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バブル世代:ドラマ「半沢直樹」ではヒーローだが トホホな現実大手生命保険会社の課長補佐を務める男性(45)が上層部からの冷ややかな視線に気付いたのは最近のことだ。自分を含む中間管理職に対して突然、難関で知られる資格試験に合格するようにとのノルマが課せられたのだ。資格を取れないと降格処分もある。「降格させられた管理職は退職に追い込まれる」。そんなうわさが飛び交った。「ああ始まったなと思いましたよ。僕らのようなバブル入社組は人数が多く、全員のポストを確保して給料を上げていくのは不可能。ちやほやされて会社に入った世代だから、選別してプライドを打ち砕けばリストラしやすくなると考えたのでしょう」。男性は力なく苦笑する。大学4年の春には、1部上場企業に入ったサークルの先輩たちから次々に高級レストランに呼びだされ、コース料理に舌鼓を打ちながら熱心に入社を勧められた。「顧客の人生に深く関われる」と口説かれ生保を選んだが、すぐにバブルがはじけた。外資系生保の猛烈な追い上げもあって業績は急降下。気がつけば、きついノルマとコストカットに追われるだけのサラリーマン人生を送っていた。ショックだったのは、心の病になって休職中の部下が陰で男性を「バブル脳」と呼んでいたことだ。「楽観的でイケイケドンドン、成績アップばかり目指していると。それって営業マンなら当然じゃないですか。まさか部下を苦しめていたなんて……」「俺って会社のお荷物なのか」と嘆く日々だ。バブル世代の定義には諸説あるが、おおむね日本が好景気と株高に沸いた1980年代後半から92年にかけて大学を出て就職した人々を指す。男性がモテモテの就活を振り返ったように、当時は大量採用が続く空前の売り手市場だった。だが、そのバブル世代も今や企業の中核になり、上司と部下の双方から情け容赦ない視線を浴びている。東京都内の企業で広報を担当する女性(37)は、仕事でバブル世代の上司と組むことになると「トランプのババ抜きでババを引いた気分」になる。お金の計算に疎く、急いでもいないのに移動はタクシー、とにかく金遣いが荒いのが特徴だ。「芸能人を呼んで宣伝イベントをしたことがあるのですが、上司がやった事前の見積もりが雑過ぎて予算を大幅にオーバー、私まで一緒に会社の偉い人に謝りに行かされちゃって。経費が使い放題だった頃の余韻を引きずっているのでしょうが、こっちはいい迷惑。同期が集まるたびに『またバブルと仕事だよ』『大変だね』なんて慰め合っています」自身は「狭き門」に泣かされた就職氷河期世代。決してバブル世代を毛嫌いしているわけではない。「皆さん、おおらかだし人はいい。でも仕事だけは一緒にしたくありません。こりごりです」バブル世代のサラリーマンにはどんな特徴があるのだろうか。ビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」で世代間ギャップを取り上げた「バブルさんとゆとりちゃん」を連載中のライター、梅田カズヒコさん(32)は20人以上を取材した経験から次の四つを挙げる。(1)会社第一、仕事第一でエネルギッシュに働く。(2)楽観的で後先の心配をしない。消費意欲が高いと言われるのはそのせい。(3)見えっぱり。言い換えればプライドが高く、他の世代に煙たがられるほど。(4)男らしさ、女らしさにこだわる最後の世代。氷河期世代の梅田さんが解説する。「低成長期に入って社会人になった僕らは仕事と私生活のバランスを重視しますが、バブル世代の人たちはいまだに会社至上主義で終身雇用を信じている。同期入社が多いので競争心は盛ん。女性に実力以上の高価なプレゼントをしたがるのも(2)(3)(4)に加えて『ライバルに負けたくない』との思いからです」ただ、いかにエネルギッシュでプライドが高くても、経営という非情の論理の前では「まな板の上のコイ」だ。「企業は、余剰感のあるバブル社員対策に目を向け始めています」。そう指摘するのは人事コンサルティング会社「マンパワーグループ」ライトマネジメント事業本部のシニアコンサルタント、町田健さん(46)だ。2007年に始まった団塊世代の大量退職の対応に追われた企業が、やはり大量採用されたバブル世代対策の必要性に気付いたというのだ。要するにリストラ対象ということでは?「いえ、大半の企業は会社員として脂の乗り切ったバブル世代を重要な戦力と考えていますよ。一方でポスト数が限られているのは事実。そこで一部の企業は、経営中枢を歩むマネジメント系社員と専門性に優れたエキスパート系社員の処遇の差をなくし、ポストを与えられなかった社員には代わりに活躍の場を与えるといった人事制度改革に乗り出しているのです」管理職か、専門職か。難しい選択には違いない。「そう、これからバブル世代は自らを見つめ直し、どう働くかについて信念を持つ必要に迫られますよ。そこを先取りして、信念を貫けと伝えているのが『半沢直樹』ではないでしょうか」実は記者も対象ぎりぎりの92年入社組。組織の一人として今後どう生きるか。悩めるバブル世代へのアドバイスを尋ねたいと思う人がいた。東レ経営研究所特別顧問の佐々木常夫さん(68)。入退院を繰り返す妻の世話、自閉症の長男を含む3人の子育てを担いながらも東レ本社の取締役を務めた。「40代半ばといえば僕は課長、部下十数人の能力を最大限に発揮させようと張り切っていた。会社員人生で最も面白かった時期」と振り返ったうえで、こう語った。「ポスト不足で左遷されたとしても腐らず自己を磨こう。僕にも経験があるが、人は試練があるからこそ磨かれ、成長するのだから」大丈夫、なんとかなる。これもバブル世代の口癖?(以下略)---私自身、1968年生まれ(早生まれ)なので、世代的にはバブル世代真っ盛りということになります。ただ、転職しているので、現在の勤務先に勤めたのはバブル崩壊後です。わが相棒も、1学年上(かの有名な丙午生まれ)なので、同じ世代です。我々の世代、ここまでボロクソに言われなけりゃならないほどなのかなあ、というのは、当事者(?)としては、いささか憮然とするところです。引用記事中でバブル世代のサラリーマンの特徴として挙げられる会社第一、仕事第一でエネルギッシュに働く。楽観的で後先の心配をしない。消費意欲が高いと言われるのはそのせい。見えっぱり。言い換えればプライドが高く、他の世代に煙たがられるほど。男らしさ、女らしさにこだわる最後の世代。いずれも、私には当てはまりません、いや、当てはまらないと自分では思っています。他人からどう見えるかは、もちろん分かりませんけど。少なくとも金遣いは荒くない。これだけは断言していいと思います。そうでなければ、我が家の首相から、とっくに大蔵大臣権限を剥奪されています。子どもの頃から心配性の気性があり、どちらかと言うと楽天的ではないタイプ(もちろん、どちらかと言えば、程度ですが)プライド、そんなものハナから持っていません。ただ、後から考えてみれば、その後の世代に比べて就職であまり苦労しなかった、とは言えるかもしれません。私は、大学生のころは、この記者氏とおなじ仕事を目指していました。が、この業界はバブル時代といえども競争率がきわめて高く、私は残念ながらどこの入社試験も突破できなかった。一次試験は通っても、面接で落ちる。後から考えると、突破できなくて良かった、とも思いますし、今の自分自身の目で当時の自分を振り返ってみると、頼りなさそうで「使える人間」とは見えなかったと思います。9月頃になって「こりゃもう無理だ」と悟り、流通関係の某社に応募したら、すんなり入社が決まった。当時、スーパーは「すっと入ってパッと辞めるからスーパーだ」なんて言われるくらい、簡単に入れた。一応は東証一部上場企業なのに。今では、そんなことは絶対ないと思いますけど。だいたい、当時は就職活動は大学4年になってからだったので、おそらく就職活動の期間も現在よりはずっと短かった。その会社には4年間いて転職しました。そのときは、バブル崩壊後だったので、転職先が決まってから辞めました。先の見込みなく辞めてから転職先を探そうと思うほどには楽天的ではなかったわけです。4年間いた会社は、決して悪い会社ではなかったと思います。人間関係も良かった。ただ、周囲の先輩社員を見渡して、一生居る、ということは、当時の私にはちょっと考えられなかった。バブル時代というと、地上げ、株高、ジュリアナ東京、というイメージでしょうか。(改めて調べたら、ジュリアナ東京は、バブル時代末期の1991年開店だったそうです。とすると、私の社会人2年目のことです)しかし、当時の時点で社会人だった人はともかく、学生がそんなものでおいしい思いをした例が、果たしてあったのでしょうか。当然のことながら、私はジュリアナ東京なんて一度も行ったことがないし、生まれてこの方一度も株取引なんかしたことがない。もちろん、学生の分際で土地など持っていたはずがありません。世代論という話になると、圧倒的に槍玉に上がるのは段階の世代です。あとは戦争世代とか、学童疎開世代とか、逆に最近ではゆとり世代とか。確かに、同じ世代は同じ年頃で同じ社会現象を経験し、そういう意味では共通体験を持っている、ということは言えます。だけど、いくら共通体験があったって、性格や性癖はてんでバラバラです。双子の兄弟でさえ、性格が全然違うなんてのはよくある話なんだから。そういう意味では、世代論で人の傾向を決めてかかろうとする言説には、どうもあまりシンパシーを感じません。
2013.07.31
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先日、立山連峰に登ってきた話を記事に書きましたが、このときは、毎日新聞旅行の主催している「毎日アルペン号」という夜行バスを利用して室堂平まで行きました。立山に登ったのは今回が初めてですが、富山を基点とする山登りは、ずっと昔に雲ノ平と三俣蓮華に登ったことがあります。1996年(丁度アトランタオリンピックの最中だった)のことでした。そのときは、急行「能登」という夜行列車で東京・上野から富山まで行き、路線バスで登山口の折立まで行きました。上野駅を出るときは超満員で、通路に座っていた遠い記憶があります。熊谷だったか高崎だったか、途中駅で乗客が降りて、やっと席に座れた。その当時は、東京から富山までは、寝台特急「北陸」と急行「能登」という2本の夜行列車が走っていました。「北陸」は、名前のとおり全車寝台車、能登は全車座席車でした。2010年3月に両列車とも廃止となり、「能登」はその後しばらく臨時列車として時々運転されていましたが、それも現在は打ち切られています。私が、山登りを始めたころは、南北アルプスや八ヶ岳に登るといえば、まずほとんど夜行列車を利用していました。富山経由というのは例外的で、多くの登山口は中央線経由でした。20年前には新宿から中央線方面の夜行列車は2本走っていました。急行「アルプス」と上諏訪行の快速です。北アルプスに行くときは急行「アルプス」を使い、八ヶ岳や南アルプスは無名の快速列車を使っていました。ところが、20年くらい前に無名の夜行快速は廃止となり、その後は急行アルプスしかなくなってしまった。時にもよりますが、急行「アルプス」は、夏休みシーズンなどには非常に混雑することがあり、確か1998年だったか、甲斐駒ケ岳に登ったときは、新宿から甲府までデッキで立ちっぱなしだったことがありました。(最初床に座っていたんだけど、誰かがコップ酒を床にこぼして、床が酒まみれになり、座れなくなってしまった)当時30歳になったばかりでしたが、さすがに夜行列車に立ちっぱなしで、翌日の登山はちょっとばてた記憶があります。しかし、それだけ混雑した急行アルプスもまた2001年には廃止になってしまい、その後は臨時の夜行快速「ムーンライト信州」が運転されています。これは、現在まで廃止されず運行継続しています。私もこの列車を何回か使っているのですが、急行「アルプス」の時代と違って全席指定で自由セキがない。現在でも結構人気のある列車で(そもそも混雑期にしか運転しないから)、予約を取ろうとしたら満席、ということが何回かありました。結局、私が山登りに愛用していた夜行列車は、次々と姿を消してしまい、それに替わる手段としては、夜行バスあるいは東京を朝出発する、という手段になってしまいました。最近は、北アルプス方面に行くときは松本電鉄の「さわやか信州号」や、前述の毎日新聞旅行の「毎日アルペン号」など夜行バスをよく利用しますし、八ヶ岳に行くときは、仕方がないので朝東京を出ることが多くなりました。山以外では、相棒と結婚する前(相棒は結婚するまで大阪に住んでいた)、大阪に言って東京に帰ってくるときに、夜行列車を使ったことが何回かありました。一度は特急「サンライズ瀬戸/出雲」という寝台列車。これは、現在まで定期列車として残っています。もう1回は急行「銀河」。大阪発東京行の寝台急行です。この列車は2008年に廃止になっています。私は随分夜行列車に乗りましたが、寝台車は子どものとき、家族旅行で山口に行ったとき寝台特急「はやぶさ」(この列車も2009年に廃止になった)に乗ったのと、このときの急行「銀河」の2回だけです(前述の「サンライズ瀬戸/出雲」に乗ったときは、「のびのび座席」と称する座席車扱いの簡易寝台を使った)それより前に、東海道線の大垣行夜行列車(快速)もフォルクローレの演奏関係で乗ったことがありますが、かつて学生の格安旅行の御用達だったこの列車も廃止され、現在は「ムーンライトながら」という臨時列車に変わっています。学生の休み期間だけに運転されているようです。鉄道の夜行列車というのは、各鉄道会社にとって「邪魔な存在」になっているんでしょうね。利用も多くないのでしょう。ただ、「ムーンライト信州」がよく満席になることから考えても、一定の需要はあるはずですが。現在、完全に毎日運行されている定期夜行列車は、JR全グループに、たった4本しかありません。上野-札幌間の特急「北斗星」、上野-青森間の特急「あけぼの」、前述の東京-高松市/出雲市間の特急「サンライズ瀬戸/出雲」、そして青森-札幌間の急行「はまなす」です。週の半分以上運行される「半定期列車」が、大阪-札幌の「トワイライトエクスプレス」と、上野-札幌の「カシオペア」。あとは多客期のみ運転される、前述の「ムーンライト信州」(新宿-白馬)と「ムーンライトながら」(東京-大垣)、「ムーンライトえちご」(上野ー新潟)を含めても、9本しかない。(「ムーンライト信州」は下りのみで上りなし)とりわけ、「急行列車」と名の付く列車は、昼間の列車は既になく、夜行急行「はまなす」ただ1本以外にない。特急は「特別急行列車」の略ですが、特別ではない「普通急行列車」は、もはやJR全グループにたった1本。絶滅寸前です。「普通」が姿を消して、全部「特別」ばかりになってしまったら、もはや特別でもなんでもないのであって、いっそのこと、特急は全部急行に名称変更したら?って思ってしまいます。まあ、そんな名前の格下げをJRが行うことは、絶対ないでしょうけどね。
2013.07.29
