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荒川静香さんの演技、素晴らしかったですね。身長の高さ=姿態の美しさや柔軟性を最大限に生かし、「美」を感じさせました。「技」そのものを全面に出すのではなく、「技」はあくまでも表現の手段でしかなくて、追求すべきは「美」であるというフィギュアスケートの本質を教えてくれるような、深くて味わいのある大舞台でした。 一時は引退も考えたというから、大変な窮地を乗り越えての金メダルだったのでしょう。 4年に一度……本人にとっては一生に一度か二度あるかないかの晴れ舞台に照準を合わせ、日々、練習を積み重ねて自己統制を怠らないというのは、大変なことだなあとしみじみ思いました。 NHKで解説者が言っていたように、重圧から開放されたいま、好きなアイスクリームを好きなだけたくさん食べてほしいな。本場イタリアのジェラートは旨いだろうな。勝利の美酒じゃなくて美アイス。 荒川静香さんの姿を見ていて、大学時代の恩師の言葉を思い出しました。「夢をあきらめないで」 私も夢をあきらめないことにしよう。 村主さんもがんばりました。後輩たちが「夢みる力」を思い出させてくれました。 ラグビーも、よくがんばった。「夢みる力」を教えてくれた後輩たちに――今夜は、ワセダに乾杯だな。
2006年02月24日
自分の子どもと同じ幼稚園に通う2人の子どもを母親が刺し殺した事件があった。「こわい」「子どものことが心配だ」「人を信じられなくなった」といった反応をする人が大半だ。小さな子どもをもつ母親なら当然の心理かもしれない。 しかし、私たちは被害者予備軍などでは決してなく、無意識のうちに悪意の連鎖を形成する一員になってはいないだろうか。「悪意の連鎖」の中で、ふとしたことがきっかけになり、加害者予備軍は予備から外れて実戦に召集されてしまうのではないだろうか。 scot五郎さんの日記を読みながら、そんなふうに考えてしまった。 デパ地下やスポーツクラブで、「どうして今日はこんなに込んでいるのかしら」という声をよく聞く。へそ曲がりな私はつい、「あなたみたいな人が大勢いるからよ」と言いたくなるが、実際には言いません。 混雑によって人に不快感をもたらす「罪悪」から、自分だけは免罪されているのだと考える人が多いのはなぜだろう。「物騒な世の中ですね」と言ったとき、その発言者は、自分がその物騒な環境を作り出している一要素だということにはまったく無自覚だ。 というわけで、「物騒な世の中ですね」とか「怖い世の中ですね」と言っているだけでは、その状態はまったく変わらないでしょうね。
2006年02月19日
ご存知でしたか? 4月から診療報酬が改定になり、私たちが病気になったときに病院や診療所に支払う医療費が変わります。 月曜までにその関連の短い記事を書く予定なんですが。 改定のポイントをメモしておきましょう。診療報酬改定のポイント ▽再診料を病院で10円、診療所で20円引き下げ ▽後発医薬品への変更が可能かどうかをチェックする欄を処方せんに新設 ▽小児、産科、救急医療に重点的に報酬を加算 ▽ニコチン依存症のための禁煙指導に保険適用 ▽在宅医療強化のため、24時間対応可能な在宅療養支援診療所を新設 ▽医療費の内訳がわかる領収証の無償交付を医療機関に義務づけ2006年2月15日 読売新聞
2006年02月17日
多くのラグビーファンの心に残っている名選手・林敏之さんにインタビューさせていただいたことを以前の日記に書いたのを思い出した。 本人に代わってエッセイ風に仕立てたその記事は、ある人材関係の専門誌の9月号に掲載された。一般には入手しにくいし、高価な雑誌なので、それに時間もたっているから、こそっと引用しちゃいますね。 タイトルの「浸りきる」は、インタビューの中で何度も林さんの口から出てきた言葉です。「林さんらしい言葉」として印象に残っています。 この人は本当に感激屋さんなんですね。かつての感動的な体験について話すうちに目がウルウルしてきちゃって、ああ、いい人なんだなあと実感しました。前置きはここまで。以下、引用。 将来世代育成プロジェクトと銘打ち、小学生から高校生までを対象に「ラグビー寺子屋」を開催した。