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昨日の晩駅につくとかみさんから電話。 「もとの部屋でビールを飲もうよ」荷物ねえだろというとあるという。発つ鳥跡を濁さず。どころか濁しまくりだとか。最後のしあげの掃除用具類らしい。うっかり今いる場所と近いのがいかん。とぶーぶー言いつつスーパーで買い物。 安いワインというのも考えたが慣れないことやってもろくなことがないのでビールとから揚げ、ごまプリッツを買って部屋にむかう。契約が明日までなのだ。 かみさんがつくまで軽く撤収作業。もうなにもない部屋。がらんとしてという言い方があるが喋ればひびくかんじはたしかに「がらん」としている。ゴミ袋につぎつぎほおりこみ来るのを待つ。 さっさと撤収すればいいだろ?というと最初の家だから名残惜しいらしい。こっちはひとり暮らし経験があるので結婚生活という点ではともかく部屋としてはさっさと撤収したかったのだが。Yumingのパールピアスみたいに何か残してゆっくり離れたかったようだ。私はテキトーなので容赦なく捨てるもの持って帰るものを選別。公団のよさでゴミ捨て場があるのでほいほい廃棄。デリカシーゼロである。ハードボイルドといってくれ。 落ち着いてビールで乾杯。バカ●△×(←変わることばをいれてくれ)カメラで部屋を撮影。なんにもない部屋にちらばるから揚げのつつみとビール缶。不法侵入者みたいだ。こんなところよりもいまは現在の部屋のかたづけしか頭にない。 と思ってたのに。なんかうるっときたのはなぜだろう。ビールの苦さのせいだろうきっと。お疲れ様といって床にビールでもこぼせば「供養」なんだろうが←墓かよ。 ブレーカーを落とす。ゴミを捨てる。カギをしめる。ポストにテープをはる。さよなら●●5号室。(♂)
2004年07月31日
S.ハンター待望の新刊。ほくほく顔で2日で読了。 「古いアメリカの価値をもった射撃の名手がまきこまれる下劣な暴力世界」という設定そのものはかわらない。 むせるような暑さ。まばゆい混沌。太陽。フェロモン溢れてる男女。血と汗と犯罪の匂い。これぞキューバの匂い。あいかわらずの、もといますます激しい暴力描写。作品のもつある種の爽快さへのきついスパイスになっている。夏に発売されるというのもいい。濃ゆい料理の匂いのする部屋で読めばよかった。 とにかく作品の身体意識が強くて読みやすい。チカラがおのずと入る。アクションのメリハリがあってつい次のアクションへのじらしが煽られる。「いつ撃つか」にむけてすすむ慎重な準備と周囲の変化が作品に高揚感を与える。そのへん「座頭市」のセンスに似ている。 あの映画の居合のかっこよさってつまるところなかなか見せないズルさだ。もっさりした市がえんえん描かれいったんスイッチが入るとバケモノにかわる。いざ闘いがはじまっても刃を画面から遠ざけることでこちらの想像力を喚起するのだ。見えないところでおきている凄いこと。こちらの脳の中で勝手に描かれていく。闘いがはじまるまでの空気づくりと、いざはじまったときの明快さ。それがこの作品の魅力である。なんでも解決するのが銃だという発想の是非はともかく。 それに加えてからむパワーゲームとのバランスが面白い。主人公は己のルールでしか動かないのに策謀が策謀をよび窮地にたたされる。ドロドロに展開するからこそみえてくる主人公の「筋」。かっこいい。古臭いとはいわせない。 「匂い」のする作品。激しいリズムのある作品。パーカッションのあるBGM希望。(♂)
2004年07月30日
まだかたづけが完了していない状態なので部屋が広い。これもまた狭くなるのだろうか。あたかも人生のごとく。 カギをがちゃがちゃしめるのが鬱陶しい。このご時世そんな甘いことをいってられない。広いスペースとセキュリティ問題を解決する新しいアイデア(妄想ともいう)ができた。 AIBO君バトルアーマー仕様(ASIMO君でも可) いかがだろう。ロボット3原則には反するが。掃除ロボットだって完成しているぐらいだから十分可能だろう。って、ロボット置くほど宝物があるわけではないのだが。まともな殴り合いならスピードで人間が勝ちそうだし。防犯のボールに入っている液体をふりかけるという仕掛けはいかがだろう。とびまわってぶっかけるとなおよい。 宝物があるわけではないが封印したい過去ならいくらでもある。過去の恥ずかしい写真とかビデオとか。過去を知るヤツが汚点の証拠を貸してよというと答えることにしている。 黒人の空手家が7人、塔の番人で待っているから倒せるヤツつれて来な。 ・・・このバトルアーマー仕様が実用化されればリアル少林寺木人拳だな。そうすると泥棒側も武装ロボットを用意するのか?観たいぜ戦い。妄想はまだまだ続く。 ・・・でもセコムいれたほうが安くないかこれ。(♂)
2004年07月29日
総務のギャル子から引っ越しの書類を受け取る。 住所変更届の項目に転居の理由という項目があった。・・・おいおいプライバシーだろ。仮に「取り立てから逃げるため」とかいったら会社はどんな態度にでるんだろうか。「無利子で貸してやるよ」とかいわないだろうな絶対。 ついでにいうならうちの個人情報の管理はデタラメだ。ヤ○ーなみである。某は某の親戚だとか○○銀行の頭取の娘だとか。あることないこと流れてくる。ま、暇なんだろう。その一方で携帯はもとより自家用電話をもたずに生活している奴が許されている。1名だけだけど←もっといてたまるか。指導しろよ。嫌がらせで電報か伝書鳩でも送り着けてやれ。季節柄仕掛け花火でもいい。 ほっとけよと思い白紙も考えたがこの忙しい時分突き返されてもただのストレスにしかならない。 会社で天皇制にいろいろいいたいことがあるせいか平成という伝票をみると必ず西暦に書き直して書いてくるやつがいる。そんなことだからキミは伝票が遅いのだ。今度皇紀で書き直して返却してやろうか。皇紀知らないけど。英国の俳優イアン・マッケランはゲイでホテルに泊まったとき枕もとにある聖書の中から同性愛者への差別表現があるページはことごとく破り捨てると聞いたことがある。きみたちヒマだね。 なにか書くことにした。 テストなら白紙の埋草のお約束は、(1)おいしいカレーのレシピ(2)勉強ができなかった理由だが。ここは会社だ。しばらく考えてこう書いた。 「将来のため」 これまたナルシスティックな答えではあるが。ギャル子にかっこいいですねとほめられつい照れてしまうのが自分の甘いところだ。あうー。Gacktは遠いぜ(意味不明)。 ギャル子によれば書類をみて私のボスはのたまったらしい。「オレなら過去の清算と書くね」・・・なにかあったんすかボス?(♂)
2004年07月28日
