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新聞にこんな投書がありました。一部変えて引用します。 37歳専業主婦。3人の子どもがいます。今春、末っ子が幼稚園に入り、自分の時間が少し持てるようになりました。結婚前に●●の仕事をしていたので、再び働きたいという思いが募りますが、再就職の準備を始めることにはためらいがあります。 迷いの大きな原因は、子どもへの影響です。生まれてからずっと、私が家にいるのが当たり前でした。母親が十分に手を掛けられなくなると、精神的に不安定にならないか心配です。 仕事と家事育児を両立できるかも不安です。何事もきちんとしたい性格なので、余裕がなくなると子どもを怒ってしまいそうです。 経済的には今のままでも不自由はしません。夫は「やりたいならやれば」と言いますが、忙しいので家事や育児は頼めません。 「子どもに寂しい思いをさせるなら、今の穏やかな生活を続けた方がよい」「いや、一度の人生だから、自分のしたいことを目指すべきだ」と考えは堂々巡りです。 多くの人が同じような「迷い」を感じているでしょう。 あなたなら、「したいこと」と「穏やかな生活」のどちらを選ぶ? キャリアカウンセラーとしての私のアドバイスは、後ほど。
2006年08月31日
キャリアカウンセラー志望の方、あるいは過去に人事・労務関係での就業経験がある再就職志望の主婦の方、いかがでしょうか?公立高に「キャリア・カウンセラー」来年度200校 文部科学省は2007年度から、高校生の勤労意識を高めるため、企業経験を積んだ民間人を「キャリア・カウンセラー」として全国200の公立高校に配置する。 就職後の早期離職やニート対策の一環で、関係経費約4億7000万円を07年度予算で要求した。 カウンセラーが配置されるのは、全国の普通科を持つ公立高校の1割弱に相当する学校。実施状況を見て、08年度以降の増員や中学校への配置も検討する。 カウンセラーは、企業の人事担当経験者や、育児・介護などで休職中の人材などを想定している。高校に週3日程度出勤し、将来の進路や職業に悩む生徒の相談に乗るほか、企業での就業体験など、生徒の職業意識を向上させる行事などを企画する。 カウンセラーの配置は、近年、企業に就職後、早期に退職し、フリーターやニートになるケースが社会問題化しているためだ。就職後3年以内に中卒者の7割、高卒者の5割、大卒者の3割が仕事を辞めているとの統計があり、「七五三(しちごさん)現象」と呼ばれる。 公立高校には現在、進路指導担当の教諭がいるほか、02年度からは、就職を支援する「ジョブサポートティーチャー」が一部の高校に配置されている。 文科省幹部は「進路指導の教諭は、授業も担当しているため、本腰を入れづらい。社会経験豊富な民間人から、学校関係者にはない情報や経験を生徒に伝えてほしい」と語る。(2006年8月29日23時29分 読売新聞) そこで気になるのは、この「キャリア・カウンセラー」の適格性の要件でしょうね。・資格は必要か?どんな資格があれば有利か?・どの程度の「企業経験」が求められているのか?・具体的な採用条件は? ちょっと調べてみましょうか。私自身も副業にいいかな。しかし、週3日はきついかな。何時間ぐらい拘束されるのだろう……。
2006年08月30日
某所で開催した再就職セミナーにて、こんな質問を受けました。「母親が働くことで、子どもにどのような精神的影響があるのかを知りたい」 再就職をしようかどうかと迷うとき、その大部分は子どもへの影響に対する不安なのでしょうね。 さまざまな角度から「母親の就労が子どもに与える影響」について考えてみたいと思います。 この問題について考えるうえでの最初の手がかりとして、第3期東京都児童環境づくり推進協議会「最終報告」(1999年?)を引用してみたいと思います。今、幼い子どもをもつ母親が、子どもを保育所や家族以外の人に預けて働くことは、ごく当たり前のことになっています。けれども、働く女性が増えはじめた1960年代においては、母親の就労は否定的に見られていました。その理論的根拠になったのは、イギリスの小児精神医学者であるボウルビィの愛着理論です。 彼は乳幼児期に母性的養育が与えられない状態が続くと、後の人格形成に悪影響が起きる可能性があることを、戦後まもなくの時期において、条件の悪い施設で養育されている子どもたちについて観察し報告しました(1951)。ボウルビィは特定の人(多くは母親)への愛着が形成される乳幼児期に、たびたび母子分離を繰り返し、子どもの立場から見れば複数の人物からマザリング(母親的な世話)をうけることになる母親の就労に始めは否定的でした。 