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再生核研究所声明316(2016.08.19) ゼロ除算における誤解(2016年8月16日夜,風呂で、ゼロ除算の理解の遅れについて 理由を纏める考えが独りでに湧いた。) 6歳の道脇愛羽さんたち親娘が3週間くらいで ゼロ除算は自明であるとの理解を示したのに、近い人や指導的な数学者たちが1年や2年を経過してもスッキリ理解できない状況は 世にも稀なる事件であると考えられる。ゼロ除算の理解を進めるために その原因について、掘り下げて纏めて置きたい。まず、結果を聞いて、とても信じられないと発想する人は極めて多い。割り算の意味を自然に拡張すると1/0=0/0=z/0 となる、関数y=1/xの原点における値がゼロであると結果を表現するのであるが、これらは信じられない、このような結果はダメだと始めから拒否する理由である。先ずは、ゼロでは割れない、割ったことがない、は全ての人の経験で、ゼロの記録Brahmagupta(598– 668?) 以来の定説である。しかも、ゼロ除算について天才、オイラーの1/0を無限大とする間違いや、不可能性についてはライプニッツ、ハルナックなどの言明があり、厳格な近代数学において確立した定説である。さらに、ゼロ除算についてはアインシュタインが最も深く受け止めていたと言える:(George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} :Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.)。一様に思われるのは、割り算は掛け算の逆であり、直ぐに不可能性が証明されてしまうことである。ところが、上記道脇親娘は 割り算と掛け算は別であり、割り算は、等分の考えから、掛け算ではなく、引き算の繰り返し、除算で定義されるという、考えで、このような発想から良き理解に達したと言える。ゼロで割ったためしがないので、ゼロ除算は興味も、関心もないと言明される人も多い。また、割り算の(分数の)拡張として得られた。この意味は結構難しく、何と、1/0=0/0=z/0 の正確な意味は分からないというのが 真実である。論文ではこの辺の記述は大事なので、注意して書いているが 真面目に論文を読む者は多いとは言えないないから、とんでもない誤解をして、矛盾だと言ってきている。1/0=0/0=z/0 らが、普通の分数のように掛け算に結びつけると矛盾は直ぐに得られてしまう。したがって、定義された経緯、意味を正確に理解するのが 大事である。数学では、定義をしっかりさせる事は基本である。― ゼロ除算について、情熱をかけて研究している者で、ゼロ除算の定義をしっかりさせないで混乱している者が多い。次に関数y=1/xの原点における値がゼロである は 実は定義であるが、それについて、面白い見解は世に多い。アリストテレス(Aristotelēs、前384年 - 前322年3月7日)の世界観の強い影響である。ゼロ除算の歴史を詳しく調べている研究者の意見では、ゼロ除算を初めて考えたのはアリストテレスで真空、ゼロの比を考え、それは考えられないとしているという。ゼロ除算の不可能性を述べ、アリストテレスは 真空、ゼロと無限の存在を嫌い、物理的な世界は連続であると考えたという。西欧では アリストテレスの影響は大きく、聖書にも反映し、ゼロ除算ばかりではなく、ゼロ自身も受け入れるのに1000年以上もかかったという、歴史解説書がある。ゼロ除算について、始めから国際的に議論しているが、ゼロ除算について異様な様子の背景にはこのようなところにあると考えられる。関数y=1/xの原点における値が無限に行くと考えるのは自然であるが、それがx=0で突然ゼロであるという、強力な不連続性が、感覚的に受け入れられない状況である。解析学における基本概念は 極限の概念であり、連続性の概念である。ゼロ除算は新規な現象であり、なかなか受け入れられない。ゼロ除算について初期から交流、意見を交わしてきた20年来の友人との交流から、極めて基本的な誤解がある事が、2年半を越えて判明した。勿論、繰り返して述べてきたことである。ゼロ除算の運用、応用についての注意である。具体例で注意したい。例えば簡単な関数 y=x/(x -1) において x=1 の値は 形式的にそれを代入して 1/0=0 と考えがちであるが、そのような考えは良くなく、y = 1 + 1/(x -1) からx=1 の値は1であると考える。関数にゼロ除算を適用するときは注意が必要で、ゼロ除算算法に従う必要があるということである。分子がゼロでなくて、分母がゼロである場合でも意味のある広い世界が現れてきた。現在、ゼロ除算算法は広い分野で意味のある算法を提起しているが、詳しい解説はここでは述べないことにしたい。注意だけを指摘して置きたい。ゼロ除算は アリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における基礎的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の基礎的な部分の変更は かつて無かった事である。と述べ、大きな数学の改革を提案している:再生核研究所声明312(2016.07.14) ゼロ除算による 平成の数学改革を提案する以 上2016.8.17.16:442016.8.17.19:002016.8.18.06:302016.8.18.13:352016.8.18.15:002016.8.18.19:272016.8.19.06:15 今朝、ゼロ除算に関する凄いメールが3通来ていて、直ぐに返事を出した。これは完成、公表。
2017.01.31
再生核研究所声明348(2017.1.23) 個々の人間を離れて ―広い視野で ―トランプ政権の出現に際してトランプ政権の出現で、世情が物騒になる感じを多くの人が抱いているのではないだろうか。これは近年の時代背景を受けていると考えられる ― すなわち、内向、自己中心、我が身第一、力とお金の支配、余裕のなさ、競争社会、富める者と貧しき者の乖離等々、言わば野蛮な自然社会への逆戻りを感じさせる。一昔前は自由、平等、博愛、社会正義などの高い理想が掲げられていた。行き過ぎた国際化の混乱を受けて、余裕のない世情が内向きにさせていると言える。アメリカの利益を守ると公言し、強い国づくりとして軍拡を進め、煽り、自国の経済重視をしていけば、直ぐに反作用が生じて、結局は自らを困らせることになるのは時間の問題ではないだろうか。経済、世情は揺れ動くものであるが、軍拡だけは大いに気を付けて欲しい。緊張関係を煽って軍拡に走れば、歯止めが効かず、どんどんエスカレートが進み、結局は破局の地獄に向かってしまうだろう。その様な方向への膨大な資金とエネルギーを破壊に向けるよりは、かけがいのない環境を大事にし、民生を豊かにし、文化の向上に向けて欲しいと切望する。愚かな世界史を繰り返したくはない。特に トランプ大統領には、ニュートンの運動法則のように、作用、反作用の原理や慣性の法則は政治社会や経済社会でも成り立ち、適切なことでも急激な変化は社会を混乱させることに 注意して頂きたい。原始社会は、多くは自分たちの利益のために戦い、生存競争に明け暮れてきたと考えられる。そこで、世の聖人や宗教家たちは共生、共存、共感を説き人間の在るべきあり様を示してきたが、2000年以上の歳月を掛けても未だ大きな進歩が見られないのは誠に残念である。再生核研究所はそのような状況を憂えて、公正の原則を掲げて より良い世界を築こうと いろいろな提案を行っている。真智への愛が無ければ、人間は人間らしくなく、動物や生物と変わらない存在になってしまうだろう。― 生物的な要求や競争、権力争い、虚勢争いである。公正の原則とは相手の立場に想いを致すことが基本で、真智は普遍的で個々の人間の情や立場を超えたものである。学問・芸術・科学的な真実は個々の人間を超えたものである。世の政策なども例えば国家のあるべき姿、地方公共団体のあるべき姿は個々の人間を越えて、議論されるべきである。国家はどのように在るべきは、個々の政策の是非は個々の人間の立場を離れて議論され、科学的な真理の追究のように議論されるべきである。それこそが、視野を広げ、公正の原則を尊重できる精神、態度である。日本では、政治を広く議論する基礎が弱いようである。実際、政治的な発言は敬遠される世相が有ると言える。その根本的な原因は議論の対象、議論が 普遍的な観点では無く、個々の人間の立場の意見と混同しているからである。言わば、自己の私情と政策を混同して、政策論争になっていないからである。 ― 日本の国会議論を見ても、政策論争より相手を攻撃する、論争のための論争になっていて、何のための国会論争かと失望させられる。― 他方、イギリスなどの論争を見ると流石民主主義の国家の議会と感心させられてしまう。 逆に、世の多くの会議が上意下達の承認機関になっているような場合も多いように見られる。学術・研究などでもそのような面があるのではないだろうか。真理の追究の本来の活動から離れて、形式的な研究会や会合を繰り返し、実りある真理の追究のための活動になっていない場合が世には多いのではないだろうか。評価、評価の世界的な傾向を受けて、見せかけ上の評価を良くするための虚しい努力も多いようである。本末転倒の世相が広く感じられる。政治でも、研究でも真智への愛が大事である。それらは個々の人間を離れて存在するものであるから、自由に、社会を良くするにはどうしたら良いか、また真理はどのようになっているかと問い、真智への愛を、精神を大事にして行きたい。以 上2017.1.20.13:002017.1.21.15:37 ファイルを消してしまう。記録から、再構成。2017.1.21.19:212017.1.22.06:152017.1.22.14:20 暖かな良い日和2017.1.22.17:532017.1.23.06:00 晴天、暖かな朝。2017.1.23.06:15完成、公表。
2017.01.31
再生核研究所声明325(2016.10.14) ゼロ除算の状況について ー 研究・教育活動への参加を求めてアリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における初歩的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の初歩的な部分の期待される変更は かつて無かった事である。ユークリッドの考えた空間と解析幾何学などで述べられる我々の空間は実は違っていた。いわゆる非ユークリッド空間とも違う空間が現れた。不思議な飛び、ワープ現象が起きている世界である。ゼロと無限の不思議な関係を述べている。これが我々の空間であると考えられる。そこで、最近の成果を基に現状における学術書、教科書の変更すべき大勢を外観して置きたい。特に、大学学部までの初等数学において、日本人の寄与は皆無であると言えるから、ゼロ除算の教育、研究は日本人が数学の基礎に貢献できる稀なる好機にもなるので、数学者、教育者など関係者の協力、参加をお願いしたい。先ず、数学の基礎である四則演算において ゼロでは割れない との世の定説を改め、自然に拡張された分数、割り算で、いつでも四則演算は例外なく、可能であるとする。数学はより美しく、完全であった。さらに、数学の奥深い世界を示している。ゼロ除算を含む体の構造、山田体が確立している。その考えは、殆ど当たり前の従来の演算の修正であるが、分数における考え方に新規で重要、面白い、概念がある。その際、小学生から割り算や分数の定義を除算の意味で 繰り返し減法(道脇方式)で定義し、ゼロ除算は自明であるとし 計算機が割り算を行うような算法で 計算方法も指導する。― この方法は割り算の簡明な算法として児童・生徒たちにも歓迎されるだろう。反比例の法則や関数y=1/xの出現の際には、その原点での値はゼロであると 定義する。その広範な応用は 学習過程の進展に従って どんどん触れて行くこととする。応用する。いわゆるユークリッド幾何学の学習においては、立体射影の概念に早期に触れ、ゼロ除算が拓いた新しい空間像を指導する。無限、無限の彼方の概念、平行線の概念、勾配の概念を変える必要がある。どのように、如何に、カリキュラムに取り組むかは、もちろん、慎重な検討が必要で、数学界、教育界などの関係者による国家的取り組み、協議が必要である。重要項目は、直交座標系で y軸の勾配はゼロであること。真無限における破壊現象、接線などの新しい性質、解析幾何学との美しい関係と調和。すべての直線が原点を代数的に通り、平行な2直線は原点で代数的に交わっていること。行列式と破壊現象の美しい関係など。三角関数や初等関数でも考え方を修正、補充する。直線とは、そもそも、従来の直線に原点を加えたもので、平行線の公理は実は成り立たず、我々の世界は、ユークリッド空間でも、いわゆる非ユークリッド幾何学でもない、新しい空間である。原点は、あらゆる直線の中心になっている。大学レベルになれば、微積分、線形代数、微分方程式、複素解析をゼロ除算の発展の成果で修正、補充して行く。複素解析学におけるローラン展開の学習以前でも形式的なローラン展開(負べき項を含む展開)の中心の値をゼロ除算で定義し ― ゼロ除算算法、広範な応用を展開する。最も顕著な例は、tan 90度 の値がゼロであることで、いろいろ幾何学的な説明は、我々の空間の認識を変えるのに教育的で楽しい題材である。特に微分係数が正や負の無限大に収束(発散)する時、微分係数をゼロと修正することによって、微分法の多くの公式や定理の表現が簡素化され、教科書の結構な記述の変更が要求される。媒介変数を含む多くの関数族は、ゼロ除算 算法で統一的な視点が与えられる。多くの公式の記述が簡単になり、修正される。新しい、関数の素性が見えてくる。複素解析学において 無限遠点はゼロで表現されると、コペルニクス的変更(無限とされていたのが実はゼロだった)を行い、極の概念を次のように変更する。極、特異点の定義は そのままであるが、それらの点の近傍で、限りなく無限の値に近づく値を位数まで込めて取るが、特異点自身では、ゼロ除算に言う、有限確定値をとるとする。その有限確定値のいろいろ幾何学的な意味を学ぶ。古典的な鏡像の定説;原点の 原点を中心とする円に関する鏡像は無限遠点であるは、誤りであり、修正し、ゼロであると いろいろな根拠によって説明する。これら、無限遠点の考え方の修正は、ユークリッド以来、我々の空間に対する認識の世界史上における大きな変更であり、数学を越えた世界観の変更を意味している。これはアリストテレスの世界の連続性の概念を変えるもので強力な不連続性を示している。 ― この文脈では天動説が地動説に変わった歴史上の事件が想起される。ゼロ除算は 物理学を始め、広く自然科学や計算機科学への大きな影響があり、さらに哲学、宗教、文化への大きな影響がある。しかしながら、ゼロ除算の研究成果を教科書、学術書に遅滞なく取り入れていくことは、真智への愛、真理の追究の表現であり、四則演算が自由にできないとなれば、数学者ばかりではなく、人類の名誉にも関わることである。実際、ゼロ除算の歴史は 止むことのない闘争の歴史とともに人類の恥ずべき人類の愚かさの象徴となるだろう。世間ではゼロ除算について不適切な情報が溢れていて 今尚奇怪で抽象的な議論によって混乱していると言える。― 美しい世界が拓けているのに、誰がそれを閉ざそうと、隠したいと、無視したいと考えられるだろうか。我々は間違いを含む、不適切な数学を教えていると言える: ― 再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判 ―。地動説のように真実は、実体は既に明らかである。 ― 研究と研究成果の活用の推進を 大きな夢を懐きながら 要請したい。 研究課題は基礎的で関与する分野は広い、いろいろな方の研究・教育活動への参加を求めたい。素人でも数学の研究に参加できる新しい初歩的な数学を沢山含んでいる。ゼロ除算は発展中の世界史上の事件、問題であると言える。以 上追記:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdf DOI:10.12732/ijam.v27i2.9.Qian,T./Rodino,L.(eds.): Mathematical Analysis, Probability and Applications -Plenary Lectures: Isaac 2015, Macau, China. (Springer Proceedings in Mathematics and Statistics, Vol. 177) Sep. 2016 305 pp. (Springer) Paper:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesDear Prof. Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohWith reference to above, The Editor-in-Chief IJMC (Prof. Haydar Akca) accepted the your paper after getting positive and supporting respond from the reviewer.Now, we inform you that your paper is accepted for next issue of International Journal of Mathematics and Computation 9 Vol. 28; Issue 1, 2017),数学基礎学力研究会のホームページURLはhttp://www.mirun.sctv.jp/~suugaku2016.10.07。