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2019年08月07日

THE THIRD STORY純一と絵梨 <34 梨沙と梨央>

梨沙と梨央

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母が亡くなって絵梨は少し体調を崩した。緊張が一気に緩んだのだろう。梨沙や梨央がよく面倒を見たのであまり長引くことにはならなかった。

僕たちの生活には大きな変化はなかった。僕は祖父、田原真一が興した田原興産の社長として働いた。絵梨も経営するこども園の理事長として働いていた。忙しい共働き家庭だった。

長女の梨沙は文学部へ進んでいた。もともと梨沙の曽祖父に当たる田原真一は文筆家だった。長い間榊島に関するコラムを書いていて、それには決まった読者も付いていたようだ。梨沙は祖父に似たのかもしれなかった。

家の事業にはあまり関心がなく教職の道に進みたいといっていた。我が家には珍しく公務員志望だ。本来は家の不動産事業を梨沙本人か梨沙の婿さんに継いでもらいたかった。しかし、それは早々と断られていた。

小学校の教師として働きながら童話を書くのが夢らしい。自分の希望に向かって着実に進むしっかりした娘だった。親のわがままを通すことはできなかった。

妹の梨央は母親と同じ幼児心理学に進みたがっていた。絵梨と同じように保育士になるつもりをしている。ひょっとして絵梨の事業は梨央が継ぐのかもしれないと思っていた。今はまだ甘ったれの末っ子だった。

梨沙は塾の講師のアルバイトで忙しい。夜遅くなるこのアルバイトは親としてはあまりうれしくなかった。しかし、梨沙はこのアルバイト先で恋人ができていた。やめるはずもなかった。

梨沙の恋人は、もう公務員試験に合格していて来年の4月から教師として働くことが決まっていた。人柄もいいのでこのまま結婚してくれると良いと思っていた。と言っても、何年か先にはなるのだろう。

梨沙や梨央が結婚するころには家もバタバタするだろう。家族として今が一番落ち着いた日々だと思う。僕が人生で最もいらだっていたのは青春時代だった。その時代から比べれば梨沙や梨央は幸福だと思った。

梨央もやがては恋人を家に連れてくる日が来るだろう。人生には幸福な寂しさというものがあるものだと最近になってわかるようになってきた。出来ることなら梨央か梨央の婿さんが会社を継いでほしかった。

会社には、いい若い社員が数人いた。親としては彼らのうちの誰かと縁づいてくれたらいいと思っていたが口には出さなかった。二人が嫁いだ後は絵梨との日々をゆっくりと過ごすだけだった。それまで、一生懸命働こうと思っていた。




続く




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2019年08月06日

THE THIRD STORY純一と絵梨 <33 真梨の最期>

真梨の最期

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母は、時々勝手に外へ出てしまっては絵梨を慌てさせた。たいていは庭周りで花を眺めて突っ立っている。道に迷って立ちすくむ少女のようにも見える。口には出さないが、多分、父を探しているのだ。

いつも決まって白バラの花壇の前だ。母は白バラが大好きで自分で丹精して育てていた。この花をよくテーブルに飾っていたが摘むのは父だった。母は必ずバラの棘に刺されるからだ。母が、「そこそこその蕾とそのちょっと開いた花、そうそう、それそれ」と言いながら父に摘ませる。今思えば、母が父に甘える口実にしていたのかもしれない。

亡くなった父も僕たち夫婦も母はあまり寂しさを感じないかもしれないと期待していた。母は父が亡くなるころには物忘れの症状が出ていた。父が亡くなると認知症は一気に進んだ。神様は母があまり寂しくないように、母の心が穏やかでいられるように母の記憶を無くしてくれたのだと思っていた。

しかし、母はあらゆる記憶をなくしているのに父を忘れられない。名前も覚えていないかもしれない。それでも、白薔薇の花壇の前へ来れば愛しい男に会えるかもしれないと思うのだ。母は普段は穏やかで笑顔が多い。ただ時折、寂しさに襲われて矢も盾もたまらなくなってしまう。白薔薇の花壇の前に立ちすくむ母を見るとかわいそうでならなかった。

ある初夏の日、また母が無断で外に出てしまった。その日は午前中に雨が降ってまだ花壇には露が残っていた。慌てて庭周りを探したが見つからない。絵梨がすぐ気が付いて、昔住んでいた家に走っていった。

