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昔、小学校に通っていた頃放課後を見計らってよく映画の半券を売っているおじさんがいた。興味があって昔はよく貰っていたのだが、その半券を使うと映画を見る時に必要なお金からいくらか引かれるというシステムだったようだ。その半券によっていくらくらい引かれるのかは映画が近くになく気軽に映画を観られるような立地条件ではないので把握していなかったものの、おおよそそのようなことが書かれていたように思える。そのおじさんはどうやらその半券をタダで配っているようだった。今思うとその映画配給会社から派遣されたアルバイトであるということはわかるのだが、その当時はそのおじさんが善意でそういうことをしているのだと思っていた。500枚くらいを配っているのでとてもいい人なのだなと漠然と考えていたものだった。そのおじさんは1週間に1回くらいは学校の正門の前にいた。そして半券を配っていた。なので私はそこでよからぬことを考えてしまった。そのおじさんは半券を欲しいという人には何枚もあげているようだったので、それを纏めて半分くらいもらって1枚20円くらいで転売したら儲けがでるのではないか…と。今考えてみるとかなり浅はかで、そして儲けもそうない。しかしあの頃はお小遣いも貰っておらず、いいお小遣い稼ぎになると思ったからだ。しかしそれを実際に行うことはなかった。それはそのおじさんが急に来なくなったからだった。最初の頃はどうしたのだろうと思ったものだったのだが、そのうちおじさんの存在自体を忘れてしまった。今考えると不思議なおじさんだった。そんなことよりもそれをふと思い出して…小学校の頃からお小遣い稼ぎを考えていた自分に苦笑ものだった(笑)今日は本格的に住むところを探す作業だった。大学生になりたての頃に慌てて住むところを探した会社が実績もあって素晴らしいということでその系列の会社で住むところを探すことにした。今の時期は賃貸需要が高まる時ではないのでいい物件がないのかもしれないと少しだけ妥協する気持ちで探していたのだが、探してみると意外にあるもので…2時間粘った結果かなりレアな物件を提示してくれた。実際に案内してもらって部屋の中も見たのだが、ここがまた学生の頃に住んでいた部屋とは雲泥の差で、かなり広くて使い勝手の良さそうな部屋だった。お値段的にも学生の頃に住んでいたところと同じような水準であることを考えると、これはかなりの掘り出し物だ。私の案内をしてくれた会社の方がかなり若いお姉さんだったので不安も若干あったのだが、私と同じ大学で同じ学部を卒業した方だとわかった瞬間にかなりの親近感が湧いたものだった。ゼミのあの先生はどうとか、講義はどれが難しくてどれが面白かったなどと言ったようなわかる人にしかわからない話題で盛り上がりながら部屋案内をしてもらっていた。そのお姉さんとは1歳しか歳が離れていないのだが、それでも会社や案内時の大家さんとの対応を見ているともうかなり立派な住宅オペレーターのように思えた。歳が近いこともあって、1年も経つと学生気分も抜けるのだなということを改めて実感し、そして自分もこうなろうと誓ったものだった。そんなわけでようやく住むところも決まり、これで後は引越しをするだけになった。ここで一般的には些末だが、私にしては結構大きな問題が浮上した。それはまたインターネットの環境を整えるのに時間がかかるということだ。引越しの時期を考えると回線工事が終わってまた更新できるようになるまでそれなりの時間がかかるように思われる。そしてこうしてブログを書けるのも明日で取り敢えずひと段落ということになりそうだ。度々途絶するこのブログにうんざりするかもしれないが、今度の復活を持って長い安定期に入ると思われる。そうなってから追々また考えを書いていこうと思う。勿論仕事の話も含めながら。明日はまだ更新可能なので行うつもりだが、生活と自分の基盤の安定の為にまたしばらくお休みさせていただきます。楽しみにしてくださっている方がいらっしゃるとは思えないのだが、或いはルーティンワークと化しているこの作業が出来ないことに一番ショックを受けているのは私自身かもしれない(笑)さて…今日はこれから引越しの準備を円滑にする為に荷造りしますか…
May 31, 2007
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今日は久々に京都市内まで車を飛ばす必要もなく、今までは当たり前だった家でののんびりした時間を過ごした。考えてみれば内定を頂いた会社に初めて面接に行った辺りから私の生活は一変したように思えた。いい手応えだからと言ってそれが確実視されるわけもなく、むしろそういうものに甘んじることなく精進を積むことが肝要だということは充分にわかっている。なので初めてその会社を訪れた金曜日から2連荘で面接をしておき、緊張感が解けるのを防いだものだった。結果的に多くのガソリンを消費する行動であることには変わりなく、車の走行メーターも取り敢えずは1周したようだった(笑)しかしそれに見合うだけの経験と場数は経験できた。そのことが大きなことであることは揺るぎのない事実だ。そんなわけで結局のところ3連荘で京都市内まで運転していくことになったのだが、次に問題になってくるのが住むところを決めることだ。私が内定を頂いた会社が少し変わったところで…住むところを確実に確保しないと次のステップに進めないようなニュアンスのことを仄めかしていた。できるだけ早く実践的に仕事がしたいと思うので家の確保もできるだけ迅速にしたいと思うのだが…今の時期、つまり就職や進学で賃貸ブーム到来期からややずれたような今の時期にはいい物件にめぐり合うことはそうない。ここはもう有名そうな賃貸紹介会社に決めうちで決めてしまうしかない。そう心に決めた私はまた明日京都に行くことにした。これで今週はもう3回も行くことになるのだが…背に腹は変えられないというものだ。必要なことにはお金も時間も糸目をつけないというポリシーの私にはちょうどいい試練かもしれないと思えばそう苦でもないというわけだ。話は変わって…最近はまともなことを書いていないので下らないブログに成り下がっていたような気がする。立派なことを書いたからそのブログが立派だという低俗な考えは生憎持ち合わせていないのだが、それでもここに長く文章を書くということに意味を持たせたい私としては…日々を綴るだけのものにはしたくないというわけだ。そんなわけでここ最近で話題になっていることに焦点を当ててみようと思う。テーマはタイトルにも書いたように「安楽死について」だ。最近ニュースでやっているものに興味深い(と言っては当事者に失礼かもしれないが)ものがある。それは呼吸器をつけていないと生命を維持することが出来ないという症状の患者に対して、家族の了承を得た上で人工呼吸器を外して絶命させてしまったという事件だ。これは所謂安楽死であり尊厳死だ、これ自体にはそこまで追求すべき概念は含まれていない。しかしそのような行動をとった医者を殺人容疑で書類送検したということで物議を醸しているようだ。このことに関しては倫理的な問題、病気における末期の概念的な捉え方の根本的差異があるので一概に善悪を決め付けることは出来ないのだが、あくまで私なりの意見を述べようと思う。感想の延長上にある内容である可能性が高いので一般的に論拠に欠けるかもしれないが、一応感じたことには違いないので述べさせてもらう。まず感じたのは、私はその医者のとった行動が殺人容疑にかけられる謂れはないということだ。確かに医者のとった行動で患者が死に追いやられたということは紛れもない事実だ、しかしそこには家族の同意というものが存在している。家族の同意なくやられた行動の結果患者に死が訪れたのだとしたら…それは独断に拠るものと推察され殺人容疑で立件も可能だと思われる。その観点からは医者の行動は正しいと決め付けるまではいかないものの、問題があったとは思えない。それに患者自身の判断という問題がある。問題とされていた医者は多くの安楽死を行っていたのだが、その事例のほぼ全てに家族や患者本人の同意がなされていた。病気で苦しんでいることを1番身をもって感じているのは当然患者自身であるし、その次に苦しいのはその身内であろう。喋ることも意思表示をすることもできないまま機械に繋がれ生き長らえる、そんな生き方を望む人はいるだろうか?死というものが何故怖いのか、それはそこに肉体的・精神的な痛みが伴うからだ。誰だって半身不随で苦しく生き長らえるのと苦しみが全くなく死を迎える選択肢から選択可能だとするなら後者を選ぶだろう。その部分を本人の選択に委ねた上での結論が安楽死であるのならば…非常に尊くてそれでいて英断だと私は思う。自分の口で自分の心臓を止めてくれという気持ちは…私の拙い文章力ではとても表現できるものではない。しかしこれを一概に善だと決め付けることが出来ないのが「本人の意思の介在」だ。つまりは半身不随や重篤な症状を患っている患者が安楽死を望んでいる「意思」を汲み取れるかどうかという問題だ。喋ることも意思表示することも出来ない患者がいた場合、その患者をたとえ家族の同意があったとしても死に至らしめることが正義だと言えるかどうかという問題がある。もしかしたら患者自身は生きようと思っているかもしれない、安楽死なんてごめんだと思っているかもしれない、しかしその患者自身がその気持ちを表現することが出来ず、家族はもう安楽死を望んでいる。このようなケースで安楽死が行われた場合…それは「安楽死」というある種最も簡単な方法で綺麗に終わらせた「ように」見えるだけかもしれない。世の中での安楽死反対の動きの大半はここに起因しているだろう。こちら側の意見も重々よくわかるというものだ。しかしだからといってそれを殺人として書類送検するのとは話が別だ。殺人とは人を殺すという意思が働いていることを意味している。「殺してしまった」であれば業務上過失致死であるのが正しいように思える。もし仮に安楽死を選んだ医師に患者を殺そうという意思が働いていたとすれば、きっと家族の同意を得ずとも呼吸器を外していたろうし、もっと用意周到ならば家族の同意を偽造したことだって考えられる。それをしていないにも関わらず「患者が亡くなった」という状況を一意で見て「殺した」と言われてしまえばそれは多くの波紋を呼ぶような気がする。同じケースに先日起こった小牧市の立て篭もり事件がある。最初に犯人の家を訪れた警察官が首を撃たれその場に倒れこんだ。結果から言えばその警察官は5時間以上もその場に放置され、一命は取り留めたものの、一歩間違えば重大なことになっていたかもしれない。「生きていたんだから」それでは済まされない。助けるつもりがあればあの警察官はいつでも助けられたはずだ、何の為に盾を持っているのかわかったものではない。5時間以上も負傷者を放置したのだから上記の考え方でいくならばこれも立派な職務怠慢、業務上過失傷害に問われて然るべきだ。それなのにそのようなことは槍玉に上がらない。これはどういうことなのだろうか?亡くなったから問題、亡くならなかったから不問、このような考えを抱いている人はきっといないだろう。しかし状況だけ考えるとこうとられても仕方のないことのように見える。安楽死を善と捉えるか悪と捉えるかは人それぞれだし、どの意見が間違っていてどの意見が合っているかを判断することは誰にもできないかもしれない。真に悪しきは当事者のみが問題を顕在化していて、その他の人がそのことに無関心であることだ。「もしも自分なら…」その考えの上で問題を客観的に捉えることは誰にでもできるはずだ。右から左へニュースが流れていく今だからこそ、1つ1つを軽んじることなく受け止めていくことが肝要だ。
May 30, 2007
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縁(えにし)というのはどこに転がっているのかわからないものだ。初見ではパッとしないような人でも付き合っていくと意外な一面が見えることもよくあることだ。私にとってのその会社は特に目立ったものもないような…普通のところだった。福利厚生や待遇的なものを重要視し退職金や住宅手当・家族手当などの部分も抜かりなくチェックするようにはしていた。それは最初の頃にとってきた求人が酷いもので(求人自体が酷いというわけではなく、私の選考基準がどこか逸脱していたことから起こったことのように今となっては思うわけで…)それを両親に小馬鹿にされつづけたことから自分の中に義務付けたものだった。そんな制度を自分の中で徹底し出した頃から早2ヶ月、福利厚生がしっかりしている会社を選ぶとなるとそれなりに苦労は絶えないものだ。これは職安経験のある方しかわからないかもしれないが、ハローワークというのは国の機関であるにも関わらず、いい加減な会社の求人も募集しているからだ。それは職安という機関の特性を考えてみると仕方のないことだ。求人という媒体は、それを魅力的に見せる必要がある。あまりにも現実と同じ条件をあけっぴろげに見せてしまうと人が集まらないからだ。人は結局のところ知的財産なので有能な人が来てくれるようにしないと職安に求人を出しただけ無駄になってしまうからだ。つまりは面接を行いその人物の才気を見出した上で内定を出しいざ来てみると求人に出していないような条件が次々出てくる、それが横行するのが職安だと言える。そこで観察眼が必要になってくるのだが、私が会得したいい求人とあまりよろしくない求人を簡単に見分けるには概ね2つの要因がある。1つは年齢だ。年齢幅の狭いものには専門的な知識が必要な仕事が多く往々にしてしっかりしている会社であることが多い。それに応募可能年齢が22歳~というものには更に信用性が増すことになる。それは単純にその年齢層が足りないという理由もあるかもしれないが、大体は短大卒・大卒を求めていることになる。それは新規採用枠と同じような扱いを行っているということであり新人育成がしっかりしていることになる。そうなるとまずハズレはないと言ってもいいだろう。2つめは福利厚生だ。いくら月給が高くて魅力的なところだったとしても退職金や退職金共済、酷いところでは労災がおりないところもあるくらいだ。それらがしっかりと完備されているのが私の中では当たり前なのだが、意外にその部分をないがしろにしている会社は多いのだ。こう言っては語弊があるかもしれないが、それらのない会社はある程度だが社員の回転率が高いところだと言える。まぁ概ね…だが。そんなわけで選んだこの会社、冒頭にも書いたように特に特出すべきところはないと思っていた。しかし状況は先週の金曜日くらいから一転した。内容的な部分は先週の金曜日のブログに書いたのだが、事務系ではない新しい分野での求人をしているようでその課の部長さんと今日再面接することになっていた。私としてはまたまた京都市内まで出ていかなければならなかったのだが、今回はモチベーションが違うのでドキドキしながら行くことが出来た。社長さんの話が曖昧だったこともあって不安半分といったところだったのも影響しているかもしれない。そんなわけで会社に着き受付を済ませたのだが、そこでもまた新しく面接を希望している方に出会った。やはり多くの人が面接を希望しているのだなと改めて実感したとともに、自分の置かれている立場を何度も再確認しようとしたものだった。その方の面接が終わっていよいよ私が面接を受ける番になった。人事担当の方と社長とはもう面接をしていて顔も覚えられているようだったが、それでもやはり不安と緊張は尽きないというものだ。私の配属される課の部長さんも席について、いよいよ面接が始まった。聞かれたことは概ね今までの会社とそう違いはなく、慣れていると言えばおかしいかもしれないが普通に受け答えすることが出来た。何度かきわどい質問も聞かれたのだが、そこは私がここで書いているようなニュアンスのことを上手く(あくまで希望)答えられたと自分では思っていた。15分くらい色々な話をしたところで部長さんが「では結果は後日…」とおっしゃったので、あぁやはり私で決まったというわけではないのだなとちょっと凹んでいるとそこに社長さんがいらっしゃって社「もうこの子で決めようと思っているのだが…」部「ええそれはわかっているのですが…」という内密な話をし出した。それが聞こえていたので浮き上がったり沈んだりを繰り返していた私だが、結局結論は簡単に出たようだった。その日はそれで帰ることになった。帰りしなにふと思った。握手した時、社長は心なしか力が籠もっていたようだった。私に期待はそこまでしていないかもしれないが私を買ってくれたことには変わりがないように思える。というわけで…内定いただきました♪6月1日をもって社会人デビューだ。ようやくスタートに立ったわけだが、これからの私の頑張り次第でどうとでもなることのように思えるので…ここからが私の出発地点だと考えている。気を引き締めて私をかってくれた会社に貢献すべく頑張っていきますか♪
May 29, 2007