彼の研究に対しては初期から疑問が提出されましたが、彼自身も後に次のように見解を修正しました。すなわち、仕事をもつ母親の子どものように、朝、保育園で母親と別れても、夕方迎えに来てもらうというような規則的な分離は、それほど心配するには当たらないこと、また、複数の母親的人物による養育については、養育の仕方が母親のやり方とほぼ同じで、継続性があれば問題がないことなどです。しかし彼の愛着理論は誤解されて世間に広まり、「3歳まで母親が育てるべきだ」という、いわゆる3歳児神話につながっていきました。 働く母親たちは、「仕事をしたい」という強い願望や、「仕事をしなければ生活できない」という状況の中で、「母親が働くことが子どもにどんな悪い影響を及ぼすのだろうか」という不安に駆られていました。1960年代から1970年代にかけては、「母親の就労が子どもに及ぼす影響」というテーマで、乳児期から青年期までの各発達段階ごとに、子どもの知的発達、情緒的発達、社会的発達などへの影響が検討され、数多くの研究が行われました。 乳児の愛着については、はじめは一人の人、特に母親に愛着が形成され、次第に他の人へも愛着が拡がっていくと考えられていました。けれども、乳幼児は早い時期から複数の人に対して同時に愛着を形成していることが明らかになっています。乳児は大人との相互作用を積極的に求めようとする傾向性をもっており、相手との関係に応じて愛着の度合いは様々ですが、多くの人に愛着をもつことによって、豊かな人間関係を作っていくと考えられます。 母親の就労が子どもに及ぼす影響については、母親の就労の有無よりも、母親が現在の自分の状態に満足しているかどうかの条件が重要であることや父親の育児参加度など家族、親子関係の状況が関連があることが明らかになっています。 赤字で示した部分が、「母親の就労が子どもに与える影響」についての、現時点でももっとも妥当な考え方とされているようです。 納得できるんじゃないかな?どうでしょう?
2006年08月30日
学校で給食を食べるときに「いただきます」と言いましょう! なーんて、ごく当たり前の教育指導をしたら、父兄から教員にクレームが来たそうです。「給食費を払っているのだから、“いただく”わけじゃない」と。だから、無理に「いただきます」と言わせるのはおかしいという理屈だ。 やれやれ、なんていうアホ親だろうか。「いただきます」と言っている対象は教員でも学校でも教育委員会でも自治体でも国でもなく、命を捧げてくれた動物や魚、植物といった生物に対してなのにね。 そういうアホ親に限って、「これからは学校で食育をしっかりしてくれないと」などと言うのだろう。やれやれ。 最近、何かと学校へクレームをつける父兄や近隣住民が増えているらしい。権利意識ばっかり肥大化して、親として、地域住民としての義務感とか貢献意識のほうはどうなっているのやら。 学校はもちろん、地域は住民全員が協力して知恵を働かせ、ボランティアで労力を提供してお互いに助け合っていかないと、良くはならないのにね。 地域と学校が協力して子どもを育み、安全を守っていくための妙案(?)が出された。名づけて「放課後教室」。 文部科学省と厚生労働省は、来年度から全国すべての公立小学校で、放課後も児童を預かることを決めた。 スタッフは教員OBや地域住民で、勉強やスポーツのプログラムを用意して、児童が放課後を学校で過ごす環境を整えるほか、共働き家庭の子ども向けには、さらに時間を延長する。 子どもが安心して遊べる居場所づくりや、子育ての負担軽減による少子化対策につなげるのが目的で、2007年以降、大量退職する教員に活動の場を提供する狙いもある。両省では、来年度の総事業費として約1000億円を見込んでいる。 今回の事業は、全児童対象の時間帯と、それ以降の、親が留守の家庭の子どもを対象とする時間帯の2本立て。小学校内での活動が基本で、空き教室や体育館、校庭などを利用することを予定している。 全児童対象の時間帯(放課後から午後5、6時ごろまで)では、授業の予習・復習などの「学び」や、野球、サッカーなどの「スポーツ」、図工、折り紙などの「文化活動」、地域のお年寄りなどとの「交流」、お手玉やメンコなどの「遊び」といったプログラムを行う。希望すれば、毎日参加できる。 「学び」は教員OBや教職を目指す大学生による「学習アドバイザー」が担当し、そのほかのプログラムは、地域のボランティアが指導する。全小学校に配置するコーディネーターが、ボランティアの確保や活動プログラムの策定を行う。