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先生:添付の複素解析は、 新しいことを 切り拓いている、 重大な内容 と思います。そこで、 1歩進めることを考え始めました。ちょうど、30日18:00時 休憩時間に 問題が独りでに閃きました。問題です。 Schiffer のスパンを定義する関数、極を持っている方、 等角写像で 像の境界が 凸など美しい性質を導きました。y先生では、ベルグマン核やゼゴー核の、 L核が極を持っていますね。ところが, 極はゼロをとる、(分数が) ですから、 そこの極での 確定値に興味が有ります。其の確定値 何か意味を知ると、 凄い研究に 成るのでは。簡単に言うと、領域関数の知られている 極を持つ関数の、 添付の論文における確定値を まず、求めること、- 問題、 そして、その確定値の 値の意味を 求める。y先生 得意の 例のテータ関数や、プライム形式で、相当しっかり、確定値は 求まるのでは。 その意味が 分ると凄いのでは。 構想です。極が現れたら、無限遠でないと駄目だとは思わないですください。 極の近づいて行くは 従来道理、唯 極 そのものの点 と 無限遠点だけは、 除いて考えるです。如何でしょうか。 数学では、問題が、ないと進めない。 始まらない。敬具齋藤三郎2014.4.40.18:30
2014.04.30
2014年4月30日 7:50「正しい行為」とはなんですか?道徳という単語の意味に「人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く。」とありますが。ここで言う「正しい行為」とは一体なんなのでしょう?私は「90%以上の人が同じ行為をしていて、その90%以上の人は平穏に過ごすことが出来るのなら、それを正しい行為とする。※ここで、「平穏に過ごす」とは暴力行為、犯罪行為、それらに発展する可能性のあるトラブルに巻き込まれないことを指す」と定義しましたが、やはりなんだか違う気がします。明確な定義を知りたいので、どうか、答えていただけると幸いです。社会における正しいは 微妙なバランスの上で考えられますね、下記の原則で、対応できるのでは? 再生核研究所声明 129 (2013.8.28): 美しい社会はどうしたら出来るか ― 世の中なぜ上手く行かないか(2013.8.22零時頃 新しい声明案が湧き、大いに気に成る。良い社会を築く問題点である。) 再生核研究所は 今の世の中 おかしいのではないか として、美しい社会を築くにはどうしたら良いかと考察し、始めに再生核研究所声明1で 次のように述べている:(最近の世相として、不景気・政界・財界・官界・大学の不振、教育の混迷、さらにニューヨークのテロ事件、アフガン紛争、パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。平成12年9月21日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。) そこで、上記 閃きにしたがって逆の立場から、考察、補充して置きたい。まず、大きな権力と影響を与える政治家の立場から、考察しよう。政治家は地位を得るのに汲々として、公正な行為がとれない本質的な問題を抱えているのが、民主主義の制度ではないだろうか。絶えず、地位が侵される立場であるから、まずは、自己の立場、権力の維持、したがって自分と仲間の視点を重視せざるを得ないのは、深刻な 当然の、本質的な問題である。古くは論功賞、ご恩と奉公はそれらの基礎である。民主主義には選挙過程と政治家の地位保存で膨大な労力を費やし、公正の原則や在るべき政策以前で終わってしまうような状況が有るのではないだろうか。安定した王政や貴族政、世襲制の方が良いという面が多いのではないだろうか。将来の大きな問題として提起しておきたい。次も参照: 再生核研究所声明 33:民主主義と衆愚政治 権力者が、在るべき社会の在りようを無視して、狭い意味での自己の利益を優先させる事である。明治初期には 国家の指導者たちが、相当に公や国家を論じて、義を重んじ 常に公を心にした高い志が 日本国の輝かしい時代を築いた原動力ではなかったかと評価、追想される。それは政治家ばかりではなく、大学や学会などその他至る所でも 公の地位を利用して、自己の都合の良いように行うのは 世界的に見られる恥ずべき現象である。公の立場と個人的な利益の混同は 常に批判して、何時も人格の高潔さに思いを致すべきである。政治的な面は、お金と権力に結び付き易いから、政治性に興味を抱く者、政治家などでは、始めから いわゆる野心家がいて、自己の利益追求を考えている者が多い現実に注目して 新しい制度の在りようの検討とともに大いに警戒すべきである(再生核研究所声明 52: 政治家や組織の代表者の選出における留意事項)参照。公正と正義となれば、それらを守らせるのが、裁判官、検事などの役割で 国家の基本であるから、それらに圧力を掛けたり、また圧力に屈していると見られるようでは 共に卑劣、言語同断 それこそ、昔の武士道では切腹者である。公正な真実の報道を魂とし、社会正義を志すマスコミ関係者も同じように聖職者であり、同じような厳しさが求められるのは 当然である。日本では、大事な、政治家、司法関係者、マスコミ関係者、多くの権力者たちが上記、公の立場をないがしろにして、自己の利益を図ったり、あるいは圧力に屈しているように見えるのが、当初に述べているおかしな社会にならしめている 元凶ではないだろうか。そこで、再び公正の原則を確認して、公の立場に従って行動できるように、行動させるようにお互いに自戒して行くように心掛けたい。それが帰するところ、美しい社会の実現の第1歩、基礎であると考える。そこで、モラルの面で、いわゆる社会の上層部、指導者たちが高い学歴を有しているのは 普通であるが、いわゆる中国の科挙制度が おかしな、厳しい試験制度を永く続けたため、その制度の弊害で良き人材が現れず、中国が衰退の道を歩んだとの説もあるが、日本でも知識偏重で 人物たる教育の面が疎かになっているようなことはないか と大いに気に成る。それは 頭ばかりが大きくて 心が貧しいと表現されるだろう。 以 上 追記: 稲村和夫氏 などを 全国紙の論説主幹などに登用できる文化力が日本に有れば、日本は どんなに素晴らしい国になるだろう。人材の登用がおかしいのでは? 2013.8.24.10:45 2013.8.22.14:50 半分くらい書く、当たり前、うまくできるだろうか。2013.8.22.15:45 一応の文章になる、そのうち形が整い、実が入るのでは?2013.8.22.17:35 少し、形になる。2013.8.22.18.10 結構良い。2013.8.23.09:05 良い。2013.8.23.12:45 結構良い。2013.8.23.17:15 最後の文が独りでに加えられる。2013.8.24.09:25 立場による利害について、気になる。2013.8.24.10:45 美しいアヴェイロの入り江を眺めて、追記、挿入の考えが湧く。2013.8.24.15:00 さらに、追記、修正。2013.8.24。18:20 良い。公表 日付けを入れる。2013.8.25.08:45 良いのでは。2013.8.25.13:252013.8.25.17:30 少し、追記、考えが湧くもの。2013.8.25.17:502013.8.26.08:10 良い。2013.8.26.11:002013.8.26.17:40 良い、完成できる。2013.8.27.08:40 良い、言い回しに修正あり。2013.8.27.09:20 完成、公表。
2014.04.30
2014年4月30日 8:042014年4月27日(日)全国学力テスト 競争は教育を荒廃させる小6と中3の全員を対象にした全国学力テストが実施された。テストは2007年から始まり、民主党政権下で抽出調査となったが、自民党の政権復帰で全員調査に戻って2回目。これまで禁じてきた学校別の成績公表が認められたことで注目を集めている。前提となる事実をまず押さえておきたい。学力とは何か。誰もがテストの点数だけではないことを知っている。まして、一部の教科に限ったペーパーテストで全体を測ることはできない。今回のテストは国語と算数(中学は数学)だけ。時間も限られていて、この2教科についてさえ、子どもたちの総合的な学力を示すとはいえない。内容を精査せず「あの学校より優秀だった」などと一喜一憂することのないようにしたい。学校別の成績公表が禁 じられてきた理由も振り返っておきたい。全国的な学力調査は1960年代に行われたが、それから長い空白があった。60年代の旧学力テストには「国の教育統制強化」だとして教員組合などが強く反対し、法廷にも持ち込まれた。下級審ではテスト自体に否定的な判断もあり、それが空白の一因とされる。現場の混乱も甚だしかった。教育学者らによる調査によると、テストに備えて補習をしたり、テスト中、正解を書いた紙を持った教員が子どもに見えるようにして回ったりする学校もあった。成績の悪い子を欠席させるケースさえあった。これらの不正は競争に勝つためだった。文部科学省が新テストで結果の公表を禁じたのは、この教訓に学んだからだった。60年代の愚行を「過去のこと」と切り 捨てることはできない。2006年4月、東京都足立区が独自に学力テストを実施した際、ある小学校は、誤った答えを記入した児童に、教員が指をさして教えたり、一部の児童の解答用紙を採点から除外したりした。背景には、地域の評判が生徒数の増減につながる学校選択制や、学力テストの成績によって学校予算を傾斜配分する区の政策があったとされる。文科省は成績を公表する条件として(1)結果を分析し改善策を示す(2)平均正答率などの数値を一覧で比べられるような記載や順位付けをしない-といった措置を求めた。これによって過度の競争や序列化を防げるという考えのようだが、具体的な公表方法は教育委員会に任されている。第三者が数値を集めて整理すればランク付けは容易だ。違反しても罰則は なく、歯止めは事実上ない。前回までの都道府県別順位の公表でも、誤差範囲といっていいようなわずかな差に過剰反応し、少しでも順位を上げようという動きが出た。学校レベルで公表すれば、同じ動きが学校間で起きるだろう。過度の競争は教育を荒廃させる。これまでのテストの分析で、所得が低い保護者が多い学校は平均正答率が低いことが分かっている。つまり、客観的にいえば、このテストの平均点は、先生の指導力や子どものやる気だけでなく、親の所得など複雑な要因が絡んでいる。テストの経費は約55億円。学力というものをもっと柔軟に、多様に捉えるなら、点数至上主義に決別し、このコストを、子どもの学びの場を豊かにするために振り向けることを考えてもいいのではな いか。賛成です。過度の行き過ぎは、教育の場に ふさわしくないですね。