いつもよく行き来した道だ。案の定、母の靴がきれいにそろえて脱いであった。僕か絵梨がカギをかけ忘れていたようだ。父が仕組んだと思った。母は寝室のベッドでほほ笑むように眠っていた。幸福そうな顔だった。

母のそばには白バラが落ちていた。母が摘んで持ってきたのだろう。その日は、棘に刺されなかったようだ。それが母の最期だった。父は母を待ちきれなかったのだろう。

母は亡くなって家は寂しくなった。しかし、それは父母にとってはハッピーエンドだ。寂しいがホッとしていた。母は生涯にたった一人の恋男を追って逝った。


続く





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2019年08月05日

THE THIRD STORY純一と絵梨 <32 俊也の最期>

俊也の最期

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父は最近になって悪性のリンパ腫が見つかった。もともとやせ形の父は日に日に頬がこけてきた。その割には、日々の生活は穏やかなもので母とよく談笑している。母は父の病状を心配して、野菜スープを作ったり、時々は聞いたこともないような健康食品を買ったりした。

僕は、母が人のいないところで父のことをお兄ちゃんと呼んでいたことを知っている。母は父に恋をして自分からアプローチしたらしい。父に初恋をしてそのまま結婚したのだ。父しか知らない人生だ。そして今も父のことを大好きなのだから幸福な人生だ。ただ、人生でたった一人の相手を亡くすとどうなるのか心配だった。

父は78歳だ。世間的に見たら十分な寿命なのだろうが、やはり母のことが心残りになっているようだった。祖父が余りにも見事に祖母を看取って亡くなっているので余計に気になるのだろう。

「くれぐれも真梨を頼むよ。出来るだけ気分転換をさせて気を紛らしてやってほしいんだ。それと、綺麗に過ごさせてやってほしいんだ。真梨は地味だけど意外におしゃれなんだよ。もし、倒れたら延命はしないでやってくれ。苦しませてはかわいそうだ。」と息を切らしながら僕たちに頼んだ。

母には狭心症の持病があった。父自身、相当に激しい苦痛があったのだろうが母の苦痛を心配していた。父は、7カ月の闘病の間に事細かに遺言をした。複雑な出生の僕に気を使っていた。

父の遺品の中に父の身上書があった。誰かが調べたものを父自身が預かっていたようだった。その中には、父の実父が大阪の祖母に重傷を負わせて殺人未遂で逮捕されたことが記載されていた。祖母の事件は相当の大事件だったということを初めて知った。

「奥さまは、余りにもご主人の亡骸に未練を持ちすぎておられます。これは、気を付けなければなりません。一人でいる時間は極力作らないように。それに、御主人だってこの世に未練が残って成仏されにくいと思います。不幸中の幸いというのもなんですが、少し認知症がおありのようです。どうか、できるだけ、気をそらして、早く楽しいことを見つけてあげてください。」父の通夜の後、僧侶に言われた言葉だった。


続く




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2019年08月04日

THE THIRD STORY純一と絵梨 <30 家政婦の死>

家政婦の死
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宮本さんが榊島の施設で亡くなった。この施設に入って9年目の夏だった。僕に遺書があった。僕が田原の家を紹介しなかったら、今頃どうなっていたかわからない。大奥様には娘のように可愛がっていただいた。と感謝の言葉が書かれていた。やっぱり、宮本さんに大阪へ来てもらってよかったと思った。遺品はごくわずかな身の回りの品だけだった。
大阪の祖母は生涯を賄えるだけの資産を宮本さんに渡していた。僕は古い傷が痛むような、心の隅になにか取りこぼしたものがあるような妙な気がしたが、また、忘れていった。


THE THIRD STORY純一と絵梨 <31 祖母の話>
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大阪の叔父、僕の実父は何かと東京へ来たがった。東京の家で父や母と昔話をするのが楽しいようだ。その日も、僕たちの両親と大阪の叔父夫婦が食事をしながら昔話をしていた。
絵梨が用事で席を立った時に大阪の祖母の話になった。

祖母は再婚で田原に嫁いだ。最初の結婚で嫁いびりにあって流産していたこと、その元夫から瀕死の重傷を負わされた話を聞いた。なにかひっかりのある話だった。この時、父も母も同じことに引っかかっていたと思う。