14:372016.10.08。07:04 曇り2016.10.08。12:09 買い物帰り、天気予報に反して、晴れ間も出る。2016.10.08。14:132016.10.08.16:252016.10.08.18:352016.10。09.06:262016.10.09.09:382016.10.09.13:12 ススキが美しい季節2016.10.09.20:40 フーリエ係数にゼロ除算算法の応用を発見する。2016.10.10.06:062016.10.10.16:08 庭掃除、いろいろな木も切る。2016.10.11.06:35 曇り。2016.10.11.10:002016.10.12.06:10 晴れ間2016.10.12.11:15 晴れ、ある英文版を書き始める。買い物に出かける。2016.10.12.16:17 英文の素案は出来る。2016.10.12.19:252016.10.13.06:17 曇り、寒くなって来る。2016.10.13.10:582016.10.13.13:472016.10.13.14:232016.10.13.18:502016.10.13.22:23 良い、寒くなる。2016.10.14.06:20 良い、完成出来る。禁断の演算「ゼロで割る」を古いコンピューターにさせたところパニック状態にhttp://www.gizmodo.jp/2016/04/why_you_should_not_divide_by_z.html?utm_source=yahoo&utm_medium=news&utm_campaign=201610このような情報を友人が送ってきた。計算機障害の実害に触れるべきだった。2016.10.14.06:40 完成、公表。2016.10.19.06:39 曇り、精読、修正なし。関係者に配布。2016.10.19.10:10 修正すべきことはない。2016.10.20.06:24 良い、修正はない。2016・10.20.14:20 散歩の後2016.10.21.05:43 快晴、美しい月、直線、無限遠点と言っているとき、座標系は導入されていると考える。2人、原点を直線に含めることに違和感を感じて来たので、2016.10.22.06:30 修正なし。2016.10.23.05:06 良い、修正なし。2016.10.24.06:54 快晴、修正なし。2016.10.26.06:36 快晴、修正なし。2016.10.27.07:02 快晴、修正なし。2016.10.29.06:00 雨上がり、美しい朝。2016.10.31.14:33 曇り。2016.11.04.06:10 快晴、良い、修正希望なし。2016.11.06.06:55 暖かな朝2016.11.07.06:36 5日著書到着、晴天。2016.11.09.05:34 快晴、風強い、修正なし。2016.11.13.20:36 良い。2016,11,19.06:09 小雨降り出す。2016.11.20.06:10快晴、輝く月。2016.12.12.06:18 快晴、免許講習日。
2017.01.30
再生核研究所声明351(2017.1.30) トランプ壁についての提言 ― トランプ大統領の公約再生核研究所声明348で トランプ大統領に対する希望と政治社会などにも真智への愛は大事で、科学的真理と同様に 個々の人間及び個人の私情を越えて 言わば論理的、客観的に議論すべきであるとして、自由に国の在りようなども議論すべきであるとした。国の在りようなども 真理の追究のように考えて行こうと述べている。ここでは、トランプ大統領の公約、メキシコとアメリカの国境に壁を建設して 不法な入国を禁じる処置を強力に進めようとしていることに対する 見解を述べたい。勿論、壁の建設は公約であるから、建設することは既に大統領令を発していることからも分かるように、尊重されなければならないのは当然である。しかしながら、大統領令は予算処置や相手国との関係にも左右され、具体的な建設のありようには柔軟性があるから、具体的な進め方は 大いに検討されるべきではないだろうか。トランプ大統領のこのような方針は 国際化の行き過ぎの反動で 少し時間がかかっても 建設しようとする壁は 長期的には万里の長城のように無駄な 無用の、人類の愚かさの象徴としての記念碑に成りかねないのではないだろうか。特に 万里の長城の建設が中国の自然環境を著しく悪化させた事実を反省したい。膨大な経費のマイナスの浪費である。他方、最近は同じように世界の趨勢で 高いEUの理念は少しぐらついてはいるもののEUが国境をなくするように、交流を自由にし、大きな1つの国家になるような方向を目指した、言わば歴史の大義に基づいたありようを 重く受け止めて置きたい。当分、国境を言わば高くしたい それは公約でもあり、その方策を講じるのは当然である。そこで、長期的な観点、環境、労力、資金などの観点、長期的な歴史上の観点を考えて、上手い壁を建設できないものか と思考すべきではないだろうか。勿論、アメリカには世界の頭脳が集まり、それらを活かす開かれた議論を可能とする素晴らしい伝統と文化基盤を有している。そこで、国境を実際的に高くするという、条件のもので、具体的な壁建設の構想を広く議論して、将来世界史でも評価されるような壁を建設すべきではないだろうか。我々の時代に、バカ殿様の壁とか、人類の愚かさの記念碑などとならないような、歴史に耐えられる壁を建設して頂きたいと 意見を表明しておきたい。以 上2017.1.28.14:302017.1.28.15:40 暖かな早春を思わせる良い日、布団を干し、ふきの頭を採る。2017.1.28.20:102017.1.29.06:132017.1.29.19:342017.1.30.06:12 美しい、星空の暖かな朝、完成、公表。
2017.01.30
ゼロと真無限との一致を述べているそれが図形と幾何学にきちんと出ている。 急に発見したことの素晴らしさの感動が湧いて来た。 楽しいのでは? ゼロに行くのが無限に行くのと一致していて図に明確に表現されている。今日の発見、堪らなく楽しい。 正ゼロ角形とは、円のことで、それは、ゼロと真無限との一致を述べている:S先生:今朝でも 少し不安な気持ちが下記のようにあったのですが、山間部を散歩していて確信と堪らなく楽しい気持ちが湧いてきました。 本当は もっと早く気づくべきでした。 これで すっかり理解できるのでは。ゼロ角形とは、実は真無限角形の数学的な表現です。 真無限は 数ゼロで表されていることです。すると、状況は良く 幾何学的に想像できます。 無限多角形ですから、円に近づく、真無限では 円そのものです。 ところがその長さなど、 従来の算法では 円の情報を捉えられないですね。ゼロ除算算法が それを捉えている ということです。この発見は、相当に素晴らしいですね。 奥村先生の例とともに 驚嘆すべき、発見ですね。2017.1.28.10:00この考えは適当かと、考える?ゼロは、真無限や不可能性, 空などを表していて、数学を越えて深い意味があることが分かります。下記は如何でしょうか。正2角形 正1角形 正0角形 とはなんでしょうか.面積や周の長さから考えると 考えられる。何と正0角形は?凄いことが言えている。 ゼロの偉大なる世界。 図を見てください。新しい世界です。299-651650で円に内接する ゼロ角形 とは円のことであると述べました。298-650これはゼロの深い意味が出ているように感じられますね。円に内接する セロ正多角形 は 円である。 ゼロには 想像していたような意味以外にも いろいろ深い意味があるのでは? そのような深い意味を発見していきたい。 面白いのでは?夕食をとりながら、気になり、1角形、2角形が気になったり、それでは 週の長さ では どうなるかと考えました。図のようにちょうど合っていることが分かります。ゼロの意味の 深い性質を覗かせていますね。 凄いですね:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.29
これは凄いことでは? 正しく適当であることを、間違いだとしてきた。世界史の恥になるだろう: ー ゼロと算術の確立者は、1300年も前に、ゼロ除算 0/0=0 を述べていた。ところが現在に至るも、それは間違いだとされている。ところが、最近の研究で、実は それは適切、正しいことが分かった。 他方、 アインシュタインの理論から、0/0=1 だと主張して 譲らないものも居る。 おかしな 事件では?By a {\bf natural extension} of the fractions\begin{equation}\frac{b}{a}\end{equation}for any complex numbers $a$ and $b$, we found the simple and beautiful result, for any complex number $b$\begin{equation}\frac{b}{0}=0,\end{equation}incidentally in \cite{s} by the Tikhonov regularization for the Hadamard product inversions for matrices and we discussed their properties and gave several physical interpretations on the general fractions in \cite{kmsy} for the case of real numbers.The division by zero has a long and mysterious story over the world (see, for example, H. G. Romig \cite{romig} and Google site with the division by zero) with its physical viewpoints since the document of zero in India on AD 628. In particular, note that Brahmagupta (598 -668 ?) established the four arithmetic operations by introducing $0$ and at the same time he defined as $0/0=0$ in (Brāhmasphuṭasiddhānta). Our world history, however, stated that his definition $0/0=0$ is wrong over 1300 years, but, we will see that his definition is suitable. However, we do not know the meaning and motievation of the definition of $0/0=0$, furthermore, for the important case $1/0$ we do not know any result there. However,Sin-Ei Takahasi (\cite{kmsy}) established a simple and decisive interpretation (1.2) by analyzing the extensions of fractions and by showing the complete characterization for the property (1.2):\bigskip{\bf Proposition 1. }{\it Let F be a function from ${\bf C }\times {\bf C }$ to ${\bf C }$ satisfying$$F (b, a)F (c, d)= F (bc, ad) $$for all$$a, b, c, d \in {\bf C }$$and$$F (b, a) = \frac {b}{a }, \quad a, b \in {\bf C }, a \ne 0.$$Then, we obtain, for any $b \in {\bf C } $$$F (b, 0) = 0.$$}Note that the complete proof of this proposition is simply given by 2 or 3 lines.We {\bf should define $F(b,0)= b/0 =0$}, in general.\medskipWe thus should consider, for any complex number $b$, as (1.2);that is, for the mapping\begin{equation}W = \frac{1}{z},\end{equation}the image of $z=0$ is $W=0$ ({\bf should be defined}). This fact seems to be a curious one in connection with our well-established popular image for the point at infinity on the Riemann sphere. Therefore, the division by zero will give great impact to complex analysis and to our ideas for the space and universe.The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.28
303-655メープルで n=0の場合、統一的に扱えないので、困っているようです。 そこは ゼロ除算算法で できますね。ロピタル、微分法では ただではできませんね。 ゼロ除算算法の 優秀性を述べている: The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.28
瀬沼先生: 今朝でも 少し不安な気持ちが下記のようにあったのですが、山間部を散歩していて確信と堪らなく楽しい気持ちが湧いてきました。 本当は もっと早く気づくべきでした。 これで すっかり理解できるのでは。ゼロ角形とは、実は真無限角形の数学的な表現です。 真無限は 数ゼロで表されていることです。すると、状況は良く 幾何学的に想像できます。 無限多角形ですから、円に近づく、真無限では 円そのものです。 ところがその長さなど、 従来の算法では 円の情報を捉えられないですね。ゼロ除算算法が それを捉えている ということです。 この発見は、相当に素晴らしいですね。 奥村先生の例とともに 驚嘆すべき、発見ですね。 敬具齋藤三郎2017.1.28.10:00 この考えは適当かと、考える?ゼロは、真無限や不可能性, 空などを表していて、数学を越えて深い意味があることが分かります。下記は如何でしょうか。正2角形 正1角形 正0角形 とはなんでしょうか.面積や周の長さから考えると 考えられる。何と正0角形は?凄いことが言えている。 ゼロの偉大なる世界。 図を見てください。新しい世界です。299-651650で円に内接する ゼロ角形 とは円のことであると述べました。298-650これはゼロの深い意味が出ているように感じられますね。円に内接する セロ正多角形 は 円である。 ゼロには 想像していたような意味以外にも いろいろ深い意味があるのでは? そのような深い意味を発見していきたい。 面白いのでは?夕食をとりながら、気になり、1角形、2角形が気になったり、それでは 週の長さ では どうなるかと考えました。図のようにちょうど合っていることが分かります。ゼロの意味の 深い性質を覗かせていますね。 凄いですね:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.28
