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期待される組織の長:今や組織の代表者の役割が大きくなっています。 組織の代表者は なんと言っても 自分達の組織を 心から 大事に思い、組織の発展のために 努力したいという 真摯な態度の持ち主 である事が もっとも大事な点でないかと考えます。 逆に見れば、自分のあるいは自分達の いわゆる出世や野心のために動くような人は 厳に排除する必要があります。組織の代表者は 内部では広い信頼を持ち、組織の外部との広い繋がりを有して 組織の発展に尽くせる人である必要があります。 多忙な組織の長としては オバマ大統領のように若くてエネルギーを有し、活力ある人材である事が求められます。
2009.01.29
(群馬大学退職のご挨拶群馬大学大学院工学研究科教授齋藤三郎 再生核研究所 私は大学と数学が好きなので、3年前に数学と人生について全般的な考察を始め、自宅の庭に研究室を作り、大学に替わって退職後も研究活動が出来る環境を整え、また人生と社会の関わりについても考えてきました。活動の拠点を作り、旗を掲げる必要性から再生核研究所と称して、研究ばかりではなく社会的な活動も意図しました。数学、人生、社会全般についてブログ:http://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/で公開して積極的に社会に働きかける事にしました。数学の美しい世界から見ると、社会があまりにもおかしく、愚かしいので、少しでもより良い社会になるようにとの願いを表明して行きたいと考えます。私達の数学教室は小さいのですが、立派な研究者を世に送り出すことが出来て、誇りに思っています。さらに有能な共同研究者や良い研究者グループに恵まれて、幸いであったと考えています。また、工学部の皆様にも、良い教育、研究環境を整えて頂き、思う存分に教育と研究に打ち込めたと心から感謝しています。今後は体力が続く限り、再生核の理論の研究を続け、人生、社会の在り様についても考察を続けて行きたい。ポルトガルのアヴェイロ大学で、研究する機会を用意してくれたので、当分ヨーロッパで再生核の理論を大成させるべく努力したい。そこで、今後とも、宜しくお願いします。上記ブログの中で様子については何時でも分かりますので、興味のある方は見て下さい。卒業生の皆さんとも、世の問題について意見を交わして行ければ幸いです。皆様のご健康とご多幸をお祈り致しています。ありがとうございました。群馬大学には37年間お世話様になりました。 参考資料: 4.9 教授就任挨拶 - 多様性の重要性について:豊かな自然に恵まれた桐生に参りましてから、12年の歳月が経ちましたが、道脇先生をはじめ皆様のあたたかい励ましを頂き、本当に充実した時代であったと思っています。私は研究の出発点から「再生核の理論」を中心に研究を続け、美しい山々の頂きを眺めながら、研究は幾重にも発展し、ついに研究成果を総合的にまとめて成書としてイギリスから出版できるまでになりました。今後、各章を充実させ、それぞれ本格的な専門書として出版できるように努力したい。特に、私はピタゴラスの定理を含む「線形変換における基本原理」を得たと密かに将来、発展、応用を期待しています。 幸運にも「再生核の理論」のメッカであり、世界の第一人者であるM.Schiffer教授についにお会いでき、2ヶ月にわたって話しを聞いて頂いた事は、研究者として最高の喜びであったと思っています。 そして2日目には偏微分方程式のGilberg教授を招いて一緒に聞いて下さり、2人でその日のうちに特別講義を企画してくれた程、私の結果に驚かれ、私の期待に確かな手ごたえを与えるものでした。昭和61年から62年にわたって文部省在外研究員としてBerkely、 IrvineそしてSan DiegoのCalifornia大学、Stanford大学、Pittsburgh大学、およびDelaware大学を訪れ、「大学」について、「学問・研究」について新鮮な感覚で迫って来るものがありました。生きながら数学の歴史の上をひたすらに歩んでいる研究者に会い、また友人の激しい研究ぶり - 彼は言う。 研究は私の食休みになる、週末の金曜日には朝方まで研究するぞ、と - を見て、これは容易ならぬことと気を重くさせられもしました。日本人は優秀であり、日本文化は高質であると誇りに思っていますが、例えば数学においては、論文の数こそ多いもののヨーロッパの小国にもまだおよばないのではないか。すなわち、一つの学問の基礎や基本理論を打ち立てたような仕事が非常に少ないという事実は、日本古来の美しい文化や経済的な成功に比べて寂しいと思う。 教育や大学の在り方についても同様です。日本の成熟した文化と社会、一様な民族と一元的な考え、そして国際的に孤立した文化圏にあることは、固有の文化を育てて来たメリットがあるものの、創造的な研究にはマイナスに働くことをいつも心に留めておかなくてはならないと思う。Pittsburgh大学で、教育学、数学、哲学者の共催で、Von Neumannの弟を招いて、若き日のNeumannはどのようであったか、家庭環境は、研究姿勢は、そして自然観は、等と掘り下げた議論をしているのをみているうちに、西欧の近代科学の伝統の重みを感じ、逆に百年程で現在に至った日本の進歩こそ驚くべきことのように思われてきました。このことは、今後日本はますます輝かしい時代を迎えるであろうことを意味します。私たちの次の世代には、例えば毎年ノーベル賞受賞者が出るような時代が来るのではないでしょうか。またそう在らなくてはならないと思う。 そのためには、学問に取り込む姿勢を「人間としての存在」の視点から深め、また可能となるような環境、体制を整えてゆかなければならないと思う。 数学の研究は命そのものだから当然としても、微力ながらそのような側面でも努力したいと思っています。「人間とは盲目であり、独断と偏見に満ちた存在である」とつくづく思う。 これらは創造活動と人間関係において負の大きな要因にもなるものであるから、多くの人達の意見や考え方にふれるように努力したいと思っています。どうぞ宜しくお願い致します。
2009.01.28
定額給付金「効果」あるの? 膨大な関連経費 国民負担ズシリhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090126-00000589-san-bus_all 全く呆れた無為無策の法律が通りましたが、これは結構長く、自民党の悪政として、歴史に残るのではないでしょうか。政権の崩壊は、時間の問題だと考えます。これは、子供たちにも、よく分かる事ではないでしょうか。 消費増税、衆院選で争点化も=河村官房長官http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090126-00000025-jij-pol 国の財政が厳しく、経済環境も厳しい折、国会議員や公務員の緊張感が、足りないのではないでしょうか。公務員は、公僕なのですから、この異常事態を乗り切り、日本国を再生させるために、先頭に立って、立ち上がるべきではないでしょうか。公務員が必死であるという状況を作って、増税を御願いするのが、道理ではないでしょうか。やるべき事をやって、進む必要があると思います。
2009.01.27
今朝はあるひらめきで、早く目を覚ましました。 星空の美しい早朝です。奨学金「学費負担軽減を」、返済強化対策に反対、大学生ら50人集会/京都http://mainichi.jp/area/kyoto/news/20090126ddlk26100332000c.html これはもっともな要求であると考えます。例えば、奨学金を得て、学位を取得したり、大学を卒業しても、きちっとした仕事に就職できなければ、奨学金は、返したくても、返せない状況があると考えます。それを単なる貸し借りの考え方で、返済を求めるというのは、おかしいのではないでしょうか。本来奨学金というものは、返済を求める筋のものではなく、奨学を進めるために、国が負担すべきものと考えるべきではないでしょうか。従って、考え方としては、返済する余裕のある方に、返済を求めるという精神が適切ではないでしょうか。一律給付などの愚かな政策をとるくらいならば、奨学金の返済の免除や公立病院の赤字を補填するなどの重要な点に、資金を有効に配分するのが、政治というものではないでしょうか。一律給付などは、無為無策の政治といわれても仕方が無いと考えます。しかも、巨額の財政赤字の元で、やろうとしているわけです。
2009.01.27
今朝は 晴天の静かな朝です。 最終講義及び関係研究集会が終わりました。充実したとても良い研究集会になりました。 すばらしい講演たちでした。 一つ思いついた事、もっとも 前からそう思っていましたが。先ず 藤原先生を 別格人物に指定 して、十分な自由と高い待遇をして、常時警備員をつけて警護させたいと思います。藤原先生は、国防、経済に多大な影響を与える 手法を持っているからです。ロシアにおける チホノフ のようにです。 このような情報を捉え、生かせないのでは、日本の国防能力は 大した事はないといえると考えます。日本では 新しい価値 を評価できず、生かせない古い体質を持っているからです。国防の基本は、ますます情報戦であり、経済戦ではないでしょうか。
2009.01.26
2009:1.11.2:50 at Hotel Pricipe Lisboa: リスボンのホテル深夜、藤本先生や、戸田先生、森先生たちが 私の非常勤講師の話しをされている夢を見て、目を覚まして、考えた事を直ぐにメモにとりました: (桐生市市民文化会館における 最終講義 (2009/1/25) 最期の挨拶): 私は群馬大学 学生時代、人生如何に行くべきか 在るべきかについて, ここから 40kmくらい離れた 下宿で、月の明かりに照らされた、桃の木川を眺めながら、よく深夜まで考えました。 毎日 夕日を見送れるほど 時間はゆったりと流れ、ゲーテやルソーやギリシャ哲学などの古典なども読んでいました。 私は数学を志すには 能力が足りない事を よく知っていました。しかし、 数学の普遍性、不滅性と美しさ に感動していましたので、数学を志してもよいと 思いました。実際、月の明かりに照らされた桃の木川のさざなみを見ながら 数学を志したのが すべての始まりでした。たいした能力も無いのに ここまで来られたのは ひとえに 皆様のお陰と深く感謝しています。運命的な出来事で、ポルトガルのアヴェイロ大学が、研究を続ける機会を 用意してくれましたので、思う存分に努力したいと思っています。 今後とも どうぞ宜しく御願い致します。 今回は 誠にありがとうござました。 齋藤三郎2009/01/18:12:22009/01/18:22:502009/01/20:23:052009/01/21:21:502009/01/22:22:432009/01/23:23:372009/01/25:7:14
2009.01.25
最終講義内容:2009/01/25: (桐生市文化会館 13:30-14:20) 本日は 私の いわゆる最終講義にからませて 研究集会 を企画して頂き、関係者、講演者の皆様、及び出席者の皆様に対して 深く感謝致します。 研究集会は、第1線で ご活躍されている方々による 格調高い ご講演ですので、 私の最終講義は 休憩の時間のつもりで、気分を変えて、気楽に考えて頂きたいと思います。 真面目な 研究と人生に ついての ご報告については、慎重に準備して、印刷物で用意させて頂きましたので、記念品として お持ち帰り頂ければ 幸いです。 宜しく御願いします。 さて 数学ですが、誰にでも分かるように、2500年の伝統を持つ、ピタゴラスの定理 について お話ししたいと思います。これは国際会議で、ヨーロッパに行った折、ギリシャの工科大で 講演をする機会を与えてくれたので、ギリシャ訪問の記念になるように、再生核の理論とピタゴラスの定理の関係を追及して、 新しいものの考え方に至った という お話しです: 講究録原稿に 従って、述べる: 講究録160ページの図の解説: これらの数値をどのようにすれば、等式が得られるかを、再生核を用いると、求められる。 従って 再生核の理論は ピタゴラスの定理の一般化 を 与える理論になっている こと。 実際は目も眩むような一般化を与える事。 ところが 再生核とは 何ですか という問いについては、数学的な定義は もちろん簡単ですが、私は まだまだ修行が足りないので、上手く説明できません。 この解説: 再生核研究所のシンボルマークを示す。 人間社会の構成を例に挙げる 遺伝子の2重螺旋構造と生命の誕生、再生現象に触れる。 さて ピタゴラスの定理ですが、3次元で、第3種に異変 が生じた: これは何でしょうか??? 非線形写像になるという 異変です。そこで、講究録161ページの説明、に入る。 そこで、ベクトル量として考えて、線形写像にする。さらに観測量とするために、スカラー積をとる。計り、計量の 導入。 162ページ: あるものから沢山のデータを取り出して、観測する。そこで、再生核の理論を用いて、ピタゴラス型の定理 が得られる。 共役作用素が、異なった種の観測データを統一している 深くて、面白い現象: この対応の逆を考える: これは普遍的な概念であることが分かる。 いろいろ異なったデータの観測から、もとを特定したいという事。 これは 全く異なった種類の量 の和 を求める考えにも発展する: 異なったものの和を求めるには、それらを 共通の世界に 等長に移して、そこでの和を考えればよい。 分数の和で説明: ヒルベルト空間を 関数空間 に 等長に 移す原理を 再生核の理論は与え、それこそが 再生核の理論における基本定理 であると考えています。 すると、抽象的なヒルベル空間の元を 微分したり、積分したり、異なる空間を掛けたり というように 関数空間でできるいろいろな演算を 導入する事ができます。 いま入試の季節ですが、どうして、数学の点数と英語の点数を加えるのでしょうか。果たして、和は どのような意味があるのでしょうか。 種類の違う量を加えるという事はどのような意味を有するのでしょうか。(入試の扱いは コンベンション に過ぎない] 人生、社会の問題ですが: まず、社会問題について: 数学の世界は 美しいのですが、人間社会は余りに おかしいのではないでしょうか。イラク問題が如何に愚かしいかを述べて、素人の立場から、己を空しゅうして、より良い社会のために いろいろ意見を述べていきたい。 良い社会を築く 原理は 公正の原則 にある と考えます。 [私は 試験で 追試をした事がないこと] 最期に 人生について ですが、それについても 真摯に考察 を進めていますが、究極は 生きていることの意味については、人生の意義は感動することにある という事だと思っています。 2500年の歴史をもつ ピタゴラスの定理については 克服できたと考えています。 同じく、孔子様の教えも 人生、社会、国家の問題など と 絡ませて考えています。 もう一人の巨人、お釈迦様 ですが、今 慎重に 悟りを求めて、考えて行きたいと思っています。かなり近づいてきていると感じているのですが? もう一歩という感じです。 人生や社会については、再生核研究所声明やこの冊子に纏めてあるので ご参考にして頂ければ幸いです。 ありがとうございました。2009/01/23:21252009/01/23:23:332009/01/24:7:302009/01/24:9:182009/01/24:10:502009/01/24:20:382009/01/24:21:50 2009/01/01:数理科学に興味を抱く皆様: 下記のように 私の定年退職を記念して、私に関係する人達が 研究集会を企画してくれました。 特に群馬大学工学部共通講座 数学教室に在籍された方々、私の所属する日本数学会 函数論分科会関係者、及び共同研究者の皆さんの 高いレベルのご講演 が企画されています。 しかしながら、特に東大の山本先生と京大の藤原先生には 一般市民向けに講演をして頂けるとの事です。そこで、折角の貴重なご講演になると思いますので、ご案内を致す次第です。 興味を抱く皆様の ご聴講を歓迎しますので、どうぞ宜しくお願いいたします。 山本先生のご講演内容は、役立つ応用数学の例で、産業における実用化技術を支える数学に結びつく逆問題の話しです。藤原先生のご講演内容は、不可能とされてきた難問を解決した それこそ世界最高の計算法の紹介で、国内及び国外の特許の申請を 京大・群大の数学教室で 最初に行なっている内容です。 敬具群馬大学大学院工学研究科教授齋藤三郎 研究集会「複素解析の発展とその応用」開催のお知らせ 群馬大学工学研究科・齋藤三郎教授の2009年3月での定年退職を記念し、表記の研究集会を以下のように開催致します。本集会は複素解析を軸に、解析・幾何・応用の各分野の幅広い講演者にお願いし、各専門分野の近年の動向をサベーイして頂き、各領域の垣根を超えた幅広い交流を企図しております。関連する研究分野の多くの皆様のご参加を頂ければと存じます。1月25日(日)の記念パーティーに参加頂ける方は、12月15日までに、渡辺秀司:watanabe@fs.aramaki.gunma-u.ac.jp〔期限後は齋藤: kbdmm360@yahoo.co.jp〕宛に連絡下さるようお願い申し上げます。なお、各種メーリングリストでこの連絡を流しますが、情報が届かない方もおられると思いますので、各学部・研究科等でプリントアウトしたものを掲示頂ければ幸いです。以上宜しくお願い申し上げます。 2008.11.5 幹事:池畠優、都丸正、渡辺秀司 (1)日時:2009年1月24日(土)-1月25日(日)(2)場所: 桐生市市民文化会館(桐生市織姫町2-5、電話:0277-40-1500)(3)プログラム1月24日(土)13:15-14:00 野口潤次郎(東京大)「正則曲線と有理点分布について」14:10-14:55 宍倉光弘(京都大)「力学系の研究に現れる複素解析的手法」15:25-16:10 相川弘明(北大)「Beurling's minimum principle and the minimal thinness」16:20-17:05 山田陽(学芸大)「再生核と不等式」17:15-18:00 山本昌宏(東京大)「産業数学と逆問題:数学的思考が解く現場 の問題」 1月25日(日)9:30-10:15 大沢健夫(名古屋大)「上空移行からツイスター原理へ・・・一つの夢想」10:25-11:10 志賀啓成(東工大)「Klein群と等角写像」11:20-12:05 松本健吾(横浜市立大)「記号力学系、グラフと作用素環」13:30-14:20 齋藤三郎(群馬大)「再生核の理論と人生のこと、社会のこと」14:30-15:15 林仲夫(大阪大)「非線形Klein-Gordon方程式系の解の存在と解析性について」15:45-16:30 中村玄(北大)「音響散乱逆問題における未知障害物の非解析境界点の同定」16:40-17:25 澤野嘉宏(学習院大)「分数冪積分作用素の有界性について」17:35-18:20 藤原宏志(京都大)「多倍長計算による高精度数値的手法の実現」18:40~ 齋藤三郎先生退職記念パーティー (会場:桐生市市民文化会館)会費:6000円、記念品代1000円 2008/12/30桐生市市民文化会館における 最終講義 (2009/1/25) 指針: 最終講義は 研究集会「複素解析の発展とその応用」の一貫として、 群馬大学工学部 共通講座を中心に企画されたもので、関係者には深く感謝したいこと。私達の教室は小さな教室であるが、今回講演されておられるように 立派な研究者を世に送り出すことが出来て、誇りに思っていること。さらに 有能な共同研究者や良い研究者グループに恵まれて、幸いであったと考えていること。また、工学部の皆様にも、良い教育と研究環境を整えて頂き、思う存分に教育と研究に打ち込めたと心から感謝していること。