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昨日立山から帰ってきて、今日はせっせと家族サービス(笑)、そして、今晩からランニングを再開したら、さすがに猛烈にきつかったです。それはともかく、当ブログでは富士山の世界遺産登録をめぐる話題、入山料をめぐる話題について度々取り上げています。ところで、この問題について、なんとネトウヨ新聞もとい産経新聞が「正論」で取り上げているようです。富士山入山料 景観保存へ負担惜しむな世界文化遺産に登録された富士山の各登山口で、1人千円の「富士山保全協力金」を任意で徴収する社会実験が夏山シーズンたけなわの25日から始まった。来年以降の入山料の本格導入に向け、地元の静岡、山梨両県が試行しているもので、8月3日まで続けられるという。富士山が世界遺産に登録されたことは国民を大いに勇気づける明るいニュースだったが、世界遺産委員会からは登録とあわせ、多くの課題も指摘されている。中でも大きなものは自然環境をどう守っていくかである。もともと富士山は世界自然遺産の登録を目指していたが、ゴミの投棄などがあまりにもひどかったため、苦肉の策で文化遺産登録に切り替えたという経緯もある。確かに富士山の景観は素晴らしい。さまざまな文化、芸術作品を生み出してもきた。その価値を疑うものはいない。だが、遠く仰ぎ見れば文化だけれど、近づけば自然破壊というのでは、世界遺産としての「顕著で普遍的な価値」も早晩、失われてしまう。入山料の導入は積極的に進めるべきだろう。富士登山のシーズンは7、8月の2カ月で、毎年30万人前後が訪れる。今年は世界遺産登録の効果で例年より多く、ゴミ投棄などによる環境破壊にもその分、拍車がかかるおそれがある。十分な準備がないまま4千メートル近い山に登ったのでは、事故や遭難のリスクも高まる。世界遺産登録で富士山の自然破壊がかえって進んだり、事故が増えたりしたのでは泣くに泣けない。入山料の目的は2つある。観光ブームで急増する登山者数に歯止めをかけ、同時にゴミ処理やトイレ不足、登山者の安全確保などに必要な財源を確保することだ。登山者抑制に関しては入山料を7千円程度にしないと十分な成果は得られないとする研究報告もある。他の方法も組み合わせて考えるべきだろう。財源としては1人千円で30万人だと3億円になる。地元だけでなく、みんなで世界遺産を守る意識を共有する意味でも負担は必要だ。静岡、山梨両県は社会実験期間中、アンケートを行っており、その調査結果も参考にするという。いまのところ反応は好意的なようで、もう少しなら高めの入山料設定も可能かもしれない。---実に珍しいことに、総論においては、私もこの「正論」の主張におおむね同意なのです。以前の記事にも書いたように、1000円程度の入山料ならば私は反対ではありません。快く払います。ただし、私が無雪期の富士山に再び登ることは、おそらくないと思いますが(誰かに頼まれて、という場合を除き)。シーズンオフの登山でも入山料を取る、というならもちろん払いますが、費用対効果の面から考えて、おそらく積雪期には入山料の徴収は難しいだろうと思います。で、総論においては反対ではないけれど、各論の部分では疑問の余地が多いにあります。まあ、金額1000円程度なら目くじらを立てる話ではないのですが、この社説では「もっと高めの入山料」などと言っています。そうなった場合は、お金の使途と、その正当性が問題になってくるように思います。入山料をめぐる問題でよく言われるのは「トイレ問題」です。この記事にも「トイレ不足」とあります。でも、私にはいくつかの点で大いに疑問があります。まず、富士山にトイレは不足しているんでしょうか。富士山には非常に多くの山小屋があります。八ヶ岳が、山小屋が多いために、往々にして「小屋ヶ岳」なんていわれたりしますが、富士山の山小屋はその八ヶ岳よりずっと多い。吉田口なんて、ほんとに標高差百メートルくらいずつ山小屋がある感じです。で、山小屋があれば当然トイレもあるわけです。それ以外に、富士吉田口には下山路に公衆トイレがあります。それでもまだトイレが足りないといえるのか、というのがいささか疑問です。そしてもうひとつは、現在徴収されているトイレの使用料との整合性です。富士山の山小屋のトイレは有料です。金額は200円かかります。南北アルプスや八ヶ岳でも、山小屋のトイレはチップ制を謳っているところは多いです。ただし、どこでも「100円程度」と言っていますし、管理人が目を光らせているわけではないので、実際は任意です。また、その山小屋の宿泊者までは支払いを求められません。しかし、富士山のトイレは違います。任意のチップではなく、トイレの入り口には硬貨を投入するとバーが開くゲートが設置されていて、金を払わなければ使うことができません。金額も他の山域の倍ですし、山小屋に宿泊している人も、使用料を支払わなければバーが開きません。※※全ての山小屋がそうなのかどうかは知りませんが、昨年富士山に登ったとき、宿泊した山小屋と、下山時にトイレに立ち寄った山小屋がいずれもそういうシステムでしたから、すべてかどうかはともかく、大半のトイレがそういうシステムになっているのでしょう。富士山のトイレ維持費が南北アルプスや八ヶ岳の2倍以上かかる、なんてことはあるはずがありません。南北アルプスや八ヶ岳は物資の輸送はヘリかボッカ(歩荷、要は人が担ぐ)ですが、富士山はブルドーザーです。ブルドーザーは普通のトラックよりは金がかかるでしょうが、ヘリよりはずっと安上がりに決まっているのです。もっとも、南北アルプスや八ヶ岳の山小屋のトイレは、チップ収入だけでは大赤字でしょうけど。ここまでガッチリとトイレの利用料が徴収されている現状で、更に「トイレ整備のために入山料を」というのは、二重取りになってはいませんか、と思うのです。負担増をと言うのであれば、そのあたりの整合性をきっちりさせるべきでしょう。
2013.07.28
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昨日の記事で書きましたが、北アルプス立山連峰に行ってきました。iPad miniからはネット接続は自由自在なのですが、このブログに写真をアップしようとすると、容量過大でアップできないのです。iPad miniの写真は2592×1936ピクセルという巨大なもので、このブログにアップできるのは縦横いずれも最大2000ピクセルまでなのです。写真を保存するときに、サイズを選べるようになっていればいいんだけど、どうもそういう機能はないようです。あのレンズでそんな巨大サイズの写真を保存したって意味ないように思うのですが。というわけで、出先からFacebookには写真がアップできる(アップした後で圧縮されますが)のに、このブログにはアップできない、不便なものです。さて、何はともかく帰宅しました。24日夜に東京発、25日朝7時頃に室堂に着いたのですが、その時点で室堂は完全にガスの中。視界はほとんどゼロ。雨具を着こんで歩き始めると、すぐに激しい雨。予定ではその日は五色ヶ原まで行って幕営するつもりだったのですが、歩き始めたときは内心、そんなの絶対無理、何とか一ノ越まで行って、その先のことはそこで考えようと思っていました。一ノ越に着いたころには雨が上がっていたので、とりあえず雄山に登り始めると、深いガスが次第に薄らぎ始めました。山頂から御前沢カールを見下ろしたところ。ガスはかかっているけど、なんとか視界が利く。山頂は神社になっています。そういえば、富士山、御嶽山とともに、立山は日本三霊山とも言われます。山頂神社の拝観料は500円だそうで、いったん山頂神社はバスして立山最高峰の大汝山(雄山からたった20分)まで行ってきました。戻ってくると、急に気が変わって500円払って参拝してしまいました。ご利益はあったかな。とりあえず、参拝記念の札には鈴がついていたので、「こりゃ熊よけにいい」と、その後はずっとザックのくくりつけて歩きました。一ノ越まで戻ってくると天気はだいぶ良くなって、このとおりです。雲は多いながらも晴れました。よし、予定どおり五色ヶ原まで行くぞ、と決めました。室堂を振り返ります。残雪が多いですね。初めて来た場所なので、この残雪が例年と比べて多いのか少ないのかは知りませんけど。で、目指すは五色ヶ原なのですが、これがテントを担ぐ身では遠かった。一ノ越から龍王岳、鬼岳、獅子岳とピークを3つ超えて行きます。しかも、歩き始めてしばらくすると、天気が再び怪しくなり、時に小雨がぱらつく状況。こりゃ、しまったかなと思いましたが、だいぶ高度を下げてしまったので、登り返すのは嫌だなあ、と、そのまま進みます。(でも、後から考えれば、その先のアップダウンのほうがずっときつかったけど)幸い、天気はそれ以上悪化することはなく、晴れたり曇ったりの微妙な天気の中。五色ヶ原に向かいました。途中雪渓の横断が2箇所。でも、トレースがついているので、アイゼンがなくても特に問題はありません。最後、獅子岳からザラ峠へ、標高差350mの下り、そして、五色ヶ原への登り返しがきつかった。荷物が軽ければね。佐々成政の「さらさら越え」が、一説にはこのザラ峠を越えたといわれるけど、戦国時代の装備で冬季の北アルプス、こんなところを本当に横断できたのかなあ。私が通ったのは尾根筋の縦走路ですが、佐々成政一行は横断です。現在ここを横断する一般登山道はありません。ザラ峠から五色ヶ原への登り中腹にて、ハクサンシャクナゲが満開。登りきって五色ヶ原に到着。コバイケソウが満開です。白い花がコバイケイソウ、黄色い花はシナノキンバイ、奥の潅木の白い花はナナカマドです。で、ここでテントを張りました。テント場には私を含めて4張。ガラガラです。女性で6日間かけて読売新道まで行くという方がいました。私にはとても無理。テント場からの夕暮れ。景色はいいし、水場とトイレも完備しています。山小屋からは徒歩15分くらいかかりますが。夕方は良い天気だったのですが、夜8時過ぎに雨、1時間くらいで止んだものの、深夜2時か3時くらいから再び雨。朝起きたときには止んでいましたが、テントのフライシートが雨に跳ね上げられた泥で砂まみれ。仕方がないので、びしょびしょ泥まみれのままテントを撤収。早朝はガスが濃かったものの、次第に天気が回復してきました。7時前に五色ヶ原を出発し、昨日来た室堂からの道を引き返します。五色ヶ原を振り返ります。手前のピークは獅子岳近辺の小ピークの一つだったと思います。その奥の、右から左に緩く下っている平らな場所が五色ヶ原。分かれにくいですが、五色ヶ原山荘が小さく見えます。その遠方、中央やや右よりの山が薬師岳、さらにその奥、中央やや左寄りにかすかに見えるのが黒部五郎岳です。前日、獅子岳からザラ峠への長い下りが、この日は逆コースなので長い登り。でも、歩き始めてすぐなので、前日よりは少し楽な感じ。前日より天気がよくて、眺めがいい。同じお花畑を前日も見ているはずなのに、一段と花々が美しく感じます。右奥が立山。そこに至るまで、この山々を越えて行くわけです。雪渓。二つあるうちの大きいほうです。丁度山小屋の人がルートを整備しているところでした。しっかりステップが切ってあって、歩きやすい。龍王岳まで戻ってきました。雄山が目の前。さすがにもう一度登る気力はなく、そのまま室堂に下ることにしました。途中ライチョウの親子がいて、写真も撮ったのですが、iPad miniのカメラはデジタルズームなので、非常に荒い画像でしか撮影できませんでした。こういうところは、やっぱり一眼レフにはかないません。重要文化財、室堂小屋。現存する日本最古の山小屋で、1726年に建設されています。しかも、このときの建設は「再建」だったので、実際にはそれ以前から山小屋は存在していたようです。1980年代まで営業山小屋として実際に使われていました(ただし、かなり改修されていたものを文化財指定に際して復元工事を行ったようです)。現在の山小屋はこの隣に建設されています。室堂を越えて更に下った雷鳥沢キャンプ場に2泊目のテントを張りました。室堂から標高差で200mほど下ったのですが、この下りが、気分的には結構きつかった。途中、地獄谷の硫黄のにおいがきつくて、目がチカチカするくらいでした。近辺のハイマツがみんな枯死していた。雷鳥沢キャンプ場でも、終始硫黄のにおいがしました。ただ、雷鳥沢は、目の前に立山がそびえ、しかもすぐ近くに風呂付の山小屋があって、外来入浴ができる、風呂付テント生活というとてもおいしい場所です。この日は60針くらいのテントがありました。しかし、今朝は残念ながらこんな天気。雨が降ったり止んだりする中をテント撤収し、室堂まで登ります。本当は、室堂から天狗平まで歩いて下るつもりが、室堂に着いたら深いガスの中で、視界は数十メートル。これじゃ歩いても仕方がないとあきらめて、室堂からバスに乗りました。ところが、バスが走り始めた直後から天気が回復し始めて、天狗平のバス停では晴れ間も見えるではないですか。これなら天狗平まで歩いたほうがよかったなと、ちょっとだけ後悔。まあ、またいつか来る機会もあるでしょうから、そのときは天狗平と弥陀ヶ原もあわせて歩くことにします。2日続きの雨で、テントはびしょ濡れ、泥まみれ。帰宅後、風呂場で大掃除しました。自慢じゃないですが、このテントを12年使っていて、ちゃんと洗ったのは初めて。(毎度干していますけど、洗ったことはなかった)ただ、フライの材質が劣化していて、そろそろ寿命が近そう。私が使ったのは12年ですが、そもそも職場の先輩から15000円で譲ってもらったもので、その時点でもある程度使い込まれていたので、通算では何年使われているのか不明です。何泊使ったか数えてみたら、24泊。まあ元は取ったかな。あと1年くらいは使って、新しいテントを買うか、しかし私が肉体的に何歳までテント山行可能なんだろうか。まああと10年くらいは大丈夫と思うけど、脚力自体はそんなに極端に落ちてはいないけど、腰がねえ・・・・・・。例によって、フィルムの一眼レフでも写真を撮りましたので、近いうちにそちらもアップします。追記 そうそう、iPad miniを持っていきました。室堂と雷鳥沢キャンプ場では問題なくつながりましたが、五色ヶ原では「アンテナが立った」と言っていた方もいましたが、iPad(というか、モバイルルーター)はダメでした。東京を出る時点ではバッテリーの残量90%くらい、3日間のうちに写真を100枚以上とって、室堂と雷鳥沢でネット接続をして、下山した時点で残量が40%弱でした。ただ、東京に帰る列車の中でネットにつないでいたら、帰宅した時点では19%まで減っていました。いずれにせよ、3泊3日のテント山行でiPadのバッテリーは充分保つことが分かりました。
2013.07.27
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ただいま、北アルプスの立山にいます。昨日室堂から雄山、大汝山に登って、五色が原へ。今日は五色が原から室堂に戻って、雷鳥沢キャンプ場で、テントを張ったところ。天気はまあまあ良いです。日中はいい天気なのですが昨日の夜は雨。今日も、テントを張った直後に雨。でも、今は晴れています。テントが早く乾かないかな。雷鳥沢キャンプ場は携帯が通じるのです。だからブログのアップもできる。ただ、iPadで撮った写真はこのブログでは画素数過大で投稿できない。なので、写真なしの文章のみの記事になります。高山植物の花は満開。特にコバイケソウがすごい。五色が原までの道が、特に花が多かったですね。ただ、立山から五色が原までは、距離があって、アップダウンが多く、テントを担いで行って帰ってくるのは、かなりきつかったです。きつい思いをしただけの甲斐はあったけど。雷鳥沢キャンプ場は、近くの山小屋に風呂があるので、一風呂浴びちゃいました。風呂付きテント泊なんて、何と贅沢な。明日は山には登らず、テントを撤収して帰宅するだけです。明日以降に、改めて写真付きの記事をアップしようと思います。
2013.07.26
