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アメリカのロックバンド「CHICAGO」の1987年発売のシングル。この曲は1986年発売のアルバム「Chicago 18」からの3枚目のシングルカット。「Chicago 18」は、オリジナルのボーカリストであるPeter Ceteraが抜けた最初のアルバムで新しくJason Scheff がボーカルとベースで参加しました。A面「If She Would Have Been Faithful...」(邦題「フェイスフル」)作詞・作曲 Steve Kipner, Randy Goodrumこのシングルの前に、アルバムからシングルカットされた「Will You Still Love Me?」が凄く好きで当時よく聴いてた。アルバム「Chicago 18」は全体的にそこまでハマらなかったアルバムですが、好きな曲は、何曲かありました。この「If She Would Have Been Faithful...」も「Will You Still Love Me?」同様にパワーバラードナンバーですが、Jason Scheffの歌唱もメロディーがこの曲も胸に響きます。このシングルはアメリカ盤を買っています。おしゃれなジャケットに惹かれてタワーで買ったのをぼんやり覚えてる。B面「Forever」作詞・作曲 Robert Lamm、 Bill Gableリード・ボーカルは、Robert Lammです。2曲連続バラードのシングルカットだったので、この曲をA面で出せばいいのにって思ってた。イントロからめちゃカッコ良くてアレンジも最高です。当時の日本の打ち込み系のアレンジでこの曲で使われてるフレーズをよく耳にした。この曲、やっぱり年月が過ぎてもあまり色あせて聞こえない。CHICAGOって普段、あまり聴かないけどたまに聴くと、アルバム続けて2枚とか聴いてしまう。名曲が多いバンドです。
2026年01月31日

宝塚歌劇月組公演「侍タイムスリッパー」を観劇してきました。1年ほど前にAmazon primeで観たので内容は把握してた。まさかの、その作品を宝塚で舞台化とは。知った時は驚いたけど、考えてみると宝塚歌劇に凄く合いそうな題材だって思えて観劇が楽しみでした。初めて行くBrillia HALL箕面。御堂筋線の千里中央駅より先に行くのも初めて。最寄駅は箕面船場阪大前駅って長い駅名です。駅から直結のホールで1400人キャパで舞台を見るにはちょうどいい感じ。2階席で観たのですが、舞台が近いし凄く観やすかった。(駅の改札前にはこの大きな広告があった)あの映画をどう舞台化するのか、すごく楽しみでした。普段は原作モノや映画やアニメの舞台化は好きじゃない方なんだけど、この映画に関しては宝塚歌劇で観てみたいと素直に思えてた。今回、今の月組で公演したのが成功した大きな要因だと思う。みんな適役で、映画のキャラをかなりリアルに追求してる人も多くクオリティに高い舞台だった。専科からのキャストも完璧。久しぶりに元気に踊ったり歌ったり芝居をしてる汝鳥伶さんを観る事ができたのも今回の感動のひとつでした。鳳月杏さんと風間柚乃さんのコンビは最強でした。映画で観た時以上の生の舞台ならではの緊迫感や緊張感、久しぶりに宝塚歌劇で凄く集中して観劇したように感じた。鳳月杏さんはコメディもシリアスな芝居も完璧に思えた。風間柚乃さんの存在感もまた一段階増したように思えたし、やっぱり芝居も歌も最高だった。天紫珠李さんも嫌味のない自然な芝居とコメディ部分でも楽しませてくれました。これ大劇場で何でやらなかったのだろうって終演後に一緒に観劇した友人と話してた。今回の舞台の映画になかった部分をもう少し膨らませると役も多く作れると思うし、組全員の出演でもそれぞれに目立つ所は作れそう。フィナーレのショーも全曲が時代劇のテーマ曲。これも宝塚歌劇としては斬新で凄く楽しめた。そして「銭形平次」主題歌のイントロの強烈なインパクトには改めて凄いと感動だった。作曲、編曲の安藤実親さんの凄さを感じた。安藤実親さんは自分が好きな曲をかなり多く作曲編曲していて、ブログでも書いたこまどり姉妹の「落葉は泣いている」や「恋に拍手を」の曲とアレンジのインパクトは凄い。こまどり姉妹の曲は好きな曲が多いのでブログにもかなり多く書いたと思う。そして水前寺清子さんの「大勝負」のイントロのインパクトも「銭形平次」に負けていない素晴らしいイントロです。そして水前寺清子さんが凄く大切にしている楽曲「艶歌」も安藤実親さんの作曲、編曲です。名アレンジです!コンサートでもラスト間近かに歌う事が多かった名曲です。「どうどうどっこの唄」「人間どっこの唄」「鬼面児」などの名曲もそうです。水前寺清子さんの楽曲もかなりブログに書いたと思う。「銭形平次」主題歌は三味線とバスクラリネットと舟木一夫さんの声質で完全体になってます。ストリングアレンジも凄く好きな曲です。この曲を聴くたびに安藤実親さんは天才だと思ってます。この曲を風間柚乃さんが歌いました。凄く似合ってたしカッコよかった!舞台でもほぼ忠実に安藤実親さんのアレンジのまま聴けた事も感動でした。終演後は、どこで飲もうかと店を探してインド料理屋があったのでそこに入った。ホールの周りはまだ飲食店も少なく中華か天ぷら屋かインド料理ぐらいしか選択肢がなかった。でも、そこのインド料理は選んで正解でした。美味しかったし安かった。店の名前は忘れたけど・・・。
2026年01月30日

山口百恵さんの24枚目のシングル。CBSソニーが発表している累計売上は100万枚を超えている。山口百恵さんのシングル史上、最大のヒット曲で累計売上が100万枚を超えた唯一のシングル。累計売上は1位「いい日旅立ち」、2位「冬の色」84万枚、3位「横須賀ストーリー」81万枚。A面「いい日旅立ち」作詞・作曲 谷村新司さん 編曲 川口真さん日本国有鉄道(国鉄)のキャンペーンソングとして制作された楽曲です。この曲を作ったちんぺいさん(谷村新司さん)は、2020年頃のコンサートで初めてこの曲を作った時のエピソードを詳しく語りました。夜中にギターで歌詞とメロディーが出来上がった時に、少し自信ないけど山口百恵さんに電話したそうです。電話口で百恵さんは「聴かせて下さい」と。ちんぺいさんは首に受話器を挟みギターを抱えて真夜中に歌って聴かせました。百恵さんは凄く感動してくれて喜んでくれたそうです。ちんぺいさん自身はそこまで自信はなかったのですが百恵さんが思いの外、喜んでくれたので自信を持ったとか。この曲は各自の置かれている状況でいろんな意味に取れる曲なので、各方面で大きな反響がありました。特に日本から遠く離れて外国で暮らしている日本人の心に響いたと言う話はちんぺいさんに多く届いたそうです。1978年11月21日に発売されたシングルです。その時、ちんぺいさんはアリスの活動が充実していて「チャンピオン」が発売される寸前です。ちんぺいさんはソロコサンートツアーはしていなかったので、この「いい日旅立ち」をコンサートで聴ける事はなかった。(1979年夏に唯一、アダモともジョイントコンサートはありました)この曲をちんぺいさんがコンサートツアーで初めて歌ったのは1981年にアリスが活動停止してから、初めてコンサートツアーを1982年に開催。その中にこの曲がセットリストに入りました。コンサートツアーが8月31日からスタートする前に、「芝・大本山増上寺境内」で北島三郎さんとの大規模な野外コンサートで自分はちんぺいさんが歌う「いい日旅立ち」をコンサートで初めて聴きました。その時からちんぺいさんのコンサートでは「いい日旅立ち」はよくセットリストに入るようになりました。「いい日旅立ち」は次第に観客とみんなで歌う曲になっていき、毎回、ホールには大合唱が響きました。1983年クリスマスの初、大阪城ホールでのコンサートでのこの曲の客席の大合唱は感動的でした。360度観客を入れてのステージだったので観客の声が共鳴しあってちんぺいさんも感動していました。(増上寺での野外コンサートと初のコンサートツアー初日のチケット。 ツアー初日はいきなり1列目で、観る事ができました)谷村新司版「いい日旅立ち」は服部克久さんが編曲したバージョンです。17枚目のシングル「祇園祭」のB面に収録されました。このアレンジは実は山口百恵さんの「山口百恵リサイタル -愛が詩にかわる時-」のツアーで服部克久さんがアレンジしたバージョンを改良したものです。山口百恵さんもこの服部克久さんバージョンのアレンジもかなり気に入ってたそうです。このツアーはライブ盤になっているので聴く事ができます。2022年、ちんぺいさんが亡くなる前の最後になってしまったソロコンサートツアー。「SHINJI TANIMURA RECITAL 2022「THE SINGER」 ~夢のその先~」この時、ちんぺいさんはいつもなら服部克久さんのアレンジバージョンで歌うのですが、山口百恵さんのオリジナルアレンジで歌いますと、百恵さんのシングルのアレンジままで歌いました。このアレンジで歌うちんぺいさんの「いい日旅立ち」が凄く良くて感動でした。さらに、その時のコンサートでは「いい日旅立ち」を歌う前に歌った曲が「This is my trial 私の試練」でした。初めてコンサートでちんぺいさんが歌いました。「This is my trial 私の試練」は山口百恵さんの最後のコンサートの1曲目に歌われ、そして、最後のコンサートのラストは「This is my trial 私の試練」のInstrumentalで終わりました。「This is my trial 私の試練」と百恵さんバージョンでの「いい日旅立ち」を連続で歌うなんて、今から思えば、それがちんぺいさんの最後のソロコンサートになってしまった偶然ではないように思えてならない。第一部のラストがその2曲でした。その時は、「This is my trial 私の試練」が特に凄く良かったので、また次のソロツアーでも歌ってくれたらいいななんて思ってたのに。「This is my trial 私の試練」は2012年に発売されたアルバム「NINE」の中で天海祐希さんとデュエットで歌って収録されています。天海祐希さんの声質が山口百恵さんと重なる部分もあったりして不思議な気持ちになる。「This is my trial 私の試練」を最後のソロツアーで歌えた事も「お別れ」の一つになっているように思えて「SHINJI TANIMURA RECITAL 2022「THE SINGER」 ~夢のその先~」のライブ盤を聴いています。そして最後にちんぺいさん自身で歌えて良かったとも思えます。そんな事を思いながらライブ盤を聴くので「This is my trial 私の試練」があのコンサートで一番泣ける曲になってしまいました。(神戸での最後のソロコンサートになってしまいました)B面「スキャンダル(愛の日々)」作詞 来生えつこさん 作曲・編曲 川口真さんテレビドラマ「人はそれをスキャンダルという」の主題歌。この曲のサビのメロディがすごく好きです。この曲はアルバム「曼珠沙華」には未収録です。アルバム「曼珠沙華」の中では「いい日旅立ち」以外なら「夢のあとさき」が凄く好きでした。作詞、山上路夫さん、作曲、佐藤勝さんの作品でした。「ひといろ足りない虹のように」も凄くいい曲だった。1979年2月4日神戸文化ホールでのコンサートの割引券。この時の最新シングルが「いい日旅立ち」でした。山口百恵さんのコンサートは3回だけ行った事がありましたが、翌年、引退だったのでこの時のが最後でした。この次の週に大阪府立体育館でアリスのコンサート2回公演を観るので、山口百恵さんのコンサートは諦めようと思っていたところ、この割引券が4枚送られてきた。かなり動員が厳しそうだったので、友人たちと行く事にしました。この頃、どんなアーティストでも神戸でチケットをソールドアウトさせるのはかなり難しかったと思う。特にアイドル系は桜田淳子さんもそうですが割引券がよく送られてきました。この主催者のHADは自分が小学生の頃から知ってた畠山さんが社長でやってるイベンター。小学生からアリスのコンサートによく行ってたので、小学生はめずらしくいろいろと優待券や招待券なんかももらえた。アリスはもうすでに1976年頃から神戸や大阪ではチケットを取るのが大変でした。1978年、1979年頃ならアイドル系でチケットまったく取れないのはピンク・レディーぐらいだった。ピンク・レディーは本当に取れなかった。取れたとしても2階の上の方とか…。他とは動員のレベルが違ってた。公演日ギリギリで現金書留での申し込み。何枚でも確実に取れるって事でした。2月4日の公演なのに1月20日締め切り。チケットは当日、窓口で受け取り。名刺サイズの紙に座席番号だけ書いてあるチケットでした。3時30分公演を観たのですが、1階の10列目辺りだった。2階席とかはかなり寂しい感じだったようです。その前の神戸でのコンサートも割引券で観ました。あの頃、いろんなコンサートを半額近くや半額以下で何本観る事ができたか…。招待券で無料でもたくさんのコンサートを観る事ができた。今では神戸でも人気アーティストなら動員はできるようになっているようです。1970年代や80年代前半はまだコンサートに行くってのが当たり前じゃない時代だったように思う。学校でもコンサートに行ってる人なんてほとんどいなかった。今だったら山口百恵さんならどんな地方でも超プラチナチケットになるのは確実。
2026年01月29日