2014.04.30
2014年4月30日 8:05 何故、原発反対派は原発反対を謳うのか?それは日本国土が放射能汚染されないためである。美しい国土が放射能で汚染されてはいけない。素晴らしい考えだと思う。ならば一つの疑問が出てくる。環境保護を謳い反原発を謳っている連中は、なぜ中国の中国沿岸部での原発200基建設に抗議しない?中国沿岸部で原発事故が起きたらどうなる?風は西から東に吹く。ゆえに中国で原発事故が起これば放射能は東に向かい、放射線が日本列島を襲う。日本は即アウト。中国は隣国なのだ!中国のPM2.5が日本を襲っているのと同じ。日本国土は放射能汚染されること請け合いだ。しかも1基、2基どころではない。200基だよwwなぜ中国に抗議の一つもしないのか?日本政府に抗議するのは良しとして、中国にも原発計画中止を物申すべきではないか?★内政干渉?放射能は国境を越えて襲ってくるよ。しかも中国は日本の隣国。隣国で放射能事故が起きたらどうにもならぬ。中国沿岸部200基建設計画に反対しないのは不自然だ。そもそも中国の原発を抗議することは内政干渉ではない!!隣国で危険なことをやっていたら抗議することは当たり前のこと。原発は絶対危険なんでしょ?絶対危険なことを隣国がやったら抗議して当たり前。★原発事故を起こした日本国の原発をそのままにして、中国の原発に反対しろと言うほうがおかしい??日本の原発を廃止してから中国の原発に抗議するってか?それだと中国の200基原発は出来上がってしまうよw出来上がってしまってから抗議するの?本当に日本国土を心配するのなら、日本に抗議しつつ同時並行で中国政府にも抗議しないと放射線が国土を汚染する。日本とか中国とか言ってる場合か?放射能は日本も中国も関係ない。中国沿岸部の200基原発が、日本国民の生存を脅かすことになるのだ。日本政府にも抗議する一方で、中国政府にも抗議しないと、原発200基は出来上がったら手遅れだ。本当に放射能汚染が怖いのか?本当に放射能汚染が怖いと考えているのなら、中国の原発200基建設計画に猛抗議しないと矛盾する。それが内政干渉とかいうのなら、放射能を本気怖がっているとはいえぬ。中国沿岸部の放射能は東の方向の日本列島を直撃する。そんな怖ろしい中国の原発計画に何も言わないのは何故?原発反対者は日本経済を混乱させることが目的か?日本国土が放射線被害を受けるとしたら主な要因として、日本と中国の原発が挙げられる。となると日本の原発だけを批判しても中国も批判しないと根本解決にはならない。なのに反原発派は中国に抗議しない!そこに反原発派の胡散臭さがみえるまず、自分のまわりから、始めるは基本ですね。 結局、世界史を進化させようですね。しかし、何と言っても自分の近くからですね。影響も、近くが大きいですね。 第一、外国等動かすには、それは さらに大変です。
2014.04.30
2014年4月30日 8:06 最高裁判断は国会や国民の判断よりも上なのでしょうか。本妻の子供も妾の子供も同じ扱いとか、選挙区ごとの定数配分を単純平等にせよとか、理解しがたい判決が相次いでいます。本来、このような問題は、国民の良心に問いかけるべきものではないでしょうか。憲法は平等を謳っていますが、その前提に「法の下」と明記しています。婚外子の相続分を2分の1とするのも、道徳秩序を勘案して法が定めていることだったのに、法の規定を無視してそれを覆してしまったわけですね。これでは「法を作る国会よりも裁判所の方が上位だ」ということではありませんか。国会を国権の最高機関と定めた憲法の規定が蔑ろにされているのではありませんか。また、選挙区定数についても、過疎地域の人々の意見も取り入れるべく各県最低1名の配分を国会は決めていましたが、これも単純平等のみを公平だとして違憲判断しています。それでは、極論すれば、首都圏のような人口密度の高い地域の意見だけで国家が運営され、過疎地切捨てを裁判所が強制するのと同じではありますまいか。補足裁判官は私たちが選んだ人ではありませんね。単なる公務員(公僕)の筈です。そういう立場の人たちが、私たちの選んだ国会の決めたことをひっくり返すのは変です。特に、憲法判断は、国民投票によって確定すべきであって、裁判所だけで確定させるのは、民主を定める憲法に違反すると思うのですが如何でしょうか。基本的に 発想がおかしいのでは? 裁判所は 法治国家の建前上、法に基づいて 国家が動くように判断するのですから、 直接国民の意見を聞く立場では 無いですね。 また、国会と言えども 憲法には従わなければならないので、 最高裁判所の判断には 従う必要が あります。それが 3権分立の大事な原則ですね。もちろん 、国民は 裁判所について、国民審査権等で 権力を行使したり、意見を表明できます。
2014.04.30
再生核研究所声明156(2014.5.1) 尖閣諸島、簡単な算数と 愚かで卑劣な日本国再生核研究所声明153で 安倍政権の下では 日本国は危機的状況に追い込まれる可能性が高いと 危惧を抱いている。祖国のことを 心配しない者がいるだろうか。まず、日本国の危機の背景を整理しておこう。と述べ、 さらに、今日本を 救済しているのは、オバマ大統領と中国政府であって、両者が決断すれば、愚かな日本国政府は 日本国を救えず、日中を戦乱に導き、アジアの衰退、壊滅を招くのは簡単である。愚かにも、日本政府は アメリカとも 中国とも関係を悪化させている。と述べた。しかるにオバマ大統領の訪日で、尖閣諸島は 安保条約の適用範囲内と大統領が明言されたからには、アメリカの力の背景に 中国が大義を全うできない 不名誉に耐えざるを得ない状況は、厳然と存在する。実際、アメリカは 何時でも戦争を起こし、日、中を壊滅させる力と、そのような誘惑に駆られる要因を 強く持っているからである。 欧米には、日中を争わせ、野蛮なアジアを壊滅したい背景 があると考える。賢くも中国政府が、慎重に その辺の状況を捉えていることは 高く評価される。という、状況をもたらし、オバマ大統領の訪日は 一見日本外交の勝利にも見えるだろう。しかしながら、簡単に考えれば、 日本が如何に卑劣で、愚かであるかも簡単に分るだろう。卑劣さは、フォークランド紛争と同様、棚上げにされてきた 未解決問題の島の領有権を一方的に宣言すれば、宣戦布告と同様であり、平和憲法の精神に反して、挑発、しかも、中国政府の政権交代期を狙って行っている、こと。結局、アメリカの力の背景で、尖閣諸島を 領有出来ても、そのことは アメリカ軍の駐留の大義に利用され、軍事費も増大させられ、島周辺を何時も警戒し、島周辺の利用さえできない、マイナスばかりであること に簡単に気づくだろう。 母なる祖国、同じ民族、文化を共有する大中国を辱め、アジアの友好関係を薄め、日本は アジアの裏切り者;外部勢力の介入を招き、頼っていること、の感を アジアにもたらすだろう。世界的な視野ではそうなるだろう。野蛮な、島問題など起こさず、仲よくしてしまえば、何も問題は無く、それだけ、世界史の進化に 力を注げるというものである。和を以って貴しとなす とは、誰の言葉であったろうか? 挑発しながら、逆に、危機を煽っているのは、2000年の歴史を見ても 実におかしなことでないだろうか。万里の長城は 何のために有るのか? 日本侵略どころか、国境周辺の不安定と超大国を纏めるのが大変な国が 中国の歴史ではないだろうか。尖閣諸島問題については、一貫して、日本の愚かさ、野蛮性を 指摘してきているので 下記を参照。これらは 反米精神ではなく、アメリカの立場からすれば、日本支配は当然であり、支配は上手く行っていると言える。 逆にみれば、永い平和な江戸時代を想い出すまでもなく、日本は支配しやすい民族、国民性、おめでたい従順な存在であると言える。しかしながら、虎の威を借る狐で、軽薄にも盲目的支配の片棒を担いでいる、マスコミ、言論界は 愚かで、醜い日本の部分にみえる。他方、アメリカも気づき始めたように、 時代錯誤の日本固有の民族主義や軍国主義のような 台頭を危惧している。世界最高の文化を有する、我が祖国よ、そんなことで良いのか:再生核研究所声明 97(2012.9.22) 虚妄、空想、日中戦争の分析と顛末再生核研究所声明 98(2012.9.23) 矛盾、日中は戦争状態にある、― 日本はそんなことをしていて良いのか、 原因を取り除け再生核研究所声明 103(2012.10.12) 日・中戦争の経過と状況の分析 ― 賢明な終戦と和平 再生核研究所声明 108(2012.12.8) 敗戦国日本よ、 情けないぞ ― 自主独立を求め、米・中との友好関係を 日本国憲法の精神で進めよ。アメリカは、日本の自治を尊重して、政治介入を控えよ。再生核研究所声明 109(2013.2.8)中国の出軍は、道理であり、日本の出軍は憲法違反である - 公正と法とは何か、おかしな日本のNHKと世相再生核研究所声明 111(2013.2.20)日本国憲法によって、日本国および日本軍を守れ、― 世界に誇る 憲法の改悪を許すな再生核研究所声明 138 (2013.10.18) 大中国、中国の印象 ― 母なる大国、中国に郷愁を感じた再生核研究所声明153(2014.3.26) 日本国の危機 と 祖国救済の戦略以 上追記:3.30 美しい国、日本(2008/2/11):今日は、建国記念日です。日本には、世界に誇るべき美しい文化と人類を導く良い考え方があると思います。 多額の借金と少子化及び教育の荒廃によって、このままいくと日本国は、衰退の道を辿る事にならないでしょうか。 何とか、日本国の再生を期したいと思います。 もちろん、日本国の神話は大事にすべきではないでしょうか。美しい国、日本日本は美しい島国です。豊かな水で多くの川が流れています。日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。2014.4.26。01:10 休み時間に一気に これで、大勢は出来たのでは? 朝、ひとりでに閃く。2014.4.26.15:50 題名が良いか。内容は平凡。2014.4.26.17:20 良くできているようだ。 今朝、ひとりでに題名と内容が閃いた。2014.4.26.18:40 帰るとき、修正、追加。2014.4.27.08:10 最後、追加、アメリカの部分と、国民性。2014.4.27.12:15 3件の宿泊予約。2014.4.27.17:30 良い。2014.4.27.18:30 相当に完成度高い。2014.4.28.09:252014.4.28.12:00 良い。2014.4.28.18:50 最後にもう一言有るが避ける?: 世界最高の文化を有する、我が祖国よ、そんなことで良いのか。2014.4.29.07:30 良い。 晴天。 入り江の輝きが美しい。2014.4.29.13:15 良い。2014.4.30.08:15 良い。完成、公表。
