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熱風にふかれてちび黒サンボ(発禁)の虎になる。体からでるのは汗ではない。アブラだ。ギーだ。でろ~ん。パンケーキにつけて食えサンボ(発禁)。 風が強いので車の窓をあける。おもいのほか快適。FMをつける。「うぃずうぃずあうちゅー♪」懐かしいわU2。声に出して歌う。暑いことにはかわりがないが。 ラジオの投稿にて。「先日運動会で3人4脚をやったときただのかけ声では芸がないので歌を歌って見事1位になりました。歌には童謡があいます。『もりのくまさん』がぴったりです」 なるほど。あいそうだ。くちずさんでみる。たとえば平井堅じゃだめだ。たちまち最下位だろう。漫画「俺たちのフィールド」で手鞠唄とともに敵をかわすドリブラーが登場したのを思い出す。音楽と肉体の関係を考える。バレーボールのニッポンチャチャチャはあんまりパフォーマンスにあわないと聞いたことがある。生体リズムとの相性。だからオリンピックに出られないのか男子は。遠藤周作はトイレを我慢するときどんぐりころころを歌えと書いていたが。これもまた音楽と肉体の関係か。 それにしても暑い。カラダ冷える音楽をくれ。(♂)
2004年05月31日
かみさんと2人で自分の実家に行く。 手土産にダンゴが花かという話になり結局両方に決定。ロールケーキと花束を購入。到着まで2時間かかるので多めの保冷剤を頼んだらおもくそいれてくれた。ありがとう店員。ケーキ屋の制服って不思議と女の子を可愛くみせる。自分の好みの問題かもしれないが。 ローカル線に乗るとオヤヂがスーパードライを飲んでいた。炭酸が抜ける音がなんともうらやましいが我慢。生茶でノドを潤す。途中エヴァンゲリオンTシャツを着た若者が乗り込んできた。なんなんだローカル線。 13時到着。駅には父に車で来てもらう。花に母喜ぶ。4人で遅めの昼食。ワインつき。暴飲暴食暴言つき。ミズナがウマイ。刺身がうまい。もって行ったケーキを食う。コーヒーを飲む。 父親の話。海外でのパーティーでの話題のつくりかた。ようするに完璧に話すことを自分に戒めて黙りこむよりは今何を知っているかと何を思っているか?ということをはっきりさせることとタブーを避けること。それだけで興味をもってもらえるようだ。コミュニケーションの基本だが、潔癖すぎる多くの日本人ができないことでもある。先日スポーツライターが海外で成功する日本人の条件としてやはり同じことを言っていたのを思い出す。通訳がいなくても文法でたらめでも伝えようという強烈な意思をもった選手。どんな形であれゴールをめざせということか。調子いい男と思われてもアレだけど。18時に家を出る。 ・・・しまったたくさん飲んで食べて喋って終わってしまった。皿ぐらい洗えばよかった。と書いている今気づく。だめだこりゃ。 酔いがまだ残っている。水を飲もう。(♂)
2004年05月30日
部屋の掃除をする。 毎週土曜日の日記を見返すと掃除の話ばかりしているが、これではまるでおもいっきり汚い部屋に住んでいるようだ。実はそうだ←だめだこりゃ。よくもまあ1週間でこうも散らかすもんだ。と感心する。他人事だったらどんなにいいか。毎日地道にやれば土曜日は遅くおきて近くの喫茶店でカプチーノとしゃれこめるのだが。ところで「カプチーノ」「しゃれこむ」ってどういう意味? せめて空気だけでもとJ-WAVEをBGMにする。開局当時はもっと孤高の選曲をしていたものだが、いまでは不景気のせいか普通のFMになってしまった。つまらん。といいながら他局よりも喋りが少ないのであわせる。他人任せの選曲は美学に欠けているだろうか。 洗濯とか和室の掃除機かけはいい。問題は寝室である。寝室にしてこの家の知能がつまっている場所。マンガ部屋ともいう。あそこで掃除をしていると判断力・機能が停止してしまう。早い話が昼寝である。暑ければ眠い。寒くても眠い。プレジャードーム。「ごくせん」を手に夢をみる昼下がり。 ドイツの主婦は窓拭きまで毎日やっているらしい。よかった日本人で。こうして休日の半分が過ぎていく。あーもったいねえ。(♂)
2004年05月29日
ヒマなときにかぎって事故がおきる。昨日につづいて納品のトラブルである。いつもは手堅い業者なのになにやってんだか。 昨日みたいな伝票の扱いのミス自体は「次気をつけてね」で済む。午前中必着で指定しているのに14時着では言い訳きかんだろう?工場のタイトなスケジュールの関係で10時30分ひきとりにしたのが災いした。ひきとり時間は配車担当に午前中着のために計算してもらって割り出した時間である。ということで窓口までは認識がされていたのだが現場に伝達されなかった。 ハンパな時間だからといって1件地理的に近い仕事をブッキング。それはいいにしても配車担当が運転手にこちらの仕事の最終納期を周知徹底していなかった。 運転手は「Aという仕事が終わったらB」という指示しか受けていなかったらしい。本来なら「こちらの仕事は急ぎだから午前必着ができなければ連絡を」というぐらい現場に言っておくべきだったのだ。机上の計算上はたしかにまにあう位置なのだが前の仕事がつまったらこける、ではアマチュアである。 上司からは直前の確認をしろといわれたがおそらく今回の場合確認しても同じことだったに違いない。ハンパな時間であることで業者がやりそうな手配をこちらが予想していればひきとりの時間にチェックをいれさせるなど手はうてたのだが。ポイントを衝いていかなければ次回は。 報告連絡相談とひとことでいっても効果的なものができるかどうかというのは結局こちらの経験にかかっている。フットボールのディフェンダーのようなものだ。90分貼り付くのではなくていかに試合の流れを読んで相手FWの危険な動きを察知できるか。相手に自由を与えながらもさりげなく危機をつぶしていくセンス。「頑張る」のではなくて緩急つけた仕事の依頼。気をつけねば。ほんとは怖がられていれば楽なのかもしれないが。ムチばっかりでは続かないだろう。 学生芝居にアドバイスするときよく書くフレーズがある。「緩急をつけましょう。全部のセリフを大げさに怒鳴りつづけたらいいセリフが死にます。あるかっちょいいセリフを活かすためにふつうに話す場面をつくりましょう。静かなセリフがあるからこそ怒鳴ったとき目立つのです。 160キロ近い剛速球をなげつづける伊良部よりは80キロのスローカーブをまぜて130キロのストレートをきめる星野のほうが目の錯覚でバッターは怖がるのです」これって学生芝居にかぎらないセンスだろう。 今回のトラブルに関しては「おまえもなー」と軽くつっこんだのであった。やれやれ。 というわけで夕方からビアガーデン。人生「緩」ばっか。(♂)
2004年05月28日