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山本太郎氏当選に思う--噛みしめるべき格言「教育のない民主主義は無意味」科学と理性に背を向けた人を信任7月21日の参議院選挙は自民党圧勝という結果になった。私は特定政党を支持しないが、自民党の影響力が強まり政治が混迷して、何も決められない状況が終わることは一国民としてうれしい。ところが残念なことがあった。東京選挙区で反原発を過激に主張する俳優の山本太郎氏が当選したことだ。おかしな議員が一人増えたという簡単な問題ではない。かなり根の深い問題をはらむ。私は原則として選挙での民意を尊重する。しかし山本氏は当選するべきではないと考えていた。これまで問題政治家は多かったが、山本氏は特異な異様さを持っている。彼は福島原発事故をめぐってデマの発信を繰り返し、テロリストや極左暴力集団との関係を公言。さらに科学、理性、そして選挙関連の法律の無視を公然と行った。もっと恐ろしいことは、この人に東京都民で60万人以上の多数の投票があったことだ。偉そうに聞こえたら恐縮だが、私はこの結果に「日本社会の敗北」という感想さえ抱いた。そして「悪霊」(意味は後述)が社会を覆った恐怖を感じた。科学的な判断力を養わない教育、有名人に面白がって投票する幼稚な政治文化、理性的な判断をしない情報弱者の多さ、民主主義を壊しかねないセンセーショナリズムに陥るメディアなど、日本で観察される問題の悪しき集大成が、山本氏の当選につながっているように思えてしまう。総じて日本人の大半の人の見識の高さを私は信頼しているが、一部に危うい行動をする人がいることを確認できた。もちろん私は山本氏を全否定することも、会ったこともない彼を激しく憎むこともない。山本氏は福島原発事故への怒りを前面に出したが、それは私も共感する。彼の強調した放射能への不安も当然だろう。そしてすべてを放り出して、愚直に政治運動をした彼の姿を嫌いでない日本的な心情を私は持つ。しかし科学と理性に背を向けた山本氏の異様な行動については決して認められない。山本氏による騒擾は混乱だけを生んだ私はエネルギー・環境問題の取材を続ける記者だが、そこで福島原発事故に遭遇した。放射能をめぐるデマを機会があれば打ち消し、機会あるごとに以下の主張をした。「放射能について不正確な情報を垂れ流す事は、誤った行動を誘発し、人の生活、命、健康に情報で害を与えかねない」「原発の是非の主張と、今起きている放射能のリスク評価の問題はまったく別である。前者は自由に語ればいい。人々の不安につけ込んで後者を強調して前者を語ってはいけない。誤った情報は風評被害を生み、福島という地域を壊し、ムダな損失を人の人生と社会と日本全体に加える」「各種調査で示されているように、今回の原発事故で健康被害が起こる可能性は極小である。それなのに膨大な対策を行うことで、福島と被災地の復興が遅れ、数兆円単位の無駄なカネが使われている。冷静になって現状を考えるべきだ」ところが状況は、これらの主張と真逆に動いている。エネルギー政策、放射能防護政策で今起こっていることを一言でまとめれば、「混乱」だ。多くの人々が冷静に原発事故に対処したのに、一部のノイジーマイノリティーが、科学的知見を無視。そして理性ではなく「怖い」「原発嫌だ」という感情を爆発させ、社会の合意形成と政策の遂行を妨げている。(以下略)---この、「アゴラ」というブログは、かの池田信夫が頻繁に寄稿しているサイトです。それ以外の寄稿者がどのような主義主張を持っているのかはよく知りませんが、この文を読むと、どうやら池田信夫と似たり寄ったりの人たちが多いのかも知れません。私自身は、先に書いたように、東京選挙区では共産党の吉良佳子に投票しました。山本に投票することも考えましたが、正直に言えば、優先順位は吉良・大河原・山本の順と思っていたので、まあ支持者としいうわけではありません。私も脱原発派だし、その問題を非常に重視もしていますが、原発の是非のみが日本で唯一最大の重大問題とまで思っているわけではないので(だから、このブログで社会問題を取り上げる際、原発以外の問題だって取り上げているわけです)、原発の是非だけのシングルイシューで投票先を決めようとは思わないのです。ただ、60万票を取って当選した人に対して、「日本社会の敗北」とか「日本で観察される問題の悪しき集大成」とまで悪罵を投げつけるのはどうか、と思います。そりゃ、自分にとって気に入らない候補者が当選したら腹が立つし、批判の一つや二つはしたっていい。私だって安倍の自民党が勝ったことは腹が立つし、批判もする。ただ、批判するにしても、言い方というものがある。「教育のない民主主義は無意味」というのは、つまり自分の気に入らない主義主張が多数を得ることに対しては、そんな民主主義は否定してしまえ、ということです。誰が「教育」の程度を決めるのか、政府か警察か、石井孝明というこの文章の筆者か。誰が決めるにしても、それこそ根拠なき選良主義と考えざるを得ません。確かに、脱原発派の中に、「ちょっと、いくら何でも危機を煽りすぎでは」と思われるフシがないわけではありません。たとえば、現状私は東京の放射能程度はほとんど気にしていません。気にする必要はないと思っていますので、東京の放射能も危険だ、というのは、いささか煽り過ぎと思っています。でも、それに関しては、「放射能は安全」派も、間逆の方向でまったく同じことなのです。石井孝明がこれまでどういう主張を繰り広げてきたかは知りませんが、同じ「アゴラ」で原発擁護の論陣を張る池田信夫などは、まさしく非科学的で、事実に反することを並べ立てて「放射能は安全だ」と叫んできた張本人です。池田信夫が酷い、酷すぎるトイレのないマンション放射能の危険性について改めて考えてみる極めて低レベルな間違いを含んだ「原発安全論」を撒き散らす張本人です。この筆者は、池田信夫とどの程度意見が一致しているのかは知りませんが、「各種調査で示されているように、今回の原発事故で健康被害が起こる可能性は極小である。それなのに膨大な対策を行うことで、福島と被災地の復興が遅れ、数兆円単位の無駄なカネが使われている。冷静になって現状を考えるべきだ」と書いています。私も、おそらく今回の原発事故でおこる健康被害は、そう多くはないと思います(ただ、甲状腺がんの増加は、おそらくあると思う)。しかしそれは、何度か指摘していることですが、事故後早々に原発から20km以内の区域からほとんどの人が避難したからです。現在でも原発周辺には、年間100ミリシーベルトを超えるような高い放射線量を記録している地点が点々とあります。そんなところに人が住み続けていたとすれば、健康被害の発生は避けられなかったでしょう。したがって、もしその地域に人が戻るのであれば(戻ることはあきらめる、という選択肢もあり得ますが)除染などの対策は不可避です。放射能による健康被害は、よく分からない部分が多いのは確かです。その、よく分からない部分について、危険を強調するのが脱原発派とすれば、安全を強調するのが原発推進派です。私は、あまり極端に危険を強調する向きには同意しかねるのですが、基本的には「分からないものは警戒せよ」というのが公衆衛生や安全という考え方の基本です。したがって、「分からないから危険だ」と「分からないから安全だ」というどちらの主張が、より「危険な意見」かと言えば、それは間違いなく「分からないから安全だ」のほうに違いないのです。
2013.07.24
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菅元首相の処分検討=無所属候補支援で―民主民主党は23日の役員会で、参院選東京選挙区で公認を取り消した無所属候補を支援した菅直人元首相の処分を検討することを決めた。東京では公認候補の鈴木寛氏が落選しており、党内では処分の中で最も厳しい除籍(除名)とするよう求める声も上がっている。同党は参院選公示2日前、東京選挙区で候補者を鈴木氏に一本化したが、公認を外された大河原雅子氏も出馬し、落選した。菅氏は大河原氏の応援演説を行うなどしたため、党東京都連は「反党行為に当たる」として菅氏の処分を執行部に求めている。---貧すれば鈍す、と言いますが、民主党崩壊の危機に際して、再生策を考えるより裏切り者探しをやっているんだから、話になりません。上記の記事には出ていませんが、処分要求を掲げているのは、松原仁と長島昭久という、民主党内極右系の政治家たちだというのだから、ある意味では分かりやすい話です。大河原雅子の公認取り消し騒動は、前に記事を書いたことがあります。選挙の告示2日前というタイミングで、しかも本人に直接会うこともせず、電話一本で公認取り消しを伝えたと報じられています。候補一本化の決断があまりに遅きに失して、同じ共倒れでも、2人とも公認しての共倒れのほうが、まだ傷は浅かったところでしょう。しかも、そのような重大な決定を電話一本だけの連絡で済ませたというのですから、失礼にもほどがある。こんなタイミングでこんな滅茶苦茶な決定をするほうが、よほど党内を混乱に陥れる「反党行為」だったんじゃないでしょうか。実際、大河原を支援した民主党議員は菅直人だけではありません。小川敏夫元法相は大河原の選対本部長をつとめ、有田芳生議員も支援していたようですが、彼らも処分するんでしょうか。ま、私はもはや民主党をまったく支持していないので、民主党が誰をどう処分しようが、知ったことではない、とも言えるし、もうこんな党は追い出されちゃえば良いんじゃない?とも思いますけどね。私個人としては、民主党にはもはや何の期待も抱いていないけれど、民主党に属する(属した)政治家の一部には、今でも多少のシンパシーを感じています。宮城で落選した岡崎トミ子とか、大河原雅子がそうです。今回の選挙で、結局は共産党の吉良佳子に投票したけど、大河原に投票することも少し考えました。その大河原を民主党は切り捨てて、原発に曖昧な態度を取り、「親学」という保守系カルトチックな教育団体と関係を持つ鈴木寛を取ったわけです。ある意味で分かりやすい話です。民主党比例区で真っ先に当選確実になった議員が電力労連出身、という話と同じくらい分かりやすい。それはともかくとして、大河原を切り捨てたことは、民主党にとっては高くつくんじゃないでしょうかね。というのは、彼女は東京生活者ネットワークの元代表です。生活者ネットは東京の地域政党で、6月の都議選でも3議席を獲得しています。国政レベルでは民主党と支援することが多く、元代表の大河原が民主党から立候補したのもその流れの一環でしょう。その大河原をこんな形で切り捨てれば、出身母体の生活者ネットから、今後支援を受けることも難しくなるでしょうね。要は、民主党は生活者ネットとの協力よりも電力労連のほうが大事だということなのでしょう。民主党とはそういう政党だ、ということです。まったくがっかりする話ですけど。まあ、菅直人を除籍するんなら、そうしたら良いんじゃないでしょうか。そうすることで、民主党がどういう立ち位置の政党か、改めて明白になるでしょうから。
2013.07.23
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前の記事のコメント欄に書いたように、私は参院選の東京選挙区は共産党の吉良佳子に、比例区は社民党(党名で投票)に入れました。結果的に両方とも当選したので、今回の投票は死票とならずに済みました。(昨年の衆院選は、比例も小選挙区も両方とも死票でした)ただ、選挙結果全体としてみると、共産党が少し伸びたことは喜ばしいものの、全体としては自民党の圧勝という、私としては残念な結果になってしまいました。共産党の比例票は515万票。これは、参院選では史上三番目の数字です。過去最大は1998年の875万票、2番目が1986年の543万票。前回参院選が425万票、昨年の衆院選は368万票だから、確かに躍進です。ただ、衆院選では1972年から90年まで、共産党はコンスタントに500万票台を維持していましたから、その時代に戻っただけ、とも言えます。問題は、15年前に875万票で比例区選挙区合わせて15議席という大躍進を遂げた次の選挙では、得票も議席数も大幅に落としていることです。次回の選挙で、同じ轍を踏まなければいいですが。一方自民党は1846万票で、昨年の衆院選より200万票近く増やしています。もっとも、昨年の自民党の圧勝は小選挙区制のマジックにすぎません。3年前の参院選(改選議席では自民が民主に辛勝した)に比べると100万票ほど少ない。つまり、勝った自民党も支持を集めたというよりは、ライバルの民主党と維新の会が自滅したことで消去法的に勝ち残った、という側面は、昨年の総選挙と変わっていないように思います。維新の会は、昨年総選挙の1226万票からほぼ半減しました。私としては自民党と同様大嫌いな党なので、喜ばしい結果です。が、それでも躍進した共産党より、比例区の得票は多いのです。その意味ではしぶとい。大阪ではトップ当選していますし、「終わった党」と安心するのはまだ早いかもしれません。ところで、低投票率だと組織政党有利と言われ、確かに堅い組織を持つとされる自民党、公明、共産が勝ち、風まかせの民主党と維新の会が墜落しています。でも、実際のところはどうなのでしょう。私の見るところ、共産党はもはや組織政党ではないと思います。いや、固い組織票はあるけれど、それは衰退の一歩。昨年総選挙の360万票がコアな組織票だとすれば、今回150万票も増やしたのはやっぱり「風」でしょう。自民党はというと、やっぱり組織票の力は落ちているんじゃないかと思われます。東京では自民党が2議席取りましたが、主に浮動票担当の丸川珠代はトップ当選。ところが、組織票頼みの武見敬三は最下位当選で、民主党の鈴木寛にかなり迫られている。民主党を支持する連合系労働組合の組織票の衰退はいうまでもありません。つまり、公明党以外はどの党も、固い組織票は溶けてしまい、どの党も風まかせの側面が強くなってきているのではないでしょうか。組織票でいつもガチガチに固まっている選挙ばかりが続くのは問題ですが、いつも風が吹き荒れて選挙の度に風向きがコロコロ変わるのも、それはそれで問題です。選挙後は憲法改正の動向が問題になります。とりあえず、自民と維新の会、みんなの党という会見賛成の党だけでは3分の2に届かない。民主党は参院には憲法改正賛成という議員は少ないので、公明党次第ということになるでしょう。もっとも、民主党の改憲反対議員は風向きしだいで意見を簡単に変えるんじゃないか、という危惧をいだきます。
2013.07.22
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参院選きょう投票 「強い国」へ確かな選択を■憲法改正への姿勢見極めたい参院選の投票日を迎えた。今世紀前半の日本の政治動向にもかかわる選挙の重みを感じながら、有権者は棄権することなく、投票所に足を運んでほしい。最大の注目点は、衆参のねじれが解消され、「政権の安定化」が図られるかどうかだ。忘れてならないのは、日本が繁栄と安全を確保していけるかどうかの岐路に立たされていることである。デフレから脱却して景気を回復軌道に乗せられるのか、中国が力ずくで奪取を図ろうとする尖閣諸島を守り抜けるのか。これがかなわなければ、国家再生を望むことは難しい。≪日本の岐路を直視せよ≫安倍晋三首相が進めるアベノミクスの評価や憲法改正への取り組みなど各党は一定の方向性を示した。内外の危機を克服できるのはどの政党なのかを十二分に見極めることが求められる。どの程度の時間が割かれたかはともかく、最大の争点の一つは国民の間でも支持が拡大している憲法改正だった。自民党や日本維新の会は、憲法改正の発議要件を緩和するため96条改正を主張した。安倍首相は終盤戦で「憲法9条を改正し、(自衛隊の)存在と役割を明記していくのが正しい姿だ」と語った。与党の公明党が、自衛隊の存在や国際貢献を書き加えるなど「加憲」の立場から9条論議に応じる姿勢を示したのも注目点だ。民主党は「未来志向の憲法を構想する」との抽象論にとどまり、96条の先行改正に反対する一方、9条への明確な見解を示さなかった。共産党などは「平和憲法を守れ」と改正反対を主張した。とりわけ9条を変えなければならないのは、今の9条の下では自衛権が強く制約され、抑止力が働かないためだ。憲法改正を通じて「強い日本」を取り戻そうと腐心しているのは誰かも、重要な選択肢としなければならない。(以下略)---例によって産経新聞の社説です。産経にとっては(別に産経だけの専売特許というわけではないでしょうけど)日本が強い国になることが理想であるようです。私は、しかし強い国が理想とは思わないのです。かつて、わが国は世界一強い国を目指したことがありました。でも、その結果日本中が焼け野原となり、多くの国民は不幸のどん底に突き落とされました。確かに、あまり極端に弱すぎることは、国民の不幸を招く可能性がありますけど、かといって強い国を目指しても、国民の幸せはありません。日本は、中国に抜かれたとはいえ世界第3位の経済大国であり、軍事的にも世界で上位何番目かに位置する強力な自衛隊を保有しています。それでもなお、更に「強い国」を目指して、国民の幸せにつながることなどないし、戦争を行うことが国民の幸せにつながることもない、と思います。強い国であることより暮らしやすい国であることの方が、はるかに大事なことだと私は思うのです。暮らしやすいというのはどういうことか。たとえば暮らしていく上で命の危険が少ないこと(犯罪・病気・災害などなど)、なるべく多くの人(できれば全ての人)が健康で文化的な生活を送れること、教育水準が高いこと、働きたいと望む人に仕事があること、万が一仕事がなくなっても、直ちに飢餓の危機に陥らないこと・・・・・・色々な要素があり、また人によってもどういう条件が重要かという考えは違うでしょう。ひとついえるのは、生活者として、かつ労働者として暮らしやすい国というバランスが大事であろうということ、「便利であること」が暮らしやすいことと必ずしもイコールではない、ということです。更にいえば、自民党の憲法改正案は、国民に対しても「強い態度」に出ようとしています。つまり、様々な権利を制約して国の強権に従わせようという意思がありありと出ています。挙句の果てに、96条だけ先行改正、つまり憲法改正の敷居を下げることで、ある意味で白紙委任を得ようとしています。そのようなことが実現して、国民が暮らしやすくなることなど、絶対にないといっていいでしょう。話は変わりますが、午後2時現在の投票率は22.66%で、前回より5%も低下していると報じられています。何党支持であろうが、あるいは支持政党なしであろうが、ともかく投票には行くべきであると私は思います。棄権は、政治に対する白紙委任と同じです。まだ投票締め切りまでは時間がある。私は自民党(維新の会も)の政策には絶対反対ですけど、「自民党に投票する」でもいいから、まだ投票していない方、是非投票に行きましょう!!