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土日で素晴らしい体験をした。まぁそのことに関しては以前のブログに書いたので詳しく説明する必要もないのだが、取り敢えず青春を取り戻したといったところか(笑)そんなわけで週も明けた月曜からはまた忙しい日々が始まるというわけだ。手始めに今日はまた面接を受ける為に京都市内まで爆走することになっていた。今回の求人に関しては少しだけ異例で、事務関係をパスすることにして製造関係へと乗り出してみた。何故そのような心境の変化があったかと言えば、これはまた少しだけ補足をしないといけなくなる。そもそも人間の感情や個性は一定ではない。一定ではないからこそ他者との人間関係に悩んだり、自己を見失ったりするのだ。全員がある一定の感性を持って生活していればそんなことは起きないに違いない。違うからこそ人間関係の形成は面白いというものだ。私は自分とは全く違う観念で生きている他者がいるということが面白いと思える。ある物事を観察した時でも、感じ方も多種多様なのがその原因だ。一応接触障害ではないので人間関係の形成は好きだ。そんな風に多くの観念が生きているからこそ、その人1人1人に合った物事というのはその人間の数だけ存在していると言える。仕事で大別するならば接客関係とテクニシャンであるように、相対することができない業種でも、その世界では光り輝くことができる人は必ずいる。しかしここには世界の可能性が多くありすぎて自分には何が向いているのかわからなくなることはままあることだ。好きなこと=自分に向いていることであることは、少なくはないにしても稀だ。その仕事に従事する過程で様々な部分を経験しなければならなくて、自分に合っていないと思ってしまえば…自分の好きなことさえも自分を裏切るのかと疑心暗鬼になってしまうこともあるからだ。どんな仕事が向いているのかは誰にもわからない。私が今就職活動をしている段階だからこそ言えることなのかもしれないが、自分の可能性を縛ることだけはしない方がいいと感じる。確かに自分にはどう考えても向いていないという業種は誰にでもあるかもしれないが、それでさえも結局は飛び込んでみないとそれが本当に向いていないかはわからないからだ。思い込みで可能性を封殺するのが一番良くないことだと言える。勿論逆も然りだ。好きだ、興味がある、それは大いに結構だ。しかしそのせいで多くのものを見誤るのははっきり言って損だ。好きなことが好きじゃなくなるのが一番辛いことなのだから。最近では仕事に従事してもすぐに辞めてしまう人が横行している。それは従事していた仕事が自分に合っていないというところから派生する問題であるように思うが…社会人である以上は簡単に見切りをつけるべきではない。例えば仕事に就いて2ヶ月で辞めた人がいたとして…果たしてその仕事が本当に向いているのかどうかをたった2ヶ月で判断できたかどうかということが私には疑問だ。確かに学生の時代から比べると朝の早起きや遅くまでの仕事、それらが辛いということはよくわかる。しかしそんなことは誰にでもあることだし、むしろ今社会で活躍されている先輩方はそういうところを乗り越えてきた方々だということは重々承知しているはずだ。仕事は遊びではない、なので業務的に向いていないと時期尚早に決め付けるのではなく、自分が誇りややる気を持って挑める「分野」を探すことが肝要だ。その仕事が全て向いていないなんてことはありえない、おそらく「ここは面白いけどここは…」というような感覚が多くあるように思える。だからこそそのような部分を強みに、そして辛いかもしれないが向いていないことにもそれなりに(と言っては失礼だが)邁進していれば、いつかつまらない・向いていないという部分と面白いと感じる部分の比率が逆転するかもしれない。早々と仕事を辞めてしまう若者はきっとそのような先見の明が足りないような気がする。前置きが随分長くなってしまったが、そんなわけで自分の向いている分野を開拓する為に製造関係に行ってみた次第だ。そこは印刷関連の工場で、印刷加工を主な業務内容に据えており、それは即ちもろに肉体労働を要するところだった。まぁ肉体労働も接客もピッキングも内装関連も掃除もバーテンも雑務も皿洗いも雀ボーイも経験している私なのでそれは慣れているので問題はないのだが、どうも会社側の「来てくれるなら何歳でも誰でもいいよ」風なニュアンスがずっと引っかかっていた。案の定面接もろくにしないで即採用を頂いたわけだが、今までの就職活動の流れを考えるとそこで即答していいわけもなく、結局条件だけ頂いて結論は保留することにした、妥当なところだろう。その会社の社長さんが妙にアグレッシブな方で、私が22歳だとわかってか否か面接もそこそこに1時間半にもわたって工場見学を敢行した。確かにそれを見て業務内容や会社の方針のようなものもわかったのだが、まぁそれくらいで即答はやはりできないというものだ。製造関係は引く手あまただと言うが、往々にしてこのようなクオリティなのだろうか?その業界にも誇りをもってやっている人も見学している中でかなり感じたし、ホワイトカラーに比べて劣るという考えは毛頭ないが、やはりここはなんちゃって新卒の力を使いたいと変な欲が出たものだった。明日は手応え充分なホワイトカラーの会社の再面接だ。また京都市内まで行かないといけなくなるが、手応えがあったのでそれがモチベーションになるというものだ。もしそこがダメなら…もうこの印刷会社に骨を埋めるとしよう。ああでもないこうでもないと言いながら家までの距離を爆走していた。
May 28, 2007
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やっとのことで京都から帰って来た。毎度のことながら移動時間の合計が7時間をゆうに超えるというのはかなりの重労働だと言える。しかし何度も何度も移動していると、その間に限り道に慣れてくるから不思議なものだ。この道路はこの時間が混むだとかこの道はスピーディーに通過できるといったようなファクターがわかってくるのは結構大きなことだ。昔親に聞いたことがあった、どうしてそんなにすぐに道が覚えられるのかと。その答えは「車に乗るようになったらわかる」という至極明快なものだったのだが、今となってはその意味するところがわかるような気がする。誰かの車に同乗していても、そのスタンスを崩さない限りは寝ていても目的地に着くことは出来る。しかし自分1人で運転している場合はそうではない。自分1人の力で目的地に辿り着かなければならないということは、自覚はしていなくても必然的に頭が道を記憶しようと働くのだろう。私自身車を1人で運転して3時間半をゆうに超える距離を覚えられるかどうかがかなり不安だったものだが、いざ運転しだすといとも簡単に覚えられることに気づいた。多くの道を熟知している父の境地に少しだけ近づいたかもしれない。そういう意味でも少しだけ大人になったということだろうか(笑)今度は名古屋まで運転してみようと思う。勿論自分の位置を確立してからだ。名古屋まで行くことはある意味私の大きな目的でもあるからだ。そこには長距離を運転したという実感の他にも、多くのことが待っている気がする。それが達成された頃にはきっと私は…。では本題へ。先日京都からの帰り、一本のメールが来た。地元で一番つるんでいる友人からのお誘いのメールだった。ちょうどその日の面接でいい手応えを感じていて上機嫌だった私は二つ返事で快諾した。私を含めた地元民は誰か1人が遊ぼうという約束を持ち上げた場合、その時に集合可能な地元民を全員呼び寄せるという暗黙のルールがある。私が知っているだけでも地元で働いている友人は5人いるのだが、誰かが遊ぼうというメールを任意の誰かに送った場合…「暇な人は集合」というメールがその5人に一斉送信されるという仕組みらしい。まぁその中でもフリーターは私だけなので私から発案することはないのだが、その分を考慮して私が一斉送信の役割を仰せつかったわけだ。今回も1人の発案者がいたので、私が残りの3人にメールすることになったのだが、今回は運悪く誰も集まれなかった。なので発案者と私だけで宅飲みすることにした。発案者の友人は私の小学校からの知り合いで…幼馴染のような存在だと言える。大学が遠いところになってしまったのであまり連絡は取っていなかったのだが、それでも1年に2・3回は会ってお酒を飲むような、そんな私的には良い関係の友人だと言える。そんな彼と宅飲みをしながらゲームでも嗜んでいたのだが…ふと彼が海に行こうと言い出した。時間は午前2時、所謂丑みつ時だ。時間帯としてはまだまだ宵の口だった私はその提案に乗っかり、海に行くことにした。近くの自動販売機でコーヒーを買って酔い覚ましも兼ねて海まで移動した。海に着くと、いつもならば水平線の向こう側にイカ釣り漁船の電球が点々と光っているのだが今日に限っては真っ暗で、かすかに靄がかかっていた。波も穏やかで綺麗な月も出ていた。空気が澄んでいる時にこのような天候になるようだが、私自身夜にそのような状態になったのを見るのは久しぶりだった。久しぶりに観る静かな夜の海はとても綺麗で…肌寒さも忘れるようだった。進入禁止の柵を乗り越えて気持ち程度の防波堤に腰掛けて横にコーヒーを置いて…2人で座った。その時私は少しだけ不謹慎なことを考えてしまった。彼には言ってはいないが、こんな風景を大好きな人と見れたらなぁと素直に思ったものだった。その発想自体が恥ずかしくてすぐにフェードアウトさせた(笑)彼はコーヒーの缶を開けておもむろに煙草に火を点けて…少し笑顔で恋愛の話をしだした。なるほど、この雰囲気に一番合っている話題かもしれない。私も雰囲気に飲まれ彼に煙草を一本貰い吸った。久々のニコチンだったが、夜の涼やかな空気の下で吸う煙草は格別なものだった。彼の話は相談ではなく報告だった。今の彼女とのこと、会社でのこと…別に私に問いかけるわけでもなくまるで独り言を言っているかのような吐露だった。その1つ1つを私は水平線のどこに焦点を合わせるわけでもなく聞いていた。久々の煙草は案外すぐに無くなった。しかし彼の話というか吐露はニコチンよりも体に浸透するものだった。それというのも…彼はあまり自分のことを話さない人だからなのだ。私と彼はもう14年来の付き合いになるのだが、今まで一度も彼の恋愛の話は聞いたことがなかった。同様に私も彼にはそのような話をしたことがなかった。そんな話をしなくても話題は尽きないし、だからこそこんなに長い付き合いがあるのかもしれないと思えるほどだった。そんな彼の報告と夜の海の雰囲気が相まって…彼の話がとてもいい話に思えた。今思えばただの惚気だ。普通に部屋でお酒を交えて飲んでいたら「惚気かよ!?笑」で一蹴するのだが、その時は気分良く聞けたものだった。なんだかんだで彼も大好き(かどうかはわからないが)な伴侶がいるのだ。幸せにやっているならそれに越したことはない。仕事も恋愛も充実している彼がとても幸せそうで…少し羨ましかった(笑)2時間程度話し込んだ後その日は解散した。皆でわいわいもいいが、こういうしっぽりしたのもたまには悪くないと思えたそんな出来事だった。ちなみに彼はかなりのイケメンなのだが、彼女もまた美人だった。なるほど…お似合いだ♪♪
May 27, 2007
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この話は少しだけ前のことになる。ちょうど私が先日面接で手応えを感じたという内容の前の日にあたるので、厳密には木曜日にあったことなのだが…まぁそこまで日付を誇張して書くというのもどうかと思うし、そもそもそこまで面白い内容ではない。あくまで私にしたら結構傑作な内容だったのだが、客観的にはただのくだらない話になってしまいそうな気がする。それを考えてのカテゴリ「くだらない話」というわけだ。では少し長くなるが本題へ。ことの発端は試験に対する対策を生徒達に教え込んだ(あくまで主観)後家に帰って来た時だった。私のただの荷物と化しているだけの携帯電話が久しぶりに友人からのメッセージを受信した。夜の11時手前くらいだったので「こんな時間に誰なのだろう?」と思って見てみると、高校時代の友人だった。友「今時間大丈夫??」私「大丈夫だけど、どしたん??」友「携帯電話の番号教えて☆」私「090-○○○○-○○○○だよ。」おおよそこんなやり取りがあってその数秒後に電話がかかってきた。この時点でおよそ疑問点は2つあった。まず最初に、大学時代に数回しかメールをしておらず尚且つ電話に至っては全くしていないという関係だったその人が何故今になって連絡をしてきたのかということだった。まぁ確かに何の因果か大学1年生の頃にその友人の斡旋で家庭教師の真似事のようなことはしたことあったが、それでもそれっきりの関係だった。今になって電話をしてくるとなるとかなりの重要な案件のような気もする。2つ目に、私が携帯電話を持ったのが高校卒業ぎりぎり手前くらいだったのだが、その時にちゃんと電話番号とアドレスは教えておいたはずだ。それなのに番号を聞いてくるということは削除したのだろうか?携帯電話が壊れたという状況もあるのでそれは考えすぎだとも思ったのだが…取り敢えず友人を疑ってかかるというのも気持ちが悪いことなので思考を一旦停止させた。そうして友人と話し始めたのだが、そこでも不思議な違和感があった。3年ぶりだからなのかどうかわからないが、友人が事ある毎に「声太くなってない?」とか「本当に本人?」とか挙句の果てには「絶対違う、そんな声じゃなかった!誰だ!?」と妙な展開になってきた。私は私とてお酒で喉を焼いたわけでもなく、声変わりはしていないはずだ。確かに何年も会っていないので声を忘れてしまっている可能性も否めないのだが、それにしても私の家に溜まっている(以前のブログ参照)一員であったにも関わらず私のことを忘れられているのは非常にショックだった。声を忘れているということは何かその友人との思い出を語ってあげればいい、そう考えた私は前述したように、3年前の家庭教師の話をした。あの時から会ってないんだから覚えてなくても仕方ないかぁと冗談まじりにも言ってみた。すると返ってきた答えは意外なものだった。「あれ?もしかして…きょう?」これには驚いた。私だと思ってメールしてきたと思っていたので、思わず「そうだけど?俺だとわかってメールしたんじゃないの?」と聞いてしまった。その後友人から真相が語られて、その後は2人して大笑いしてしまった。事の顛末はこうだ。友人はmixiをやっていたらしい。しかしそこに私や友人の地元出身者が足跡を残していった。その名前が私の本名と、友人が本当に電話をかけたかった友人の名前に共通している文字があるということらしかった。(意味がわからないと思うので注釈すると、例えば私の本名が健一だとして、友人が本当に電話をかけたかったのは健二という友人だったとしよう。mixiに残された足跡の名前が「けん」だったので健二に自分のmixiのサイトに来たかどうかを確認しようとしたところ間違えて健一の方にかけてしまった、そういうことらしい)偶然が2度起こって今回の事件は起きた。まずはその友人のところ(mixiのサイト)に来た人のHNと私の本名が似ているということ、そして友人が本当にかけたかった友人の本名もまた似ていたということだった。偶然の邂逅とは言え久しぶりに声を聞いた。なんだかとても大人っぽくて、そしてかなり強烈な関西弁になっていたものだった(笑)私も大概だと言われるが、恐らくその友人の関西弁には勝てないような気がする。「こてこて」とはこのことを言うのかもしれない。しばらく大学時代の話をして空白の時間を埋めていると、ふと友人が恋愛系の話をしだした。私はその系統の話や報告、相談をそれなりに受けることもあるので、友人の話を聞いてあげることにした。内容を晒すことは簡単だが、それは友人を傷つけることになるのかもしれないし、そもそも許可をとっていないので友人と伏せてある次第だ。まぁ内容もまた伏せておくとしよう。友人は恋愛系の問題で迷っているようだった。なので私は私なりの解釈と、悪い方向へ悪い方向へ考えてはその考えが行動に出てしまうこともあるので、何事もプラスに考えてみると楽天的だけどその方が恋愛してるって感じがして楽しいだろう?という旨を伝えておいた。その友人は本当に心から愛する人と出逢ったようだった。しかし心から大切に思うが故に、その相手が絡む内容に億劫になってしまったり、疑心暗鬼になってしまっているようだった。その感情はとても貴重だ。「ご飯を食べに行かない?」このたった一言を言うのにも緊張で心臓がばくばくいって仕方ない。そんなちょっと青いけど素敵な恋愛を友人はしているようだった。昔はそう、私もそうだった。今もさしては変わらないが、好きな女の子に学校の帰りに出会っても「じゃあまた明日」たった一言これを言うだけでもすごく嬉しかった。相手も同じようなことを返してくれる、ただそれだけなのに、話したんだと舞い上がっていたものだった。今思うと、それは凄く青くて若くて…そんな自分をちょっとだけ眩しく思うかもしれない。今も女の人に慣れているわけではないが、あの時よりは少しくらいはマシかもしれない。今の年齢でもそんな素晴らしい恋愛をしている友人を心底羨ましく思ったものだった。私で良ければいつでも相談してくればいいと最期に伝えて電話を切った。通話時間1時間12分、それでも無駄な長電話では決してなかった。色んなものが刹那…見えた。
May 26, 2007
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本来ならばこれは5月27日の0:46分に書いたものなのだが、手違いにより消してしまった。もう一度書くのがひどく億劫だったので次の日にまわしてしまったのだが、一応連続更新の一環であることは間違いない。変な意地を張ってしまうあたりが実に滑稽だとも言える。では本題。今日は面接の日だった。前々から履歴書を送っていてなかなか返事が来なかったので半ば諦めムードも漂い始めていたのだが、先日面接の日時の詳細を報告する電話があったので面接に行くことになっていた。今回の職場は例によって事務関係の求人を出しているところだった。所在地は京都市内になっていて、面接予定時間も中途半端なだけに早めに出る予定になっていた。しかし朝起きてみると父がふとこんなことを言ってきた。父「きょう、出かける前にちょっとGS寄ってタイヤ見てもらってきたら?」私「えっ、なんでなん?」父「空気圧がなんかおかしいような気がするから、一応見てもらった方がいい」とのことだった。何故今になって?と思ったのだが、そんな風に言ってくれること自体が珍しいことなので邪険にせずに行ってみることにした。しかしその時私は運転におけるタイヤの空気圧の及ぼす影響のほどをそこまで理解していなかったので、そこまで重要ではないだろうと思いながらも取り敢えずは言いつけ通りにGSに寄ってから市内に出かけることにした。GSに着いてタイヤを見てもらっていたら、なんと空気圧が異常に低いと思っていた左後方のタイヤがパンクしていることが発覚した。タイヤの中心に五寸釘が見事に突き刺さっているという体たらくだったわけだ。五寸釘と言えば結構な大きさだ、刺さったのなら気づきそうなものなのだが…それがいつ刺さったのかも、むしろ刺さっているのかどうかも把握していなかった私は如何に自分の乗っている車に興味がないのかを痛感したものだった。しかもその日は生憎の大雨で路面の状況は最悪ときている。もしも言いつけを無視してそのまま行っていたら大惨事になったやもしれない。そう思うと今日の私はある意味ついているのかもしれない。タイヤの交換とメンテに時間を割いてしまい、出発予定時間を大幅にオーバーしていたものの、何か違うものを感じる出発となった。道中はもう何度も通っている道だ、迷うこともなければ到着時間を正確に割り出すことも可能だ。だからこそかもしれないが、もう何度も何度も走っている故に途中から退屈になっていた。MDももう何回転もしているので雰囲気を作るという作業自体を放棄しているように見えるし、窓の外も珍しい風景など皆無だ。そうなってくると猛烈に眠気がくるのだが…そこはなんとか天野月子さんに助けられることとなった(笑)雨のせいで速度規制が敷かれる中、一応予定通りに着くことが出来た。京都市内在住の方ならご存知かもしれない、いつもいつも朝と夕方に混むことで有名な千代原口がどれくらい混むのかを計算して運転しているあたり運転歴3年でなせる業ではないと無意味なことで誇らしげになっていながら。そしていよいよ会社に着きいざ面接になると、何故かその面接に今までにない不思議な感覚を覚えた。いつも通り応接室に招かれて待っていた。数分後に社長と人事課の方(だと思ったのだが真相はわからない)がいらっしゃって面接が始まった。