昔だれかの小説にあった。 残虐なナチの将校による美しいピアノ演奏にショックをうけて不能になってしまったユダヤ人の作曲家がそれを呪うように葬送曲ばかり書いているという話だった。 芸術性と個人的な部分はまったくリンクしない。恋愛からもっとも遠いような男がすばらしいラブソングを書いたりする。人間のもつ不思議な部分だ。でも世の中は凡人でできている。だから「なぜそれができるのか」という分析をしたがる。俗世間と神とつなげたがる。才能は本当は神様が与えてくれたものだ。分析は読み手のジェラシーを満たすためのツールでしかない。 たとえば槙原敬之がいくら名作をうみだしても世間は彼のもつ「十字架」を追いかける。ほんとはべつものなのに。否、世間ではない。一般論ではない。私である。 「性癖」が暴露されて以来私は彼の作品から情念しか感じなくなった。素直に聴けなくなった。自分とは正反対の「性癖」。ナチュラルなロックスピリッツという意味で魅力ともいえるのだが、はたして作者がのぞんだ聴き方なのか。そういう余計なことは考えなくていいのだけれど。 ・・・中島らも氏が死んだ。自殺ではないにしろ「死」というきわめて個人的な事件。死にいたるまでの彼の行き方とあのすばらしい作品とをやはりリンクさせてこれからは考えてしまうだろう。もう1度あのエッセイで笑える日がくるのだろうか。 かつて小説なりエッセイなり過剰なモノが溢れていた。ここ数年ですべて使い果たして去っていったような気がする。しばらくはほっといておきたい。合掌。(♂)
2004年07月27日
なんだかきぜわしい。夏枯れで仕事は減っているはずなのに。 引っ越しと暇をみこんでの仕事の仕切りと労組の引き継ぎと。「愛しさとせつなさと心強さと」みたいだ。「部屋とワイシャツと私」でも可だ。「僕とフリオと校庭で」でもいい。っていいのか。「と」しかあってないし。 いっぱいいっぱいになってつっけんどんになる。あれほど対人コミュニケーションスキルの低い奴をバカにしてたのに。処理スピードをあげる。あげるとメモリーが働かない。納得しようとじっくりやると今度は時計が早くなる。自分の器の小ささよ。 慣れろ。慣れれば次のステップに行けるだろう。 大槻ケンヂがいっていた。悩みは大きいのと比べれば楽になると。たとえば「人間魚雷回天に乗った人に比べれば」とか。不謹慎だけどそれもアイデアだ。 それともただの夏バテか。(♂)
2004年07月26日
引越しを日曜日に終わらせた。 遠足は家に帰るまで、なんて王道セリフがあるが、本をかたづけるまでは引越しは終わらない。このひどい状況。遠足というよりは「戦後」といったほうがいいかもしれない。ガレキの山ならぬダンボールの山よ。前よりひどい・・・もとい広い状況になっているので実はダンボールでうまっているほうが自分のキャパシティにはあう。という気もするがそんなことをいっていると「戦後」は終わらないのでかたづけることにする。といったとたんスケジュールがつまるのはなぜだ。助けて百太郎。 そんなことよりも新しいテリトリーである。ライトの位置も部屋の距離感覚もなかなか慣れない。イヌみたいにおしっこしてまわればいいのかもしれないが、残念ながら人間である。以前の部屋は掃除をつみかさねることで「自分の部屋」にした。まだまだ時間がかかりそうだ。場所にふさわしい自分。あるいは自分にふさわしい場所。いっしょに育っていくといったらおおげさだが、生活するということはそういうことなんだろう。 とみていたらかみさんがとんでもないところで昼寝をはじめた。そういえば前の家でも住みはじめにゴロゴロしていたような。これも縄張りづくりというヤツなんだろう。 それともただ疲れているだけだろうか。カゼひかれると面倒なのでやさしくマウントポジションからの殴打。そんな日曜日。(♂)
2004年07月25日
先日結婚する後輩Mから結婚式の招待状を貰った。恐縮。 おもしろかったのがその返事のハガキである。質問がついていてそのうちのひとつが「あなたにとって結婚はなんですか」というものだった。質問そのものもそうだが質問がついているというのが面白い。だいたいこういう質問はシンプルなほうが可能性がひろがっていい答えがかえってくるものだ。 さんざん悩んで「タンスでなくした宝くじ。期待しなければ意外とあたっている」と書いて返信。今思えばたかだか●年で結婚を語るなんておこがましい。それにそういう謎かけみたいな答えでいいのか。「若く未熟なおふたり」にアドバイスみたいなものが必要なのではないのか。それでひらめいた答えがある。 「聖家族教会。いつ完成するかわからないから目先の土台は地味に固めないとたいへんなことになる。」「大きな夢のために小さな仕事をやる日々」われながらいい答えだと思うのだが。 ・・・でもあれつくっているひとたち完成の前に死んでるよな?(♂)
2004年07月24日
朝からトラブル続き。てきぱきと処理しつつ自分が原因なものも多く。そのてきぱき有能ぶりに酔うこともなく、机にかじりつく。 で、でかい事故がおきて結局営業と午後外出。つづくときはつづくものだ。客の要望と現場の技術的な選択肢の多さとのギャップが原因。これまた中間に入っていた自分の曖昧な態度が原因。・・・って、そういう人的なコミュニケーションの甘さもあるが、いろいろごちゃごちゃ言うよりはテストのデータ類をもちこめばすむ話だったのがくやしい。 事前にテストをしているのだ。百聞は一見にしかずである。なんとなく説明過信の部分、説明すればすべて通じるというのが自分の中にあった。いかに喋らないかを仕事上でめざしたほうがいいかもしれない。とくに複雑になりそうな仕事の場合は。意味のある手抜き。のっぽさんだってゴンタくんに話を通せるではないか。 なにが困るかって、結局つくりなおすときに費やす時間と神経だ。その時間があれば別のカセギができる。「あのカネでなにができたか」なんて本があったが、時は金なりだ。あの時間でなにができたか。同じ時間で別のコトができる。完璧なカンニングペーパー製作をめざす時間で完璧なテスト勉強ができるようなものか。 夕方から飲み会@東京ドームホテル。そういう罪悪感をもちながらもビールがうまい。なんだかんだと悪い女に溺れて別れられないオトコみたいだ。高い場所からの夜景がすばらしい。こんなところは集団できてはいけない。勝負モードの男女がサシで来るところだよ。 ちゃんとドレスアップしてきた女子社員数名。ちょっと尊敬。こっちはむさいワイシャツなのに。ちょっとドレスコード見直したほうがいいかも。 旅行好きの新人♀と話す。わりとワイルドな場所に行っているくせに茄子が食えないっていうのが面白い。「だって茄子って種が蟲みたいじゃないですか」なんだそりゃ。でもたとえばピーマンだって切ったらたまにでるぜイキモノ。「いや、でませんよ」断言してどうする。モンゴルの料理の写真をみせられる。プレーリードッグみたいなイキモノの活き造り。で、これ食べたの?「ペストにかかるので現地の人でもあんまり食べないらしいです」でもおいしいのでそのリスクをしょってペストになる人も多いとか。すげえぜ人間の欲望。 自分にない趣味をもつ人と話すのは楽しい。語る中身もそうだけど、語っている間、顔のモードが切り替わっているのが面白い。ある意味無防備な裸の顔・・・そうか、それで見合いとか合コンで趣味の話をするのか。なんだろう自分にとっての裸。って心配しなくてもビールのみまくって赤ら顔さらしているのが裸の自分かもしれない。やだなーそれ。どうでもいいが前回はこんなかんじ。(♂)