文科省では、「経済的な理由で塾に通えない子どもに学びの機会を増やすことにもなる」としている。(2006年8月29日14時37分 読売新聞) なかなか良い案だと思いませんか? 親の経済格差は、以前から静かに深く進行しており、低所得・低学歴の親のもとで育った子どもは、やはり低学歴になるという統計も出ています。 経済的問題ばかりでなく、もっと広い意味での教育環境の補完につながるのでは? きょうだいやおじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさんのいない家で育った子どもは、そうでない家庭の子どもに比べて社会的体験の幅が少なく、ものの見方や感性も偏ってしまう。 そこで、こうした「放課後教室」で、親でも先生でもない、多種多様な大人と触れ合う体験は、きっとプラスになるでしょう。 以前からよく言われている、タテでもヨコでもない「ナナメの関係」の交流から学ぶことが、人間形成と社会性の醸成に役立つことは間違いない。 また、延長して遅い時間まで子どもの面倒を見てもらえるなら、仕事をもつ親は大いに助かるでしょう。 私も職業指導というか、キャリアカウンセリングの指導で、ボランティア役を買って出ようかなあ。あるいは、作文教室の先生とかね。 本当は、放課後ばかりでなく、正規の授業にもボランティアが入ったほうがいいと思う。グループ学習や、創作などの個別学習のファシリテーター、あるいは教員の補助役として。ボランティアが加われば、細かいところまで目が届くので、いじめの予防や、注意欠陥障害や学習障害の子どものサポートもできるのではないかなあ。 先生にクレームをつけるのでなく、どうすれば一緒に学校をよりよくしていけるのかという視点で介入するようなPTA活動が必要ではないでしょうか。
2006年08月29日
プロか進学かで騒がれている早実の佑くん。どうなるんでしょうね。 もしも私が佑くんのママだったら、どっちを薦めるだろう? ま、最終的には自己責任で自己決定しなさいと言うだろうな。 そのときに考えてほしいのは、どちらを選ぶにせよ、リスクがあり、メリットがある。メリットだけを取ることはできない。そこをしっかりと見つめないといけないよと。 大学へ進学すれば、野球以外の広い世界に触れることができ、人間的交流の幅も広がるはず。専門分野を究めた大学教授の薫陶を受けることもいい経験になるでしょう。もしかすると、野球以外にも、情熱を傾けて取り組める対象が見つかるかもしれない。学問、ビジネス、趣味、恋愛、いろいろありだ。だが、野球も、もう1つの可能性も、どちらも中途半端に終わってしまうかもしれない。 プロへ進み、順調に才能が開花すれば、若いうちに巨万の富と名声を得ることもできるかもしれない。でも、その逆に、プロの環境になじめずにスポイルされたり、プレッシャーに負けて自滅していくかもしれない。挫折してしまった場合、「野球しかできない若者」が第二の人生として選べる選択肢は非常に限られてしまう。 結局は、本人の「志」しだいなんだろう。 どちらかを選ぶということは、どちらかを捨てるということであり、決して後悔しないことなんだ。 ただ、人生は長いから、長い目で見た場合、野球だけに偏った生き方は、どうかと思う。 大学へ進学して、多くの人と交流し、さまざまな書物を読み、真剣に考えるという経験を積めば、ものの考え方の基本が、しっかりと身に付くはずだ。目の前に見えている現実だけを見るのではなく、その先について展望したり、1つの結果でしかない現実の背景つまり過去の因果関係を洞察したりすることを学ぶようになるはず。失敗に学び、同じ過ちを二度と繰り返さないための予防の知を身につけるようになる。そして、ものの見方は1つではなく、複数あり、万能な唯一のものはないから、常に批判的、内省的に考えることが必要であるということが分かるようになるはず。 まあ、大学生にも色々いるから、多くを望むのは難しいけどね。 早稲田の卒業生としてはぜひ、「在野の精神」と「進取の精神」を身につけてほしいものです。
2006年08月29日