2014.04.30
多くの人が 死の問題で、早くから、悩むのですが、私もそのような一人で悩みました。今でも? 6年くらい前に、8歳の天才少年に会い、 人生や、社会には難しい問題があり、原罪や死の問題も取り上げました。驚きました、平然と 私は70歳くらいまで、生きるので、その問題を考えるのはまだ早いと言うのです。 これには本当に驚きました。あとあと考えて大事なことを述べていたと 気づきました。人間の心は 年齢、環境と 共に変わるので、確かに時期が有ると言うことです。若いうちに考えるのは 純粋だから人生全体を見る精神があり、生に対する執着が 強く、生命力が有る現れですね。心配することは無く、良く生きていれば、自然に死も考えられ、受け入れられるようになり、自由になれますね。生物はそのように作られている。77歳で 他界した父など、もう十分生きたと 言っていました。そこで、 急がないで、好きなことを好きなようにやれば、良いのではないでしょうか。 もちろん、それを追究したい人もいますが、それは個性ですから、それでも良いですね。しかし、心が、年齢とともに変わってしまうのですね。 参考にして下さい。 敬具齋藤三郎2014.4.29.16:10
2014.04.29
再生核研究所声明 111(2013.2.20) 日本国憲法によって、日本国および日本軍を守れ、― 世界に誇る 憲法の改悪を許すな再生核研究所声明 112(2013.3.14) 公理系からの脱却、論理的思考、逆思考によって、視野を高め、広めよ ― 平成暗黒時代を このまま終わらせて 良いものか再生核研究所声明 113(2013.3.22): 美しい人たちの活かされない努力、無駄な努力 ― ソーシャルメディア利用、デモ; 戦略が無ければ、夢中で訴えても 空しい努力に再生核研究所声明 114(2013.4.20): ああ 人類最後のとき — 世界史を回想、評価する再生核研究所声明 115(2013.4.26): 枯れ木も山の賑わい ― 現状と存在に理由あり再生核研究所声明 116(2013.5.1): 宇宙空間、星間交流から人間を考える 再生核研究所声明 117(2013.5.10): 時,状況が問題; タイミングの重要性 、死の問題、恋の問題再生核研究所声明 118 (2013.5.16): 馬鹿馬鹿しい人生、命失う者は 幸いである、 と言える面もある ― 再生核研究所声明 119 (2013.5.18): 冷酷な神々、自然 ― 見捨てられた 人類再生核研究所声明 120 (2013.5.24): 終末の在りようについての 総合的な検討を、遅れている面での 文化を進めよう ― 個人の自由意志の尊重に基づく 肯定死の保証 と 方法の確立を再生核研究所声明 121 (2013.7.8): 2013年、参議院選挙にあたって ― 闇に向う、日本の愚かさ、民主主義の挫折、衆愚への道、情けない日本国。再生核研究所声明 122 (2013.8.1): 神の存在と究極の信仰 - 人間よ 想い煩うことはない。 神は存在して、一切の存在と非存在を しっかりと支えられておられる、 人は必要なときに必要なだけ、 念じるだけで良い。再生核研究所声明 123 (2013.8.18): 日本国の自立を求めて ー なぜ自立を求めるか -それは、 日本の固有の美しい文化を維持、発展させるためである再生核研究所声明 124 (2013.8.20): 恋の機微 - 恋の極意再生核研究所声明 125 (2013.8.24): お金の問題 ― 貨幣について ― 本質論再生核研究所声明 126 (2013.8.25): お金の問題 ― 貨幣について ― 如何に使うか、支出について再生核研究所声明 127 (2013.8.26): お金の問題 ― 貨幣について ― 収入ついて再生核研究所声明 128 (2013.8.27): 数学の危機、末期数学について再生核研究所声明129 (2013.8.28): 美しい社会はどうしたら出来るか ― 世の中なぜ上手く行かないか再生核研究所声明 130 (2013.9.1): 復讐心も、競争心も、嫉妬心も空しい: 忠臣蔵の断罪を求める。― 世界中のテロリストをなだめる方法(宗教間と民族間)再生核研究所声明 131(2013.9.3): シリア軍事介入について ― 日本の対応姿勢(本声明は、声明に関心を抱く人の希望に応じて見解を纏めたものである)再生核研究所声明 132 (2013.9.10): 神を如何に感じるか - 神を如何に観るか再生核研究所声明 133 (2013.9.11): 2020年 東京オリンピックとパラリンピッの開催について - オリンピックを成功させ、平和憲法の精神の下で、日本は進化を再生核研究所声明 134 (2013.10.5): 私の命よりも 大事な 私 ― 人間の崇高さ、素晴らしきかな 人間再生核研究所声明 135 (2013.10.11): 線形作用素方程式における第一基本定理再生核研究所声明 136 (2013.10.12): 線形作用素方程式における第二基本定理再生核研究所声明 137 (2013.10.16): 世界の危機と 権力者の選出再生核研究所声明 138 (2013.10.18): 大中国、中国の印象 ― 母なる大国、中国に郷愁を感じた再生核研究所声明 139 (2013.10.22): 正義とは 戦争における; 短期的には 勝者が決めるが、世界史が評価の大勢を定める誰にも分かる 数学の難問? 再生核研究所声明 140 (2013.10.25): 数学の神秘性: 一考察 (誰かこの考察、議論を進めて欲しい。)再生核研究所声明 141 (2013.11.14): 結局、人間とは、人生とは 何だろうか、どの様なものか再生核研究所声明 142 アヴェイロの夢 (2013.11.30)Announcement 142: An Aveiro Dream in Mathematics再生核研究所声明 143 (2013.12.10) グローバリゼーションの危険性再生核研究所声明 144 (2013.12.12) 人類滅亡の概念 - 進化とは 滅亡への過程である再生核研究所声明 145 (2013.12.14) 生きること、人間として在ることの 究極の意義 についての考察再生核研究所声明146(2013.12.17) 愛の本質、愛の原理 再生核研究所声明147(2013.12.27) 創造性についての 第二考察再生核研究所声明 148(2014.2.12) 100/0=0, 0/0=0 - 割り算の考えを自然に拡張すると ― 神の意志再生核研究所声明149(2014.3.4) 生きること、生命の本質、活動して止まないもの再生核研究所声明150(2014.3.18) 大宇宙論、宇宙など小さい、小さい、the universe について再生核研究所声明151(2014.3.20) 再生核研究所の志向と協力、参加へのお願い再生核研究所声明152(2014.3.21) 研究活動に現れた注目すべき現象、研究の現場再生核研究所声明153(2014.3.26) 日本国の危機 と 祖国救済の戦略再生核研究所声明154(2014.4.22) 新しい世界、ゼロで割る、奇妙な世界、考え方再生核研究所声明155 生きる意味は 文学者にも分からない??再生核研究所声明156(2014.5.1) 尖閣諸島、簡単な算数と 愚かで卑劣な日本国
2014.04.29
2014年4月29日 0:05 感情と創造力の関係について教えて下さい。感情がないと創造力は生まれないのかどうか?またコンピューターに感情を持たせるのと、コンピューターに創造力を持たせるのは、どっちが難しいか?感情、情念が多くは 創造の素ですね。 コンピューターには 共に難しく、 創造の方が難しいのでは?
2014.04.29
2014年4月29日 0:06スポーツ系は、順位が必ずついて、最下位まで個人レベルでわかります。優勝者は、その日頃の努力と共に褒め称えられます。学力テストはどうでしょう。公表すらされません。優秀者は、ガリ勉との、偏見・レッテルと戦わなければなりません。テストなんて、人格のすべてではないのだから、気にすることはないとか言いながら、スポーツの成績は、進んで公表する。一方、東大生が、スポーツで成果を上げるとニュースになり、スポーツ選手が実は馬鹿であることを笑いのネタにする。やっぱり、勉強できるに越したことはないのに、勉強できることをキチンと評価しようとしないのは、馬鹿の発言力が強いからなのでしょうか、それとも、勉強できる奴ら は、既に支配的かつ安定的地位にいるので、馬鹿の妄言を笑って許してるのでしょうか。点数の良い子の事をガリ勉扱いしてる親は多いですが、スポーツのできる子を馬鹿扱いする親は少ない。あと、テストの点数が高いからといって、決して勉強してるわけではないという事を信じない親がいます。スポーツ神経と同じように、勉強神経が優れている子も沢山います。勉強でる子にもっと光を与えるべきでは?どうせ、社会に出れば、格差が歴然とあるので、それまでの辛抱というのもわかりますが。微妙な意見ですね。社会とはそのような要素をどうしても 持つと思います。 問題は行き過ぎですね。勉強や学校の成績を 余りの気にし過ぎでは。 スポーツ界と、勉強は相当違い世界では。 芸術、音楽などまた別の世界が有りますね。いろいろ有るは、大きな世界で 良いのでは?