最初はセオリーどおりというか…何故その会社を選んだのかを聞かれたのだが、私は今までに培ったことを生かして自分でも満足のいく内容が言えたと思っていた。しかし返ってきた答えは「すみません、事務員ならば女性の方にしたいので…」というものだった。あぁ、またこのパターンかとうなだれていると、社長がふとこんなことを言い出した。「君は○○○大学(私の出身大学)を出ているようだね。立派な大学を出たのに事務で留まるのは惜しい。ちょうどオペレーターに1人欠員が出ているんだ。そっちの方には興味はないかい?君の性格なら合っていると思うんだけど…」これは願ってもないことだった。確かに私は事務員としてこの会社を希望していたのだが、私の性格を見た上で(何故初見なのに性格を知っているのかという疑問が出てきそうなので注釈しておくが、この職場には事前に履歴書を送付しており、そこには職務経歴書というものも添付してあった。これは今までの職務について記入するものなのだが、私のように新卒と立場的に漸近しながら職業安定所で仕事を探している人は形式的には社会に出ていないことになっているので職歴について書けないということになる。なので履歴書と一緒に職務経歴書を求める会社に遭遇した場合には職歴よりもむしろ自分の長所・短所を書き連ねるという傾向がある。おそらく社長はそこの部分を強調した私なりの書き方を見てそう言ったものと推察される)合っていると推してくれているのだ、こんなに嬉しいことはない。幸いにして業務内容の大まかな沿革は説明を受けたし、聞いている分には私に合っているように思えた。私という人間を見た上で興味を持ってくれてその上そのような話をしてくださる、これは幸せなことだと私は素直に感じた。なのでそこにも興味があるという旨を伝えておいた。社長はもともと善は急げタイプなようで…すぐにその部署の部長さんと取り合ってくれて、今度はその部長さんも交えた再面接ということになった。今度はその部署がどのようなところなのかの説明会のようなものだということは後で人事担当の方から聞いた。話は急展開だが、これだけははっきり言える。この会社は今まで面接を受けたどの会社よりも面接に手ごたえを感じた。おそらく気のせいではないはずだ。そんなわけで再面接は来週の火曜日になった。また来なくてはいけなくなるのだが、私なりには結構いいラインまでいっているような気がするので、面倒さというものはない。むしろどのように話が進んでいくのか楽しみだとも言える。しかし期待しすぎるということはしていない、まだ決まったわけではないのだ。もしも決まらなかったとしても、私にとっては大きな経験になるのでこれは前進だと言える。単純な私はそれだけでるんるん気分だ。思わず緊張で抜いてしまったお昼ご飯を奮発して食べたくらいだった。帰りの車の運転も少しも苦ではなかった。帰りの車の中、晴れやかな気分で聴く天野さんの唄は…やっぱり最高だった。小さな小さなことかもしれないが、自分の中ではここ最近で一番グッドなニュースだったように思えたものだった♪
May 25, 2007
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ここのところ更新が滞ってしまった。一般的にパソコン上のバイオリズムの乱れはリアルの生活が充実しているということの証拠であるのだが、私の場合はただ単に友人と遊びに行っていたりしていただけだった。つまりはパソコンに触る時間が無かったという不毛極まりないことだったというわけだ。まぁそれでも多くのことを得られたので私としてはかなり有意義だったと自覚している。そのことの顛末はこれから書いていこうと思う。ただいま5月26日(土)23時51分…何時間かかるかわからないが、全てを丁寧に解していくとしよう。そのことだけが取り得の私なのかもしれないのだから(笑)目に見えないプレッシャーを感じる。きっと気のせいではないはずだ。しかし「目には見えない運命の赤い糸」という言葉をよく聞くのだが、これは明らかに矛盾を孕んでいる。人間の器官の中で物の状態を把握するところは目しかない。つまり見るという作業において活躍するのは目だけということになる。それなのに「目には見えない」というのは意味が重複しているように感じる。正しく表記するのであれば「見えない運命の赤い糸」と書くべきだ。まぁさして重要ではないのでこれ以上は言及しないでおくこととする(笑)話を元に戻すと…私がアルバイトとして馳せ参じている塾は今や中間試験の真っ最中だ。このことは先日のブログにも再三書いたことかもしれないが、もう明日が試験ということになるとテンパってしまったり妙に落ち着いて悟りを開いたようになったりと、生徒達は色んな意味で変化していくものだ。私の在籍している塾も例外ではなく、いつもの出勤時間に塾に着くと既に多くの生徒達が自習室を使って勉強をしていた。私もその中に混じって色々教えてあげるお手伝いをしたかったのだが、いかんせんシステムを100%把握しているわけではないので、もしも私が独断で色々なことをしでかしてしまってはその都度ベテランの先生方に修正をお願いするのも迷惑なので静かに今日の予習をしていた。そうやって静かにコーヒーを飲みながら今日教える生徒の情報が記されたファイルに目を落としていくと…少し昔のことを思い出した。私が大学生だった頃、よく大学敷地内の図書館の前を溜まり場(あくまで私個人という集団ではないという意)にしていたのだが、その図書館の中に入ることは稀だった。私の大学の図書館は「大図書館」と呼ばれていて、府内でも多くの蔵書を誇る図書館として有名なようだった。地上2階地下3階の大きな造りで、蔵書はおよそ91万冊だと言われていた。勿論一般に売られているような本だけでそれだけあるのではなく、卒業生の卒論から外国の論文、大学在籍教授の論文なども含めているので…全てを理解するには気の遠くなる量だということは入学当初から薄々感じていたことだった。そんな図書館だが、1年に2度だけ大いに盛り上がる時期がある。それは試験の時期だ。試験の時期ともなるとどこから湧いてきたのかわからないほどに学生で溢れ、その密度は凄まじいことになる。私もそのように活用している1人だったのであまり悪評を書くわけにはいかないのだが、それでも平日の図書館の賑わいの軽く20倍ほどの人口密度であることは火を見るより明らかだった。いつもはあまり勉強もしないくせに、単位、ひいては卒業がかかると必死になって勉強する。しかも普段は横目で見もせずに通り過ぎる図書館を利用して…だ。それが都合のいい考え方なのかどうかも考えないままに…当たり前のように与えられているように見える環境に埋没していくことが普通だと思っていた。しかしそれは違うということを実感したのは卒業した後だった。当たり前に与えられているように見える環境というのは、必ずそこにその環境を維持している人がいるということだ。床や机、椅子の並び、空調設備、それを綺麗に整えて使いやすいように用意してくれている人がいないとそのように当たり前のように使うことは出来ない。そんな常識的なこともわからないままに…そこを綺麗で勉強しやすい環境であることが当然であるかのように考えていた自分がいたのは確かだった。それと同じことが塾にも言える。ホワイトボードに生徒達へのメッセージを残すこと、そして生徒達が勉強しやすい環境を作ること、それは自然の流れで怒っている現象ではない。そこには必ず人の意思が存在している。私は提供される側から提供する側に一時的とは言え関与した結果、それがどれだけ大変なことなのかを痛感できた。人は1人1人違うということはそれだけの個性の平均をとった処遇を用意しなければならないことを意味している。そのニーズに応える為には多くのシチュエーションを「想定すること」が大切だ。様々なケアをしなければならない立場に一時的とは言えなったことが、今までの自分を反省する材料になったのだ。そんなことを考えながら生徒達が熱心に勉強し、時々講師の方々に質問している姿を見ていた。私もあちら側の立場ならきっとこれが「当然なのだ」と思っていたかもしれない。そのような心理を客観的に観察し、考察できるようになっただけでも進歩かもしれない。きっと大人になるということは子どもの頃に当たり前のようにあった環境を支えている人の苦労を知ることから始まるのだなぁと感じた1日だった。まぁそれはそれとしても、現実的な問題はもっと卑近なところにある。私が教えている生徒が試験でどのような結果を残すかが心配だということだ、冒頭で書いたプレッシャーとはそのことなのだ。生徒の成績が悪いということは、私の教え方が悪いということに直結する。それは真面目にやっているか否かではなく成果主義の観点からもよろしくない状況だと言える。もしもそうなったら…そう考えただけで胃が痛くなる思いだ(汗)取り合えず試験は明日で終わりのようだ。結果が返ってくるのはいつになるのかわからないが、それでも良い点数であることを願ってやまない。なるほど、これが教師の心理なのだなと少しだけ悟ったものだった。あぁ、胃が痛い。結果が返ってくるのが楽しみなのが半分、悪かった時の責任の取り方を考えているのが半分というのが本音だろう。こういうことは今の段階では自分の力でどうしようもないから歯がゆいものだ。早く知りたいような知らないで済みたいような…複雑な時期だと言える(苦笑)
May 24, 2007
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昨日今日と比較的暖かいなぁなどと悠長なことを言っていると気温がぐんぐん上がってきて、今や真夏と見まごうべき温度となってしまった。勿論窓は全開&服装も初夏を意識した(あくまで主観)格好となるわけだが…私の部屋はそういう意味でとても便利な造りになっているので真夏でも快適に過ごせるというわけだ。私の部屋はもともとは兄と部屋を2分するような形式になっていた。8畳の部屋が2つあり、その間を扉一枚で仕切るという造りになっている。ちょうど兄が受験のシーズンには勉強の妨げにならないようにとテレビも点けずに静かに1年を過ごしたものだった。その頃が若干懐かしい、思えばあの頃が人生で一番ラジオを聴いていたような気がする。1人暮らしを始めた私が部屋の中にいる時四六時中ラジオを点けているという癖があったのだが、考えてみるとこの頃培われたもののような気がしないでもない。まぁ関係ない話だ(笑)そして無事に兄の受験が終わり、遠方に旅立っていったのだが、その後私が大学受験をするまでの1年間は私の部屋は一時的に20畳になっていた。部屋と部屋を仕切る扉を開放してしまうとだだっ広いワンルームが出来上がることに味を占めた私はその扉を常に開放しておくことにしたのだ。なので私の部屋にはエアコンもテレビも机も…全ての部屋の必需品と呼ばれるものが2セットづつあることとなった。テレビは2つあってもさして意味はないし、エアコンが2つあっても部屋自体が広いので部屋の温度を調整するのに多くの電力を食うので使うことはない。しかし一つだけいい点があるとするなら…東西南北全方向に窓が付いていることだった。このお陰でどんなに微風でも所謂「風の通り道」(という名前が正しいかどうかはわからないが、部屋のように密閉した空間に風を取り込む為には開ける方角の窓とそれを背にした方角の窓を開けないと風が効率よく取り込めないという意味)を作ることが出来て、効率的に風を取り込むことが出来るからだ。そのお陰で夏は快適に、冬は最低に過ごすことができた(笑)無駄に広い部屋に風効率がいい部屋…これを利用しない手はないと踏んだかどうかはわからないが、高校時代私の部屋は溜まり場になっていた。電車で遠方から通学している友人も多くいたので私の家で電車待ちをするということも珍しくは無く、むしろ日常だった。田舎の電車のダイヤというのは大体すかすかであることが多いように、私の町も例外ではなく、おおよそ1時間に1本というペースだった。なので乗り損ねると皆私の家に集合していたものだった。それで何をするのかと言うと…大抵は麻雀だった。週末ともなればテンションが上がりすぎて帰るのが億劫になり、徹夜で麻雀大会が開催されることもしばしばだった。そういう意味では父や母に多大な迷惑をかけたかもしれない、反省_| ̄|○まぁそんな日常も今振り返ると凄く楽しかったような気がする。皆ばらばらになってしまいもう集まることはないのだが…開催地の主である私がいる以上はまたそういう会を開きたいと無性に思う今日この頃だ。またお盆にでも同窓会兼大麻雀大会を開くのも悪くない(笑)私のブログも早いもので…もう40000ヒットだ。40000というキリのいいところでもしも常連の方がその数を踏んでくれたら何かしらのものでも贈呈しようと考えていた。一番の候補は私のプライベートなメールアドレスだったのだが、そんなものが欲しいという奇特な方はいらっしゃらないだろうし頼まれても欲しくないと言われると少々凹むので早々と却下した。ああでもないこうでもないと思っているうちに40000はあっさりと出てしまった。しかも誰かわからない人に踏まれてしまったという私のブログらしいナイス曖昧というわけだ(笑)散々考えた挙句にこれというのが実に私らしい、まぁそういう邪なことはするなという戒めだと思って真摯に受け止めておくとしよう。次は50000ヒットだが、いつになるやらわからないので…40000の雪辱を雪ぐべく、今からのんびり思案しておくとしよう♪最期に今まで見てくださった皆様へ今後も宜しくご指導ご鞭撻のほどを…40000ヒットのお礼を込めて^^ -きょう-
May 23, 2007
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ブログというものはおおよそ日記のように用いることが主だ。今日一日何があったのかを書くこと、自分の今の心境を書くことがメインであり、それ以外のことを書く事があったとしてもそれは「自分の感じていることを書く」という観点においては同列であり、その意義が揺らぐことはない。ブログというものの特性を考えれば、基本的には「何を書いてもいい」ということになっている。勿論これには「常識の範囲内」という言葉が付随するのだが、噛み砕いて言うのならば特定の人物や法人を誹謗中傷するような内容であるとか、モラルを疑われるような内容、読み手を不快にするような内容を書く事は差し控えるべきだ。そういう悪しき例はおいておくとして…。兎に角何を書いてもいいということは、書かれる内容というものはその人の感性によって大きく道筋が変わってくることになる。例えば1つのテーマに沿って多くの人がそれに対して感じたことを書いたとしても、おおよそその物事に対する感想に終始してしまうだろうが、その感じ方は多種多様で実に興味深いデータが取れるように思える。人の感性は文章力を超えたものがある、それは私の中では自明のことだ。くどくどと回りくどい説明をされるよりも、短い言葉で端的に表現された方が心に響くことも多々あるからだ。そのようなことを考えてみると…人気のあるブログには人が集まることになる。人気があるということはその管理人がとても共感を得られることを書いているからなのだが、そのような人気ブロガーが書いていることというのは「財布を拾ってそこに何百万円入っていた」 とか「面白い人に出逢った」などということではなく、むしろ日常にありふれていることであることが多い。確かに過去ログを見るとそのような面白い出来事も記載されていることがあるが、やはり大半は日常のありふれた出来事で構成されている。それが何故面白いのかというと…やはりその物事を捉える「目」とその物事を忠実に伝える「文章力・感性」だと言える。とても有名なブログを書いている人の多くは(芸能人のブログ以外)必ずといっていいくらいにその傾向にある。ここからは少し楽天ブログに限った内容になるのだが、悪しからず。。ブログの人気を推し量る為の指標は何かと考えてみると…やはりアクセス数とコメントの数だと言える。お気に入りの数もそれに近いかもしれないが、それは個人の意欲である程度変動する数値なので今回は含まないこととする。故あって名前を出すことは出来ないのだが、私がお気に入り登録させていただいている方々の多くはとても人気のあるブログだ。毎日山のようにコメントが来ていて、アクセス数も非常に高い。そのような方々のブログを眺めた後に自分のブログを顧みてみると多くの相違点が見られた。今回のテーマはそこだ、ずばり「人気ブログとその他大勢ブログの差は何か?」である。ある種とても卑近な例で言うのならば…私がお気に入り登録している方々のブログというのは日常的な内容について書かれていることが多いのだが、しかしその書き方に感心することが多くある。あまり変わり映えしない毎日をどのように多くを語らず表現できるか、ちょっとした変化を掻い摘んで上手く楽しく表現できるか…つまりは冒頭に述べたような「表現力・感性」の問題になってくるというわけだ。そのような意味では考えると、私のブログは…なんか面白くない!と我ながら思う。その証拠がこのような長々とした文に表れていると本気で思う。私の書いている内容を表現力豊かな方々が書くと、きっと数行で纏めることが出来るだろう、要は私の書き方は回りくどいのだ。長文がダメと言っているわけでは決してない。論じる内容が濃いもの、そして様々な視点からのアプローチ、それらが見事にミックスされている長文ならば素晴らしい出来になっているだろうが、残念ながら私の文章力ではこの程度が限界というわけだ。そこから導かれる結論は、表現力や感性が乏しいのではないかということだが…まぁ養うことも出来なさそうなので半ば諦めている_| ̄|○しかし私は敢えて回りくどい書き方をしているわけでは決してない。これが私の自然な書き方だし、思考回路を忠実に活字化したらこうなるというわけだ。このような表現力・感性の乏しいのもある意味では個性だと言えなくも無いような気がする。このような書き方をしている以上はたくさんの人が集まってくるブログになれないことを意味しているが、それでも1年以上この書き方で苦無く継続したことは自分の中でも大きいことなので、人気が出なくても自分らしくいこうと思う(笑)もうすぐ40000ヒットを目の前に今までの自分を反省してみたが…どうもネガティブになってしまったような気がしないでもない(苦笑)
May 22, 2007
