2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全4件 (4件中 1-4件目)
1
「常備菜」って、なんともステキな響きがします。「暮らしの達人」のよう。経済面、栄養バランス、健康長寿、食の楽しみ、合理性の全てに配慮が行き届いた、生活の知恵っていう感じですね。 99歳にして親子三代でモンブランの滑走に成功した三浦敬三さんのことが思い出されます。長寿の秘訣をテーマにしたTV番組で、三浦敬三さんの食卓が紹介されたのです。三浦さんは、冷蔵庫からタッパーを次々に取り出し、食卓の上の小皿に取り分けて並べていくのでした。独りでも、にぎやかで楽しそうな食卓!通いのヘルパーさんが1週間分ぐらいをまとめて作ってくれたそうで。 1つひとつの内容は詳しく覚えていませんが、野菜の煮付けや、小魚の佃煮など、高齢者でも消化吸収しやすく、しかも栄養のバランスのとれた内容だったと思います。 もちろん、常備菜ばかりでは飽きてしまうでしょうから、常備菜+主菜を1つか2つ+温かい汁物という基本がいいでしょう。朝食だったら、主菜は卵料理か、ハム・ソーセージなどの保存食品、干物や焼き魚といった組み合わせが便利ですね。常備菜を上手に活用すれば、むしろパン食より、ご飯をメインにした和食のほうが合理的、効率的で理にかなっているように思われます。何しろ、千年以上にわたって日本人が親しみ、発展させてきた食文化なのですから。 シングルで在宅仕事の多い私も、常備菜には重宝しています。簡単に済ませたい朝食や昼食のときに便利ですね。 オススメの常備菜は、その名のとおりの野菜料理です。★尾花沢の「だし」 きゅうり、茄子などの野菜を数種類、2mm角ぐらいに細かく刻んで塩、みりん、醤油などで薄く味付けします。唐辛子を入れてピリ辛にしてもいいし、昆布やオクラを入れて粘り気を出すと楽しい。味の決め手は、みょうが、大葉、ねぎなどの香りのする野菜です。「だし」は納豆に混ぜてもおいしいし、そのまま白いご飯に載せるだけでもイケル!市販品もあります。「尾花沢のだしっ」 以下は私のレシピです。1)出汁昆布に酒少量をふりかけて柔らかくしておく2)きゅうりは塩もみしてイボイボを平らにしてから、大根と茄子は皮を剥いてから、ししとうは種を取って平らにならしてから、最初に千切りにし、次に向きを変えて2mm角の微細な角切りにします。切ったそばからザルにあけます。ミョウガとネギは同じく細かいみじん切りにし、大葉も糸のように細い千切りにします。好みでタカノツメも種を取って細かく刻みます。全てをザルにあけたら軽く塩を振り、ザルを上下左右に動かしてよく混ぜ、余分な水を切ります。3)柔らかくなった昆布は、包丁で糸のように細く切ります。面倒なら「納豆昆布」を使用してもいいでしょう。4)全ての材料を保存容器に入れ、みりん、ごく少量の醤油で味付けし、箸でかき混ぜて粘り気を出します。★★ほうれん草のナムル ナムルは、青菜の調理法として非常に優れており、味も抜群に良いと思います。ほうれん草などの青菜が安いときにまとめ買いして作っておきたい。1)ほうれん草は葉と茎に分け、葉は重ねて縦方向に千切りにします。洗わずにそのまま切ったほうが包丁が滑らなくて安全です。茎は1本ずつ根本からはずし、泥を払います。以上をザルにあけてさっと水洗いします。2)大鍋に湯が沸いたら塩を一つまみ入れ、ほうれん草を放り込みます。箸でさっと混ぜたらすぐに火を止め、ザルにあけて冷水を流して冷やします。3)タレを作ります。ショウガ、ニンニクをすりおろし、醤油、胡麻油、砂糖、すりゴマと混ぜます。好みで粉とうがらし(一味とうがらし)を加えてもいいでしょう。4)水気をよく絞ったほうれん草を、タレであえてできあがり。 ほうれん草と一緒に、セリ、春菊、三つ葉などの香りのする青菜を一緒に千切りにして混ぜるとゴージャスです。★★★玉ねぎのアチャール 日本、韓国の次はインド料理です。カレーや煮込み料理の箸休めにピッタリ!1)玉ねぎをスライスします。2)トマトは1cmぐらいの角切りにします。皮は剥かなくてもOK。3)保存容器に玉ねぎとトマトを入れ、カイエンヌペッパー(微細粉末の唐辛子)を大量に入れ、塩は少々、ワインヴィネガーを適宜ふりかけ、よく混ぜ合わせます。おしまい。 半日ぐらい置いてからが食べごろ。好みでショウガのみじん切り、パクチー(香菜)の根と茎のみじん切りを加えてもいいでしょう。ヴィネガーの酸味が強すぎるという人は、レモン汁かライム汁がオススメ。カイエンヌペッパーは超微細粉末なので素材によくなじみ、辛みが爽やかです。ひと瓶買うと、かなり長持ちします。