2004年07月23日
悲しいときー♪(悲しいときー♪)渡辺美里がデビュー20周年だとわかったときー♪(わかったときー♪) うわーん(まぢ泣き)歳とったなあ俺。 朝からお願いごと連発でなにかが麻痺。これ言ったらずうずうしいかなあというリミッターがトぶ。頭を受話器ごしにさげつついうことは言わせてもらう。気分はホフク前進。ふだん「無理だよ」しかいわない担当にうんという返事をもらう。YES!いまならエスキモーに氷が売れそうだ。 昼かみさんからメール。公団で交渉したら引っ越しに際し網戸を粗大ゴミで捨てなくてよくなった旨。そのかわり書類をわんさか書かされたらしい。「簡易模様替え届け」網戸をつけるにあたってほんとは書かなくてはいけない書類だとか。←苦笑。備品扱いにするとやぶれたとき利用者から修理を要求されやすいツールなので買い取りにしているという。なんだかなー。 夕方労働組合の会合へ。大手得意先の労働組合との懇親会。意味あるのかこれ。彼らの利=われわれの害。われわれの利=彼らの害ではないのか?われわれの受注金額が下がれば下がるほど奴らの人件費にゆとりができるんじゃないのか(逆もまた真なり)。父と子でそれぞれのお小遣いの相談をしているような矛盾を感じてつい黙る。桁も違うし。 あんたらそんだけ貰ってりゃあ文句ないだろう←言わないけど。おたがい待遇を知らせてマイナスのほうが大きくないか?←言わないけど。同情で仕事くれたりしないかなあ←しないだろ。同情でトラブルに寛容になったりしないかなあ←しないだろ。 ウーロン茶ばかりがぐびぐびすすむ。立場からいって批評家になっちゃいけないんだけど。なんだかんだと分析癖が。そそのかしてそのうち廃止だなこれ。うん決めた。 王様は裸だというのは簡単だ。組合活動もそうだし会社の経営もそうだ。壊すのはいつだってつくるより簡単である。 でも素晴らしい服だと盛り上げるほうが難しいし、意味がある。もしかしたらやりがいもあるかもしれない。・・・そう言い聞かせてはいるのだが。(♂)
2004年07月22日
引っ越し関係のため仕事をけとばして早く帰らなくてはいけないのに大渋滞。東京中をだらだら進まない車の中ですごす。 暑いのはいい。汗をかくのも好きだ。でも渋滞が嫌だ。用事を抱えて乗る車が嫌だ。見積もりの催促の電話がくる。だいたいその手の話をするやつは決まっている。そして要領を得ない話をするのだ。「正木ひろしの話し方教室」(都内の電車広告より)にでも行ってこい。まったくこっちが車に乗る前にしこめばいいのに。なにがつらいかって、手元に資料がないところでえんえん話を聞かされることだ。みのさんの気持ちがよくわかる。否、素人の話を相槌だけでエンターテイメントに編集していく技に感動する。私もいうべきなんだろうか。「そりゃあ~さんあんたが悪いよ」とか。女性の営業にしか通じなさそうだが。 携帯をほっておく。「渚にまつわるエトセトラ」が鳴り続ける。仕込みの悪い奴に限って暇なせいか粘着質でしつこく鳴らすのだ。そしてまた私の嫌いな曲が増える。いっそのこと嫌いな曲にしようか。マイナスにマイナスをかけあわせてプラスになるかも。 いらつく。クラクションをあやうく鳴らしそうになる。ブラジルなどでみかける風景だ。やりてー。今日ぐらい暑ければやってもいいだろう。ぱぱー。気持ちいいだろうでかい音鳴らせば。ぱぱー。蹴りたい背中ならぬ押したいクラクションか。我慢我慢。 しかしこの暑さももとをただせばエアコンのせいじゃないのか。変な話だ。涼しくなるために暑くする機械。いっそのことエアコン禁止したらどうだろう。密造エアコンで暴力団が儲けるだけか。いまよりは涼しくなる数字上は。体感温度はかわらないにしろ。 それよりは渋滞だ。頼むから学生さん、私の仕事中は乗るな邪魔だから。デートツールにつかうな頭くるから。「仕事中」って赤色灯つけてサイレンならして追い越しさせろ。そうでなきゃ営業車ぶつけても無罪にしろ。いまなら賛成多数だ。立法しろ大仁田(なぜ)。この際レンホウでもキナショーキチでもいい。 ・・・ええ、ひがみですけどなにか?(♂)
2004年07月21日
調布から戸田、戸田から板橋というタクシー運転手さんのようなルートで午前中走り回る。社員食堂を予約していたがどうも時間に間に合いそうにない。うっかり置き去られてこの暑さの中新生物を誕生させて生態系を壊してもまずいので電話をいれる。 すみません、仕事がたてこんで帰社が2時をすぎそうなのでかたづけてください。「ああ2時すぎてもいますから大丈夫ですよ」 神のようなおコトバ。急いで2時をめざしてアクセルを踏む。テキトーに事務処理を蹴飛ばして社員食堂にかけこむ。冷蔵庫にいれていただいていた冷やしうどんをとりだす。汁をかける。かきこむ。ついでに野菜をばりばり食べていたら「ドレッシングは冷蔵庫ですから」ああ食べている様子までみられている。恥ずかしい。 待ってもらっているから早く食べたほうがいいのだろう。その一方で見られているからしっかりちゃんとココロをこめて食べたほうがいいような気もしてくる。結局前者を選ぶ。 味はこの際問うまい。否、待っていただいていた心遣いと手紙の添えられたオニギリ。うまいまずいを言うのは野暮というものだ。って、言い訳している時点でまずいと言っているようなものだが。そういうおばさんのやさしさ含めて味である。 ネギも残さず食い、お礼とお詫びを言って去る。味をいうならこういうときのような味を「ほろ苦い」というのだろう。 ところでほろ苦いってどういう意味?と気になって調べてみた。インフォシークによれば いくらか苦みがある。なんとなく苦みを感ずる。 「ビールは―・い味が快い」「―・い思い出」 だそうだ。ちょっと違うよなあ。あ、甘酸っぱくはなかったです、ねんのため。(♂)
2004年07月20日
朝WOWOWで89年版座頭市が放送していたのをぼんやり観ながら荷造り。小松政夫がかっこいい役で出てるなあと思ったら内田裕也だった。というヌルいボケはともかく。 映画は俯瞰と放射状の配置と群集シーンを多用したカッチョイイ内容でついつい観る。アイデアいっぱいな殺陣もgood。もともとの「市」ファンは邪道だとかいうのかもしれないが。ビギナーな私にはスピードと役者のギラギラ感におなかいっぱいな作品。こんなにテンション高くてなんでコカインやったんだろう勝新?十分だろうテンション。 途中義母が手伝いにきてくれたので雑誌の山をまとめてもらう←すみません文字通り山で。 1日こもっていたのでたまりかねて夕方買い物へ。ふつうにでかけるのもつまらないので甚平をひっぱりだして着る。足には雪駄。財布がガマグチでないのが小道具としては甘いか。夕方の風が涼しい。どこかで蛙が鳴いている。 朝観た映画に影響されたわけではないが日本人には着物だ。どんなにへちゃなヤツでも着物を着ればどこかりりしく見える。先日読んだマンガで女は30になると若さで勝負できないから着物を着て成熟で勝負しようとする(←女性作家が書いていました。ねんのため)といっていたのだけれど、実際それぞれそれなりに似合うようになっている。「アンチエイジング」(けっ)の服とでもいうのか? この蒸し暑い気候の中で生まれた服。風景に溶け込むのも当然だろう。京都市役所では着物の日があるらしい。全国でやらないかなこれ。自由参加でいいから。民族意識をたまにはもつのもいいだろう。 というと右翼といわれるんだろうか。必要かどうかはともかく、文化継承ってそういう努力がないと滅びる。いま昔話が改ざんされまくって別物になっているらしい。桃太郎が鬼が島に行くと話し合いで解決してしまうとか←まじです。親と子で文化断絶している国って日本だけだ。アメリカでさえ先祖の苦労が語り継がれていくというのに。 という高尚な話よりは浴衣可愛いから増えたらいいなあというのが本音なんだけど。なんだそれ。 ウーロン茶を買う。飲みながら散策。日本の夏だ。あぢー。(♂)