ゼロと算術の確立者は、1300年も前に、ゼロ除算 0/0=0 を述べていた。ところが現在に至るも、それは間違いだとされている。ところが、最近の研究で、実はそれは適切、正しいことが分かった。 他方、 アインシュタインの理論から、0/0=1 だと主張して 譲らないものも居る。おかしな事件では?By a {\bf natural extension} of the fractions\begin{equation}\frac{b}{a}\end{equation}for any complex numbers $a$ and $b$, we found the simple and beautiful result, for any complex number $b$\begin{equation}\frac{b}{0}=0,\end{equation}incidentally in \cite{s} by the Tikhonov regularization for the Hadamard product inversions for matrices and we discussed their properties and gave several physical interpretations on the general fractions in \cite{kmsy} for the case of real numbers. The division by zero has a long and mysterious story over the world (see, for example, H. G. Romig \cite{romig} and Google site with the division by zero) with its physical viewpoints since the document of zero in India on AD 628. In particular, note that Brahmagupta (598 - 668 ?) established the four arithmetic operations by introducing $0$ and at the same time he defined as $0/0=0$ in (Brāhmasphuṭasiddhānta). Our world history, however, stated that his definition $0/0=0$ is wrong over 1300 years, but, we will see that his definition is suitable. However, we do not know the meaning and motievation of the definition of $0/0=0$, furthermore, for the important case $1/0$ we do not know any result there. However, Sin-Ei Takahasi (\cite{kmsy}) established a simple and decisive interpretation (1.2) by analyzing the extensions of fractions and by showing the complete characterization for the property (1.2): \bigskip {\bf Proposition 1. }{\it Let F be a function from ${\bf C }\times {\bf C }$ to ${\bf C }$ satisfying$$F (b, a)F (c, d)= F (bc, ad) $$for all$$a, b, c, d \in {\bf C }$$and$$F (b, a) = \frac {b}{a }, \quad a, b \in {\bf C }, a \ne 0.$$Then, we obtain, for any $b \in {\bf C } $$$F (b, 0) = 0.$$} Note that the complete proof of this proposition is simply given by 2 or 3 lines.We {\bf should define $F(b,0)= b/0 =0$}, in general.\medskipWe thus should consider, for any complex number $b$, as (1.2);that is, for the mapping\begin{equation}W = \frac{1}{z},\end{equation}the image of $z=0$ is $W=0$ ({\bf should be defined}). This fact seems to be a curious one in connection with our well-established popular image for the point at infinity on the Riemann sphere. Therefore, the division by zero will give great impact to complex analysis and to our ideas for the space and universe.The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.28
忙しいのでは?ゼロ除算算法という計算によれば、それらが円の場合の結果になりますから、楽しいのです。図のような場合、意味があり、対応する結果がどんどん出ます。ゼロ除算算法は既に確定した、新しい計算法で ロピタルを超えていますね。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.27
302-654数学は完全で美しいことが期待される。 数学は 例外なく世界を 説明できることが 期待される。 図では、3質点が一致した場合、回転はなく、オメガーはゼロが適当ですね。 これがゼロ除算の結果です。 現代数学では、不可能か、無限大とされていますが、それはおかしいのではないでしょうか。 例外点や特異点には、実は 大事なことが隠されている。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.27
正2角形 正1角形 正0角形 とはなんでしょうか.面積や周の長さから考えると 考えられる。何と正0角形は?凄いことが言えている。 ゼロの偉大なる世界。 図を見てください。新しい世界です。299-651650で円に内接する ゼロ角形 とは円のことであると述べました。298-650これはゼロの深い意味が出ているように感じられますね。円に内接する セロ正多角形 は 円である。 ゼロには 想像していたような意味以外にも いろいろ深い意味があるのでは? そのような深い意味を発見していきたい。 面白いのでは?夕食をとりながら、気になり、1角形、2角形が気になったり、それでは 週の長さ では どうなるかと考えました。図のようにちょうど合っていることが分かります。ゼロの意味の 深い性質を覗かせていますね。 凄いですね:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.27
300-652ゼロを引いてロビタルが使える。 引かないでも ゼロ除算で固有の関数が出てくる。ここには何か大きな問題があるのでは? ゼロの世界は 雄大、豊か。 消えていった世界と観れば、限りない世界。逆に観れば、無から、ゼロから どんどん生まれてくる。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.26
297-649因数分解出来る時、ゼロ除算算法は簡単に求められますね。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research 298-650これはゼロの深い意味が出ているように感じられますね。円に内接する セロ正多角形 は 円である。 ゼロには 想像していたような意味以外にも いろいろ深い意味があるのでは? そのような深い意味を発見していきたい。 面白いのでは?The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.25
再生核研究所声明350(2017.1.25) 日本国の在りようについての考察 ― トランプ大統領就任の機会に再生核研究所声明348で トランプ大統領に対する希望と政治社会などにも真智への愛は大事で、科学的真理と同様に 個々の人間及び個人の私情を越えて 言わば論理的、客観的に議論すべきであるとして、自由に国の在りようなども議論すべきであるとした。国の在りようなども真理の追究のように考えて行こうと述べている。そこで、ここでは例として、日本国の在りようについて 現実的に全体的に述べてみたい。まずは、日本国の危機に繋がる尖閣諸島問題を簡潔に述べたい: これは次に良く表現されていると考える:恥ずかしい、NHK 始め 日本のマスコミ:再生核研究所声明324(2016.10:01) 日本国民の初歩的な誤解―真相を知らされていない:石原元都知事が「中国挑発」 尖閣でクリントン氏発言 /沖縄内部告発サイト「ウィキリークス」が米大統領選候補のクリントン氏が米金融大手で行った非公式の講演会の内容を公開した件で、クリントン氏が尖閣問題について、従来棚上げ状態だったものが「中央政府に行動を強いた日本の国粋主義者によって悪化した」と発言していたことが分かった。石原慎太郎元東京都知事による尖閣諸島購入の動きが中国を挑発したとした。クリントン氏は当時、外交政策を取り仕切る国務長官で、同氏が大統領に就任した場合、尖閣問題については、日本側が緊張を高めたとの認識に基づく対応を取ることが考えられる。 ウィキリークスが公開したのは2013年6月4日に米金融大手ゴールドマン・サックスで行われた講演の記録。 クリントン氏は尖閣を巡る従来の日中の対応は「お互いに何もせず、あまり関心を払わず、そのままにしておこう」という方針だったと説明。しかし「(石原元)東京都知事が個人所有だった尖閣諸島を買おうとし、中国を直接的に挑発した」とした。「その後、日本政府が『東京都知事に買わせてはまずい。中央政府として購入すべきではないか』ということになり、政府が国有化を決断した」と話した。(琉球新報)http://mainichi.jp/articles/20161019/rky/00m/030/008000c尖閣、領有宣言などして良いことはありましたか。近づくこともできず、警戒と緊張、軍拡、アジアに緊張を もたらしている。ぼんやりしていると、戦乱、アジア壊滅に。島は、都のものになったのでしょうか? 購入するなど 馬鹿げたことを考えていた人がいたのでは? 情けない。アジアに内乱が起きたらどうなるかと 真面目に考える必要が。良心的な政治家、カーター大統領は 尖閣は、日本が悪いと言っていましたね。 NHK はじめ、日本のマスコミは、真相を報道せず、一方的に日本の立場しか伝えていない。 なぜ尖閣問題は 起きたか、考えるべきでは?単細胞的に、理論的に考えれば、尖閣問題は 日本の負けでは?日本の賢明な対応は 挑発者の断罪と謝罪では?早いほうが良い。 しかし、中国がサッチャー首相のように軍を出せば、消耗戦になり、中国と日本は 壊滅になるのでは? 中国と対峙する愚かなことを志向せず、和の精神を大事にして友好関係に努力すべきである。しかるに日本政府は、中国を封じ込めのような虚しい努力を 周辺国に資金をばら撒きながら行っていると考えられる。次に、対アメリカ関係であるが、日米関係は日本外交の要であるから、日米友好同盟関係を気遣うは当然である。トランプ大統領は自国優先を公言している。そこで、これを活かして呼応すべきである。米軍の駐留費の増額などを求めて来るような場面では、日本の防衛安全は 日本国ができるだけ自力で行なう姿勢を鮮明にし、駐留規模の縮小を目指し、日本軍の充実で対応する。アジアの緊張関係を緩めるためにも、上記中国との関係改善、友好関係を進めるべきである。自国の防衛、安全政策であるが、専守防衛構想で、ハードなものは抑制気味、対情報、宣伝戦、治安に対する総合力を高める必要があるのではないだろうか。日本外交の能力不足は 日・韓国関係の変な状況にも顕に現れている。靖国神社問題、慰安婦問題何れも的外れの中傷、言いがかりである、それらを封じられないのは日本の外交戦略ができておらず、情報宣伝能力が弱く、情報戦で圧倒されているからである。情報戦は次時代の戦争に当たる、文化戦になるのではないだろうか。そのような面での総合的な国家戦略が求められる。そこで、国の方向は次のように述べたい:要するに国家はどのように考えれば良いか。文教予算を大幅に増加させ、大学の教職員の待遇を良くし、人員を増加させ、設備を良くするように国策として進めるべきである。― 中国は国策として、数学の研究と教育を重視し、それゆえ、数学の分野での躍進が近年目覚しい。中国が積極的に学生を広い世界に派遣しているのは顕著な事実である。他方、日本では、そのような力を失っているように見える。日本の財政状況が相当に厳しいのは勿論承知している。しかしながら、他方、海外援助を相当派手に(バラマキのような状況とも言える)やっており、さらに、軍事費を大幅に増加させている。海外援助や軍備拡大と大学のどちらを重要視するかの観点で考えるべきである。大学は人を育て、文化を創造、発展させていく原動力、拠点ではないだろうか。民族の、国家の命運を掛けて充実させて行くべきではないだろうか。兵器など軍事援助や治安の援助、経済援助ではなく、文化面での国際貢献を志向したい。香り高い文化で 美しい日本国を侵略する、誹謗する国など 世界に存在しないような、世界がそのようなことを許さないような 日本国の在り様を目指したい。今尚、国家の安全を深く、広く思考し、対策を総合的に講ずるのは勿論大事である。さらに、優秀な研究者、思想家、芸術家を育成し、世界に展開し、世界史を進化させるような大物人物をどんどん輩出させたいものである(再生核研究所声明349(2017.1.24))。以 上2017.1.23.13:052017.1.23.15:342017.1.23.19:282017.1.24.06:502017.1.24.10:122017.1。24.13:552017.1.25.06:03 良い完成。
2017.01.25
再生核研究所声明342(2017.1.9)日本の外交についての考察再生核研究所声明343(2017.1.10)オイラーとアインシュタイン再生核研究所声明344 (2017.1.11)理解できない韓国の慰安婦像建立の意思再生核研究所声明345 (2017.1.12)弱い日本の国家戦略再生核研究所声明346(2017.1.16) 愛について、愛の深まり 再生核研究所声明347(2017.1.18) 真実を語って処刑された者再生核研究所声明348(2017.1.23) 個々の人間を離れて ―広い視野で ―トランプ政権の出現に際して再生核研究所声明349(2017.1.24) 衰退する日本の大学 ― 国を憂えて生核研究所声明350(2017.1.25) 日本国の在りようについての考察 ― トランプ大統領就任の機会に
2017.01.24
295-647arc tan 0 は2つの値をとる、tan (\pi/2) =0 は ゼロ除算が発見した大事な値です。 極限値、近づく値と そこで定義されている値が違っていた:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.24
再生核研究所声明349(2017.1.24) 衰退する日本の大学 ― 国を憂えて大学の現状を憂えてその印象を率直に簡潔に表現してみよう。まず、大学共通テストの弊害を述べてきたが、それは世の多くの人の危惧のように、日本の教育を歪めてきたと考えられる。十分に触れてきたが、画一的なパターン化した、言わば偏差値による個性のない、大学の出現である ― 哲学的精神の欠落、人物たる教育の欠落である。大義がなく、道もない。真智への愛もない:再生核研究所声明329(2016.10.31) 大学入試の在り様について ― 現実と負担の視点から再生核研究所声明283 (2016.2.8) 受験勉強が過熱化した場合の危惧について再生核研究所声明260 (2015.12.07) 受験勉強、嫌な予感がした ― 受験勉強が過熱化した場合の弊害再生核研究所声明152(2014.3.21) 研究活動に現れた注目すべき現象、研究の現場次に、いわゆる大学の法人化による相当な混乱である。迂闊にも大学法人化の弊害、悪い影響について述べて来ていないことが分かった。その後に続いて起きてきたのが、定常的な大学予算の減少、教員待遇の悪化、特に大学の事務体制の弱体化である。教員には 研究費、処遇の悪化に反して、教員評価、研究業績など大きな圧力が掛かり、さらに、社会貢献やいろいろな用務の増大で教育や研究どころではない状況が多くの大学に見られる。特に、いわゆる、研究初期の大事な時期、博士論文の性急さや最初の就職先の雇用の厳しさ、任期制付きなど処遇が不安定で、研究体制の弱体化は相当に酷いと言える。創造性の厳しさ、困難さを考慮すれば、人生設計でも生活面でも十分な余裕のある環境でなければ良い研究活動ができないのは当然である。社会の厳しさが大学に皺寄せられ、特に若い世代の処遇、環境を悪化させている。事務組織の弱体化は 大学の雰囲気そのものを悪くさせている。臨時的な雇用やパートなどで賄えば、その不安定な状況は 香り高い大学の雰囲気を損ねるのは当然である。息の永い真理の追究、学芸、芸術にはそれなりの良い環境が求められるのは当然である。要するに国家はどのように考えれば良いか。文教予算を大幅に増加させ、大学の教職員の待遇を良くし、人員を増加させ、設備を良くするように国策として進めるべきである。― 中国は国策として、数学の研究と教育を重視し、それゆえ、数学の分野での躍進が近年目覚しい。中国が積極的に学生を広い世界に派遣しているのは顕著な事実である。他方、日本では、そのような力を失っているように見える。日本の財政状況が相当に厳しいのは勿論承知している。しかしながら、他方、海外援助を相当派手に(バラマキのような状況とも言える)やっており、さらに、軍事費を大幅に増加させている。海外援助や軍備拡大と大学のどちらを重要視するかの観点で考えるべきである。大学は人を育て、文化を創造、発展させていく原動力、拠点ではないだろうか。民族の、国家の命運を掛けて充実させて行くべきではないだろうか。兵器など軍事援助や治安の援助、経済援助ではなく、文化面での国際貢献を志向したい。香り高い文化で 美しい日本国を侵略する、誹謗する国など 世界に存在しないような、世界がそのようなことを許さないような 日本国の在り様を目指したい。今尚、国家の安全を深く、広く思考し、対策を総合的に講ずるのは勿論大事である。さらに、優秀な研究者、思想家、芸術家を育成し、世界に展開し、世界史を進化させるような大物人物をどんどん輩出させたいものである。以 上2017.1.21.14:522017.1.21.15:562017.1.21.19:312017.1.22.06:342017.1.22.14:302017.1.22.17:592017.1.23.06:102017.1.23.11:222017.1.23.19:202017.1.23.06:22 ガス湯沸器具にトラブル、寒い朝、快晴。2017.1.23.06:55 完成、公表。
