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書籍代が嵩んで大変なことになっています。読みたい!と思ったらすぐにamazonで注文してしまうクセがついちゃって。しかし、実際には読む時間に限りがあって、読めないままの本が部屋にどんどんたまっていく……。 読書にもマネジメントが必要ですね。 というわけで、今後、読みたい本でもすぐに注文せず、一度、リストアップしておき、読む時間ができて機が熟してから買うことにします。とはいえ、仕事上、急を要する読書や、絶版本を古書で探すときだけは例外ですね。 最近、買った本もリストアップしておきます。ひえー!買いすぎだという自己反省をこめて。また、私がこんな本を読んでいるということについて、「気が合う!」とか「だったら、こんな本も読んでみては?」というコメントをいただければ幸いです。★10月・11月に買った本『国家悪―人類に未来はあるか』(1969年) 大熊信行著『若者が働くとき―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず』『戦争という仕事』内山節著、信濃毎日新聞社『フラット化する世界』(上)(下)トーマス・フリードマン著、日本経済新聞社『検証ふるさとの水』宇井純著『未来産業の構造―先端技術をめぐる対論』宇井純編著『公害自主講座15年』宇井純編著『本、そして人』神谷美恵子著、みすず書房『樹をみつめて』中井久夫著、みすず書房『年収1/2時代の再就職』『決定版 失敗学の法則』『博士の愛した数式』小川洋子著『養生訓に学ぶ』『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』『日本宗教史』『ロジャーズ看護論』『仏教vs.倫理』『木のいのち木のこころ 天』『ソロモンの指環―動物行動学入門』『いいことは、いつくるかな?―スヌーピーと仲間たちはこうしている』『ヴェーユの哲学講義』『自由と社会的抑圧』『癒しの女性史―医療における女性の復権』『ワトソン21世紀の看護論―ポストモダン看護とポストモダンを超えて』『ベナー看護論―初心者から達人へ』『災害看護―人間の生命と生活を守る』『魂をゆさぶる禅の名言―明日からあなたは変わる!』『働く女の転機予報―Image yourself in future』 10月は書評の仕事があったので、ちょっと買い過ぎでした。仕事だけど自腹なんです。いてぇ。 著者名、出版社名などの抜けている情報は、後で書き足します。これから買いたい本のリストについてもネ。★これから買いたい本『ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない』佐々木常夫著、WAVE出版『プーチニズム 報道されないロシアの現実』アンナ・ポリトコフスカヤ著、NHK出版『誓い チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語』ハッサン・バイエフ著、アスペクト『アッラーの花嫁たち ―なぜ「彼女」たちは“生きた爆弾”になったのか? 』ユリヤ・ユージック著、WAVE出版『元刑務官が明かす死刑のすべて』坂本敏夫著、文春文庫『パプリカ』筒井康隆著、新潮文庫『サラリーマン残酷物語―起業か、転職か、居残るか』風間茂著、中公新書ラクレ『まなざしに管理される職場』大野正和著、青弓社『雇用破壊 非正社員という生き方』鹿島敬著、岩波書店
2006年11月28日
1本足のテーブルもあるけれど、どうにも安定が悪い。2本足っていうのは、ほとんど見かけない。3本は、天板が円形ならアリかな。やはり、4本足でないと安定しない。 人生を支える「足」についても同様。 仕事と家庭生活だけでは、ゆとりがない。綱引きか、シーソーか、やじろべえみたいなもので、緊張関係を強いられるかもね。 地域の交友関係、または趣味の交友関係といった、3本目、4本目のステージも、豊かな生活のためには必要じゃないだろうか。 私の3本目の柱は、音楽です。ゴスペルバンドのキーボード奏者兼シンガーとして参加したり、好きなミュージシャンのライヴに行ったり、日々、自己研鑽のためにピアノを練習したり。音楽に浸っているときは、全てを忘れ、全身全霊を別世界へ飛ばしてしまう。そこで違う自分になれて、本当の自分を見つめなおすことができる。 先週の金曜日は、エリック・クラプトンのライヴに行ってきた。なんと、ど真ん中で前から3列目。初来日からほとんど毎回通い詰めているけれど、これほどの席は初めて!熱唱するクラプトンの唾が霧状になってかかってくる感じでしたわ。きゃーっ。 私の4本目の柱は、エアロビクスなどのエクササイズ。本当は毎日でもジムに行ってレッスンを受けたいのだけれども、中々そうもいかなくて。まあ、冬は足を傷めやすいので、ほどほどがちょうどいいかもね。 5本目の柱は、酒と料理の宴会かしらね。このところ仕事が詰まっていて、月に1回もホームパーティを開けない状態だけれども、本当なら2回ぐらいは開催したい。クリスマスには、恒例のチキンの丸焼きを作りたいなあ。 といいつつ、当面は仕事の柱を極太にしておかないと。老後の資金を貯めるために、もうひとがんばりなのです。 日曜でも家に籠もってひたすら書く、書く、書くのでした。
2006年11月26日
地方出張が続いて、日記が続かなくなって申し訳ありません。なるべく肩の力を抜き、いま、書けることだけでも書いていきます。 最近、私のアンテナに引っかかったことを、断章的に。 情報の「情」と「報」 情報という字を分解すると、「情」と「報」になり、人々は事実の「報」ばかりを重んじるけれども、実際のところ、「情」のない情報は面白くない。つまりは人の心を動かさないということを村上龍がどこかに書いているそうですが、出典をご存知の方、教えてください。 これを私なりに解釈すると、「情」とは「情緒」あるいは「感情」であり、「報」とは「報告」ですね。 私の専門のキャリア関係の土俵で語るとしたら、履歴書や面接で自己PRするときにも、この情報の2つの要素が非常に重要であると思われます。 自己PRのときに提供しなければならない「自分自身に関する情報」を「情」と「報」に分解してみましょう。「自分の報」・何ができるか(これまでの職務経験、成功体験、得意な仕事、取得資格、持っている専門知識など)・何をやりたいか(職種や勤務条件についての希望、入社後の抱負など)・どのような人柄か(長所と短所、その職務に対する性格面での適性など)・責任をまっとうできるか(健康状態、職務能力、職業適性など)「自分の情」・意欲(やる気があります!)