病児保育というと、「子どもが病気のときぐらい、会社を休んで一緒にいてあげたら」という批判をする人は少なくないようです。 夫、姑、近所の専業主婦……。外野、ガイヤ、ガイヤ、ガヤガヤガヤ。 なんて浅はかなんでしょう。その鋭い批判の矢を、それにいやまさる鋭い一矢を、働く母親自身は既に自分の身に当てているというのに、さらに矢を放つ気か。 簡単に休めるほど「軽い」仕事じゃないからこそ、あるいは「軽い」決意じゃないからこそ、子どもを預けてまで働いているわけで、その重責とそれに応えようとする使命感の強さをないがしろにするような、そんな感性の鈍いことでいいのでしょうか。人間として。「病気の子どもを犠牲にして働いていいの?」という人もいるかもしれませんが、ああ、かわいそう。なんと視野狭窄で愚かな意見であることか。 そういう高みに立てる人は、前世紀の遺物である専業主婦優遇政策の上に乗っかっているのだけだということに気づかないのでしょうか。 高度経済成長時代においては、サラリーマンと専業主婦の組み合わせがもっとも効率的であると考えられ、このモデルを増やして安定させるための政策が取られた。誘導です。配偶者控除とか、年金保険料の免除、所得税の免除ね。例の「103万円の壁」というやつです。それにのっかって、企業は配偶者手当(扶養手当)で優遇し、社宅その他、家にいる母子のセットを想定した優遇策を充実させてきた。 年齢を横軸に、平均所得を縦軸にとったグラフをつくると、男性は正規分布に近いカーブを描きますが、女性の場合はいびつです。出産退職者の多い20代後半から30代でくぼみ、再就職者が増え始める30代後半から40代で再び少しだけ上がったかと思うと、また下がる。 再生産という言葉をご存知でしょうか。国民総生産を拡大させる企業戦士を慰め、いたわり、新たな活力を生み出させる――それが再生産ね。それが主婦の、女性の役割として国家から期待され、婉曲に押し付けられてきた。 しかし、そのような国によって「優遇された生き方」、「誘導された生き方」を望まない女性が増えてきた。なぜか。 そこのところをよーく考えて欲しい。 ともあれ、病児保育と看護師の新たな専門領域の確立、大賛成です。 いままで、働く女性はないがしろにされすぎた。配偶者控除という政策誘導は、いまにして思えば非常に優れた国家戦略でした。しかし、時代が変わった。 ファミリーフレンドリーとワークライフバランスの両方を両立させ、推進させる政策に期待しています。 実際、配偶者手当を支給し続けることが男女の役割固定につながり、結果として男性をスポイルすることにつながっているということに、うすうす企業も気づいているんじゃないだろうか。 よーく考えると、高い成果を、高い生産性を生み出すためのワークライフバランスと配偶者手当は論理的に矛盾するんだよな。
2006年08月25日
この前の日記では、厚生労働省と日本看護協会が少子化対策で後手後手に回っていると批判したけれども、ひさびさのクリーンヒットと思われるのがこの政策。 ◎子どもの急病、保育所で対応=看護師資格持つ人材を配置-概算要求・厚労省(時事通信社 - 08月25日 13:10) 厚生労働省は25日、発熱など子どもが保育所で急病になっても対応できる「病児・病後児保育事業」を2007年度から実施する方針を決めた。親が仕事などで迎えに来られない場合を想定している。看護師資格があっても病院勤務などをしていない「潜在的看護職員」は全国で55万人いるとされ、こうした人材を活用、保育所の医務室などに配置する。07年度予算概算要求に関連経費を盛り込んだ。 幼い子どもは発熱など体調不良を起こしやすい。しかし、全国の保育所約2万7000カ所のうち、医務室があって看護師を配置しているのは5000カ所程度にとどまる。 厚労省は、保育所が新たに保育士を雇い既にいる看護師を病気の子どもの世話に専念させたり、看護協会などを通じ新たに看護師を雇ったりする場合に必要経費を補助する考えだ。[時事通信社] 働くお母さんにとっていちばん頭の痛い問題のひとつが、子どもの突然の病気でしょう。保育園は少しでも熱があれば預かってくれないし、だからといって仕事に穴を開けるわけにもいかない。実母や義母が近くに住んでいればピンチヒッターを頼めるかもしれないけれど、そうでない場合に隣近所に頼りになるサポーターをと思ってもままならないでしょう。 小児科医が減少していることをあわせて考えると、これは働くお母さんにとって、この上ない朗報でしょうね。また、専業主婦であるお母さんにとっても、幼保一元化された施設に看護師が配置されれば心強いはず。 また、看護師サイドから見れば、新たな活躍場所が増えることになり、それも医師に縛られずに、訪問看護師や養護教諭のように主体性をもって活躍できる可能性があります。 看護師の中には出産で退職した女性が多く、膨大な国家資格が死蔵されてしまっているのです。ハードな夜勤や遠距離通勤は好ましくないと、再就職をためらう人も多いようです。もしも、近所の保育園で昼間だけ働ける仕事ができれば好都合でしょう。 女性が無理なく働き、しかもその仕事にやりがいと高度な社会貢献を求めるとしたら、コミュニティにおけるビジネスまたは公的サービスに従事するという方法が最適でしょう。 ウーマン・パワーによる質の高い社会貢献、多くの人にベネフィットをもたらす社会貢献によって、地域社会が活性化され、安全・安心でより健康的に暮らせる地域になることを願ってやみません。