進行管理という仕事で絶対に言ってはいけないと自戒しているのが「いいじゃんそれくらい」という言葉である。 これを言ったとたんワークフローの中間に位置する自分のポジションの意味がなくなってしまう。雇用の意味が揺らぐ。まさかいったとたんクビにはされないまでもやっていることの意味までなくなるようならいままでこの部署で積み重ねた信用なり知識なりが一瞬で無になる。自分の存在がなんなのかさえわからず震えている~♪なんだそりゃ。 今日も伝票の数字が落ちたまま納品されたということで営業がどなりこんできた。荷物の受け渡しのときにただハンコ押すんじゃなくてちゃんとチェックしてよ仕事だろなんのためのハンコだよこれだから日本人には契約の概念がないとかいって馬鹿にされんだよと思うのだが。そういう先方の局面の対処の部分は問題にされないのが通常である。倉庫は軽い気持ちでこちらの顧客にご注進におよんでたりする。「伝票に数字がはいってないんですけどいくつですか~?」そうするとクレームがフィードバックされて間に入った営業の管理の姿勢が問われるので怒りとして戻ってくるのだ。 モノをもっていったらクレームで帰ってくる。わらしべ長者を愛する私もびっくりだ。風がふけば桶屋がもうかる←ああこのフレーズまたつかってるよ。 頭の中にスクリーンセーバーのごとく禁句が流れていくのはそんな瞬間である。自分がのんびりしている部分は認めるのだが情報交換のときに怒りをもって(スピードはつくが)伝達されるときにいつもつい思うのだ。「冷静におたがい聞けばストレスないじゃん」これも禁句ではあるのだが。 という自分の思考回路を変えるためにいいきかせる。日本は「いいじゃんそれくらい」がなかったから今日の繁栄(?)があるのだ。私が勤めていられるのもそのおかげだ。「ええやんええやん」とか「ケンチャナヨ」とかいう思想が中心になったら日本のサービス業に従事する人間のほとんどは要らなくなるのではないだろうか。と、グローバルな視点で自分を啓蒙してみたりして。 理屈じゃわかってるんだけど。 昔予備校の先生が言っていた。「ガキに反省しろとはいわない。なぜならやつらはなんでばれたんだろう?という切り口でしか反省しないからだ」今の私はまさにそれ。素直にならねば。(♂)
2004年05月27日
仕事が空いているのでとっとと帰り、安い中華料理の店による。 出前も可能なフットワークの軽さだけが売りのそこの店のファンとかいうわけでもなく。福利厚生の一環として会社から残業手当とは別に支給されるローカルな食券がある。どうせ同じならならゼニくれやあ!と100人に聞いたら200人が答える不平はともかく。使用期限が今日だったので消費することにした。 さすがに6時というのは早い。客がひとりしかいないところでビールとニラレバ定食(レバニラ?どっちでもいいけど)を注文。ビールといっしょにピリカラのモヤシの和え物がつきだしで出てくるのはうれしい。スポーツ新聞をのんびり読みながらでてくるのを待つ。窓の外には会社関係者がとおるのは間違いないので他人の空似ですよと目をそらしてプロレス記事を読む。 いなたい空気と、夜と昼の境目の赤い空気がマッチしていいかんじにまったりする。じんわりとした天気に汗はかいたけど疲れてない。疲れてないけどこの店にいると疲れた顔をしているような気がする。そんな疲れた男しか入らない店。ところで女の人は女にしかみせない顔をどこで出しているのだろう。美容院か? この時間帯に仕事から無縁でいられる瞬間。夕食を待つ少年時代をふと思い出す。リモコンを握り締めて寝る父親とのチャンネル争い。帰り道のカレーの香り。皿を洗うがちゃがちゃとした音。風呂に入る音。光の量がたそがれどき曖昧になるように、生活の音がうかびあがる時間。なんも考えない。アルファ波がでている快適な空間。プチ贅沢。ほんとにプチだけど。 定食はおもいのほかうまかった。期待値にくらべてだが。店頭に雑誌に紹介された記事をみると私は期待値をおもいっきりさげることにしている。どうせよいしょ記事だろう、と。ひねているのは私のせいではない。「恨ミシュラン」で神足裕司も書いていた。「神田界隈の飲食関係の店は編集者が出入りすればまたたくまに名店になってしまう」と。ありそうな話だ。だからこの店のウリには手をださない。もしかしてわたしのようにひねた人種が多い神田で、期待値をさげさせるために記事が貼ってあるのだとしたら、作戦はかなり高度だ。考えすぎだけど。 餃子に心残りしつつ帰宅。まだ明るい。こんな日があってもいい(♂)
2004年05月26日
あまりにヒマだったので昔の資料を処分することにした。 前任者が残した資料のうち、現在より~年をめどに廃棄。シュレッターは人力(手)で。必要なデータはPCに入力。とにかくファイルを破りまくる。こうでもしないとたまる一方できりがないし、データの取り出しにいつまでたっても時間がかかる。 大胆な思い切りができるかどうか以前は不安だったが、いまはいい意味でテキトーになっている。結局人の資料より、自分の体験のほうがあてになる。しったかぶりするよりは発注先に聞いたほうが正確で、新しい知識も得る。また単価が暴落している現在昔の資料が参考にならない例も出てきている。 私が記入することがそのまま歴史になる。といったらおおげさだが、なぜこのような意思決定をしたかということだけはなるべく書き残すようにしている。書き残すといったらなんか遺言みたいだが。数字は古くなるが、発想は時間軸はない。よい発想悪い発想だけがある。 私が宇宙だ。 といいつつゴミを捨てまくること1日。机のまわりがすっきりした。あとはこのおもいきりのよさが家で発揮できたらいいのに。 「どこでもいっしょ」(古い)のトロみたいにほっといたら家出してくれないかなマンガ。いいかげん長い付き合いだから。・・・いつまでもいてほしいけど。(♂)
2004年05月25日
朝、駅から会社までの距離を音楽で過ごそうとして電池切れに気づく。電池が切れるのはいい。今日だめだなあと思ったこと。CDをしばらく買ってないということに気づいたことである。最後に買ったのがイエモンの「8」ってどうなんだ。しかもBOOKOFFだし。 音楽にしろ、本にしろ、貪るように買っていた時期があった。試聴コーナーで、立ち読みですこしでも気に入ったら買う。財布に聞いて買う。買ったら嘗め尽くす。表現者に対する敬意。まっすぐに聴き、読むということに没頭していた時期が間違いなくあった。 「のだめカンタービレ」のセリフで、クラシック「悲愴」には秘密があるんだよと大人が子供に語る場面がある。口でいえない秘密を作曲者は曲にしたんだ。というのだが、その言葉を借りるならそのころの私はまさに秘密がしりたくてしりたくてたまらなかった。間違っていたのは言葉にしようとしたことだ。語り、分析し、データ化してやがて頭の中で「企画意図」などが整理されるとわかったふりをするようになった。「秘密」の扉の前で私は足をとめ、今にいたっている。 もちろん賢くなった部分もある。たとえば新聞で気にいった記事があるとメモをとるでもなくつかう場面をシュミレートする癖はついている。だいたいが飲み屋の馬鹿話で繰り返し喋ることで身につけるのだが←ほんとに賢いのか。情報収集と利用の効率は間違いなくあがっている。ただこういったサンプリングで得た知識とじっくりむきあって得る教養&感性。後者のほうが深く、逃げていかないことはたしかだ。 音楽的欲望がFMだけで足りるのって老化なんだろうか。効率をもとめて表現にむきあう時間を減らしているのって、もったいなくないか。本にしろCDにしろ、まちがいなく宝の山は目の前にあるだろうに。曇った自分の目がいまはとてももどかしい。 最後の砦は「70’S~80’S」とか「一冊で読む日本の名作」の類を買わないという意地だ。アレを買ったらオレもヤキがまわった。今はそう思っている。(♂)