・協調性(仲間に入れてください!)・誠実さ(まじめに仕事に取り組みます!)・奉仕の精神、徳性(会社とお客様、社会の人々のために貢献します!) まだまだありそうですね。 自分に関する情報を自己PRするときの「報」と「情」は、実際にはバラバラに分断されているものではなく、重複しています。「何をやりたいか」について語るときには、相手に「意欲」が伝わらなければ、「ホンモノ」だと思ってもらえないでしょう。 ただし、「意欲」だけでも説得力がない。自分の「適格性」についての情報を、能力(潜在能力)、職務経歴(成功体験、体得した能力)などで具体的に示さなければなりません。 面接を担当する人事部門の人や、人事権を握る部門の管理職にたずねてみると、彼らが一番知りたいことは「意欲」だといいます。「意欲」が伝わって来ない人は、採用できない。 問題は、「意欲」をどのように伝えるか、です。「がんばります!」のひと言だけでは、「本当にがんばれるかな?」という疑問を払拭できないでしょう。 感情プラス、冷静な自己分析と自己評価、それに第三者の評価やお墨付きが加わって初めて、伝わるのではないでしょうか。 情報の「情」と「報」については、もうひとつ、面白い話題が引っ掛かってきました。NHKの早朝番組に出てきた、東照二という大学教授の話。詳しくは、著書の『歴代首相の言語力を診断する――小泉首相はなぜ画期的だったのか』(研究社)に書かれているそうですが、 小泉首相の物言いがなぜ、人々の心を捉え、人気を集めたかというと、彼が「情緒」を伝えることに長けた人であったからだと東教授は言いました。 たとえば、有名な、貴乃花が優勝したときのコメント。「ケガの痛みに耐えてよくがんばった。感動した。おめでとう!」「感動した」というように、自分の思いを伝える言葉を多用したことが、小泉首相のユニークさであるわけです。 安倍首相の演説も、小泉以前の首相に比べると、一見、小泉流にフレンドリーで自分の思いを伝えようとする姿勢が伺えるけれども、即答を迫られたときにボロが出るというふうに、もっと穏やかな言葉ですが、東教授は分析しておりました。恐らくは、演説などのあらかじめ用意のできる発言については、スピーチライターの力に負うところが大であろうと。 要は、「自分の言葉(自分で考え抜いた、自分で生きた言葉)で自分の思いを伝えて説得力がある」ということが、自己表現においては大切なんでしょうね。
2006年11月24日
各資格・職種について、1日分の日記スペースでは更新するにも、読んでいただくにも不便なので、何日かに分けて切り込んでいきたいと思います。 いまのところ考えているのは、1)基本情報、2)NEWS&TOPICS、3)女性の視点という3つの切り口はどうかなと。 さて、ファイナンシャル・プランナーの“NEWS&TOPICS”に関しては、今年10月に日本ファイナンシャル・プランナーズ協会が発表した「金融機関におけるFP実態調査」(回答数は金融機関411社)および「ファイナンシャル・プランナーの業務についての実態調査」(回答数は1万791人)の中から、参考になりそうな情報をピックアップしてまとめてみました。「金融機関におけるファイナンシャル・プランニングの実態調査」の概要調査対象◆金融(銀行・信用金庫・生損保・証券など)700社調査期間◆2006年6月~9月有効回答数◆411社(1)金融機関の社内FP資格者の増加は、業績向上に影響(411社中、67・9%が業績との相関性を実感していると回答。地方銀行のほぼ全社で相関ありと回答があったのが目立つ。信用金庫でも9割以上が相関ありと答え、リテールマーケットに有効性があることが証明された)(2)全体の6割強がFP資格の取得を奨励。費用の補助と昇給・昇進などを実施(3)FP資格取得の最大の利点は、顧客サービス向上による営業力を強化(4)社内FPを使用した顧客サービスは相談業務が67.7%で、商品販売(19.1%)と答えた2位を大きく引き離した。「ファイナンシャル・プランナー実態調査」調査対象◆日本FP協会が認定しているCFP資格・AFP資格を取得したファイナンシャル・プランナー 13万7522人(2006年4月現在)調査期間◆2006年5月26日~6月5日(インターネットを通じ実施)有効回答数◆1万791人(男女比は、男性72・8%、女性が27・2%。保有資格別ではCFP資格が15・8%、AFP資格が84・2%)(1)資格の取得動機「仕事で必要だから」が最多の41・3%。続いて「自己啓発」が28・4%。「仕事で必要だから」のうち約3割は「会社からの指示」と回答(2)他に持っている保有資格「生命保険募集人」が最多の38%、次いで「証券外務員」が31・4%、「損害保険代理店」が23・9%。また、不動産業界関係者もFP資格に注目しており、「宅地建物取引主任者取得者」資格を持つFP資格取得者は19・9%と約2割を占める。(3)年収全回答者中、FP業務による売り上げ収入がある652人が回答。独立系FPの年間売り上げ収入は平均640万円。売り上げが200万円以下の者が51・1%と半数を占める一方、1億円以上のFPもいる。9年以上の業務経験があるFPになると、41・1%が年間売り上げ収入1000万円を超える。(4)主な収入源FP相談が57・4%、次いで販売手数料が44・8%、講演料が39・1%の順。1時間当たり相談料は「5000-1万円未満」が最多の42・8%、平均は7100円。1回当たりの講演料は「1万-5万円未満」で37・7%、平均は4万3800円。(5)相談者(顧客)について全回答中、個人顧問客のいる266人が回答。独立系FPの主要な顧問顧客は団塊の世代。年齢層別に見ると、55-64歳が最多の33・5%を占めている。推定平均年齢は51・6歳。顧客の平均総資産残高は「1000万円以上5000万円未満」が最多の38・3%を占める。中央値は推定3000万円。(6)FP自身が感じているFPの認知度「FPの名称はよく知られている」と感じているFPが54・1%と半数以上に達しているが、「FPの業務内容までよく知られている」と感じているのはわずか2・1%にすぎない。
2006年11月16日