2006年08月25日
無資格助産が問題になっていますが、みなさんはどのように思われますでしょうか? 無資格助産は法律違反ですから、確かに悪いことですが、事故があって発覚したわけではなく、この堀医院は出産数が日本一というから、患者の評価は高かったのでしょう。 資格はあるけれども初体験という助産師と、資格はないけれども助産の経験豊富(ただし違法)という看護師のどちらを選ぶかと問われたら、あなたならどうする?「無資格助産は怪しからん!」というタテマエ論は、あってしかるべきなのですが、しかし、問題はそれほど単純ではないようです。 無資格助産の背景には、深刻な助産師不足があります。 厚生労働省の04年の統計では、全国の医療現場で働く看護師・准看護師は約115万人。これに対し助産師はわずか約2万5000人で、医師の指示で看護師らが助産行為をするケースは少なくないとの指摘がある。医師や助産師不足が原因で廃業する産婦人科病院・医院も後を絶たない。(中略) 一方、同省が05年4~11月に開いた「医療安全の確保に向けた保健師助産師看護師法等のあり方に関する検討会」では、助産師不足などで廃業する産婦人科が多い現状から、一定条件の下で助産行為を看護師に認めるべきだとの意見も出ていた。 看護師自らが助産行為をすることは法律で認められていませんが、産婦人科に勤務していれば、助産の介助や妊産婦のケアは当然の仕事です。お産の実態とケアについては、経験を通じて誰でも精通しているはず。産婦人科で一定年数以上勤務した経験のある看護師に対して助産師の資格を取りやすくするといった措置をとっても良かったのではないでしょうか。 厚生労働省、日本医師会、日本看護協会の当事者のみなさんに、少子化社会についての現状認識と将来展望が欠落していたのでは? 人手不足といえば、看護師についても大変なことになっているようです。 大手の病院を中心に、看護学校や大学の新卒予定の「看護師の卵」の争奪戦が激化している。何が起きているのだろう。 私もつい最近、看護師の新卒採用の状況について調べる機会があり、ある看護学校に届いた求人票のコピーを100枚ぐらい入手しました。 初任給、いくらだと思います? 私立の大学病院は総じて提示額が高く、東京と千葉に3つの病院をもつ某大学病院の例をご紹介すると、看護大学卒の基本給が21万3,300円、主要手当5万5,100円で月次合計26万8,400円とあります。これにプラスして夜勤手当がつくわけね。年2回の賞与は合計136万4,000円。年収の見込み額が458万4,800円になるそうです。すごい。 この数字は民間企業の大卒初任給の相場よりもかなり高いのです。例年11月に厚生労働省が発表する初任給調査によると、2005年度の大卒初任給の平均は19万3,900円(超過労働給与額および通勤手当を除き、諸手当含める)。女子の平均は18万9,300円でした。 看護師の初任給は以前からOLの初任給に比べて高かったのは事実ですが、今年の急騰ぶりは、異常です。その背景には、こんな事情があります。 なぜ、こんなことになっているのか。厚生労働省の医療費抑制策の一環で、今年4月、診療報酬が改定されたのだ。(中略) 従来は勤務する看護職員の1日あたりの平均人数が患者10人に対して1人いる場合が「最高水準」で、これに認定された病院の入院患者1人あたりの保険点数は1209点(1点10円)だった。改定により「10人に1人」の場合は1269点、さらに「7人に1人」なら1555点となった。「7人に1人」という認定を受ければ、ベッド数1000床の病院なら「10人に1人」に比べ、1日286万円、年間10億円も収入がアップする。もちろん、そのためには約4割も看護師を増やさなければならず、争奪戦になる。 医療消費者の立場からすると、入院先の病院を選ぶときにもっとも重要視したいのは、看護師によるケアの充実度ですね。その意味で、7対1へと看護配置基準を引き上げたことは喜ばしい。 看護師の立場からすると、看護師1人あたりの労働に対する評価が高くなったわけで、そのことが過重労働の軽減につながればいいのですが、現実には看護師の定着率は低く、3年程度で燃え尽きて辞めてしまう人や、出産と同時に家庭に入る人も少なくありません。 元の資格か経験かという話に戻ると、もちろんどちらも重要ですが、働く人の現場経験がもっともっと生かされ、高く評価される世の中になってほしいものです。《訂正》事故(?)というか死亡例はありました。 調べでは、堀病院は03年12月末、同県大和市内の実家から通院していた初産の女性(当時37歳)が出産する際、助産師資格を持たない看護師、准看護師ら数人に内診などの助産行為をさせた疑いが持たれている。女性は出産時に大量出血し、04年2月に死亡した。 ただし、無資格助産と死亡の因果関係を証明するのは難しいでしょうね。