2017.01.24
再生核研究所声明348(2017.1.23) 個々の人間を離れて ―広い視野で ―トランプ政権の出現に際してトランプ政権の出現で、世情が物騒になる感じを多くの人が抱いているのではないだろうか。これは近年の時代背景を受けていると考えられる ― すなわち、内向、自己中心、我が身第一、力とお金の支配、余裕のなさ、競争社会、富める者と貧しき者の乖離等々、言わば野蛮な自然社会への逆戻りを感じさせる。一昔前は自由、平等、博愛、社会正義などの高い理想が掲げられていた。行き過ぎた国際化の混乱を受けて、余裕のない世情が内向きにさせていると言える。アメリカの利益を守ると公言し、強い国づくりとして軍拡を進め、煽り、自国の経済重視をしていけば、直ぐに反作用が生じて、結局は自らを困らせることになるのは時間の問題ではないだろうか。経済、世情は揺れ動くものであるが、軍拡だけは大いに気を付けて欲しい。緊張関係を煽って軍拡に走れば、歯止めが効かず、どんどんエスカレートが進み、結局は破局の地獄に向かってしまうだろう。その様な方向への膨大な資金とエネルギーを破壊に向けるよりは、かけがいのない環境を大事にし、民生を豊かにし、文化の向上に向けて欲しいと切望する。愚かな世界史を繰り返したくはない。特に トランプ大統領には、ニュートンの運動法則のように、作用、反作用の原理や慣性の法則は政治社会や経済社会でも成り立ち、適切なことでも急激な変化は社会を混乱させることに 注意して頂きたい。原始社会は、多くは自分たちの利益のために戦い、生存競争に明け暮れてきたと考えられる。そこで、世の聖人や宗教家たちは共生、共存、共感を説き人間の在るべきあり様を示してきたが、2000年以上の歳月を掛けても未だ大きな進歩が見られないのは誠に残念である。再生核研究所はそのような状況を憂えて、公正の原則を掲げて より良い世界を築こうと いろいろな提案を行っている。真智への愛が無ければ、人間は人間らしくなく、動物や生物と変わらない存在になってしまうだろう。― 生物的な要求や競争、権力争い、虚勢争いである。公正の原則とは相手の立場に想いを致すことが基本で、真智は普遍的で個々の人間の情や立場を超えたものである。学問・芸術・科学的な真実は個々の人間を超えたものである。世の政策なども例えば国家のあるべき姿、地方公共団体のあるべき姿は個々の人間を越えて、議論されるべきである。国家はどのように在るべきは、個々の政策の是非は個々の人間の立場を離れて議論され、科学的な真理の追究のように議論されるべきである。それこそが、視野を広げ、公正の原則を尊重できる精神、態度である。日本では、政治を広く議論する基礎が弱いようである。実際、政治的な発言は敬遠される世相が有ると言える。その根本的な原因は議論の対象、議論が 普遍的な観点では無く、個々の人間の立場の意見と混同しているからである。言わば、自己の私情と政策を混同して、政策論争になっていないからである。 ― 日本の国会議論を見ても、政策論争より相手を攻撃する、論争のための論争になっていて、何のための国会論争かと失望させられる。― 他方、イギリスなどの論争を見ると流石民主主義の国家の議会と感心させられてしまう。 逆に、世の多くの会議が上意下達の承認機関になっているような場合も多いように見られる。学術・研究などでもそのような面があるのではないだろうか。真理の追究の本来の活動から離れて、形式的な研究会や会合を繰り返し、実りある真理の追究のための活動になっていない場合が世には多いのではないだろうか。評価、評価の世界的な傾向を受けて、見せかけ上の評価を良くするための虚しい努力も多いようである。本末転倒の世相が広く感じられる。政治でも、研究でも真智への愛が大事である。それらは個々の人間を離れて存在するものであるから、自由に、社会を良くするにはどうしたら良いか、また真理はどのようになっているかと問い、真智への愛を、精神を大事にして行きたい。以 上2017.1.20.13:002017.1.21.15:37 ファイルを消してしまう。記録から、再構成。2017.1.21.19:212017.1.22.06:152017.1.22.14:20 暖かな良い日和2017.1.22.17:532017.1.23.06:00 晴天、暖かな朝。2017.1.23.06:15完成、公表。
2017.01.23
{\bf Fundamental open problem}: Give the definition of the division by zero calculus for multiply-valued functions with singularities,\medskipIn order to make clear the problem, we shall give a prototype example.We have the identity by the divison by zero calculus:\begin{equation}f(z) = \frac{1 + z}{1- z} =-1 , \quad \text{at} \quad z = 1.\end{equation}By the real part and imaginary part of the function, we have for $ z= x +iy$\begin{equation}\frac{1 - x^2 - y^2}{(1 - x)^2 + y^2} =-1, \quad \text{at}\quad (1,0)\end{equation}and\begin{equation}\frac{y}{(1- x)^2 + y^2} = 0, \quad \text{at}\quad (1,0),\end{equation}respectively. Why the differences happen? In general, we are interested in the above open question. Recall our definition for the division by zero calculus.The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.22
人の生けるは、パンのみにあらず、それは 真智への愛 にある。2017.1.22.09:45山間部の散歩中:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.22
293-645簡単な場合です。 右辺 x=1 の時、分子もゼロですので、極限値で、今の場合、ロピタルの法則で、正しい値が求まりますが、ゼロ除算算法で 求まります。ゼロ除算算法は 分子がゼロでない場合も求まりますから、 素晴らしい、新しい世界が広がる:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.21
再生核研究所声明347(2017.1.17) 真実を語って処刑された者まず歴史的な事実を挙げたい。Pythagoras、紀元前582年 - 紀元前496年)は、ピタゴラスの定理などで知られる、古代ギリシアの数学者、哲学者。彼の数学や輪廻転生についての思想はプラトンにも大きな影響を与えた。「サモスの賢人」、「クロトンの哲学者」とも呼ばれた(ウィキペディア)。辺の長さ1の正方形の対角線の長さが ル-ト2であることがピタゴラスの定理から導かれることを知っていたが、それが整数の比で表せないこと(無理数であること)を発見した弟子Hippasusを 無理数の世界観が受け入れられないとして、その事実を隠したばかりか、その事実を封じるために弟子を殺してしまったという。また、ジョルダーノ・ブルーノ(Giordano Bruno, 1548年 - 1600年2月17日)は、イタリア出身の哲学者、ドミニコ会の修道士。それまで有限と考えられていた宇宙が無限であると主張し、コペルニクスの地動説を擁護した。異端であるとの判決を受けても決して自説を撤回しなかったため、火刑に処せられた。思想の自由に殉じた殉教者とみなされることもある。彼の死を前例に考え、轍を踏まないようにガリレオ・ガリレイは自説を撤回したとも言われる(ウィキペディア)。さらに、新しい幾何学の発見で冷遇された歴史的な事件が想起される:非ユークリッド幾何学の成立ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーは「幾何学の新原理並びに平行線の完全な理論」(1829年)において、「虚幾何学」と名付けられた幾何学を構成して見せた。これは、鋭角仮定を含む幾何学であった。ボーヤイ・ヤーノシュは父・ボーヤイ・ファルカシュの研究を引き継いで、1832年、「空間論」を出版した。「空間論」では、平行線公準を仮定した幾何学(Σ)、および平行線公準の否定を仮定した幾何学(S)を論じた。更に、1835年「ユークリッド第 11 公準を証明または反駁することの不可能性の証明」において、Σ と S のどちらが現実に成立するかは、如何なる論理的推論によっても決定されないと証明した(ウィキペディア)。知っていて、科学的な真実は人間が否定できない事実として、刑を逃れるために妥協したガリレオ、世情を騒がせたくない、自分の心をそれ故に乱したくない として、非ユークリッド幾何学について 相当な研究を進めていたのに 生前中に公表をしなかった数学界の巨人 ガウスの処世を心に留めたい。ピタゴラス派の対応、宗教裁判における処刑、それらは、真実よりも権威や囚われた考えに固執していたとして、誠に残念な在り様であると言える。非ユークリッド幾何学の出現に対する風潮についても2000年間の定説を覆す事件だったので、容易には理解されず、真摯に新しい考えの検討すらしなかったように見える。真実を、真理を求めるべき、数学者、研究者、宗教家のこのような態度は相当根本的におかしいと言わざるを得ない。実際、人生の意義は帰するところ、真智への愛にあるのではないだろうか。本当のこと、世の中のことを知りたいという愛である。顕著な在り様が研究者や求道者、芸術家達ではないだろうか。そのような人たちの過ちを省みて自戒したい: 具体的には、1) 新しい事実、現象、考え、それらは尊重されるべきこと。多様性の尊重。2) 従来の考えや伝統に拘らない、いろいろな考え、見方があると柔軟に考える。3) もちろん、自分たちの説に拘ったりして、新しい考え方を排除する態度は恥ずべきことである。どんどん新しい世界を拓いていくのが人生の基本的な在り様であると心得る。4) もちろん、自分たちの流派や組織の利益を考えて新規な考えや理論を冷遇するのは真智を愛する人間の恥である。5) 巨人、ニュートンとライプニッツの微積分の発見の先取争いに見られるような過度の競争意識や自己主張は、浅はかな人物に当たるとみなされる。真智への愛に帰するべきである。数学や科学などは 明確に直接個々の人間にはよらず、事実として、人間を離れて存在している。従って無理数も非ユークリッド幾何学も、地球が動いている事も、人間に無関係で そうである事実は変わらない。その意味で、多数決や権威で結果を決めようとしてはならず、どれが真実であるかの観点が決定的に大事である。誰かではなく、真実はどうか、事実はどうかと真摯に、真理を追求していきたい。人間が、人間として生きる究極のことは、真智への愛、真実を知りたい、世の中を知りたい、神の意思を知りたいということであると考える。 このような観点で、上記世界史の事件は、人類の恥として、このようなことを繰り返さないように自戒していきたい(再生核研究所声明 41(2010/06/10): 世界史、大義、評価、神、最後の審判)。以 上
2017.01.21
他の数学者から、ゼロ除算は未解決の問題だと言ってきた。全て、当たり前だと言っている:Your e-mail will be curious for me; the division by zero is trivial and clear all as mathematics, already.We have many evidences for our results.For analytic functions, we can give the definite values at isolated singular points, by the division by zero calculus.I attached clear meaning of division by zero calculus. For number systems, please recall the Yamada field structure.For your questions, please consider the definitions of 0/0 and 1/0, clearly.If they are the normal or common definitions of fractions, we see immediately, they are undetermined and impossible, respectively.In our viewpoint, they are definitions as 0, however, in general, we do not know their meanings, however, they were considered as generalizations of fractions. We see from many and many cases, our many formulas in mathematics and mathematical sciences, fractions are given in those generalized senses, like W = 1/z, in this case at z=0, W=0 is good.The division by zero is essentially just definition. However, it is applicable widely. I think our results are given in our publications already.2017.1.19.16:14The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.19
