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2012年1月31日11:41 「神は存在し、人間には生きる意味がある」という僕の論理は正しいでしょうか?これは賛成です。 生きる意味があるかは なお問題ですが、次のように考えました:人生、世界の存在していることの意味について再生核研究所声明12 (2007/9/17) 天才教育や世界の在りようについて考えていましたら、結局は人生とは何か、存在している意味、目的が大事であると考えました。なぜならば、この世の全ての問題は、結局は一人ひとりの心の問題に帰するからです。そこで、次の文章を思い出したので引用して、全ての基礎にしたいと考えます。人生における基本定理 ……1995 年1月13 日朝、目覚めの後、ひとりでに数学のアイディアがうかんだときのように、「人生の意義は、……にある」という言葉がわいてきた。 私はもの心ついてから……自分が生きていること、そして死ななければならないことを知って以来、人生そのものの意味について、最も中心的な問題として考えてきた。その核心は、人間は生まれ、生き、死んでいくものであるが、それらがどのような意味があるのか、そして、そのような人生においてどれ程の価値があるのかという、半ば悲観的な見方……実際、人生は何の意味もないのに、人は死にたくないから、そして人並みにあるいは人並み以上になりたいから、あるいは人に尊敬されたいから等の漠然とした気持ちで生きているのではないか、と。また、そのような人生、人間の目標はどのようなものか、という基本的な問題への疑問であった。「人間としての存在の究極の意味、価値は」「人類の目指すべき基本的な方向とは」21第1章 美しい社会のために これらの基本的な問いについて、私が、全体的に、直観として得た解は、「人生の意義は、感動することにある」 というものである。「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」というような、人生における真剣な問いについて、これは十分な解答になっていると思われる。 人類の価値──真、善、美、聖──などの基礎を、我々の素朴な「感動させるもの」におき、また同時に生と死を、感動することと感動の止むことに置き換えれば、我々は死を安らかに受容できると思われる。 人類の永遠の課題──神、自由、不死──の解決のための確かな道筋を与えるばかりではなく、人間存在における三位一体の理──存在、知、愛──を、渾然一体のもの「感動」として捉らえたことになろう。 また、藤村操は、「……人生は不可解である……」という遺言を残して自殺したが、彼を何かに真に感動させ、「人生の意義は、感動することにある」として、彼を救うことができたかもしれない。何が「人間を感動させるのか」を問うて行けば、「人生如何に生くべきか」の基本的な方向を捉えることができるし、それは多くの人間が素朴に、あるいはぼんやりと抱いていたものと大きな相異はなく、この「人生における基本定理」は、多くの人間によって受け入れられるばかりではなく、新鮮な感動をもって人生の基本的な指針を与えてくれると思われる。?謝辞 群馬大学名誉教授の松井弘次先生の本、『色にまみれて』を読み、先生の「愛と熱情」に「感動した」と同僚達に述べているうちに、基本定理は自然に思い浮かんだものであり、「魂の解放」22第1章 美しい社会のためにに導いて下さった先生には深い感謝の気持ちを表したい。?追記 基本定理を自覚した後の心情は、・人生はそれ以上のものではないという寂しさ、さまざまな人生の肯定・何か絶対的で永遠的なものを失ったような寂しさ・感動できる人生を送ることは容易ではなく、逆に人生は苦悩に満ちている・人生のことは、考えれば考えるほど、わけが分からなくなる 等であるが、それにも関わらず、人生の方向と限界を知り、夢中で人生を送っているよりは、はるかに賢明になったように感じている。(群馬大学工業会報より抜粋)?参考 藤村操が遺書として残した「巌頭之感」の本文 悠々たる哉天壤、 遼々たる哉古今、 五尺の小躯を以て比大をはからむとす、 ホレーショの哲學竟(つい)に何等のオーソリチィーを 價するものぞ、 萬有の真相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。 我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。 既に巌頭に立つに及んで、 胸中何等の不安あるなし。 始めて知る、 大いなる悲觀は大いなる樂觀に一致するを。 ↑これは正しいですか?補足回答ありがとうございます!僕の定義する神は、創造主のことです。つまりここでいう創造主は、理論そのもののことです。理論は完璧になって終わるので、人間も完璧になる時がくるのです。
2012.01.31
2012年1月31日11:46政治についてです。二院制において多くの国で『二院制』が取られる理由を簡潔に説明して下さい。お願いします。これは簡単ですね。時間をかけて、 慎重に審議するためですね。
2012.01.31
2012年1月31日11:49 日本は円高やデフレが長く続き経済が悪化しています。日銀は何故、円高やデフレ対策を講じないのですか?これは 素人で 分からないですが、 そう簡単ではないのでは。円を刷って市場に出す、 誰が、 その価値を保証するのでしょうか?信用しなければ、 円の価値はなくなる、 紙の様になってしまいますね。そこで、 政府は どんどん 歳出して、債務を 1000兆近くにしてしまいましたが、 世界的に疑われ、 円を維持するのが 難しい状況に入るのでは。信頼が落ち始めると 没落は早いのでは? 大いに心配ですね。追い込まれないように、 真面目な態度が 必要では?日銀は、頑張っているのでは? 円を維持しているのは、 立派というべきでは? アメリカがドルをばんばん刷ってドル安対策講じて居るのに対して日銀は一向に金融緩和策を取りません。日銀は何故、円を増刷して円安に持って行こうとしないのですか?そこでお聞きします。 このまま円高、デフレを放置してのデメリットとインフレ率2%程度の金融緩和策を取った場合のデメリットとの比較をお聞きしたいのです。
2012.01.31
2012年1月31日11:49 あなたにとってグローバリゼーションを感じるものは何ですか?一様な志向で、 文化、伝統、習慣、地方の良さなど失われて、 面白くないう すっぺらな 世界 になるように 危惧します。いろいろな国、文化があった方が 良いのでは? あなたにとってグローバリゼーションを感じるものは何ですか?また、グローバリゼーションの進展は、世界の人々に便利で豊かな生活をもたらすと思いますか?
2012.01.31
2012年1月31日11:54 日本の社会の問題について。現在、経済の急激な発展で世の中は便利になりました。日本の財政を見れば、 能力以上の生活をしているということですね。福祉も行きすぎな点はないでしょうか。 有るべき 自然な在りようも 志向すべきでは。基本を抑える、保証する方向 ですね。 しかし我が国では高齢化という避けては通れない問題があります。 どんどん高齢者にとっては住みにくい社会になると予想できます。僕たちは高齢者の福祉の問題について、これから社会に必要なものは何だと思いますか?あなたの意見を聞かせて下さい
2012.01.31
2012年1月31日11:55 オバマ大統領は期待がおおきすぎた感ありますが前政権の負の遺産も大きすぎたんですか??その通りですが、 良く頑張っているのでは。特 に開かれた、態度は 高く評価されるべきでは。 日本に冷たく感じるところが、 有りますが、 日本の 煮え切らない態度 にも問題が有りますね。難しいのが外交で、 歴史を進めるの は簡単でないというとですね。
2012.01.31
2012年1月31日11:57 現在日本にある法律で、悪法と思えるものは何ですか。政治家を逮捕できるような法は 悪法では。逮捕は、逃げ隠れる可能性のある場合に 限るのが良いのでは?特に 国の最高機関国会の議員さんの身分は 篤く保障すべきでは。議員さんの殺害、 テロなどは、 十分に慎重に 真相を明らかにした上で、 公開銃殺刑 などを 考えるべきでは。
2012.01.31
2012年1月31日11:58『政治に興味ないから選挙には行かない』。『抗議の意味で選挙に行かない』。みんなが政治に関心を持つようには、無理で、不要で、 無駄ではないでしょうか。 政治jは関心のある人だけで進めれば良いのでは。司法も同じように考えれば、良いと思います。次を参考にして下さい:再生核研究所声明 33 (2010/04/02): 民主主義と衆愚政治民主主義( : 諸個人の意思の集合をもって物事を決める意思決定の原則・政治体制 ― 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 )の在りよう、 特に一般選挙で代表者を選出する方法、及び多数決で決定する方法 について考察し、問題点を露にし、より良い政治、決定が行われるように注意を喚起したい。まず、このような方法をとる原理は、重要決定について 関係者がすべて平等に固有なる権利を有するから、その固有の権利の行使として、一般選挙を行い、選出された代表者も同じような考え方から、多数で決定すること、及びそのような過程、方式で多くの意見を基に討論して、みんなで決定する考え方である。この際、少数意見でも適切な意見である可能性があるから、それらを尊重して議論し、最終的には多数決で決定する(少数意見の尊重)というところも 民主主義の重要な点である。現在世界的に考えられている政治権力の決定方式である。それに対して、中国古代で考えられた いわゆる天子様による政治は、絶対権力を有する天子様が一部の人の意見を参考にして、決定していく方式であるが、多くの王政も日本の幕藩体制も大体同じような政治体制と考えられよう。これらの問題点は、権力者のいわば大義名分、すなわち、なぜ、天子や王や将軍が権力を有するのかという理由付けに難しい点がある。また、そのような権力者の決定に本質的な問題がある。しかしながら、そのような大義名分の問題があるものの、良き天子や王の下で、理想的な政治が行われた時代は 世界の各地で見出される。民主主義の問題点は、まず、代表者の選出過程、重要事項の決定過程に 多くの労力を有し、時間と手間がかかることである。 そこで、多くの政治家、代表者は選出されるために膨大な労力を使い、本来の政治や仕事に取り組むためのエネルギーを費やしている。 また、有権者の支持を取り付けるために、構成員のためにならないようなことであっても、約束するような状況が多々起こり得る。 顕著な例として、日本国における膨大な借金と慢性的な財政赤字が挙げられよう。国民の支持を取り付けるために、必要ではあるが、課税を強化できない状況をもたらしている。このようなことを続ければ、国家破産を迎えるのは必然ではないだろうか。民主主義の失敗例に 日本国の場合が記録される可能性を有する ゆゆしき問題である。