現役引退後、長く温めてきた私の夢だ。自分がラグビーから与えられた感動を、多くの人に伝えて恩返ししたかった。3月に地元・神戸から始めて5月まで、兵庫県内の学校やクラブチームを巡回した。神戸製鋼V7メンバーを始めとする協力者や参加者は千人を超えた。県から阪神・淡路大震災10周年記念事業の一つに認定された。 詰め込んだ知識は簡単に忘れても、リアルな体験から得た感動は消えない。10年後、20年後にも子供たちの心に残る感動を、ラグビーを通じて体験させたい。感動は、自分を変えるきっかけになる。目と目で見つめ合い、からだをぶつけ合うなかから、きっと何かが感じられる。心と魂を揺さぶられ、、湧き上がってくるものがある。ラグビーの世界なら、自分のような人間も子供たちの「マイ・ヒーロー」になれるかもしれない。子供たちには将来の方向を示してくれるヒーローが必要だ。 私が初めてラグビーに出会ったのは中学2年。それまではサッカーをしていたが、人と話すのが苦手で、チームになじめなかった自分に声をかけてくれたのが、ラグビー部の人間だった。 高校は全国大会出場を目指したこともないような無名チームだったが、3年の夏に全日本高校代表のオーストラリア遠征メンバーに選ばれた。このとき指導を受けたのが、伏見工業高校ラグビー部監督の山口良治コーチである。遠征が終わった夜、相手チームとの交流会の席でコーチから言われた言葉が、いまも忘れられない。「外国人に通用していたのはお前だけだ。5年後10年後、俺の後を継いでくれ。青春時代にひとつのことをするのは素晴らしいことだよ」と。恩師の言葉を記した日記はいまでも大切に持っている。 同志社大学時代は、岡仁詩先生から「ラグビーは楽苦美だ」と教えられた。プレイは楽しいが、練習は苦しい。苦しさを乗り越えた先に美しいトライ、美しい友情、美しい人生がある。 神戸製鋼で初めて全国優勝した1989年、その年に主将を譲った平尾誠二から「賞状を受け取るのは林さんしかいないよ」と言われ、涙でボロボロになりながら受け取った。その翌年にはオックスフォード大学に留学し、伝統の対ケンブリッジ戦のポジションを勝ち取った。試合前から興奮し、涙が止まらなかった。ラグビーに浸ることが、素敵な涙をいっぱい流させてくれた。 自分が感動しなければ、人を感動させられない。企業研修の仕事に取り組んでいるいまも同じだ。ラグビーのグラウンドも、研修施設も、日常生活から離れた非日常の場であるから、「いま、ここ」にしかない感動がある。浸りきり、自分を見つめるなかで魂が揺さぶられ、湧き上がってくるものがある。感動した時に、バラバラだった自分が再統合され、自分自身に戻れる。その時、とめどなく涙が流れる。飾りも偽りもない体験だ。感性を磨く体験を多くの人にしてほしいと思う。 ……以上、引用終わり。ちょっとネタを詰め込みすぎた文章でしたね。読みにくいかしら? ラグビーも林敏之さんも全然知らなかった私が、その魅力を何とか最大限に伝えたくて精一杯書いた……のだろうなあと、半年近くの時間がたって読み返してみて思うのでした。もちろん、ご本人が書き換えた部分も少しあります。 以下、林敏之さんのプロフィールも添えておきます。1960年、徳島生まれ。同志社大学卒業後、神戸製鋼所入社。大学3年から日本人代表のフォワードとして活躍。強烈なタックルや突進で相手選手を病院送りにしたことから「壊し屋」の異名をとった。日本代表を13年間務め、神戸製鋼の7年連続日本一にも貢献。90年、オックスフォード大学留学中にケンブリッジ大学との定期戦に出場して「ブルー」の称号を獲得し、オックスフォード歴代ベスト15に選ばれる。92年には英国の名門バーバリアンズ・クラブに招待された。いずれも東洋人初の快挙。36歳で引退するまで、フェアプレーに徹した勇姿は多くのラグビーファンの胸を打った。現在、神鋼ヒューマン・クリエイトで企業研修の仕事に携わる。「人材教育」2005年9月号巻頭エッセイ「重重無尽」掲載
2006年02月15日