アメリカのAOR/fusion「Kalapana」の1979年発売のシングル。このバンドも記憶の中から消えかけてたバンド。洋楽シングルをまとめて入れてある箱からこのジャケットを見つけて急に懐かしくなって久しぶりに聴いてみた。この時のバンド構成Lead Vocals, Lead Guitar, Rhythm Guitar, Synthesizer – David John PrattLead Vocals, Rhythm Guitar – Malani BilyeuBass – Randy AloyaDrums – Alvin FejarangKeyboards, Synthesizer – Kimo CornwellPercussion – Lenny CastroA面「Rainy day」(邦題「虹色の雨」)作詞・作曲 David John Pratt、Alvin Fejarangこのシングルの少し前に発売された「Many Classic Moments」と言うバラードが特に好きだった。洋楽に箱の中から「Many Classic Moments」とこのシングルと「I Need A Good Friend」の3枚のシングル盤を見つけた。(アルバムは2枚だけ持っている)3曲とも聴いたけど、その3枚の中で一番聴く回数が少なかったと思うこの曲に特に感動した。あとの2曲は感動的なバラードとミディアムナンバーです。この「Rainy day」は軽快で爽やかなフュージョンナンバー。めちゃくちゃ気持ちいい1曲です。リードボーカルはDavid John Prattメンバーのハーモニーも美しく爽やか。B面「Merry Go Round」作詞・作曲 Malani Bilyeu, Michael Pauloアルバム「Northbound」のB面ラストに入ってるバラード。ローズピアノ1本だけでリードボーカルのMalani Bilyeuが静かに柔らかく歌い上げます。イントロと後半に入ってくる手回しオルガン風のシンセの音にも感動します。心が落ち着くイイ曲です。
2026年01月28日

アメリカの女優/シンガー「Cheryl Ladd」のシングル。「チャーリーズ・エンジェル」に出演していた事でも有名です。A面「Walking In The Rain」(邦題「恋の雨音」)作詞・作曲 Barry Mann、Cynthia Weil、Phil Specto「チャーリーズ・エンジェル」のエンディングでも流れてた曲。アコースティックギターとボーカルのみで始まるボサノバな柔らかいナンバー。音数を極力少なくしてる静かな前半から、少しずつ音が厚くなってくる後半。ストリングスのアレンジが凄く好きな曲。オリジナルは1964年に「The Ronettes」が歌って大ヒットしたものです。3人組の女性グループで、この「Walking In The Rain」も大ヒットしましたが、やはり最初に頭が浮かぶのは「Be My Baby」です。「Be My Baby」は知ってる人もかなり多いと思う超有名曲です。「ザ・ロネッツ」も好きですが、まだ一度も書いていなかったと思う。シェリル・ラッドのレコードはシングル盤でしか持ってなくて(多分5枚ほど)、あまり詳しくはないけど、心が落ち着くような声が好きでよく聴いてた。B面「I'll Come Runnin'」(邦題「気になるあなた」)作詞・作曲 Livingston TaylorA面よりも自分はこの曲の方が好きだった。この曲もアコースティック・ギターのストロークから始まる曲。ドゥーワップ風なコーラスと管楽器のアレンジもかっこいい。間奏のソロはブルースハープ。そう言えば少し前に再放送のNCISを観てたら、シェリル・ラッドが出てた。
2026年01月27日

杉田二郎さんがソロになって7枚目のシングル。この曲の事はかなり前にも書いたと思うけど、今回はレコーディングの経緯などを少し詳しく書きます。(プロモーション盤のジャケット)杉田二郎さんが1974年5月に活動を休止して約1年1975年5月1日に再始動のミーティングが始まる。復帰第一弾のアルバムは全曲、北山修さんの作詞で制作する事が決定。その頃、北山修さんはロンドンで精神科医として生活していました。6月12日にジローちゃんは21時45分東京発のBritish Airwaysでロンドンへ。6月13日6時15分にロンドン空港へ到着。そこにはミカ・バンドをプロデュースしたクリス・トーマスが迎えに来ていた。6月14日に北山修さんと再会。そして曲創りが始まる。1週間の曲創りの後、6月21日14時55分ロンドン発、15時20分に東京着。7月1日から本格的レコーディングが始まる。8月7日レコーディング終了。ジローちゃんはアルバム発売前のリサイタルツアーのリハーサルに入る。岡山、京都、大阪、名古屋、東京と5箇所でのリサイタル。その途中で9月20日にシングル「男どうし」が発売される。そして10月5日に超名盤「題名のない愛の唄」をリリース。その中にこの「積木」がB面1曲目に収録されています。そして1976年2月5日にシングル用に新たにアレンジされ発売。(プロモーション盤は豪華で見開きになっています。 レコード会社もかなりこの曲を推してたのがわかる)A面「積木」作詞 北山修さん 作曲 杉田二郎さん 編曲 青木望さんアルバム収録のオリジナルは1コーラス目のサビからドラムが入ってきますが、シングルでは最初からドラムが入っています。そして全体的にリバーブがかかっていて、ドラムのおかずも派手に聞こえるようになっています。自分の好みは生々しい印象で聴けるアルバムのオリジナルバージョンの方が好きですが、たまにシングルバージョンを聴くと、また新鮮な感じで聴ける。この曲を初めて聴いたのは小学生高学年の頃。美しく流れるようなストリングスが印象的なイントロからAメロ、それがサビで急にハードなアレンジになるインパクトに引き込まれた。その後もジローちゃんのコンサートや宵々山コンサートや夏の時代コンサートなどでこの曲が聴けるとうれしかった。B面「雨の中の太陽」作詞 北山修さん 作曲 杉田二郎さん 編曲 青木望さんこの曲はアルバム「題名のない愛の唄」に未収録の楽曲です。ハードなロックナンバーです。この曲、シングルA面で発売したらヒットしたかも知れない。それまでの一般的にはフォークなイメージが強いのが、印象が変わったかも知れない。1978年10月20日発売のアルバム「(青春は)まるで映画のように」に収録されました。「題名のない愛の唄」の次に発売された8枚目のアルバム「前夜」も名盤です。その中に収録されてる「海においで」のメロディーがよく急に頭に浮かぶ事がある。長いことジローちゃんのコンサートも行ってないから、近くに来たら行こうかと思ってる。(プロモ盤はレーベルも写真入りの特別なものになっています。)(プロモ盤の裏表紙はソロになってからのディスコグラフィになっています)
2026年01月26日

「The 5th Dimension」のオリジナルメンバーのMarilyn McCooとBilly Davis Jr. のデュエット。「The 5th Dimension」は1966年にデビュー。1969年にMarilyn McCooとBilly Davis Jr.が結婚。1975年に二人は「The 5th Dimension」を脱退して二人で活動を始めました。A面「You Don't Have to Be a Star」(邦題「星空のふたり」)作詞・作曲 James Dean 、John Gloverグループを脱退して最初のデュオアルバム「I Hope We Get to Love in Time」からの2枚目のシングルカット。シングルカット第一弾はアルバムタイトルナンバー「I Hope We Get to Love in Time」でした。この曲もそこそこ売れ、第二弾のこの曲が超大ヒット!「The Fifth Dimension」も好きで何度かブログにも書いたように思うけど、この二人が出した曲はいい曲が多い。この「You Don't Have to Be a Star」は心地よく楽しめるソウルナンバーで歌が上手すぎる二人のデュエットなので、歌そのものを楽しめます。やはり上手い歌を聴くならどうしてもソウルやR&Bやファンクのシンガーになってしまう。この曲はこの曲がリリースされた10年後ぐらいに初めて聴いてどっぷりと好きになった曲。中古レコード屋でこのシングルを買った。アレンジも演奏も最高です!B面「I Hope We Get to Love in Time」(邦題「愛のちかい」)作詞・作曲 James Dean 、John Glover海外では第一弾シングルでリリースされた曲が日本盤ではカップリング曲に。ソウルフルな美しいバラードです。このバラードを聴くと余計に二人が超絶歌ウマなのを実感できる。物凄く久しぶりに聴いたけど、感動で鳥肌立った。Billy Davis Jr.の声質がたまらなく好きです。こんな歌唱力と声があれば、どんな歌でも難なく歌いこなすのだろうなと思う。いい声です!
2026年01月25日

イギリスのPop/Rock「Bay City Rollers」の大ヒットシングル。「Bay City Rollers」の事は多分、初めて書くと思う。昨夜、「Tony Sciuto」の事を書いた時に「Bay City Rollers」の名前が出たので思い出して聴いてみたくなった。「Bay City Rollers」が日本で大ブームになってた頃はまだ小学生だったけど、同時期に大人気だったQUEENのレコードはもうすでに買って聴いていた。学校で女子たちが騒ぎ始めた頃はまったく興味なかったけど(「Keep on Dancing」「Bye Bye Baby」の頃)、その後、次々とヒットを出してラジオで流れてきた曲の中には素直にカッコイイと思える曲もあった。その中の1曲がこの曲。バンド構成Eric Faulkner – GuitarAlan Longmuir – BassDerek Longmuir – DrumsLes McKeown – Lead vocalsStuart "Woody" Wood – GuitarA面「Money Honey」作詞・作曲 Eric Faulkner、Stuart 'Woody' Woodそれまでに聴いた「Bay City Rollers」の中では一番HeavyでHardな楽曲でした。ハーモニーもQUEENのように厚くハードなコーラス。この曲を初めて聴いたのは小学生だった。それまで、本国イギリスとヨーロッパでは既にヒット曲を連発していましたが、少し前に「Saturday Night」が初めてアメリカでもビルボード1位獲得する大ヒット。それに続いて発売されたシングルがこの曲です。当時、この曲をライブ演奏しているのをテレビで観て、ライブの方がカッコイイのもそれまでの自分が持ってた印象を大きく変えた。B面「Maryanne」(邦題「愛しのマリアンヌ」)作詞・作曲 Eric Faulkner、Stuart 'Woody' Woodこの曲はキャッチーなロックナンバーで、少しQUEENっぽさを感じる部分もある。「Money Honey」よりもこっちの方が好きかもしれない。「Money Honey」のシングルを買ってから数枚のシングルとLPも買った。聴く事は少なかったけど、結構印象に残ってる曲もそれなりに多い。アイドルバンドってだけじゃない面もしっかりも持ってるバンドで、食わず嫌いだったその頃のロックファンも意外とハマる曲があったりすると思う。
2026年01月24日