民主主義の問題点は、投票者が 代表者の行使する行動について、良く理解できず、適切な代表者の選出ができず、いわば考えている代表者とあべこべの代表者を選出する可能性が 高いという、事実にある。 また、代表者の本来の要務以外の能力で、たとえば感じがいいから等で、代表者を選出しがちである。また、候補者に名演説などで いわば騙されてしまうことなどは、よく有りがちである。しかしながら、選んだのであるから、それは選出者の責任であるという観点は 良く理解できる大義名分である。みんなで、選出し、みんなで決めたことであるから、如何なる決定でも納得できるは 確かに大事な大義名分であるが、これを誤解すると何でも多数をそろえて、いわば多数の力で、政治その他を推し進めようとなりがちな弊害を生むことになる。多くの会議で、多数決で議事を決定する際、投票者が議事に対する理解と公正な判断能力を有しないために 言わば数の結果で悪い決定がなされるのが むしろ多いのが現状であろう。これは原理的にも本質的にそうなる傾向がある。一般に良いものから順に並べれば、多数の決定とは 中間くらいの決定になるのが世の法則だからである。多数による決定とは 決定の便法であり、適切とか、公正とが、正しいという種のものではないことに留意しておく必要がある。( 数学のゼミナールで討論すれば、議論している数学の結果に対する真偽を多数決で決めるのは 何の意味もなく、誰が真実を述べているかによって、自ずから客観的に決定するのとは大きな違いがある。)さらに、難しい問題を多数の人が理解できるか、判断できるかという観点も大事である。 沖縄返還に伴う外交問題で、いろいろ密約をしていた状況が露になったが、状況を露にすると国民の反対が出て外交がうまく行かないという、高度な政治判断が行なわれたのは顕著な例である。 憲法改正や、国防の在りようなども同じように難しい問題がある。それらを素人の多くの国民に判断を求めるのは 逆に無責任で、危険であるという面も有する。次の時代には、より進んだ政治体制が考えられなければならないが、当分は適切に適用できる方法が現実的に見当たらないから、現状の体制を維持するとして、民主主義の弊害を少なくするために、具体的に運用の在りようについて提案したい:1)いわゆる代表者の選挙については、 選挙の広報をきちんと行うのは当然であるが、 投票しない権利を明確に認め、いわゆる投票率を上げるような行動は慎むこと。 これは投票に興味と関心を有する人に参加して頂き、興味や関心を持たない人に無理に投票しても貰うのは 無責任につながりかねないからである。特に政治や社会に関心のない人への勧誘による投票は慎むべきである。投票の案内は当然であるが、投票しましょうという勧誘は良くないと考える。これは、いわば真面目な投票人による選挙を意図していて、いわば無責任な人の投票を排除しようとする意図があることを肯定するものである。( 高校時代の世界史の 尊敬する先生の 授業中に述べられた ひっとした言葉が 今鮮やかに蘇り、ここに成文化したい: 私は、よくよく考えて 1票を投じているのに、よく考えないで投票する人と 同じ1票かと思うと 考えてしまう という嘆きの言葉です。)。2)代表者の身分が民主主義ゆえに不安定では 責任ある政治を行うことができないから、在任中は特に厚く身分を保証して 本務に専念できるように配慮すること。3)代表者は 広い視点に立って、自分の立場より、公の立場を優先させて考え、評価については 近視眼的ではなくて、歴史的な評価を大事にすること。4)代表者の投票者(有権者)は 日ごろ研鑽を行い、投票に責任が負えるように努力すること。5)特に 代表者の選出過程や代表者の立場が、マスコミの影響を受け易いのが、民主主義の特徴であるから、マスコミ関係者は 高い見識を持つように 特に努力して 次の報道の5原則にいつも留意すること: (2010年01月31日原口一博氏がtwitter でつぶやいたという報道の5原則:原則1「推定無罪の原則」…….(最初から有罪であるよう印象づける報道はしないこと)原則2「公正な報道」…… (検察の発表だけをたれ流すのでなく巻き込まれた人や弁護人の考えを平等に報道すること))原則3「人権を配慮した報道」…….(他の先進国並みに捜査権の乱用を防ぐため、検察・警察の逮捕権、家宅捜索権の行使には、正当な理由があるかを取材、報道すること)原則4「真実の報道」……(自主取材は自主取材として、検察・警察の情報は、あくまでも検察・警察の情報である旨を明記すること)原則5「客観報道」…… (問題の歴史的経緯・背景、問題の全体構図、相関関係、別の視点などをきちんと報道すること) みなさん、民主主義は何時でも衆愚政治 に陥り易いので、 衆愚政治に落ち入らないように努力して より良い社会を築いて行こうではありませんか。 以 上注:衆愚政治(しゅうぐせいじ、Ochlocracy)とは、多数の愚民による政治の意で、民主政を揶揄して用いられる言葉。有権者の大半が知的訓練を受けずに参政権を得ている状況で、その愚かさゆえに互いに譲り合い(互譲)や合意形成ができず、政策が停滞してしまったり、愚かな合意が得られたりする状況をさす。 また有権者がおのおののエゴイズムを追求して意思決定する政治状況を指す。知的訓練を受けない民が意思決定に参加することで、議論が低廻したり、扇動者の詭弁に誘導されて誤った意思決定をおこない、 誤った政策執行に至る場合などをさす。また知的訓練を受けた僭主による利益誘導や、地縁・血縁からくる心理的な同調、刹那的で深い考えにもとづかない怒りや恐怖、嫉妬、見せかけの正しさや大義、あるいは利己的な欲求などさまざまな誘引に導かれ意思決定をおこなうことで、コミュニティ全体が不利益をこうむる政治状況をさす。 また場の空気を忖度することで構成員の誰もが望んでいないことを合意することがある(アビリーンのパラドックス)。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』。 こういう人達どう思いますか?
2012.01.31
2012年1月31日11:33 わたしは今,無限に続く思考の海の遭難者です・・・お助けあれ・・・生活しながら、 ゆっくり考えたい。 好きなことを見つけたい。 夢と希望を育てたい:再生核研究所声明 72(2011/12/06) 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則まず、 ルネ・デカルト - Wikipedia から慣性の法則を抜粋しよう:(デカルトは、物体の基本的な運動は、直線運動であること、動いている物体は、抵抗がない限り動き続けること(慣性の法則)、一定の運動量が宇宙全体で保存されること(運動量保存則)など、(神によって保持される)法則によって粒子の運動が確定されるとした。この考えは、精神に物体的な風や光を、宇宙に生命を見たルネサンス期の哲学者の感覚的・物活論的世界観とは全く違っており、力学的な法則の支配する客観的世界観を見出した点で重要である。)いわゆる 慣性の法則 は、 ニュートンの運動法則 の第1法則(慣性の法則)で、外力が加わらなければ、質点はその運動(静止)状態を維持する。(力を加えられない質点は等速度運動(等速直線運動)を行う)。 要するに 動いているものは そのまま動き、止まっているものは そのまま止まっているという法則である。 この法則は、 物理法則としてばかりではなく、 人生、社会の人世、精神、生命などの在りように普遍的に存在する いわば、連続性を表す 世の法則 ではないだろうか。 この観点からいくつかの考察を行い、世と上手く付き合っていく心得、人間の在り様としての心得について触れておきたい。人は 人生とは何か、生命とは何か、生きる意味を 繰り返し問う。 この難しい問題を足もとから、現、在から考えてみよう。 今日あれば、 昼には昼食をとり、夕べには 夕食をとるは 相当に大事な 今日の要素である。 ― 実際、 夕食がとれないような状況が有れば、それは人生の意味などを超えて 全ての人間にとって重大であろう。 ― 仕事や予定が有れば、 何時ものようにやり、 少し上手く行けば、 それだけ充実感がするだろう。 在り様は もちろん、 個人にとって、人生そのものである。 人生とは それ以上のものではない。 今日の在り様は 多くは昨日から、 決まっていて大きな変化が有っても 既に準備されているものである。 今日あるから、 明日も 今日のように生活することになる。 このように 人生とは繰り返えされてきたものである。 子供のころの生活も同じように 少しずつ繰り返しながら、 変化してきて、 現在に至ったのである。 それは個人の人生ばかりではなく、 動物としても、生物としても 少しずつ慣性の法則に支配されているように 展開して来ているのである。 それらの背後には 大きな生命の営みが感じられるが その本質は 定かには分からない。 我々の自由意志は 本能原理の上に わずかに存在するが、大きな生命の営み、日常の連続性によって働いており、その大いなる流れの上にあることに想いを致せば、 大きな迷いや不安から、解放されるだろう。 その流れを観、感じ、捉えることが肝要である。 多くの人は両親や近い人の終末から、自分の終末を予感し、覚悟し、 子供たちの終末を予感するだろう。 永い間、代代繰り返えされてきたのだから、 私もそうなるだろうと悟るだろう。 およそ人生とは そのようなものである。 然り 大河の中の一滴のように である。 世の、始めも、終わりも、人生の始めも、終わりも、定かには分からない。 ただ大きな流れの上に生きているということである。 大きな変革も、ちょうど地震のように エネルギーが次第に高まり、 その流れの中で起きたものである。日本社会をみても、大震災による原発事故、増大する膨大な債務、政権交代も同じように考えられる。40年以上も稼働して来たものが、稀有な天災で甚大な被害を受けた、しかしながら、今まで築いてきた膨大な設備を、それでは直ぐに廃止とは行かないのは 当然である(再生核研究所声明 67: 脱原発デモ ― 非現実的な貧しい二律背反の発想と飛躍した議論)。どうしようもない膨大な債務と財政難も同様である。大きな船の舵のように、急には財政改善とは行かない、改善は総合的な難問ではないだろうか。政権交代も、自民党の長期政権が疲弊、衰退し瓦解により、政権交代はしたものの、外交、軍事、財政、経済、何れも急には変えられないのは 道理であり、現実の日本の上に 政治を進めるためには、そんなに変えようがないという苦しみを 現政権にみることができる。それは大きな政治社会、大きな国の機構、現実を見れば 当然であり、菅氏が人間性の観点から批判されたのは 当然としても(再生核研究所声明 71:菅 暗黒政権 を総括する)、鳩山氏の過ちは小さく(再生核研究所声明 59: 鳩山政権の総括と反省)、野田首相はしっかり バランス良く賢明に政治を進めていると 高く評価されるべきである。 要するに、現実の日本が有る限り、 そう簡単には 変えられないというのは、 慣性の法則の重要な視点である。永い歴史が有って現在がある、 歴史の流れの上に、 明日からの未来を少しずつみつめて 着実に歩みたい。 