行為を繰り返していては解雇されても文句は言えないが、逆に言えばそれをしなければ解雇にはならないということだ。仕事の効率とその人間の根っこの概念に必ずしも因果関係がないように、人によって一生懸命についてくる「結果」は異なることになる。その部分での不当解雇が出来ないとなると…結局仕事に就いているという自覚さえあればいいということになる。つまりは入るまでが大事ということだ。以上に書いたことは極論なので正論ではないが…大体オブラートに包まずに言えばこんなところだろうと認識している。その大事な局面である履歴書に手を抜く(意に沿わずだが)というのは就職活動を放棄しているということとほぼ同義だ。基本的過ぎて頭がおかしいと思うかもしれないが、就職活動をしていると勉強になることが多い。このようなルールはマクロでみれば初歩の初歩の社会のルールと直結しているように思える。ここを疎かにすることは…まぁ先ほども書いたが就職活動を疎かにすることだろう。話が少し脱線するが、どうにも同じことを何度も書いている気がする。これはかなり由々しいことだ。結局何が言いたいかを述べるまでのプロセスが兎に角無駄が多くどうにも遠回りをしているような気がしてならない。だからと言って明日から鉛筆の持ち方を変えろと言われても戸惑ってしまうように、なかなか治るものではない。尤も私自身長文を書くのが好きなのでこうなっている感も否めない。それに関連して時々不安になるのだが…私のブログは大体36000くらいのアクセスがあるわけなのだが、その中の何人がこの内容を頭から最後まで全部読んでくれているのだろうか?もし私が私のようなブログを見つけたら絶対に全部は読まないだろう。頭の数行で飛ばしてしまう可能性は非常に高い。となると…やっぱり全部読んでない人の方が多いのではないかと感じてちょっとだけ…ほんのちょっとだけ凹む_| ̄|○ちなみに…全部読んでいる方が1人でもいたら励みになります(笑)全部読んでる~っていうコメントとか来たらもっと励みになります(笑)
Apr 13, 2007
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初恋の人の誕生日だった。何故か思い立ってメールを送ってみた。案外早く返事が返ってきた。また飲みにでも行こうというお誘いだった。またって…1回も行ったことないじゃん_| ̄|○まぁこの手の社交辞令には慣れっこな私だけにぬか喜びはしない。B型の女性特有のリップサービスだ。そこだけは1年前から成長したと言ったところだろうか(笑)そんなわけで今日もいつものように就職活動をしていたわけだ。何の変化もない生活、ある意味しがらみのない生活というのは楽だという見方もできる。ということでいつものように車を運転して職業安定所まで行ってきた。ここまではいつもと同じような流れなのだが、ここからが今までと全く違っていた。求人情報もそこそこに今日はバイトの初日だったので塾に向かった。初日なので授業計画もなく、テンパりながら授業が始まるのを待っていた。先輩講師の方から励ましとかコツとかを教えてもらってなんとか楽になりつつはあったが、それでもやはり上手くいくかどうかの不安を払拭することは出来なかった。一般的に勉強に然り雑学に然りであるが、人にモノを教えるという行為を完璧なクオリティで行おうとする場合、その物事を理解するというものでは足りない。人間には理解力というものが誰にでも標準装備されてはいるが、それはとても複雑な経路を辿って「理解」というゴールに辿り着く…所謂迷路のようなものだ。その迷路を円滑に進む為にはいくつもの「鍵」が必要になる。例えばルート計算をするときを考えてみると、その計算を解く為には足し算や掛け算を始めとする多くの計算を礎にして初めて解くことが可能になる。つまりはそのような諸ステップを完全に把握していないと教えるという行為は成立しないこととなる。問題はそれだけではなく…個人個人の理解の「仕方」でも大きく変わってくる。例えば英語の長文読解をしていたとして…そのスタンスは大きくわけて全部を訳してからでないとやらない人と、要点だけをおさえてやる人というものにわけられる。一見進む経路は同じなので結果的には同じことだと思うかもしれないが、その過程に大きな差異が生まれることになる。特に英語を感性で解くような私にしてみれば、イディオムを教えることに始まりアクセントや発音を1からやるというのは並大抵の理解力では無理だということだ。そんなこともあって、私の担当が中学英語なのにも関わらず不安を持ったまま授業を始めることとなった。今日が生徒との初顔合わせなのだが、初見でのイメージというのは思いのほか重要なもので…その後のやりやすさに直に影響してくることになる。なのでいささか私のキャラではないのだが、妙に明るくフレンドリーな感じで入っていった。