2004年07月19日
引っ越しにあたって大量のゴミを処分中。 納得いかないのが「退去にあたって網戸を廃棄してください」という条項である。このリサイクルの時代になにいうとんねんと思うが言われている以上しょうがない。ねんのため住んでいる場所の周辺をまわって網戸がない部屋はないかチェックしたが1件しかない。その部屋もエアコンの関係でつけていないようなので断念。引っ越してきたばっかりの人がいればさしあげたのに。なぜだ。網戸業界の利権か?小さいなあおい。 高校のとき個人のロッカーがセパレートになっているのはいいとして、卒業と同時に各自で処分ということになっていた。男子高校生の汗のかほりはともかく消毒すればまだ使えるロッカーを廃棄するのはどうも不自然で、こういう網戸の扱いみたいな話がでると思い出すのである。なんかあったのか。私立だったからそういう生臭い話はいくらでも転がっていた。武道館を建てるためにカネがなくて用地のどこかに産業廃棄物を捨てさせたらしいとか←実名はふせる。 いまのままでいくと粗大ゴミである。だれかいないか網戸マニア。網戸で飯3杯とか。不動産広告風にいうと「きれいにおつかいです」というやつだ。カネがかかるのも腹がたつがゴミでないのにゴミ扱いされるのが頭にくるのだ。 地球地球と連発する人間に胡散臭さを感じるのはおいといても、ペットボトルや牛乳パックはしかるべき場所にもっていくことにしている。私ごときがそんな努力らしきものをやっているいっぽうでゴミの分別をテキトーにやっている地域があるのっておかしくないか。同じ税金払っているのに。彼らの言い分は「うちのは火力が強いから大丈夫」とか。そんなわけないだろう。機械も傷むし有毒ガスもでる。地球はいいや。日本を汚すな頼むから。 なんか言え横浜市民←仮名。(♂)
2004年07月18日
シェスタはいい。 グーグルで検索してみたら「観光ガイドでは2時から4時と紹介されているが実際は2時から6時であることのほうが多い」とのことだ。そんなに寝てどうするよスペイン人。という批判はしない。ただただうらやましい。 ひたすらまどろむ。だれにも迷惑かけないでコドモにかえる(?)夢のような時間。気候がこの習慣をつくらせたという。だとすればこれだけ暑くなった日本も導入すべきではないだろうか。さすがに4時間は長いがエアコンをつかうにしろ電気消費量も若干下がる。地球にも優しい。下世話な話になるが少子化対策になるという説もある←ほんとかよ。いいことづくめだ。そんなゆとりがあってもなんとなく暑苦しい感じがするのはなぜだスペイン人。食い物のせいか?カロリーさげろよ。 夜と違って寝苦しさを感じないのも不思議だ。それとも「おきなきゃ」という後ろめたさが寝苦しさを緩和しているのか。そしていまは引っ越しの準備をしなきゃという後ろめたさがさらにスパイスになっている。禁じられた果実は甘美だ。 いいよなあシェスタ。毎日夜9時以降に食事している自分としてはそんな習慣があるといい。だれか立法化しないだろうか。 ま、風鈴が鳴って扇風機がまわっている限りシェスタではなくて「お昼寝」なんだけど。 というわけで15時からようやくマジメにパッキングをはじめた私。ほんとに引っ越しできるのか。次回を待て!(♂)
2004年07月17日
所用のため某会社に夫婦で出向く。 アポイントをとって会場にいくと目的の「課」の案内表示が2つ。どっちだよと迷いつつ片方に行く。対応した女性がいかにも気がききませんよというテイストあふれる方。とたんにおろおろしはじめる。縁故入社か?とか余計なことを思う。いや縁故に恨みはないけど。その女性がべつのスタッフをよびに行く。2人でおろおろしはじめる。 おろおろさらに倍←増えてどうするよ。いっそのことどれだけの人数がおろおろするか見守るのもいいか・・ってよくないだろ。 中崎タツヤのマンガを思い出す。大口定期解約を申し出た客に信用金庫が支店総力をあげておろおろして解約を妨害するというネタ@「身から出た鯖」だ。さてはわれわれのアポイントで困る人がいるのか。 隣りのかみさんたちまち戦闘モード。ふだんサービス業をやっている反動か。その手の対応ができない人間には容赦ない。だいたいふだんの仕事のストレスがプライベートに出るものだ。たとえば飲食店では警察官や教師がいちばん悪くいわれる←反論うけつけます。 英語圏以外の人間に英語で「しかたないから世界のアメリカ人であるわたしがゆっくり親切に説明してやろう」とするイヤ~なアメリカ人のような喋りで事情を話す。「わたしたちは~という用事のために~に来たのですが」コトバが丁寧なだけに闘気がみえる。日本女性がもっとも怒っているときはもっとも静かになる、といったのはだれだったか。とにかく手遅れ(なにが)あーあ。 ようやく目的の人間が捕まる。担当者はてきぱきした方で安心。どんな会社でもつかえるやつはつかえてダメなやつはダメなのね。 用事が済み帰り道。導火スイッチがはいるのがみえたよと話をふる。かみさんいわく「まずはああいうときは一緒に動揺したらだめだよ。座ってお待ちください、とかとにかくお客さんのストレスを最小限にしないと」激しく同意。 そうか、家でなんかあったときはまず座らせるか←犬かよ。(♂)
2004年07月16日