歩んで来た過去をしっかりみれば、 明日の在るべきことは 相当に決まっているものである。 それを歴史的必然とも表現できよう。 現在、未来は 過去の歴史から、慣性の法則で、押し出されていくものであり、 自由を行使する判断でさえ、過去の積み重ねられた知識、体験の学習の結果であり、 多くは慣性の法則で 動いていると言える。 我々が創造と呼んでいるものもそうである。 積み重ねられたものから、生命作用として、噴き出ているのである。 それゆえに、歴史を真面目に捉え、飛躍が無いような、総合的な、大きな視点を持つように心がけたい。もちろん、震災、財政危機、政権交代などの社会現象は 世界史で 繰り返し 繰り返し展開されてきたことである。少子高齢化、教育の問題、産業構造と失業問題、環境問題など、何れも局所的対応、単細胞的思考では対応できず、各々の専門性を超えた 総合的、全体的な視点が大事である。 そのような視点を国民が全体的に持ち、 対応する力が無ければ 混乱と破局を早晩迎え、それも1時代の現象と評価されることになるだろう。 実際、我々は沢山の 世紀末的現象を 世界史の中に 見出すことができる。 世界は 大きな流れの中で、成るように成るものであると 半ば悟った様な心持ちは 視野を大きくさせ、賢明な有り様を選択させるだろう。以 上 わたしは今,無限に続く思考の海の遭難者です・・・お助けあれ・・・わたしは今まで「この世界にわたしと言う存在はわたしだけだ!だから私はわたしとして生きているんだ!わたしの存在はこの世界に唯一無二なんだ!」などと薄っぺらい自論で生きてきましたが,昨日の夜9時辺りからふと考える事があります。私はこの世に生をうけ生きてきた中で沢山の「他人」と言う存在に囲まれてきた訳です。他人とは言わば社会その物だと思っています。その中で親も含め、その多くの他人の中で生きてきた私は、その他人に構築されただけの私ではないかと・・・社会の中で自己を確立したように生きてきたが、結局はこの社会に作られた個にすぎないのではないかと・・・言わばわたしと言う存在はこの社会が生み出しただけに過ぎず、本当の自分はいないのではないかと思いました。動物レベルで生きる人間は狂人か犯罪者で、あくまで人として生きていくうえではやはり社会に自我を構築されていきていくしかないのか?かなり不躾な質問ではございますが,回答いただければ幸いです.よろしくお願いいたします。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1280502917
2012.01.31
2012年1月31日11:36 そろそろヤバいことになるかもしれませんね。どう思います?社会が おかしくなることか と思いましたが、 自分の考えですね。 次を参考にして、足ものから、じっくり考えたい:再生核研究所声明 72(2011/12/06) 慣性の法則 ― 脈動、乱流は 人世、社会の普遍的な法則まず、 ルネ・デカルト - Wikipedia から慣性の法則を抜粋しよう:(デカルトは、物体の基本的な運動は、直線運動であること、動いている物体は、抵抗がない限り動き続けること(慣性の法則)、一定の運動量が宇宙全体で保存されること(運動量保存則)など、(神によって保持される)法則によって粒子の運動が確定されるとした。この考えは、精神に物体的な風や光を、宇宙に生命を見たルネサンス期の哲学者の感覚的・物活論的世界観とは全く違っており、力学的な法則の支配する客観的世界観を見出した点で重要である。)いわゆる 慣性の法則 は、 ニュートンの運動法則 の第1法則(慣性の法則)で、外力が加わらなければ、質点はその運動(静止)状態を維持する。(力を加えられない質点は等速度運動(等速直線運動)を行う)。 要するに 動いているものは そのまま動き、止まっているものは そのまま止まっているという法則である。 この法則は、 物理法則としてばかりではなく、 人生、社会の人世、精神、生命などの在りように普遍的に存在する いわば、連続性を表す 世の法則 ではないだろうか。 この観点からいくつかの考察を行い、世と上手く付き合っていく心得、人間の在り様としての心得について触れておきたい。人は 人生とは何か、生命とは何か、生きる意味を 繰り返し問う。 この難しい問題を足もとから、現、在から考えてみよう。 今日あれば、 昼には昼食をとり、夕べには 夕食をとるは 相当に大事な 今日の要素である。 ― 実際、 夕食がとれないような状況が有れば、それは人生の意味などを超えて 全ての人間にとって重大であろう。 ― 仕事や予定が有れば、 何時ものようにやり、 少し上手く行けば、 それだけ充実感がするだろう。 在り様は もちろん、 個人にとって、人生そのものである。 人生とは それ以上のものではない。 今日の在り様は 多くは昨日から、 決まっていて大きな変化が有っても 既に準備されているものである。 今日あるから、 明日も 今日のように生活することになる。 このように 人生とは繰り返えされてきたものである。 子供のころの生活も同じように 少しずつ繰り返しながら、 変化してきて、 現在に至ったのである。 それは個人の人生ばかりではなく、 動物としても、生物としても 少しずつ慣性の法則に支配されているように 展開して来ているのである。 それらの背後には 大きな生命の営みが感じられるが その本質は 定かには分からない。 我々の自由意志は 本能原理の上に わずかに存在するが、大きな生命の営み、日常の連続性によって働いており、その大いなる流れの上にあることに想いを致せば、 大きな迷いや不安から、解放されるだろう。 その流れを観、感じ、捉えることが肝要である。 多くの人は両親や近い人の終末から、自分の終末を予感し、覚悟し、 子供たちの終末を予感するだろう。 永い間、代代繰り返えされてきたのだから、 私もそうなるだろうと悟るだろう。 およそ人生とは そのようなものである。 然り 大河の中の一滴のように である。 世の、始めも、終わりも、人生の始めも、終わりも、定かには分からない。 ただ大きな流れの上に生きているということである。 大きな変革も、ちょうど地震のように エネルギーが次第に高まり、 その流れの中で起きたものである。日本社会をみても、大震災による原発事故、増大する膨大な債務、政権交代も同じように考えられる。40年以上も稼働して来たものが、稀有な天災で甚大な被害を受けた、しかしながら、今まで築いてきた膨大な設備を、それでは直ぐに廃止とは行かないのは 当然である(再生核研究所声明 67: 脱原発デモ ― 非現実的な貧しい二律背反の発想と飛躍した議論)。どうしようもない膨大な債務と財政難も同様である。大きな船の舵のように、急には財政改善とは行かない、改善は総合的な難問ではないだろうか。政権交代も、自民党の長期政権が疲弊、衰退し瓦解により、政権交代はしたものの、外交、軍事、財政、経済、何れも急には変えられないのは 道理であり、現実の日本の上に 政治を進めるためには、そんなに変えようがないという苦しみを 現政権にみることができる。それは大きな政治社会、大きな国の機構、現実を見れば 当然であり、菅氏が人間性の観点から批判されたのは 当然としても(再生核研究所声明 71:菅 暗黒政権 を総括する)、鳩山氏の過ちは小さく(再生核研究所声明 59: 鳩山政権の総括と反省)、野田首相はしっかり バランス良く賢明に政治を進めていると 高く評価されるべきである。 要するに、現実の日本が有る限り、 そう簡単には 変えられないというのは、 慣性の法則の重要な視点である。永い歴史が有って現在がある、 歴史の流れの上に、 明日からの未来を少しずつみつめて 着実に歩みたい。 歩んで来た過去をしっかりみれば、 明日の在るべきことは 相当に決まっているものである。 それを歴史的必然とも表現できよう。 現在、未来は 過去の歴史から、慣性の法則で、押し出されていくものであり、 自由を行使する判断でさえ、過去の積み重ねられた知識、体験の学習の結果であり、 多くは慣性の法則で 動いていると言える。 我々が創造と呼んでいるものもそうである。 積み重ねられたものから、生命作用として、噴き出ているのである。 それゆえに、歴史を真面目に捉え、飛躍が無いような、総合的な、大きな視点を持つように心がけたい。もちろん、震災、財政危機、政権交代などの社会現象は 世界史で 繰り返し 繰り返し展開されてきたことである。少子高齢化、教育の問題、産業構造と失業問題、環境問題など、何れも局所的対応、単細胞的思考では対応できず、各々の専門性を超えた 総合的、全体的な視点が大事である。 そのような視点を国民が全体的に持ち、 対応する力が無ければ 混乱と破局を早晩迎え、それも1時代の現象と評価されることになるだろう。 実際、我々は沢山の 世紀末的現象を 世界史の中に 見出すことができる。 世界は 大きな流れの中で、成るように成るものであると 半ば悟った様な心持ちは 視野を大きくさせ、賢明な有り様を選択させるだろう。以 上 究極のところでは、物質というものが何かも、精神というものが何かも、生命というものが何かも、意識というものが何かも、エネルギーとういうものが何かも、それらの真の正体については何も分からないまま思考を巡らせているのが科学であったり、哲学であったりしてるわけですよね。このカテでも幾度も、精神また物質というものは単なる概念でしかないと述べましたよね。こうなると言葉そのものも疑うということになって哲学自体も成り立たなくなってしまう可能性もありますよね。もっとも今言った哲学自体という言葉すら何に自分は拘ってその言葉を使っているのか、考えれば考えるほど何も分からなくなってきますよね。そろそろヤバいことになるかもしれませんね。どう思います?補足「最後の「どう思います」で全てが台無しになった。他者に丸投げして、翻って自己を獲得してしまった。この癖を直せないものか」ちょっと待った! この一言がないと質問と見なされず、規約違反なんですよ。いつも違反してるじゃないかって? 話を逸らさない。
2012.01.31
2012年1月30日11:20 文明が究極のアホたちで満ち溢れたとき哲学者は不要になるということなのか?それはそうですね。 猿山では哲学する人は 不要ですね。 誰も興味ないからです。 人間がかんがえることをせず、悩みもしなければ 同じようでは。お釈迦様が 現代おられたら、尊敬されるでしょうか??ソクラテスが 現在おられて、同じようなことをされたら、いかがでしょうか? コミニュケーションの成立、または伝統の継承ということを橋脚、橋桁の喩えでもう一度説明したいと思います。川底に杭を打ち橋脚を立てるのを使命とする人もいれば建てられた橋脚に橋桁を架けるのが使命の人もいる。またその橋桁を渡るだけの人もいる。古くなった橋桁を補修する人もいる。それぞれの役柄がある。哲学者というのはこの喩えで言えば橋桁を掛ける人、または橋桁を補修する人ということになるのだと思う。そして察しが悪い人に伝える時には川底にさらに沢山の杭を打って橋脚を増やさないといけない。どんどんどんど橋脚を増やして行けばやがて橋桁さえも要らなくなるかもしれない。文明が究極のアホたちで満ち溢れたとき哲学者は不要になるということなのか?