それも今ではどうでもいい話だ。絵梨には長谷川のことはあえて知らせていない。ひょっとしたら新聞か何かで読んだかもしれない。しかし、家でそのことを話すものは誰もいなかった。
絵梨は二人の娘に囲まれて幸福そうだった。二人の娘の子育てが一段落した今、会社が経営する幼児教室をこども園として運営していた。絵梨もその中で働くようになっていた。
この二人の娘たちも、やがては恋をするだろう。どんな男と恋に落ちるのかとおもうと、期待と不安がごちゃまぜになった。


続く





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2019年08月03日

HE THIRD STORY純一と絵梨 <29 昔のこと>

昔のこと
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叔父夫婦が遊びに来て、さっそく例の文箱の話になった。美奈子叔母さんは自分の祖父の家から田原の家の身上書が出てくることにずいぶん驚いていた。「昔から田原の家と浅田の家は関係が深かったんやねえ。お会いしたことないけどおばあ様はずいぶん浅田の祖父のこと頼りにしてくれてはったんやねえ。昔の事やから地元のものはみんな深い付き合いしてたのかもしれんねえ。」と感慨深そうだった。

美奈子叔母さんがしきりに感心する中で叔父は一人黙りこくって、祖父の身上書をにらんでいた。僕は叔父も風羽田真由美に気が付いたのだとわかった。

翌日、叔父に電話を掛けた。「風羽田真由美ってあったよね。」と話しかけた。叔父は「お前のひいおばあちゃんやな。」と答えた。「お前を引き取ってくれって声かけてくれた人や。お前が可愛そうやから引き取ってくれってこの人に言われた。お前が香織の兄さんの家で、ちゃんと構ってもらえてないって声かけてくれた人や。水商売で成功したひとや。ちゃんとした人や。」と教えてくれた。

「ねえ、うちのママがこの人の子供ってことないよね?」と確かめると、「年齢的に無理やな。この人と真一叔父さんが付き合ってたのは叔父さんが25、6のときの話やから全く年齢が合わん。心配ないよ。」という返事だった。僕はしばらく、ボーっとなっていた。運命ってこういうものなのかと思った。

その夜、絵梨が「風羽田真由美さんのこと、どうだった?」と聞いてきた。絵梨も気づいていた。「僕のひいおばあちゃんらしい。僕が可愛そうだから引き取ってほしいと叔父さんに言った人らしい。僕、風羽田の家で構ってもらえてなかったらしい。それで、田原の家で引き取れって言ってくれたんだって。」

「ふうん。いい人なんだね。よかった。風羽田真由美さんのおかげで私は純と結婚できたんだよね。なんか運命感じるよね。」といった。


続く




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2019年08月02日

THE THIRD STORY純一と絵梨 <28 不思議>

不思議
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祖父と僕は同じような出生だった。そして、田原の娘と縁ができて結婚して、その家の家業を継ぐ立場になっていた。考えれば父も同じようなものだった。寄る辺ない立場から田原家の娘と結婚して今は田原家の幹になっている。

僕が知っている祖父は大人しい感じだったが一人で会社を興し育てた。家では妻と娘にいいようにおだてられていつもニコニコしていた。妻にかまわれるのが大好きだったのは、きっと母親恋しさだったのかもしれない。

若い時には年上の女のヒモだったこともあるようだった。まさに、祖母に出会わなかったら、どんな死に方をしていたかもわからない生き方だった。「じいちゃんよかったね。ばあちゃんに惚れられて人生変わったんだね。」と心の中でつぶやいた。

それにしても、なぜ浅田隆一は祖父のことにそんなに興味があったのだろう?父もそのことには違和感を感じたらしい。

実は僕はこの時、もっと気なることに気づいていた。祖父の若いころに祖父をヒモにしていた女の名前だ。風羽田真由美、僕の実母は風羽田香織だ。余りの偶然に愕然とした。父には言えないことだった。もちろん、単なる同姓とも考えられる。しかし、珍しい姓だ。

もしも、この風羽田真由美と祖父の間に子供が出来ていたら?もしも母の真梨がそちらの血筋だったら?そう思うと足元が揺らぐような不安に襲われた。

母が間違いなく祖母の子供だということを確かめなければならなかった。いや、確かめてもしょうがない。僕たちは、もうそれから代を重ねてしまっている。確かめても取り返しがつかない。