アメリカのシンガー・ソングライター「Tony Sciuto」のデビューシングル。それまで「Tony Sciuto」は多くのアーティストに楽曲提供していました。Bay City Rollers, Nick Kamen, B. J. Thomas, Tina Turner など。中でもBay City Rollersに提供した「My Lisa」は美しいバラードで印象的だった。A面「Island Nights」作詞・作曲 Sam Egorin、Tony Sciutoこの曲、もっと大ヒットすると思ってた。日本ではある程度はヒットしましたが、世界的にはイマイチだったようです。FMで流れ始め、結構早い時期にこのシングル盤を買った。ものすごく売れそうな楽曲なのにって友人とも話してた。もろAORなのですが、ややHard Rockな要素もあったりして特にあの頃の日本人が一番好みそうな音だと思う。1980年頃はそれまでのハードロックバンドが少しアメリカ意識しはじめキャッチーにポップになり始めてた頃。レインボーも明らかに1979年のアルバム「Down to Earth」でキャッチーになって売れ始めた。オジー・オジボーンもソロデビュー。サバスの頃の重い曲から一気にキャッチーでPOPな楽曲になっていた。久しぶりにこのレコードに針を落としてみてあの頃思ってたより、もっとカッコ良く感じた。イントロのピアノの音から歪みギターとリズム隊が絡んでくるアレンジは鳥肌です。なかなかカッコイイGソロもTony Sciutoが弾いています。B面「Captain Wonderful」作詞・作曲 Sam Egorin、Tony Sciutoこの曲も当時かなり気に入ってた。ミディアムテンポのロックナンバー。この曲はSAXとスティールギターが印象的に頭の残る。SAXはTom Scottです!日本では人気だったので覚えてる人も多いとは思うけど、凄くメジャーなアーティストにはなれていなかったと思う。アルバム「Island Nights」収録の10曲も捨て曲なしで全曲楽しめます。CD化されました。まだ手に入るはず。
2026年01月23日

音曲漫才の代表的なひとつ「フラワーショウ 」の華ゆりさんが亡くなったと知った。今日は「フラワーショウ 」が出したレコードやCD化されたものを聴き、DVD化された漫才など懐かしく観ていました。これまでに「フラワーショウ 」の事は何度も書いたと思う。自分は全てのお笑いの中で一番好きなのが「フラワーショウ 」だと中学生の頃からずっと言っています。家から歩いて15分ほどの所に「神戸松竹座」という演芸場がありました。4歳か5歳の頃に祖母が自分を連れて「神戸松竹座」に連れていってくれました。初めての演芸場。その日の事は結構、しっかりと記憶に残ってる。映画館にもその頃、初めて父に連れて行ってもらって子供ながらに衝撃を受けたのですが、演芸場も映画館とはまた全然違った衝撃でした。独特の匂い、観客の笑い声、眩しいほどに明るい舞台。その時、凄い前の席だったから余計に華やかに感じた。その日から祖母に「松竹座」に連れて行ってほしいとねだるようになったと母に聞いた。そしてその時、特別興味を持ったのが「フラワーショウ」です。3人が出て来た瞬間にそれまでの舞台が一気に華やかに明るくなった。その瞬間を凄く覚えてる。どんなネタをしてたのかは覚えてないけど、華ゆりさんの高音でのんびり話す芸に惹かれた。それから何度か「神戸松竹座」に祖母に連れて行ってもらった。商店街の通り沿いにあったガラスケースの中にその日の出演者が掲載されていたのですが、自分は「フラワーショウ 」が出ている時だけ観たいと連れていってもらってた。(自分がよく観に言ってた頃の神戸松竹座のラインナップ。フラワーショウは上席のトリです。 フラワーショウがトリの事が多かった。この劇場で結成されたトリオなのもあって神戸松竹座には かなりの頻度で出演してたように記憶してる。この日なんて自分にとって最高のラインナップ。 フラワーの他にも正司敏江・玲児、宮川左近ショー、桂春団治さんと今となれば神がかってる出演者 自分の好きな人たちばかり。この日は観たのかどうかわからないけど)他にも「正司敏江・玲児」「ちゃっきり娘」「宮川左近ショー」「若井はんじ・けんじ」「上方柳次・柳太」「若井ぼん・はやと」「海原お浜・小浜」なども好きだった。小学4年生の頃には自分ひとりで「神戸松竹座」に観に行くようになってた。そんな話題は学校では誰にも通じないし、話す事もしてなかった。家では観て来た話を家族によく聞かせてた。「フラワーショウ」は「神戸松竹座」が閉館したあとも角座に観に行ってた。18歳で大阪で一人暮らしするようになってからは、近所のスーパーによく「角座」の割引券が置いてあって、それをもらって観に行ってた。その頃は朝から行って最後までずっと観ることが出来ました。その時も「フラワーショウ」が出演している時を選んで行ってた。なので、自分は吉本はあまり興味なく松竹の演芸ばかりを観てました。物心ついた頃に好きになった物ってずーっと今でも好きな物が多い。「フラワーショウ」は小さい子供にとって本当にインパクトが大きかった。舞台上に置いてあるアンプから出てくるギター2本と三味線の音。3人の歌声も凄い個性があって音的にも楽しめた。一度だけ話した事がありました。「浪花座」の裏の楽屋口でサインもらおうと出てくるのを待ってた。ゆりさんとばらさんが出てきて優しい対応でサインしてもらった。2人だけのサインでした。神戸松竹座の頃からよく観に行ってたので何となくだけど、おぼえてくれてたようで神戸での話とかした記憶があります。「フラワーショウ」の3人がその頃、住んでたマンションが自分の神戸の家から歩いて5分ほどの所でその辺りの商店街の話や、どこのうどん屋がおいしいとかそんな話もしたように思う。(ばらさん出身の神戸に3人は住んでいました)商店街で見かけた事もあったけど、さすがにプライベートだから声を掛けたりはしなかった。(これは角座でレコード買ってもらえたサイン)どんなネタでも3人のやりとりは最高におもしろかった。ぼたんさんか、ゆりさんがボケてばらさんが短く突っ込むと間髪入れずにゆりさんがギターを弾き始める。テンポよくてしゃべくりと音楽への間が最高でした。3人とも楽器のテクニックは凄いと思う。ばらさんは演奏に対しては厳しそうだった。誰かが間違えたりミストーン出したりするとギロッと睨む事はよくあった。いつもおっとり、のんびりなゆりさんもギターを弾くとストロークも速く、顔もキリッとする所が好きだった。演奏の時と漫才の時の違いはハッキリしてた。音曲漫才のトリオはほとんどそうでしたが。ちゃっきりも演奏になると空気がピンッと張ってた。今まで生きてきて「フラワーショウ」ほど楽しめたお笑いはこれまでになかった。誰にでも一番好きなお笑いは「フラワーショウ」だとずっと言ってる。華やかでおもしろく、楽器のテクニックも本物、そして3人のキャラが最高。かなりドギツイ突っ込みも多かったし、下ネタに走ったような時期もあったけど、3人時代も2人になってからも「フラワーショウ」は観続けてた。ゆりさん、どうしてんのかな…って時々、思ってたけど一人でも舞台に立つ日がいつかあるのかもと期待はしてた。正司敏江さんが一人になってから、一度も観に行けなかった事で悔いが残ってたので、ゆりさんが出てきたら必ず観に行こうと思ってた。フラワーショウの舞台は30回以上は観ていると思う。その時々で歌うセットリストにも定番曲や一度しか聴いた事がない曲もあった。「人生一路」はよくぼたんさんが歌ってたのを覚えてる。ばらさんは幅広く多くの男性演歌歌手の曲を歌ってました。ゆりさんはソロで歌う事は少なかった印象です。「フラワーショウ」は幼稚園生の頃から現在までずっと好きです。
2026年01月22日

アメリカのシンガー「Andy Williams」のヒットシングル。この曲は映画「ティファニーで朝食を」の主題歌で映画では主演のオードリー・ヘプバーンが歌っています。映画公開と同じ年に「Andy Williams」が歌ったバージョンが全世界で大ヒット。「Moon River」といえば「Andy Williams」というほどにまでなっています。A面「Moon River」作詞 Johnny Mercer 作曲 Henry Mancini作曲のヘンリー・マンシーニは数え切れないほどのスクリーンミュージックの名曲を作りました。その中でもこの曲や「ひまわり」は「シャレード」などは特に有名。自分は「Days Of Wine And Roses」が一番好きかも。Frank Sinatraが歌ったヴァージョンが特に好きでよく聴いた。そうそうPerry Comoのヴァージョンも負けないほど最高です。映画の中でオードリー・ヘプバーンが窓枠に腰掛けてギター弾きながらこの曲を歌う場面はあまりにも有名です。オードリーが歌うバージョンももちろん大好きです。アンディ・ウィリアムスが歌うこのバージョンはアレンジもシンプルでアンディの歌声を完璧に堪能できるように作られています。包み込まれるような歌声、そしてこれ以上この曲を上手く歌うことは不可能だと思えるほどの完璧な歌唱にいつも感動する。日本人とは声帯が基本的に違うんだろうなと思ってしまう。少し前に「ある愛の詩」の事も書いたけど、最近、アンディ・ウィリアムスとペリー・コモの歌をよく聴いてる。この二人だけじゃないけど、歌の上手さを楽しむのならこの辺りのシンガーを選ぶことになる。あとはR&Bやファンクで大好きなシンガーも何人かいて、本物の「歌唱力」を楽しむのなら自然と海外のシンガーばかり選んでしまう。アンディ・ウィリアムスやペリー・コモの声って一声発するだけで世界が作れてしまう。ペリー・コモのアルバム「It's Impossible」も今日、何度も聴いた。B面「Danny Boy」作詞・作曲 Frederic Edward Weatherlyアイルランド民謡「Londonderry Air」に歌詞をつけて「ダニー・ボーイ」となり世界的に多くのシンガーがカバー。日本のも和訳の歌詞をつけて多くのシンガーが歌った。日本、海外と多くのシンガーの歌唱を聴いたけど、自分は「Andy Williams」が歌うこの曲が一番好きです。ほぼアカペラのような演奏で歌う「Harry Belafonte」のバージョンはまた別格。「Harry Belafonte(ハリー・ベラフォンテ)」は3年前に96歳で亡くなりました。「ムーン・リヴァー」もそうだけど、この曲のメロディーは頭の中に染み付いてる。1988年に谷村新司さんがロンドンレコーディングしたアルバムのラストに「黄昏 (ロンドン・デリー・エアー)」とタイトルを付け、このメロディーが流れる中、詩の朗読をします。演奏はロンドン交響楽団!そのアルバムは全曲がロンドン交響楽団の演奏。「獅子と薔薇」というタイトルの超名盤です。
2026年01月20日