2009.01.24
再生核研究所声明リスト:(2009/01/24) 再生核研究所声明1: 良い社会を作るには再生核研究所声明2: 中国古代の教育再生核研究所声明3: 最低生活の保障を求める再生核研究所声明4: 競争社会から個性を活かす社会に再生核研究所声明5: 靖国神社問題に対する提案再生核研究所声明6: 憲法問題に対する提案再生核研究所声明7: 参議院選挙に当たって再生核研究所声明8: 日本国の防衛の在り方について再生核研究所声明9: 天才教育の必要性を訴える再生核研究所声明10: 絶対的な世界の平和の為に再生核研究所声明11: 国の構成について再生核研究所声明12: 人生、世界の存在していることの意味について 再生核研究所声明13: 第1原理 - 最も大事なこと再生核研究所声明14: 日本の政局についての提言再生核研究所声明15: 空虚な日本の社会再生核研究所声明16: 裁判員制度の修正を求める再生核研究所声明17: 教育界の改革を求める再生核研究所声明18: 拉致問題の解決に向けての提案再生核研究所声明19: 超越への道、悟りへの道再生核研究所声明20: 大学入試センター試験の見直しを提案する再生核研究所声明 21: 人口問題についての考察再生核研究所声明22: 衆議院選挙に当たって - 人心の一新と政権交代を 求める(検討中) http://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 再生核研究所声明について: 下記の趣旨で、再生核研究所声明を発表していきたいと思いますので、ご参加して頂ければ幸いです。また、助言やご意見などを頂ければ幸いです。 世の中を良くするための声明を編集して、広く社会に訴えていく。まとまりができたら雑誌のように編集して本の形で出版することを考えています。 研究所で採択されたものは、起案者の名前や所属をつけて(匿名も可) 一般の論文のようにまとめ、インターネットやマスコミなどを通して、広く社会に広めていく。また友人などに積極的に広めて頂く。(このような企画を進める背景については 求めに応じて、メールにて送信するように努力致します) 編集方針: •1)一般の方々から、上記のメール アドレスにて、声明案を受け付けます。•2)再生核研究所で審査し、採択された場合には、声明の著作権は再生核研究所に所属する。•3)世の中を良くするための考え、提案は永い歴史の中で既に述べられていると考えられるので、引用する場合には文献を明瞭にして、著作権に抵触しないように十分配慮して声明を作成して下さい。 また、引用がきちんとしていれば声明は独創的である必要はありません。社会に貢献できる文献は積極的に取り上げていきたい。•4)声明が世の中を良くするために実効のあるものになるように、現実的な問題を積極的に取り上げていきたい。政治、平和、北朝鮮、生命倫理、教育、環境、家族、個人の生き方の問題などで、声明が歴史的な役割を果たすことを目指す。•5)研究所が同意するものではなくても、声明が社会にとって価値ある視点を与えると判断されるものを積極的に取り上げていきたい。•6)発表される声明に対する責任と名誉は一般の学術論文のように考える。すなわち、著名入りの著者と審査した研究所が相当の責任と名誉を持つ。•7)原稿の作成はワードその他編集可能な方法で行い、原稿の形式は日本語で、添付のサンプルに従う(本当は英語で、国際的にやりたいのですが、まだ組織不足のため当分の間は)。しかし形式は個性を活かすために相当の自由が認められる。概ねA4版用紙2ページ以内を基準とする。•8)上記のさまざまな難しい問題に対処するために、研究所は問題を提起して、多くの人に意見を求める。また、逆に問題も広く受け付ける。•9)このような企画は、協力者を求め、規定、審査組織、広報組織、行動組織などを整え、実効力のあるものにしたいので、積極的な参加をお願いします。 以上 みなさま: 2007/3/18拝啓山々に春の予感が感じられる頃、皆様お元気でしょうか。ところで、世の中は 中々うまくいっていないように思います。そこで、皆様の英知を集めて、より良い社会を築くためにいろいろな提案、方法などを考察し、意見を広く交換し、より良い社会を築くために少しでも貢献していきたいと思います。そこで、それらの1つの試みとして、仲間とともに、添付のようなことを考えていますので、何でも助言、ご意見を頂ければ幸いです。 みなさん、美しい意見を自由に世にこだまさせ、一緒に より良い社会を築いていこうではありませんか。 言葉では世の中を変えられないと思いますが、私たちは言葉でなくては、なかなか詳しく意志を伝える事ができず、また言葉でなくてはいろいろなことが考えられないと思います。 この声明作成の精神をついでくれる方はおられないでしょうか。 宜しくお願い致します。敬具
2009.01.24
今日は 最終講義の準備と 東大の山本先生の講義をお聞きしました。 被害者が、加害者の罪や加害者に対する意見を裁判所で述べることについて2008年1月23日のテレビで、交通事故の被害者の家族が、加害者の罪を重くして欲しい等の陳述が、裁判所で述べられ、このような事を可能とする制度が、始まりました。これは、多くの問題を抱えてはいないでしょうか。裁判員制度と同様、軽率な導入に思われます。今回は、アメリカの経験についてのみ、述べ、詳しい考察については、後で触れたいと思います。アメリカで、交通事故に遭ったのですが、被害者は、加害者に一切謝罪もせず、面会もしませんでした。被害者は、弁護士を頼んで、一切を委任して、損害の補償を進めました。結論は、弁護士が、妥協案を示して、双方とも受け入れて、示談となりました。その示談の文書には、実に面白い事が書かれているのです。 太陽がたとえ西から昇っても、地球が破滅しても、今後一切この件で、罪を追及されず、また加害者は、一切の過失は無かったというような明白な決着です。 結局 被害者も加害者も、一度も会うこともなく、終わったわけです。交通事故のような過失による裁判は、このような仕方というのは、大いに考えても、良い事ではないでしょうか。いつまでも罪の意識を背負って、生きていけば、過失を犯した精神的な負担は、あまりにも大きくなってしまうのではないでしょうか。幾ら罪の意識を深めたとて、過失は、取り返しが付かないわけですから、割り切りというのも、大事な考え方ではないでしょうか。検討の余地があると考えます。 再生核研究所声明 16 (2008/05/27): 裁判員制度の修正を求める 素人の意見を広く求めることは、古来から行われてきた重要な考え方である。しかしながら、それらを型にはめて、一律に行う制度は、制度として無理があり、社会の混乱と大きな時間的、財政的、行政的な無駄を生み、更に良い結果を生むどころか、大きなマイナスの結果を生むだろう。 幾つかの問題点を具体的に指摘すると •(1) 制度を実行し、進めるには大きな行政的な手間と時間が掛かる。特に財政厳しい状況で大きな無駄を生む。•(2) 一般の人が裁判に関与することは、はなはだ問題である。その様なことで、時間を費やす事を好まない人や、ふさわしくない人、また希望しない人が相当数現れることが考えられる。多くの人は、そのようなことで時間をとられたり、関与することに、耐え難い苦痛を感じるだろう。•(3) 選ばれた少数の人による判断が、全国的なレベルで公正さを維持するのは難しく、また公正な裁判を要求し、期待することには無理があると考えられる。それを要求するには 大きな負担を一般の人たちにかけ過ぎる。•(4) 大きな社会で、裁判において、一律一様の考えには、無理があり、ある程度の専門性を取りいれないと、運用上も、無理が生じると考えられる。•(5) 戦後60年以上も経っていながら、裁判が遅れることに対する批判はあっても、裁判制度や裁判結果に対する批判が殆どないのは異例であり、この観点からも日本の裁判制度自身は高く評価されるべきであって、改めるべき本質的な問題は生じていないと考えられる。 上記のような状況に鑑み、例えば一律の考えを改め、裁判に参加を希望する者を公募して登録しておき、その中から選んで参加して頂く等の修正を速やかに行うべきであると考える。少なくても、裁判に強制的に参加させるべきではなく、参加しない権利を明確に認めるべきであると考える。また裁判制度の問題は別にして、一般の裁判についても、従来は、密室で判決が検討されてきているが、広く意見を聞くことは必要であり、また逆に人々が意見を述べることができるようにしておくのが良いのではないかと考える。ご検討を期待したい。 以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.23
2009/01/01:数理科学に興味を抱く皆様: 下記のように 私の定年退職を記念して、私に関係する人達が 研究集会を企画してくれました。 特に群馬大学工学部共通講座 数学教室に在籍された方々、私の所属する日本数学会 函数論分科会関係者、及び共同研究者の皆さんの 高いレベルのご講演 が企画されています。 しかしながら、特に東大の山本先生と京大の藤原先生には 一般市民向けに講演をして頂けるとの事です。そこで、折角の貴重なご講演になると思いますので、ご案内を致す次第です。 興味を抱く皆様の ご聴講を歓迎しますので、どうぞ宜しくお願いいたします。 山本先生のご講演内容は、役立つ応用数学の例で、産業における実用化技術を支える数学に結びつく逆問題の話しです。藤原先生のご講演内容は、不可能とされてきた難問を解決した それこそ世界最高の計算法の紹介で、国内及び国外の特許の申請を 京大・群大の数学教室で 最初に行なっている内容です。 敬具群馬大学大学院工学研究科教授齋藤三郎 研究集会「複素解析の発展とその応用」開催のお知らせ 群馬大学工学研究科・齋藤三郎教授の2009年3月での定年退職を記念し、表記の研究集会を以下のように開催致します。本集会は複素解析を軸に、解析・幾何・応用の各分野の幅広い講演者にお願いし、各専門分野の近年の動向をサベーイして頂き、各領域の垣根を超えた幅広い交流を企図しております。関連する研究分野の多くの皆様のご参加を頂ければと存じます。1月25日(日)の記念パーティーに参加頂ける方は、12月15日までに、渡辺秀司:watanabe@fs.aramaki.gunma-u.ac.jp〔期限後は齋藤: kbdmm360@yahoo.co.jp〕宛に連絡下さるようお願い申し上げます。なお、各種メーリングリストでこの連絡を流しますが、情報が届かない方もおられると思いますので、各学部・研究科等でプリントアウトしたものを掲示頂ければ幸いです。以上宜しくお願い申し上げます。 2008.11.5 幹事:池畠優、都丸正、渡辺秀司 (1)日時:2009年1月24日(土)-1月25日(日)(2)場所: 桐生市市民文化会館(桐生市織姫町2-5、電話:0277-40-1500)(3)プログラム1月24日(土)13:15-14:00 野口潤次郎(東京大)「正則曲線と有理点分布について」14:10-14:55 宍倉光弘(京都大)「力学系の研究に現れる複素解析的手法」15:25-16:10 相川弘明(北大)「Beurling's minimum principle and the minimal thinness」16:20-17:05 山田陽(学芸大)「再生核と不等式」17:15-18:00 山本昌宏(東京大)「産業数学と逆問題:数学的思考が解く現場 の問題」 1月25日(日)9:30-10:15 大沢健夫(名古屋大)「上空移行からツイスター原理へ・・・一つの夢想」10:25-11:10 志賀啓成(東工大)「Klein群と等角写像」11:20-12:05 松本健吾(横浜市立大)「記号力学系、グラフと作用素環」13:30-14:20 齋藤三郎(群馬大)「再生核の理論と人生のこと、社会のこと」14:30-15:15 林仲夫(大阪大)「非線形Klein-Gordon方程式系の解の存在と解析性について」15:45-16:30 中村玄(北大)「音響散乱逆問題における未知障害物の非解析境界点の同定」16:40-17:25 澤野嘉宏(学習院大)「分数冪積分作用素の有界性について」17:35-18:20 藤原宏志(京都大)「多倍長計算による高精度数値的手法の実現」18:40~ 齋藤三郎先生退職記念パーティー (会場:桐生市市民文化会館)会費:6000円、記念品代1000円 2008/12/30桐生市市民文化会館における 最終講義 (2009/1/25) 指針: 最終講義は 研究集会「複素解析の発展とその応用」の一貫として、 群馬大学工学部 共通講座を中心に企画されたもので、関係者には深く感謝したいこと。私達の教室は小さな教室であるが、今回講演されておられるように 立派な研究者を世に送り出すことが出来て、誇りに思っていること。さらに 有能な共同研究者や良い研究者グループに恵まれて、幸いであったと考えていること。また、工学部の皆様にも、良い教育と研究環境を整えて頂き、思う存分に教育と研究に打ち込めたと心から感謝していること。 数学、人生、社会について 充分に準備して 印刷物で用意させて頂いたので、講義は簡単に 挨拶程度にさせて頂くこと。特に数学については、専門外の方、素人向きに、私の得た結果のうち、最も分かり易い結果について 簡単に紹介したいこと。 まず、再生核の理論 を研究の初期から一貫して 研究してきたが、再生核とは何かについて述べる。 鍵となる考えは、2で 2つに分かれる、美しい形、得られた基本定理は ピタゴラスの定理の一般化になっている。そして、ピタゴラスの定理 そのものについての 新しい結果 も導いていることなど。面白い現象について 京都大学数理解析研究所 講究録原稿にしたがって述べる。一般の方が分かる程度に述べる。 再生核の理論は 要するに 美しく、基本的である ということ。また、今後 何百年も解けないであろう深い問題も提起していること - 金沢での研究集会で改めて話した 学位論文 の中に述べられていること - 。数学的な理論は 日本数学会の 数学の論説論文 に纏めて発表したので、記念に同封させて頂いたこと。 さて 基本的と言えば、生きる意味とは、人生とは何か ということであるが、それについては 50歳のときに、人生における基本定理 を得たと考えて 文書に纏めていること。人生とは何か、生きる意味とは何か を明確に述べたもので、私にとっては 数学以上の価値を得たと考えていること。これは 冊子に纏めてあるので、記念にして頂きたいこと。 さらに世の、世界の在りようについて、考察を進め、良い社会を作る原理として、公正の原則 を確立して、多くの社会の問題は、そんなに難しい問題でないことを述べ、例えば 愚かしい戦争 などをしないように、どうしたら世界の平和を築けるかを 具体的に提案していること。そこで、数学、人生、社会を纏めましたら、どのように 世界を解釈して、人生如何に在るべきか、行くべきか を考えるが、それらについても 全般的な考察を進め、良い社会のために - よっちゃんの想い - の中にまとめ、また 再生核研究所声明 の形や、ブログ: http://ameblo.jp/syoshinoris/http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ で公開を続けていること。これらの営みを 今後とも続けて行きたいと考えていること。 今後は 体力が 続く限り、このような方向で、研究と考察を続けて行くつもりであるが、ポルトガルのアヴェイロ大学で、研究する機会を用意してくれたので、当分ヨーロッパで再生核の理論を大成させるべく努力したいと考えていること。そこで、今後とも、宜しくお願いしたいこと。 本日は 皆さんにお集り頂き、深く感謝していること。 配布: 封筒一式(記念品代に対して):最終講義案内最終講義指針再生核研究所声明リスト挨拶メモベストティーチャーによる工学部公開模擬授業要旨良い社会のために - よっちゃんの想い -数学解説論文 最終講義 講演聴講者〔希望者に〕: 最終講義案内 + 最終講義指針 + ベストティーチャーによる工学部公開模擬授業要旨 + 京大数理解析研究所講究録のコピー2枚 + ピタゴラスの定理の一般化の論文 + 再生核の理論入門20冊