数年前の調査では、確か支給額の月間平均が1万7,000円台だったか?(あとで調べます)。 大企業が支給する配偶者手当の金額は結構大きくて、パート主婦が年収が103万円を超えないように調整する最大の理由は、控除より配偶者手当という実益ではないか。 配偶者控除廃止の議論がある一方、配偶者手当を廃止する企業が出てきた。法律で支給が義務づけられているわけじゃないから、いつだって廃止していいわけだ。 廃止のロジックは、「配偶者よりも育児支援を!」である。なるほど、時代の趨勢ですね。 引用します。「東芝は、配偶者への扶養手当を原則廃止して、子供への手当を最大6倍に増やすことで労使が基本合意した。共働き家庭の増加で、子供への手当増額を希望する社員が増えてきたためだ。 現在の支給額は妻が月々2万円で、第2子までは4200円、第3子からは2500円。新制度では妻への手当を段階的に減らし、11年4月には子供がない場合だけ2500円にする。一方、子供は段階的に引き上げて1人1万5000円に増やす見通しだ。 東芝はすでに、育児休業を法定の最大1年半を超えて3年まで取れる制度を導入している。「人材育成には時間がかかる。制度の工夫で働き続けられるなら、会社にも利点が大きい」(幹部)という。」 朝日新聞「企業の育児支援、「共働き型」加速」(2006年02月14日23時47分) 春闘でがんばっている組合幹部の皆様、ぜひ、このデータをエビデンスの1つとしてご活用ください。
2006年02月15日
何か書こう。何か書こうと思うのだが、題材が重過ぎて、私の思考能力では支えきれない。 とりあえずメモ。「国の移民政策で中国にわたり、敗戦後も取り残された中国残留婦人ら3人が訴えた国家賠償訴訟の判決が15日、東京地裁で言い渡される。国から「自分の意思で残った」とされ、帰国時や日本での生活に国からの支援を長い間受けることができなかった」(朝日新聞2月14日朝刊より。以下同じ) 原告のひとり、西田瑠美子さん(72歳)は、敗戦5カ月前の45年3月、佐賀県から開拓団の一員として一家で中国に渡った。 敗戦5カ月前といえば、かなり日本の敗色が濃厚になっていたはず。しかし、大本営は不利な情報を国民に隠し、移民政策をプッシュし続けたのであろう。移民は捨て駒、あるいは兵を守る盾だったのか。 45年8月、ソ連軍侵攻。中国人やソ連兵に襲われた。 11歳だった逃避行の中、16歳年上の長姉が夜、凍える畑で大声で泣いていた。 幼い妹に本当のことを告げるのがはばかられたのであろう。「ソ連兵のところにお嫁に行く」と姉は妹に言ったのだそうだ。実際、姉は 開拓団の団長らに指名され、強姦を繰り返すソ連兵のところに送られた。 生贄である。「長姉はみんなの犠牲になった。恥ずかしくて裁判でも話せなかったけど、こんな犠牲があったことを知ってほしい」と西田さんは涙ぐむ。「多くの人は『戦後は日本も苦労した』というが、日本が侵略した中国に残された私たち女は特に悔しい、悲しい、恥ずかしい思いをたくさんした」 想像に絶する。戦争が終わった後も、彼女たちは生贄とされ続けたということだろうか。 国は敗戦当時13歳以上だった女性を残留婦人と呼び、「自分の意思で残った」として、身元が分からなかった残留孤児とは区別し、長い間支援の対象外としてきた。11歳だった西田さんは、身元がわかっていたため、長姉らと同じ扱いを受けた。 またも出ました、「自分の意思で残った」のフレーズ。いまで言う「自己責任」である。権力者や強者が、自分の都合のいいように使う言葉だ。 残留婦人らは94年に残留邦人等帰国促進・自立支援法ができるまでは、日本側の親族が帰国の責任をもつことが原則とされ、帰りたくても帰国できない人が多かった。 帰国への情報もなく、西田さんが初めて日本の土を踏んだのは88年。戦後43年もたっていた。 インターネットが発達した現在では考えられない情報の断絶である。それは、政府はもちろん、日本の国民が「中国残留婦人」に対して無知、無関心であり続けたからだろう。なぜ、誰も報じなかったのか。報じても聞く耳をもつ人がいなかったのか。 西田さんはいま、年金と生活保護で月9万円弱で細々と暮らす。 都営住宅でひとり暮らし。貯金通帳の残額は4万9464円。これがいまの全財産だ。 西田さんは言う。「私たちは国に捨てられてこうなったのです。このままでは死んでも死にきれない」 敗色濃厚な満州へ開拓団として送られたときに捨てられ、ソ連兵の慰み者として送られたときに二度捨てられ、帰国への支援もなく無視されたまま三度捨て置かれ、そしてようやく帰国を果たした後も生活支援がないまま四度捨て置かれ、15日の判決しだいでは五度捨てられるのだった。 中国帰国者の会『祖国よ「中国残留婦人」の半世紀』(小川津根子著 岩波新書)