スペインのギタリスト「Narciso Yepes」の1969年発売のシングル盤。クラシック・ギター演奏のみの楽曲ってあまり聴かないのですが、この曲は特別です。他にはクロード・チアリのシングル盤を何枚か持ってるだけかも。A面「Recuerdos De La Alhambra」(邦題「アルハンブラの思い出」)作曲 Francisco Tarrega Eixea高校生の頃に何かでこの曲を聴いて、メロディーが頭の中にずっと残って。この曲のレコードが欲しくなり、タイトルもわからないし探しようがなく、友人たちにメロディーを口ずさんだりしてタイトル知らないか聞いたのも良い思い出。みんな聞いた事あるメロディーだけどタイトルは知らないと・・。その中の友人が自分の兄に聞いてくれたら、その兄がタイトルも知っていて、やっと曲名が判明した。で、その友人の兄が「ナルシソ・イエペス」が弾いてるのが良いよ、と教えてくれてレコード店や中古レコード店で探したら意外とすぐに見つけられ購入した。何かわからないけど、この曲の美しい旋律を聴くと寂しさが急に押し寄せてきて、美しさ哀しさと孤独になる事の不安などを感じる。それは今でも同じようにそう感じる。かなりよくこのレコードは聴いた。それから5年ほどして、問題作として少し話題になってた映画「キリング・フィールド」を映画館に観に行った。残酷な描写や胸が苦しくなるような場面もありましたが、観終わって問題作とは思わなかった。今でも好きな映画で、かなり昔にブログにも書いたような気がする。その映画のエンドロールがこの曲だったので驚いた。それもラストシーンでジョン・レノンの「イマジン」が流れ終わるとエンドロールが始まり、そこに流れてる曲がこの曲。それもMike Oldfieldが「Etude」とタイトルをつけシンセサイザーと民族音楽の打楽器でアレンジされた現代音楽のような楽曲になっています。これも印象的で映画の余韻がこの曲のおかげでさらに深く残った。「キリング・フィールド」・・・人によればかなり目を覆うような場面もありますが、観て何か感じるのも大切かも知れません。カンボジア内戦の取材するために一人のアメリカ人新聞記者が戦地に入り、取材を続けて行く話。そこで信じられない様々な事を経験することになる・・・。そんな映画です。 B面「Malaguena」(邦題「入江のざわめき」)作曲 Ernesto Lecuonaこの曲も超有名な曲。特に宝塚歌劇を観ている人ならラテンのショーではよく使われる楽曲です。宝塚のショーではもっとキャッチーなラテンソングにアレンジされています。この10弦ギターのみの演奏では、クラシカルな色合いが強く、派手に踊るような映像は頭に浮かばずに、邦題のように夜が明ける頃の入江のざわめきが頭に浮んでくる。「入江のざわめき」ってユーミンが歌詞に出て来そう。最新曲「岩礁のきらめき」と70年代の曲「入江の午後3時」が頭に浮かぶからそう思うだけかも。
2026年01月19日

昔のアリスのコンサートの音源などをいろいろと聴いていたら、本編最後のちんぺいさんのMCに本当に毎回、感動させられてた事を思い出した。でも、感動的な話ばかりじゃなく、その時に思った正直な気持ちを吐き出してから最後の歌を歌う事もあったりしたのも思い出して。そして昔に文字起こししたデーターがあったと思い出して、昔のHDの中を探して見つけた。その中から、少し定番っぽいMCから、アクシデントに近いようなMC、そして怒ってるMC…など、その中から少し珍しい感じのものをいくつか抜粋して。最初はまだ大きなヒット曲もなかった頃の本編最後のMC「また、こういう機会を必ず持ちます。良かったら今度はあなた一人じゃなくて、あなたのお友達でも、 お父さんでもお母さんでも誰でもいいです、友達を一緒に連れて来てあげてください そしてこういう大切な時間というのを互いに少しでも一緒に過ごしたいと思います それがまた、いずれいつか、素晴らしい思い出になるんじゃないかと思う。 それじゃ次のが…一応終わりの曲です……終わりの曲です 青春の影」 (1974年3月31日 神田共立講堂「アリス・セカンド・ライブ」)「ほんとにどうもありがとう え、まさか…(笑)アンコールが来るなんて思ってなかったものですから 3人ともえ、びっくりしておりますけど、え、またなるだけ恒例のリサイタルでこれからもいろんな 趣向でみなさんのお目にかかりたいと思います。 アリスってのはやっぱりヒットが出なくてもがんばってるグループです。 えーでは最後になります、もう1曲みなさんにプレゼントします」(このあと「明日への讃歌」) (1975年12月23日 神田共立講堂 アンコール前のMC)「最後はこの曲で。最後の曲です、大きな手拍子を 冬の稲妻!」 (初めて大阪で冬の稲妻」を本編ラストに歌った時のもの) (1977年12月19日 大阪厚生年金会館)「どうもありがとう。「遠くで汽笛を聞きながら」、アリスというグループが続く限り、 きっとこの歌だけは歌い続けていきたいと思っています。こうやっていろんな人が この場所に、この一瞬に一緒にいるっていう、凄くうれしさってのを最近感じるようになりました。 ひょっとするとこのホールの中には体の悪い方もいらっしゃるかもわからないし、 でも、みんなが何か同じことに一生懸命になろうとしている。 そう言う瞬間を自分たちが生きている中で持てたって言うだけでも 凄く幸せだと思います。お別れの時間です。最後はこの曲を」(このあと「帰らざる日々」) (1978年12月23日 日本武道館)「今日、始まる前に実は凄い不安がありまして、会場をずっと見渡して、 年齢の低い方がずいぶんたくさんいらっしゃてるんで、キャーとかワァ〜とか 言われるんじゃないだろうかと心配しておりまして… でも出て来て本当に我々の方が申し訳ないぐらい 静かに聴いていただけでうれしいと思います。 ただ、今日…あの・・飛行機で空港に着いた時になんかあの・・いっぱい人がいまして SLでも撮るようにバチバチバチ写真を撮りに来られて、凄く恥ずかしくて、 こう言う場所では他の人の迷惑になるからやめなさいと言っても、 わかってくれない人がいたりしまして、いつも喧嘩になる… あのー、車に乗る時とか、きゃーって言うのは我々アリスにとっては一番イヤな応援の仕方で、 ほんとにアリスを応援しようと思うんだったら、みなさんの今、いただいてる熱い拍手だけで 我々はじゅうぶんですし、そこからいなくなった瞬間には我々は普通でいればやれるように 自分たちではしたいと。音楽なんて別に特別な事でもないですし、 キャンディーズじゃないですけども、普通のおじさんっていう・・・・ あの・・いつもこうやって話してても、帰る時、車に乗る時、ギャーなんて言いながら、あの、 窓から手、突っ込んで頭、パンパンパンパン!って叩かれたり、…そんな事がありまして、 ぜんぜん通じてないな、なんて思ってガッカリする事もあるんですけども、 でも、今日はほんとに最後まで3人ともきっと同じ事を考えていると思います。 本当に静かに聴いていただいてありがとうございました。 最後の曲は、この曲をプレゼントします。」(このあと「帰らざる日々」) (1978年12月24日 大阪フェスティバルホール) 「そろそろお別れの時間が近づいてきまして、我々もまだ30年ほどしか生きておりませんし 人生の勝利者になったり敗北者になったりする瞬間というのが、みなさんにも、そして我々にも あると思います。いつも勝利者になりたいと思うものです。 でも、その勝利者は敗北者の悲しみを知っているかどうかで、その価値が決まる。 なんか、そんな気がいたします。お別れです、チャンピオン!」 (1979年2月12日 大阪府立体育館)「どうもありがとう。「遠くで汽笛を聞きながら」って曲をお送りしました。 最後になる前に今日、このステージを作るために ほんとにいろんな人が関係してくれました 今日、会場の外にいるそんな一生懸命やってくれたスタッフに盛大な拍手をあげてください。 ありがとー!ありがとー!ありがとー!ありがとー!最後の曲みんなに送るからな!チャンピオン!」 (1979年7月28日 つま恋)「ありがとうございます。今日、我々のために素晴らしい照明をしていただきました照明さん それから音を作ってくれた音響さん、そして主催してくれましたHADの畠山さん、 そしてこの国際会館のいろんなホールの関係者のみなさん、そういった裏方さんたちは 我々を支えてくださっています。そんな裏方さんたちにもどうか拍手を! 最後に何を歌おっかって考えました。3人でやろかって決めました。 この曲を送ります」(このあと「帰らざる日々」) (1979年10月22日 神戸国際会館)「何年か前に、この「遠くで汽笛を聞きながら」を同じこのホールでべーやんが病気で倒れ、 ステージにて倒れてしまいまして、はじめて僕自身が歌ったっていう記憶がありまして、 なんかついこの間のような気がします。それが今、こうやって3人元気で…年はとりましたですけど 元気でステージできて良かったなぁ、いいなぁって思います。 ある週刊誌を読んでおりましたら、ひとりのボクサーがチャンピオンに挑戦して敗れたって言う記事が 載っておりまして、ただ見過ごしてしまえば、それだけの記事なんですけど僕も少しその方を 知っていたものですから、彼はかつて東洋の素晴らしく強いチャンピオンでした。 挑戦者は全てノックアウトで退け、そして相手の顔を打たない、そして勝っても顔も見ない、 可哀想だから…彼は言っておりました。 そのボクサーに友人が一人おりまして、あのライターの人間なんですけど、 その方に「優しいチャンピオンだったのですね」と言いましたら、彼は、 「違う。彼は弱いんですよ」と教えてくれました。その理由がよくわからなくて。 その後、彼は挑戦者に敗れてチャンピオンの座を追われました。 何年かのブランクがあって今年、31歳になって改めて彼はチャンピオンに挑戦いたしました。 友人のライターの努力もさる事ながら本人もその1戦に、ボクサーで31歳でカムバックというと 不可能に近いぐらいの大変さなんですけど、彼は夢を描いて韓国に渡りました。 そしてタイトルマッチで不運にも2回、相手のラッキーパンチをもらってマットに沈んでしまいました。 それを見届けていた、そのライターが日本に帰って来てお会いしました。 その時も僕は言いました「不運だったんですね」、 すると彼は「いいえ、彼は弱いんですよ」…そう答えてくれました。 もう一人の友人のカメラマンが彼が倒れてリングに仰向けになった無様な姿を ずっと冷酷に撮り続けながら「これから彼はどうするんだろう」と感じたっていう話をしておりまして 「多分、彼はよかったんじゃないかな」…ふと、そのライターが呟きました。 そのボクサーの名前をカシアス内藤、ライターの名前を沢木耕太郎といいます。 お別れです、チャンピオン!」 (1979年12月25日 大阪厚生年金会館)「おおきに、紹介遅れました。ドラムス、矢沢透、よろしく! みんなー今、何時や? 7時15分?(客席から多くの時間を叫ぶ声)ん? よし、7時12分…?13分よし!、 次の曲、ラストです。いくよ!チャンピオン!」 (1980年8月8日 日本平)「今、19分!昨日より7分遅くなりました。大丈夫! 知らせがあります。 この関係者、きのう見てくれてた人とか、警察の人とかみんな今日に限り、10分延長よろしい!って! みんなでありがとう言おうぜ! ありがとー!サンキュー! この2日間、がんばってくれたたくさんのスピーカー。今、鳴ってんのは3分の1しか鳴ってません。 後ろまで届けへんかもわかりませんけど、もうちょっと音響さんもがんばって、スピーカーも がんばってください。この曲いきます! チャンピオン!」 (1980年8月9日 日本平)【このMCは「HOT JAM'80」でのもの。 野外コンサートで時間の縛りが厳しく時間に追われるフェスでした 野外コンサートだと関東でも東海でもちんぺいさんは凄い関西弁になる説】「ステージでこう、歌うたえるってこと、みんなでちょっと話してた中で きんちゃんがチラッと言ったんですけど、難民キャンプとか、ああ言うところに行ってた時に 音楽がないんですよね。何も音楽がなくて、音楽のまるっきりない生活が、えー3日間ぐらい続きまして そして、久しぶりに都会に、というかちょっと都会の方に帰ってきた時に そこに音楽が流れておりまして、思わず涙が出そうになった… 普段、自分たちはひょっとすると音楽を聴き過ぎてるじゃないかな、だんだん耳が麻痺してきて やる事も、やる方も聴く方も感動がなくなってきてるのかも知れないね、なんて話をしておりまして 本当に、ふと空白の中から飛び出してきた音楽、凄く新鮮で衝撃的でした。 そんないろんな思いを込めて、最後の曲です。チャンピオン!」 (1980年9月3日 大阪フェスティバルホール)【1980年8月29日のバンコクでのコンサート、そしてカンボジアの国境地帯に行ったアリスの3人。 9月1日に帰国してから初の日本でのコンサートでした。 この日の大阪のコンサートに本当に間に合って帰って来れるのかという不安も大きかったと コンサート本編の中でも話しています。「チャンピオン」前のMCの中では一番、異色かも知れない】 「あの、昔はギャーっと言われるのがうれしくってね、誰が一番ギャー言われたかいつも言い合いして そのうち、歌ってる最中にギャーギャー言われると俺たちは何をしてるのやろってこう不安になって 来たりしてまして、そのうち俺たちも一生懸命歌うから、みんなも一生懸命聴いてくださいって 言い始めて、みんなも凄いわかってくれて、そんな方も10年経って、そしてまた10年後の未来も 自分たちと同年代ぐらいの方が客席にいらっしゃる…すごいうれしい事だと思います。 我々、アリスってグループは目的っていうのは見えないんですけど、でも少しずつその目的に 向かってる事をやっていこうと思っています。 誰かが何かをしようとすると必ず足を引っ張りに来る、彼らはいつも机の前でナンセンスだとか いろんな事を言ってくるけども、一流の評論家より自分たちはいつも二流のずっと創作者でいたいと 絶えず思っております。 ひょっとするとまた10年後にこのメンバーで、このお客様で会えればいいなと思います。 お別れです。チャンピオン」 (1981年2月2日 神戸国際会館) 【このMCは、この時点でアリスの活動停止は決まっていたのじゃないかと思えるMCです。 この日が神戸での活動停止前のコンサートでした。最後の「謀反ツアー」には 神戸公演がありませんでした。それも分かっていて、10年後にこのメンバーで、お客様で会えれば なんて言ったのじゃないかと思う。最後の神戸公演だと3人もわかっていたからか、 いつもと何か違った空気を確かに感じました。 「おおきに!「遠くで汽笛を聞きながら」自分たちずっと歌い続けてきた歌です。 残念やけど、そろそろお別れです。最後はこの歌が一番ええやろと思います。チャンピオン!」 (1981年10月18日 横浜スタジアム) 「そろそろ最後です。ノリ残しないな。行くぞ! 今日は本当にたくさんの拍手、ありがとうございました。そして多分、聞こえていると思います。 周りの家の方、ご迷惑おかけしました。すみません!最後です、チャンピオン!」 (1981年10月25日 甲子園スタジアム)前に一度、アリスのコンサート時の「陽はまた昇る」と「昴」を歌う前のソロコーナーのMCをいくつか書いた事もあったと思う。
2026年01月18日