2009.01.23
大学を空けて、戻って4日目ですが、ようやく仕事が少なくなりました。最終講義の準備もして来ましたが、その哲学について 迷いが生じました。 どのように講義するのが良いのでしょうか。 印刷物で、準備して来たのですが、 講義自身はどのように行えば良いのでしょうか。 想いを巡らしています。 もちろん、聞く人の 立場が問題です。 為替について1月8日に、ユーロを買いましたら、1ユーロ=130円でした。それが、2週間も経たないのに、今日は、115円とあります。もしユーロを売れば、112円くらいになってしまうと思います。これは、あまりにもひどいのではないでしょうか。国際的に、為替をもう少し安定させる必要があるのではないでしょうか。国連で税等をとって、為替の変動を抑えるようにし、その税金で、地球の為になるような投資を行っていくようなことを考えれば良いのではないでしょうか。
2009.01.22
研究集会「複素解析の発展とその応用」 1月24日桐生市民文化会館 17:15-18:00 「産業数学と逆問題:数学的思考が解く現場」東京大学 山本昌宏先生 数学に対する関心が産業界でも最近高まっています。 数学というと一見して、実世界から乖離した抽象的な難しい問題を解くだけの学問であるという誤解もあるかもしれませんが、 歴史をひもときますと、ローマ時代のアルキメデスや数学界の最大の巨人であるガウスなど、応用数学・実用数学でも 素晴らしい仕事をした数学者は快挙に暇がありませんし、そのような数学者の業績が現代のテクノロジーの根底を支えていることが少なく ありません。 数学はその抽象性とともに、幅広い応用があり、また ハードウェアに依存しないので、研究も普遍的、学際的、国際的、根源的になりうる学問です。 そのような、数学だけが持つ性格が産業数学にうまく活用されれば 大きな経済効果をあげ、産業技術のイノヴェーションの創出に結びつけることが大いに期待できます。産業数学は欧米諸国では既に普通に 実践され実用に役立ってきましたが、我が国の産業界でもようやく認知されるようになりました。 有効な産学連携のためには数学者が、理論的な研究を重視しつつ、 関連分野との連携・対話を深めることが必要です。 一方で、そのような産業数学が若い人材に数学研究への新たな動機付けとなり、実世界との関連で興味深い数学の新たな問題の提示につながり、数学自体の活性化のための1つになります。このように 産業数学をうまく組織化すれば産業界・数学界双方向に有益なものになることが期待できます。 小生はここ10年ほど産業数学を産学連携の下で研究・実践してきました。そのような個人的な経験に基づいて、成果の一端をお話し、ささやかではありますが産学連携への1つの事例紹介といたしたいと考えております。 2009/01/01:数理科学に興味を抱く皆様: 下記のように 私の定年退職を記念して、私に関係する人達が 研究集会を企画してくれました。 特に群馬大学工学部共通講座 数学教室に在籍された方々、私の所属する日本数学会 函数論分科会関係者、及び共同研究者の皆さんの 高いレベルのご講演 が企画されています。 しかしながら、特に東大の山本先生と京大の藤原先生には 一般市民向けに講演をして頂けるとの事です。そこで、折角の貴重なご講演になると思いますので、ご案内を致す次第です。 興味を抱く皆様の ご聴講を歓迎しますので、どうぞ宜しくお願いいたします。 山本先生のご講演内容は、役立つ応用数学の例で、産業における実用化技術を支える数学に結びつく逆問題の話しです。藤原先生のご講演内容は、不可能とされてきた難問を解決した それこそ世界最高の計算法の紹介で、国内及び国外の特許の申請を 京大・群大の数学教室で 最初に行なっている内容です。 敬具群馬大学大学院工学研究科教授齋藤三郎 研究集会「複素解析の発展とその応用」開催のお知らせ 群馬大学工学研究科・齋藤三郎教授の2009年3月での定年退職を記念し、表記の研究集会を以下のように開催致します。本集会は複素解析を軸に、解析・幾何・応用の各分野の幅広い講演者にお願いし、各専門分野の近年の動向をサベーイして頂き、各領域の垣根を超えた幅広い交流を企図しております。関連する研究分野の多くの皆様のご参加を頂ければと存じます。1月25日(日)の記念パーティーに参加頂ける方は、12月15日までに、渡辺秀司:watanabe@fs.aramaki.gunma-u.ac.jp〔期限後は齋藤: kbdmm360@yahoo.co.jp〕宛に連絡下さるようお願い申し上げます。なお、各種メーリングリストでこの連絡を流しますが、情報が届かない方もおられると思いますので、各学部・研究科等でプリントアウトしたものを掲示頂ければ幸いです。以上宜しくお願い申し上げます。 2008.11.5 幹事:池畠優、都丸正、渡辺秀司 (1)日時:2009年1月24日(土)-1月25日(日)(2)場所: 桐生市市民文化会館(桐生市織姫町2-5、電話:0277-40-1500)(3)プログラム1月24日(土)13:15-14:00 野口潤次郎(東京大)「正則曲線と有理点分布について」14:10-14:55 宍倉光弘(京都大)「力学系の研究に現れる複素解析的手法」15:25-16:10 相川弘明(北大)「Beurling's minimum principle and the minimal thinness」16:20-17:05 山田陽(学芸大)「再生核と不等式」17:15-18:00 山本昌宏(東京大)「産業数学と逆問題:数学的思考が解く現場 の問題」 1月25日(日)9:30-10:15 大沢健夫(名古屋大)「上空移行からツイスター原理へ・・・一つの夢想」10:25-11:10 志賀啓成(東工大)「Klein群と等角写像」11:20-12:05 松本健吾(横浜市立大)「記号力学系、グラフと作用素環」13:30-14:20 齋藤三郎(群馬大)「再生核の理論と人生のこと、社会のこと」14:30-15:15 林仲夫(大阪大)「非線形Klein-Gordon方程式系の解の存在と解析性について」15:45-16:30 中村玄(北大)「音響散乱逆問題における未知障害物の非解析境界点の同定」16:40-17:25 澤野嘉宏(学習院大)「分数冪積分作用素の有界性について」17:35-18:20 藤原宏志(京都大)「多倍長計算による高精度数値的手法の実現」18:40~ 齋藤三郎先生退職記念パーティー (会場:桐生市市民文化会館)会費:6000円、記念品代1000円
2009.01.22
2.14 天才教育について(2007/8/29): 天才教育について、検討中ですが、素案について関係者に意見を求めた所、次のようなメールでのやりとりがありました。 天才教育は必要との意見が強いと思います。 とても貴重な情報ではないでしょうか。 相手の先生は、群馬大学名誉教授の五十嵐善英先生です。 五十嵐先生:貴重な情報大変有難うございます。先生の貴重な文章 私のブログに載せたいと思います。天才は 優秀な計算機のようで、どのように教育していくか 本当に難しいと感じてきています。 意欲は大変あるというので、当面はいろいろよいものに触れさせて、方向性が出てきたら しかるべき人に指導を御願いするのがいいのではと考えています。天才 M 君のような話は時々聞きます。 日本の学校教育は文部科学省の指導要領に しばられていて、このように飛びぬけて優れた才能の子供たちを伸ばすチャンスが 少ないのは残念なことです。芸術やスポーツ の分野の天才教育はこの国でも当たり前に行われているのに、勉強に関してはどうして 横並びの教育ばかりしたがるのでしょうか。 私の経験からの話を少し紹介します。参考に なれば幸いです。日本の科学技術のためにも、 何か私たちにできることがあると思います。 (1) 昨年秋にColorado, Denver とCalifornia、 Oakland (San Franciscoの近く)に2週間程滞在しました。コロラド洲では特別優秀な高校生に特別なカリキュラムで教育しています。Denverの中心地域では、選抜された250名がこのカリキュラムで教育を受けています。これは公教育 (即ち、洲の予算行われています。私の友人の息子さんと近所の娘さんはこのカリキュラム教育に選ばれていて、彼らの送り迎えに友人と一緒に何度か付き合いましたが。彼らは驚くほど聡明でした。このカリキュラムを終えた子は、MITでも、ハーバード大学でも、イギリスのケンブリッジ大学でも推薦入学できる契約がなされているそうです。 (2) アメリカの一流大学には聡明な小学生が数学の授業を受けたり、物理の授業を受けることはそれほど珍しくないそうです。彼らは小学生のままでこのような授業だけを受けているので、いわゆる飛び級とは違うようです。 (3) 私がイギリスにいたころですが、優秀な若手の先生や大学院博士課程の学生は、directed grant schoolから大学に志願した方が多かったと思います。directed grant schoolというのは公のお金を優秀な子供を進学校に送り込む制度です。 これも一種のエリート教育と思います。 2.15 教育、個性、国力(2007/9/1): 五十嵐先生: メールありがとうございます。 先生の見識は高く、日本の教育に対する考えは 泥臭いというか、遅れている感じです。 基本を抑えると、人は自分の才能や個性を伸ばし、好きなように生きられれば 理想と思います。 それを型にはめたりして、それらを抑えてしまうのは個人にとっても社会にとっても大きなマイナスと思います。 実は今回 私が関与しているISSACで 賞を取った人はロシア出身でやはり秀才教育を受けていて、とても普通では勝負にならないほどの早熟で、才能を持っています。 私のように才能に恵まれない者は 才能に憧れ、真理の追究には幾ら才能のある人でも必要なのです。数学は無限に広がっていますから、幾らでもやることがあって 人類はどこまで、進められるかというような観点をもっていて、競争などといった卑小な感覚はありません。 少しずれましたが、巨人は大きな世界を拓き、大きな貢献をし、それが国力にも反映しますので、国策としても教育を変えていく必要があると思います。テフの開発者クヌー氏は本当に巨人ですね。どうして、あんなに壮大な事ができたのでしょうか。 想像も出来ません。 先生のメールの中で: 1.9 再生核研究所声明 9(2007/9/1): 天才教育の必要性を訴える 次はある人の経験です: 今日午後 塾の先生と母子が研究室を訪れました。子供は小学校2年生、8歳のM君です。化学の先生や物理の先生、整数論の先生にも立ち合って頂きましたが、非凡な才能のもち主です。数覚が発達していること、πの値を60数桁すらすら覚えていること、サリンなどの複雑な分子構造等を覚えていること、原子の周期表を覚え、記号も覚えていること。勿論努力して覚えればできない事ではありませんが、自然にいろいろ勉強して一人で勝手に覚えていると言うのです。今まで、このような才能のある人に会ったことはありませんでした。記憶力が良く、漢字にも強く、英語も得意と言っていました。宇宙の物語や計算機の内部にも興味をもっていて、電気にも異常に興味をもっているとのこと。数学について質問を求めたところ、0.999999・・・・・ =1の理由を聞かれました。納得のいく説明ができたと思います。ご両親はいろいろなことを質問されて困っていると言うのです。今日は非凡な才能のもち主に会いました。どうしたら、M君の才能を活かせるでしょうか。考えたいと思います。 このように特別な才能をもつ人に対して、現在の日本の学制では才能を活かせないばかりか、才能を殺してしまうと考えられます。そこで、このような特別な才能を活かせる制度の確立を求めたいと考えます。数学などの研究では 凡人の1000人以上の仕事を一人の天才が成し遂げることがよくあります。そこで、このような特殊な才能を活かせる制度の確立を研究し、可能となるような制度の確立を求めます。これについて、次のようなことが考えられるのではないでしょうか。 1) 進級制度を確立すること。あるいは特別な学校を作ること。2) 特殊な才能のもち主であることを認定したら 特別のチームを作って、所謂天才教育を国もしくは地方公共団体の補助の下で、行う。 特殊な才能は理工学に限らず、スポーツ、芸能、芸術などいろいろな分野で考えられ、いわば国の宝として、それらの才能を活かせる道を確立したいと思います。このようなことは 日本国にとっても才能をもつ者にとっても重要であると考え、関係者に検討を要請致します。みなさま、日本でも超大物を育てようではありませんか。以 上 良い社会のために-よっちゃんの想い- からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.21
今日は 大学2日目ですが 相当 仕事を消化しました。 太田での夜間講義から戻りました。 為替、1ユーロ130円で 1月8日に購入したのに、今日は掲示では 116円 一寸になっています。 これは余りにひどいのではないでしょうか。 これでは落ち着いて、国際交流ができないのではないでしょうか。 もう少し為替を安定化するような国際的な政策が必要ではないでしょうか。 平沼経産相、総選挙後に新党結成目指すhttp://news.goo.ne.jp/article/asahi/politics/K2009011701980.html 自民党を割って、小数政党を作るような方向は、歴史的に良くないのではないでしょうか。むしろ、2~3の政党に再編し、強力な政治を行える体制に持っていくべきだと考えます。政治は大きな社会ですから、細々とした主義主張で、政党を作るべきではなく、国家、国民の為という視点から、むしろ政党などに拘らないような現実を見据えた政策によって、団結して、政治を行っていく姿勢をとっていただきたいと思います。何か新しい政党を作れば、良いというものではなく、むしろ政界の再編によって、小沢氏を中心として、大きな権力を集中すべきではないでしょうか。その他は、ひとつかふたつかで十分ではないでしょうか。 再生核研究所声明 14 (2008/05/18): 日本の政局についての提言 参議院選挙後の政局について 評価と位置づけを行い、日本の政局を変革するために提言を行いたい。先ず、再生核研究所声明 7 (2007/06/10): 参議院選挙に当たって の精神で、与野党を逆転させ、危険で不適切な現状認識を行っていた安倍政権を退陣に追い込み、英明なる福田政権を誕生させ、日本の政治方向を内政重視に大きく変えることができたことは、大変良いことと高く評価したい。そこで、先ず福田政権については、内政、外交共に 極めて適切であり、高く評価したい。衆院と参院の逆転の現状を受けて、多少の混乱が生じることは 止むを得ず、与党の対応も、野党の対応も必然的なものと評価したい。さて、野党の対応については、声明7に述べられているように、政界の大幅な再編を行い、政権構想を進めることが期待されているにもかかわらず、大きな進展が無いのは誠に残念である。更に問題なのは、日本の財政の厳しさに真正面から向き会わず、与党の無責任な長期政権を真正面から変革させる気迫がなく、小さな政策しか打ち出せないのは、政権をねらう野党としては 誠にふがいないことと 言われても仕方がない。逆に見れば 政治社会が如何に大きな世界であり、困難な世界であるかを示しているとも言える。この様な状況において、財政、経済、教育等 難問が山積している現状では、政治が停滞することとなり、これでは日本国の再生を一段と難しくし、再生の機会をいたずらに伸ばすことになることが危惧される。この背景には、日本国の再生は、従来の政策の修正では不可能であり、本質的に大きな取り組みが必要であるという判断がある。しからば如何にして、政局を正常化する事ができるであろうか。先ず、民主主義の原則に従って、参院で与党が過半数を割った事態を真摯に受けとめ、民意を問うために速やかに衆院を解散して、議会の秩序を回復するのが道理である。福田政権は臨時的な政権であり、早期の解散が望まれる。長期の政権は 国民の判断を受けない、いわば大義なき、おかしな政権と言われても仕方の無いものである。そこで、衆院の解散後の政局について望ましい姿を 素案として提示したい。先ず、衆院の解散に当たっては 小沢氏を中心とする政権の誕生を期待し、一旦自民党の長期政権に終止符を打ち、小沢氏を中心とする政権を樹立する。その際重要な事は、大幅に小沢氏の意思を尊重して、与野党の区別なく、相当に任せる態度で国会は一致団結して、日本国の再生を期して、政治に取り組んで頂きたいと考えます。小沢氏は充分に日本国を導く、能力と実績、見識を持っておられると判断される。船頭を多くして、船山にのぼる の諺の通り、あまりにも分権してしまうと大きな政治が行えず、大局を見失うことを恐れる。日本国の建て直しのために、強力な執行能力が日本国の政治には求められている。もし逆に、自民党の勝利による自民党の政権を続けさせれば、衆院と参院の逆転国会が続き、現在より一層弱体化した政権を誕生させることになり、政局を混乱させ、日本国の再生は 更に無責任に引き伸ばされることが予想される。小沢氏に思う存分に日本国の政治を進めて頂き、その間、自民党は谷垣、与謝野氏を中心に力を蓄え、小沢氏が退陣した後には 谷垣、与謝野氏を中心とする、強力な責任ある本格政権が樹立できるように、自民党の発展と変革を期待したい。以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.20