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先ほど面接を取り付けていた会社から面接の日時が決定したことについての電話があった。しかし私はその会社の面接には行かない。それには理由がある。そもそも私がその会社を何故応募したかと言うと、そこの事務職に魅力を感じたからだった。しかしその会社から今日かかってきた電話の内容は事務職ではなく製造関係の仕事での求人をしていると当たり前のように言ってきたことだった。別に私は製造の方が事務より劣っていると言っているわけではない、しかし求人票に嘘の記載があったことがショックで…しかも考えを馳せていた分野とは違うところだからこそ断ろうと思ったわけだ。私だって仕事が決まらずに焦ってテンパっているのは自分でも充分に理解しているが、それでも給料が貰えればどこでもいいわけでは決して無い。拘りを持ちすぎているわけではないが、少しの拘りは持つべきだと社会人の先輩に教えて貰ったので、自分の中で譲れないものを確立してそこを守っているわけだ。事務だと思った矢先の製造なので断った、ただそれだけなのだが、断る時というのはどうも変に緊張して胃が痛くなるというものだ。面接を希望する、若しくは内定を貰った段階で断る時の常套句は何か?と聞かれればおおよそは「申し訳ありません、もう他の会社が決まってしまったので…」というあたりだろう。これは私ももう2回くらい言っているので慣れてはいるのだが、決まっていないのに決まったと嘘をついて断るというのはどうもいただけないことだ。本当にそのような状況になって断るのならまだしも、どこも決まっていないのにそんなことを言うのは切ないものだ。いつになるのかはわからないが本当にそう言える時がくればいいのだが…いつになることやら_| ̄|○今日は少し疑問に思ったことがあったのでそれを書いてみようと思う。内容は車の運転に関することだ。運転していたのだが、ふと缶コーヒーが飲みたくなって自動販売機で買う為に停車することにした。問題はその時に起きた。その道は片道1車線の緩やかな上りの後の、つまりは小さな丘の上のような上体の道路で、路側のラインが自転車が通れるくらいはあり、所謂ハザードを焚いて停車することが可能な道だった。そこに幅寄せしてハザードを焚いて反対車線にある自動販売機に走っていったのだが、車に帰ってきてみると私の真後ろに同じくカルディナが停車していて自動販売機で煙草を買う為に運転手が反対車線に走っているところだった。私が車に乗り込んだと同時に後ろの車の運転手も戻ってきたようで、いざ発進しようと思いハザードを消す為にハザードボタンに手を伸ばそうと思ってふと思った。その道は先ほども書いたように緩やかな上りの後の道なので、真後ろに停車している車が無い限りは後ろに車が来ているかどうかの状況が見える位置だった。つまり今の状況は真後ろに車、しかもカルディナのように大きな車が停車しているので後ろの状況が全くわからないようになってしまったというものだった。しかも後ろの車にしてみればもしも私がハザードを解除したら発進するという意思表示になるので私の車が発進しないと発進しない、これはルールだから当たり前だ。しかし私は私とて後ろの車がどいてくれないと後続車がどのような状況になるのかわからない。追突はされたくないので安全が確認できないと発進することが出来ない。結局相手のハラの探りあいのような駆け引きが数秒続いたのだが、結局私が意を決して飛び出した。幸いにして後続車は来ていなかったので大事には至らなかったものの、発進した後も腑に落ちないような奥歯に物が挟まったような…複雑な心境だった。家に帰って来てからも教習所で貰った教科書を見てみたが、解決策は記載されていなかった。このような状況ではどうするのがベストなのか未だにわからないというわけだ。このような状況は稀だが、今後ないとも限らない。今になって考えてみれば、同じ状況で同じように私が飛び出していれば事故をしていた可能性も否めない。だからと言ってカルディナの挙動に任せるというのも間違っているような気がする。消化不良で気持ち悪いとはこのことかもしれない。この場合…どっちがどうすればいいのかご存知の方はいらっしゃないだろうか?いらっしゃれば是非ともこのようなシチュエーションの回避法を把握していない私を助けて欲しいものだ。
May 21, 2007
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久方ぶりの田植えに駆り出されることとなった。一昨年と去年は田植えの時期に家に帰って来なかったこともあって手伝うことが出来なかったのだが、今年は今のところ家にいることが決定稿となっているので手伝うことにしたわけだ。折角家にいて食事等の世話をしてもらっているのだからそれくらいは恩返ししたいものだ。田植えをコンスタントに毎年やったことがある人がどれくらいいるのかはわからないが、あれはかなりの労力を要するものだ。長靴や帽子をかぶって体験的にやっただけの人ならわからないかもしれないが、毎年やるとなると体験では見えてこない様々な苦労が見えてくるというものだ。私は物心ついた頃から田植えを手伝っているのだが、やはり子どもの頃と今とでは田植え1つとってみてもそれに付随する苦労や見えない努力というものは雲泥の差があるというものだ。今年は特にその傾向が強く、苦労の耐えない田植えだった。まずは苗を田んぼに運んでくる作業からなのだが…そのような運搬には必ずと言っていいくらいに軽トラックが登場することになる。父さんが主戦力なので私はサブなのだが…できれば私だって何かの役に立てないかと色々思案した結果、軽トラックを運転して苗を運ぶ係りをかって出た。しかしここで問題が1つ…私は確かに免許は持っているが、MT車はもう3年近く運転していなくてかなり不安な滑り出しだった。まずはエンジンがかけられないことから始まった。「クラッチを踏む」という行程が頭の中からすっかり飛んでいってしまっていて、いきなりの大恥をかいたものだった。思い出すとそう難しいものではなく、華麗な(あくまで主観)運転を披露できた(笑)その時にトラブルが起きた。苗というのは植える前の段階で風に吹かれてしまうと葉の先が変色してしまい収穫時に多少なりとも影響が出たり、何よりも見栄えが良くないというデメリットがある。雨にもそこまで強いものではないので田植えの時期にはハウスの中で苗を保管することになる。私の町の制度がそうなのかどうかはわからないが、田植えに必要な苗をハウスで育てるということには大変な労力がかかる。普通ハウスでは季節が異なる野菜や果実を温度調節して育てるという目的があるのだが、田植えに使う苗には温度調節の必要がそれほどなく、ただある程度の雨風を防ぐという目的にしか活用されない。1年でただ一時期苗を保存しておく為だけにハウスを建てるということは建設的では決して無い。農業を営んでいる比率が高い地域になればなるほどこの流れは顕著で…私の町も例外ではなかった。なのでそれを効率的に解消する策として、大きな田んぼや畑を持っている地主的な人に苗の管理を一任してそこからいただいた後に田植えを行うという方法が取られた。その地主的な人物は毎年変わるようで…今年は3年前にいただきに行ったところとはまた別のところだったのを記憶していたものだった。事件というのはそのハウスの中で起こった。今年わが町は例年以上に雨が降ったせいか地盤が非常に緩んでいた。なんとなくハウスの前がぬかるんでいるように見えたのだが…気にしないで苗を取りにハウスの中にトラックをつけた。3反ある田んぼの苗を確実に確保するには最低でも66箱の苗が必要になる。幸先よく1かん運んでしまって2かんめになった時に、少しでもトラックをハウスの奥につけようとぎりぎりまで進んだ結果…見事ぬかるみにはまりました_| ̄|○もう何をやっても抜け出せない。ハウスの横に停めてあった車を使いロープで牽引する作戦に出たがロープが弱すぎてぷちぷち切れる始末だ。もうどうしようもなくなくなって日も暮れてくるし途方にくれていると、父さんがやっと新しいロープを持ってきてくれた。それでマックスパワーで牽引するとやっと抜け出すことが出来た。2かんめを運ぶ所要時間はトラブル含めおよそ1時間半だった、普通なら往復10分の道を…だ(苦笑)そんなわけで無駄に時間を割いた結果やっと田植えをする準備が出来たのでようやくかかることにした。勿論夕方になってしまったので次の日に持ち越しだ。まぁ紆余曲折ありながら3反終わるのに6時間かかることになった。面白かったのは田植え機が3反終わった瞬間に使命をまっとうしたかのように動かなくなったことだった。この田植え機は毎年トラブルを爽やかに運んでくる問題児なので今年もやらかすのではないかと注意していたのだが、今年は途中で止まらずに完全燃焼して真っ白に燃え尽きたようだった(笑)様々苦労はあったが農家の一大イベントである田植えを終えることが出来た。一日中屈んでいたので腰が痛くて痛くて仕方ないのだが、綺麗に晴れた中でする田植えは気持ちよくてまたいいものだと思ったものだった。少年が向かいの川で釣りをしていて、鳶が空を旋回している。なかなか絵になる風景だったのだ、実に情緒深い。近くの川でばしゃばしゃ騒いでいる魚に興味を示さなくなっただけ大人になったということなのかもしれない(笑)
May 20, 2007
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ここのところ妙な事件ばかりが続いているような気がする。長久手町の立てこもり然り17歳の少年の母親惨殺然り子どもをバイクの荷入れに入れて殺してしまう事件然り…これら1つ1つについては多くの考え方があるだろう、概ねは批判的な意見であることが多い。しかしそれらについて論じることがそのことを解決するかと言えば必ずしもそうではない。それはあくまで自分の中に宿った「噛み砕き方・忘れ方」の1つであって、それが世に出ることは稀だ。しかし民意というのはそういうものの積み重ねであることは自明だ。全員が同じような批判的な意見を言ったところで状況は変わらない、現に悲しい事件は頻発しているのだから。煽ることで事件は増大する。煽らなければ煽られないというフラストレーションからまた事件は起こってしまう。では一体どうすればいいのかと思うことが時々ある。自分のあり方1つで事件の有無が決定するのなら…私は様々な事件について考えを吐き出していこうと思う。しかしそれにしても…同じような観点でしか意見を述べることの出来ない事件が多いということは悲しいことだ。コウノトリの赤ちゃんが自然の環境で43年ぶりに孵化した。これはとても明るくて素敵なニュースだ。私の町の近くなので感激もひとしおというものだ。それと同じことで…私の町の砂浜が天然記念物に指定された。これもとても喜ばしいことだった。小さな頃からずっと慣れ親しんだところが天然記念物になるということはそうそうあることではない、嬉しくなって今度久しぶりに行ってみようと思った。しかしそのニュースなどすぐに右から左へ流れていき…次の瞬間にはもうどこかで誰かが殺されたということばかりを中心においたニュースが始まる。「悪貨は良貨を駆逐する」ではないが、もう少し長い時間を割いてこのようなニュースを報道して欲しいものだ。犯人がどうとか動機がどうとか人間臭い…ある意味では人間の負の部分だけを抽出したようなものを洗脳のように聞かされることがいい効果を齎すことなどありえない。しかし今はそういう時代なのかもしれない。そう思うとやりきれないものだ。ネガティブな始まりで…しかも悲しい事件ばかりなので今日はちょっとだけ明るいことを書いてみようと思う。これはちょうど2日前のことだった。以前から私の父が新しい事業を展開しようと昔の職場の仲間と思案している姿をよく見ていた。具体的に何をするのかは知らなかったのだが、30年以上勤め上げた会社を辞めた父はなんとなくやりたいこととやらなければならないことを見失ったように見えたので、いい兆候だと感じていたものだった。そしてつい先日、父がそのことを食事の場で発表した。なんと父はコンビニの店長をやるなどと言い出したのだ。仕事を辞めたのが結構な年齢だったこともあって、今はアルバイトの延長のような場所で細々と働いていたのだが、今の年齢を苦にせず新しいことに挑もうと思案した結果がそれだった。私は最初は笑ってしまったのだが、父が妙に熱心に話をするので聞き入ってしまった。確かにコンビニの店長というのはいいところに目をつけたと思う。普通なら対して珍しいものでもないので「そうか?」と思うかもしれないが、私の町にはコンビニがないのだ。コンビニの設置を求めている層はあるものの未だそれが実現されずにいたのだ、そこにこの話だ。ただでさえ「コンビニがあればなぁ…」と言ったような雰囲気にコンビニが出来ればそこは相当盛り上がることになるだろう、それを見越した上での店長の話だった。それに付随する話を聞いているうちに、父がやりたいことだと感じたので私は乗り気になって「やればいいんじゃない?」と賛成の意を示したのだが…そうは問屋がおろさないのが母の存在だ。私の母は妙なリアリストで、意味のないことを非常に嫌う人だった。私の就職に関しても少しでも納得できないことがあると口を挟んできてよく私とも言い争いになるほどだった。ちなみに…お互いに言い分があるので話し合っているレベルの+アルファなので、仲が悪いわけではないのであしからず(笑)その母がやはり口を開いた。やはり懐疑的な意見だった。そんなこんなで家族3人で食事をそっちのけでどうするかどうかを話し合っていたのだが、意見が多く分割され結局合意には至らなかった。次の日の朝方、朝食の前に私は父に呼ばれた。父「きょう、ちょっとそこに座りなさい」これはかなりマズいトーンだなぁと思いながら父の前に座り何を言い出すのかドキドキしながら聞いていた。すると父「あのな、昨日話してたことなんだけど…父さんの独断ではどうすることも出来ないってことがわかったんよ。だから… 占い師に聞いてみようと思うんだけど…」ええっ!!!??ちょ、極端すぎない!!?思わず笑ってしまったのだが、父はいたって真面目顔だった。どうやら一晩本気で悩んでそれでも結論が出なかったので運勢的な何かに縋ることにしたようだった。昨晩冗談半分で聞いていた自分をほんのちょっとだけ反省しながら話を聞いていると、そういう仕事面だけでの案件で占い師を訪れるのもなんとなくプライドが許さないそうで、私の仕事や色々な運勢を聞きたいという体でいくということらしい。私に話したのはそれを聞いていいかどうかという承諾を得たかったということらしい。まぁ私としてもどんな仕事が向いているのかということを客観的且つ占いという観点から知っておくのは面白いと思ったので快諾した。そして父は意気揚々とその占い師のところへと出発した。その後母と私「なに?父さんはそんなに切羽詰ったん?」母「あれから色々話したけど纏まらなくてなんだって」といったようなことを話したのだが、そこまで悩んでいたとは露知らずだった。これはそれも含めて私のことも聞けるのだろうと楽しみに父が帰ってくるのを待っていた。数時間後、父は帰ってきた。どうやら占い師の話ではその仕事は大きな利益に繋がるものなのでやった方がいいと言われてきたようだったのだが、まぁそれくらいで即決するのならそこまで悩まないということで…それを踏まえた上で考えてみるようだった。一方私はと言えば…箇条書きにするなら以下の通りだった。・仕事に関しては事務系や技術職系が向いているらしい・一端仕事に就くと努力を惜しまないのでどんな仕事でもレベルの差はあれど向いているらしい・来年に恋人現る・結婚は27歳がベスト・私は次男なのだが、家を継ぐのも地元に帰ってくるのもどちらでもいい模様・仕事は来年から軌道に乗るとのことらしい。どうも1つ目と2つ目が矛盾しているような気がしないでもないのだが、私が注目したのは3つ目と4つ目だった。「恋人が出来る」と「仕事が軌道に乗る」は一見全く関係ないように見えるかもしれないが、関係付けるとするならば恋人が出来て仕事を頑張るといったところかもしれない。確かに私はそういうことで頑張れるようなところがあるような気がする、それがそのままモチベーションに繋がると言ったところかもしれない。この結果を総合すると…私の転機は来年のようだ。だからと言って今年手を抜くなどは言語道断だ。運命の流れは努力を惜しまない人に向けて流れてくるものなのだろうということは日々感じていることなので、今年も精一杯努力した結果そのようなラインに乗ってくるという具合なのかもしれない。勿論鵜呑みにしたわけではないが、これを聞いてテンションが上がったのは紛れも無い事実だった(笑)出来れば鵜呑みにしたい、そして全てがこの占い師の言う通りになって欲しい。そうすれば仕事も順調にこなして大好きな彼女もいる、そんな夢のような未来が待っているのだから♪
May 19, 2007
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救援の要請がない。今私が勤めている塾は稀に見るピンチを迎えている。それは今が試験時期だということが関係しているのだが、塾の規模が小規模であるが故に講師が足りなくて仕方ないということらしい。なので私に白羽の矢が立つのかと思いきや…ぎりぎりながらもなんとかベテラン講師陣で情勢を保っているらしい。確かに私は3流私立出なのでそこまで戦力にはならないし、そもそもその塾に籍をおいてそれほど時間もたっていないので足手まといになるのかもしれないが、呼ばれればすぐに出て行く準備をしていただけにそのような扱いは少しだけブルーになるというものだった。まぁ今学期始まってすぐの試験で私如きを召喚するとなると、相当のピンチだとも言える。そういう意味ではマックスミニだったのかもしれない(笑)今日は昨日の話の続きだ。後編だけあって短い仕上がりになっているのだが、まぁそれはそれでいいものかもしれないので気にしないでおこう。私と猫との抗争の日々は10数年前から始まっている。物心ついた頃から生活の近くには必ずと言っていいくらいに野良猫がいて…そして生活を脅かす存在であったという半生を過ごしてきた。確かに田舎に限らず都会でも野良猫はどこにでもいるのだが、何故か私の家は野良猫が集まるポイントになっているようだった。それも何故だか数年前からその流れが強力になっているような気がしてやまない。家で飼われている猫はどうなのかはわからないが、私の家の周りに棲みついている野良猫は4月の終わりから5月の始まりくらいが子どもを生む時期になっている。そうなるとそこかしこに猫が溢れることになり、子孫繁栄に勤しむことになる。その時期にはオスだけではなくメスもナイーブにするようで、日頃のいたずら(とは思っていないが、客観的にはいたずらレベルなのかもしれない)にも輪がかかってくることになる。その時期には糞や鳴き声と言った被害が熾烈を極めることになるのだが、子どもが生まれたら生まれたでまたややこしいことになる。これまた何故なのかはわからないのだが、私の家の周りの野良は育児放棄する傾向にある。しかも生まれた子どもは妙に帰巣本能(というものがあるのかどうかはわからないし、そもそも私の家は野良の巣ではないのだが)が強いと来ている。その結果生じる事象は…子どもが車に轢かれてしまい、しかもその猫が私の家の玄関まで瀕死で歩いて来て天に召されるという結果なのだ。朝学校に行こうと玄関の扉を開けると目の前で頭がパッカリ割れた猫が死んでいるという図は決して気持ちのいいものではないはずだ。少なくとも私はそういう趣味はないので…切ない気持ちになりながらそれを片付けることになるのだ。それというのも私の家の前が事故多発地帯であることも関係しているのだが…少なくとも親猫に育児本能があればこんなことは起こらないのではないだろうかと思うこともある。育てる気がないままに生まれた子どもの末路は人間も猫も同じなのかもしれない。まぁしかし…バイクの荷入れに入れられて人生を終えるよりは母親を追っかけていって車に轢かれる方が悲しい最期ではあるが幾分幸せなのかもしれない。親の子どもへの気持ちは別として…。