若干そのキャラの違いに自分自身凹みながら(笑)私の受け持ちは全員で4人なのだが、前半と後半で人数が異なることになっている。そもそもこの塾自体が少人数制を敷いており、生徒と講師の距離感こそが売りになっているようだった。大きな教室で何十人を相手に授業するよりも何倍もマシなのでこのバイトを始めたのだが、当初の私では4人でさえもいっぱいいっぱいだった。いざ始まってみるとこれが思いのほかのんびりしたもので、質問されまくるとかそんな状況には一切ならなかった。1人ものすごく賢い子がいて、その子が質問もほとんどしないで黙々とやってくれたお陰で後の2人に割く時間が増えてかなり円滑に授業を進めることができた。その中で1人…今年中学校に入学したばかりの男の子がいた。その子は今日の授業でアルファベットをやる段階という所謂英語に全く慣れていないという状況だった。基本私は怒らないのだが、出来ないからと言って叱責するのは生徒のやる気を損なうこと以外にいい効果などないことは自明のことだし、初見で嫌いになってしまうとその子の将来にも関わることなので、かなり慎重に教えることにした。小学生に近いこともあって集中力がないのはたまにきずだが、それでも中学1年生らしからぬ出来でなんとかノルマはこなすことが出来た。これから1年間一緒に勉強していく(予習などで私も手を抜くわけにはいかないから)仲になるので、英語の成績は私に委ねられたと言っても過言ではないということだ。これは責任重大だが…同時にかなりの達成感も得られるものだということを初日で実感した。これは…面白い♪♪ちなみに1時間半の授業を2回なので3時間教えていたのだが、その間何度も「○○先生~」(○○には本名が入る)と呼ばれることがあった。最初は自分のことを呼んでいると思わなかったのですぐには反応できなかったのだが、慣れてくると中々くすぐったいような不思議な感覚に思えてきた。私の人生の中で先生なんて呼ばれる日が来るなんて…なかなか面白いものだ。これも癖になりそうだ(笑)
Apr 12, 2007
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ここ最近はいつものように就職関係のことに時間を割く日々が続いている。それも当たり前で…むしろ今のように実家にいながらという状況が私としてはかなりよろしくないように思えるからだ。社会人としてはかなり半端な部類に属するからこそ今のような環境に順応して然るべきなのかもしれないが、むしろその逆で…社会人として半端な位置にいるからこそ余計にその齟齬に悩むというものだ。まっとうな活動をしているとは言え…保護されるような今の環境は素直に喜べるものでは到底ない。早く自立した地位を確立したいものだが…如何せん学卒では難しいと言ったところなのだろう。しかし弱音を吐くわけにはいかない、これは自分で選んだ道なのだ、いざ状況が始まってみて「無理でした」ではモラルの問題にもなりかねない。ここは踏ん張りどころだ。それはそれとして…地元の方に帰ってきて少しだけ発見したことがあった。今日はそのことについて少しだけ書いてみようと思う。私の地元はかなりハイクオリティな田舎だ。市町村合併の援助欲しさにとってつけたような市町村合併をして市になったものの…ミクロで見ればなんら変わりはない。むしろ役所の機能が分散化している分不便になったと言えなくもない。もともとあった役場の機能は市として中心に置かれる隣町に移されて、今では私の町の役場は大きな窓口に成り下がってしまったという懸念もあるくらいだ。それに伴い地上3階建てという田舎では類を見ないほどの大きな警察署(田舎クオリティではこれは偉業)はただの交番になってしまったし、行政上は完全に権限を持っていかれたと言える。そのような流れで余計に田舎ぶりに拍車がかかった私の町だからこそ、京都市内にいた頃、就職活動をそれなりにしていた頃は友人の多くは就職で地元に帰らないと決め付けてしまっていた。現に周りを見渡してみると隣接する都会での就職をメインにしており、よくても数%戻ってくるくらいが相場だと思い肩を落としながら地元に帰ってきたものだった。しかし蓋を開けてみればそんなことはなく…むしろ田舎だからこそ金融関係や介護関係、公務員関係は高齢化を懸念して引く手あまたになっているようだった。一般的な都会に限り就職状況を見てみると、確かに例年に比べれば団塊の世代の定年問題である所謂「2007年問題」の影響が忍び寄ってきているようで多少の伸びは見られるものの、それに比べて田舎の求人伸び率は半端ではなかった。私の地元がいい例で…数年間も新卒採用を見送ってきた金融機関でさえも今年は30余名の新卒枠を設けているようだった。どうやらそこに目をつけた友人が多くいたようで、実際4名もの友人が配属先は違えど同じ金融機関で働くことになっていたようだった。