つきあっている運送会社のオヤヂから大漁の・・・もとい大量の女性の肌がたいへんあらわになっている本と雑誌をいただく。 セクハラでクビになるのも惜しいので前者はこっそり速攻で廃棄←まじ。マンガとスポーツ雑誌だけ貰って電車の中で読む。マンガはともかく、ひっかかったのはスポーツ雑誌である。「フットサル」その名前のとおりフットサルの専門誌である。 ルーツがブラジルのせいだろうか。各ポジションがポルトガル語だというのをはじめて知る。編集がおもしろい。ストリート系のノリを意識してバンドにインタビューするような雰囲気で選手をとりあげている。 ということしかわからない。 選手の名前が全然わからない。ナンバーを毎週買っているぐらいではわからない世界←あ、フットサルをバカにしているわけではないです。ねんのため。 あんまり知らないので逆におもしろくなってしまった。 ~選手はこんな技が得意なんだへえとか、~というチームはこの世界では圧倒的な力をもっているんだへえ、とか。自分と一生縁がないだろう言葉があまりに無関係すぎてついつい読む。読んでいる先から忘れていく。これだけシンクロしないのも逆に快感である。 外国の雑誌を眺めているようなもんだろうか。釣りの世界もそうだがあまりに多くとびかう専門用語にまったく判断能力が機能しない。でも前提になる知識のないままその記事の怒りや悲しみを推測する無責任な楽しさがある。「ほう、~という事件があったのかそりゃたいへんだ」とか。コドモの学校の出来事を聞いているのに近い。自分の知らない世界がある。もっともっと広い世界がある。それがわかるだけで楽しい。 彼らにしてみれば私の書いている書評や劇評が「外国」かもしれない。そのへんはおたがいさまだ。 こういうのを無知の知というのか?・・・たぶんちがうと思うけど。(♂)
2004年07月15日
昔学生演劇サークルでシェイクスピアをやっていた。 自分の在籍したサークルの後輩のWEBが検索エンジンでひっかかって「現代劇をやりたい」とぼやいていた。ちょっと笑った。自分もある時期同じことを口にしていたからだ。かわんねえなあグチの種類は。当時その台詞を吐いた私に先輩はニヤリと笑って1本のビデオを差し出した。 それはある先輩が演出した作品だった。王が各国を放浪する物語。たしかにシェイクスピアだった。でも「古典」への先入観・偏見とは別物だった。 登場人物がハッピを着て提灯もって関西弁をまくしたてていた。坂本龍一で踊っていた。ロボコップのテーマで海賊が登場していた。自分の中でなにかが壊れた。 なんだ、なにやってもいいんだ。 もともとシェイクスピア自体時代考証はデタラメで服は当時の最新モードらしい。その精神に従えばいまの最新のファッションでやるのが正しい。 それ以来後遺症(?)であらゆる物語をいったん裸にしてとらえる習慣がある。刑事役にケレンのためだけにタキシードを着せたつかこうへいの影響もある。時代にこだわるなんてあほらしい。現代人がやる限り現代劇だ。そう「こだわる」ようになった。カビ臭い「現代劇」もあれば光っている「古典」もある。 さて本書。中国を舞台に武侠が人の生き血で染められた布が高く売買されているというおぞましい噂を聞きつけ義憤から闘う物語。 次々現れる登場人物のキャラがいちいちたっているうまさ。人間関係の綾。絵がみえる舞台の書き分け。パワフルなアクションシーン。骨の部分をいまさらほめてもどうなんだろう。 いいのは肉の部分だ。中国古典のニオイを十分させる気品と教養に満ちた文体。読み手を幻の世界に誘う。リアルから突然おもいっきりデタラメを書かれても「ああ中国ならありうるよなあ」と思わせてしまうのだ。文体にあらゆる障害をのりこえるパワーがある。だから纐纈城の主があらわれてもごく自然にそれを受け止めることができる。作品にひたって妖気にあてられることができる。そう、古典という枠・中国という枠を現代の日本人がつかうことで自由を手にいれているのだ。 いまでは「現代」にこだわっていたそのころの頭すらも堅くてつまらんと思っている。現代劇でなくてもいい。ガチガチ古典でなくてもいい。いちばんおもしろいことが一番正しい。 観る邪魔、読む邪魔さえなければなんでもいいではないか。このいいかげんさって年とったからだろうか。悪くない。(♂)
2004年07月14日
リンクさせてもらってる蝸牛日記で触れられていた「ネガティブハッピー・チェーンソーエッジ」を読む。 ダメ高校生が謎のチェンソー男と連日連夜戦う美少女と出会う・・って良識あるオトナなら真面目にやれよ!というような設定からはじまる物語。不真面目さが確信犯なのは間違いない。 一見C級ゲーム系ファンタジーかとみせて熱くもクールにもなりきれない馬鹿10代の煮えきらない思いが満載で共感。いっきに読む。俺30代なのに。追体験か? かっこよくなろうとはしないけどかっこよかったらいいだろうなあというマグロな世界観。とにかく猫背Tシャツコンビニ系。ヘタレな空気がいい。 ヘタレは細部にまでいきとどく。ナチュラルとは思うがアクションシーンがとにかく2次元で終わっている。文章に体重を乗っていることにこだわる私だが、この作風に関しては許す。汗の匂いのしないダメダメ感。安心できる。それともヘタなだけか。でも少女のローキックだけが痛そうだ。ふふ。 ほんとは走りたいのにくたびれた雰囲気。つかずはなれずな人間関係がリアル。ちゃんと胸キュンで終るラストもいい。というかもう途中話が勢いづいててどう終わってもいいようなパワー充満。世界にひきこまれた。 以前太田垣晴子が「不思議少女ファッションも無理して続ければやがてただの老人ファッションになる」と指摘していた。 さて、この作家歳をとれるのか?私生活で作品を語るのはなるべくやめようと思っているが引きこもりも歳をとればただの隠遁生活だ。青春パンクの行く末をみるように応援したい。(♂)
2004年07月13日
つくづく惜しい作家が亡くなったと思う。 サッカー小説という日本では珍しい(もしかしたら草分けかも)ジャンルをとおして、日本人のメンタリティとむきあうこの作品。爽やかでないのがいい。汗とともに昇華をめざす王道の青春モノではなくて情念としてのスポーツ。血が吹き出るような業。スポーツとして純度を高めるのではなく人生の延長上に転がすサッカーボール。日本というよりは南米っぽい。文章が重く熱い。読んでいて汗が滲む。リアルな試合描写がさらに体重を感じさせる。 ダメ人間だがフットボールのよき師である父との愛憎。いい親であるはずなのにどこか足枷のような存在の母。しがらみから逃げるようにスペインに渡る主人公。サッカー以外のことが考えられないことから人生をたいして長く生きられないだろうと決めている。という刹那的な設定自体は作者のその後を暗示しているようできつい。しかしその設定が日本人を超えた吹き出すような自我を可能にする。 親と対峙して世界へと目がすこしずつ開いていく物語。12歳で成長がとまった少年を主人公にした「呼人」と共通のテーマだ。今の日本がだぶる。いまを生きる日本人である自分の視界とだぶる。か弱さとどうしようもなさと、逃げられない宿命と。たしかに見守ろうと思っていたのに。未完で終わらせるのはひどい。 前書きではこの作品を「日本サッカーがやがて停滞することがあっても」書きつづけるとまで宣言していた。日本サッカーが停滞を迎える前に本人がいなくなるとは。書くということが生きるということではなかったのか。 主人公がゾーンに入るとき「内なる龍が目覚める」というような表現がある。ペンに龍を飼えなくなったのだろうか。文に触れるかぎり触れたらキレるようなピリピリした緊張感は健在だ。龍に己をくわれてしまったのだろうか。 もう読めないかと思うと悲しみよりは怒りを感じる。ご存命の作家先生へ。死ぬなら全部書いてから死んでください。合掌。 ところで、安易に「追悼」というオビとかつけない姿勢は買いだよ文春文庫。ただまにあわなかっただけかもしれないが。(♂)