今朝でも、0/0=1 だと主張している人がいる: Thank you for your kind information on Euler. Many mathematicians consider the division by zero 1/0 by the idea of continuity (by the limiting), however, the very important fact is the strong discontinuity at the origin.For the division by zero, I think the result is determined completely by the uniqueness theorem by Takahasi, the Yamada field structure and others. We gave many and many evidences. We have a serious mistake for the idea of the point at infinity; it is represented by zero, not infinity.The division by zero calculus has indeed many applications like l'Hospital.We have more three manuscripts, however, I think we had published enough papers already for the division by zero.The definition of the division by zero for many variable functions will be a very interesting problem.Please look the prototype example attached.2017.1.19.06:23The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and researchQian,T./Rodino,L.(eds.):Mathematical Analysis, Probability andApplications -Plenary Lectures: Isaac 2015, Macau, China.(Springer Proceedings in Mathematics and Statistics, Vol. 177)Sep. 2016 305 pp.(Springer)
2017.01.19
上記、奥村氏の例で、図のように 角領域を固定して、 今度はずらして行く時 何時でも角領域に接するように円の半径を大きくして行く状況を考えてみよう。正方向にすらしていけば、円の半径はどんどん大きくなって行く。極限の状況はどうなるであろうか。ゼロ除算の結果は、今度はその究極の円が、原点、1点,半径ゼロの点円になることが、ゼロ除算の結果数学的に導かれる。この点円は、逆に、始めの円であるとも考えられる。円を原点の方に近づけば、実際、 点円になる。点から点に終わる全体の様を考えてみよう。まるで、人生のようではないだろうか。ゼロ、点から、始まって、誕生して、経験や知識、思い出、仕事など どんどん増大するが、やがて最後に至って、始めに、ゼロに戻っていると解釈できよう。― 人々よ 何も案ずることはない、みんな元に戻って行く。何も心配する必要ばない。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.18
山間部を散歩している折り ひとりでに閃いた:ゼロ除算とは、ゼロで割ることを考えることであるが、それは ゼロ除算算法で解決できる。すなわち、形式的なローラン展開に対して、その関数値として、正則部の展開の中心の値を定義すれば良い。形式的なローラン展開では 収束、発散などは問わない。典型的な具体例は、1/0=0/0=z/0=0, \tan (\pi/2) =0, for a = 0, e^(ax)/(a^n) = x^n/(n!). 図のように極めて簡単な等式でも 説明が付く。a=0 の時、右辺の説明がつく、簡単で、それでいて神秘的では?:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.18
再生核研究所声明316(2016.08.19) ゼロ除算における誤解(2016年8月16日夜,風呂で、ゼロ除算の理解の遅れについて 理由を纏める考えが独りでに湧いた。) 6歳の道脇愛羽さんたち親娘が3週間くらいで ゼロ除算は自明であるとの理解を示したのに、近い人や指導的な数学者たちが1年や2年を経過してもスッキリ理解できない状況は 世にも稀なる事件であると考えられる。ゼロ除算の理解を進めるために その原因について、掘り下げて纏めて置きたい。まず、結果を聞いて、とても信じられないと発想する人は極めて多い。割り算の意味を自然に拡張すると1/0=0/0=z/0 となる、関数y=1/xの原点における値がゼロであると結果を表現するのであるが、これらは信じられない、このような結果はダメだと始めから拒否する理由である。先ずは、ゼロでは割れない、割ったことがない、は全ての人の経験で、ゼロの記録Brahmagupta(598– 668?) 以来の定説である。しかも、ゼロ除算について天才、オイラーの1/0を無限大とする間違いや、不可能性についてはライプニッツ、ハルナックなどの言明があり、厳格な近代数学において確立した定説である。さらに、ゼロ除算についてはアインシュタインが最も深く受け止めていたと言える:(George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} :Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970.)。一様に思われるのは、割り算は掛け算の逆であり、直ぐに不可能性が証明されてしまうことである。ところが、上記道脇親娘は 割り算と掛け算は別であり、割り算は、等分の考えから、掛け算ではなく、引き算の繰り返し、除算で定義されるという、考えで、このような発想から良き理解に達したと言える。ゼロで割ったためしがないので、ゼロ除算は興味も、関心もないと言明される人も多い。また、割り算の(分数の)拡張として得られた。この意味は結構難しく、何と、1/0=0/0=z/0 の正確な意味は分からないというのが 真実である。論文ではこの辺の記述は大事なので、注意して書いているが 真面目に論文を読む者は多いとは言えないないから、とんでもない誤解をして、矛盾だと言ってきている。1/0=0/0=z/0 らが、普通の分数のように掛け算に結びつけると矛盾は直ぐに得られてしまう。したがって、定義された経緯、意味を正確に理解するのが 大事である。数学では、定義をしっかりさせる事は基本である。― ゼロ除算について、情熱をかけて研究している者で、ゼロ除算の定義をしっかりさせないで混乱している者が多い。次に関数y=1/xの原点における値がゼロである は 実は定義であるが、それについて、面白い見解は世に多い。アリストテレス(Aristotelēs、前384年 - 前322年3月7日)の世界観の強い影響である。ゼロ除算の歴史を詳しく調べている研究者の意見では、ゼロ除算を初めて考えたのはアリストテレスで真空、ゼロの比を考え、それは考えられないとしているという。ゼロ除算の不可能性を述べ、アリストテレスは 真空、ゼロと無限の存在を嫌い、物理的な世界は連続であると考えたという。西欧では アリストテレスの影響は大きく、聖書にも反映し、ゼロ除算ばかりではなく、ゼロ自身も受け入れるのに1000年以上もかかったという、歴史解説書がある。ゼロ除算について、始めから国際的に議論しているが、ゼロ除算について異様な様子の背景にはこのようなところにあると考えられる。関数y=1/xの原点における値が無限に行くと考えるのは自然であるが、それがx=0で突然ゼロであるという、強力な不連続性が、感覚的に受け入れられない状況である。解析学における基本概念は 極限の概念であり、連続性の概念である。ゼロ除算は新規な現象であり、なかなか受け入れられない。ゼロ除算について初期から交流、意見を交わしてきた20年来の友人との交流から、極めて基本的な誤解がある事が、2年半を越えて判明した。勿論、繰り返して述べてきたことである。ゼロ除算の運用、応用についての注意である。具体例で注意したい。例えば簡単な関数 y=x/(x -1) において x=1 の値は 形式的にそれを代入して 1/0=0 と考えがちであるが、そのような考えは良くなく、y = 1 + 1/(x -1) からx=1 の値は1であると考える。関数にゼロ除算を適用するときは注意が必要で、ゼロ除算算法に従う必要があるということである。分子がゼロでなくて、分母がゼロである場合でも意味のある広い世界が現れてきた。現在、ゼロ除算算法は広い分野で意味のある算法を提起しているが、詳しい解説はここでは述べないことにしたい。注意だけを指摘して置きたい。ゼロ除算は アリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における基礎的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の基礎的な部分の変更は かつて無かった事である。と述べ、大きな数学の改革を提案している:再生核研究所声明312(2016.07.14) ゼロ除算による 平成の数学改革を提案する以 上2016.8.17.16:442016.8.17.19:002016.8.18.06:302016.8.18.13:352016.8.18.15:002016.8.18.19:272016.8.19.06:15 今朝、ゼロ除算に関する凄いメールが3通来ていて、直ぐに返事を出した。これは完成、公表。
2017.01.17
再生核研究所声明347(2017.1.17) 真実を語って処刑された者まず歴史的な事実を挙げたい。Pythagoras、紀元前582年 - 紀元前496年)は、ピタゴラスの定理などで知られる、古代ギリシアの数学者、哲学者。彼の数学や輪廻転生についての思想はプラトンにも大きな影響を与えた。「サモスの賢人」、「クロトンの哲学者」とも呼ばれた(ウィキペディア)。辺の長さ1の正方形の対角線の長さが ル-ト2であることがピタゴラスの定理から導かれることを知っていたが、それが整数の比で表せないこと(無理数であること)を発見した弟子Hippasusを 無理数の世界観が受け入れられないとして、その事実を隠したばかりか、その事実を封じるために弟子を殺してしまったという。また、ジョルダーノ・ブルーノ(Giordano Bruno, 1548年 - 1600年2月17日)は、イタリア出身の哲学者、ドミニコ会の修道士。それまで有限と考えられていた宇宙が無限であると主張し、コペルニクスの地動説を擁護した。異端であるとの判決を受けても決して自説を撤回しなかったため、火刑に処せられた。思想の自由に殉じた殉教者とみなされることもある。彼の死を前例に考え、轍を踏まないようにガリレオ・ガリレイは自説を撤回したとも言われる(ウィキペディア)。さらに、新しい幾何学の発見で冷遇された歴史的な事件が想起される:非ユークリッド幾何学の成立ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーは「幾何学の新原理並びに平行線の完全な理論」(1829年)において、「虚幾何学」と名付けられた幾何学を構成して見せた。これは、鋭角仮定を含む幾何学であった。ボーヤイ・ヤーノシュは父・ボーヤイ・ファルカシュの研究を引き継いで、1832年、「空間論」を出版した。「空間論」では、平行線公準を仮定した幾何学(Σ)、および平行線公準の否定を仮定した幾何学(S)を論じた。更に、1835年「ユークリッド第 11 公準を証明または反駁することの不可能性の証明」において、Σ と S のどちらが現実に成立するかは、如何なる論理的推論によっても決定されないと証明した(ウィキペディア)。知っていて、科学的な真実は人間が否定できない事実として、刑を逃れるために妥協したガリレオ、世情を騒がせたくない、自分の心をそれ故に乱したくない として、非ユークリッド幾何学について 相当な研究を進めていたのに 生前中に公表をしなかった数学界の巨人 ガウスの処世を心に留めたい。ピタゴラス派の対応、宗教裁判における処刑、それらは、真実よりも権威や囚われた考えに固執していたとして、誠に残念な在り様であると言える。非ユークリッド幾何学の出現に対する風潮についても2000年間の定説を覆す事件だったので、容易には理解されず、真摯に新しい考えの検討すらしなかったように見える。真実を、真理を求めるべき、数学者、研究者、宗教家のこのような態度は相当根本的におかしいと言わざるを得ない。実際、人生の意義は帰するところ、真智への愛にあるのではないだろうか。本当のこと、世の中のことを知りたいという愛である。顕著な在り様が研究者や求道者、芸術家達ではないだろうか。そのような人たちの過ちを省みて自戒したい: 具体的には、1) 新しい事実、現象、考え、それらは尊重されるべきこと。多様性の尊重。2) 従来の考えや伝統に拘らない、いろいろな考え、見方があると柔軟に考える。3) もちろん、自分たちの説に拘ったりして、新しい考え方を排除する態度は恥ずべきことである。どんどん新しい世界を拓いていくのが人生の基本的な在り様であると心得る。4) もちろん、自分たちの流派や組織の利益を考えて新規な考えや理論を冷遇するのは真智を愛する人間の恥である。5) 巨人、ニュートンとライプニッツの微積分の発見の先取争いに見られるような過度の競争意識や自己主張は、浅はかな人物に当たるとみなされる。真智への愛に帰するべきである。数学や科学などは 明確に直接個々の人間にはよらず、事実として、人間を離れて存在している。従って無理数も非ユークリッド幾何学も、地球が動いている事も、人間に無関係で そうである事実は変わらない。その意味で、多数決や権威で結果を決めようとしてはならず、どれが真実であるかの観点が決定的に大事である。誰かではなく、真実はどうか、事実はどうかと真摯に、真理を追求していきたい。人間が、人間として生きる究極のことは、真智への愛、真実を知りたい、世の中を知りたい、神の意思を知りたいということであると考える。 このような観点で、上記世界史の事件は、人類の恥として、このようなことを繰り返さないように自戒していきたい(再生核研究所声明 41(2010/06/10): 世界史、大義、評価、神、最後の審判)。以 上2017.1.12.16:132017.1.12.20:04 大部形になる。2017.1.12.22.092017.1.13.06:07 相当良い。2017.1.13.16:032017.1.14.06:23 晴天、快晴2017.1.15.06:21 小雪の朝。2017.1.15.08:572017.1.15.16:282017.1.16.06:24 小雪の上がった、快晴の朝。 良い。2017.1.16.19:22 良い。2017.1.17.06:10 うっすら雪化粧、晴れ。良い。2017.1.17.06:40 完成、公表。
2017.01.17
291-642図のように、ゼロ除算算法は相当広く適用できますね。 算法は基本数学に織り込まれるべきであることは、もはや歴然ですね。しかし、背後には驚嘆すべき、世界観の変更を要求される 概念があります。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi
2017.01.16
再生核研究所声明346(2017.1.16) 愛について、愛の深まり (On this morning (2013.12.12, at 4:20), I waked up with the mathematical idea: ――。Meanwhile, at 6:20, I got a new idea on the Principle of Love; I will be able to write a new Announcement on human beings.)に基づいて、再生核研究所声明146(2013.12.17) 愛の本質、愛の原理 を纏めた。― まず、愛とは何か、の定義を与えたい。 - 愛とは、共生感に基づく、喜びの感情である としたい。本質を捉えるのには、愛が現れている典型的なところから、捉えれば良い。すなわち、命を交換する, 再生の原理、親子の愛と男女の愛から、愛の本質、原理を捉えよう。共に自らの命を存続させるべき、大いなる命への帰依への原理 が働いていることを知るであろう。これは 命を共有することを述べていて、愛の定義の妥当性を述べていると考えられる。当然 大いなる命の存続性から、喜びが湧かなければ、生命の基本定理が成り立たず、生物が存続できないことになってしまうだろう。 述べたい、愛の原理を導くには、他から見れば、変な親子、恋人、夫婦でも 愛は存在して、多くは永く、愛の感情が続いていくという,事実である。これは何を意味するであろうか。共生感が共に生きている、精神的な世界全体の共感を伴う、共通世界の共有感が、存在している事実を表わしている。初期はいずれも生物の命の共有感、再生の原理が強く働くが、それが長く続くのは、親子も、夫婦も共に生きてきた共通の世界を共有していて、その間には 運命共同体の様な連帯の絆で結ばれていることを意味する。こうなると、親子や、男女の間に関わらず、民族や国家も同じ精神、文化を共有しているとして、共生感、連帯感に根差す、愛、愛国心がおのずから湧くのは当然である。級友や同窓会、同郷の間で、共有する想い出に根差した愛が感じられるのは、当然である。志を共にした間、さまざまな仲間の間に愛を感じるのも 当然である。同じ、想い出、文化それらは、精神的な命そのものであり、それらを共有し、大いなる命に帰依したいと本能的に求めるからである。―また、軍隊における部隊が、寝食を共にして生活していれば、一体の生命観を共有して、自己の命も部隊の命も同じような感情を有して、一糸乱れない行動をとるようになるだろう。現に 世における戦場では 部隊が同じ運命を共にしているのは明らかである。なぜならば、部隊を離れた、自己の存在は 意味がないように感じられるからである。