当ライフキャリア総研では、これから日記形式で「資格・職種リサーチ」を開始します。不定期ですが、私のキャリアセミナーの受講生の皆さんのリクエストなどをもとに、随時、1つずつ取り上げて、その資格・職種の概要、適性、なるには情報、資格活用事例などのポイントをまとめていきます。 記念すべき第1回目は、ファイナンシャル・プランナー(FP)。少しずつ書き足していきますので、興味のある方は後からフォローしてくださいませ。後でトップページにリンクを作っておきます。1)ファイナンシャル・プランナーの定義・金融商品や年金、税金などに関する知識をもとに、個人に応じた生活設計のアドバイスを行う業務をファイナンシャル・プランニングと呼ぶ。・この業務を行う知識を証明する資格には、民間の日本FP協会が認定するAFPとその上位のCFPなどのほかに、国家検定であるFP技能士がある。・AFPの資格審査は2級FP技能士の検定試験をもって行うので、これに合格すれば同時に両方の資格を得ることになる。・ただし、AFPに認定されるためには、日本FP協会が指定するAFP認定研修を修了している必要がある。・AFPとFP技能士の違いは、AFPには倫理要件および認定研修や継続教育などの教育要件があり、さらに資格更新の必要があることが挙げられる。・なお、CFPは、1972年に米国で創設され、世界19カ国で導入されている国際的に権威のある資格であり、国際CFP組織の認定基準にしたがって日本FP協会で認定している。出典は、キャリアガイダンス.net2)労働条件の特徴・独立したファイナンシャル・プランニング会社は少なく、大半が銀行、証券会社、生命保険会社、損害保険会社などの金融機関に所属して、企業内で顧客の相談(コンサルティング)に応じている。また、会計事務所、税務事務所、社会保険労務士事務所、不動産会社に所属する人もいる。・独立したファイナンシャル・プランナーの多くは、公認会計士や税理士、社会保険労務士、弁護士などと兼業しており、一般向けの資産設計セミナーの講師や、著作物の執筆などを行っている人もいる。 ・ファイナンシャル・プランナーは新しい職業で、日本ではまだ一般の消費者に広く認知されていない。しかし、最近の金融業界の再編や高齢化社会を迎えて将来への不安が高まる中で、今後は需要の増加が見込まれている。出典は、キャリアマトリックス(職業とキャリアに関する基盤情報システム)TOP>職業検索>テーマ検索「マネーを扱う」>ファイナンシャル・プランナー3)資格活用事例(M・Sさん、男性、35歳)・CFP(Certified Financial Planner)をはじめ、多くの資格を取得して、現在、フリーランスのファイナンシャル・プランナー(FP)として活躍中のM・Sさん。個人顧客に対する生活設計の相談業務を行うほか、2~3日に1回は企業などで行われるセミナーで講師を務めたり、『FP技能士2級AFP試験速習ポイントテキスト』などの専門書を執筆している。・バブル崩壊後に入社したので、何か武器を身につけておきたくなり、「周囲の比較的経済的に豊かな人と会話するいい材料にもなる」とFPの勉強を開始。96年、日本FP協会AFP登録。保険の知識を学び、「シニアリスクコンサルタント」の認定も受ける。周辺知識を得るため簿記や税務検定などを学び、97年、日本FP協会CFP認定。・00年、関連する不動産取引の知識習得のため「宅地建物取引主任者」を取得。同年、間口を広げようと、資産運用だけでなくお金の使い方も提案できるようになるために「消費生活アドバイザー」を取得。・02年、コミュニティにかかわる契機になると「マンション管理士」を取得。出典は、キャリアガイダンス.net4)その他情報源日本ファイナンシャル・プランナーズ協会FPになるための情報が詳しく、資格活用者の事例が豊富
2006年11月15日
今日の私は、1日室内作業です。 昼ごはんに作ったのが、ほうれん草スープ。ネットでレシピを検索し、しかし、買い物に行くのも面倒なので、家にある材料だけでアレンジして作っちゃいました。1)ほうれん草を洗って、熱湯で1分ぐらい茹でて、冷水にとって、水気を絞って刻む。2)その間に、湯をカップ1杯分沸かし、中華スープの素を溶かし、冷まして置く。3)その間に、バターを鍋で溶かし、小麦粉を大さじ2杯ぐらい加えて軽く炒め、少しずつ牛乳を足してのばし、とろみをつける。使用した量は全部で400cc。4)1)と2)をミキサーに入れてドロドロにし、3)の鍋に加える。5)味付けは、塩、胡椒、ナツメグ、カレーパウダー 炒め玉ねぎを入れたほうがコクが出るとは思います。買い置きがなかったので、楽天で淡路産玉ねぎ10kgを注文しておきました。 あまりにもシンプルすぎたので、後からベーコンを刻んでトースターでカリッと焼いて加えました。ひやご飯にかけて、レンジでチンして、リゾット風にして食べました。粉チーズがあれば、もっと良かったな。でもまあ、中々の出来上がりで満足です。 ほうれん草の緑色が目に鮮やかで、おお、これでビタミンを十分に補給できたなという満足感があります。料理は、目で味わうことも大切ですね。 とっても簡単ですので、ぜひお試しください。とろみは、水溶き片栗粉でもいいんじゃないかな。バターを使わないほうが低カロリーになりますが、味は寂しいかもね。 いま流行りのホワイトカレーのルウを使って、カレーにしても面白そうだなと思いました。今度、宴会のときに作ってみようっと。
2006年11月13日
いやあ、びっくりしました。 昨日書いた原稿が、その日のうちにサイトにアップされるとは! キャリア問題、とくに主婦の再就職にまつわる話題のコラムが読売新聞のサイトに掲載されましたので、興味のある方は読んでくださいませ。「ブランクなんて、怖くない」 1カ所、間違いがありますというか、時間が経てば間違いではなくなるのですが、エドガー・シャイン博士は、11月19日に東京、11月21日に大阪で講演されるので、多分、まだ来日されていないと思います(^^;)見込み記事でスミマセン。雑誌記者育ちなので、最低でも2週間先の時制で書くクセがついているもので。 さて、今日は松戸市の勤労会館において、「子どもの就職支援セミナー」という、わが子がニートやフリーターにならないかと心配する親のためのセミナーが開催されます。その講師の1人として2時から私がお話ししますので、興味のある方はおいでください。定員にゆとりがかなーりあるようですので、よろしくお願いします。 もう1人の講師は、国立市でニート支援活動を展開しているNPO育て上げネット理事長・工藤啓さんです。工藤さんは、ニートと呼ばれる若者たちと年齢も近く、彼らの気持ちになって、とてもよい支援をしていらっしゃいます。きっと良いお話が聞けると思いますよ! 私は、若者をめぐる昨今の就職事情および、親としての関わり方についてお話をするわけですが、その中では、「聴く」と「待つ」と「見守る(看る)」ということを強調したいと思います。