2004年07月12日
引っ越し準備のため朝からパッキング。 凄い本の量にわれながらあきれる。引っ越し屋さんからもらったダンボールはうまくできている。ワイド版の4コママンガの単行本がきっちりおさまるようになっている。縦にしたり横にしたりする必要がないというだけで妙に感心。 ほんとは容赦なく売らなければいけないのだけど、保留というかたちで引っ越す。要る要らないと考えているだけで1日終わりそうだからだ。引っ越してからじっくりやることにしよう。 自分に「本を飾る」という発想がないのが困る。たとえばかつての百科事典ブーム。見栄がなせる業だ。こんな本は30代の本棚にはふさわしくないという美学さえあればブックオフと仲良くできるのに。とっとと「本は情報ツール」とわりきって思い入れなく処分できるのに。「こんな本いい年して並べて」と責められたときにいくらでも反論できるオタクな私がいやだ。「だっておもしろいぜこれ」とかなんとか。その反論が部屋のスペースの敵なのだが。 ところで年齢にふさわしい本ってなんだ。PHPのビジネス本とか蹴りたい何某とか蛇になんとかとかか。←おすすめレスは不要。大学生のときは難しい本を読んで優越感があった。いまはどんな本をよんでも自分の見栄を満たすことはない。逆にみんなが価値をみいださないものに自分だけの価値をもとめて本屋に行く。ひとりだけで「いっひっひ」と笑うために。だから駄本が増えていく。引っ越してからがほんとの引っ越しだ。帰るまでが遠足みたいなもんだ。っていってたらほんとにエンドレスだ。ぎょえー。 夕方選挙にいく。Bの鉛筆って選挙のときしか使わないよなあ。昔はあの柔らかい感触が筆圧の強い私には気持ちよかった。今は紙に粘りつくような感触におちつかなくなる。 とりあえず書かない名前がひとつだけ決まっていた。某革新系候補である。自分が落選した理由を印刷屋さんにおしつけてポスター代を踏み倒したらしい。そんなやつが「庶民」(嫌いな言葉)の味方を気取る。なんで「噂の真相」潰れたんだ。言いつけてやったのに。 いくら報道能力と分析能力の競争だからといってどのチャンネルも選挙速報やるのってどうなのかなあ。視聴率ほしけりゃジャニーズでもならべとけ。とりあえず私はWOWOWで007。(♂)
2004年07月11日
地元の小さなスーパーが店を閉めるらしい。 小さなハリガミがぽつりとドアに貼ってあった。たいして離れてない場所に大きな駐車場完備の大型スーパーがある。不利といえば不利なロケーションだ。この大型スーパー進出でスーパーがつぶれた経緯がある。その場所に建てたのがこの店である。よっぽど自信があるのだなあと噂していたのだが。あるいはニッチャー戦略というか大型店舗でできない売りでいくのかなあと思っていたのだが。 やはりダメだったらしい。大型店独特のだだっぴろい空間をさまようのが嫌いな自分としてはなんとか頑張ってほしかったのだが。「小さい空間のほうが人情が」とか生ぬるいことはいいたくない。扱っている商品がだぶる以上客は正直ということだ。どうすれば勝てるのだろう。いや、負けない商売ができるのか。 次に無謀な店が進出するなら(たぶんないだろうが)おもいっきり昭和テイストな経営はどうだろう。巨大な八百屋とでもいうのか。顔をみて売るのだ。情報の発信源/井戸端会議の場所として育てていくのだ。通い客をこつこつつかまえていくのだ。新しい町なのでコミューンをほしがっている土台はある。イベントがあると結構集まるのをみるかぎり。 テレビドキュメントでとりあげられていたのだが、激戦区で成功しているスーパーはまさにそれをやっていた。地元の学校のイベントからはじまってその日の天候の細かい分析まで。とにかくそのせまい市場分析を徹底してやることで大儲けこそしないもののとりこぼしのない勝負をやっていた。優勝をめざすばかりが勝負ではない。引き分けでリーグから転落しないというやりかたも勝負だ。 それにしても。 すみはじめて●年。スーパーが5軒・コンビニが1軒・ビデオ屋が1軒・パスタやが1軒潰れている。かんべんしてくれ。(♂)
2004年07月10日
本日飲み会@東京国際フォーラム。アジア屋台が並ぶ中エスニックなつまみにビール200円。それにしても面子4人のうち3人が転職もしくは退職予定ってどうよ。みんなマジメなヒトばっかりなのに。 たしかに信賞必罰という基本がなってない。売上も年々落ちている。キーマンがやめてもなんも危機感がない。自分が営業だったころ債権管理研修でいわれたものだ。 次の条件がそろえばとりひきをやめたほうがいい。「キーマンがやめる」「社長が宗教にはまる」 うちは宗教にははまってないけど月に2回神棚の前に管理職がそろってお神酒をいただくという習慣がある。先代から続く風習だけどやばいんだろうか。入社したときあんまりインパクトがあったのである課長に「かわった会社ですね」といったら「他の会社でもやってるでしょ?」とあたりまえのようにかえされた。そういえばISOで神棚の設置のしかたがかいてあったような気が・・・って、やってねえよ。友人の会社はもっと上を行く。人事異動を占いで決めるらしい。ってなんじゃそりゃ。宗教事情を比較するのもあほらしいけど。 不思議とそんな面子なのに、面子だからこそ飲み会が楽しかったりする。ちなみに私は残るつもりだ。いまのところ。茨の道なのも重々承知している。別の課の上司に酔っ払った勢いでいわれた。うちはねえ、本当にできるやつはやめていくんだよ。だからあと何年かして残っているんだったら君もたいしたことはないと思ったほうがいいよ。 なにいってるんですか。演劇人崩れを中途採用でとるような太っ腹な会社なら大丈夫ですよといったのだが。根拠はないけど。管理職からそういう発言がでるのもどうかなあ。 たまに同僚には転職活動をすすめてみたりする。「自分の価値と会社の位置がわかるから、骨をうずめる気があったとしても『なんちゃって転職活動』を1度してみるといいよ」とか。 きっと今会社に必要なのはある距離をおいてしょうもない現状を知った上でバカになって働ける漢だ。「わかっちゃいるけどやめられない」弱者じゃなくて「わかっちゃいるけどやめない」強者。ソウイウヒトニワタシハナリタイ。(♂)
2004年07月09日
電車の中で酔っ払いがケンカしていた。 酔っ払っているせいか顔は笑顔をはりつけたままローキックの連打。それとも「ベストパフォーマンスは笑顔によってうまれる」という最新のスポーツ理論からきたものか。とにかくローキックの連打。 実際のケンカでハイキックをかましているのは池袋で1回見ただけだ。というほど観戦歴があるわけではないが。 ここでも怒りながら笑うヒトに出会う。時代は竹中直人か←たぶん違う。みっともねえしうるさいからとにかく降りてくれオヤヂ。 小松左京のSFで一億総核武装を提唱していたのを思い出した。ひとり1コ核爆弾。これでおたがい爆発させないように気をつかうから世の中が平和になるのではないか。という暴論であった。 ふと気づく。 核ほどではないにしろ支配階級がひとりひとつ武器をもっていた時代があった。日本人は礼儀正しいといわれる。元を正せばおたがい間違えれば斬られるという命のやりとりの時代からきているのではないか。 という理論にしたがえば銃が許されているアメリカ人は世界で一番礼儀正しいことになるのだが。 また界隈でナイフを持ち歩いているやつらが礼儀正しくなければいけないわけだが。 そうでないのはなぜだ。それはやつらが命の重さを知らないからだ。重さを知らないかぎり命のやりとりからうまれる礼儀が発生しない。 ・・・まずウサギの世話だな。 今日の結論:武士道と世界平和はウサギの世話から。って、いいのかそんな結論で。(♂)