2012.01.31
2012年1月30日11:21 私は人間の本質というものを考えるに当たりそれなら、私も同感、共鳴します。 同じように考えます。 古くからその存在について伝えられてきた「霊魂」というものを想定している。それが人間の本質だろうと思っている。ではその霊魂とはどういうものなのか。それは私が想像するに、真善美の主体である。仏教でいう仏性というのがこれであり、イエスが「あなた方は神の宮であり神の御霊(みたま)が自分の内に宿っているのを知らないのか」と指摘したその「御霊」がそれである。そして人間はみなこの御霊としての本質を持った、というよりも御霊そのものなのだと捉え、それが故に尊い存在なのだという捉え方を自身の意識はしている。意識もまた幾層もの意識に分けられるのであるが、その最も奥にあるすべての意識に影響を及ぼす最も本質的な意識がこの御霊としての意識であるとそう考えているわけですが、皆さまは人間の最も根源的な本質についてどう考えられるのか、いま一度お尋ねしたいのです。PSこの私の思想に対して証明を求めても証明などはできない。最も根源的なものであれば、それをどう証明しようもない。
2012.01.31
2012年1月30日11:27 「神の不在」を証明してください。神といっても捉え方次第でどうとでもなるので大震災でも分かりますように、人を救ってくれるような ありがたい神様は いないですね。 また、死後に救ってくれるような 神様もいないと思います。しかしながら、 人間を越えた神 は存在すると思います。世界を作られた、 数学を作られた、 生物を作られた、何者かですね。 良くは 分からない存在ですね。 とりあえずキリスト教で言うところの神でお願いします。存在しないことの証明は難しいといいますが・・・。ちなみに仏様は失礼な言い方をすれば掃いて捨てるほどいらっしょるようです
2012.01.31
私は発表で使うテーマに「飢餓」を選びました。 2012年1月30日11:40 高校 総学のポスター発表について飢餓ですね。 肝心なことが抜けていないでしょうか?人口が増えすぎで、 地球が持たない方向ですね。そこで、幸せな展望を描けないで、 無責任に子を儲けない を 徹底させる必要が まずあるのではないでしょうか?次を参考にして下さい: 再生核研究所声明 21 (2009/01/04): 人口問題についての考察再生核研究所は より良い社会を作るためには 政治が重要であるとの考えから、時の政治について評価、批評 あるいは あるべき姿を提言、表明してきた。また絶対的な世界の平和のために 具体的な在り様についても提案してきた(声明10)。そして、より良い社会の実現のためには 公正の原則 に基づくべきである(声明1)と述べてきた。また、地球の有限性に対する人類の自覚(声明13)をも促してきた。しかしながら 世に混乱が増大する大きな要因として、地球の人口の急激な増加を考えなければならない。既に人類が良い社会生活を営む為には、エネルギー、食糧、自然環境などの基本的な条件から判断しても、人口が多すぎる時代を迎えていることを, 冷静に受けとめる必要がある。もし、人口問題、特に人口の抑制にうまく対応できなければ、何れ万人の万人に対する戦いが始まり、公正の原則で社会は動かず、結果として人類絶滅の主因に成りかねないと考える。よって人口抑制の視点が無ければ、如何なる思想といえども いずれ行き詰まるものと考えます。ゆえに、世界の在り様の基本として、人口抑制の視点を強める事を提案します。この難しい問題の基本を、あらゆる生物の繁茂と衰退から学ぶべきであると考えます。生物の本能原理を超えて、人口を抑制する原理は、声明19-超越への道、悟りへの道 に求めることができると考えます。人間はただ本能的に 人口、子孫を増加すれば良いという考えを改め、負の人生もあり得る と考えて、自ら人口の抑制を図る必要があると考えます。生まれてくる子供には何の罪もないのであるから、子供達が人生を肯定できるような人生を歩ませる展望が無ければ、親は無責任に子供をもうけるべきではない、という見解が出てくると考えられますが、如何でしょうか。あらゆる宗教は このような見解をとって来なかったと理解していますが、如何でしょうか。主な宗教は、地球の有限性が露になる以前に生まれたという事実を 重く受け止める必要があると考えます。再生核研究所は 生命、文化、社会の再生を目指している研究所です。然るに それらの目的の為には、人口の抑制が必要であると述べているのです。 これらの見解と具体的な対応、提案については、当分世の意見を伺いたいと考えます。この問題を国家レベルで見れば、日本国のように、急激な人口減に陥り、国家や社会が人口減を食い止めようとする政策をとっている国々があるが、これは当然の政策として理解できるものである。しかしながら他方、人口の増加によって、国が上手く行かない状況に陥っている国々もある。これを無批判、無条件に援助によって、結果的に人口を増加させている状況があるとすれば、それは はなはだ問題であると考える。人口問題は各国家で責任をもって進め、他国に援助や影響を与えてはならないという事(縄張りを侵さないということ)は、あらゆる生物を支配している原理であると考える。もしこれを曖昧にすれば、国際紛争は避けられず、何れ万人の万人に対する戦いが始まり、公正の原則で社会は動かず、結果として人類絶滅の大きな要因に成りかねないと考える。また、日本国で考えられているように、多くの失業者を自国に抱えながら、単に経済な効率の視点から 安い労働者を海外から招こうしているが、これは国家とは何か、民族とは何かという視点、個性ある国家と文化の視点ばかりではなく、世界の人口の抑制の観点からも はなはだ問題であると考えます。以上。
2012.01.31
2012年1月30日11:48今の日本の社会を変えるためにあなたならどんな法律を作りますか?次の文で述べている 公正の原則 4条件で、大抵解決では?: 美しい社会はどうしたら、できるか再生核研究所声明1 (2007/1/27)美しい社会とは 最近の世相として、不景気・政界・財界・官界・大学の不振、教育の混迷、さらにニューヨークのテロ事件、アフガン紛争、パレスチナ問題と、心痛めることが多いです。どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。 何年も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。 平成12 年9月21 日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。 3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。 これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。 現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば──これは容易なことではないが──世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。 また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思い27第1章 美しい社会のためにます。 特に少年期の教育にあっては、哲学(ものごとの本質と人生、世界を考えること)、道徳、芸術、体育などを中心とする、人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか。国や隣人を愛せるようになる教育、多様性を重視し、個性や隠れた才能を伸ばし、友情を育み、人々が助け合うようになるような教育が望まれます。(『再生核の理論入門』斎藤三郎著、牧野書店、2002 年10 月出版「あとがき」から抜粋)美しい社会とは美しい社会においては戦争などはないのです いじめなどはないのです ごみなどは落ちていないのです 交通事故などはないのです
2012.01.31
2012年1月30日11:56 ボランティアが負の方向に働いてしまった事例はありますか?そのような 方向ですか。 それは相当に大きいのでは? 国の文化、伝統、歴史を破壊する、見かけ上の豊かさに 侵されるなどですね。これは しっかりした評価をする必要があるのでは?日本でさえ、アメリカの援助で、 失ったものは多いのでは?例えば貧困国で援助国が希少鉱物を発見したことで戦争を招いたとか、機械を持ち込みすぎて、その機械頼りになったために技術を忘れ援助国が引き上げた後に機械が壊れどうしようもなくなったとか…特に国際間のボランティアが、負に働いてしまった事例について知りたいです。
2012.01.31