僕は、この思いにふたをしたかった。自分が特別養子だったことと考えあわせた。でも、母の真梨は祖母梨花とよく似た顔立ちだ。

僕達は浅田隆一が丁寧に保管していた鎌倉彫の文箱を家に持ち帰った。母の真梨に文箱を見せると、自分の写真があまりにも大切に保管されていることに感激していた。ただ、名前が呼び捨てに書かれていたことには違和感があったようだ。

浅田隆一は物腰の柔らかい人で、「真一君、梨花さん、真理ちゃん」と呼んだそうだ。それに、祖父真一の身上調査を浅田隆一が引き受けていること、曾祖母が祖母梨花のことを浅田隆一に頼んでいるのも不思議だと言っていた。地元出身の代議士ならこういった頼み事もされたのだろうか?と思うほかなかった。

翌朝、父から美奈子叔母さんに報告をした。家の中を調べたが資産につながるようなものがなかったこと。もう、屋敷を壊さないと危険だということ。それと、例の鎌倉彫の文箱の件だった。結局、叔父夫婦はその文箱を口実にしてこちらへ遊びに来ることになった。


続く




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2019年08月01日

家族の木 THE THIRD STORY純一と絵梨 <27 文箱>

文箱
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僕は叔父から浅田家の旧宅の処分を頼まれていた。あまり大きくはないが東京の一等地だ。浅井健三が建てたものだが、彼には子供がなく、彼の甥、美奈子叔母さんのお父さんの山下健三氏が別宅として使っていた。

山下代議士が亡くなってから、住む人もなく屋敷の処分が遅ればせになっていたのだ。廃屋だが風格のあるいい屋敷だった。今は美奈子叔母さんの名義になっていた。美奈子叔母さんは相続税の心配をして整理にかかっていた。

敷地内には古い蔵があって、この蔵だけは建て直すこともなかったらしく100年近くそのままになっていた。

金目のものは、すべて浅井家が引き上げていたが少しだけ個人的な書き物などが残っていた。父と僕と、T・コーポレーションの社員二人で蔵の中の確認を始めた。

まるで古文書をあさる骨董屋のような気分だった。古い茶道具などもあったが余りにも古びていて実用はできないようだった。その中に鎌倉彫の文箱があった。僕は骨董の知識はないが、立派なものだという印象はあった。とにかく重い。

その中に保管されていたものは、田原から浅田隆一に宛てた手紙だった。田原莉恵子からのものが2,3通と田原梨花、僕の祖母からのものがいくらかあった。写真もあった。丁寧に和紙で包んであった。

写真は祖母と母と浅田隆一が3人で写っているものと、母の真梨によく似た女の人の写真だった。モノクロ写真だったと思われるがセピア色に褪せていた。裏には莉恵子と書かれていた。莉恵子は曾祖母の名前だ。三人で撮った写真の裏には、写真を撮ったらしい日付と祖母と母の名前が書いてあった。母の成人式の写真でこの写真は我が家のアルバムにもある。

まさか、美奈子叔母さんの実家の蔵から僕たちの親の古い写真が見つかるとは思っていなかった。僕達が違和感を感じたのは、その名前が「莉恵子、梨花、真梨」と呼び捨てだったことだ。

確かに浅田隆一は親族の中では出世頭でリーダーだったかもしれない。それでも、田原の家は別のはずだ。なぜ呼び捨てにしたのだろう?父も不思議がって、大阪へも聞いてみたがわからなかった。

そして、もっと驚いたのは、文箱の底には祖父田原真一の身上調査書があったことだ。しかも2通、浅田隆一宛ての封筒には大手の調査会社の名前が入っていた。祖父が生まれてから女性関係に至るまでの細かい調査が1通、もう1通は会社の財務内容と祖父の身上書だった。これには父も驚いていた。

浅田隆一はなぜ祖父のことをこんなに細かく調べなければならなかったのだろう?身上調査書の封筒には、田原莉恵子の手紙も入っていた。

「拝啓、先般の選挙でのご活躍拝見しておりました。本当におめでとうございます。実は、このたび我が家にもおめでたいことができました。梨花が結婚いたします。相手は、東京の田原の血縁のものでございます。長らく音信不通となっておりましたが、最近になって付き合いができました。

若い時に天涯孤独となりました苦労人です。名前は島本真一と言います。先ごろは、作家として人に知られるようになっております。いずれは、当方の事業の片腕となってくれる様な気もしております。

お恥ずかしい話ですが、すでに梨花は授かっております。もとより、反対する理由もないので結婚を認めました。住まいは東京になります。そちらさまのお近くになりますので、時々はお心配りいただけましたらうれしいです。 草々」という内容。