人は、国の為に命が掛けられるか と問う。 祖国亡くして生きる意味があるのかと問えば、是非に及ばず、国と運命を共にせざるを得ないだろう。それは、愛の本質からの、自然な帰結となるだろう。― NHK真田丸で、きりさんの、あなたのいない世界など意味がないから、命運をともにしたい、というような言葉が鮮やかに思い出される。親子や夫婦に愛が有るのは、共有する大きな命、経験、想い出を共有しているからである。 逆に見れば、何でも質が大事であるが、深い付き合いが 愛を深める事になるだろう。これが 愛の本質であると考える。―以上で愛の本質と愛を深める原理が 適切に述ベられていると考える。ここで、特に関心を持つのは 愛の初期、始めの様子である。男女の愛や親子の愛は相当に本能的で、相当に普遍的な様子が見られ、異性に惹かれる、個々の対象の選択は誠に興味深く、微妙なものであるが、内在する性格の相性やそれまでの経験が左右しているのは明らかである。初期に会った異性の影響やそれまでに得た情報が左右しているだろう。この辺の分析は将来の大きな課題になるだろう。― 予感として運命づけられていたという観点、あの時、強い影響を受けた、惹かれた、目覚めたなど。ここでは本能に基づくより、人間的な志や道を選び、修行を続け、どんどん深まっていく愛の初期に関心をもつ。感動と喜びを得るのは 人が志す大事な要素である。もちろんそれによって収入を得、心地よい名誉が得られるもそれらを後押しするだろう。しかしながら、人間が自由であったら、人は一体何を志すだろうか。生まれながらに惹かれる対象、関わってどんどん深まっていくもの、それらの何れもあるように感じられる。極めて微妙である。道でも、男女の愛でも、志でも人間には能力的に限界があるから、多くは方向、対象が限られてきて、関心や興味、感動を覚える対象がどんどん特定される性格を多くは持つ。それで、それぞれの達人や専門家に成長するのが多い。しかし、これらは他方、若さゆえの柔軟性や多面性を失い、対象が狭く、深くなる傾向も有る。ところで、この声明の趣旨は何だろうか? そこで、ゼロ除算の状況で触れると、ゼロでは割れない、考えてはいけないは数学界の100年を超えた定説である。 これが考えられると急に言われても 基礎となる知識、イメージが全然湧かないので、信じられない、具体的な例を沢山示されても 愛情も、関心も湧かないは 世に多い。このような状態ではもはや真智への愛に対する感情、意欲がない状態と言える。これは素敵な夫婦が伴侶を失って相当な歳月が経って、良い再婚相手を紹介されても 何の興味も関心も湧かないのに極めて似ていると言える。意欲、愛が湧かなければ始まらない。産声、それは生命の歓喜の喜びと言える。生命力が吹き出た様、ビッグバンのようである。その始まりをゼロと表現するとゼロの世界は深く、世界がそこに内在しているとも言える。爆発、発展させていく力、エネルギーが愛であると表現できる。人間はどのように作られているだろうか。以 上2017.1.10.20:40 途中まで、焦点がボケてきたので、中断。2017.1.11.06:28 途中まで、結構良くできていると感心する。2017.1.11.13:45 後半追記。2017.1.12.06:25 焦点が曖昧、言いたい感じは出ている。2017.1.12.19:46 2017.1.12.21:57 最後の終わり方、尻切りトンボ?2017.1.13.05:542017.1.13.15.552017.1.14.06:15 晴天、快晴。2017.1.15.06:06 雪が舞う、薄く雪、センター入試の朝。2017.1.15.16:23 表題の性格上曖昧さがあるが良いとしよう。2017.1.16.06:13 小雪の上がった快晴の朝、良いとする。2017.1.16.06:34 良いとする、完成、公表。
2017.01.16
288-639ゼロ除算算法は 図のように ロピタルの定理の一般化とみなせる面があるが、信じられないのでは。 超古典的な定理に全く新しい視点があった。 それは 1/0=0 と新しい世界を拓いている。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.14
286-637ゼロ除算 算法は 図のように 歴然ですね。しかし、世の人は1/0=0 が理解できないのでは? でもすっかり 当たり前ですね。しかし、受け入れるには 世界観の変更が要求されます。 地動説のように:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.14
285-636図で、1,2項は q=p のとき、ゼロです。 分母がゼロ、分子がゼロでなくてもです。 それで、楽しい結果が出る。ゼロ除算算法 素晴らしい世界では? 世界中の教科書に採用されるべきは、 既に歴然ですね。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.14
真実を、真理を求めるべき、数学者、研究者、宗教家のこのような態度は相当根本的におかしいと言わざるを得ない。実際、人生の意義は帰するところ、真智への愛にあるのではないだろうか。本当のこと、世の中のことを知りたいという愛である。 顕著な在り様が研究者や求道者、芸術家達ではないだろうか。 そのような人たちの過ちを省みて自戒したい: 具体的には、1) 全く新しい事実、現象、考え、それらは尊重されるべきこと。2) 従来の考えや伝統に拘らない、いろいろな考え、見方があると柔軟に考える。3) もちろん、自分たちの説に拘ったりして、新しい考え方を排除する態度は恥ずべきことである。どんどん新しい世界を拓いていくのが人生の基本的な在り様であると心得る。4) もちろん、自分たちの流派や組織の利益を考えて新規な考えや理論を冷遇するのは真智を愛する人間の恥である。数学や科学などは 明確に直接個々の人間にはよらず、事実として、人間を離れて存在している。 従って無理数も非ユークリッド幾何学も、地球が動いている事も、人間に無関係でそうである事実は変わらない。その意味で、多数決や権威で結果を決めようとしてはならず、どれが真実であるかの観点が決定的に大事である。誰かではなく、真実はどうか、事実はどうかと真摯に、真理を追求していきたい。人間が、人間として生きる究極のことは、真智への愛、真実を知りたい、世の中を知りたい、神の意思を知りたいということであると考える。 このような観点で、上記世界史の事件は、人類の恥として、このようなことを繰り返さないように自戒して行きたい(再生核研究所声明 41(2010/06/10): 世界史、大義、評価、神、最後の審判)。以 上2017.1.12.16:132017.1.12.20:04 大部形になる。2017.1.12.22.092017.1.13.06:07 相当良い。2017.1.13.16:032017.1.14.06:23 晴天、快晴
2017.01.14
再生核研究所声明 41 (2010/06/10): 世界史、大義、評価、神、最後の審判声明36(恋の原理と心得)で、元祖生命体(本来の生命、生物界全体)は 永遠の生命を有し、人間的な意識と自由意志を有し、存在すること、知ること、美を求めることなどを目標に生命活動を続けている。 人類の発展の先は いまだ不明である。 確かに言えることは、生存を続けること、知ることを求めること、感動することを希求しているということである。 と述べて、人類は 人間存在の原理(人間である限り否定できない、不変的な原理を述べているもので、人間である限り、存在していること、そして、存在していることを知っていること、そして、求めているという三位一体の、デカルトのコギトエルゴスム(我れ思う、故にわれ在り)を基礎に置いた考え方: 夜明け前 よっちゃんの想い:211ページ)によって、世界の歴史を発展、拡大、深化させていくであろう。ここで、世界史とは 人類が得たあらゆる知識、情報を意味するが、世界史は過去の一切のことについても真相の究明を続けていくであろう。これは真実を知りたいという人間存在の原理に他ならないからである。個々の人間の目標は、 人生における基本定理 (声明12) に述べられているように 生きること、感動できるように生きることであるが、人間は同じ元祖生命体の分身であり、個々の人間は1個の細胞のような存在であり、個々の人間の存在は 元祖生命体の雄大な存在からみれば 大河の一滴 (五木 寛之) と考えられるが、しかしながら、それは同時に全体に関係し、全体を内包しているから、限りなく貴い存在である (声明36)。そこで、人間にとって真に価値あることとは、人類の目標のために貢献することではないだろうか。 人類の営みは世界史によって、表現されるから、世界史のため、人類のため、元祖生命体のために貢献することこそが、真の意味における大義と言えよう。 人類が、世界史が進化していけば、過去の元祖生命体の営みの総体を次第に明らかにして、物事の真相と評価、位置づけ、位置関係を明瞭にしていくであろう。- すでに、グーグルの世界に それらの初歩を見ることができる。神とは全知、全能の存在とされるが、世界の全体を捉えられるのは現在、人類以外に存在せず、未来において、進化した元祖生命体こそが、神に相当する存在ではないであろうか。進化した未来人は 現代人の能力のレべルを あたかも幼稚園生くらいとみ、現在のコンピュータのレベルを 手動計算機程度くらいとみるだろう。そのとき、世界の歴史は、個々の人間の存在の関係 (評価) をきちんと明らかにするであろう。この声明の趣旨は、先ずは 世界の政治家の皆さんに、世界史に耐えられるような上記大義に基づいて、行動して頂きたいと要請しているのです。 小さな自分たちの立場ではなくて、より大きな世界のために高い志の基に、行動して頂きたいということです。 同時に、不正や不義は 歴史的に明らかにされ、真実は必ず、明らかにされるということに注意を喚起することにある。 研究者や芸術家たちは 近視眼的なことに拘らず、己が道を進めばいいのであって、適切な評価は必ず下されると考えるべきです。 マスコミ関係者や解説者の皆さん、思想家たちの皆さん、世界史の評価に耐えられるような高い視点と志で、重要な職務を果たして頂きたいと考えます。 人間にとって価値あることとは、小さな自己の世界に閉じこもらず、上記大義の基に努力することではないであろうか。将来、世界史が明らかにする、世界史の全体における個々の関係こそが、最後の審判ではないだろうか。 それは同時に 未来ではなく、現在、いまの 個々の人間の 深奥に普遍的に存在する神性と良心 に通じていると考える。 それらを捉え、それらに調和し 忠実に生きることこそ、良く生きることに他ならない。 悪いことは苦しいことである。必ず、良心の呵責として、その深奥から湧いてくるからである。他方、大義に生きることは 上記永遠の生命の中に生きることを意味するから、楽しいことである。 滅ぶことも消えることもない。以上2010.6.6.18:352010.6.7.10:102010.6.7.14:002010.6.7.19:102010.6.8.11:002010.6.8.13:452010.6.8.17:502010.6.8.18:402010.6.9.10:102010.6.9.11:502010.6.9.13:352016.10.19.06:51 偶然、通読した。内実は相当良い。表現には若さが感じられる。
2017.01.12
283-634図のように、こんなに簡単な等式に、ゼロ除算算法、ゼロで割れて 上手くいくとは 人は知らなかったのでは?The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research284-635図で、少し複雑ですが、ゼロで割ると 簡単で 良い式、結果が出ますね。ゼロ除算:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.12
再生核研究所声明345 (2017.1.12) 弱い日本の国家戦略日本の政策や世論が貧しく不適当で国益が守れず、今や犠牲が国民全般に及んでいると危惧される。具体的に触れて改善方法を述べたい。いわゆる慰安婦の扱いを巡っては、日・韓関係がもめている。これはそもそもおかしいと述べ、アジア分断や混乱の方向を避け、和の精神で友好関係を進めていく立場から、全体的な考え方を纏めてきた:再生核研究所声明 101(2012.10.3):慰安婦問題 ― おかしな韓国の認識、日本の認識再生核研究所声明 49(2011.2.16):アジアの愚か者、アジアの野蛮性再生核研究所声明344 (2017.1.11):理解できない韓国の慰安婦像建立の意思始めから無駄でおかしな議論を延々と繰り返し、10億円を支払って 恥を世界にさらけ出している。また尖閣諸島問題では 日本が挑発して始めたもので、その愚かさは、アジアの愚かさそのものである:― 恥ずかしい、NHK 始め 日本のマスコミ:再生核研究所声明324(2016.10:01) 日本国民の初歩的な誤解―真相を知らされていない:石原元都知事が「中国挑発」 尖閣でクリントン氏発言 /沖縄アジアに内乱が起きたらどうなるかと 真面目に考える必要が。良心的な政治家、カーター元大統領は 尖閣は、日本が悪いと言っていましたね。 NHK はじめ、日本のマスコミは、真相を報道せず、一方的に日本の立場しか伝えていない。 なぜ尖閣問題は 起きたか、考えるべきでは?単細胞的に、理論的に考えれば、尖閣問題は 日本の負けでは?日本の賢明な対応は 挑発者の断罪と謝罪では?早いほうが良い。 しかし、中国がサッチャー首相のように軍を出せば、消耗戦になり、中国と日本は 壊滅になるのでは? この文章は 日本の置かれている最も危険な状況 を表しているから、真面目に、真剣に考えるべきである。アジアに内乱が起きれば、アジアは壊滅、世界は大混乱に陥るだろう。靖国神社問題でも余計な議論を繰り返している。文教関係では、大学の法人化、教員更新性、法科大学院などの政策。裁判員制度などもおかしな制度ではないだろうか。どうして国家戦略が弱いのだろうか。まず、政策立案者が 総合的、深い検討ができず表面的な思いつきで行っていて、場当たり式の思考があると言える。哲学的な精神の不足を指摘したい。上記の問題では、外交とは何か、戦争とは何か、大学とは何か、教育とは何かなどの深い考えが無いように見える。薄っぺらな政策作成集団の存在が感じられる。もちろんそのような軽薄な政策は、軽薄な世論が支えていると見なせるから、軽薄な世論づくりに影響を与えているNHKはじめ、マスコミや言論界の軽薄な論調や議論、放映が言わば悪しき世相を育成していると考えるべきである。大きな影響を与えるNHKなど、上記慰安婦問題や尖閣諸島問題など問題の本質に迫ることなく、表面的な浮ついた議論や映像を流し続け、国民を衆愚に導いている。拉致問題でも全く、真相を明らかにせず、無駄な議論、放映を繰り返している。まさか、【まさしく】終戦時の米大統領トルーマン「猿(日本人)を『虚実の自由』という名の檻で、我々が飼うのだ。スポーツ、スクリーン、セックス(3S)を解放すれば、真実から目を背けさせることができる。」の方針ではないだろうが、素晴らしい虚像のドラマや卑小な話題を広く流し、大事な問題など小さく扱って 日本の世相を幼稚で、貧しくしていると考えるべきである。もちろん、国家の安全は 国家の重要事項である。そこで、如何にして安全を図るか、国家戦略をしっかり練り、環境づくりに大いに力を注ぐべきではないだろうか。尖閣諸島問題など余計なことをしなければ、余計な軍拡をせず、兵隊さん達を緊張させることもなく、友好関係で経済的、文化的にも大いに享受できると考えられる。慰安婦問題も、上記に挙げた文教政策も国家利益を大きく失っていて、マイナスの仕事があまりにも大きいのではないかと、危惧される。より良い、建設的な意見を出し合い、より良い政策を進めるために 努力して行きたい。文化力とは、より良い政策を進めさせ、韓国に慰安婦などの騒ぎを起こさせず、尖閣諸島領有権宣言や挑発をさせず、平和憲法の精神で世界の人々が 美しい日本国 を侵略するような考えを持たないような状況を 武力に頼らず作る力のこと である。そのようにできない事実は NHKはじめマスコミ、言論界の力不足にあると言わなければならない。以 上追記:美しい国、日本(2008/2/11):今日は、建国記念日です。日本には、世界に誇るべき美しい文化と人類を導く良い考え方があると思います。 多額の借金と少子化及び教育の荒廃によって、このままいくと日本国は、衰退の道を辿る事にならないでしょうか。 何とか、日本国の再生を期したいと思います。 もちろん、日本国の神話は大事にすべきではないでしょうか。美しい国、日本日本は美しい島国です。豊かな水で多くの川が流れています。日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。2017.1.9.15:002017.1.9.15:482017.1.9.19:372017.1.10.06:212017.1.10.09:082017.1.10.20:222017.1.11.06:11 良い。2017.1.11.11:072017.1.11.13:222017.1.11.22:002017.1.12.06:08 良い、完成できる、晴天。昨日、大学に。2017.1.12.06:35 完成、公表。
2017.01.12