2012年1月30日11:57 「大阪維新と政策同じ」 みんな・渡辺氏、連携を前面に野党だから、 批判していれば良い うまい話しでは?1000兆円に近づく 債務の上に 3年続けて、 歳入の2倍を超える歳出ですね。 さらに 大震災、原発事故、放射能対策ですね。日本が これで持つと考える方がおかしいのでは。 解散などして、 政局を不安定にすれば、 日本たたきが 始まるのでは。国の最高機関の先生方は、 国家の一大事に 団結して 協力、 日本国再建に立ち上がって欲しいですね。任期が来たら、 粛々と選挙を行い、 安定政権を 志向すべきでは。国在って、 国会ですね。世界は 不安定な、危ない時期ですね。不測の事態に対する 準備も進めるべきでは? 関連トピックス橋下徹 みんなの党は28日、東京都内で党大会を開いた。渡辺喜美代表は地域主権や公務員制度改革などについて「大阪維新の会と我々はアジェンダ(政策)が同じ。一緒に行動する」と述べ、維新の会代表の大阪市の橋下徹市長との連携を前面に打ち出した。次期衆院選で維新の会と連携し、300小選挙区での候補擁立を目指す考えも示した。 また渡辺氏は、同じく橋下氏との連携を探る東京都の石原慎太郎知事らの動きについて「維新の会の動きに触発をされ、石原新党構想というものも出てきている。我々は誰がやるか、誰と組むかではなく、何をやるかを徹底して追求していく」と語った。 党運動方針では、消費増税反対を打ち出し、国会議員の定数削減や公務員の人件費削減、天下り根絶の公務員制度改革の実現などを最優先課題に掲げた。「一刻も早く解散に追い込み、政界再編をはかりつつ、政権奪取を狙う」とした。http://www.asahi.com/politics/update/0128/TKY201201280403.html
2012.01.31
2012年1月30日11:32他人に「選挙に行け」と、強制するのは違法ですか?また選挙に行ったか行かなかったのか聞くのも違法ですか?基本的にそのように考えます。何でも投票するを強制するのはおかしいのでは。 政治に無関心な人が居ても良いですね。 政治に関心のある人たちで、政治をするのが 良いのでは?次を参考にして下さい:再生核研究所声明 33 (2010/04/02): 民主主義と衆愚政治民主主義( : 諸個人の意思の集合をもって物事を決める意思決定の原則・政治体制 ― 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 )の在りよう、 特に一般選挙で代表者を選出する方法、及び多数決で決定する方法 について考察し、問題点を露にし、より良い政治、決定が行われるように注意を喚起したい。まず、このような方法をとる原理は、重要決定について 関係者がすべて平等に固有なる権利を有するから、その固有の権利の行使として、一般選挙を行い、選出された代表者も同じような考え方から、多数で決定すること、及びそのような過程、方式で多くの意見を基に討論して、みんなで決定する考え方である。この際、少数意見でも適切な意見である可能性があるから、それらを尊重して議論し、最終的には多数決で決定する(少数意見の尊重)というところも 民主主義の重要な点である。現在世界的に考えられている政治権力の決定方式である。それに対して、中国古代で考えられた いわゆる天子様による政治は、絶対権力を有する天子様が一部の人の意見を参考にして、決定していく方式であるが、多くの王政も日本の幕藩体制も大体同じような政治体制と考えられよう。これらの問題点は、権力者のいわば大義名分、すなわち、なぜ、天子や王や将軍が権力を有するのかという理由付けに難しい点がある。また、そのような権力者の決定に本質的な問題がある。しかしながら、そのような大義名分の問題があるものの、良き天子や王の下で、理想的な政治が行われた時代は 世界の各地で見出される。民主主義の問題点は、まず、代表者の選出過程、重要事項の決定過程に 多くの労力を有し、時間と手間がかかることである。 そこで、多くの政治家、代表者は選出されるために膨大な労力を使い、本来の政治や仕事に取り組むためのエネルギーを費やしている。 また、有権者の支持を取り付けるために、構成員のためにならないようなことであっても、約束するような状況が多々起こり得る。 顕著な例として、日本国における膨大な借金と慢性的な財政赤字が挙げられよう。国民の支持を取り付けるために、必要ではあるが、課税を強化できない状況をもたらしている。このようなことを続ければ、国家破産を迎えるのは必然ではないだろうか。民主主義の失敗例に 日本国の場合が記録される可能性を有する ゆゆしき問題である。民主主義の問題点は、投票者が 代表者の行使する行動について、良く理解できず、適切な代表者の選出ができず、いわば考えている代表者とあべこべの代表者を選出する可能性が 高いという、事実にある。 また、代表者の本来の要務以外の能力で、たとえば感じがいいから等で、代表者を選出しがちである。また、候補者に名演説などで いわば騙されてしまうことなどは、よく有りがちである。しかしながら、選んだのであるから、それは選出者の責任であるという観点は 良く理解できる大義名分である。みんなで、選出し、みんなで決めたことであるから、如何なる決定でも納得できるは 確かに大事な大義名分であるが、これを誤解すると何でも多数をそろえて、いわば多数の力で、政治その他を推し進めようとなりがちな弊害を生むことになる。多くの会議で、多数決で議事を決定する際、投票者が議事に対する理解と公正な判断能力を有しないために 言わば数の結果で悪い決定がなされるのが むしろ多いのが現状であろう。これは原理的にも本質的にそうなる傾向がある。一般に良いものから順に並べれば、多数の決定とは 中間くらいの決定になるのが世の法則だからである。多数による決定とは 決定の便法であり、適切とか、公正とが、正しいという種のものではないことに留意しておく必要がある。( 数学のゼミナールで討論すれば、議論している数学の結果に対する真偽を多数決で決めるのは 何の意味もなく、誰が真実を述べているかによって、自ずから客観的に決定するのとは大きな違いがある。)さらに、難しい問題を多数の人が理解できるか、判断できるかという観点も大事である。 沖縄返還に伴う外交問題で、いろいろ密約をしていた状況が露になったが、状況を露にすると国民の反対が出て外交がうまく行かないという、高度な政治判断が行なわれたのは顕著な例である。 憲法改正や、国防の在りようなども同じように難しい問題がある。それらを素人の多くの国民に判断を求めるのは 逆に無責任で、危険であるという面も有する。次の時代には、より進んだ政治体制が考えられなければならないが、当分は適切に適用できる方法が現実的に見当たらないから、現状の体制を維持するとして、民主主義の弊害を少なくするために、具体的に運用の在りようについて提案したい:1)いわゆる代表者の選挙については、 選挙の広報をきちんと行うのは当然であるが、 投票しない権利を明確に認め、いわゆる投票率を上げるような行動は慎むこと。 これは投票に興味と関心を有する人に参加して頂き、興味や関心を持たない人に無理に投票しても貰うのは 無責任につながりかねないからである。特に政治や社会に関心のない人への勧誘による投票は慎むべきである。投票の案内は当然であるが、投票しましょうという勧誘は良くないと考える。これは、いわば真面目な投票人による選挙を意図していて、いわば無責任な人の投票を排除しようとする意図があることを肯定するものである。( 高校時代の世界史の 尊敬する先生の 授業中に述べられた ひっとした言葉が 今鮮やかに蘇り、ここに成文化したい: 私は、よくよく考えて 1票を投じているのに、よく考えないで投票する人と 同じ1票かと思うと 考えてしまう という嘆きの言葉です。)。2)代表者の身分が民主主義ゆえに不安定では 責任ある政治を行うことができないから、在任中は特に厚く身分を保証して 本務に専念できるように配慮すること。3)代表者は 広い視点に立って、自分の立場より、公の立場を優先させて考え、評価については 近視眼的ではなくて、歴史的な評価を大事にすること。4)代表者の投票者(有権者)は 日ごろ研鑽を行い、投票に責任が負えるように努力すること。5)特に 代表者の選出過程や代表者の立場が、マスコミの影響を受け易いのが、民主主義の特徴であるから、マスコミ関係者は 高い見識を持つように 特に努力して 次の報道の5原則にいつも留意すること: (2010年01月31日原口一博氏がtwitter でつぶやいたという報道の5原則:原則1「推定無罪の原則」…….(最初から有罪であるよう印象づける報道はしないこと)原則2「公正な報道」…… (検察の発表だけをたれ流すのでなく巻き込まれた人や弁護人の考えを平等に報道すること))原則3「人権を配慮した報道」…….(他の先進国並みに捜査権の乱用を防ぐため、検察・警察の逮捕権、家宅捜索権の行使には、正当な理由があるかを取材、報道すること)原則4「真実の報道」……(自主取材は自主取材として、検察・警察の情報は、あくまでも検察・警察の情報である旨を明記すること)原則5「客観報道」…… (問題の歴史的経緯・背景、問題の全体構図、相関関係、別の視点などをきちんと報道すること) みなさん、民主主義は何時でも衆愚政治 に陥り易いので、 衆愚政治に落ち入らないように努力して より良い社会を築いて行こうではありませんか。 以 上注:衆愚政治(しゅうぐせいじ、Ochlocracy)とは、多数の愚民による政治の意で、民主政を揶揄して用いられる言葉。有権者の大半が知的訓練を受けずに参政権を得ている状況で、その愚かさゆえに互いに譲り合い(互譲)や合意形成ができず、政策が停滞してしまったり、愚かな合意が得られたりする状況をさす。 また有権者がおのおののエゴイズムを追求して意思決定する政治状況を指す。知的訓練を受けない民が意思決定に参加することで、議論が低廻したり、扇動者の詭弁に誘導されて誤った意思決定をおこない、 誤った政策執行に至る場合などをさす。また知的訓練を受けた僭主による利益誘導や、地縁・血縁からくる心理的な同調、刹那的で深い考えにもとづかない怒りや恐怖、嫉妬、見せかけの正しさや大義、あるいは利己的な欲求などさまざまな誘引に導かれ意思決定をおこなうことで、コミュニティ全体が不利益をこうむる政治状況をさす。 また場の空気を忖度することで構成員の誰もが望んでいないことを合意することがある(アビリーンのパラドックス)。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』。