2014.04.29
2014年4月28日 23:50 記事大西宏2014年04月28日 14:05「価値を創造」しつづけてこそ日本少し前に、お酒の場で、中国や韓国の反日行動に怒りを感じている、いわゆる嫌韓、嫌中の若い人と話をする機会がありました。それでわかったのは、なぜ、そんなに中国や韓国の過剰反応するのかの原因でした。ひとつには、自国への自信がゆらいでいることで、もうひとつは、それとも関連するのですが、中国や韓国が置かれている状況に関して根本的な勘違いがあることでした。 それで腑に落ちたのですが、日経ビジネスに、日本の多くの人が勘違いしているのではないかと指摘しているいいコラムがありました。 中国の「反日カード」を、日本の「日常」で無効化しよう:日経ビジネスオンライン 中国の高い経済成長、中国の富裕層が日本のみならず、海外の不動産を買いあさっているという話を聞いたり、高層ビルやマンション群が立ち並び、街中を超高級車が走っているところを見ると、錯覚が起こってきます。 日本人は「中国の大都市はもう日本と肩を並べるレベルになったんだろう。いや、すでにある面では日本を追い越しているのでは」と勘違いしてしまうのだ。先の嫌中・嫌韓で憤っていた若い人もそうでした。しかしこのコラムでも書かれているように日本と中国では、日常はまったく同じ土俵にたってはいないのです。ちなみに、よくテレビなどで、中国企業がお金の力で日本の水利権まで買いあさっていると嫌中を煽っているコメンテーターがいますが、それは間違いです。国内企業ですら良質な水源を手に入れる、あるいは水利権を得ることは容易ではありません。まして外国企業が買い漁ることなどは実際にはできません。現実を知らずに勘違いしているだけです。中 国も韓国も、日本と同じようにやがて成長の壁がやってきます。おそらく、十中八九間違いないと思います。それはあまりにも産業構造が製造に偏っていることと、輸出に頼り過ぎているからです。中国がまだ高い経済成長率を示しているとはいえすでに減速が始まり、韓国もかつての高度成長の時代を終えています。 たしかに、日本は中国や韓国より先に経済が停滞してしまいました。工業社会では優等生だったのですが、時代は変わります。日本は次の時代をリードする産業への転換に遅れたことが原因でした。しかし、根本的な違いは、日本は豊かになってから経済成長が止まったのですが、中国や韓国は、十分に豊かさを実現する前に成長が鈍化しはじめていることです。 なにが 違うかといえば、日経ビジネスのコラムにあるように、社会のインフラも、ソフトも、また日常生活の質も違うのです。以前、香港在住の友人がフェイスブックに「日本のコンビニで150円くらいで売られているエクレアはすごくおいしい。あれと同じレベルの商品は、香港では1000円出しても買えない」と書いていて、思わず「その通り!」と唸ったが、中国でも同様だ。買えないどころか、それだけ「低価格で高品質」のものは中国中どこを探しても売っていない。10万円の高級輸入ワインはよく目にするのに、「日本に普通にある、ちょっといいもの」は中国には存在しないのである。ひとり当たりのGDPの違いを見ればそれを想像することができます。下のグラフを御覧ください。日本の一人あたりのGDPはかつては突出して高い時期もありましたが、その後はおよそ欧米先進国並です。しかしまだ韓国との 開きはあり、まして中国は日本の5分の1以下です。一人当たりの名目GDP(USドル)の推移 - 世界経済のネタ帳 一人当たりの名目GDP(USドル)の推移 - 世界経済のネタ帳ひとり当たりのGDPでそれだけの差がでるのは、付加価値を生み出す力、付加価値を生み出すことを可能にするさまざまな社会インフラの総合力の違いが背景にあるからに他なりません。韓国もようやくセウォル号の事故を通じて、まださまざまな社会インフラやソフトで日本とは大きく差があり、まだ先進国とはいえないことに気がついたのではないでしょうか。少なくとも韓国メディアではその論調が目立ちます。 セウォル号事故で、朴政権に向けられる怒りと韓国メディアの変化さて日本はアジアでは最初に、「先進国を追い抜け追い越せ」の時代を卒業し、次の自ら「新しい価値を生み出す」時代に足を踏み込み、まだその対応が十分にはでていないために経済が足踏みしてしまった状況です。しかし、ようやく課題は見えてきており、あとはそれが社会に広く浸透していくことで、意識転換が起こることを待つだけの状態だと思えます。ビジネスの社会では、もちろん改善は欠かせないとしても、自らの強みを磨き、独自のポジションを確立することが重要だといわれますが、それは国の経済でも、社会のありかたでも同じだと思います。安全保障も、なにも軍事力だけで実現できるも のではなく、アジアで経済や文化のリーダーとして独自のポジションを築くことが欠かせません。日本の強みを磨き、その存在感で「信頼」を得ることがもっとも重要ではないでしょうか。そう考えると、中国や韓国の反日の動きに過剰反応せず、自らの抱える課題にこそ積極的に集中することが今求められているのだと思います。めざすは、まだこの世界にはない新しい「価値を創造しつづける国」でありつづけることだと思います。その意味では、過去との比較でしかない「成長戦略」という言葉はよくないのかもしれません。これは真面目な 良い意見ですね。 日本は、両国に比べて、全体的に相当進んでいますね。マスコミが変な キャンペー―ンをしていて、残念ですね。
2014.04.29
2014年4月28日 23:53 自分を理解する事は可能でしょうか?可能であれば方法を、不可能であれば理由を教えて下さい。鏡に映す必要があるので、 対話や、書くことは 良いのでは: 本当ですね。そのように、 私が何ものかは 難しいですね。 そこで、汝 自らを知れと、 哲学の祖、ソクラテスは 言っているのですね。私は、遺伝子に支配されている、本能で動かされている面がありますね。そのような内部と要因と、環境の間に 自分と感じている、私がいますね。 自分の心をぼんやり感じていますね。少し、自由意志と、感情が複雑に混じった微妙なもの、感覚的に 自分を感じますが、 その具体的な表現は 難しいですね。
2014.04.29
2014年4月28日 23:54 貴方は誰?「サラリーマン」?職や身分など社会が付けたレッテルに過ぎない。貴方は誰?「男?女?」性別など社会が決めたレッテルに過ぎない。「名前」?名前は親が付けた暗号に過ぎない。貴方は誰?「私は私」?「私」というのは他人と区別して社会が上手くいくように人間が作ったただの言葉の概念に過ぎない。貴方は誰?「人間」?「人間」というのは社会が言葉を共有する際に物質に当てはめた概念に過ぎない。貴方は誰?「水素と炭素と窒素?」「水素と炭素と窒素?」というのは科学を効率よく行うために作った元素記号という概念に過ぎない。貴方は誰?本当ですね。そのように、 私が何ものかは 難しいですね。 そこで、汝 自らを知れと、 哲学の祖、ソクラテスは 言っているのですね。私は、遺伝子に支配されている、本能で動かされている面がありますね。そのような内部と要因と、環境の間に 自分と感じている、私がいますね。 自分の心をぼんやり感じていますね。少し、自由意志と、感情が複雑に混じった微妙なもの、感覚的に 自分を感じますが、 その具体的な表現は 難しいですね。
2014.04.29
2014年4月29日 0:02 アンチ日本が捕鯨問題で対抗するより、「憲法9条をノーベル平和賞に」に同意なさった方が、とっても面白いことになりそうなのですが、アンチ日本ファンはこの記事をご存知でしょうか?-news-一人の主婦が発案 委員会が推薦受理 戦争の放棄を定めた憲法9条をノーベル平和賞に推した「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会(事務局・神奈川県相模原市)に、ノルウェー・オスロのノーベル委員会から推薦を受理したとの連絡があり、正式に候補になったことがわかった。朝日新聞デジタルが報じた。連絡はメールで9日夜、実行委に届いた。「ノーベル委員会は2014年ノーベル平和賞の申し込みを受け付けました。今年は278の候補が登録されました。受賞者は10月10日に発表される予定です」との内容だ。事務局の岡田えり子さん(53)は「受理されてうれしい。受賞者は個人か団体となっているが、受賞者を日本国民としたことを委員会は受け入れてくれた。これで日本国民一人一人が受賞候補者になった」と話したという。世界中の方が、この記事に乗っかって応援なさると、とっても面白いことがおきそうな予感がするのですが、そう簡単に乗っかれない訳でもあるのでしょうか?本当に面白いと思うのですが自分の国の問題を、外部に働きかけては、 本来の姿ではないのでは。自分の問題ですね。 憲法問題は?国の固有の大事な 問題では?
2014.04.29
2014年4月29日 0:04 世界各国からアフリカには、かなりの額の寄付等が寄せられていると思うのですがいまだに飢餓等で苦しんでいる人たちが多く、改善されていかないのは何故ですか?寄付しても何も変わらないのならば、寄付をする意味はあるのですか?根本原因を 良く調べて 根本的な対応が 大事では?
2014.04.29
2014年4月29日 0:05 感情と創造力の関係について教えて下さい。感情がないと創造力は生まれないのかどうか?またコンピューターに感情を持たせるのと、コンピューターに創造力を持たせるのは、どっちが難しいか?感情、情念が多くは 創造の素ですね。 コンピューターには 共に難しく、 創造の方が難しいのでは?