May 18, 2007
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午前中は天気が良かったのに、東の空が暗くなったと思いきやすぐに雨が降ってきた。しかも普通の雨ではなく、かなり強めの雨だった。私の地元は大きな(あくまで田舎クオリティ)バイパスが通っているのだが、その横には小さな(これは一般的な)川が流れている。この川は川と呼ぶにもおこがましいような溝に毛が生えた程度の規模で、少しの雨ですぐに増水してしまうという川の本来の意味を忘れてしまったような代物だった。1度でも大きな台風でも来ようものならすぐに増水してしまい、道が膝上くらいまでの浸水になってしまうというものだった。私の母が子どもの頃には今以上に灌漑設備が普及しておらず、水の浸水具合も半端ではなく、本当の意味での洪水と化していたようだったのだが今はそんなことはなく最悪でも膝上くらいといった具合だった。その頃は台風が来たらその地域に住んでいる人は外出不可になってしまい、レスキューがロープをつたわせて住民を救助するといったような大規模な救助劇を演じていたようだった。そのようなものから考えると地方行政はそれなりに灌漑設備を発展させていると思い、所謂「お役所仕事」になっていなくて安心だというものだ。流石に20数年放置するなど言語道断だからだ。そんな背景があったので今日のそれはその道がまた増水してしまうのかと懸念してしまうほどの大雨だった。しかし幸いにもすぐに止んだので事なきを得た。まぁ今は田植えの時期なので水を入れるという意味では良かったのかもしれない(笑)今日も「くだらない話」だ。最近はこのカテゴリに合致するような出来事ばかりで本当にくだらない内容に成り下がっているような懸念もないでもないが、まぁ苦労していることといえばそうなので書いてみようと思う。それは猫に関することだ。田舎というものは一般的に猫や犬といった飼われていない所謂野良が非常に多いところだ。私の地元も例外ではなく、毎年多くの猫がそこかしこを闊歩していて、非常に微笑ましい光景だと言える、外から見れば…。一端その環境と直に接している状態から見てみると…それは大いなる脅威でしかない。野良はなまじ生命力が強いもので、その被害は多岐に渡ることになる。まず一番鬱陶しいのが玄関やそこかしこに糞をすることだ。これが強烈な匂いを発しており、片付ける側にしてみれば非常に厄介極まりない。私も何度かその役目を仰せつかった(というか押し付けられた)のだが、これはかなりブルーになる仕事だと言える。それというのも私の家がある環境が問題だからだとも言える。私の家は国道に沿った場所にあるのだが、すぐ横に私道が走っており上の方の家に繋がっているのだが、その家が魚を調理加工して売りに出している仕事をしているのだ。仕事とはいっても副業程度で趣味の範疇を超えないのだが、そのような仕事は魚を干すという作業を例外なく行わなければならないので野良猫を集める結果になる。そのせいで私の家の近くには多くの猫が屯することになる。それだけではなく、私の向かいの家では野良猫に餌付けをしているご老人が住んでいるのだ。私の町の制度では野良猫に餌付けをする行為は原則禁止されている。再三の町役場からの勧告を無視して餌付けをし続けているご老人のおかげでまた私の家の周りを猫が闊歩する結果になるのだ。その野良猫は餌を貰えるということを察知しているのかどうかはわからないが、その家の近くでは糞をしないようにしているようだ。よって必然的に糞をするなら私の家の敷地内ということになる。見ているぶんには大いに和むのだが、その被害を直に受けると少しブルーになるというものだ。そこで私は考えた。野良の中でもリーダー格の三毛猫の野良がいるのだが、その猫がどうもこの辺りの猫を統率しているようだった。本来猫に群れを成す習性はないものの、明らかにその猫の先導的な部分を感じて仕方ない。なのでその猫を重点的に私の家に近づけないようにすることにした。しかし餌付けされている猫というのは人になれているというもので…いくら追いかけていっても逆にこっちがバカにされているような気がしてならない。ここはガツンといきたいのだが…生憎私に動物を虐待して快楽を得るような性分はないのでそこまで強くできないでいる。ここまで猫を煙たがるのにも理由がある。それは… ~つづく~
May 17, 2007
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某お昼のトークを売りにしているテレビ番組、所謂賽子を振ってそこに書かれている内容のことを話すというテレビ番組を見ている夢で目が覚めた。変にリアルな内容だったので時間を見たが、いつも通りの起床時間だった。落ちる夢であるとか追いかけられる夢ならばある程度の心境がわかってくるというものなのだが、そのような夢を見るという自分の心理がいまいち掴みきれない。もしかしたら疲れているのかもしれない、なんとなくそう思った。そんなわけで今日もいつも通りの生活リズムで職業安定所に向かった。件の事件(あくまで私の中だけでの事件なのだが、昨日の日記参照)のことで一言文句を言おうと息巻いていたのだが、よく考えてみれば求人を紹介した安定所側に責はないことに気づいた。少しここ最近一番憤慨した出来事だっただけに冷静さを欠いていたのかもしれない。落ち着いて考えてみると誰にでもわかるようなことだった。そんなわけで隣町の職業安定所に着いた頃にはすっかり冷静になっており、別段文句を言うわけでもなくいつも通り求人を眺めていた次第だ。まぁよくよく考えてみると紹介した側もある意味では被害を蒙っているわけだ、私だけ怒っているのもどうかと思うので忘れることにした。不運は連続するが、それを八つ当たりされるということはその会社以上に愚かな行為だと認識しているからだ。今思うと職業安定所に行こうと車に乗り込んでいる時の私は危うく人道を外れるところのギリギリのラインだったのかもしれない。連日の不運を払拭するかのように今日はいい求人が多くあった。2件の求人に応募できる段階までいって紹介状を発行してもらったのだが…妙な疑心暗鬼とも言うべきかどうかはわからないが、それを手にした途端に不安になってきた。「また拒否されるのではないだろうか?」と、一昔前にかかっていた女性不信が再来したかのような変な緊張感が走ったものだった。一応まだ面接してもらえるかどうかということはわからないのだが、今のところはいい色の返事だと言えなくもない。このまま面接にこぎつけられれば万々歳だ。ここ最近の出来事のせいで自分の中のハードルがおかしなことになっている気がする。面接は当然で合否にどきどきするわけではなく、面接をしてもらえるかどうかでドキドキしている私はかなりイタい人間だと言えるのかもしれない(苦笑)職業安定所が10時に受付開始になり、そしてそこに辿り着くまでに20分近くかかるということで…早起きしても何もすることがない。そこでなんとはなしにテレビを点けているのだが、そこでいつも占いをやっている。他の占いに関しては運勢が拮抗しているので何も文句を言うつもりはないのだが、と○○ネ、あの番組だけはどうも恣意的な流れを感じて仕方ない。あれはどういうことなのだろう?そもそもと○○ネの占いは血液型での占いだ。星座に比べて血液型というのは人口における密度が均一ではない、つまり星座ならばおおよそ12等分になるのだが、血液型4種が均一ではないということだ。言わずもがなだが日本で一番多いのはAとBだ。次にOがきて最後にABという人口分布になっている。そもそもにおいて運勢を血液型でわけるということ自体に不合理を感じるのであるが…あの番組は絶対におかしい。論拠はないが、そう…おかしいのだ。何がおかしいのかと言うと…AB型の勝率が異常に悪いのだ。私自身AB型だからこそ余計にその齟齬に悩んでいるのかもしれないが、明らかにA型やB型よりの結果になっているような気がしてならない。もしも私がA型やB型であったのならそこまで文句は言わないかもしれないが、あそこまでAB型が虐げられるのも不合理に思えて仕方ないというわけだ。確かにAB型の絶対数は少ない、2割にも満たないかもしれない。もしかしたら少ないという理由で「4位にしとけ」という意思が働いているのだろうかと思えるくらいに順位が低いのだ。これを感じているAB型の同志はいるだろうか?まぁそもそもAB型自体少ないのだが(笑)っていうか…なんでキツネなのだろう(汗)
May 16, 2007
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まただ。また愚かな行為によって面接するはずのところがポシャってしまった。これが初めてならば私もそこまで怒りはしないのだが、もう2回目なので怒り心頭というわけだ。ただ単に面接ができないという旨を伝えるだけならば会社の事情も察して仕方の無いことだと諦めることができるのだが…件の2社に関しては明らかに就職をしたいという人の労力と苦労を愚弄する行為としか見えない。今度またこんなことがあれば、職業安定所に文句を言いに行こうと誓った出来事だった。ことの発端は私がある求人を見て、そこに応募したことから始まった。そこは3月の30日から募集しているにも関わらず未だ応募者が2名という場所だった。その2名というのも最近になって面接をした結果待ちらしく、私もそこに競合していこうと思っていたところだった。そして一昨日に応募したのだが、会社側の返答は「後日面接日に関して連絡差し上げます」とのことだった。私としては一刻も早く面接して欲しい気持ちだったのだが、会社がそう言っているのなら仕方ない。他の求人でも見ながら待っていることにした。そして今日会社から電話があった。その内容というのが「もう決まりましたので面接には来て頂かなくて結構です」とのことだった。こんな扱いがあっていいのだろうか?面接をする前に決まってしまうことは中途採用の世界ではよくあることだ、そこに関して怒っているわけではない。先ほども書いたように、その求人に面接を希望しているのは先に受けた2名の他には私だけなのだ。私よりも早くそこの会社の面接を希望して3人から選んでいるという段階ならばまだ理解できる。前の2人はもう面接を終わっており結果待ちだったのだが、その2名のどちらかから決めたというのが会社側の返答だった。面接をした上で落とされるのならば私の力量不足ということで納得もできるのだが、先に受けた2人から採用するということは、私が面接を受けたいと通達した時に「すみません、もう締め切りましたので」と言えば済む話なのだ。それをしないで期待だけ持たせておいて門前払いなど言語道断だ。これが社会の常識なのだろうか?会社にしてみれば自分の会社を受けたいと希望している1人かもしれないが、受ける側にしてみれば全ての会社会社に全力投球なのだ。折角紹介状を作ってくれた職業安定所に悪いと思わないのだろうか?もう2回目なのでかなり憤慨している。もうこんな就職希望者を愚弄するような扱いが行われないことを祈ってやまない。先日衝撃的な報道がなされた。福島県会津若松で17歳の少年が自分の母親を絞殺して首を切断し、その首を持って警察に出頭したという事件が起こったらしい。どの報道機関もこの事件の「特異性」を際立たせるような概念を念頭において報道しているように見えるが…果たしてそれが正しいのだろうかと思うことがある。確かに自分の母親を殺すというだけでも相当特異だ。しかもその母親の首を切断し、それを持って警察に出頭するなど最早常軌を逸しているとしか思えない。だが、だからと言って少年が「何故そのようなことを行ったのか?」という観点から少年の心の闇をプロファイリングしようとする流れが当然なのは何故なのだろうか?世間では殺人事件が溢れている。悲しきかな誰一人殺されない日などないように思える。殺人における原因の多くは金銭トラブルや怨恨によるものだ。それは誰にでも起こりうることだし、殺害方法は度外視してもそこまで珍しいものではないように思える。つまりこれは殺人を犯した犯人の心情をある程度だが「理解できる」ということだ。一方今回の事件の犯人である17歳の少年が自分の母親を絞殺し首を切断して、しかもそれを鞄に入れて警察に持っていくという心理を理解できる人がいるだろうか?否、理解してどうなるのだろうか?いつまで経っても「何故起きたのか?」ということを考えているようだが、もしも報道がその少年が何故そのようなことをしたのか理解できたとして…理解して何になるのだろうか。同等の犯罪を抑止することができるのだろうか?それはきっと叶わないことだ。むしろ事件の特異性だけを取り出して報道するということは、模倣犯・愉快犯を生み出すことにはならないだろうか?これはあくまで私個人の考察なのだが、少年には目立ちたいという気持ちが欠片でもあったと考えている。報道の一部で同じ高校に通っているクラスメイトや同じ学年の生徒に、犯行を犯した生徒がどのような生徒だったのかを問うている場面があったのだが、皆が口を揃えて「大人しい人だった」と答えている。そのようなところから、多くの人がいる中で自己の存在を上手く表現することが出来ないで鬱積した気持ちがあったと推察できる。特異な犯行をすればするほど報道は騒ぐ。解決の糸口になるとは思えないような情報を再三繰り返して悲劇性や犯人の意図を理解しようと必死になる。それがそもそもいけないのだ。以前にもブログに書いたことかもしれないが、報道が犯罪を助長しているという事実は悲しきかな存在している。そのような事件が起こったからこそ余計に報道規制をするべきだ。そのような事件を起こせば目立てるという歪んだ感情を増大させる結果にならないとは誰も言えないからだ。なので私は今回の事件は「母親を殺した殺人事件がありました」という報道レベルで抑えておくべきだったと思っている。あながち間違いではないはずだ。野次馬が多く集まるものというのは、事件の特異性を嗅ぎつけたわけではなく…おおごとに扱うからこそだという基本的な概念を欠いたもののように思えて仕方ない。なんだかんだ言って報道機関も法人だ、ボランティアでやっているわけではない。だからと言って掻き立てるだけ掻き立てるという行為が正当化されるわけでは決してない。今後は犯罪というものがどのような経路で起こるのか、模倣犯・愉快犯を封殺するような抜本的な報道体制が必要だと思える。
May 15, 2007
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久しぶりに朝日を見た。水平線からゆっくりと上がってくる朝日、そして波1つない海、都会に比べて田舎の方が空気が澄んでいて太陽にしても海にしても綺麗に見えるというものだ。得体が知れないけど何かよくわからないものに追われていて時間を気にするばかりの生活をしていたのだが、ふとそのような自然の情景を見ると心が落ち着くというものだ。思わず携帯電話を取り出して写真を撮ってしまった。きっとそのこと自体の意味もわからないでなんとなく高校に通っていたあの頃には感じることのない感情なのかもしれない。それなりに落ち着ける年齢になってくるとそのような当たり前の風景でも感動を覚えるというものだ。しかし残念なことに、そのような綺麗な風景の横でワカメを一心不乱にとっているおばさんやおじさんがいたことが感動を半減させていた。内々の話になるのだが、今の時期私の地元の海ではワカメの子どもを育成する時期にある、なので時間帯で取れる時間と取れない時間が分けられているのだ。私が海にいた時間は朝の5時半くらいなので…それくらいが漁のピークなのだ。まぁ田舎らしい風景と言えばそれまでだが、情緒には欠けるというものだ。いつも通り午前中は就職活動ということで職業安定所に向かうことにした。その道中1台の箱バンに後ろをぴったりとつけられて妙にプレッシャーを与えられたものなのだが、業を煮やしたのかどうかはわからないが、追い越し禁止のところで無理矢理に私の車を追い越した。まぁ私の車は軽なので追い越されることにも慣れているし、追い越されたからといって意固地になって抜かせまいとするであるとか、抜き返すといった子どものような精神の持ち主でもないので特に気にしていなかったのだが、その箱バンに抜かれてからしばらく走ると信号があり、私を抜かした車もそこで停車していた。どうせ停車するならそんなに急がなくてもいいのにと思っていると、ふとその車の後部に張ってあるステッカーが目に付いた。そこにはこう書かれていた。I love safety drive (はーと)んなバカな。。。法定速度を遵守している私を追い越し禁止区域で抜かした車のステッカーにそんなことが書いてあるなんて驚きだ。これがセイフティードライブならば私はある意味検挙されるかもしれないと田舎クオリティの凄さを思い知ったものだった(笑)まぁそんなこともありつつ…今日は今日とて仕事の日だった。中学校はそろそろ中間試験の時期なので塾内もかなり殺伐とした雰囲気になるのだがここは講師の腕の見せ所だ、担当している生徒全員を平均点以上に押し上げようと妙なプレッシャーというかノルマがあるので胃が痛くなるというものだ。まぁ私にとっても新人だとかいうことは関係なく、そのノルマが課せられることとなった。考えてみれば責任の付随しない状況というのはそのままやる気に繋がらないことになる。失敗しても構わないと最初に言われてしまえば全力を出せないということはままあることだからだ。しかし私にしてみれば責任がくっついてくるのはむしろウェルカムで、その方が頑張れるというものだ。そんなわけで今日の仕事に挑んだわけだが…私の担当している生徒達は思いのほか理解してくれているようで嬉しくなることがある。それがひとえに私の功労ではないにしても、少なくとも学校の授業と私の講義で理解してくれているのだから喜びも一入というわけだ。これからが試験期間真っ盛りになるので、私が起用される機会も多くなるかもしれない、ここからが踏ん張りどころというわけだ。講師を始めてもうそろそろ1ヶ月経つわけだが、私のレギュラー勤務の生徒で1人の生徒と仲良くなることが出来た。その子は中学校3年生の女の子で、勉強的には集中力に欠けるという問題点を抱えた子だった。しかも宿題はやってこないし忘れ物も多いという要らないオプション付きだ。この子の集中力を補うことは無理だとしても、中間試験までに宿題や忘れ物をしっかり守れる子にしてあげようと他の生徒よりも余計に気にかけていてあげたものだった。集中力や注意力散漫な生徒は総じて勉強を世界で一番つまらないと思っている節がある、なので塾に来るのも嫌々で、それが負の循環を生んでいるという状況になってしまう。なので私が講じた策の1つ目が、塾を面白いと思ってもらうことだった。幸いにしてその子と仲良くなるきっかけを最初の授業で見つけることが出来たので、それをもとに勉強の合間に世間話や私の高校生や中学生の頃の話をしてあげるとよく笑ってくれて、それが勉強のやる気に少しだけ繋がったようだった。本当にくだらないことを拾って話を拡大することが得意な私なりのアプローチだったかもしれない。結果3回目の今日は相変わらず宿題や忘れ物は多いものの、集中力は取り戻すことが出来た。難しいと思っていた課題を達成した私はある意味この仕事が天職かもしれないと思いだしてきたという単純さぶりというわけだ(笑)そんなこんなで今日も終わっていった。平凡だが小さなことに喜びを感じる私には1日1日が充実していて楽しい。こんな感情は久しぶりだ、1日を大切にできる生活が続いている。あの頃からちっとも変わってない…ちょっと鼻にかかった君の声も…もう2回も聞けたしね♪