2006年02月14日
にわかラグビーファン、にわか母校愛です(^^;) エンジと黒のジャージを注文してしまいました。ジムで着ちゃうんだもん。えへ。 こんなページを愛読していたりして。 間もなく125周年だし、同窓会に入って寄付でもしようか。 そういえば、100周年のときは4年生だったわ(^^;) ともあれ、19日の東芝府中との対戦が楽しみ。清宮監督は18年前に勝ったときのメンバーだったとか。すごい因縁試合ですね。
2006年02月14日
早起きしてつい、見ちゃいました。フィギュアスケートのペアの演技。お目当ては、アメリカ国籍を取得してアメリカ代表として出場した井上怜奈でしたが、彼女たちは惜しくも7位とメダルに届かず。 ずーっと見ていると、「惜しくも」とは書いたものの、上位ペアとのレベルの差を感じさせました。完成度と美しさの違いは、素人目にも明らかな感じでした。 上位は1位ロシア、2位から4位までが中国、5位がロシアと、やはり「赤組さん」の伝統は圧倒的強さを誇っていますね。中国にメダルを独占されなくてよかったと、ほっと胸をなでおろしているレイシストな皆さんも多いかもしれません。伸び盛りの中国の強さの秘密は、数の力、国家権力の力の差なのでしょうか。 しかし、そんなことはどうでもよくて、中国のZhang Dan、Zhang Haoのペアの演技には泣かされました。 前日のショートプログラムで2位につけていて、一番最後の登場でした。 20歳と21歳の若手だそうで、男性は兵士みたいな短髪の逞しいからだつきで、女性は華奢で小鹿のよう。中国ペア3組の中では一番キュートですね。 スタート直後のジャンプで女性が着地に失敗。V字開脚のような格好で地面に叩きつけられてヒザを強打したらしく、立ち上がっても演技を続けられない様子で、痛みに顔が歪んでいました。痛み以上に悔しかったのでしょう。うつむきつつ、コーチのいるほうへ向かい、ドクターと言葉を交わし……。 どうなるのか。転倒時のVTRを見る限り、多分、ダメだろうと誰もが思ったことでしょう。あの細い足でよろよろとようやく立ち上がったその姿は、生まれたての小鹿を思わせました。もしかして、足が折れてしまったのではないか。 信じられないことに、彼女は続行を選んだのです。中断したのは3分ぐらいだったかな。 続行しても満足な演技ができるはずがない――しかし、恐ろしいことに、その後の演技は完ぺきでした。回転もジャンプも優雅にこなし、高さも見事、ほんの数分前の転倒が嘘のよう。 演じきった後の彼女の顔は、あの若さゆえか、いま起きていることの意味が分からずに困惑して泣いている幼子のようにも見えました。 会場は総立ち。 ブラウン管の向こうから生々しい感動が伝わってきました。思わず私も泣いてしまいました。 控え室で採点結果を待つ彼女は、左ヒザとその上のふとももをアイシングして、なんとも痛々しい。そして結果は…… 技術点で高得点が出て、総合2位。「根性点」というモノサシがあれば、間違いなく1位だったでしょうにね。 解説者は、「アドレナリンが出て痛みを感じなくなっていたのではないか」などと言っていましたが、まさに「火事場の馬鹿力」ですね。しかし、見た目にはそんな悲愴感や凄みを感じさせることなく、あくまでも優美でした。 中国だからこそ、あそこまでの「超人」を育てたのだという見方もあるかもしれませんが、私はただ、「人間ってあそこまでやれるんだ。すごい」と感動していました。 私もがんばらなくちゃ。
2006年02月14日