時差の関係で、2時半に目を覚ましてしまいました。 美しい星空で、暖かな風が吹いていました。 天才少年の 素数予想を聞いた日の翌日の 早朝の朝 を想い出しました。 神の子か と思って 目を覚ました日のことです。次の件 1分で試験やり直しは、何かおかしいのではないかと 話しました。 そのような入試の在り様、何かおかしいのではないでしょうか。出た数値は絶対になってしまい、変な権威を持つことになります。 その数値の中身や、意味は誤差なく、意味があるでしょうか。 変な入試ではないでしょうか。 何事 誤差というものがあるのではないでしょうか。それが 余裕 や ゆとり にもなります。大学センター試験センター試験は、いろいろと再検討をした方が良いのではないでしょうか。入試制度でも、あまりにも長く続くと、専門化したり、細分化したり、細かくなりすぎたりと いろいろ弊害が出てくるものです。廃止の方向で検討するのが良いと思います。 再生核研究所声明 20(2008/10/01):大学入試センター試験の見直しを提案する センター試験は1988年 共通テストの試行から始められ、いろいろな変遷を経て、現在は大学入試センター試験と改称されて、20年もの歳月を経ている。 発足時のときの議論では、数年で破綻し、結局は元の形に戻るという観測が多かったが、その後 何時も批判的な意見が多く出されているものの 組織が出来てしまったためにか 惰性的に続けられてきている。そこで、次のような状況を考えて、このような入試の在りようを検討し、大学入試センター試験の見直しを行うように提案いたします。 •1) センター試験は 多額の経費と人件費をかけながら、悪い効果を生み、いわば大きなマイナスの仕事を 教育界に課していると考えられる。試験の影響としてはマイナス効果の方が大きいと考えられる。 その最大の理由は 共通テスト開始時にも 既に指摘されていたように そのような試験では パターン化して、知識の積み込み方式になり、考える力を落とす という危惧であった。 実際、このような弊害はいたるところに現れ、数学の教科でさえ、型を沢山覚え、時間内で解く方法の技術ばかりが、学校教育や受験勉強においても重視されていて、本来の教育のあるべき姿からの大きな乖離が見られる。センター試験は 日本の教育を軽薄な教育にさせている元凶である と考えられる。そのような試験結果は 軽いデータぐらいの重さしか果すべきではない。しかるに教育界は そのような試験に対応すべく、多くの無駄、悪い教育をおこなっている。•2) 教育においては本来、多様性と個性を活かす事が大事であるはずなのに、型にはめ、一様な水準を作り、貧しい特色のない大学を一様に育てている弊害が顕わになって来ている。センター試験の目指す教育とは およそ人物たる人間教育や善良な市民を育てる重要な本来の教育とはかけ離れたものであり、日本国を覆っている無責任とモラルの著しい低下の結果を生み出している。教育とは本来何であるかの議論さえ忘れて久しい状態で、魂の抜けた教育であると言える。感性豊かな人間性を高める教育や創造性豊かな教育からは程遠い教育と言える。•3) センター試験の影響は 世に数値化と標準化、規格化を進め、社会の多様な価値や個性を失なわしめ マイナス効果を世に氾濫させている。•4) 永い間 同じような入試制度が続いたため、入試が専門的な技術を要求するような弊害が現れ、不要な特殊な訓練を得た者が有利になるような弊害が現れてきている。その結果、このようなことに柔軟に対応できる特定の学校に人気が集中して、公立高校の人気が落ちてきている。そのために 経済的な豊かさが もろに教育条件に反映するような状況を生み出している。このようなことが進めば、広範な生徒達から多様な才能を引き出せない状況を進めると危惧される。 また、そのような特殊な教育を受ける者が個性を伸ばし、幸せになるとは限らないと考えられる。•5) 2日間にわたって、多くの教職員をいわば ロボットのように 画一的に働かせて、また多額の国費と人件費を費やして、大きなマイナスの仕事を行うのは 好ましくないと考える。•6) センター試験は、世の生徒達にあまりにも細々とした過重な入試対策を要求して、生徒達のみずみずしい才能の開花を疎外し、生徒達の自由な成長を妨げている。 学校教育には、人生や世界や、自然の事をじっくりと想いをいたし、 友情が芽生え、育つような余裕が求められる。 大学入試にはより柔軟に、余裕をもって考えられるような社会へと変革が少しずつ進むことが期待される。 理想としては、個人の個性を活かせるような多様な可能性を広げるような変革である。もちろん、そのうちには、世の秀才達を集めるような所があっても良いが、そこに殺到するような事は望ましく無いと考える。•7) センター試験は、所謂 世の秀才や優秀な人達の才能もわざわざ鈍化させ、活かされていないと考えられる。日本でも秀才教育や天才教育ができるような柔軟な制度の確立が求められる。•8) 共通テスト開始のとき、多くの危惧と問題点が指摘されたものの これで多くの人が 大変な入試業務から解放されると期待されたものであるが、それは空しく、逆に個別入試を行い、また第二次入試や、追試入試、さらに外国人入試や推薦入試、社会人入試、などと多くの入試が始められ、多くの教員は年中入試業務に振り回される状況になっている。大学の法人化の後には、社会貢献や教員評価、受験生確保のために多くの仕事に追われ 教育研究費の大幅減額とともに 悪い、教育、研究環境に陥っていると考えられる。 以上の理由などから、センター試験を見直しする方向での 真剣な検討と対応を求めます。現実的な対応としては、入試そのものが日本国の文化に根ざしている以上、そう簡単ではないと考えて、広範な検討や改革を考えていく事を求めたいと考えます。方向性としては •1) 大学入学資格試験と考える方向で、そのときには センター試験を簡素化し、センター試験に対する特別な対策はしないですむような状況になることが求められる。•2) 逆に個別入試を廃止して、センター試験の一部と他の要素、例えば高校の評価や、推薦状や面接で入試を行う。•3) センター試験を原則廃止して、時々高校生の学力のデータ、状況を得る為やその他いろいろな業務を行うことに センターの組織と機関を使う。 等が検討されるべきであると考えます。教育の在りようについては 絶えず検討を重ねていく事として、教育というと直ぐに学力と考える傾向が強いが、全人的な教育や人物たる人間教育等の面を考えていく必要があると考えます。 以上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ ある方の御意見: 大学入試センター試験に対するご意見を拝読しました。先生の論点に同感する点も多く、日本の大学入試全般について早急に議論し改善策を考えていく時期に来ているのではないかと思われます。私は以前、大学院+研究生のころ受験界のお世話になっていた時期があり、その後アメリカに渡った時、一体あの日本の異常な世界中でどこにも存在しない不毛な受験学習は何だったのか、と思った時があります。目の前のアメリカの学生はそのような世界とは無縁で無邪気に大学に入学して来ますが、基本的なトレーニングはある程度出来ていますので、最初の1年間で日本の学生を追い越 すところまで力を伸ばします。日本の場合は受験数学がある程度出来ると「数学を理解している」と勘違いしてしまう危険性があり、かえって大学の数理の考え方に馴染みにくいこともあります。受験の過程でそのような創造性を殺してしまっているのでしょう。私も最近入試に関わるようになってから、センター試験の問題を時々見る機会があるのですが、「数学I」と「数学IIB」のように小分けして出題されるために、出題範囲が狭く、出題の傾向がパターン化されて重箱の隅式問題が目立ちます。「数学I+IIB」の中から基本的な複合問題を出題して、センター試験の比重を低くすべきではないかと思います。私も日本の入試形態は深刻な問題と思いますが、それに代わるものとして具体的にどうすればよいか、まだ結論を持ち合わせていません。先生のように廃止するというのも一つの考え方と思われますが、何らかの標準テストはあったほうが良いような気もします。工学系基礎教育研究会の他の先生方はどのようなお考えか分かりませんが、我々の研究会でも近い時期に皆で議論すべき問題の一つのような気がします。今後共宜しくご指導の程お願い申し上げます。2008/09/17
2009.01.19
今日は1-2限の授業、990通を超えるメール、そのメール対応などで時間をとられて、相当夢中で、仕事をこなしました。 明日は相当減ると思います。 市立全校で小中一貫教育=491校 12年度から-横浜市http://news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-090119X920.html 一貫教育については、もっと慎重な取り組みを求めたいと思います。先ず小学校教育は、普通ですと登校問題から地域的に相当限られるという条件が本質的にあり、中学生になると、より広範囲の通学が可能になるような状況があると思います。私達の年代ですと、幾つかの小学校から、集まってより大きな中学校に発展する形をとっていますが、これらは結構合理的なありようではないでしょうか。小学校は個別の指導をより密にし、中学校はもう少し大きな枠の指導が、必要になる事になると思います。小学時代と中学時代の区切りは、人生においては、大きな一つの区切りとして、それなりの意味があったのではないでしょうか。これが小中一貫となってしまうと、のんべんだらりの時代と成りかねません。政治家の思い付きではなく、それこそ教育界全体を交えた検討を行って、良い有りようについて、考えていく必要があると思います。 再生核研究所声明 17 (2008/7/25) 教育界の改革を求める 大分県の教育界における不祥事は、いくら日本国が 空虚な日本の社会(再生核研究所声15)といっても 流石に健全な批判が湧いてきたのは当然である。身近な点から問題点を考察すると、試験がたとえ公正にできたとしても、全然問題は解決しないのではないでしょうか。 第一に、試験問題が適切であるかどうか、広く日本中で検討してみる必要があるのではないでしょうか。さらに、面接試験という大事な場面を迎えますが あのような体質で、より良い学生を公正に選ぶことができるか 検討する必要があると考えます。 試験内容について、例えば、数学専攻で、教育学部長をされた ある先生の嘆きを思い出します。大学でいくら専門の数学を熱心に勉強しても 専門の数学は採用試験には出題されず、大学受験や高校程度の数学の問題しか出題されず、それで、大学で熱心に勉学している学生よりも、家庭教師や塾でアルバイトをしている学生の方が有利になってしまい、実際、合格率も高いという嘆きです。これでは数学教育界が、数学の本当の精神や深い専門的な内容などよりは 受験勉強に代表されるような問題解きの技術の勉強になってしまうのではないでしょうか。 実際、入学して来る多くの大学生は 数学は問題解きであり、多くの技術を学ぶのが数学だと思っているのが現状ではないでしょうか。これでは創造性豊かな教育や本来の数学教育の目標からは ほど遠いのではないでしょうか。 一般に試験について、何十年も前に あるラジオ ニュースで聴いたことが なぜか何時も気になります: ネジの検査で、良いものを落とし、悪いものをわざわざ選んでいたというのです。わざわざ数学嫌いな生徒を育てたり、悪い教育を行っているような事は 至る所に見られる現象ではないでしょうか。 他方、教育には善良な市民を育成するという大事な面があるはずです。その大事な考えの一つには個性を活かし、公正な社会を実現することにあるのではないかと考えます。しかし、教育委員会の指導的な人達が 自ら信じられないような不正を行っていて、そのような方々が面接したり、教員を指導しているという事は如何なものでしょうか。大分で起きた事件は 大分県の特殊性から出てきたものではない以上、日本中で同じような状況ではないでしょうか。人事の刷新を行い、教育改革を進めるように訴えます。 このような状況で、教員更新性の導入を行えば、教育界はますます混乱し、よい事は何もないと考えます。マイナス要素を挙げてみたいと思います。 (1)教員の忙しい状況の中で、さらに時間と余計な気遣いの負担を増加させる。(2)財政難で国がおかしくなるような状況の中で、さらに大きな資金と労力をかける事になる。(3)更新講習は形式的になり、効果が望めず、逆効果が考えられる。また講習で改善されるような教員は初めから、問題が無いと考えられる。(4)更新されなかった教員の生活や身分の問題が解決できなければ、結局更新の問題は解決できず、いわば余計なことをすることになる。(5)このような制度の導入そのものが、教員の身分を不安定にし、教育上良くない効果を生むと考えられる。 などなどですが、そのようなことに 時間とお金 をかけるくらいならば、忙しい先生に休暇とお手当て を配布した方が 遙かに効果的ではないでしょうか。 日本国の再生のために、試験問題の作成委員や面接する人を 見識ある人物に代えるばかりではなく、教育界の全般的な改革と刷新を行うように 多くの関係者に求めます。またマスコミの積極的な取り組みを要請致します。 以上。 http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.19
昨日は 午後は枯れ野の散歩に行きました。 今朝はよく晴れた天気で、いろいろ沢山の仕事が溜まっているので、 敢然と取り組みたいと思います。 水道の漏れがあって、気分が少しよくありません。 小泉氏、「一院制」を選挙公約に=自民議連、4月に提言http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090116-00000172-jij-pol このようなとっぴな発想は、良くないのではないでしょうか。地に着いた真面目な考えをしていないという事を表してはいないでしょうか。両院とも100名ずつ位 議員数を減らすという考えは、如何でしょうか。あまりにもおかしな無責任な政治家が多過ぎはしないでしょうか。二院制については、次も参考にして下さい。 2.13 (参考資料) 神は「2」を愛し給う 二元論については古来いろいろな人達によって主張され、あるいはそれとはなしに感じるものがあると思う。 私も数学の研究や教育の場においてしみじみと感じるものがあるのでその一端を述べてみたい。 まず数学から。基本的な概念である実数は普通10進法で記述されているが、本質的には2進法で記述される。しかし数としての実数はあまりにも狭く「数」としては2つの実数の組である複素数で考えなければならない(複素解析学-人類の傑作)。解析幾何学は代数と幾何の2つの概念の融合したものであり、射影幾何学は点と直線の2つが全く同等の存在であることを述べている - それには我々は「無限遠点」を観なければならないが。またそこでは、比の比すなわち複比が重要な不変性をもっている。演算も二重に現れる。加法と減法、乗法と叙法、微分と積分、変換と逆変換、さまざまなoperatorに対する"adjoint"operator、鏡像の原理、エルゴート性、さまざまな"duality principles"等々。今世紀における幾何学の方向を与えているガウス・ボンネの美しい定理は曲面の「局所」的な性質と「大域」的な性質の2つの間の関係を述べており、曲率の最大値と最小値を2つ掛けると素晴らしい不変量になるというガウスの「偉大なる発見」に基づいている。 2階の微分方程式は他のものに比べて圧倒的に重要であり、加速度は2階の微分で表わされる。ピタゴラスの定理a2+b2=c2では2乗でなければならない。私が1982年に発表した「積分変換の一般論」は、この定理の一般化になっていた。これは線形変換でL2概念が不変に保たれることを述べており - 波動や熱伝導等の現象においてもL2概念は保存され、ピタゴラス型の定理が成り立っている!!次に最も進化(退化)した生物であり神の最も愛する(憎む)我々自身に目を向けてみよう。男と女が2つ一緒になって「人」になり、我々は脳、目、耳、鼻、腕、肺、心臓、足、指、いのち等それぞれ2つずつもっている。また遺伝子は二重螺旋構造をもっているという。二重といえば、二重のドア、鍵、堤防、道、被覆、窓、コード、回路、結合、価格、火山、唱、生活、底、否定等は格別の意義をもっているのであろう。政治・社会においても2大勢力がモデルになっているのではないかと思う。そうだとすれば、多党化現象や中立政策は好ましいものではないことになろう。 さらに偉大なる発見、進化(退化)は2段階で行われていることにも注目したい。旧約聖書と新約聖書、物理学におけるニュートンとアインシュタインの発見、飛行機とロケット、積分論におけるリーマン積分(横)とルベーグ積分(縦)、超函数の理論におけるシゥヴァルツと佐藤幹夫氏の理論等。戦争も進化(退化)の1つとみれば、あのようなハードな世界大戦は 三度は起こら(せ)ないであろうと思われる。 また現在進歩の著しいコンピュータはノイマン型とよばれているという。このような理由から間もなく新しい型のしかも決定的な型のコンピュータが出現するのではないかと予感している。 さらに発見が二重に行われる傾向にあるから論文の発表は急いだ方がよいとヤーノス・ボヤイの父は彼に忠告したものだが、歴史は正にそうであった(非ユークリッド幾何の発見)。 世界を二元論のみで観るといろいろ気づいたり発見したりすることが多いのではないかと思う。数学においてはこのような見方が研究の指導原理を与えたり、しばしば楽しい想いをさせるのである。良い社会のために-よっちゃんの想い- からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.19
