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お坊さんが原付で爆走しているのを見るとシュールな気持ちになるのは私だけだろうか?どうもあの光景が変に見えて仕方ない。別にお坊さんはアナログな生活を強いられているわけでもないし、普通に今あるものを享受していいはずだ。自明だが、お坊さんだって仕事以外の部分では私達のような一般的な人となんら変わりないことをしているはずだし、特別な宗派でない限りはいたって普通であるはずだ。しかし私はお坊さんを仕事時しか見ていないので、どうにも仕事の時のノリが普段の生活にも反映されていると勝手に思ってしまうところがある。なのでそのような文明の利器(と言っても古いのだが)を活用しているところを見るとシュールな気持ちになってしまうのかもしれない(笑)現実的なことを考えると、遠くの仕事先まで行くのにはそのようなものを使わないといけないわけだし、歩くということの効率の悪さを考えても、どうやっても便利なツールを使わないと時間的にも無駄が生じる。先入観というものは持たないでおこうと思っても自然に持っているいい例かもしれない。まぁ誰にもで適応されるわけではなく、私だけのものなのだが(笑)いい環境で過ごそうというのは誰にでも普通にある欲だと思う。その欲の範囲がどこまであるのかは完全に個人の趣味にも大いに反映されることであるかもしれないのだが、しかし私はインテリアに興味があるだけに、部屋のレイアウトには少々、否かなり興味がある。常々自分的に住みやすくて機能的な部屋にしようと画策しているのだが、今まではいかんせん金銭的な面でどうにもそこには歯止めがかかっていた。しかし今は社会人として自分で稼いでいるので、その部分の歯止めは少々だが緩和されているように思う。今はまだ稼ぎも少ないので自由自在とまではいかないものの、しかし前よりは幾分自由になっていると言える。というわけで…部屋の模様替えを敢行しようと思う。しかしながら、趣味に合った道具を揃えることは出来ても、趣味に合った部屋を選ぶことは出来ない。その部分で既にハンディキャップはあるものの、しかし今ある環境で最善の部屋を作るというのが今までに培った能力だし、恐らく欲を言い出すとキリがないので、今の環境を最善に持っていくのがベストなのだろうと思う。人間何事も今の環境でということを前提にしなければならないのだろう、わからないでもない。しかしながら当面の問題としては時間がないということがある。当たり前のことを当たり前にこなしていても、それに割かれる時間のことを考えると、余裕を持って模様替えに勤しむことは難しくなってくる。しかし幸か不幸か、10月の半ばに今となっては無駄な3連休がある。その大型連休に一気に模様替えを敢行してみようと画策しているわけだ。その時まで若干の猶予があるので、部屋の採寸をしたり、道具はどのようなものを置くかなどをあれこれ思案してみようと思う。ちなみに私の部屋はフローリングと畳の両方の部屋がある。なので選択の幅もそれなりに広いというわけだ。インテリアショップを覗くことも最近ご無沙汰になってきている。その時にオシャレなインテリアショップを眺めることが出来るのが今から楽しみだ。環境だけでもオトナな雰囲気に近づけたいものだ♪
Sep 30, 2007
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今日も涼しい。窓を開けっぱなしにして寝てしまったのだが、あまりの寒さに目が覚めてしまった。尋常ならざる気温の変化に驚き、今日の気温の予想を見たのだが、なんと30日の京都の気温の予想は23℃だった。ほん数日前までは34℃もあったのだ、11℃の落差は激しすぎる。季節の変わり目に風邪を引くというのだが、それがどういうことなのかわかった日だった。雨…今日も雨だ。子どもの頃は極度の寂しがり屋で、両親が傍にいないとすぐに泣いてしまうような子どもだった。前に風邪を引いて家で寝込んでいた時、風邪の症状から寝入ってしまい、目が覚めると家に誰もいないということが何度かあった。時間は午後3時くらい、外はしとしとと雨が降っている。風邪で弱っている中で家の中には誰もいない今。雨の音だけが聞こえる。そんな状況に寂しくなってしまい、泣きそうになってしまった。蓋を開けてみればただ両親は買い物に出かけていただけなのだが、それでもなんだか誰も傍にいないということがこれほど寂しいとは思ってもみなかった。両親が帰って来たら安心して涙がちょっとだけ出てしまった。そしてその時の寂しさを埋めるように烈火の如く喋ったものだった。もう気が付くと1人という状況は嫌だと思った。やっぱり子どもの頃の私は泣き虫だったのだと今でも思う。それから十数年経って、Rという初めて彼女らしい存在が出来た。思えばRにはいつもくっついていたような気がする。それは悪い意味ではなく、私の子どもの頃の寂しさのあらわれなのかもしれない。大切な人といつも傍にいたい、体温を感じる距離にいたい、そんな気持ちの名残が私にそのような行動をとらせていたのかもしれない。Rとしては嫌だったろうが、私はそうやってくっついていて抱き締めあう時間が好きだった。寂しさや心細さを前面に出したのは後にも先にもRだけだと今では思う。あの頃の私が1人暮らしをしているなんて思いもしなかっただろう。今私はこうやって1人暮らし5年目に突入したのだが、もしも私があの頃のままの私だったのなら或いは今も寂しさで泣いているかもしれない。それでも今を泣くことなく普通に生活しているということは、そのような状況に慣れてしまったのか…或いは寂しくて泣いてしまうという感情を忘れてしまったのかどちらかなのだろうと思う。それはいいことなのだろうか?雨…あの頃と同じ雨…記憶は逆行していくばかりだ。風邪で寝込んで起きたら1人で泣いていたあの頃の私と、今の私。確かに長い時間は経って全てに於いてあの頃のままではないとは思うのだが、しかし時々思う。あの頃の私は完全にいなくなったのかどうかと。多分それはない、今でもあの頃の片鱗は残っているような気がする。雨の午後は寂しい。1人はやっぱり辛い。
Sep 29, 2007
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朝方仕事の休憩場で缶コーヒーを飲みながらまったりしていた。今日はとても涼しく、これは一気に秋の気配を感じるところだ。というよりも、前日との気温差が大きすぎて、クールビズも陰を潜めるほどの気温だったと言える。寒いとまではいかないものの、スーツも上着を着ないと肌寒いレベルまで来ていた。なんだかんだと夏はばたばたしていたものの、気が付くともう秋、季節が過ぎるのは早いものだ。毎年毎年私が口癖のように言っていることだが、どうにも夏の楽しみ方をここ何年かしていないような気がする。夏と言えば海水浴にキャンプを始めとした様々なイベントが目白押しの季節だ。この時期を楽しまないのは損をしているような気がしてならないが、しかし私は毎年夏の楽しみとは完全に縁のない世界にいるような感じだ。今年の夏の過ぎるスピードがまさにそれで、文字通りあっという間に過ぎてしまった。つい最近お盆だったような気がしてならないのだが、気が付けばもう10月なのだ。このままいくと年末年始もばたばたする間もなく過ぎていきそうな気がする。今年に何を残せるのかはよくわからないが、しかし何か誇れるものを残せるようにしたい。去年のお正月に立てた目標の達成も急がれるというものだ(汗)私は今の職場に来てから早3ヶ月が経とうとしているのだが、2ヶ月を過ぎた辺りから私に後輩が出来た。そのことはこのブログにも書いてきたのだが、しかし10月も目前、私が4ヶ月目で後輩さんが2ヶ月目というこの時期に新たな問題が勃発した。それは厳密に言えば今に始まったことではない。そのことは後輩さんが来てからすぐに表面化していたことなのだが、しかし敢えてこの場で書くほどのことではないと思っていたのだが、しかし私としてもこれは書かざるを得ないというほどのレベルにまで達してしまった。それというのはその後輩さんの一挙手一投足に如実に表れている。一言で言ってしまうなら…彼は極度のいらちだ。「いらち」という言葉がどの程度普及しているのかはわからない。もしかしたら方言かもしれないし、もしかしたら全国区の可能性もある。どちらの可能性も加味した上で、敢えて「いらち」の意味は解説しないでおこう。兎に角彼の一挙手一投足が全て忙しなく、そして行動が奇怪なのだ。ここで彼の経歴をプライバシーを守ったレベルで説明すると…彼は今年で27歳になる。今まで5年間社会人としての心得があり、そして今の仕事場にはその5年目のアニバーサリーとして来たということらしい。前の仕事は接客関係だったということで、電話応対が鍵を握る私達の仕事場にはうってつけの人材だということ、そして私達の作業の心得もあるということで、2つの意味でナイスな人材だということで私の会社が囲ったようだった。しかし蓋を開けてみればそこには驚くべき結果が待っていた。まず彼は一般的な社会人のマナーが欠落している。上司に対する態度然り、普段の勤務態度然り…。平気で奇想天外な行動をとるし、それが余計に周りに奇異の目で見られていることを自覚していないときている。おまけに自分の思い通りにならないと文句をあっけらかんと言うし、お酒の席でのマナーも弁えていない。協調性も社交性も皆無なのに主体性だけは恐ろしく誇示しているという具合になっている。一応言っておくが、私は別に批判したいわけではない。上記のことは紛れもない事実だし、私の会社の先輩方に聞いても、皆さん口を揃えて同じことを言うだろう。それくらいある意味では自明のことなのだ。勿論私達とてそれを放置しているわけにもいかない。情報サービス業である以上は、そのようなことはお客様からのクレームに繋がるし、もしかしたら今の仕事場の存続だって危ぶまれる事態にならないとも言えない。なのでおかしな行動を見る度にその都度注意しているのだが、それが一向に直らないのだ。はっきり言って彼を示す一番いい言葉は「傍若無人」だ。彼を教育することが一番の課題に挙げられているほどだ、それほどまでに彼の行動を是正することに私達の職場は努力しているというわけだ。しかしここで問題が1つある。それは私が言っても彼は聞かないということだ。彼ももう27歳で仕事の経験も5年もあり、仕事に対するプライドもあるだろう。それを23歳の社会人一年目の私なんかに言われても、その自尊心を逆撫ですることになりより反発を生む懸念があるからだ。マナーやエチケットには人一倍煩い環境で育った私としては…彼をそのまま観察するよりも、注意できないことに激しいストレスを感じて仕方ない。出来れば直すように注意したいのだが、しかし上記の理由で出来ないでいる。現状での今の悩みの種はここに収束している。ルールは暗黙のうちに内に入ってくるものだと思っていたのだが、しかしそれを自我で食い止める人種がいることを私は学んだ。それがどう役に立つのかは定かではないのだが、しかし、今後彼の矯正が職場の明暗をわけることは言うまでもない。胃が痛いとはこのことか_| ̄|○
Sep 28, 2007
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飴を舐めていたら凄いことになった。その日仕事が終わって帰ってきて、お腹がすいているのかすいていないのかよくわからない状態だったのも関係してか否か、まずはのど飴を食べていた。しかしのど飴を舐めながらベットの上でごろごろしているとそのままうとうととしてしまい、結局すぐに眠ってしまった。勿論のど飴を舐めたままで…だ。目が覚めると妙に唇に違和感を感じる。気になって触ってみると、なんと唇の上に舐めていたはずののど飴が乗っかっていた。これはかなり奇跡的な状況だと言える。どうやったらそうなるのか、そして私がどうやってそれをやったのかは未だにわからない。まぁ偶然の産物だと言えばそれまでなのかもしれないのだが、しかし中々出来ない経験が出来たのは言うまでもない。ただ…寝ながら飴を食べるのは本当に危険だ、オススメはしないが(笑)先日ブログにてちょっとだけ弱音を吐いた。私は1人で生きているという意識が非常に強い。私のことをわかってくれている人なんてそうそういないと思うし、実際に私に興味を持っている人なんていないと思っていた。なので私が弱音を吐くというのは本当に辛い時限定ということになる。つまり、ブログに自分の置かれている状況を断片的にでも書いてしまったのは、逆に言えばそこまで追い詰められていたということになる。実際にその時の私は本当に弱っていて、全ての物事が自分にマイナスの効用を齎すのではないかと本気で思えるほどだった。仕事を始めて誰も知り合いのいない京都市内に出てきてこっち、友達も1人もいない状況、会社に行けば知り合いと言えば知り合いの先輩もいるのだが、しかしそれはまだ気兼ねなく何でも話せるような仲では決してない。仕事ということでむしろオフィシャルな関係であることが多いこともあって、結局まだ友達と呼べる友達もいない。誰かに言おうにも不幸なことに私にはあまり友達がいない。なので鬱積したものを溜め込んで溜め込んで、かなりヤバイところまで来ていたのかもしれない。仕事をしていることと時間の拘束をされること、そして誰1人として友達が近くにいないという事象が悪いベクトルにアンマッチしてしまった結果と言える。そしてそのような弱音を吐いた内容についてコメントがきた。その内容は私にとってとても為になる内容で、読んでいてかなり嬉しかったのを覚えている。ブログを書いていてこんな風に励ましてくれた人がいたのは初めてだ。ちょっと困惑したが、しかしみなさんが書いてくれた内容は的を射ていて感動するとともに、見透かされてしまうほど単純な自分の性格に苦笑したものだった(苦笑)内面的なことを中心に書いていこうと、そして自分がここにいてここで様々なことを自分の目線で書いていこうということ、それから思い立って書き始めたこのブログ、たくさんの方にリンクをしていただきそれなりに大きなものになってきたのだが、それでも私はまだブログ上での素晴らしいやりとりというものの経験がなかった。それは私が心情的な部分を見せるというコンセプトで書いていたものの、それでも自分のウィークポイントを見せなかったことに起因しているのかもしれない。見ず知らずの人の弱音や本音を聞いたとてどうしようもない、そんな風にドライに考えていたのかもしれない。しかし私とリンクしてくれている方々はみなさんそのようなドライな考え方ではなく、むしろ温情的な方々だった。それが私の心にとても響いた。先日の日記のコメントを初めて見たのは昨日の夜勤の休憩時間だったのだが、休憩時間にご飯を食べることも忘れて自分のブログにきたコメントを読み耽っていた。それほどまでに今までにはない感動を覚えたものだった。悩みが完全に消失したわけではないのだが、しかし確実に重荷は軽減した。吹っ切れたといってもいいかもしれない。ここに記すこと、それは私の生きている証、考えの軌跡、理論の収束、そして散逸するテーマにおける個人的見解。それは自己満足という括りをされてしまうかもしれない。しかしそれは私の考えるままを否定されていることになる。別に誰かから賞賛を受けたくてはじめたものではないし、それならばもっと違う形をとっていただろう。誰も知らないところでひっそりとこのブログを立ち上げ、そして先日心に響くコメントを多数頂いた。それは私にとっては悩みの軽減であってモチベーションにもなりうることだった。今まで以上に自分のブログが大切に思えたものだった。コメントをくださったちるさん、黒さん、todayさん、ありがとうございます♪貴方の意見、心に響きました^^
Sep 26, 2007
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今日もいい天気だ。しかし夜になると昼間の暑さが嘘のように涼しくなり、冷たい風が通り抜けるのを感じることが多くなった。私のアパートは文字通りアパートなので、玄関のドアを開けっ放しにすることが出来ない。それをして且つ部屋にある窓を開ければ空気の通り道が出来て風がよく通るので夏は過ごしやすいというが、前のアパートではそれが出来た。しかし今回のアパートではそれが出来なくなってしまった。それは私の住んでいる階層に同じく住んでいる方が全て女性だからだ。なので少々気を遣ってしまい、ドアを開けっ放しにすることが出来ないでいるというわけだ。まぁ単純に言ってしまえば、私の部屋のドアが開いていたとて誰も覗かないor侵入しないのはわかってはいるが、これは覗いた向こう側の問題になってしまうというわけだ。それだけは避けたいと思うのが本当のところだ(笑)まぁ色々紆余曲折はあったものの、なんとか復活することが出来た。端的に言うのであれば、またまた気を持たせておいて直前でポイというケースにあっただけだ。もうこれも数え切れないほど経験しているので今や耐性が出来てしまったのだが、しかし信頼していた相手だけにそのショックは大きかった。今度こそはそんなことはないだろう、今度こそは信用していいだろう、そんな状態からの一気の墜落と相成ってしまったわけだ。考えてみれば私はいつもそんな目に遭っている気がする。別に同情を誘うとかそんなつもりは毛頭ないが、何故だかいつもいつもそんな末路だ。自分じゃない相手を心から信用するということは非常に難しいことだ。しかし私はまだ子どもだからなのかもしれないが、真っ直ぐに相手のことを信用し、そして傾倒してきたはずだった。しかしそれもまたスルーされ…結局は同じ轍を何度も踏むという形になってしまったというわけだ。そうなってくると自分の方に問題があるような気がしてならない。自分が何かしたからそんな言われ方をしないといけないのか、自分の表面的若しくは内面的な部分で足りない部分があったからそんな風に思われてしまうのか、結局答えは出ないままの禅問答のような形になってしまうことがほとんどだ。答えは誰にも聞けない、本人にも。何故ならば本人は答えないから。そんな状態をもう数え切れないほど経験してきた。それでも今回は信用していい、今回は大丈夫、そう思って相手の100%を信用してきた。その都度悲惨な結果に終わっていても、それでもいつかは相手も心を開いてくれるだろうと信じていた。しかし結局今回も同じ。また同じ轍を踏んでしまったというわけだ。なんだか今は疲れたという気分だ。仕事が始まるというのにやる気もおきない。自問自答を繰り返しているうちに朝が来て、そしてまた1日が始まる。そこには昨日までのやる気に満ちた私はいない。疑心暗鬼に陥って、そして自分を責めることしか出来ない。1晩たって少しはマシになったが、しかしそう大きく大局が変わることもない。まぁ少々の復活というわけだ。本当ならばブログも書く気にならなかったのだが、しかし長い間の習慣というのは怖いもので、結局書いてしまっている(笑)少しだけここに弱音を記そうと思う、実際の生活では私の弱音を聞いてくれる人なんて本当に少ないのだから。チャラい感じじゃないといけないのか?遊んでいないとダメなのか?取り敢えず付き合ってみるという言葉を軽々しく言う人でないといけないのか?人生における設計を全く考えない方がいいのか?わからない。。。