2014.04.29
2014年4月28日 8:21 これまでに神の存在を証明した、または否定したのを証明した人物はいるのでしょうか?そのような発想がおかしいのでは。 神の定義をしっかりすれば、人間には無理では? ― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。―
2014.04.28
2014年4月28日 8:23 1億年後どうなってるか見てみたくないですか?それは気が とうくなる話では。 せいぜい、100年先くらいでは?
2014.04.28
2014年4月28日 8:25 「貴方が笑えば、世界は貴方と共に笑う。貴方が泣くとき、貴方は一人で泣く。」by ウィルコックスこの言葉の意味。色々な解読があると思います。共感、共鳴、遺伝すると言う面を触れたのですね。 有りますね。
2014.04.28
2014-04-28 8:26 GMT+09:00 科学の対になる言葉は宗教でしょうか?そう言えるのでは。
2014.04.28
2014年4月28日 8:26現代科学至上主義のから抜けるには現代の科学至上主義の汚染から抜けるにはどのような本を読んでいったらいいでしょうか?私自身科学至上主義に汚染されてると感じてます。死後の世界がないということや科学の決め事に無視されたことは真実ではないという思い込みがあります。カントの純粋理性批判やオルダス・ハクスリーの本あたりは必読だと思うのですがどうでしょうか。宜しければ回答お願いしたいです。お願いします。本を読むよりも、自然を良く観察すると良いのでは。 野生動物から、多くを学べるのでは?本は、大抵良くないですね。
2014.04.28
2014年4月28日 8:31 記事大隅典子2014年04月26日 09:32科学者は競争的すぎる環境に付いていけない日本では平成7年に「科学技術基本法」が制定され、国の施策の基本に科学技術を据えることにしました。5カ年ごとに「科学技術基本計画」が定められ、現在は平成23年に閣議決定された「第4期科学技術基本計画」の元に施策が立てられています。平成28年からは第5期の開始となるので、そろそろ次の計画をどうするか、という話も出始めているようです。1990年代からいわゆる「大学院重点化」が開始され、科学技術を支えるには博士号を持った人材が必要であるという観点から、大学院生の定員が増やされてきました。そのような大学院生の次のキャリアパスとして博士研究員(ポスドク)がありますが、平成8年からの第1期の計画において「ポストドクター1万人支援計画」が策定され、ポスドクの数も増えることになりました。このようなポスドクの多くは、プロジェクトごとに雇用される有期雇用者です。したがって、5年などの任期が終了すると、次の就職先を探す必要がありますが、大学院生たちが「このまま研究を続けたらなれるのかな?」と思うような「大学の先生」のポストは、重点化で増やされた大学院生の数に比例して増加はしていません。実は、重点化のときに、助手(当時)ポストを講師・助教授(当時)・教授へ振替えるという対応をしたので、若い方のための実質的なポストはさらに減りました。さらに平行して、大学への運営費交付金削減が為され、その結果として大学は人件費を削減する際に、研究の支援を行う助 手や技官のポストから削減していったのです。上記2つのグラフ(下は「国立大学等の科学技術関係活動に関する調査結果」より。もっと直近のものもあるはずですが)は、昨今の研究不正の問題の背景としての「研究を取り巻く競争環境の激化」を示すデータの一部だと思います。そして、生命科学系のポスドクの割合が多いことや(下図)、欧米と異なり、アカデミアポスト以外の就職先が、例えば工学や化学、情報科学よりも生命科学では少ないことも、なぜ生命科学系における研究不正問題が顕著であるかと関係するのではと見ています(このデータがうまく探せなかったので、とりあえず、博士号取得者のキャリアパスについて2005年時の日米比較を挙げておきます)。私自身は、第3期および第4期の計画策定の委員会メンバーとして関わり、その間に一貫して「基礎研究の支援」、「科学技術人材のキャリアパスの多様化」と「科学コミュニケーションの推進」を主張して来ました。第5期の基本計画について議論し始めようとする今、科学を取り巻く問題を再度、もっと根本から真剣に考え直すべきときと思います。そして、その根元に据えるべき方針は一言で言えば「行き過ぎた競争的環境の是正」であると思います。科学を遂行するのは「人」ですので、まず必要なことは「大学院生定員の適切化」だと思います。教員に対する大学院生数が多すぎると、親身の指導が行き届かず、ノートの取り方や論文の書き方も知らないまま学位を取るケースが出現することは、記憶に新しいことと思います。さらに、「研究支援ポストの増加」を図るべきと思います。研究支援者やラボ・マネージャーへのリスペクトとともに、そのようなポストが、プロジェクト雇用ではなく、安定的に雇用される仕組みを創らなければならないと思います。では、どのようにして研究支援ポストを増加させるかというと、それは「教授ポストから研究支援ポストへの振替」に よって達成させるべきと考えられます。例えば、ある教授が定年になってポストが空いたときに、次の人事は、そのポストを共通機器室技官として運用するなどを行うべきと考えられます(団塊の世代の教員が退職する今は、そのチャンスなのですが……)。そのためには、国立大学としては現在の「教員定員」という縛りを外した運営費交付金の運用が可能になる仕組みが必要と考えます。さらに研究支援者だけではなく、かつての「教養教育」を行っていた教員のような、研究のエフォートは低く、高等教育の基本を支えていた教員ポストへの移行も考慮されるべきと思います(別エントリーを立てます)。上記は必然的に「研究教授ポスト削減」になるので、それだと国としての研究力低下に繋がるので は、という懸念が生じますが、むしろ逆かもしれないと考えます。科学研究費の総枠を150%増にでもすれば別ですが、現在は研究のための「競争的資金」を獲得する上での競争が厳しくなりすぎています。例えば、ボトムアップ型の競争的資金の「科研費」は採択率がおよそ20-25%程度であり、4〜5人に1人しか採択されません。トップダウン型の競争的研究費の採択率は10%にも満たないものがほとんどです。現在、大学の研究室主催者は運営費交付金だけでは基盤的な研究もできない状況にあります(このことは、学生の教育の質にも影響を与えているでしょう)。運営費交付金がなぜ削減されたかというと、競争的研究費の元になったのが、定員ベースに配分される運営費交付金だったからなのです。これは私見ですが、もともと研究人材には「まじめにコツコツ」働くタイプの人が多く、そのような方は競争的なストレスの強い環境には耐え切れないのではないかと思います。もちろん中には、ストレス耐性が強く、競争的環境で自分の陣地をどんどん拡大するタイプもおられます。でも、行き過ぎた競争的環境では、次のブレイクスルーに繋がるような芽ばえが難しいのではないかと思うのです。行き過ぎた競争的環境への警鐘は、研究する大学――何のための知識か (シリーズ 大学 第4巻)の中にも東京大学の菅裕明教授により詳しく書かれています。とくに、競争的研究費の中でも「トップダウン型」のものが多くなれば、より競争的環境が強くなることは認識しておくべきことと思います。今回のSTAP細胞騒動だけでなく、生命科学系では多数の研究不正が行われてきたという悲しい事実があります。現実を直視するならば、その対応は、研究不正告発窓口をどのように設置するか、というようなやり方だけでなく、もっと根源的なところから考え直す必要があるのではないでしょうか?【お願い】上記の論拠として挙げたデータについて、より直近の適切なものをご存知の方がおられましたら、どうぞ教えて下さい。適宜、本文の方を差し替えさせて頂きます。タグ:http://blogos.com/article/85303/本当ですね。求道精神や真理を追究が大事なのに 競争意識が 世相が強すぎますね。 成果主義も行き過ぎでは? ― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。―
2014.04.28
2014年4月28日 8:32 記事キャリコネ・企業インサイダー2014年04月24日 04:24アイドルという仕事は「自発的に行動する力」を失わせる? 元カントリー娘。のブログが物議ハロプロのアイドルグループ「カントリー娘。」にメンバーとして在籍していた元アイドルのコラムニスト、斎藤美海さん(27)のブログが物議を醸している。斎藤さんは2003年にカントリー娘。に加入。「みうな」として里田まいさん(30)らとともにグループの一翼を担い、2007年にグループを卒業。現在、コラムニストやカンセラーとして活動している。3月下旬に投稿したブログのタイトルは、「アイドルをやって失ったもの」。斎藤さんはアイドルとして活動する中で、大事な「力」を失ってしまった、という内容だ。「自分で考えろよ!」と怒られるも原因がわからない斎藤さんによれば、アイドルになるとステージから歌、ダンスに至るまで「大人たち」が用意してくれるという。与えられたものを上手にこなすほど評価されるので、「自発的に考えて行動していく力とか、アイドルには必要じゃないんですよね。その能力はないほうが仕事としてはいいって感じ」アイドルを辞めて普通の社会人で活動した当初も、それが「常識」だったので、「自分で考えろよ!」と怒られても、理由が分からなかった。今でもアイドル時代の「後遺症」に悩まされており、「ゼロから、社会人学び直しだなーって思っています」ということだ。いわゆるアーティストとアイドルの違いは、自分なりの強い考えを持って活動しているか否かと言われることもある。斎藤さんの書いていることも、そうした見方に則ったものなのかもしれない。しかしネットでは、「そんな考え方しかできないから、アイドルとして大成できなかったのでは。頭角表す子は皆自分の頭使ってる」「与えられたものに満足せずに自ら道を開いた人が近くにいたと思うのだが」などと厳しい見方が多い。