2013.07.21
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明日は参院選なのですが、我が家では私も相棒も既に期日前投票を済ませていますので、明日は投票に行きません。明日投票に行ってもいいのですが、変な話ですが何か突発的な出来事でも起きて投票できなくなることが絶対にない、とは断定できませんから、投票可能な早いうちに投票しておこうかな、という気になりました。全国的に見ても、期日前の投票は増えているようです。期日前投票、前回比10.9%増=15日間で1060万人【13参院選】総務省は20日、参院選選挙区での期日前投票の中間状況を発表した。公示翌日の5日から19日までの15日間で投票者は1060万4064人となり、2010年の前回参院選の同時期と比べて10.9%増加した。参院選の期日前投票者は前回、過去最高の1208万5636人に上っており、今回も記録を更新する可能性が出てきた。 投票者数は、富山、愛媛、佐賀、長崎、大分の5県を除く42都道府県で前回同時期を上回った。最も増加率が高かったのは沖縄県の31.3%で、岩手県27.9%、岐阜県26.5%と続いた。---前回参院選の投票総数は約5800万票なので、投票総数の2割以上が期日前投票だったようです。今回は、前回より投票率が下がるという下馬評で、それなのに期日全投票は増加している、ということは、投票総数に占める期日前投票の割合が、更に上がる可能性が高い、ということになります。それはともかく、どこに投票したか、具体名は書きませんが、私の主張に比較的近い党と候補者(選挙区と比例区で別々の党派)に票を投じてきました。今回、東京選挙区の票は多分死票にならないと思いますが、比例区のほうはどうでしょうか。ところで、安倍首相は選挙運動の締めくくりに秋葉原を選んだとか。その演説の様子を見に行こうかと考えていたのですが、結局その時間帯はフォルクローレのイベントの打ち上げに行ってしまい、安倍の演説を見に行く時間はありませんでした。やっぱり、音楽仲間とお酒を飲んでいるほうが、安倍の演説など聞くより楽しいというのが正直なところです。報道によると、「選挙戦では改憲など安倍カラーは抑え気味だったが、最後の訴えとなった東京・秋葉原の街頭演説では『誇りある国を作っていくために憲法を変えていこう』と訴えた」そうで、いよいよ衣の下の鎧をむき出しにし始めたようです。昨日の記事に細かく書いたので、あまり詳細は繰り返しませんが、私は憲法を変えることには反対です。自公が過半数を取るのはもはや避けがたいようですが、せめて改憲賛成派が2/3を占める事がないように期待しています。何はともあれ、棄権はやめましょう。みなさん、是非投票に行ってください。
2013.07.20
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【阿比留瑠比の極言御免】 平和憲法 めぐみさんを守れず拉致被害者の有本恵子さんの父で、拉致被害者家族会副代表である明弘さんから先日、筆者あてに手紙が届いた。そこには、こう切々と記されていた。「拉致問題が解決できないのは、わが国の争いを好まない憲法のせいであると悟ることができました」手紙には明弘さんの過去の新聞への投稿文と、拉致問題の集会で読み上げた文章が同封されていて、やはりこう書いてあった。「憲法改正を実現し、独立国家としての種々さまざまな法制を整えなければ、北朝鮮のような無法国家と対決できません」実際に外国によって危害を被り、苦しみ抜いてきた当事者の言葉は重い。のんきな候補者一方、参院選へと目を転じると、候補者たちの政見放送や街頭演説では「戦後日本は現行憲法があったから平和が守られた」といったのんきで、根拠不明の主張が横行している。だが、いまだに帰国できない拉致被害者やその家族にしてみれば、日本が「平和な国」などとは思えないはずだ。日本は、人さらいが悪事を働いても目を背けるばかりで、被害者を取り返せもしない危険な無防備国家だったからである。「日本の戦後体制、憲法は13歳の少女(拉致被害者の横田めぐみさん)の人生を守れなかった」安倍晋三首相は2月、自民党憲法改正推進本部でこう訴えた。「再登板した理由の一つが、拉致問題を解決するためなのは間違いない」(周辺)という首相にとって、現行憲法は実に歯がゆい存在なのだろう。(以下略)ーーー例によって、自称ジャーナリストの政治運動屋が、拉致被害者家族の口を借りて、平和憲法攻撃をしています。「拉致問題が解決できないのは、わが国の争いを好まない憲法のせいであると悟ることができました」と、拉致被害者の親族が言うのは、これは止むを得ないでしょう。最愛の子どもを奪われた人に、犯人に対して冷静な分析や反応を求めるのは酷というものです。でも、第三者がその尻馬に乗るなら、そこには冷戦な判断が必要なはずです。本当に、拉致問題が解決できないのは憲法のせい、逆にいえば、憲法を変えれば拉致問題は解決できるのでしょうか。そんなはずがありません。平和憲法は日本以外にはごくわずかな例しかありませんが、拉致被害は日本だけで発生しているわけではないからです。韓国は日本よりはるかに多くの人が拉致被害にあっていますし、北朝鮮の友好国だった中国も拉致被害にあっています。他にも、Wikipediaの「北朝鮮拉致問題」の項目によれば、アメリカ人・タイ人・ルーマニア人・レバノン人・オランダ人・フランス人・ヨルダン人・ギニア人・イタリア人・シンガポール人・マレーシア人などが拉致被害にあっているそうです。公式には北朝鮮と戦争状態である韓国や、世界一の軍事大国である米国には、「争いごとを好まない憲法」はないけれど、拉致被害者を取り戻せてはいません。それなのに、日本だけが「争いを好まない憲法」を捨てれば拉致問題が解決できる、なんてことが、あるはずはありません。日本は、アジア太平洋戦争で、310万人もの犠牲者を出しました。交戦相手の諸外国の犠牲者は、もっと多数に及びましたが、310万人というのは、目もくらむような膨大な数字です。しかし、それ以降の戦後68年間は、これまでのところ、戦争による犠牲者はほとんど出していません。68年間平和が続いた理由は様々ですが、平和憲法の存在と、それに代表される戦争を忌避する世論や政治的潮流が強かったことも、大きな要因の一つだったと私は思っています。党として公式には改憲を主張してきた自民党内でも、決してみんな改憲派だったわけではないのです。「争いを好まない憲法」を捨て去って、戦争できる憲法に変えたところで、拉致被害を食い止めることも解決することもできないばかりでなく、それよりはるかに多くの犠牲者を出すことになります。100人の拉致被害者を救うために北朝鮮に攻め込んだりしたら、何千人か何万人か分かりませんが、確実に拉致被害者の人数より多い、膨大な戦死者を出すことになります。戦争は、貧しく無実な人々を踏み潰す、巨大な化け物です。明治維新以降の日本で、最大の被害を出した自然災害は、10万人以上の犠牲者を出した関東大震災でしょう。それに次ぐのが、約2万人の犠牲者を出した明治三陸沖地震と一昨年の東日本大震災。他に、死者40万人と言われるスペイン風邪もありますが、これら自然災害と疫病のすべてを合計しても、アジア太平洋戦争の犠牲者数には及ばない。それくらい、戦争とは犠牲者の多いものであり、日本を、戦争をする国にしてはならないというのが、政治に対するもっとも強い願いです。(他にもいろいろ願いはありますけど、一番重要と思うのは、そのことです。
2013.07.19
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準備不足は登山禁止=夏期以外の富士山―ガイドライン富士山での遭難事故を防ぐため、国や静岡、山梨両県などで構成する協議会は18日、登山の注意事項をまとめたガイドラインを初めて策定した。夏山期間(7月上旬~9月上旬)以外は、万全の準備がなければ登山を禁じたのが柱。ホームページに掲載するほか、4カ国語(日本語、英語、中国語、韓国語)の要約版リーフレットを計2万5000部作って周知する。ガイドラインは「夏以外は気象条件が特に厳しい」として、登る場合は両県警などに登山計画書を必ず提出するよう要請。夏以外は5合目以上のトイレの多くが閉鎖されるため、携帯トイレの持参も求めた。休息を取らず徹夜で登る「弾丸登山」の自粛も呼び掛けた。昨年の富士山の遭難者は76人(うち夏山期間以外は34人)で過去10年で最多。死者は13人で、うち12人が夏山以外だった。世界文化遺産に登録されたことで、登山者数と共に遭難件数も増える恐れがあるとみて、協議会はガイドラインの準備を進めていた。ガイドラインに法的拘束力はないが、静岡県文化・観光部は「『富士山恐るべし』という情報をきちんと発信したい」としている。---富士山の登山をめぐる問題は何度か記事にしていますけど、確かに無謀登山はよくないと私も思います。私もゴールデンウィークに無謀登山のインドネシア人に遭遇してしまったことがあります。そのときの記事積雪期の富士山に登るなら、それに応じた装備と雪山登山の経験が必要なのは当然の話です。とはいえ、万全の準備とは何を指すのか、というのはなかなかに微妙な問題です。たとえば、私は富士山も含めて冬山に登るときは、夏用のゴアテックスの雨具を着ています。人のよっては、そのような服装は「軽装過ぎる」と言うかもしれません。でも、厳冬期の赤岳だって、その服装で登っていますからねえ。※※ゴアテックスの雨具の下も、そんなに厚着はしていません。それでマイナス20度くらいの烈風の中を登って、寒くないかと言うと、実は寒くないのです。ゴアテックスの雨具は風を完全にシャットアウトするし、山登りは平地で走っているのに近いくらい体力を使っているので、体も温まっています。最後の最後は登る本人自身が決める問題であって、どのような装備が適切かの判断も、登る本人が下すべきものです。何でもかんでも禁止禁止で縛ればよいと言う問題でもないように思います。もちろん、前述のインドネシア人のように論外な登山者(ジョッギングシューズに、手袋もなし、もちろんアイゼン・ピッケルなんてあるわけもなし)には、「それは自殺と同じ」という情報提供は必要ですが。また、弾丸登山についても記事を書いたことがあります。弾丸登山というやり方は、山を楽しむ方法としては、ちょっともったいないのは事実です。私は昨年秋に初めて富士山に登ったとき、8合目の宿から先は夜明け前に登ったのですが、はっきりいって楽しくはなかった。次に登ることがあれば(無雪期には、もう登らないかもしれませんが)、全部日中に登るでしょうね。剣が峰まで行くのでなければ、朝登り始めて、その日のうちに往復する「日中弾丸登山」も可能と踏んでいます(渋滞で足止めされなければ)。もし誰かに「富士山に登るけどどういう日程が」と聞かれたら、夜間登る弾丸登山はお勧めしないと言うだろうと思います。でも、行政が公式に「弾丸登山自粛」などと言うのは、どうなのかなと思ってしまいます。そんなことまで指図を受けなければならない問題か、ということです。何でも禁止禁止で縛るのが望ましいやり方でもないように思います。危険性などについての注意喚起は必要です。でも、それでも登るという人は、仕方ないじゃないですか。ちなみに、私は4月末に富士山にいったとき(上記のリンク先の記事のとき)は、登山届を出していません。原則的に山登りのときはいつも登山届は提出するのですが、例外があって、それは「登山届の提出先が分からないとき」です。このときも登山届は作成して持って行ったのですが、富士吉田口五合目は、どこに登山届投函用ポストがあるのか分からなかった。だから、登山届は提出できないまま登りました。ポストの探し方が甘かっただけかもしれないですけどね。それに、携帯トイレも持たなかったなあ。これは、次回はちょっと考えよう。
2013.07.18
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「戦争に行かない人は、死刑にする」 石破幹事長はこんなバカな発言をしたのか自民党の石破茂幹事長が、「戦争に行かない人は、死刑にする」と発言――参院選も後半にさしかかる中、新聞の報道をきっかけに、こんな情報が飛び交い始めた。(中略)7年以下の懲役・禁錮では甘すぎると主張発端となったのは、東京新聞の2013年7月15日付朝刊だ。(中略)記事は、テレビ番組「週刊BS-TBS編集部」で4月21日放映された石破幹事長のインタビューをいわば蒸し返す形で構成されている。石破幹事長はその中で、「国防軍に『審判所』という現行憲法では禁じられている軍法会議(軍事法廷)」の設置を強く主張、「死刑」「懲役300年」など不穏な単語を連発させたという。(中略)ここから、問題の箇所だ。まずは、現状について、自衛隊員が一般法によって裁かれていることに触れ、その罰則が甘すぎると主張する。「今の自衛隊員の方々が、『私はそんな命令は聞きたくないのであります。私は今日を限りに自衛隊員を辞めるのであります』といわれたら、ああそうですか、という話になるのですよ。『私はそのような命令にはとてもではないが従えないのであります』といったら、目一杯行って懲役7年なんです(編注:自衛隊法の刑罰の上限は『7年以下の懲役・禁錮』)」「死刑になるくらいなら出撃しようということに…」続けて、「これは気をつけて物を言わなければいけないんだけど」と前置きし、「人間ってやっぱり死にたくないし、ケガもしたくないし、『国家の独立を守るためだ! 出動せよ!』というときに、『でも行くと死ぬかもしれないし、行きたくないな』という人はいない、という保証はどこにもない」と、自衛隊にもいざとなると「出撃拒否」が起こる可能性があると話す。そしてこうした事態を防ぎ、自衛隊の規律を維持するためには、軍法会議設置による命令違反への厳罰化が必要だと説く。「だからそのときに、それに『従え! それに従わなければその国における最高刑である』――死刑がある国は死刑、無期懲役なら無期懲役、懲役300年なら300年(と決まっていれば)――『そんな目に遭うくらいだったらば、出動命令に従おう』という(ようになる)」確かに石破幹事長は、軍事法廷の設置と、その最高刑として死刑もありうる、との見解を示している。ただし一部の人々が誤解しているように、これは「兵役拒否=死刑」という話ではない。すでに自衛隊(国防軍)に入った人のみが対象だ。ちなみに石破幹事長は、2010年のブログで、自衛隊がいずれも「複雑かつ精密なコンピューターの塊のような装備・システムで運用されて」いることなどを理由に、「玉石混交」の人材を集める徴兵制にははっきり反対を明言している。「敵前逃亡」は米陸軍では「最高で死刑」(以下略)---いろいろと言葉をオブラートで包んでみても、結局有事に出動を拒否するような自衛官は死刑にしろ(という法改正をすべき)と言っていることに間違いはありません。石破は「今の自衛隊員の方々が、『私はそんな命令は聞きたくないのであります。私は今日を限りに自衛隊員を辞めるのであります』といわれたら、ああそうですか、という話になるのですよ。」と発言しているそうですが、これは明らかにウソです。自衛隊法には、自衛隊の任務の遂行に著しい支障を及ぼす場合は退職を認めない規定があるのです。(退職の承認)第四十条 第三十一条第一項の規定により隊員の退職について権限を有する者は、隊員が退職することを申し出た場合において、これを承認することが自衛隊の任務の遂行に著しい支障を及ぼすと認めるときは、その退職について政令で定める特別の事由がある場合を除いては、任用期間を定めて任用されている陸士長等、海士長等又は空士長等にあつてはその任用期間内において必要な期間、その他の隊員にあつては自衛隊の任務を遂行するため最少限度必要とされる期間その退職を承認しないことができる。 つまり、「有事」の際は退職をさせないことが可能で、それで逃亡すれば、懲役3年から最大7年(防衛出動命令時)ということになります。現役隊員だけでなく、予備自衛官、即応予備自衛官も、防衛招集命令を受けて出頭しないと懲役3年。石破は防衛政策に精通している人物ですから、そんなことは知っているはずです。知っていてウソをついているとすれば、かなり悪質。実は、旧軍の海軍刑法・陸軍刑法でさえも、戦場での逃亡は最高刑が死刑だったけど、最前線以外は、やはり最高刑は懲役7年なのです。陸軍刑法第75条故ナク職役ヲ離レ又ハ職役ニ就カサル者ハ左ノ区分ニ従テ処断ス1敵前ナルトキハ死刑、無期若ハ5年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス。2戦時、軍中又ハ戒厳地境ニ在リテ3日ヲ過キタルトキハ6月以上7年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス。3其ノ他ノ場合ニ於テ6日ヲ過キタルトキハ5年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス。石破が言うような状況、つまり「行くと死ぬかもしれないから行きたくない」という場面(最前線に行く手前の段階)では、戦前の日本でも死刑はないのです。余談ですが、旧日本軍では、下士官兵の敵前逃亡には厳しかったけれど、高級軍人の敵前逃亡には大甘でした。有名なのはフィリピン戦の真っ最中にルソン島から台湾に逃亡した第4航空軍指令富永恭次と、ビルマから飛行機で逃亡したビルマ方面軍指令木村兵太郎中将。2人とも処罰もされず、木村中将にいたっては逃亡後に大将に昇進しているのです。もっとも、木村は戦後に東京裁判でA級戦犯として死刑になりましたが。もうひとつ、記事には米軍の敵前逃亡は死刑とあります。確かにそうなのですが、実際には第二次大戦中に1人だけ銃殺刑になった例があるものの、それ以外は過去100年間で死刑の適用例はないそうです。そして、米軍の脱走兵は非常に多い。ベトナム戦争中は年間に3万人の脱走兵が出たこともあるし、イラク戦争でも累計2万人以上の脱走兵が出ています。あまりに脱走兵が多くて、捜査もあまり行われていないようです。したがって、捕らえられることもまれ。自衛隊(旧軍も)は、逃亡から3日経つと処罰の対象ですが、米軍では30日以上。それ以前に戻ってくる脱走兵は、軍法会議にもかけられません。北朝鮮の拉致被害者曽我ひとみさんの夫チャールズ・ジェンキンス氏は、米軍の脱走兵で、朝鮮半島の軍事境界線という最前線から40年間逃亡し続けましたが、処罰は禁固30日。(朝鮮半島は、朝鮮戦争が停戦のままで正式に戦争終結していないので、建前上は戦争中の最前線です)米軍だって、脱走兵に対する対応はその程度なのです。その現実を踏まえれば、脱走兵に死刑とか懲役300年とか、そういう主張は明らかに穏当を欠く、いや、異常な内容と言うべきでしょう。