2004年07月08日
やたら長い会議のため神田から遠い会場へ直行。とはいえ自宅からは近い。らりらり余裕で通勤。帰宅もらくらく。ご機嫌な1日になるはずだった。 だった? そう、あくまで過去の予定である。 夕方JR某線に監禁される。ダイビングを楽しむかたがたくさんいらっしゃる某線。なぜかプラットホームがみえる駅直前。なんだその生殺し具合いは。 最初の30分は普通の故障かと思われた。座ってればなんとかなる。そういう余裕があった。 次に泣き声の場内放送が。「カセンがきれまして、修理がどれくらいかかるかわかりません」不安扇ってどうする。 しばらくしてまた泣き声が。「トイレに行かれたいかたは運転席か車掌のところまで」顔にひっかけてこい誰か。 もう線路歩いて帰らせてくれ。のんびりしている自分がうんざりするぐらいだ。もっとヒートしている奴がいるのだろう。泣き声さらにパワーアップ。「外は危険です。乗ったままお待ちください。いま駅から誘導のための駅員を要請してます(+_+)」 もう1時間だよ?これだけあればとっくに駅に着いてるよっ。へたすりゃ家に着いてるよっ。早めに判断してくれよも~。もー↑もー↑ ・・・牛。「妊婦のかたは車掌のところまで」なんだよお湯とタライでもあるのか。666のついた子が産まれてもしらんぞ。「修理にはあと5分・・・15分・・・」ふやすな。「カセン修理のためパンタグラフをおろします。エアコンももうすぐ切れます。窓をあけてください。まもなく場内放送もできなくなりますm(_ _)m」逃げるな。 タイだと渋滞対策で警官が踊ってドライバーを癒すらしい。車掌もなんかやれ。場内放送で落語やるとか。小粋なアメリカンジョークをやるとか。観光ガイドやるとか。ここまでヒートさせたのだ。なにやってもいっしょだ。毒食らわば皿までだろう。 結局1時間40分後解放。ジャワティーとクレイジーケンバンド「ブラウンメタリック」がなかったらどうなってたことやら。 かえせご機嫌なオレ。(♂)
2004年07月07日
もうすぐ選挙だ。先日会社が名簿を渡した某政党から社長の名前入りの葉書が家に届いた。数秒、いや仏教用語でいう刹那ゴミ箱行きである。 同僚(支持者をのぞく)にこっそり聞いたら10人が10人同じ行動をとっているらしくて笑う。みんななぜかうれしそうに「速攻で捨てたよ」というのだ。怒りながら笑う人になっている←竹中直人の往年のネタのようだ。逆効果じゃないのかハガキ。 まあいいや支持者じゃないし。たぶん。 よく投票にいかない理由に政治不信というのがある。あるいは「政治がわからない」というのがある。なんでこと政治になるとAll or Nothingになってしまうのか。 もっと適当でいい。といったら怒られるだろうか。でも投票しないよりましだろう。 たとえば「だれかを落選させるため」というネガティブな動機もありだ。なんらかの小さな意思。それが積み重なって日本になる。国を大声で語るほど立派な大人ではない。でも小声で語るぐらいの資格はだれにだってある。もちろんわたしにも。税金だって払っている。年金保険料だって。 池田勇人の話と記憶している。地元の人間が陳情にいったら「わしゃー広島のためでなく日本のために働いとるんじゃ。じゃけー便宜をはかれんのんじゃ」とかなんとか追い返したらしい。地元民も怒るでなく「さすがわしらの先生じゃー考えとることが違うわ」と感心して帰ったという。いい話だ。ただたんにいいくるめられただけかもしれないが。 これだけ都市化がすすめば地益だけを考えない選挙民ってもっといると思う。間違ってもいいからプチ政治活動。いかがだろう。中道なんかありえない。うちなるプチ右翼。プチ左翼。エセ右翼。エセ左翼。あるいはにわか環境運動家。なんでもいい。 silent majorityならぬloud majority。でてこい。(♂)
2004年07月06日
きぜわしいだけで手の動かない月曜日。請求書処理と見積もりに追われる。 テンションあげようと珈琲摂取(とかいてドーピングとよむ)。テンションはあがれど判断力にキレがない。いたずらに書類をかきまわすばかりで時間がすぎていく。 常日頃電話連絡+書いて連絡を基本ルールにしているがこれをやっていると忘れそうだしタイミングがずれそうなのでさっさと電話。手抜きもときには必要だ。なにもしないよりはなにかしたほうが物事は進む。鍬がなきゃ手で土をいじれば花は咲く。 電話で思い切りよそ行きの声をだす。社内を走る。それでもちっともスイッチが入らない。なぜだ。 昨日みたラグビー日本代表の試合前の映像があたまに浮かぶ。「死ねるか?」うぃっす!「喧嘩やで?」うぃっす!「やるだけや?」うぃっす! アレやれば覚めるだろうか。猛烈な会社だと社訓読まされたり社歌歌ったりするみたいだけど。あいにくとそういう社風ではない。 いつか海外経験のあるアスリートがインタビューに答えていっていた。海外の一流選手は日本人と違って精神的にも肉体的にも一瞬でモードを切り替えられるんです。 悪かったよ日本人で。というよりこれから忙しくなりそうなのにこんなにギア入るの遅くてやっていけるだろうか。 きづけば22時。まだ残っているやつがいる。いつも同じメンツだ。凄いなあ。みんな血圧低そうだけど←余計なお世話だが。 暑苦しくテンションあげるより低燃費の草食系の男のほうが疲れずやっていけるのねこの会社。 ま、帰ったらキムチがっつり食おう。故障多くてガス食うアメ車でいいよ俺は。(♂)
2004年07月05日