2012.01.30
2012年1月30日11:44 「大きな政府」と「小さな政府」の違いをわかりやすく教えてください!!これは要するに 国の役割を 少なくして、 自由にさせようということですね。 したがって、 公務員はへりますね。方向は 社会主義の逆ですね。しかし、 それも適正規模というのが有るのではないでしょうか?今の世相、 公務員をたたけば良いも 行きすぎですね。 本質的な財政、経済問題にはならないのでは。 限度がありますね。ただ、公務員は 公僕ですから、 模範を示す必要がありますね。
2012.01.30
2012年1月30日11:46 外人って差別用語なんですか?いま ポルトガルにいるのですが、 そのように考えれば、非常に多くが外人で、区別がつかないほどですね。外人という言葉は ですから、 ほとんど意味がないですね。さて、形式的に、外人は 日本の国のようでは 差別用語にならないのでは?しかし、外人と日本人を 区別して考えると、 それは おかしな考えと多くの 人は感じるのでは?人権のように、 外人、日本人を区別する考えは、 基本的な、自由、平等、博愛の精神に欠けると考えるのが、 ヨーロッパ流の 基本的な考え方と思います。しかし、それは建前で 実際は、 そう容易ではなく、 同じとはいかないのは 当然ですね。 法律上も立場も 違いますから。在留許可書の審査は 相当に厳しいですね。ですから、 場合、場合で ほどほどですね。公正の原則で、相手の立場も考えるように すれば良いですね。
2012.01.30
2012年1月30日11:49 苛めって苛められる奴がいなくなれば解決しますよね?虐めって、いじめる人が居なければ無くなりますね。虐めは おかしく、卑劣で 許されるべきではないですね。 みんなで、そう認識して、絶対に許さないとして、疑いを見たら、怪しい怪しいと声をあげ、虐めをみたら、 止めろ止めろとみんなで声をあげましょう。みんなで、 許さない 断固とした態度をとりましょう。じめじめ、 陰気は 良くないですね。明るい、 朗らかな社会を築きたい。
2012.01.30
2012年1月30日11:50 いじめは無くす事が出来ると思いますか?虐めは おかしく、卑劣で 許されるべきではないですね。 みんなで、そう認識して、絶対に許さないとして、疑いを見たら、怪しい怪しいと声をあげ、虐めをみたら、 止めろ止めろとみんなで声をあげましょう。みんなで、 許さない 断固とした態度をとりましょう。じめじめ、 陰気は 良くないですね。明るい、 朗らかな社会を築きたい。 教育委員会は『いじめを無くせ』としきりに言いますが、個人によって思想とかいろいろ違うし、自分に合わない奴を攻撃するのは仕方がないのではないでしょうか?苛められるのはその人が弱いからではないでしょうか。弱肉強食の世の中、『苛められた』と人の情に訴えるのは筋違いだと思います。 muscadeadさんいじめは、無くせないと思います。人間は、同種族でも殺し合う動物であり、野生動物と少し違います。(野生動物でも、同種族で殺し合うものも存在しますけど、虎なんかは、子供の虎を食います)そもそも、殺戮が好きな生き物だと思いますので、いじめは無くならないと思います。人間の本質です。
2012.01.30
2012年1月29日11:37 自分とは何ですか?自分とは、自分と思う全体ですが、 簡単ではないですね。 内なる生命から湧いてくる世界と、外なる世界の間に ふらふら存在していて、 実にあいまいですね。散歩したり ぼんやりしたりして、 自分の全体を 整理していくように 努力しましょう。楽しいことなど、 感動するときなど、 自分は 調和がとれて 生き生きしていますね。 哲学のかなり難しい質問をします。わかる方、解らなくても一緒に考えてくれる方のみ回答をお願いします。大変乱文になってしまいましたら申し訳ございません。"太郎"という人物がいたとします。太郎は人間ですから当然、頭が有り、手が有り、足が有ります。それは太郎の頭、太郎の手、太郎の足と皆呼びますよね。では太郎というのはどこのことを言うのですか?太郎の体すべて含めて太郎と言うなら、それは太郎の体と呼びますよね。その人の心が太郎だとしてもそれは太郎の心と呼びます。では太郎っていうのは一体誰で太郎の体、心というのは何なのでしょうか。今回は太郎という架空の人物で例えましたが今回の疑問を自分にあてはめて下さい。頭が痛くなると思います話し合いは大歓迎です。中傷はやめてください
2012.01.30
2012年1月29日11:44 命の恩人の命日を自分で決めて良いですよね?お好きなように考えれば良いですが、 感謝の気持ちを持つだけで、 表すこともないですね。 大事な想い出として 心に抱いていれば、 それは 貴方の宝ですね。 私にはとても感謝している方がいるのです。命の恩人です。その方は、「私の命」と「私の顔」を救って下さった方です。おばあちゃん子だった私は、幼い頃、よく祖母の友人の家にお泊りに行ったり、遊びに行っていたのです。お転婆だった私は、祖母達の会話に退屈しだし、祖母の友人の妹さんがいるキッチンに行って、遊んでいたのです。その時に、シュンシュンと噴いているやかんに手を伸ばして遊んでいたら、突然、物凄い勢いで突き飛ばされて、私は火がついたように泣きました。そして気がついて良く見たら、祖母の友人の妹さんは、左全身に大火傷を負っていたのです。そう、彼女が私を突き飛ばし、私を庇ってくれなかったら、幼い私は顔から頭から全身大火傷を負っていた事でしょう。多分、二目と見られない顔だったに違いありません。でも私は当時5歳くらいで、それから後の事は、本当に記憶にないのです・・・、というか、あまりのショックで、その時の記憶が抜けおちているのかもしれません。その方は当時多分、50歳~55歳くらいの独身の方だったと思います。本当にお着物の良く似あわれる、上品で物静かな方であった事は記憶に残っています。だけど残念なことに、私は、その方がいつお亡くなりになったのか?何故だか、全く分からないのです。そして薄情な事に、私は、ずっとその事件の事を忘れ去っていたのです。それが不思議な事に、ここ1~2年前から、急に、あの時の事が鮮明に蘇ってきたのです。幼い頃、「熱湯を被ったかもしれない当時の記憶」が呼び起こされ、あの物静かな方に助けて頂いたのだ!!と、突然思い出したのです。そうしたら、いてもたってもいられなくなって、毎月28日を『命の恩人の命日』にして、ご仏壇の前でお参りさせて頂こうと思ったのです。それしか今の私に感謝の気持ちを表すすべはないのです。本当に何度感謝してもしたりないくらい、感謝しています。でも、もっと他に別の方法で、私の感謝を報せる方法があるでしょうか?あれば教えて頂けますでしょうか?補足ありがとうございます。祖母は私が中1の時に亡くなっておりますので、その方のお寺を探し当てる手段がございません。ですが、仰られたように、命日ではなく、供養をさせて頂き、その方が下さった健康な体を大切に、そして、少しでもその方の徳に報いられるように、自分も人様のお役にたてるよう、日々努力させて頂きます。貴重なご意見、本当にありがとうございました。
2012.01.30
2012年1月29日2:44 人生に恋愛は必要ですか?子孫繁栄は別にして、恋愛に興味がないのは、人として何かが欠落してますか?必要も何も、 自然に恋愛は するようにできていますね。 本能、仕組みですね。それが 自然な状況ですね。 恋愛に興味を懐かないのは 何か 自然でない原因が有るのでは。例えば、 忙しすぎて 余裕が無い。 他のことで、 夢中になっている。あるいは、変な誤解をしているなどですね。
2012.01.30
2012年1月29日2:47 直観と直感直観はありますね。 人物評価でも、芸術でも、研究でも 創造活動なども みな 直感で 動いているのでは。 人間には 総合的な感覚が あると思います。人間は 非常に感覚的な存在ですね。 直観と直感、この両方、もしくは直観の方だけかもしれませんが、これをいくら科学や哲学の分析の上に乗せても、ついぞその回答は得られないのではないかという気がします。もうそろそろどんな懐疑的な人も観念して、その存在を分からないながらも、存在するものとして、認めてしまわれてはいかがでしょうか。そして人は多く意識をするしないに拘わらず、普段の生活において、これを駆使していると思っています。相当に懐疑的な人物と言えどもです。このことについて感想をお寄せください。
2012.01.30
2012年1月29日2:52 皆さんにとっての『古き良き時代』とはいつですか?バブルが始める前までは 結構 元気があって 良かった時代では?現在の 65才から、 90歳代の 人の時代ですね。
2012.01.30
2012年1月29日2:53 もう戦争が異端となってるのになぜアメリカは軍を組織してるのですか?まだ、少し早いのでは。 アメリカが、世界を おかしくしないように 存在している事実は 高く 評価されるべきでは? アメリカが 存在しなくて、 世界の暴力を 誰が 真に 抑えられるでしょうか?日本の自衛隊のような自衛組織があればすむじゃないですか?