May 14, 2007
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暖かくなったと思ったら一転夕方から夜にかけての気温が一気に下がってしまった。通常20℃と言えばそこまで涼しいと感じることはないのだが、それでも前の日の気温から比べると一気に7℃くらい下がったので寒く感じるというものだ。実際昼間には長袖のシャツ1枚で過ごしていたので余計にそれが顕著で、夕方くらいからはくしゃみが止まらなくなってしまった。その結果鼻の調子が悪くなってしまった次第だ。まぁ埃や汚れには敏感な体質なのでそう珍しいことではない、必ず効く治し方を熟知している以上はそこまで問題でもないように思える。話は変わって明日は葵祭りだ。京都の三大祭りの1つであり、尚且つ今まで見たこともなかったので見に行ってみようと思う。幸いにして明日はまた1つ会社の面接に京都まで行くことになっている。葵祭りの交通規制が始まる前に面接を終わらせて見学でもして帰るとしよう。折角京都市内まで行くのだから何かしておきたいというものだ。では本題へ。しかし今日の内容は本気でくだらないので暇な方だけ読んでくだされば幸いだ。それほどのくだらなさなのだ(笑)コーヒー論争とタイトルを入れたもののそこまで大袈裟なものではないことは自明だ。コーヒー論争とは以前にこのブログにも多く登場していた友人との議論のうちの1つであり、未だに明確な答えは出ていないものだった。ずばり論点は「ミルクを入れたコーヒーとブラックコーヒーではどっちが本当のコーヒーか?」ということだ。私はコーヒーが大好きで1日に確実に2杯は飲むようにしている。そこには健康への気遣いという概念があるわけでもなく、ただ単に好きだという理由からだ。高校生になるまではいつもコーヒーにはミルクと砂糖を入れて飲んでいたのだが、高校生からは格好だけでも大人に近づこうとブラックコーヒーを飲むようになった。はじめは苦くてとても飲めたものではなかったが、お茶と同じで「こういうものだ」と思うようにすればそう苦でもないように思えるようになった。それからずっとブラックを飲んでいると、今ではそれが当たり前になってしまいミルクや砂糖を入れると胸が悪くなってしまいそうでブラックコーヒー以外は好まなくなってしまった。一方友人はと言えばミルクも砂糖も大量に入れるような飲み方を現在まで継承している人で、コーヒーとはミルクと砂糖を入れるのが当然で、それ以外は純正のコーヒーではないと豪語してやまない人だった。その友人は家が近いことも関係して私の家によく来たのだが、そのたびに私が振舞うコーヒーに対して文句を言っているものだった。私がコーヒーをブラックでしか飲まないということは、家の備蓄にミルクがないことを意味している、友人にしてみればそれがかなり不満なようだった。そのことが鬱積していってかどうかはわからないが、遂にはどちらのコーヒーが本当のコーヒーなのかを議論することとなった。まことに下らないことは承知だが…ブラック派の私としては引けない一線ではあったので受けて立つことにしたという顛末だ。友人曰く、コーヒーというのが正式名称である以上はブラックコーヒーというのはコーヒーというものをブラックにしているという考え方らしい。つまり大元はミルクを入れるもので、ブラックが好きな人の為にブラックコーヒーをわざわざ用意しているということだ。よって本当のコーヒーはミルクと砂糖を入れるコーヒーだと主張していた。一方私が主張したのは喫茶店でのコーヒーの出し方だった。喫茶店でアメリカンやブレンドを頼むとブラックの状態で持ってきてくれて、コーヒーカップの横に砂糖とミルクが置いてあるという状態が普通だ。もし仮に本当のコーヒーがホワイトコーヒーであるのならば最初から混ぜて持ってきてくれるに違いない。それでなくてもブラックとホワイトの明確な分け方をメニューに記載しておくのが常識ではないのだろうか?それを考えるとブラックがコーヒーの真なる姿であって、ホワイトは本当のコーヒーを「加工」したものだと議論展開した。それに加えてインスタントコーヒーの売られ方についても言及した。インスタントコーヒーは大体お湯を入れるだけで作れるものなのだが、お湯を入れるだけでミルクも砂糖も入っているコーヒーを私は見たことがなかった。もし仮に本当のコーヒーがホワイトであると社会全体が認識しているのならば、今のブラックのインスタントコーヒーのシェアと同じくらいお湯を入れるだけでホワイトコーヒーになるコーヒーが大きな需要を獲得しているはずだ。しかしそれがないということは世間で言うところの「コーヒー」はブラックであることを暗に示しており、ホワイトは後から出来たものだと主張した。しかしこれに関しては友人の反論があり、ホワイトとは言ってもミルクや砂糖の濃さは人それぞれに好みがあり、規定を作って一概にその量を決めうちして売ることは需要の拡大に繋がらない。つまりはコーヒーの手前であるブラックコーヒーだけを売り出すことにして、ミルクや砂糖は個人の好みに従って入れるという意図で今のインスタントコーヒーは売り出されているに違いないとのことだった。しかしそれには更に私が反論した。仮にホワイトコーヒーが本当のコーヒーだとするならば…それならインスタントコーヒーのラベルに「砂糖とミルクを入れてお楽しみください」であるとか、インスタントコーヒーとセットで砂糖やミルクが売られているという販売形式にした方がコーヒーのあるべき姿に近いし、需要も拡大するのではないか?しかし実際にはブラック状態のインスタントコーヒーしか売られていないのでホワイトが大元であるという証拠にはならないのではないかという旨で反論したわけだ。とまぁこんなような言い合いがしばらく続いた後、論点は徐々にずれていき、ホワイトとブラックではどちらが飲む人が多いのかという話になり、結局最終的には自分が好きなように飲めればそれがコーヒーだという結論で妥協した。そう、妥協したのだ。結局このことに結論は出ていない。今はその友人とは離れて住んでいるので会うことはないのだが、もしまた邂逅すれば議論が始まりそうでちょっと怖い(笑)元来そういう類の話が好きなので盛り上がる性格なのだが…大の大人が2人でコーヒーの真の姿について語っている姿は傍目には少々不気味に見えたに違いない(苦笑)
May 13, 2007
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午前中に久々に車を洗った。小さな軽なので洗うのもあっという間なのだが、いかんせん前に洗ったのがいつなのかわからないので汚れも尋常じゃないことになっていた。それに加えて数日間強風が吹き荒れたことも相成って車としてはかなりヤバイ状況になっているのは遠目に見ても明らかなことだった。しかし汚さの極みをいっているからといってそのまま洗わなければ汚れが相乗効果になってどうなるのかわからないというものだ。車体が緑ということもあって辛うじて目立つという効果はあるにせよ、それにしても蛍光色のような緑がくすんで見えるということはかなりの重症だと言える。まぁそんなわけで車を洗うということにした。洗ってみるとすぐに汚れは落ちるもので…あっという間に綺麗になった。見事に光っている自分の車を見ると達成感というよりも充実感でいっぱいになったのだが、その日の午後には天気が急変していき、またまた強風が吹くこととなった。埃だの土だのが舞い上がり…結局そこまで車は綺麗にならなかった。まぁこんなオチなのだろうと思い諦めることにした。また洗っても良かったのだが。また雨が降るとも限らない。本気の洗車を敢行すればするほどテンションの下がりもそれに比例することになるので、手軽な掃除を定期的に心がけるようにした。それならやる気も出るだろう。最近ブログ上でも人気を博している「顔チェキ」なるものを私もブームに乗っかってやってみることにした。これはあるサイトに自分の顔を写メールすればメールが返信されてきて似ている芸能人を3人あげてくれるというものらしく、それがどのような観点で似ていると言っているのかは別としてもなかなか興味深いツールだとは思っていた。実際私は芸能人を知っているというほど知ってはいないが、面白い答えならばネタになると思いやってみることにした。やってみようとは思ったものの「顔を写メールで送る」という行為が思いのほか難しいことに気づいた。これは後からわかったことなのだが顔の全体像を確実に枠内に捉えていること・目をちゃんと開いていることが関係しているらしい。普通になんでもなく撮った写真が手違いで目を瞑っていたのだが、それでもいいやと送った写真が「認識できません」と言われ続けたことを考えると間違いないだろう。そんなわけで何度も何度も試行錯誤を繰り返していると、やっと向こう(とは言ってもどこかはわからないが)から返信がきた。その結果は…私が三番目に似ているのはくりぃむしちゅ~の有田哲平らしかった。他にも2つ似ているのがあったのだが、しかし有田哲平のインパクトが強すぎて他の2つが霞んでしまった。似ているのだろうか…?今までそうは言われたことはないが似ているのだろうか…?そう考えると落ち込んでくる(と言っては失礼かもしれないが)ものだ。今まで誰かに似ていると言えば少人数だがよゐこの有野であるとか吉田栄作であるとか本当にとりとめもない感じなのだが、くりぃむしちゅ~の有田はまた新しく加わることになるかと思うとほんの少しだけブルーになった。しかしこの3人をよく見てみると苗字に共通点があるのでまぁいいとしよう。これからはくりぃむしちゅ~有田に似ているということでいこうと思う。ちなみに…残りの似ている2人というのはよく言いすぎなのでさらっと流すようにしておこうと思う。3番目に似ているのが坂口憲二、1番似ているのがイ・ビョンホンだった。これは確実によく言い過ぎだ、もしもこれがお世辞として発したものなら…かなり優秀な機械だと思われる(笑)
May 12, 2007
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風が強かった前日に比べて穏やかな空気が流れているような朝だったわけだが、それにしても自分の車を眺めているとそんな悠長なことも言っていられないので少しだけブルーになる。私の住んでいるところは海が近く、そのせいで他の地域よりも若干風が強く吹く傾向にある。先日の風は様々なところで被害を齎したようだが、私のところも例外ではなく、むしろ海際ということで+アルファで強い風が吹き荒れる結果となった。木や茂みが多いところで風が吹くとどうなるかは言わずもがなだが、やはりというか当然の帰結というか…車の窓ガラスやフロントガラスに葉っぱが散乱することとなった。晴れの日が続いたのでここらで洗車でもしてすっきりした気分になろうと思った矢先のこの出来事、もしも雨を予測して洗車をやめずに気分よく洗車をしていたと考えるだけでその時落胆ぶりに失笑ものになってしまいそうな懸念もある。我ながら英断だったと褒めておきたいところだ(笑)では本題へ世間では結婚ブームだ。有名人の結婚報道やスキャンダル的なことにとんと興味がない私だが、連日テレビ(レにアクセント)を付ける度にこの報道をしているので見ないわけにはいかないくらいだ。もしかしたらエキスポランドの報道と同じくらい多いかもしれない。結婚会見と点検の不備を同列に扱う時点で下賎なのだが、まぁ今回は1つの結婚会見が異常に気になったのでそれを取り上げてみようと思う。テーマはできちゃった結婚だ。芸能人のSさんと元アイドルグループのTさんの結婚会見が今世間を賑わせているわけだが、あの報道を見る度に(厳密には見たくてみているわけではないが、点ければやっているので仕方なく見ている次第)茶番というか御飯事の延長のように見える。それは単に結婚の仕方ができちゃった結婚だからだと思われる。世間のできちゃった結婚を否定するつもりはない。それはある意味結婚の契機であったと思うし、それを機会にすれば旦那は家族を持つということによる仕事へのモチベーションに、妻は母性の再認識のきっかけになるからだ、できちゃった結婚自体はそこまで悪いことではないと私は思う。しかし件の結婚会見では…できちゃった結婚であることをなんとか正当な結婚のルートを辿って行き着いた結論のように「見せよう」としている意図が感じられるのだ、それがどうにも茶番に見えてくる要因かもしれない。「子どもができたから結婚する」「けじめ」といいように表現しているが、それはあくまで言い訳に過ぎないことだ。本当に結婚する気があるのなら子どもが出来る前にプロポーズして然るべきだし、むしろその順番を逆にすることは誠意を見せるという観点では逆効果であるように思える。誰だって愛する人との間に子どもは欲しいと思うものだ、しかしそれこそちゃんと籍を入れるという「けじめ」をつけてからでも決して遅くは無い。できちゃった結婚でけじめという言葉を使うこと自体が「私には誠意がありません」と公言して憚らないように思えて仕方ない。旦那様であるSさんはもう26歳だ、立派な大人であることは自明の年齢になっている。しかしあの結婚会見を見る限りでは、あれは26歳のそれとは到底思えない。謝罪の多い会見となっているが、終始笑顔で行った会見に誠意ある謝り方を感じる人が一体何人いるのだろう?本当ならばそのように迷惑をかけた周辺の方々にしっかりとした謝り方をした上で…むしろあのような事態になっているのなら公に姿を現して会見するということ事態が異常に思えてくる。煙に巻くような抽象的な表現、台本どおりのような台詞まわし、結婚することは喜ばしいことだが、あれほど妙な感覚を受けた結婚会見も初めてみたような気がする。芸能界の人間である以上は確かに記者を喜ばせるというような「魅せる」会見を行う必要があることはわかる。しかしそれでもそこに固執することが正しい会見であるのかと言えばそうではない、締めるところは締めるというのが大人の流儀ではないだろうか?そこのところをしっかり行った上での結婚会見ならあのようにはしなかっただろう。そもそも芸能人の結婚会見をニュースにする必然性がわからないのでなんとも言えない部分もあるのだが、あの若さで結婚したとしても、様々な問題がぶつかる気がして…他人事ながらどれくらい頑張れるのか心配になるものだ。私ならいくら相手が運命の人だと思っても19歳で結婚するなんて冒険はしない。人として落ち着いてくるのは19歳では決してないはずだ。お互いに強い絆で結ばれているのなら、結婚を待つくらいの精神的な余裕はあるはずだ。それがなくてできちゃったからとってつけたように結婚、これを誠意やけじめと呼ぶのなら広辞苑や現代用語の基礎知識の「誠意」や「けじめ」のページは大幅に加筆・修正の必要があるだろう。
May 11, 2007
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予め付記。インパクト大とは言っても「インパクトのような大きさ」という意味ではなく「インパクトが相当大きい」という意味だ。わかっているとは思うが前者と後者では意味が全く異なるので予め付記した次第だ。では本題へ。朝から家の中がばたばたしている。私が起きてきたにも関わらずそれを感じさせないような空気感を無意識にでも孕んだ朝だったと言える。最初は意味もなく無視されているのかと思ったが、後から聞いたらとても衝撃的な事件があったということだった。このことを説明するには結構な量を割かなければいけないが…今日は少しこのことについて書いてみようと思う。興味のない方がほとんどだろうが、まぁ横目に見ていただければ幸いかと思う次第だ。そもそも私には兄がいる。どんな兄かは再三書いてきたので敢えてまたここで説明することもしないのだが、所謂出来のいい兄だ。私にないもののコレクターであるかのように見事に私が持っていないものを多く持っている。そんな私達兄弟だが、一般的に見れば仲のいい方だと思う。お互いの誕生日になれば日付が変わった辺りにメールの交換をするくらいだし、お互いに仕事を持たなければならない立場になってもそこそこは会っていた。三重からわざわざ車でやってくるというのがご苦労に感じるのだが、本人的にはあくまでけろっとしている。そんな兄だが、誕生日が5月10日…つまり今日だった。いつもの通り日付が変わる頃を見計らってメールを送ろうと思ったのだが、その日は何故か居眠りをしてしまい、結局そのまま朝を迎えてしまいメールを送ることはできなかった。ソファで朝を迎えてそのことに気づいたのだが「まぁ基本的に日付が変わってすぐにメールを送るということは一番の大仕事は彼女さんに任せるとしよう、弟はその後くらいでちょうどいい」と軽く考えていたものだった。実際送れなかった理由を自分の中で明確に付けたかったということもあったかもしれない。まぁ毎年送っているので今年くらいはという怠惰にはしった感も否めない。今になって考えると…それがいけなかったのかもしれない。そして時系列ではブログ冒頭、私が朝起きたところにつながることとなる。いつもよりも両親が忙しなく動き回った後、一通り動き回って疲れたのかどうかはわからないが、朝起きて家の中の様子に終始「?」の私に妙に達観して説明してきた。端的に言うと、兄が事故を起こしたらしい。しかも誕生日に。取り敢えず怪我はなかったとのことだがそれでも車はとんでもない状態になったらしい。兄は最近になって両親に借金をして新しい車を買ったということを考えると…そのショックは計り知れないものになっているようだった。事故の形式だが、所謂「玉突き事故」というもので、しかも4連コンボだったようだった。兄の車は一番後方即ち責任を全て負わなければならない位置にあったらしい。しかしどう考えても3台目、つまり兄の前の車が無理な割り込みをしたとのことなので責任の全てを負う必要はなかったらしい。しかしそれを差し引いても車が破壊されたという事実は変えようもない、しかも誕生日に。。。これには流石の私も誕生日おめでとうというメールを送っていいものかどうか迷ってしまったのだが、まぁ送らないのも気にかかるので…「まぁ色々あって大変やろけど取り敢えず誕生日おめでとう」と送っておいた。返信はすぐにあり「ほんまやで!ある意味忘れられへん誕生日になったわ(笑)」と思いのほか元気そうだったので安心した。怪我もなかったのでそのことに関してはしばらくタブー視されることとなったわけだが、ことさら兄に関しては我が家のネタの巣窟、奇怪行動の権化とも言える存在なので、兄に関する武勇伝がまた1つ増えたという認識で間違ってはいないだろう。それにしても…マイカーが誕生日に大破する気持ちはどんなものなのかわからないが、少なくともネタにするにはあまりにも体を張ったもののように感じた出来事だった。汗