アメリカのシンガーソングライター「Janis Ian」の1976年発売のシングル。この曲は日本でのみシングルカットされた曲です。日本でのテレビドラマの主題歌になり大ヒット。2ヶ月間もオリコンシングルチャート1位になるほどの大ヒットでした。この曲が収録されているアルバムも日本で1位を獲得。「Janis Ian」は1967年にデビューして1970年頃には引退状態になっていました。1974年に復帰してから3枚目のアルバム「Aftertones」にこの曲は収録されています。A面「Love is Blind」(邦題「恋は盲目」)作詞・作曲 Janis Ianこの曲が主題歌になったドラマ「グッドバイ・ママ」は観た事なかったけど、ラジオなどでよく流れるようになってから購入したシングル。2分16秒と短すぎるのですが、短いからか聴き終えても何度も聴いてしまう。このレコードジャケ裏には太田裕美さんがライナーノーツを書いています。太田裕美さんも1975年末に「木綿のハンカチーフ」を大ヒットさせ、「赤いハイヒール」、「最後の一葉」とヒット曲を連発していた頃です。「Love is Blind」時代が流れても色褪せない悲しく美しいメロディーとアレンジの繊細さに感動しました。このシングル買って当時はよく聴いてたけど、何十年も聴いてなかった。B面「Aftertones」(邦題「愛の余韻」)作詞・作曲 Janis Ianこの曲のアウトロ部分は少しずつ不安感を煽るような不協和音で不安定な不穏な世界に。アルバムの1曲目からこの曲で始まるのも自分は好きだった。「♪ 過ぎ去った人生の思い出の中で 死ぬのが怖くて 私たちは嘘を学ぶ そして消えゆく太陽と死にゆく月の中で コーヒースプーンで時間を計ります 」アルバム1曲目から歌詞も重く暗い。中学生、高校生の頃って特にこんな世界に惹かれてた。でも今でもこの曲には惹きつけられる。
2026年01月16日

アメリカのシンセポップ/カルト・ニューウェイヴ「Our Daughter's Wedding」の1982年日本発売のシングル。この曲が日本デビューシングルですが、これ以降に日本でシングルは出ていないと思う。メンバー構成Layne Rico — SynthesizerKeith Silva — Vocals, KeyboardsScott Simon — Bass synthesizer, SaxA面「Track Me Down」作詞・作曲 Our Daughter's WeddingElectronica、New wave系のバンドだけど、当時メタルが一番だった自分でもロックを強く感じられてFMで流れてたのを聴いて買いに行ったシングル。メタル好きな人なら分かるかも知れないけど、Keith SilvaのボーカルはJudas PriestのRob Halfordの歌唱を思い出させる部分もあって気に入ったのかも知れない。Judas Priestがこのシングルの4年後に発売した「Turbo」を予言してるかのようにも思えてしまう。メタルばかり聴いてたわけじゃないのでNew wave系やディスコ系もこの頃はいろいろ聴いてた。この曲はロブっぽいからとかじゃなくても、楽曲としてアレンジも演奏も凄く好きな曲です。「Our Daughter's Wedding」は日本では東芝EMIがもっと推していれば、もう少しは有名になったように感じる。でも1984年には解散してしまうのですが…。B面「Buildings」作詞・作曲 David Spradleyこの曲はアルバムのラストに収録されてる曲。普通に想像するNew wave系とはまた違った印象を持つのでカルト・ニューウェイヴとか言われてるのかも知れません。Industrialの要素も強いと思うし、Noise系のバンドの要素も感じらえれて楽しめる曲です。この曲でアルバムが終わっていく構成も好きだった。このシングルを買ってきた時に、その頃仲が良かったメタル好きの友人に聴かせたら、まったくの無反応だったのを思い出す^^;A面曲はロブ・ハルフォードっぽい所はあるって認めてくれたけど…。
2026年01月14日

アメリカのカントリー/テハノミュージック「Freddy Fender」のヒットシングル。(テハノミュージックとはメキシコの民族音楽とテキサス州のカントリーポップの融合)1976年6月日本発売。「Freddy Fender」はこのシングルの1年前に「涙のしずく(Before the Next Teardrop Falls)」が全米1位の大ヒット曲になった。日本ではあまり知られていない印象ですが、アメリカでは一時期凄い人気だった。(このサンプル盤。ジャケットでパンチ穴でsampleと書かれてて珍しい。 この頃、日本コロムビアのサンプル盤ってパンチ穴ではなかったと思うけど)A面「You'll Lose a Good Thing」(邦題「涙の片想い」)作詞・作曲 Barbara Lynn Ozenこの曲は1962年にBarbara Lynnが発売してヒットした曲のカバーです。R&Bのオリジナルにカントリー色を加えたアレンジでフレディ・フェンダーバージョンもヒットしました。安心できる歌声と歌い回しのカッコ良さに惹かれる。かなり昔に中古レコード屋で新品同様のサンプル盤を見つけて買ったのを覚えてる。「涙のしずく」1曲しか知らなかったけど、このシングルを買ってから「You'll Lose a Good Thing」が収録されてるアルバム「Rock 'n' Country」も買って聴いた。このアルバムのクレジットに Mick Moody - steel guitarと載ってるんだけど、Whitesnakeのあのミッキー・ムーディと同一人物なのだろうか…。まさか違うとは思うけど…。B面「Take Her a Message! I'm Lonely」(邦題「孤独のたより」)作詞・作曲 Baldemar HuertaBaldemar Huertaはフレディ・フェンダーの本名。Fiddleが前面にフィーチャーされてるカントリーナンバーで、中古屋で買ってきて初めて聴いた時からこのB面の方が好きだった。FiddleとTrumpetのユニゾンにゾクゾクさせれる。フレディ・フェンダーの歌は伸びやかでアメリカ映画で観るような田舎の風景が浮かんでくる。のんびりカントリー聴くのも心が落ち着く。
2026年01月13日

アメリカのシンガー・ソングライター「Kim Carnes」の超大ヒット曲。Kim Carnesの事もこれまでほとんど書いていないと思うけど、急に今日聴いたのはこの曲のタイトルになってるベティ・デイビスの映画を観てたからこの曲を思い出した。実在の女優やシンガーを楽曲のタイトルに入れたり、その人の事を歌った曲は多くあります。1974年発売のユーミンのアルバムに入ってる「私のフランソワーズ」はフランスのシンガソングライター「フランソワーズ・アルディ」の事を思って書いた曲だし、1981年発売のユーミンのアルバム収録の「グレイス・スリックの肖像」は「Jefferson Airplane」のボーカリスト「グレイス・スリック」の事を思い書いた曲。この曲で歌われてるベティ・デイビスはハリウッドの演技派超大物女優で、この人が出てると作品の中にすぐに引き込まれる。今日、観てた映画は「イヴの総て」です。1950年公開のアメリカ映画。ベティ・デイビス主演で、彼女の代表作のひとつとも言える作品。デビューしたてのマリリン・モンローを観る事もできる映画です。大好きな映画で何度観たかわからないほど観てるけど、登場人物の心の動き、絶妙なセリフのやり取りやキャストの演技力で2時間20分をあっという間に感じさせてしまう映画です。当時の演劇界のバックステージもので、醜い争い、人の怖さ、裏切り、人間関係への不信感などいろんな物が混ざり合ってそんな複雑な気持ちを楽しめる映画です。ベティ・デイビスが演じるスタークラスの舞台女優マーゴ、凄く魅力的な役です。「イヴの総て」、機会があれば是非!おすすめ映画です。もう観てる人が多いとは思うけど。(「イヴの総て」のベティ・デイビス)今日は映画の話じゃなくてキム・カーンズの曲の事。A面「Bette Davis Eyes」(邦題「ベティ・デイビスの瞳」)作詞・作曲 Danny Weiss, Jackie DeShannon1974年リリースのJackie DeShannonの楽曲のカバー。80年代を代表する女性ボーカルのロックナンバーの1曲です。ハスキーな歌唱とこの曲のアレンジやメロディーがバッチリ合ってる。全米ビルボードシングルチャート9週も1位を獲っています。イントロのエフェクト効かせたギターの音が聞こえただけですぐにこの曲だとわかる。凄く久しぶりにシングル盤に針を落として聴いてみたけど名曲はまったく色褪せないと実感。B面「Miss You Tonite」(邦題「あなたのいない夜」)作詞・作曲 Kim Carnes6枚目のアルバム「Mistaken Identity」のB面4曲目に収録(アルバム邦題「私の中のドラマ」)このアルバムの1曲目が「Bette Davis Eyes」です。「Miss You Tonite」はKim Carnesのオリジナルです。ドラマチックなパワーバラードで感動的な歌唱とアレンジです。この曲もよく聴いたので、イントロが流れてきただけですぐに思い出せた。6thアルバム「Mistaken Identity」はたしかCDで買ってると思うから、久々に聴こうかと思う。ベティ・デイヴィスの映画が観たくなったおかげでKim Carnesの事も思い出せたし。「八月の鯨」を久々に観て泣こうか・・・。そうそう晩年のベティ・デイヴィス主演「八月の鯨」は1988年公開作品。これもめちゃくちゃ好きな映画だけど、心が弱ってる時に観たら平静な日々に帰ってこれなくなりそう。ベティ・デイビスが出てる映画、何でもいいので持ってる作品の中から明日の夜は何か観るつもり。「何がジェーンに起ったか?」と「ふるえて眠れ」を続けて観るのもいいな・・・。(銀幕デビュー3年目のマリリン・モンロー。頭角を現し始める少し前のモンロー。 もうすでにスターのオーラを纏っている。1950年「イヴの総て」)(24歳のマリリン・モンロー。36歳で若くして亡くなりました)
2026年01月12日