2006年08月25日
ニートやフリーターが増えている背景には、新卒とくに高卒採用を行わない企業が増えたこと、新入社員や若い社員にまともな教育研修を行わずに、過重労働を強制してスポイルしているという由々しき問題があります。 さらにその背景には、団塊世代や中高年世代の人材がダブつきという問題や、かつての高度成長期とは異なり、長時間労働で商品をたくさん作り、たくさんセールスして回っても売れなくなっている。高品質の商品やサービスを多品種少量生産あるいはオーダー生産し、手の込んだマーケティングの仕掛けや、手間ひまのかかるコンサルティングセールスなどを行わないと売れない。そういうことのできる人材は、OJTを含め、時間をかけて丁寧に育てていかなければ育たないのに、長期的展望なしに目先の利益に追われるばかり……。 ニートやフリーターという言葉で括ってしまうと、個々の問題や背景が見えてこないのではないでしょうか。 それはさておき、また新たなフリーター支援策が打ち出されました。年長フリーター対策、就職クラブで目指せ正社員 厚労省2006年08月24日08時05分 厚生労働省は25歳以上になっても定職についていない「年長フリーター」向けの新たな就職対策として、10人程度でひとつの班を作り、3カ月で正社員を目指す「就職クラブ」を07年度から都市部のハローワークで始める。 就職活動でも孤立しがちな年長層に対し、部活動のような集団を結成。「顧問」役の相談員の指導を受けながら、意見交換や自己分析を行い、目標達成を目指す。 正規雇用と非正規雇用の格差を縮小する「再チャレンジ推進」は同省の概算要求の大きな目玉。次期政権として最有力とされる安倍晋三氏の政策を意識している面もある。一見、新奇な案にみえる「就職クラブ」も「再チャレンジ」案のひとつだ。 若年者の就職支援を行っているヤングハローワーク(ワークプラザ)がある東京(渋谷)、横浜、名古屋、大阪(梅田)、神戸を中心に開設。これまでの個別支援に加え、同じような境遇にある求職者同士が相互に刺激しあうことによる相乗効果を狙う。 初年度は1億円をかけて1000人程度の年長フリーターの組織化を目指す。効果が上がればさらに規模を拡大する。 総務省のまとめでは05年の若年フリーター(15~34歳)は、201万人で前年より13万人減っているが、25~34歳がほぼ半数を占め、「高齢化」が進んでいる。 これまでは政府の「若者自立・挑戦プラン」のもと、厚労省はフリーター25万人の正社員化を目標としてきたが、今後はより正社員への転換が困難な「年長フリーター」に重点的な支援を行う、としている。 実はこれ、全然目新しいものではなくて、アメリカで考案され、カナダやイギリスの就業支援機関で取り入れられている「ジョブクラブ」をモデルにしたものなんですね。 過去にはこんな記事もあります。再就職支援クラブに脚光 埼玉県主催、「仲間の目」が効果2002.01.10 朝日新聞東京夕刊 14頁 仕事を失った人たちが、立場や年齢の違いを超えて励まし合い、再就職を目指す「クラブ」活動が今年度から埼玉県で始まった。欧米で盛んな「ジョブクラブ」の日本版だ。参加者は、仲間の存在で孤独感から解放され、就職意欲を持ち続けられるといい、全国の自治体から問い合わせが相次いでいる。 「そこまで言うと、嫌みだよ」 「人柄を、もっとアピールして」 模擬面接で、仲間から率直な助言が飛ぶ。 埼玉県立女性職業能力開発センターの教室。同県が主催する「彩の国 再就職クラブ」は3週間で1クール。昨年8月から12月まで3回実施した。初回は13人中5人が再就職を果たした。次第に希望者が増え、3回目には20人の枠に73人の応募があった。 センターの職業訓練指導員、小島貴子さんらが米国でキャリアカウンセラーが活躍している話を知り、資格を取って個別相談に力を入れ始めたのがきっかけだ。中高年支援事業を続ける中で、仲間の必要性やカウンセリングの希望が多いことがわかり、欧米で成果を上げているという「クラブ」づくりに踏み切った。 参加した女性(39)は手伝ってきた家業の継承が難しくなり、2年前から求職活動中。