昨日の美しい日に対して、今日は どんよりとした寒い、 殺風景な日ですが、小鳥がにぎやかなのは救いです。 赤い山茶花も流石に、元気なく、常緑樹もまたそうです。 ポルトガルは、大変良い所でした。1 古い文化 2 人々が優しい 3 町が美しい 4 料理が美味しい、魚類が新鮮で美味しい 5 芸術性に溢れている 6 都市整備が進んでいる 7 建物がしっかりしている 8 物価が安い 9 勿論治安がよく、安全な国民主政権望む、初の3割超=自民、大連立上回る 時事世論調査http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090116-00000120-jij-pol これは、妥当な見方ではないでしょうか。自民党の従来型の修正政治では、この日本の閉塞した状況を変える事はできないのではないでしょうか。政権を交代し、人心を一新するのが、良いと考えます。勿論多少の混乱を覚悟するのは、如何なる改革においても、必要であると覚悟する必要があると思います。暫くは、世界的に苦しい時代を迎える事を覚悟したいと思います。 再生核研究所声明 14 (2008/05/18): 日本の政局についての提言 参議院選挙後の政局について 評価と位置づけを行い、日本の政局を変革するために提言を行いたい。先ず、再生核研究所声明 7 (2007/06/10): 参議院選挙に当たって の精神で、与野党を逆転させ、危険で不適切な現状認識を行っていた安倍政権を退陣に追い込み、英明なる福田政権を誕生させ、日本の政治方向を内政重視に大きく変えることができたことは、大変良いことと高く評価したい。そこで、先ず福田政権については、内政、外交共に 極めて適切であり、高く評価したい。衆院と参院の逆転の現状を受けて、多少の混乱が生じることは 止むを得ず、与党の対応も、野党の対応も必然的なものと評価したい。さて、野党の対応については、声明7に述べられているように、政界の大幅な再編を行い、政権構想を進めることが期待されているにもかかわらず、大きな進展が無いのは誠に残念である。更に問題なのは、日本の財政の厳しさに真正面から向き会わず、与党の無責任な長期政権を真正面から変革させる気迫がなく、小さな政策しか打ち出せないのは、政権をねらう野党としては 誠にふがいないことと 言われても仕方がない。逆に見れば 政治社会が如何に大きな世界であり、困難な世界であるかを示しているとも言える。この様な状況において、財政、経済、教育等 難問が山積している現状では、政治が停滞することとなり、これでは日本国の再生を一段と難しくし、再生の機会をいたずらに伸ばすことになることが危惧される。この背景には、日本国の再生は、従来の政策の修正では不可能であり、本質的に大きな取り組みが必要であるという判断がある。しからば如何にして、政局を正常化する事ができるであろうか。先ず、民主主義の原則に従って、参院で与党が過半数を割った事態を真摯に受けとめ、民意を問うために速やかに衆院を解散して、議会の秩序を回復するのが道理である。福田政権は臨時的な政権であり、早期の解散が望まれる。長期の政権は 国民の判断を受けない、いわば大義なき、おかしな政権と言われても仕方の無いものである。そこで、衆院の解散後の政局について望ましい姿を 素案として提示したい。先ず、衆院の解散に当たっては 小沢氏を中心とする政権の誕生を期待し、一旦自民党の長期政権に終止符を打ち、小沢氏を中心とする政権を樹立する。その際重要な事は、大幅に小沢氏の意思を尊重して、与野党の区別なく、相当に任せる態度で国会は一致団結して、日本国の再生を期して、政治に取り組んで頂きたいと考えます。小沢氏は充分に日本国を導く、能力と実績、見識を持っておられると判断される。船頭を多くして、船山にのぼる の諺の通り、あまりにも分権してしまうと大きな政治が行えず、大局を見失うことを恐れる。日本国の建て直しのために、強力な執行能力が日本国の政治には求められている。もし逆に、自民党の勝利による自民党の政権を続けさせれば、衆院と参院の逆転国会が続き、現在より一層弱体化した政権を誕生させることになり、政局を混乱させ、日本国の再生は 更に無責任に引き伸ばされることが予想される。小沢氏に思う存分に日本国の政治を進めて頂き、その間、自民党は谷垣、与謝野氏を中心に力を蓄え、小沢氏が退陣した後には 谷垣、与謝野氏を中心とする、強力な責任ある本格政権が樹立できるように、自民党の発展と変革を期待したい。以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.18
ポルトガルは 美しい理想的な国: ポルトガルに行き、リスボンとアベイロを訪れて来ました。リスボンは古い、良く整備された文化的な とても美しい町です。建物がしっかりしていること、多くの石像が立っていて 伝統と繁栄 を感じさせます。立派な歩道、街路樹も見事です。アベイロはコンパクトに纏まった運河の多い、美しい町で、カセドラルを見ればよく分かるように、文化と富と、芸術に満ちた愛すべき町です。アベイロ大学の環境、設備のよさに驚かされました。ポルトガルの人々はとても優しく、余裕とゆとりがあり、食事も日本人に良く合い カステラで有名なように とても美味しく飽きる事はありません。物価も安く、ホテルの安さには驚かされます。季節のせいもあると思いますが、日本では考えられません。 ロッカ岬とアベイロの海岸を訪れましたが、地の果てと言われるように、海の大きさに圧倒されました。 バスコダガマ、コロンブス、マゼランなどが航海に出て、新世界を開拓した精神の偉大さを実感しました。アベイロの海岸の雄大な砂浜、塩のように白く、細かな美しい砂に驚かされました。ヨーロッパの王様の別荘地が多いと言っていたと思います。ポルトガルは美しい美しいと言って帰りましたら、17日の桐生近郊の自然の美しさにも感銘しました。空も山々も太陽に輝いて美しく、本当に恵まれていると思います。文化を発展させ、生活をもう少しきちんとすれば 美しいよい町を築けると思います。2009/01/17:16:40
2009.01.17
晴天の空に 星の輝く美しい早朝です。 妻が2時に目を覚ましたいというのです。 目覚まし時計を2つ用意しました。所が実に面白い奇跡がありました。私は目覚まし時計が鳴る直前に目を覚まし、そろそろだといいましたら、直ぐになりました。考えている事が頭に入っている事が分かります。 そのように創造活動も 寝ている間に行っている事が多いのです。 間違っていると何か気分がおかしかったり、変な気がするのです。 素敵な あらいしげこ さんから 詩をいただきました: 私・・・の心からの言葉を聞いてください。 15年位前のことでした。 自然ってなあに、どんなところ、何が見られるの・・・なんて 山に行くたびに不思議に思ってました。 なぜか森へ・・・ なぜか森に行きたくなるなぜか森が恋しくなるなぜか小川がみたくなるなぜかあの木を見たくなるなぜかあの花見たくなるなぜかあの鳥見たくなるなぜかあの虫見たくなるなぜかあの森行きたいな
2009.01.07
派遣村-本来国がやるべき、自己責任の議論http://news.ameba.jp/domestic/2009/01/31559.html#entryform 派遣社員のありようについて、政治問題になりつつありますが、単純に廃止というわけにはいかないのではないでしょうか。 カントの言うように、 基本は、人は手段ではなく、目標であり、派遣社員の立場に深い思いやりを持って、あたるということではないでしょうか。これは簡単です。自分の子供や親が、そのような立場であっても、良いと思われる状況では、下記の公正の原則に従って、良いという事になるのではないでしょうか。派遣社員を犠牲にしたり、自分たちが、上手くいけばよいという考え方が、まずいのではないでしょうか。共に会社や仕事をやっているという精神をきちんとすることが必要だと思います。経営者の立場も、尊重しなければ、会社や組織はもたないわけですから、その立場も尊重し、全体として、諒となるような対応が必要だと思います。実際には、いろいろなありようがあるので、法的に固めしまうと難しい点が、出てくるのではないでしょうか。 1.1 再生核研究所声明 1 (2007/1/27): 美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは 最近の世相として、不景気・政界・財界・官界・大学の不振、教育の混迷、さらにニューヨークのテロ事件、アフガン紛争、パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。 平成12年9月21日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。 これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。 現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば -- これは容易なことではないが -- 世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。 また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思います。 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生、世界を考えること)、道徳、芸術、体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか。国や隣人を愛せるようになる教育、多様性を重視し、個性や隠れた才能を伸ばし、友情を育み、人々が助け合うようになるような教育が望まれます。(再生核の理論入門、斎藤三郎著 牧野書店 2002年10月出版 あとがきから抜粋) 以 上 良い社会のために-よっちゃんの想い- からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.07
研究集会「複素解析の発展とその応用」 1月24日桐生市民文化会館 17:15-18:00 「産業数学と逆問題:数学的思考が解く現場」東京大学 山本昌宏先生 数学に対する関心が産業界でも最近高まっています。 数学というと一見して、実世界から乖離した抽象的な難しい問題を解くだけの学問であるという誤解もあるかもしれませんが、 歴史をひもときますと、ローマ時代のアルキメデスや数学界の最大の巨人であるガウスなど、応用数学・実用数学でも 素晴らしい仕事をした数学者は快挙に暇がありませんし、そのような数学者の業績が現代のテクノロジーの根底を支えていることが少なく ありません。 数学はその抽象性とともに、幅広い応用があり、また ハードウェアに依存しないので、研究も普遍的、学際的、国際的、根源的になりうる学問です。 そのような、数学だけが持つ性格が産業数学にうまく活用されれば 大きな経済効果をあげ、産業技術のイノヴェーションの創出に結びつけることが大いに期待できます。産業数学は欧米諸国では既に普通に 実践され実用に役立ってきましたが、我が国の産業界でもようやく認知されるようになりました。 有効な産学連携のためには数学者が、理論的な研究を重視しつつ、 関連分野との連携・対話を深めることが必要です。 一方で、そのような産業数学が若い人材に数学研究への新たな動機付けとなり、実世界との関連で興味深い数学の新たな問題の提示につながり、数学自体の活性化のための1つになります。このように 産業数学をうまく組織化すれば産業界・数学界双方向に有益なものになることが期待できます。 小生はここ10年ほど産業数学を産学連携の下で研究・実践してきました。そのような個人的な経験に基づいて、成果の一端をお話し、ささやかではありますが産学連携への1つの事例紹介といたしたいと考えております。 2009/01/01:数理科学に興味を抱く皆様: 下記のように 私の定年退職を記念して、私に関係する人達が 研究集会を企画してくれました。 特に群馬大学工学部共通講座 数学教室に在籍された方々、私の所属する日本数学会 函数論分科会関係者、及び共同研究者の皆さんの 高いレベルのご講演 が企画されています。 しかしながら、特に東大の山本先生と京大の藤原先生には 一般市民向けに講演をして頂けるとの事です。そこで、折角の貴重なご講演になると思いますので、ご案内を致す次第です。 興味を抱く皆様の ご聴講を歓迎しますので、どうぞ宜しくお願いいたします。 山本先生のご講演内容は、役立つ応用数学の例で、産業における実用化技術を支える数学に結びつく逆問題の話しです。藤原先生のご講演内容は、不可能とされてきた難問を解決した それこそ世界最高の計算法の紹介で、国内及び国外の特許の申請を 京大・群大の数学教室で 最初に行なっている内容です。 敬具群馬大学大学院工学研究科教授齋藤三郎 研究集会「複素解析の発展とその応用」開催のお知らせ 群馬大学工学研究科・齋藤三郎教授の2009年3月での定年退職を記念し、表記の研究集会を以下のように開催致します。本集会は複素解析を軸に、解析・幾何・応用の各分野の幅広い講演者にお願いし、各専門分野の近年の動向をサベーイして頂き、各領域の垣根を超えた幅広い交流を企図しております。関連する研究分野の多くの皆様のご参加を頂ければと存じます。1月25日(日)の記念パーティーに参加頂ける方は、12月15日までに、渡辺秀司:watanabe@fs.aramaki.gunma-u.ac.jp〔期限後は齋藤: kbdmm360@yahoo.co.jp〕宛に連絡下さるようお願い申し上げます。なお、各種メーリングリストでこの連絡を流しますが、情報が届かない方もおられると思いますので、各学部・研究科等でプリントアウトしたものを掲示頂ければ幸いです。以上宜しくお願い申し上げます。 2008.11.5 幹事:池畠優、都丸正、渡辺秀司 (1)日時:2009年1月24日(土)-1月25日(日)(2)場所: 桐生市市民文化会館(桐生市織姫町2-5、電話:0277-40-1500)(3)プログラム1月24日(土)13:15-14:00 野口潤次郎(東京大)「正則曲線と有理点分布について」14:10-14:55 宍倉光弘(京都大)「力学系の研究に現れる複素解析的手法」15:25-16:10 相川弘明(北大)「Beurling's minimum principle and the minimal thinness」16:20-17:05 山田陽(学芸大)「再生核と不等式」17:15-18:00 山本昌宏(東京大)「産業数学と逆問題:数学的思考が解く現場 の問題」 1月25日(日)9:30-10:15 大沢健夫(名古屋大)「上空移行からツイスター原理へ・・・一つの夢想」10:25-11:10 志賀啓成(東工大)「Klein群と等角写像」11:20-12:05 松本健吾(横浜市立大)「記号力学系、グラフと作用素環」13:30-14:20 齋藤三郎(群馬大)「再生核の理論と人生のこと、社会のこと」14:30-15:15 林仲夫(大阪大)「非線形Klein-Gordon方程式系の解の存在と解析性について」15:45-16:30 中村玄(北大)「音響散乱逆問題における未知障害物の非解析境界点の同定」16:40-17:25 澤野嘉宏(学習院大)「分数冪積分作用素の有界性について」17:35-18:20 藤原宏志(京都大)「多倍長計算による高精度数値的手法の実現」18:40~ 齋藤三郎先生退職記念パーティー (会場:桐生市市民文化会館)会費:6000円、記念品代1000円
2009.01.06