2004年05月24日
毛布を抜け出し朝新しい珈琲をデビューさせる。煎りたてほやほやの香り。ハッピー。焼きたてのトーストもあって日曜のはじまりにふさわしい。 かみさん実家で昼食。煮物・焼き物・サラダ・豆ごはん・汁物。皿数だけで満腹。ビール少量。 夕方かみさんとパンを買ってかじりながら周辺を散歩。開発の狭間で廃墟が目立つ。たしかに人の形跡。さみしい。なぜか怖い。念でも残っているのか。 一方で豪邸の並びも。ドアあけたら賞金首が酒飲んでそうな西部劇風。教会。大草原の小さな家風。どこの国だよというそれぞれの美観意識に欠けた自己主張が結局調和しているアジアな風景。かつての源氏名みたいな派手な漢字がならぶいまどきの小学校の出席名簿みたいだ。恥ずかしくねえのかといらぬ心配をするのはやっかみだろうか←やっかみだろう。値踏みしながら歩く不審者2名。 歴史がない町の過渡期の風景。こんな街でも掲示板をのぞけば罵離雑言がいっぱいだ。不思議だ。よくツッコミができると感心する。まだなんもないのに。そこらへんの主婦が書き込みしているんだろうか。この平和な風景。溜め込む闇はどこから来るのか。愛情不足か。星を見ろ。少しは気が晴れるから←中学生にスポーツでまぎらわせろというような役にたたないアドバイス。 昼がごちそうだったので夜は粗食:インスタントカレー。自分の実家からもらったソーセージを炒めてのっけて食う。あつあつ。「新選組」鑑賞。 はっきりしない天気にふさわしい、ぼんやりした休日の夜。(♂)
2004年05月23日
「学校の怪談」の研究者が言っていた。最近の怪談が怖くないらしい。 「ドアをあけたら光った」とか「へんな音がする」とかデジタルな展開なものが多いという。なぜか現象に至る因縁が排除されているとか。善悪や、人とのつながり。コミューンを形成しているモラルの部分が崩壊しているのではないかと警告していた。「風がふけば桶屋が儲かる」式の論法が通用しない世界。大丈夫かニッポン。 そんなことを芝居の間考えていた。伏線のないまま急に家族関係を語る展開。絆をつくらないまま死を嘆く場面。きっかけもないまま剥き出しにされる悪意。構築さえされてないのに死や暴力で崩壊させようとする世界。これは怖くない怪談と同じだなあと。 設定を裏社会なのはいい。ただ裏社会であろうと人と人がつくっている世界であることにはかわりがない。脚本にかかれた台詞だけが台詞ではないはずだ。セリフを出すにあたって行間を埋める作業がみえない。「なぜ叫ぶのか」がみえてこない。体重の乗ったリアルな叫びになっていない。 悪役は悪いことをするから悪役なのか。そうではないだろう。その役なりの理をもって行動するから悪役なのだ。アニメの2枚目悪役風の冷ややかなツッコミ台詞が多いのはかまわないが台詞に酔ったような場面が多すぎる。 ふつうの「なにもしない場面」がつくれてないから、肝心のキメ台詞が活きてこない(たとえば家族をあらわす場面ならありがちなアイデアは食事シーンだ)。説明台詞をいかに削るか。もっと努力できたはずだ。 大道具がいい仕事をしていた。できれば舞台を生かす動きがあればよかった。それは人間でうめつくすことばかりではない。大きいがゆえにとれる距離を利用したみせかた。大きいがゆえに大きく動けるスペース。歩きまわって台詞をいう必要はないが。客へのサービスでアクションやダンスを入れるのもいい。大きさを考えたツクリ。もっと稽古の段階で練る必要はある。 なにより基本はひとの顔だ。人と人が顔をみて喋る。相手に、客に顔をみせてしゃべる。顔をつきあわせて生まれるものが芝居だ。 ツラあてのない照明。どこをみて誰に喋っているかわからない台詞だしをする一部の役者。演出はライトが入ればなんとかなると思っていたのではないか。裸舞台でみられない芝居なら劇場でもいっしょだ。暗い舞台がかっこいいのは一瞬である。あとはただ目が疲れるだけだ。まずみやすさを考えてほしい。 やりたいことみせたいことが眼精疲労に負けるならもったいない。。前回公演【おまけ/本日の社会派】かみさんがコンビニで聞いたいまどきの若者の会話。「どのチャンネルも拉致被害者のニュースってヤバくない?」「ヤバいって」「民放もやってんのヤバくない?」「ヤバいよあれ」アホな外見のわりに報道のファッショ化を憂う若者。感心感心。と思いきや「『ビートたけしのこんなはずでは』やってないし」みたいんかそんなに。(♂)
2004年05月22日
何もトラブルのない1日。平穏に過ごす。 昨日のトラブルの処理と各方面への連絡。来週はじめのスケジュールの再確認。発注先を呼んでのうちあわせ。営業の技術関係の質問への対処。工場へのもちこみ。空いた首都高速。あまりに淡々と推移するので拍子抜け。今週がばたついただけに要らぬ不安まで沸いてくる。なんか忘れてないか? 忘れてない!!といいきってさっさと帰宅。これでなにも携帯電話が鳴らなければ私の勝ち。ってなんだそりゃ。「自己責任」(苦笑)で仕事をやっているので自分でOKをださないときりがない。電話が鳴らないように周到な準備をするのをくりかえせば、やがては自信になるだろう。そう思って不安とつきあっている。不安が最大の教師。とでもいおうか。ほんとうは、 どうどうと/帰っておいで みつを とでもだれかにいってもらえれば楽なのだが。厳密に「言ってもらう」というのは届く言葉に限る。へんな書体で上の言葉を言われてもいまの私には届かない。 「いってもらう」で思い出した。街で問題のある中高生に対話指導しつづけている先生の台詞@「夜回り先生」(水谷修/サンクチュアリ出版) 薬物や売春。問題まみれのコドモたちが、その先生に言われていちばん染みたことばは「いいんだよ」だそうだ。誰からも否定されつづけていた彼らがはじめてうける肯定。北風より太陽が効くこともあるらしい。よっぽど迫力のある、包容力に満ちた「いいんだよ」なんだろう。もちろん教師なので「いいんだよ」のあとには「でもこれからは」と続くのだが。 でも帰宅後携帯電話着信。本日は負け。むう。(♂)
2004年05月21日