「一人で探していると沈み込んでしまうし、わからないことがいっぱいある。ここで仲間から客観的に見てもらえるのは、本当に心強い」と話す。 受講中に就職の内定を受けた男性(54)は、入社時期を1週間延ばしてもらい最後まで参加した。男性の分まで求人票を見てきてくれる仲間たちを得難く感じたからだ。「営業職しか目になかったのが、仲間と話しているうちにもう少し柔軟になってみようと思った」。再就職先では総務の責任者として働いている。 小島さんは「米国のように就職できた人から抜けていく競争型でなく、一緒に畑を耕す農耕民型を目指している。素直に自分を出し合えて、表現する力と自信をつけてほしい」と話している。4回目は2月に予定している。 ここに書かれているように、「ジョブクラブ」は、年齢の高いフリーターばかりでなく、中高年、再就職志望の主婦といった、「就職困難者」を支援する方法として有効であると思います。 私も専業主婦向けの再就職支援セミナーにおいて、ジョブクラブとまではいかないけれど、長期連続講座やグループワークという形式を採用することで、相互支援、相互啓発、相互刺激といったジョブクラブ的な効果をねらっています。 そもそもジョブクラブの起源については、渡辺三枝子、E.L.ハー著『キャリアカウンセリング入門』(ナカニシヤ出版)に詳しく書かれています。 カナダで成功し、いまでは他の国々にも紹介されている高齢失業者を対象とした「ジョブクラブ」というグループワークがある。 これはカナダで始まったものではなく、アメリカのカウンセリング心理学者であるアズリンら(Azrin et al.,1980)が開発したキャリアグループワークである。 もともとは就職が非常に困難なクライエントを対象とした、行動主義カウンセリングを背景とした職業探索プログラムである。 彼らの主な対象者は(中略)、そのクライエントに共通しているのは、さまざまな社会的障害や過去のネガティブな生活体験がもとで、職業選択行動が身についていないだけでなく、自尊心も、働く意欲も喪った人々であった。 アズリンらは、「失敗は、必要な行動を学習していないか、あるいは非効率的な行動を学習してしまっているのであり、失敗が予期不安をもたらし、そのために非効果的行動や不適応行動を引き起こし、ひいては自尊感情がもてなくなる」という考えに立ち、必要な行動を段階を追って一つひとつ学習するのを促すプログラムを開発したのである。 そして、プログラムが進む過程での強化づけ(他者からの承認や成功体験)が自信を回復させることが不可欠と考えた。 プログラムに一緒に取り組むなかで、相互に教えあい援助しあうことができ、その結果自尊心をもてるようになるし、安心してソーシャルスキルも学習できるということであった。 自尊感情と、もうひとつ加えれば、自己効力感。この2つを獲得しないと、社会に対して立ち向かって行くのは難しいですね。
2006年08月24日
興味深いニュースを2つ。まずは「若い」ほうから。◎主婦らが「こんにちは赤ちゃん」=虐待防止へ乳児宅訪問-厚労省(時事通信社08月22日 05:13) 厚生労働省は22日、地域の人材から登用した「訪問スタッフ」が、生後4カ月までの乳児がいるすべての家庭を訪問し、子育てに関する助言を行う「こんにちは赤ちゃん事業」を創設する方針を決めた。ストレスから虐待に走るリスクが高い子育て初期の親の不安を和らげ、虐待を未然防止するのが目的。実施主体となる市町村に国が費用の一部を補助する。関連予算を2007年度概算要求に盛り込む。 子どもにとっても、親にとっても、「社会的ひきこもり」は重大な問題。人は人の中で、地域の中で育まれるのではないでしょうか。 自宅に他人を入れたくないと言って、家族以外の人の来訪を友人・知人ですら拒む人が増えているようですが、これは「個人主義の行き過ぎ」であり、新たな社会病理を招いているように私には思えます。 色々な意味で「風通し」が悪く、透明性がない、外部からの干渉のない場所は、ドロドロに濁ってしまうのではないか。 自ら他者を拒み、ひきこもることによって病んでいく人がいる一方で、独りで生活することは色々な意味で難しいにもかかわらず、独りで暮らさざるを得ないために、危険や悲劇と隣り合わせになっている人たちもいます。孤立死防止へ総合対策、異変察知のシステムなど整備(読売新聞08月22日 15:02) 厚生労働省は22日、一人暮らしの高齢者などが地域から孤立した状態で亡くなるのを防ぐ、「孤立死ゼロ・プロジェクト」を来年度に実施する方針を固めた。 単身の高齢者世帯は今後増加が予想されることから、地域社会の再生を柱にした総合的な対策に本腰を入れる。 