May 10, 2007
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今日は臨時で仕事をしなければならない日だった。そもそも私のシフトは月曜日と木曜日なのだが、そこのところは塾の講師であり正社員の方である先生のご厚意で組んでもらったものだった。私は一応はバイトにせいを出すわけではなく就職活動がメインなので、そちらに支障をきたさない程度にバイトをするという名目で籍を置かせてもらっているのだが、いざ就職活動をしながらバイトをしてみるとこれが思いのほか就職活動の方が毎日面接をするというような状態になく、暇な日々を送ることの方が多かった。なので実質アルバイトのシフトの量を増やして欲しいと思っているのだが、今抱えている生徒数だけでもいっぱいいっぱいなのでそこまでの英断に踏み切ることも出来ないでいる。私は何事においてもバカみたいにしかできない性格なので、今受け持っている10人の生徒のことを考えるだけで手一杯だった。どんな性格でどんな部活をしていて勉強の合間にどんな話題を振ったらいいのかなどに始まり、数学・英語の成績やそれに対する意欲、どのような問題にこける傾向にあるのかなどを考慮した上で授業をしているつもりだ。そうなるとこれ以上増やすと満足のいく教え方が出来なくなる可能性がある。親の懇願で塾に来ているという事情の生徒が多い以上は万全の体制を取れる環境でないと教えてしまうのは生徒だけでなく大切な子どもを託している失礼にあたる。まぁそんな諸々のことがありつつ…しかし今のアルバイトが面白くて増やして欲しいと思っているのだが出来ないでいるわけだ。もっと適当な性格なら或いは可能だったのかもしれないが、それでは塾の講師は務まらないように思える。暇な時間は就職活動における勉強に時間を割くということで納得することにした。私が教えているのは数学がメインなのだが、英語や3科も教えないといけないことになっている。契約上は英語になっているのだが、数学の講師の方が事情で辞めてしまったので私に白羽の矢が立ったというわけだ。まぁ中学校の頃の数学はぎりぎり見てもらえるようなものだったので、自分の勉強にもなると思い引き受けたわけだが…これがまた難しいもので、日々四苦八苦しながらやっている。幸いにして講師の方も昔からの知り合いばかりでやりやすいし、その塾で一番偉い先生とはもう10年の付き合いになる方だ。私の性格もよく熟知しているし、その上で生徒をあてがってくれているのだから頭が上がらないというものだ(笑)そんなわけで今日はいつも通り数学を教える日だったわけだが、今日は2人を教えることになっていてしかも2人とも女の子だった。男の子の場合はバカな話や噂話、彼女がいるかどうかなどの話をすれば大抵食いついてくるものなのだが、いかんせん女の子は下手な話題振りが出来ないので非常に難しい。第一私自身がそこまで女の子の扱いに慣れているわけではないので、未だに真っ直ぐに目を見て話すことが出来ないでいるという体たらくだ。こんな教師はちょっと問題な気もするが…それは今後慣れていければいいように思う次第だ。新年度の入れ替えが頻発していてなかなかレギュラー的に定着することがないので一期一会の生徒も多くいたのだが、今回見た女の子2人は一応私の担当になるようで…それを聞いた時からどんな子か気になっていたものだった。レギュラーになるということはその子の様々な部分におけるスタンスを見抜く必要があるので、今日は少し自分でも恥ずかしいくらいにテンションを上げていった。それで思ったのだが、昨今の中学生は進んでいる。それは様々な意味で…だ。ことさら勉強をするという観点で言えば、私達の頃よりも圧倒的に勉強に対する姿勢が違っていることに気づいた。確かに私達の頃にも「勉強くらいしなくても…」という流れはあったのだが、今の中学生事情では男女問わずにそれが普及しているようだった。そういう子に嫌われてしまうと今後の進捗情況に支障をきたしそうなので、取り敢えず今回は趣味というか…興味のあることを重点的に聞いてみた。どうにも自分のペースではないような気がしたが、最初なので掴みが大事というところだろう、まぁ悪くは無い成果だったと思われる。もう一つ気づいたことは、どの子も須らく携帯電話を持っているということだった。そのように簡単に連絡が取れて尚且つ友達とのクリークの確保、そして便利なツールを持っているということによる勉強離れ…そのようなものが相成って勉強が疎かになっているということらしかった。そこの基盤を改善することは出来ないが、どうにかして勉強に興味を持たせることは出来ないかという苦悩の日々は続きそうだ。飴と鞭という言葉があるように、優しく見守ることと厳しく接する部分との兼ね合いは必要だ。世間話でやる気を引き出した上で勉強に取り組ませることが今の私の課題のように思えた。そんな日だった。それにしても…今の中学生がおよそ15歳、私が22歳、たった7年だがジェネレーションギャップは凄まじいものだと再認識したものだった(汗)若者向けの雑誌でも読もうかな(苦笑)
May 9, 2007
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それにしても暑い。今の時期暑いという表現が正しいかどうかはわからないが、それにしても暑いという言い方が正しいほどに気温が上昇している。私のところでも日中に28℃を記録し、隣町ではなんと31.4℃という完全に夏真っ盛りの温度を記録したようだった。こうも早い時期から暑い日が始まってしまうと夏の暑さが少々不気味に思えてくるのだが…まぁ夏は暑ければ暑いほど夏らしくていいように思える。私の町は海が有名なところだ。夏が暑いとそれはそのまま観光客の増加を意味し、ひいては夏の仕事の充実を意味することになる。こう言っては難だが、夏の仕事はかなりぼろいものだ。海の家や監視員のようなベタな仕事ではなく別のところにかなりの需要がいくのだが、これはいかんせん公には出来ないような仕事なので敢えて伏せておくとする。ただ犯罪ではないので悪しからず(笑)暑いと潤う産業はあっても困窮する産業はないような気がする。そういう意味では暑い冬よりも寒い夏の方が打撃は大きいだろう。確かにスキー場やスケート場は暖かくなると経営難になるかもしれないが、雪や氷は人工的に作り出すことは可能だ。そう考えると夏の暑さや日差しは作り出せないので…やはり夏の暑さは貴重なものかもしれない。ただそれは田舎だけの話であって、都会の夏の暑さは凶悪なものだと言える。私もまがりなりにも都会で生活していたものとしてその怖さは重々わかっているつもりだ。盆地はその点では辛いところだが…冷房なしで盆地の夏を過ごせる人はどこにいっても強靭に生きていけるだろう。そう思うと盆地は耐える力を育てるところかもしれない。私もそれなりに強くなったつもりではある(笑)では本題へ久しぶりにドラマを観た。それは火曜日の10時からやっているもので、少し趣向が変わったドラマだということはわかっていたものの、ドラマというだけであまり観ない私としては開始当初は当然のようにスルーしていた。しかし先週くらいに偶然ちらっと観てしまって以来少しだけはまってしまって、結局今週も観てしまった。ありがちなレビューを書くつもりはないので感想を端的に述べるとすると、内容的にはどこにでもあるようなものなのだが、ところどころに散りばめられた主人公の独白のような部分が深いところを突いているようで退屈な流れもそれなりに観られるものになっているようだった。今回のテーマは「信じる」だった。そのものにどのような効果があるか確固たるものはわからないとしても、それを「信じる」という行為で信じている本人に良い効果があるということはままあることだ。病は気からという言葉もあるように、悪く考えれば物事は悪く進んでいき、その逆も然りというわけだ。或いはそれを信じて頑張っている自分が好きなだけなのかもしれないが、まぁそれも結果的には信じることの付随効果だと思われる。毎回色んなものをテーマにしているのでこのドラマは今後も観ていこうと思った。ちなみにそのドラマの最後に持っていると幸せになれるというキーホルダーが出てきたのだが、その名前が…「よっちゃん様」だった。これにはテレビの前で思わず吹き出してしまった。何故吹き出したのかは…わかる人だけわかればそれでいい♪
May 8, 2007
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ずーっとずーっと思っていた。これは中学生の頃からの疑問というか何と言うか…兎に角ずっと思っていてしかし口に出すことはしなかったことだ。itってよくみると漢字の「汁」に見える。こんな日常のしょうもないことをよく考えている私だ。他にもたくさんあるのだが、多くを公表することは私の愚かさ加減を露呈することになりかねない。まぁ長年頭の片隅に引っかかっていたことを吐露したまでだ。前置きとしてはくだらなすぎていいかもしれない(笑)本題に入るとして…2日前くらいから非常に大きな話題になっているものとして大阪吹田のエキスポランドのジェットコースターの脱線事故があるだろう。昨今遊具の事故というものは頻発しており、1ヶ月前くらいにもどこかの県で児童公園の遊具が壊れるという事故があったばかりだ。そんな中で起こっただけに、遊具の点検のあり方が問われる問題となっている。報道によると、件のエキスポランドの風神雷神2では15年間もの間点検が行われていなかったということらしい。それだけの間点検を行わないというのも何かしらの理由があったのかもしれないが…事件が起こってしまったので弁明の余地がないのは自明のことだ。各言う私は去年にこの風神雷神2に乗ったことがあった。そのことはこのブログにも記しており、だからこそ余計に感慨深くなってしまうものだ。今になって思えばかなりがたがたしていたような気もするが、それははっきり言って気のせいかもしれない。しかし事故が起こったからにはそのような兆候が現れていてもおかしくはないように思える。エキスポランドには私の友人であり、このブログにも何度か登場したHと行ったのだが、その時はこの数年間で一番と言えるくらいに楽しかった。久しぶりに騒いだし、キャラが変わるとかなんとかという以前の問題で心から楽しんだのを覚えている。そんないい思い出の詰まったところだからこそこのような事件が起こって非常に残念で仕方ない。遊具の点検不備や、当然のように置かれているものの危険性というのはその状態が飽和を超えないと見直されることはない。危険な状態を綱渡りしているような状態でもそれが正常に稼動しているように「見える」段階で手を打つことは稀だ。本来稀であってはいけないのだが、現状様々な事故が起こってから対策しているところを見ると、そう言わざるをえない。遊具における金属疲労という概念がある以上…道路関係で言えば様々なシチュエーションがある以上は、点検することが肝要なのだが、行き届いていないのが現状だろう。形あるものはいつか壊れる、どのようなものでも必ず寿命はくる。遊具の点検を怠るということは人間で言うのであれば、誰にも世話されることなく1人で部屋で寝込んでいる老人に近いものがある。ちゃんと世話してくれる人がいないままに孤独死を迎える老人はきっと淋しくて淋しくて仕方ないだろう。物には魂が宿ると言う言葉もあるように、エキスポランドの風神雷神2はきっと悲しんでいるに違いない。そう考えると…定期的な点検をした上で寿命をまっとうした遊具はきっと幸せなのだろう。
May 7, 2007
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昨今携帯電話やPCが大いに普及し、活用されることが多い。携帯電話やPCを持っていないと情報を得ることが困難になってしまい、逆を返せばそれらさえ持っていればあらゆる情報を簡単に手に入れることが可能になっている。しかしそんな世の中だからこそ思うことがある、今回のテーマはそこにある。携帯電話もPCもそれらが作られた当初はかなり破格の値段で売りに出されていた。今でこそ2万円そこらで最新式の携帯電話が手に入るものの、携帯電話の礎が出来た当初は20万円程度したようだった。PCも同様に、発売当初は数百万円くらいしたものが、今や安いものでは10万円前後で買えるようになってきた。そのようなものの値段の変遷というのは偏に「活用範囲が確立されたこと」に起因している。使えるが使う場所がない、使う意味がないのでは需要は得られない。物を作ってからそれに見合うだけの整備をするというのが定番の流れである以上は、携帯電話やPCの価格の安定化は最早必然だったのかもしれない。私が携帯電話を持ったのは高校3年生の卒業間近の頃だった。それというのも進学に関係していたのでやむにやまれぬ事情だった。しかし今現在は小学生でも携帯電話を持っているような状況だ。PCも同様に各家庭への普及が始まり、どの家庭にも当たり前のように置いてあるものとなった。この状況が問題に思えて仕方ない。確かに先ほど書いたように、情報を得るという観点では有用かもしれない。ことさら携帯電話に関して言うのであれば、自分の子どもがどこにいるのか簡単にわかるといったような防犯的な部分もあるかもしれない。しかし携帯電話を持つことが防犯対策の為だけではないように、持った子どもはその携帯電話に少なからず興味を持つことになる。今や携帯電話だけでもPCの代わりが出来るほどに進歩しているからこそ…情報を持つ責任というものを感じる必要があるように思える。ここからは少しラディカルになるかもしれないが…私は20歳に満たない人は携帯電話を持つべきではないと思っている。そこから得られるメリットよりも確実にデメリットの方が大きいからだ。かつて携帯電話のようにどこからでも自由に電話がかけられる状態ではなかった時、電話をかけるには必ず家の固定電話か公衆電話を利用するしか手段がなかった。もしも秘密の話や両親に内緒で彼氏・彼女と付き合っていて、その伴侶に電話をかけるという場合だったとしても、電話をかければ必ずといっていいくらいにその電話をかけている「姿」は目撃されたものだった。しかし携帯電話が普及しだすと、電話なんてどこからでも自由にかけられるようになり…極論電話をしているというところを家族が見るという状況は少なくなってきているだろう。それは確かに便利かもしれない。思春期の子どもは多感なだけに様々なことに興味を持つだろうが、そこから犯罪が生まれること・犯罪だと暴露されなくても犯罪に手を染めていることは悲しきかな存在する。それは単純に「キャパを超えた情報量」の招いたことだ。様々なことが出来るということと何をしてもいいのかどうかを履き違えているに過ぎない。全てではないにしても、PCや携帯電話によって援助交際などの未成年の性風紀が乱れている可能性も否定できないものだろう。ここまでくると少し論拠に欠けるかもしれないが、因果関係は誰も否定することは出来ないものと感じる。しかし現代は携帯電話を持たないで生きていくことは非常に難しくなっているのもまた事実だ。なので私は、テレビが観れるだのラジオが聴けるだの音楽が再生できるだのといったような新機能をつけるよりも、保護者の許可がない以上は電話しか使えないように規制できる携帯電話を作ればいいように思う。未成年には無駄な情報を持たせないように規制することが肝要だと感じて病まない。成人にもなっていないのに自分は何でもできるといったような慢心が多くの未成年事件を起こし、予備軍を作りだしていることは否定できない事実だ。機器が全ての誘因を持っているわけではないが、憂いは断つに越したことはない。
May 6, 2007
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今日もやっぱりやることがない。暇な権化のような存在だが…しかし何もしないというのは性に合わないので何かすることにした。幸か不幸か両親が行事ごとが好きなこともあって、今現在家の玄関には大きな鯉のぼりが飾ってあり、そして子どもの日に則した掛け軸も飾ってある。しかし子どもの日の定番とも言うべき兜と小太刀(が定番なのかどうかはわからないのだが、私の地方では極めて一般的)が出してなかったので、私の気まぐれな「兜とか人形とかは家にないん?」という不用意な言葉で急遽用意することとなった。子どもの日も終わりを告げようとしている時に出そうというのがらしいと言えばらしいのだが、まぁその辺りはご愛嬌といったところか。そんなわけで兜と小太刀を探していたのだが、これがまたなかなか見つからず、黴や埃が舞い散る中倉庫の中を物色することとなった。やっと発見したそれは大きな箱に粛々と仕舞われており、長年開封していないことを物語っているような荘厳な(と言えば聞こえがいいのか?笑)佇まいだった。箱を開けてみると妙に黴臭い匂いとともにすっかり色の変わった紙に包まれて兜が出てきた。その中に兄の名前の入った小さな木の板とともに兜と小太刀があったのだが、その小さな木の板はオルゴールが内臓してあるような憎い演出がなされていた。私が小さな頃には飾ってあったようだが、家を改築したこともあって長年の眠りについていたといった感じだった。なにせ14年ぶりのご開帳だ、兎に角兜と小太刀と弓の組み立て方がわからない。勿論説明書もついていないので四苦八苦しながらなんとか組み立てて仏間の横のそのようなスペース(季節によってその時々のものを飾るようなスペースだが、それは良い様に言えばそれであり、現状はただの物置と化している)に飾ってみると様になっているので驚いたものだった。ものはついでとオルゴールのネジを巻いて音楽を鳴らしてみたのだが、14年の月日は思いのほか長いもので、錆びついたような微妙な音色を奏でた。小さな木の板自体もそこら中が変色しており、相当昔のものだということは一目瞭然だったのだが…そのメロディと兜たちを見ていると少し感慨深くなったものだった。両親は子どもの健やかな成長を願ってこのようなものを購入したのだが、兄は立派に社会人として自立しているものの、私はどうだろうか?この兜や小太刀に願いを込めた通りの成長をしてきただろうか?そのようなことを思うとどうにもやりきれなくなり…意味もなくオルゴールのネジが巻ききれるまでその音色を聞いていた。それなりの感情をもって音色を聞いてみると、錆び付いたそれも情緒あるように聞こえるから不思議なものだ。子どもの日に合わせた兜や小太刀というのは男の子のイベントであるが、雛祭りの日に女の子の為にお雛様を買うというのも同義だ。どちらも親から子へと受け継いでいくもので、私もきっと今日飾った兜や小太刀を受け継いでいって…よしんば自分の子どもへと継承していくものだろう。私に子どもができるかどうかはわからないが…もしも出来たならこれをあげようと思う。その時喜んでくれるかどうかはわからないが、私の子どもなら、今の私くらいになった時に見返して見て感慨深くなってくれることを願って止まない。そんな子どもができたならきっと幸せだろう。そのような意図を持っていてもいなくても…子どもの行事毎の祭具というのは重い意味をもっているように思える。極端かもしれないが、そのような両親の想いを裏切らないような誠意ある行動や、世間に迷惑をかけないような聡明な人間になることが必要だと思うのは勘違いではないはずだ。兜と小太刀だけでここまで思う私も相当変わり者かもしれない(苦笑)