アントニオ猪木の現役時代のコメント。「入場のときに触ってくるファン?頭くるね。頭来ると殴ってやるんだ。でも殴ると喜んじゃうんだよね」これもまたコミュニケーションギャップというんだろうか。 先日新人子♀が先輩のおつかいで伝票をもってきた。喋る機会もないのでついでに伝票の目的意味を講義した・・・つもりだったのがどうもいちゃもんにとられたらしい。今日自分の席にきたときに上司の影に隠れるように小さくなっている。おいおいとってくわねえよ。好かれようとは思わないが、怖がられるのは心外である。それとも捕まってまた長い講義になったらイヤだと考えたのか。 新人が珍しい会社のせいで、あるいは狭い会社のせいで新人のコメントが漏れてくる。あのひととうまくいかない云々。なにを言っても「オレの若いときにはなあ・・・」という飲んだくれのグチにしかならないのでなにも言わないし聞かれりゃあ答える程度の話だが、先輩の知恵。 上司は不条理だ。会社もまたしかり。 そう思っていれば上司も会社も意外と不条理ではないし快適だと思うのだがどうだろう。1年前まで7●歳の上司といっしょに働いていたからこそそう思う。精神的な保険。卑怯な処世術だろうか。 ちなみに会社のデキる営業のひとりはこんなことを言っていた。 怖い顔の担当はいったんうちとけたらいいひとであることのほうが多いよ。 ・・・あ、自分がいいひとといいたいわけではないです。ねんのため。(♂)
2004年05月20日
都内を120キロ走る激務の日。調布の果てから中心部の修道院まで。携帯電話の応対こそ口ぶりはていねいだが語尾を強めて「余計なことはいま聞くんじゃねえぞ」という闘気と荷物運びの汗の臭気を漂わせてすごす。 そんなロングツアーもおわりへろへろな夕方。若いもん♀がとおりがかったので「すみません。あなたの隣りの席の~にブツを渡していただけますか」と頼む。 最初は警戒していた目が急にきらきらした目に変わってこっちがどきどき。なんかきらきらするようなこといったかしら。新人扱いせず仕事としてお願いする態度で言ったからか。慣れないリアクションにこちらまでどきどきする。おっさんと新人。ふたりで目をあわせてどきどき。ラブコメじゃあるまいし。 会社にはなれてきたけど自分が思うポテンシャルと与えられる仕事のギャップで削られる日々。ふと居場所を知る瞬間。モチベーションがあがるとともに目が光るのだろう。いいねえその目。と言ったらセクハラなんだろうけど。とりあえず心の中でこっそりほめてやる。 ああ私はあの目をどこに忘れてきたのだろう。無駄なところでつかっているような気がする。以前卓球を温泉宿でやったときに「ラケットを握ると目つきが違うね」といわれた。バイクにまたがると人格がかわる本田@こち亀みたいだ。トイレの100ワットとでもいうのか。なにもここで消費しなくてもというムダ感たっぷりである。最近では友人に「THE STAR」(芝居で戦争をとめてしまったりアクション映画のために格闘家と決闘したりする電波系俳優マンガ)の素晴らしさを熱く語っていたらやはりきらきらしているねといわれた。これまたムダである。 たぶん目の使い方を間違っているのだ。もっときらきらが必要なときにきらきらできる男であれば、違った人生だったのではないか?輝いている男になれたのではないか。というと今輝いていないみたいだが。じゃあ輝いているのかというと自信がない。 ところでいつ必要なんだそんな目。(♂)
2004年05月19日
本日の夕食はヤキソバということだけが決まっている。 先日坂井久仁江の短編で「母は悲しいときタマネギを刻む」という表現があって気にいっていた。涙をごまかすためにというごくあたりまえな小道具であるのだが、なにかあったときやる家事が決まっているというのはいい。家事がかたづくということそのものよりも、生活感に満ちたやさしい風景というのがいい。いろいろな感情があっても家事に携わることでリズムをとりもどしていく。家庭の中のルールを守ろうとする、抑制のきいた大人という気がするのだがどうだろう。 ある友人はむしゃくしゃすると皿を洗うといっていた。むしゃくしゃすればするだけきれいになっていく流し。うちもやってもらいたいものだというグチはともかく、気持ちはわかる。洗い方が雑になるのがたまにきずだが。 「洗濯する」という友人もいた。心まで洗われるらしい。氷川きよしが聞いたらよろこびそうな台詞だ。 縫い物をする人は怖い。男を脅すなら縫い物だ。「話し合い」が必要なとき縫い物ができる女は怖いと思う←この際ジェンダーとかセクシャリティとかそういう話は無視。大声より怖い。おためしあれ。推奨してどうする。 ほんとは前述の作品にならってタマネギを刻んでカレーにしようかと思ったが、デブメニューをすこしでも控えようとヤキソバにした。あまりかわらないが。 怒ることはなにもない。爆発しないまでも炭のようにふつふつと残る澱のような感情があるのはなんだろう。天気のせいだけじゃない。たぶん会社のアホを相手にしたせいだろう。 でも憎しみをこめてつくってもおいしくない。せめて野菜に愛をこめて切ろう。いまはそう思っている。(♂)
2004年05月18日
今日哀しかったこと。先日ユニクロで買ったヤマサ醤油とのコラボレーションTシャツ。同じモノを通りがかりのへんなおっさんが着ていた。 大量生産の商品に主張をもってもしょうがないのだが頼むから目の前で着るな。せめて嫌いなバスキアにしてくれ←同じへんなおっさんとしてのおねがい。 それと、私のキースヘリングTシャツは永瀬のマネではないです。ねんのため。 暑いのでしょうもないことで腹がたつ。 朝から北池袋へ首都高爆走。しゅとこうばくそう。早口言葉か。とんぼ返りしなくてはいけなくて再び神田へ。35分で往復。新記録。だれもほめてくれないのでほめてやることにする。走り屋ってこんなことにヨロコビを感じているのだろうか←ちがうだろ。 用事を早くすませたからといって仕事はある。増える。ゆっくりやったほうが得な気さえしてくる。ちんたらやったらヒマになるのではないか?とか。ただの錯覚なのだが。 月曜ということもあって机の上が伝票で埋まる。頼むから先週にだせ先週に。いつまでたっても外出ができない。てきとうにほったらかして外出。 増えていくリダイヤル履歴と着信履歴。あっというまに赤くなるよバッテリーマーク。これでも電話代はあげてくれないのか会社よ。みろオレの履歴を。ずらずら並ぶ得意先と営業の名前を。倒置法で語るよ携帯ライフ。みんなだまされているよ電話会社に。携帯が安くなったといったって比較の問題。生意気な小学生が持っているととりあげてやりたい携帯。カバヤの玩具(ラムネつき)ととりかえてやりたい絶対。ただのやつ当たりなんだけど。 ↑以上ラップのライムで書いてみた。意味なし。 外出して4軒まわる。用事自体は早く済んだのだがかかってくる電話の応対で動けず。結局21時退社。はう~。 本日の収穫:2軒目でもらったヤクルト2本。ちょっと幸せ。あの量で2本という組み合わせがうまいよなあ。これも錯覚なんだけど。ところでビフィズス菌ってなに?(♂)
2004年05月17日