Sep 25, 2007
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クールビズもそろそろ終わりだ。考えてみればクールビズというのが何時頃から流行りだしたものなのかは定かではないが、本当に環境のことを考えているのであれば冷房や暖房などの機器を一切販売しなければいいだけの話だ。それを使用する、それが当たり前に使うものとして存在している前提で環境問題だのなんだのと言っているのがどうしても矛盾を孕んでいるような気がしてならない。その観点で言えば、世の中に多くある「環境に優しい」というものでさえ、本当に環境のことを考えて作られているとは言い難いものがほとんどだ。エコカーと呼ばれる、電気で走る車だって結局は環境を破壊するし、その頻度を抑えることと本当に環境のことを考えていることは決して同じ土俵では扱えない問題であるように思う。もしも本当に環境のことを一番に考えているのならば、そのようなものを完全に排斥する動きが見えるはずだが、それもどう考えても見えているとは言い難い。つまりそこから導き出される結論は環境を守っている、環境問題に真剣に取り組んでいるという「姿勢を見せる戦略」なのであって、結局はマーケティングの一環に過ぎないということだ。何も言わないで黙々と業績を伸ばすことは愚直で面白みがないと言う意見もあるが、しかしそのような偽善の政策で、根本問題を摩り替えて経営戦略を立てている方が私にはよっぽど悪に思えて仕方ない。言っているからやっているの有言実行ではマクロレベルの仕事は出来ないというのは通念であるはずなのだが…一体何時からこんな風潮が当たり前になってしまったのか時々不思議に思ってしまう。好き放題環境を破壊してきたやり方の後で、環境を守るというコンセプトで一儲けしようという考え方が好かないというわけだ。まぁこればかりはいくら言っても仕方の無いことなのだが。。。薄着をしているとネクタイをしなくていいというメリットはあるものの、やはりなんだか学生服の夏服バージョンのような気がして落ち着かない。入館許可証を首から提げているのでまだ格好はつくのだが、しかしながらそれがないと完全に学生に見えてしまうのがクールビズの難点だ。まぁ私なんかは数年前までは学生だったのでいいのだが(笑)先日ある内容をブログに書いた。それはあるアニメにはまっているというような内容だった。そのアニメの第12話が放送中止となってしまった。それはもう有名な話なのでわざわざ説明するまでもないのかもしれないのだが、しかし私はそのような措置が不思議に思えて仕方なかった。確かにそのアニメには少々過激なシーンもあり、何も無かった体で見たとしても楽しく見られるものではないのかもしれない。しかしそのアニメと似通ったシーンがあるというだけの理由でそのアニメが放送中止になってもいい理由にはならない。これはこのアニメを私が好きだからという主観的意見ではない、客観的に見てもこのような措置はやはりおかしい。そもそも、そのアニメが放送中止になった理由というのが「そのアニメを放送することで現実に起こった事件を想起させ、被害者或いは加害者の関係者に迷惑がかかる」というようなことらしい。前にも小牧の立て篭もり事件で放送が自粛され、結局その放送はされなかったというようなことがあった。その時はさして気にしなかったのだが、しかし今回のことはそのこととは少しだけ違う。似通った物を放送することで実際の事件を想起させ、関係者に迷惑がかかるという視点で言うのならば、その実際に起きた事件を報道すること自体を自粛する方が明らかに合理的だ。似たようなことを言われるよりも、そのものの本質を何度もテレビで突かれる方が関係者にはよっぽど辛いことだ。しかし報道の自由というものがあるのもまた事実だ。しかしその「報道の自由」ということが更に厄介な問題を孕んでいる。一般的に衝撃的なニュースほどよく放送され、多くの時間を割いて様々な視点からそのニュースを探って行こうとする傾向がある。それはそのニュースの衝撃の度合いに比例して多く、且つ何度も繰り返す傾向にもある。しかし一度そのようなニュースがあったとて、そのニュースを何度も見たい、詳細を知りたいと思う人が本当にいるだろうか?大抵の人はそのような衝撃的なニュースがあったというだけで満足するような気がする。そのニュースの加害者の心情であるとか、被害者がどのような人だったのかを深く掘り下げていくことに興味を持つ人なんてそうそういない。確かに被害に遭われた方の気持ちを察することができる材料ではあるかもしれない、しかし何度も何度も同じようなことを放送されたとて、それを好意的に受け止めることが出来る人なんていないのではないだろうか、況やその事件の被害者にとっては苦痛でしかない。上記から導かれる結論は「メディアの格差」だ。結局のところ口には出してはいないが、報道よりもアニメの方が影響力が下だと感じているからこそ放送を辞めるという形で封殺しているに過ぎない。私にしてみれば報道の方が被害者ならびに関係者の方々に直に影響を与えるので、自粛すべきだと思う。報道が何故同じ事件を何度も何度も取り憑かれたように報道を繰り返すのか、それはその方が視聴率が上がるからだ。被害者や関係者がどう思っているかなんて関係ない、涙を誘うような演出を試行錯誤したり、論点がずれているのもお構いなしに多方面に視野を広げることに終始し、視聴率という目に見えないものの為に人の不幸にパラサイトする。結局のところどちらが悪いかを考えてみると自明だろう。しかもその放送が中止されたアニメというのはそのような意図で作っているものではない。原作者が伝えたい内容、概念、それを肉付けして話を作って出来上がったのがアニメや漫画だ。そこには意味のないものなど存在しない、全てには作者の考え方や伝えたいことが詰まっているはずだ。それは現実に起こった悲惨な事件を想起させる目的のものでも無ければ、視聴率なんて卑しいものに媚びったものでもない。そのように造り出したものを押さえ込んで、人の利益という目的の為に作られたものを優先するというのは考えるまでもなくおかしいことだと思えて仕方ない。しかしながらわからないでもないこともある、それは模倣犯の存在だ。模倣犯が出るというのはテレビで映している以上は仕方が無いことだ。しかし報道だから出にくい、アニメだから出やすいというものでは決して無い。それは偏見だし、そもそもそのような概念が定着している意味がわからない。つまりアニメにインスパイアされて模倣的犯罪を犯すも報道を見て模倣的犯罪を犯すも、危険性にすれば変わりは無いはずなのだ。そこを加味してみてもやはり妥当な判断だとは言い難い。まぁしかしながら放送中止は仕方の無いことかもしれない。アニメのことを擁護するようなことを書いたが、しかしアニメによって被害者ならびに関係者の方々が嫌な思いをすることも充分想定できるからだ。私が疑問に思ったところは一意の考え方でアニメを放送中止にしたのではないかという意思が見えたというところだ。メディアの格差はやはり存在していると思う。それは決していいことではないのかもしれないが、しかしどのメディアも同等に扱ってこそ始めて物事の本質は正確に伝わるのではないかと思うのもまた事実だ。臭いものに蓋をする前に臭いと何が起こるのかをよく考えて…蓋をするということがどのようなことなのかをもっとよく考えてみることも必要なのだと感じた出来事だった。
Sep 24, 2007
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目標としていたものが糧としていたものが突然消えた、拒まれた何がなんだかわからない普通の人に嫌われるのとはまた違う嫌悪ではないこれは明らかな拒絶、排斥思えばいつもそうだ私の周りにいる人は本当に奇跡の軌跡刹那の絆に過ぎないそしていつも決められていたかのように私の前からいなくなる信じても信じても今度は大丈夫だと思っても結局はいつも同じどうしていなくなっちゃうのかな?僕が変だからかな?気持ち悪いからなのかな?なんだか疲れた何も考えられないこれももう…気づいた人が自殺するのはきっとこういう時なのだろうと
Sep 23, 2007
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私の両親は子離れ出来ていない。それはいつも思うことだった。確かに子どもを持つ身としては子どもがどんどん大きくなっていって心配ごとが増えていくのもわからないでもない。実際にもしも私に子どもが出来たとして、そして就職したとしたらやっぱり心配になると思う。連絡はこまめにして欲しいと思うだろうし、それが実家暮らしではなく1人暮らしをしていると尚のことのように思える。今回の両親の来訪はちょっとだけそんなことを考え直してみた出来事だった。両親が来るとは言っても、そんなに余裕を持ってこられるほどのものではなかった。何故ならば私はその日夜勤明けだったし、尚且つ次の日も夜勤というシフトの日だったからだ。17時間働いて、次の夜勤に備えて寝ないといけない時間なだけに、そこまで大いに両親の相手をしてあげられたかと言うと充分な接し方は出来ていないように思える。しかしそんな時だからこそ来てくれた両親に感謝しているのもまた事実だ。結局なんだかんだあって実家には帰れなかったことも関係しているのかもしれない、それに関しては凄く悪いと思っているので、その罪悪感も今回の両親の来訪を素直に受け取ることが出来た要因の1つのようにも思えるわけだ。いつもながらに両親は大量の荷物と共にやってきた。私の家の車に乗り切るか乗り切らないかというようなぎりぎりのレベルの荷物をいつも持ってくるので、それはちょっとと思うものだが、しかしそれら全てが私の生活のどこかに役に立っているので不思議なものだ。大体私のところに両親が来る時はいつも何が欲しいのかを聞かれることがほとんどだ。しかしいざそんな風に言われても、すぐには欲しいものが出てこない。なので毎度毎度のことなのだが、特に思い浮かぶこともなく「別に何もないかな」といった内容を伝えることがほとんどだ。しかし実際に大量の荷物を持ってうちに来た時には、それらがどこかで必ず役に立つことになる。後から考えてみると、あぁ、あれが欲しかったというようなものを的確に持って来てくれるのはある意味才能かもしれないと思うわけだ(笑)今回の来訪も例外ではなく、大量の荷物にうんざりしたのだが、しかしそれらを1つ1つ吟味していくとやはり足りないものばかりだった。これで私の生活は少しだけ潤ったことになる。足りなかった生活用品を持ってきてもらったのだから。上述した通り、私はまったりと話している時間など無かった。すぐに寝ないと次の仕事に万全の体勢で挑めないからだ。それを一応説明しておいたのが関係してか否か、両親は珍しくすぐに帰ると言い出した。帰るとは言っても片道3時間半以上かかる道だ、そんな近くのコンビニに来るような感覚では来られないところなのだ。気恥ずかしいのでお礼もそこそこに両親は帰っていった。部屋には大量の荷物が今でも片隅に置いてある。これを然るべきところに仕舞って初めて彼らはわつぃの部屋デビューをするというわけだ(笑)食べ物も生活用品も潤うと不思議と心も充実してくるから不思議なものだ。さて、両親が置いていった食べ物を食べて元気出して…仕事に行ってきますか♪
Sep 22, 2007
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夜勤も終わった。今日の夜勤は酷かったような気がする。何よりも仕事が無さ過ぎた。確かに私の従事している業種というのは休日における仕事量というものが平日のそれとは圧倒的に異なるものらしい。しかしそれにしても、金曜日を挟んでいるとは思えないほどに暇だった。私は研修中の身であることを考えても、仕事は今のうちに多くこなしておくに越したことはない。しかしこのような日が続くとどうしてもだれてしまうというものだ。社会の主な仕組みとして、9月は四半期決算のようなものがあるらしい。それは前期の分の総決算を仮にでもやってしまうというものらしく、その時期には特殊な仕事が多く舞い込んでくるということらしかった。なので私もそのような特殊な業務に従事できるものだと勝手に思い込んでいたのだが、現実的にそう甘いものでもなかった。仕事が目の前にあったと仮定するならば、誰だってやるだろう。しかしそこには腕の差が出てくることになる。それは成果物視点での考え方かもしれないが、効率の面から考えても新人とベテランの間には雲泥の差があると言える。その観点で話をする場合、如何な特殊な業務とは言っても、慣れない私には効率的に行うことが非常に困難になってしまうというわけだ。結果あっという間にその仕事は終わってしまい、結局大して研修を受けた記憶も残らないまま流れていくというわけだ。そのような意味で言うならば、今日の夜勤がまさにそれだった。まるでやることが全くないかのような仕事量で、はっきり言って無為に起きていただけのように観察できる。私的にはそんなことはないのだが、客観的に見ると何もしていないように見えたに違いない。そのように観察されることにまた凹んで…結局今日はそのデフレスパイラルだったように思える。まぁそんな背景だったからかもしれないのだが、休憩時間にまったり休憩しながら、ふと大学で学んだことを思い出した。今日はそのことについて書いてみようと思う。例えばここにAとBの2種類の宝くじがあったとしよう。そしてそのクジは2本あるうちの1本を引いて、その先にくっついている紙に書かれている額がもらえるものとしよう。そしてこのクジに参加するには5000円かかるとしよう。参加は一回こっきりだ。Aのクジは2本のうちどちらかには1万円当たり、もう一方には0円と書いてある。Bのクジは2本両方に7500円当たりと書いてあるとする。この2種類のクジに参加することを義務付けられた場合貴方ならどちらを引きますか?細かいところは違えど、大体こんなような文言だった気がする。これはある分野における統計学と心理学の観点からの考察だ。この統計はもう既に確立されており、立派な名前がついている。しかしそのような法則はごくごく限られた世界にしか通用しないことだ。なので私は敢えてこれを読んでいる方に問うてみようと思う。おそらく大半の人がBのクジを選ぶと思われる。参加費が無駄に終わってしまうという懸念があるからだ。なのでこの場合でのAとBのクジを選ぶ比率というのは半々くらいだろう。ギャンブルや一攫千金に過敏な反応をしてしまう人はAを選ぶかもしれなが、しかしそこまで多くないと思われる。それは人間のリスク回避的な精神が影響していると考えがちだが、しかしこの命題にはもっと卑近なものが影響している。それは富裕だ。それを指し示すものとしては、例えばこの掛け金を一気に100倍にしてみたらどうだろう。参加費50万円で勝てば100万円の勝負をするか、確実に75万の勝負をするか、この命題であった場合、結果には直に富裕が関係してくることになる。お金持ちほどこのクジには参加しやすい、はっきり言ってしまえばそのような意味を孕んでいる。つまりは参加費が自分にとってどのランクのお金なのかがはっきりしている分、それが結果に色濃く反映されるというわけだ。そしてそれは額が大きくなればなるほどBに変遷していくことを意味している。では逆に掛け金を100分の1にしたらどうだろう?参加費50円で、勝てば100円の勝負をするか、確実に75円をとりにいくか、きっと結果はAのクジに集まるだろう。要は額が小さすぎて、リスクという言葉が頭に思い浮かぶまでもないというわけだ。つまりは勝とうが負けようが差し支えないという考えのもとに選択されることになるというわけだ。それはAともBとも言い難いが、しかし敢えて言うならばAによっていくことになるだろう。そう考えると、この事例は非常に面白い意味を持つことになる。問うた場所、富裕、性格、そのようなものに左右されて結果が変わってくる、そこには理論の入り込む余地はないというわけだ。心理学的な見地からも観察できるということも言える。こんなようなことを大学で習ったのを思い出してちょっと懐かしい気持ちに浸っていた。そんな夜勤の夜明けだった。さて、ここで問おう。参加費5万円、条件は上記の通り、貴方ならどちらを引きますか?