2013.07.17
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参院選と少子化 出生数増加の具体策競え参院選における少子化議論があまりに低調だ。各党とも危機感が欠如しているのではないか。昨年の年間出生数は103万7千人余と過去最低を更新した。政府の推計によれば減少はこれからが本番だ。50年後には50万人を切るとされる。このまま子供が生まれにくい状況が続けば、日本の社会は立ちゆかなくなる。少子化は「国家の危機」との認識に立ち、出生数増に向けてどう取り組むのか、各党には具体策を示してもらいたい。各党の公約には、待機児童の解消や仕事と子育ての両立支援などが並ぶ。自民党は待機児童解消について「2017年度末までに約40万人分の保育の受け皿を新たに確保する」と具体的数値を掲げた。重要な施策だが、これらは子供が生まれてからの対応だ。いま求められているのは、生まれてきた子供をいかに大事に育て上げるか以上に、子供が生まれてこない現状の打開である。日本の少子化は、未婚・晩婚が最大の要因だ。早急に手を打つべきは、結婚支援である。これまで子育て支援を拡充しても、成果は上がらなかった。結婚や出産といった個人の選択に政治が関与するとなると、「産めよ殖やせよ」の政策につながるとの異論も出る。それで各党とも腰が引けているのだろう。しかし、このまま出生数の減少を許せば、国家の衰退は避けられない。結婚支援の重要性を丁寧に説明し、国民の理解を得る努力をすべきだ。 独身者の約9割が結婚を望み、平均2人以上の子供が欲しいと考えているとの政府調査もある。国民のニーズに応え、結婚や出産を妨げている要因を、一つずつ解決することが求められる。低収入のために結婚したくてもできない人や、結婚しても子供を持つことをためらう夫婦は少なくない。まずは若者の雇用を安定させ、給与を上げることだ。相手と巡り合う機会が乏しく、晩婚となって子供を断念する例も多い。職場や地域で縁談を世話する人もまれになった。国や自治体が積極的に出会いの場を提供することも必要だ。政策効果を上げるには、政策目標を掲げることも重要だ。各党には出生率の目標値を定め、過去の常識にとらわれない大胆な政策を打ち出してもらいたい。ーーー例によって産経新聞の社説です。少子化は確かに大きな問題ですが、人口を再び増加に転じさせるくらいの大幅な出生増は、はっきり言って実現不可能だし、望ましいことでもないと私は思います。人口減少のカーブを緩やかにする、程度の出生数の回復が関の山でしょう。社説には「自民党は待機児童解消について「2017年度末までに約40万人分の保育の受け皿を新たに確保する」と具体的数値を掲げた。重要な施策だが、これらは子供が生まれてからの対応だ。」とありますが、子どもが生まれたあと、子育てをしやすい環境を作ることは、子どもが生まれる前の対応としてもかなり重要であることは、いうまでもありません。私は自民党の政策にはほとんど賛同するところがありませんが、保育の受け皿を新たに確保という公約は(どういう受け皿か、という疑念はあるものの)方向性として間違ってはいないと思います。「低収入のために結婚したくてもできない人や、結婚しても子供を持つことをためらう夫婦は少なくない。まずは若者の雇用を安定させ、給与を上げることだ」これは、珍しくも産経新聞の主張に私も全面賛同です。給料はもちろんですが雇用の安定性も問題です。子どもを作るということは、子どもを育てる責任を負うということです。そのためには少なくとも子どもが成人するくらいまでは、一定の収入を途切れることなく確保し続けることが必要です。来年どうなるかも分からない不安定雇用では、子どもを作ることに躊躇するのも当然です。そういえば、自民党からは、安い給料の不安定雇用で若者を使い捨てにして事業を拡大してきた経営者が比例区で出馬していますが、これなども少子化対策に逆行した人選と言えるでしょう。「過去の常識にとらわれない大胆な政策」というなら、私にも幾つかの提案があります。まず、選択的夫婦別姓制の導入です。結婚した苗字を変えなければならないという制約が、いささか結婚の阻害要因になっていることは否めません。選択的夫婦別姓制が導入されれば結婚が大きく増える、というほどの効果はないでしょうが、マイナスにはならないでしょう。あるいは、事実婚カップル(同棲)を、結婚している男女と法的、社会的に同等の権利を与える、というのはどうでしょう。ヨーロッパ諸国では近年正式な結婚の手続きを経ない事実婚カップルがかなり増えており、フランスでは「夫婦」の半分くらいを占めていると言います。そのフランスは、事実婚カップルに法律婚夫婦と同等の権利を与えるようになってから、出生率がある程度増えたようです。ヨーロッパ諸国で非婚カップルを選択する人が多いのは、離婚に制約が多いので二の足を踏む人が多いため(事実婚なら、別れることへの制約がない)だそうで、離婚が比較的容易な日本とは状況が少し違いますけれど、ある程度の効果はあるでしょう。え??選択的夫婦別姓制なんてもってのほか、ですか?事実婚カップルの増加など、何とふしだらな、ですか?じゃあ、しょうがないですよね。伝統的な家族制度を墨守し続けながら、少子化は甘んじて受け入れるしかありません。最近は、「できちゃった結婚」に対する偏見や好奇の目はさすがにあまり見られなくなりましたが(全国平均でできちゃった結婚の割合は25%を超える)。でも、まだシングルマザーに対する偏見は激しいんだな、ということを、先日の安藤美姫をめぐる騒動で実感しました。そういえば少し前に、兵庫県小野市の生活保護条例が問題になったことがあります。生活保護をめぐる問題がもっぱらクローズアップされましたが、あの条例には児童扶養手当受給者も対象にしていました。当時の記事にも書きましたが、児童扶養手当は、一定以下の収入の母子家庭が、申請すれば一律に受給できるもので、大多数は生活保護受給者ではありません。私はあの条例に、日本人の母子家庭に対する視線の冷たさを感じてしまいました。そうやって、標準的な家族という枠からはみ出した家族の形を否定している限り、少子化が解決することはないでしょう。
2013.07.16
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日本政府、艦載機として新たに「F-35B」導入を検討日本の次期主力戦闘機として導入予定のステルス戦闘機「F-35」について、日本政府は、ヘリコプター搭載型護衛艦の上でも運用できる別のタイプの機種を、艦載機として新たに導入することを検討していることがわかった。日本の次期主力戦闘機には、アメリカ空軍仕様の「F-35A」を2016年度に、1機およそ100億円以上で4機導入する予定だが、これに加えて、空中で静止できる垂直離着陸型の「F-35B」の導入を検討していることが、日米防衛当局への取材で新たにわかった。短い滑走路や甲板の上でも運用可能なF-35Bを、海上自衛隊のヘリコプター搭載型護衛艦に艦載機として配備し、運用する狙いもあるという。F-35Bの開発を指揮しているアメリカ国防総省によると、アメリカ軍は、2016年に部隊での本格運用を始め、2017年夏には、アメリカ本土外としては初めて、山口・岩国基地に配備する計画で、日本政府は、2020年代半ば以降の導入を目指し、検討している。ーーーS/VTOL(短距離・垂直離着陸機)であるF35-Bを海上自衛隊が導入するとすれば、これは空母を持つということに他ならないわけで、事実なら、かなり重大なニュースですが、フジテレビ以外に報じているマスコミはないようです。ということで、まずは信憑性がどの程度ある話なのかがわかりません。ただ、おそらく海上自衛隊内部の願望としては、固定翼機を搭載する空母を持ちたい、という願望は常にあるはずだし、安部政権も、ああいう政権だけに空母を持ちたいという願望はあるでしょう。もっとも、それが政府内部でそれだけ具体的に検討されているのかはわかりません。しかし、仮にこの話が事実とすれば、これは容認し難いことです。日本の国是は専守防衛であり、弾道ミサイルや戦略爆撃機、原子力潜水艦、攻撃型空母などは保有してはならない、というのが歴代政府の公式見解です。「攻撃型空母」と言っても、実際にはそのような名称の艦種は存在しませんから、攻撃的任務に使える空母(要はヘリコプター空母以外の、固定翼機を搭載できる空母)を持つことは許されない、と考えるべきです。まあ、安部政権は憲法を変える気満々だから、そんな縛りなどどうでも良い、と思っているのかもしれませんけど、憲法を変えないうちからこんなことを始めるとすれば、それは許されないことです。(もちろん私は憲法改正自体に反対ですが)ところで、空母はどうするつもりなのでしょうか。記事には「ヘリコプター空母に艦載機として配備」とあります。つまり、現在建造中の19500トン型護衛艦は、実際には空母だ、ということです。実際、基準排水量19500トン(満載排水量27000トン)という計画値は、イギリスが持っている空母インビンシブル級(基準排水量16000トン、満載排水量20500トンという大きさより大型です。そのインビンシブル級は、かつてはVTOL戦闘攻撃機シーハリアーとハリアーを16機、ヘリコプターを6機、合計22機を搭載できました。※※海軍仕様の艦上機シーハリアーは2006年に退役、その後は空軍のハリアーを載せていたが、これも2010年に退役し、現在はヘリコプター専用空母として運用されている。艦自体も、同型艦3隻中2隻は退役し、今は1隻しか残っていない。そのインビンシブル級空母は、かつてマルビナス(フォークランド)戦争の際、1万キロ以上彼方のフォークランド諸島まで派遣され、当時は南米の中では比較的軍事力が強力だったアルゼンチン海空軍を打ち破って、フォークランド諸島を奪回しています。小型空母とはいえ、充分に攻撃空母の役割を果たしたわけです。ただし、そのイギリスでさえ、空母を維持し続けることは予算面で困難であり、固定翼の艦載機は結局放棄してしまったのは、前述のとおりです。F35を搭載する空母を新造する計画はありますが、内容が二転三転しており、実現性は不透明です。固定翼機を運用する空母にはものすごくお金がかかるのです。その費用はどうやってまかなうのでしょうか。アベノミクスの積極財政で防衛費大幅増額ですか?まあ、現時点ではフジテレビのみの報道で、他社が追随する気配がないので、信憑性にはちょっと疑問符が付きますが、気になるニュースです。
2013.07.15
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「原発 どうしても必要」 同友会代表幹事、福島第1視察経済同友会の長谷川閑史(やすちか)代表幹事らは13日、廃炉に向けた作業が続く東京電力の福島第1原子力発電所を視察した。今月9日に死去した吉田昌郎(まさお)元所長の遺影の飾られた免震重要棟を訪れた長谷川氏は「逆風の中で、多くの方が使命感で取り組んでいるのは日本の強み。経済再生やエネルギーの安定供給には、原発がどうしても必要だ」と所員らを激励した。長谷川氏らはその後、第2原発で、災害発生に備えた訓練などを見学した。案内役を務めた東電の広瀬直己社長は視察後、柏崎刈羽原発の再稼働申請で焦点の地元・新潟県の泉田裕彦知事との再会談について、「今の時点ではわからないが、機会があればご説明させていただきたい」と表明。国に対し、「申請のサポートをしてもらえればありがたい」と要望した。---福島の、それも福島第一原発という場所で「原発がどうしても必要」などと発言する神経は、私には理解不能です。被災者に喧嘩を売っているとしか思えないのですが、経済人は選挙があるわけではないので、何を言ったって落選する心配がない。だから言いたい放題のことが言えるんでしょうね。「経済再生やエネルギーの安定供給には、原発がどうしても必要」なんてのは、目先のことしか考えていないということです。政府は、建設途中の原発については、建設を強行するつもりでしょうが、その後いったいどこに新しい原発が建設できるのでしょう。使用済み核燃料の最終処分地はどうするつもりでしょう。福島の事故以前のペースで原発を運転すると、使用済み核燃料の保管場所はあと6年分しかありません。最終処分場の候補地すら決まっていないのに、今から6年以内に最終処分場(地下300メートルより深いところに地層処分)の設備が完成して保管が始められる可能性など、ゼロと言っていいでしょう。使用済み核燃料の保管場所がなくなる、ということは、原発から使用済み核燃料が取り出せず、新しい燃料も入れられず運転ができない状態になる、ということです。雪隠詰です。30年も昔から、原発は「トイレのないマンション」と言われ続けてきて、いよいよそのタイムリミットは6年(原発を稼動していなければ、当然このタイムリミットは先に伸びますが)しかないのです。そうなる時期は、早くても6年先だから、そんな先のことはどうでもよい、今「経済再生やエネルギーの安定供給」ができればそれでよい、ということでしょうか。先の先の経済やエネルギー安定供給のことを考えれば、むしろ今こそ再生可能エネルギーの技術革新に力を注ぐべきだと思うのですが、そう考える経済人(たとえばソフトバンクの孫とか)は少数派にすぎないのでしょうか。
2013.07.14