姪のお宮参りの前に時間があるというので両親と昼食。 デニーズで山掛けマグロ丼とコーヒー。将来の話。 こっちがリッチで借金もなくてというならともかく。健康でとくに懸案事項もない両親にビンボーな私が将来の話をしても、と思いながら現在の考えを話し、意見を聞く。まだ束縛があれば反発もしてドラマのようなやりとりになるだろうが、そういう性格ではない。実は素直に子供の話を聞く親が結論を子供に任せるという意味できびしい(そして正しい)と思うのだがどうだろう。 父親の同じ年齢のころの話を聞く。たとえば土地を買ったきっかけも、必要にせまられてだったとか。結局大人になるというのは自分でなろうとしてなるしかないのだなあとあたりまえのことを思う。そういえば昔の30代って老けてるよな写真見ると。 ロイズのクッキーと花を土産に貰う。 帰宅後湿気で機能停止。WOWOWでタランティーノ「フロム・ダスク・ティル・ドーン」をぼんやり観始めたらはまって全部観る。ピカレスクハードボイルドムービーから一転してバンパイアムービーになる馬鹿映画。なんだその展開。ハーベイ・カイテルがおいしい役。ジョージ・クルーニーは昔から濃かった。汚れてもりりしいヒロイン。というのが好みかタランティーノ。 夕方買い物に行く。パンやとスーパーへ。以前雨の日にいったらおまけしてもらったが今回はなし(せこい発想)。夕食はむし暑いからとゴーヤーチャンプルー。モヤシもニンジンも入ったケンタロウアレンジ。オレンジページに載っていたレシピ。この夏の新定番にいれるべく初挑戦。野菜をいっぱいとろう。その心がけやよし。でもビールがやめられない。(♂)
2004年05月16日
ふたりとも忙しかった1週間。たまりたまった洗濯物を無理やり洗い干す。 物干しがいっぱい。ハンガー不足。おきたばっかり。と3重苦の中ダラダラ干す。はっきりしない天気。風よふけ~と祈りをこめる。 CMで「洗濯をほす奥様」という風景はなんでああも美しいんだ。こんなにめんどうくさいのに。あれをやたら美化する映像って日本だけなんではないだろうか。湿気のあるこの国ならではのものではないが。どこの国とはいえないが洗濯そのものよりも干す風景自体貧乏臭いような気がする。 日本のドラマ映画で主人公が帰郷すると母親はだいたい洗濯物を干している。母性の象徴としてどんな家事を選ぶのか。お国柄がでておもしろそうだ。一般的には「ママのパンケーキは最高さ!」とか「母さんのパスタを食うまでは生きるぞ」とか食についての台詞のほうが多くないか?データはないが。 掃除をして買い物に行く。つくるものが決まってきたのでマンネリ打開に選んだのはレバニラ炒め@クックドゥ。あいかわらずデブ飯。手をブラッディにしながら薄く切る。昔「マクベス」をやったときにレバーを切らせればよかったと頭をよぎる。北嶋マヤではないが。バーチャル体験としてはいいようだ。 「やったことないから気持ちがわかりません」とかいうヤツがたまにいる。たとえば殺人なんて間接的にはともかく直接やったことがあるヤツなんかいない。こうやって「生命」にふれる瞬間を増やしていけば理解の助けにはなるだろう。気持ちいいと思われたら困るが。そもそもそういう想像ができないやつは芝居をやっちゃいかんのだ。想像の中で客にいかに伝えるかの世界なんだから。でもそんなやつでも教師になってたりするから不思議。 かみさんが帰ってきたので夕食。味噌汁はキャベツと豆腐と油揚げとネギ。ああ具沢山。食事しながらWOWOWで録っておいた映画鑑賞。 大手歯科医を営む男のもとに舞い込んだ奇妙な遺言「アラスカの財産を譲る」。と待っていたのは犬橇レースの犬だった。という犬好きにはたまらない馬鹿映画。ムダにやりすぎアクションもつめこんであって無心に大笑い。動物映画というだけでコドモだましという偏見があったがちゃんとなぜアラスカからなのか?とか大人のネタもつめこんであって終わったら拍手。パチパチ。 からっぽになれる瞬間って最高。(♂)
2004年05月15日
友人と飲み会。 彼を連れてきた女と彼女を連れてきた男。だれもが男の前では女の顔になり、女の前では男の顔になる。相手をみるときの顔が影響力のある顔、メッセージを持った眼になっている。 こういう関係性っておもしろい。ふだんアニキキャラで売ってたとしても兄の前では弟になり、先生の前では生徒の顔になるのだ。微妙に大きくなったり小さくなったり。優しくなったり厳しくなったり。裸になる瞬間。たとえばそれはいい人のイイヒトでない瞬間をみているんだろうなあという絆がみえるパートナー。痴話喧嘩すらも愛しい。犬は食わないかもしれないがオレは食う←なんだそれ。 北杜夫が医者であり歌人の父親斉藤茂吉のひととなりを書いていた。家では厳格で文学を志す息子にうるさい笑顔ひとつみせないオヤジだったそうだ。その厳しさを面白おかしく書いていたら、父の受け持った患者から手紙をもらったという。「あなたの書いたことが信じられない。私がみた先生は子供を抱き上げてやさしくニコニコと声をかけてくれるひとだった」とかなんとか。それこそ息子から言わせればそんなのみたことない、信じられない話だという話。 どっちがほんとうの顔か?とかいうのはともかく。知っているひとの別の顔はみたい。こういうのって露悪趣味かしら。だから冠婚葬祭は呼ぶ人を選ぶのだろう。別の顔を知られないために。 「同窓会」が舞台の演劇映画にはずれなし。とは私の主張だ。かつてみせていた顔とは違う顔で生活しなくてはいけない現実、というのはメイキング映像のようにドラマよりドラマである。人生が舞台であるなら楽屋の顔はいくつ用意されているのか。 というわけで、彼彼女を連れてきた君たち。無防備でとってもCUTEでした。「ちゃん」づけて呼んであげたかったよ。紹介どうもありがとう。(♂)
2004年05月14日
会社をでたら雨がふりはじめた。 生ぬるい風にいやな予感はしていたが、みごと的中。電車から降りるころは横殴りの雨に。 韓国映画「ラブストーリー」でヒロインが彼氏と上着を傘がわりにふたりで土砂降りの大学構内を走るシーンにきゅーんときたもんだが私は30男。 上着を濡らすのはいやだ。 「嵐~嵐~♪」とか、ジャニの歌とかゲームセンターあらしの主題歌を口にしながら中継の駅で同じく仕事帰りのかみさんを待ち合流。作戦を練る。 「傘あるんだから家までひとっぱしりして傘もってきてよ」 「やだ」→作戦終了。 駅の傘はどうして借りたいときにないんだ。 コンビニの傘はどうしてたまるんだ。 合羽は誰がつかうんだ。 不満と疑問ばかりが口をでる。結局ふつうに地元までかえって相合傘でスーパーの百円ショップに入るという結論に。しかしそこでみた箱に投げ込まれた傘30本のデザインのなんというか、 芸術的なアバンギャルドさといったらどうよ? 透明なのは1本だけ。ヘンな赤とかヘンな紫とか、単色ならまだ許せる。あれはなんだ。だれが使うんだかわからない花柄とか波模様。誰がデザインしているのだろう。100円ぽくみえるように無理やりデザインしたとしか思えない。悪趣味である。 いっそのこと美大生とかにデザインノーギャラでやらせたらどうなんだ。よろこんでヤルやつがいると思うのだが。それとも傘業界からデザインへの圧力があるのか。あんまりいいのをつくるな!とか。 100円ショップでフライパン買って頭に被って走ったほうがまだましだ。フライパンも古くなったことだし。 すっかり買う気がうせてまたもや相合傘&早足で帰宅。 給料でたら折りたたみ傘を買おう。それくらいの収入はあるだろう、たぶん。(♂)