アイドルといえども受け身で仕事をするだけではなく、自分で考えてやるのが当たり前だというのだ。「干されメン」からリーダーに成り上がった道重さゆみアイドルに詳しいライターのロベルト麻生氏も、試行錯誤を経て成功を掴んだモーニング娘。'14の現リーダー、道重さゆみさん(24)をあげ、斎藤さんをたしなめる。「アイドルは自発的に考えて行動しないなんて、残念ながら売れない子の言い訳でしかない。後列の干されメンから、カリスマリーダーに上り詰めた道重さんを見てください。ただ与えられた仕事を言われた通りにやっていただけだったら、彼女はこうはならなかったはずです」道重さんは13歳でモーニング娘。に加入するも、歌が「致命的に下手だった」(麻生氏)ため長い間グループで干され状態だった。しかし17歳のときに、地方のラジオ局で自身の単独番組を持ったことをきっかけに、少しずつトークの腕を磨き、数年後にはテレビのバラエティ番組に進出した。道重さんは不慣れな番組出演のたびに、反省点をノートに書き込んで試行錯誤を繰り返したという。そうした努力の結果、「毒舌ぶりっ子キャラ」として一般にも広く名前が知られるようになる。そして2012年、遂にグループのリーダーに就任。新生モーニング娘。のブレイクの立役者となり、2014年4月発売のシングル『時空を超え 宇宙を超え』で、グループ初となる5作連続のオリコン1位を獲得した。なお、斎藤さんと同じカントリー娘。の里田まいさんも、バラエティで「おバカタレント」としてブレイク。野球界のエース、田中将大選手の妻として大リーグ挑戦を支えている。麻生氏は、「みうなは元々不思議ちゃんで、アイドルとしてはイマイチでしたが、最近は起業を目指して色々活動しているようです。アイドル時代の経験を糧に頑張ってもらいたいものですね」とエールを送っている。あわせて読みたい:アイドルヲタは就活に強い?http://blogos.com/article/85114/タグ:そのような本質が有るのでは? 周りに踊らさせられる存在になりがちでは?政治家や、 芸能人 世に多いのでは。 まわりに ふりまわされる、 御人形なようになる 面ですね。
2014.04.28
2014年4月28日 8:41 沈没船事故で被災者家族号泣 震災で泣かぬ日本人に韓国人驚く「なんで助けてくれないの」と泣き崩れる母親に、「何千人でも投入して今すぐ助けろ」と怒鳴る父親……高校の修学旅行生ら数百人規模の犠牲者を出した韓国のセウォル号沈没事故は、日本にも大きな衝撃を与えた。とりわけ日本人にとって印象的だったのは、被災者の家族らがこのように、あたりもはばからず、激しく号泣する姿だった。これは 日本人の賢さ、 優雅さでは。 仕方ないは 仕方ない、理解している。
2014.04.28
2014年4月27日 7:17 なんだかとても恐ろしいです。私には記憶が存在します。私だけの特別な記憶が存在するからこそ私という人間が存在します。全ての生命には固有の世界があり、個々の死と同時に個々の世界は終焉します。今こうしている間にも、生命は生まれ死んでいます。個々が消滅しても、世界は存在し続けます。そこには記憶も何もありません。また普通に時が流れます。はかないです・・・・。この世は「無」なのですか?何も心配する必要はないですね。 好きなように 楽しく考えれば 良いですね。 死も恐れるに足りない、 生まれてくる前のように なにもわかりませんね。
2014.04.27
2014年4月27日 7:19 哲学は廃止にするべきじゃないでしょうか?哲学の定義や、考え方が、おかしいのでは?:― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。―
2014.04.27
2014年4月27日 7:24 人間が、牛や豚や鶏などを殺しても良い道理を述べよ。再生核研究所声明36を参照して下さい。大きな命が 大事で、共存、共生の 関係ですね。 生物界全体が そのような構造をしていますね。
2014.04.27
2014年4月27日 7:28 離島占拠に「対抗措置」、自衛隊法改正へ余りにおかしな話で、あきれている。今 再生核研究所声明165を 検討中: 恥ずかしい:再生核研究所声明 97(2012.9.22) 虚妄、空想、日中戦争の分析と顛末再生核研究所声明 98(2012.9.23) 矛盾、日中は戦争状態にある、― 日本はそんなことをしていて良いのか、 原因を取り除け再生核研究所声明 103(2012.10.12) 日・中戦争の経過と状況の分析 ― 賢明な終戦と和平 再生核研究所声明 108(2012.12.8) 敗戦国日本よ、 情けないぞ ― 自主独立を求め、米・中との友好関係を 日本国憲法の精神で進めよ。アメリカは、日本の自治を尊重して、政治介入を控えよ。再生核研究所声明 109(2013.2.8)中国の出軍は、道理であり、日本の出軍は憲法違反である - 公正と法とは何か、おかしな日本のNHKと世相再生核研究所声明 111(2013.2.20)日本国憲法によって、日本国および日本軍を守れ、― 世界に誇る 憲法の改悪を許すな再生核研究所声明 138 (2013.10.18) 大中国、中国の印象 ― 母なる大国、中国に郷愁を感じた再生核研究所声明153(2014.3.26) 日本国の危機 と 祖国救済の戦略
2014.04.27
2014年4月27日 8:19 入江雅人 観客の咳に“苦言”で賛否「経験のないレベル」真剣に取り組んでいるのに、それを乱すようなことは、大いに気づかうのが道理では。 演出している人ばかりではなく、 観客にも大きな迷惑では。出来るだけ、気を付けるのが、 当然では?
2014.04.27
2014年4月26日 8:22 存在証明ができないものを「無い」と結論付けてよいのかどうか・・・始めから、間違いですね。 存在は、論理や、いわんや証明とは 直接関係しないですね。人間など存在しなくても、宇宙も、地球も存在しますね。
2014.04.26
2014年4月26日 8:27どうしてアキレスは亀に追いつけないのですか?ここと向こうの中間地点があり、ここと中間地点の中間地点があり、ここと中間地点の中間地点の中間地点があり、ここと中間地点の中間地点の中間地点の中間地点があり・・・これが無限に続くからですか?これは簡単で、すべて解決済みです。パンを 小さく切って行けば、永遠に与え続けられるのと 原理は 同じです。有限の時間を、無限に切ったまでです。 それよりも、今年、2月2日に 発見した100/0=0,0/0=0 の新しい解釈の方が 面白いのでは?
2014.04.26
2014年4月26日 8:30 生れることも死ぬことも自然なことであるのに、人類はたぶん古来からその一方は喜び、その一方は悲しみをもってこれを見て来た。なぜそのようなことになったのでしょうか?その昔は屈葬ということまでしていた。ずっとずっと昔から、死というのは人間にとって怖いものであったのでしょうか?生命の原理は、生きたい、生きたい ですね。そうでなければ、生命は 続きませんね。そこで、 本能的に 死を嫌うように 作られている。 しかし、 気付いてみると 死は 解放で よいものだと 段々 年頃になると 分るようになるようにできて いるので、 心配は いらないですね。死ぬのが、怖い、いやだ と思える人は、 まだ若いのだと 前向きに 考えれば良いですね。
2014.04.26
2014年4月26日 8:32 記事門田隆将2014年04月25日 04:21世界の脅威「中国」とどう対峙すべきなのか変な議論、仲よくしてしまえば、全て御終いでは。 島の領有権争いなど、 猿族より劣る、野蛮な 発想では。 みんな仲良く、利用が 賢い、人間では。自分で 挑発して、此の言い分ですから。 2000年来 1度も侵略したことの無い国、 逆に 日本は、何度も侵略していますね。 日本海は 知っていますね。
2014.04.26
2014年4月26日 8:33 記事nonreal2014年04月24日 19:41尖閣諸島:「日米安保第5条適用対象」と「日米安保第5条発動」のスキマ変な議論、仲よくしてしまえば、全て御終いでは。 島の領有権争いなど、 猿族より劣る、野蛮な 発想では。 みんな仲良く、利用が 賢い、人間では。
2014.04.26
2014年4月26日 8:35 アメリカ人の中には広島、長崎に対する原爆投下を知らない人も多いのでしょうか?知り合った20代のアメリカ人の男性に原爆について尋ねると、 初めて知った…知らなかったと言いました。私はただただ唖然としました。アメリカ人ならば当然知っているべきだと思うのですが…そうですか、どこの国も勝手な都合の良い情報を流している 現実が有るのでしょうか。交流が進んで、 真相が明らかになることは 世界史の進化に 大事では?
2014.04.26
2014年4月26日 8:35 憲法上国際紛争を解決するための武力行使を放棄していますが宗教戦争なら武力行使をしてもいいんですか?靖国神社参拝を反対されますが思想信条を制限されると人間としての尊敬を失われます。こういう場合は聖戦として武力行使をしてもいいんですか?相当に視野が狭く、独断と偏見に満ちているのでは。 それでは、世界から、孤立して、 世界の理解が得られないのでは。靖国神社には、あるいは支持者たちは、 むぼな戦争に 駆り立てて、戦死させてしまったの 反省の気持ち が現れているでしょうか。
2014.04.26
2014年4月26日 8:39 自衛隊不要論について今のご時世にも「自衛隊は不要だ」という論陣を張る方がおられますが、どういう理由でしょうか。どこが攻めてくるんだどこが攻めてくるかわからないから、世界中に各国軍が存在するのです。戦後一度も攻められたことが無いじゃないかだからと言って今後攻められないという保証はどこにありますか?憲法違反じゃないかこれは正しいと思います。早急に改正して定義すべきです。ご意見、ご感想をお待ちしております。適度の軍隊は、国には相当必要では。大規模災害の対策などしっかりして欲しい。自衛に徹すれば そんなに 軍事費を大きくする必要はないのでは。 真面目にしていて、侵略できる時代ではないのでは?