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冷凍マンモス「ユカ」公開始まる…サイの標本もシベリアの永久凍土から発掘されたマンモスを公開する世界初の特別展「マンモスYUKA(ユカ)」(読売新聞社など主催)が13日、横浜市西区のパシフィコ横浜で開幕し、大勢の家族連れなどでにぎわった。特別展は9月16日まで。ユカは2010年にロシア東部のサハ共和国・ユカギルで、3万9000年前の地層から発掘されたメスのマンモス。推定10歳、体長約3メートル。発掘地にちなんで「ユカ」と名付けられた。会場には、別のマンモスの牙、体毛、歯などを直接触れるコーナーも設けられた。他にも、同時代に生息していたサイ「ケサイ」の冷凍標本も展示されている。ーーー冷凍マンモスはシベリアで数多く見つかっており、日本でも時々展示されることがあります。ところが、私は今まで冷凍マンモスの実物を見たことがありません。古生物学が大好きで、特に氷河時代には大いに興味があるのに、どうもタイミングが悪い。今回は会場が横浜なので、そう遠くないけど、見にいけるかなあ。子どもに聞いたら、「興味ない」と言われてしまった。1万年から数万年も昔に氷漬けになったマンモスが、今でもシベリアの永久凍土には数多く埋まっており、特に20世紀初頭に見つかった例は、肉がそのまま食べられるくらい新鮮だったそうです。人間が食べたかどうかは知りませんが、少なくとも犬には食べさせている。冷凍保存の威力は凄まじいものがあります。ちなみに、最終氷期には、マンモスは日本でも北海道でいくつかの化石が見つかっています。さらに、もう一種の象、ナウマンゾウが、日本全国に分布していました。私は長野県の野尻湖でナウマンゾウの発掘調査に参加したことがあります。野尻湖では、バラバラになった断片ばかりですが、非常に多くのナウマンゾウとオオツノシカの化石が見つかっています。また、都営地下鉄新宿線浜町駅(中央区)をはじめとして、都心近辺の地下工事でいくつも化石が出土しており、氷期の東京ではナウマンゾウはかなりありふれた動物だったことがうかがわれます。浜町駅の化石は、以前は高尾山の麓の高尾自然科学博物館に展示されていたのですが、同博物館が閉館になった後は、どこに展示されているのかな。前述のオオツノシカ(ヤベオオツノシカ)も、日本全国から多くの化石が出土しています。ひょっとすると、現生のニホンジカより化石は多かったりして。さらに、バイソン(ハナイズミモリウシ)、ヘラジカなど現在の日本には生息しない大型動物、ヒグマ、エゾオオカミなど、北海道にしか分布しない(エゾオオカミは北海道でも絶滅しているが)動物が、本州でもかなり見つかっています。最終氷期よりは古い時代ですが、トラの化石も見つかっています。最終氷期の日本は、今の日本とは比べ物にならないくらいの、大型哺乳類の宝庫だったわけです。今の日本で大型哺乳類と言えるのは、エゾヒグマくらいでしょうか。これらの大型哺乳類が滅亡したのは氷期終了後の海水面の上昇で、アジア大陸との動物の往来が困難になったこと、気温上昇による環境変化、そして人間に狩り尽くされたことなどが原因でしょう。前述の野尻湖では、ナウマンゾウとオオツノシカの化石が数多く発見されていますが、ほとんどがバラバラの状態で見つかっています。おそらく、人間に狩られて食べられたあとの化石じゃないかと言われています。私は、そんな時代の日本列島、何となくロマンを感じてしまうのです。
2013.07.13
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小3女児、父に代わって候補者名記入・投票兵庫県加西市選管は10日、参院選と知事選の期日前投票で、小学3年の女児(8)が父親(36)の代わりに参院選選挙区の投票用紙に候補者名を記入し、投票していたと発表した。他の投票用紙と区別できないため、投票は有効とみなされるという。市選管によると、9日午後6時10分頃、市役所1階の期日前投票所で、女児が父親に「候補の名前を書きたい」とせがんだ。女児が記載台で投票用紙に父親らが口にしていた候補の名前を記入。親子が一緒に投票箱に入れたという。投票所の選挙管理委員が、参院の比例選でも投票用紙に記入しようとしている女児に気付き、「自分で書けないのですか」と父親に注意して問題が発覚した。市選管は「父親は昨年の衆院選で期日前投票の事務のアルバイト経験があり、法律違反だと知っていた。知事選は父親が記入して投票したようだ」と説明している。公職選挙法では、有権者は候補者の名前を自分で記入して投票箱に入れることになっている。体が不自由な有権者らには、投票管理者に申請した上での代理投票が認められている。市選管は11日から、期日前投票所の職員を1人増やし、8人で臨むことにしており、「投票を止められなかったことを反省している。今後は公正な選挙事務に専念したい」としている。---役所の立場としては、こういう行為を容認するわけには行かない、というのは分かるのですが、どうも新聞記事にするようなこととは思えません。8歳か9歳の自分の子どもに車のハンドルを持たせた、というなら大問題ですが、投票用紙に名前を書かせたことが大問題でしょうか。法律に反するといえば反しますが(公職選挙法第46条に、投票用紙に自書、と書いてある)罰則規定はありません。厳密に言えば、「名前を書かせて」とせがんだ娘が、投票干渉罪(公職選挙法第228条)に当たる可能性がありますが、8歳や9歳の子どもがそんな罪に問われることはあり得ません。つまり、ほとんど罪のないレベルの話に過ぎないのです。ま、私も子どもを連れて投票所に言ったことはあるけど、子どもに候補者名を書かせようと考えたことはないですけどね。さて、それはともかくとして、この記事を見て思ったのは、別の問題についてです。というのは、日本の投票所の記載台は、選挙の秘密を守るにはちょっと難点がある、ということです。この子どもが簡単に父親と一緒に投票用紙に名前を書けたのも、更に言えば記載台の前に父親と一緒に立てたことも、記載台の欠陥が原因としか思えないからです。日本の投票記載台はアルミ製の折りたたみ式で、隣の人とは簡単な仕切りがあるだけ、覗き込もうと思えば簡単にできてしまうし、ヘタをすると後ろで待っている人にさえ、内容が見えてしまう可能性があります。特に問題なのは最高裁裁判官の信任で、投票用紙に何か書いたか書かなかったか(信任の場合は何も記入しない、つまり鉛筆を動かしている時点で不信任の投票ということになる)が簡単に分かってしまう。もちろん、私自身は誰に票を投じるときも、最高裁の判事に×をつけるときも、他人の目など気にしたことはないですけど、他人の目を気にせざるを得ない人だって大勢います。諸外国の投票所は、カーテンで仕切られていて、背後からも左右からも、上半身が見えないようになっているのが普通のようです。日本の記載台は、たためば薄い板状になって、収納や運搬に便利というメリットがあるのですが、そのために重要なところが犠牲になっています。早期に改善してほしいなと思います。
2013.07.12
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菅直人氏の見苦しい嘘菅元首相が、今ごろになって「私には責任がなかった」とブログやツイッターで主張している。「反原発候補」を応援する立場上、自分の正当性を主張したいのだろうが、きょうのツイートは明白な嘘である。吉田所長に海水注入の中止を直接指示したのは東電の武黒フェロー。官邸からの指示と当時報道されたが、私を含め官邸の政治家は海水注入で廃炉になって海水注入は当然と考えており、誰も中止を指示してはいない。指示をしたのは官邸にいた東電の武黒フェローと東電上層部の。つまり東電内部の指示。国会事故調の報告書にはこう書かれている。官邸5階では海水注入が必要であると関係者の認識は一致していたが、18時過ぎごろ、菅総理は、再臨界の可能性等について、班目委員長が「ゼロではない」との表現で回答したことを受けて、「大変じゃないか」と懸念を示した。班目委員長、又は久木田委員長代理は、「再臨界は、まず起きないと考えていい」という趣旨の説明をしたが、菅総理から、「そうはいっても、ないと言っていた水素爆発が起きたじゃないか」と言われると、それ以上何も言うことができなくなった。菅氏が「海水注入で再臨界が起こる」という奇妙な思い込みをもち、それを班目氏に問い詰めたことが、海水注入の指示が遅れた原因である。実際には吉田所長は、その指示を無視して海水注入をしていたが、これを今ごろになって「私は中止を指示してはいない」と嘘をつくのは、常人の神経ではない。いま問題になっている原発の全面停止も、最初は福島瑞穂氏などが主張していただけだった。それを人気取りのために浜岡の停止を「要請」し、いったん海江田経産相(当時)が決めた玄海の再稼働をくつがえしたのも菅氏である。これが今日に至る法的根拠なき再稼働の「自粛」につながっている。このようにまともな判断力もないばかりか責任を他人に転嫁する卑劣な人物を、あのようなとき首相に選んだことが、日本人の最大の不幸だった。 ---例によって例のごとく、原発推進派の池田信夫が嘘を書いています。国会事故調の報告書には、確かに上記のような記載があります。けれども、どこにも菅首相が海水注入の中止を指示した、とはかかれていません。事故調のホームページから、その部分をさらに引用してみましょう。3月12日15時20分ごろ、東電は、原災本部事務局等に対し、1号機について「今後、準備が整い次第、消火系にて海水を注入する予定」との連絡を行っており、福島第一原発の現場においても海水注入に向けた準備が進められていた。それにもかかわらず、17時55分に、海江田経産大臣から東電に対して、1号機原子炉容器内を海水で満たすよう、原子炉等規制法第64条第3項に基づく措置命令が発出された。この措置命令に至った理由は、東電が廃炉を懸念しているという東電への不信感と、前述のベントに関する命令と同様に「国による後押し」という曖昧な論理に基づくものであり、命令発出の必要性について政府内で具体的な検討が行われた形跡は認められない。そして、この命令発出によって、現場における海水注入に向けた作業が促進されたという事実も認められない。さらに、官邸5階では海水注入が必要であると関係者の認識は一致していたが、18時過ぎごろ、菅総理は、再臨界の可能性等について、班目委員長が「ゼロではない」との表現で回答したことを受けて、「大変じゃないか」と懸念を示した。これに対し、海水注入の必要性を認識していたはずの者たちからは、その必要性について十分に菅総理に説明されなかった。班目委員長、又は久木田委員長代理は、「再臨界は、まず起きないと考えていい」という趣旨の説明をしたが、菅総理から、「そうはいっても、ないと言っていた水素爆発が起きたじゃないか」と言われると、それ以上何も言うことができなくなった。海江田経産大臣は、海水注入の措置命令発出について、菅総理に報告したと述べているが、その場にいた関係者の中で、そのことを認識している者はいない。結局、その場では海水注入につき菅総理の理解を得ることができず、注水準備作業に時間がかかることから、作業が完了するまでの間に再臨界の可能性等について検討を行うとして、議論は「仕切り直し」となった。こうして、海水注入の措置命令が既に発出されているにもかかわらず、事実上、政府としての海水注入の是非に関する判断は宙に浮いた形となってしまった。菅総理が「再臨界」の懸念にとらわれて、海水注入の必要性を説明する声に十分に耳を傾けなかった面もあるが、その場にいた誰からも、菅総理に対し、既に現場においては海水注入の実施に向けて動いていることや、海江田経産大臣による海水注入の措置命令も発出済みであることを告げる動きは見られなかった。結局、宙に浮いた状態は、菅総理に対する説明事項を整理した上、再度説明をして、海水注入を納得してもらう19時55分ごろまで続いた。この間、福島第一原発では、19時4分に1号機への海水注入が開始されていたが、この事実は官邸5階には伝達されなかった。武黒フェローは、菅総理の了解を得られなかったことを受けて、19時25分ごろ、吉田昌郎福島第一原発所長(以下「吉田所長」という)に対し、官邸で検討中であることを理由に、海水注入を待つよう指示し、東電本店も中断はやむを得ないと判断している。(以下略)---確かに、「私(菅首相)を含め官邸の政治家は海水注入で廃炉になって海水注入は当然」と考えていたというのは、いささか怪しい。この報告書を読む限り、「海水注入が必要である」と考えていた関係者の中に、菅直人自身は含まれていなかったようにも読めます。がしかし、彼自身が「海水注水を中止せよ」と指示していないこともまた明白です。「注水準備作業に時間がかかることから、作業が完了するまでの間に再臨界の可能性等について検討を行うとして、議論は『仕切り直し』となった。」つまり判断が先送りされていたわけです。ところが、実際には注水準備作業に時間がかかるどころか、現地では既に注水が始まっており、しかし、官邸ではそのことを誰も知らなかった。東電から官邸に派遣されていた武黒フェローも、そのことは知らなかったのです。武黒は、官邸での会議が再開されるまでに、海水注入のためのポンプはあるのか、注入用の配管に破断はないのか、海水を入れて原子炉の制御は可能なのか-の3点について調べるよう求められていた。このときのことを福山(福山哲郎官房副長官)は、武黒が水を入れるかどうか分からないと危惧していた、と記憶している。武黒は吉田に問い合わせようと電話を入れた。武黒 お前、海水注入は?吉田 やっていますよ。武黒 えっ。吉田 もう始まっていますから。武黒 おいおい、やってんのか。止めろ。吉田 なんでですか?武黒 お前、うるせえ。官邸が、もうグジグジ言ってんだよ。吉田 なに言ってんですか?大鹿靖明「メルトダウン」(講談社文庫P124-125)ただし、吉田と武黒の会話部分は国会事故調報告書からの引用。日本最大の巨大企業の役員同士が、私用ではなく業務上の会話をしているのに、「お前、うるせえ」とは、まあずいぶんな言葉だなと思いますが、それはともかく、官邸にいた誰も、実際には海水注入が始まっていることを知なかった。実際には準備出来次第海水注入せよという措置命令は既に出ていたのに、その事実についての認識が関係者の間ですっぽり抜け落ちているようです。知らないうちに武黒の個人的判断で注水中止が命令されていた、というのが真相です。しかも、実際には吉田は武黒の指示を無視したため、注水は停止されなかったのですが。菅が再臨界の可能性について「グジグジ言って」いたことがこの指示の背景にあることは確かでしょうが、かといって政権が海水注入を中止させたわけではないことは明らかです。「人気取りのために浜岡の停止を「要請」し、いったん海江田経産相(当時)が決めた玄海の再稼働をくつがえしたのも菅氏である。」ともあります。浜岡原発の問題については過去に散々取り上げたし、浜岡を停止するなという池田信夫の主張についても取り上げたことがあります。玄海原発の危険性についても取り上げたことがあります。なので繰り返しませんが、相変わらず陳腐な原発推進論を叫び続けているんだなあ、と思うばかりです。まあ、でも今回の選挙で民主党に票を投じる気はありませんけどね。
2013.07.11