WOWOW(←PCじゃ変換しなかったよこれ)で「戦火の勇気」を観る。デンゼル・ワシントン主演。出演:メグ・ライアン&マット・デイモン・・・って、凄いねこのキャスト。 友軍を誤爆した経歴で飲酒癖を持つ将校が女性ヘリの士官の死について調査を命じられる。事態は彼女を英雄として美化し戦争のシンボルとしてまつりあげようとする上層部からの圧力と関係者のあいまいな供述によって混乱。やがて明らかにされた真実は・・・という内容。 戦争の悲惨さというよりはある意味むごさと裏返しの滑稽さが露になる。戦争の是非を問うのはこの映画ではない。極限状況における人間の心理。自分ならどの役でどう行動するだろう、とシュミレーションしてしまう。 勇気のあるなしを口にするそれぞれの人間の真の姿。皮肉な見方もできただろうに、まっすぐ王道に描いているのが観たあとのすがすがしさにつながっている。メグ・ライアンが士官にまでのぼりつめる強気の女性兵士と母としての姿を演じわけ好演。ラブコメだけじゃないのよという意気込みがみえるといったらおこられるかしら。個人的にはデンゼル・ワシントンがもっとダメ人間だったら深みがさらにでるのにと思う。 昨日にひきつづき引っ越し見積もり。金額にして4万円△の差。あまりに大きいので「~ではいくらでしたよ」というと「関西系と関東系では商売の仕方が違います。関西は動かしてなんぼなのに関東はそれ以外の付加価値をもとめるお客さんが多いんですよ」との答え。ふーん。 悪口はいいづらかろうといろいろ他社情報を聞きだす。「あそこはマンションからマンションの移動は得意です」「あそこは関西系ですが最近それでは関東にくいこめないと関東系の商売をするようになりました」「うちと~と~が見積もりをだせばだいたいこれくらいの値段ですよ」しまいには「まあこういう見積もりもふざけてて失礼かもしれませんが、~とくらべて値下げ交渉に応じても原価割れしたらねえ」強気な姿勢は信用できるが、さて安心料をいくらまで払ったらいいものか。運んでキズついたら困るのは和ダンスとPCとテレビとDVDだけではあるのだが。悩みはつづく。 ところで熱血引っ越しマンガってどうだろう。 見積もりの最中に突然現れて「ちょっと待った!うちならダンボールは無料だぜ!」とか「フフフ・・・カベを保護しないなんて引っ越しやとはいえないぜボーヤ!」とか「なんて梱包さばきだ!次々に開いていく!」とか。引っ越し会社最強トーナメントとか。夜逃げ専門の悪の引っ越し会社とか。 ほんとに読みたいかそれ。(♂)
2004年07月04日
朝から引っ越しの見積もりの営業が来るため早起き。引っ越しでなくても散らかっている部屋をカタチにして迎える。 値段はさげてあたりまえ、さらに付加価値で何をつけるかというところであの手この手でやるこの業界。次に必要な商品をあっせんしますよとか、トラブルへの検査をしっかりやりますよとか。安くするために車のグレードをさげるとか。興味深く話を聞く。日本的な商売のスキルがつまっている。このキメの細かさの見直しこそが営業力復活のカギというか日本経済の宝かもしれない。 というPHPな視点(苦笑)はともかく。 パッキングをぼちぼちはじめないといけない。ひとり暮らしだとあんなにモノがなかったのに。もっと容赦なく捨てられればいいのに。会社ならやっているのに家でできないのはなぜだ。 とはいえ生活空間としてまだつかわなければいけないので掃除をする。どうしても頭をよぎるのは、 どうせ出て行く場所じゃん というささくれた気持ちである。水周りもばっちりやっているが、どこかそういう手抜きしようとする自分と闘っている。●年間を過ごしたいとおしい部屋。キレイに去りたい。 で、イシダミツナリである。 関が原の戦いに敗れて刑場にひかれていくときに柿をすすめられて「カラダを冷やすからいらん」と断ったとか。 かっこいい←もしかしたらカラダをはったジョークか。こういう終りが決まっているのに終りを感じさせないひとことってかっこいい。生命感にあふれている。 ヒトは自分の墓をつくるためには生きられない。 劇団の解散公演を観たりするとよく思う。解散だから花を咲かそうとしているのだろうけど、だいたいヌルく終わる。なんとなく力が入らないのだろう。小説家でもそうだ。死の間際の作品はそれほどよくない←野沢尚を除く。バンドもそうだ。フリッパーズギターの終わり方(ある日突然ツアーキャンセル&解散発表)がプロとしてはともかくクリエーターとしては忠実かもしれない。 いっそのこと部屋ごとコンテナだったらいいのに。部屋ごと切り離せる住みか。出たあとに別のコンテナがそこに入る。トラックでひいて到着。これなら名古屋の引っ越しみたいで豪華でいい。簡単で早い。どうだこのアイデア。 妄想よりさきに手を動かせオレ。ちっ。(♂)
2004年07月03日
引っ越しの準備関係で半ドンで退社。半ドンって通じるんだろうかこの日本語。かみさんと待ち合わせ。 途中凄いCDを発見してしまった。 タイトルは「男・宇宙」。オムニバスの企画盤である。1曲目(というかどうか)「大山倍達の息吹」(はうあ~)から始まって「アントニオ猪木の説教」「野坂昭如の歌」「杉良太郎の語り」「勝新太郎の語り」など、よくもまあ考えやがったなあという企画の数々。濃い。そしてなによりもそれぞれかつてシングルとして世間に流通していたというのが恐ろしい。誰が買うんだそんなもん。ちなみに野坂の歌はいい。歌詞は悲惨でとんでもない世界だけど。 なんでもかんでもシングルにしていたのってなんだろう。そんなに音楽のプロデュースってカネにならなかったのか。いまなんか供給過剰だというのに。音楽の価値という意味でいったら幸せな時代だったといえるかもしれない。 ああ買いたい。ほしくないけど買いたい。買って誰かにいやがらせであげたい。だれか誕生日のやついないか。 昔兄から南野陽子のシングルCDを貰ったことがある。語りが入っているかなり王道アイドル路線のモノだった。急にそのときの記憶覚醒。困ったなああれも。 今回は資本主義的欲望に勝利。無難にクレージーケンバンドの新譜を購入。イーね♪(♂)
2004年07月02日
長嶋茂雄の英語は文法的にでたらめで通訳泣かせらしい。ところが聞き手には伝わるという。コミュニケーションってなんだろうと思う。気合だ!と言い切っていいのだろうか。 さてミスターとキャラがだぶるあのひとが書いた本書。意外なことに文章がすばらしい。もともと女優だから話しコトバはお手の物だと一般的にはいうだろう。あまりオーラルジャパニーズとしていいとは思わない。話し言葉でうまく書けるヒトなら他にいくらでもいる。そしてその多くは話しコトバであるがゆえにわたしのように「書きコトバ」が好きな人間にはちゃらい印象を与えてしまう。 あの「徹子の部屋」でみせる過剰なまでの関心のばらつきが文章という手段においては抑制が効いて密度の濃いものへとすすむスパイスになっている。とにかくいろいろな角度に脱線することがあっても知りたい、伝えたいという熱意が行間から伝わってくるのだ。ということはやはり気合だ!といえるかもしれない。 たとえば国連の難民救済に関しての訴えも声高に叫ぶというよりはとにかく自分の悲しみや怒りをどう伝えようかともがく様子が伝わってくる。政治的な匂いよりも実際に現場にいった空気が伝わる喋り。どんな場であれりきむことなく等身大であろうとする才能。動物的というかコドモというか(本人もコドモと動物の説教は得意といっている)。おしつけがましくなく関心を誘うような語り口。悲惨な話のあとでもほっとするなにかがあるのは不思議。 まあそういうくそマジメな姿勢があるだけボケが強烈だったりするのだけれど。愛すべきひとというのはこういうひとをいうのかもしれない。(♂)
2004年07月01日
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