今朝は晴天の静かな朝です。 流石に赤い山茶花も寒さのために 元気がなくなりましたが、全体に赤い花をつけているので、風情に大きな貢献をしています。 大谷先生の先見の明を味わいたいと思居ます。 何事 薄っぺらな考え では: コメ減反見直し、夏にも結論=所得政策含め総合判断-農水省http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090105-00000050-jij-pol いよいよ食糧は、自給自足の方向で努力し、農業を重視するのが良いのではないでしょうか。米については、単にご飯としての利用ばかりではなく、煎餅やその他諸々の応用を考え、生産力を上昇し、いざとなった時に、自給自足にもっていけるような戦略を考えるべきではないでしょうか。また米を作る事によって、失業を減らし、自然の保護も考えるべきだと思います。 米 ソフトクリームの容器は食べられる。モナカは、考えようによっては、中の餡を容器ごと食べているようなものだ。昔、米をポップコーンのようにしてかためたポンセンベイというのがあった。発泡スチロールの容器をみると何時も思い出す。飛躍するようだが、食べものの包装材料は米でつくるということにしたらどうだろう。米屋さんが仕入れる標準米の値段は一キログラム三百三十円である。米の主成分をなすデンプンもタンパク質も立派な高分子化合物だから、おなじ重さの合成高分子、いわゆるプラスチック類の値段と比較してみた。一番安いのが水道管などに使う塩ビで百六十円、発泡スチロールの原料が二百二十円、代表的な接着剤のエポキシが五百円、ナイロン八百円、その他四百円から千円というところである。これらにくらべると、米は安価な、少なくとも高価ではない高分子原料である。捨てると、微生物の働きで分解する崩壊性高分子という材料がある。これを包装用に使う大手スーパーが出はじめた。値段は高くなるが、環境愛護者としての気持を満足させるらしい。でもこの材料も、形が崩れるだけで、完全に分解するわけではない。米で作った材料なら、完全な崩壊性高分子に違いない。昔、接着剤の主役はうるし、にかわ、それに米殻類であった。米に多少の現代的な手を加えれば、接着剤はおろか、吸水性のアサシャンタオルにすることも夢ではなさそうである。米の工業的利用は、農家の減反問題や古米対策だけではなく、もっと積極的な今日的問題かもしれない。(平成2.7.2)大谷杉郎著 火瓮(ほべ)平成3年6月1日 発行 印刷所 第一法規出版株式会社P127・P128より
2009.01.06
仕事始め: 気持ち良く講義をして、山田さんの手続きを 早速始め、いろいろ仕事を進めました。 新年会を 改修された生協会館で、楽しく開きました。人間関係が広がるのは 人間の喜びの元ではないでしょうか。 ですから、人間です。 素敵な あらいしげこ さんから 詩をいただきました: 「平和な国はみどりが豊富です」 みどりの木の種 平和の種草むらの草の種 平和の種人の子供は平和の力・・・ あらいしげこ さて 私達も平和を願って 次のような具体的なことを提案していますが、それでも不十分であると最近考えて来ました。人口を抑制する具体的な方法を提案できなければ、世界の平和は 行き詰るのではないでしょうか。そこで、その点について真面目に検討して行きたいと思います: 1.10 再生核研究所声明 10(2007/9/10): 絶対的な世界の平和のために 地球上から一切の暴力を無くすることできたら どんなに素晴らしい世界が実現できるでしょうか。しかしながら、その実現は 実は簡単ではないでしょうか。声明1の公正の原則: 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか3) それはみんなに受け入れられるか4) それは安定的に実現可能か によって、暴力のない社会が実現できると考えます。 大きな暴力は戦争であり、小さな暴力は個人的な或いはある組織による暴力です。 暴力のない世界を実現するには 暴力のない国を参考にすればよいのではないでしょうか。 それには先ず 1)大きな権力を国際組織に移すために、各国とも自国の約4分の1の軍隊を 経費も含めて国際組織の配下において運営し、地球防衛軍(地球公務員)として、高い名誉と任務を与え、国家間の戦争を阻止する。地球防衛軍は 初期の段階では世界の秩序の保全を主な任務とするが、世界が安定するにつれて、地球の環境の保全や災害補助活動などが主な任務になる。 2)国際組織は国連の改革、拡充によって実現できると考えます。 3)国際組織は 日本国憲法第25条:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない の精神に従って 全ての人間に最低生活(生存権)を保障することを世界に宣言し、かつそれを確実に実行する。 これらが実現すれば 絶対的に平和な世界が実現し、本質的には暴力のない世界が実現できるのではないでしょうか。大国アメリカは、イラク問題などで多くの犠牲者を出し、膨大な軍事費をかけていますが、そのような経費をこのような方向でかければ、遙かに少ない経費で大きな効果を挙げることができると考えます。世界の如何なる国にとっても この方法は安上がりであり、人類と地球に優しい世界が実現すると考えます。この方向は 日本国において明治政府が樹立され、平和な国家が実現した流れを想起すれば、実現できると考えます。最低生活が保障されれば、暴力を起こして殺戮するようなことを考える人は 世にいなくなるのではないでしょうか。国際組織が権力を掌握するにつれて 各国は軍事費を抑え、民生や環境に優しい 美しい営みに それらの経費をまわすことができます。多くの軍関係者もそのような美しい営みの方向に力を向けることができます。みなさん このような方向で、絶対的に平和な世界の実現の為に努力しようではありませんか。 このような精神の基で、平和憲法をもつ日本が 世界に先駆けて、日本軍の約4分の1を経費も含めて国連軍として、国連に出す意志のあることを宣言することを提案します。 ただ戦争や暴力を批判しているのではなく、どの様にすれば そのようなことを無くすることができるかを 具体的に提案しているのです。 以 上 良い社会のために-よっちゃんの想い- からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.05
宿泊場所確認、厚労省に要請へ 派遣村=253人に 東京http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090102-00000015-jij-soci 政府も百年に1度の事件という認識を持っているわけですから、飢えている人や住む所がない人に対して、自衛隊を派遣し、食糧と仮設住宅を 憲法第25条の精神にしたがって、速やかに提供かつ建設して頂きたいと思います。先ずは、自国民を守るのが、自衛隊のもっとも基本的な役割ではないでしょうか。今後 厳しい社会状況で、このようなニーズは、増大すると考えられますので、情報を的確に分析し、対応能力を高め、自衛隊の役割の大きさを国民に、知らしめて頂きたいと思います。 •1.3 再生核研究所声明 3(2007/2/27): 最低生活の保障についての宣言を求める: 現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、政府、各公共団体の首長に、日本国に存在するすべての人に、無条件で一定水準の食、住、医療を保障する事を、宣言し、かつ確実に実行する手順を速やかに検証するように要請致します。その理由は: 1)まず、これを確実に実行する事によって、日本国に存在する人は自分と家族の生命と生活が保証されることによって、名誉ある国家に存在する自覚を持ち、連帯に基づく将来不安を取り除く事ができる。 2)これは、実際的にはほぼ実現できていることから、大きな財政負担をすることなく、実現できること。これは官民一体となって、たえず、確認する事に意義があると考える。この事によって、日本国としての存在の意味を明らかにし、国旗と国歌を真に輝かせることができる。 3)これでは怠け者が国中に溢れると危惧することが考えられるが、人間は生まれながらにして向上心を有し、自立できない一定水準の生活に満足するはずはないから、現状を見ても危惧するには及ばないと考えられる。 4)世に犯罪や、いじめなどが多発し、失業者がいて、生活に困る状況を作っているのはそれらを生んだ社会に責任があると考え、偉大なる日本国においては 国家と地方公共団体が、先ず第一に それらの責任を果たすべきと考え、この考えを日本国における常識となるようにする。 みなさん、上記のような 偉大なる日本国 を作ろうではありませんか。これは夢ではなく2500年も前に既に 古代中国で実現していた社会です。 (注意 日本国憲法:•第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。) 以 上 良い社会のために-よっちゃんの想い- からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.05
直江兼続-NHK大河ドラマ今日の復習をしておきます。 声明21を精読し、完成させました。 車のパンク、パンクでないというので 直接、買い物に行きました。 買い忘れなど 補充もできました。 昼食後直ぐに 枯れ野を散歩に行きました。 2人の素敵な人に会えました。 少し話しもできました。 早春を思わせる温かさで、森は静かでした。 ニューハンプシアー州から来たというアメリカの少年 にも会いました。 帰ってメールなどしてから NHKドラマの直江兼続を家族で見ました。気合の入った良い番組です。 教育に掛ける強い思い が特に印象的でしたが、どうでしょうか 現在の日本の教育は? 全然、教育の精神が違うのではないでしょうか。 それで、人物が居なくなってしまった? あまりにも知識ばかりで、軽薄な教育とは言えないでしょうか? 大いに 教育とは何か を考えて頂きたいと思います。 小沢塾では 日本の指導者を育てる、そのような教育がなされているのでしょうか? 松下塾は 如何でしょうか? その他 そのような教育をするところがあるのでしょうか? いわゆるお寺さんは 如何でしょうか? 大学では、そのような学部はあるのでしょうか?: 再生核研究所声明 20(2008/10/01):大学入試センター試験の見直しを提案する センター試験は1988年 共通テストの試行から始められ、いろいろな変遷を経て、現在は大学入試センター試験と改称されて、20年もの歳月を経ている。 発足時のときの議論では、数年で破綻し、結局は元の形に戻るという観測が多かったが、その後 何時も批判的な意見が多く出されているものの 組織が出来てしまったためにか 惰性的に続けられてきている。そこで、次のような状況を考えて、このような入試の在りようを検討し、大学入試センター試験の見直しを行うように提案いたします。 •1) センター試験は 多額の経費と人件費をかけながら、悪い効果を生み、いわば大きなマイナスの仕事を 教育界に課していると考えられる。試験の影響としてはマイナス効果の方が大きいと考えられる。 その最大の理由は 共通テスト開始時にも 既に指摘されていたように そのような試験では パターン化して、知識の積み込み方式になり、考える力を落とす という危惧であった。 実際、このような弊害はいたるところに現れ、数学の教科でさえ、型を沢山覚え、時間内で解く方法の技術ばかりが、学校教育や受験勉強においても重視されていて、本来の教育のあるべき姿からの大きな乖離が見られる。センター試験は 日本の教育を軽薄な教育にさせている元凶である と考えられる。そのような試験結果は 軽いデータぐらいの重さしか果すべきではない。しかるに教育界は そのような試験に対応すべく、多くの無駄、悪い教育をおこなっている。•2) 教育においては本来、多様性と個性を活かす事が大事であるはずなのに、型にはめ、一様な水準を作り、貧しい特色のない大学を一様に育てている弊害が顕わになって来ている。センター試験の目指す教育とは およそ人物たる人間教育や善良な市民を育てる重要な本来の教育とはかけ離れたものであり、日本国を覆っている無責任とモラルの著しい低下の結果を生み出している。教育とは本来何であるかの議論さえ忘れて久しい状態で、魂の抜けた教育であると言える。感性豊かな人間性を高める教育や創造性豊かな教育からは程遠い教育と言える。•3) センター試験の影響は 世に数値化と標準化、規格化を進め、社会の多様な価値や個性を失なわしめ マイナス効果を世に氾濫させている。•4) 永い間 同じような入試制度が続いたため、入試が専門的な技術を要求するような弊害が現れ、不要な特殊な訓練を得た者が有利になるような弊害が現れてきている。その結果、このようなことに柔軟に対応できる特定の学校に人気が集中して、公立高校の人気が落ちてきている。そのために 経済的な豊かさが もろに教育条件に反映するような状況を生み出している。このようなことが進めば、広範な生徒達から多様な才能を引き出せない状況を進めると危惧される。 また、そのような特殊な教育を受ける者が個性を伸ばし、幸せになるとは限らないと考えられる。•5) 2日間にわたって、多くの教職員をいわば ロボットのように 画一的に働かせて、また多額の国費と人件費を費やして、大きなマイナスの仕事を行うのは 好ましくないと考える。•6) センター試験は、世の生徒達にあまりにも細々とした過重な入試対策を要求して、生徒達のみずみずしい才能の開花を疎外し、生徒達の自由な成長を妨げている。 学校教育には、人生や世界や、自然の事をじっくりと想いをいたし、 友情が芽生え、育つような余裕が求められる。 大学入試にはより柔軟に、余裕をもって考えられるような社会へと変革が少しずつ進むことが期待される。 理想としては、個人の個性を活かせるような多様な可能性を広げるような変革である。もちろん、そのうちには、世の秀才達を集めるような所があっても良いが、そこに殺到するような事は望ましく無いと考える。•7) センター試験は、所謂 世の秀才や優秀な人達の才能もわざわざ鈍化させ、活かされていないと考えられる。日本でも秀才教育や天才教育ができるような柔軟な制度の確立が求められる。•8) 共通テスト開始のとき、多くの危惧と問題点が指摘されたものの これで多くの人が 大変な入試業務から解放されると期待されたものであるが、それは空しく、逆に個別入試を行い、また第二次入試や、追試入試、さらに外国人入試や推薦入試、社会人入試、などと多くの入試が始められ、多くの教員は年中入試業務に振り回される状況になっている。大学の法人化の後には、社会貢献や教員評価、受験生確保のために多くの仕事に追われ 教育研究費の大幅減額とともに 悪い、教育、研究環境に陥っていると考えられる。 以上の理由などから、センター試験を見直しする方向での 真剣な検討と対応を求めます。現実的な対応としては、入試そのものが日本国の文化に根ざしている以上、そう簡単ではないと考えて、広範な検討や改革を考えていく事を求めたいと考えます。方向性としては •1) 大学入学資格試験と考える方向で、そのときには センター試験を簡素化し、センター試験に対する特別な対策はしないですむような状況になることが求められる。•2) 逆に個別入試を廃止して、センター試験の一部と他の要素、例えば高校の評価や、推薦状や面接で入試を行う。•3) センター試験を原則廃止して、時々高校生の学力のデータ、状況を得る為やその他いろいろな業務を行うことに センターの組織と機関を使う。 等が検討されるべきであると考えます。教育の在りようについては 絶えず検討を重ねていく事として、教育というと直ぐに学力と考える傾向が強いが、全人的な教育や人物たる人間教育等の面を考えていく必要があると考えます。 以上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.04