2012.01.30
2012年1月29日2:56 東京に首都機能一極集中は危険ですよね??それは 極めて 危険ですね。驚いてしまいますね。 あの大東京に、おのおの、 電気、ガス、水道がとうっていて、 飢えも無くなく 生活しているのですから、素晴らしいですね。 1000年来の大震災でも 日常の生活を 続けていられるのですね。凄い ことですね。このような時代は 2000年来 無かったことですね。危なくは無いでしょうか? 心配です。日本国の 愚かさの象徴 にならなければ良いのですが。
2012.01.30
2012年1月29日2:57 なぜ現代は「知る権利」や「報道の自由」が必要なんですか?民主主義、みんなで決めようの原則を 標榜するなら、 その前提に、 判断できる環境を保証する必要がありますね。 ですから、当然ではないでしょうか?民主主義でなくても、 人間存在の原理からしても、知る権利、伝えることの自由を保証するのは 大事では。 基本的な人権と考えられますね。 特に 最近の問題は、 報道の自由に関して、 間違った情報や、意図的に作られた、 情報などが 殺到していて、 真実を知ることが 難しい状況が 起きているのでは?情報の評価、選択、批判的な精神が 大事ですね。新聞倫理綱領には 良いことが書いてありますので、参考にしてください。
2012.01.30
2012年1月29日3:22 橋下氏が頼り…「みんな」も「石原新党」も誰も自分を中心に考えがち、 見がちですが、 広い視点から見ると、自民、みんな、石原新党、 その他も 合流して、新生自民党を 作り、 日本に安定政権を 作るのが、そもそも 2大政党を志向した、 流れではなかったのではないでしょうか。日本の再建のために、 分裂ではなく、大義のもとに どんどん合流が良いのでは。 与野党も 日本国のために どんどん智恵を出し、 協力して やって頂きたいですね。国会は、 国の最高機関ですね。 先生方、 宜しくお願いしたい。 党大会で気勢を上げる、みんなの党・渡辺喜美代表(中央)ら=清水健司撮影 次期衆院選をにらみ、民主、自民の2大政党に対抗する「第3極」の結集を目指す動きが活発化してきた。 みんなの党、石原慎太郎東京都知事らが結成を目指す新党が、人気の高い橋下徹大阪市長が率いる「大阪維新の会」に連携を呼び掛けており、橋下氏の動向が焦点となりそうだ。 ◆蜜月アピール◆ 「維新の会と我々はアジェンダ(政策課題)が同じ。だったら一緒に行動するのは当たり前だ。つぶし合いをする必要は全くない」 28日、都内のホテルで開かれたみんなの党の党大会で、渡辺代表は橋下氏が率いる地域政党「大阪維新の会」に連携を呼び掛けた。 同党は党大会で、維新の会との「蜜月ぶり」を盛んにアピールした。採択した2012年の運動方針では「他の政党や政治団体とは、党の『アジェンダ』が一致する範囲で連携、協力していく」と明記。来賓には橋下氏のブレーンで大阪市特別顧問も務める作家の堺屋太一氏を招いた。 堺屋氏はあいさつで「渡辺氏の後に私が発掘したのが橋下氏。だんだんと改革の輪が広がっている。今年はまさに決戦の時だ」と述べ、次の衆院選で橋下、渡辺両氏の連携を仲介する考えを示した。 みんなの党は次期衆院選で100人以上の候補者擁立を目指している。すでにおよそ50人の候補が固まっているが、その多くが東日本に集中しており、関西を地盤とする維新の会との連携は勢力拡大の「決定打」と見ている。 堺屋氏のほかにも、大阪市特別顧問に就任した経済産業省OBの政策コンサルタント・原英史氏も、みんなの党のブレーンを務めており、みんなの党と維新の会との「パイプ役」は多い。 一方、石原氏を中心とした新党結成を目指す国民新党の亀井代表、たちあがれ日本の平沼代表らも、橋下氏との連携に期待している。石原氏と亀井氏、平沼氏が25日、都内のレストランで会談した際も、橋下氏の動向が話題になり、関係者によると、石原氏は「橋下氏は俺に任せておけ。みんなの党との引っ張り合いになることはわかっている」と連携に自信をのぞかせたという。亀井氏らは、知名度のある石原、橋下両氏を新党の顔に据えることで、民主、自民両党から若手議員らを引き抜き、大きな勢力にしたいとの思惑があるとみられる。
2012.01.30
2012年1月29日11:43 人類が共通の『正義』の概念を持つ日がいつか訪れますか。これは 簡単ですね。 次で、みなさん同意できるのでは: 美しい社会はどうしたら、できるか再生核研究所声明1 (2007/1/27)美しい社会とは 最近の世相として、不景気・政界・財界・官界・大学の不振、教育の混迷、さらにニューヨークのテロ事件、アフガン紛争、パレスチナ問題と、心痛めることが多いです。どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。 何年も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。 平成12 年9月21 日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。 2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。 3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。 これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。 現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば──これは容易なことではないが──世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。 また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思い27第1章 美しい社会のためにます。 特に少年期の教育にあっては、哲学(ものごとの本質と人生、世界を考えること)、道徳、芸術、体育などを中心とする、人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか。国や隣人を愛せるようになる教育、多様性を重視し、個性や隠れた才能を伸ばし、友情を育み、人々が助け合うようになるような教育が望まれます。(『再生核の理論入門』斎藤三郎著、牧野書店、2002 年10 月出版「あとがき」から抜粋)美しい社会とは美しい社会においては戦争などはないのです いじめなどはないのです ごみなどは落ちていないのです 交通事故などはないのです美しい社会においても競争などはあるのです しかし敗れても美しい気持ちが湧いてくるのですより美しいことへの挑戦の気持ちが湧いてくるからです美しい社会においては人々は喜々として明るい表情をしているのです それは個性が活かされ人々は夢と希望に満ちているからです美しい社会においては人々は助け合いますから 不幸が訪れても人々はそれほど暗くなることはないのです美しい社会においては芸術家は憧れのまとです しかし人々は美しいものを求めていますから28第1章 美しい社会のために 人々が芸術家なのです美しい社会美しい社会とは人々が美しいものを求めている社会のことです美しいものを求めるということは感動できることを求めるということですアセンション後には、訪れると思うがね。
2012.01.29
2012年1月29日12:02 日本みたいに首相や政党がコロコロ変わる国はめずらしい。しばらくの間一党独裁で様子をみたほうがいいんじゃないか?みなさんはどう思いますか?そうですね。 安定政権は いま必要ですね。日本は 危ない時期では?日本の財政状況を考えると、 誰が政権をとっても、 責任ある政治を進めるには、財政再建が問題、主題になるので 本質的には変わりませんね、ですから、安定政権が大事では。政局が不安定になると、日本はたたかれ、 膨大な債務が 暴れ出すのでは?
2012.01.29
2012年1月29日12:08 あなたは内閣総理大臣になりました。国民は国の借金、社会保障、未来の日本に期待が持てません。あなたなら内閣総理大臣としてどういった政策をしていきますか?行政改革、 公務員たたき、増税は避けられえませんが、国にビジネス感覚を取り入れて、 国を元気にしながら、財政問題を 進めるように 積極姿勢が大事では。借金を抑える、ない金は使えませんから、 行政改革、 公務員たたき、増税は仕方ないですが、 それだけだと どんどん 国は 衰退して行きますね。 そこでですね。
2012.01.29
2012年1月29日12:10 自民党が政権を取り返してもたいして世の中変わらないですよね?そうでは ないでしょうか。 反って混乱で、 悪い方向ですね。日本の財政状況を考えると、 誰が政権をとっても、 責任ある政治を進めるには、財政再建が問題、主題になるので 本質的には変わりませんね、ですから、安定政権が大事では。政局が不安定になると、日本はたたかれ、 膨大な債務が 暴れ出すのでは?橋本氏は 人気が有りますが、行政改革、公務員たたきですが、 それらは 限界があり、 人気もそうは続かないのでは?政府に ビジネス感覚 を取り入れる必要があるのでは?自民党は現在俺たちに政権とらせてくれたら変わるみたいな態度ですが変わるのは国会の勢力だけで国民生活 はなにも変わらないですか?自民党も結局自分たちの保身と利益が第一の政党ですか?
2012.01.29
2012年1月29日12:13 資本主義は社会主義に勝ったのではない???勝ったというより、 自然に 社会主義は良くないと 歴史的な判定が出た と言えるのではないでしょうか。国民を管理する、企画する、全体を計画するは 政府の能力を超えているということですね。自由に活動させて、が 原理では。今は、資本主義の弊害が出てきていて、 ある程度の枠や、抑制する必要がある となっているのでは。どんどん、進歩して行きますね。 先日、河合隼雄さんと石井米雄さんの『日本人とグローバリゼーション』という本を読んだのですが、そのなかで河合さんが「資本主義は社会主義に勝ったのではない。資本主義国は社会主義的な物を相当に取り入れる事ができたから残ったのであって、一方の社会主義国は資本主義的なものをほとんどできなかった。」という一文がありましたが、いまいちピンときません。具体的に資本主義国は社会主義の何を取り入れたのでしょうか?よろしくお願いします
2012.01.29
2012年1月28日2:38 人と何か大切な話をする時に思うことなんですが それは 本など読む必要は 無いですね。率直になれば良いですね。 人は話さないでも 相当通じますね。近くに見えるだけで、通じていますね。
2012.01.29
2012年1月28日2:42 本当に反省しているので、お認め頂けますか? 素晴らしい方ですね。私も心したいと思います。人間は生きていると自分が死ぬべきゴールへ向って毎日一歩一歩と進んで行っているんだということを忘れてしまっています。人生一寸先は闇とは真のことです。今月も一人同級生が死にました。それで、このカテの質問でも、人生があと一週間だとしたら、あなたは何をなさいますかなどと問う質問がたまにあり、本当に考えてしまいます。そういう時は決まって、お世話になった人を一人一人思い起こし感謝の祈りを捧げ、連絡とれる人には直接電話やメール等で感謝を述べると答えるのですが、このカテの皆さま方にも、これまで相当にお世話になって感謝の気持ちでいっぱいだということを今の内にお伝えしておこうと思いました。これまで私の不適切な、また心無い物言いから様々に不愉快な思いをさせてしまった面々には重ね重ねお詫びを申し上げます。ここに謹んでお詫びを申し上げたく思います。これからは、私も心の毒をあの世に行く前に少しでも抜き取り、身を清めて馳せ詣でたいと思っておりますので、今後とも皆様のご協力を仰がせて頂きたい旨お伝えをし、挨拶と代えさせて頂きます。本当に反省しているので、お認め頂けます
2012.01.29
2012年1月28日2:42 生きるために、本音を隠すべきですか? 孔子様も言っていますね。 場合によっては 自分を隠しなさいと。身を守る手段ですね。
2012.01.29
2012年1月28日2:43 この世で最も醜いものはなんですか。 裏切り、背信、騙しでは?