気になるニュースを紹介。とりあえず引用します。解説はあとから。<社会人基礎力>実行力や協調性など育成へ 経産省が対策「周囲と協調して働けない」「指示がないと動かない」「すぐ辞める」――。こんな困った若手社員対策に経済産業省が乗り出す。同省の「社会人基礎力に関する研究会」(座長・諏訪康雄法政大教授)が8日、報告書をまとめ、実行力や協調性など社会人の「基礎的能力」を育成するため、産業界と連携して大学での実践的なモデル授業を開発することを打ち出した。産業界の“悲鳴”に応え、異例の対策に動く。 研究会はトヨタ自動車やソニーの人事担当者、教育、労働関係者らで構成。報告書は、社会人に必要な能力として、(1)物事に進んで取り組む「前に踏み出す力」(2)課題を見つけ、解決方法を考える「考え抜く力」(3)多様な人と協力できる「チームで働く力」――の三つを提示。家庭や地域などの教育力低下で、社会人に必要な能力が身に着いていない人が増えていると指摘している。 これを受けて経産省は、今月中に企業約3000社にアンケートし、業種や企業規模ごとにどの要素を重視するかなどを一覧表にして大学に提供。06年度から、学生が実際に企業活動に参加しながらこれらの要素を学ぶ授業に対して補助するモデル事業も始める。 経産省は「社会のニーズを把握して人材教育に努めることが、大学自体の価値向上にもつながる」としている。【坂井隆之】 (毎日新聞) - 2月8日20時38分更新
2006年02月09日
なんだか面白そうなCDを見つけて、注文してしまった。以下、わが敬愛する内田 樹先生のブログから引用です。 バートン・クレイン作品集何?バートン・クレインって誰? なにをおっしゃいますやら。日本音楽史最初の外タレポップスターですよ。 プリンストン大学を卒業して、1930年代に来日したジャーナリスト。アメリカの楽曲に片言の日本語歌詞を載せて歌った「クレーン節」で一世を風靡した兼業歌手です。 その後ニューヨーク・タイムズの経済記者となり、戦後も1950年まで日本特派員をつとめた知性派である。 この人のなんとも言えない「ほんわか」した日本語がね、いいんだな。渡辺京二さんの『逝きし世の面影』を読みながらバートン・クレインを聴くと、オールコックやモースやチェンバレンが愛した前近代日本の最後の残照がひとりのアメリカ青年にどんな「日本語」として響いたのか、それをかすかに知ることができます。 amazonでも注文できます。復刻盤の発売に至る経緯や曲目、内容についてはこちらをご覧下さい。 また、山田晴通さんのページにはバートン・クレーンの経歴や、彼の日本語の唄がレコーディングされるまでのエピソードなどが詳しく書かれています。 CD付録にあるジャズ評論家・瀬川昌久氏の解説には唸らされます。 戦前昭和の時代は、僅か16年に満たない短い期間だったが、ジャズを基調とする大衆音楽芸能の分野では最も傑出した作品を数多く生んだ。 ここに収録されたバートン・クレーンの歌曲集はその最たるものである。日本に滞在したアメリカの若いジャーナリストがモダン昭和の生活文明になじんで、アメリカで覚えてきたいろいろな唄を英語と日本語で洒落のめして歌う。 日本語歌詞が最高にイカして、伴奏のコロムビア・ジャズ・バンドが達者にジャズる。 この歌が吹き込まれた時から今日まで既に70余年も経ったが、日本の文化が最もモダンだったのはこの時代を措いてない。 このアルバムを聴きながら、このような情緒豊かな雰囲気の時代がまた日本に来ることを願いたいと思ったが、そういう時代が来るとはどうしても思えない。 せめてこの音声を後世に伝えたい へー、どんな音楽なんだろうと興味をそそられました? 戦後生まれの私の感覚でいうと、バンジュンが歌う「俺は街中でいちばんモボだと言われた男」っていう例の歌の感じに似て、ホントにほのぼのしちゃいます。「情緒豊かな雰囲気」って、いい言葉ですね。 戦前のごく短い間だったとはいえ、こんなふうにアメリカ人と一緒にジャズ起源のモダンポップスを楽しんだ時代があったなんて、ウソみたいです。 それがどうしてあんなに悲惨な戦争へとつながっていってしまったのでしょうか。 太平洋戦争の生き残りの人たちが「いまの時代の雰囲気は戦前によく似てきた」と別の意味で言っています。 戦前から開戦に至るあの道を二度と繰り返さないために、戦前の日本のことを、とくに歴史の教科書には載らない大衆文化を、市井に生きた人々の息づかいをもっと知りたいなあと思いました。
2006年02月07日