Freddie Mercuryの唯一のソロアルバム「Mr. Bad Guy」からの4枚目のシングルカット曲。アルバム「Mr. Bad Guy」に収録されてる曲の事はかなり多く書いてると思うけど、アルバムラストを飾るこの「Love Me Like There's No Tomorrow」の事は書いてなかったかも。とにかく、このアルバムが発売された時はQUEENの新譜が発売されるよりもうれしくて、買って来た日から毎日のように聴き込んでた。周りのQUEENファンは自分ほど深くハマっていないようだったけど、自分はこのアルバムでコンサートツアーをしてほしいと本気で願ってた。アルバムの11曲と「Love Kills」と、あとはQUEENの曲でフレディ一人で聴きたい曲。例えば絶対に聴きたい「Nevermore」や「Lily Of The Valley」や「Love Of My Life」のLIVEでは聴けなかったピアノバージョンや「You Take My Breath Away」「Jealousy」「My Melancholy Blues」などピアノ弾き語りで聴きたい曲などでセットリスト組めば最高だと考えてた。ソロコンサートは実現しなかったけど…。A面「Love Me Like There's No Tomorrow」 (Extended Version)作詞・作曲 Freddie Mercury発売当初は普通にアルバムバージョンが好きだったけど、聴いていく度にこのバージョンじゃないとダメに思えるほどに大好きになった。アルバムだとイントロなしでいきなりピアノとボーカルから始まります。Extended Versionのシンセとピアノから始まるイントロが凄くイイ!シンセはきっとFred Mandelが弾いてると思うけど、イントロのピアノはフレディが弾いてる。この曲、ライブで聴いてみたかった。歌詞は普通に恋愛で別れていく辛さを歌っているように受け取れるけど、その後のフレディを考えると「明日がないかのように私を愛して」と歌い上げるのを聴くと何かを悟っていたかのようにも思えてしまう。「♪Tomorrow 神のみぞ知る、私がどこにいるか Tomorrow これから何が待ち受けているのか誰にも分からない だから、明日がないかのように私を愛して 私を抱きしめて、本気だと言って これが最後の別れ そしてもうすぐ終わるだろう だけど今日は、明日はないかのように私を愛して」本当に哀しすぎる歌詞なのですが、それに輪をかけるようにフレディの悲壮な熱唱が胸を締め付ける。この曲でアルバムが締めくくられるのはフレディが亡くなってから思うと悲しく思えてしまう。アルバムバージョンは歌が終わってアウトロが短くすぐにフェードアウトになりますが、Extended Versionでは歌が終わっても1分以上フレディの弾くピアノが聴けます。このアウトロを弾いてるフレディの表情まで浮かんで来そうになる。B面「Let's Turn It On (Extended Version)」作詞・作曲 Freddie Mercury1985年春のあの日、このアルバム買ってきて初めて聴いたこの1曲目!めちゃくちゃカッコ良くて、この1曲でソロのフレディにどっぷりハマった。そしてこのExtended Versionは更に最高にカッコいい!アルバムは3分43秒ですがこのバージョンは5分9秒でより遊びも多くフレディが心底楽しんでこの曲を歌ってるのを感じる。この曲もライブで聴いてみたかった。フレディはどんなパフォーマンスしてくれたのだろうか。ドイツ人のギタリスト「Paul Vincent」の弾くギターは少しブライアンの音色に似た雰囲気も作っています。ソロのボトルネック奏法の音なんかはブライアンっぽい。もし、1985年にこのアルバムを発売してからソロでワールドツアーしてたとして、勝手に想像するセットリスト1曲目「Love Kills」2曲目「I Was Born To Love You」3曲目「Living On My Own」4曲目「You Take My Breath Away」5曲目「Foolin' Around」6曲目「Mr. Bad Guy」7曲目「Nevermore」8曲目「Lily Of The Valley」9曲目「Let's Turn It On」10曲目「My Love Is Dangerous」11曲目「There Must Be More To Life Than This」12曲目「Staying Power」13曲目「Soul Brother」14曲目「Made In Heaven」15曲目「Love Me Like There's No Tomorrow」16曲目「It's A Hard Life」アンコール17曲目「Love Of My Life」ピアノ弾き語り18曲目「My Melancholy Blues」19曲目「Man on the Prowl」20曲目「Crazy Little Thing Called Love」フレディがもし長生きしてくれてたとしたら一度くらいはソロコンサートツアーしただろうか。QUEENのマジックツアーを大成功させた後で各自がソロ活動を2年ほどして1989年に集結して「The Miracle」をリリース。そして「The Miracle」のワールドツアー。…これ以上は虚しくなるからやめとこ。
2026年01月11日

宝塚歌劇団、専属演出家の岡田敬二先生の昔の作品が聴きたくなって何にしようかと考えて。「ビューティフル・ピープル」はよく聴いてるし、「ボーイ・ミーツ・ガール」も「グラン・エレガンス」も最近聴いたし…「ロマンチック・レビュー」以前の作品が聴きたかったので選んだのが「サンライズ・アゲイン」です。昔のアナログ盤の感想はかなり書いてきたと思ってたけど、この作品の事は書いてなかった気がする。宝塚歌劇が何にでも挑戦し続けた頃の名作だと思っています。劇場で観たわけじゃないんだけど、このLPやプログラムや雑誌の資料などを、かなり前に集めていろいろと調べていました。岡田先生の作品で実際に初めて劇場で観劇した作品は「ビューティフル・ピープル」でした。そこからはほとんどの作品を劇場で観ています。最近の10年ほどの中ならダントツに凪七瑠海さん主演「パッション・ダムール -愛の夢-」が素晴らしかった!宝塚歌劇のLPばかり固めてる棚の中になぜか「サンライズ・アゲイン」が3枚ありました。最初に買ったものは不手際で盤の傷をつけてしまって一度、書い直したのは覚えてるけど、もう1枚は何であるんだろ?中古屋で見つけて買ってしまったのか…。書い直したアルバムは丁寧に扱っていたので帯もきれいなまま残ってる。帯付けてると、牧美佐緒さんの顔が完全に隠れてしまうので、帯は外して中に入れてた。宝塚歌劇雪組公演 グランド・ショー「サンライズ・アゲイン」1971年9月30日〜10月28日まで。宝塚大劇場10月公演。一部の芝居は「江戸ッ子三銃士」A面1曲目「サンライズ・アゲイン」 郷ちぐさ2曲目「二十世紀の夜明け」 牧美沙緒、汀夏子3曲目「ビン・バン・歌おう」 牧美沙緒、郷ちぐさ、汀夏子4曲目「楽しい日曜日」 景千舟、摩耶明美5曲目「ブム・ブム」6曲目「楽しい日曜日2」 景千舟、摩耶明美7曲目「ローリング・トゥエンティ」牧美沙緒、郷ちぐさ8曲目「モダン・ミリー」 牧美沙緒、郷ちぐさ9曲目「ベビー・フェイス」 牧美沙緒、郷ちぐさB面1曲目「スワニー」 景千舟2曲目「トロリー・ソング」 高宮沙千3曲目「オーバー・ザ・レインボー」 摩耶明美4曲目「ビギン・ザ・ビギン」 郷ちぐさ5曲目「イースターパレード」 汀夏子6曲目「ザ・ワード」 景千舟7曲目「明日に架ける」 郷ちぐさ、大路三千緒8曲目「サンライズ・アゲイン」 フィナーレこの作品を聴こうと思ったのは、やはり郷ちぐささんと大路三千緒さんが父と息子になっての「明日に架ける」が聴きたくなったからです。亡くなった父親を思い二人の会話を回想しながら、20歳になった時に初めて父親にビールをついでもらった思い出など、宝塚歌劇のショーで今では考えられないような松竹新喜劇のような感動的なエピソードで綴られている歌です。8分近くある場面です。それもフィナーレ前がこの場面です。「♪そう云えば、いつだったか父さんが珍しく 僕にビールをついでくれたっけ あの時のビールのうまかったこと 白い泡がむくむくと冷たい奴がキューッと… あの時は嬉しかったな あの時から大人の気分 あの時は嬉しかったな あの時から大人」そんな息子に亡くなったお父さんが話しかけます 父さん「バカだな 酒呑みになったからって自慢にはならないよ そんな事ばかり俺の真似したってダメだ 酒呑みなんかせいぜい胃がんで死ぬのがおちだよ」息子 「そう云えば父さんは仕事がうまくいかなかった時、きまってお酒を呑んでいたね」 そこから父さんには大きな夢があった事を思い出し、夢半ばで父さんは亡くなった。そして父さんが息子に歌いかけます。脚本的には完全に泣かしにきてるけど、この二人が真っ直ぐ素直に演じてる事が、聴いている人の心に確実に届いてると思う。大路三千緒さん演じる父さんと息子の郷ちぐささんのこの場面は岡田敬二先生の全ての作品の中でも5本の指に入る名場面なんじゃないかと思う。宝塚歌劇のショーでこんなシリアスで少し泥臭い場面が最後には宝塚歌劇のショーらしい場面になっていきます。(父と息子の場面の郷ちぐささん)このショーのタイトルナンバー「サンライズ・アゲイン」も普通の宝塚歌劇のショーの主題歌とは一線を引くような内容だと思う。「♪ どこだろう僕の場所は どこだろう僕の場所は 僕が生き叫び、恋しそして死んでいく場所はどこだろう この暗い闇の中 探し求める僕ら この暗い闇の中 探し求める僕ら けれど けれど もうすぐ夜明けだ そして そして もうすぐ夜明けだ サンライズ・アゲイン サンライズ・アゲイン サンライズ・サンライズ・アゲイン」この曲を聴いてると古城都さん主演「タイム・マップ」のオープニング2場で歌われる「誰かがどこかで」の雰囲気を思い出す。初々しい汀夏子さんが歌う「ビギン・ザ・ビギン」も凄く爽やかで良い!高宮沙千さんがジュディ・ガーランドが歌った「トロリー・ソング」を歌うのも聴きどころ。かなり短いのが残念ですが。摩耶明美さんが熱唱する「オーバー・ザ・レインボー」も美声でしっとり聴かせてくれます。(汀夏子さん)(トロリー・ソングを歌う高宮沙千さん)ビートルズの6枚目のアルバム「ラバー・ソウル」収録の「The Word」を景千舟さんが歌う!この選曲はかなり渋い。オリジナルよりかなり速いテンポにして激しいアレンジです。歌詞は日本語でまったく違うけど。宝塚歌劇のショーでビートルズの曲はよく使われてたけど、ほぼ有名どころばかりだったと思う。この曲も有名ではあるけど。岡田先生の選曲はマニアックな部分もあって楽しめます。最近特に自分がリアルタイムで観ていないショーばかり聴くようになってきてる。今のショーも悪くはないけど、もう一度聴きたいとは思う作品はかなり少ない。1960年〜1973年辺りの宝塚歌劇が一番好きです。劇場で観ていないけど・・・。バンドの演奏も選曲も主題歌などもジャンルの幅の広さと躍動感が音だけで伝わってくる。甲にしきさん主演「ジョイ!」のLPもよく聴くショーです。全組合同公演「シャイニング・ナウ!」のLPも本当によく聴いてる。安奈淳さん、鳳蘭さんが輝き始めるのが音だけで伝わってくる。その頃の宝塚歌劇のレコードの事はかなり多く書いたように思う。もし過去に戻って観れるのなら「ヒット・キット」「レビュー・オブ・レビューズ」「マイ・アイドル」「タカラジェンヌに乾杯!」「タイム・マップ」「アリア・イン・ジャズ」「ジョイ!」そしてこの「サンライズ・アゲイン」を生で観てみたい。
2026年01月10日