2004年05月13日
会社の電話がぶっ壊れる。 着信の光はつくが音はしない。というシュールな状況。事務処理がすすむすすむ。ふだんなら鳴ってだれもとらないのにイライラして受話器をとって事務処理がストップ&リセットされるのに。 今日にかぎってはもうまったく無視。GWあけの伝票の山場を無事こえる。机の上が美しい。外出もなんのためらいもなく可能に。ビバ!電話故障。音が鳴らないとこうも違うとは。 逆にいえば、 君たちもっと電話とろうね。快適なオフィスライフのために♪←なんだその英語。だいたい君たちってだれだ。 ほんとはふだんも腹式呼吸で指差してやりたいとこなんだけど。指差すこともあるが。今日にかぎっては内線の転送と同時にどならざるをえない。ふだんだらけているやつがすぐとるのがおかしい。「●●さんおねがいしまーす!」と言葉こそ丁寧だが殺気をこめてつなぐことにする。 銀行では3コールでとれというのを徹底的にやらされると聞いた。基本かもしれないが、できないから基本というのだ。みんながみんな電話にでれば静かなオフィス。活気ある職場になるのに。 電話にすぐでるというのが善意でなりたっているのって納得いかねえ。もとい、いかない。各受話器にポイントがたまって給料にはねかえればいいのに・・・とカネ換算。こういうのって貧乏くさいかしら。 と、書いていたらかみさんがひとこと。「フロアで一番ぺーぺーが電話をとればいいのよ」そうだそうだ。誰だ? ・・・・俺かい。(♂)
2004年05月12日
組合の不毛な話し合い。連絡不行き届きによる事故。とあいつぐダメージにスタンディングダウン。とっとと帰宅。 本屋をうろつく。日本文学のあらすじをのせた本が売れてるってほんとかよ。嘆かわしい。といいつつ載っているリストのうち多く見積もっても10%ぐらいしか読んでないのでなんともいえないが。 実は世間で語られる文学のほとんどが受験用の文学史のアンチョコでおぼえた知識である。という実態にもとづけばこれほどひらきなおった企画はない。いや、名企画といっていいだろう。自称野球ファンの実態に似ている。「イチローがさあ」とか言っているヤツは実はスポーツニュースで観ているにすぎないのだ。ちなみにそれは私だ。悪いか。 ナンバーでデビュー以来ずっとおっかけているスポーツライター金子氏の文庫を買う。日本のスポーツが強くなるためにはという視点からはじまって、日本の社会の現状へとむく切り口。経済大国であることがスポーツ大国であるという常識からはずれた異常な状況を撃つ。 激痛。よく効く占いのようだ。小さなデータをかき集めることで、大きな絵がみえてくる占い。スポーツを語っているはずなのに日本がみえてくる内容はデータがそろっているだけに痛い。一貫した「なぜそういう実態なのか」という分析。静かな怒りが伝わってくる。平田オリザ氏の芝居のようにいたたまれなくなる。 かつて「28年目のハーフタイム」で川口能活による前園批判コメントをひきだしたインタビュアーなだけに熱いイメージがあったのだが新たな境地といっていいだろう。サッカーを書くときよりも客観性があるだけ作品の完成度が高いかもしれない。 ああカゼなおして早く走ろう。語るよりさきに。(♂)
2004年05月11日
月曜から残業。 ボスが出張のため支払いの締めをやらなくてはいけない。外出もしなくてはいけない。mustばかりのスケジュール。アクセルを踏みまくって浅草~板橋~調布。道が空いてても打ち合わせやなんやかんやでもろもろ4時間。そのまま4時間の空白を埋める事務処理で22時30分退社。 うっかり買ったコンビニの梅おにぎりがうまい。空腹にしみる。よくない傾向だ。「買ってはいけない」リストTOP。デブへのハイウェイ。でも腹が減る。どうすればいい。なにを食えばいいのか。 自分じゃできない。でもひとにはできるアドバイスがある。「腹が減ったら・・・夢をふくらませて埋めてみろ!」・・・あー空腹感より不毛な空白が胸のあたりにいっぱいだよ。にがーいにがーいこの想い。後悔。 あ、後悔で埋める手もありか。ありなのか? どうだろう。(♂)
2004年05月10日
本日寝休日←早口言葉みたいだ。カゼのため文庫版「有閑倶楽部」を読みながら寝る。 あまりの長期連載だともうなにがなんだかというフレーズ頻出。「2人はラバウル帰り」とか「ESP研究会」とか。そのへんのとほほ具合がいいかんじ。ツッコミながらダラダラする。間違った読み方だけど。傑作であることはまちがいない。 生ぬるい天気があんまり快適とはいえないが、毛布で蓑虫になる。休日寝るというのがカラダにいいかといえばよくないのだがいまは本当に調子が悪いのでしかたがない。 病は気からというが、逆もまた真なりで体調が悪いとろくなことを考えない。三島が太宰を評して「朝起きて体操をやれば違う作品になっただろう」とか言ったらしいが、発想がなにかとマイナスになっている今、早く治れよカゼとカラダに言い聞かせる。いやな季節だ。カラダに熱がこもっているような気がする。 洗濯と掃除機かけ。ゴミ捨て。買い物。本日のメニューはブタキムチ炒め。 夕方教育テレビ「トップランナー」に庵野秀明監督出演。あいかわらずマイペースなテレビむきでないしゃべりだ。客席から「結婚したらクリエーターはダメになると数年前いっていましたがご自身はいかがですか」とつっこまれ「芸風をかえてやってます」という答えに笑う。 明日は会社だ~♪やだなあ~♪とひとりミュージカル。ところで今日の日記「ない」が多いな。これもまたネガティブのなせるわざか。(♂)
2004年05月09日