以下、mixiに書いた今日の日記のリライトです。一部変更した部分もあります。 東京は曇り。夕方から雪が降るらしい。 今朝の5時起きは辛かった。結局、目覚ましが鳴っても6時まで布団から出られなかった。 昨夜11時に老犬の介護をテーマにしたドキュメントをNHKが放送していて、翌朝が早起きなんだからよせばいいのに、つい、吸い寄せられるように見入ってしまった。 自力では立てなくなったワンちゃん。それでも食後に散歩したいとせがむし、散歩させないと排泄できないので、胴体にヒモをかけ、顎にタオルをかけて、その2つを半ば吊るしながら操り人形のように動かさないとならない。散歩させる飼い主は中腰で辛そうだ。ペット同様、高齢である。 こちらも老老介護である。 痴呆の症状か、ワンちゃんが朝まで夜鳴きをするようになり、「睡眠薬を使えないだろうか。このままでは二人とも参ってしまう」と言い出した夫に対し、妻は「そんなこと、ワンちゃんの前で言わないでよ」と怒る。 わが子同然というか、死に瀕して自力では何もできない飼い犬は、夫婦にとってわが子以上の存在になっているようだ。何年か先の自分の姿を重ね合わせているのかもしれない。 ある日の夜中、ワンちゃんが激しい痙攣を起こす。急いでかかりつけの獣医のところへ運ぶと、深夜にもかかわらず対応してくれた。ワンちゃんは酸素吸入用の小部屋に入れられ、点滴を施された。肺炎の疑いがあるという。 いまどきのペット医療の高度さに驚かされると同時に、あそこまで濃厚な医療を受けさせてお金をかけていいものかと少々複雑な思いがした。 私も愛猫・アイちゃんを溺愛しているが、あそこまでするかどうか、そのときになってみないとよくわからない。 老いてからだが不自由になったペットの介護は、高度に文明が発達した国で豊かに生活する人だけができることであって、自然からは程遠い。野生動物は、自立できなくなれば即、死を意味する。 ペットは自立できず、自己決定できないからペットなのだろう。飼い主が望む死に方しかできない。 一方、前もって死期を告知され、死ぬ方法もある程度選べる自由がある現代の人間は幸せかといえば、そうとも言い切れない面もある。 ペットが自由なのか不自由なのか、幸せなのか不幸せなのか、それを決めるのは誰なのか、決めていいのか、決められるのかといったことを考えると、頭がゴチャゴチャとこんがらがってしまった。 「人間は複雑な生き物だ。それなのに、あのアホなホリエモンとやらはすべてを金に還元して単純化したところに大きな過ちがあった」という主旨の発言を、作家の高村薫さんが怖い顔をしてテレビのインタビューに答えて発していたが、まことにそのとおりだと思う。 ちょっと最後は飛躍しすぎかな。
2006年02月06日
私は今年から徹夜をしないことに決めました。 フリーライターに徹夜はつきものですが、徹夜をするとその後に必ずダメージが来るので、長い目で見れば、徹夜をしないで毎日規則正しく労働時間を確保し、前倒しで仕事を消化し、「追い詰められ感」を持たないようにしたほうが、精神衛生上はもちろん、カラダの健康にも良いと気づいたのです。 最近、朝は5時か5時半に起き、朝のニュースをチェックし、寝具を片付け、お水とお茶を飲み、新聞をポストから取ってきて、6時か6時半までにはデスクにつきます。こうすると、「朝飯前」にひと仕事できます。 午前6時から午後6時まで、あるいは7時まで働いて拘束12時間以上!もう十分です。睡眠をたっぷりとってクリアに澄んだ頭脳がクルクル回転し、サクサク仕事が進みます。 6時か7時でキッパリやめて、なるべく毎日ジムへ行きます。あるいは読書、友人と会う、映画を見るといった、好きなことをします。ストレス解消と気分転換および情報や新しい感性などさまざまなものをインプットする時間です。9時か10時過ぎに帰宅して、食事して12時前には寝ます。 何時間でどんな原稿を何枚書いたか等々を業務日誌につけます。シビアなようですが、こうするとペースを管理できるだけでなく、「とにかく今日はこれだけやったのだ!」という達成感、自己効力感(セルフ・エフィカシー)を確認でき、心の余裕ができます。 業務日誌がうまくいくと、次は経費管理、売り上げ予測と実績のチェック、クレジット等の出費の管理=金銭出納帳の記録等々、日々のセルフマネジメントへの興味と意欲が向上してきました。記録の鬼! この調子で、次は食事、運動、睡眠の内容についても記録すると、ダイエットや健康管理に役立ちそうです。 