2014.04.26
本当ですね。 日本では 要務で忙しく、 研究どころではない 風潮ですね。ところが、欧米は 本当に 優雅な感じで、 ため息が出てしまいます。ポスドクなど 身分は 不安定が有りますが、 毎日 研究、人の講演も余程でないと 同じ分野でも出てこない。 毎日 休暇の感じですね。数学などの 教員は、 週3日 講義の有るとき出れば 良い感じ、 昔、日本でも 数学では、そうでした。恵まれた世界ですね。 5年も居たのですから、 相当 仕事もでき、考察も進みました。日本、世相、風潮を変えないといけないですね。敬具齋藤三郎
2014.04.26
2014年4月25日 0:15 最近ペットの動物が他界してしまい、聖母マリア様が私のペットを抱いている絵を描いてもらおうと思うのですが、意味的に、自分のペットがいつまでも、聖母マリア様に抱かれ、寂しく無い様にと、安らかに眠れるようにという願いを込めた思いなのですが、聖母マリア様と動物では、変な意味合いになってしまいますか?自分がそう願った意味なら構わない事でしょうか?宜しくお願い致します。それは好きなようで 良いですね。
2014.04.25
2014年4月25日 0:15結局のところ受験戦争の勝者で高偏差値を突破した所謂エリートの知性というのは、出題傾向という枠内で鍛錬された局所的なもので、特に未だよく理解されていない脅威に対しては脆弱であり、正解のない危機管理能力はゼロに近いのでは?そのような面も有りますが、知能が 高いと見られる人も、優秀な人も沢山いますが、 逆に 変な人も相当いますね。 いろいろですね。
2014.04.25
2014年4月25日 0:20 認知症の老人が徘徊して電車を止めてしまい、その損害賠償を家族が求められたという件。家族が支払うのが当然との意見もあるかと思いますが、ふと疑問が。二審でも損害賠償が請求されたとか。でも、殺人事件の犯人に対し、心神耗弱で無罪が確定、とか結構聞くことがあるのですが、それとこれとはどこが違うんでしょうか?殺人でさえ、判断力がなかったから無罪、となってしまうのに、認知症で判断力のない人間のしたことは、同様な判断がされないのでしょうか?もし、認知症の人間のしたことでも「やったことはやったこと、償うのが当然」というなら、殺人者に心神耗弱という逃げ道を認めるのは如何なものでしょうか?乱暴なことを言っている自覚はあります。でも、認知症の家族のしりぬぐいをそこまで求められるのは、介護をしている人間としては辛すぎます。難しい問題ですね。 状況によって、家族では手に負えない事態が 十分に考えられ、 従って家族の責任を問うのが 不適である面が 強い良いのでは。 社会問題、 そして医学の問題も絡むのでは? 言えることは 家族で対応できず、 勿論、本人は中らないのですから、社会が責任をとるべきですね。
2014.04.25
2014年4月25日 0:28 小中学校の歴史では日本軍は昔悪いことをした、アメリカが正しい、というような教育を受けるが、この教育は元はと言えば戦勝国?アメリカ?GHQ?がこういう教育をしなさいという感じにしたからなんですよね?日本がまた立ち上がるのを恐れてこのようなことをしたんですよね?なんかこれってすごいですよね、こんなこと思いつくなんて賢いというかなんというかやられましたね、教育を変えてしまうことで日本人の考えまで変えられてもう今の若い人なんて完全にそう思いこむわけですよね、なんだか悲しいですよね日本のために命をかけて戦った人達がいるのに感謝もしないでむしろ悪いことをした人だとか思ってそうですごく嫌ですアメリカなんて民間人を何万人殺してるんですか大空襲や原爆、、別に今のアメリカを恨む気は全くありませんがこのようなことは学校では悲しいことがあった、もう戦争はしてはいけない、まあ確かにそうですが日本軍が侵略のために他国に攻め込んだり悪いことをしたからこうなった、みたいな教育がされますよね、あと自衛隊なんていらないとかいう人たちは国会議員とかにもいますよね、ほんとに日本人なんですか中国、朝鮮系の人間ですか?それとも平和ボケの極みのばか日本人なんですかね?わけがわかりません自分の国を乗っ取られたいんですか?争いしたくないって言ってれば侵略はされないと思ってるんですかね相手は来るのに、、自分の国に誇りはないのか守りたくないのか何も知らないのか、愛国心はないのか、もうなんなんですかねこれ質問内容ごちゃごちゃしてしまいましたすいませんこういうこと詳しい人、真実?いろいろ教えてください、意見下さい、お願いします基本的に良くないですね。 日本にも立場、大義があり、歴史をきちんと評価するのが 大事では。 次は良いのでは?: 第二次世界大戦と日本の良心:を書かれた 群馬大学名誉教授 大谷杉郎先生が ご逝去されました。 謹んで哀悼の意を表すると共に 先生の想いを伝えて行きたいと思います: 工学部庶務係 本学名誉教授(工・平3)・(財)群馬大学科学技術振興会理事長 大谷 杉郎(おおたに すぎお)様(享年84歳)がご逝去され、下記により告別式が執り行われますので、謹んでお知らせいたします。 記 ○告別式 日時 平成22年7月4日(日)午前11時~場所 桐生典礼会館群馬県桐生市広沢町5丁目4722 TEL 0277-52-0101 ○喪 主 大谷 隆子(おおたに たかこ)様(大谷杉郎様の奥様) ○通 夜 日時 平成22年7月3日(土)午後7時30分~場所 同上 ______________________________ 第二次世界大戦と日本の良心靖国神社問題に対する提案に対して/大谷杉郎(2007/4/12) この感想は、私と同じ年代の人たちには、圧倒的に支持される自信があります。「声明」は、軽い現代の常識的立場の整理だと思いました。この程度の見解が「第二次世界大戦について、十分な反省」をした結果だかどうか、頼りないようにおもいました。この声明案の基本的な問題は、「第二次世界大戦をどう考えるか」「いわゆる戦犯をどう考えるか」の二つに絞られると思います。 小学校入学が満州事変、中学入学の時が日中戦争、4年の時に第二次大戦、高専卒業の時に終戦。正に戦争とともに大きくなりました。戦中派として「第二次世界大戦をどう考えるか」という問題についての回答は、「声明」が考えている現代の一般的常識とはかなり違います。次の資料を折に触れ、繰り返し見て、私の若き日の記憶と照らし合わせるだけです。「総合世界史図表(第一学習社)1987」「総合日本史図表」「コンサイス世界史年表」「世界年表(河出書房)」それに高校の教科書です。今日もこの返事を書くために世界史図表をめくりなおしました。 世界史はまさに戦争の歴史です。とったりとられたり、栄枯衰盛、食うか食われるかの争いです。全240 頁の世界史年表の半分ほどの120 頁以降、欧米各国の世界侵略のすさまじさが記録されています。スペイン、イギリス、オランダ、フランス、アメリカ、それにロシアなどいわゆる当時の先進諸国が、インド、アフリカ、カナダ、アメリカ、南米、中央アジア、シベリアに向けた、目に余る身勝手な侵略戦争の歴史です。中国だってその渦のなかで、周辺諸国を侵し、欧米からは侵される、不思議な混乱の85第3章 外交・軍事なかにありました。これらの大国は、17 世紀から20 世紀にわたって、世界各地を恐るべき勢いで、傍若無人に侵略しまくって、植民地にしてしまいました。 20 世紀に入った頃、スペインはフィリピンを、オランダはインドネシアを、イギリスはインド、ビルマ、マレー半島、それにオーストラリアを、フランスはベトナム、カンボジア、ラオスを、つまり東南アジアの全域を侵略しつくしていました。アメリカも遅ればせながら、スペインからフィリピンを奪っています。太平洋の島々もイギリス、フランス、アメリカの領地にくみこまれてしまいました。その上、勢いをつけたイギリス、ドイツ、フランス、ロシアなどが、競って中国侵略を着々と実行していました。日本に対しても、中国に対する侵略と同じ手法で、治外法権の外人居留地をもうけたり、不平等条約を押しつけたり、で明治維新以来、侵略の初期段階にあったと思っています。ロシアと中国の清朝も、中国東北地区から韓国へと勢力を拡大すべく圧力を強めていました。 このような欧米諸外国からの侵略に対する危機感や対抗意識が、私の若い頃の日本の底流にあったと思っています。諸外国はみんなお行儀がよいのに、日本だけが侵略者でした、などとはどのようにひっくり返っても言えません。第二次世界大戦の本質は、世界列強の世界侵略に対する日本の切ない反逆です。 次に「いわゆる戦犯をどう考えるか」です。第二次大戦を前述のように考えているから、戦争裁判がまともなものであったとはとても考えられません。国際紛争には常に二つの正義が存在します。どちらがより悪い侵略者だったかを考えるべきです。非は明らかに諸外国にあると私は思っています。どちらがより悪い侵略者だったかを純客観的に考えられる人はいません。非はいつも相手側にあるものです。しかも勝敗がつけば、必ず敗者側に押しつ86第3章 外交・軍事けられるものです。それが正しいなどというわけにはいきません。 たった1回の東京大空襲で非戦闘員の一般市民を徹底的に殺戮して10 万人の死者を出し、同じ非人道的な殺戮をあちこちの都市でおこないました。その上、1発の原爆で広島20 万人の非戦闘員を殺戮したことも許せません。このような桁外れの悪逆非道を犯した犯人を裁かないで、戦争裁判の正当性を主張することなどはとても承伏できません。戦犯問題は茶番です。(大谷杉郎 おおたにすぎお)1925 年新潟県生まれ。群馬大学名誉教授。 専門は炭素材料で、炭素材料学会会長。研究業績は炭素化工学の基礎づくりとピッチ系炭素繊維の開発など。
2014.04.25
2014年4月24日 6:20 なぜ、選挙率は上げる必要あるのですか?選挙カーの名前のみで投票する人も居るような世の中です。ここは思い切って、選挙率を下げて、選挙に興味を持ってる人のみの投票にすれば良いと思うのですが、どうですか?大賛成です。 衆愚に成るのを避けたい。 質を考えたい。分らない人は 投票しないで 欲しいですね。
2014.04.24
2014年4月24日 6:22 真理とは何でしょう??また真理は1つでしょうか?? 沢山ですね。 質もいろいろですね。― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。―