あてはないのだが住宅見学WITH義母。勉強シリーズその2。 近い物件なので自転車でピクニックのごとく出かける。看板から営業所に電話してあけてもらって見学。ぽっかりそこだけ売れ残っているので少々難ありか?難あるならまけてもらえるか・・と思いきやそれほど甘くない。ようするに転売のタイミングで資金計画がうまくいかなかったとかそういう話のようだ。タイミングの問題のようである。 値段がはるだけあって明るい室内。広い空間。無理のない階段。素敵な町並み。と買う側より売る側にまわりたいような中身だがさきだつものはカネ。ということで支払計画。信用について話す。 勤め人であるかぎり意外とそのへんはOKらしい。ということで拍子抜け。業種の将来性という話はあまりなくて、景気もあって金融関係がキツク見るのは飲食系と自営業だとか。いまは亡き青木何某@ナニワ金融道が、金融業界には厳然たる差別があるのだから隠さず公開せよといっていたがこういう話を聞くとその思いを強くする。 カタログを貰う。まわりのすでに売れた物件の値段も書いてある。このへんのひとはおたがいいくらしたか知っているのだろうか。勝手に妄想。「あんたうちより高い物件なんだから自治会長やってよ」とか。イヤなつきあいだなあ。あくまで妄想だが。この前~百倍の競争率になったあの八王子の中古マンションは大丈夫なのか? ちなみに重松清「見張塔からずっと」はそういう小説である。ひっこしてきたヨソモノをいじめることで壊れていた共同体(夫婦からご近所まで)みんなうまくいくというブラックな作品。まあいじめられてもいいから(←ないない)いいところ住んで見たいよなあ。 家を買うという意味。建物というハードを手に入れる意味のほかにイイトコロに住んでいい快適な生活をおくるというソフト面の意味がある。というあたりまえの真実。観にいくと実感。 昼は義母とラーメン屋へ。ネギラーメン注文。美味。 口直しに実家で珈琲をいただく。新聞チラシを見ながら引き続き不動産トーク。似たような物件で値段が多少低いのを発見。義母いわく、土地の高低差、水ハケなどでやや難ありだという。 ひきつづき穴場情報。●●はもともと化学工場だからいくら土を洗浄して土をいれかえるからといってもイメージの問題で地元の人が手を出さないとか、△△は高速道路の隣りだからうるさくて安くしても売れないとか。 こういう話をすると自分が通った幼稚園を思い出す。もともと養豚農家が養豚場をつぶしてつくった経緯から地元の人には「ブタやの幼稚園」とかいわれていた。いいじゃないかブタやでと思っていたが地元の古い人はやはり入れたがらなかったらしい。ブタはともかく健康を害する可能性のある場所は避けたいものであるが。 そういうわけで、私が住みたい物件の近くに各種問題ありの組織こないかなあ。とプチバイト募集→(1)私が指定した場所(2)各種問題ありのグループが居座る(3)騒ぎになる(4)地代暴落(5)即買う(6)グループでていく・・・・ 資金はでなくともせこいアイデアだけは出るよなあ。やれやれ。(♂)
2004年05月08日
初めて新人君とコンタクト。 近くの部署に新人が入らなかったのでしばらくは接点がないなあと思っていたところ、先輩から現場見学のアポをとってこいといわれたらしくおそるおそるのアプローチあり。面白いので電話をかけつつ背中から闘気をだしてみる。ゆーらー。 リアクションをかみしめるほどヒマな日ではないのできちんと対応。きちんとかえってくる態度、言葉づかいに好感。やっぱり礼儀正しいヒトは気持ちいい。礼儀正しくて嫌われるひとはいないだろう。中には慇懃無礼というヤツはいるが。 新人の間はどうせ戦力にならないんだからせいぜいピチピチ具合で職場を活性化させてくれよ。といったらもともこもないかしら。なんだよ「せいぜい」って。悪意みちみち。べつにふくむことはなにもないが。疲れてるんだろうか。すべては風邪のせいだ。とだれにいうともなく考えること0.1秒。 いちおう現場に見学希望の旨を連絡。新人君にも都合があるだろうからと選択肢を用意した上、先輩と相談してこいと答える。すぐに電話で返事あり。早い返事はおおむねいい傾向。そのフットワークいつまでももっててくれ←あ、犬といっしょだ。すぐにほめてやらないと。忘れてた。・・・こういう大人になってしまう。 だいたい新人のときには「なんでも聞いてね」と言われるのだが、聞いてましな答えが返ってきたためしはない。またましな質問もできない。というのは私だけだろうか。質問下手と答え下手。どっちが悪いのか。 ふだん1週間かける請求書処理をゴールデンウィークも絡んで2日でしあげる。やればできるのだなあ。という代償は大きく、終電で帰宅。 槙原敬之「君は僕の宝物」を聞きながら家路へ。とほほな若いリーマンが頭に浮かぶようなアルバム。尾崎豊トリビュートで「Forget-me-not」をしっとり(男の歌手には使わないだろうか)カバーしているのに痺れて聞きなおしたがなかなか名盤。いろんな意味でROCKな立場にいる人だが、がんばってほしいと思う。 ・・・でも電車の中では歌詞カードを隠す私。卑怯者だ。(♂)
2004年05月07日
ひさびさの出勤。夏スーツに変更。 机の上は請求書の山で埋まる。来てないやつは催促の電話を入れる。入学願書みたいにけんもほろろの処理をしてみたいものだ。「届いてないから今月は払いませんよ」とか。そのまんま報復が待っているだろうが。おたがい報復がなんにでもあると思えばもうすこし居心地のいい世界になると思うぜなあジョージ←プチ社会派。 ひさびさにブレンディをすする。会社で飲むと会社の味がする。ちょっとほこりっぽいような。カフェインに頼ってテンションをあげるのやめたほうがいいんだけどカラダのためには。わかっちゃいるけどやめられない。カラダに悪いものはなんでうまいのか。 そうこうしているうちに夕方。届け物のために首都高速をとばす。意外と空いていて快調なドライブ。FMで岩崎宏美のライブをやっていた。何歳なんだこのヒト。圧倒的なボーカルにしばし聴き入る。昔と変わらない世界。年齢を感じさせないポップスとして成立させながら、キャリアにみあった質。すごいなウタヂカラ。 残業した自分褒美(そればっかり)に雑誌スポーツYEAH!を買って帰宅。TBSのアナウンサーを数年やってやめて日本のアメフトの世界に戻った男の記事に感動。愛をこめてバカといってやりたい。(♂)
2004年05月06日
ひたすら寝てすごす。 働いているときはドロのように眠りたいと思うのにいざとなると目がさめるのはなぜだ。五木寛之がほんとうに眠れないときは仕事をやろうと思えばとたんにぐっすりだとエッセイで書いていたのだが、ほんとうにそうだ。義務となると眠れない。でも眠らないと治らないのでゴロゴロする。 昼食はインスタントのタイラーメン。いかがわしいパッケージの期待を裏切らずすっぱくて美味。かきこんでまた昼寝。 目がさめて「西洋骨董洋菓子店」のDVDをひさびさにみる。まだハリウッドに出る前の小雪。スポーツネタでマニアックなアドリブをしゃべる椎名桔平。寡黙な阿部寛。滝沢秀明がえなりかずきに恋愛指南。と見所満載。情報量の多い本広演出がさえわたる作品なのに。視聴率がとれなかったのが不思議。どうしてこれといい「柳沢教授の生活」といいわれわれ夫婦が好きになるドラマは売れないのか。 ワイシャツにアイロンをかける。皺がのびる。休みが終わる。(♂)
2004年05月05日