Sep 21, 2007
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最近は非常に寝つきがいい。というよりも日頃の生活バランスが崩れているからこそそんな風に思うのかもしれないのだが、どうにもベットに寝転がってから寝るまでが異常に早くなっているような気がする。確かに疲れていると言えばそうなのだが、しかし眠たくなくてもベットの上で転がっていればすぐに寝てしまう。これはいいことなのだろうか?それとも堕落しているだけなのだろうか?人間の睡眠は波のようなものだという話を聞いたことがある。朝起きられない人が多いのは睡眠時間が足りないからではなく、睡眠の波に合った時間寝ていないからだという考え方らしい。なんでも睡眠の波は1時間半周期であるらしく、1時間半周期を目処にして眠れば起きる時には爽快に起きられるらしい。つまりは1時間半・3時間・4時間半・6時間というように睡眠時間を調整すればいいというわけだ。まぁしかしながらそれも中々難しいものだ。時間があればその時間を精一杯使って寝たいというのが人間の心情であるし、疲れている時は尚更だ。これは寝すぎるといけないという教えなのかもしれないと解釈すればいいのだろう、あくまで私的な解釈なのだが(笑)京都の夏の風物詩として有名なのが川床だ。私自身が京都に住んでいるからかもしれないのだが、この川床なるものがどれほどの知名度を持っているものなのかよくわからない。なので簡単な解説をつけるとするならば…川の上にベランダチックなものが出ていて、そこでお酒を飲んだりご飯を食べたりするものとしか言いようがないのだが、知らない方はこれでわかってもらいたい(笑)お粗末な説明なのだが、これ以上に素晴らしい解説を生憎と持ち合わせてはいないので、これで納得していただきたものだ(笑)この川床の一番の楽しみ方は、やはりそこでご飯を食べながら花火を見ることに尽きる。それは私の中では大人の楽しみの一つとして長い間あるもので、それでいて中々達成されない夢でもある。願わくばこの川床でご飯とお酒を楽しみながら花火を見たいものだ、好きな人と二人で♪ いつ叶うかは不明だが(苦笑)この川床というものは、京都市内でも比較的有名な鴨川に近いところにあるのだが、しかし鴨川に近いということはそれ即ち規制が強いということだ。最近鴨川で花火をしてはいけないという条例が出来た。それは川床で楽しんでいる人の邪魔になるだとか、川の美化において多大な迷惑を蒙るだとかそのような理由だったと思う。確かに私の中でも鴨川は花火をしてわいわいがやがやするところではないという認識だ。デートスポットであるのだが、それはひっそりと二人っきりで過ごすという前提であって、騒いでいいというのは違うような気がする。そのように環境保全に非常に煩い京都がまた新たに打ち出した条例というのが、川床に関するものだった。それは川床を一定以上鴨川に近づけてはならないというものだった。見た限り川床というのは鴨川からだいぶ近いところにあるのだが、しかしそれでも角度にして45度くらいの位置にあるという認識だった。その条例が出来る前というのは様々な川床が存在していて、その出っ張り具合も店によってまちまちだった。今回の条例はその川床の出っ張り具合を一律にしろというものだった。しかしこれに関しては疑問に残るところがある。それは、何故出っ張っていてはいけないのかということだ。前述の花火の件とこれは全く違うフィールドの問題だ。出っ張っていて不具合があるところなんてひとつもないように思える。迷惑をかけるのかもしれないが、それはあくまで川床の下にいる人達が景色が見えないという些末なものである可能性が高い。そればかりは川床の本質が問われる問題なので、その点に留意して条例が出来たと仮定するならば、その存在自体を無くす方向に話がいくような気がするが、そこまではいっていないことを考えるとやはりその点での条例だとは考えにくい。川床は京都の風物詩だ。それが何かにおいて迷惑をかけているとすればそれは是正しなければならないことなのだが、しかしそれはとても考えにくい。あの上でお酒を飲んだりご飯を食べたりしながらしっぽりするということが夢な私としてはやはり川床はあるがままに存在して欲しいと思う限りだ。何事も条例で縛るということはよろしくない。迷惑がかかっている者通しの話し合いで解決するのが世の常なのだが、それも難しい世の中になっているのかもしれない。この条例の真意はわからないのだが、しかしこれは強い力で縛っておけば文句は出ないだろうという負の体質を体現しているようで、少し悲しくなるものだ。
Sep 20, 2007
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髪の毛が随分伸びてきた。そういえば前に何時切ったのか覚えていないくらいに月日は流れていたのだ。ふと鏡を見かけて自分の姿を見てみると、前髪が目にかかりきっていた。もうそんなに髪の毛が伸びるほどに時間が経ったのかと思うと、この数ヶ月のことはとても早いことのように思えるから不思議だ。思えば数ヶ月間は本当に遮二無二なって過ぎていったもののように思う。誰一人知り合いがいないところに1人で出てきて、それで仕事を頑張って…。休みの日も誰も知り合いがいない中でなんとか寂しさを紛らわすように生きて。そしてまた休日が終われば仕事に出向く。こんな生活が続いていた。確かに最初はなんだか自分の家も落ち着かなく、誰かの家を間借りしているような気分で生活していたのだが、しかし今ではもうすっかり慣れてしまった。慣れてしまうと楽なもので…効率的に生活していく術ももう発見した。後は私に構ってくれる人だけなのだが、これが一番重要且つ困難なことかもしれない。仕事をそんな風に捉えるのは無粋かもしれないが、私もそろそろ誰かの為に働きたくなってきた。話は少し前に戻るのだが、社員旅行があった日の夜、私は衝撃的な話を聞いた。私の職場は今人材不足にあえいでいる。それは今月を堺に1人の主任が現場を去るからだ。なので戦力補強が重要視され始め、私もその渦中に放り込まれることとなった。まずは私の教育が異常なまでのハイペースで行われているということだ。これは異例だろうと思えるほどの速さで様々なことを詰め込まれるので消化するのに時間が掛かる。まぁ不本意だがそこまで期待されていると考えてみれば悪いものでもない、なのでそれはいいのだが。次に新人枠の獲得数の増加だ。現に私が入って2ヶ月もしたらまた新人がやってきた。なので私もその新人さんの教育担当の一環を担っており、おいそれと自分のことばかりが出来なくなってきた。現場にとって主任が抜けるという穴は非常に大きく、個人個人がその主任さんの活躍の穴を埋めるべく大きな働きが期待されるのだが、私もどうやらその一員のようだ。自分のスキルを向上させるだけでなく、教育まで任されているのだから中々ハードだと言える。しかしそれは現場の存続が危機的だからこそなのだ。それを踏まえた上で…社員旅行の夜、私は1人の先輩が新たに辞めるという話を聞いてしまった。その先輩はどうも同期間ではやる気がないとされている先輩で、あくまで私の目線からすれば凄い先輩なのだが、どうも一定の力量に甘んじているような風があるようだった。その原因追求をしていた(先輩方がしていたのだが、何故か私もそこにいた)のだが、その途中でポロっと吐露してしまったようだった。今の現場がかなり困窮している状況だからこそ、余計にその告白は衝撃的なものだった。聞くところによると、その先輩は今の仕事よりもやりたいことがあるようだった。なので今の仕事は始める前からステップと決めており、何年というスパンでこの仕事をやめるということを具体的に考えていたようだった。それが今年のようで…何時になるのかはわからないのだが、辞める準備はあるということだった。問い詰められてその先輩が放った一言が私の中でまだ強烈に残っている。「やめる会社のことなんて知ったことか!俺は次にやりたいことがあるから、今の仕事なんてどうだっていいんだよ!」この言葉を聞いて私は非常に残念だった。確かにその先輩の言っていることは正論かもしれない。自分の中で本当にしたいことがあるのなら、今の仕事をステップにするという考えもよくわかる。だがしかし…上記の言葉の真意は「辞めるまでの仕事は適当にやる」という意味を孕んでいる。それは果たして正しいことなのだろうか?自分のやりたいことが別にあって、そして今はその仕事に就く為のステップとして今の職場にいる場合、それでも今の職場にはその仕事が好きでいる人だっているのだ。今の仕事が天職だと思い日々努力を惜しまないという中で、そのような考え方で無難な仕事をしている人がいるとどうだろうか?これが遊びならまだいい、しかしこれは会社なのだ。その中には会社が無くなってしまえば路頭に迷う人だっていくらでもいる。その人が適当にやってしまうことへのリスクは山ほどあるのだ。しかし本人にしてみれば本当にやりたいことを前にしての「準備段階」なのだ、そんなことは知ったことではない。この考え方は悲しいというよりも愚かだ。仕事というものをやりたいもの基準のものさしで量っているという行為と同義だ。やりたいことに付随していない仕事は仕事じゃない、そう言っているのと同じことだ。当たり障りなく仕事をこなして、やる気なんて見せない、そんな人はいてもらっても迷惑だ。しかも、仕事を選り好みしている人になんて本当の意味で仕事をすることなんてわかるはずもない。きっとやりたいことが興味の対象とずれた段階ですぐにやる気を失ってしまうだろう。そんなことは火を見るより明らかだ。本当の意味で仕事がわかっている人間はそんなことはしない。例えステップだとしても、その現場に息づいている全ての意思の為に与えられた仕事以上のことを全うする。そして自分の頑張った痕跡を残したままに次のステップにいってこそ然るべき対応の仕方だと思うのだ。お金を貰っているということを勘違いしている、若しくはその現場で働いている人を愚弄する行為に思えてしまった。その考えは結局変わることなく今に至る。なので私はその先輩を前ほど尊敬してはいない。というか失望している。やりたいことでないと仕事をしないというのは子どもの考えだ。やりたくない仕事でも自分のスキルをもってして最高の結果を残す、やりたい仕事も当然に、それが私の中での仕事のあり方だと思っている以上は、その先輩の考え方には相容れないものだと思う。誇りを持って仕事をしているという自負はまだないかもしれない。しかし私は今の仕事は結構好きだ。突き詰めていけばもっと色々なことが見えるかもしれない。それは自分の興味に合致したとかそんなことではなく、むしろ私を見出してくれた会社に感謝の念があるからだ。その気持ちだけで充分に働ける。
Sep 19, 2007
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晴れ、気温は高い。いつもながらに天気の話からスタートするのが恒例となっているのだが、別に天気が気になっているわけではない。よく始業式や終了式の校長先生の挨拶の最初がこのようになっていること、そして手紙など公式のものの文頭には季語をいれるといったような…つまりはご機嫌を伺う意味を持っている。まぁ誰かの機嫌を伺っているわけではないのだが、しかしこのように始めるというのも悪くないように思う。要は締めるところは締めていこうという決意表明のようなものだと言えるかもしれない。9月18日、この日は私にとって特別な意味を持っている。普通の人にとってはなんのことはない日なのかもしれない。しかしながら私にとっての9月18日がそうであるように、色々な人にとってのその日というのは確実に存在している。それはこの世に生きているということが如実に示している。まぁ私にとってのその日は少しだけ特別な時であることが多い。何故ならば9月18日と言えばよく敬老の日とかぶることが多いからだ。これだけはどうしてもいただけない、なんだか妙に切ない気分になってしまうのだ。敬われてしまう年が近づいているということの暗喩かもしれない、考えすぎだといいのだが(笑)このブログを書き始めてからというもの、こうして9月18日を迎えるにいたること2回、少しでも私のことを知ってもらおうと様々なことをしてきたつもりだ。まぁそれがいい方向に働いたのか悪い方向に働いているのかはわからないのだが、少なくともちょくちょくは覗きに来てくれる方も増えてきたと言える。しかしそれを以て尚、私のことは知られていないに等しい。それが今回のことでまた少しわかったと言える。去年は誰もがわからなかった。なので今年はと期待してみたのだが、しかし今年もそう変わりは無かった。まぁ要求しているわけではないので構わないのだが、それにしても少しだけ寂しいものがあるのは事実だ。メールが一通だけ、しかも両親も忘れているという珍事だ。つまり…私の誕生日を把握している人は一人しかいなかったというわけだ(笑)今年も悲しく歳をとったというわけだ。まぁ私らしい(苦笑)思えば私は妙な癖を持っている。それは私と実際に会っている人、そして誕生日を知っている人に関してはそれを忘れないといったものだ。それは男女問わずの癖で、携帯電話を持つようになった歳からずっとメールで行っている恒例行事とも言えるものだった。私はあまりたくさん友達がいる方ではないのだが、しかしクラスで仲の良い友達の誕生日を列挙してみるとそれなりに綺麗に分布していることが多い。なので一ヶ月に一回は誰かしらにメールを送っているということになるわけだ。今は進路も異なり皆が皆別々の道を歩んでいるので連絡を取ることもほとんどなくなったのだが、それでも覚えている範囲の友達には誕生日にメールをするようにしている。それが何の意味があるのかはわからないのだが、少なくとも大嫌いで大嫌いで仕方が無い人以外から誕生日を祝ってもらうというはとても嬉しいことだということを私は知っているからだ。私がメールを送るということでそのように喜んでくれることがもしもあるのなら…これほど嬉しいことはないというものだ。多分私がそのような性格だからこそそのような奇妙な習慣は続いているのだと思う。人生には需要される側と供給する側という分け方が出来ると思う。きっと私は後者なのだと思うことがよくある。それは誕生日然り、プレゼント然り、気持ちの伝達然りだ。誕生日を祝ってもらう喜びを知っているのはある意味では幸せなことなのかもしれない。私も確かに誕生日は祝ってもらっている方なのかもしれないのだが、しかし四捨五入で切り捨てられるほどの人数にしか認知されていないというのも結構凹むものだ。それはそのまま私という人間の魅力に直結していると考えられるからだ。まだまだ良い人間には程遠いということなのだろう、何事も精進が大切だという教えかもしれない。まぁそんなようなことを考えながら日々となんら変わりないものを食べ、特に自分にご褒美をあげることもなく誕生日を過ごした。よく考えてみればもう冗談では済まされない年齢になっているのだ、仕事に於いても恋愛に於いても適当にのらりくらりではいけない年齢であることを自覚しながら…パスタを食べて過ごした(笑)まぁこと恋愛に於いては適当にしたことなどただの一度もない。逆に言えばそれが重いと言われる由縁なのかもしれないのだが、私としても今の生き方に不具合を感じたことは一度もない。むしろ年齢がその域に達してきたので、段々考えを貫きやすくなっているという考え方もできるわけだ。あまりにも雑多な考えの集積となってしまったが、まぁ23歳を迎えるに至る抱負はこんなものでいいだろう。今年は新たな自分を磨くのに費やす年に出来ればいいなぁ♪
Sep 18, 2007