時間がないので、メモだけ。・日本語の「きく」には、「聞く」「訊く」「聴く」の3通りがあるが、人を育てる、人を愛する、人を理解するという観点からは「聴く」が重要。積極的傾聴。・対話の中で、日ごろの関わりの中で、「待つ」ことが大切。自分の偏った見方を押し付けない。相手を批判する前に受容し、相手を変えようとする前に自分を変える。・日本語の「みる」には、見、省、看、相、視、診、察、監、覧、観などの多くの字があるのに比べ、「きく」は非常に少ない。このことからも、人はいかに見た目を重んじ、きくことを苦手とし、おろそかにしてきたかがわかるようだ。・「心眼」という言葉もあれば「心耳」という言葉もある。・「看」の字は、手と目の組み合わせでできており、手をかざして見るようすを表したもの。遠くを見る、しげしげと見るの2つの意味がある。子どもを看るときには、いま、ここを見ることと、遠くの将来を展望することの2つが必要ではないだろうか。
2006年11月11日
テレビって、生の映像と音声が出てくるから面白いですね。ちょっとした言葉の端々から、ウソをついているかどうかがわかる(ような気がする)。 たとえば、昨日のNHKのニュースで、例の「やらせ質問」に関する記者と首相とのやりとりが面白かった。記者「(やらせ質問について、当時、官房長官だったときに)知っていましたか?」首相「知っていませんでした」「知っていませんでした」っていう日本語、何だかヘンだと思いませんか?「知りませんでした」あるいは(前首相のように高圧的に偉そうに)「知らなかった」と、なるはずですね。 自分が主語になるときは、「知っていませんでした」という表現は普通、使わないでしょう。使うとしたら、「知っていませんでした」という表現の主語には、自分以外の第三者が来るのが普通ですね。たとえば、「○○について知っていますかというアンケートをとったところ、100人中33人しか知っていませんでした」 まあ、この表現にしても「ギリギリセーフ」の拙い日本語で、本来なら、「知らないということがわかりました」とすべきですね。「知っていませんでした」という表現には、「知る」「いる」「ない」「です(“である”の丁寧表現)」という4つの言葉が含まれています。なぜ、こういう回りくどい表現にしなければならないのでしょうか。「です」は、丁寧な表現にするために使うものだからいいとして、「いる」+「ない」が曲者です。「知っている」という表現はありえますが、「知っていない」という表現はおかしい。なぜなら、「知る」主体が存在しているにもかかわらず、「いない」(存在しない)という言葉が後ろについているからです。 だから、自分を主語にして「知っていませんでした」と誰かが言うと、何となく逃げ口上で、責任逃れで、他人事のように聞こえます。つまり、真実を隠しているのではないかと。 首相が「知っていませんでした」と答えた背景には、次のどちらか1つあるいは2つともがあると思います。1)首相は、ごく基本的な日本語の日常会話についても不自由でおられる(程度の知的レベルでしかない。よって、この人が主張する「美しい日本」ということの中身は非常に怪しい)2)首相のホンネは、「知っていたけれど、立場上、知っていたとはいえないので、“知っていないということになっているのでした”という本当のことをつい、言ってしまって“知っていませんでした”というぎこちない日本語になってしまったのでした」。 まあ、1)については、ちょっと厳し過ぎる見方かもしれませんが、しかし、相手は最高権力者ですからね。これぐらい辛口にしないと。 2)については、「そういう見方もできるかな」という気がしませんか? 首相の知的レベルが高くないなら1)、そこそこ高いなら2)っていう見方もできるかもね。ああ、私って相当に意地悪だな。 皆さん、どう思われますか? ちなみに「やらせ質問」とは……◎やらせ質問は「遺憾」=自身の責任は否定-安倍首相(時事通信社 - 11月09日 21:00) 安倍晋三首相は9日夜、教育改革タウンミーティングで「やらせ質問」が行われていた問題について「国民との信頼関係を危うくしてしまうことがあったのは大変残念で遺憾だ」と述べ、事実上陳謝した。ただ、小泉内閣で官房長官などを務めた自らの責任は否定した。首相官邸で記者団の質問に答えた。 [時事通信社] こうして読んでみると、文字情報っていうのは、真実を表現するには、限界があるものですねえ。
2006年11月10日

たまには、私の得意分野の食べ物の軽い話題など、いかがでしょうか。 温かい飲み物が恋しい季節になりましたね。私は中学生のころからコーヒーが大好物で、レギュラーコーヒーをサイフォンで淹れて飲んでいました。 高校のときに寝ぼけて空焚きしてしまい、慌てて水を入れたら……当然、底が抜けてしまって、この事件以来、火事を心配した親が、当時発売されたばかりの2杯用電動コーヒーメーカーを買ってくれました。 退屈な受験勉強を乗り切れたのは、コーヒーのおかげだったかも。飲み過ぎて、手が震えたこともありましたっけ。 生意気に、一番好きなのがマンデリンで、苦味の強いコーヒー豆を好んで買っていましたね。いまも好きで、他にはハワイコナ、トラジャあたりを贔屓にしています。酸味の強いモカなどは、ちょっと苦手です。 飲むときは、もっぱらブラック。ミルクや砂糖はあまり好きではなく、どうせなら、たまにカフェオレにして飲みます。 最近は、仕事で外出するときにはスターバックスのタンブラーを携帯し、日替わりの「本日のコーヒー」のホットを愛飲しています。分量はトールサイズで、ちょうどいい感じ。 甘い物はあまり好きではなくて、ケーキは1カ月に1個ぐらいしか食べない私ですが、最近になって、チョコレートの美味しさに目覚めてしまいました。 明治製菓から出ている、CACAO含有率の高いシリーズが気に入っています。「チョコレート効果 CACAO72%」は、プラスチックの小さな開閉式ボックスに入っているタイプが携帯に便利。形状はマーブルチョコレートです。 甘さ控えめで、上品な苦味を堪能できます。 CACAO比率をさらに上げつつ、フレーバーを加えたタイプも、なかなか美味しい。「CACAO STYLE」というシリーズです。 アルコール分4%のラムレーズンが入った「しっとりラムレーズン&ビターチョコ」は、大人の味ですね。CACAO比率は80%と高いけれど、甘みが「チョコレート効果」よりも強いので、それほど苦く感じません。形状はマーブルで、チャックで開閉できるポリ袋入り。 同じシリーズで、オレンジピールが入ったフィンガータイプの「オレンジピール&ビターチョコ」も、値段のわりに奮闘していますね。ほろにがで旨い。CACAO比率は82%と、さらに高濃度になっています。 以上3つ買っても千円でお釣りが来るから、うれしい。 まるで明治製菓の手先みたいな文章になってしまいましたね。ごめん。 書いているうちに思い出しました。中高生のころは、かつて渋谷にあったシブヤ食品という輸入食料品店で、リンツとかリッツとかいうRのつく会社で、国はドイツだったか、オーストリアだったか……赤いパッケージのラムレーズンの濃厚な板チョコをよく食べていました。マセガキでしたね。懐かしいなあ。どこかで売っていないかな。ご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ教えてくださいませ。 あ!見つけました。ドイツの「リッタースポーツ」のラムレーズンチョコでした。