2006年07月18日
「あなたの……としてのプライドって、何ですか」と、尋ねられたらどのように答えますか?「……」の部分には、職業名や社会的役割、あるいは「日本人」が入るわけですが。 私のライターとしてのプライドって、よく考えればいくつもありますが、咄嗟に思いついたのが、「類語辞典を使わないこと」なんです。「類語辞典」というのは、同義語が数多く掲載されているので、ボキャブラリーを増やすのに便利であると言われています。私は使ったことがないので、本当に便利かどうかは、分かりません。ボキャブラリーを増やすには結局、読書しかないだろうと思うからです。 読書で増やしていくのは時間のかかる方法ですが、一生かけて続けるつもりの仕事であれば、それも当然かなと。 さて、主婦の皆さんにとっては、「主婦としてのプライド」って何なんでしょうか。自信を持って取り組んでいることや、「私の信条」のようなものですね。「主婦としてのプライド」を明確にすることが、再就職をすべきか、すべきでないか、するとしたらいつが適切か、再就職するときの自分のウリ(強み、長所、得意分野)は何か等々を判断する材料にもなるでしょうね。 そう考えてくると、プライドというのはアイデンティティでもあり、現実へのコミットメントでもあり、未来への目標や理念・理想にも通じるわけで、結構、奥が深いかもね。 私は主婦ではないのですが、それでも家庭人としての側面は持っているわけで、「料理好きの料理人としてのプライド」なんかもあったりします。それは……「旬の素材を生かして使う」――肉よりも魚、そして旬の野菜をふんだんに「包丁技や手仕事にこだわる」――カッターは断面が美しくないし楽しくないのでなるべく使わない。裏ごし、隠し包丁、皮むき、面取りといった手仕事の手間隙を惜しまない「出来合いのものはなるべく使わない」――入手の難しいエスニック料理のスパイス・ミックスは別として、化学調味料や「○○の素」の類、レトルト、インスタント食品はなるべく使わない「レシピの情報収集は幅広く、ただし批判的に使い、盲信しない」――日ごろから「優れたレシピ」集めには熱心ですが、使うときは自分流にアレンジすることが多い。「なぜ、その手順がよいのか」という理屈を考え、料理の流れと素材を生かすコツを踏まえて作ります「日本の伝統を尊重する」――日本人として先祖代々何千年も親しんできた素材や調理法を尊重します。放っておくと死滅しかねない郷土料理を大切にしたい「エンタテイメントとしての食を意識する」――私は宴会料理が好き。四季折々の移り変わりや行事、お祝い事等々のシチュエーションに合わせた「テーマ」を考え、食卓のストーリーを組み立てて演出し、上演するのが楽しみ なーんていうふうにプライドについて語り始めると、そこには自然と人柄や人生観――本人が抱いている「生きる意味」などがにじみ出てきますね。
2006年07月18日
近々上映されるドキュメンタリー映画『蟻の兵隊』の主人公である奥村和一さんの半生を描いた聞き書き『私は「蟻の兵隊」だった』(岩波ジュニア新書)を読み始めたら止まらず、イッキ読みしてしまった。 奥村さんは、日本が無条件降伏をした後も中国に残されて国民党軍とともに八路軍(人民解放軍)と戦った山西残留兵のひとり。豊かな鉱物資源の利権を狙う中国人軍閥と、戦犯としての追及を逃れようとする将校たちの思惑に翻弄され、駒として使われた。何も知らずに、純粋に日本の再興を願って黙々とひたむきに戦った兵隊たちは、後世になって自らを「蟻の兵隊」と称した。 残留兵2600人のうち550人が戦死するという凄絶な戦いの中で辛くも生き残り、捕虜収容所で何年か過ごした後で日本へ帰国したとき、彼を待ち受けていたのは「逃亡兵」の扱いだった。山西軍は、指揮官の命令の下、天皇制の護持と国家再興の大義名分を抱いて戦ったのに、日本政府は彼らを「傭兵」と見なし、軍人恩給の対象から外した。 忘れ去られようとしていた山西軍の真実を世に伝えるため、奥村さんは老いてもなお、訴え続ける。 広島の原爆慰霊碑には「安らかに眠って下さい/過ちは繰返しませぬから」と書かれている。その「過ち」の中身がなんだったのか、いまや人々は忘れ去ろうとしているのではないだろうか。 とくに加害者側が重い口を開かない限り、「過ち」の実態は封印されてしまう。 奥村さんは言う。 「私ははじめから人殺しではなかったのです。人を殺すのが正しいとは思っていなかった。しかし兵隊に行けば、人を殺すほど正しいということになっていくわけでしょう。殺される人間は敵だから、殺されるのが当たり前だと。