May 5, 2007
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GWも残り2日を残すだけとなった。私はと言えば先日の内容にも記したように、アルバイトの研修と飲み会をしただけで何もせずにぼーっとしていることの方が多かった。これが果たしてゴールデンウィークなのだろうかと錯覚するほどに日々と変わりなく、大きな旅行に行ったとか帰省したというような話を聞くだけの一方通行に成り下がってしまっていた。よく考えてみれば、私の家はGWだからといって特別どこかに出て行くようなことはしない家庭だった。それは単純にお金や暇がないということだけではなく、外に出かけることをしない人種だからだろうと推察される。私がまだ小さな頃は町の中でも仲のいい家族グループと様々なところに行ったりバーベキューしたりとか出かける機会はそれなりに多かったのだが、やはりそれはその家庭に私と同じくらいの子どもがいたからなのだろうなぁと今になって思う。現状私よりも1つや2つ上の子どもはもう立派に自立して(という情報しか聞こえないから実際に見たわけではない)いて、そういう会が開けないらしい。そのようなグループと1度だけGWに出かけていった記憶がないこともないのだが…いかんせん記憶が曖昧すぎてどこに行ったかだけでなく本当に行ったかどうかすら怪しいものになりつつある。そんな背景もありつつ、変わらないGWを過ごす気満々で例年通り家でまったりしていると、ふと新聞が気になったので読んでみることにした。一応私はこれでも新聞は毎日しっかり読むようにしているし、テレビ欄とスポーツ欄だけ読むといったような無駄な読み方はしていないつもりだ。1人暮らしの頃は新聞を取るメリットよりも、そのお金を生活費に補填するメリットの方が大きかったので泣く泣く諦めたものだった。狭いワンルームで置き場に困るという問題もままあって…新聞とは縁遠い4年を過ごしてきたわけだった。新聞(以前も書いたが、私の家がとっているのは産経新聞)の真ん中くらいに作文というかコラムというか…子ども達が書いた作文の優秀作品を扱うようなコーナーが設けられており、その最優秀賞と優秀賞の作文が掲載されていた。優秀賞の方は小学校2年生とか4年生と小学生らしい感じに仕上がっていて見事なものだった。私も狭い範囲だが作文のコンクールに入選したことがあるのでその苦労はわかるものだが、あれは大変なものだった。自分が書いた文章を何度も修正させられて、それっぽいものに改良しなければならないのは嬉しいのだが切ない部分もある。というよりもこれは言っても良かったことなのだろうか?…まぁ時効ということで♪♪そんなわけで入選作品を読んでいたのだが、ある1人の中学3年生の生徒の書いた作文が気になって読み耽ってしまった。それは家族、ことさら父親のことについて書いたものだったのだが…これがまたある意味凄いものに仕上がっていた。確かに書いてある内容は家族の意外な一面的なものだったのだが、要所要所に見られる表現が気になって仕方なかった。それというのも「~だった、否~だった」とか「或いは」だとか中学生らしからぬ表現は多く取り入れられていたのだった。確かに見る限りでは賢そういいのかもしれないが、そのような表現は内容を散逸させる誘因になる。小難しい表現はその理解に労働率を奪われてしまい、本当に表現したいことが読み手に伝わらない懸念があるのだ。それを度外視して読むと中学生らしいのだが、あれは確実に「そういうもの」を意識した書き方のように思える。あれでは可愛くないというものだ。しかしだからといって私はそのような書き方を批判しているわけではない。あくまで主観的にだが見た側の1人としての感想だ。しかしそれ以上に感じたのは、私の書き方に漸近していることだった。若干の差異はあるものの、大筋では似ており妙な違和感を感じてしまった。その中学生の作文を読んだ時の私は「これはらしくないなぁ」と思ったのだが、逆を言えば私のブログを読んでくださっている人にも当てはまる概念だ。もしかしたら私よりも人生の先輩である方々は書き方がつまらないと思っているかもしれないものだ。まぁそう思われてしまったところで変えられないのだが…少し気になるというものだ。権威ある賞に認められるには形式ばる必要がある。しかし果たしてそれが正しいことなのか、そこにらしさは必要ないのかは非常に繊細な問題であることは違いない。
May 4, 2007
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今日から世間ではGWということで、テレビを点ければ道路の渋滞状況や各地方の観光地がどれほど賑わっているのかなどを挙って取り上げようとする。確かにGWほどの大型連休はそうそうない、しかしだからと言ってどこに行っても人が多いということをわかった上でそこに行くという心理が私には理解できない。出かけるということは、家庭に子どもがいるといった状況の家族には大切だと思うが必ずしも有名なところに行く必要はないのではないだろうか?世の中には「エアーポケット」という言葉があるくらいだ。人がどのように動くのかを予想した上で有名地と有名地とのちょうど間のエアーポケットを狙っていくのが慣用だろう。尤も…そこまで考えて旅行するということが面白いかどうかは別だが(笑)GWに毎年出かけるということを知らない私にとっては今年も部屋が1人暮らしの部屋から実家の住み慣れた部屋になったくらいで流れは変わらず、友人は今頃会社の同期と楽しく飲んでいるのだろうななどと思いながら部屋の片隅の掃除でもしていたわけだが、一縷の可能性にかけて望みを持っていた。以前にも書いたと思うが、私から連絡するわけにはいかない。私にとっては友人は友人であったとしても、その友人にとっての私は「幼馴染の友人」というカテゴリの中の1人であって、会社という新しい環境によって「同期」という友人枠が出来たことになり、私との遊びだけを優先するということは無くなるというわけだ。一方私は求職中であり、友人関係が広がる機会など皆無だ。それを考えると、たまに道楽で遊んでやろうという殊勝な考え方が友人に浮かばない限りは私と遊ぶことはないということだ。まぁそれくらいの方が気が楽でいいというものだ。もともと私は魅力的な人間ではない、最終手段くらいがちょうどいい(笑)そんなわけでぼーっとしていたのだが、お昼過ぎくらいに連絡が来て隣町まで行こうということになった。用件が「CDを買いに行こう」という1人でも可能なものだったことを考えると、先ほど述べたような最終手段の匂いがしないでもないが、まぁ掃除をしているだけというのも退屈なので出かけることにした。実際CDを探しに行くまで車で片道1時間弱という長い道のりだったが、話し相手はいるという状況はなかなかいいもので、友人もそれを考えて誘ったのかもしれないと思うようになった。その流れでかどうかはわからないが、結局もう1人加えて飲みに行くことになった。メンバーが銀行員ばかりなので嫌な予感はしたのだが…飲み始めると案の定銀行関係の愚痴になってしまった。厳密には銀行の愚痴が6で社会人になったということに対する愚痴は2で彼女に関する愚痴が2と言ったところだった。私としては全ての話が私の一歩先をいく話である以上興味深く聞いていた。しかしあまりにも他愛ない話だけに前のめりになるように興味津々だと変な人だと思われる懸念もあるので、あくまで冷静に相槌を打ちながら吸収していった。銀行は忙しい上に給料が良くないだとか、あの行員がちょっとよくわからないだとか、ATMのところが廃墟みたいだ、とか様々な話が飛び出していってそのうち社会人になると自由がないとか、遊びに一生懸命になってしまうだとか、休みの日も早起きしてしまうだとかいった話にうつっていき、果ては束縛する彼女と束縛しない彼女とどっちがいいのかというところにまで行き着いた。私としてはどちらかと言えば束縛する彼女が好きだ。放任する彼女だと、付き合っているという「形」はあるにしても本当に自分でいいのかどうかがわからないような気がする。それに比べて束縛するということは形は若干歪んでいるものの、それは「好きだという気持ちの表れ」であるという見解も出来る。そういう意味では束縛してくる彼女の方がいいように思うが、そのことを言うと友人2人におもいっきり変な目で見られた。「きょうは束縛というものがどういうものなのかわかってない…」と可哀相な動物を見るような目で見られてしまった。確かに私は恋愛経験なんてほぼなく、昨今の中学生にも劣る薄い人生だと思ってはいるものの、概念的な束縛に間違いがあるというのはちょっと気になると思い詳細を聞いてみた。友人2人の話によると、各々の彼女の束縛は凄いもので…・毎日電話すること・飲みに行く時や遊びに行く時は事前にメールで断りを入れる・尚且つどんな人が行くのかを逐一報告するおおよそ以上の3点を守らないと喧嘩腰になるらしい。流石に私の想像以上のことだったので軽いショックは受けたものの、大好きな彼女に連絡を入れることがそこまで苦なのだろうかと思うことがあるのも事実だ。私なら好きな人に電話やメールを毎日するのも苦ではないし、むしろ逢えない時間を多少なりとも埋めることができるのでいいと思うが…どうにもモテる男の意見ではそれは論外なようだ。恋愛初心者マーク着用中の私としては難しい限りだが…今後も友人から愚直にでも学んでいこうと思った飲み会(1人1500円)だった(笑)
May 3, 2007
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寝る前に布団に寝転がっていると月が見えた。綺麗な満月とまではいかないもののとても綺麗な月だった。そういえばあの頃も月を眺めていたものだった。眠れなくて眠れなくて淋しくて淋しくて…それでも寝ないといけないという状況に追い詰められていたものだった。その日までは楽しくて幸せだったのに眠らなくてはいけないという状況が厳しかった。そんな時に窓を開けて月を眺めていたものだった。君も見てるのかなぁ?なんて思いながら。考えてみれば山梨から帰ってくる前の日の夜はそんな風に過ごした。ずーっと眺めていても飽きないような魅力があった。あの頃は大好きな人が大好きでいてくれているという私には似つかわしくない状況にあって…それでいて世界の見方が変わっていたのかもしれない。やがて大好きな人が離れていってからも月がこんなに綺麗に見えるなんて皮肉なものだ。今この月の光はきっと君には届かない私の想いも届かないのだからもの凄い距離がある私達だったけど月だけは平等に同じ大きさに見える月が羨ましい君にはいつも逢えるのだからとかなり陶酔気味の駄詩からスタートしたわけだが、まぁ月を見るだけでそこまで考えてしまう私は女々しいのかもしれない。客観的な感想はこれくらいにしておこう、これ以上言及すると凹んでしまいそうだ。というわけで本題へ今日はアルバイトの研修の日だった。そもそも私の行っている塾は個別指導であって、教員免許など諸手続きをしなくてもアルバイト感覚で入れるようなところだ。だからこそこの研修なるものが不思議で不思議で仕方なかった。一般的に社員とアルバイトの違いは責任問題の有無だ。生徒を保護者含めて納得できないような教え方をしてしまった場合…カリキュラムにある通り講師が教えていた時には講師の方に責任はない。講師は責任が降りかからないとなると満足のいく教育が出来なくても言い訳にしたり逃げ道を作ったりしてしまうものだ。認識の弱い人間ほどそのようなある種の「流れ」に乗ってしまうことになる。今回の研修はそのような流れを吹き込まない為に行われたものだった。各講師が設けられた塾に対する気持ちを再確認するということが目的のようだった。私はこのような概念的な議論が好きだ。他の講師の方々が素晴らしいことを言うなか、私も負けじと構想を練っていたのだが…私が講師陣の中で一番下っ端だけあって、私如きの理論では太刀打ちできず、結局他の講師の方がおっしゃったこととかぶるような結果になってしまった。聞いた話によるとこのような研修は初めてのことらしい。私が入ったからかなのだろうか?ということは全員に形式めいて聞いていたことも本来の目的は私のやる気を見る行為?それならば他の講師の方と意見が似通った(こうとでも書かないと凹んでしまうため)私はどのような印象を与えたのだろう…。今後の仕事に響かなければいいが(苦笑)そんなこんなで研修も終わったのだが、1人の講師の方が名古屋に行ってきた時のお土産の「ういろう」のおかげで終始雰囲気は良かったような気がする。私もなんとか認められたような気がする(あくまで希望的観測)ので、今後の仕事も頑張れるだろう。
May 2, 2007
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初めてのカテゴリ、くだらない話。その1回目を飾るに相応しいくだらない話がある。今日はいつもとは少しだけ趣向が変わった感じでいこうと思う。予め言っておかなければならないのは…決してネタがなくなったので急場凌ぎではないということだ。内容を構想しているうちは確かに構成した中身がそれっぽくなってしまったが、あくまで書きたかったことの1つであることに違いは無い。ゆるく読んでくだされば本望だ。昔からあまり買い食いをしない方だったのだが、時々お小遣いを使ってお菓子を買うことがあった。その当時は駄菓子屋に溜まることが流行っていて(流行っていたわけではないがあくまでそれしか溜まるところがなかった)私も時々だがその中に混じることがあった。それでお小遣いを使ってお菓子を買うわけだがその中で時々チョコボールを買うことがあった。あれは駄菓子界…と言うよりも私達の中ではかなりの高級品とされていた。当時も今も変わりなくチョコボールの値段は60円だ、しかし他の駄菓子の相場は10円から30円とされていた。普通のお菓子2つ3つとイコールになるチョコボールはかなりの高級品とされていた。そう言ったわけではないが暗黙の了解というやつかもしれない。だから滅多なことでは買おうとしなかったものだった。お金の都合を最優先にしていたあの頃は1つでも多くのお菓子を買うことに一生懸命だった。それでも時々チョコボールが無性に食べたくなるもので、断腸の想いで買うこともあった。チョコボールが今も昔も変わらないもので、その当時も今も金と銀のエンゼル(エンジェルじゃないのが謎だが)がついていた。「金なら1枚、銀なら5枚でおもちゃの缶詰めがもらえる」というキャッチフレーズで今も昔も大人気(相対的評価)だと言える。おもちゃの缶詰には色々な何かが入っており、そこに何が入っているのかは貰った人にしかわからないシステムになっている。そして少なくとも私の周りにはそのおもちゃの缶詰を手に入れた友人はいなかった。このことが影響してかどうかはわからないが…一時期おもちゃの缶詰を手に入れて中身を確認しようという動きが見られた。その構成員は私を含めて3人だったのだが、あの時ほどチョコボールを買ったことはなかったかもしれない(笑)おもちゃの缶詰を手に入れようと思うと一番大切なことはエンゼルを集めるということになる。金なら1枚銀なら5枚とさも簡単そうに書いているのだが、これがまたなかなか当たらないもので…運が相当良くないと集まらない数のように思えた。しかし!!私を始めチョコボールのおもちゃの缶詰をゲットしようの会(仮称)の3人中2人はある技を身につけた。今のチョコボールはデザインが変わってしまったのでできるかどうかわからないが、私と会長(仮)はエンゼルがついているチョコボールを見抜くことができるようになった。会長(仮)は凄いものでどの種類でも3回に2回は当てるように出来た。しかし唯一見抜けなかったのがイチゴ味だった。そこで私の登場だ。私は他の種類はわからないが、何故だかイチゴ味だけは3回中2回くらい見抜けるようになった。しかしこの技にはリスクが伴う。それは多くのチョコボールを手にとって眺める必要があるからだ。それは他の客からすればかなり怪しいように見えるだろう。実際その見えない圧力に耐え切れず私には馴染みの駄菓子屋でしか出来なかった。そんな日々の中遂に悲願達成の時がきた。会長(仮)がおもちゃの缶詰を手に入れたのだ。そんなくだらない会も遂に終わりになり、3人で中身を確認することにした。きっとここに表記することは簡単だが、それは様々な問題を孕んでいるので出来ないだろう。まぁ端的に言えば夢が詰まっている♪と思えなくもない(笑)今はできるかできないかは微妙だ。デザインの関係で変動するからだ。ちなみに…その時期に私は結局1度も金のエンゼルを手にすることは出来なかったものの銀のエンゼルは7枚くらいは集めたものだった。しかし何故私が缶詰を貰わなかったのか…それは察して欲しい(笑)ちなみに…チョコボールを作っている会社である森永製菓が正式に発表した内容によると、厳密にエンゼルを見分ける方法はないということらしい。では何故私達3人はあれだけエンゼルを引き当てることが出来たのか?これは結構なレベルの謎かもしれない。信じることで物事の可能性は少しだけ変化するといったところか(笑)
May 1, 2007
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