2006年11月09日
何が家庭をバラバラにするのでしょうか? 母親が外で働くことが直接の原因ではなく、他にもさまざまな要因がからんでいるという現実を直視すべきだと思います。1)個食化 家族全員で一緒に食事をしているでしょうか? 昼食がバラバラになるのは止むを得ないとしても、朝食は? 夕食は? 母親が専業主婦であっても、子どもだけ塾通いのために独りで夕食を済ませるケースもあるだろうし、父親の帰りが遅くなり、「夜はいつも母子家庭」という家庭もあるでしょう。2)子どもに個室を与える 私が子どもの頃は、「子どもに個室を与えるべきか否か」について、盛んに議論が行われていたように記憶していますが、いまは個室を持っている小学生や中学生も珍しくないのでは? 「ウサギ小屋」と外国人から蔑まれた住宅事情もある程度解消され、さらに少子化により、子どもに個室を与えやすくなったという、時代の変化があるわけですが、だからといって無批判に幼い子どもに個室を与えてもいいものか? 最近、子どもたちの間で「ネットいじめ」が流行っているらしいけれど、これを防ぐためには、親の目に触れない場所でパソコンをいじらせないほうがいいという指摘もあります。 個性尊重、個別性を重んじると言っても、個を形成する途上にある子ども時代は、親ばかりでなく、複数の大人たちのあたたかいまなざしによって守られ、悪いことをしたら悪いと戒められ、しつけられるような環境が必要ではないでしょうかねえ。 そして、色々な生き方のサンプルを見せる必要があるんじゃないかな。いろんな個別性があって、それぞれが衝突することもあるけれども、いずれは理解し合い、和解できる。それは人間に共通する普遍的なものが根っ子のところにあるからだということを教える……。 人間はバラバラになるもので、でも、根っこがあるから、最後にはどこかでつながっている。それがわかるには、トコトン、バラバラになってみるのもいいかもよ。 私自身としては、高校生になるまで個室を与えられず、祖父母と同じ部屋で寝起きし、勉強したことが、人格形成上、とてもプラスになったと思っています。試験勉強中にもかかわらず、近所のおばちゃんと下らないおしゃべりをしている祖母に対して「うるさい!」と怒鳴りつけたこともあり、それで済まずに、祖母が母に八つ当たりするとか、色々ありました。 うちは家族だけでも7人(祖父母、叔母、父母、弟)いて、さらに稼業の魚屋が繁盛していたころは、住み込みの従業員が2~3人とお手伝いさんが1人という大家族で、加えて毎日のように近所や親戚のおじさん、おばさんがお茶を飲みに来たり、一緒に食事をしたりと、すばらしくオープンな家庭でした。 私の学校の友だちが遊びに来れば、それはもう大歓待で、泊まるなんてことがあれば、朝ご飯からしてイカそうめん、マグロのぶつ入り納豆、焼き魚、アサリの味噌汁と、旅館みたいな大ごちそうでした。 そんな中でそれぞれが「素のまま」の人間をさらけ出し、泣いたり、怒ったり、笑ったり、衝突しても最後には許し合い、励まし合う、そんなことをごくフツーにできる環境で良かったなあと思います。もちろん、限られた自分の経験を他の人に押し付けようとは思いませんが。3)家族の協力体制がない 父親=稼ぐ人、母親=家事・育児係、子ども=勉強して「良い子」でいさえすればいいというような、偏った役割分担になっていないでしょうか。それによって、全人的な人格形成が損なわれていないでしょうか。 二ートとか、就職できない若者の中には、家の中の仕事を全く手伝わないし、そのようにしつけられていない子どもが多いということを聞きます。「アンタ、家にひきこもるぐらいだったら、掃除と洗濯と料理を全部やってよ! そうしたらお母さんがアンタの代わりに外へ働きに出るから。ニートになるぐらいなら主夫をやれ!」っていう究極の解決策もあるんだけど、フツーはしないし、できないんだろうなあ。4)何でも個人に帰結させようとする風潮 最近のTVのワイドショーとかを見ていて思うのですが、マスコミって、誰かを標的にするのがすきですね。いまは「万波医師」が時の人かな。 しかしね、社会問題というのは、さまざまな要素が絡み合っているので、個人に焦点を当てただけでは、真の解決にはならず、次に起きるもっと悪いことの予防にもなりません。 せいぜい「気が済む」程度でしょうね。直接の利害関係者も、野次馬も。 そうなんです。みんな、ストレス解消のために、ニュースを見ているんだろうな。 それで、「アイツが悪い」「ひどいヤツだ」と悪口を言って満足する。 人の悪口ばかりを言う親に育てられた子どもはどうなるか? 何をするか? 想像力を働かせれば、すぐにわかるでしょうね。「いじめ」は、子どもが親や周囲の大人のマネをしているだけだと、私は思います。そういう意味で、「いじめ」はなくならない。 人間、命、社会といった、抽象的(普遍的)な対象を抽象的(普遍的)なまま大切にし、安易に個別性に帰結させない。それによって、人間としてよりよく生きることができ、命を大切にし、社会をよりよく発展させられる側面があるんじゃないかなあと、私は抽象的(普遍的)なこと、根源的なことばかり考えています。 中傷より抽象を!と、言いたい。
2006年11月08日