殺されるのが悪いんだという。そういうふうに人間性そのものから変えられていくわけでしょう。戦争とはそういうものなんです。そうでなかったら戦争はできないんです。 イラク戦争にしたって一般の人がどれくらい殺されているか。決して兵隊だけではないのです。破壊されるのも兵舎だけではなくて、一般の家屋なんです。誰がいちばん悲惨な目に遭っているかといったら、そこに住んでいる民衆なんです。それでこれが正しいことなのかどうか、それをみんなで考えてもらいたい」 「制裁」だの「報復」だの、戦争につながりそうな恐ろしい言葉が飛び交っているいまだからこそ、読んでおきたい本、見ておきたい映画です。 この映画に興味のある方は、下記をご参照ください。私も「蟻の兵隊」を応援する一人です。ある雑誌の仕事で監督の池谷薫さんにインタビューさせていただいたのがご縁でした。 「蟻の兵隊」HP 「蟻の兵隊」を観る会blog 良かったら、投票してね!Yahoo!ムービー↓に「ムービー投票」というのがあって、これで上位5位に入ると、TVの「やじうまプラス」で映画を紹介してもらえるのです。右側のカラムの下のほうです。 Yahoo!ムービー投票 ケータイからも投票できるので1人2票までOKです! ムービー投票で上位5位に入るとTV朝日「やじうまワイド」で紹介してもらえます。知名度が上がる→観てみようかなという人が増える→前売り券が売れる→上映期間が8月15日!まで延びる! というシナリオを狙っています。これを機に興味を持っていただけるとうれしいし、できたら前売り券も買ってね!7月22日から渋谷のイメージ・フォーラムで公開されます。
2006年07月14日
元アイドルの自殺が報じられた。彼女は既にカリスマ性を失っているとは思うが、影響力は小さくないだろう。もしかすると、模倣や連鎖が起きるかもしれない。自殺の報道は難しい。「生と死」について、明確な観念を確立していない子どもたちをメディアから遠ざけることも難しい。 欧米の学校では生と死について学ぶ機会が設けられているという。とくに、肉親や身近な人を喪った子どもたちへの精神的ケア--グリーフケア、グリーフカウンセリングが充実しているというからすばらしい。 上智大学のデーケン先生が『〈突然の死〉とグリーフケア』(春秋社)の中で紹介しているアメリカ・ミネソタ州のプログラムは1時間半のセッションを週に1回ずつで、全部で8週間のコースである。年齢別にグループにわかれ、男女2人の大人のファシリテーターが付き添う。 第1週目 自己紹介(だれを喪ったか等々) 第2週目 悲嘆のプロセスの分かち合い。気持ちの変化についての気づきと共感。 第3週目 喪った人について思い出して詳しく話す。 第4週目 亡くなった人にまつわる物を持ち寄り、その人の好きだったことや楽しい思い出について語り合い、いまはいないその人と、これからの自分との間にどういう関係を続けられるかについて話し合う。 第5週目 お葬式のことを取り上げる。良かったこと、救われたこと、逆に嫌だったことについて。 第6週目 実地に葬儀場を見学する。疑問に思ったことについて、葬儀業者に質問する(海外の葬儀業者は悲嘆についてよく研究していてレベルが高い。死生学会で発表する業者も少なくないという)。 第7週目 これまでに学んだことのふりかえり。自分はどう変わったか。これからどう生きるか。また、「ここで学んだことによって、自分たちはこれから、他の子どもたちの悲嘆を、どう助けたり支えたりすることができるかなどについて、自分の考えを発表する」。 第8週目 子どもたちの家族の大人たちも加わり、ともに学ぶ。7週間の悲嘆教育を受けたことで、子どもがどう変わったか、どう立ち直りつつあるかを話し合う。 さて、日本の教育現場は、どうなっているのだろうか。 デーケン先生は年に1回「生と死を考える日」を中学・高校で実施してほしいと提言し、そこで取り上げたいテーマとして次の5つを挙げている。 1)死への準備教育--たとえば、母親ががんに罹ったと想定し、そのときに父母の気持ちを思いやり、子どもとして何ができるかについて話し合うなど、具体的なテーマでディスカッションする。 2)悲嘆教育 3)自殺防止教育 4)交通安全教育 5)エイズ教育 しかし、日本で「死への準備教育を始めます」などと学校が宣言しようものなら、PTAは過剰反応するだろうなあ。「子どもには早すぎます」「宗教にかかわることは学校で教えるべきではない」「受験に関係のない勉強は不要」等々。宗教関係の私立校なら可能かもしれないが。
2006年07月14日
全4件 (4件中 1-4件目)
1