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今日も暑かった。思えばこれは今年の夏に限って何度も書いていることなのかもしれないのだが、この時期のこの暑さは異常なような気がする。確かに北海道や沖縄においての年の平均気温差というものは本当に微々たるもので、日本全体を通してみればそこまでの差異はないのかもしれないのだが、しかし本州だけに絞るとかなりの温度差があるように思える。これは単純に地形的・位置的な気候の差だとは言い難いものだ。夏が暑いのは当たり前なのだが、しかし残暑の時期にも暑い理由にはならないだろう。もともと冷房が効きすぎたところで仕事をしているだけに、外気との差がある今の時期は仕事が厳しいものになるのはちょっとだけ悩みの種だと言える。まぁ辛いのは仕事終わり、特に夜勤があけた時に最初に外に出た時なのだが。あの時の眩暈のようなものだけはどうしても避けようがないので辛いところだ。だからと言ってそれがなくなってしまうのも人の体の構造上問題であるのは自明なのだが(笑)先日連休を利用して実家に帰る旨をここに書いたと思うが、今はまだ市内に残っている。それは別に親と喧嘩したからとかそんな些末な理由ではなく、むしろある意味ではもっと下らない理由だと言える。帰省する日、夜勤だった。私はいつもの夜勤を想定していたので、夜勤明けでそのまま電車に乗り込んで実家まで帰る予定にしていたのだが、しかしその日の夜勤はいつものものとは明らかに違っていた。要するに死ぬほど忙しかったのだ。特にトラブルがあったわけでも、急な仕事がたくさん入ってきたわけでもないのだが、しかし何故だか異常なまでに私にまわってくる仕事が多く、それはそれは熾烈を極めるものだった。そのせいでいつも夜勤では何時間か仮眠をとっているにも関わらず、その日はほぼぶっ通しで17時間を満了したというわけだ。帰る頃には寝ることしか考えておらず、とてもじゃないがその日に4時間程度かかる帰路につく気にはなれなかったというわけだ。これで実家に帰る機会をまた1つ失ったことになる。お墓参りも両親への仕事の報告もお預けというわけだ。残念で仕方が無いのだが、しかしそれも仕方の無いことなのかもしれない。結局その仕事が終わってからは泥のように眠ってしまい、気がついたのは12時間以上経った後だった。たまにこういう日はあるのだが、少しだけ風邪気味なのが関係してか惰眠を貪ってしまったことになる。今度からは夜勤にも気を引き締めてかかろうと思った出来事だった。今日のテーマは少し反感を買うことになるかもしれないが、しかし書かせてもらうとしよう。長い間疑問に思っていることだ。mixiというサイトがある。このサイトはそのサイトに既に登録している人から招待されて始めるというもので、その機能は日記に始まり、コミュニティへの参加、メッセージのやり取り、足跡の踏み合いなど、交友関係を広げるには大きな活躍をしているように思える。現に今やmixiをしていない人などいないほどにそのネットワークは広がっている。利用者1500万人を超えるのも時間の問題(私が知らないだけでもう超えているかもしれないが)だろう。その中の機能の一つ、マイミクというものについて常々思っていることがある。それが今回のテーマだ。マイミクとは自分が許可した人とリンクで繋げることが出来るものだ。その方法は簡単で、すぐにマイミクを増やすことは可能であると思われるのだが…しかしそこで疑問がある。マイミクが100人を超えている人ってどうなんだろう?確かにマイミクなんてほぼワンクリックで出来ることなので特に問題ないように思えるのだが、しかしながらマイミクが100人を超えている人を見るといつも思ってしまう、それっていいことなのだろうかと。100人を超えているということはそれだけ友達がいるということの証明なので、その人の人望が篤いということを意味しているのかもしれない、しかしそれは「軽い」ということに繋がるのではないだろうか?mixiとは言っても実際に会っている人、周りにいる友達をマイミクにしている人も多い。多分mixiを活用している人のほとんどはそのような使い方をしているに違いない。というかリアルに会うことが可能な友達をマイミクにするという意味がよくわからないのは私だけだろうか?笑 まぁそれはさておき…それ以外でマイミク登録をしている人が多くいるということは、自分という情報をその人にあげていることになる。まぁ友達関係なのでそれは構わないのかもしれないのだが、しかしそれはあまりにも無防備ではないだろうかと思うことがある。この手のサイトが盛り上がって人気になっているというようなニュースを聞くと、日本人は誰かと繋がっていないと淋しくて仕方が無い人種なのだということを激しく痛感するものだ。それがいいことなのか悪いことなのかは一概にはいえないのかもしれないが、しかし淋しさを埋めることを重要視しすぎて大切なものを見失っているということが懸念されるものまた事実だ。自分をひけらかすのはそれ相応のリスクが伴うことだということは…自明のことなのだから。かくいう私もmixiのページを持っている。1年くらい経つかもしれないが、私のマイミクは5人から増える兆しも見えない(笑)まぁ増やせば増やすほどいいとも思えないので特に弊害を感じているわけでもないのだが、しかし本来は自分の情報をあげてもいいと信頼できる人でないとあげることを許可しないのが正しい形ではないかと思う。全国1500万人のmixi愛用者から反感を買うことうけあいだが、しかし敢えてここは冒険に出た次第だ。疑問に思うことには素直に疑問の旨を言ってしまう辺り、自分のAB型を強く感じる内容に仕上がっているように思える(笑)
Sep 17, 2007
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今日の内容は前回の内容の続きだ。なので前回の話を読んでいなければわからない話だと言える、悪しからず。先日高いカレーの話をしたと思うが、実はその話の余波は色々なところに出ているようだった。それもまた1つの偶然から始まったことなのだが、それがいいことなのか悪いことなのかは今のところまだわからないと言ったところだ。カレークジをしたその日、私は晩御飯を食べなかった。油っこいハンバーグやらチキンカツやらが山のように盛られたカレーをお昼に食べたのだ、その日の私の胃袋はもう許容量を超えたということでオーバーヒートしていたと言える。その満腹感はお昼を過ぎてもおさまることはなく、むしろ晩御飯の時間になっても一向にお腹が減らないという事象を生んでしまった。そのことからこのカレークジがどれだけ恐ろしいものかを痛感したのだが、実は次の日の勤務の日がその日と同じ面子だということをこの時私は知らなかった。次の日、つまりこの日起きて仕事に行ってみると、なんと昨日と同じ先輩が仕事をしているのを見かけた。シフト制である業種には結構珍しいことなのかもしれないが、まぁたまにはあることだ、その時点で悪い流れは始まっていたのかもしれない。昨日のカレークジについてその先輩方と盛り上がっていた時、同勤の元宮さん(過去の日記参照)がやってきて、その話を興味深そうに聞いていた。因みに私はその日の勤務では元宮さんと同じく夜勤を担当していて、昨日カレークジをした先輩方は両名日勤だった。日勤夜勤間の引継ぎも終わってまったりしていると、何故か半笑いで元宮さんが近づいてきてこう言った。「きょう、またカレークジやるか?」この言葉に少々愕然としてしまったのだが、しかし先輩からの進言を無下に断ることなんか出来るわけがない。なので私はあまり乗り気ではなかったものの、その案を了承することにした。不幸にも私と同期の原君(仮名)も参加することになってしまった。私はいち早くその洗礼を受けることになっていたのだが、しかし原君はそのことを知らないようだった。無垢な表情で何をするのかを見ていた原君の表情がこの後歪むのだろうなぁと若干可哀相に思いながらも、元宮さんの歯牙は原君にもかかってしまった。ご愁傷様と言ったところか。。その日の夜勤の面子というのは、私と元宮さんと原君ともう一方いた。その方は矢野さん(仮名)と言って、この現場ではマイノリティな既婚者だった。しかしカレークジを推進しているグループとは別派閥なようで、私達がしている様子を興味深そうに眺めていた。元宮さんと私が無難なメニューになって、原君がトッピング満載のまさに昨日の私のようになっているのを見て、矢野さんがあることを言い出した。それが今回のタイトルにあるような…後日談の内容だ。「面白そうなことしてるから、今度はVBA組んでおいてやるよ♪」矢野さんはエクセルには結構詳しい方で私が原始的な方法で紙に阿弥陀クジを書いているのを見かねて言い出したことなのかもしれない。私の職場には色々な作業を一括管理しているノートPCがあるのだが、そこにマクロを組み込んでカレークジのメニュー決定を円滑にしようという案らしい。私の中での矢野さんの評価というのは単純に「いい人」というものだったので、悪気はないのかもしれないのだが、しかしVBAなんか組まれた日にはカレークジが勢いを増すことはうけあいだ。トッピング二桁突破もあり得る事象だけに、そこは丁重にお断りしておいたのだが、しかし矢野さんならやりかねないので怖いものだ。この日は原君がぐったりしながら仕事をしているのが印象的だった。心持テンションが低かったのも気のせいではないはずだ。また1人犠牲者が出たと思いながら、ちょっとだけその世界にのめりこみ始めた自分がいるのも確かなことだった。まぁこれも自分のメニューが無難だったからかもしれない(笑)
Sep 16, 2007
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今日の内容は予め言っておかなければならないが、最高潮にくだらないと言える。しかしディテールを書き出すとかなり長くなってしまうので、いつものような前置きは無しでいきなり本題にいこうと思う。最後まで読破してくれる方が何人いらっしゃるか、それが少し楽しみでもある(笑)何をきっかけにそうなったのかはわからない、むしろそれは自然の摂理だとも言えるような滑らかな流れによって、私の前には様々にトッピングされたカレーが並ぶことになった。しかもそのトッピングの量はハンパではない。何故こんなことになったのか、それは今日という日が大きく関係している。以前にも書いたかもしれないが、私の会社の給料日というのは月の真ん中にある。なので今日と云う日は給料日から1日しか経っていないことになる、それはつまり誰しもがお金を多く持っているということだ。そしてもう1つの要因として、今日は土曜日ということで仕事の量が通常時に比べて極端に少ないということがあった。この2つが綺麗に噛み合って、あんなにくだらなくも盛り上がったことは起こってしまった。ことの発端は仕事が始まって2時間ほど経った11時頃だった。一応今日は土曜日、3連休の始めの日ということで、勿論一般的に会社に勤めている人は休みの日だ。私の会社も例外ではなく、私達末端作業員以外は全員休みで、機械室の横にあるオフィスには人っ子一人いなかった。もうそろそろお昼になるので、お昼ご飯は何にしようかと思案し始める頃なのだが、私の会社にはおかしな風習があった。それは土曜日や日曜日などその会社にもともと在籍している社員さんがいない時はデリバリで済ませるというものだった。それは単純に誰かがいなければならないという私の業種・職場において、どこかに食べに出かけるということが致命的であるということに起因している。いつもはお昼ご飯の時間になるとどこかに食べに出かけるのだが、それは単純に社員さんがいるという前提のもとであって、その社員さんがいない土曜日や日曜日は必然的にデリバリになってしまうというわけだ。まぁ食べないという選択肢もあるのだが、先ほども書いたように給料日直近ということで…お金に余裕のない人はいないという状況であり…全員がデリバリを取るということで決定した。いつもは誰かしらが食べないと言い出すのが通念になっていたのだが、この時は給料日が影響してか、誰もそんなことは言い出さなかったというわけだ。そしていざデリバリを取ろうということになったのだが、ここでいつものように揉め事が起こった。それは食べ物の種類を何にしようかという問題だった。デリバリを取りなれているところならわかるかもしれないが、いつもいつも同じところからとっていたのでは飽きてしまう。なのでその時の面子で決めるということにしていた。そして何にしようかと悩んでいると、ある先輩がこんなことを言った。「今日はCOCO壱にしよう」COCO壱と言えば言わずと知れたカレー屋チェーンだ。まぁたまにはカレーもいいだろうと思い、私もその意見には賛成し、もう1人の先輩も快諾した。しかしその後にその先輩から放たれた一言がその後の運命を大きく変えることとなった。「じゃあついでにカレークジしよう♪」私は今の現場歴がもうすぐ3ヶ月になるくらいでその「カレークジ」なるものがどんなものなのか知らなかったのだが、その恐怖を後で身を持って知ることになろうとはこの時露とも知らなかった。その言葉にもう1人の先輩も同意し、カレークジが決行されることとなった。するとなると先輩方二人は急にテンションが上がりだし、いそいそと4枚の紙に阿弥陀クジを作り始めた。そしてその紙それぞれに「量」「辛」「数」「具」と書き始めた。何をしているのか聞いたのだが、その時半笑いで教えてくれた先輩の嬉々とした表情が今でも忘れられない。思えばあの時にやめておけば良かった。しばらくして全ての紙に均等に阿弥陀クジが完成し、いよいよゲーム決行ということで、そこでようやく説明された内容は驚愕のものだった。まずカレークジとはCOCO壱のデリバリの時だけに稀に発生するゲームのようなもので、阿弥陀クジを使ってカレーの量・カレーの辛さ・トッピングの数・そのおかずの内訳を決定するというものだった。そして決定された事象を食べないと拒否することは許されないという過酷なゲームだった。しかもトッピングのコーナーだけはボーナスが用意されていて、阿弥陀クジの結果導き出されたおかずの下にプラスいくつと書かれていたら、更にその書かれていた数字だけトッピングを選びなおさなければならないというものだった。つまり自分のクジ運と胃袋の許容量とお金出し惜しみしないスピリッツが試される遊びだと言えるわけだ。そんなことを賛成してから言うのも卑怯な気もするが、ここで引いては男が廃るというもので、私ももう自棄になって参加を表明した。先輩方が次々と阿弥陀クジのスタートラインに名前を書いていく中、私もそれに習った。そして遂にゲームは開始された。まずは量からだ。私は新人ということで大きなオチが待っていると勝手に買い被られて最後に結果を見ることとなったので、先輩方がどのような末路を辿るのかを見ていた。1人目の先輩が阿弥陀クジを辿っていく…。結果は500グラムだった。カレーとは言え500グラムはかなりキツイ。その先輩はもうやる気喪失しているようだった。これは恐ろしいゲームだと思い、私もどんどん緊張感が高まっていった。次にクジの結果がわかった先輩は400グラムだった。これまた多い量が引き当てられ、嫌がおうにも私に期待がかかる。緊張の面持ちで自分で決めた箇所からクジを辿っていく…。その結果…300グラムでした♪ここは露骨にガッツポーズだ。何事もスタートが肝心だと言える。その調子だ♪次は辛さだ。COCO壱のカレーは辛さを10段階にセッティングしているが、先輩の話曰く3以上でもうかなりのものだということだ。それを知ってか知らずか…否恐らく関西の悪ノリというやつなのだろう、先輩が5を書き入れたのを私は見ていた。それだけはどうしても避けたいという願いが叶ったかどうかはわからないが、私は1だった。これは量に続いて好成績だ。もしかしたら美味しくカレーを頂けるかもしれないと儚い夢を描いたものだった、私の快進撃もここまでということを知らずに。調子がおかしくなったのはトッピングの数からだった。私は3を引き、更にトッピングの品を決めるクジの3箇所に印をつけた。それを辿っていくと、まずはチキンカツが当たった。これはカツカレーになったと喜んでいたのだが、しかしそれはその下に書かれている数字を見るまでの儚い喜びだった。チキンカツ +3_| ̄|○まぁ確立的には10分の3くらいなので一回くらいは当たるだろうとなんとか正気を保ちながら更に3箇所に印をつけ、2つ目のクジを辿っていった。次はソーセージと書かれていて、数字は何も書かれていなかった。まぁこれが当然の結果だろうと安心して次にいったのだが、次に当たったのがハンバーグで、その下には+1と書かれていた。なんだか嫌な予感がしながらも更に1箇所に印をつけて次に。次はほうれん草があたった。さっきから肉ばかりが当たっていたのでこのほうれん草は嬉しい。しかし私にはまだ4つ残されている。次からは流れが変わると思っていたのだが…そう甘くはなかった。その後…豚しゃぶ +1ベーコン半熟卵ビフカツと景気良く引いていき、私の最終的なお昼ご飯は以下のようになった。量:300グラム 辛さ:普通トッピング:チキンカツ、ソーセージ、ハンバーグ、ほうれん草、豚しゃぶ、ベーコン、半熟卵、ビフカツ最初は別に食べられるだろうと思っていたのだが、いざ現物が来た時にその考えは甘かったと痛感させられることとなった。ルーの中に豚しゃぶ・ほうれん草が入っており、とろみが一切ない。おまけにご飯の上にはチキンカツとハンバーグとビフカツが乗っており、米が見えない。乗り切らなかったソーセージと半熟卵とベーコンは別容器で来た。見た目だけでも食欲を無くすことうけあいのルックスだった(苦笑)先輩方もほぼ同等の被害を蒙り、結局4人でカレーを頼んで5810円という異常な額まで膨れ上がってしまった。電話で応対してくれたお兄さんもなんだか心もち声に疑問系を含んでいたのは私の気のせいではないはずだ。私は今まで22年間生きてきたが、一人前のカレーに2170円もかけたことはなかった。これはきっと最初で最後の大盤振る舞いだろう。先輩曰くここまで膨れ上がったのは初めてだということらしい、なので宅配のお兄さんが訝しげな顔で渡してくれたなが~いレシートは今でも休憩所に誇らしげに張ってある(笑)我ながらバカバカしいことをしたものだが、しかしこのゲームは給料日直近にしか出来ないことなのでまたしようと思ったものだった。願わくば私に後輩が出来ればこのゲームでスキンシップを図ろうと思う次第だ(笑)食べすぎでぽっこり出てしまったお腹を見ながら、そんなことを考えていた土曜の昼下がりだった(笑)
Sep 15, 2007