風邪気味につきひきこもる。 DVDの整理。珈琲をいれる。ホットケーキを食う。「夏の香り」の観てない部分をみる。トイレにドメストパックをする。マンガを読む。 以上。ではあまりにあんまりなので澤田ふじ子「木戸の椿」を読み始める。時代物は苦手なので暖まるまで時間がかかる。 いいことなのか悪いことなのかわからないが、芝居であれ小説であれ作品と向き合うとき、時代や国籍をとっぱらって人間関係で読み取ろうとする癖がある。昔シェイクスピアをやった後遺症か。 衣装は当時の最先端モード+時代考証はまったく無視+時事ネタいれまくり+シモネタ満載+言葉遊びだらけというイケイケな(赤面)戯曲。その精神だけ掘り出そうとすれば人間関係だけを見るようになる。 という昔とった杵柄の話(←言い訳)はいいとしても。江戸テイストの小説で江戸テイストがなければ魅力半減だろう。 相原コージのネタでロシア人のヌードで妄想するとき自分が知っているロシア語しか浮かばないカナシミを描いたものがあったのだが。時代小説が好きなヒトはやはりうっかり八兵衛を想像しながら読むのだろうか。教えてくれ。関西の親を持ち小江戸で育ちながらちっとも遠い記憶が目覚めない。 せめて畳の上で読んで気分をだしてみる。貧困な想像力よ。もうすこし羽ばたけ。ばたばた。(♂)
2004年05月04日
かたづけおおむね終了。ゴミの山をしばって捨てる。 最近体内時計が早い。老化が進んでいるのか。 掃除しては大リーグ中継をのぞき、 掃除しては「め組の大吾」を読む。 掃除してはコーヒーを沸かし、 掃除しては写真を整理する。 そしてすぎていく1日。 集中しろよ。と理屈ではわかっているのだが、猫というか犬というか。尻尾ふっているうちに時計の針がすすむ。休日だからなにやっても許されるのだが。終わってしまえばなんかもったいないことをしたような気がする。休日は休日の前日が一番うれしいというのはどうなんだ。仕事人間というほど自分が仕事しているとも思えないのだが。 ようするに休み下手なのだ。なにもしなくても意外と楽しい。それはそれで能力なのかもしれないが。友人でスケジュールを埋め尽くさないと不安になるスケジュールコンプレックス(そんな言葉があるのか)のヒトがいるが、尊敬してしまう。高度成長期の日本人をみる外人の目ってこんなかんじだろう。といったらおおげさだろうか。おおげさだろう。 正しい休みのありかたなんてないんだけど。ヒマなもんだからついいろんなことを考える。 夕方仕事帰りのかみさんによびだされて呑みにいく。アジアンテイストなダイニングバー。店内の雰囲気がよくてビール3杯いく。ノドが痛いのに。 ところで。 どうでもいい話。いま教育テレビのロシア語講座にエメリヤーエンコ・ヒョードル(PRIDEの格闘家)が出ていた。同じ時間に新日本プロレスを放送しているテレ朝への対抗処置か←絶対違う。 小林克也による日本語講座(!)もすごい企画だが、今回のブッキングも凄い。NHKで格闘技「サンボ」の解説を聞くとは思わなかった。教育テレビよ、もっと暴走してくれ。私の受信料分だけ許す。(♂)
2004年05月03日
女優中村真季子にDMを貰って芝居に行く。 産経新聞の文芸批評で興味深い記事を発見。作家ふたりをそのキャリアから視覚系と聴覚系にわけて論じている。この視点はいい。小説にかぎらずほかの分野でもつかえるかもしれない。すでにビジュアル系ということばは音楽界に存在するが。どんな分野であれ一流は両方兼ね備えているのだろうが。今日の作品は? 時間がないので駅のかけそばで昼食。こんな休日どっぷりの日でもネクタイしめて働いているひとがいる。脱帽。 さて内容。白雪姫をベースに愛と憎しみの物語がポップな視覚とチープ&パンクなセンスで展開。童話がもつ暴力性と、ある学校の出来事がからむ。 毒は買おう。全編にちらばる「死」「暴力」。これに男女関係のプロットをもっとふくらませれば「性」も入っただろう。という骨の部分はみえる。舞台美術も衣装もいい仕事をしている。 問題は肉づけだ。演出だ。ギャグがぬるい。ぬるいのを狙って実は・・・というのではなくてほんとうにぬるい。はんぱな80年代ネタ。客におもねっている。役者が転ぶシーンなどでばたつくのとアドリブが素人っぽいのがなんとかならないか。コントみたいに軽く演じているつもりだろうが、練習不足にしかみえない。場面の切り替えも微妙に変な間がある。カラダができていない。 客と役者をわける一線。若い劇団はそれを曖昧にする傾向がある。はっきりいってこっちはカネを払っている。知り合いだって中村しかいないんだから身内ではない。2000円以上(=映画より高いカネ)払わせたらこっちは学生芝居とはみなさない。ケジメをみせる作品をつくってくれ。ナカムラの前回の活動 (♂)
2004年05月02日
朝からかたづけ。 まずは洗濯物をたたむことからはじめる。低レベルだが。90度にかっちりおらないと満足できない人がたまにいるが、それだけで尊敬する。カゴにきっちりつめこむ。いい調子だ。 でも続かない。宮沢章夫「青空の方法」(朝日文庫)をだらだら読む。「元パンクスのサラリーマンはいい。元ハワイアンのサラリーマンはだめだ。夏以外は」とか。なんなんだその断言は。言い切る根拠は?と疑わせない妙な納得。独特の切り口。しばしへらへらひとりで笑う。そういえば土屋賢ニ教授に似てるなこのネタのつくりかた。 インスタントコーヒーをいれる。J-WAVEを流す。仕切りなおし。 スーパーでダンボールをもらってきて本をつっこむ。いままでGAPの袋にいれたりしていたのだが、袋だとなんとなくおさまってしまう。あきらかにジャマな物体をつくろうと思う。ひっこし直後の家のように。そうすればふんきりがつくはずだ。ブックオフにある程度売る勇気。ふたりぐらしに必要なのはそれなのだ。本当は。 でもブックオフの実態を聞くと頭にくる。彼らはソフトにはまるで興味がない。ある基準はキレイかどうか。この発想って本屋の風上にもおけない。おしつけられたへんな自費出版とか絶対売れねえよみたいな本が売れたりするのはざまあみろと思うが。といいつつブックオフで買った本は数知れないわけだが。日本製品をつかいまくりなくせに日本企業をたたくアホアメリカ人みたいだけど。 こまかくやりすぎてちっともすすまない。洗濯はしたが。水周りもキレイにはしたが。 夕方いつものパンやに買いにいく。クルミチーズとハイジパンという名の白いパンとエピとクロワッサン購入。おねえさんに声をかけられる。「連休はどちらかいかれるんですか」いいえ、まだ考え中なんですよと笑ってこたえる。ラジオで「うちに犬がいるからどこもいきません」と答えている人がいたが、あの答えはいいなあやさしくて。自分にも犬がいたら。今度は旅に出たくなったりして。 夜はジャガイモの味噌汁と鳥とタマネギピーマンの炒め物。味付け味噌をいれすぎてちょっとしょっぱい。ビールがすすむ。 昼間録画したWOWOWの「夏の香り」鑑賞。「ラブストーリー」主演女優&「冬のソナタ」監督の韓国ドラマ。「心臓が弱い」「雨が降る山の中でふたりっきり」「おさななじみ」「傷心の男性」ってさっそくとばしてます。胸きゅんです(←音読推奨)。「冬ソナ」にあまりはまらない自分がはまりそうな予感。ようするに女優の好みの問題らしい。もとい、問題だ(断言)。 いいのかそれで。(♂)
2004年05月01日
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