再生核研究所声明 21 (2009/01/04): 人口問題についての考察再生核研究所は より良い社会を作るためには 政治が重要であるとの考えから、時の政治について評価、批評 あるいは あるべき姿を提言、表明してきた。また絶対的な世界の平和のために 具体的な在り様についても提案してきた(声明10)。そして、より良い社会の実現のためには 公正の原則 に基づくべきである(声明1)と述べてきた。また、地球の有限性に対する人類の自覚(声明13)をも促してきた。しかしながら 世に混乱が増大する大きな要因として、地球の人口の急激な増加を考えなければならない。既に人類が良い社会生活を営む為には、エネルギー、食糧、自然環境などの基本的な条件から判断しても、人口が多すぎる時代を迎えていることを, 冷静に受けとめる必要がある。もし、人口問題、特に人口の抑制にうまく対応できなければ、何れ万人の万人に対する戦いが始まり、公正の原則で社会は動かず、結果として人類絶滅の主因に成りかねないと考える。よって人口抑制の視点が無ければ、如何なる思想といえども いずれ行き詰まるものと考えます。ゆえに、世界の在り様の基本として、人口抑制の視点を強める事を提案します。この難しい問題の基本を、あらゆる生物の繁茂と衰退から学ぶべきであると考えます。生物の本能原理を超えて、人口を抑制する原理は、声明19-超越への道、悟りへの道 に求めることができると考えます。人間はただ本能的に 人口、子孫を増加すれば良いという考えを改め、負の人生もあり得る と考えて、自ら人口の抑制を図る必要があると考えます。生まれてくる子供には何の罪もないのであるから、子供達が人生を肯定できるような人生を歩ませる展望が無ければ、親は無責任に子供をもうけるべきではない、という見解が出てくると考えられますが、如何でしょうか。あらゆる宗教は このような見解をとって来なかったと理解していますが、如何でしょうか。主な宗教は、地球の有限性が露になる以前に生まれたという事実を 重く受け止める必要があると考えます。再生核研究所は 生命、文化、社会の再生を目指している研究所です。然るに それらの目的の為には、人口の抑制が必要であると述べているのです。 これらの見解と具体的な対応、提案については、当分世の意見を伺いたいと考えます。この問題を国家レベルで見れば、日本国のように、急激な人口減に陥り、国家や社会が人口減を食い止めようとする政策をとっている国々があるが、これは当然の政策として理解できるものである。しかしながら他方、人口の増加によって、国が上手く行かない状況に陥っている国々もある。これを無批判、無条件に援助によって、結果的に人口を増加させている状況があるとすれば、それは はなはだ問題であると考える。人口問題は各国家で責任をもって進め、他国に援助や影響を与えてはならないという事(縄張りを侵さないということ)は、あらゆる生物を支配している原理であると考える。もしこれを曖昧にすれば、国際紛争は避けられず、何れ万人の万人に対する戦いが始まり、公正の原則で社会は動かず、結果として人類絶滅の大きな要因に成りかねないと考える。また、日本国で考えられているように、多くの失業者を自国に抱えながら、単に経済な効率の視点から 安い労働者を海外から招こうしているが、これは国家とは何か、民族とは何かという視点、個性ある国家と文化の視点ばかりではなく、世界の人口の抑制の観点からも はなはだ問題であると考えます。以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/はじめに次の再生核研究所声明の趣旨に従って より良い社会になるようにとの願いを込めて、いろいろな社会問題について素人の立場から 率直に意見を纏めてきました。これらを素にいろいろなご意見を出し合い 少しでもより良い社会になるように 努力していきたいと思います。情報化と民主主義の世の中では 結局素人の意見が政治を動かし、文化を創造し、発展させ、人々がそれらを享受していくわけですから 多くの人々の努力が不可欠になると考えます。この様な趣旨に参加され、意見を広く交換して行きたいと考えます。積極的な参加をお願いします。ここで纏められた考えは素人の狭い、偏った考えと思いますので、今後の議論のきっかけにして頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。「みなさん、美しい意見を自由に 世にこだま させ、一緒に より良い社会を築いていこうではありませんか。」再生核研究所 代表 齋藤 尚徳2007/1/27 再生核研究所 代表 齋藤 尚徳 E-mail: kbdmm360@yahoo.co.jp再生核研究所声明について:下記の趣旨で、再生核研究所声明を発表していきたいと思いますので、ご参加して頂ければ幸いです。また、助言やご意見などを頂ければ幸いです。世の中を良くするための声明を編集して、広く社会に訴えていく。まとまりができたら雑誌のように編集して本の形で出版することを考えています。 研究所で採択されたものは、起案者の名前や所属をつけて(匿名も可) 一般の論文のようにまとめ、インターネットやマスコミなどを通して、広く社会に広めていく。また友人などに積極的に広めて頂く。(このような企画を進める背景については 求めに応じて、メールにて送信するように努力致します)編集方針:1) 一般の方々から、上記のメール アドレスにて、声明案を受け付けます。2) 再生核研究所で審査し、採択された場合には、声明の著作権は再生核研究所に所属する。3) 世の中を良くするための考え、提案は永い歴史の中で既に述べられていると考えられるので、引用する場合には文献を明瞭にして、著作権に抵触しないように十分配慮して声明を作成して下さい。 また、引用がきちんとしていれば声明は独創的である必要はありません。社会に貢献できる文献は積極的に取り上げていきたい。4) 声明が世の中を良くするために実効のあるものになるように、現実的な問題を積極的に取り上げていきたい。政治、平和、北朝鮮、生命倫理、教育、環境、家族、個人の生き方の問題などで、声明が歴史的な役割を果たすことを目指す。5) 研究所が同意するものではなくても、声明が社会にとって価値ある視点を与えると判断されるものを積極的に取り上げていきたい。6) 発表される声明に対する責任と名誉は一般の学術論文のように考える。すなわち、著名入りの著者と審査した研究所が相当の責任と名誉を持つ。7) 原稿の作成はワードその他編集可能な方法で行い、原稿の形式は日本語で、添付のサンプルに従う(本当は英語で、国際的にやりたいのですが、まだ組織不足のため当分の間は)。しかし形式は個性を活かすために相当の自由が認められる。概ねA4版用紙2ページ以内を基準とする。8) 上記のさまざまな難しい問題に対処するために、研究所は問題を提起して、多くの人に意見を求める。また、逆に問題も広く受け付ける。9) このような企画は、協力者を求め、規定、審査組織、広報組織、行動組織などを整え、実効力のあるものにしたいので、積極的な参加をお願いします。 以上良い社会のために―よっちゃんの想い― からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.04
今朝は 暖かで良く晴れた美しい朝を迎えました。本当は仕事始めの日ですが、1日余裕ができた事になります。 今日は午前中、車のパンクの修理、買い物の手伝い、午後は枯れ野の散歩を予定しています。人口問題についての声明を発表したいと思います。 昔は木の葉さらいが 農家の大きな仕事でした。 遠くの山まで よく歩いて出かけたものです。しかし 私は大きな世界で 活躍したいと思いました。素敵な女性から頂いた 次の詩を想い出したいと思います:自然観察の森の四季 春 ~うまれる~ 卵から、うまれるサナギから、うまれるタネから、うまれる地中から、うまれる今まで、かげもかたちもなかったものが、目に見えてくる昨日なかったのに、今日はある昨日いなかったのに、今日はいるウキウキ、ドキドキ、ワクワク、なんだか楽しみに待っているそしてなんとなく、自分も動きだしたくなる季節じっとしている時間が長かったからかしら? 夏 ~うごく~ 暑いのに、動いている暑いから、動いている暑いのが、楽しそう 木陰で涼んでいたいのは、私たちだけかも?夏の暑さは、生き物たちの動く力の「源」飛んだり、はねたり、走ったり、動く姿も動く方法もいろいろオトシブミたちの見事なできばえは、職人技夏の暑さの中でも、わたしたちは 「おーい、虫たち 君たちのがんばりをみていますよ!」 秋 ~みのる~ 赤、紅、黄、青、紫、黒、橙、茶いろいろな色々 木の実もみのる、葉っぱもみのる「みのり」は、次の世代につなぐための備え虫たちのみのりは、次世代へのタイムカプセル「たまご」さあ、どこへ卵を隠しましょう?動くことのできない卵たち生まれ出てくるまでは、よーく隠れて、隠れて 木の実は反対の「目立ちたがり」なるべく派手に着飾って「食べて、食べて」とアピール「おいしそう」とやってくるのは、鳥たち。しかも食べごろもご存知食べた後の種は、おなかの中に入って遠くまで運ばれる運ばれた先が新天地自然の仕組みは、よくできてます 冬 ~ねむる~ 森の中が静かになって、みんな眠った?冬眠中、仮眠中、眠らないのはだあーれ? 冬の間でも日だまりに日向ぼっこに出てくるのは、チョウたち落ち葉の下に隠れて、春が来るのをじっと待っている幼虫たち冬の森で、一番騒がしいのは鳥たちでも、冬の森たちは朝寝坊。朝日がさしてきた頃に動き出す。でも、キレイな歌は歌わない。だって恋の季節ではありませんもの・・・ 静かな落ち着いた森の中、でもどこかで、何かが、いつも息づいている ある女性の詩2008/11/17
2009.01.04
ある方の御意見: 大学入試センター試験に対するご意見を拝読しました。先生の論点に同感する点も多く、日本の大学入試全般について早急に議論し改善策を考えていく時期に来ているのではないかと思われます。私は以前、大学院+研究生のころ受験界のお世話になっていた時期があり、その後アメリカに渡った時、一体あの日本の異常な世界中でどこにも存在しない不毛な受験学習は何だったのか、と思った時があります。目の前のアメリカの学生はそのような世界とは無縁で無邪気に大学に入学して来ますが、基本的なトレーニングはある程度出来ていますので、最初の1年間で日本の学生を追い越 すところまで力を伸ばします。日本の場合は受験数学がある程度出来ると「数学を理解している」と勘違いしてしまう危険性があり、かえって大学の数理の考え方に馴染みにくいこともあります。受験の過程でそのような創造性を殺してしまっているのでしょう。私も最近入試に関わるようになってから、センター試験の問題を時々見る機会があるのですが、「数学I」と「数学IIB」のように小分けして出題されるために、出題範囲が狭く、出題の傾向がパターン化されて重箱の隅式問題が目立ちます。「数学I+IIB」の中から基本的な複合問題を出題して、センター試験の比重を低くすべきではないかと思います。私も日本の入試形態は深刻な問題と思いますが、それに代わるものとして具体的にどうすればよいか、まだ結論を持ち合わせていません。先生のように廃止するというのも一つの考え方と思われますが、何らかの標準テストはあったほうが良いような気もします。工学系基礎教育研究会の他の先生方はどのようなお考えか分かりませんが、我々の研究会でも近い時期に皆で議論すべき問題の一つのような気がします。今後共宜しくご指導の程お願い申し上げます。2008/09/17 再生核研究所声明 20(2008/10/01):大学入試センター試験の見直しを提案する センター試験は1988年 共通テストの試行から始められ、いろいろな変遷を経て、現在は大学入試センター試験と改称されて、20年もの歳月を経ている。 発足時のときの議論では、数年で破綻し、結局は元の形に戻るという観測が多かったが、その後 何時も批判的な意見が多く出されているものの 組織が出来てしまったためにか 惰性的に続けられてきている。そこで、次のような状況を考えて、このような入試の在りようを検討し、大学入試センター試験の見直しを行うように提案いたします。 •1) センター試験は 多額の経費と人件費をかけながら、悪い効果を生み、いわば大きなマイナスの仕事を 教育界に課していると考えられる。試験の影響としてはマイナス効果の方が大きいと考えられる。 その最大の理由は 共通テスト開始時にも 既に指摘されていたように そのような試験では パターン化して、知識の積み込み方式になり、考える力を落とす という危惧であった。 実際、このような弊害はいたるところに現れ、数学の教科でさえ、型を沢山覚え、時間内で解く方法の技術ばかりが、学校教育や受験勉強においても重視されていて、本来の教育のあるべき姿からの大きな乖離が見られる。センター試験は 日本の教育を軽薄な教育にさせている元凶である と考えられる。そのような試験結果は 軽いデータぐらいの重さしか果すべきではない。しかるに教育界は そのような試験に対応すべく、多くの無駄、悪い教育をおこなっている。•2) 教育においては本来、多様性と個性を活かす事が大事であるはずなのに、型にはめ、一様な水準を作り、貧しい特色のない大学を一様に育てている弊害が顕わになって来ている。センター試験の目指す教育とは およそ人物たる人間教育や善良な市民を育てる重要な本来の教育とはかけ離れたものであり、日本国を覆っている無責任とモラルの著しい低下の結果を生み出している。教育とは本来何であるかの議論さえ忘れて久しい状態で、魂の抜けた教育であると言える。感性豊かな人間性を高める教育や創造性豊かな教育からは程遠い教育と言える。•3) センター試験の影響は 世に数値化と標準化、規格化を進め、社会の多様な価値や個性を失なわしめ マイナス効果を世に氾濫させている。•4) 永い間 同じような入試制度が続いたため、入試が専門的な技術を要求するような弊害が現れ、不要な特殊な訓練を得た者が有利になるような弊害が現れてきている。その結果、このようなことに柔軟に対応できる特定の学校に人気が集中して、公立高校の人気が落ちてきている。そのために 経済的な豊かさが もろに教育条件に反映するような状況を生み出している。このようなことが進めば、広範な生徒達から多様な才能を引き出せない状況を進めると危惧される。 また、そのような特殊な教育を受ける者が個性を伸ばし、幸せになるとは限らないと考えられる。•5) 2日間にわたって、多くの教職員をいわば ロボットのように 画一的に働かせて、また多額の国費と人件費を費やして、大きなマイナスの仕事を行うのは 好ましくないと考える。•6) センター試験は、世の生徒達にあまりにも細々とした過重な入試対策を要求して、生徒達のみずみずしい才能の開花を疎外し、生徒達の自由な成長を妨げている。 学校教育には、人生や世界や、自然の事をじっくりと想いをいたし、 友情が芽生え、育つような余裕が求められる。 大学入試にはより柔軟に、余裕をもって考えられるような社会へと変革が少しずつ進むことが期待される。 理想としては、個人の個性を活かせるような多様な可能性を広げるような変革である。もちろん、そのうちには、世の秀才達を集めるような所があっても良いが、そこに殺到するような事は望ましく無いと考える。•7) センター試験は、所謂 世の秀才や優秀な人達の才能もわざわざ鈍化させ、活かされていないと考えられる。日本でも秀才教育や天才教育ができるような柔軟な制度の確立が求められる。•8) 共通テスト開始のとき、多くの危惧と問題点が指摘されたものの これで多くの人が 大変な入試業務から解放されると期待されたものであるが、それは空しく、逆に個別入試を行い、また第二次入試や、追試入試、さらに外国人入試や推薦入試、社会人入試、などと多くの入試が始められ、多くの教員は年中入試業務に振り回される状況になっている。大学の法人化の後には、社会貢献や教員評価、受験生確保のために多くの仕事に追われ 教育研究費の大幅減額とともに 悪い、教育、研究環境に陥っていると考えられる。 以上の理由などから、センター試験を見直しする方向での 真剣な検討と対応を求めます。現実的な対応としては、入試そのものが日本国の文化に根ざしている以上、そう簡単ではないと考えて、広範な検討や改革を考えていく事を求めたいと考えます。方向性としては •1) 大学入学資格試験と考える方向で、そのときには センター試験を簡素化し、センター試験に対する特別な対策はしないですむような状況になることが求められる。•2) 逆に個別入試を廃止して、センター試験の一部と他の要素、例えば高校の評価や、推薦状や面接で入試を行う。•3) センター試験を原則廃止して、時々高校生の学力のデータ、状況を得る為やその他いろいろな業務を行うことに センターの組織と機関を使う。 等が検討されるべきであると考えます。教育の在りようについては 絶えず検討を重ねていく事として、教育というと直ぐに学力と考える傾向が強いが、全人的な教育や人物たる人間教育等の面を考えていく必要があると考えます。 以上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.03
今日は 実は朝から大学に行き、敢然と いろいろ仕事をやり、宿題も済ませました。やっと やるべき事をやって、仕事が切れました。 山田君がいたので、挨拶をして帰りました。研究室から眺める 夕日に輝く山々を 見て、そこから見られるのも もう3ヶ月しかないと思うと 変な感情が湧いて来ました。今年の正月は やるべきことがすべて予定通りできました。 外務省の「竹島」追加資料、韓国が日本に厳重抗議 韓国の経済不振と為替における不利な状況をカムフラージュするように、目を外交問題に向けたいのでしょうか。この辺は、少し大人気ない事と考えます。日本は、韓国と違いますので、軽くいなす程度に対応するのが良いのではないでしょうか。韓国の人達が、自らの愚かさに気付いて、恥ずかしいという気持ちになることが、期待されます。チュモンのように、美しく生きたいと思います。対立ではなくて、日中韓の友好を深め、兄弟国として、発展するのが ちっぽけな島問題よりも遙かに良い事であると お互いに考えたいと思います。もう少し賢くなりたいと考えます。 1.11 再生核研究所声明 11 (2007/9/14): 国の構成について 最初略:声明10において、絶対的な世界の平和が実現したとき、いわば世界が全体として1つの国のような存在になるから、そのときには国の構成はそれほど重要な意味を為さない時代を迎えることになる。そのときの国とは、その構成員たる人民の自由な意志によって、国が構成され、如何なる国といえども、その力によって強制されるべきではなく、また強制すべきではない。これを保証することは地球防衛軍の基本的な任務であり、目的である。すなわち国家とは、全ての人民のために存在するのであって、如何なる人民も犠牲にしたり、強制したりしてはならないのであって、人民は国家に対して不満を有するときには自由に望む国家を構成できるものと考えよう。歴史上武力によって成し遂げられた所謂独立戦争は、平和な民主的な自由な意志によって、今後は自由に独立を認めていくべきである。国際機関が このように自由な国家を構成する権利を 全ての人間に基本的な人権として生存権ともに保障することを求めます。みなさん、これは決して難しいことではなくて、世界全体が日本国のようになり、国々が日本国の都道府県のようになればよいのです。このような世界を実現させ、暴力のない世界をつくり、世界の愚かな軍事費を 美しい世界の営みにまわそうではありませんか。以 上 良い社会のために-よっちゃんの想い- から