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訃報:吉田昌郎さん 58歳=福島原発、事故時の所長東京電力福島第1原発事故の際、収束作業を指揮した元所長の吉田昌郎(よしだ・まさお)さん=執行役員=が9日、食道がんのため東京都内の病院で死去した。58歳。葬儀は未定。大阪府出身。東京工業大大学院で原子核工学を専攻し、1979年、東電に入社した。本店原子力設備管理部長などを歴任。一貫して原子力の技術畑を歩いた。2010年6月に第1原発所長に就任した。11年11月中旬、健康診断で食道がんが見つかり、12月1日付で所長職を退いた。その後、体調が回復し復帰の意向を周囲にもらしていたが、12年7月に脳出血で倒れ、自宅療養を続けていた。吉田さんの事故後からの被ばく線量は約70ミリシーベルト。東電広報部は「担当医の診断の結果、死去と被ばくとの直接的な関係はない」としている。吉田さんは事故直後の11年3月12日夜、本店幹部が1号機への海水注入を中断するよう指示したのに対し、独断で注入を継続。中断すれば1号機の燃料溶融がさらに進行した可能性があり、判断が評価された。官邸から現地に乗り込んだ菅直人元首相は自著で、格納容器の圧力を下げるベント(排気)作業が難航した際、吉田さんが「決死隊を作ってやる」と決意を述べたことを明らかにしている。東電の広瀬直己社長は9日、「持ち前の明るい大きな声で陣頭指揮をとる姿に出会えることを心待ちにしていたが、無念でならない」とのコメントを発表した。---福島第一原発の事故で、東京電力という会社全体が決定的に評価を下げた中、東京電力の中で高い評価を得た、数少ない人物の1人です。もちろん、彼だって、原子力ムラの中の一員ではあったでしょうし、結局は原発の爆発を食い止められなかったけれど、危機に際して大きな力を発揮したことは疑いないでしょう。講談社の「メルトダウン」(大鹿靖明著)には、地震の翌早朝、菅首相がベントの督促のためヘリで原発に乗り込んだときのことが、こう書かれています。武藤(東電副社長)と吉田所長が菅への「ご進講」役をつとめる。菅が「いったい、いつになったらベントをやるんだ」と怒気を含んだ声を張り上げる。武藤が「電気の回復を待って電動で開けたいので、あと4時間はかかります」、武藤のくどくどした言い回しは聞いている者をいらつかせる。そんな武藤に吉田も同調して「あと4時間必要です」と言う。菅は激高する。「4時間もかかるのか!」これまでの不満もぶちまける。「もう、東電はずーっと『あと何時間です』っていっている、ずーっとそうじゃないか!」すると、吉田は「とにかく必ずやります」と言って、発電所の図面を取り出して説明を始めた。「どんなことがあっても、決死の覚悟で、決死隊をつくってやります。」すると、菅は納得したようたった。決死隊をつくってやる-。その言葉に初めいて菅は得心がいったのだった。下村(下村健一内閣審議官)は吉田を見て、「こりゃ全然違うわ、官邸に来ている木偶の坊たちと全然違うわ」と思った。この人物が事故時の現場トップだったことは、不幸中の幸いだったのかもしれません。ただ、それでも結局は亡くなってしまった。食道がんの発病が報じられた頃、事故の被曝によるガンではないかと主張する人もいたようですが、発病のタイミングから考えると、事故による被曝が原因でのガンではないと思われます。ただし、「今回の事故」による被曝が原因の可能性は低いですが、それ以前の被曝との因果関係がどうなのかは、私には分かりません。それに、被曝そのものが原因ではないにしても、事故が原因の死であることは、間違いないでしょう。事故時のプレッシャー、激務が体力と健康を奪い、最終的には命も奪ってしまった。まさしく戦死だなと、私には感じられます。そんなニュースがあった一方、各電力会社が一斉に、原発再稼動を前提に安全審査請求を行った、とも報じられています。参院選の真っ最中にも関わらず平然とこんな態度を取っているというとは、反原発派がまったく見くびられている、ということでもあります。このまま、来年あたりには何事もなかったかのように、日本中の原発が復活していってしまうようでは、日本の将来は暗いと考えざるを得ません。
2013.07.10
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落雷で50代男性死亡 東京・荒川河川敷8日午後3時45分ごろ、東京都北区志茂5丁目の荒川河川敷にいた50~60代の男性3人が落雷を受けた。警視庁と東京消防庁によると、3人は病院に運ばれ、50代の男性1人が死亡した。落雷を目撃した70代の男性は「3人は大きな木の下で雨宿りをしていた。落雷の瞬間はバチッと音がして3人が飛ぶように倒れた。声をかけたら2人は目を覚ましたが、1人は全く動かなかった」と話した。農作業の53歳女性、落雷で重体…埼玉県所沢市8日午後5時15分頃、埼玉県所沢市神米金(かめがね)の畑で、農作業をしていた女性(53)が雷に打たれ、病院に搬送された。所沢署によると、女性は意識不明の重体。---昨日今日と、関東は日中は猛暑、夕方には猛烈な夕立と雷、という天気になっています。職場でも自宅でも、雷の音が聞こえました。昨日は雷が割合に近くて、それを理由にして、「雷が鳴っているときは電気製品は危ないから」と称してパソコンを取り上げてしまいました。それでも、最近は我が家の至近距離で落雷があったという記憶はありません。2年ほど前に、夏休みの家族旅行で長野県の木島平に行ったとき、泊まっていたペンションの至近距離に落雷があって、そのときは怖かったですね。子どもは恐怖のあまり引きつって固まっていた。今日は、たまたま東京都さいたまで落雷による死者けが人が相次ぎましたが、Wikipediaによると、日本全国で落雷による被害者は年平均で20人くらい、そのうち死者が14人弱だそうです。死亡要因としては、たとえば地震や火災と比べて著しく低いですが、被害にあった人に占める死者の割合が7割と非常に高い。落雷によって多くの死者が出たことで有名なのは、1967年8月の、西穂高岳で起きた松本深志高校の遭難事故です。落雷によって一度に11名の高校生が亡くなっています。事故現場は西穂高岳独標の北側だったそうです。西穂高岳独標の南側は、ハイキングの延長で登れるところ(山頂手前に多少岩場がありますが、さほど危険ではない)ですが、北側はやせ尾根の絶壁の連続です。といっても、私は独標の一つ先のピークまでしか行ったことがありませんが。特に独標の山頂から北側に降りるところが、急な断崖になっています。11人のうち3人は、感電死ではなく、その衝撃で吹っ飛ばされて、300メートルも転落してなくなっています。(あんな場所で転落すれば、300メートルくらい簡単に落ちてしまいます)身を隠す場所もない断崖絶壁で雷を浴びたら、最悪としか言いようがありません。最初の記事の落雷事故では、被害者は大きな木の下で雨宿りをしていたそうです。大きな木は、避雷針のように雷を集める傾向があります。しかし、木より人体(動物の体)のほうが、はるかに電気の伝導率が高いのです。だから木に落ちた雷は、その下に人間がいたら、そっちに流れていってしまいます。落雷時に大きな木の下にいるのは、非常に危険なのです。でも、何もないところに立っていたら、「人間避雷針」になってしまいますから、それも危ない。樹木があれば、その近くに、しかしあまり近すぎない位置で姿勢を低くしているのがいいようです。4メートルより近くには入るな、と言われますね。そういえば、5年以上前に、ゴールデンウィークに白馬で登山中に落雷に会ったことがあります。そのときは「木に近すぎず遠すぎず」の場所で座り込んでいたつもりなのですが、今思い返すと、4メートルより近かったような気がします。少なくとも、枝の下には入っていた。心理的に、どうしても何かの陰に(このときは木の陰に)入りたくなってしまいます。そのときは吹雪で、ゴアテックスの雨具を着ていましたけど、雪ではなく土砂降りの雨で、傘くらいしか持っていないときだったら、なおさらです。登山中ではどうしようもありませんが、人里で雷にあったら、とにかく急いで人家に逃げ込む、ということに尽きるでしょう。ただ、北区付近の荒川河川敷では、身を隠す人家も近くにはなかったかもしれません。
2013.07.08
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当ブログで時々書いていますが、私は音楽をやっているにもかかわらず、楽譜はあまり読めません。楽譜の決まりごとは知っているので、書くことはできるのですが、すらすらと読むことは不可能なのです。何しろ、私のやっているフォルクローレという音楽には、基本的に楽譜がなく、耳で覚えて演奏するものです。だから、譜面が読めないと演奏できない、という必要に迫られることがありません。(もちろん、読めたほうがいろんな意味で得なのは間違いないのですが)ただ、最近フルートのワークショップに通うようになって、これは毎回譜面が配られるので、否応なく読まないと練習もできません。実際には、「シンガーソングライター」というソフトに譜面を打ち込んで、これを聞いて覚えることが多いのですが、最近になって、あまり難しくない譜面なら、打ち込みしなくても譜面でメロディーを追うことができるようになってきました。ワークショップではメインの難しい曲と、準備運動的な簡単な曲の2曲を練習するのですが、準備運動の簡単な曲は、ソフトに打ち込んだり、譜面上に音階を書き込んだりしなくても、何とかなっています。ごく簡単な曲だけとはいえ、音源がなくても譜面のみでメロディーを再現できるようになったのは、私にとってはひとつの大事件です。あんなに譜面が読めなかった私でも、多少は読めるようになるもんだな、と。ただし、譜面を見ただけで演奏できるわけではもちろんありません。譜面を見ながら何度も練習してメロディーと運指を覚えて、初めて演奏できるのです。ワークショップの講師の方が、「最初は、譜面を見て、頭の中で『ラ』と判断して、ラの指を押さえる。でも、慣れると譜面を見て音の高さが思い浮かんでその運指ができるようになる。」と言っていたのですが、私の場合は、「譜面を見ながら」1曲通して演奏することなど、まったく不可能です。簡単でゆっくりなフレーズだけならできるかもしれませんが、ちょっとでも難しいところ、早いところは、実は譜面なんか読んでいません。覚えたメロディーを覚えたとおりに吹くだけです。それにしても、事前に散々練習して、間違えずに吹けるようになったはずでも、本番になると(本番といっても、ワークショップの本番と言う意味であって、人前での演奏じゃありませんけど)とちってしまうのです。しかも、一度つっかえると、将棋倒し状態になって容易に復旧できない。これがケーナやサンポーニャだと、練習でできたことが本番(人前で演奏する演奏)でできない、ということは、基本的にありません。ミスすることはあるけど、たいていは瞬間的に復旧できます。フルートだとそうは行かないのは、やっぱり場数の差でしょうかね。フォルクローレの文脈に属する音楽と、クラシックの文脈に属する音楽の差というのも大きいのかも知れません。私はフルートのワークショップで初級に参加しているのですが、それにも関わらず私にとって目いっぱい難しい曲が多いのです。メロディーの複雑さとか難易度という観点だけで見れば、フォルクローレよりクラシック(系)の音楽のほうが明らかに複雑で難しいです。ただし、もちろん、音楽としての優劣は複雑さや難易度とは別の問題ですから、クラシックの方がフォルクローレよりも優れた音楽、という意味ではありませんけれど。
2013.07.07
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少し前に、「ブラック企業のトップが自民党から・・・・・・」という記事を書いたことがあります。ワタミグループの渡辺美樹が、自民党から参院選に出馬することは、左右問わず各方面から散々批判されたにもかかわらず、結局出馬に至ったようです。もっとも、前回の都知事選にも出馬しているので、選挙は初めてではないですが。ところで、ブラック企業批判に対して、渡辺美樹本人ではなく、別の外食産業経営者から「怒りの声」が上がっているそうです。「何がブラックなんだ」外食チェーン社長 ワタミ批判に激怒外食チェーン「ステーキけん」などを運営するエムグラントフードサービス社長、井戸実氏(35)がツイッターで、ワタミへの“ブラック批判”に怒りをぶちまけ、話題になっている。きっかけは、日本共産党の宮本徹氏が4日のツイッターでつぶやいたワタミ批判だ。<ワタミ元社員の方と打ち合わせ。その場から現役の方と連絡をとっていただけた。本当ブラックだ。しかも参院選に向け、店内ポスター張り出しだけでなく、渡辺美樹氏を応援する会の会員10人集めることが社員のノルマになっているという。トンデモナイ>これに対して、井戸氏は「何がブラックなの?」とリツイート。さらに、「ワタミでは一人でも多くのお客様を迎えて収益をあげて納税してるのですよ。そんな納税事業者をブラック企業と言う姿勢は共産党の在り方なのですかね?」と批判した。井戸氏の怒りは収まらない。<ブラック企業が納税する税金はブラックマネーか?その会社を信じて1万人以上の人が頑張って働いてるのよ。失礼にも程があるだろう?共産党は納税者をブラック呼ばわりするのか?><直接納税だけで年間30億以上も納税してる会社をブラック呼ばわりするって。政治って票を集めたらそれだけで良いのか?>と、こんな具合なのだ。井戸氏のツイートを見た宮本氏はこうつぶやいた。<ワタミをブラック企業といったら、とある経営者の方から、「何がブラックなの?」「外野からブラックなんて言われる筋合いは全くない」と批判をいただいきました。しかし、過労死する人をだしながら、なお労働基準法違反が常態化している企業は外部からも正さなければ、従業員が救われません>すると、井戸氏は「トヨタであろうがパナソニックであろうがワタミとは比較にならない過労死や自殺者が居ますがどうしてワタミだけ特定して批判をするのでしょうか?」と切り返すなど、議論は完全に平行線だ。井戸氏の一連のツイートには、「ブラック企業ばかりになったら外食産業が日本で立ち行かなくなるよ」「税金が、税金がって言うのなら、社員がたくさん納税できる会社がいい」などと批判コメントが寄せられている。---「ステーキけん」というのはどんな会社か知りませんが、まあワタミと大同小異のブラック企業なのだろうと推測できます。Wikipediaに彼が経営する「エム・グランドサービス」の項目がありますが、それによると社会保険が適用される労働者の範囲が将来拡大されることを見越し当該拡大対象から除外されることを狙い、店長への業務委託契約によるオーナー店長化を推進している。社長の井戸実は、他社の業務委託契約の店長が過労死した事件について、自己管理の悪さが原因だとして店長を批判している。また、週40時間以上の水準で残業扱いとなることを否定的に挙げ、労働基準法などの労働規制について、業務や労働が多様化している現状に合致していないと批判している。のだそうです。社会保険料はできるだけ負担しない、週40時間を越えても残業代は払いたくない、労基法の規制などとっぱらいたい、という、「いかにも」な経営者のようです。自分もブラック企業経営者だから、他社へのブラック批判も嫌なんでしょう。引用した記事にあるやり取りは、こちらのまとめで読むことができますが、記事に引用されている以外の部分は、表現がかなり口汚い。まあ、私も論争ではかなり厳しい表現をすることがあるから、人のことは言えませんけど、サービス産業の経営者という立場と実名を公にしたうえでの発言で、消費者に対してこういう口調は、サービス業の基本をちょっと踏み外し気味じゃないのかって気がします。まあ、本人がそれでいいなら構わないんですけどね。(労務管理がブラックか否か以前の問題として、私はこういう口調で物を書く人が経営する飲食店に行きたいとは思いません)「ワタミでは一人でも多くのお客様を迎えて収益をあげて納税してる」そうですが、納税していることと、お金の稼ぎ方の是非は別の問題です。どんな金の稼ぎ方でも、納税さえしていれば許される、というものではありません。「その会社を信じて1万人以上が働いている」とあります(ワタミのホームページによると、グループ合計の従業員数は今年3月31日現在で6,157人となっており、1万人には遠いようです)が、その1万人、あるいは6157人がみんな正社員のはずがありません。外食産業の常として、大半はパートやアルバイトでしょう。パートやアルバイトが、勤務先の何を「信じて働いている」か、基本的には給料でしょう。この社長氏は、時給700円や800円のアルバイトに、給料分以上の特別な「忠誠心」など期待しているのでしょうか。だとしたら、いつか裏切られることになるだろうと思うんですけど。いずれにしても、正社員となると、洗脳されてしまっている人が多いかも知れませんが、パートやアルバイトは、腹の中では「変な会社」と思いつつ、お金のために働いている人も相当いるだろうと私は確信しています。「トヨタであろうがパナソニックであろうがワタミとは比較にならない過労死や自殺者が居ますがどうしてワタミだけ特定して批判をするのでしょうか?」これまた、よく聞く、ほとんど聞き飽きた弁解ですが、「他にも同罪者がいる」ということは、罪がないことの根拠にはなりません。たとえば、世の中には多くの犯罪があり、中には迷宮入りによって処罰を免れる犯罪者もいますが、だからといって、「運悪く」逮捕された犯罪者が悪くない、ということにはなりません。ところで、渡邉美樹の強烈過ぎる言動に関して、なかなか興味深い話を発見しました。インターネット上の渡邉美樹批判にもやもやする2003年ぐらいから5年間ほど和民でバイトしてた。渡邉美樹の考え方にも割と賛同して著作も何冊か読んだ。そのまま就職という選択肢ももちろん考えたが社員が一ヶ月で休みが数日あればいい方という感じで明らかにキツそうなので敬遠した。