用意周到、几帳面、自己管理がきちんとできるというのは、フリーライターとしての長年の自分の自己イメージに反するものでしたが、ま、意地を張ってもバカみたいだと気づいたのです。 自由奔放、自堕落で、厭世的、反管理、反権力、ゲージツ的、アナーキーでワイルドに生きてきた今までが我ながらウソのようですが、毎度「火事場の馬鹿力」が出るわけじゃなし、限りある人生を色濃く生きるには、セルフマネジメントが重要であり、結構面白いナと思う今日このごろです。 セルフマネジメントを自分できちんとできるようになると、編集さんからの電話も怖くなくなりました。コミュニケーションを密にとって、相手からしっかりフィードバックをもらうと、いい作品ができるなあと思うようになりました。実に快適。 それに、自己効力感を持てていると、人間関係の中で起きてくるさまざまなことにもそれほど囚われなくなりました。陰口、ウワサ、やっかみ、ねたみ、ひがみ、いじめ、意地悪、無視……そんなもん、ぜーんぶ無視!「自分は自分でいい」と、確信を持って思うことができ、全く揺れないのです。独善的とかマイペースというのとも違います。コンプレックスも反抗心もひがみもない、平らかな心で「自分は自分でいい」と思えるのです。 このペースでいくと、3月末までに単行本があと2冊、パンフレット2冊ほか連載の季刊誌、月刊誌、週刊誌すべて間に合いそうです。うふ。ホントかしら。 しかし、カッコつけるために、表面的には斜に構えたロケンローラーとしての立ち居地はキープしたいと思っています。だからこれは内輪の話……と言いつつ、公開日記に書いたりして。 がんばりましょう。
2006年02月05日
最近、耳から離れない言葉がいくつかある。ひとつは、「戦争の手触り」という言葉。みんな、戦争の手触りが分からないから、イラクで起きていることもどこか他人事なのではないか。「戦争の手触り」が分かれば、人は心の底から戦争を起こしてはいけないと思うだろうと。 もうひとつは、「人間を描く」という言葉。日本軍の残虐行為や、戦争責任について曖昧にしたままの日本政府のあり方を告発する作品は、過去にもさまざまに作られてきたが、そうではなく、「戦争と人間がこんどの映画のテーマだ。僕は人間を描きたいのだ」とその監督は言った。 ある人材教育専門誌の冒頭を飾る連載エッセイを私が担当していて、インタビューした本人になり代わって「人間への思い」を描くという文章を書いている。 次号特集がたまたま「中国における人材教育」であったので、ドキュメンタリー映画「延安の娘」で知られる池谷 薫監督にこのエッセイのページでご登場いただくことになり、お会いする機会を得たのだった。 池谷監督は、中国の現在を描くドキュメンタリーを得意としている。「延安の娘」は、文革のときに延安へ下放されたある紅衛兵の少年少女の禁断の恋によって生まれた女の子の現在を追う。 一方、「戦争と人間」を描いた次回作――今夏の公開を準備中の次回作「蟻の兵隊」は、「山西残留軍」のひとりである奥村和一さんを主人公とするドキュメンタリーである。 山西残留兵なんて初めて聞く人も多いだろう。恥ずかしながら、私もそうだった。 日本が無条件降伏した後も中国山西省に残り、国民党系軍閥の軍隊と共に共産党軍と約4年間も戦った人たちがいた。550人もの人が激しい戦闘の末、亡くなっている。 彼らは上官の命令で「戦わされた」のだった。 しかし、日本政府は「彼らは勝手に戦った傭兵のごときものである」として、軍人恩給などの一切の補償をしていない。 そんな日本政府に対して訴訟を起こした元残留兵の1人が奥村さんだ。 もう80歳を過ぎている。金が欲しいんじゃない。どうせ残り少ない人生だ。自分たちがしたことを、多くの日本人に知ってもらいたいからしているのだという。 私はまだ映画を見ていないけれども、映画の内容を紹介した新聞記事を読み、善良で平凡な普通の人が戦争によって人殺しに変わってしまうことの恐ろしさを感じた。それは「戦争の手触り」だった。 奥村さんは20歳の専門学校生のときに徴兵され、学徒出陣で山西へ向かった。そのときの人殺し教育のシーンの描写が生々しかった。杭にくくりつけられた中国人に銃剣を突き刺して殺すように命じられた。怖かったし、嫌だったが、やるしかなかった。