2012.01.29
2012年1月28日2:43 共生思想についてです。東洋と西洋の共生思想の違いや特徴について詳しく教えてください。 感じですが、東洋の方が 共生思想は強いのではないでしょうか。それは、農業と自然の豊かさが 背景にあると思います。仏教は共生思想が強いですね。
2012.01.29
2012年1月28日2:44 僕は宇宙の一部なのですが皆さんはどうですか? それはそうですね。 大きな自然の一部ですね。それは 事実ですね。補足皆さんも宇宙なんですか なんかうれしいな
2012.01.29
2012年1月28日2:45 信仰とは非科学的なものでしょうか?神の息吹を感じると、 神は 数学などやっていても直観しますし、 美しい自然を見たり、 森を散歩しているときなどでも 直感しますが、 宇宙船や 実物などと言う感じでは 無いですね。 神は人を生き返らせ、死なせ、楽しませ、悲しませ。と、宇宙人的な存在に感じられます。ちなみに。私は宇宙船を見たことがあります。よく聖書に密雲の箇所が出てきますが、それは宇宙船?神の存在を確証する存在だと思うのです。神は存在します。こう書くとオカルトまっしぐらですね。みなさんは、非科学的な存在を認知したことがありますか?五感で感じられたことがありますか?
2012.01.29
2012年1月28日2:45 実存は本質に先立つという言葉がありますが、心は肉体に先立つと言い換えられますか? 肉体の存在しないところで、 心が有るというのは 苦しいのでは?魂みたくなってしまいますね。心は、 生体があってそこから湧いていますね。その関係は まだまだ分かりませんが。音楽のように 楽器が有って 曲が出るのですね。
2012.01.29
2012年1月28日2:46 デカルトの『cogitoergosum』の正反対の言葉はあるか? これは 凄い見識ですね。それを疑う人物が現れましたか。 それを過ぎると 不可可知論、 すなわち、人間は何も確かには 理解できない、認知できないとなりますね。 人間は、幻の様な 陽炎のような存在だと成りますね。 つまり絶対確実的に疑える非確実性はあるか、ないかを問うてます。天才デカルトに今さら意義を申したてるつもりはないし、意義を申し立てるほどの哲学が私にあるわけでもない、それを承知で質問させていただきます。デカルトと言えば、cogito ergo sum=我思うゆえに我あり、としてすべてを疑っても尚残る確実性を、対象を疑っている自分自身そのものだとした。確かに、デカルトが言うように、すべては疑えるが、逆にすべてを疑わないこと、つまりすべてを否定せずに認めることも可能です。 なぜなら、すべては可能性として否定できないからです。明日地球が滅びてるかもしれない、という認識を蓋然性として否定できても、可能性としては確かに否定できない。デカルトの方法的懐疑はなんのためにあったか、絶対確実なものをさがすためにあった。では、すべてを疑わず、つまりすべてを認めた上で尚残る確実に疑いきれるものはなにか?デカルトは確実性を発見したが、確実的に疑えるものを探しきれていない。究極的な確実性はあって、究極的な非確実性がないとは考えにくい。この世にある概念はすべて、善と悪というふうに対をなすからです。確かに、デカルトにとっても、我々にとっても、この世界は不確実性に満ちていることは当然の公理かもしれないし、その反動からか知らないが、より確実なものを探究するキモチは確かにわかる。しかし、例えば、究極的な善を発見できるのは、究極的な悪を知ってるからこそ発見できるのでは。これだと相対主義的ではあるものの、デカルトが発見したような確実性があるなら、デカルトと対をなす絶対不確実性があると考えるのがふつうであって、事実、生があれば死もある、つまり一般化すれば、Aがあれば非Aもあると考えるほうがむしろ必然的なのでは。究極的で絶対的な非確実性はなにか?つまり、質問は、デカルトの確実性を認めた上で、デカルトの方法的懐疑とは正反対の流れに身をまかせて探究した場合、デカルトの『cogitoergosum』の反対言葉はなにか?※デカルトの『cogitoergosum』は相対主義が根底にあるわけではなく、絶対的なものだから、そもそも、『cogitoergosum』に反対言葉などない、なぜなら『cogitoergosum』は絶対的だからである、というのでしたら、本当に『cogitoergosum』が相対主義ではない根拠を示して欲しい
2012.01.29
2012年1月28日2:47 「事物が真理を有しており、人間がその真理を発見する」のか、 これは面白い問題ですね。真理は、人間に無関係に存在していて、人間は}発見しているのですね。数学も、物理法則も、 本当の真理は 神によって 定められていると考えます。 それとも、「人間が、真理と称して、真理なるものを設定しているにすぎない」のか。」このうち、どちらか一方の立場を選択し、他方の立場への論理的な説得を試みなさい。その際、自分が採用した立場の論拠となる具体例と、都合の悪い具体例を、必ずひとつずつ取り上げて論じなさい。このように言われた時の回答の仕方を教えてください。
2012.01.29
2012年1月28日2:52 日本は、そもそも、原発を扱う資格がない国ですか?アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、ロシア、中国などなど 原発を活用しているのですから、 日本が 活用できると考えるは 当然では?
2012.01.29
2012年1月28日11:52最近の政治について。日本の財政は 追い込まれているのでは?1000兆円に迫る借金、 地方も同じように 借金を抱えていすね。3年続けて、 歳入 以上の 借金ですね。 さらに天災、 原発事故、放射能対策です。これで 国がやっていけると 考えるのは おかしいのでは。強力な政治指導が無ければ 国は持たないのでは? 無知ながらなんとなく質問失礼します。最近の政治は、国民からの批判も多いですが近年のなかではわりと議論が活発になっているように見えます。それだけ大事な事を決めなきゃいけない時期なのでしょうか・・・政治に限らずとも何事も、反対は多かれど活発な議論が繰り広げられる事は良いことなのではと思い質問しました。(まぁ意義のない議論なのでは全く意味がありませんが。)どうなのでしょう??未来の結果の良し悪しはどうあれ何かが動く傾向にあるのでしょうか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1180292516
2012.01.28
2012年1月28日12:00 「国柄を守る」「小さな政府」「中福祉」…綱領の骨子判明 石原氏「東京よりも国家」これは 大変結構な考えでは?だめですよ 原爆を持たなくては は 取り下げ、 冗談ですね?そこで、 政策は良いのですが、 大事なのは 実現できる 安定政権の戦略、計画では?自民党に戻って、 全体的な合流による 安定政権を 考えるのは 如何でしょうか。新政党を沢山作っては、 大きな政党に成長するまで 日本が持たない 状況では? 2012.1.28 01:37 [超党派] 東京都の石原慎太郎知事が、たちあがれ日本の平沼赳夫代表らとともに結成を目指す新党の綱領の骨子が27日、分かった。石原氏は同日の記者会見で、亀井静香国民新党代表らとの25日の会談について「いくらでも協力しますと同意はした。今の政治構造をシャッフルする必要がある」と語り、新党の綱領に関し意見交換したことを認めた。 都知事と党首の両立について「それはダメだ」と否定、「東京も大事だが、東京よりも国家が大事だ」とも述べ、新党結成後の国政復帰をほのめかした。 綱領の柱は(1)わが国の国柄を守る(2)「小さな政府」と「中福祉」を目指す(3)デフレを克服する(4)長期的に貿易立国を目指す-など。「国民に大人の自覚を持ってもらう」と訴え、「国を愛する教育と人づくり」に向け、政策パッケージをまとめる構え。 「小さな政府」の具体策として国会議員と国家公務員の人員・給与削減策をまとめるほか、国家会計の複式簿記化も打ち出す。参院の廃止を訴えることも検討しており、今後石原氏らで文案を詰める。 一方、石原氏は、大阪維新の会を率いる橋下徹大阪市長との連携について「橋下氏に非常に共感することがいくつかある。地方から中央集権をぶっ壊していく絆だ。橋下氏は大阪市という伏魔殿をぶっ壊すために頑張っているのだから手を組むのは妥当だ」と述べた。
2012.01.28
好きになる女性はどんなタイプですか? これは 本当に面白いですね。 蓼食う虫も好き好きで 好みは 本当にいろいろですから、 相手のことを気にせず、 自分を素直に表現すれば良いですね。そこで、自分に合った人を探せば良いですね。これは 社会でも、職業でも 読書でも、趣味でも 政党でも 国でも何でも です。好きなことを目指すですね。特に 男女は 多様性を目指しているように でたらめのような 組み合わせが 仕組みに入っているように感じるほど 多様ですね。相手に合せる必要はなく、 自分を好きなように表現すれば 良いですね。 楽しく、 前向きに考えて下さい。2012年1月28日12:男性の方にお聞きします。好きになる女性はどんなタイプですか?顔やスタイル、雰囲気、好きな服装の系統もあれば教えてください。あとはルックスではなく、内面的なことで重要と思っていることは何ですか?
2012.01.28
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