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暑い。太陽の日差しが9月も半ばとは思わせないようなものに仕上がっている。これは何かの間違いではないかと思うくらいに昨日は暑い日だった。それなのにベランダに干してある洗濯物は何故かしっとりしている。いい天気で太陽も出ているのだからからっからに乾いて然るべきだと思うのだが…何故か洗濯物は一向に乾いていない。これは何かの嫌がらせなのだろうか?だとしたら非常に陰湿且つ無意味な嫌がらせのような気がする(笑)前日の仕事で私は自分の小ささを痛感した。確かに私は今の会社が社会に出るのが初めての場なのだが、しかしアルバイトの経験だけは人に負ける気がしないほど数をこなしているつもりだった。アルバイトは小さな社会だという言葉があるように、その中に身を投じることは最低限の社会人のマナーが身に着くと思っていたし、実際に自分の中でもそのような精神が宿っていることが実感していた。しかし今回直面した問題はそれとはまた別のものだった。ことの発端は前日の仕事のことだった。日勤をしていたのだが、もう日勤は私1人で充分に回転させられるくらいにまで認められており、サポートをされなくてもいいという段階まできていた。なのでその日も私ともう1人の2名体制で仕事をしていたのだが、いつも触る機械が故障しているのを発見したのが始まりだった。その機械が壊れるということは一番私のいる現場に長くいる先輩でも見たことが無いような非常に稀な事象で、その対応は困難を極めるものだった。ちょっとサーバーがいかれたとかそんな次元ではない問題だと言えるわけだ。障害レベルマックスだと言ってもいいくらいの事象らしかった。その機械が故障しているのを最初に見つけたのは私だったので、その機械のバックアップやログを収集している会社に連絡を入れることになったのだが、これがまたややこしい経路を辿らなくてはならなかった。本来一般的に私の現場で言うところの障害に対する対応というのは、おおよそ3つに分けられる。1:障害通知書を記載するだけ2:連絡を入れて対応してもらう&障害通知書を記載3:連絡を入れる&他会社との連携をとって指示を仰ぐ&その他会社同士のパイプラインになって状況を逐一把握しておく&障害通知書の記載この3つだ。勿論数が上がる毎にやらなければならない仕事量と煩雑さは比例して多くなていくという次第だ。私はそれなりに今の仕事をしているので障害連絡くらいならしたことがあったのだが、しかしやっても1番くらいまでで、3番はおろか2番さえもしたことはなかった。しかし今回の事象を見つけたのが私だったということと、将来的に出来なければならないことだということ、今回が研修のいいチャンスだということで私が担当することとなった。しかしやってみると、同じような説明を何度も違う人にしなければならないこと、そして実際に現場を見ていない人に起こった事象を的確に説明することが如何に難しいかを痛感することとなった。結局私の手に負えるものではないと判断されたので私の手を離れ先輩が担当することになったのだが、障害連絡というものにおいて痛々しいデビューとなってしまった。はっきり言って今回は迷惑しかかけていないという評価しか出来ないくらいの成果だと言える。通常業務が出来ていてそれで仕事がそれなりに出来ている気になっていた私にはいい経験だったと言える。やはり仕事において完成形というものは存在しないのだ、どこまでいっても上へ上へと高みはいくらでも介在している。その高さを知り、そして自分の矮小さを知ったことは今後に活かすべきことだと感じた。初めてだから仕方ないと先輩に言われたのだが、やはり上手く立ち回れなかったということが心残りで帰りもとぼとぼと帰っていたのだが、そんな私に更に追い討ちをかける出来事が待っていた、タイトルにあるのはそのことだ。仕事も終わり暗くなりつつある家路を帰っていたのだが、ふと何故かポストが目に入って開けてみた。そこにはピザ屋の割引券だの風俗関係のチラシだのが散乱していて、一気に捨ててやろうと思いっきり手を突っ込んで引き出してみると、そこには見慣れない封筒が入っていた。いつもは大事そうに封がしてある封筒は部屋の中に持ち込んで後から見るようにしているのだが、何故かその時胸騒ぎがした。それは別に封筒が特別製だからとかそんな理由ではなく、何と言うか…嫌な予感がしたのだ。いつもは部屋に持ち帰るのだが、その時の嫌な感じを払拭したくて、鞄を地面に置いてその封筒を開いてみた。そこには一通の手紙が入っており、タイトルの横に大きくこう書かれていた。「最後通告」一体何をしでかしたのか一瞬わからなかったが、読み進めていくと電話代の督促だということに気がついた。私の家のインターネット回線というのは某有名電話会社との契約で成り立っている。インターネットを使用するのに発生するお金を含め、生活していくのに発生するお金というのは全て1つの口座に纏めておいたはずなのだが、しかしインターネットを引くにあたる工事費というものに関してはすっかり忘れていた。確かに2ヶ月前にそのような請求書が来ていたが、どうせ口座から落ちるだろうと高を括っていて、そのまま放置していたものだった。それが2ヶ月の時を経て最後通告として私の家を強襲したというわけだ。手紙には9月20日までに払わなければ法的措置をとると書かれていた。私は慌てて部屋に帰り、いつも手紙を仕舞っている棚の中を探してみると、7月30日付けで請求書が来ているのを見つけた。額にして987円、しょぼいかもしれないが、しかしこれが法的権限を持つとなると侮れないものだ。幸いにして見つけたのが手紙が来てすぐだった為に事なきを得たのだが、しかし発見が後6日遅かったら私はどうなっていたかわからない。987円の為に様々な気苦労をしていたかもしれないことを考えると…自分の嫌な予感というのもあながち役に立たないものではないと思えたものだった(苦笑)
Sep 14, 2007
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今月もようやくこの時期がやってきた。私の会社は締めの時期が少しだけ遅いせいもあってか、給料が支給されるのが月の真ん中ということになっている。そのせいか世間で言うところの25日になるとATMが混むというような弊害を受けたりすることもないのでお金を引き出すのが簡単だというメリットはあるものの、しかしながら様々な事象においてはデメリットが多くなってしまう。まずは家賃を振り込む時期が遅れるということだ。家賃を振り込むのは大体どこでもそうかもしれないが、月末になっている。月末と言えば私の会社ではもう給料が振り込まれてから半月経ったことになる。その頃には給料が入ったほくほく感も多少薄れ始めている時期だ。しかも私は様々なところにお金を落とさなければならない運命にある。そのようなものが積もり積もっていくと考えればあまり楽観的になれるものではない。実際に今月も多くのお金を落とした。なのでもうピンチでピンチで仕方ないと言った具合なのだ。今月は明日が給料日だということでなんとか滑り込みセーフなのだが、そのようなことを鑑みてみると、やはり社会人になったからと言って豪勢な暮らしが出来るわけでは決してないということなのだろう。ちなみに私の財布に現時点で入っているお金は357円だ(笑)今月は社員旅行やら何やら物入りだったので、余計にお金が飛んでいくスピードが早かったような気がする。まぁ今日を乗り切ればいいだけなので余裕だ。1週間前くらいは一番殺伐としていたが(苦笑)エレベーターはほとんどの企業のオフィスに標準装備されている。まぁ小さな会社だとないかもしれないが、それはよっぽど小さな会社であり、9割9分の会社には標準装備されているという認識でいる、間違ってはいないだろう。私がいつも働いているフロアは地上8階建て、地下2階の計10階建てなのだが、私が常にいる場所というのは1階になる。仕事の関係上かなり何度も各階を行き来しなければならないのだが、その際に大きな荷物を乗せた手押し車のようなものを持って行かなければならない。それは勿論階段なんか上がれないし、その時には当然にエレベーターを使うことがあるのだが、それに関して今日ある出来事があった。その時私は5階にいたのだが、エレベーターで1階に戻ろうとしていた。エレベーターが一番下にあって、私がスイッチを押したことによって上に上がって来る途中だった。すると5階で働いている人がエレベーターの前にやってきて、私が押した下のスイッチの上にある上に行くスイッチを押した。その人が何階に上がるのかはわからなかったのだが、しかし上に行くことは押したスイッチから察することが出来た。ここで状況を整理しておくと…・行き先のスイッチを押したのは私が先、私が押したのは下・後から来た人は上に向かうスイッチを押した・エレベーターはデフォルトで1階にいたというような構図だ。待っているとエレベーターは上がってきて、勿論後から押した人の意思を反映して上に向かっていった。最初は理不尽だと思ったのだが、しかしよく考えてみると至極当然のことだ。エレベーターは上に向かっている過程で私達を拾ったのだ、1階から5階まで上がってきて先に押したという理由でターンして1階に行くなんていうのはエレベーターの特性上考えられないことなのだが、しかしそれは「順番に並ぶ」という観点には違反しているような気がする。そういう意味では何事もマナーが大事な日本においては珍しい機構のものだと思われる。今回は偶然に先に押した私をないがしろにしたという事象と、後から押した人の方が移動距離が少なかったということで先に行かれた理由を作ることができるのだが、しかしよく考えてみると効率的ではない乗り物だということに気づく。確かに1人でエレベーターを待っているという状況においてはそこまで理不尽ではないかもしれないが、しかし状況によってはかなり無駄な動きをすることになるかもしれない。もしもエレベーターに乗ってくる人の誰が先にスイッチを押したとかエレベーターに乗り込む予定の人がそれぞれ何階に行くのかを判断することが可能ならば、エレベーターはもっと便利なものになるような気がする。わかりやすい例としては以下のものがある。例えばA君とB君がいたとする。その建物は8階建てで、A君もB君も2階にいたとする。エレベーターは一階に常駐していて、A君の目的地は1階で、B君の目的地は6階だとしよう。どちらが先に目的地の方向を示すスイッチを押したとて必ず先に目的地に着くのはB君ということになり、A君は多大な時間待たなければいけないことになる。この事例は極端な因子を孕んでいるものの、しかしエレベーターの構造の欠陥を指し示しているもののように思う。2階から1階に行くのくらい階段を使えよ!という意見はこの際無視するとしても、これがエレベーターの弱点だと言える。もしもエレベーターに「移動距離から察するに1階に行った方が合理的だな」と考える頭が搭載されていたとしたなら…或いは爆発的な人気が出る移動手段になるかもしれない。我ながら仕事中にくだらないことを考えたものだ。しかしエレベーターの需要の数から考えても、くだらないで一蹴する内容ではないような気がする。移動のスピードや安定性を向上させるくらいならこれくらい効率的なエレベーターが近々出てきても良さそうなものだ。
Sep 12, 2007
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目が覚めたら7時だった。その時間にメールが来ることがわかっていたのだが、まさか4時に寝てその時間にビタで起きられるとは思ってもみなかった。これが俗に言うところの…楽しみで眠れない症候群というものなのかもしれない。まぁそんな言葉はないし俗にも言わないのだが、ニュアンスだけで理解してくれる方もいらっしゃるだろう、否いて欲しい(笑)2時間の睡眠も寝起き抜群ということでそのまま仕事に向かったのだが、やはりというか必然というか、お昼ご飯を食べた辺りから猛烈な睡魔に襲われた。それというのも、朝に勤務に入ってからすぐにトラブルが起こってしまったからだった。私は一応まだ新人とされているが、日勤ではもう1人として数えられている。それは想定できる範囲のトラブルには自分の力を持って解決できる力を持っていると見なされているのと同義であり、トラブルが起こったからといってそのトラブルが想定の範囲内であれば自力で解決しなけれbならないことを意味している。今回朝一で発生したトラブルはいつもとは言わないまでもよく起こる簡単な頻度のトラブルだったので私の力で充分に解決できたのだが、しかしそれを契機にどんどんと新しいトラブルが発生していった。まぁその中には私にも鎮めることの出来るものもあったのだが、しかしほとんどは私のスキルの範疇を超えていたものばかりだった。なのでその都度先輩に指示を仰いでいるうちに通常業務が滞ってしまい、それに手を回しているうちにまたトラブルが…といったような悪循環が何度も展開されていた。そのせいもあってか午前中はゆっくりすることが出来ず、結局3時間弱あくせくと走り回っている状況になってしまったのだ。暇よりは忙しい方が華だという言葉もあるように、確かに忙しいながらも新たなトラブルが起こった時の対応について研修していただいたので自分の力にはなったのだが、それ以上に先輩に迷惑をかけてしまったことが心に残っていた。このままではいけない、そう思ったものだった。同じ轍を踏むのは学ばないことだというが、しかしそのレベルを超えているものについて同じミスをすることは仕方の無いことだ。完全に同じミスを撲滅することが出来たのなら、それは仕事が出来ると言えるかもしれないが、人間味があるかというとそうではないような気がする。何をするにも感情や一挙手一投足に様々な臨機応変な対応が混じるからこそ人間であって、それが必要でないのなら全てオートメーションにすればいい。今回のことはそういう意味でも、臨機応変に対応すべく私の手腕が問われた内容だと言えるかもしれない、疲れたのは疲れたのだが(笑)仕事に行く時に大きなマンションの前を通りかかった。私の家よりも数倍以上も大きく豪華なマンションに、やはり市内に住むということはこれくらいの家に住むということなのだということを改めて痛感したとともに、いつかはこんなでっかいマンションに住んでやろうという野心を抱いたものだった。そのマンションの駐車場の前の電柱の陰に、何やら落ちているのを見かけた。始めはなんだかよくわからなかったのだが、近づいてよくよく見てみると、それはゴミ袋だった。京都に限らず、今やどこにでも指定のゴミ袋というものは存在している。それはゴミ袋を有料化することによってゴミを減らそうという動きの一環であるとともに、そこから税金を取ろうという策であることは自明だ。しかしながら私が見つけたそのゴミ袋は明らかにスーパーか何かのレジ袋のようなものに強引にゴミを詰め込んだだけのものだった。しかもそこには大きなバッテンのシールが貼ってあり「このゴミは回収できません」と書いてあった。それを見つけてから会社に辿り着くまで、私はずっと考え事をしていた。そもそもゴミ袋を有料化するメリットというのは先ほど挙げた点に尽きると思うのだが、しかしながらそれによって利を成すのは個人ではない。それは明らかに国の制度であるし、潤うとしたら国以外の何者でもない。ということは、そのような制度を敷かれた「だけ」の国民からしてみると、それに反発する動きが出てくるのも必然のことだ。例えばゴミ袋を有料化するという動きが国民投票にかけられて全会一致で可決したとしたなら、或いはそんなに目につくほどのゴミが放置されるということもないように思える。国の財源を思った政策が逆に国を苦しめることになるということもあるのだ。そのゴミはゴミを集めるという業者から見放されどうなるのだろうか?きっと誰かが拾って自分のゴミ袋に移し変えることもしなければ、ゴミ袋自体に名前が書かれていないので不当な方法で捨てた本人の元に帰ることもないだろう。つまり、私達が決めた方法に従わなければ会衆しませんよ、という謳い文句の裏側には「約束を守らない者には何の措置も行わない」という丸投げの精神が見え隠れしているということになる。かと言ってゴミ袋に名前を書くことを義務付けたとしてもその効果は非常に薄く、むしろ虚偽の名前を偽ったり、挙句には名前を書くことによってプライバシーが侵されてしまうことも考えられる。ではどうしたらいいのか?会社を目の前にして私が考え付いた結論は以下の通りだった。まずはゴミ袋を有料化するという制度に関してはそのまま続行していき、もしも定められたゴミ袋で捨てない人が1人でも現われたとしても、取りあえずはその段階では回収しておいて、後でペナルティを課すという方法が賢明だと思われる。地方には財源がある。それは様々な形で地方に均等に配当されるもので、一般的には地方交付金と呼ばれる。それはどのような基準で決まっているのかはおおよそ検討はつくのだが、そのような年間決まった額地方に支給されている額から決められたゴミ袋で出さない人がいた比率分の一定のレートを設け、天引きするようにすればいいように思える。それならばルールを守らない人がいればいるほどその地方の財政はマクロで見れば逼迫していき、最終的には個人のエゴで稼動が難しくなるところまで追い込まれることになる。この方法のいいところは「連帯責任」だということだ。自分一人のエゴで町全体に影響が及ぶとなれば心無い捨て方をする人でも考えるだろう、しかもそれはまわりまわって自分のところに帰ってくる事象なのだ。毎年年末の無駄な工事にお金を飛ばすのであれば、そのような切り詰め方も或いは良策かもしれないと思う次第だ。それでもこの方法にも穴はある。それは定められたゴミ袋でない袋で捨てた人がその地方に住んでいるかどうかを厳密に定義する方法がないということだ。例えば遠くに住んでいる人がその地方に偶然通りかかった時に捨てたゴミが定められたゴミ袋でなかった場合、それはそのままその町の品位を落とすことにも繋がる。やはりどのような策を講じたとて必ずそこを掻い潜ろうとする不貞の輩はいるというものだ。上記の方法がいいかどうかはわからないが、しかし回収もされず誰のものかもわからないままポツンと置かれているゴミは可哀相だと思う。せめて回収してあげるようにする為には…ある程度荒療治も致し方ないのかもしれない、悲しきかな今はそんな世の中なのだから。