2017.1.11.09:20山間部を散歩している折り ひとりでに閃いた:ゼロ除算とは、ゼロで割ることを考えることであるが、それは ゼロ除算算法で解決できる。すなわち、形式的なローラン展開に対して、その関数値として、正則部の展開の中心の値を定義すれば良い。形式的なローラン展開では 収束、発散などは問わない。典型的な具体例は、1/0=0/0=z/0=0, \tan (\pi/2) =0, for a = 0, e^(ax)/(a^n) = x^n/(n!). その数学と世界観への影響は甚大であることは 既に歴然である:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.11
微積分学の雄大な歴史を 思えば:282-633図のように、確かにゼロで割って、良い結果が得られて、見とうしが良くなりますね。 こんなに簡単な計算法が知られていなかったのは 世にも珍しいことでは? ゼロで割れないの 思い込みの、深さ のためですね。 広い世界が拓けている、ゼロ除算:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.11
再生核研究所声明344 (2017.1.11) 理解できない韓国の慰安婦像建立の意思いわゆる慰安婦の扱いを巡って、日・韓関係がもめている。これはそもそもおかしいと述べ、アジア分断や混乱の方向を避け、和の精神で友好関係を進めていく立場から、全体的な考え方を纏めてきた:再生核研究所声明101(2012.10.3):慰安婦問題 ― おかしな韓国の認識、日本の認識再生核研究所声明 49(2011.2.16):アジアの愚か者、アジアの野蛮性まず、慰安婦の事実と背景であるが、この問題の基礎として多くの日本人は、次のように考えているのではないだろうか:再生核研究所声明341(2016.12.28)日本史の誇り頭記の問題であるが、事実関係を越えて、もし日本国によってそのような いまわしい事実が起こされたとしても、そのような酷い事を許した、自分の国の責任が問われ、問題にするのがまず、第一ではないだろうか。今の若い世代には想像もできないことであるから、そのようなことを 起こされた国のだらし無さ をまず、考えるのではないだろうか。同じ時期、原爆を落とされ、都市大空襲を受け、多くの犠牲者を出した日本国では、投下国を直接批判したり、賠償を要求したりはせず、ただ戦争であるから仕方ない、敗戦に至った自らの能力不足を反省し、戦勝国に敬意を表し、友好関係に一番気を使ってきている ― 日米関係は日本外交の要 である。およそ戦争には どちらが良い、悪いは 多くはなく、軽々しく謝罪を求めたりすべきではない。言えることは 敗者は 勝者に従い、正義は勝者が決める という歴然とした事実である。大戦前までは、正義は力が決め、弱いだらしのない国は平定されるべきであるというのが、事実である、それが愚かな人類の、愚かな世界史であったと言える。このような文脈を確認すれば、慰安婦の像などは 韓国のだらし無さの表現 になるので、どうして海外でもいろいろ建てたいのか理解できない。自国の反省の記念碑ならば、ひっそりと記念碑を建てるべきではないだろうか。屈辱の記念碑 である。日本大使館前などに建立するとなれば、それは日本国に対する復讐や恨み、嫌がらせの面を持つから、日本国としては、距離をおいて 交流しない方向に 考えざるを得ないのではないだろうか。 これは誠に残念な 不幸な方向であると言わざるを得ない。 以 上追記:美しい国、日本(2008/2/11):今日は、建国記念日です。日本には、世界に誇るべき美しい文化と人類を導く良い考え方があると思います。 多額の借金と少子化及び教育の荒廃によって、このままいくと日本国は、衰退の道を辿る事にならないでしょうか。 何とか、日本国の再生を期したいと思います。 もちろん、日本国の神話は大事にすべきではないでしょうか。美しい国、日本日本は美しい島国です。豊かな水で多くの川が流れています。日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。2017.1.6.14:50 一気に書ける。2017.1.6.16:142017.1.6.19:152017.1.7.06:20 出来ている。2017.1.7.10:402017.1.7.19:232017.1.8.06:582017.1.8.11:372017.1.8.15:002017.1.8.15:102017.1.8.16:442017.1.8.18:22 雨になる。2017.1.9.07:53 良い。2017.1.9.15:552017.1.10.06:072017.1.10.20:082017.1.11.05:57 晴天、良い。2017.1.11.06:31 完成、公表。
2017.01.11
再生核研究所声明343(2017.1.10)オイラーとアインシュタイン世界史に大きな影響を与えた人物と業績について再生核研究所声明314(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ニュートンとダーウィンについて再生核研究所声明315(2016.08.08) 世界観を大きく変えた、ユークリッドと幾何学再生核研究所声明339(2016.12.26)インドの偉大な文化遺産、ゼロ及び算術の発見と仏教で 触れてきたが、興味深いとして 続けて欲しいとの希望が寄せられた。そこで、ここでは、数学界と物理学界の巨人 オイラーとアインシュタインについて触れたい。オイラーが膨大な基本的な業績を残され、まるでモーツァルトのように 次から次へと数学を発展させたのは驚嘆すべきことであるが、ここでは典型的で、顕著な結果であるいわゆるオイラーの公式 e^{\pi i} = -1 を挙げたい。これについては相当深く纏められた記録があるので参照して欲しい(No.81、2012年5月(PDFファイル432キロバイト) -数学のための国際的な社会...www.jams.or.jp/kaiho/kaiho-81.pdf)。この公式は最も基本的な数、-1,\pi, e,i の簡潔な関係を確立しており、複素解析や数学そのものの骨格の中枢の関係を与えているので、世界史への甚大なる影響は歴然である ― オイラーの公式 (e ^{ix} = cos x + isin x) を一般化として紹介できます。 そのとき、数と角の大きさの単位の関係で、神は角度を数で測っていることに気付く。左辺の x は数で、右辺の x は角度を表している。それらが矛盾なく意味を持つためには角は、角の 単位は数の単位でなければならない。これは角の単位を 60 進法や 10 進法などと勝手に決められないことを述べている。ラジアンなどの用語は不要であることが分かる。これが神様方式による角の単位です。角の単位が数ですから、そして、数とは複素数ですから、複素数 の三角関数が考えられます。cos i も明確な意味を持ちます。このとき、たとえば、純虚数の 角の余弦関数が電線をぶらりとたらした時に描かれる、けんすい線として、実際に物理的に 意味のある美しい関数を表現します。そこで、複素関数として意味のある雄大な複素解析学 の世界が広がることになる。そしてそれらは、数学そのものの基本的な世界を構成すること になる。自然の背後には、神の設計図と神の意思が隠されていますから、神様の気持ちを理解し、 また神に近付くためにも、数学の研究は避けられないとなると思います。数学は神学そのものであると私は考える。オイラーの公式の魅力は千年や万年考えても飽きることはなく、数学は美しいとつぶやき続けられる。― 特にオイラーの公式は、言わば神秘的な数、虚数i、―1, e、\pi などの明確な意味を与えた意義は 凄いこととであると驚嘆させられる。次に アインシュタインであるが、いわゆる相対性理論として、物理学界の最高峰に存在するが、アインシュタインの公式 E=mc^2 は素人でもびっくりする 簡潔で深い結果である。何と物質はエネルギーと等式で結ばれるという。このような公式の発見は人類の名誉に関わる基本的な結果と考えられる。アインシュタインが、時間、空間、物質、エネルギー、光速の基本的な関係を確立し、現代物理学の基礎を確立している。ところで、上記巨人に共通する面白い話題が存在する。 オイラーがゼロ除算を記録に残し 1/0=\infty と記録し、広く間違いとして指摘されている。 他方、 アインシュタインは次のように述べている:Blackholes are where God divided by zero. I don't believe in mathematics.George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} (Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970).今でも、この先を、特に特殊相対性理論との関係で 0/0=1 であると頑強に主張したり、想像上の数と考えたり、ゼロ除算についていろいろな説が存在して、混乱が続いている。しかしながら、ゼロ除算については、決定的な結果を得た と公表している。すなわち、分数、割り算は自然に一意に拡張されて、 1/0=0/0=z/0=0 である。無限遠点は 実はゼロで表される:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research以 上2017.1.7.16:082017.1.7.19:142017.1.8.07:032017.1.8.08:362017.1.8.11:512017.1.8.18:442017.1.9.07:44 今朝も0/0=0を主張し、我々の結果は間違いだと言ってきて、判例を寄せている。始めから誤解している。ゼロ除算の分数は普通の分数ではなく、その意味は分からないと述べてきたが、そこが理解できていないためである。詳しく返事を出す。2017.1.9.15:512017.1.10.06:00 晴天、風が吹き、春の到来とエネルギーを感じる。2017.1.10.06:27 完成、公表。
2017.01.10
再生核研究所声明342(2017.1.9) 日本の外交についての考察年頭に当たって日本の外交について考察、在り様を大局的に 具体的に提案したい。もちろん、再生核研究所は 愚かで恥ずかしい世界史を進化させて 良い世界を切り拓くことを志向している。さらに世の関係は 公正の原則 に基づくべきだと述べてきた。それゆえに関係する相手国、あるいは 周辺国にも受け入れられるものでなければならない。相手の立場に想いを致すは基本であるから、自己中心の考えは 厳しく戒められなければならない。先ずはアメリカとの関係である。日米関係は日本外交の要であるから、アメリカの意思を正確に捉えて、日米関係を壊さない配慮は重要である。トランプ大統領の出現は 世界の流れであり、行き過ぎた国際化の反省時期、世界は内政重視に向いていると見るべきである。そこで、この流れを相当に受け入れる姿勢が大事ではないだろうか。トランプ大統領に正面切って逆らうような姿勢は取るべきではなく、消極的に付いていくような姿勢が良いのではないだろうか。トランプ大統領が日本との関係を弱めようとすれば、それに同調するような形で、少しずつ、日本の自主性を回復させるような方向を 志向すべきである。次に対中国姿勢であるが、日本はアメリカと中国の言わば覇権争いに、巻き込まれないように注意して、両国の対立の愚かさを回避して 世界に貢献すべきである。そのための第1歩は 尖閣諸島領有権宣言を 撤回、挑発者、関係者の断罪と謝罪を公に行い、平和志向の日本の姿勢を 世界に宣言すべきである。平和憲法の維持も宣言すべきである。この姿勢はアメリカの代表的な元大統領や元国務長官の言明があるので、大いに尊重すべきである。― 恥ずかしい、NHK 始め 日本のマスコミ:再生核研究所声明324(2016.10:01) 日本国民の初歩的な誤解―真相を知らされていない:石原元都知事が「中国挑発」 尖閣でクリントン氏発言 /沖縄内部告発サイト「ウィキリークス」が米大統領選候補のクリントン氏が米金融大手で行った非公式の講演会の内容を公開した件で、クリントン氏が尖閣問題について、従来棚上げ状態だったものが「中央政府に行動を強いた日本の国粋主義者によって悪化した」と発言していたことが分かった。石原慎太郎元東京都知事による尖閣諸島購入の動きが中国を挑発したとした。クリントン氏は当時、外交政策を取り仕切る国務長官で、同氏が大統領に就任した場合、尖閣問題については、日本側が緊張を高めたとの認識に基づく対応を取ることが考えられる。 ウィキリークスが公開したのは2013年6月4日に米金融大手ゴールドマン・サックスで行われた講演の記録。 クリントン氏は尖閣を巡る従来の日中の対応は「お互いに何もせず、あまり関心を払わず、そのままにしておこう」という方針だったと説明。しかし「(石原元)東京都知事が個人所有だった尖閣諸島を買おうとし、中国を直接的に挑発した」とした。「その後、日本政府が『東京都知事に買わせてはまずい。中央政府として購入すべきではないか』ということになり、政府が国有化を決断した」と話した。(琉球新報)http://mainichi.jp/articles/20161019/rky/00m/030/008000c尖閣、領有宣言などして良いことはありましたか。近づくこともできず、警戒と緊張、軍拡、アジアに緊張を もたらしている。ぼんやりしていると、戦乱、アジア壊滅に。島は、都のものになったのでしょうか? 購入するなど 馬鹿げたことを考えていた人がいたのでは? 情けない。アジアに内乱が起きたらどうなるかと 真面目に考える必要が。良心的な政治家、カーター元大統領は 尖閣は、日本が悪いと言っていましたね。 NHK はじめ、日本のマスコミは、真相を報道せず、一方的に日本の立場しか伝えていない。 なぜ尖閣問題は 起きたか、考えるべきでは?単細胞的に、理論的に考えれば、尖閣問題は 日本の負けでは?日本の賢明な対応は 挑発者の断罪と謝罪では?早いほうが良い。 しかし、中国がサッチャー首相のように軍を出せば、消耗戦になり、中国と日本は 壊滅になるのでは? この文章は 日本の置かれている最も危険な状況 を表しているから、真面目に、真剣考えるべきである。アジアに内乱が起きれば、アジアは壊滅、世界は大混乱に陥るだろう。次には対韓国問題であるが、日本を逆なでしている問題は、おかしな議論として、きっぱり拒否し、当分、関わらない、近づかない姿勢が良いのではないだろうか。日本の甘い理不尽な態度が韓国を侮辱し、恥を世界に晒していると判断される。基本は次の2つの声明で良く理解できると考えられる:再生核研究所声明 101(2012.10.3) 慰安婦問題 ― おかしな韓国の認識、日本の認識再生核研究所声明 49(2011.2.16): アジアの愚か者、アジアの野蛮性もちろん、アジア分断や混乱の方向を避け、和の精神で友好関係を進めていくのは当然である。北朝鮮問題であるが、これはアメリカなど、国連常任理事国に基本的に任せ、日本は直接的な交流は実益主義で割り切って交流すべきである。対ロシア問題については、下記に纏められている。再生核研究所声明338(2016.12.20)ロシアとの付き合いについて― ウクライナ問題を抱えて、欧米ではロシアに対する厳しい態度をとっている。日本国は 基本的には欧米の側について、欧米第一に考えるべきであり、欧米の許容範囲内での付き合いに限定すべきである。対中国についてもそうであるが、日本はできれば欧米と中国の橋渡し、あるいは欧米と中国の緩衝地帯の役割をアジアの一員として果たしたいと考えるべきである。しかしながら、いざとなれば、日本はアメリカに付かざるを得ないのは 戦後のアメリカの偉大なる貢献と実績を見れば、歴然である。日米友好関係は日本外交の要である。苦しい財政状況の中で、日本は派手に、能力を越えて援助活動を行っているように判断されるが、多くは援助そのものが援助される国に貢献するとは限らず、また感謝さるなどと甘い判断をせず、まず自分の国を大事にするは、如何なる国にとっても当然のことであると 注意を喚起して置きたい。以 上追記:美しい国、日本(2008/2/11):今日は、建国記念日です。日本には、世界に誇るべき美しい文化と人類を導く良い考え方があると思います。 多額の借金と少子化及び教育の荒廃によって、このままいくと日本国は、衰退の道を辿る事にならないでしょうか。 何とか、日本国の再生を期したいと思います。 もちろん、日本国の神話は大事にすべきではないでしょうか。美しい国、日本日本は美しい島国です。豊かな水で多くの川が流れています。日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。2017.1.6.14:50 一気に書ける。2017.1.6.16:142017.1.6.19:152017.1.7.06:20 出来ている。2017.1.7.10:402017.1.7.19:232017.1.8.06:582017.1.8.11:372017.1.8.18:15 雨になる。2017.1.9.07:40 良い、完成できる。2017.1.9.07:54 完成、公表。
2017.01.09