もう一通は「前略、先般はご丁寧に身上書を送っていただきありがとうございます。私は不調法で、そのようなことは思いもつきませんでした。若いころは多少の失敗もあるようですが、幸い借金などの問題もないようなので安心いたしました。私が調査したようにして梨花にも見せました。この様子なら、田原姓を継ぐ話をしてもいいと思っております。東京住まいになりましたら、私の目の届かないことも出てまいります。どうか、お気配りお願い申し上げます。 草々」どちらも、祖父夫婦の結婚に関することだ。

祖父の生い立ちにも驚いた。祖父は田原真介の愛人の子供だった。その愛人は、田原真介が亡くなったのちに、結婚してその夫と自死している。おおよそのことは聞いていたが、改めて詳しいことを知ってみると感慨深いものがあった。


続く




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2019年07月31日

THE THIRD STORY純一と絵梨 <26大阪の家>

大阪の家

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大阪の隆の家でも子供が二人生まれていた。このころになって、隆に議員秘書になる話が出てきた。美奈子叔母さんの実家は代々衆議院議員を出している家だった。美奈子叔母さんの兄という人も衆議院議員だったが子供がなかった。跡継ぎを探しているときに隆がその話に乗ったらしい。

叔父は特に反対はしなかったが美奈子叔母さんが猛反対した。叔母さんは、そういう家の苦労をよく知っていて、隆には同じ苦労はしてほしくないと何度も言っていた。それでも隆は止まらなかった。血筋は争えないのだ。美奈子叔母さんは不本意かもしれなかったが、まぎれもなく叔母さんのDNAだった。

そうなると、田原興産を見るものがなくなる。隆の子供が大きくなるまで、聡一叔父が頑張るしかないようだ。

最近はなんとなく、聡一叔父は彼の兄、つまり僕の父に頼りがちだ。気が弱くなっていた。一人息子が浅井家の家業を継ぐことになって少し気落ちしたらしい。美奈子叔母さんも「何のために、田原の嫁さんになったんやろ。」と口癖のように言った。

続く




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2019年07月30日

家族の木 THE THIRD STORY純一と絵梨 <25 墓参>

墓参
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梨央が歩けるようになったころ、絵梨が僕の実母の墓参りをしたいといった。

「母親になって初めて純の本当のお母様のことが気になってきたの。どんなに心残りだっただろうと思うと本当に胸が痛むの。自分だけで育てようと思って生んだ息子を残して逝くのは本当につらかったと思うのよ。今まで私たち自分のことに夢中になって、お母様のことがお留守になってたのよ。うちのママには内緒で叔父さんに聞いてみてよ。私たちは、お母様のお墓にお参りした方がいい。子供たちを見せて喜んでもらわなくちゃいけないよ。」と言ってくれた。

実の母のことは、僕が無理やり自分に目隠しをしていたことだった。今になって絵梨からその話が出たのはうれしかった。そうだ、その人にもこの二人の子供たちを見せてあげなければいけないと思った。

絵梨から実母の墓参りの話が出た翌日、大阪の叔父、僕の実父に母の墓の場所を教えてほしいと電話した。叔父は、くれぐれも東京の両親に内緒にするように念を押して墓の場所を教えてくれた。

意外にも墓所は東京だった。両親に内緒にするには都合がよかった。子供たちには買い物の帰りみたいにさりげなく墓参りをした。僕はこの墓参で初めて実の母の名前を知った。僕の母の名前は風羽田香織といった。珍しい名前だった。

なんとなく、その墓はさびれているだろうという予感を持って行った。しかし、きちんと手入れされていた。その家の人が落ち着いた暮らしをしているのが分かる墓だった。来てよかったと思った。

僕の母はかわいそうな人だった。でも、きちんと墓を手入れしている人がいる。僕の母は自分の家族に忘れられているわけではないのだ。それが分かっただけでもうれしかった。

その夜は絵梨と二人で一杯やった。絵梨は滅多に飲まなかったが、その夜はワインの乾杯に付き合ってくれた。二人で静かに「お母さん乾杯!」といった。その瞬間に涙があふれてきた。

僕は実母の墓参りの話が出てから一カ月ぐらい妙に緊張していた。それが、今日きれいに手入れされた母の墓にお参りして緊張の糸が切れてしまったようだ。孤独な寂しい人と思っていたが、ちゃんと見守ってくれる人がいた。心から感謝した。