介護のニーズも年々大きくなっており、こと介護の分野だけで言うのであれば田舎の方が買い手が多いような気もしてならない。実際に高齢者の数は幾何級数的に多くなっているのだ、その市場が賑わうのも最早必然だったのかもしれない。そんなわけで京都市内に帰ることだけを考えて就職活動をしてきた私だが…機会があったのでその友人達と飲みに行くこととなった時にそのような状況について吐露してみると…あまりにもあっけない答えがかえってきた。友人曰く…こと地元の金融機関だけに限定して言えば、はっきり言って入れ食い状態だと言う。確かに金融機関は他の中小企業よりも少しだけハードルが高いようなイメージがあるが、それにしても少しバブリー過ぎると思ったものだった。ある友人は4年生の6月まで就職活動をしていなくてフリーターの様相を呈しかけていたのだが、6月からの2次採用にあっさりひっかかってしまうほどの門戸の広さだったようだ。確かにその友人とは小学校時代からの仲なので頭がよく聡明なのは知っていたのだが、それでもかくもあっさりと決められてしまうと拍子抜けというものだ。その金融機関は地元では名門で(あくまで地元クオリティ)入ってしまえば華々しい出世街道が約束される。ニアミスとは言えそのようなチャンスをフイにしてしまった自分の愚かさを呪ったものだった。その金融機関に行った友人が2人と…後は母校で教育実習を経て見事教員になった友人もいた。その人から話を聞くと…現在教育界はかなりナイーブな問題を孕んでいるようだった。特に田舎だからかもしれないが、圧倒的に子どもの人数が少ないということだった。教える側としては一人一人を見る時間の「配分」から考えても合理的であるかもしれないが、学校があくまで「法人の一環」である以上は楽観視できる問題ではないだろう。昨今大学の生き残り競争が表面化してきているが、近い将来それは義務教育にも影響してくることなのかもしれない。現に有名大学は私立の小学校から高校までを次々と作っていて生徒の獲得に躍起になっている。そのような流れに飲まれてしまえば公立の学校はすぐに人が不足してしまうことは最早自明だ。教師1人の力でどうなる問題ではないかもしれないが、これからは抜本的な教育スタンスが必要な時期なのかもしれないということを実感した飲み会だった(笑)入社してこそわかる軋轢というのも多くあるもので…飲んでいると愚痴が出るわ出るわで少し驚いてしまった。もうやめたいと言っている友人もいて、社会に出ることの大変さを痛感したものだった。しかし出ないわけにはいかないのが常識だ、その辺りは経験者に色々聞いて免疫をつけておこうと思ったものだった。その時教師の友人の紹介でアルバイトを斡旋してもらうことになった。これは就職活動の合間にできるような簡単なものではないのだが…もしかしたらそのままなし崩しでそこに就職できるかもしれない。縁というのはどこに転がっているのかわからないものだ、今日がその面接(というか顔合わせ?)の日なのだがさして緊張もせずにいけそうだ。なにしろ私自身中学生の頃から高校3年生までお世話になった塾での塾講師なのだ。地味な私にはぴったりなのかもしれない。ただの飲み会で社会の事情を知るとは…割り勘で1人2000円で大きな勉強をさせてもらったものだ(笑)
Apr 11, 2007
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結局環境を整えるのに恐ろしいまでの時間を割くこととなってしまった。簡潔に結論だけを書くならば…今日からまたブログ再開というわけだ。今に至るまでに非常に多くの紆余曲折があった。というのもまずは卒業してからのことから順を追って書かないといけないことになりそうな気配だ。知りたくないという方も多くいらっしゃるだろうが、これはあくまで私なりの…禊だとも言える。「禊」と言えばオーバーかもしれないが。笑それにしても…いつもいつも習慣的にしていることを急にやめてしまうと気持ち悪くなるものだ。このブログも私にとっては習慣のようなものなので…書けなくなってしまったこの2週間強は違和感を感じて仕方なかったものだった。これも一種の依存症かもしれない、現代病だと言っても過言ではないかもしれない。少し話が脱線した、修正…。このブログを中断した次の日から引越しが本格的に始まった。引越しをした友人からのありがたい助言を以前に聞いていて、1人暮らしの引越しでも本当に大変だということは認識していたものの…あれほど大変だとは思っていなかった。4年間1回しか動かしていない冷蔵庫を動かしてみるとゴキブリの死体があったり、風呂場の壁についた汚れが中々落ちなかったり、ラックを置いていた辺りの床が凹んでしまっていてそれが生活痕になるかどうかで住宅メーカーの担当者と揉めたりとかなりどたばたしたものだった。