2014.04.24
2014年4月24日 6:数学・社会・英語の先生の性格についてなぜ数学の教師はクソなのでしょう?具体的には、規則に細かい・キモイ・しつこく理由をきく・などですそれに対して社会や英語の教師は穏やかで優しいか、厳しくても優しさがあります。この差はやっぱり数学自体がミスを許さない性格であることが原因でしょうか?僕の行った学校(塾)ではトップの方が英社の教師でしたが、数学の教師は底辺の方に偏ってました。ちなみに僕は数学は嫌いですが出来る方です。数学なんてゴミでしょ(中3以降は)。あんなの何の役にたつか分からん。文にまとまり無くてすみません。意見とかくださいそれ は悪い数学の先生に お会いしただけですね。素敵な 数学の先生は 世に多いですね。頭脳明晰で、人格高潔、 性格の良い人が 世に多いですね。
2014.04.24
2014年4月24日 6:27無神論者というよりは無宗教者と言うべきなのかもしれませんが、神はいるのかいないのかという2択なら、いないと答えます。そんな私が神社へお参りなどしてもよいのでしょうか?本当に神がいるのなら、何故キリスト教に宗派(プロテスタントとカトリックのことです)があるのか?イスラム教ではアッラーが唯一神というにも関わらず日本では八百万の神、つくもがみなど様々な神が存在すると信じられて(?)いますよね。本当に神が存在するなら何故このような差が生まれたのか?そう思うと「神は存在しないのではないか」と思うようになりました。そんな人間が神社へお参りをしたとして、本当に神様を信じている人に失礼ではないですか?信じているものを否定する立場な訳ですから、嫌だなぁとは思いませんか?また、私がいないと思っているだけで本当は神が存在していたなら、私のような考えの人にお参りなどしてほしくはないでしょう。私だったら嫌ですけど。ただ、神社に来る人来る人すべて把握しているのかと言えば疑問ですし、たったひとりに興味など無いとは思いますけどね。なお、ここでの「失礼」は信じている人に対してであって、神という存在に対して申し訳ないということではありません。例えは悪いかもしれませんが、とあるとても人気なグループのライブチケットに応募して、当たったとします。私自身はそんなに好きでもないけれど友達付き合いでついていくという立場だった場合、応募して当たらなかった、本当にそのグループが好きなファンは「私は本当に大好きでこのライブに行きたいと思っていたのにファンでもない人が当選したなんて!」と思うのでは?ましてや私の場合「存在していないと思っている、言い換えれば無関心」である立場な訳ですから、ファンからすれば憤りを感じないか?ということです。そのグループの本人たちからしてみれば、ライブに 来てくれた大勢の中のたったひとりのことなど気にしないでしょう。とても分かりにくくてすいません。先日出雲大社やら厳島神社へ行くツアーに家族旅行で行ったときに自分がどうすべきなのかとても悩みました。ツアーの一部でまわらなければならないし、私のわがままで家族や他のツアー客、ツアー会社に迷惑をかけるわけにはいきませんからくっついていって、やれと言われたのでお参りをしました。私は正しかったのでしょうか?長文失礼しました。是非意見をくださると嬉しいです。神とは何か定義をしっかりしないと 議論にならないですね。 私は、下記のように捉えました:― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。―従って、神社など神とは、 私の意味では言えないですね。 しかし、そのような一面を表現したと 捉えることができます。参拝など その他の儀式などは、 宗教よりも、習慣、文化、習わし と とらえれば 良いのではないでしょうか?
2014.04.24
2014年4月24日 6:32 まともな宗教って個人にとってどういう意義のあるものなんでしょうか?※あくまで私個人がこれまでの知識や経験から意見を述べたものです。冷静に意見の述べられる方のみ回答をお願いします。これは個人の受け止め方では。 信じるものがあって、 充実感が有って、強い方は、 世に多いのでは。悩みや、苦しみ、迷いから、解放されている 人は 世に多いですね。 効用と言えますね。個人の受け止め方で、一般論ではないですね。
2014.04.24
2014年4月24日 6:37 動物の肉を食べるのは自分が殺した動物に限るということにした場合、人は命というものをもっと大事に思うようになるのでしょうか?世の中にどのような変化がもたらされるでしょうか?今は、フライドチキン食べながら、テレビで鳥などが殺されいるのを観て、かわいそう、っとかって言うような時代だと思うのです。これってなんかへんじゃないのかなという問題意識からの質問です。皆さまのご意見お願いします。それは 視野の狭い、人間の感情を 無視した、論理のための議論では?
2014.04.24
2014年4月24日 6:43 命の価値は平等ですか?例えば、孫正義と一般サラリーマンの命の価値は同じですか?命の重みは、法的にとか、基本的人権の立場では、平等などと言えますが、 実際は、 平等などあり得ないですね。 戦場では、おとりになる、犠牲になるなど ざらですね。
2014.04.24
再生核研究所声明155(2014.4.25) 生きる意味は 文学者にも分からない??(仏教に学ぶ - 生きる意味 中村僚様が 最近広範に文献を紹介され、 問題を提起されているので、この問題に関心を抱いてきた者として、総合的に触れたい気持ちが湧いた。)生きる意味とは何か? 思えば 永い考察の後に、50歳で、人生の意義は 感動することにある (人生の基本定理) と、朝の目覚めと共に直観、閃き、相当に興奮して、その心境を友人たちに語り、それは 最近の100/0,0/0=0の新しい意味の発見のようであった。関連文書も沢山書いてきたが、それらの中で、孔子や藤村操をも導けたのではないかと言及している(再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について; 再生核研究所声明57: 人生とは何か、人生如何に生きるべきか; 再生核研究所声明145: 生きること、人間として在ることの 究極の意義 についての考察; 再生核研究所声明149: 生きること、生命の本質、活動して止まないもの)。考えている人間とは そもそも何か? 大事なことは 誰も好き好んで生まれ、 存在しているのではないという、まぎれもない事実である。 これは何を意味するであろうか? これは 数学のように公理系や、原理が与えられ、我々は、つくられた存在で、我々の在るべき姿は、基本的には定められているということを意味しないであろうか。 誰しも食の本能を満たしたいと思うだろう。 そうでなければ、我々は生物として存在できず、生きる意味など考える余裕さえないだろう。 人間は人間いぜんに、生物であり、動物であるから、それらの有している本能原理を満たし、尊重するは 人生を考える第1歩であると 基礎を確認する のが大事ではないだろうか。最近の厳しい社会状況をみると、それらの基礎である、職を得、家庭を持ち、育児で、既に精一杯で、いわば高尚な 生きる意味など考察している余裕さえない現状が広くみられる。それどころか、生活もままならないのに、他国を挑発、軍備増強、危機を煽ったりしている 愚かで 野蛮な人々が多数を占めている現状さえ 広範にみられる世相である。生物的な本能が満たされ、生活に余裕ができれば、好きなように、喜びが、感動が 湧くように 楽しく生きれば 良いのではないだろうか。しかしながら、生活に余裕ができても、楽しく生きることが 結構難しいが、これは要するに 環境の中で、 自己の心、自分に合った様に生きるのだから、 これは多くは、個人の問題に帰することに成るだろう。 政治も 宗教も 知識も 環境も、この個人の心の問題には 深くは入れないだろう。好みは 人それぞれで違うからである。 その違いが大事で、多様な大きな世界を作る原理に成っていることが分るだろう。人間には飽きるという素晴らしい、本能、原理が有るからである。どのような幸せ感さえ やがて飽きるだろう。そこで、人間の理想的な境地を次のように触れておきたい:― 哲学とは 真智への愛 であり、真智とは 神の意志 のことである。哲学することは、人間の本能であり、それは 神の意志 であると考えられる。 愛の定義は 声明146で与えられ、神の定義は 声明122と132で与えられている。― 再生核研究所声明148.しかしながら、人生とは、全て上手く、いっても それが どのような意味が有るのか、と問うことができる。 結局人生とはどのような意味が有るのだろうかを、死の問題に絡ませて、触れれば、 問題はさらに深く、個人の心の問題に発展するが、 それらは、また生命の本質に関わる。 要点の多くは 再生核研究所声明の中で、 深く触れている。 理解には 個人の心の問題、 状況に深く関係するので、簡単ではない。もちろん、多くの人が、死からの解放を望んでいることを 深く受け止めている。以 上謝辞: 中村僚様には かつての自分を想わせるような 人生に対する真摯な姿勢を拝見し、共感、共鳴していますが、努力と優秀性を感じています。 広い貴重な情報には感謝したい。2014.4.20.16:452014.4.20.17:352014.4.20.18:30 大体できた。2014.4.21.08:30 修正ない、手を加えられない?2014.4.21.10:45 休日だと知る、4日間連休になる、美しい日、入り江が美しい。2014.4.22.08:502014.4.22.12:002014.4.22.14:102014.4.22.17:45 微妙に言い回しに変更が。2014.4.23.08:20 良い。2014.4.23.09:15 完成できる。2014.4.23.12:002014.4.23.17:30 予定の仕事を終えて、少し修正。2014.4.23.18:50 ちょうど良いくらいに纏めた?2014.4.24.08:05 良い、完成。公表。
2014.04.24
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