私の出身大学は、学生一流、教授二流、設備三流みたいなことを言われていましたが、いまはどうなのかな? これにならって言うと、日本は政治家三流は間違いなし!としても、以下、官僚二流、国民一流?と断ずるには微妙かもしれません。 そんなことを考える材料として、意図的にニュースを3つ並べておきます。待機児童問題で官房副長官「母親は家庭で子育てを」2006年11月5日(日)22:11 下村博文官房副長官は5日、静岡県熱海市で開かれた自民党東京都連の勉強会で講演し、保育所の入所待機児童解消策について「本当にいいのか見直すべき時期に来ている。(特にゼロ歳児保育に)税金投入するなら、(母親は)無理に働かなくても、家庭でしっかり子育てをやってもらえるようにシフトしていくことが望ましい」と述べた。政府が進めている待機児童解消策の見直しを求めたものと見られる。 また、下村氏は「家庭をバラバラにする政策ではなく、人間社会の原点である家庭を再び構築していくような政策が必要だ」と強調した。 http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/politics/20061105i315-yol.html34歳母が2児絞殺=育児ノイローゼ?警察に自首-広島 6日午後5時40分ごろ、広島県府中市の府中署に女が「子供を殺した」と自首してきた。署員が調べたところ、女が乗ってきた軽自動車内で、男児2人が死亡しているのを発見。女を殺人容疑で緊急逮捕した。 逮捕されたのは、同県福山市新市町新市、無職泉ひろみ容疑者(34)。夫(33)によると、同容疑者は最近、二男の病気などのため育児ノイローゼ気味だったといい、同署は動機を追及するとともに、7日に遺体を司法解剖し、死因を詳しく調べる。 (時事通信) - 11月6日22時1分更新http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061106-00000153-jij-soci<乳児院>3割が「虐待」で入所 10年で10ポイント増加 乳幼児が乳児院に入所する理由に「虐待」(準ずる行為も含む)が占める割合が、05年度は過去最多を更新し、3割近くに達したことが全国乳児福祉協議会の調べで分かった。95年度は16%で10ポイント以上伸びており、虐待が改めて深刻な事態であることを裏付ける結果となった。厚生労働省は07年度から、保健師らが生後4カ月までの乳児がいる家庭を訪問する新規事業「こんにちは赤ちゃん事業」を計画しており、子育て相談の充実などを通じ、虐待の未然防止に力を注ぐ方針だ。 乳児院は児童福祉法に基づく施設で、家庭の事情などから一緒に暮らせない0~3歳児くらいが入所している。同協議会は乳児院全120施設を対象に調査を実施し、119施設から回答を得た。 05年度中に新規入所した乳幼児は3209人。入所理由は身体的な虐待だけでなく、「養育拒否」や「父母不明(遺棄)」などを含めた広義の「虐待」で合計すると926人、全体の28.9%を占めた。「虐待」は最近10年をみるとほぼ毎年増加し、04年度は27.5%だった。 心身の状況から「虐待」が分かる乳幼児は584人。虐待の種類で最も多いのが「怠惰」で379人。一方、虐待をする者は実母が356人で圧倒的だった。また、2番目の「身体的虐待」の166人でも、虐待者は実母の94人が一番多かった。 こうした事態を受け、厚労省は「こんにちは赤ちゃん事業」を来年度からスタートさせたい考えだ。母親が出産直後でノイローゼになりやすい生後4カ月までの乳児がいる家庭に保健師らを派遣し、子育て支援をする方針。ただ、実際に実施するのは自治体で、予算や人材の不足からどこまで普及できるか課題も多い。【玉木達也】 (毎日新聞) - 11月4日15時6分更新http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061104-00000049-mai-soci 私の考えとしては、「母親の育児ノイローゼ」や子どもの虐待を防ぐためには、母親と子どもを家庭の中に孤立化させず、家庭を外に向けて開いて、地域社会との絆をとりもどし、社会化していくことが重要ではないかと思います。 そのためには、働くことがmustではないにせよ、betterであり、ボランティアでも趣味の活動でもなんでもいいから、地域社会の中で自分のアイデンティティを確立して、他の人たちと協力、協働、共生していく。自分の幸せ=子どもの幸せ=家族の幸せ=地域社会の幸せ=日本全体の幸せというような、「=」の部分、絆(社会的紐帯)の部分をありありと実感できることが大切じゃないかなあと思います。
2006年11月07日
超多忙ライター兼キャリアカウンセラーというのは世を忍ぶ仮の姿で、本当はアマチュアのミュージシャンなのです。うふふ。 来る11月19日(日)の夜に、東横線学芸大学駅近くのライヴハウス「メイプルハウス」で、歌とキーボード演奏をご披露しますので、よろしければ踊りに来てくださいませ。 全部で4バンド出演して、私たちの出番は2番目で、18時55分ごろオン・ステージの予定です。料金は1,500円でワンドリンク込みなっております。 女性ヴォーカル9人+ドラムス+ベース+ギター+キーボードという編成で、曲目はゴスペルの名曲が中心ですが、ロックの有名な曲をコーラス用にアレンジしたものも少々。ジョン・レノン、ニール・ヤング、ベット・ミドラーのあの有名な曲……と言えば、音楽好きな方ならきっとどの曲かおわかりになるでしょう。 ワタクシ、キーボードプレーヤーとしては今年デビューしたばかりなので、まだまだ猛練習が必要ですが、なんとか恥ずかしくないレベルに仕上げるべく日々奮闘しております。小指にタコができちゃいました。「ピアノは打楽器である」という信念で、軽快にリズムを刻んで、ダンサブルに演奏したいなと。今回はキーボード2段重ねでシンセサイザーにも初挑戦しますって、ちょっとだけですが。 あ、バンド名を書き忘れました。今年の5月にお披露目したばかりのホヤホヤ・バンドです。 WITCHESと申します。美しく怪しい魔女が歌い、踊り、あなたを陶酔の世界へお導きいたしますわ♪
2006年11月06日