まだもめている。 変ですね。再生核研究所声明 101(2012.10.3) 慰安婦問題 ― おかしな韓国の認識、日本の認識戦後60年を過ぎても 韓国は 第2次世界大戦以前の問題、 慰安婦問題や日本の植民地支配を批判したり、さらに謝罪を求めたり、賠償を求めたり、繰り返しているように見える。これらは、そもそもおかしいのではないだろうか。日本に侵略されたり、 虐待されたりしたとすれば、それは そもそも、自らの国家が、侵略を受けたり、乱暴をゆるしたのであるから、国家としての最も基本的な在りようを疎かにした、自分の国のだらしなさであって、 恥ずべきことではないだろうか。そもそも 第2次世界大戦以前は 強い国が弱い国を侵略し、滅ぼしたり、虐殺するなど、世界の常識であり、力が世界を支配していたと言える。古くは、平和に暮らしていた国を滅ぼしたり、略奪したりしてきた歴史は幾らでもある。大和はアイヌ人を騙して、侵略を続け、アメリカでもアメリカインデアンを同じように追い詰め、 第2次世界大戦中ですら、愚かにも戦争を仕掛けた、日本国など、原爆を2つも落とされ、何十万という非戦闘員の命を落とされている。大和もアメリカも ご免なさいと謝ったり、賠償をしているだろうか。日本の韓国における非道など、世界史や、第2次世界大戦中でも無視できるほどのことではないだろうか。ドイツはユダヤ人の根絶さえ狙っていたように見える。どうして、 自分の国のだらしなさを 世界に繰り返し、宣伝し、侵略を受けたことへの反省がないのだろうか。 日本は原爆など落とされ、あるいは非戦闘員を多数失ったが、それは戦争であり、自分の国の無力さ、愚かさを反省して、アメリカを批判したり、賠償を求めたり、せず、 友好関係を進め、世界の歴史を進化させようとしている。弱い、だらしのない国は 侵略を受け、滅ぼされるのも止むを得ないと考えるのが世界史の原理ではないだろうか。 2500年も前、古代中国では、国はどのように軍を備えるべきか、議論しており、孔子も隣国を侵略するように進言している。再生核研究所は 世界は未だ、野蛮性を有しているから、世界史を進化させ、より良い世界を具体的に示し、世界平和の問題や、人類の在るべき姿について 提案している。未来志向である。世界史を進化させようではないかと訴えている。韓国の慰安婦問題や植民地時代の問題のぶり返しは、再生核研究所声明 49: アジアの愚か者、アジアの野蛮性 そのものであり、そのような見識では、同じ民族も、国家も統一できないのではないかと 憂慮している。日本の大陸侵略の 時代背景、日本人の存念は 大谷杉郎 元群馬大学名誉教授が 心をこめて残された手記 (第二次世界大戦と日本の良心: 夜明け前 よっちゃんの想い (文芸社、84-86ページ) ― 第二次世界大戦の本質は、 世界列強の世界侵略に対する日本の切ない反逆です。― )を参照されたい。より良い対応は有ったと考えるが、日本は 欧米のアジア侵略に正面から反逆して、 結果として、敗れはしたが、アジアの独立を導いた面 も 正当に評価されるべきであると考える。元慰安婦などとの、日本政府との個別の問題対応などは、韓国への内政干渉であり、そのようなことは 韓国政府を侮辱するものである。そのような対応をとるべきではなく、元慰安婦などが 歴史的事実に不満が有れば、 それは、自分の国家の責任者に対して行うのが道理である。また、いろいろな国際舞台で 韓国は慰安婦問題や植民地時代の政策を批判などしているが、それらは、上記のように、自らの国の 自分達の無能力さを世界に表明しているものであり、いちいち反論したり、議論をすべきではない。無視すべきである。そのようなことで、言い争っていると、 外からみれば、どっちもどっちのアジアの愚か者の仲間と見えるだろう。以 上2012.9.29. 11時前、 尚徳とスカイプで話して、トイレから戻る途中ひとりでに全構想が一瞬に閃いた。 時間がとれた時に成文化したい。2012.9.29:17:30 16時半まで数学の論文を纏め、疲れて止めて、 一気書いたもの、結構既に良い。2012.9.30.08:55 追記、相当完成した。 思いついたこと、2つくらい。2012.9.30.10:30 美しい天気、青空。2012.9.30.12:00 良い2012.9.30.16:35 十分良い。 10月3日発表、2日には公表2012.10.1.9:20 素晴らしい2012.10.1.13:45 素晴らしい。1字挿入。2012.10.1.17:20 すこし、語句を修正して確かに良くしている。十分に良い。いわゆる右翼の人が フォローし、何と 10万を超える、フロアー 明日これを張って、喜ばせてやる。広い世界の介入である。2012.10.2.08:30 良い。2012.10.2.09:00 完成、公表
2017.01.08
279-628標準的に広く直線の表示と書かれてある図の式は、例外があるという意味で 一般的な直線の表示として 良くないと言えますね:The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world: Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. The main aim of the International Journal of Mathematics and Computation™ [ISSN 0974-570X (Online); 0974-5718 (Print)] is to publish refereed, well-written ...http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and researchゼロで割る場面、分数で、分母がゼロである場合、 現代数学は扱いが曖昧で、ちぐはぐになっている。 数学は完全で、美しくなければならない。
2017.01.07
図のアポロニウスの円の問題。 直線になる場合、それは自然で良い。問題は 点になる場合、1点と2点、どちらが自然で美しいでしょうか? 対称性から、2点が神の意思 ではないだろうか? ゼロ除算はそう述べている。完全に美しい世界です。The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. The main aim of the International Journal of Mathematics and Computation™ [ISSN 0974-570X (Online); 0974-5718 (Print)] is to publish refereed, well-written ...http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.07
ゼロで割れないというのは、方程式 x^2 = - 1 が解けないと同じように、狭い考えに基づいた 古い時代のこと である。ゼロ除算は、可能で 大きな新しい世界を 拓く:2017.1.6.10:10The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. The main aim of the International Journal of Mathematics and Computation™ [ISSN 0974-570X (Online); 0974-5718 (Print)] is to publish refereed, well-written ...http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.06
Happy New Year.Surprisingly enough, I was informed from my colleague that our paper was published in this new year already as in the bellow, without galley proof.Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. The main aim of the International Journal of Mathematics and Computation™ [ISSN 0974-570X (Online); 0974-5718 (Print)] is to publish refereed, well-written ...2017.1.5.20:06The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/…/announcement%20326-%20the%20di…Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.05
277-625ゼロで割ると 確かな世界が現れて 大事な意味を持ちます、 楽しく便利な ゼロ除算算法The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20divi Announcement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2017.01.05
人間は、ゼロで割ってはいけないが、数学や世に現れる分数では 拡張された分数として意味を持つ、ゼロで割れることが図のように多い。この観点で、現代数学は 大きな空白、盲点があると考えられる:再生核研究所声明325(2016.10.14) ゼロ除算の状況について ー 研究・教育活動への参加を求めてアリストテレス以来、あるいは西暦628年インドにおけるゼロの記録と、算術の確立以来、またアインシュタインの人生最大の懸案の問題とされてきた、ゼロで割る問題 ゼロ除算は、本質的に新しい局面を迎え、数学における初歩的な部分の欠落が明瞭になってきた。ここ70年を越えても教科書や学術書における数学の初歩的な部分の期待される変更は かつて無かった事である。ユークリッドの考えた空間と解析幾何学などで述べられる我々の空間は実は違っていた。いわゆる非ユークリッド空間とも違う空間が現れた。不思議な飛び、ワープ現象が起きている世界である。ゼロと無限の不思議な関係を述べている。これが我々の空間であると考えられる。そこで、最近の成果を基に現状における学術書、教科書の変更すべき大勢を外観して置きたい。特に、大学学部までの初等数学において、日本人の寄与は皆無であると言えるから、ゼロ除算の教育、研究は日本人が数学の基礎に貢献できる稀なる好機にもなるので、数学者、教育者など関係者の協力、参加をお願いしたい。先ず、数学の基礎である四則演算において ゼロでは割れない との世の定説を改め、自然に拡張された分数、割り算で、いつでも四則演算は例外なく、可能であるとする。数学はより美しく、完全であった。さらに、数学の奥深い世界を示している。ゼロ除算を含む体の構造、山田体が確立している。その考えは、殆ど当たり前の従来の演算の修正であるが、分数における考え方に新規で重要、面白い、概念がある。その際、小学生から割り算や分数の定義を除算の意味で 繰り返し減法(道脇方式)で定義し、ゼロ除算は自明であるとし 計算機が割り算を行うような算法で 計算方法も指導する。― この方法は割り算の簡明な算法として児童・生徒たちにも歓迎されるだろう。反比例の法則や関数y=1/xの出現の際には、その原点での値はゼロであると 定義する。その広範な応用は 学習過程の進展に従って どんどん触れて行くこととする。応用する。いわゆるユークリッド幾何学の学習においては、立体射影の概念に早期に触れ、ゼロ除算が拓いた新しい空間像を指導する。無限、無限の彼方の概念、平行線の概念、勾配の概念を変える必要がある。どのように、如何に、カリキュラムに取り組むかは、もちろん、慎重な検討が必要で、数学界、教育界などの関係者による国家的取り組み、協議が必要である。重要項目は、直交座標系で y軸の勾配はゼロであること。真無限における破壊現象、接線などの新しい性質、解析幾何学との美しい関係と調和。すべての直線が原点を代数的に通り、平行な2直線は原点で代数的に交わっていること。行列式と破壊現象の美しい関係など。三角関数や初等関数でも考え方を修正、補充する。直線とは、そもそも、従来の直線に原点を加えたもので、平行線の公理は実は成り立たず、我々の世界は、ユークリッド空間でも、いわゆる非ユークリッド幾何学でもない、新しい空間である。原点は、あらゆる直線の中心になっている。大学レベルになれば、微積分、線形代数、微分方程式、複素解析をゼロ除算の発展の成果で修正、補充して行く。複素解析学におけるローラン展開の学習以前でも形式的なローラン展開(負べき項を含む展開)の中心の値をゼロ除算で定義し ― ゼロ除算算法、広範な応用を展開する。最も顕著な例は、tan 90度 の値がゼロであることで、いろいろ幾何学的な説明は、我々の空間の認識を変えるのに教育的で楽しい題材である。特に微分係数が正や負の無限大に収束(発散)する時、微分係数をゼロと修正することによって、微分法の多くの公式や定理の表現が簡素化され、教科書の結構な記述の変更が要求される。媒介変数を含む多くの関数族は、ゼロ除算 算法で統一的な視点が与えられる。多くの公式の記述が簡単になり、修正される。新しい、関数の素性が見えてくる。複素解析学において 無限遠点はゼロで表現されると、コペルニクス的変更(無限とされていたのが実はゼロだった)を行い、極の概念を次のように変更する。極、特異点の定義は そのままであるが、それらの点の近傍で、限りなく無限の値に近づく値を位数まで込めて取るが、特異点自身では、ゼロ除算に言う、有限確定値をとるとする。その有限確定値のいろいろ幾何学的な意味を学ぶ。古典的な鏡像の定説;原点の 原点を中心とする円に関する鏡像は無限遠点であるは、誤りであり、修正し、ゼロであると いろいろな根拠によって説明する。これら、無限遠点の考え方の修正は、ユークリッド以来、我々の空間に対する認識の世界史上における大きな変更であり、数学を越えた世界観の変更を意味している。これはアリストテレスの世界の連続性の概念を変えるもので強力な不連続性を示している。 ― この文脈では天動説が地動説に変わった歴史上の事件が想起される。ゼロ除算は 物理学を始め、広く自然科学や計算機科学への大きな影響があり、さらに哲学、宗教、文化への大きな影響がある。しかしながら、ゼロ除算の研究成果を教科書、学術書に遅滞なく取り入れていくことは、真智への愛、真理の追究の表現であり、四則演算が自由にできないとなれば、数学者ばかりではなく、人類の名誉にも関わることである。実際、ゼロ除算の歴史は 止むことのない闘争の歴史とともに人類の恥ずべき人類の愚かさの象徴となるだろう。世間ではゼロ除算について不適切な情報が溢れていて 今尚奇怪で抽象的な議論によって混乱していると言える。― 美しい世界が拓けているのに、誰がそれを閉ざそうと、隠したいと、無視したいと考えられるだろうか。我々は間違いを含む、不適切な数学を教えていると言える: ― 再生核研究所声明 41: 世界史、大義、評価、神、最後の審判 ―。地動説のように真実は、実体は既に明らかである。 ― 研究と研究成果の活用の推進を 大きな夢を懐きながら 要請したい。 研究課題は基礎的で関与する分野は広い、いろいろな方の研究・教育活動への参加を求めたい。素人でも数学の研究に参加できる新しい初歩的な数学を沢山含んでいる。ゼロ除算は発展中の世界史上の事件、問題であると言える。以 上追記:http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdf DOI:10.12732/ijam.v27i2.9.Qian,T./Rodino,L.(eds.): Mathematical Analysis, Probability and Applications -Plenary Lectures: Isaac 2015, Macau, China. (Springer Proceedings in Mathematics and Statistics, Vol. 177) Sep. 2016 305 pp. (Springer) Paper:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesDear Prof. Hiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohWith reference to above, The Editor-in-Chief IJMC (Prof. Haydar Akca) accepted the your paper after getting positive and supporting respond from the reviewer.Now, we inform you that your paper is accepted for next issue of International Journal of Mathematics and Computation 9 Vol. 28; Issue 1, 2017),数学基礎学力研究会のホームページURLはhttp://www.mirun.sctv.jp/~suugaku
2017.01.04
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