アメリカの偉大なシンガー「Andy Williams」の大ヒットシングル。この曲は1971年日本公開の映画「ある愛の詩」(英語タイトル「Love Story」)のためにフランシス・レイが作曲した映画音楽。それに歌詞をつけてアンディ・ウィリアムスが歌ったものです。映画もこの曲も全世界的に大ヒットしました。アリ・マッグローとライアン・オニール主演の哀しいラブストーリー。日本で初めて洋画劇場で放映された時の主演二人の日本語吹替は山口百恵さんと三浦友和さんでした。A面「(Where Do I Begin?) Love Story」(邦題「ある愛の詩」)作詞・作曲 Francis Lai, Carl Sigman 映画ではオープニングとエンディングにインストバージョンのこの曲が流れます。最初はエンディングには歌の入ったバージョンを流す予定が出来上がった歌詞に問題があったらしく両方ともインストになったようです。このシングルの日本発売は1971年3月21日で映画の日本公開は1971年3月6日でした。1ヶ月後の4月21日にはアンディ・ウィリアムスは日本語バージョンをリリースしました。両方とも大ヒットでオリコンのベスト10に何週も入り続けました。この曲は歌声自慢の日本のシンガーたちがこぞってカバーしました。かなり多くのカバーを聴きましたが、この曲に関してはアンディ・ウィリアムスのように感動的に歌えてるシンガーはいなかったように思う。歌の一番ラストの「♪And he'll be there〜〜〜〜〜」にいつも感動で泣きそうになる。そこまでのフォルティッシモ熱唱からこの最後のファルセットで歌うピアニッシモのロングトーンの素晴らしさは圧巻です!日本語バージョンではさらにその部分が強調されるようにより凄い。「♪星が夜空に燃え尽きる 時まで〜〜〜〜〜〜〜」4小節以上のピアニッシモのロングトーン。まあ、でも英語のオリジナルバージョンの方が好きですが・・・。B面「Something」(邦題「サムシング」)作詞・作曲 George Harrisonビートルズのこの曲がB面です。ジョージ・ハリソンの作品。アルバム「アビー・ロード」の2曲目に収録されてる曲。映画「ある愛の詩」のオープニングで「 Love Story」の音楽が流れる中、オリバーがジェニーの事を語るセリフがあって「モーツァルト、バッハ、…(少し笑って)ビートルズ」ってセリフがあります。この曲がB面で聴いてると昔からこのセリフの事を思い出す。アンディ・ウィリアムスバージョンの「Something」は大好きです。凄くよく聴いた。映画「ある愛の詩」は30年以上観ていないと思うけど、小学生の頃に初めて観た映画って本当によく覚えてる。脳も素直に情報を記録していたからかな。まだ穿った心もまったくない時に感動してたものは今になって大切に思える。DVDもBlu-rayも持ってなくてレーザーディスクでしか持ってないから、久々にレーザーディスクプレイヤーの電源入れて観てみようかと思う。ついでにレーザーディスクでしか観られない映画や音楽作品なんかも観てしまおう。
2026年01月09日

パルシネマしんこうえんで「ゴジラ対ヘドラ」を観てきました。昨年、TOHOシネマズ梅田でゴジラ70周年記念特別企画上映の一環としてこの映画を観ましたが、2026年1月1日〜11日までお正月上映として「ゴジラ対ヘドラ」がパルシネマで上映されています。ど平日の夕方なのに、結構な人数の観客が入ってました。(ロビーにはチラシも置いてあります)ここの映画館、50年ほど前は酔っ払いが寝るために来てたり、痴漢目当てな客がいたり…と子供の時、一人で入るのは少し勇気がいったのですが、今では昭和の懐かしい雰囲気を残しながらも 清潔感漂うゆっくり映画鑑賞できる名画座になっています。徐々にいろいろ努力して映画が好きな人が集まる映画館になっていきました。昔は映画館入口の左側に坂を降りた所に、驚くほど汚い公衆便所があったりしてその臭いもその辺りには漂ってた。その公衆便所を取り壊したのも大きいと思う。小学生の頃は毎日のようにこの映画館周辺で遊んでました。(1月22日〜31日は「ゴジラ(1954)」と「ゴジラ-1.0」が上映されます)この映画館の上にある湊川公園や道路渡った所にあるパークタウンのレコード屋やゲームコーナーや、ミナエンタウンの公園側からの入口にあった人間ポンプのおじさんがいたゲームセンターなど小学生低学年の頃からずっと遊んでた、その中にあった映画館でした。新開地は怖い場所だと親に行ってはダメって言われてる友達もいたけど、怖い思いなんて一度もした事なかった。松竹座にフラワーショウや、ちゃっきり娘、正司敏江・玲児、宮川左近ショー目当てで小学生高学年の頃には漫才を観に行ったりもよくしてた。小学生料金がかなり安かったって記憶してる。いくらだったか忘れたけど、自分のお小遣いで普通に観る事ができる値段でした。一人で行って何時間も観てたりしてた。(映画館同様に入れ替えもなかったし)ちょっとませてると言うか変わった子供だったとは思う。テレビのマンガなんてほとんど観なかったし、子供向けのものってゴジラやガメラ以外はあまり興味なかったように思う。(昆虫や魚類への興味は凄くあって山や池にはよく行ってた)小学高学年になると、もうアリスや天地真理さんのコンサートにも一人で行き始めてたし。湊川のパルシネマしんこうえんでゴジラ映画を鑑賞するのは2024年10月に「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」を鑑賞して以来です。ちなみに1月22日〜31日は「ゴジラ(1954)」と「ゴジラ−1.0」が特別上映されます。「ゴジラ対ヘドラ」は大好きな映画で半年前にも映画館で観てるのにまた新鮮な気持ちで楽しめた。「東宝チャンピオンまつり」でずーっとゴジラ映画を観てきた中でも異色な作品だと子供ながらに思ってました。ゴジラは子供の味方的なキャラになってきてたのですが、この映画は終始、不気味な世界観で音楽の使い方もそれまでとはかなり違っています。 今日は中学生の頃からの友人と観にいきました。映画鑑賞後はすぐ近くのインド料理屋「インド亭」へ。凄くこぎれいにリニューアルされてた。いつ改装したのだろ・・・。「インド亭」はオープンした頃からずっと行ってたインド料理屋だけど、ここ最近1年以上行ってなかった。前は、ワイルドターキー、フォアローゼス、ハーパー、オールドクロウなどのメジャーなバーボンやジャックダニエルなどのウイスキーの種類も充実してたけど、他のインド料理屋と同じようなインドウイスキーやネパールラムしか置いてなかった。カクテル系は種類は減ったけどまだ少しありました。バーボン飲みながらインド料理食べるのが「インド亭」で当たり前のようになってたのに…。最初に出てくる水をチェイサーにロックで飲む。今日はネパールラムのロックにした。30年ほど前にインド料理に急にハマった。大阪で一人暮らししてた頃に堺筋本町のファンビ寺内のすぐ近くにあった「ボンベイキッチン」でインド料理の美味しさを知った。南久宝寺あたりから移転してみたいで、その後は長堀だったかの「ボンベイキッチン」に2,3度行ったきりです。15年ほど前からタイ料理にドはまりしてからは、ずーっとタイ料理屋ばかり行くようになってインド料理はほとんど行かなくなってました。3年ほど前からまた急にインド料理のマイブームが戻ってきてる。気に入ってたタイ料理屋がことごとく閉店しはじめたのも大きい。やっぱりタイ料理はインド料理ほど日本人の口には馴染めないのかも知れない。パクチー嫌いならまず無理だし。ナンプラーの匂いと辛いのが苦手な人も厳しいかも。また美味しいタイ料理屋が神戸か大阪に出来たらいいんだけど。トムカーガイ、ソムタム、ラープ、トムヤムガイ…そして何よりパクチーたっぷりヤムウンセンが一番好きです。友人たちと食べに行っても2回注文する事もよくあった。ヤムウンセンはエビが苦手なのでいつもエビ抜きでパクチー倍増にしていますが…。タイ料理食べたくなってきた。(チラシの裏には映画館名と上映スケジュールも載っています)
2026年01月08日

アメリカのシンガー・ソングライター「Laura Branigan」の大ヒットシングル。このシングルは日本では1984年5月に発売されました。「Laura Branigan」が亡くなって、もう20年経ちます。突然の訃報に驚いた人も多かったと思う。1982年に超大ヒット曲「Gloria」がラジオで流れまくり一気に日本でも有名なシンガーになった。MTVやMVを流す番組がまだ少ない頃でした。「Gloria」と並ぶ「Laura Branigan」の代表曲と言っても過言じゃないのが、この「Self Control」です。(このシングルのジャケットも日本盤だけ異質な感じです。他の国のジャケットはアルバムジャケの 写真を使ってデザインしているものがほとんどなのですが、日本盤だけアイドル系の色使いと 写真のチョイスも当時、自分の持ってたローラ・ブラニガンのイメージとはかなり違う)(他の国ではこの写真とこの色合いのジャケットです。自分はこのイメージで聴いてた)A面「Self Control」作詞・作曲 Giancarlo Bigazzi、Raffaele Riefoli、Steve Piccoloこの曲のオリジナルはイタリアのシンガー・ソングライター「Raf」の作品です。1984年2月に「Raf」の「Self Control」がリリースされ、1984年4月に「Laura Branigan」のアルバムにこの曲がタイトルナンバーとして収録された。ほぼ同時進行でのリリースです。日本ではカバーの「Laura Branigan」バージョンの方が先にリリースされました。「Raf」のオリジナルの方がシンプルにアレンジされていています。聴き比べたりもしてたけど、それぞれに良さがあって甲乙付けられない。ややハードの方が好きなら「Laura Branigan」かな。アレンジもそんなに大きく変わるわけではないのですが。この曲も凄く懐かしくイントロ聴くだけで、あの頃の日々が頭に浮かんできたり、その頃に住んでた部屋の中で聴いているような感覚になったりする。B面「Breaking Out」作詞・作曲 Diane Warren、The Doctor日本以外の国ではB面は「Silent Partners」です(アルバムB面2曲目)。「Breaking Out」はアルバムB面3曲目に収録。いつも思うけど日本だけB面曲を他の国のものとは違う曲にするのは意味あるのかな。アーティスト側の意向はどうなんだろうとか考えてしまう。このシングルに関しては絶対に「Silent Partners」をB面にする方が両曲が映えるように思うけどな…。例えば「Self Control」の次のシングルを日本では「Silent Partners」にするつもりだったとかなら分かるけど。「Silent Partners」は凄く好きなパワーバラードでA面にしても良いと思える曲。「Breaking Out」はA面よりもさらにROCK色強めです。軽いメタルっぽいようにも聞こえるリフがあったり、日本ではハードな方が受けるからかも知れないけど。「Breaking Out」も凄く好きな曲ですが、このシングルのB面は他の国に合わせて、「Silent Partners」の方が良い。「Silent Partners」ならアルバムも買ってみようかって気になるように思うんだけど。当時、思ってた事を今頃、熱く書いてしまった。ローラ・ブラニガンも忘れないように定期的に聴こうって思う。
2026年01月07日