「もっと突けぇ」の怒鳴り声で繰り返すうち、相手の左胸にすーっと引き込まれるように銃剣が入っていった。「合格」の声が飛んだ。 「自分にも人を殺せるんだ」と、ぼんやりと麻痺したような頭の中で思ったという。 この「蟻の兵隊」という映画は内容が内容だけに、メジャーに乗るのは難しいかもしれない。しかし、1人でも多くの人に見てもらいたいから、劇場公開を目指して監督ががんばっている。みなさんもどうか応援してください。 いま公開中の話題作「ホテル・ルワンダ」は、上映館のめどが立たずにお蔵入りしそうになったのだが、ひとりの若者がmixiで呼びかけたのをきっかけに数千人の署名が集まり、公開にこぎつけたそうだ。「蟻の兵隊」公式HP「蟻の兵隊」には戦争映画にありがちな戦闘シーンの資料映像はまったく使っていないそうだ。 中国のいまの風景と、かつて肉親や身近な人々を殺された側と殺した側の出会いの中に、戦争が詰まっていると考えたからだと監督は言った。 決して告発調の映画ではない。中国への旅を通じて変わっていく奥村さんの姿に、人間の複雑さ、底知れなさ、人間の業、人間そのものが描かれている……と思う。 自分は「絶対的な被害者」だと思い込んでいた奥村さんが、自己正当化のためにかつての残虐な「日本鬼子」の顔をのぞかせる瞬間もあるが、やがては加害者としての自分に正面から向き合っていく。その「人間くささ」が人の心を動かすのだろう。 さっき、自分の書いた原稿を読み返しながら自分で泣いてしまったのだが、なんとも感動的な赦しのシーンも出て来るそうだ。 ちょっとだけ引用ね。 池谷監督から聞いた話をもとに書いた私の原稿です。 映画の中で、「慰安婦」と呼ばれた中国人女性と奥村さんが出会うシーンがある。奥村さんは、自分が中国で人を殺めたことを妻子にはまだ告げていないのだと告白する。「話せばいいのに」と彼女は言う。「悪いことをしたかもしれないけれど、それは強いられてしたことでしょう。少なくともいまのあなたは悪人には見えないわ」と。 泣ける。手垢のついた言葉かもしれないが、人間ってすごい、人間っていいなあと思う。
2006年02月04日
将来、起業を考えているけれども、50代や60代では遅過ぎるかなと思っている人にとって勇気づけられるような記事が出ていたので、引用しておきましょう。 新規開業者の中で意外と健闘しているのが定年退職者ら六十歳以上の人たちだ。国民生活金融公庫の二〇〇五年度新規開業実態調査からその様子がわかる。 〇四年四―九月に同公庫が融資した開業後一年以内の企業二千四百七十六社から回答を得て、経営者の年齢層別に目標月商の達成状況を調べた。達成しているとの回答の比率は二十九歳以下が最も高く四五%、年齢が上がるにつれて低下し五十歳代は三三%だったが、六十歳以上になると三八%と上昇する結果となった。四十歳代(三七%)も上回った。 四十―五十歳代は勤務先の倒産や人員整理による開業がほかの年齢層より多く、資金の手当てや経営ノウハウが十分でないまま起業するなど、準備不足が苦戦の原因とみられている。 これに対し六十歳以上は堅実な傾向がある。開業動機として「必要な免許、資格などを取得した」を挙げた割合は一二%と最も高く、四十歳代(五%)や五十歳代(七%)を引き離している。定年前の早い段階から準備を進め、満を持しての起業が売り上げ目標達成率を押し上げているようだ。 〇七年から団塊の世代の大量定年退職が始まり、既存の企業の間では人材不足による競争力低下の懸念が出ているが、団塊世代の起業が広がれば日本に活力を与える大きな力になる。「二〇〇七年問題」には明るい側面もある。【2006/01/31日経産業新聞】 パソナでは30歳以上の「キャリア世代」向けに「キャリア世代のチカラ~NEXT STEPへの挑戦」という総合イベントを大阪と東京で実施する。 堺屋太一の講演「団塊の世代~黄金の10年が始まる」や、糸井重里ら3人の鼎談「農業を変えるスマートシニア軍団~作る!運ぶ!売る!~」など、団塊世代の定年後のキャリア支援を意識した内容のものもあるので、興味のある方は参加してみては?
2006年02月02日
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