(残業時間が平均40時間行かないとか絶対嘘)ワタミは確かにきつい仕事でブラックと言われてもしかたがないと思うが、最近の渡邉美樹批判にはもやもやする。特に「渡邉美樹は社員を奴隷としか思ってない守銭奴」「社員に劣悪な環境を提供するぐらいならまずは自分で働いてみろ」みたいな批判。違うんだ、渡邉美樹は腹黒い経営者とかではなく、本気で自分の理想を語ってるんだ。社員が24時間365日働けるような環境を提供してお客様のためになることがほんとうに素晴らしいことだ本気で信じてる。現に渡邉美樹自身が最初は居酒屋の店長としてがむしゃらに働いて会社を大きくしてきた。そして本当にお客様の事を考えれば誰でも自分のように働けると心の底から思ってる。だから厄介なんだけどな。。。---真偽のほどは分かりませんけど、何となく「腑に落ちる」意見だったので引用しました。要は、本人の主観としては善意だ、ということです。そうかもしれません。自分の主観で「俺は腹黒い」と思っている人間なんて、そうそういるものではありません。渡邉美樹個人の信条としてならば、1年365日24時間死ぬまで働くのも、営業中の12時間の間はメシを食べないのも、本人の自由です。そうやって猛烈に働いて猛烈に稼いで、リッチな生活をするのも本人の自由です。しかし、それを他者に押し付けようとするところから、悲劇が始まるわけです。残念ながら人は誰でも1年365日24時間死ぬまで働きたいとか、営業中の12時間食事が必要ないとか、そんなことを思っているわけではありません。というか、そんなことを思っている人はごく少数です。誰もが自分と同じ価値観、自分と同じ能力、自分と同じ嗜好を持っているわけじゃない、十人十色だということが理解できないんですね。そこが、ブラック企業のブラック企業たる所以でしょう。ワンマン経営者で、社内で異論反論を浴びたことなどない、ということが、そういう状況を酷くさせている大きな要因でしょう。しかし、ワンマン企業ならそれで済んでも(いや、済ませちゃいけないけれど)、政治家はそれでは済まない。先にリンクを貼った井戸実のツィートには、「一企業を特定してブラック企業なんて言う人間が政治をしようとする時点であり得ない。」「政治家が特定の企業を名指しに非難する事がおかしい」という発言があります。政治家が特定の企業を名指しで批判することなど、共産党に限らず自民党も含めていくらでもあることです。自民党がTBSという放送会社を名指しで批判して、取材拒否という挙に出たのは、ついの先日のことです。しかし、それに加えて、渡邉美樹はもはや一経営者ではなく、参院選の候補者です。ワンマン企業のイエスマンに囲まれているときと違って、当然名指しの批判も浴びれば、罵倒もされる。当然、経営している会社の行状についても同様です。それがいやなら、立候補などするべきではない。(まあ、本人自身がこの点について井戸実と同じ考えとは限りませんけど)それとも、日本中を渡邉美樹ワンマン政治家の下にひれ伏して、異論反論のない社会にしたいのでしょうか。1年356日24時間死ぬまで働け、という思想を日本中に植えつけるつもりでしょうか。そうなったら、日本はもはや北朝鮮と同じになってしまいます。
2013.07.06
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さて、どこの党に入れようか、というのは現在思案中です。ところで、民主党の迷走ぶりを露呈する事態が生じています。東京選挙区、民主公認1人に…大河原氏は無所属民主党は2日、鈴木寛氏と大河原雅子氏の現職2人を公認している参院東京選挙区(改選定数5)で、大河原氏の公認取り消しを決めた。都議選で惨敗した厳しい状況を踏まえ、このままでは共倒れの懸念があると判断した。海江田代表ら執行部が党本部で協議して決定した。執行部は党の情勢調査で劣勢だった大河原氏に比例選への転出を打診したが、大河原氏は拒否。大河原氏は無所属で東京選挙区から出馬する意向で、候補の一本化は失敗した。公示直前の混乱に、党内から「執行部の決断が遅すぎた」とあきれる声が出ている。海江田氏は2日夜、党本部で記者団に「苦渋の選択をした。厳しい情勢なので鈴木氏に全力を傾ける」と述べた。ただ、海江田氏は1日に開かれた大河原氏の決起集会に出席したばかり。集会では「戦いの中心にあるのは大河原さんだ」などと激励していた。---飛行機の離陸中、V1速度(引き返し不能速度)を超えているのにブレーキを踏んじゃって、オーバーランして炎上、みたいな事態です。確かに、都議選の結果から考えて、民主党が東京で2人立てれば共倒れの可能性が高いから候補一本化というのは分かるのですが、記事にあるようにそれを決めるのが遅すぎた。いくら何でも告示2日前、というのは酷すぎです。結果として、大河原議員は態度を硬化させて無所属での出馬を強行、候補の一本化に失敗した上に大きなしこりを残すという最悪の結果です。しかも、鈴木寛と大河原雅子の2人の中でどうして鈴木寛を残して大河原雅子を切ろうとしたのでしょうか。前回選挙では、大河原がトップ当選で、鈴木は3位です。ふつうに考えれば大河原の方が当選の確率は高そうですが。ただ、結果的に見れば民主党の看板を外して無所属で出るほうが、票は獲得できるんじゃないかという気もします。当選できるかどうかは分かりませんけど。私は、当然自民公明維新以外の党に票を投じます。民主党に入れる気にもなれません。正直いってこの騒動が起こるまでは、投票先を決めていたのです。ただ、大河原が民主党の看板を外したことで、若干迷っています。彼女も脱原発派ですから。脱原発派といえば、山本太郎。彼のこれまでの行動は立派だと思いますけど、参院選で票を投じるかというと、うーーーーーん、果たしてどうでしょう。もちろん、頑張ってほしいけど。私の直感では、山本陣営は組織が大きく立ち遅れていそうな気がします。というのは、今日のお昼ごろ、ポスター掲示板には、他の有力候補は全部ポスターがあったのに、彼のポスターはなかったのです。夜には貼ってありましたけど。彼の陣営には、立候補の届出から間髪をおかずにポスターを全部貼りきるだけのマンパワーがないんじゃないでしょうか。推測に過ぎませんけどね。もちろん、マンパワーがなくても風向き次第で当選できるかもしれませんけど。比例区は・・・・・、あの党かあの党、と思っていますが、これもまだ決めていません。投票率はかなり下がることが予想されています。確かに私自身も政治に対する興味、期待が大きく低下していることは否めません。でも、棄権が増えることで何かがよくなる、なんてことはない、ということだけは言えます。皆さん、投票だけは必ず行きましょう。ま、まだ投票日まで2週間以上ありますけど。
2013.07.04
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安藤美姫 4月に出産していた テレ朝「報道ステーション」で激白フィギュアスケートの11年世界選手権金メダリストで今季復帰する安藤美姫(25)が1日、テレビ朝日「報道ステーション」にインタビュー出演し、今シーズン限りでの引退と4月に出産したことを明らかにした。インタビューでは長年コーチを務めたニコライ・モロゾフ氏(37)との信頼関係や、パートナー解消について語った。「いい関係でした。練習ではだめでも試合では“できる”と思わせてくれる。力強くいられる存在」と語った。昨年10月に妊娠が分かり、11月のイベント出演を最後に公の場を控え、4月に3350グラムの女児を出産した。「女性としての幸せを考えた」と語り、我が子に対しては「かわいいなと思う」と母親としての表情を見せていた。ソチ五輪には母親として挑むことになる。出産1カ月後の5月に練習を再開、6月1日のアイスショーで約9カ月ぶりに演技を披露した。これまで取り組んでいなかった筋力トレーニングにも取り組んで最後のシーズンに準備を進めている。---ああだこうだと詮索されたり揶揄されたりすることは覚悟の上で公表したんでしょうけど、それにしても、1人の人間がどのような人生を選択するかというのは、本人の自由です。結婚せずに子どもを作る人などいくらでもいます。自力で生活する能力もないのに(たとえば生活保護を前提で)シングルマザーで子どもを作ってしまうとすれば、それはちょっとどうかと思いますけれど、少なくとも安藤の場合は生活能力の点で問題がありそうには見えません。そうである以上は、本人の選択に、親族でもない他人が口出しするような問題ではないはずです。にもかかわらず、ネット上では(とりわけヤフーニュースのコメント欄では)、「だらしがない」とかやたらとバッシングの声が目立ちます。誰に迷惑をかけたわけでもない(出場予定の選手権に出なかったことで、スポンサー企業には多少迷惑がかかったかも知れないけれど)のに、赤の他人が人生の選択に口出ししたってしょうがないだろうと思うんですけど、そういうことで他人を批判したがる人って、多いんですね。彼女が今後オリンピックに出るのは、相当に大きな壁があって、なかなか難しそうですけど、オリンピックだけがスポーツ選手の人生の全てでもないでしょう。というか、出場するだけなら、彼女は既に2度オリンピックに出ていますし。次に出る予定のアイスショーは入場券がかなり売れているそうです。その人気がいつまで維持されるかは分かりませんけど、少なくとも当面は、プロのスケーターとしてやっていくことはできるのだろうと思います。しかし、4月に出産して6月のアイスショーに出場とは、さすがにトップアスリートの1人だなと思います。
2013.07.03
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柏崎刈羽、再稼働申請を表明=新潟知事は強く反発―地元説得難航も・東電東京電力の広瀬直己社長は2日午後、東京都内の本社で記者会見し、柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市、刈羽村)の再稼働に向け、原子力規制委員会に同原発6、7号機の安全審査を速やかに申請する方針を表明した。申請方針は同日の取締役会で全会一致で決定した。東電は原発の運転再開を急ぐことで、収益を圧迫する火力発電の燃料費を削減し、再建計画で掲げた2014年3月期の経常黒字化を達成したい考えだ。再稼働には地元自治体の同意が必要となるが、新潟県の泉田裕彦知事は、東電の方針表明を「(福島第1原発)事故の責任を果たしていない中で申請するのは国民の理解は得られない」と強く批判。広瀬社長は「どういう安全対策をしているか丁寧に説明して理解をいただきたい」と自ら新潟県を訪問して説明に当たる考えを示しているが、同知事らの説得は難航が避けられそうにない。規制委は8日、原発の安全性に関する新たな規制基準を施行する予定。ただ、広瀬社長は安全審査申請の具体的な時期は明言せず、柏崎刈羽原発の再稼働の時期についても「審査が滞りなく進むことを願っているが、いつごろとは申し上げられない」と述べるにとどめた。---柏崎刈羽原発といえば、2007年の新潟県中越沖地震で、かなり深刻な被害が出た原発です。結果的に大規模な放射能もれは避けられたものの、3号機の変圧器から出火し、これを自力では消火できませんでした。その他にも各所が破損したため、修理と点検には長い期間を要しました。2007年7月の地震の後、最初に運転再開したのは7号機ですが、2009年5月再開ですから、1年10ヶ月を要しています。その後6号機・1号機・5号機と順次運転再開しましたが、2~4号機は東日本大震災までに運転再開はできませんでした。それくらい修理・点検に時間のかかる損傷だったわけです。柏崎刈羽原発が深刻な被害を受けたのは、これまでのところはこのときの地震だけですが、今後はどうでしょうか。中越沖地震のような大きな地震が二度と起こらないというならともかく、新潟県は大きな地震が繰り返し起こっている場所です。1964年新潟地震、2004年新潟県中越地震、そして2007年の中越沖地震。これだれの頻度で大きな地震が起こっている以上、そう遠くない将来再び地震が起こる蓋然性は高いと考えるしかないでしょう。しかも、他の電力会社ならいざ知らず、福島の事故を起こした当事者である東京電力です。とてもじゃないけれど、「はい、そうですか」などと同意できる話ではありません。知事が同意しなければ原発の再稼動はできないのに、その県知事が猛反発しています。ふつうに考えれば、その状態で再稼動なんて不可能のはずですが、それにも関わらず再稼動とぶち上げたのは何故でしょうか。反対ポーズをとっている新潟県知事を陥落させる自信があるのか、反対を押し切って再稼動できるようなウルトラCの策でもあるのか、それとも観測気球を上げてみただけか、あるいは東電が正常な判断ができない状態に陥っているのか、いずれにしても、当たってほしくない推測です。
2013.07.02
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都教委:「教科書使うな」 検定通過の実教出版日本史、国旗国歌「公務員へ強制の動き」記述東京都教育委員会は27日の定例会で、高校で使う特定の日本史教科書に国旗国歌法に関して不適切な記述があるとして、各都立高に「使用はふさわしくない」とする通知を出すことを決めた。高校の教科書は各校長が選定して都道府県教委に報告することになっており、選定に教委が事実上の介入をするのは極めて異例。通知に強制力はないが、都教委は「指摘した教科書を選定した場合は、最終的に都教委が不採択とすることもあり得る」としている。都教委が問題視しているのは、実教出版の「日本史A」と、来年度向けに改訂された「日本史B」。国旗国歌について「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と記載している。都教委は2003年、学校行事で日の丸に向かい君が代を斉唱することを通達で義務付け、従わない職員は懲戒処分にする厳しい対応を取ってきた。最高裁は11年、起立斉唱の職務命令を合憲と判断したが、12年の判決では「減給や停職には慎重な考慮が必要」との判断も示している。実教出版の日本史Aには11年度の検定で「政府は国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし現実はそうなっていない」との記述に文部科学省の意見がつき、後半を「公務員への強制の動き」などと書き換えて合格。文科省によると、日本史Aの全国シェアは約14%という。だが、都教委は昨年3月以降、各校に電話で「都教委の考えと合わない」と伝え、13年度の教科書に選定しないよう要求。採択の最終判断は都教委ができることもあり、この教科書を選定した高校はなかった。14年度から使う教科書を決める昨年度の検定では、同じ記述がある日本史Bも合格。都教委は不使用を徹底するため、今回は文書で通知することにしたという。都教委幹部は「『公務員への強制』という表現は明らかに間違っており、採用するわけにはいかない」と話している。実教出版は「そうした決定が出たとすれば大変残念だ」とコメントした。---文部科学省の検定を通過した教科書を、東京都教育委員会が「使うな」というのですから、検定の上に検定を重ねた二重検定のような話です。しかも、その理由は、「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」という表現が間違っているから、というのです。ということは、強制なんかしていない、ということでしょうか。どう考えてもそうではありません。従わなければ懲戒処分という強制を、現にやっている。それなのに、その事実を指摘した教科書は、「間違っている」といい、検定を通過しているにもかかわらず、教科書として選ぶなというのです。都合の悪いものは見たくないと言っているに過ぎないように、私には思えます。自分たちの行動を批判的に捉える教科書は許さない、ということでしょうか。一言で言って、度量がものすごく狭い。それにしても、善悪はひとまず措いて、事実として強制があるのに、それを書いた教科書は許さないというのは、撤退を「撤退」と書くのは許さない、「転進」と書け、というような話です。
2013.07.01
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