アメリカのロックバンド「1910 Fruitgum Company」のデビューシングル。アメリカでは1967年12月発売、日本では半年遅れてこのシングル盤が発売されました。今ではほとんど死語になってる音楽ジャンル「バブルガム・ポップ」を代表するバンドの一つです。かなり前に書いたアーチーズの「Sugar, Sugar」なんかも「バブルガム・ポップ」の代表曲。でもこの「バブルガム・ポップ」っジャンルが後にPunk rock や Newwaveに大きな影響を与えているとも言われています。バンド構成Mark Gutkowski – Vocals, OrganPat Karwan – Lead guitar, VocalsFrank Jeckell – Rhythm guitar, VocalsSteve Mortkowitz – Bass, VocalsFloyd Marcus – Drums, VocalsA面「Simon Says」(邦題「サイモン・セッズ」)作詞・作曲 Elliot Chiprutアメリカ版の「幸せなら手をたたこう」のような歌詞です。(「幸せなら手をたたこう」は元々アメリカ民謡でそれに日本語歌詞を付けたもの)「♪とても楽しいゲームをしたいです そしてそれはそれほど難しいことではありません ゲームの名前はシンプルサイモンです 皆さんにもプレイして頂ければ嬉しいです」こんな歌詞で始まる超POPでキャッチーなナンバーです。自分はリアルタイムで聴いてたわけではないけど、どこで聴いたのかわからないけどこの曲はなぜか知ってた。高校生になった頃に中古レコード屋でこのシングル盤のサイケなジャケットに惹かれて買ってみたら知ってる曲だった。曲名もバンド名も知らなかったけど。それからしばらくしてから「1910フルーツガム・カンパニー」のレコードを数枚買った。ゲーム音楽みたいな始まり方の「The Train」も日本で大ヒットしています。どれもPOPでキャッチーな曲です。また1曲ずつ書いていくつもり。2分20秒ほどの短い曲ですが、60年代のサウンドを聴いてる!って気分になれる曲だと思います。そしてかなり「Ob-La-Di Ob-La-Da」が頭の中に流れてきそうになるイントロだと思うけど、実はこっちの曲の方が前にリリースされています。B面「Reflections From The Looking Glass」(邦題「鏡の反射」)作詞・作曲 Frank Jeckell、Mark Gutkowski、Ted Gutkowskiドラの音から始まるエスニックなサウンドです。POPなA面も好きですが、このB面の「鏡の反射」の方に強く惹かれた。フォークロックと民族音楽を合わせたような独特な世界で自分はこの曲は今でもかなり好きです。「1910 Fruitgum Company」はバンドとしてどれくらい有名なのかまったく想像できない。曲として「Simon Says」は知ってる人は多いと思うけど、バンド名とか覚えてる人も多いのかな・・・。サイケな色使いとデザインでジャケット買いしても、このB面はサイケでもあるのでジャケ買い成功と言えると思う。(このレコードの外袋にコロムビアレコードの価格改訂のお知らせが印刷されています)
2026年01月06日

松任谷由実さんの38枚目のアルバム「宇宙図書館」の1曲目に収録されているタイトルナンバー。この曲を初めて聴いた時の衝撃はかなり大きかった。(「宇宙図書館」のアナログ盤歌詞ブックレットの写真。午年で白馬に乗ってるユーミンなので)アナログ盤LPでアルバム通して聴いてから、Blu-rayオーディオのハイレゾ音源でも通して聴いてた。このアルバムの1曲ずつの感動を書きたくなったけど、とりあえず1曲目のタイトルナンバーは自分にとって多分、きっと死ぬまで大切な曲になると思うので・・・。凄くシンプルで静かな曲に聴こえるけど、歌詞を100%活かしきるようなコード進行の凄さやメロディの凄さに一瞬で心を掴まれた。そして聴くたびにより感動は深まっていき、ユーミンの全ての曲の中で一番好きな曲になった時もあった。(「宇宙図書館」アナログ盤の裏ジャケット)まずイントロ!いきなりキーボードの音色とメロディーに悲しかった事や忘れかけてた懐かしい思い出がたった4小節の中で甦ってくるようですでに感動です。そしてユーミンの第一声の「♪棚の隅に眠っていた 遠い日々の贈り物」でもう泣ける。このAメロだけでも凄いコードとメロディーに心が楽曲の中に完全に引き込まれる。特に「♪遠い日々の〜贈り物」・・・歌詞もメロディーも天才すぎる。「♪今、私が開くように あなたが残したメッセージ」ここのメロディーも懐かしい切なさと同時に頭の中に大切な人の顔やいろんな物が浮かびあがってくる。次の展開、転調で完全に「宇宙図書館」の楽曲の中に自分の心が浮遊してしまう。「♪夢の中のあなたは あの日と変わらず まだ幼い私を抱きしめてくれる」「♪夢の中であなたは 懐かしい服着て 忘れていた未来を教えてくれる」これまでに別れてきた多くの人や、生き物や、思い出の詰まってる生きていない物たちが、そのままの姿で浮かんだり文字で浮かんだり…そして聴き終わる頃には穏やかで優しい気持ちになれる。メロディーとコードの凄さに歌詞が言葉以上のものになってる。「♪いつの日にか また逢えたら 微笑むように」で、この曲は終わります。(Blu-rayのメニュー画面)この「宇宙図書館」という曲にがっつりハマってから8年ほどですが、ユーミンの全ての楽曲の中でこの8年では一番多く回数聴いてる曲かも知れない。この曲、単体で聴く事もかなり多い。アルバムとしては最新アルバム「Wormhole / Yumi AraI」が「宇宙図書館」のさらに上をいくほどにハマってしまってます。「宇宙図書館」を超えるほどに好きになってしまうアルバムをまだ作る事ができるユーミンと正隆さんのその凄さに感動しています。もうすでに次のアルバムが楽しみでならない。名盤「Wormhole」でも超えていくのがユーミンだと思ってる。(「宇宙図書館」のMVも凄く気に入っててよく観ています)(MVでは白馬に乗ってるシーンはモノクロです)
2026年01月05日

フランスのシンガー・ソングライター「Michel Polnareff」の日本企画のコンパクト盤。「シェリーに口づけ」の大ヒットで制作された企画盤で初期の曲を聴いてもらうために選曲されたような内容です。このコンパクト盤は高校生の時に中古レコード屋で見つけて買ったもの。1stアルバムのジャケット写真がそのまま使われてるジャケットが珍しく思えて買った。その頃はもうアメリカ進出のアルバム発売して3,4年経っていた頃で日本での話題は少なくなっていたように思う。A面1曲目「Tout, Tout Pour Ma Cherie」(邦題「シェリーに口づけ」)作詞・作曲 Michel Polnareffもうこの曲は知らない人はかなり少ないと思うほどに日本で知れ渡ってる曲。つい最近も何かのCMに使われ流れてるのを聴いた。日本のアーティストも多くカバーしてたのもあって色んな層に広がったと思う。デビュー当時のフォーキィーな楽曲からガラリと変わったポップなナンバー。2曲目「L'Amour Avec Toi」(邦題「君との愛がすべて」)作詞・作曲 Michel Polnareffフランスで5枚目のシングルとして発売された曲。リマスター盤の1stアルバム「Love Me, Please Love Me」のボーナストラックでCDで聴けるようになりました。アルバム未収録の曲でした。アコギの音がキラキラしてるフォーキーな曲です。メロディーも美しくて、歌唱も魅力的です。B面1曲目「La Poupée Qui Fait Non」(邦題「ノン・ノン人形」)作詞 Franck Gérald 作曲 Michel Polnareffこの曲の事は前にも書きましたが、ミッシェル・ポルナレフのデビュー曲です。何と!この曲のギターはレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジが弾いています。アコースティックギターです。意外とあまり知られていないと思う。2曲目「Ballade Pour Toi」(邦題「恋人に捧ぐバラッド」)作詞 Ann Kopelman 作曲 Michel Polnareffこの曲は1stアルバム「Love Me, Please Love Me」のA面3曲目に収録されています。アルバム「Love Me, Please Love Me」のCDは今、手に入りやすくなっています。もちろんリマスター盤でボーナストラック3曲入りです。フォークなミッシェル・ポルナレフの魅力をじゅうぶんに楽しめる名曲だらけのアルバムでおすすめです!この曲の切なく物悲しいメロディーはいつ聴いても惹きつけられる。ミッシェル・ポルナレフも定期的に何年か周期でハマって良く聴く時期があります。アルバムも多いし、アルバム未収録の曲は各種ベスト盤的なものに多く収録されています。何度も書いたかも知れないけどミッシェル・ポルナレフを聴くきっかけを作ってくれたのは天地真理さんです。天地真理さんがライブ盤で「愛の休日(Holidays)」をカバーしたのを小学4年の時に初めて聴いて子供ながらに美しすぎるメロディーに惹きつけられた。そしてその後ミッシェル・ポルナレフのレコードを集め始めた。天地真理さんがカバーして歌う「愛の休日(Holidays)」が素晴らしすぎたのもあったと思う。
2026年01月04日

玄関のさざんかの花、昨年は1月20日頃が満開だったけど、今年はクリスマス頃から咲き始め、元旦の今日は6分咲きって感じかな。元旦に咲いてるって初めてかも。今年は1月7日頃が満開になりそう。毎年、さざんかが咲き始める日がかなり違ってきてる。10年前とかなら11月半ば頃に咲いてたイメージだけど、最近は1月中旬に咲く事が多いように思う。咲き終えて萎れたままにしてると茶色くなってしまうので、早めに花ごと取ってあげるのも大切。植木屋さんに頼んで植えてもらう時にこの八重のこの色か真っ白な八重か悩んだけどこの色にしてて良かったと思う。庭のおしろい花は小さい蕾になってるけどまだ咲いています。真冬なのに・・・。完全に気候がおかしくなってるのが庭の草花で凄くよくわかる。ツバキなんてまだ蕾も膨らんでないし・・・。梅が咲き始めるのも年によってまったく違う。(今年も鮮やかな色で咲きました。年によっては少しくすんでたり、黄色っぽかったりします。 まだ膨らんでいない青い蕾も多いから、しばらくは出掛ける時と帰ってきた時に 穏やかな気持ちで愛でる事ができそうです)
2026年01月02日

アメリカのポップシンガー「Diane Renay」の大ヒットシングル。昨夜、「The O'Jays」の「Love Train」を「The Three Degrees」がカバーしてる事を書いた時に「♪「The next stop that we make will be Tokyo」と日本の歌謡番組向けに歌詞を「東京」と変えた部分がある…と書きながら、歌詞にTokyoと入るアメリカの60〜70年代の曲が他にもあったな…と考えてて浮かんだのがこの曲。(同じジャケットデザインで二度再発しています。この330円盤が初回の1964年日本発売で 400円盤と500円盤で再発されています)A面「Navy blue」(邦題「ネイビー・ブルー 悲しき水平さん」)作詞・作曲 Bob Crewe、Bud Rehak、Eddie Rambeauこの曲、もちろんリアルタイムで聴いたわけじゃない。レコード買うきっかけもはっきり思い出せないけど、20代の頃からこの曲が好きだった。メロディもアレンジも聴き心地よくて大ヒットしたのも納得できる名曲。海軍に入隊した恋人のことを思って歌っている歌詞です。歌詞に「Tokyo」が入るって話ですが、「♪I got a letter yesterday from Tokyo And a souvenir A walky-talky wind-up little China doll」東京から手紙とお土産が届いた歌っています。意外とこの曲の事を知ってる友人も少なくオールディーズ好きな友人だけはこの曲が凄く好きだって話をした事があった。B面「Unbelievable Guy」(邦題「彼はスーパーボーイ」)作詞・作曲 Bob Crewe、Larry Santos発売当初はこの「Unbelievable Guy」の方がA面でした。ラジオで「Navy blue」が流れて事から人気が出てきてA面B面逆転してしまった。やや勇ましいアレンジでキャッチーな楽曲。この曲の中低音のブラスアレンジが自分はすごく好きです。「Diane Renay」の歌唱は「Navy blue」以上に魅力的です。年明けからこんな古い曲を聴いてた。紅白歌合戦はユーミンの所だけ観た。「天までとどけ」「翳りゆく部屋」感動だった。「年忘れにっぽんの歌」は畠山みどりさんが出演すると知って凄く楽しみだった。この番組はタイムテーブルを発表しないからずっと観ていないといけないのがしんどい。でも畠山みどりさんの元気に歌ってる姿を観る事ができて感動しました。今日、畠山みどりさんが歌った「出世街道」も、この「Navy blue」とほぼ同じ年の発売です。(2025年12月31日の畠山みどりさん、現在86歳です。 Diane Renayもご健在で80歳です。)
2026年01月01日
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