2009.01.03
今朝は 少し雲のかかった朝を迎えました。 午後から大学に行きますが、宿題の一応の決着と その他やるべきことが沢山出てきました。 明日 枯れ野の散歩に行けるように、 精神を軽くして、新年度を始めるように 敢然と多くをやり遂げたいと思います。下記の件で カントの有名な言葉を 重く思い出したいと思います:人は目標であって、手段ではない。薄っぺらな経済学や経営学は 結局 それらの観点からも 大きなマイナスになる事を知るべきであると考えます。 自然を破壊して良い生活、経済を上手くしたと思ったら、取り返しのつかないマイナスを生んでいた。 核兵器を沢山作って、世界最強の国になったと思ったら、何の意味も無くなって、その処分のために 国の財政が破綻しそうだというようにです。小沢氏の対談を拝見致しました。日に日に政権交代の要求は高まり、小沢氏の言動に注目されていると思います。小沢氏は、日本を立派に導く能力十分あり、と考え、大いに期待を膨らましています。健康に気をつけて頑張って頂きたいと思います。派遣法は、人を物に扱うアメリカの悪い所を真似た考えではないでしょうか。松下幸之助氏や稲盛和夫氏などは、社員を大事にするという理念で、会社を考えられたと思います。ところがいつの間にか、利益優先の目的の無い経営になってしまいました。何の為の会社か、分からなくなっています。 再生核研究所声明 14 (2008/05/18): 日本の政局についての提言 参議院選挙後の政局について 評価と位置づけを行い、日本の政局を変革するために提言を行いたい。先ず、再生核研究所声明 7 (2007/06/10): 参議院選挙に当たって の精神で、与野党を逆転させ、危険で不適切な現状認識を行っていた安倍政権を退陣に追い込み、英明なる福田政権を誕生させ、日本の政治方向を内政重視に大きく変えることができたことは、大変良いことと高く評価したい。そこで、先ず福田政権については、内政、外交共に 極めて適切であり、高く評価したい。衆院と参院の逆転の現状を受けて、多少の混乱が生じることは 止むを得ず、与党の対応も、野党の対応も必然的なものと評価したい。さて、野党の対応については、声明7に述べられているように、政界の大幅な再編を行い、政権構想を進めることが期待されているにもかかわらず、大きな進展が無いのは誠に残念である。更に問題なのは、日本の財政の厳しさに真正面から向き会わず、与党の無責任な長期政権を真正面から変革させる気迫がなく、小さな政策しか打ち出せないのは、政権をねらう野党としては 誠にふがいないことと 言われても仕方がない。逆に見れば 政治社会が如何に大きな世界であり、困難な世界であるかを示しているとも言える。この様な状況において、財政、経済、教育等 難問が山積している現状では、政治が停滞することとなり、これでは日本国の再生を一段と難しくし、再生の機会をいたずらに伸ばすことになることが危惧される。この背景には、日本国の再生は、従来の政策の修正では不可能であり、本質的に大きな取り組みが必要であるという判断がある。しからば如何にして、政局を正常化する事ができるであろうか。先ず、民主主義の原則に従って、参院で与党が過半数を割った事態を真摯に受けとめ、民意を問うために速やかに衆院を解散して、議会の秩序を回復するのが道理である。福田政権は臨時的な政権であり、早期の解散が望まれる。長期の政権は 国民の判断を受けない、いわば大義なき、おかしな政権と言われても仕方の無いものである。そこで、衆院の解散後の政局について望ましい姿を 素案として提示したい。先ず、衆院の解散に当たっては 小沢氏を中心とする政権の誕生を期待し、一旦自民党の長期政権に終止符を打ち、小沢氏を中心とする政権を樹立する。その際重要な事は、大幅に小沢氏の意思を尊重して、与野党の区別なく、相当に任せる態度で国会は一致団結して、日本国の再生を期して、政治に取り組んで頂きたいと考えます。小沢氏は充分に日本国を導く、能力と実績、見識を持っておられると判断される。船頭を多くして、船山にのぼる の諺の通り、あまりにも分権してしまうと大きな政治が行えず、大局を見失うことを恐れる。日本国の建て直しのために、強力な執行能力が日本国の政治には求められている。もし逆に、自民党の勝利による自民党の政権を続けさせれば、衆院と参院の逆転国会が続き、現在より一層弱体化した政権を誕生させることになり、政局を混乱させ、日本国の再生は 更に無責任に引き伸ばされることが予想される。小沢氏に思う存分に日本国の政治を進めて頂き、その間、自民党は谷垣、与謝野氏を中心に力を蓄え、小沢氏が退陣した後には 谷垣、与謝野氏を中心とする、強力な責任ある本格政権が樹立できるように、自民党の発展と変革を期待したい。以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.03
これは 簡単に考えてください。 2日ぶりに大学にいけるとなって、行く途中 大いに元気が湧いて来ました。 ひとりでに 紅白歌合戦での 水森さんの歌の情景 を鮮やかに想い出しました。 とても清楚で、誠実で、それでいて情熱と力がこもっていて 本当に素晴らしかったと思います。 皆さん真剣で、日本の空虚な社会 と違っていて 歌の世界は 実のこもった世界と思います。 ついでですので、一つ感じた事、 ベテランの人は いわゆる名曲で、新鮮さと創造性にかけているように思います。 ナツメロのような感じがしました。 ところで、大学では、延延と13時半まで、メール対応など 義務的な仕事が続き、その後 敢然と年越しの宿題に取り掛かりました。 それの みとうし が たって 大いに気が楽になりました。帰る途中、荒涼とした風景を眺めてきましたが、わが家は 赤い山茶花が満開で、常緑樹で囲まれているので、 とても良い感じです。
2009.01.02
このニュース:「年越し派遣村」は、契約を打ち切られ仕事や住む場所を失った非正規労働者らを 支援するため、労働組合や弁護士で作る実行委員会が大みそかから始めました。 会場の東京・日比谷公園には、全国各地から炊き出し用の食料などの支援物資が 届けられていますが、1日夜までに200人を超える人が集まり、物資が足りなく なっているということです。特に、寒さをしのぐ毛布やテントが不足していて、 ボランティアの人手も夜間を中心に足りなくなっているということです。このため 実行委員会は、2日にも国や地元の自治体に対し、物資の提供などの支援を要請する ことにしています。実行委員会の関根秀一郎さんは「想定の2倍近い人が集まり、 われわれの支援は限界に近づいている。国や自治体には、災害時のように物資の 提供のほか体育館を開放するなどの柔軟な対応をお願いしたい」と話しています。 に関して、政府は100年ぶりの事態 と理解している訳ですから、憲法25条に従って、自衛隊を派遣して、食料を援助して、仮設住宅を速やかに建設して頂きたいと考えます:•1.3 再生核研究所声明 3(2007/2/27): 最低生活の保障についての宣言を求める: 現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、政府、各公共団体の首長に、日本国に存在するすべての人に、無条件で一定水準の食、住、医療を保障する事を、宣言し、かつ確実に実行する手順を速やかに検証するように要請致します。その理由は: 1)まず、これを確実に実行する事によって、日本国に存在する人は自分と家族の生命と生活が保証されることによって、名誉ある国家に存在する自覚を持ち、連帯に基づく将来不安を取り除く事ができる。 2)これは、実際的にはほぼ実現できていることから、大きな財政負担をすることなく、実現できること。これは官民一体となって、たえず、確認する事に意義があると考える。この事によって、日本国としての存在の意味を明らかにし、国旗と国歌を真に輝かせることができる。 3)これでは怠け者が国中に溢れると危惧することが考えられるが、人間は生まれながらにして向上心を有し、自立できない一定水準の生活に満足するはずはないから、現状を見ても危惧するには及ばないと考えられる。 4)世に犯罪や、いじめなどが多発し、失業者がいて、生活に困る状況を作っているのはそれらを生んだ社会に責任があると考え、偉大なる日本国においては 国家と地方公共団体が、先ず第一に それらの責任を果たすべきと考え、この考えを日本国における常識となるようにする。 みなさん、上記のような 偉大なる日本国 を作ろうではありませんか。これは夢ではなく2500年も前に既に 古代中国で実現していた社会です。 (注意 日本国憲法:•第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。) 以 上 良い社会のために-よっちゃんの想い- からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.02
今日も 良い天気です。 布団を干しました。 柚子風呂に入り、太陽で干した布団で休むのは 最高に幸せな時といえるのではないでしょうか。 予定通り、嫌な仕事、BUZTER教授のいやな宿題を、今日と明日で決着をつけて、気分を良くしたいと思います。 思い出しました 民主党の小沢氏に会った夢を見ました。沢山の連れを、人々が集まっている中でです。詳しいことは忘れました。 連れの人が 小沢氏の詳しい経歴を 私に説明していました。 どうしてそんなことを説明する必要があるのか、疑問を 私は感じていました。08年人口、過去最大の5万人減 出生数は微増だったがhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081231-00000039-yom-soci 人口減が始まったという事は、重く受けとめる必要があると思います。人口問題は、短期的には対応できないものであり、また現在の経済状況、社会状況を考えると、人口減の度合いは、当分相当に大きくなるのではないでしょうか。そこで、全体的なありようについて、戦略として考える必要があると思います。人口減でも質の高い、国を作るという方向も考えられると思います。いま地方の町が小さくなっていますが、小さな人口でも質の高い街づくりはできないでしょうか。特に気をつけていただきたい事は、次のようなことです。(声明の素案)これを、国家レベルで見れば、日本国のように、急激な人口減に陥り、国家や社会が人口減を食い止めようとする政策をとっている国々があるが、これは当然な政策として理解できるものである。しかしながら他方、人口の増加によって、国が上手く行かない状況に陥っている国々もある。これを無批判、無条件に援助によって、結果的に人口を増加させている状況があるとすれば、それは はなはだ問題であると考える。人口問題は各国家で責任をもって進め、他国に援助や影響を与えてはならないという事(縄張りを侵さないということ)は、あらゆる生物を支配している原理であると考える。もしこれを曖昧にすれば、国際紛争は避けられず、何れ万人の万人に対する戦いが始まり、公正の原則で社会は動かず、結果として人類絶滅の大きな要因に成りかねないと考える。また、日本国で考えられているように、多くの失業者を自国に抱えながら、単に経済な効率の視点から 安い労働者を海外から招こうしているが、これは国家とは何か、民族とは何かという視点、個性ある国家と文化の視点ばかりではなく、世界の人口の抑制の観点からも はなはだ問題であると考えます。
2009.01.02
美しく穏やかな新年を迎えました。赤い山茶花は満開で、生き生きしています。ゲストブック 午後は組合の新年会に出ました。組内は13件です。下記の点についで、書き加えたいと思います。 短い期間も千年も、また永遠も相対的な問題であり、どの様に考えるかは 個人の人生観、感覚によると思います。オリンピック競技のように瞬間に永い努力をかけるのも、数学のように 歴史を超えてを目指すも 結局は個人の人生観の問題ですから、自分で本当に何に価値を置くか、どこに自分を活かすところがあるかを よくよく見定める事が大事ではないでしょうか。 永遠も瞬間も結局は主観の問題ではないでしょうか。(2008/08/23:12:5)4.8 歴史上を生きる、数学者、芸術家(2007/4/5 7:14):純粋数学の世界から見ると 人生はほんの一瞬ですから、100年くらいの戦略では自分の数学は世に貢献できないと考えるのが普通ではないでしょうか。すると生きている間には成果を世に活かすことができないと考えるのが普通であると思います。 実際多くのことはそうであり、交流したいと思ったときには 既にこの世に存在していない数学者が多いのです。そこで数学者は、この世に生きていて、この世では生きていないとも言えると思います。この文章が気になりますので、さらに続けてみたいと思います。(2007/4/14 6:20)多くの芸術家や、科学者もガウスのように考えるのではないかと思います。人生はほんの一瞬ですから、滅びる事のないようなものに人生をかけていきたいと。このとき、人生はこの世の社会から一歩離れて、ある世界に住むことにならないでしょうか。そして世事にあまり気も、時間も取られたくないと考えるのではないでしょうか。 社会的にもよい作品を残してくれれば それは永い目で見れば良い事になると思います。- これらが 大学が象牙の塔 と呼ばれた大学の1つの面であったのではないかと思います。 良い社会のために-よっちゃんの想い- からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.01
美しい、静かな元旦を迎えました。 早春を感じさせる暖かな 美しい 日差しです。 枯れ野がさえています。 赤い山茶花が 満開で咲き乱れています。 これは少し温暖という事を 物語っていると思います。 普通は 寒さで、満開とはいかず 相当弱っているのが正月における山茶花のイメージであったと思います。11時から、恒例の組内新年会があります。日比谷公園 派遣村http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081231-00000026-yom-soci 先ずこのような事を企画、実行された人達に、敬意と感謝の気持ちを表したいと思います。しかしながら、美しい国 日本国で、このようなことがあるのは おかしいのではないでしょうか。憲法第25条を思い出したいと思います。政府は、2兆円ものお金をばらまき、4兆円を超える国防費をかけていながら、国内に住むところも無く、飢えている人がいるという事は、おかしいのではないでしょうか。日本国のスケールから言えば、派遣村のような施設を全国に展開しても、ビビたるお金ではないでしょうか。政府には 100年に1度の危機 という意識があるのですから、 この辺をしっかりと、速やかな対応を求めたいと思います。 •1.3 再生核研究所声明 3(2007/2/27): 最低生活の保障についての宣言を求める: 現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、政府、各公共団体の首長に、日本国に存在するすべての人に、無条件で一定水準の食、住、医療を保障する事を、宣言し、かつ確実に実行する手順を速やかに検証するように要請致します。その理由は: 1)まず、これを確実に実行する事によって、日本国に存在する人は自分と家族の生命と生活が保証されることによって、名誉ある国家に存在する自覚を持ち、連帯に基づく将来不安を取り除く事ができる。 2)これは、実際的にはほぼ実現できていることから、大きな財政負担をすることなく、実現できること。これは官民一体となって、たえず、確認する事に意義があると考える。この事によって、日本国としての存在の意味を明らかにし、国旗と国歌を真に輝かせることができる。 3)これでは怠け者が国中に溢れると危惧することが考えられるが、人間は生まれながらにして向上心を有し、自立できない一定水準の生活に満足するはずはないから、現状を見ても危惧するには及ばないと考えられる。 4)世に犯罪や、いじめなどが多発し、失業者がいて、生活に困る状況を作っているのはそれらを生んだ社会に責任があると考え、偉大なる日本国においては 国家と地方公共団体が、先ず第一に それらの責任を果たすべきと考え、この考えを日本国における常識となるようにする。 みなさん、上記のような 偉大なる日本国 を作ろうではありませんか。これは夢ではなく2500年も前に既に 古代中国で実現していた社会です。 (注意 日本国憲法:•第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。) 以 上 良い社会のために-よっちゃんの想い- からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.01.01
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