国が、こうした防止策に本格的に乗り出すのは初めてで、2007年度予算の概算要求に1億7000万円を盛り込む。 孤立死は、地域の支えを失い死亡することで、単身者が誰にもみとられることなく亡くなる孤独死や、高齢者世帯の夫婦が共に自宅で死亡するケースが大半。同プロジェクトは、「地域社会が希薄」とされているニュータウンといった都市部を中心に、高齢者や一人暮らしの中高年が地域で孤立しないための取り組みを推進するのが狙い。 先に紹介したほうが「こんにちは赤ちゃん」事業なら、さしずめ後のほうは「こんにちはバアちゃん」事業かしら。高齢者の孤立を防ぐためには、まず訪問、そして孤立を防ぐために、地域の人的ネットワークの中に組み込んでいくことになるでしょう。 どちらの事業も、行動の担い手は行政というよりも、地域で暮らす人々、とくに専業主婦や元気なお年寄り――といっては失礼かな、退職者の皆さんになるでしょう。 いま、新しい波を起こしつつある「コミュニティ・ビジネス」のひとつとして結実したら面白いのではないかと思います。 会社に勤めるだけが「はたらく」ことじゃないわけで、地域の中で地域の人々とふれあい、平和で豊かな生活を共有するために貢献し、自らも同じ地域の中でフィードバックをもらう。そんな「コミュニティ・ビジネス」が、主婦や退職者の皆さんの力によって伸びていったら面白いし、地域にはびこる社会病理が事件や事故につながる前に未然に防ぐことができるのではないかなあという予感がします。 また、こうした「コミュニティ・ビジネス」に対して興味をもち、やりがいを見い出す若者も少なくないでしょう。ニートやフリーターと呼ばれる若者たちおよびその予備軍が企業や働くことに対して抱いているような閉塞感を突破する何かが感じられます。
2006年08月23日
最近、日記が滞りがちでスミマセン。短めでも、なるべく毎日書くように努力します。 さて、皆さんは毎月の書籍代をいくらぐらい使っていますか?私は多いときで3万円以上使うと言ったら、驚かれました。 まあ、文筆業という職業柄、資料として必要になる本も多いし、常に色々なことにアンテナを張り、ピン!ときたものについては、一点突破的に集中して情報を集めようとして本を買い込んだり、過去の新聞記事を検索したりします。 書籍代に新聞代とインターネットのプロバイダーに支払うお金を合算すると、5万円を超えることも珍しくありません。 自己への投資なんて大げさなことではなく、ごく当然の必要経費だと思っています。 しかし、本は増える一方で、仕事場のある2階の床が抜けそうなのが悩み。階下で寝ているのですが、夜中に頭上から聞こえてくる「ピシっ」とか「パチっ」とかいう音が恐ろしい。蔵書は軽く千冊を超え、3千冊近くありそうな感じです。 購入先は、もっぱらamazon。本屋さんへ行く時間も惜しいほど、毎日が過密スケジュールなものでして。そのくせ、ネットで調べ物をするとハマってしまい、1時間以上検索していることもあります。効率がいいんだか、悪いんだか。 最近、よく買う本のジャンルとしては、1)自殺防止2)グリーフワーク、グリーフセラピー3)改憲問題4)戦争に関する本(反戦・非戦の立場から)5)雇用問題(とくにワークライフバランス、ニート)6)コミュニケーション関係(アサーション、カウンセリングなど) なるべく偏らずに幅広く、そしてホットな論点を追いかけるというスタンスで読んでいます。小説などのフィクションよりも、ルポルタージュ、評論、エッセイ、学術論文といったノンフィクションのほうが圧倒的に多いかな。 読み方としては、重要だと思われる部分にラインを引いたり、ページを折り曲げたりして、「汚す」ことを躊躇しません。だって本は素材だもの。素材をどうやって料理し、生かすかが重要ですからね。時間があれば、重要な部分をノートに書き写して「ネタ帳」としてストックしておきたいと考えていますが、中々余裕がなくてね。 今日は、仕事先の京葉線・海浜幕張に向かう往復2時間強の車中で、『ワークライフバランス社会へ 個人が主役の働き方』(大沢真知子著、岩波書店)という本を約150ページ読みました。ちょっとスロー・ペースだな。途中、居眠りもしちゃったから。 仕事と生活の関係について考えたい人にとってヒントになるデータや示唆が豊富で、とても勉強になります。 キャリアカウンセラーをしている私にとっては、格好のネタ本ですね。興味のある方はぜひ、ご一読を。
2006年08月22日
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