しかし終わってみるとあっけないもので、ほんの4時間ほどで終わってしまった。まぁその4時間の濃密さは言わずもがなだが(笑)少し脱線して全くの余談になるのだが…私の住んでいたアパートはネタのような建物だった。昨今の世相を色濃く反映しており、入居当時にはなかったのだが1ヶ月も経たないうちに某警備保障会社に登録することとなった。一般的に警備的な部分の強化というのは監視カメラをつけたり部屋をオートロックにするといったよう大掛かりなものになるのだが、私の住んでいたアパートでは入り口の大きな玄関のようなところにその警備保障会社のステッカーを貼るという古典的なもので終わってしまっていた。「もしかしたら監視カメラの1つや2つくらいは付いているかもしれない。監視カメラだというくらいだから見えるところに付いていても意味がない、パッと見たところにはないけれどももしかしたらどこかに…」と淡い期待を持っていたのだが…結局最後までそれにおぼしきものは発見できなかった。大家さんが大家さんだけにそんなハイテクなものは無理なのかもしれない、期待した私が愚かだったと言ったところだろう。そんな警備保障会社のステッカーが貼ってある玄関なのだが…その玄関には当然扉がついている。その扉は所謂観音開きのもので、左右2枚の扉で形成されているものだった。先ほど書いたように警備会社に加入しているのだからさぞ警備が厳重になるのかと思いきや…私の記憶が正しければその玄関の扉は4年間で2度しか閉まったことがない。警備会社のステッカーを貼りながらも全開の扉…警戒心のまるでないその状況を見る度に如何に大家さんがアパートの管理に興味がないのかが見て取れるというものだ。そもそも今日び(「今日び」は関西弁らしい。本当だろうか?)家賃を手渡しというところも不思議で仕方ない。一時期家賃の振込み先が変わったという書類が届いて変更した先に振り込むと架空のものだったという詐欺が流行って、京都市でもそのようなものに注意するように勧告があったのだが…私の住んでいるアパートだけは無関係だった。アナログが犯罪を駆逐すると言えば聞こえはいいか(笑)説明が随分長くなってしまったが、引越しも終盤になって中のものを全て外に出してしまうとかなり部屋が閑散としていて…4年前を思い出すようで少し感慨深かった。家族で引越しをしていたこともあって荷物を運び出した段階で休憩することにした。私がパシリになって缶コーヒーを買いに1階の自販機のところまで行ったのだが、そこで少しだけ嬉しいことがあった。いつものように閉まる気配もない玄関を横目に自販機でコーヒーを買った。1本目は普通に出てきたのだが、2本目のボタンを押した瞬間にありえないほど大きな音が聞こえて不覚にも体がビクッとなってしまった。何事かと思って取り出し口を見てみると、ボタンを押した種類のコーヒーがなんと5本も出てきていた。最初の1本を買った段階で取り出していなかったので、結果的にあの小さな取出し口に缶コーヒーが6本も入っているということになった。まぁここから先は言わずもがなだが…5分少々取り出しに格闘することとなった。最後は少し腹が立ったが、そのようなサービスをしてくれるなんて心憎いことをするものだ。4年間も住んでくれたことに対する感謝の餞だと思ってありがたく受け取っておくことにした。よく小銭が詰まるので腹の立つ自販機だったが、最後はいい印象で別れられたものだった(笑)そんなわけで引越しも終わり実家に帰ることとなった。それというのも不十分な就職活動を実家を基点に行うという目的の為だった。しかし実家から希望の就職地である京都市までは車で片道3時間半はかかるものだ。今の段階で数件面接を受けたのだが、その都度億劫で仕方ない。11時くらいの面接でも朝5時に起きて出発しなければならないのだからそのような状況を喜ぶ人はいないだろう。まぁこれも去年のうちに就職を決められなかった私に課せられた試練なのかもしれない。甘んじて頑張るとしよう。というわけで今の私は1歳下の人と同じように就職活動に明け暮れる日々だ。職業安定所が第2の部屋となりつつあるというのも切ないものだが_| ̄|○というわけでネット環境が復活した今日からまたブログを再開だ。京都市に戻るのは就職難の今だからこそいつになるかはわからないが…ネット環境があるとないとではやはりかなり違う。忘れ去っている方もいらっしゃるだろうが…覚えてくださっている方はまたよろしくお願いしますね^^ちなみに・・・中断に際してコメントをくださった皆様、この場でお礼をさせてもらいます。時間が経ってしまったのでくださったコメントにお返事を書くのは敢えてやめるということにさせてもらいます。
Apr 10, 2007
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