Sep 11, 2007
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この頃は涼しくなってきた。都会という意識はないのだが、しかし一般的には京都は都会とされている。確かに様々な企業の支社が乱立しているところに住んでいるからかもしれないが、そのような光景はそれと無関係なところから見れば都会に見えるかもしれない。しかしながら住んでみるとこのようなところは非常に使い勝手が悪いという印象しか受けない。どちらかと言えばちょっと閑散としているところの方がリムーバブルな移動が可能になったりするので、ただ単に都会に憧れるからその付近に住むということは早計なような気がする。しかしながら私が今のところに住んでいるのはそのような一意の考えからなるものではない。交通の便・会社への実距離・買い物のしやすさなどなどを加味した上ではじき出した答えにちょっとだけ家賃を加えたような結果が今の家だと言える。それを証拠に住んでみてからというもの、家の傷みというか故障部分というか、そのような点が目に付いて仕方ない。まぁこれは住む上では我慢すれば済むだけの話なので文句も言うまい。今はこれくらいのハングリー精神があった方が仕事へのやる気に繋がるかもしれない。希望的観測なのだが(笑)そんな京都市内某所なのだが、やはり暑いものだ。都会は暑いと呼称されるように、私が住んでいるところも例外ではなく暑い。それは単純に風の通り道がないということも関係しているかもしれないが、しかしそれ以上にやはり都会ならではの暑さの原因が潜んでいるような気がする。それはアスファルトの量とビルの量だ。土とアスファルトを比べると、日光が照射された時間に比例した冷却機能はアスファルトの方が格段に低い。それに打ち水をした時の効果も全く比べ物にならないほどの違いを打ち出している。その面積が広い分だけ暑さを長い時間固着させる効果があるのだろう。他の地方では涼しくなり始めているようだが、しかし私が住んでいるところだけはそれを無視した暑さを展開しているというわけだ。まぁこれも9月いっぱいのことなのだろう、クールビズが終わるとともに温度も下降線を辿るだろうし、それまでの我慢だろう。私は我慢ばかりの人生のような気もしないでも無い(笑)自慢ではないが私は貧乏だ。それは隠すつもりもないし、仮に家がぼんぼんだとしても、そこに頼りたくはなかった。多分私の出生が違っていても、今の人生に変わりはないだろうし今の考えにも変わりはなかったと思う。それはなってみないとわからないのだが、きっとお金持ちの親よりも今の親の方が好きだと感じるのは、きっと私が今の人生を後悔していないからだと思う。そんな私だが、大学に行かせてもらい、その時のお金は親に借りている。そんな私だからこそかもしれないが、今まで人生は裕福に生きてきたことはない。独り暮らしをしてきたからかもしれないが、しかしだからこそ余計にお金にシビアになっているのかもしれない。自分の生活をぎりぎりまで切り詰めることが一時期マイブームだったし、だからと言って遊ぶ時には糸目をつけないのが単純解析した私の性格だと思う。遊んだ分だけ自分の生活に切り詰めるという形で還元すればいいという考え方はもしかしたらおかしいかもしれない(苦笑)そんな感じで日々生きているからこそ、食費と言う問題はかなり逼迫したものとして目の前にある。学生の頃は体を動かして勉強することは無かったので極論食べなくても良かったのだが、しかし働き出すとそんなわけにもいかない。食べないとそれがそのまま仕事の効率につながってくる。自分だけのせいならばまだいいのだが、しかしそれによって全体の雰囲気が悪くなるのはいただけないものだ。なので食べることにしているのだが、しかし欲望の赴くままに食べてしまったのでは貯蓄も出来ないし、いざという時の為に使えるお金を備蓄することも出来ない。なので日頃の生活における食費を切り詰める方法としてパスタがある。私の家の近くに激安でパスタを売っているところがあって、買い溜めしておけば1日1食150円で過ごすことが出来る。しかもお腹一杯になるという寸法だ。誰かと一緒に食べるならばそんなことは決してしないのだが、しかし1人で切り詰めることが義務付けられる時はいつもそうしている。これが私の生きていく知恵だと言える。毎日パスタだと飽きてくるものだが、もうこの生活も5年なので慣れてしまった。今では週に回はパスタを食べないと落ち着かない体になってしまった(笑)仕事を始めて給料が上がれば豪遊するという人は多くいる。それによって生活リズムが狂ってしまい太ったりしてしまうこともよくあることだと聞く。実際に私もそうなると思っていたのだが、なんのことはない、昔と生活リズムは一向に変わりそうもない。このままいれば今の体型を維持出来るかもしれないが、如何せん健康的な生活だとは言い難い。こんな時にいつも自分の為に食事を作ってくれるお嫁さんがいればいいなぁと思う。大好きな人にいつもご飯を作ってもらえる既婚者は素晴らしいと思う。それをありがたいと思えないということが私にはとても信じられない。22歳にしてこれだけの結婚願望があるというのもおかしな話かもしれない(笑)
Sep 10, 2007
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朝起きたら胸焼けがしていた。私は今までの人生の中で胸焼けをしたことがほとんど無かった。ほとんどと言ったのは恐らくあるかもしれないが、はっきりと自覚した胸焼けの経験がないという意味であって、もしかしたら軽度の胸焼けならなっているかもしれない。しかし今回の胸焼けはそんなレベルではなく、もうはっきりと、そして鬱陶しいほどに自己主張をしている胸焼けだった。ザッツ胸焼けとでも言えるレベルのものだった。理由はわかっている、それは単純に前夜の今の職場はこれでいいのか?談義に出ていたおつまみやらお菓子やらの量がハンパではなかったことだ。それを真剣に聞きながらもぱくついていた私は見事に胸焼けになってしまったというわけだ。そんなこともあって中々起きられなかったのだが、しかし起きないわけにもいかないのでのそのそと起き上がってきて、そして朝食を食べに行くことにした。出てきた朝食は見事に日本の古きよき時代の朝食と言ったような、王道であった。しかしこれを王道と呼ぶこと自体が私の朝食離れを如実に示しており、そしてそのような朝食に喜びを感じてしまうこと自体が貧しい生活を送っている何よりもの証拠だと言える。ご飯に温泉卵に海苔、鮎の開きに味噌汁、完璧だ♪これ以上ない朝ご飯だと言える。しかしそれでは芸が無いと考えたのかどうかはわからないが、そのような古き良き日本の朝食に何故か牛乳が混じっていた。最初は「限りなく牛乳に近い何か」かと思ったのだが、しかし両横に座っている先輩が全くシンクロした動きで牛乳らしきものに手を伸ばし、そして同じリアクションをしているのを見て察しはついた、これは明らかに牛乳だと(笑)そう言えば飛騨に止まった時にバスガイドさんが言っていたことを思い出した、飛騨は牛乳が有名だと。それにしても日本らしい朝食に無理矢理牛乳を入れてくるセンスに驚いてしまったというものだった(笑)2日目の予定はほとんど帰ることに終始していたのだが、しかし一箇所だけ寄ったところがあった。それはロープウェイで日本アルプスを眺めるというもので、幹事さん曰く一番面白いであろうスポットだった。景色のいいところは大好物なので、周りのリアクションとは反して結構ノリノリだったのだが、実際に行ってみると素晴らしい景色だった。幸いにして天候は良かったので、大きな山が連なっていて、更に高い山には雲が綺麗にかかっている様子まではっきりと見えた。風もひんやりとしていてとても過ごしやすかった。私には写真を撮るという習慣がないのでデジカメを持ち歩いておらず、その景色を上手く捉えることが出来なかったのだが、しかしあの景色は絶景だった。デートスポットだという話もまんざらネタではないと思えたものだった。そこからは本社に向けて帰ることとなった。やはり帰りのバスの中の定番と言える「皆が寝てしまう」という事象は例外ではなく起こり、静かな車内だった。バスガイドさんが暇そうにしているのが見えて、ちょっと可哀相だった(笑)そこに関連してなのだが…今回の旅行を引率してくれたバスガイドさんはどうやらかなり若い女性のようだった。女性というよりはむしろ女の子に近い感じだとも言える。大体社員旅行のように染み付いた行事にはベテランのバスガイドさんが着くものだと思っていただけに、そのギャップに驚いたのだが、しかしもしかしたらただの女の子に見えるだけで凄いスキルを持っているのかもしれないと思ったものだった。私のその予想は当たっており、そのバスガイドさんのスキルは遠くに見えるお城を紹介するという場面で如何なく発揮された。その場面は遠くの山の上にお城が見えているという観光スポットだったのだが、しかしバスが揺れたり方向転換を繰り返しているせいであまりよく見えなかった。バスガイドさんの「左をご覧下さい」や「右手をご覧下さい」と言ったような言葉はすぐに意味を無くすようなシチュエーションだったと言える。しかしそのような場面でも笑いを入れながら紹介していたバスガイドさんのプロ魂が凄かった。リアクションが薄くてもそれをフォローする術を持っていたし、何よりも勉強量がハンパではないことが見受けられた。若いながらも(おそらくは私と同年代くらい)仕事が出来るということはこういうことかと違う意味で勉強になったものだった。しかもそのバスガイドさんはちっちゃくてかなり可愛い子だった。笑うと猫みたいに可愛らしい顔になり、その度に係長は癒されていたものだった(笑)SAで休憩中私がトイレに行って帰って来てみると先輩の1人がそのバスガイドさんと和やかに話をしているのが見えた。そのストイックさは見習わなければならないと思ったものだった(苦笑)なんだかんだで結局私も寝てしまい、気がついたら栗東まで来ていた。もうすぐ旅行も終わりなのだと感じると少しだけ、ほんの少しだけ淋しかったのだが、同期の方と仲良くなれたのは収穫だったと感じている。他にも社長との勝負に負けてお金を吸い上げられた_| ̄|○その後可哀相だからと社長からお小遣いを貰った♪飛騨のお土産屋さんで「リアル熊(大)」という商品の思いっきり作り物チックなところに吹き出してしまった飛騨の中心部で「あんま・鍼灸 北斗治療院」という建物を見てこれは効くだろうなぁと思った宴会でのじゃんけんゲームで勝って賞金をゲットした♪酔いのせいか専務から同じことを5回も言われて苦笑いするしかなかった中井さん(過去の日記参照)に恋愛論について説教された先輩の新たな門出について聞かされた書ききれないことばかりがあった。楽しくなかったと言えば嘘だ。やはり社員旅行は楽しかった、確かに面白くないこともあったが、総括すると面白かったと言える。みんなでワイワイ騒ぐのはやはり楽しい。それを思うと根暗ではないことを自覚するから不思議なものだ。来年の今頃はまたこうして参加できるだろうか?きっと参加しているに違いない、しかし新たに入って来るであろう新人さんに社員旅行での立ち振る舞いを講釈していそうで怖い(笑)来年のバスガイドさんも今年と同じくちっちゃくて笑顔の可愛いバスガイドさんならいいなぁと思いながら帰路についたものだった。
Sep 9, 2007
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社員旅行記の続きになるわけなのだが、ここからがこの旅行の真骨頂だ(笑)では本題へ。浴衣があんまり好きじゃない。それは単純に私の病気が起因している。私の病気を受け止めてくれる人がいるとわかっているのならば浴衣自体は大好きなのだが、しかしそのような考えが未知数な人の前に浴衣で出て行くほどの勇気はない。浴衣自身は大好きなのだが、それを見る人次第で着方を変えないといけないというところが気に入らない。温泉を上がってからというもの、ちょっとだけ浴衣を着ようと思ったのだが、はと思い出してそれをやめた。やはり気持ちよくお酒を飲める場を作るということにも提供しなければならないというものだ。ここで浴衣は明らかにバッドチョイスだ。というわけで社員旅行の宴会の場なのに浴衣を着ないで行った。会場にはもう既に何人かの人が集まっており、和やかに談笑をしていた。しかしそこから私の戦いは始まっていた。まずは幸先よく一番下座を獲得した。ここが一番場の流れを読みやすく、且つ様々な動きに対応しやすい場所だと言える。これはいいことがあるかもしれないと思ったのだが、しかし現実はそう甘くはなかった。そうしているうちに社長がやってきて、遂に宴会はスタートした。宴会における一挙手一投足は社会人マナーがあるか否かを如実に示している。まず宴会における新人の動き方というのは、お酒を注ぎに行くことに終始する。勿論その時に自己紹介を軽く織り込んでいくことも忘れてはならない。そのようなニュアンスのことを社員旅行何日か前には先輩から聞いていたので、一応宴会場を見てからはどのように動くかのシュミレーションはしておいた。しかし社長の挨拶が済んで、実際に宴会が始まってからははっきり言って戦争だった。それというのも新人というのが私だけではないからだ。宴会が始まると同時に新人全員が社長にビールを注ぎに行くということをしてしまったせいか、上座は最初から殺伐とした空気になってしまった。フライング気味にスタートした私は一番に社長のところに辿り着いたのだが、まぁわかっていたことだが社長に注がせてもらうことは出来ず、逆にビールを注がれてしまう結果になってしまった。社長直々に注いでくれたということで、その場で飲み干さないという手段はありえないということで…慣れない一気飲みをした。しかしその飲み方が気に入ったのかどうかはわからないが、また社長に注がれてしまう結果になってしまった。その時点で大分アルコールのまわる速度が速かったのだが、しかし次に専務・課長・係長・主任・リーダーと注いで回らないといけないので、社長はその辺にしておいて次に行くことにした。次は課長なのだが、流石に課長ということで返盃の技術がハンパではなかった。注いだと同時に私のグラスにも注がれていた。社長の時と同じで飲まないわけにはいかないということでそれを飲み干した。次は関東支部の課長なのだが、勿論というか当然というか…その課長にも注がれてしまった。勿論ここも飲み干す。次は係長なのだが、関西の係長は私が最初の飲み会で24杯飲まされて潰れたということを知っているので抑えてくれたものの、しかし関東支部の係長はそれを知っているはずもなく、まぁ注がれてしまった。この辺りからはもう真っ直ぐに立てなかったような気がする。許容量としてはまだまだなのだが、しかし一気飲みを連続したので余計に回りが速く、主任・リーダーと終わった時にはもう課長からストップ命令が来たところだった。この段階で宴会から30分くらい経ったのだが、そこで私は初めて自分の席に戻りご飯を食べられる状態になった。その状態でご飯を食べたのが悪かったのか、そこからは気持ち悪くなってしまった。これはまたあの時の再来かと思ったのだが、しかしそこはなんとかふんばって耐えていたのだが、ここであの時間が来てしまった。そう、余興の時間というわけだ。まずは軽く挨拶をしたのだが、私はもう限界で限界で…立っているのが精一杯の状態だった。そんな状態を察してくれたのかどうかはわからないが、社長も課長も余興の話はしなかった。どうやら何もしなくてもいいということになったらしい。私のせいかもしれないが、しかし後から聞いた話、理由はもうひとつあったらしい。それというのも、新人紹介の場に立ったのが男だけだったら余興は確定だったのだが、しかし新人の場に立ったのが男だけではなく総務もいたからというのが主な理由だったようだった。流石に女の子に何かしらの宴会芸をさせるわけにもいかないということでご破算と相成ったわけだ。酔った頭で一生懸命に余興を考えていた自分が馬鹿らしくなってしまったものだった(笑)結局ご飯もろくに食べずにビールを注ぎにまわっていた私の評価は悪いもので、誰だかはわからない上司に「もっと動いていかないと」と注意を受けたものだった。言っては悪いかもしれないので言わなかったのだが、開始から動き出して30分間注ぎにまわっていたにも関わらずそんなことを言われる謂れはない。ならどうすればいいのかと問いたくなったのだが、しかしたかが飲み会くらいにそんなに躍起になっているというのもバカらしいので反論は避けた。そんなところでしか粋がれない人間がいることも充分にわかっている、そんなところに反論するほど無駄な力は使いたくないというものだ。二次会もあったのだが、そこは本当にいただけというか…飲む気にもなれずにただただ先輩の話を聞いていただけだった。まぁ私のことを心配してくれる先輩もいらっしゃるので、それはありがたい限りだ。無事に社長にも挨拶を済ませることが出来たので、成果は上々だと言える。まぁそれも作られた成果なのだが(笑)それで解散となり…その後は私の現場のメンバーが1つの部屋に集まって今の現場の行く末について語り合った。勿論私はまだ口出し出来るレベルではないので聞いているだけだったのだが、しかしそれにしても難しいレベルでの話が多かった。ためになったのは言うまでもない、裏の事情が知れたのだから。その会合も1時間の休憩を挟んで5時間ほど行われ、そのまま全員が眠ってしまった。前日にほとんど寝ていないこともあってか、私もすぐに寝てしまった。なんだかんだで得られるものの多かった1日目だった気がする。遠くまで旅行に出かけても仕事の話しかしないのは考え物かもしれないが、しかし今後のことを考えるのであればやらないわけにはいかないことであるのもまた事実だ。そういう意味では充実していた日だったかもしれない(笑)