ディベートというと、日本ではあまり良いイメージがもたれていないようです。あの日本を震撼させたオウム事件以来、ディベートというと、学生時代にディベートのサークルで日々鍛えていたというエピソードが伝えられた、「ああいえばこういう」某幹部のことを思い出す人が多いのではないでしょうか。 しかし、ディベート自体に罪はなく、本来は、論理的にものごとを考える訓練になります。 私が担当している10回連続の再就職支援セミナーの中では、社会人として仕事をするうえで役立つスキル――話を聞くスキル、話すスキル(アサーティブな自己主張)、文章を書くスキル、論理的に考えるスキルのトレーニングを行い、その総仕上げでディベートの実戦を行います。 テーマは、「母親は、仕事をもつべきか、もつべきでないか」という、これから再就職をしようかどうか迷っている人は、心の中で決着をつけておかなければならない問題です。 さて、ディベートの定義について再確認しておきましょう。1、明確な定義を持つ1つの論題に関して、2、肯定側・否定側にランダムに分けられた上で、3、発言時間・順序・マナーなど規定されたルールに従い、4、論拠を用いて証明された議論を用いて、5、ジャッジと呼ばれる第三者を説得するというゲーム「ランダムに分けられる」ということがポイントで、自分の本当の考えとは正反対の側に立たなければならないこともあるわけです。 ディベートの進め方には色々なパターンがありますが、私のセミナーでは、次のような構成で展開することにしています。1)肯定側立論2)反対尋問―否定側が質問し、肯定側が回答する3)否定側立論4)反対尋問―肯定側が質問し、否定側が回答する5)肯定側反駁(以上のやりとりを踏まえて最終的に肯定論を主張する)6)否定側反駁(以上のやりとりを踏まえて最終的に否定論を主張する) ジャッジは、好き嫌いの感情や、自分の信念や価値観はひとまずおき、理論的であるか、わかりやすいか、説得力があるかという基準で勝ち負けを判断します。 最も重要なのは、「ルールに従う」ゲームであるということ。次の2点については、慎重に配慮しなければなりません。1)議論内容と人格(発言者の属性)の分離「だれが」ではなく「何が」が問題である。個人攻撃は、ディベートでは反則であり、減点の対象になります。2)信念や思い込みによる事実誤認や偏向等の排除「そういうことを言う奴は非国民だ」というような非理性的、感情的な発言は、ディベートでは反則であり、減点の対象になります。 一方、ディベートのメリットとは、1)論理的思考力が身につく2)多角的視点を習得できる3)固定観念にとらわれなくなる4)情報整理力が身につく●立論・反論のために膨大な資料を管理・活用することで、文字情報の整理力が身につきます。目的の資料を探す力も身につきます。●反論を考えるためには相手の言うことを的確にまとめた上で、メモに残していかなくてはなりません。音声情報の整理力が身につきます。●短い時間の中で主張を効率的に、的確に表現しなければいけないので、思考・表現の整理力が身につきます。「論理的思考」ということが、最大のポイントであると思います。 ひとつ、事例をご紹介しましょう。 仲良し主婦グループで、子どもを連れてディズニーランドに行く計画を立てていましたが、あいにくの雨になってしまい、どうしようかと相談しています。 A子さんが、「今度新しいアウトレットができたから、見に行きましょうよ。買い物なら雨でも大丈夫でしょう」と提案しました。 B子さんは内心、「あそこのショッピングモールは屋外型だから、雨の日に行くのはいやだな」と思いましたが、とりあえず、「みんながよければ私もそれでいいわ」と答えました。 C子さんは、「あのショッピングモール、もう一度いったけど、大したことないよのね」と内心思いつつ、「A子さんとB子さんがいいなら行ってもいいわよ」といいました。 それを聞いていたみんなは、「3人がそう言うなら、それでいいんじゃない」と言いました。 みんなは激しい雨にずぶぬれになり、おまけにショッピングモールも内容的にも価格的にも大したことがなく、がっかりして帰ってきました。 帰ってきてからB子さんが、「実は、雨が降っているから行きたくなかったんだ」というと、C子さんも、「実はわたし一度行ったことがあって、たいしたことないからあまり行きたくなかったんだ」といいました。 これを聞いて、A子さんは、「あれえ、私はC子ちゃんが行きたがっていると思って提案したんだけど・・・」 これに似たような経験をしたことは、ありませんか? 友達への遠慮や配慮、思いやり、権威への追従、孤立化したくないという思いなどなど、様々な理由でこのような誰も喜ばない意思決定は発生します。 もし、誰かが1人でも、「ショッピングモールに行くべきでない、なぜなら……」という主張を行っていれば、意思決定は大きく異なったでしょう。 相対立する主張を比較検討する中で、それぞれのもつメリット、デメリット、あるいはその価値などが検討されていきます。 これらの検討の結果は、意思決定を行うときに、重要な判断材料を用意することができ、それによって適切な意思決定が実現する可能性が高くなります。 このため、実社会で何かの検討を行う際に、だれも反対意見を述べない場合、誰かが、実際はその意見に賛成であっても検討のためにあえて反対の立場をとって議論をすることも時として必要な場合があります。 以上は、ディベートを推進する団体のサイトを参考にしながら、まとめてみました。日本ディベート協会 http://www.kt.rim.or.jp/~jda/全日本ディベート連盟 http://www.coda.or.jp/what.html しかし、日本でこのような論理的思考に基づいて議論することは、残念ながら非常に困難な状況になっています。日本人はだれかに反論されることを嫌い、理性よりも感情で反応する人が多いと私は思います。同調、同情、同感、全員一致が「よい」とされるのですが、全員一致というのは非常に恐ろしいことではないでしょうか。 理性よりも気分に流されやすい国民性のゆえに、うつ病や自殺が増えているのではないかと思っていますが、飛躍しすぎなので詳しくは、おいおい書くことに。 ほんとうに理性的な人が生きにくい世の中だなあと、痛感させられることの多い今日このごろですが、負けないでがんばりましょう。 理性的な人も実は結構大勢いて、理性的であるがゆえに、感情的な人が支配する議論の場を慎重に避けているということだろうと思います。
2006年11月05日