「純、これからもお参りしよう。きっと、お母さんの身内の人も気が付くと思うよ。合わなくても純のお母さんの血筋の人と絆ができるんだよ。私のお姑さんだよ。きっと美人だったに違いないよ。大阪の叔父さんが愛していた人だもん。」といった。僕は、ただただ泣いていた。

続く






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2019年07月29日

家族の木 THE THIRD STORY純一と絵梨 <24 出産>

出産
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絵梨は、あの痛々しい時からは予想もつかないたくましい妊婦だった。安定期に入るころには、すっかり自信をもって「この子は大丈夫。絶対元気に生まれる。」と言い切っていた。近所のスーパーぐらいは自分で行ったし食事の支度も困らないようだった。

むしろ食欲が止まらなくて困っていた。絵梨のたくましいお尻を見たら、幸せってこんな感じかな?と実感した。そのころになると、もう色恋抜きの気持ちになっていた。

母から会社に絵梨が入院したと電話がかかってきた。僕も父も慌てて病院へ直行した。母もそわそわしていた。でも、看護師や助産師は特に慌てる風もなかった。「今晩一晩くらいはかかりますよ。」といわれて僕も父も拍子抜けした。

母だけが病院に残って僕と父は居酒屋で食事をしながら呑気にビールを飲んでいた。その時、母から電話がかかった。緊急帝王切開になったらしい。焦りに焦って病院に駆け付けたが、すでに手術室に入った後だった。

子供の心音に異常が出たので緊急手術になったのだ。僕は恐怖のあまりに病院の椅子に座り込んでしまった。父も母も沈んだ表情で無言だった。母は祈り始めていた。僕はあの仏像を持ってきたらよかったと思った。あの仏像を思いながら祈った。

結果はあっけなかった。手術は15分ほどで終わって子供の泣き声が廊下中に響き渡った。父も母も僕も、笑っていいのか悪いのかわからなかった。絵梨は絵梨は無事か?と心配だった。

病室から出てきた看護師は無表情だった。「すみません。母親は無事ですか?」父が聞いた。看護師は不思議そうな顔をして「ええ。」と答えた。何を大層に騒いでいるんだという顔だった。

両親も僕もほぼ嗚咽状態だった。僕たちのドラマチックな反応に看護師は困惑していた。
絵梨が病室に戻ってきた。ニコニコ顔だった。看護師に「ご主人は手をきれいに洗ってお待ちください。]といわれた。僕も両親も手を洗った。

初めて子供を抱かせてもらったとき、その子は僕の腕の中で小さな手をもごもごさせていた。特に可愛いとは思わなかった。なにか壊れ物を持たされたような気がした。残念なことに手を洗って待機していた両親は赤ん坊を抱かせてはもらえなかった。

病院を離れて家に着くころには、また赤ん坊に会いたくてしょうがなくなった。翌日も会社の帰りに病院に行った。抱いているときには何か、よくわからない生物を抱いているようなのだが、家に着くころには、また会いたくてしょうがなくなっていた。

翌日も翌日も、抱いているときには、子供を抱いているという実感がないのに、病院を離れると、すぐに会いたくてしょうがなくなった。

退院後は、僕たちの寝室には寝かせずに、空いていた部屋に絵梨と赤ん坊が寝た。夜中の授乳があるので、その方が都合がいいということだった。お七夜には母が名前を刻んだスプーンを用意してくれた。

名前は梨沙。特に決まりがあるわけではないが、田原の娘は代々梨という字を使った名前が続いている。

一週間もすると、リビングに置いたベビーベッドに寝かせるようになった。僕は梨沙のベビーベッドから離れられなくなった。常にそばにくっついていた。母子が僕とは別の部屋に寝ていることが不満になった。梨沙のベビーベッドを僕たちの寝室に持ち込んだ。

不思議なことに絵梨の体が回復するにしたがって僕の聖人君子は衰弱していった。代わりに、恐ろしく多くの煩悩を抱えた俗人がよみがえってきた。その次の妊娠でも同じだった。僕の聖人君子は絵梨の体調と相関して元気になったり衰弱したりした。

そして、二人目の梨央が1歳に成ったころには聖人君子は完全に消滅した。僕は、従来の俗人に戻っていた。が、同時に父性も身について少しはましな人間になっていた。



続く



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