Sep 8, 2007
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結局なんだかんだと時間になるのを待っていながら考え事をしていると、寝ることが出来ずにその時間を迎えることとなった。まぁ基本的に社員旅行とは言ってもバスでの移動がメインになるので、その移動の間は寝られると想定してのことだったのだが、後から考えるとこの安易な考えが大きな痛手を生んだような気がする。午前7時半、そろそろ準備しようと思いまずはお風呂に入って目を覚まし、そして荷造りを始めた。基本的に私は何時間も前から準備しないと気が済まないたちなのだが、今回だけは何故か早めに準備しようという気になれなかった。それは或いはモチベーションに起因していることなのかもしれない。やる気があると楽しみという要因が加わってくるので、準備も自ずと早くなってくるというものだ。しかし今回は先日のブログにも書いたように不安材料あっての旅行だということで…思いのほかモチベーションも上がらなかったと考えられる。而してテンションが上がらないとは言えども行かないわけにはいかない、行かないとボーナスカットなのだ。それだけは絶対に避けなければならない事象だ。というわけで限界まで己の意思を貫いた結果の30分前準備ということになったわけだ。いざ出発する時間になり、続々とバスに人が集合してきたのだが、少し面白いものが見れた。それは私がちょうどバスに来た時から発生していることだった。一応集合時間は午前8時15分で、寝られなかった私は7時半に集合場所に行ったのだが、その段階でもう社員旅行の幹事さんと1名の方がいらっしゃっていた。まぁ時間が早いということもあって他の社員さんが来るのを待っていたのだが、その時北の方角からオレンジの服を着たランナー風の男の人が走ってきた。年齢はおよそ30代なのだが、何故か私達のバスの前で走るのを止めて腕組みをして私達のバスを凝視し出した。最初はただそこの地点で休憩しているのだと思っていたのだが、5分経っても10分経っても動こうとしないので何かおかしいと感じ、そこからずっと彼の観察をしていた。その後もぞくぞくと社員の方が集まって来られて、いよいよ出発の時になったのだが、そのオレンジのランナーはまだ動かない。誰も知らないだけでもしかしたら社員かもしれないという噂まで立ち始めた頃、ようやく出発の時間になりバスは動き出した。するとそれを見届けたかのようにオレンジのランナーは反対側へと走って行ったのだ。あれにはバスに乗っていた全員が「のらねーのかよ!?」とツッコミを入れたものだった(笑)まぁ珍道中の始まりとしてはなかなかシュールばボケだったと思えなくも無い(笑)バスは一路岐阜県へと向かって行った。目的地は岐阜県飛騨高山ということで…あまり行ったことがないので純粋に楽しもうと思ったものだった。岐阜県飛騨高山と言えば地理に疎い私が一番に思い浮かんだのは「白川郷」なのだが、どうやらそこはスルーしてもっとベタな旅行にするということだった。着いたのは安川通りに面する飛騨の中心地らしいところだった。そこは昔から小京都と呼ばれるような場所で、道をとっても川をとってもなるほど、京都に似ているところが多く見受けられるものだった。しかしそのスケールはやはり本家に敵うはずもなかった。まぁあくまで個人的な見解を述べるのであれば、私はスケールの小さい方が好きなので、あながちしょぼいと決め付けるものでもなかったということだった、他の方の意見は知らないが(笑)名産は飛騨牛と高山ラーメンということで、高山ラーメンを食べてみた。流石に関西と関東の堺だけあって、味に関してはあまり関西にないような趣向のものだった。それが新鮮でとても美味しく頂くことができた。また来る機会があれば食べるとしよう♪ここまでは普通の旅行っぽくていいのだが、問題はここからだった。高山散策も終わり、宿に行くことになったのだが、その車中からどんどんブルーになってきたものだった。それは宿に着く→温泉に入る→宴会→余興という図式になるからだ。楽しい部分もままあっただけに、今からそのイベントが待っていると思うとブルーにならざるを得ない。特に私はそのようなことを率先して出来る方ではないので余計にというわけだ。しかし今は忘れることにして、新たな楽しみを温泉に見出すことにした。ホテルに着いてみるとそれはそれは大きなものでこれは温泉も期待できるものだと思った。部屋に入ってあまり時間も置かずに温泉に向かうこととなった。しかしいつものように問題が勃発した。私は病気だ。しかも皮膚の病気だ。小さい頃はそのせいで全身に引っ掻き傷に似たものがあった。何もわからない子どもの頃はまだ良かったのだが、物心ついてくると他人と違う体を持っているということがコンプレックスで仕方なかった。なので出来るだけ体を見せないようにしていた。見て顔を顰められるのが嫌で仕方なかったからだった。今回の温泉も個人的な部屋についているお風呂ではないということで…先輩方が先に入る中トイレだなんだと言い訳をつけてグズって結局誰もいなくなってから温泉に入った。やっぱり広いお風呂は気持ちのいいものだ、こういう温泉が好きな時点で日本が一番好きだという証明だったかもしれない(笑)お風呂から上がったということはいよいよ宴会の場だ。しかしここからが少し長くなるので…続きは後半ということにしておこう。前半までの良さが果たして引き続くのか、それともダダスベリの様相を呈するのかを決定すると言う意味では、ある意味ではここがこの旅行のターニングポイントだといえなくもない(笑)
Sep 7, 2007
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本当に気持ち悪い天気だ。暦の上ではもう秋だというので、気候的にもそれを望むのは地球温暖化の見地からはおかしいことなのだろうか?一応私は季節の変わり目が好きではあるので、これからの季節徐々に過ごし易くなってくると思っていたのだが、曇りなのに30度台を越しているということはその期待を見事に打ち砕かれた結果だと言える。暑い日は暑い日でもいい天気の時の暑い日と曇天の暑い日では圧倒的にその過ごしやすさは違いを見せるものだ。風が生ぬるく、それでいてむしむしするような天気というのはそれだけで滅入ってくるというのは恐らく私だけではないはずだ。まぁこのような天気ももって9月いっぱいというところだろう。それ以上続くようなら、それはそれでまた異常気象だと言えるかもしれない。冬の寒さが続くならいいが、夏の暑さが続くというのはそれだけで気分が晴れないというものだ。今日の仕事はそわそわしていた。それというのも、明日からは社員旅行だからだ。はっきり言って今の馴染みレベルで社員旅行に行くというのも考え物のような気がしないでもないのだが、しかし逆に言えばこれはチャンスだとも言える。私の会社は関西支部が大きな力を持っている会社なのだが、勿論会社は関西だけにあるものではなく、関東にもしっかし営業展開している。関東支部の拠点は東京にあり、むしろ私が行っている業務よりもハイクオリティな仕事がそこでは行われている。つまり私のような末端業務をするのならば関西で、関東に行くということは専門的な技術をかわれた人だということだ。関西から急に関東に転勤になったということはある意味では出世を意味することかもしれないのだが、しかし関西という極めて狭義な世界で生きている私からすれば、それを素直に喜ぶことは出来ないかもしれない。つまり関西支部と関東支部を単純に比較すると、スキルやノウハウをとっても関東支部の方が圧倒的にクオリティが高いとされている。しかし関西関東の距離的隔たりがあるように、関東支部に素晴らしい人が集まっているとは知っていても、その方々と顔を合わせる機会というのは本当に稀だ。一応1年のうちで2度だけチャンスがあるのだが、それが4月の社員が全員集まる場か社員旅行の2つになる。東京のえりーとの方と会う機会…これは顔を売るチャンスかも♪実際に私が今いる現場でカリスマとして名を馳せていた伝説の人物も東京にいるらしく、ソリューション本部があるのも東京のようだ。この機会に顔を覚えておいてもらうことが悪いことだという可能性は0に近い。私の現場で生きながらにしてカリスマと称えられる人に会えるというだけでも社員旅行が楽しみになってくるから不思議なものだ。しかし!!!!手放しに喜べない事象があるのもまた事実なわけで…先日のブログにも書いたが、これを書いている今の段階でもまだ宴会時の余興に何をすべきか決まっていないということだ(以前のブログ参照)コメントをくださった方から貴重な意見を頂いたものの、それは私にとってはハイリスクな賭けであって、未だに「うん、それで♪」と言えるモチベーションにまでは到達していない。社長に気に入ってもらう&東京のエリートさん達に顔を覚えてもらうにはやはり余興でバシッと決めるしかないのだが…しかしながらスベった時の空気に耐えられるほど鈍感には出来ていない。だからこそ余計にそのジレンマに苛まれるというわけだ。こればっかりは場の空気を見た上で決めるということで今は忘れることにしよう_| ̄|○まぁ様々思惑はあれど、しかし仕事以外で先輩方と触れ合うのも初めてのことだ。それが少しだけ楽しみと言えば楽しみかもしれない。というわけで短い期間だが、行ってくるとします。目的地は行き慣れているので今更お土産がどうとかということを考えなくてもいいのがせめてもの救いかもしれない(笑)
Sep 6, 2007
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ちょっとはまってます(笑)アニメと言えばドラゴンボールに始まり様々なものを観てきたつもりなのだが、こんなにはまったのは久しぶりな気がする。今は便利なもので様々な動画ツールがあるので、VHSやDVDになるのを待つことなくほぼリアルタイムで観ることが可能になっている。それを最大限に生かして、先日まずは最初の方を全部観た。私の中ではアニメというのは戦いや恋愛のあるものがほとんどだという認識だったのだが、しかしこのアニメはそのような常識を見事打ち砕いてくれた。何と言うか…謎が深まっていくばかりと言ったような内容に物凄く惹かれる。日本のアニメの技術は秀逸だという話を聞くが、そのような技術に脚本が加わるとここまで素晴らしいものが出来上がるのだと感心したものだった。今のところは「解」を8話まで観た。今後が楽しみだ♪先日遠くに住んでいる友人と電話で話をした。先日とは言っても正直な話昨日のことなのだが、しかしその時少し面白い話題で盛り上がった。今回はその内容について少しだけ書いてみようと思う。テーマは目的意識とは?だ。私の住んでいるところではほとんど見かけないが、しかし確実に存在しているものとしてネカフェ難民がある。確かに以前に名古屋に行ってネットカフェに行くと、もうそこに棲みついているような人も数人だが見かけた。自分の近くにないとどうしても全く関係のない話に思えてくるのだが、しかしそのような状況を実際に見ると、やはりそのような事象は生きているのだということを実感するから不思議だ。ネカフェ難民のほとんどが何故そのような状況になっているのかというと…単純に仕事がないからというのもあるかもしれないが、しかし私には1つの可能性が見えてくる。そのような人の中でもマイノリティではない意見として高い「目的意識」がある。何か大きなことを成そうと野望を持っている人、今の環境が納得できるものではないにしても何かしら自分のやりたいことには制限を設けている人、そのような人が往々にして日払いの仕事をして生きながらも自分の本当にやりたいことを模索している、そんな気がする。そのように生きている人を私は凄いと思う。自分の生活を顧みないで大きな目標に向かって生きている。それが社会的に虐げられることがあったとしても、それにめげることなく真っ直ぐに目標を見据えている。そのような人達が私なんかよりも相当に偉いように見えて仕方ない。私が今の仕事に就いたのは長年の夢が内定という形で実ったというものではなく、むしろ自分という人間を見出してくれた会社があったからというのが本音だ。これは何度も書いているかもしれないが、仕事に向き不向きなんて存在しない。それは出来ない人が造り出した言い訳なのであって、何事も突き詰めるまでやってみないと本当に向いているかどうかなんてわかるわけがない。その段階まで行かずに「向いていないから」という理由で仕事を辞める人は逃げているのだと私は思う。いくら言い分があろうが、それに正当性がない限りは逃げだと取られても仕方の無いことだと思う。それが最近の若者には非常に多いような気がする。下積み時代がキツイのはどの仕事も同じだ。それが嫌だから辞めるならどの業界に行ったとて同じ結果が待っている。まぁちょっと本筋からずれ始めたのでこの辺りで割愛するが…。仕事自体に興味があったのは本当だが、自分が大好きな仕事に就いたかと言うとそれは胸を張ってそうだという自信はない。しかしやってみないとわからないという未知なる心境で挑んだのは事実だ。私の知り合いにも私よりも年上だがフリーターの人がいる。その人もまた遠方に住んでいて、今はどうしているのかはわからないが、今も変わらずに生活していると思う。その人が何故フリーターなのか、それは大きな志があるからだ。今となっては、私はその知り合いが凄いと思えるようになった。それは自分が仕事に就いたからだと思う。その段階に入ってみないとわからないことは多くある。その人はいい、大きな志とそれに見合った努力をしているのだから。しかし20代も後半にして未だフリーターをしながらのらりくらりと生きている人がいることが私には信じられない。しかも今の自分の人生設計をどうしようかと真剣に悩むことなく、今が楽しければそれでいいという考え方で生きている人を見ると、どうしようもなく哀れに思えてくる。今の生活でいいのかどうかを悩むことなく、むしろ同じような人が集まるところに出向いてそのことを考えないようにする、傷を舐めあう、それが私にはとても信じられない事象だ。類は友を呼ぶというが、楽観的で今しか見ていない人の周りにはそのような人が必然的に集まってくる。場のモチベーションはどんどん下がるというわけだ。そのような人に限ってよく言うのがこれだ。「仕事が見つからないんだよ」それも悲しきかな言い訳だ。若い頃に努力しなかったツケがまわってきただけの話だ。それが今の状況を容認する言葉には決してならない。常に自分のことを考え努力してきた人が言う言葉ではないし、状況でもない。まぁそういう人もいるのだと私にとってはそのような人は関心の対象にもならないわけなのだが。それを思うと先行き不安でも若い頃に遮二無二動き回ることは大切だと思った。私は後一歩遅かったらそのような人の仲間入りをしてあぁだこうだと自分の首を絞める愚痴を言っていたかもしれない。そう思うと…今の生活も恵まれているのだと思えるから不思議だ(笑)
Sep 5, 2007