今朝、例によってテレビだけはつけて、寝床から抜け出せないでいたら、聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、否が応でも起こされちゃいました。 悪い意味ではなく、よい意味で。 それは人物をクローズアップしたNHKの番組で、今朝の主役は講談師の三代目神田山陽でした。 この人を知ったのは初めて。中々面白いことを言うのです。さすがに講談師。見た目は決して好男子じゃないけれど、味のある雰囲気を醸し出しています。 まず、耳に残ったのは、「ほんとうのことを言う人は嫌われるんです」という発言。インタビュアーの、「なぜ、講談は人気がないのでしょうか」という質問に対する答えでした。 その後、「いまは匿名性の時代で、みんな、自分の名前を隠して、自分の発言に責任を持たないのが当たり前ですから」というようなことを言っていました。 すごい、同感! また、講談について語ったくだりでは、「講談は、最後まで弱者の味方なんです」「わかりやすいということは、本質を捉えているということなんです」 おお、私、この人に弟子入りしようかなあと思いました。それが無理なら、この人の「語りおろし本」を書きたい! 実は私、最近、mixiの某コミュニティでバッシングに遭ってしまい、非常に嫌な思いをしました。多分、「ほんとうのこと」を書いたから嫌われたのだと思います。「ほんとうのこと」っていうのはね、ある男性の「どうせ女性には○○がわからない」という書き込みに対して、私が「不愉快だから削除してください」と、ウダウダ書かずにひとことだけ端的に書いたのでした。「○○」の部分には、私が大好きなハードボイルドタッチの警察小説のシリーズ名が入ります。知っている人は少ないかもしれないけれど、私は筋金入りの探偵小説ファンなので、カチンと来たわけです。しかも、女性差別と闘ってきた闘士ですから。 つまり、「女性蔑視は、いけない」「女性蔑視は、言語道断である」「多様性を認めなさい」という異議申し立てをしたわけね。まあ、もう少しやさしく、下手に出ていれば、反発されなかったのでしょうけれど。 差別発言をした当人は、「あなたのことを傷つけて悪かった」と、丁寧に謝罪してくれて、発言を削除し、メールまで下さったのですが、その方が「責任を取る」とおっしゃってそのコミュニティを退会されたため、「彼を退会に追い込んだ」とか「思いやりがない」とか「日本的礼節に欠ける」とか言って、他の人が私に攻撃を仕掛けてきたのです。 私は自分の思いと、信ずるところについてだけを書き、攻撃してきた人に対して反論はしましたが、そのとき、相手について誹謗中傷にならないように、価値中立的な言葉を慎重に選んだのですが、相手は私の言葉を拡大解釈して感情をエスカレートさせ、「こういうことを書く人は、世の中にはびこるこういうひどい奴らと一緒だ」と断罪し、誹謗中傷の攻撃をしかけてきたので驚きました。しまいには敬称略で名指しされ、「異常だ」と書かれちゃいました。 異常者に異常だと書かれても、嘘つきのパラドクスだから、べつにへっちゃらなんですが。 なんだか、どうにもおかしな空気が支配しているのを感じ取りました。 批判をする人は、自分のことを一切言わないで、ひたすら相手を責める。しかも匿名で。 責める根拠は字面の皮相的な部分のみで、その発言の背後にある個別の信念、人格、人生経験への想像が及ばないどころか、個別性(多様性)や人権に対して全く敬意を払わずに、人格攻撃へと短絡する。 これって、おかしいですよね。理解に苦しみます。 イラクで人質になって日本中からバッシングされた3人の若者や、戦争責任について「いまさら蒸し返している」と誹謗中傷されて日本人から二重に傷つけられている韓国や中国の性暴力被害者の気持ちが、わかるような気がしました。 最近、他罰的な傾向の強い人、他人の悪口を言うのが好きな人が増えているといわれますが、その根っ子には、「ほんとうのことを言う人を嫌う」あるいは「自分の発言に責任をとることができないので、それができる人をうるさがり、嫉妬して憎む」という「気分」があるのかもしれませんね。 でも、救われました。たった一人ですが、そのコミュティの書き込みを読んでいた方が、たったひと言、「あなたは、悪くない」というメールを下さいました。涙が出ました。 無人島に返って来たmessage in a bottle のようだと思いました。 もちろん、私という人物の「本質」をよく理解してくれているお友達は、私を支え、励ましてくれました。ありがとう。 人生、捨てたもんじゃないね。
2006年11月03日
フリーライターの永沢光雄氏が亡くなりました。永沢氏のことは以前の日記にも書きましたが、ほとんど同い年でしかも分野は違えど同じライターなので、身につまされます。 年をとるにつれ、嫌でも死が近付いてきて、死を意識させられます。同年代の人や、身近な人が亡くなればなおのこと。 最近は年をとるのも悪くないなあと思えることがいくつかあり、なんだか悟りの境地に達したみたい。もしかすると寿命があまり残っていないのかなあと少々怖くなったりもします。 1)怒らなくなった ムダなエネルギーを使いたくないという気持ちが働くのか、私を怒らせる現象や人物に対して、怒りよりも許し、感情よりも理性で対応するようになった。懐が大きくなったということかなあ。まあでも、絶対に許せないこともある。私の近くで女性差別や女性蔑視の発言をすると、痛い目に遭うので気をつけてくださいませ。 2)年寄りの言うことがよく理解できるようになった とくに、仕事でお会いしたある有名な尼さんの話なんだけれど、「若いころに聞いていたら、その意味の深さが半分しか分からなかっただろうなあ」と思ったりする。ほんのちょっとした言葉でも、表層にとどまらず深層を見るようになった。 3)「ありがち」より「ありがたみ」 若いころは「ありがち」なことに反応して反発したり、批判することが多かったが、最近は平凡に見えることでも実は「ありがたい」ということがわかったりする。 4)「尊敬の念」がしみじみと 偉人のどこが偉人であるかが、よくわかるようになってきた。自分の人生の残り時間と、いままで自分が成し得たことを比較して考えると、どんなにがんばっても、あの人の足元にも及ばないということが、ありありとわかるようになったのだ。 5)予防ということの大切さがよくわかってきた それなりに人生経験を積んで来ると、「人間は過ちを犯すものである」ということが、とてもよくわかる。事故と原因の因果関係が一筋縄ではいかない複雑なものであることが、しみじみとわかるようになってくる。だからこそ、予防ということの大切さが痛感され、もしかすると、人間の知の働きの中で最高レベルのものかもしれないと思うようになってきた。 6)わかっていることと、わかっていないことの峻別を以前よりも明確にできるようになってきた かなり抽象的な話なんだけどね。それでもって、「生きる意味」について自然と考えさせられる。やはり、残り時間を意識させられているっていうことかな。 7)ますます霊感が働くようになった 霊能者か!ちがうって(^^;)出会いや出来事の因果というか、シンクロニシティを意識することが増えた。「呼ばれた」感じというか。これも冥土が近くなってきた証拠かな。 みなさんは、いかがでしょうか。
2006年11月02日
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