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久しぶりに雨が降っている。台風が来ているということらしいが、そのようなことは知らなかった。やはりあまりテレビを観ないというのは情報が得られないという観点からもデメリットが多すぎるような気もするが、普通に続けている習慣を無理矢理変えるのは難しいというものだ。テレビを点けたとてすぐに面白くなくて消してしまうというようなことを繰り返してしまう。まぁ私としてはテレビはあっても無くても同じようなものなので構わないのだが。テレビが面白いと思うのはニュースを見ている時くらいだ。ニュースは無駄なくその時起こった出来事を伝えてくれる。芸能ニュースなどの卑近なニュース以外はためになることを報道することが多いので見ようと思うのだが、どうもそのようなニュースは統計的に健全な時間に放送されることが多い。仕事を始めてからというもの不規則な生活が始まっているのでそのような時間にゆっくりとニュースを見るというのもかなり稀な事象だ。まぁ往々にして社会人になるということはそのような要因も孕んでいるという考え方も出来る。それを思うと、このような生活をしていることもまた自分が一歩成長したことから生まれた軋轢だと思えるので不思議なものだ。礼金というのがどの程度世の中に浸透している概念なのかは知らないが、これは考えてみると不思議なものだ。京都市内では家を借りる場合、大体平均して家賃の1.5倍くらいの礼金が掛かってしまう。これは相場としてはどうなのかわからないので一概に高いとは言いにくいのだが、それは私がずっと京都で1人暮らしをしているからこそ思うことかもしれない。礼金はよく敷金とセットで捉えられることが多い。敷金と礼金の説明をわざわざこんなところでしようということはないのだが、それにしても敷金は透明性が、礼金は意図がわからないお金だと言える。そもそも礼金などという制度は賃貸にしか適応されない特殊な概念だと思う。部屋を借りるというケースにおいて、簡略化すると借りる側が貸す側に「貸してくれてありがとう」とお金を渡しているという状況になる。しかもそれは小額の気持ちを表すものではなく、賃貸物件の家賃に比例しているから不思議なものだ。以前の私はそのような礼金が人が住むことで起こりうる可能性に備えたお金だと思っていたのだが、それも1人暮らしを始めて暫くしてから違うということに気づいた。例えば自分の不始末で部屋で家事が起こってしまったとする。その場合勿論自分の不始末なので借りた側に賠償責任が発生するのだが、それを礼金で賄うということは事実上出来ないことになっている。それは賃貸物件の更新時に火災保険や地震保険に加入させられることから鑑みても事実だろう。むしろ私としては礼金はそのような使い方をされて然るべきだと思う。意図して家事を起こす不貞の輩の存在もそのような制度にすれば排斥される。むしろ礼金の使い道・意味が不透明だからこそ保険金殺人のような制度の裏をかいた悪行が横行してしまう誘因になるような気がしてならない。物を借りるというシチュエーションは生きている上ではよく見られることだ。しかしそこに「貸してくれてありがとう」というお金を払うことを制度化しているのは賃貸だけのような気がする。気持ちで何か物品を渡すとかお金を幾らか包むというようなことは慣習としてはあるかもしれないが、少なくとも義務ではないはずだ。それを制度化できているというのは或いは凄いことかもしれないが、しかし良い意味では決してない。考えられる可能性としては他の財を使用する場合よりも財の単価が高いからということが挙げられるのだが、しかしそれも言い訳のような気もする。高いんだから払えというソフトな脅しにも聞こえるわけだ。むしろ財が家という生活の基盤だからこそそのような無茶な要求も飲んでしまうだろうと考えた隙間産業だと言えなくも無い。家を貸すといのはある種事業だ。それをボランティアで行うには事象が大きすぎる。なので礼金という制度があるのかもしれないのだが、それならばそれでアパートを清潔にする為の努力を大家さんがしていいもののように思える。事業というものはそういうものだ、何もしなくても入ってくるお金があるのならそんなものは事業とは呼べない甘えだと言える。今まで住んできたアパートの大家さんはアパートを清潔かつ住みやすい環境にしようという努力をしていたとはとても思えない。はっきり言ってしまえば放置だ。その為に礼金が割かれているというような行動を示してくれたら或いは気持ちよく払えるお金かもしれない。しかし額が額だけにそのような行動が見えないままに放置されてしまうと余計に礼金のあり方について考えてしまうというものだ。それとは別に敷金の透明性についても疑問が残ることになる。概念的には敷金は退居時に返ってくるとされている。しかし普通に生活していれば生活痕というものが発生したり何かしらの不具合を家に与えてしまうこともある。そのようなことが1つでもあれば敷金から天引きして次に住む人の為の環境を整えることに使われる、それ自体には問題がないように思える。しかし私が透明性と言ったのは、どの部分が傷がついていたり傷んでいるからどの程度のお金が必要だから引いたという明確な基準が入居側に掲示されないということがあるからだ。一応形式的にはこれだけの額が必要だから敷金から引かせて頂きましたというようなニュアンスのことを伝えられるのだが、それが借りている側が納得できるものかと言うと必ずしもそうではない。意見というのはぶつかり合うからこそ意味がある、その基本通念を無視した手法だと言える。もしも敷金というものを確実に透明性のあるものにするのならば、家の傷みを想定してどの部分がどのレベル傷んでいるのかという表を作成し、どの部分は生活においてどの程度の影響を与えるかを鑑みた上でのチェックを入れていくという手法を取り、尚且つ最終的にはそれを借りていた側に開示するということが必要だと思われる。借りる側と敷金を天引く会社が別であること・そして借りる時には敷金を査定する会社のやり方が見えないという賃貸条件に於いてはそのような制度が導入されて然るべきだと思うのは私だけではないはずだ。まぁそんなことは言っても家は生活の基盤であるので、不当な条件だとしても飲まなければならないというのは現実に起こっていることだ。礼金をふっかけられた、敷金の取り方が不当だ、そのようなことで泣き寝入りをしている人が多いことは実家暮らしには絶対にわからない概念だと思う。だからこそそのような制度は早めに透明性のあるものに是正すべきだと思うのだが、それも何時になるやらわかったものではない。今のところそのような制度に抗うには同じ部屋に長く住み続けるということしかないのかもしれないが…恐らく私が今の部屋を出て行く時も揉め事の1つや2つ起こってもおかしくない気がする。今の部屋を何時出て行くのかはわからないが、その時に平和的解決が出来るとは私の経験上有り得ないと思ってしまうのもまた…悲しいことだ。
Sep 4, 2007
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髪になりたい。唐突な書き出しになってしまったわけなのだが、これは私の長年の悩みでもあることだ。ふわっとしたとは言っても具体的にどのようなものなのかわかり辛いところもあるのだが、それは今の私の髪質がそれとは程遠いものだからこそ生まれた悩みのような気がする。私の髪は一応はストレートな髪質なのだが、如何せん猫毛なことも関係してか全然ボリュームが多く見えない。長くなってくると野暮ったいイメージがないという点ではメリットかもしれないが、それはそのままワックスを使っても髪の毛を持ち上げることが不可能なことを意味している。街を歩いているとよくふわふわでツンツンな髪の毛の男の人を見かけることがあるのだが、私は長い間密かにそのような髪型の人に憧れを持っており、自分の髪質がコンプレックスでもあった。まぁこと私においてはコンプレックスではない部分がないという大前提があるのだが(苦笑)中学時代の私はワックスを使って髪の毛を触るということをしたことがなかった。それに髪の毛を切るとは言っても特に拘りがあるわけでもなく、家に近いという理由だけでそこいらの散髪屋さんに行っているようなオシャレの欠片もない中学生だった。しかし高校の頃に好きな人が出来てからというもの、その考えは一新され、少しでも当時の髪型の持つイメージを払拭するような努力をしてきたものだった。しかし今まで気を遣わなかった部分でいきなり気を遣ったからといってすぐに改善されるほど甘いものではなく、私の高校時代の努力というのは「努力の甲斐なく」で片付けられるようなものだった。私の写真はこのブログが出来てから一度だけ短い期間載せたことがあった。それを見ることが出来た方が何人いらっしゃるのかはわからないが、しかしそれを見たことがある方がいらっしゃると仮定するのならば、つまりはあの髪型を生まれてからずっとしているというわけだ。要は遊びのセンスがないと言える。特に珍しい髪型でもないし、髪の色も黒だしと…一言で言ってしまうならば「普通」だ。まぁ私が髪の毛を染めないのには少しだけ理由がある。それを書き始めてしまうと少し長くなってしまうので割愛するとしよう(笑)似合う髪形がないというのは結構な悩みだ。出来れば自分に似合った髪形をしてみたいものなのだが、しかしそれが何かなのかわからないので如何ともし難い。ゴールがわからないままスタートするようなものだ。ただ1つだけわかっていることは、坊主は無理だということだ。私は頭の形が極端に変なので、恐らく坊主にしてしまうとじゃがいもが歩いているというSF的な雰囲気を醸し出してしまう可能性が懸念される。しかしだからと言って伸ばすことも難しいことになってしまった。学生時代ならいざ知らず、働きながら髪を伸ばす行為というのは男が髪の毛を伸ばす行為がそこまで認知されていないことを考えると非常に決断には勇気がいる事象だと言える。髪の毛の質的にふわっとしていないなら、どうせなら思いっきり伸ばしてやろうかとも思うこともあるのだが、しかしそこにも踏み切れない微妙なポジションにいるとも言える。どなたか京都市内のいい美容院を知らないだろうか?今日の内容は本当にカテゴリの名前に起因する中身になってしまったかもしれない。くだらない話というカテゴリを加えてからしばらく経つが、これに分類される話が私の身近には多すぎるような気がする(笑)
Sep 3, 2007
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ほん数時間前の出来事だった。もしかしたら当たり前のこと過ぎて敢えてこのような形で書くようなことではないかもしれないが、当然のように私は知らなかったことだった。しかし良い勉強になったのは言うまでもない。ちょうど昨日の話だ。夜勤前ということで、家で晩御飯なのだか昼ご飯なのだが厳密には定義しにくい食事を取ろうと思っていた。起きた時間や出発しなければならない時間、着替える時間に通勤時間を鑑みてものんびりと食事を摂る時間は多くあった。なので久しぶりに饂飩でも食べようと思い、お湯が沸くのをのんびりと待っていた。饂飩とは言っても勿論粉から作るわけではない、まぁ昔は粉から作ったこともあったのだが、それも小学生の頃の調理実習の一環のことなので作り方の詳細ははっきり覚えていない。しかしそのようなプロセスで作った饂飩は最高のもので、それ以来饂飩が大好きになったものだった。1人暮らしを始めてからというもの、麺類に依存することは多く、量が少なくてもお腹が一杯になるという利点にお世話になることも多かった。今もまた一人暮らしを再開したということで、また麺類を買い込んでエンゲル係数を下げる努力をしているというわけだ。麺類最高♪などと思いながらお湯が沸くのを待っていて、いつも通り慣れた感じで饂飩を作った。今はまだ残暑も厳しいということで、冷やし饂飩にすることにしたのだが…今になって思ってみるとそれが間違いだったかもしれない。出来上がった饂飩を食べていたのだが、久しぶりに作った饂飩ということでたくさん茹で過ぎてしまった。まぁこれは冷蔵庫で保存しておいてまた仕事から帰ってきたら食べようとなんとなく思っていたのだが、気がつくとまったりし過ぎていていつの間にやら仕事に行かなければならない時間になってしまった。急いで着替えて用意をし、お皿に盛ってある饂飩を「そのまま」冷蔵庫に入れて急いで仕事に出かけた。夜勤も終わり、鬱陶しい日差しの中家に帰って来た。すぐに寝たいのは山々だったが、まぁs昨日の饂飩を食べてからでもいいかなと思い冷蔵庫を開けてみると…饂飩が…私の饂飩が…ベビー○ター○ーメンみたいになってました_| ̄|○よく考えてみれば当たり前のことだ。冷蔵庫の構造はただ単に中にあるものを冷やすという効果ではない。冷やす過程には水分を飛ばすという効果があるのだ。逆に電子レンジは水分を温める効果があるのであって、当然物そのものを温める効果はない。氷を電子レンジに入れても溶けないのはそのような構造だからだ。私はそんな基本的なことを急いでいるというだけの理由ですっかり忘れてしまったのだった。ベ○ース○ーラーメンと化してしまった饂飩を見つめて思った、サランラップをしておけばなぁと…。しかし干からびかけている饂飩は見つめていても復活はしない。というわけで、自分の愚かさを呪いながらも流水で復活を図った(笑)しかしいくら水をかけていてもなかなか復活しない。夜勤明けの眠さも関係してか、しばらくしていて諦めて復活した饂飩を美味しく食そうと妥協してしまった。そこで思った。干からびた饂飩って…乾麺の戻す前より不味い_| ̄|○麺類に世話になっている者としては、これは麺類を冒涜する行為だったかもしれない。しかしこれは貴重な発見だと思いたい。サランラップのありがたさに文明の利器の凄さを見出した出来事だった(笑)
Sep 2, 2007
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双子の定義は変わったのだろうか?私が小学校の頃に習った双子の定義というのはかなり前に改定されたらしい。それは双子のどちらが兄や姉になるかといったものだった。私が双子の兄弟・姉妹決定について知った頃は、先に生まれた方が弟・妹というものだった。それを聞いて不思議に思ったのを今でもはっきり覚えている。時系列的に鑑みて、母親の胎内を中として、外界にいる時間が長い方が姉や兄になると思っていた。普通の兄弟・姉妹を考えてみてもその概念に基づいているのだと勝手に勘違いしていたのだ。しかし私が習った旧式の概念では、先に生まれた方が弟・妹だということらしい。なので当時私はある仮説を立てていた。母親の胎内から先に出てくるということは、産道に近い位置にいるということになる。ということは胎内では先に出る方が下にいることになる。ちなみにこれは母親が立っているという状況に起因しているというのは言うまでもない。ということは、双子を身篭っている母親を客観的に見た場合、上下の概念で言えば先にいる方が後に生まれる方よりも下にいることになるというわけだ。何に於いても上座・下座を気にする日本人らしく下座にいる方が上座にいる方よりもちょっとだけ劣るということで妹や弟にされているのだと思い込んでいた。当時の私はこの発見を奇跡の発見のように思っていたのだが、今になって考えてみるとなんて稚拙な考え方だと思う(笑)まず第1に、双子のどちらが兄や姉であるかの概念は日本だけのものではないということだ。海外には上座や下座の概念はおそらくないだろうし、よしんばどこかにあったとしても、それが医学の基準になるかどうかを考えると、それは有り得ないことだということだ。第2に、位置的に下だから下座というのは早計だということだ。流石小学生の頭だと言えばそれまでの話なのだが、下だから下座というのは少し面白い考えのような気もする、説得力はないが(笑)まぁそんなことを考えていた頃もあったなとふと思い出した出来事だった。今日は久々に実家に電話をかけた。仕事の忙しさと両親が過度に心配するということが煩わしくてなかなか連絡を入れなかったのだが、ちょうど9月の中頃に休みをとっていたことと、その時にしていた薄い約束が無くなってしまったので実家に帰ろうと思い連絡を入れたというわけだ。電話に出た母さんは驚いたような声だった、失礼な話だ(苦笑)そんなに連絡をしていないかと思いカレンダーを見てみると…なるほど、1ヶ月以上連絡していなかった。反省だ_| ̄|○そして久しぶりに帰る内容を伝えると、とても嬉しそうにしていた。まぁ口調はそうでもなかったのだが、明らかにそれとわかるリアクションをしていた。まぁこれも22年の付き合いだからわかることなのだろう。それだけ喜んでくれるというのも嬉しいものだ。不定期な休みだからこそ余計に実家と疎遠になっていたこと、そしてお墓参りをしていないということが心のどこかにひっかかっていたのでそれが実行できるとわかって私としても素直に嬉しいといったところだ。それに久しぶりに地元の友人とも会える。銀行員になっている友人、教師をしている友人、建設現場の現場監督をしている友人、様々いるのだが、その友人に会えるのが楽しみでもある。久しぶりにお互いの仕事あプライベートなことでも話しあってみよう、勿論お酒の席で♪願わくば連れて行きたかった。でも仕事なら仕方ないかな(汗)
Sep 1, 2007
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